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坊っちゃん

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Academic year: 2021

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坊っちゃん

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坊っちゃん      一      お やゆず 親譲  りの  む て っ ぽ う 無鉄砲  で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階 から飛び降りて一週間ほど  こし 腰 を  ぬ 抜 かした事がある。なぜそんな  む や み 無闇  をしたと聞く人 があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら 、同 級生の一人が  じょうだん 冗談  に、いくら  い ば 威張  っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫 やーい。と  はや 囃 したからである。  こづかい 小使  に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな  め 眼  をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす  や つ 奴 があるかと  い 云 ったから、この次は抜 かさずに飛んで見せますと答えた。  親類のものから西洋製のナイフを  も ら 貰 って  き れ い 奇麗  な  は 刃 を日に  かざ 翳 して、  ともだち 友達  に見せてい たら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何で も 切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指 ぐ ら い こ の 通 り だ と 右 の 手 の 親 指 の   こう 甲  を は す に 切 り   こ 込  ん だ 。  さいわい 幸  ナ イ フ が 小 さ い の と 、 親指の骨が  かた 堅 かったので、今だに親指は手に付いている。しかし  きずあと 創痕  は死ぬまで消 えぬ。  庭を東へ二十歩に行き  つく 尽 すと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、  ま んなか 真中   に  く り 栗 の木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜け

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坊っちゃん に  せ ど 背戸  を出て落ちた奴を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が  や ま し ろ や 山城屋  という質屋 の 庭 続 き で 、 こ の 質 屋 に   か ん た ろ う 勘太郎   と い う 十 三 四 の   せがれ 倅  が 居 た 。勘 太 郎 は 無 論 弱 虫 で あ る 。 弱虫の  く せ 癖 に四つ目垣を乗りこえて、栗を  ぬ す 盗 みにくる。ある日の夕方  お り ど 折戸  の  かげ 蔭 に  か く 隠 れ て、とうとう勘太郎を  つら 捕 まえてやった。その時勘太郎は  に 逃 げ  みち 路 を失って、  い っしょうけんめい 一生懸命   に飛びかかってきた。  むこ 向 うは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。  はち 鉢 の開い た頭を、こっちの胸へ  あ 宛 ててぐいぐい  お 押 した  ひ ょうし 拍子  に、勘太郎の頭がすべって、おれ の  あわせ 袷 の  そ で 袖 の中にはいった。  じ ゃ ま 邪魔  になって手が使えぬから、無暗に手を  ふ 振 ったら、袖 の 中 に あ る 勘 太 郎 の 頭 が 、 右 左 へ ぐ ら ぐ ら   な び 靡  い た 。し ま い に 苦 し が っ て 袖 の 中 か ら 、 おれの二の  うで 腕 へ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押しつけておいて、  あ しがら 足搦   をかけて向うへ  たお 倒 してやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。勘太郎は四 つ目垣を半分  くず 崩 して、自分の領分へ  ま っさかさま 真逆様  に落ちて、ぐうと云った。勘太郎が落ち るときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。その晩母が山城屋 に   わ 詫 びに行ったついでに袷の片袖も取り返して来た。  この外いたずらは大分やった。大工の  か ねこう 兼公  と  さかなや 肴屋  の  かく 角 をつれて、  も さ く 茂作  の  に んじんばたけ 人参畠  を あらした事がある。人参の芽が  で そ ろ 出揃  わぬ  と ころ 処 へ  わ ら 藁 が一面に  し 敷 いてあったから、その上 で 三 人 が 半 日   す も う 相撲   を と り つ づ け に 取 っ た ら 、 人 参 が み ん な   ふ 踏  み つ ぶ さ れ て し ま っ た 。   ふるかわ 古川  の持っている  た ん ぼ 田圃  の  い ど 井戸  を  う 埋 めて  しり 尻 を持ち込まれた事もある。太い  もうそう 孟宗  の節を

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坊っちゃん 抜いて、深く埋めた中から水が  わ 湧 き出て、そこいらの  いね 稲 にみずがかかる  し か け 仕掛  であっ た。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や  ぼう 棒 ちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ   さ 挿 し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら 、古 川が  ま っ か 真赤  になって  ど な 怒鳴  り込んで来た。たしか  ばっきん 罰金  を出して済んだようである。   お や じ は ち っ と も お れ を   か わ い 可愛   が っ て く れ な か っ た 。母 は 兄 ば か り   ひ い き 贔屓   に し て い た 。 この兄はやに色が白くって、  し ば い 芝居  の  ま ね 真似  をして  おんながた 女形  になるのが好きだった。おれを 見る度にこいつはどうせ  ろく 碌 なものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で 行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの 始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ  ちょうえき 懲役  に行かないで生きてい るばかりである。  母が病気で死ぬ  に さ ん ち 二三日  前台所で宙返りをしてへっついの角で  あばらぼね 肋骨  を  う 撲 って大いに 痛かった。母が大層  おこ 怒 って、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類 へ  と ま 泊 りに行っていた。するととうとう死んだと云う  し ら せ 報知  が来た。そう早く死ぬとは 思わなかった。そんな大病なら、もう少し  お と な 大人  しくすればよかったと思って帰って 来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死 ん だんだと云った。  く や 口惜  しかったから、兄の横っ面を張って大変  しか 叱 られた。   母 が 死 ん で か ら は 、 お や じ と 兄 と 三 人 で   くら 暮  し て い た 。お や じ は 何 に も せ ぬ 男 で 、 人

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坊っちゃん の顔さえ見れば貴様は  だ め 駄目  だ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか 今に分らない。  みょう 妙 なおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに 英 語 を 勉 強 し て い た 。元 来 女 の よ う な 性 分 で 、 ず る い か ら 、 仲 が よ く な か っ た 。十 日 に  い っぺん 一遍  ぐらいの割で  け ん か 喧嘩  をしていた。ある時  し ょうぎ 将棋  をさしたら  ひきょう 卑怯  な  まちごま 待駒  をして、人 が困ると  うれ 嬉 しそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を  み け ん 眉間   へ  た た 擲 きつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに  い つ 言付  けた。おやじ がおれを  かんどう 勘当  すると言い出した。   そ の 時 は も う 仕 方 が な い と 観 念 し て 先 方 の 云 う 通 り 勘 当 さ れ る つ も り で い た ら 、 十 年 来 召 し 使 っ て い る   きよ 清  と い う 下 女 が 、 泣 き な が ら お や じ に   あ や 詫  ま っ て 、 よ う や く お や じの  いか 怒 りが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを  こわ 怖 いとは思わなかった。か えってこの清と云う下女に気の毒であった。この下女はもと  ゆいしょ 由緒  のあるものだった そうだが、  が か い 瓦解  のときに  れいらく 零落  して、つい  ほ うこう 奉公  までするようになったのだと聞いてい る。だから  ばあ 婆 さんである。この婆さんがどういう  い んえん 因縁  か、おれを非常に可愛がって くれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に  あ い そ 愛想  をつかした︱ ︱︱おやじも年中 持て余している︱ ︱ ︱町内では乱暴者の悪太郎と  つまはじ 爪弾  きをする︱ ︱ ︱このおれを無暗に   ちんちょう 珍重  してくれた。おれは  とうてい 到底  人に好かれる  たち 性 でないとあきらめていたから、他人か ら木の  は し 端 のように取り  あ つか 扱 われるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちや

