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相模湾の汽水域で確認されたカニ類―特に北限産出となる希少種の記録について―

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原著論文

相模湾の汽水域で確認されたカニ類―特に北限産出となる

希少種の記録について―

Crabs observed at the estuary areas around Sagami Bay with the northernmost records

of some rare species

伊藤寿茂

1,

*・勝呂尚之

2

Toshishige Itoh and Naoyuki Suguro

Abstract: Distribution of the crabs were investigated at the

estuary areas around Sagami Bay, Shizuoka Prefecture and Kanagawa Prefecture, central Japan from May 2015 to De-cember 2017. The number of the species of the crabs came up to 21. Noteworthly, four species (Metopograpsus thuku-har, Ptychognathus capillidigitatus, Parapyxidognathus de-ianira and Parasesarma tripectinis) should be the northern-most records for these species in Japan.

Key Words: Estuary area, Geographic distribution, North-ernmost record, Sagami Bay

はじめに 相模湾は生物の宝庫と言われ,多くの生物種が記 録されている(藤田・並河,2007).十脚類につい ては,湾内とその周辺海域から計870種以上が記録 されており(駒井ら,2007),淡水棲や汽水棲の種 の記録も増加が続いている(一寸木,2002;田中 ら,2004;伊藤,2007;小宅・藤川,2009a, 2009b; 伊藤・根本,2012;丸山,2012;北野・寺田,2015; 丸山,2015a,2015b;横岡ら,2015;岸ら,2016; 伊藤,2017;丸山,2017;伊藤・島津,2018). 著者らが2015年から2018年にかけて相模湾の流 入河川の下流域や,河口に形成される汽水域でカニ 類相を調査した結果,北限記録や相模湾初記録とな る分布上稀有な種(以下,希少種と表記)を複数確 認した.他の確認種と併せてその生息状況を報告す るとともに,標本に基づく希少種の形態的特徴,既 知の分布域との関係について記す. 方 法 伊豆半島南東部から三浦半島南端部に面する次の 1 新江ノ島水族館 〒251–0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2–19–1 Enoshima Aquarium, 2–19–1 Katase-Kaigan, Fujisawa,

Kanagawa 251–0035, Japan

2 神奈川県水産技術センター内水面試験場

〒252–0135 神奈川県相模原市緑区大島3657 Inland Water Experimental Station of the Kanagawa

Prefectural Fisheries Technology Center, 3657 Ooshima, Midori-Ku, Sagamihara, Kanagawa 252–0135, Japan * E-mail: itou@enosui.com

Fig. 1. Location of sampling sites. A: Ogamogawa River. B: right bank of Sagamigawa River. C: left bank of Sagamigawa River. D: Matsuogawa River. E: Ena Cove.

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汽水域を調査対象とした(Fig. 1,Fig. 2).大賀茂 川(調 査 日:2017年7月24日,10月6日.Fig. 2A– C),相模川右岸(調査日:2015年5月16日,2016 年7月3日,2017年7月8日.Fig. 2D–E),相模川左 岸(調 査 日:2017年8月19日.Fig. 2F), 松 尾 川 (2017年8月19日,12月2日.Fig. 2G–H)および江 奈湾(2017 年 9 月 21 日,2018 年 4 月 3 日.Fig. 2I) の各水域において,転石や漂着物を返したり,護岸 壁面に付着したカキ礁を崩しながらカニ類を探索し た.確認した種別に主な生息環境(砂泥上,転石 下,カキ礁,ヨシ原のいずれか)と確認数を記録し た.個体数が多くて正確な計数ができない場合,そ の種の主な生息環境内での密度を高密度(+++: 1 m2あたり10個体以上),中密度(++:1 m2あた り2~9個体程度),低密度(+:1 m2あたり1個体 以下)のいずれかで記録した.個体の採集は徒手で 試 み, 補 助 的 に 手 網(間 口 約780 cm2, 目 合 約 3 mm)を用いた.採集個体の一部は,マイナス20°C で冷凍処理後,再解凍して,ノギス(松井精密株式 会社製M型ノギス)で0.1 mm単位で甲長と甲幅を, 電子秤(株式会社エー・アンド・デイ製コンパクト 天びんEK-600i)で0.1 g単位で湿重量をそれぞれ計 測して,写真撮影を行った後,99%エタノールで液 浸標本とし,神奈川県立生命の星・地球博物館に収 蔵した.種の同定に用いた形態形質と既知の分布 は,Banerjee (1960), 酒 井(1976), 武 田(1982), 三宅(1983),武田(1994),西村(1995),Keenan et al. (1998),朝倉・森上(2007),三浦(2008),日 本ベントス学会編(2012),横岡ら(2015),前之 園・ 成 瀬(2015),岸ら(2016)に従った.なお, 本報告における相模湾の範囲は,伊豆半島の石廊崎 から伊豆大島南端,房総半島野島崎までを結ぶ線の 北側から東京湾を除いた海域と定義した(瀬能・松 浦,2007).

