持続可能な教育社会へのホリスティック・アプロー
チ
著者
吉田 敦彦
図書名
持続可能な教育社会をつくる : 環境・開発・スピ
リチュアリティ
開始ページ
1
終了ページ
7
出版年月日
2006-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10466/00017010
序
持続可能
な
教育社会
への
ホリスティック
・
アプローチ
日本ホリスティック教育協会代表吉田
敦彦
ゆとりのない
社会
は
続
かない
私 た ち は、 忙 し す ぎ る。 学 校 の な か も、 忙 し す ぎ る。 い つ も 時 間 に 追 わ れ て い る。 頑 張 れ ば 頑 張 る ほ ど、 ゆとりを失っていく。悪循環に巻き込まれていく。 豊かさを求めて、働く。豊かになればなるほど、忙しくなる。得るものの裏面で、失うものも、傷つける ものも、ますます深刻になる。これほど働きながら、それのもたらす「開発」や「発展」が、地球の環境へ のダメージを拡大し、貧富の格差や不公平を拡大し、子どもの「発達」のゆがみを生み、そうして持続不可 能な世界を作り出している。ディレンマは深い。Ⅰ 持続できない社会―いま、立ち止まって考える 2 思えば、忙しくしていても、疲れないときもある。むしろ充実しているときもある。時間に追われている のではなく、時間のなかにしっかり落ち着いて、それでいて次々となすべき仕事ができて、それがむしろい ろいろなつながりを豊かに広げ、深めていって、自分も元気になってくるような、そのような時間を生きら れるときがある。逆に、たっぷり時間があっても、どこか落ち着かず、なにか時間の背後に取り残されてい くような、焦りに似た気持ちを抱えてしまうこともある。 「 癒 し ( ヒ ー リ ン グ ) 」 が 求 め ら れ る の は、 日 々 の 生 活 そ の も の が、 癒 さ れ る も の で は な い か ら だ ろ う。 時 間に追われ、ふと立ち止まると、疲れきっている。頭も心も身体もバラバラ。季節のめぐりとも、月の満ち 欠けとも、遠く隔たった生活。目の前の子どもと、時間を忘れて心ゆくまで交わったのは、いつのことだっ ただろう。 環 境 の 問 題 も、 開 発 の 問 題 も、 こ こ ろ ( ス ピ リ チ ュ ア リ テ ィ) の 問 題 も、 私 た ち が 日 々、 ど の よ う な 暮 ら し方をするか、ということにかかわっている。何をつくり、何を食べ、どのように人とかかわり、何を喜び とし、そして何をあきらめて、今日という日の一日の時間を生きていくか、そのあり方にかかわっている。 先を急ぎすぎて、いろいろなつながりがバラバラになり、全体を見失ってバランスを失った生活。すこし で も 暮 ら し そ の も の を「 ホ リ ス テ ィ ッ ク 」 に し て い く た め に、 何 か ら は じ め る こ と が で き る だ ろ う。 一 足 飛びに、どこかの理想郷に逃げ込むのではなく、このディレンマを引き受けながら、少しだけでも歩む方向 を、身体の向きを、入れ替えていくことはできないものか。 2
環境、開発、
そしてスピリチュアリティ
現 在 の こ の 国 で、 ご く 普 通 に 生 活 し て い る だ け で、 ま す ま す こ の 世 界 は 持 続 不 可 能 な も の に な っ て い く。 自然環境を痛めつけ、貧困にあえぐ人々をさらに苦境に追い込んでいく。そしてそのツケは、どんどん次の 世代に回されている。 そ の 事 実 を 意 識 か ら 振 り 払 お う と し て も、 現 実 が そ う で あ る か ぎ り、 私 た ち の 無 意 識 に は 澱 ん だ 影 が た ま っ て い く。 そ の 影 と 向 き 合 う こ と を 恐 れ、 つ ぎ つ ぎ と 外 か ら 与 え ら れ る 刺 激 や ノ ル マ や 快 楽 を 追 い か け る。 思考を停止したまま上滑りしていくそのような生活が、 近くて遠い連鎖のはてに、 痛めつけられた自然や人々 に 追 い 討 ち を か け て い く。 意 識 の 底 に 封 印 さ れ た 行 き 場 を 失 っ た エ ネ ル ギ ー は、 ( い じ め か ら 戦 争 ま で ) 暴 力 的 なテロとして爆発するか、あるいはどうしようもない無力感として心身を蝕んでいく。 「環境問題」と「開発問題」と「 こ スピリチュアリティ こ ろ の問題」の、簡単には抜け出せないこの構造的な悪循環。むしろ この悪循環から身を退いて引きこもってしまう若者のほうが、直感的に正しいのではないか、とさえ思えて くる。次世代に、これほどまでに閉塞的な未来を押しつけつつ、彼女・彼らを元気づけるために何をどのよ うに語っても、それは欺瞞的であるほかないような、この構造。 「 環 境 教 育 」 と「 開 発 教 育 」 と「 こ スピリチュアリティ こ ろ の 教 育 」。 ど れ か ら は じ め る か は、 重 要 で は な い。 ど の 課 題 も、 それを追及していけば、他の問題につながっていく。そのつながりを全体として見定めつつ、環境教育と開 発教育を一人ひとりの意識の変容にまで深めながら取り組み、かつ社会そのものの構造的な改革に結びつけ ていくこと。容易ではないこの課題にむけて、しかしその方向性だけでも共有していく足がかりを得たい。Ⅰ 持続できない社会―いま、立ち止まって考える 4
