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杏林大学外国語学部紀要 第30号 研究ノート 日本語教育における媒介語の使用について 文法訳読法からコミュニカティブ アプローチまで 嵐 洋 子 E mail : u.ac.jp Summary In introductory or beginner Japanes

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研究ノート:日本語教育における媒介語の使用について

―文法訳読法からコミュニカティブ・アプローチまで―

洋 子

E

mail : arashi@ks.kyorin

u.ac.jp

Summary

In introductory or beginner Japanese classes overseas, teaching is often conducted in the learners’ first languages(L1). In Japan, teaching Japanese in English has become more popular partly because undergraduate programmes to be taught in English have been developed. However, the Direct Method, which avoids using L1 in the classroom as far as possible and uses only Japanese to teach Japanese, is still used in many Japanese language schools. So why do many teachers still rely on this method although many alternative teaching methods and approaches have been proposed since the emergence of the Direct Method? This paper describes how the use of L1 has been debated from the time of the Grammar―Translation Method up to the emergence of Communicative Approaches, and how these approaches and methods influence the way Japanese is taught in the present day.

キーワード:日本語教育 外国語教授法 媒介語 母語 1. はじめに 外国語教育,特に入門・初級の教育(以後,初級教育)における媒介語の使用について,文法訳 読法以来,教育者や SLA の研究者らにより議論が行われてきた。文法訳読法への反発などから, 媒介語を一切禁止する教授法が広く行われた時代もあったが,最近では,媒介語の効果について改 めて検討する研究も行われている(Cook, 2001)。日本語教育に目を向けると,海外の日本語教育 機関では,特に初級クラスで学習者の母語を使用するケースも多いほか,最近では日本国内におい ても,特に大学機関において,英語を媒介語として教えるコースも少なくない。しかし,特に日本 国内の日本語教育機関の場合,多国籍の学生を対象としたクラスで教える可能性が高く,現在も媒

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介語を使用しないことを前提としたいわゆる直接法(2章で詳述)も多く取り入れられており,媒 介語を効果的に用いた日本語の指導法の研究や実践,日本語教師養成プログラムの開発は十分に行 われているとは言えない。いわゆる直接法以降も様々な教授法やアプローチが提唱されてきたが, 初級教育を担当する日本語教師は,どうして媒介語を使用しないことを前提とした指導法に依拠し ているのだろうか。そこで,本論では,日本語教育における媒介語の効果的な使用方法を検討する にあたり,まずは外国語の教授法及びアプローチについて,文法訳読法からコミュニカティブ・ア プローチまで,日本語教育に影響を与えたものを中心に振り返り,媒介語がどのように議論されて きたのか,また日本語教育にどのような影響を与えてきたのかについて論じる。 2. 外国語の教授法及びアプローチと媒介語の使用 2.1 文法訳読法(Grammar―Translation Method) 文法訳読法は,知的訓練のためのラテン語学習のために学校教育で行われていたもので,文法の 習得と文献読解を目的とし,文法規則,格変化,語彙などの暗記や日常生活でのコミュニケーショ ンとはかけ離れた文の翻訳を学習の中心としていたとされる(石田,1995)。その後,現代言語の 教育にも適用された(Omaggio―Hadley, 2001)。学生の母語は,新しい項目を説明したり,外国 語と学習者の母語との間の比較をする際に使用されており,こういった母語の使用がこの教授法の 特徴の一つとして挙げられている(Richards and Rodgers, 2014)。語彙は2言語で書かれた単語 リスト,辞書学習や暗記を通して教えられ,文法は文法規則の提示と学習後,翻訳練習を通して教 えられていた(Richards and Rodgers, 2014)。その後,会話能力が身につかないことや翻訳によ る理解であるために正確な外国語理解に到達しにくいなどの欠点が指摘されたが,大勢の学習者を 同時に教えることができることや,外国の文化等の吸収に役立つなどの長所も挙げられている(木 村他編,1989)。 2.2 直接法(Direct Method) ⑴ ナチュラル・メソッド(Natural Method) 19世紀になると,話すことを目的とした外国語教育の必要性から新しい教授法が求められ,グア ン(F. Gouin)やソーブール(L. Sauveur)らは,幼児の言語習得過程を外国語教育に適用する ことを主張した。これらの方法はナチュラル・メソッド(Natural Method)と呼ばれる(石 田,1995:Richards and Rodgers, 2014)。媒介語の使用に関して,ナチュラル・メソッドでは, 外国語は実演や動作で意味が直接伝達されれば,翻訳または学習者の母語なしで教えられる (Richards and Rodgers, 2014)と考えられており,媒介語の使用を認めない直接法の基礎となっ