Fig. 2. Sampling sites. A–C: Ogamogawa River. D–E: right bank of Sagamigawa River. F: left bank of Sagamigawa River. G–H: Matsuogawa River. I: Ena Cove.

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結果と考察 各調査点での確認種 各調査点での確認種と主な生息環境,生息数また は密度をTable 1にそれぞれ示す. 計5地点から計21種のカニ類が確認された.その 中で,北限記録かつ相模湾初記録の希少種としてハ シリイワガニモドキMetopograpsus thukuhar(Fig. 3) とトゲアシヒライソガニモドキParapyxidognathus dejanira(Fig. 4)が,北限,東限記録の希少種とし てヒメヒライソモドキPtychognathus capillidigitatus (Fig. 5)が,北限記録の希少種としてユビアカベン ケ イ ガ ニParasesarma tripectinis(Fig. 6)が,それ ぞれ確認された.加えて,ノコギリガザミ属Scylla sp.(Fig. 7)と,ヒメヤマトオサガニMacrophthal-mus loanzai(Fig. 8)が分布上稀有な産出とみなせ る希少種として確認された.これら6種について は,後ほど標本の形態的特徴に基づく種鑑別の詳細 と既知の分布域との関係を詳述する. 上記以外の15種(Fig. 9)は,いずれも相模湾以 北 で の 分 布 が 既 知 で あ り(酒 井,1976; 武 田, 1982; 三 宅,1983; 武 田,1994; 西 村,1995; 朝 倉・森上,2007;三浦,2008;日本ベントス学会 編,2012; 横 岡 ら,2015; 岸 ら,2016), 水 域 に よっては高密度での生息が確認された(Table 1). 相模川と松尾川では,約10年前に,本報告と同じ 地点において調査が行われている(伊藤・根本, 2012).その時と比べて,本報告ではコメツキガニ Scopimera globosa(Fig. 9B),タイワンヒライソモ ドキPt. ishii(Fig. 9C)が少ないながら引き続き生 息することがわかり,アリアケモドキDeiratonotus

cristatus(Fig. 9A)やハマガニChasmagnathus con-vexus(Fig. 9F),フタバカクガニPerisesarma bidens

(Fig. 9I)の生息地点が広がり,地点によって生息 密度が高まったことがうかがわれた.特にアリアケ モドキは相模川右岸の低潮線(砂泥底と転石下)で は最も個体数の多い種となっていた.フタバカクガ ニは,相模湾において比較的稀な種として見なされ ていたこともあるが(一寸木,2002;伊藤・根本, 2012),近年では生息数が増えている水域もあり (岸ら,2016),本報告によって,松尾川と大賀茂川 でも比較的高い生息密度を示した.オオヒライソガ Table 1.  Crab species collected from each sampling site. S: sand and silt. B: boulder stone. O: oyster reef. R: reed field. Density

of crabs: +++, over 10 individuals per 1 m2; ++, 2–9 individuals per 1 m2; +, under 1 individuals per 1 m2.

Species

Sampling site

Ogamogawa Riv. Sagamigawa Riv. Ena cove

Right bank Left bank Matsuogawa Riv.

