研修コーナーについてご意見募集
現在本会機関誌に掲載中の研修コーナーは第61巻12号掲載分までを再度見直しの うえ,学会のコンセンサスを得たものとして「産婦人科研修の必修知識2011」とし て,発刊の予定です. 会員の皆様には研修コーナーをお読みいただいて,お気づきの点がございましたら, 忌憚のないご意見を学会事務局・研修コーナー編集宛お寄せ下さい. 「産婦人科研修の必修知識2011」をより一層,研修医ならびに会員の皆様のお役 にたてる書籍と致したく,会員皆様のご協力をお願い申し上げます. 日本産科婦人科学会教育委員会 研修コーナーのブラッシュアップと産婦人科研修の必修知識編纂委員会 送付先:〒113―0033 東京都文京区本郷2―3―9 ツインビュー御茶の水 3 階 (社)日本産科婦人科学会・研修コーナー編集係FAX 03―5842―5470 E-mail: [email protected]
日本産科婦人科学会
研修コーナー
60巻
10
号
2008
D.産科疾患の診断・治療・管理 19.新生児の管理と治療 4)黄疸 ………(445) 5)痙攣 ………(448) 6)発熱 ………(448) 7)嘔吐 ………(448) 8)吐血および下血 ………(449) 9)便通異常 ………(450) 長崎大学教授 増 英明 20.正常経腟分娩の管理 ………(451) 山口大学教授 杉野 法広 21.胎児採血・胎児治療 1)胎児採血 ………(458) 2)胎児治療 ………(459) 国立成育医療センター周産期診療部長 左合 治彦 11月号(予告) E.婦人科疾患の診断・治療・管理 2)月経異常を伴う内分泌疾患 (1)体重減少性無月経および神経性食欲不振症 (3)多囊胞性卵巣症候群 3)早発思春期,遅発思春期
D.産科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Therapy and Management of Obstetrics Disease
19.新生児の管理と治療
Management and Therapy of Neonatal Disease
4)黄疸
(1)病因および病態 黄疸とは,ビリルビンによる皮膚の黄染をいう.ビリルビンの多くは赤血球が壊れる際 にヘモグロビンから作られる.この間接ビリルビン(非抱合型ビリルビン)は,成人におい ては,肝臓でグルクロン酸抱合を受け,直接ビリルビン(抱合型ビリルビン)となって大部 分は胆道から糞便中に排泄される. 一方,胎児期のビリルビン代謝の特徴として,グルクロン酸抱合酵素の活性は不十分で あり,また,直接ビリルビンを間接ビリルビンに変えて再吸収する腸肝循環が盛んである. そのため胎児期のビリルビン処理機構をいまだ保持している新生児期は,ある程度の黄疸 は必然的に存在する.このような出生後早期の適応不全として生じる黄疸を新生児生理的 黄疸という.その原因として,上述した肝の未熟性や腸肝循環のほか,生理的多血症,母 体から移行したホルモンの影響などがあげられる. ビリルビンが生理的範囲を超えて上昇する場合は病的黄疸というが,その原因は多岐に わたる.ABO 血液型不適合,Rh 不適合,多血や帽状腱膜下出血など溶血の亢進,ある いは母乳性黄疸によるものの頻度が高い.その他,肝炎による黄疸や閉塞性黄疸などがあ り,系統だった検索による鑑別診断が必要である(図 D-19-4)-1).血液型不適合による 黄疸は生後早期に,母乳性黄疸や閉塞性黄疸は生後1週間以降に出現する. 新生児期の黄疸は,主に間接ビリルビンが上昇するが,その多くはアルブミンと結合し た状態で存在しており,毒性は低い.一方,アルブミンから遊離したビリルビン(非結合 性ビリルビン)は容易に血液脳関門を通過して脳障害を生じる.この病態を核黄疸,ある いはビリルビン脳症という.仮死,呼吸窮迫,代謝性アシドーシス,低体温,低タンパク 血症,低出生体重などの核黄疸増強因子が存在する例は,比較的低い間接ビリルビン値で あっても核黄疸をきたしやすい.初期は傾眠,筋緊張低下,哺乳力低下があり,次いで四 肢強直,後弓反張,落陽現象が出現し,やがてチアノーゼ発作や痙攣に至る. (2)診断および治療 一般に新生児の黄疸は経皮ビリルビン濃度測定法を用いてスクリーニング検査が行われ る.スクリーニング陽性であれば,血清ビリルビン値を測定する.その結果,以下のよう な病的黄疸の臨床的特徴があれば,さらに精査・治療が必要である. ①早発黄疸 生後24時間以内に出現する顕性黄疸(総ビリルビン濃度5∼7mg"dl以上) ②血清ビリルビン値の急速な上昇(5mg"dl"日) ③高ビリルビン血症(成熟児15mg"dl以上,未熟児12mg"dl以上) ④直接ビリルビン値上昇(2mg"dl以上) ⑤遷延性黄疸(成熟児生後1週間以上,未熟児生後2週間以上) 黄疸の治療として,光線療法や交換輸血などが行われるが,同時に核黄疸増強因子を除(図 D-19-4)-1) 新生児黄疸の診断手順(文献 1より引用) 高直接ビリルビン血症 高間接ビリルビン血症 陽性 陰性 溶血性疾患 Rh 不適合 ABO 不適合 その他の不適合 ABO 不適合 赤血球内酵素欠損症 G6PD ピルビン酸キナーゼ その他 α-サラセミア ビタミン K3による溶血 遺伝性赤血球形態異常 球状赤血球症 楕円赤血球症 有口赤血球症 ピクノサイトーシスなど 閉鎖性出血 帽状腱膜下出血 頭血腫,その他の出血 腸肝循環増加 幽門狭窄症 腸閉鎖 血液嚥下 代謝・内分泌異常 Crigler-Najjar 症候群 ガラクトース血症 甲状腺機能低下症 下垂体機能低下,無脳児 チロシン血症 薬剤,ホルモン ノボビオシン プレグナンジオール 母乳による遷延性黄疸 Lucey-Driscoll 症候群 糖尿病母体よりの出生児 仮死,呼吸窮迫 異常 正常 上昇 正常または低下 血清ビリルビン値測定 敗血症 胎内感染 トキソプラズマ 風疹 サイトメガロウイルス 単純性疱疹 梅毒 胆道閉鎖 肝内性 肝外性 巨細胞性肝炎 胆汁うっ滞症 胆汁栓 総胆道管囊種 囊胞性線維症 α1- アンチトリプシン欠損症 Coombs 試験 ヘマトクリット値測定 赤血球形態,網状赤血球数 双胎間輸血 母児間輸血 遅延臍帯結紮 SGA 児 去することが重要である. 光線療法は紫外線を除いた青白色光ないし緑色光の光源を皮膚に照射し,ビリルビンを 水溶性に変えて胆汁中へ排泄させることを目的とする.12∼24時間の連続照射を行い, 開始時のビリルビン値より2∼4mg"dlの低下を中止の基準とする.眼帯を着用し,発熱 や脱水に注意する. 交換輸血は核黄疸の危険の高い新生児に対して施行される.以前より臍静脈を用いたダ イヤモンド法が行われてきたが,最近では,動脈からの脱血と静脈からの輸血を同時に行
(表 D-19-5)-1) 新生児痙攣の原因(文献 2より引用) 1.周産期脳障害 1)低酸素性虚血性脳症 2)頭蓋内出血 ①クモ膜下出血 ②脳室内出血 ③硬膜下出血 3)脳梗塞 2.代謝障害 1)低血糖
①―過性:糖尿病母体児,smallfordatesまたは lightfor dates児,低出生体重児,多血症,仮死,感染症 ②持続性:先天代謝異常
2)低カルシウム血症
①早発性:仮死,早産児,糖尿病母体児,DiGeorge症候群 ②遅発性:人工乳によるリン負荷(現在ではまれ),母体副甲 状腺機能亢進症,新生児副甲状腺機能低下症 3)低マグネシウム血症 4)低ナトリウム血症 ①抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH):仮死,頭蓋内 出血,髄膜炎 ②輸液による希釈 5)高ナトリウム血症:脱水,炭酸水素ナトリウム液の過剰投与 6)ピリドキシン(ビタミン B6)欠損症および依存症 7)先天代謝異常 ①アミノ酸代謝異常症 ②尿素サイクル異常症 ③脂質代謝異常症 ④有機酸代謝異常症 ⑤糖質代謝異常症 3.核黄疸 4.感染症 1)細菌感染症:髄膜炎,敗血症 2)胎内感染症:トキソプラズマ,風疹ウイルス,サイトメガロ ウイルス,単純ヘルペスウイルス,コクサッキー Bウイルス 5.中枢神経系奇形 6.薬物離断症候群:麻薬,抗痙攣薬,催眠薬,鎮痛薬 7.良性痙攣 1)良性家族性新生児痙攣 2)良性特発性新生児痙攣(fifth day fits) う isovolemic 方式が推奨されている.ABO 不適合では AB 型血漿に O 型血球を混ぜた 合成血,Rh 不適合では Rh 陰性で ABO 型は児と同型の血液を使用する.交換輸血量は 循環血液量の2倍量(180∼200ml"kg)で行い,これで血管内血液の85%が交換される. 交換輸血終了後にはリバウンド現象によりビリルビン値の再上昇がみられるので,光線療 法を行う方がよい.また,移植片対宿主病の予防のため,照射血や白血球除去フィルター を使用する.