たと言われる。

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を中心に教え,そしてある設定された目的に向けて,人間の自然な心理の動きや思考の流れに沿っ た「継起する一連の動作」を教えることを主張している(王,2011)。このグアンの教授法は山口 喜一郎らにより台湾における日本語の教育で実践されたことが知られている。1900年に発行された 『台湾公学校国語教授要旨』によると,グアンの教授法を用いた実際の「語法科」授業では,児童 の日常行為の中,適当な教材を含むものを選び,その行為を構成する各動作の言語をその連続の順 序により列記し,1週間の教程を予定すること,そして,その最初の1日若しくは2日で下記のこ とをするように述べている。 初メの一日,若クハ二日ヲ,予備教授ニ宛テ,先ズ,教題ヲ掲ゲテ,其意ヲ開示ス。次ニ,教 題ナル一行為中ノ各動作ヲ,土語モテ問答シ,彼等ノ観念ヲ喚起シテ,彼等ノ作ル観念聯鎖ノ 一致スルトコロヲ察シ,以テ予定セル教材ノ配列ヲ削正ス。次ニ,其行為中ニ含メル諸名詞 ヲ,一々実物ニ充テ,教授ス。 (台湾総督府民政部学務課,1900:13―141 ) 「土語」と出てくるように,この頃は媒介語を一切使用しないわけではなく,伊沢修二が中心に 行っていたとされる「対訳法」との折衷法が取られていたようである。『台湾公学校国語教授要旨』 の「教授の際,注意スベキ事項」にも,「国語ヲ授クルニハ成 ! ル ! 可 ! ク ! ,土語の翻訳ヲ藉ラズ,直ニ 観念に結ビツケンコトヲ要ス」(台湾総督府民政部学務課,1900:16,傍点は筆者による)や,「命 令ノ如キモ,初メハ国語ニテ,明ニ言ヒ,ソレニ土語ヲ副ヘテ,其意ヲ通ジ,稍々国語ノミニテ, 意ヲ解スルニ及ビテ,漸次ニ土語ヲ廃スベシ」(台湾総督府民政部学務課,1900:17―18)と述べら れている。 始めグアン氏方案によった教授法が行われた際には,対訳を廃し,土語を使用しないことを望 んだけれども,話法教授の初期に於いては,教材の内容即ち言葉の意味である事実を土語にて 説明し,然る後,それを直観方便に移して国語を授けることを許したのであった。 (山口,1943:393) 山口(1943)は,その後,2度目の読本改正が行われた1911年頃には,母語の使用が自然に少な くなり「純然たる直接法」が実現されるようになったと述べている。その後,山口はグアンの方法 についての問題点もふまえ,「言語理論と実際の授業の経験の両面から,『グアン法』を越えて,山 口自身の教授法を打ちたてた」とされる(木村,1973:246)。山口(1943)は「訳読法」における 1 旧字旧仮名は適宜,現代表記に改めた。以下も同様。

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「自国語」の使用に関する問題点を挙げ,「教授は直接法により常該外国語のみで行うこと」(山 口,1943:127)としている。このようにグアンの影響を受けた山口の教授法では,場合に応じた 媒介語の使用を認めるのではなく,媒介語の使用は回避する方向に努力が向けられたことが推察さ れる。 ⑵ ベルリッツの直接法 ⑴のナチュラル・メソッドは,のちに直接法(Direct Method)として知られる教授法の基盤を 与えたが,この直接法の熱烈な支持者がフランスやドイツでこの教授法を紹介し,アメリカでもソ ーブールやベルリッツ(M. Berlitz)らの語学学校の成功を通して広く知られるようになった (Richards and Rodgers, 2014)。