S B O R S B O R S B O R S B O R S B O R Scylla sp. 1 Deiratonotus cristatus ++++++ + + + Scopimera globosa 1 +++ Ilyoplax pusilla +++ Macrophthalmus japonicus + +++ Macrophthalmus banzai 4 Metopograpsus thukuhar 1 Ptychognathus ishii + + Ptychognathus capillidigitatus 3 Parapyxidognathus deianira ++ 2 Eriocheir japonicusVaruna litterata 1 Hemigrapsus penicillatus ++ + + + + ++ Hemigrapsus sanguineus + ++ Chasmagnathus convexus + + + Helice tridens + + + ++ + Chiromantes haematocheir + ++ ++ + Chiromantes dehaani + + + +++ + +++ + Sesarmops intermedius + + Parasesarma erythodactyla 1 1 Perisesarma bidens ++ ++

(4)

Varuna litterataは本調査で相模川右岸より1個体 得られたほか(甲長40.4 mm,甲幅42.6 mm,湿重20.7 g,採集後約1年間飼育され,脱皮2回を経 て,左第一歩脚以外の歩脚を欠損,Fig. 9E,標本番 号KPM-NHG0003132),近年に同地点で行われた自 然観察会でも複数回にわたり見つかっている(勝 呂,未発表資料).本種の分布域は相模湾以南であ り, そ の 記 録 は 古 く か ら 比 較 的 多 い が(蒲 生, 1958, 1965;加藤,1974;酒井,1976;池田,1981, 一寸木・石原,1985;蒲生・小酒井,1991),近年 まとまった個体数が得られることは少なくなった (一寸木・石原,1985). 希少種の形態的特徴と生息状況 イワガニ科 ハシリイワガニモドキMetopograpsus thukuhar (Owen, 1839) (Fig. 3) 2017年12月2日に松尾川左岸の階段状のコンク リート護岸上に散乱した転石下(Fig. 2H)より,1個 体(甲長4.0 mm,甲幅5.9 mm,湿重量0.05 g.Fig. 3) を得た(標本番号KPM-NHG0003117).甲は四角形 で前方に広がり,前側縁に眼後歯以外に歯がなく, 額が甲幅の1/2以上を占め,中央が少し窪むこと (Fig. 3A),甲背面のすじ状の溝と鉗脚表面の細か い凹凸がそれぞれ認められること(Fig. 3A),各歩 脚は幅広く側扁し,長節後縁の末端に1~2つの突 起が認められるが,第4歩脚長節後縁の基部に突起 がないこと(Fig. 3A),以上の特徴を近縁のハシリ イワガニMe. messorと共有する.本個体はハシリイ ワガニよりも甲がより方形に近く頸溝が明瞭でない こと,雄個体であり(Fig. 3B),第一腹肢の先端が 曲がらず,細くなること(Fig. 3C)から,ハシリイ ワガニモドキと同定した.本種の既知の分布域はイ ンド洋から西太平洋,ハワイ諸島に及び,その北限 は日本の紀伊半島(Banerjee, 1960; 三浦,2008)と される.本報告は相模湾からの初記録であるととも に,本種の分布の北限記録,日本国内における東限 記録となり,既知の分布北限である紀伊半島から北 へ約150 kmもの分布更新となる.本種の既知の生 息環境は潮間帯の岩礁海岸やサンゴ礁原の転石下, 岩の間隙とされ,本個体の生息状況と合致する. モクズガニ科 トゲアシヒライソガニモドキParapyxidognathus

de-ianira (De Man, 1888)

(Fig. 4) 2015年5月16日と2016年7月3日に相模川右岸の 転 石 下 か ら 雄2個 体(1個 体 目: 甲 長12.4 mm, 甲 幅14.4 mm, 湿 重 量1.3 g, 標 本 番 号KPM-NHG0003123.2個体目:甲長13.0 mm,甲幅16.0 mm, 湿 重 量2.3 g, 標 本 番 号KPM-NHG0003124),2017 年7月8日に右岸の砂泥底より雄1個体(甲長未計 測, 甲 幅16.9 mm,湿重量2.8 g),2017年10月6日

Fig. 3. Metopograpsus thukuhar (KPM-NHG0003117). A: dorsal view. B: ventral view. C: gonopod. Black scale, 10 mm; White scales, 1 mm.