(表 D-19-6)-1) 新生児の高体温の原 因(文献 3より引用) ●内因性(児の異常による):直腸温>皮膚温 ・感染症 ・頭蓋内出血・痙攣などに伴う中枢性発熱 ・脱水・飢餓熱 ・甲状腺機能亢進症 ・薬・輸血などによる発熱物質 ・その他 ●外因性(環境温度の異常による):直腸温≦ 皮膚温 ・夏季熱などの高温度環境 ・着せすぎ ・サーモコントロールの異常 ・温室効果(green house effect) ・その他
5)痙攣
(1)病因および病態 新生児にみられる痙攣は,典型的な強直間 代性痙攣よりむしろ,顔面や四肢の微細な異 常運動として出現するのが特徴とされている (微細発作 subtle seizure).そのため,新生 児痙攣の診断は必ずしも容易ではない. 痙攣の原因は多岐にわたるが,低血糖や低 カルシウム血症によるものが多い.低血糖に よる痙攣は,未熟児,糖代謝異常合併妊娠, 子宮内発育遅延児あるいは仮死などに伴いや すい.その他,分娩時低酸素によるもの,核 黄疸に伴うもの,あるいは感染症によって生 じるものなどがある(表 D-19-5)-1). (2)診断および治療 痙攣が起こった場合,まず保育器に収容し, 心拍呼吸モニターで全身管理を行うと同時に,血糖値および電解質異常の有無をチェック する.感染が疑われる場合は,血液検査とともに,血液培養や腰椎穿刺を行う.発症早期 から予防的にグルコースやカルシウムを投与されることもある. 痙攣が持続する例では,抗痙攣剤を投与しつつ,頭部超音波検査,頭部 X 線 CT,脳波 などの検査を行って,脳の状態をチェックする.6)発熱
(1)病因および病態 新生児の体温は外界の影響を受けやすく,環境温度が高すぎると,短時間のうちに発熱 しやすい.着衣の過多や保育器の温度調整の不備のみならず,保育器に収容しているだけ でも本人からの輻射熱で発熱することがある(温室効果). 以上のような環境因子による発熱を除けば,感染症が発熱の原因として考えられる.た だし,新生児感染症では必ずしも発熱を伴うとは限らず,むしろ低体温をきたすこともあ るので注意が必要である. (2)診断および治療 環境因子による発熱と感染症による場合を区別するためには,深部体温(直腸温)と体表 温(皮膚温)の比較が有用である.環境温度の上昇による発熱は,体表温が深部体温より高 値になるのに対して,感染症の場合は深部体温が体表温より高くなることが特徴である (表 D-19-6)-1).感染症以外の発熱因子としては,頭蓋内出血や痙攣に伴う中枢性発熱, 脱水や哺乳量不足による飢餓熱などが考えられる. 多くの場合,発熱の原因を除去することにより,すみやかに解熱するが,発熱が長期に 持続する場合は,脱水,アシドーシス,電解質異常などに注意しなければならない.7)嘔吐
(1)病因および病態 新生児の食道下部機能は生理的に未熟なため,胃食道逆流をきたしやすく,しばしば少 量の溢乳や吐乳を認めることがある.哺乳量が増加するに従って逆流する量も増加するた め,しばしば嘔吐との鑑別が必要になる.(表 D-19-7)-1) 嘔吐をきたす 疾患(文献 3より引用) 1.消化管の器械的通過障害 ・胃軸捻転・消化管閉鎖・狭窄 ・腸回旋異常 2.胃・食道間の機能的異常 ・カラジア,アカラジア 3.感染症 ・敗血症,髄膜炎 4,先天性代謝異常 ・高アンモニア血症 5.中枢神経系異常 ・頭蓋内出血・水頭症 6.薬物中毒 ・ジキタリス,アミノフィリン ・禁断症状 (表 D-19-8)-1) 新生児消化管出血(文 献 3より引用) 1.新生児―過性ビタミン K欠乏症(狭義の 新生児メレナ) 〔仮性メレナ:母体血の嚥下による〕 2.易出血性疾患の一部症状として:血小板 減少症・DIC,血友病など 3.消化器の虚血性変化による ・壊死性腸炎・腸重積,腸軸捻転 4.消化器の炎症(腸炎) ・細菌性(カンピロバクタ,サルモネラ など) ・ウイルス(ロタウイルスなど) 5.アレルギー,酵素異常などによる ・ミルクアレルギー・乳糖不耐症 6.肛門周囲炎・裂傷による 胃食道逆流は,哺乳直後に吐乳することが 多く,吐物に消化液を含むことはない. 病的な嘔吐の原因として,まず消化管の通 過障害がある.器質的異常によって生じる消 化管の通過障害は,胃軸捻転,消化管閉鎖・ 狭窄などが考えられる.また,機能的な異常 が原因で起こるものとして,敗血症や壊死性 腸炎,あるいは低カリウム血症に伴うものな どがある.その他,先天性代謝異常,中枢神 経系異常,薬物中毒などは嘔吐が主症状であ ることも多い(表 D-19-7)-1). (2)診断および治療 器質的異常によって生じる先天性消化管閉 鎖については,最近では出生前の超音波検査 で診断されている場合も少なくない.羊水過 多を指摘されていることも多い.出生後早期 に始まる泡沫状嘔吐は食道閉鎖,胃液のみを 噴水状に嘔吐するようであれば肥厚性幽門狭窄を疑う.後者は生後1カ月くらいの男児に 多く,体重増加不良や電解質異常による痙攣などの症状がみられる.下部消化管閉鎖では, 嘔吐に腹部膨満を伴う. いったん哺乳が確立した後に嘔吐が出現する場合,感染症や中枢神経系異常,壊死性腸 炎,電解質異常などの存在に注意する.とくに緑色嘔吐の原因として,腸回転異常症や腸 重積症が多く,しばしば血便を伴う. 新生児期の嘔吐の多くは生理的なものであるが,体重減少や脱水を伴うような重度の嘔 吐,胆汁や血液を混じる場合,また腹満を伴う嘔吐の場合は,緊急治療を要することが多 く注意が必要である.経口栄養を中止するとともに,胃内カテーテルを留置し,持続吸引 を行う.とくに消化管穿孔など緊急開腹手術の必要な例を見逃さないことが大切である.
8)吐血および下血
(1)病因および病態 吐血および下血はいずれも消化管出血によ り生じる.ビタミン K 欠乏による消化管出 血(真性メレナ)は,出生時にビタミン K が 投与されるようになって激減した.現在では, ビタミン K 欠乏性以外の原因による消化管 出血の頻度が高い.血液疾患による出血傾向 に伴うもの,腸管の虚血性変化に伴うもの(壊 死性腸炎,腸重積,腸回転異常),感染に伴 うもの,などの鑑別が必要である(表 D-19-8)-1).最近,新生児メレナの原因として, 胃潰瘍や食道潰瘍の多いことが言われてい る. また,出生時に母体血を飲み込んだために 吐物や便に血液を混えることがあり,仮性メ レナと呼ばれている.(2)診断および治療 真性メレナと仮性メレナの鑑別法として,アプト試験があるが,これは吐血や下血の血 液成分に苛性ソーダを混ぜて,その色調の変化をみるものである.仮性メレナ(母体血)で あればただちに,また真性メレナ(新生児血)であれば徐々に色が暗赤色に変化することか ら鑑別が可能である.消化管出血のハイリスク児には,出生後ただちにビタミン K の予 防投与を行う.出血量が多い場合は,輸液や輸血療法が必要になる.