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坊っちゃん ほやしてくれるのを  ふ し ん 不審  に考えた。清は時々台所で人の居ない時に﹁あなたは  ま 真 っ   すぐ 直 でよいご気性だ﹂と  ほ 賞 める事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分か らなかった。  い 好 い気性なら清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思っ た。清がこんな事を云う度におれはお世辞は  き ら 嫌 いだと答えるのが常であった。する と婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を  なが 眺 めてい る。自分の力でおれを製造して  ほこ 誇 ってるように見える。少々気味がわるかった。  母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに 可 愛 が る の か と 不 審 に 思 っ た 。つ ま ら な い 、   よ 廃  せ ば い い の に と 思 っ た 。気 の 毒 だ と 思 っ た 。そ れ で も 清 は 可 愛 が る 。折 々 は 自 分 の   こ づ か 小遣   い で   きんつば 金鍔   や   こ うばいやき 紅梅焼   を 買 っ て く れ る 。 寒い夜などはひそかに  そ ば こ 蕎麦粉  を仕入れておいて、いつの間にか  ね 寝 ている  まくらもと 枕元  へ蕎麦 湯を持って来てくれる。時には  な べ や き う ど ん 鍋焼饂飩  さえ買ってくれた。ただ食い物ばかりでは ない。  く つ た び 靴足袋  ももらった。  えんぴつ 鉛筆  も貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であ るが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。何も貸せと云った訳ではない。向う で部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさいと云ってく れ た ん だ 。お れ は 無 論 入 ら な い と 云 っ た が 、 是 非 使 え と 云 う か ら 、 借 り て お い た 。実 は 大変嬉しかった。その三円を  が ま ぐ ち 蝦蟇口  へ入れて、  ふところ 懐 へ入れたなり便所へ行ったら、す ぽりと  こ う か 後架  の中へ  おと 落 してしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこ

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坊っちゃん れだと清に話したところが、清は早速竹の棒を  さが 捜 して来て、取って上げますと云っ た。しばらくすると  い ど ば た 井戸端  でざあざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の   ひも 紐 を引き  か 懸 けたのを水で洗っていた。それから口をあけて  いちえんさつ 壱円札  を改めたら茶色に なって模様が消えかかっていた。清は火鉢で  か わ 乾 かして、これでいいでしょうと出し た。ちょっとかいでみて  くさ 臭 いやと云ったら、それじゃお出しなさい、取り  か 換 えて来 て上げますからと、どこでどう  ご ま か 胡魔化  したか札の代りに銀貨を三円持って来た。こ の三円は何に使ったか忘れてしまった。今に返すよと云ったぎり、返さない。今 と なっては十倍にして返してやりたくても返せない。   清 が 物 を く れ る 時 に は 必 ず お や じ も 兄 も 居 な い 時 に 限 る 。お れ は 何 が 嫌 い だ と 云 っ て人に隠れて自分だけ得をするほど嫌いな事はない。兄とは無論仲がよくないけ れ ど も 、 兄 に 隠 し て 清 か ら   か し 菓子   や 色 鉛 筆 を 貰 い た く は な い 。な ぜ 、 お れ 一 人 に く れ て 、 兄さんには  や 遣 らないのかと清に聞く事がある。すると清は  すま 澄 したものでお  あ にいさま 兄様  はお   とうさま 父様  が買ってお上げなさるから構いませんと云う。これは不公平である。おやじ は   が ん こ 頑固  だけれども、そんな  え こ ひ い き 依怙贔負  はせぬ男だ。しかし清の眼から見るとそう見える のだろう。全く愛に  おぼ 溺 れていたに  ちが 違 いない。元は身分のあるものでも教育のない婆 さんだから仕方がない。単にこればかりではない。贔負目は恐ろしいものだ。清 は おれをもって将来立身出世して立派なものになると思い込んでいた。その癖勉強 を

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坊っちゃん する兄は色ばかり白くって、とても役には立たないと一人できめてしまった。こん な婆さんに  あ 逢 っては  かな 叶 わない。自分の好きなものは必ずえらい人物になって、嫌い なひとはきっと落ち振れるものと信じている。おれはその時から別段何になると 云 う  りょうけん 了見  もなかった。しかし清がなるなると云うものだから、やっぱり何かに成れる んだろうと思っていた。今から考えると  ば か ば か 馬鹿馬鹿  しい。ある時などは清にどんなも のになるだろうと聞いてみた事がある。ところが清にも別段の考えもなかったよ う だ。ただ  てぐるま 手車  へ乗って、立派な  げんかん 玄関  のある家をこしらえるに  そ う い 相違  ないと云った。  それから清はおれがうちでも持って独立したら、  いっしょ 一所  になる気でいた。どうか置 い て 下 さ い と 何 遍 も   繰  り 返 し て 頼 ん だ 。お れ も 何 だ か う ち が 持 て る よ う な 気 が し て 、 うん置いてやると返事だけはしておいた。ところがこの女はなかなか想像の強い 女 で 、 あ な た は ど こ が お 好 き 、   こうじまち 麹町   で す か   あ ざ ぶ 麻布   で す か 、 お 庭 へ ぶ ら ん こ を お こ し ら え 遊 ばせ、西洋間は一つでたくさんですなどと勝手な計画を独りで  なら 並 べていた。その時 は家なんか欲しくも何ともなかった。西洋館も  に ほ ん だ て 日本建  も全く不用であったから、そ んなものは欲しくないと、いつでも清に答えた。すると、あなたは欲がすくなく っ て、心が奇麗だと云ってまた賞めた。清は何と云っても賞めてくれる。  母が死んでから五六年の間はこの状態で暮していた。おやじには叱られる。兄と は喧嘩をする。清には菓子を貰う、時々賞められる。別に望みもない。これでたく

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坊っちゃん さんだと思っていた。ほかの小供も  い ちがい 一概  にこんなものだろうと思っていた。ただ清 が 何 か に つ け て 、 あ な た は お   か わ い そ う 可哀想   だ 、   ふ し あ わ せ 不仕合   だ と 無 暗 に 云 う も の だ か ら 、 そ れ じ ゃ 可哀想で不仕合せなんだろうと思った。その外に苦になる事は少しもなかった。た だおやじが小遣いをくれないには閉口した。  母が死んでから六年目の正月におやじも卒中で亡くなった。その年の四月にお れ はある私立の中学校を卒業する。六月に兄は商業学校を卒業した。兄は何とか会社 の九州の支店に口があって  ゆ 行 かなければならん。おれは東京でまだ学問をしなけれ ばならない。兄は家を売って財産を片付けて任地へ  しゅったつ 出立  すると云い出した。おれは どうでもするがよかろうと返事をした。どうせ兄の  やっかい 厄介  になる気はない。世話をし て く れ る に し た と こ ろ で 、 喧 嘩 を す る か ら 、 向 う で も 何 と か 云 い 出 す に   きま 極  っ て い る 。 なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。牛乳配達を しても食ってられると  か く ご 覚悟  をした。兄はそれから道具屋を呼んで来て、先祖代々の   が ら く た 瓦落多  を  に そ く さ ん も ん 二束三文  に売った。  い え や し き 家屋敷  はある人の  しゅうせん 周旋  である金満家に譲った。この方 は大分金になったようだが、  くわ 詳 しい事は一向知らぬ。おれは一ヶ月以前から、しば らく前途の方向のつくまで神田の  お が わ ま ち 小川町  へ下宿していた。清は十何年居たうちが人 手に  わた 渡 るのを大いに残念がったが、自分のものでないから、仕様がなかった。あな たがもう少し年をとっていらっしゃれば、ここがご相続が出来ますものをとしき り

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坊っちゃん に口説いていた。もう少し年をとって相続が出来るものなら、今でも相続が出来る はずだ。婆さんは  なんに 何 も知らないから年さえ取れば兄の家がもらえると信じている。  兄とおれはかように分れたが、困ったのは清の行く先である。兄は無論連れて行 け る 身 分 で な し 、 清 も 兄 の 尻 に く っ 付 い て 九 州   く んだ 下  り ま で 出 掛 け る 気 は 毛 頭 な し 、 と 云ってこの時のおれは  よじょうはん 四畳半  の安下宿に  こ も 籠 って、それすらもいざとなれば直ちに引 き  は ら 払 わねばならぬ始末だ。どうする事も出来ん。清に聞いてみた。どこかへ奉公で も す る 気 か ね と 云 っ た ら あ な た が お う ち を 持 っ て 、   お く 奥  さ ま を お 貰 い に な る ま で は 、 仕 方がないから、  おい 甥 の厄介になりましょうとようやく決心した返事をした。この甥は 裁判所の書記でまず今日には  さしつか 差支  えなく暮していたから、今までも清に来るなら来 いと二三度勧めたのだが、清はたとい下女奉公はしても年来住み  な 馴 れた  うち 家 の方がい いと云って応じなかった。しかし今の場合知らぬ屋敷へ  ほ う こ う が 奉公易  えをして入らぬ  き が ね 気兼   を仕直すより、甥の厄介になる方がましだと思ったのだろう。それにしても早くう ちを持ての、  さい 妻 を貰えの、来て世話をするのと云う。  し ん み 親身  の甥よりも他人のおれの 方が好きなのだろう。  九州へ立つ二日前兄が下宿へ来て金を六百円出してこれを資本にして  しょうばい 商買  をする なり、学資にして勉強をするなり、どうでも  ず い い 随意  に使うがいい、その代りあとは構 わないと云った。兄にしては感心なやり方だ、何の六百円ぐらい貰わんでも困りは