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に大賀茂川の護岸(Fig. 2B)と水中に設置された鉄 筋(Fig. 2C)に垂直方向に付着したカキ礁の隙間よ り30個体以上が得られた.大賀茂川産の標本に基 づく計測値は,雄(甲長5.6 mm,甲幅7.6 mm,湿 重 量0.2 g.Fig. 4, 標 本 番 号KPM-NHG0003125), 雌(甲長5.3 mm,甲幅8.1 mm,湿重量0.2 g,標本 番号KPM-NHG0003126).甲は四角形で背側に盛り 上がり,前側縁に眼後歯を含めて明瞭な歯が3つあ り,額の中央が僅かに窪むこと(Fig. 4A, D),鉗脚 に長い毛が認められないこと(Fig. 4A, B),各歩脚 の前後縁に長い毛が列生し,長節後縁に大きな棘状 の突起が1つずつ,それ以外に小さな突起が1~2つ 認められること(Fig. 4C)から,トゲアシヒライソ ガニモドキと同定した.本種の既知の分布域はイン ド洋から西太平洋で,その北限は伊豆半島北西部の 陰野川で,日本での東限は日本の房総半島南東部の 丸山川であった(朝倉・森上,2007;三浦,2008; 日本ベントス学会編,2012;横岡ら,2015)よっ て,相模川は本種の北限記録,相模湾からの初記録 となる.大賀茂川は静岡県以東における本種の記録 水域としては4例目となる.本種の既知の生息環境 は河口域や内湾の干潟といった汽水域の潮間帯の砂 礫底や転石下,植生間とされ,相模川での生息環境 とは合致するが,大賀茂川で見られたカキ礁間隙へ の高密度での生息は,本種の生息状況としては例の ないものであることを付記する. ヒ メ ヒ ラ イ ソ モ ド キPtychognathus capillidigitatus Takeda, 1984Fig. 5) 本種は2017年8月19日に松尾川左岸の階段状のコ ンクリート護岸上に散乱した転石下(Fig. 2H)より, 雄1個体(甲長8.5 mm,甲幅9.9 mm,湿重量0.5 g. 右 第 二 歩 脚 欠 損,Fig. 5A–D, 標 本 番 号KPM-NHG0003127)と雌3個体(甲長6.0~6.6 mm,甲幅 7.4~8.8 mm,湿重量各0.2 g)が得られ,うち1個体 (甲長6.6 mm,甲幅8.8 mm,湿重量0.2 g,右第一歩 足と左 第 二 歩 脚 欠 損,Fig. 5E, F,標本番号KPM-NHG0003130)は抱卵していた.甲は甲長より甲幅 がやや長い四角形であり,前側縁に眼後歯を含めて 3歯があり,額が眼柄とほぼ同長で中央が浅く窪む

こと(Fig. 5A, C, E),雄の鉗脚両指部の外側だけに

Fig. 4. Parapyxidognathus deianira (KPM-NHG0003125). A: dorsal view. B: ventral view. C: walking legs (pereiopods). D: three spines on right side of carapace. Black scales, 10 mm; White scale, 1 mm.

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軟毛が密生し,可動指側は基部付近のみ,不動指側 は先端付近まで生えていること(Fig. 5B, D),雌の 鉗脚は雄と比べて小さく,両指部に軟毛がなく(Fig. 5E, F),短剛毛が見られ,両指部外面及び掌部下面 に小顆粒がみられることから,本種と同定した.本 種の既知の分布域は伊豆半島以南,南西諸島以北の 範囲であり,日本国外からの記録はない(日本ベン トス学会編,2012;横岡ら,2015).本報告は静岡県 伊豆半島東部の伊東大川に続く相模湾からの2例目 の記録となり,本種の分布の北限,東限記録となる. 本種の既知の生息環境は河口域の潮間帯の転石下と され,今回の各個体の生息状況と合致する. ベンケイガニ科