9)便通異常
(1)病因および病態 胎便の排泄は生後24時間までに95%,48時間までに99%以上の児で認められる.胎 便の排泄が明らかに遅延し,かつ腹部膨満や嘔吐などのイレウス症状が出現する場合は, 消化管閉鎖などの存在を想定して検索を進める. 消化管の器質的異常はないが,胎便が粘稠なために下部消化管の閉塞する疾患群を胎便 関連性イレウスといい,IUGR によく認められ,便秘と腹部膨満をきたす.腸管の壁内神 経節細胞が先天的に欠如したヒルシュシュプルング病との鑑別が必要である. (2)診断および治療 ヒルシュシュプルング病および胎便関連性イレウスのいずれも腹部単純 X 線検査で拡 張した腸管像がみられるが,前者でほぼ全例に認められる鏡面像が,後者では認められな い.ヒルシュシュプルング病には手術療法が必要である.胎便関連性イレウスにはグリセ リン浣腸やガストログラフィンの経口および注腸が有効とされている. 《参考文献》 1.神戸大学医学部小児科,編,未熟児新生児の管理.東京:日本小児医事出版社,1991 2.長谷川功,吉岡 博.痙攣,易刺激性.池ノ上克,編,新女性医学大系31.東京:中 山書店,2000 3.仁志田博司.新生児学入門第2版.東京:医学書院,1994 〈増 英明〉 *Hideaki M ASUZAKI*Department of Obstetrics and Gynecology, Nagasaki University School of Medicine, Nagasaki
D.産科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Therapy and Management of Obstetrics Disease
20.正常経腟分娩の管理
Management of Normal Vaginal Delivery
分娩とは,娩出力により胎児とその付属物が産道を通過して母体外に排出され,妊娠を 終了する現象である.娩出力,産道,胎児および付属物を分娩の3要素といい,この3つ が相互に関連することによって分娩の進行や難易が決まる.
1.正常分娩の経過と評価
分娩が正常か異常かを判断するには,まず正常の分娩経過を知り,理解することが重要 である. 1)分娩の開始 分娩が近づくと,血性の分泌物(しるし)や,子宮口の開大も起こり,臨床的に分娩開始 の時期を決めるのが難しい場合もあるが,日本産科婦人科学会用語問題委員会の定義では, 陣痛を重要視しており,分娩開始の時期は,規則正しく発来し胎児娩出まで続く陣痛で周 期が約10分以内または1時間に6回の頻度になった時点としている. 2)分娩第1期 分娩開始から子宮口全開大までの期間で分娩時間を左右するのはこの時期である.分娩 は,刻一刻と状態が変化するので,分娩の進行を記録しながら検討するとよい.分娩開始 からの時間を横軸に,子宮口開大度と胎児の下降度を縦軸としてグラフ化したものとして, 陣痛曲線あるいは Friedman 曲線と呼ばれるものがある(図 D-20-1).この Friedman 曲 線は,大量の正常分娩のデータから作成されており,これに照らしあわせることによって, 個々の症例の分娩経過が問題ないかを判断することに役立つ.しかし,実際には,個人差 があり,Friedman 曲線の経過からみると,分娩進行が遅延する症例も多い.たとえば, 順調に分娩が進行し,10時間程度で子宮口が全開大にいたる症例もあれば,明らかな異 常がなくても30時間近くかかる症例もある.分娩経過に異常があるかどうかは児頭骨盤 不均衡の有無,胎勢,陣痛の強さなどを考慮し,総合的に判断すべきである.この曲線は, 正常経腟分娩となる可能性が高いことを予測するものであり,経過がずれたとしても,そ れだけをもって帝王切開をすべきかを判断する性質のものでないことを理解すべきであ る.なお,多くは分娩経過図(パルトグラム)を用いて分娩経過を管理するが,頸管開大や 下降度のほか,陣痛の強さ(表 D-20-1)や頸管熟化の程度も定期的に評価する必要がある. 頸管熟化の評価は Bishop スコア(表 2)を用いるとよい.分娩所要時間を表 D-20-3に示す.日本産科婦人科学会用語問題委員会の定義では,分娩開始後,初産婦において は30時間,経産婦においては15時間を経過しても児分娩に至らないものを遷延分娩とし ている. 3)分娩第2期 子宮口全開大から胎児娩出までの期間.児頭が骨盤入口部に陥入し,4回の回旋を経て 分娩が完了する.この時期は,児頭が順調に下降してくるかが最も重要なポイントである. 分娩進行が遷延すれば,児頭骨盤不均衡や回旋異常を疑い,内診や超音波断層法を行う必 要があるほか,微弱陣痛など陣痛の強さや周期が適当か評価する必要がある(表 D-20-1).(図 D-20-1-a) 初産婦の Friedman子宮開 大曲線 文献 1)から引用
分娩経過時間(時間) 児頭下降曲線
子宮開大曲線
頸管開大度 accel max SLdecel sec
頸管開大度(cm) ステーション(cm) 10 8 6 4 2 2 4 6 8 10 12 14 −1 0 +1 +2 +3 +4 +5 0 latent latent accel max SL decel sec 加速期以降は活動期 :潜伏期 :加速期 :極期 :減速期 :分娩第 2 期 (図 D-20-1-b) 経産婦の Friedman子宮開 大曲線 児頭下降度曲線 子宮開大曲線 頸管開大度(cm) ステーション(cm) 2 4 6 8 10 8 6 4 2 0 分娩経過時間(時間) 頸管開大度 L A M D 2 −1 0 +1 +2 +3 +4 +5 L:latent(潜伏期),A:acceleration(加速期), M:maximum slope(極期),D:deceleration(減速), 2:second stage(分娩第 2 期)
(Friedman ほか:Am J Obstet Gynecol 1965;93:522 より )
初産婦では約60分程度,経産婦では30分ま でには児娩出にいたる.なお,初産婦では最 長2時間,経産婦では最長1時間がひとつの 目安となる. 4)分娩第3期 胎児娩出から胎盤娩出までの期間.胎児娩 出後,子宮は縮小し子宮底は臍高まで下降し, 軽く弛緩している.その後,5分程度で繰り返す弱い陣痛(後産陣痛)が発来し,胎盤が剝 離しおおよそ20∼30分以内に胎盤が娩出する.最長で1時間が目安となる. 5)その他 胎盤娩出後の1時間は,弛緩出血などの産後出血が生じやすい時期のため,注意を払う 必要がある.
2.母体の管理
1)入院時の管理 (1)カルテや母子手帳から,妊娠経過中の異常の有無,胎児の発育状況,合併症の有 無の確認を行う. (2)内診 ・破水の有無 ・頸管熟化の把握:頸管開大度,展退度,頸管硬度,子宮口位置(Bishop スコア参照) ・先進部の把握 ・下降度:児頭の下降度を示すのに“station”が用いられる.先進部が坐骨棘のレベ ルに達していれば station 0と表し,児頭が骨盤入口部に陥入したと考えられる.児頭の 先 端 が 坐 骨 棘 間 線 よ り 上 方1cm に あ れ ば−1と 示 し,下 方1cm に あ れ ば,+1と 示 す.+5,+4,+3,+2,+1,0,−1,−2,−3,−4,−5,と表す.以後の分娩経過を評価す るうえで,入院時の所見は重要である. (3)分娩監視装置(cardiotocogram,CTG)を用い,胎児の状態をチェックすると同(表 D-20-1)-a) 陣痛周期 分娩第 2期 9~ 10 cm 7~ 8 cm 4~ 6 cm 子宮口 2分 2分 2分 30秒 3分 平均 1分以内 1分以内 1分以内 1分 30秒以内 過強 初産 4分以上 経産 3分 30秒以上 4分以上 6分以上 6分 30秒以上 微弱 (表 D-20-1)-b) 陣痛持続時間 9 cm~分娩第 2期 4~ 8 cm 子宮口 60秒 70秒 平均 1分 30秒以上 2分以上 過強 30秒以内 40秒以内 微弱 日本産科婦人科学会は,陣痛の強さは子宮内 圧によって表現するとしているが,臨床的に は陣痛周期と陣痛発作持続時間をもって表 現することも認められる. 時に,子宮収縮の状況を評価する. (4)浣腸:必要なら浣腸を行う.ただし 内診所見で児娩出が近いなら中止する. 2)分娩第1期の管理 (1)バイタルサイン:2時間ごとに体温, 脈拍,血圧などのバイタルサインを測定し全 身状態に注意する. (2)飲食物:産婦は消化機能が低下し嘔 吐しやすいので,消化のよいものを摂取する ように指導する.水分の補給に注意する.ダ ブルセットアップのような緊急帝王切開の可 能性がある場合は,禁食のうえ管理し,そのかわり輸液を行う. (3)血管確保:分娩第1期の末期には,分娩第2期や分娩後の大量出血に備えて静脈確 保を行う. (4)排尿:膀胱の充満は胎児の下降を妨げるので定期的に排尿させる.ただし,排便 も含め,児娩出が近いと予想されれば,トイレで出産とならないように注意が必要である. 3)分娩第2期の管理 (1)分娩台につかせる時期:初産婦では子宮口全開大の時期に,経産婦では,頸管開 大が8∼9cm で分娩台に移す.しかし,分娩進行が早い場合は,適宜早期に分娩室にいれ る. (2)外陰部の消毒と剃毛:分娩台につき分娩体位(砕石位)がとられた後,外陰部の消 毒を行う.必要あれば外陰部の全剃毛,半剃毛を行う. (3)30分ごとに血圧,体温,脈拍を測定する. (4)排尿:分娩が遷延すれば導尿による排尿を行う. 4)分娩第3期以後の管理 (1)子宮の収縮と出血:手掌を子宮底において子宮の収縮を監視する.子宮が弛緩し 出血が起これば子宮底をマッサージして収縮を促す.必要に応じて麦角剤を投与する.タ オルで包んだアイスノンを子宮の上に置き,子宮収縮を促す方法もある. (2)出血に注意:すべての処置が終わった後は,両下肢を伸ばして仰臥させる.この 後も2時間は,子宮収縮の状態や出血の程度に注意を払い,バイタルサインの測定を行う.