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坊っちゃん せ ん と 思 っ た が 、 例 に 似 ぬ   たんばく 淡泊   な 処 置 が 気 に 入 っ た か ら 、 礼 を 云 っ て 貰 っ て お い た 。 兄はそれから五十円出してこれをついでに清に渡してくれと云ったから、異議な く 引き受けた。二日立って新橋の  て い し ゃ ば 停車場  で分れたぎり兄にはその後一遍も逢わない。  おれは六百円の使用法について寝ながら考えた。商買をしたって  め ん ど 面倒  くさくって   うま 旨 く出来るものじゃなし、ことに六百円の金で商買らしい商買がやれる訳でもな か ろう。よしやれるとしても、今のようじゃ人の前へ出て教育を受けたと威張れない からつまり損になるばかりだ。資本などはどうでもいいから、これを学資にして勉 強 し て や ろ う 。六 百 円 を 三 に 割 っ て 一 年 に 二 百 円 ず つ 使 え ば 三 年 間 は 勉 強 が 出 来 る 。 三 年 間 一 生 懸 命 に や れ ば 何 か 出 来 る 。そ れ か ら ど こ の 学 校 へ は い ろ う と 考 え た が 、 学問は  しょうらい 生来  どれもこれも好きでない。ことに語学とか文学とか云うものは  ま っぴら 真平  ご  めん 免  だ。新体詩などと来ては二十行あるうちで一行も分らない。どうせ嫌いなものなら 何をやっても同じ事だと思ったが、幸い物理学校の前を通り  かか 掛 ったら生徒募集の広 告が出ていたから、何も縁だと思って規則書をもらってすぐ入学の手続きをして し まった。今考えるとこれも親譲りの無鉄砲から  お こ 起 った失策だ。  三年間まあ  ひとなみ 人並  に勉強はしたが別段たちのいい方でもないから、席順はいつでも 下から  かんじょう 勘定  する方が便利であった。しかし不思議なもので、三年立ったらとうとう 卒業してしまった。自分でも  お か 可笑  しいと思ったが苦情を云う訳もないから大人しく

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坊っちゃん 卒業しておいた。  卒業してから八日目に校長が呼びに来たから、何か用だろうと思って、出掛けて 行 っ た ら 、 四 国 辺 の あ る 中 学 校 で 数 学 の 教 師 が 入 る 。月 給 は 四 十 円 だ が 、 行 っ て は ど う だ と い う 相 談 で あ る 。お れ は 三 年 間 学 問 は し た が 実 を 云 う と 教 師 に な る 気 も 、   い な か 田舎   へ行く考えも何もなかった。もっとも教師以外に何をしようと云うあてもなかっ た から、この相談を受けた時、行きましょうと  そ くせき 即席  に返事をした。これも親譲りの無 鉄砲が  た た 祟 ったのである。  引き受けた以上は  ふ に ん 赴任  せねばならぬ。この三年間は四畳半に  ちっきょ 蟄居  して小言はただ の一度も聞いた事がない。喧嘩もせずに済んだ。おれの生涯のうちでは  ひ か く て き の ん き 比較的呑気   な時節であった。しかしこうなると四畳半も引き払わなければならん。生れてから 東京以外に踏み出したのは、同級生と一所に  か まくら 鎌倉  へ遠足した時ばかりである。今度 は鎌倉どころではない。大変な遠くへ行かねばならぬ。地図で見ると海浜で針の先 ほど小さく見える。どうせ碌な所ではあるまい。どんな町で、どんな人が住んで る か分らん。分らんでも困らない。心配にはならぬ。ただ行くばかりである。もっ と も少々面倒臭い。   家 を   たた 畳  ん で か ら も 清 の 所 へ は 折 々 行 っ た 。清 の 甥 と い う の は 存 外 結 構 な 人 で あ る 。 おれが  ゆ 行 くたびに、  お 居 りさえすれば、何くれと  も て 款待  なしてくれた。清はおれを前へ

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坊っちゃん 置いて、いろいろおれの  じ ま ん 自慢  を甥に聞かせた。今に学校を卒業すると麹町辺へ屋敷 を 買 っ て 役 所 へ 通 う の だ な ど と   ふいちょう 吹聴   し た 事 も あ る 。独 り で   き 極  め て   ひ と り 一人   で   し ゃ べ 喋舌   る か ら 、 こっちは  こ 困 まって顔を赤くした。それも一度や二度ではない。折々おれが小さい時 寝小便をした事まで持ち出すには閉口した。甥は何と思って清の自慢を聞いてい た か分らぬ。ただ清は  むかしふう 昔風  の女だから、自分とおれの関係を  ほうけん 封建  時代の  し ゅじゅう 主従  のように 考 え て い た 。自 分 の 主 人 な ら 甥 の た め に も 主 人 に 相 違 な い と   が て ん 合点   し た も の ら し い 。 甥こそいい  つ ら 面 の皮だ。  いよいよ約束が極まって、もう立つと云う三日前に清を  たず 尋 ねたら、北向きの三畳 に  か ぜ 風邪  を引いて寝ていた。おれの来たのを見て起き直るが早いか、  ぼ 坊 っちゃんいつ   うち 家 をお持ちなさいますと聞いた。卒業さえすれば金が自然とポッケットの中に湧 い て来ると思っている。そんなにえらい人をつらまえて、まだ坊っちゃんと呼ぶのは いよいよ馬鹿気ている。おれは単簡に当分うちは持たない。田舎へ行くんだと云っ たら、非常に失望した  よ う す 容子  で、  ご ま し お 胡麻塩  の  び ん 鬢 の乱れをしきりに  な 撫 でた。あまり気の毒 だ か ら ﹁   ゆ 行  く 事 は 行 く が じ き 帰 る 。来 年 の 夏 休 み に は き っ と 帰 る ﹂ と   な ぐさ 慰  め て や っ た 。 それでも妙な顔をしているから﹁何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい ﹂と 聞いてみたら﹁  え ち ご 越後  の  ささあめ 笹飴  が食べたい﹂と云った。越後の笹飴なんて聞いた事もな い 。第 一 方 角 が 違 う 。 ﹁ お れ の 行 く 田 舎 に は 笹 飴 は な さ そ う だ ﹂ と 云 っ て 聞 か し た ら

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坊っちゃん ﹁そんなら、どっちの見当です﹂と聞き返した。 ﹁西の方だよ﹂と云うと﹁  は こ ね 箱根  のさ きですか手前ですか﹂と問う。随分持てあました。  出立の日には朝から来て、いろいろ世話をやいた。来る  と ちゅう 途中  小間物屋で買って来 た  はみがき 歯磨  と  よ う じ 楊子  と  て ぬぐい 手拭  をズックの  か ば ん 革鞄  に入れてくれた。そんな物は入らないと云って もなかなか承知しない。車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た 時 、 車 へ 乗 り 込 ん だ お れ の 顔 を じ っ と 見 て ﹁ も う お 別 れ に な る か も 知 れ ま せ ん 。随 分 ご  き げ ん 機嫌  よう﹂と小さな声で云った。目に  なみだ 涙 が  いっぱい 一杯  たまっている。おれは泣かなかっ た。しかしもう少しで泣くところであった。汽車がよっぽど動き出してから、もう   だいしょうぶ 大丈夫   だ ろ う と 思 っ て 、 窓 か ら 首 を 出 し て 、 振 り 向 い た ら 、 や っ ぱ り 立 っ て い た 。何 だか大変小さく見えた。        二    ぶうと  い 云 って汽船がとまると、  はしけ 艀 が岸を  はな 離 れて、  こ 漕 ぎ寄せて来た。船頭は  ま 真 っ  ぱだか 裸  に 赤 ふ ん ど し を し め て い る 。  や ば ん 野蛮   な 所 だ 。も っ と も こ の 熱 さ で は 着 物 は き ら れ ま い 。 日が強いので水がやに光る。見つめていても  め 眼 がくらむ。事務員に聞いてみるとお れはここへ降りるのだそうだ。見るところでは  おおもり 大森  ぐらいな漁村だ。人を  ば か 馬鹿  にし