ホリスティック
・
アプローチ
「 い の ち 」 は も と も と、 ひ と つ ら な り に つ な が っ て い る。 自 然 と 人 と の つ な が り、 人 と 人 と の つ な が り、 自 己 の こ こ ろ の 深 み と の つ な が り、 そ し て、 そ れ ら の 間 の 全 体 的 な つ な が り。 そ の つ な が り を 回 復 し つ つ、 自 然 と 社 会 と 人 と を 深 く 癒 し て い く「 ホ リ ス テ ィ ッ ク 」 な ア プ ロ ー チ。 「 環 境 」 と「 開 発 」 と「 ス ピ リ チ ュ アリティ」という、ともすれば拮抗する三竦 すく みの課題に、それが相補的に連携しうる包括的な視座と対話の 場を用意すること、そこにホリスティック・アプローチの意義がある。それによって、一つひとつは限定さ れた取り組みであるように見えるものが、全体として持続可能なもうひとつの世界を立ち上げていく協働で あ る こ と に 気 づ く こ と が で き る。 手 を 携 え て、 こ の 三 つ 巴 の 問 題 連 関 に 大 人 た ち が 取 り 組 ん で い る こ と そ の ものが、次の世代に未来への希望を与えていく。 そのような対話と協働をとおして持続可能な教育社会をつくりあげていく一助となることを願って、この 本 は 編 ま れ た。 「 ホ リ ス テ ィ ッ ク・ ア プ ロ ー チ 」 が、 「 持 続 可 能 な 開 発 の た め の 教 育 ( E S D ) 」 の 鍵 を 握 る こ と は、 E S D の 国 連 10年 ( 2 0 0 5 ~) を 提 案 し た ヨ ハ ネ ス ブ ル ク・ サ ミ ッ ト で も 強 調 さ れ た ( 1) 。 そ し て、 そ の 国 連 10年 が 始 ま っ た 2 0 0 5 年 春、 国 立 教 育 政 策 研 究 所 と 文 部 科 学 省 は、 ホ リ ス テ ィ ッ ク な 世 界 観 へ の転換を主唱するアーヴィン・ラズロ博士 (2) による基調講演のもと、 「環境教育」と「開発教育」と「スピリ チ ュ ア リ テ ィ の 教 育 」 の 三 分 野 か ら パ ネ リ ス ト を 迎 え て、 「 持 続 可 能 な 開 発 と 21世 紀 の 教 育 」 を テ ー マ と す る 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム を 開 催 し た ( 3) 。 本 書 の 編 者 三 人 は、 こ の シ ン ポ ジ ウ ム の 企 画・ 実 行 に か か わ り、 日 本 ホ リスティック教育協会も協賛した。そして、これを一日だけのイベントに終わらせずに、これを出発点にし て日本の現実のなかで格闘する実践と結びつけていきたいと願ったのが、このライブラリーを編集する直接 4のきっかけとなった。
本書
の
構成
ま ず 巻 頭 に、 ア ー ヴ ィ ン ・ ラ ズ ロ 博 士 の 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム で の 基 調 講 演 を 掲 載 す る。 「 タ い ま こ そ 必 要 な 知 恵 イ ム リ ー・ ウ ィ ズ ダ ム 」 と い う キ ー ワ ー ド で 持 続 可 能 な 社 会 へ の 教 育 を 論 じ た、 ラ ズ ロ の 貴 重 な 教 育 論 で あ る。 マ ク ロ な 文 明 史 的 視 野 か ら 現 代 の 危 機 = 分 岐 点 の 様 相 を 分 析 し、 「 ロ ゴ ス 」 に も と づ く モ ダ ン の 支 配 的 な 人 間 観・ 社 会 観 の 延 長 上 に は 未 来 が な い こ と、 「 ホ ロ ス 」 の 時 代 へ の シ フ ト が 必 要 で あ る こ と、 そ し てすでにオルタナティブ文化を創造する人々のあいだに見出せるその萌芽を、科学者にして芸術家である彼 ならではの説得力をもって語っている。 第Ⅰ部では、この分岐点にあって、少し立ち止まって根本的に、持続可能な社会と教育の可能性を考えて み た い。 