3.胎児の管理
胎児心拍数のモニタリングは,分娩中の胎児の well-being(胎児の元気さ)を評価する ために最も用いられている.Doppler 胎児心音検出器を用いて間欠的に胎児心拍を計測 する方法と,CTG を用いて胎児心拍を連続的にモニターする方法がある.どの程度の頻 度で胎児心拍を確認すればよいかについて,現状では低リスク症例では分娩第1期には,(表 D-20-2) Bishopスコア 点数 因子 3 2 1 0 5~ 6 3~ 4 1~ 2 0 頚管開大度(cm) 80~ 60~ 70 40~ 50 0~ 30 展退度(%) + 1~ - 1~ 0 - 2 - 3 station 軟 中 硬 頚管硬度 前方 中央 後方 子宮口位置 (表 D-20-3) 分娩所要時間 計 分娩第 3期 分娩第 2期 分娩第 1期 11~ 15時間 15~ 30分 1~ 2時間 10~ 12時間 初産婦 6~ 8時間 10~ 20分 30分~ 1時間 5~ 6時間 経産婦 30分ごとに,第2期には15分ごとでよいとされている.高リスク症例では,分娩第1期で は15分ごと,第2期では5分ごとに確認することでよいとされているようである.しかし, わが国では,胎児心拍の監視を間欠的に行うよりも,連続的にモニターするほうが,刻々 と変化する胎児の状態を把握するには望ましいとの考えのもとに,連続的なモニターが行 われている施設が多い.現実的には,低リスク症例に対しては,分娩第1期の分娩進行が 緩やかな潜伏期では,間欠的なモニターで,その後,分娩が進行すれば,CTG による連 続的なモニターを行う.また,間欠的なモニターを行っていても,陣痛の増強,破水など がおこれば適宜 CTG による連続的なモニターに切り替える.高リスク症例に対しては, 分娩開始から CTG による連続的なモニターを行うことが望ましいであろう.
4.分娩介助
児頭または肩甲部が陰門を通過する際には,会陰部が強く伸展されて会陰裂傷をつくり やすいので,会陰保護が必要となる. 1)会陰保護の要点 (1)児頭の通過をできる限りゆっくり行わせること. ・発露になったら,産婦に努責の強さを指示したり,また腹圧を禁じるなどして,陣痛 発作で出ようとする児頭を軽く支え,急激な会陰通過を防ぐ. (2)児頭の項窩が恥骨弓下に現れるまで児頭を屈位に保たせて,その最小の周囲をもっ て会陰を通過させる. ・後頭部を後方会陰に向かって圧するとともに,前頂部を支えて児頭の反屈を防ぎ,後 頭結節が完全に娩出し,項窩が十分に恥骨弓下に現れるまで屈位のまま保つ. (3)第3回旋を助け,児頭の急激な娩出を防ぐ. 2)分娩介助の実際 初産婦は発露のころから始めるが,経産婦の場合は分娩進行が早いため,排臨のころか ら準備する.分娩介助者は産婦の右側に位置し,右手掌を会陰に,左手を恥骨丘側から児 頭にあてる(図 D-20-2-a).手掌と肛門の間には厚く折りたたんだ減菌脱脂綿を入れ,便 による汚染を防ぐ.陣痛発作時には,右手で肛門を軽く圧迫する.発露の状態,すなわち(図 D-20-2) 分娩介助 文献 2)から引用 a b c d (図 D-20-3) 会陰切開法 文献 2)から引用 ①側横切開法 ②側切開法 ③正中側切開法 ④ 正 中 切 開 法 ⑤ 正 中 J字 切 開 法 ⑥ Schuchardt深切開法 ① ② ③ ⑤ ④ ⑥ 陣痛間歇期になっても児頭が引っ込まなく なったら,右手の指頭で児頭をはさむように して,左手で時々後頭を会陰に向かって圧し, 児頭の反屈を防ぐとともに後頭の娩出を促 す.開いた右手の拇指と4指で会陰の両側部 を後下方に広げるようにして,この部位の緊 張を防ぐ(図 D-20-2-b).後頭結節が完全に 娩出し項窩が恥骨弓下に現れた後は,児頭は 急激に反屈位で飛び出してくるので,この児 頭の急激な娩出を防ぎながら第3回旋を助け るように操作する.すなわち,この時期では, 陣痛発作時には,努責を禁じ,そして陣痛間 歇時に,左手の4指を広げて後頭をつかみ, 軽く圧してその進行を防ぎ,右手掌をもって 断続的に児頭の前頂部を恥骨弓に向かって押 し上げる(図 D-20-2-c).この時期に会陰裂 傷が起こることが多いので注意する.児頭娩 出直後には,顔面を前額部から顎に向かって清拭し,第1呼吸の前に鼻腔や口腔内の羊水
正中側切開法 正中切開法 症状 やや劣る 大 会陰拡張効果 やや多い 少ない 出血 まれ やや多い 第 3,4度会陰裂傷の合併 縫合部のずれが生じやすい 優秀 治癒効果 時に離開することあり まれ 創部縫合不全 時に認められる まれ 続発性性感異常 (表 D-20-4) 正中切開法と正中側切開法の比較 を吸引する. 3)会陰切開術 会陰の伸展が不良な場合や児頭が大きい場合は,会陰裂傷が予測される.特に第3度裂 傷(肛門括約筋の断裂),第4度裂傷(直腸裂傷)や複雑な裂傷の発生を避けるため,人工的 に会陰の一部を切開する.切開を入れるタイミングは,児頭により会陰が十分薄く伸展し ているときがよい.早く切開を入れすぎると,切開創からの出血が多くなったり,思った ほど腟壁に切開が加わっていないことになる.会陰切開法として図 D-20-3に示した方法 があるが,実際には,正中側切開法と正中切開方がよく用いられている.両者の比較を表 D-20-4に示す. 4)肩甲の娩出 会陰を圧しつつ児頭を後下方に圧して前在肩甲の娩出を助ける(図 D-20-2-d).その後 児頭を前方に引いて後在肩甲を娩出させる.この際,頸部神経叢の損傷を避けるため,児 頭を強く牽引しないように注意する.その後,両側腋窩に指をかけて牽出する.肩甲娩出 に際しても,新たな会陰裂傷を生じることがあるほか,先に児頭でできた裂傷や会陰切開 創をさらに広げる危険性があり,会陰保護が必要である.