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坊っちゃん ていらあ、こんな所に  が ま ん 我慢  が出来るものかと思ったが仕方がない。  い せ い 威勢  よく一番に 飛び込んだ。  つ 続 づいて五六人は乗ったろう。外に大きな  はこ 箱 を四つばかり積み込んで 赤ふんは岸へ漕ぎ  もど 戻 して来た。  おか 陸 へ着いた時も、いの一番に飛び上がって、いきな り、  いそ 磯 に立っていた鼻たれ  こ ぞ う 小僧  をつらまえて中学校はどこだと聞いた。小僧はぼん やりして、知らんがの、と云った。気の利かぬ  い な か 田舎  ものだ。  ねこ 猫 の額ほどな町内の  くせ 癖  に、中学校のありかも知らぬ  やつ 奴 があるものか。ところへ  みょう 妙 な  つつ 筒 っぽうを着た男がき て 、こ っ ち へ 来 い と 云 う か ら 、  つ 尾  い て 行 っ た ら 、港 屋 と か 云 う 宿 屋 へ 連 れ て 来 た 。 やな女が声を  そろ 揃 えてお上がりなさいと云うので、上がるのがいやになった。門口へ 立ったなり中学校を教えろと云ったら、中学校はこれから汽車で二里ばかり行か な くっちゃいけないと聞いて、なお上がるのがいやになった。おれは、筒っぽうを 着 た男から、おれの  か ば ん 革鞄  を二つ引きたくって、のそのそあるき出した。宿屋のものは 変な顔をしていた。  停車場はすぐ知れた。  き っ ぷ 切符  も訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱のような 汽車だ。ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない 。道 理で切符が安いと思った。たった三銭である。それから車を  やと 傭 って、中学校へ来た ら、もう放課後で  だれ 誰 も居ない。宿直はちょっと  ようたし 用達  に出たと  こづかい 小使  が教えた。  ずいぶん 随分  気 楽な宿直がいるものだ。校長でも  たず 尋 ねようかと思ったが、  く た び 草臥  れたから、車に乗っ

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坊っちゃん て宿屋へ連れて行けと車夫に云い付けた。車夫は威勢よく  や ま し ろ や 山城屋  と云ううちへ横付 けにした。山城屋とは質屋の  か ん た ろ う 勘太郎  の屋号と同じだからちょっと面白く思った。  何だか二階の  は し ご だ ん 楷子段  の下の暗い部屋へ案内した。熱くって居られやしない。こん な部屋はいやだと云ったらあいにくみんな  ふさ 塞 がっておりますからと云いながら革鞄 を  ほ う 抛 り出したまま出て行った。仕方がないから部屋の中へはいって  あせ 汗 をかいて  が ま ん 我慢   し て い た 。や が て 湯 に 入 れ と 云 う か ら 、 ざ ぶ り と 飛 び 込 ん で 、 す ぐ 上 が っ た 。帰 り が けに  のぞ 覗 いてみると  すず 涼 しそうな部屋がたくさん空いている。失敬な奴だ。  うそ 嘘 をつきゃ あがった。それから下女が  ぜん 膳 を持って来た。部屋は  あ 熱 つかったが、飯は下宿のより も 大 分   うま 旨  か っ た 。給 仕 を し な が ら 下 女 が ど ち ら か ら お い で に な り ま し た と 聞 く か ら 、 東京から来たと答えた。すると東京はよい所でございましょうと云ったから  あた 当 り前 だ と 答 え て や っ た 。膳 を 下 げ た 下 女 が 台 所 へ い っ た 時 分 、大 き な 笑 い 声 が   きこ 聞  え た 。 くだらないから、すぐ  ね 寝 たが、なかなか寝られない。熱いばかりではない。  そうぞう 騒々  し い。下宿の五倍ぐらいやかましい。うとうとしたら  きよ 清 の  ゆめ 夢 を見た。清が  え ち ご 越後  の  さ さあめ 笹飴   を 笹 ぐ る み 、む し ゃ む し ゃ 食 っ て い る 。笹 は 毒 だ か ら よ し た ら よ か ろ う と 云 う と 、 いえこの笹がお薬でございますと  い 云 って旨そうに食っている。おれがあきれ返って 大きな口を開いてハハハハと笑ったら眼が覚めた。下女が雨戸を明けている。相変 らず空の底が  つ 突 き  ぬ 抜 けたような天気だ。

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坊っちゃん    どうちゅう 道中  をしたら茶代をやるものだと聞いていた。茶代をやらないと  そ ま つ 粗末  に取り扱わ れると聞いていた。こんな、  せま 狭 くて暗い部屋へ  お 押 し込めるのも茶代をやらないせい だろう。見すぼらしい  な り 服装  をして、ズックの革鞄と  け じ ゅ す 毛繻子  の  こ う も り 蝙蝠傘  を提げてるから だろう。田舎者の癖に人を  み く び 見括  ったな。一番茶代をやって  おどろ 驚 かしてやろう。おれは これでも学資のあまりを三十円ほど  ふところ 懐 に入れて東京を出て来たのだ。汽車と汽船の 切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほどある。みんなやったってこれからは月 給を  もら 貰 うんだから構わない。田舎者はしみったれだから五円もやれば  おど 驚 ろいて眼を   まわ 廻  す に   きま 極  っ て い る 。ど う す る か 見 ろ と   すま 済  し て 顔 を 洗 っ て 、 部 屋 へ 帰 っ て 待 っ て る と 、 夕 べ の 下 女 が 膳 を 持 っ て 来 た 。  ぼ ん 盆  を 持 っ て 給 仕 を し な が ら 、 や に に や に や 笑 っ て る 。 失 敬 な 奴 だ 。顔 の な か を お 祭 り で も 通 り ゃ し ま い し 。こ れ で も こ の 下 女 の   つら 面  よ り よ っ ぽど上等だ。飯を済ましてからにしようと思っていたが、  しゃく 癪 に  さわ 障 ったから、  ちゅうと 中途  で 五円  さつ 札 を一  まい 枚 出して、あとでこれを帳場へ持って行けと云ったら、下女は変な顔を していた。それから飯を済ましてすぐ学校へ  で か 出懸  けた。  くつ 靴 は  みが 磨 いてなかった。   学 校 は   き の う 昨日   車 で 乗 り つ け た か ら 、   たいがい 大概   の 見 当 は 分 っ て い る 。四 つ 角 を 二 三 度 曲 が っ たらすぐ門の前へ出た。門から  げ んかん 玄関  までは  み か げ い し 御影石  で  し 敷 きつめてある。きのうこの敷 石の上を車でがらがらと通った時は、  む や み 無暗  に  ぎょうさん 仰山  な音がするので少し弱った。途中 から  こ く ら 小倉  の制服を着た生徒にたくさん  あ 逢 ったが、みんなこの門をはいって行く。中