ベルリッツの教授法は,短期の外国滞在者である旅行者やビジネスマンを主な対象とした少人数 制のクラスで,教師は母語話者でなければならいこと,話し言葉を重視し,約20時間の口頭練習の 後に初めて読み書きの練習を導入することなどが特徴として挙げられる(木村他編,1989)。実際 の授業では第1回目の授業からもっぱら目標言語で行われること,新しい指導事項は口頭で紹介さ れること,文法は例文や実演により帰納的に教えられること,具体的な語彙は実演や実物や絵を通 して,抽象的な語彙は ideas の連想により教えられることなどが決まっており(Berlitz, 1917 : Richards and Rodgers, 2014),媒介語の使用は厳しく禁止されていた。

⑶ 直接法の問題点

ベルリッツによる指導法をはじめとする「直接法」に対する批判として,Richards and Rodgers (2014)は,1)母語あるいは母語並みに流暢に話せる教師を要求したことで,公立の中等学校など で実現できるかどうかの考慮が欠けていたこと,2)直接法を厳格に固守すると,学習者の母語に よる単純で完結な説明が効果的な場合でも,母語の使用を避けることを求められるなど,時に逆効 果であることを挙げている。 1920年代以降,ヨーロッパでも商業的な学校を除き,直接法の使用は段々と減り,フランスやド イツでも徐々に直接法の技術とよりコントロールされた文法を基礎とした活動を組み合わせた方法 に修正されていったとされる(Richards and Rodgers, 2014)。

2.3 いわゆる直接法(Reformed Direct Method)

⑴ オーラル・アプローチ(Oral Approach), 場面的教授法(Situational Language Teaching, SLT)

パーマー(H. Palmer),ホーンビー(A. S. Hornby)をはじめとするイギリスの応用言語学者 が,異なる点はあるものの,1920年代以降発展させた教授法をオーラ ル・ア プ ロ ー チ(Oral

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Approach)と呼ぶ。先述の直接法も口頭練習を通じて教える方法だが,教育内容の選択,易から 難への段階づけ,提示や練習の手順などに原理を適用した点で異なるとされる(石田,1995)。

1960年代には,新しい項目は場面を通して紹介したり,練習したりするという点が大きな特徴と なり,のちに,場面的教授法(Situational Language Teaching, SLT)とも呼ばれるようになっ た(石田,1995:Richards and Rodgers, 2014)。SLT では,各言語の基礎をなすのは文の構造 で,言語を学ぶ際に習得されるべきであるものと考えられた。そして,それらは場面とリンクした 口頭練習で行われるべきであるとされた(Pittman, 1963)。直接法同様,帰納的に文法を教える 方法を採用し,語彙や特定の文構造の意味は母語または目標言語によって説明されるのではなく, その形式が使われる場面から理解させるとされている(Richards and Rodgers, 2014)。ただし, 絶対に翻訳を使わないということではなく,教師が翻訳を有益に使用する場面もあるかもしれない が,このような場面は珍しく,翻訳が主要な言語活動になるべきではないとしている(Pittman, 1963)。 ⑵ オーラル・メソッド(Oral Method)と長沼直兄の日本語教育 オーラル・アプローチを主張した言語学者の1人であるパーマーは,1922年に来日し,14年間, 日本での英語教育に貢献した。日本語教育では,長沼直兄がパーマーの影響を強く受けたことが知 られている。パーマーの教授法(Oral Method)は,母語を仲介にせず,口頭練習を重視する直接 法に近い教え方で,入門期の3―6週間は口頭練習のみを行い,レベルが進むにつれていろいろの 方法や各種の教科書を使うとされる(石田,1995)。パーマーは「直接法」について,次のように 述べている。 ① 外国語のテキストを母国語に訳すことはしない。 ② 文法は帰納的に教える。 ③ 教材には連絡のある文を使う。 ④ 発音は組織的に教える。 ⑤ 語句の意味は実物や違う言い回しを使ったりして,訳さずに教える。 ⑥ 新出の単語や構文の知識は問答によって徹底させる。 (石田,1995:24) しかし,ベルリッツの教授法のように,母語の使用を全く禁止していたわけではない。長沼は会 誌『日本語』(1941:日本語教育振興会)に掲載された論文「外国語教授に於ける母国語の位置」 の中で,教師の生徒の母語の使用について,下記のように述べている。