5.胎盤の娩出
胎盤娩出の際は,胎盤の剝離を確認後に臍帯を軽く牽引して娩出させる.胎盤の剝離が 不完全な状態で無理に臍帯を牽引すると,胎盤の部分的剝離による大出血,臍帯断裂や胎 盤遺残,子宮内反症などの合併症を引き起こす.胎盤娩出後には,娩出された胎盤と卵膜 に欠損がないかを確認する. 1)胎盤剝離徴候 (1)Ahlfeld 徴候:胎盤が剝離し下降するにつれて腟外に下垂した臍帯が下降する. (2)Küstner 徴候:恥骨結合上縁部を腹壁から圧迫した時,臍帯が腟内の方向へ後退 すれば胎盤は剝離しておらず,逆に臍帯がかえって下垂すれば胎盤は剝離している. (3)Strassmann 徴候:一方の手の2指の間に臍帯をはさみ,もう一方の手で子宮底を 軽く叩くと,この衝動が2指の間の臍帯に伝われば胎盤はなお付着し,これを感じなけれ ば剝離している. (4)Schröder 徴候:胎盤剝離前には球状を呈していた子宮体が,剝離後は少し幅が狭 くなり,子宮底が上昇しかつ右傾する. これらのうち,剝離を最も速やかに知る方法は,Küstner 徴候である. 2)胎盤圧出法 すでに胎盤剝離の徴候を示し,腹圧や軽い子宮底の圧迫を加えてもなお胎盤が娩出され ない時は,子宮底を輪状に摩擦して子宮の収縮を促し,拇指を子宮体の前面に他の4指を 後面に当て子宮体を身体の正中でつかみ,骨盤誘導線の方向に向かって圧迫する.これをCredé 胎盤圧出法という. 3)胎盤用手剝離 胎盤が剝離しおおよそ20∼30分以内に胎盤が娩出する.最長で1時間が目安となる. 胎盤圧出法によっても娩出しなければ,胎盤用手剝離を試みる.外陰部と腟内を消毒し, 手は肘関節まで消毒する.減菌ゴム手袋をつけ,手を子宮内に挿入する.臍帯に沿って胎 盤に達し,指をそろえて伸ばし,手背を子宮壁側に向け,小指側を子宮壁と胎盤との間に 静かに進め両者を剝離させる.剝離後は,胎盤を握って引き出すことなく,これを手掌に 受けたまま子宮の収縮によって娩出させる.胎盤剝離徴候が認められないときは,癒着胎 盤が考えられる.癒着胎盤では胎盤用手剝離に伴い大出血をきたす危険性があるので注意 を要する. 《参考文献》 1.荒木 勤.最新産科学.東京:文光堂,2002;233―290 2.佐藤郁夫,岡村州博,西島正博,進 純郎,関 博之.新女性医学大系.正常分娩. 1998;159―221 〈杉野 法広* 〉 *Norihiro S UGINO
*Department of Obstetrics and Gynecology, Yamaguchi University Graduate School of Medicine,
Yamaguchi
Key words : Labor・Friedman・Bishop score・Episiotomy・Placental separation 索引語:正常分娩,Friedman 曲線,Bishop スコア,会陰切開,胎盤剝離徴候
D.産科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Therapy and Management of Obstetrics Disease
21.胎児採血・胎児治療
Fetal Blood Sampling, Fetal Therapy
1)胎児採血
はじめに 胎児採血は,最初は胎児鏡を用いて臍帯血管を同定して行われたが,侵襲度が高かった. 1980年代に超音波診断技術の進歩により,Daffos は超音波ガイド下に臍帯を穿刺して 胎児採血を行った.それに伴い胎児採血は普及し,種々の適応の下に施行され,胎児の病 態生理を探る手がかりとなり,胎児医学の進歩に寄与した.現在,以前に行われた適応の 多くに対して他の検査が代用されるため,実際の適応は限られている. 方法 超音波診断装置で観察しながら,穿刺針(22G∼25G の PTC 針)を母体の皮膚から子宮 壁を通して臍帯静脈を穿刺する.麻酔は,局所麻酔薬による母体皮下麻酔を用いている. 針の穿刺法には,穿刺ガイドを用いる方法とフリーハンド法がある.穿刺ガイドを用いる 方法は超音波プローブに穿刺ガイド用のアタッチメントを装着して,針の刺入予定線を設 定して,それに沿って針をすすめる方法である.比較的容易であるが,針先位置の微調整 を行うことができない.フリーハンド法は穿刺ガイドを用いないで行う方法であり,技術 的には難しいが,針先位置の微調整を行うことが可能である.超音波プローブの端より針 を刺入し,常に針先が超音波画面で確認できるように穿刺することが重要である.穿刺部 位は臍帯起始部(胎盤からの移行部)が固定されていて最適とされているが,実際には穿刺 が一番容易な部位にある臍帯を穿刺している.臍帯静脈に穿刺し,1mlのシリンジを接 続して血液を採取する.臍帯静脈に針を確実に刺入することが重要であり,高度な技術と 経験が求められる.経験の少ない者が安易に行うことは厳に慎むべきである. 適応 血液検体から解析可能な検査項目が適応となるが,他の検査で代用できる検査は原則行 われない.以前は多くが,血液ガス検査や染色体検査のために行われていた.羊水細胞に よる染色体検査は培養日数が10日以上かかるが,胎児血の培養は2∼3日のため,迅速の 場合は胎児血を用いた染色体検査が行われていた.しかし,FISH 法が導入され,羊水細 胞を用いても13,18,21,X,Y 染色体の数の異常は1∼2日で結果が得られるように なったため,染色体検査目的ではほとんど施行されなくなった.また,血液ガスから胎児 のアシドーシスや低酸素状態を診断するために行われていたが,児の娩出の判断は超音波 ドプラ法や胎児心拍モニタリングを用いて対応できるため行われなくなった.また各種感 染症の診断にも用いられていたが,多くは羊水の PCR 法で代用できるため行われなく なった. 臍帯穿刺という侵襲的手技を用いるため,現在は血液からしか検査できない場合が適応 となっている.適応は限られており,胎児貧血,胎児血液疾患,胎児甲状腺機能異常など がある.胎児貧血による場合が最も多く,胎児輸血の適応を決めるには必須である.血液 疾患は,同種免疫性血小板減少性紫斑病などがある.胎児の甲状線機能低下症を疑う場合(図 D-21-1)-1) 胎児輸血の模式図 臍帯 臍帯 臍帯 穿刺針 超音波プローブ 血液 胎児 胎児 胎児 は,胎児治療を考慮するため必要となる. 合併症 合併症としては,胎児徐脈,前期破水,早 産,出血(臍帯,胎盤),絨毛羊膜炎などがあ る.臍帯穿刺部からの出血はよくみられるが, 通常は速やかに止血する.胎児徐脈が最も多 く問題となる合併症で,緊急帝王切開となる 場合もある.臍帯静脈ではなく臍帯動脈を穿 刺した場合や胎児が低酸素状態にある場合に 起きやすい.また穿刺回数が多い場合,手技 に長い時間を要した場合に起きやすく,妊娠 20週未満は穿刺が難しいため起きやすい. 胎児死亡のリスクは,胎児に染色体異常があ る場合,胎盤機能不全がある場合には高くな る.一般には1∼3%といわれている. 胎児輸血 胎児貧血が著明な場合は,その治療として胎児輸血が行われる.胎児貧血の主な原因と しては,血液型不適合妊娠による免疫性胎児水腫とパルボ B19感染がある.血液型不適 合妊娠は主に Rh(D)不適合によるもので,母体が Rh(D)陰性で,児が Rh(D)陽性の場 合に生じる.パルボ B19感染症は伝染性紅斑,りんご病として知られており,小児から 感染する場合が多い.妊娠20週未満の感染では約30%が胎内感染し,その約1"3(母体感 染の10%)が胎児水腫や IUFD となる.胎児赤芽球系細胞に感染し,破壊するため高度な 貧血を呈するためである.胎児水腫の自然寛解例もあるが,経過観察では胎児死亡例が多 く(生存率約50%),胎児輸血により多くの胎児が救命されるようになってきた(生存率約 75%). 妊娠34週未満で胎児貧血を疑い,胎児輸血により予後の改善が期待できる場合は,臍 帯穿刺による胎児輸血を行う1) .胎児に貧血があると中大脳動脈の最大血流速度が上昇す る.最大血流速度が1.5MoM 以上(目安として妊娠週数×2cm"s 以上)に上昇していると 中∼高度な貧血がみられる2) .そこで胎児中大脳動脈の血流速度から胎児貧血を疑う場合 は,輸血の準備をして22G の PTC 針で臍帯穿刺を行い,貧血の確認をする.PTC 針を 臍帯に穿刺した状態で保持し,Ht30%以下の貧血がある場合は,そのまま臍帯静脈内へ 新鮮な O 型 Rh(−)血液を輸血する(図 D-21-1)-1).輸血量は[(目標 Ht 値−測定 Ht 値)" 輸血血液 Ht 値]×推定児体重(kg)×150mlで求められる.過剰輸血は胎児死亡の原因 となりうるので,胎児水腫がある場合の初回輸血は,輸血後の Ht が25%以下,治療前 Ht 値の4倍以下にとどめる.臍帯静脈内への輸血が困難な場合は,腹水を除去し腹腔内輸血 を行う.輸血量は(妊娠週数−20)×10mlで求められる.ただ胎児水腫がある場合の腹腔 内からの吸収は不良である.