ユビアカベンケイガニParasesarma tripectinis (Shen,

1940) (Fig. 6) 本種は2017年10月6日に大賀茂川(Fig. 2A)か ら 雄1個体(甲長11.0 mm,甲幅13.8 mm,湿重量 1.1 g.右眼先端,右鉗脚,右第二歩脚,右第四歩脚 欠損,Fig. 6C–E,標本番号KPM-NHG0003118)が, 2017年8月19日に松尾川(Fig. 2G)から雌1個体 (甲長11.4 mm,甲幅13.5 mm,湿重量1.1 g,右第四 歩脚欠損,Fig. 6A, B,標本番号KPM-NHG0003119) が,それぞれ得られた.甲は四角形で斑模様があ り,前側縁に眼後歯以外の歯がないこと,(Fig. 6A, C),鉗脚の指の先が赤褐色を呈し,可動指の上縁 に20個以上の小顆粒が並ぶことから(Fig. 6B, D), 本種と同定した.いずれも潮間帯の粘土質の転石下 から得られた.本種の既知の分布域は東アジアで, 台湾島,香港以北の中国沿岸から朝鮮半島,日本の 三浦半島以南とされる(武田,1982;三浦,2008; 日本ベントス学会編,2012;前之園・成瀬,2015). 相模湾の分布については,近年の報告がなかったこ とから分布域に含めていないものもあるが(日本ベ ントス学会編,2012),過去に三浦半島の北西部 (葉山町周辺)や南西部(三戸海岸)から報告され ており(池田,1981;武田,1982),近年では三浦 半島南部(小網代湾)で生息数が安定してきている こと(岸ら,2016),南部(江奈湾)でも生息が確 認されたことが示されている(NPO法人OWS三浦 半島・江奈湾干潟保全プロジェクト;https://www.

Fig. 5. Ptychognathus capillidigitatus (A–D: KPM-NHG0003127. E and F: KPM-NHG0003130). A and E: dorsal views. B and F: ventral views. C: three teeth on left side of carapace. D: left chela. Black scales, 10 mm; White scales, 1 mm.

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ows-npo.org/higata-hozen/about_ena.html). 未 だ 相 模 湾では稀有な種であり,松尾川が本種の分布の北限 記録となる.本種の既知の生息環境は河口域や干潟 のヨシ原内や,川堤のやや硬い底質に穴居するとさ れ,今回の各個体の生息状況と合致する. ワタリガニ科 ノコギリガザミ属Scylla sp. (Fig. 7) 2017年10月6日に大賀茂川(Fig. 2A)より幼体 1個体(甲長17.4 mm,甲幅28.3 mm,湿重量3.5 g, 両 鉗 脚 先 端 欠 損,Fig. 7, 標 本 番 号KPM-NHG0003116)が得られた.甲は幅広い楕円型で, 前側縁に眼後歯を含めて9歯,額に4歯があること から,本属と同定した.加えて,額縁の棘の高さよ り幅が広いこと(Fig. 7A),歩脚や遊泳脚に目立っ た模様がないこと(Fig. 7C)は,アカテノコギリガ ザミS. olivaceaの形態的特徴と一致する.鉗脚前節 に3歯があること(Fig. 7B)は同属他種の特徴であ るものの,本種の幼体の特徴としては矛盾しない (三浦,2008).しかし,幼体であることから本種の 成体に顕著な特徴(鉗脚の赤色や模様のない歩脚の 色彩)が十分に出ていないこと,多くの形態形質に ついて個体差があり,同属他種と重複するため,本 報告では種を断定しなかった(Keenan et al., 1998). 本属の既知の分布域はインド洋から西太平洋,オー ストラリア沿岸,ハワイ諸島に及び,その北限は日 本の石川県加賀市橋立沖以南,利根川以南とされる が,相模湾では記録が少ないうえ,海域における成 体での記録がほとんどである(伊藤,2017).本報 告は相模湾での幼体での初記録であるとともに,淡 水~汽水域での2例目の記録と見なせる. オサガニ科

