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新たな認知機能測定ツールとしてのタブレットの有用性

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.35.25

新たな認知機能測定ツールとしてのタブレットの有用性

景 山   望

海上自衛隊潜水医学実験隊

The usability of tablet-computer as a new tool for assessing cognitive function

Nozomu Kageyama

Undersea Medical Center, JMSDF

In practice, it is difficult to estimate cognitive functions owing to the location and lack of tools for measure-ment. Therefore, it is restricted to the use of items on cognitive function that we are able to investigate. Multiple ap-plication software can be installed on a tablet-computer. Therefore, it could be a useful tool for assessing cognitive function without depending on the measurement environment. In this review, we examined psychological studies that used a tablet-computer to assess cognitive functions in the workplace. Additionally, we discussed the usability of a tablet-computer as a tool for assessing cognitive function in various environments.

Keywords: tablet-computer, ecological validity, repeatability, cohort study, extreme environments

は じ め に タブレットやスマートフォンは,これまで実験室で 行ってきた反応時間測定や記憶課題を手元のタッチ操作 のみで行うことを可能にする。2007年のiPhone発売以降, 急速な性能向上と普及を遂げたタブレットやスマート フォンは,認知科学全般の研究手法に革命的な変化をも たらすものとして注目されている。それを表す事例とし て,第1世代のiPhoneが登場してから現在に至る10年間 で,タブレットやスマートフォンを用いた心理学研究は 急激に増加している。Figure 1は,Google scholar (http:// scholar.google.co.jp) 検索において,2007年から2016年まで の “Tablet-computer cognitive psychology”,“Smartphone cognitive psychology” を含む論文件数の推移を示したも のである(2016年10月31日現在)。検索結果の妥当性に ついては,本稿の目的から検索キーワードを“cognitive psychology” に限局したことや検索された論文の内容を 精査していないことから,若干議論の余地がある。しか し,タブレットやスマートフォンが20年以上前にはす でに販売されていたこと(タブレット: 1989年発売, GRidSysytems 社製の GRidPad; スマートフォン: 1994 年 発売,IBM社製のSimon)や2007年以前の研究論文数か ら考えると,iOS端末やAndroid端末が世界的に普及し たこの10年間で心理学の研究手法としてタブレットや スマートフォンの有用性が認められつつあるといえる。 一方で,タブレットやスマートフォンによって検討可 能な心理学の研究領域については,いまだ議論の余地が 残されている。しかし,タブレットやスマートフォン は,実験場所や使用機材に制限を伴い,測定項目が限定 される労働現場や特殊環境(e.g., 深海,宇宙)に曝露さ れる人間の心理的変化や認知機能の測定を可能にする。

Copyright 2017. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Undersea Medical Center, Japan

Maritime Self-Defense Force (JMSDF), Mubanchi, Taura-minatocho, Yokosuka, Kanagawa 237–0071, Japan. E-mail: umc-sinri@inet.msdf.mod.go.jp

Figure 1. The number of Google Scholar citations iden-tified by searching for “tablet-computer cognitive psy-chology” OR “smartphone cognitive psychology.”