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即ち言語教授法上学習者の母国語を用いてもさしたる害のない場合又は進んでその方が有効で ある場合と,絶対に使用してはならぬ場合とのけじめを正しく識別し最も有効適切に教受する ことが教授者の任務であらねばならぬ。 (言語文化研究所,1981:12) 同じ論文で長沼はソシュールの「言語」と「言」(「言語体系」と「言語運用」)を引用し,言語 の習得というのは言語体系の知識とこれを運用する能力を具備することであり,言語を意識的に学 習する心理過程は相当数の言語表象とその表わす概念とを「照合一致」させ(言語体系に属する理 論的作用で語彙や構文を知ること),さらにはそれをその用法の慣習に従って活用することである としている(言語文化研究所,1981)。そのうえで,教室における母語の使用について,次のよう に述べている。 殊に言語の体系と運用との関係は初歩にあっては「運用能力即ち体系知識」であるから常に外国 語による刺激を与えて運用の練磨をはからなければならない。然しながら「照合一致」の方は前述 の如く体系の知識であるから必要に応じて母国語を用いても何等直接法の精神に反するものではな い。 (言語文化研究所,1981:13) 例として「親切な」という語の意味について類語を用いて説明しても混乱してしまい「照合一致」 ができないので,母語を与えることは差し支えないことや,「います」「あります」の区別について 「自力によって居場所を変更し得るものに使う」位の母語の説明はむしろ「時間の経済である」と 述べている(言語文化研究所,1981)。ただし,ある語とその表象する概念と「結合合体」させる には直接法の手段による以外には不可能であるから,運用練習の際には母語の使用を絶対に禁止す ることが必要であるとも述べている(言語文化研究所,1981)。このように媒介語を使用した方が 有効である場合は使用することを問題としていない点で先に述べたベルリッツ等の考え方とは異な る。 長沼は,後に日本語教育復興期の代表的な教科書の1つとなる『標準日本語読本』を完成させる など,「伝統的な日本語教授法」の礎を築いたとされる(西口,1995)。「伝統的な日本語教授法」 は,「口頭練習による言語事項積み上げ方式」(西口,1995:69)である点など次章で述べる「オー ディオ・リンガル・メソッド」と多くの類似点が見られるが,「媒介語を使わないで場!面!の中で言 語事項を理解させ,同じく場!面!の中で言語事項を練習させる教授法」(西口,1995:42,傍点は筆 者による)という点で異なるとされ,この教授法はその後も日本語教授法の典型的な方法としての 地位を守り続けたとされる(西口,1995)。

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⑶ いわゆる直接法の利点と問題点 石田(1995)は,直接法と総称される「学習者の母語は使わない,使うとしても控えめに使う」 教授法に関して,前述のパーマーの直接法を言及した上で,その利点としては,学習者の母語の影 響をできるだけ少なくおさえられること,言葉が使われる状況下で,言葉の表す意味と結び付けて 示しながら教えるので,言葉の使い方を理解させることができる点を挙げている。また,高見澤 (2016)は,学習者が目標言語に慣れるのが早いこと,目標言語で考える習慣ができることなどを 挙げている。一方,欠点として,石田は,教え方が難しく,学習者側の不安をさそいやすいこと, 微妙な点の理解の確認が難しいこと,母語で行ってしまえばすぐ理解できるのに,まわりくどい説 明をしなくてはならないため時間をとる場合があることを挙げている。高見澤も石田と同じく,意 味の説明が回りくどく,正確に伝わらないこともあることや,説明や例文提示のために,教師が話 す時間が長くなり,学習者の発話時間が減ることなどを挙げている。また,一般的に知的水準の高 い成人の学習者は直接法を嫌う傾向があることも指摘している(高見澤,2016)。 このような問題点もふまえ,現在の日本語教育では折衷的な教授法が使用されるとされ,さらに 高見澤ではそのような「折衷法」を教師が媒介語を使っているかどうか,また,教材に対訳や文法 説明で使われているかどうかによって分類している(高見澤,2016)。 2.4 オーディオ・リンガル・メソッド(audio―lingual method)

⑴ アーミー・メソッド(the Army Specialized Training Program, ASTP)