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坊っちゃん にはおれより背が高くって強そうなのが居る。あんな奴を教えるのかと思ったら 何 だか気味が  わ 悪 るくなった。  め い し 名刺  を出したら校長室へ通した。校長は  うすひげ 薄髯  のある、色 の黒い、目の大きな  たぬき 狸 のような男である。やにもったいぶっていた。まあ精出して 勉強してくれと云って、  うやうや 恭 しく大きな印の  おさ 捺 った、辞令を  わた 渡 した。この辞令は東京 へ帰るとき丸めて海の中へ抛り  こ 込 んでしまった。校長は今に職員に  しょうかい 紹介  してやるか ら、一々その人にこの辞令を見せるんだと云って聞かした。余計な手数だ。そん な   めんどう 面倒  な事をするよりこの辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。   教 員 が   ひ かえじょ 控所   へ   そ ろ 揃  う に は 一 時 間 目 の   ら っ ぱ 喇叭   が 鳴 ら な く て は な ら ぬ 。大 分 時 間 が あ る 。 校長は時計を出して見て、  おいおい 追々  ゆるりと話すつもりだが、まず大体の事を  の 呑 み込ん で お い て も ら お う と 云 っ て 、そ れ か ら 教 育 の 精 神 に つ い て 長 い お 談 義 を 聞 か し た 。 おれは無論いい加減に聞いていたが、途中からこれは飛んだ所へ来たと思った。校 長の云うようにはとても出来ない。おれみたような  む て っ ぽ う 無鉄砲  なものをつらまえて、生 徒の  も は ん 模範  になれの、一校の  しひょう 師表  と  あお 仰 がれなくてはいかんの、学問以外に個人の徳化 を  お よ 及 ぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をする。そんなえらい 人が月給四十円で  はるばる 遥々  こんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が立て ば  け ん か 喧嘩  の一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も 聞けない、散歩も出来ない。そんなむずかしい役なら  やと 雇 う前にこれこれだと話すが

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坊っちゃん いい。おれは  うそ 嘘 をつくのが  きら 嫌 いだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきら めて、思い切りよく、ここで  こと 断 わって帰っちまおうと思った。宿屋へ五円やったか ら  さ い ふ 財布  の中には九円なにがししかない。九円じゃ東京までは帰れない。茶代なんか やらなければよかった。  お 惜 しい事をした。しかし九円だって、どうかならない事は ない。旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、  とうてい 到底  あなたのおっしゃ る通りにゃ、出来ません、この辞令は返しますと云ったら、校長は狸のような眼 を ぱちつかせておれの顔を見ていた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希 望 通 り 出 来 な い の は よ く 知 っ て い る か ら 心 配 し な く っ て も い い と 云 い な が ら 笑 っ た 。 そのくらいよく知ってるなら、始めから  お ど さ 威嚇  さなければいいのに。  そう、こうする内に喇叭が鳴った。教場の方が急にがやがやする。もう教員も 控 所へ揃いましたろうと云うから、校長に尾いて教員控所へはいった。広い細長い部 屋の周囲に机を  なら 並 べてみんな  こし 腰 をかけている。おれがはいったのを見て、みんな申 し合せたようにおれの顔を見た。見世物じゃあるまいし。それから申し付けられた 通り  ひ と り び と り 一人一人  の前へ行って辞令を出して  あ いさつ 挨拶  をした。  たいがい 大概  は  い す 椅子  を離れて腰をかが めるばかりであったが、念の入ったのは差し出した辞令を受け取って一応拝見を し てそれを  うやうや 恭 しく  へんきゃく 返却  した。まるで宮芝居の  ま ね 真似  だ。十五人目に  たいそう 体操  の教師へと廻っ て 来 た 時 に は 、 同 じ 事 を 何 返 も や る の で 少 々 じ れ っ た く な っ た 。  むこ 向  う は 一 度 で 済 む 。

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坊っちゃん こ っ ち は 同 じ   し ょ さ 所作   を 十 五 返 繰 り 返 し て い る 。少 し は ひ と の   りょうけん 了見   も 察 し て み る が い い 。  挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。これは文学士だそうだ。文学 士と云えば大学の卒業生だからえらい人なんだろう。  みょう 妙 に女のような優しい声を出 す人だった。もっとも驚いたのはこの暑いのにフランネルの  し ゃ つ 襯衣  を着ている。いく らか  うす 薄 い地には  そ う い 相違  なくっても暑いには極ってる。文学士だけにご苦労千万な  な り 服装   をしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を  ば か 馬鹿  にしている。あとから聞いた らこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人の説 明では赤は  か ら だ 身体  に薬になるから、衛生のためにわざわざ  あつ 誂 らえるんだそうだが、入 らざる心配だ。そんならついでに着物も  は かま 袴 も赤にすればいい。それから英語の教師 に  こ が 古賀  とか云う大変顔色の  わ 悪 るい男が居た。大概顔の  あお 蒼 い人は  や 瘠 せてるもんだがこ の 男 は 蒼 く ふ く れ て い る 。  む かし 昔  小 学 校 へ 行 く 時 分 、   あ さ い 浅井   の   た み 民  さ ん と 云 う 子 が 同 級 生 に あ っ た が 、こ の 浅 井 の お や じ が や は り 、こ ん な 色 つ や だ っ た 。浅 井 は   ひゃくしょう 百姓   だ か ら 、 百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いてみたら、そうじゃありません、あの人 はうらなりの  と う な す 唐茄子  ばかり食べるから、蒼くふくれるんですと教えてくれた。それ 以来蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った  むく 酬 いだと思う。この英 語の教師もうらなりばかり食ってるに  ちが 違 いない。もっともうらなりとは何の事か今 もって知らない。清に聞いてみた事はあるが、清は笑って答えなかった。大方清 も

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坊っちゃん 知らないんだろう。それからおれと同じ数学の教師に  ほ っ た 堀田  というのが居た。これは   たくま 逞 しい  い が ぐ り ぼ う ず 毬栗坊主  で、  えいざん 叡山  の  あくそう 悪僧  と云うべき  つらがまえ 面構  である。人が  ていねい 叮寧  に辞令を見せたら 見向きもせず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに  き た ま 来給  えアハハハと云った。何がア ハハハだ。そんな  れ い ぎ 礼儀  を心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時から この坊主に  やまあらし 山嵐  という  あ だ な 渾名  をつけてやった。漢学の先生はさすがに  かた 堅 いものだ。昨 日お着きで、さぞお疲れで、それでもう授業をお始めで、大分ご  れいせい 励精  で、︱ ︱︱との べつに弁じたのは  あいきょう 愛嬌  のあるお  じい 爺 さんだ。画学の教師は全く芸人風だ。べらべらし た   す き や 透綾   の 羽 織 を 着 て 、   せ ん す 扇子   を ぱ ち つ か せ て 、 お 国 は ど ち ら で げ す 、 え ? 東 京 ? そ りゃ  うれ 嬉 しい、お仲間が出来て⋮⋮  わたし 私 もこれで  え ど 江戸  っ子ですと云った。こんなのが江 戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。そのほか一人一人につ い てこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。  挨拶が一通り済んだら、校長が今日はもう引き取ってもいい、もっとも授業上の 事 は 数 学 の 主 任 と 打 ち 合 せ を し て お い て 、  あ さ っ て 明後日   か ら 課 業 を 始 め て く れ と 云 っ た 。 数学の主任は誰かと聞いてみたら例の山嵐であった。  いまいま 忌々  しい、こいつの下に働く のかおやおやと失望した。山嵐は﹁おい君どこに  とま 宿 ってるか、山城屋か、うん、今 に行って相談する﹂と云い残して  はくぼく 白墨  を持って教場へ出て行った。主任の癖に向う から来て相談するなんて不見識な男だ。しかし呼び付けるよりは感心だ。