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そこで本稿では,とりわけ認知機能検査ツールとしての タブレットおよびスマートフォンの有用性について,ま ず従来の方法とタブレットやスマートフォンによる実験 結果を比較した研究を紹介することによって考察する。 つぎに,潜水艦行動時の認知機能を測定した研究(景 山・小澤・中林,2013)を紹介し,その際に生じた問題 点からタブレットやスマートフォンの有用性を考察す る。そして,本稿ではタブレットやスマートフォンで動 作する実験用ソフトウエアの作成方法についても紹介す る。最後に,今後の展望として。タブレットやスマート フォンを用いる場合の問題点と応用可能性について考察 する。 認知機能検査におけるタブレットの有用性 従来の方法との比較 これまで従来の方法との比較による信頼性や妥当性の 検証を中心に,タブレットやスマートフォンを用いた心 理学研究は行われてきた(e.g., Bless et al., 2013; Burke et al., 2016; Dorr, Lesmes, Lu, & Bex, 2013; Dufau et al., 2011; Lamond et al., 2008; Robinson & Brewer, 2016; Rentz et al., 2016; Throne et al., 2005)。その結果,タブレットやス マートフォンを使用すれば,実験室に足を運ぶことなく 精度の高い心理実験を実施できることが実証されてきて いる。 スマートフォンやタブレットを用いた代表的な比較研 究であるDufau et al. (2011)は,7カ国の言語刺激パター ンを持つ語彙判断課題をiOS用アプリで作成し,7カ国 4157人に対して実施した。その結果,実験室内のパソコ ンで実施した場合とiOS版のアプリで行った場合の測定 精度は変わらなかったことを報告している。また,Burke et al. (2016) は,単純反応時間および選択反応時間課題を タブレット(iPad, iPod touch)と従来の方法(MOART REACTION AND MOVEMENT TIME PANEL WITH PSYMCON CONTROL, Lafayette Instrument社製)で実施 し,その結果を比較することによって,モバイル端末に よる課題遂行の信頼性と妥当性を検証した。その結果, 反応時間に差はなく,かつ正の相関関係があった。これ より,Burke et al. (2016) は,iPadなどのタブレットは新 たな情報処理過程を検討できる実験手法となりうること を報告している。Dorr et al. (2013) は,使用するディス プレイの選定や観察距離などの実験環境の厳密な統制が 求められる視覚研究をiPadで行った。Dorr et al. (2013) は,コントラスト感度評定実験を iPadとCRTディスプ レイで実施した結果,評定結果は変わらなかったことを 報告した。これより,iPadによるコントラスト感度評定 などの心理物理実験は可能であることを示した。ただ し,屋外など光源が多数ある環境では画面に光が反射す るため,屋内かつ暗室で行うことが望ましいことを主張 している。またBless et al. (2013) は両耳分離聴の実験を iPhoneで実施し,実験室で行った場合と同じ精度の結果 を得ている。 タブレットは,すでに標準化されている心理検査の妥 当性・信頼性の検証にも用いられている。Throne et al. (2005) やLamond et al. (2008) は,アメリカ国防省米軍 ウォルターリード研究所で開発されたビジランス課題 (Psychomotor Vigilance Test: Dienges & Powell, 1985) のタ

ブレット版を開発し,その信頼性と妥当性を検証した。 その結果,タブレット版のビジランス課題は,従来の課 題とほぼ同様の測定精度が得られたことを報告した。ま た,Robinson & Brewer (2016) は,遂行機能やワーキン グメモリの測定課題として用いられる corsi block課題 (Corci, 1972)とハノイの塔課題のiPad版アプリケーショ ンを作成し,これらの課題と従来の課題との成績の比較 を行った。その結果,課題成績に違いは見られなかっ た。しかし,ハノイの塔課題についてはiPad版の方が速 く遂行できた。一方で,伝統的な課題はタブレット版に 比べて,参加者から主観的な身体的な負荷が高いことも 報告した。このほかにも,アルツハイマー病や不安障害 などの評定に用いられる標準化された神経心理学テスト バッテリーもiPad上での信頼性や妥当性が確認されて いる(Rentz et al., 2016)。Rentz et al. (2016) は,iPadに複 数の標準的な神経心理学テストが実装し,アルツハイ マー患者に対してクリニックと自宅で実施した。その結 果,iPad版の神経心理学テストの信頼性と妥当性を確認 している。 現在,タブレットやスマートフォンを心理実験に用い ることができる範囲は広く,標準化された神経心理学テ ストバッテリーから厳密な実験環境の統制が求められる 視聴覚研究にまで及んでいる。今後,タブレットと実験 室実験との比較研究が増えていくことは,実験室で得ら れた心理現象の生態学的妥当性の検証にもつながると考 えられる。こうした検証は,近年議論が盛んになってい

る心理学研究の再現性の問題(Open Science

Collabora-tion, 2015)を解決する糸口につながるかもしれない。こ れより,タブレットやスマートフォンが新たな認知機能 検査,心理学研究の研究法として有用であるといえる。 実際の労働現場や特殊環境で認知機能を測定する 実際の労働現場で認知機能を測定する場合,測定を行 う場所や時間は限られており,急な業務上の予定変更な