2)胎児治療
はじめに 胎児治療の歴史は新しく,1960年代に免疫性胎児水腫に対して X 線下に胎児腹腔内輸 血が試みられたのが最初とされている.1970年代には胎児を直接観察する胎児鏡が導入 されたが,この当時の胎児鏡は太く,侵襲性が高かった.1980年代超音波診断技術の発 達とともに胎児診断が進歩し,それに伴い膀胱・羊水腔シャント術,胸腔・羊水腔シャン ト術など超音波ガイド下での胎児治療が行われるようになった.またカリフォルニア大学(表 D-21-2)-1) 胎児治療の適応疾患と治療法 治療法 病態 疾患 抗不整脈薬 不整脈 胎児頻脈性不整脈 致死性 輸血 貧血 胎児貧血 胸腔・羊水腔シャント 胸水による圧迫 胎児胸水 胎児鏡下レーザー凝固 胎盤吻合血管 双胎間輸血症候群 超音波下ラジオ波凝固 臍帯動脈逆行性血流 無心体双胎 膀胱・羊水腔シャント 腎不全,肺低形成 下部尿路閉塞 嚢胞・羊水腔シャント 直視下 CCAM 切除 腫瘍による圧迫 CCAM 胎児鏡下バルーン気管閉塞 肺低形成 先天性横隔膜ヘルニア 超音波下ラジオ波凝固 直視下腫瘍切除 腫瘍内シャントによる 高拍出性心不全 仙尾部奇形腫 超音波下大動脈弁拡張術 大動脈弁狭窄 左心低形成 直視下髄膜瘤修復 脊髄障害 脊髄髄膜瘤 非致死性 サンフランシスコ校の Harrison のグループは,予後の極めて悪いと思われる胎児疾患の 自然歴を明らかにする臨床研究とともに,動物実験による病態生理研究などの結果を基に して,尿路閉塞症,先天性肺囊胞性腺腫様奇形(CCAM),先天性横隔膜ヘルニア,仙尾 部奇形腫に対して,子宮を切開して胎児に直接手術操作を加えるという直視下手術を次々 に行った.それにより胎児が外科治療対象として認識されるようになった.1990年双胎 間輸血症候群(twin-twin transfusion syndrome:TTTS)に対して胎児鏡下で胎盤吻合 血管レーザー凝固術(レーザー手術:Fetoscopic laser photocoagulation[FLP])が行 われた.直視下胎児手術は侵襲性が高く満足する成績が得られず,侵襲性の少ない胎児鏡 を用いる胎児手術や超音波ガイド下治療が胎児治療の主体となっている3).胎児治療の多 くはその適応や効果について臨床的に確立されておらず,いまだに実験的治療の域にある. しかし,疾患の病態が進行する前に子宮内で治療ができれば理想的であり,胎児を治療対 象として認識する意義は大きく,胎児治療は未来を見据えた医学といえる. 適応疾患の条件 出生前診断された多くの胎児疾患は出生後の適切な内科治療や外科手術によって管理が 可能であり,出生前に胎児治療対象となる疾患は限られている.そのままの妊娠経過観察 では胎児死亡するもの,出生後の治療では手遅れとなり生存が望めないものや極めて重大 な障害を残す胎児疾患が,現在の胎児治療の対象である3) . 胎児治療は母体を介しての治療であり,母体へ侵襲が及ぶため,母体の安全性が確保で きること.また今までの基礎的・臨床的研究から胎児期の治療により成績の向上が期待で きること.夫婦が胎児治療を希望し,治療法について十分な理解と同意が得られているこ と.これらが必須条件となる. 適応疾患と胎児治療法 現在行われている胎児治療の適応疾患とその病態,治療法を表 D-21-2)-1に示す1) .種々 の病態により胎児心不全から胎児水腫をきたし子宮内胎児死亡する疾患や肺低形成から生 後呼吸不全となり生直後に死亡する疾患すなわち致死性疾患が主な対象である.脊髄髄膜 瘤は致死性疾患ではないが,神経予後の改善を目的に胎児治療法が試みられている.胎児 疾患の主な病態を改善し,かつ実行可能な場合に行われる.先天性横隔膜ヘルニア,左心 低形成,脊髄髄膜瘤に対する胎児手術はいまだ本邦では施行されていない. 胎児治療法を母体に対する侵襲度で分類したものが表 D-21-2)-2である1) .経母体的に
(表 D-21-2)-2) 母体侵襲度からみた胎児治療法 侵襲度 経母体薬物治療 低 抗不整脈薬:胎児頻脈性不整脈 超音波ガイド下治療 穿刺・吸引術:羊水過多,胎児胸水 胎児輸血:胎児貧血 シャント術:胎児胸水,CCAM(macro cyst),下部尿路閉塞 凝固術:無心体双胎,仙尾部奇形腫 カテーテル拡張術:大動脈弁狭窄 胎児鏡下手術 レーザー手術:TTTS バルーン閉塞術:横隔膜ヘルニア ▼ 直視下手術 高 切除術:CCAM,仙尾部奇形腫 修復術:脊髄髄膜瘤 (表 D-21-2)-3) 臨床的に有用な胎児 治療 治療法 疾患 胎児輸血 胎児貧血 胎児鏡下レーザー手術 TTTS 胸腔・羊水腔シャント術 胎児胸水 経母体抗不整脈薬 胎児頻脈性不整脈 ラジオ波凝固術 無心体双胎 膀胱・羊水腔シャント術 下部尿路閉塞 薬物を投与する内科的治療法と,超音波ガイ ド下,胎児鏡下,直視下で胎児・胎盤に手術 操作を加える外科的治療法いわゆる胎児手術 がある.胎児治療により期待できる治療効果 と母体・胎児に対する侵襲度のバランスに よって胎児治療の是非は判断される.直視下 胎児手術は侵襲が非常に大きく現在あまり行 われない.胎児治療の適応やその効果につい ていまだ明らかでないことが多いが,現在症 例が多く,治療成績も良好で,臨床的に有用 であると考えられる治療法と適応疾患を表 D-21-2)-3に示す.特に TTTS に対するレー ザー手術は症例数が多く,また治療成績が良好で,現在胎児治療法の大半はレーザー手術 であるといえる.以下現在臨床的に有用と考えられる胎児治療法と,臨床的に有用とはい えないが有用性が期待される胎児治療法に分けて概説する. 臨床的に有用と考えられる治療法 1.TTTS TTTS は,一絨毛膜双胎(MD 双胎)において双胎間に慢性の血流不均衡が起こり生じる 病態で,超音波検査で供血児は羊水過少(最大羊水深度2cm 以下)で膀胱が小さく,受血 児は羊水過多(最大羊水深度8cm 以上)で膀胱が大きいという所見を満たす場合に診断さ れる.MD 双胎の約10∼15%に発症するといわれており,児の発育不全,心不全,脳神 経障害,早産,子宮内死亡などを併発し,妊娠中期に発症した場合の予後は極めて不良で ある.治療法としては羊水吸引術が施行されてきたが満足する成果は得られず,新しい治 療法として,原因となる胎盤吻合血管を胎児鏡下で遮断するレーザー手術が試みられ,治 療法として確立してきた4) . レーザー手術の適応は妊娠16週以上26週未満の TTTS である.妊娠26週以降は娩出に よる新生児治療が可能であり,妊娠26週未満を適応としている.術後合併症で一番問題 となるのは流早産であり,頸管長の著明な短縮など明らかな切迫流早産徴候がある場合は 適応外としている.手術方法の概略を図 D-21-2)-1に示す4) .超音波ガイド下で母体腹壁 より経皮的にトロッカー(約4mm 弱)を羊水過多の羊膜腔(受血児側)に挿入する.トロッ
(図 D-21-2)-1) TTTSに対するレーザー 手術 超音波 供 供血児 供血児 分離膜 V V V A A A 受血児 受血児 胎児鏡 カーを通して胎児鏡(約2mm)を挿入し,双 胎間羊膜に沿い胎盤の端から端まで観察し, 双胎間の胎盤吻合血管を見出して YAG レー ザーで凝固する.両児間の血管吻合を遮断す ることにより,両児間の血流不均衡の是正を しようとするもので根治療法となる.また一 児死亡した場合でも健児から死児への急性血 液移行を防ぐことができる. De Lia et al.は,1990年 に TTTS に 対 す るレーザー手術を小開腹によって初めて行っ た.その後 Ville et al.によってレーザー手術 は経皮的に行われるようになった.1990年 代後半から2000年代はじめにかけて,欧米 で良好な治療成績が相次いで報告され,レー ザー手術は TTTS の治療法として認められ るようになった.2004年には,Eurofoetus による26週未満の TTTS に対するランダム 化比較対照試験で,羊水吸引術に比べレーザー手術がより有効な治療法であることが証明 され,レーザー手術は TTTS の第一選択治療法として推奨されるようになった5) . 本邦におけるレーザー手術は2002年以降,数施設で施行している.レーザー手術例は 年々増加し,2008年4月現在,300例を超している.2002年7月から2006年12月までに レーザー手術を施行し,分娩に至った181例を対象として予後調査を行い,本邦の治療成 績を明らかにした6) .手術施行妊娠週数の平均は21週で,術後7日以内の流産は2%,術後 7日以内の PROM は3%,全胎児の生存率は82%であった.分娩週数の中間値は33週で, 生後28日に少なくとも1児が生存(2児または1児生存)していた割合は91%で,生後6カ 月の少なくとも1児生存割合は87%であった.また重篤な中枢神経障害は4%に認めた. 日本のレーザー手術の治療成績は,良好な治療成績を示す Eurofoetus の成績に優るとも 劣らぬものである.レーザー手術後の児生存率は高く,また神経後遺症も少なく,妊娠26 週未満の重症 TTTS に対してレーザー手術は有効な治療法である. 2.胎児胸水 胎児胸水は原因により原発性と続発性に分けられる.原発性とは胸水以外に異常を認め ないもので,先天性乳糜胸による.続発性とは他の疾患の一部分症として胸水がみられる 場合で,心疾患,血液疾患,感染症,染色体異常,肺囊胞性疾患などがある.原発性胎児 胸水の頻度は約1万出生に1といわれている. 胎児胸水は一部に自然寛解する例があるが, 寛解せず大量に貯留すると下大静脈や心臓を圧迫し,うっ血性心不全から胎児水腫に至る. 肺が長期間圧迫されると肺低形成をきたし,また縦隔圧排により羊水過多をきたす.子宮 内胎児死亡,早産,生後呼吸不全となるため予後は不良である. 胸水による圧排を解除のために胎児胸水穿刺除去術が行われるが,すぐ再貯留するため に頻回の穿刺が余儀なくされる.そこで胎児胸水に対する胸腔・羊水腔シャント術が 1986年に Seeds et al.によって初めて報告された.胎児の胸腔にカテーテルを留置して 胎児胸水を羊水腔中に持続的に排液する方法で,目的は,下大静脈や心臓への圧迫をとり 循環状態を改善して胎児水腫の改善や胎児水腫への進行を抑えることと,肺への圧迫をと り肺低形成を予防することである. 胸水除去による治療効果が期待できるのは原発性胎児胸水(乳び胸)である.原発性と診 断するには心奇形,不整脈,染色体異常,感染症などの原因を除外することが必要となる.