ヒ メ ヤ マ ト オ サ ガ ニMacrophthalmus banzai Wada

& Sakai, 1989 (Fig. 8) 江奈湾(Fig. 2I)から,2017年9月21日の調査で は雄2個体(1個体目:甲長15.2 mm,甲幅23.5 mm, 湿重量4.8 g, Fig. 7.2個体目:甲長12.8 mm,甲幅 20.4 mm,湿重量3.1 g)が,2018年4月3日の調査 で は 雄2個 体(1個 体 目: 甲 長15.7 mm, 甲 幅 25.0 mm, 湿 重 量4.7 g, 右 第 二 歩 脚 欠 損.2個 体 目:甲長16.2 mm,甲幅26.5 mm,湿重量4.9 g,左

Fig. 6. Parasesarma tripectinis (A and B: KPM-NHG0003119. C–E: KPM-NHG0003118). A and C: dorsal views. B and E: ventral views. D: left chela, outer view. Black scales, 10 mm; White scale, 1 mm.

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鉗 脚, 左 第 一 歩 足, 左 第 二 歩 脚 欠 損, 標 本 番 号 KPM-NHG0003134)が,それぞれ得られた.甲は 四角形で幅広く,前側縁に眼後歯を含めて3歯があ ること(Fig. 7A),目の先端は眼柄を寝かせた状態 で眼窩外縁を超えないこと(Fig. 7A),鉗脚は指節 近位端に大きな歯があり,そこから先端まで細かい 歯が並び,掌部に毛がないこと(Fig. 7A)に加え て,第三歩脚の前節と腕節の前縁に毛が密生するこ とから(Fig. 7B),本種と同定した.高密度で生息 していたヤマトオサガニMa. japonicusを無作為に 40個体前後採集したところ,4個体が本種であっ た.本種の既知の分布域は東アジアで,台湾,中国 南岸から山東半島,朝鮮半島西岸,日本の三浦半島 以南とされ,2016年にも同地点で1個体が得られて おり,現時点での本種の東限,北限記録となってい る(伊藤・島津,2018).本報告により,少なくと も2 ヵ年以上にわたる継続した生息が示されるとと もに,4月に成体が得られたことにより,越冬に成 功していることが示唆された. おわりに 本調査で得られた希少種の多くは,分布の中心が 南日本以南の熱帯~亜熱帯域の種が多い(酒井, 1976; 武 田,1982; 三 宅,1983; 武 田,1994; 西 村,1995; 三 浦,2008; 横 岡 ら,2015; 岸 ら, 2016).相模湾は本州の太平洋側のほぼ中央に位置 しており,南北両方からの海流の影響をふんだんに 受けることもあり,年や時期によって黒潮が卓越し Fig. 7. Scylla sp. (KPM-NHG0003116). A: dorsal view. B: three spines on cheliped carpus. C: right forth and fifth

pereopods. Black scales, 10 mm.

Fig. 8. Macrophthalmus banzai (male) collected from Ena Cove around Sagami Bay on 21 September 2017. A: dorsal view. B: forth pereopod, lower view. Black scales, 10 mm.

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て,亜熱帯域に分布する魚類などが運ばれやすくな り,死滅回遊したり,定着に成功することが知られ ている(藤田・並河,2007).十脚類についても近 年そうした影響をうかがわせる例が増えてきており (例 え ば, 一 寸 木,2002; 田 中 ら,2004; 伊 藤, 2007; 小 宅・ 藤 川,2009a, 2009b; 伊 藤・ 根 本, 2012; 丸 山,2012; 北 野・ 寺 田,2015; 丸 山, 2015a, 2015b; 横 岡 ら,2015; 岸 ら,2016; 伊 藤, 2017;丸山,2017;伊藤・島津,2018),本報告も それを補強するものといえる. 一方で相模湾は,都市近郊に位置することから近 代になって人為的な環境変化を受けており,その影 響で生物相も大きく変動している(池田,2007). 特に1970年代以降の高度成長期には,河川や沿岸 の改修に加えて,不十分な下水処理により水質や底 質の汚濁が進み,外洋的海況から内湾的海況となっ たことが,生息種の変化から伺えるという(池田, 2007;浜口,2007).陸棲や汽水棲の種にとっては, Fig. 9. Other crabs collected from around Sagami Bay from May 2015 to December 2017. A: Deiratonotus cristatus.