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どによって,実験を中断もしくは終了させざるを得ない 事態がたびたび起こる。また,追試が必要な結果が得ら れたとしても,その追試を行うことができないこともあ る。これらの問題点をタブレットやスマートフォンは解 消する可能性を有している。以下では,著者が潜水艦行 動中の認知機能を測定した研究(景山・小澤・中林, 2012)の概要とその際の問題点を紹介し,タブレットや スマートフォンの有用性を考察する。 潜水艦行動時における認知機能の変化の概要 現在,海上自衛隊が保有する潜水艦では, 1日を18時 間とし,乗員を3つの当直班に分け,6時間当直,12時 間休憩という勤務形態で航海を行うことを通常としてい る。これまで人間の覚醒水準や認知機能は深夜から早朝 の時間帯(24:00–6:00)にかけて,最も低下することが 報告されている(Monk et al., 1997)。また,1日24時間 周期で生活する人間が,1日18時間周期での生活を続け た場合,睡眠障害や抑うつ症状,不安障害を引き起こし やすい(Harma, Sallien, Ranta, Mutanen, & Muller, 2002)。 さらに,覚醒水準の低下による意図しない睡眠が注意機 能を低下させることも報告されている(Ferfuson,

La-mond, Kandealaars, Jay, & Dawson, 2009)。そこで,著者ら は6時間3交代勤務が労働者の認知機能および覚醒水準 に与える影響について検討した。著者らは認知機能を選 択的注意検査の一つである新ストループ検査2 (箱田・ 渡辺,2005)と3種類の選択反応時間課題によって評価 した。また覚醒水準をVisual Analog ScaleのGVA質問紙 (Monk, 1989)と腕時計型の活動量計によって評価した。 実験参加者は 3班あるうちの1つの当直班員の中から6 名を選抜した。そして,各種検査を6時間の当直業務終 了後に 12回6名全員に対して同時に実施した。その結 果,覚醒水準は深夜から早朝にあたる時間帯で最も低く なるものの (Figure 2A),認知機能については各当直時 間帯による変化は見られなかった(Figure 2B)。 タブレットによる認知機能検査の省スペース化 著者らが実験を行った潜水艦には当然個別実験を行う 場所は存在しない。このため,一連の研究では,乗員食 堂を測定時に空けてもらい,当直終了後に参加者全員の 集団検査で行った。著者らの方法は,当直を終えた乗員 に食事や休息時間を提供することを意味する。こうした 一カ所に参加者を集めて認知検査を行う手続きについ て,著者は,参加者から“調査自体がストレス,今後こ ういう調査はやめていただきたい”という感想をいただ いたことがある。このように,著者らが行った方法で は,認知機能検査自体が参加者に心理ストレスを与え, 検査結果に影響を及ぼす可能性がある。スマートフォン やタブレットを用いた認知検査は,検査を行うために場 所を一時的に占拠し,参加者全員を一カ所に集合させる 必要もない。これより,少なくとも検査による共有空間 の占拠や時間の拘束に伴う心理ストレスを軽減できる。 よって,実際の労働現場で認知機能検査時における,タ ブレットやスマートフォンの有用性は高いといえる。 対照実験や縦断研究への応用 潜水艦乗員の典型的な自覚的な症状として,出港して 1週間付近で最も身体的にも心理的にも辛く,それ以降 は体が順応し,これらの症状は軽減するというものがあ る(Kelly, Grill, Hunt, & Neri, 1997)。著者らの研究では, 統計的に有意な低下ではないが,新ストループ検査2の 課題の平均正答数が測定期間の中間点でのみ下がった (Figure 2A)。この課題成績の低下が,18時間周期への 順応過程における一時的な認知機能の低下なのか,単な る測定誤差なのかについては,同じ実験参加者による非 潜水艦乗船時の対照実験による検討が必要である。しか し,一連の潜水艦研究においては,非乗艦時による対照 Figure 2. (A) Comparison between the number of

cor-rect response of the Stroop tasks during our submarine study. (B) Comparison between GVA scores during our submarine study. Error bar: SD.