(図 D-21-2)-2) 胸腔・羊水腔シャント術 シャントカテーテル シャントカテーテル 胸水 子宮壁 胎児胸壁 胎児胸壁 シャントカテーテル 胸水 子宮壁 胎児胸壁 続発性胎児胸水でも肺分画症によるものは治療効果が期待できる7).肺分画症とは,気管 支と交通を欠き機能を有さない肺の囊胞性腫瘤であり,超音波検査で充実性の高輝度胸腔 内腫瘤を認め,大動脈からの栄養血管を認めれば診断できる.妊娠34週未満で,原発性 胎児胸水または肺分画症による続発性胎児胸水が適応となる1) . 胸腔・羊水腔シャント術は,超音波ガイド下で母体腹壁から子宮内の胎児胸腔内と羊水 腔を結ぶカテーテルを挿入して,胸水を持続的に羊水腔内へドレナージする(図 D-21-2)-2).大量胸水を認めた場合,まず診断と治療を兼ねて胸腔穿刺を行う.乳び胸では胸水 中の細胞数が多く,リンパ球優位である.1週間以内に再度大量に胸水貯留する場合は胸 腔・羊水腔シャント術を行う.胎児胸水に対して胸腔・羊水腔シャント術が臨床的に有用 であるだろうというコンセンサスはあるが,胎児胸水の治療成績についての臨床試験はな く,症例集積研究しかない.胎児胸水報告例を解析した最近の報告8)では,胎児胸水に対 する胸腔・羊水腔シャント術の生存率66%(104"158)で,胎児治療を行わなかった場合 の生存率59%(32"54)にわずかに優っているにすぎないが,胎児水腫合併例では胸腔・ 羊水腔シャント術の生存率62%(77"125)で,胎児治療を行わなかった場合の生存率35% (7"20)に比べ良好であった.これらの治療成績からも胸腔―羊水腔シャント術は臨床的 に有用な治療法と考えられている.日本ではシャントチューブとしてダブルバスケットカ テーテル(八光商事)を用いているが,これは薬事法の適応外使用となるため,現在は高度 医療において臨床確認試験を行っている. その他の治療法として胸腔内癒着促進術がある.これは胎児胸腔内へ OK432などの癒 着促進薬剤を注入し,臓器側胸膜と壁側胸膜を癒着させて治療を行うものである.症例報 告はあるが,多数例の報告はなく治療効果は不確かで,治療法として一般には認められて いない. 3.胎児頻脈性不整脈 胎児心拍数が200bpm 以上を示すとき胎児頻脈と診断され,胎児頻脈をきたす不整脈 を胎児頻脈性不整脈という.胎児頻脈性不整脈の中で多いのは上室性頻拍症で,心房と心 室の収縮が1:1で伝導しており,通常心拍数は240bpm 前後である.胎児頻脈が持続す ると心不全から胎児水腫となり,子宮内胎児死亡にいたる疾患である.そのため抗不整脈 薬を経母体的に胎児に投与する胎児治療が行われている.胎児治療の有効例が多数報告さ れており,臨床的に有用であると認識されている1) .しかし,使用薬剤,使用量,使用方 法など一定したプロトコールはなく,また症例集積研究のみで,比較対照試験はなされて いない.
プロトコールの1例を示す.ジゴキシン(0.5∼1mg"日)を第1選択薬としてまず使用す る.母体に内服または静脈注射で投与する.ジゴキシンは母体血中濃度が治療域の1∼2ng" mlになるように調節する.胎児水腫がある場合はジゴキシンの胎盤通過性が悪い.また 心室・心房収縮期間隔(VA interval)が長い Long VA はジゴキシン抵抗性である.ジゴ キシンで効果が見られない場合は,第2選択薬の酢酸フレカイニド(100∼300mg"日)を 併用する.これでも効果が得られない場合はジゴキシンを中止し,酢酸フレカイニドにも う1つの第2選択薬であるソタロールを併用する.しかし第2選択薬は副作用もあり母体・ 胎児に十分な注意が必要であり,母体に副作用がでた場合は使用を中止する. 胎児水腫がある場合はジゴキシンの胎盤通過性が悪いので羊水中,胎児筋肉,臍帯血中 への投与が有効であったとの報告があるが,我々は経験がない. 4.無心体双胎 無心体双胎とは,1卵性双胎の1%にみられる奇形で,1児は心臓や頭部が欠損し無心体 といわれ,正常な他児(ポンプ児)から供給される血流で生存している.一絨毛膜双胎で, 1児胎児水腫や1児子宮内胎児死亡として経過観察されている場合が多い.無心体児の臍 帯動脈血流は,ポンプ児の臍帯動脈から動脈・動脈吻合を介して送られる(胎盤から胎児 へ)た め 通 常 の 血 流(胎 児 か ら 胎 盤 へ)と 逆 に な り,Twin reversed arterial perfusion (TRAP)sequence といわれる.ポンプ児には心負荷がかかり,羊水過多,心不全,胎児 水腫を引き起こし,流早産率も高く死亡率は55%に及ぶ予後不良な疾患である. 治療法としては無心体への血流を遮断することで,無心体児の臍帯血流遮断術が行われ る.胎児鏡下で YAG レーザーやバイポーラー電気メスを用いて無心体児の臍帯を凝固し 血流を遮断する方法や臍帯を糸で結紮し血流を遮断する方法が報告されているが,より侵 襲度の低い方法に超音波ガイド下ラジオ波凝固術がある.この方法は超音波ガイド下にプ ローブを無心体児に刺入し,ラジオ波で無心体児を温熱凝固して無心体内の血流を無くし て無心体への血流を遮断するものである3) .児の生存率は80∼90%と良好であるが,症例 数はまだ少ない. 5.下部尿路閉塞 膀胱より下位の尿路すなわち尿道の通過障害を下部尿路閉塞といい,後部尿道弁,尿道 閉鎖症,プルーンベリー症候群がある.膀胱の拡大,両側尿管の拡張,両側水腎症を呈し, 両側腎異形成から腎機能不全をきたす.尿の羊水腔への排出が障害され,高度の羊水過少 から肺低形成をきたす.肺低形成と腎機能不全の程度は,閉塞の程度,期間,発症妊娠週 数などに関連するが,高度であれば致死的である.したがって,下部尿路閉塞で羊水過少 を呈する例では胎児治療が考慮される9) . 治療は通過障害により鬱滞した尿をドレナージすることで,超音波ガイド下の膀胱・羊 水腔シャント術が行われている.膀胱・羊水腔シャント術は広く受け入れられ,当初は熱 心に試みられたが,その後成績が明らかになると期待したほどではなかった.種々の症例 報告をまとめたシャント術後の治療成績は,生存率は60%前後で,分娩にいたれば生存 率は90%前後,ただし1"3は腎不全で透析や腎移植が必要となり,腎機能が正常なのは 50%弱で,膀胱機能が正常なのは50%強であった9) .シャント術により肺低形成の予防が 可能で,生命予後の改善は期待できるが,手技に伴う合併症も少なくなく,また生存児の 約半数に腎機能不全や膀胱機能障害がみられたことは大きな問題である. 胎児超音波検査,染色体検査(羊水または尿),胎児尿生化学検査(膀胱穿刺による)によっ て評価し,以下の4つの条件を満たす場合に膀胱・羊水腔シャント術の適応がある.1)下 部尿路閉塞,2)羊水過少,3)男児で染色体異常やその他の胎児形態異常を認めない,4) 良好な胎児腎機能.羊水過少が認められない場合は,閉塞機転があっても,尿が産生され て羊水腔へ流出しており,シャント術を施行する意義はない.また女児では総排泄腔遺残