第二次世界大戦中,アメリカにおいて,軍人を対象に,短期間に集中的に外国語を教えるための プログラムが開発された。このプログラムの目的は,生徒が様々な外国語の会話能力を達成するこ とで,ブルームフィールド(L. Bloomfield)が既に実施していた,フレーズや語彙を提供したり 模倣する文を与えるインフォーマントと,学習経験を管理する言語学者とで授業が行われるインフ ォーマント・メソッド(Informant Method)が採用された(Richards and Rodgers, 2014)。様々 な言語がこの教授法によって教えられたが,特に日本語教育では多大な成果を収め,第二次世界大 戦後の日本語教育にも大きな影響を与えたとされる(石田,1995)。 母語の使用について,最初に行われる言語学者による文法解説(1日1時間,週5回,1クラス 80人)においては,学習者の母語である英語が使用された(石田,1995)。その後に行われるドリ ル(1日2時間,週5回,1クラス8―10人)においては,母語の使用は禁止され,日常生活でも 外国語が使われた(石田,1995)。 ⑵ オーディオ・リンガル・メソッド(Audio―Lingual Method,ミシガン・メソッド) 1950年代終わり,アメリカの言語教育の専門家が ASTP の初期の経験とミシガン大学のフリー ズ(C. Fries)や同僚が発展させた Aural―Oral または Structural Approach を利用し,それに行

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動主義心理学からの知見を加えた。この構造言語学の理論,対照言語学,aural―oral,行動心理主 義がオーディオ・リンガル・メソッドにつながっていった(Richards and Rodgers, 2014)。

フリーズは「新しい国語を学ぶ場合の主要な問題は,はじめは語彙を学ぶことではない。それは ま ず 音 組 織 を 習 得 す る こ と(中 略)で あ る。第 二 に そ の 国 語 の 構 造 を 形 づ く る 所 の 配 列 (arrangement)の特徴を習得することである。」(Fries 1945:太田訳,1957:5)とし,発音を 体系的に学ぶことと,「外国語を母国語とする人によって発せられた型(pattern)を何度も何度も 繰返す基本練習」である口頭ドリルを重視した。さらに,直接法との相違点について,フリーズ は,「直接教授法(“direct method”)」も「口頭教授法(“oral approach”)」も外国語を実際に用 いることや,翻訳が排除されている点などで共通しているが,「口頭教授法」では,「学習者の国 語」は出来るだけ避けられるが必要な場合には説明が完全に了解されているかどうかを確かめるた めに用いられる点などで異なるとしている(Fries 1945:太田訳,1957:13)。

オーディオ・リンガル・メソッドを用いた指導では,即時の正確な発話を求める,集中的な口頭 練習があり,そこでは文法の説明や,言語について話されることはない(Richards and Rodgers, 2014)。できるだけ,目標言語が指導の媒介語として使用され,翻訳や母語の使用は避けるべきも のとされている(Richards and Rodgers, 2014)。“Audiolingualism”という造語を作ったブルッ クス(N. Brooks)は,コースの「根本原則」として,最初から目標言語を聞き,理解し,話すこ とによって,母語を「活動しないものにすることができる」とし,生徒は授業中決して母語を使っ てはならないという規則をうちたてようと提案している(Brooks,1964:納谷他訳,1972:127)。 一方,「教師もと!き!ど!き!,意味を明らかにしたり,練習の仕方を指示したりするとき以外は,決し て使ってはならない」(Brooks,1964:納谷他訳,1972:127,傍点は筆者による)とあるように, 媒介語の利用を全く禁止しているわけではない。また,実際には,オーディオ・リンガル・メソッ ドによるコースではたいてい,ASTP と同じような形で,まずその日に学習する内容を理解させる 講義(媒介語を使ってする場合もあるし,使わない場合もある)があり,その後に口頭練習が集中 的に行われたと言われている(西口,1995)。 オーディオ・リンガル・メソッドが日本語教育に与えた影響について,理論的には伝統的な日本 語教授法に取って代わるものではなかったが,パターン・プラクティスなど新しい練習方法が多く 採用され,『新日本語の基礎』や『An Introduction to Modern Japanese』などオーディオ・リン ガルの方法論を色濃く反映した教科書も出版された(西口,1995)。