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実験や,同一参加者かつ潜水艦行動時における追試を行 うことは不可能である。よって,著者の研究で見られた 一時的な課題成績の低下が,潜水艦乗員特有の変化なの かを検証することは難しい。

一方で,交代制勤務が労働者に及ぼす影響は,退職後 に生じることがあるとされている(Haus & Smolensky, 2006; Marquie, Tucker, Folkard, & Genti, 2014; Rosa, 1991)。 また交代制勤務による影響は,労働時間帯が不規則の労 働者に顕著に現れるとされている(Monk, 1986)。1日の 生活周期を乗艦時と非乗艦時で24時間周期と18時間周 期に切り替える潜水艦の勤務形態は,労働時間帯が不規 則である典型例といえる。現在,潜水艦での勤続年数が 退職後の健康状態に及ぼす影響は報告されていない。た だ,これまでの知見から,交代制勤務の影響が退職後に 現れるとすると,勤続年数と認知機能や心理状態の変化 についての縦断研究を行う必要がある。しかし,上述の 対照実験同様に,退職後も含めて,同一の乗員を追跡調 査することは現状では不可能に近い。 これらの問題点は,タブレットやスマートフォンを用 いることで解決できる可能性を有している。近年,交代 制勤務が認知機能に及ぼす影響について,タブレットや スマートフォンを用いた研究が報告されている(Spar-row et al., 2016; Veddeng, Husby, Engelsen, Kent, & Flaaten, 2014)。Veddeng et al. (2014) は,夜間勤務から18時間オ ンコール待機の勤務形態が医師の認知機能に及ぼす影響 を神経心理学テストバッテリーの一つであるCambridge Neuropsychological test automated battery (CANTAB: Rob-binsm et al., 1994) の iPad 版アプリケーションで検討し た。その結果,夜間勤務終了後と18時間オンコール終 了後の選択反応時間課題のみだけ遅延したものの,それ 以外の課題成績は変化が見られなかった。Sparrow et al. (2016) は,長距離輸送における勤務周期の違いが認知 機能に及ぼす影響をスマートフォン版のビジランス課題 と活動量計(Actiwatch2, Philips社製)によって検討した。 実際の勤務周期(勤務,非番,勤務の順)で実施し,反 応時間の遅延には直前の睡眠時間が関係することを報告 している。 以上の知見は,スマートフォンやタブレットを用いれ ば,機材や研究者による直接検査の必要はなく,非番時 や退職後の認知検査の実施が可能になることを示唆して いる。これよりタブレットやスマートフォンは認知機能 検査ツールとして有用性が高いといえる。 タブレットによる認知機能検査の作成方法 タブレットやスマートフォンを用いた心理学研究は, iOS端末やAndroid端末上で動作するアプリケーション に使用されているObjective-C, SwiftやJavaといったプロ グラミング言語の知識がなくても行うことができる。現 在,タブレットやスマートフォンを用いた心理学研究に おける実験用プログラムの作成方法は,上記のプログラ ミング言語で直接作成する方法から,App Store (http:// itunes.apple.com)や Google Play (http://play.google.com) 上で配布されているアプリを使用する方法,パソコン用 の心理実験構築アプリケーションによって作成する方 法,ブラウザ上で動作するJava Script言語によるプログ ラム作成方法までと多岐にわたっている。以下では,タ ブレットやスマートフォンで動作する実験用プログラム の作成方法,その方法の利点および欠点について紹介す る。 XcodeやAndroid Studioによる開発 普及しているタブレットやスマートフォン上で動作する アプリケーションは,iOS端末ではXcode (http://developer. apple.com/xcode/), Android端末ではAndroid Studio (http:// developer.android.com/studio/index.html)といった総合開 発環境で作成され,開発者登録(iOS: Apple Developper, http://developer.apple.com; Android: Google Play, http:// developer.android.com) と 登 録 料(iOS: 年 間 11,500 円; Android: 登録時に25USD)を支払うだけで世界中に配布 することができる。App StoreやGoogle play上で配布され ている。本稿で紹介した研究で用いられた実験用プログ ラム (iDichotic, Bergen fMRI Group, NR: http://itunes.apple. com/jp/app/dichotic/id48728042?mt=8; Science XL, CNR & Aix-Marseille University, FR: http://itunes.apple.com/jp/app/ test-your-vocabulary-science/id414464131) は,この方法で 作成され,実際にApp Storeで配信されている。 この方法を用いる利点として,まず世界中に配布でき ることがある。Dufau et al. (2011) のように世界中から大 勢の実験への参加や,また様々な言語圏や文化圏による 比較が可能になる。一方で,欠点としては,実験用のア プリケーションを作成しても,作成したアプリの配布ま でに費やす時間や労力が多いことを挙げられる。iPad上 で階段法や恒常法による心理物理実験が実施できるアプ リを開発したTurpin, Lawson, & Mckendrick (2014) は,タ ブレットやスマートフォンを用いた研究が増加しない理 由について,Appleの検閲が厳しく,アプリの配布まで にかかる時間的なコストが大きいことを挙げている。 配布されている既存のアプリを使用する方法