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坊っちゃん  それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないか ら、少し町を散歩してやろうと思って、無暗に足の向く方をあるき散らした。県 庁 も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見た。  あ ざ ぶ 麻布  の  れんたい 聯隊  より立派でない。大通 りも見た。  か ぐ ら ざ か 神楽坂  を半分に狭くしたぐらいな  み ちはば 道幅  で  まちなみ 町並  はあれより落ちる。二十五 万石の城下だって高の知れたものだ。こんな所に住んでご城下だなどと  い ば 威張  ってる 人間は  か わ い そ う 可哀想  なものだと考えながらくると、いつしか山城屋の前に出た。広いよう でも狭いものだ。これで  たいてい 大抵  は  み つ く 見尽  したのだろう。帰って飯でも食おうと門口をは いった。帳場に  すわ 坐 っていたかみさんが、おれの顔を見ると急に飛び出してきてお帰 り⋮⋮と板の間へ頭をつけた。  くつ 靴 を  ぬ 脱 いで上がると、お  ざ し き 座敷  があきましたからと下 女 が 二 階 へ 案 内 を し た 。十 五   じょう 畳  の 表 二 階 で 大 き な   とこ 床  の   ま 間  が つ い て い る 。お れ は 生 れ てからまだこんな立派な座敷へはいった事はない。この後いつはいれるか分らな い から、洋服を脱いで  ゆ か た 浴衣  一枚になって座敷の  ま んなか 真中  へ大の字に寝てみた。いい心持ち である。  昼飯を食ってから早速清へ手紙をかいてやった。おれは文章がまずい上に字を 知 らないから手紙を書くのが  だいきら 大嫌  いだ。またやる所もない。しかし清は心配している だろう。難船して死にやしないかなどと思っちゃ困るから、  ふんぱつ 奮発  して長いのを書い てやった。その文句はこうである。

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坊っちゃん ﹁きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寝ている。宿屋へ茶代を五円や っ た。かみさんが頭を板の間へすりつけた。夕べは寝られなかった。清が笹飴を笹 ご と食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校へ行ってみんなにあだなをつけてやっ た。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山嵐、画学はの だ いこ。今にいろいろな事を書いてやる。さようなら﹂  手紙をかいてしまったら、いい心持ちになって  ね む け 眠気  がさしたから、最前のように 座敷の真中へのびのびと大の字に寝た。今度は夢も何も見ないでぐっすり寝た。こ の 部 屋 か い と 大 き な 声 が す る の で 目 が 覚 め た ら 、 山 嵐 が は い っ て 来 た 。最 前 は 失 敬 、 君の受持ちは⋮⋮と人が起き上がるや否や談判を開かれたので大いに  ろうばい 狼狽  した。受 持ちを聞いてみると別段むずかしい事もなさそうだから承知した。このくらいの 事 な ら 、 明 後 日 は   おろか 愚  、   あ し た 明日   か ら 始 め ろ と 云 っ た っ て 驚 ろ か な い 。授 業 上 の 打 ち 合 せ が 済 んだら、君はいつまでこんな宿屋に居るつもりでもあるまい、  ぼく 僕 がいい下宿を  し ゅうせん 周旋   してやるから移りたまえ。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出来る。早い 方がいいから、今日見て、あす移って、あさってから学校へ行けば極りがいいと 一 人で呑み込んでいる。なるほど十五畳敷にいつまで居る訳にも行くまい。月給をみ んな  しゅくりょう 宿料  に  はら 払 っても追っつかないかもしれぬ。五円の茶代を  ふんぱつ 奮発  してすぐ移るのは ちと残念だが、どうせ移る者なら、早く引き  こ 越 して落ち付く方が便利だから、そこ

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坊っちゃん のところはよろしく山嵐に  たの 頼 む事にした。すると山嵐はともかくもいっしょに来て みろと云うから、行った。町はずれの岡の中腹にある家で至極  かんせい 閑静  だ。主人は  こ っとう 骨董   を売買するいか銀と云う男で、  に ょうぼう 女房  は  ていしゅ 亭主  よりも四つばかり  としかさ 年嵩  の女だ。中学校に 居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似てい る 。ウ ィ ッ チ だ っ て 人 の 女 房 だ か ら 構 わ な い 。と う と う 明 日 か ら 引 き 移 る 事 に し た 。 帰りに山嵐は  と おりちょう 通町  で氷水を一  ぱいおご 杯奢  った。学校で逢った時はやに  おうふう 横風  な失敬な奴だと 思ったが、こんなにいろいろ世話をしてくれるところを見ると、わるい男でもなさ そうだ。ただおれと同じようにせっかちで  かんしゃくもち 肝癪持  らしい。あとで聞いたらこの男が 一番生徒に人望があるのだそうだ。        三    いよいよ学校へ出た。初めて教場へはいって高い所へ乗った時は、何だか変だっ た 。講 釈 を し な が ら 、 お れ で も 先 生 が 勤 ま る の か と 思 っ た 。生 徒 は や か ま し い 。時 々   ず ぬ 図抜  けた大きな声で先生と  い 云 う。先生には  こた 応 えた。今まで物理学校で毎日先生先生 と 呼 び つ け て い た が 、 先 生 と 呼 ぶ の と 、 呼 ば れ る の は   うんでい 雲泥   の 差 だ 。何 だ か 足 の 裏 が む ずむずする。おれは  ひきょう 卑怯  な人間ではない。  おくびょう 臆病  な男でもないが、  お 惜 しい事に  たんりょく 胆力  が

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坊っちゃん 欠けている。先生と大きな声をされると、腹の減った時に丸の内で  ど ん 午砲  を聞いたよ うな気がする。最初の一時間は何だかいい加減にやってしまった。しかし別段困っ た質問も  か 掛 けられずに済んだ。  ひ かえじょ 控所  へ帰って来たら、山嵐がどうだいと聞いた。う んと単簡に返事をしたら山嵐は安心したらしかった。   二 時 間 目 に   はくぼく 白墨   を 持 っ て 控 所 を 出 た 時 に は 何 だ か 敵 地 へ 乗 り   こ 込  む よ う な 気 が し た 。 教場へ出ると今度の組は前より大きな  やつ 奴 ばかりである。おれは  え ど 江戸  っ子で  き ゃしゃ 華奢  に小 作 り に 出 来 て い る か ら 、 ど う も 高 い 所 へ 上 が っ て も   お 押  し が 利 か な い 。  け ん か 喧嘩   な ら   す も う と り 相撲取   とでもやってみせるが、こんな  おおぞう 大僧  を四十人も前へ  なら 並 べて、ただ一  まい 枚 の舌をたたい て  きょうしゅく 恐縮  させる手際はない。しかしこんな  い な か も の 田舎者  に弱身を見せると  くせ 癖 になると思った から、なるべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。最初のうちは、生 徒も  けむ 烟 に  ま 捲 かれてぼんやりしていたから、それ見ろとますます得意になって、べら んめい調を用いてたら、一番前の列の  まんなか 真中  に居た、一番強そうな奴が、いきなり起 立 し て 先 生 と 云 う 。そ ら 来 た と 思 い な が ら 、 何 だ と 聞 い た ら 、﹁ あ ま り 早 く て 分 か ら んけれ、もちっと、ゆるゆる  や 遣 って、おくれんかな、もし﹂と云った。 、  お 、  く 、  れ 、  ん 、  か 、  な、 、  も 、  しは  な ま ぬ 生温  るい言葉だ。早過ぎるなら、ゆっくり云ってやるが、おれは江戸っ 子だから  き み ら 君等  の言葉は使えない、  わか 分 らなければ、分るまで待ってるがいいと答えて やった。この調子で二時間目は思 ったより、うまく行った。ただ帰りがけに生徒の

