石巻市雄勝町・被災地研修
【第3版改訂】
石巻市雄勝町・被災地研修
【第3版改訂】
主催 一般社団法人(非営利) 雄勝花物語
発行 一般社団法人(非営利)雄勝花物語 発行責任者 徳水博志
Eメール
[email protected] http://ogatu-flowerstory.com/
第2版(改訂)2015 年 11 月
制作助成
【
JT NPO 応援プロジェクト】
-1-
◯「大津波警報宮城県 10m」の意味を知っていますか? 実は小中高校・大学でも教えていないのです
3.11 の津波高は、志津川湾 20.5m、女川湾 18.0m、雄勝湾 16.3m、万石浦 2.4m,石巻湾 11.4m、松島湾 4.8m、七ヶ浜海岸①8.9m,仙台湾南部海岸②13.6
mです。では、大津波警報10mの意味とは何でしょうか? 本プログラムを学ぶことで意味を理解することができます。
◯学習のめあて
*学びの終了時に( )に記載して、確かな知識にして下さい。
・宮城県大津波警報10mの意味とは何か。宮城県の海岸に到達する津波予想の( )である!( )では役に立たない!
・雄勝湾では10mの 1.6 倍の16.3mの津波高になったのはなぜか?津波は( )で変化する!
・津波防災能力を高めるためには、自分の地域の地形を理解して地域を襲う津波高を( )する力が必要である!
プログラムの目的
・本プログラムは2011年3月11日の「東日本大震災」の津波災害の悲劇を二度と繰り返してほしくないという願いを込めて作成しました。
1【雄勝小学校の事例】
・震災当時、私は雄勝小学校の教員でした。私たち教員は無事に児童を裏山に避難させましたが、それは保護者であるSさんが山への避難を強く呼びかけ
た結果でありました。実は私たち学校側は大きなミスを犯していたのです。避難マニュアルでは裏山に避難することが決まっていましたが、なぜか避難マ
ニュアルと違って避難場所は体育館という指示になりました。最終的には S さんの呼びかけ(Sさんは、母親から津波では山に逃げるという言い伝えを聞
いていた)に従って、裏山に避難して児童と教職員全員の命を津波から救うことができたのでした。あの時Sさんの呼びかけがなかったら、間違いなく大
惨事になっていたでしょう。学校・児童・保護者の三者が避難マニュアルを共有していたために、学校側の判断ミスを修正できたのでした。ここから津波避
難は学校単独ではなくて、「地域ぐるみで行う」という教訓を学ぶことができます。
・それからなぜ学校側は避難マニュアル通りに指示ができなかったのか。それを検証する必要があります。結論を述べると「大津波警報10mの意味」の理
解と「津波は地形で変化する」という科学的な知見が不足していたからです。
2【大川小学校の事例】
・児童74名と教員10名が亡くなった大川小学校の悲劇は、「大津波警報10mの意味」を知らず、「津波はここには来ない」という思い込みがあったことが、
避難行動が遅れた要因の一と考えられます。つまり、「大津波警報10mの意味」と「津波は地形で変化する」という科学的な知見が不足したと推測されま
す。大川小学校の教師だけでなくて、全ての学校の教師は「津波は地形で変化する」という知見を持っていません。その知見を学ぶ必要性を覚えます。
3【地域にいた多数の子どもを救えなかった事例】
・それからもう一つ。宮城県内で亡くなった小中高校生は353名です。学校管理下75名(大川小74名、他1名)、下校中60名、自宅や地域での死亡218名
です。学校以外の地域で実に278名(犠牲者の約80%)が亡くなっています。この事実から教師が引率する学校の「避難訓練」では、下校中の子どもや
地域にいた子どもを救うことができなかったことが明らかになりました。子どもが自分の命を自分で守るためには、子ども一人一人の防災能力を高めるし
かありません。その防災能力の一つとして、「大津波警報10mの意味」の理解と「津波は地形で変化する」という科学的な知見が必要だと考えています。
・この【1雄勝小学校の事例】【2大川小学校の悲劇】【3下校中の子どもや地域にいた子どもを救えなかった事例】から、多くのことを教訓として伝える
べきだと考えて、この防災教育プログラムを作成しました。