⑶ オーディオ・リンガル・メソッドへの批判

次節で述べる「コミュニカティブ・アプローチ」の実践モデルを示した Johnson and Morrow (1981)は,オーディオ・リンガルの伝統に大きく影響を受けた教授法が「言語構造の習得」を特 に重要視することにより,文構成能力を持ちながら,伝達能力に欠ける学習者が存在すると批判し

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ている(Johnson and Morrow 1981:小笠原訳)。また,構造を重視するあまりに意味に注意を払 わずに機械的練習を繰り返すのは学習意欲を低下させるとされた(石田,1995)。この教授法を支 える理論であった構造言語学や行動主義心理学に対しても批判があり,これらにかわり,チョムス キー(N. Chomsky)の主張した変形文法が言語学及び言語教育において影響を与えた。しかし, 社会言語学者のハイムズ(Hymes)は,言語能力は文法能力であり,言語構造を知ることである という観点に立つチョムスキーおよびその他の変形文法学者に対して反論し,「文法的に正しい」 ということが言語能力のうちの一部にすぎないという考え方を示し(Hymes, 1972),後のアプ ローチにも影響を与えた。 2.5 コミュニカティブ・アプローチ(Communicative Approach) ⑴ コミュニカティブ・アプローチの誕生 場面的教授法の理論と実践への批判や,オーディオ・リンガル・メソッドの理論の一つであった 構造言語学への批判,またヨーロッパで移民が増加したことによる成人を対象とした言語教育の必 要性などから,イギリスの応用言語学者は言語教育では文の構造をマスターすることよりも,コミ ュニカティブな能力を教えることに焦点を当てる必要があることを主張した(Richards and Rodgers, 2014)。ウィルキンズ(D. A. Wilkins)は,文法を中心とするシラバスおよび場面を中 心とするシラバスを通して達成され得るものには限界があるとし,話し手が必要とする伝達能力を 出発点とした「概念を中心とするシラバス(notional syllabus)」を提案した(Wilkins, 1976:島 岡訳注,1984)。ヨーロッパ評議会(The council of Europe)は彼のシラバスに協力,教科書やカ リキュラムなどにも採用し,このシラバスを軸にしたアプローチは,のちにコミュニカティブ・ア プ ロ ー チ (ま た は Communicative Language Teaching, notional―functional approach, functional approach)と呼ばれるようになった(Richards and Rodgers, 2014)。

コミュニカティブ・アプローチ以前の教授法は,「カリキュラムとそれを具現化した教科書や教 育資材と指導方法のマニュアルなどの形で具体化されて,その教授法の背景にある言語理論や学習 理論ならびに指導原理や指導方法とともに教育者に提供されるものであった」(西口,2017:12)。 媒介語の使用に関しても,その言語理論や学習理論によって使用に関する方針が少なからず与えら れていた。しかし,コミュニカティブ・アプローチは今までの教授法とは異なり,「コミュニカテ ィブな言語観と言語学習観に基づいてそれぞれの第二言語教育者自身がそれぞれの教育現場で新た な教育を企画・立案し教育リソースを開発して教育を実践したり,コミュニカティブな教育実践を 促進したりすることに主眼は置かれている」とされる(西口,2017:15)。学習者の目的に沿った カリキュラム,指導法を採用するため,コミュニカティブ・アプローチ以前のような媒介語の使用 に関する決まった方針は見られなくなった。