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坊っちゃん 一人がちょっとこの問題を解釈をしておくれんかな、もし、と出来そうもない   き か 幾何   の問題を持って  せま 逼 ったには  ひやあせ 冷汗  を流した。仕方がないから何だか分らない、この次 教えてやると急いで引き  あ 揚 げたら、生徒がわあと  は や 囃 した。その中に出来ん出来んと 云う声が  きこ 聞 える。  べらぼう 箆棒  め、先生だって、出来ないのは当り前だ。出来ないのを出来 ないと云うのに不思議があるもんか。そんなものが出来るくらいなら四十円でこ ん な田舎へくるもんかと控所へ帰って来た。今度はどうだとまた山嵐が聞いた。うん と云ったが、うんだけでは気が済まなかったから、この学校の生徒は分らずやだな と云ってやった。山嵐は  みょう 妙 な顔をしていた。  三時間目も、四時間目も昼過ぎの一時間も大同小異であった。最初の日に出た 級 は、いずれも少々ずつ失敗した。教師ははたで見るほど楽じゃないと思った。授 業 は ひ と 通 り 済 ん だ が 、 ま だ 帰 れ な い 、 三 時 ま で ぽ つ   ね ん 然  と し て 待 っ て な く て は な ら ん 。 三時になると、受持級の生徒が自分の教室を  そ う じ 掃除  して  し ら せ 報知  にくるから検分をするん だそうだ。それから、  しゅっせきぼ 出席簿  を一応調べてようやくお  ひま 暇 が出る。いくら月給で買わ れた  か ら だ 身体  だって、あいた時間まで学校へ  し ば 縛 りつけて机と  にら 睨 めっくらをさせるなんて 法があるものか。しかしほかの連中はみんな  お と な 大人  しくご規則通りやってるから新参 の お れ ば か り 、 だ だ を   こ 捏  ね る の も よ ろ し く な い と 思 っ て   が ま ん 我慢   し て い た 。帰 り が け に 、 君何でもかんでも三時  すぎ 過 まで学校にいさせるのは  おろか 愚 だぜと山嵐に訴えたら、山嵐は

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坊っちゃん そうさアハハハと笑ったが、あとから  ま じ め 真面目  になって、君あまり学校の不平を云う と、いかんぜ。云うなら  ぼく 僕 だけに話せ、  ず いぶん 随分  妙な人も居るからなと忠告がましい事 を云った。四つ角で分れたから  くわ 詳 しい事は聞くひまがなかった。  それからうちへ帰ってくると、宿の  ていしゅ 亭主  がお茶を入れましょうと云ってやって来 る 。お 茶 を 入 れ る と 云 う か ら ご   ち そ う 馳走   を す る の か と 思 う と 、 お れ の 茶 を   えんりょ 遠慮   な く 入 れ て 自分が飲むのだ。この様子では  る す ち ゅ う 留守中  も勝手にお茶を入れましょうを  ひ と り 一人  で  り こ う 履行  し ているかも知れない。亭主が云うには手前は  し ょ が こ っ と う 書画骨董  がすきで、とうとうこんな商 買を内々で始めるようになりました。あなたもお見受け申すところ大分ご風流で い らっしゃるらしい。ちと道楽にお始めなすってはいかがですと、飛んでもない   か んゆう 勧誘   をやる。二年前ある人の  つかい 使 に  ていこく 帝国  ホテルへ行った時は  じょうまえ 錠前  直しと  ま ち が 間違  えられた事が ある。ケットを  かぶ 被 って、  かまくら 鎌倉  の大仏を見物した時は車屋から親方と云われた。その 外  こ んにち 今日  まで  みそくな 見損  われた事は随分あるが、まだおれをつらまえて大分ご風流でいらっ し ゃ る と 云 っ た も の は な い 。  たいてい 大抵   は な り や 様 子 で も 分 る 。風 流 人 な ん て い う も の は 、   え 画 を見ても、  ず き ん 頭巾  を  かぶ 被 るか  たんざく 短冊  を持ってるものだ。このおれを風流人だなどと真面 目に云うのはただの  くせもの 曲者  じゃない。おれはそんな  の ん き 呑気  な  いんきょ 隠居  のやるような事は  き ら 嫌 い だと云ったら、亭主はへへへへと笑いながら、いえ始めから好きなものは、どな た もございませんが、いったんこの道にはいるとなかなか出られませんと一人で茶 を

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坊っちゃん 注いで妙な  て つ き 手付  をして飲んでいる。実はゆうべ茶を買ってくれと  たの 頼 んでおいたのだ が、こんな苦い  こ 濃 い茶はいやだ。一  ぱ い 杯 飲むと胃に答えるような気がする。今度から もっと苦くないのを買ってくれと云ったら、かしこまりましたとまた一杯しぼっ て 飲んだ。人の茶だと思って  む や み 無暗  に飲む  やつ 奴 だ。主人が引き下がってから、明日の  し たよみ 下読   をしてすぐ  ね 寝 てしまった。  それから毎日毎日学校へ出ては規則通り働く、毎日毎日帰って来ると主人がお 茶 を入れましょうと出てくる。一週間ばかりしたら学校の様子もひと通りは飲み込 め たし、宿の夫婦の人物も  たいがい 大概  は分った。ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて一 週間から一ヶ月ぐらいの間は自分の評判がいいだろうか、  わ 悪 るいだろうか非常に気 に  か 掛 かるそうであるが、おれは一向そんな感じはなかった。教場で折々しくじると その時だけはやな心持ちだが三十分ばかり立つと  き れ い 奇麗  に消えてしまう。おれは何事 によらず長く心配しようと思っても心配が出来ない男だ。教場のしくじりが生徒 に どんな  えいきょう 影響  を  あた 与 えて、その影響が校長や教頭にどんな反応を  てい 呈 するかまるで  むとんじゃく 無頓着   であった。おれは前に云う通りあまり度胸の  す わ 据 った男ではないのだが、思い切りは すこぶるいい人間である。この学校がいけなければすぐどっかへ  ゆ 行 く  か く ご 覚悟  でいたか ら、  たぬき 狸 も赤シャツも、ちっとも  お そろ 恐 しくはなかった。まして教場の  こ ぞ う 小僧  共なんかには   あいきょう 愛嬌  もお世辞も使う気になれなかった。学校はそれでいいのだが下宿の方はそうは

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坊っちゃん いかなかった。亭主が茶を飲みに来るだけなら我慢もするが、いろいろな者を持っ て く る 。始 め に 持 っ て 来 た の は 何 で も 印 材 で 、   とお 十  ば か り   なら 並  べ て お い て 、 み ん な で 三 円 なら安い物だお買いなさいと云う。  い な か ま わ 田舎巡  りのヘボ絵師じゃあるまいし、そんなも の は 入 ら な い と 云 っ た ら 、 今 度 は   か ざ ん 華山   と か 何 と か 云 う 男 の 花 鳥 の   か けもの 掛物   を も っ て 来 た 。 自分で  と こ 床 の  ま 間 へかけて、いい出来じゃありませんかと云うから、そうかなと  い い か げ ん 好加減   に  あ いさつ 挨拶  をすると、華山には  ふ た り 二人  ある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山です が 、 こ の   ふく 幅  は そ の 何 と か 華 山 の 方 だ と 、 く だ ら な い 講 釈 を し た あ と で 、 ど う で す 、 あ な た な ら 十 五 円 に し て お き ま す 。お 買 い な さ い と   さいそく 催促   を す る 。金 が な い と 断 わ る と 、 金なんか、いつでもようございますとなかなか  が ん こ 頑固  だ。金があつても買わないんだ と、その時は追っ  ぱら 払 っちまった。その次には  おにがわら 鬼瓦  ぐらいな  おおすずり 大硯  を担ぎ込んだ。これ は  た んけい 端渓  です、端渓ですと二  へん 遍 も三遍も端渓がるから、面白半分に端渓た何だいと聞 いたら、すぐ講釈を始め出した。端渓には上層中層下層とあって、今時のものは み んな上層ですが、これはたしかに中層です、この  が ん 眼 をご覧なさい。眼が三つあるの は  め ず 珍 らしい。  はつぼく 溌墨  の具合も至極よろしい、試してご覧なさいと、おれの前へ大きな 硯を  つ 突 きつける。いくらだと聞くと、持主が  し な 支那  から持って帰って来て是非売りた いと云いますから、お安くして三十円にしておきましょうと云う。この男は  ば か 馬鹿  に   そ う い 相違  ない。学校の方はどうかこうか無事に勤まりそうだが、こう  こっとうぜめ 骨董責  に  あ 逢 っては