宮城県 石巻市雄勝町の紹介
・
「平成の大合併」で2005年に旧雄勝町は他の5町と共に石巻市と合併
・2011年の東日本大震災前の人口4300人
・町の基幹産業は養殖漁業(ホタテ、銀サケ、ホヤ、かき、ワカメ、昆布)
・伝統文化の町として有名。600年の歴史がある「雄勝硯」(国指定伝統工芸品)、雄勝法印神楽(国指定重要無形民俗文化財)
ホタテ・ホヤの養殖 雄勝硯 雄勝法印神楽
震災後の雄勝町
死者不明者 241 人(2015 年 1 月現在)
震災後
中心部壊滅
・震災後の雄勝町の人口は現在 1000 人に激減。2016 年の高台移転地の宅地供給後でも全人口は 1400 人になる見通し
(2015 年 4 月 28 日河北新報)。中心部の人口流出が激しい。中心部は 1600 人から現在は約 100 人程度に激減。
・中心部には9.7mの防潮堤と河川堤防を建設予定。低平地は災害危険区域に指定。居住は禁止。商業施設のみ可。
・中心部の低平地の活用が大きな課題。住民激減の中で復興の担い手不足、高齢化。
復興課題
:持続可能なまちづくり(交流人口を増やす仕掛けの構築、新規事業による雇用創出と定住人口の増加)
雄勝町
雄勝小
大川小
-2-
雄勝町中心部の【現地案内プログラム】
30分
〇ねらい:①リアス海岸の地形の特徴を確かめて、湾の奥に津波が集中することを理解する。②海岸と平地奥の高低差 20mを
実感して、リアス海岸で起きる押し波と引き波をイメージする。➂最大浸水高 19mの津波痕跡を探す。
雄勝町の死者不明者241人
(人口比 5.6%)
海から一番遠い味噌作地区61人
7.雄勝病院
5.雄勝公民館のバス
2012 年3 月10 日に撤去
6.雄勝湾
現在は土砂置き場
現地に立って、
「この場所で津波の痕跡を3つ探そう」
( )
( )
( )
1.石巻市立雄勝小学校校舎跡地
引き渡し後の残り 40 名の児童は裏山に
避難して全員無事(帰宅児1名が犠牲)
2.新山神社(雄勝法印神楽の奉納神社)
3.船戸地区10mの高台
(
津波高 19m
の津波の痕跡)
4.石巻市立雄勝中学校校舎跡地
9.7mの防潮堤の建設計画
*住民の中に反対意見あり
市立雄勝病院(入院患者 40 名、医
師らスタッフ 24 名が犠牲)
-3-
海から一番遠い味噌作地区で最大の犠
牲者61人が出た。なぜか?
雄勝ローズ
ファクトリーガーデン
死者不明
61 名
雄勝小学校の避難行動から学ぶ教訓【津波避難語り部プログラム】
30分
〇ねらい:学校と住民が避難マニュアルを共有していたおかげで、住民の声掛けで九死に一生を得た避難行動から教訓を学ぶ。
1.震災当時の避難の仕方・経路
*参考資料「河北新報」2013 年 3 月 30 日
・3 月 11 日午後 2 時 46 分 震度 6 強の地震。校内放送は停電で使えず。揺れがおさまってから各担任の判断で校庭へ。4・5・6年の児童
が校庭に集合47名。親への引き渡し約30分。この間に強い揺れが2回。
・午後3時頃に大津波警報発令3m→6m→10m →●大津波警報の10mのイメージが持てなかった。(学校の避難マニュアルは宮城県
沖地震を想定して作られていた。津波は過去のチリ地震津波の記録から校舎1階程度と想定していた。避難場所は校舎横の新山神社➞裏山)
・子どもたちは校庭に待機のまま。引き渡しの後、校庭では校長と教職員が数名集まって避難場所を話し合っていた。
・午後3時10分頃?保護者の佐藤麻紀さんが学校長に詰め寄って叫んだ。「早く山に逃がして!」。
・校舎を見回って降りてきた教員Aが下に降りてきて、騒ぎに気付く。どうしたのかと教頭に聞くと、どうしたことか学校側の判断は体育館
への避難となっていた。避難マニュアルの新山神社への避難とは違っていた。
・教員Aが佐藤さんの元へ直接行って話を聞く。「津波くっから、早く山に逃げら
いん!」。佐藤さんの呼び掛けに答えて、全学年児童に呼びかけて4年生を先頭
に新山神社へ走った。他の教員も山への避難を呼びかけて全学年児童を新山神社
に誘導した。新山神社には既に雄勝保育所の子ども 10 人程度、地域の人 10 人以
上、そして無線機を持った消防団員が待機していた。3時15分頃?