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⑵ コミュニカティブ・アプローチの指導原則

Johnson and Morrow(1981)はコミュニカティブ・アプローチの指導の原則として,1)各課 の出発点は学習者がその外国語を使って実際に行ってみたいこととし,いずれの課も,その課を学 ぶ以前にはできなかった何かができるようになったと,学習者がはっきりわかるようになって終わ ること,2)現実の場面の中で生きた言葉を使って,文のレベルではなく言葉の連続に指導の目を 向けること,3)伝達過程も言語形式と同じように重要であること,4)教室で起こることは必ず学 習者を考慮に入れておくべきであること,また学習は相当程度が学習者に責任があるというこ と,5)学習過程の段階によって,誤りと見なすべきものがそれぞれ違ってくるという柔軟性を必 要とすることを挙げている(Johnson and Morrow, 1981:小笠原訳)。また,授業活動としては, ロール・プレイ,シミュレーション,ドラマ,ゲーム,ペア学習,タスク練習,インフォメーショ ン・ギャップを埋める練習などが提案され(石田,1995),現在の日本語教育でも多く取り入られ ている。 ⑶ コミュニカティブ・アプローチの日本語教育への影響 コミュニカティブ・アプローチは授業活動をはじめ日本語教育にも多かれ少なかれ影響を与えた が,初級日本語教育においては顕著な革新が起こらなかったとされる。その理由として西口(2017) は,漢字圏以外の学習者には日本語は言語間の「重なり」の少ない難しい言語であり,ウィルキン ズの言うような分析的な学習が不可能であったことと,「コミュニケーション的な言語観をもちそ れを実践に展開できる優れた教師が必要」であることを挙げている(西口,2017:19)。ウィルキ ンズの「分析的な」とは,変化に富んだ言語構造から重要な言語形式を抽出し,学習者各自の言語 行動を次第に言語の全体像に近づけていく,その過程のことを指す(Wilkins, 1976)。これは,言 語内の諸要素を一つ一つまた段階別に教え,漸進的に集積していくことで最終的には言語の全構造 を築きあげていく「総合的」アプローチと対極に位置するものである(Wilkins, 1976)。 ⑷ コミュニカティブ・アプローチの問題点 「明確な指導方法が示されていないこの教授法式には,特に学習事項の定着度や時間の経済性の 面から,疑問を持つ教師も多い」と言われた(石田,1995)。「日本語教育」第73号のコミュニカテ ィブ・アプローチの特集においても,多様化する日本語教育での可能性(岡崎,1991)や指導法の 研究(迫田・西村,1991)が報告されている一方,コミュニカティブ・アプローチ推進派による直 接法への批判に対する誤りや,教室で現実に近いコミュニケーションを体験させる手法への問題点 を報告している論文(松岡,1991)も見られる。この特集後,コミュニカティブ・アプローチを再 考した西口(1991)は,コミュニカティブ・アプローチの教育改善の動きを「内容的アプローチ」 と「方法的アプローチ」に分けて整理した上で,従来の日本語教授方法と融合させるためには何を

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すべきかを論じている。このようにコミュニカティブ・アプローチは日本語教育においても様々に 論じられてきたが,初級日本語教育においては,現在も「文型・文法事項積み上げ方式と呼ばれる 構造中心のアプローチにとどまっており」,教育方法の「原理」も「媒介語を忌避するという意味 での『直接法』と,教師による創意工夫に依拠する」と言われている(西口,2017:15)。 3. 考察 前章では,文法訳読法からコミュニカティブ・アプローチまで,日本語教育に影響を与えたもの を中心に振り返り,媒介語がどのように議論されてきたのか,また日本語教育にどのような影響を 与えてきたのかについて述べた。外国語教育では,文法訳読法の批判から,母語の使用を厳しく禁 止する直接法が生み出された。しかし,母語を全く使用しないことは,中等教育等の状況によって は現実的ではなく,また,母語で説明すればすぐ理解できることについてまわりくどい説明をしな くてはならないため逆効果であることなどが指摘され,それ以降,コミュニカティブ・アプローチ に至るまで,完全に母語の使用を禁止する教授法やアプローチは提唱されていない。一方,日本語 教育においては,パーマーの影響を受けた長沼の伝統的な日本語教授法に,オーディオ・リンガ ル・メソッドやコミュニカティブ・アプローチの指導法を取り入れた折衷的な指導法が現在も1つ の主流となっており,媒介語は使用しないことが前提となっている。どうして,こうした媒介語の 使用を前提としない指導法が今でも主流の1つとなっているのだろうか。 その理由の一つとしては,日本語教育が置かれている環境が関係していると思われる。国内の日 本語教育についてみてみると,1983年に策定されたいわゆる「留学生10万人計画」以降留学生は増 加,2008年にはさらに「留学生30万人計画」が策定され,1983年当初には1万人程度だった留学生 が,2017年には約26万人にまで増加している(文部科学省,日本学生支援機構)。学習者の増加に 伴い,日本語教師数も1990年には8千人程度だったのが,2016年には約3万7千人と4倍以上増加 し(文化庁),日本語教師の養成コースを置く大学が増加するなど教師養成の種類も多様化した。 このような中,様々な背景を持つ教師が教える現場では,教科書を含め,拠り所となる指導法が必 要となる。しかし,クラスが多国籍であることに加え,コミュニカティブ・アプローチ以降,「教 科書や指導マニュアルと教育資材一式としてパッケージ化」した「教授法」(西口,2017:15)は 提供されていないため,教科書を含め,コミュニカティブ・アプローチ以前の媒介語を使用しない 指導法がその拠り所となっているのではないだろうか。 このようにコミュニカティブ・アプローチ以前の指導法に依拠していたとしても,媒介語に関し ては,長沼も前述の通り,使用を全く禁止するものではないとしている。戦後,国際学友会の復活 後,長沼とともに日本語教育の指導的役割を果たしたとされる鈴木忍も,作成にかかわった教科書 の本文には外国語による解説等を出していないが,直接法に固執していたわけではなく,直接法を 基盤にそのほかの効果的な教え方も積極的に導入する折衷法を唱えている(鈴木,1998:新