B: Scopimera globosa. C: Ptychognathus ishii. D: Eriocheir japonicus. E: Varuna litterata. F: Hemigrapsus penicillatus. G: Chasmagnathus convexus. H: Chiromantes haematocheir. I: Sesarmops intermedius. J: Perisesarma bidens. Black scales, 10 mm.

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の環境に適合する種が定着しやすくなっていること が示唆される. 相模湾に存在する汽水域のうち,本調査で対象と した水域はほんの一部に過ぎないため, 今後も引き 続き,相模湾周辺海域における分布種の変化を追う ための調査を継続するとともに,種の出現状況の経 年変化や季節変化をモニターすることで,それらの 分散や定着の状況を定量的に把握していくことが望 ましい. 謝 辞 本報告を行うにあたり,奈良女子大学名誉教授の 和田恵次博士には,カニ類の種同定や分布に関して 有益な助言を頂いた.神奈川県立生命の星・地球博 物館の佐藤武宏氏には標本の収蔵をお引き受け頂い た.NPO法人暮らし・つながる森里川海の臼井勝 之氏,なぎさの体験学習館の坂場祥吾氏,福山千鶴 子氏,新江ノ島水族館の唐亀正直氏,樋口理紗氏に は現場調査や標本の入手にご尽力を頂いた.新江ノ 島水族館の竹嶋徹夫館長,堀一久氏をはじめとする 展示飼育部の皆様には調査や取りまとめの際にご理 解とご協力を頂き,報告の機会を与えて頂いた.そ して,日本甲殻類学会Cancer編集委員会の下村通 誉博士と査読者の成瀬貫博士には,終始懇切な査読 を賜った.これらの皆様に心より感謝の意を表す る. 蒲生重男,1958.イワガニ科モクズガニ亜科の蟹類二 種の後期幼生.動物学雑誌,67: 377–379. 蒲生重男,1965.河口産カニ類の種類と分布につい て.甲殻類の研究,2: 91–101. 蒲生重男・小酒井英一,1991.相模湾北部と東京湾西 部の河口域に生息するカニ類の種類と生態につい て.横浜国立大学教育学部付属理科教育実習施設 研究報告,7: 25–38. 浜口哲一,2007.失われた干潟相模川河口干潟.干潟 の図鑑(財団法人日本自然保護協会編).ポプラ 社,東京,pp. 56–59. 平塚市博物館,1994.河口干潟の鳥.相模川辞典(平 塚市博物館編).平塚市博物館,平塚,pp. 47–48. 藤田敏彦・並河 洋,2007.第1章 豊かな動物相を 支える相模湾―生物海洋学的な特性―.相模湾動 物誌(国立科学博物館編).東海大学出版会,秦 野,pp. 3–6. 池田 等,1981.相模湾で採集されたカニ類―相模湾 産蟹類目録(I)―.神奈川自然誌資料,2: 11–22. 池田 等,2007.環境変遷による相模湾産生物相の変 化.相模湾動物誌(国立科学博物館編).東海大 学出版会,秦野,pp. 112–113. 伊藤 円,2007.伊豆半島で観察されたオカヤドカリ 類.Cancer, 16: 23–25. 伊藤寿茂,2017.境川河口域におけるアミメノコギリ ガザミの初記録.神奈川自然誌資料,38: 37–40. 伊藤寿茂・根本 卓,2012.相模川河口域で観察され たカニ類―特にタイワンヒライソモドキ

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Fig. 1.  Location of sampling sites. A: Ogamogawa  River. B: right bank of Sagamigawa River
Fig. 2.  Sampling sites. A–C: Ogamogawa River. D–E: right bank of Sagamigawa River. F: left bank of Sagamigawa River
Table 1.    Crab species collected from each sampling site. S: sand and silt. B: boulder stone
Fig. 4.  Parapyxidognathus deianira (KPM-NHG0003125). A: dorsal view. B: ventral view
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参照

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