・5~8分?経ってから津波第一波が道路を伝って校庭に入ってきたが、すぐ引い
た。その後しばらくたってから消防団員の無線機を通して第二波が防潮堤を超え
たという情報が入る。3時20分頃?
・3時25分頃? 雄勝湾の方から街並み全体が流され始めた。
・目の前で体育館が流されたので、新山神社からもう一段上にある鎮魂の碑へ逃げた。新山神社も流されたのでさらに鎮魂碑から裏山に避難。
・夜となり雪も降っていたので、消防団の情報と誘導でひと山越えて雄勝クリーンセンター(焼却工場)へ移動。
2.雄勝小の避難行動から何を学ぶか
①学校側は避難場所を間違ったが、PTA役員の佐藤麻紀さんの呼びかけでマニュアル通りに山に逃げて助かった。教師、子ども、保護者参
加で前年夏に新山神社から裏山に逃げる避難練をやっていた。三者が避難マニュアルを共有していたからこそ保護者が学校に諫言できた。
②避難マニュアルがあっても非常時は誰でも正しい判断ができるとは限らない。だから集団で避難マニュアルを共有しておけば、たとえば防
災責任者が判断を間違ってもみんなで誤りを正すことができる。雄勝小の避難からはこれを教訓として学ぶことができる。責任者が不在の
時もマニュアルがあれば避難行動が可能である。(大川小との相違点)
●教訓1:教員・住民・子ども・(消防団)で避難マニュアルを共有し、三者(四者)で実際に避難訓練をしておく。
●教訓2:引き渡し後に亡くなった親と子どもは幸いいなかったが、引き渡しの是非は検討が必要(ケイスバイケース)
③避難マニュアルでは、雄勝小学校の2階が避難所になっている計画だった。つまり、屋上まで津波が来ることは想定していなかった。筆者
自身もせいぜい校舎1階ぐらいだろうと嵩をくくっていた。なぜか。過去の経験知(チリ地震津波の写真)に縛られたからである。今回の津
波で一番犠牲者が多かった場所は海から一番遠い味噌作地区の61人。味噌作地区は海から600m以上離れており、1960年のチリ地
震津波でも津波が到達しなかった地区であったために、この経験知から今回も津波は来ないと決め込んで油断したと言える。
●教訓3:経験知に縛られずに、経験知を超えた事態が起こることも想定する。
④大津波警報3m→6m→大津波警報10mのイメージが持てなかった。10mとは平野部海岸で10mのことなのかどうか、その意味をイ
メージできなかった。結果として、V字谷の雄勝湾では最奥部の漁港岸壁で津波高16.3m(国交省痕跡調査)、さらに雄勝の陸上で一番
高い津波高は大津波警報の約2倍の19mになった。なぜ警報の10mより高くなったのか?
●教訓4:地形によって変化する津波の特徴の科学的な理解が必要→ ・掘込智之先生「地形によって変化する津波の特徴を知り、
地域を襲う津波をイメージして防災対策を立てる必要」(本団体の防災教育の特徴)
➄避難所に指定された校舎屋上まで津波が来ることは想定外。町が壊滅することも想定外。夜道をひと山を超えてクリーンセンター(清掃工
場)に避難したが、これは全て消防団の情報と誘導だった。学校は地域の山の地理や施設の情報を持もっていなかった。
●教訓5:学校だけでは地域の情報が不足。学校と地域が共同で避難マニュアルの作成と避難訓練を行う必要性
●教訓6:避難所の校舎が壊滅、町も壊滅という想定外が起こるという想定をして、二重三重の防災対策を立てる。
➅経験知は大事だが、味噌作地区のように経験知があだになる場合もある。どの被災地でも海から遠い地区ほど犠牲者の割合が高い。
●教訓7:経験知と科学知の融合が必要。
-4-
①避難マニュアルの共有化(教員・子ども・保護者・地域住民・消防団)と合同避難訓練
➁地形によって変化する津波の特徴の科学的な理解が必要 →
平野部を襲う津波の特徴、V字谷のリアス海岸を
襲う津波の特徴、川を襲う津波の特徴、平野部でも狭まった地形を襲う津波の特徴を理解して、防災対策を立てる必要性。
➂大津波警報
10m の意味の理解が必要
➞ 気象庁のホームページ参照
新山神社
裏山
校庭