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坊っちゃん とても長く続きそうにない。  そのうち学校もいやになった。  ある日の晩  お おまち 大町  と云う所を散歩していたら郵 便局の  と な 隣 りに  そ ば 蕎麦  とかいて、下に東京と注を加えた看板があった。おれは蕎麦が大 好きである。東京に  お 居 った時でも蕎麦屋の前を通って薬味の  にお 香 いをかぐと、どうし ても  の れ ん 暖簾  がくぐりたくなった。今日までは数学と骨董で蕎麦を忘れていたが、こう して看板を見ると素通りが出来なくなる。ついでだから一杯食って行こうと思っ て 上がり込んだ。見ると看板ほどでもない。東京と  こ と 断 わる以上はもう少し奇麗にしそ う な も の だ が 、 東 京 を 知 ら な い の か 、 金 が な い の か 、   めっぽう 滅法   き た な い 。  た たみ 畳  は 色 が 変 っ て お負けに砂でざらざらしている。  かべ 壁 は  すす 煤 で  まっくろ 真黒  だ。  てんじょう 天井  はランプの  ゆ え ん 油烟  で  くす 燻 ぼって るのみか、低くって、思わず首を縮めるくらいだ。ただ麗々と蕎麦の名前をかい て 張り付けたねだん付けだけは全く新しい。何でも古いうちを買って  に さ ん ち 二三日  前から開 業したに  ちが 違 いなかろう。ねだん付の第一号に  て ん ぷ ら 天麩羅  とある。おい天麩羅を持ってこ い と 大 き な 声 を 出 し た 。す る と こ の 時 ま で   すみ 隅  の 方 に 三 人 か た ま っ て 、 何 か つ る つ る 、 ちゅうちゅう食ってた  れ んじゅう 連中  が、ひとしくおれの方を見た。  へ や 部屋  が暗いので、ちょっ と気がつかなかったが顔を合せると、みんな学校の生徒である。先方で  あいさつ 挨拶  をした から、おれも挨拶をした。その晩は  ひ さ 久 し  ぶ り 振 に蕎麦を食ったので、  うま 旨 かったから天麩 羅を四杯  た いら 平 げた。

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坊っちゃん  翌日何の気もなく教場へはいると、黒板一杯ぐらいな大きな字で、天麩羅先生と かいてある。おれの顔を見てみんなわあと笑った。おれは馬鹿馬鹿しいから、天 麩 羅 を 食 っ ち ゃ   お か 可笑   し い か と 聞 い た 。す る と 生 徒 の   ひ と り 一人   が 、 し か し 四 杯 は 過 ぎ る ぞ な 、 もし、と云った。四杯食おうが五杯食おうがおれの銭でおれが食うのに文句がある もんかと、さっさと講義を済まして控所へ帰って来た。十分立って次の教場へ出る と一つ天麩羅四杯なり。  ただ 但 し笑うべからず。と黒板にかいてある。さっきは別に腹 も立たなかったが今度は  しゃく 癪 に  さわ 障 った。  じょうだん 冗談  も度を過ごせばいたずらだ。  やきもち 焼餅  の  く ろこげ 黒焦   のようなもので  だれ 誰 も  ほ 賞 め手はない。田舎者はこの呼吸が分からないからどこまで  お 押  して行っても構わないと云う  りょうけん 了見  だろう。一時間あるくと見物する町もないような   せま 狭  い 都 に 住 ん で 、 外 に 何 に も 芸 が な い か ら 、 天 麩 羅 事 件 を   に ち ろ 日露   戦 争 の よ う に   ふ 触  れ ち ら かすんだろう。  あわ 憐 れな  や つ ら 奴等  だ。小供の時から、こんなに教育されるから、いやにひ ねっこびた、  う え き ば ち 植木鉢  の  かえで 楓 みたような  し ょうじん 小人  が出来るんだ。  む じ ゃ き 無邪気  ならいっしょに笑っ てもいいが、こりゃなんだ。小供の  く せ 癖 に  お つ 乙 に毒気を持ってる。おれはだまって、天 麩羅を消して、こんないたずらが面白いか、  ひ きょう 卑怯  な冗談だ。君等は卑怯と云う意味 を 知 っ て る か 、と 云 っ た ら 、自 分 が し た 事 を 笑 わ れ て   おこ 怒  る の が 卑 怯 じ ゃ ろ う が な 、 もしと答えた奴がある。やな奴だ。わざわざ東京から、こんな奴を教えに来たの か と思ったら情なくなった。余計な減らず口を利かないで勉強しろと云って、授業を

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坊っちゃん 始めてしまった。それから次の教場へ出たら天麩羅を食うと減らず口が利きたく な るものなりと書いてある。どうも始末に終えない。あんまり腹が立ったから、そ ん な生意気な奴は教えないと云ってすたすた帰って来てやった。生徒は休みになっ て 喜んだそうだ。こうなると学校より骨董の方がまだましだ。  天麩羅蕎麦もうちへ帰って、一晩寝たらそんなに  かんしゃく 肝癪  に障らなくなった。学校へ 出てみると、生徒も出ている。何だか訳が分らない。それから三日ばかりは無事 で あったが、四日目の晩に  す み た 住田  と云う所へ行って  だ ん ご 団子  を食った。この住田と云う所は 温 泉 の あ る 町 で 城 下 か ら 汽 車 だ と 十 分 ば か り 、 歩 い て 三 十 分 で 行 か れ る 、 料 理 屋 も 温 泉 宿 も 、 公 園 も あ る 上 に   ゆうかく 遊廓   が あ る 。お れ の は い っ た 団 子 屋 は 遊 廓 の 入 口 に あ っ て 、 大変うまいという評判だから、温泉に行った帰りがけにちょっと食ってみた。今度 は生徒にも逢わなかったから、  だれ 誰 も知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間 目 の 教 場 へ は い る と 団 子 二   さ ら 皿  七 銭 と 書 い て あ る 。実 際 お れ は 二 皿 食 っ て 七 銭   はら 払  っ た 。 どうも  や っかい 厄介  な奴等だ。二時間目にもきっと何かあると思うと遊廓の団子旨い旨いと 書いてある。あきれ返った奴等だ。団子がそれで済んだと思ったら今度は  あ かてぬぐい 赤手拭  と 云うのが評判になった。何の事だと思ったら、つまらない来歴だ。おれはここへ 来 てから、毎日住田の温泉へ行く事に  き 極 めている。ほかの所は何を見ても東京の足元 にも  およ 及 ばないが温泉だけは立派なものだ。せっかく来た者だから毎日はいってやろ

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坊っちゃん うという気で、晩飯前に運動かたがた  で か け 出掛  る。ところが行くときは必ず西洋手拭の 大きな奴をぶら下げて行く。この手拭が湯に  そ ま 染 った上へ、赤い  しま 縞 が流れ出したので ちょっと見ると  べにいろ 紅色  に見える。おれはこの手拭を行きも帰りも、汽車に乗ってもあ るいても、常にぶら下げている。それで生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云うんだ そうだ。どうも狭い土地に住んでるとうるさいものだ。まだある。温泉は三階の 新 築で上等は  ゆ か た 浴衣  をかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が  てんもく 天目  へ茶を  の 載 せ て出す。おれはいつでも上等へはいった。すると四十円の月給で毎日上等へはいる の は   ぜいたく 贅沢   だ と 云 い 出 し た 。余 計 な お 世 話 だ 。ま だ あ る 。  ゆ つ ぼ 湯壺   は   み か げ い し 花崗石   を   たた 畳  み 上 げ て 、 十五  じょうじき 畳敷  ぐらいの広さに仕切ってある。  た いてい 大抵  は十三四人  つか 漬 ってるがたまには誰も居 ない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐ の はなかなか  ゆ か い 愉快  だ。おれは人の居ないのを  み す ま 見済  しては十五畳の湯壺を泳ぎ  まわ 巡 って喜 んでいた。ところがある日三階から  い せ い 威勢  よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を   のぞ 覗  い て み る と 、大 き な 札 へ 黒 々 と 湯 の 中 で 泳 ぐ べ か ら ず と か い て   貼  り つ け て あ る 。 湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この  は りふだ 貼札  はおれのために特別に新調し たのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。泳ぐのは断念したが、学 校 へ 出 て み る と 、例 の 通 り 黒 板 に 湯 の 中 で 泳 ぐ べ か ら ず と 書 い て あ る に は   おど 驚  ろ い た 。 何だか生徒全体がおれ一人を  たんてい 探偵  しているように思われた。くさくさした。生徒が

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