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れた神経心理学テストバッテリー (e.g., CANTAB, Cam-bridge Cognition, UK: www.cambridgycognition.com/aca demic/products; CADi2, Techno Project Ltd, JP: http://itunes. apple.com/jp/app/cadi2/id80858654) や,使用する刺激を 用意するだけで心理実験を行うことができるアプリケー ションが配布されている (e.g., PsyPad, Turpin, A., AU: http:// itunes.apple.com/jp/app/psypad/id735057966?mt=8; Experimen-tal Designer, CNR & Aix-Marseille University, FR: http://itunes. apple.com/jp/app/experiment-designer /id929611853)。これら の既存のアプリケーションを利用することで,誰でも心 理実験を行うことができる。 こうした既存のアプリを用いる利点としては,プログ ラミングの知識を有してなくても作成できることと信頼 性や妥当性が検証されたテストを利用できることがあ る。また,実験用プログラムの作成から配布までにかか る様々なコストを節約できることである。先に紹介した Turpin et al. (2014)の心理物理実験用アプリであるPsy-Padを用いれば,ガボールパッチのような一般的な視覚 実験で用いられる刺激画像を用意するだけでタブレット 上での心理物理実験が可能となる。また,現在,配布さ れているCANTAB のような神経心理学テストバッテ リーは,信頼性や妥当性が検証されており,研究論文と して発刊されているものある(e.g., Onoda & Yamaguchi, 2014)。本稿で紹介した潜水艦での認知機能検査のよう な研究では,検査用プログラムを自作することなく,研 究が行うことができる。一方,欠点としては,研究の進 捗状況に応じた実験プログラムの修正ができないことが ある。既存のアプリでも呈示順序や時間までは設定する ことができる。しかし,正答数に応じた条件分岐などの 細かいプログラムの修正を行うことができない。 パソコン用の心理実験構築アプリケーションによる作成 タブレットやスマートフォンで動作する実験用プログ ラムは,現在,パソコンで動作する心理実験環境構築用 アプリケーションでも作成することができる(e.g., Ma-thot, Schreij, & Theeuwes, 2012)。Python 言語をベースと したオープンソースの心理実験環境構築アプリケーショ ンであるOpenSesame (Mathot et al., NL: osdoc.cogc.nl) は, パソコン上で作成した実験用プログラムをAndroid OS 端末で動かせることができる。また,この Opensesame は,Graphic User Interfaceベースで心理実験を構築でき るため,プログラミング言語の知識がなくても,複雑な 心理実験プログラムを作成することができる。さらに研 究の目的に応じて,実験用プログラムを自由に変更する ことも可能である。しかし,Android版のOpenSesameと 実験用プログラムを実験に使用する端末に逐一インス トールしなければならないため,XcodeやAndroid Studio で作成したアプリのように,実験用プログラムを世界中 に配信することができず,一度に大量のデータを得るこ とは難しいという欠点がある。 Java Script言語によるプログラム作成方法 本節で最後に紹介する方法は,FirefoxやSafariなどの ブラウザ上で動作するJavaScript言語による作成方法で あ る。 現 在,jsPsych (de Leeuw, USA: http://github.com/ jodeleeuw/jspsych) というwebブラウザ上で動作する心理 学実験構築用のオープンソースのJavaScript言語ライブ ラリがある。このライブラリを用いて作成した実験用プ ログラムは,標準的なブラウザを搭載している端末であ れば,世界中のどこであっても利用することができる。 また,iOSやAndroidのような煩わしい開発者登録も必 要とはしない。しかし,利用者のタブレット端末の性能 が異なるため,作成した実験用プログラムが全ての端末 で同じように動作する保障がないことが指摘されており (Germine et al., 2012),これが欠点といえる。 タブレットによる心理学研究の展望 タブレットによる認知機能検査の問題点 これまで本稿で紹介してきたように,タブレットやス マートフォンによる認知機能検査は,測定環境に関係な く実施でき,心理学研究法の基礎があれば誰でも作成で きるという有用性がある。しかし,これらを用いる心理 学研究には,いまだに解決していない問題点がある。以 下では,研究倫理の問題と使用する端末の性能を中心に 紹介する。 心理学研究が急速に発展した背景には,iOS端末や Android端末用のソフトウエアの開発や配布が簡単に行 えることがある。本稿で紹介したDufau et al. (2011)の 研究は,こうしたソフトウエアの開発と配布の手軽さを 最大限に利用した研究といえる。しかし,こうした手軽 さは,同時に個人情報の保護や実験参加に関する同意な どの研究倫理を再考する要因ともなっている(Miller, 2012)。Miller (2012) は,スマートフォンやタブレット による心理学研究では,参加者の実験参加に対する同意 や参加者の匿名性の保障が,従来の方法に比べて十分で はないことから,標準的な研究倫理基準を根底から見直 す必要があるとした。 このほかの問題点として,使用するタブレットによる 測定誤差の問題もある(Shatz, Ybarra, & Leither, 2015)。 Shatz et al. (2015) は,4種類のタブレット(iPad, Kindle