津波のメカニズムの基礎的な知識「津波理解プログラム」
60分
〇ねらい1:津波発生のメカニズムの科学的で基礎的な知識、地形によって変化する津波の特徴の知識理解を基にして、自分
の地域を襲う津波高をイメージする力を養う。
○ねらい2:「科学的に正しく恐れる」「災害は超常現象ではなく自然の法則」「天罰でもない」。正しい自然観(人間に多くの
恵み、時として災害)を育て、自然の法則に従う暮らしと文明の構築を目指す知性を育てる。
1.東日本大震災の地震と津波が起きたメカニズム
*津波は常に引き波から起こ
るとは限らない
津波発生
幅100 ㎞ 隆起 5m
1.太平洋プレートが重
いので、大陸側の北米
プレートを引きこんで沈
み込む。大陸側の北米
プレートが押されてひず
みがたまっていく。
2.大陸側の北米プレー
トが耐え切れずに跳ね
上がって、断層がずれて
地震が起こる。海底に隆
起が起こり、海水が持ち
上げられて津波が発生。
一方で沈下が起きて、引
き波が発生する。
引き波
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風によってできる波(波浪)
波長は長くて100m
砂浜海岸
浅くなると楕円運動 浅い所では楕円運動から
水平運動に変化
波長の1/2の直径(深さ)
で円運動
海底の地震(海底の隆起・沈降)で起こる津波
海岸平野
海底まで約1㎞。波長が長すぎて円運動
ができずに細長い楕円運動となる。
波長
200km
・波も津波も同じ円運動で動きます。ただし
津波は波長が数百キロと長いために、波の体
積が莫大に大きい。陸に上がると楕円運動か
ら水平運動に変化して、大量の海水が平野の
奥5㎞まで進みました。
・津波の《津》とは港の意味。つまり津波は
港がある入り江深くに入って初めて波が高く
なって、《津波》となるからです。沖では津波
の高さを感じないことが多い。したがって漁
師は沖に船を避難させます。これを沖だしと
言います。
砂 浜
陸地に近づくと速度が落ちてくるので後ろの波に
押されてせり上がる。仙台平野は津波高11m
海岸から陸地に遡上すると楕円運動から
水平運動へ
へ
仙台平野の津波
幅100 ㎞ 高さ5m
-7-
波が円運動をしていることは海水浴場
でみんな体験しています。沖で浮き袋に
つかまっている時に波が来てもその場
で上下運動(正しくは円運動)するだけ
で、位置はあまり変わりません。これが
波が円運動をしている証拠です。
海岸近くでは、海面に比べて海底の速度が遅くなるために後ろの
波に押されて上部の波がせり上がって波が切り立ってくる
津波と同じ原理で水平運動に変化して砂浜に乗り上げる
2.
「波」と「津波」の相違点と共通点
津波の高さを表す言葉
A 津波高(痕跡高)
B 浸水深 *陸上での水深
A B C C 遡上高 *駆け上がった標高
通常海面
11m
2
雄勝湾
断面図
標高20m まで遡上
海岸で 16.3mの津波高
津波は斜面を上がる
3.地形によって変化する津波の特徴
*参考文献 「大津波と波の働き」 掘込智之著 より
・ねらい ①「大津波警報10m」の意味を理解する。
➁地形(平野・V字谷・川・平野部の極狭地など)によって変化する津波の特徴を理解する。
➂大津波警報の意味を理解し、自分の地域を襲う津波高のイメージをつかんで、防災対策を立てる。
1、平野を襲う津波
・海岸で津波高が最も高く、破壊力も最大になる。海岸部の
家屋は倒壊し被害が甚大。仙台平野の津波高11~13m。
・内陸に入るにしたがって波高は低くなり、破壊力も弱まっ
てくる。家屋の倒壊は少なくなって2~3mの浸水深で済
む。ただし、平野の奥近くまで津波が押し寄せるので、油
断すると逃げ遅れてしまう。車や徒歩での水平避難は危な
い。3階以上のビルや高台へ垂直避難。
・平野部に入った毎水は、引き波は起らずに滞留する。平野
部の低地や窪地に海水が集まって、長期間にわたって滞留
し、都市機能がストップする。石巻市の例。
2、リアス海岸を襲う津波