(図 D-21-2)-3) 膀胱・羊水腔シャント術 シャントカテーテル 拡張した膀胱 膀胱 羊水腔 シャントカテーテル 拡張した膀胱 膀胱 羊水腔 など直腸肛門奇形の合併が多く,一般には適 応外である.胎児腎機能の評価は,胎児尿生 化学検査により行い,正常胎児では尿細管で Na,Cl の再吸収が行われるため尿は低張で あり,測定値が一定値以下であれば良好な腎 機能と判断する. シャントカテーテルはダブルバスケットカ テーテル(八光商事)を用いている.挿入方法 は原則的には胸水における場合と同じで,超 音波ガイド下に胎児の腹部正中で恥骨の直上 に挿入する(図 D-21-2)-3).羊水過少のた め,カテーテルの一端を羊水腔へ確保するの が難しい場合は,挿入前に人工羊水注入を行 う. 胎児下部尿路閉塞が疑われ,上記4つの条 件を満たす場合はそれほど多くない.また シャント術後の成績もそれほど良好とはいえ ず,これらの説明を受けて,実際に膀胱・羊 水腔シャント術を希望される症例は少ない. 有用性が期待される胎児治療法 1.先天性横隔膜ヘルニア 先天性横隔膜ヘルニアは,横隔膜の欠損により腹腔臓器が胸腔内脱出する疾患で,脱出 臓器による正常肺の発育阻害から肺低形成となり,生直後から呼吸障害と肺高血圧をきた すため,厳重な呼吸循環管理が必要な重篤な疾患である.生後に胸腔内の腹腔臓器を腹腔 内に還納して横隔膜の欠損を修復するという手術が行われるが,死亡する例はほとんどが 肺低形成による呼吸不全である.嵌入度合いが少ないものは肺低形成が少なく予後がよい が,肝臓が嵌入しているもので肺低形成が高度なものは予後が極めて悪く,生後の治療で は限界があると考えられており,胎児治療法が期待されている. 胎児治療法としては,胎児鏡下バルーン気管閉塞術が試みられている.これは胎児の気 管を閉塞すると肺分泌液が貯留して肺が過形成になることを応用した治療法で,胎児鏡下 で胎児の気管に着脱式バルーンを挿入し,一時的気管閉塞を行い,低形成肺の発育を期待 するものである(図 D-21-2)-4).胎児鏡下バルーン気管閉塞術は当初の臨床例で比較的 良好な結果が得られ期待された.しかし,Harrison et al.は妊娠22∼27週の胎児横隔膜 ヘルニアの重症例において,胎児鏡下バルーン気管閉塞術と出生後手術管理のランダム化 比較対照試験を行ったが,有用性を示すことはできなかった.生後90日の生存率は,胎 児鏡下バルーン気管閉塞術は73%(8例"11例)で,出生後手術管理は77%(10例"13例)で 両者の成績に有意差はなく,胎児鏡下バルーン気管閉塞術は先天性横隔膜ヘルニアの生存 率を改善しないと報告した10) .一方,Deprest et al.は胎児横隔膜ヘルニアの最重症例に 対して胎児鏡下バルーン気管閉塞術を行い,生存率は50%(10例"20例)であった.同様 の症例における出生後手術管理の生存率は8%(1例"12例)で,胎児鏡下バルーン気管閉塞 術の有用性を報告しているが,これは比較対照試験ではなく,後方視的研究である.胎児 鏡下バルーン気管閉塞術が重症横隔膜ヘルニアの予後を改善するというエビデンスはまだ なく,日本ではまだ施行されていない.対象とする重症横隔膜ヘルニアの出生前診断によ る選別の基準のコンセンサスはなく,また Gentle ventilation による生後治療成績は著 明に改善している.胎児鏡下バルーン気管閉塞術により先天性横隔膜ヘルニアの治療成績
(図 D-21-2)-4) 胎児鏡下気管閉塞術 シリコンバルーン の向上が期待されるが,まず理想的生後治療 成績を明らかにすること,そして生後治療で は救命困難な症例(胎児治療適応となる例)を 出生前に的確に診断することが求められてい る. 2.左心低形成 左心低形成の典型例は大動脈弁閉鎖と僧房 弁狭窄・閉鎖を伴い,左心室が小さく機能し ないため,体循環を維持できない.このよう な典型例は妊娠早期より左心系の発達が不良 であり,超音波検査で妊娠中期から左心が小 さい.一方,重症大動脈弁狭窄(Critical AS) では,左心流出路の閉塞により妊娠中期は左 心室が正常かむしろ拡大しているが,次第に 左心の形成が障害されて小さくなり左心低形成となる.左心低形成に対しては生後の手術 療法が積極的に行われているが,一般に予後は不良である.そこで Critical AS において, 妊娠中期に左室流出路の閉塞を解除することにより左心低形成の発症を防ぐことができる という仮説が導き出され,胎児治療に応用されている11) .
胎児心疾患に対する経母体カテーテル治療の歴史は新しく,Maxwell et al.が Critical AS の胎児2例に対して超音波ガイド下胎児大動脈弁バルーン拡張術を施行して1991年に 報告したのが最初である.その後の治療成績は惨澹たるものであったが,2004年に Tworetzky et al.が臨床的成功例を報告した.カテーテル治療の手順は,まず母体の全身 麻酔下で,胎児にも鎮静薬と筋弛緩薬を筋肉内投与する.超音波ガイド下で母体経皮的に 19G の外筒針を胎児の左心室内へ穿刺する. 外筒内へ冠動脈用のガイドワイヤーを通し, 大動脈弁を通過させ,バルーンを拡張させて弁を拡張する.治療成績は,26例中20例 (77%)は技術的に拡張が成功し,16例は生後 Norwood 手術を要したが,4例(25%)は 生後両心室循環が可能であった(左心低形成の生後手術である Norwood 手術は単心室循 環の修復術で,この4例は胎児治療後に左室の発育を認めた成功例といえる). バルーン拡張術後に左室の発育を認め生後両心室循環が可能な例が得られたという段階 であり,実験的治療の域である.左心低形成の生後治療成績と比較して胎児治療成績を評 価するところまでは至っておらず,臨床的に有用といえるエビデンスはない.日本での施 行例はなく,日本においても胎児大動脈弁バルーン拡張術の施行が期待されるが,慎重に すすめることが肝要である. 3.仙尾部奇形腫 仙尾部奇形腫は,尾骨より発生した腫瘍で,生後に外科手術療法が行われる.腫瘍が血 管に富むと腫瘍内の動静脈シャントにより胎児に高拍出性心不全を起こし,胎児水腫から 子宮内胎児死亡に至るため,極めて予後不良である.胎児水腫をきたすとそのままではほ ぼ全例が胎児死亡するため,胎児治療が試みられている.外科的に治療可能なのは腫瘍が 主に胎児の骨盤外へ発育した型で,治療方法には,直視下に腫瘍を切除する方法と腫瘍血 管の血流遮断する方法がある.米国で直視下腫瘍切除は10例に行われたが,生存は5例 (50%)であった.超音波ガイド下にラジオ波で腫瘍を凝固し,腫瘍血管を減少させ高拍 出性心不全を改善する治療法は低侵襲で期待されたが,5例中生存は2例(40%)で,2例 とも臀部・下腿など周囲組織の損傷を認めた.直視下手術は侵襲が大きく,血管に富む大 きな腫瘍では,生後手術でも困難を極めるため,胎児期の切除手術は極めて困難である. 超音波ガイド下ラジオ波凝固術は周囲組織の損傷が問題となり,現在,有用といえる治療