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Fire, Nexus7, Galaxy)を用いて,刺激の呈示からタップ から反応の取得に要した時間の比較を行った。その結 果,タブレットの種類によって測定誤差が異なった(測 定誤差はiPad, Kindle Fire, Nexus7, Galaxyの順であった)。 これより,タブレットやスマートフォンで反応時間を測 定する場合,使用する端末の選定は慎重に行うことを主 張した。 心理学研究への応用可能性 タブレットやスマートフォンは本稿で紹介してきた認 知機能検査だけでなく,心拍数などの生理指標測定も測 定できることが確認されている(e.g., Heathers, 2013)。 Heathers (2013) は,スマートフォン用の心拍計測アプリ を開発し,従来の方法との同等の精度で心拍数を測定で きることを報告した。また,Hekler, Buman, & King (2015) は,スマートフォンに内蔵されている3次元センサーを 利用した活動量計アプリの妥当性および信頼性を検証し た。現在,活動量研究のスタンダードとされている Ac-tigraphのデータと比較した結果,ほぼ同様の傾向を示し た。これよりスマートフォンのアプリでも研究用途に耐 えうることを報告した。これらの報告は,これまで別々 の機材で行ってきた生理指標と行動データとを合わせた 研究がタブレット 1台で可能になることを示唆してい る。 さいごに 平成 27年度の総務省の通信利用動向調査によると, 現時点での日本のタブレットおよびスマートフォンの普 及率は全人口の 60%にのぼり,40 代以前の普及率は 90%に達している(総務省,2016)。今後,ますますタ ブレットやスマートフォンは我々の生活に定着すること は間違いない。そして,スマートフォンやタブレットを 用いた心理学を含めた認知科学の研究手法も発展し,成 熟することが予想される。膨大な心理学研究によって得 られた心理現象を日常生活の中で体験できるタブレット やスマートフォンは,基礎心理学で得られた知見をより 私たちの生活に反映できるツールとなりうるであろう。 引用文献

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