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内,1997)。それにも関わらず,なお,媒介語をできるだけ回避,さらには忌避する指導法も見ら れるのはなぜだろうか。その理由の一つには,媒介語の使用に関する「ネガティブなイメージ」が あると考えられる。西口(1995)は「最近は,言語の習得を妨げないように注意しながら,学習の 効率性を考えて適宜使用すればよいというふうに考えられる傾向」にある(西口,1995:45)とし た上で,「ただ,経験のある教師から見ると,経験の浅い教師が媒介語を使い始めると,どうして も使いすぎているという風に判断されるようです。経験の浅い教師の場合は,できるだけ媒介語を 使用しないようにして,ちょうどいいぐらいだと考えていいでしょう」(西口,1995:45)と述べ ている。媒介語の使用には,このような「使用のし過ぎ」によるマイナスイメージが目立ち,媒介 語をどのような場面,目的で,どのように使用すると効果的なのかを議論した研究や実践,日本語 教師養成での指導は,十分に行われてこなかったのではないだろうか。また,伝統的な日本語教授 法を「直接法」と呼ぶ習わしがある(西口,1995)ため,山口の頃の直接法と,それ以降のいわゆ る直接法との区別がなく,「直接法=媒介語を全く使用しない,あるいは,使用してはいけない」 方法であるという認識を持ち,媒介語の使用をマイナスととらえている教師が多いことも考えられ る。必要に応じて使用してもいいことは分かっていても,様々な母語の学習者がいる多国籍クラス で,色々な言語に対応することが教師にとって負担があることや,どのように使用すると効果的な のかといった研究や実践,教師養成での指導がなされてこなかったため,特にその媒介語に対して 自分は流暢ではないと考える教師は,媒介語の使用を回避することも考えられる。 今後,さらに戦後の日本語教育及び日本語教師養成の変遷を詳しく調べるとともに,それらが現 在の教室での媒介語の使用や教師のビリーフにどう影響を与えているのか明らかにしていきたい。 4. おわりに 本論では,外国語の教授法及びアプローチについて,文法訳読法からコミュニカティブ・アプロ ーチまで,日本語教育に影響を与えたものを中心に振り返り,媒介語の使用がどのように議論され てきたのか,また日本語教育にどのような影響を与えてきたのかについて述べた。また,初級日本 語教育において,なぜ,今も媒介語を使用しない指導法に依拠しているのかについて論じた。1章 でも述べたように,海外の初級日本語教育においては,特に初級クラスで学習者の母語を使用する ケースも多いほか,日本国内においても,特に大学機関において,英語を媒介語として教えるケー スも増えている。媒介語を効果的に用いた日本語の指導法の研究や実践により,媒介語の効果的な 指導法を明らかにすることは意義のあることだと考える。また,さらに,日本語教師養成プログラ ムにおいて,媒介語の効果的な使用方法を示すことにより,媒介語を使用しないことを前提とした 指導法に偏らない,柔軟な対応ができる教師育成をすることも大切なのではないだろうか。

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参照

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