・湾内で波高を高め、湾の奥に津波が集中し、破壊力が最大
となる。海面全体が盛り上がり斜面を上がる。雄勝湾では
大津波警報10mが海岸部で 16.3mの津波高になり遡上高
は 20mになった。
・押し波の後には、引き波が起こる。位置エネルギーが運動
エネルギーに代わって斜面を海に向って流れ下る。その時
に家屋の一切を海に引き込んでいき、町は壊滅する。
・逃げる場所は水平避難ではなくて、垂直避難すなわち山で
ある。
3、川をさかのぼる津波
・河口から逆流して外側の堤防に当たり、越流しながら反射
を繰り返して上流へとさかのぼる。
・今回の津波は北上川を49km上流まで到達した。
・地震で堤防が損傷した場合は、津波で決壊して甚大な被害
をもたらす。大川の間垣地区がその例。地震で北上川の堤
防が崩落して片側通行で車が避難していた。そこに津波が
襲いかかり堤防が決壊した。したがって川の近くからは速
やかに移動して、高いビルや高台になどに垂直避難する。
4、平野でも狭まった地形を襲う津波
(大川小学校を襲った津波)
次ページ
【大津波警報宮城県10mの意味】とは
仙台平野 海岸 11mの津波高
国土交通省の津波痕跡調査によると、3.11 の津波高は、志津川湾 20.5m、女川湾 18.0m、雄勝湾 16.3m、万石浦 2.4m,石
巻湾 11.4m、松島湾 4.8m、七ヶ浜海岸①8.9m,仙台湾南部海岸②13.6m ➞
『宮城県大津波警報 10m』の意味
とは、宮
城県の沿岸に到達する津波予想の
平均値
だったのである。平均値では困る!今この場所では何mになるのかを知りたい!
平均値では意味がない。自分が今いる場所で何mになるのか、それをイメージできないと油断し避難が遅れる。
-8-
仙台平野
北上川
問:大川小学校を襲った津波は、なぜ長面地区よりも水位が高くなったのか
【答え】平野の奥に狭まった地形があった。また背後地は山だったから。
●津波は陸上を遡上する場合も地形によって変化する。海岸から4km
離れた大川小学校を襲った津波は、どこでも起こりうる。
・平野の奥に狭まった地形がある場所
・都会のビルの谷間や構造物で狭まった場所
・都会の平野部で背後に山や断崖がある地形
・東京や大阪では高層ビルが狭まった地形となり、津波は道路を内陸まで遡上する
。
いま、津波警報が出たらどうするか! 【クロスロードゲーム】で判断力を養おう!
●迅速な情報収集と的確な判断力が必要 *内陸部に住んでいるので自分には関係ないと考えるのは大間違い!
-9-
結論
①大津波警報は「平均値」である。今自分が居る場所で何mになるのか推測しよう!
②津波は地形(海岸地形と陸上地形)によって変化することを理解しよう!
➂自分の地域の地形を理解して地域を襲う津波高を具体的にイメージしよう!
北上川
大川小学校
水位10m
長面地区6m
7mの堤防
せり出した山
①情報収集 →震源地と津波が到達するまでの時間の把握。収集手段は停電を想定。TV・ラジオは不可→車のカーナビや携帯電
話が有効。*もう一つはP波初期微動時間の長さで震源までの距離を推測して津波到達時間を予測。到達までの余裕時間によって避難場所が変わってくる。
②自分が今立っている地形を察知 →海の近くか川の近くか →平野部かV字谷か →地形によって津波の特徴が違うので
避難する場所が違う →平野部(海岸近くは3階以上のビル)、V字谷(山や20m以上の高台、3階ビルは危ない、屋上
まで津波が到達し多数の犠牲者)→移動手段(徒歩か車かは適時判断する)
③家には戻らない。「津波てんでんこ」を家族で決めておく。
④津波警報は職場や学校や自宅にいるときとは限らない。旅行先、出張中、電車の中、運転中、高速道路、都市の地下街、
時間も昼間とは限らない、夜、就寝時。天候も晴れとは限らない、雨、雪、嵐のときも想定しておく。
北上川と反対側に倒れている渡り廊下
北上川遡上津波
(最初に到達)
【津波高イメージプログラム】
〇ねらい:大川小を襲った津波の事例から自分の地域を襲う津波高をイメージする力を養う。
陸上遡上津波