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム の 開 催 事 務 局 長 を つ と め た 永 田 は、 ラ ズ ロ の 所 論 の ポ イ ン ト を 押 さ え た う え で、 開 発 教 育 と ス ピ リ チ ュ ア ル な 教 育 ( シ ュ タ イ ナ ー 教 育 ) の 両 分 野 か ら の パ ネ ラ ー 提 言 に つ い て、 現 地 学 校 調 査 も 踏 ま え た 考 察 を 行 い、 E S D を そ の 根 底 で 支 え る い わ ば「 深 さ の 次 元 」 に 迫 ろ う と す る。 吉 田 は、 「 ス ロ ー ラ イ フ 」 や「 ゆ と り ( の 教 育 ) 」 と い っ た 表 現 に う か が え る よ う に、 生 き 方 の 問 題 と し て 持 続 可 能 性 を 考 え る と き 鍵 と な る「 時 間 意 識 」 の あ り 方 を、 自 ら の メ キ シ コ で の 教 員 体 験 を も と に 考 え 直 す。 あ わ せ て、 日本で国連ESDの 10年の活動をリードするESD ― Jの代表理事阿部氏に、ESDの基本的な解説をして いただいた。 第Ⅱ部では、この日本で実践を積み重ねている現場からのリアルな声に耳を傾ける。私たちの足元をよくⅠ 持続できない社会―いま、立ち止まって考える 6 みれば、そこに未来への希望を見出せる実践がすでに育っている。なによりかつてこの列島でも営まれてい た暮らし方、自然と共生する生活の知恵から学ぶべきものがあること、それを奥畑氏は、東北の山村タイマ グ ラ の お ば あ ち ゃ ん の 圧 倒 的 な 生 き 様 を 通 し て 伝 え て い る。 つ づ い て 現 在 の 教 育 界 か ら、 子 ど も の「 い の ち」につながりつつ、もうひとつの居場所 (オルタナティブな学び舎) を行政当局とも力をあわせて創りあげ てきた西野氏から、また他方、制約の多い公立総合学科高校のなかで持続可能な教育を模索してきた易氏と 檜本氏から、インタヴューによるリアルな声を寄せていただいた。さらに、南の国の貧民街でボランティア をしている日本の若者たちの生き生きとした声が、長年のコーディネーターである小貫氏によって届けられ る。貧困と豊かさが交錯するなかで、まさに開発教育と環境教育とスピリチュアリティがひとつにつながっ て生きられている現場がそこにある。 そして最後に菊地が、現在の教育改革をめぐる社会状況を、経済的政治的側面も分析しつつ読み解き、切 実な教師や子どもの現実のただ中から持続可能な教育社会をつくりだしていく視点を、総括的に整理して提 案する。なお、 本書では各章の合間に、 「コラム」などの小さなストーリーを配した。ホリスティック教育協 会につながる筆者たちが、 それぞれ自分の足元から「タイムリー・ウィズダム」について語ったものである。 本書もまた、大きな状況からみれば、わずかに「一隅を照らす」ものにすぎない。全国各地で取り組まれ ている他のトーチの灯と合わさって、この世の中に希望の光をもたらす一助になればと願う。 注 (1) た と え ば ユ ネ ス コ の パ リ 本 部 事 務 局 長 は、 ヨ ハ ネ ス ブ ル ク・ サ ミ ッ ト の 教 育 セ ク シ ョ ン 会 議 の 冒 頭 ス ピ ー チ で、 「 持 続 6
可能な開発のための新しい教育ヴィジョンが強調するのは、ホリスティックで総合的なアプローチである」と述べてい る。 詳 し く は、 拙 稿( 2 0 0 4) 「 ユ ネ ス コ が 提 唱 す る〈 ホ リ テ ィ ッ ク 〉 概 念 の 意 義 ― と く に〈 持 続 可 能 な 開 発 の た め の教育〉に焦点づけて―」 『ホリスティックな教育改革の実践と構造に関する総合的研究』 (科学研究費報告書、研究代 表者菊地栄治)所収。 (2) ラズロによるホリスティックな世界観にもとづくオルタナティブ文化の創造については、今世紀に入ってからも続々刊 行されているラズロの邦訳書、 『マクロ・シフト』 や『叡智の海・宇宙』 などを参照。ラズロの出世作 『システム哲学入門』 の新版テキスト(1996)では、副題に「ホリスティック・ヴィジョン」が掲げられた。遡れば、持続不可能な世界 へ警鐘を鳴らした「ローマクラブ」が、はじめて文化・宗教・思想にまで立ち入った「第5レポート:人類の目標」を 総括編集したのは他ならぬラズロであり、そこで彼は次のように明記している。 「地球的な結束を増進させるための最も強力な潜在力は、代替(オルタナティブ)文化の世界概念のなかに存在して いる。この概念は、 基本的に全体論的 (ホリスティック) で、 人間、 自然の全領域を包含している。この文化の思考は、 東洋の諸宗教の全体論とも、 生態学や社会科学のより新しい概念のいくつかとも、 強い親近性をもっている。実際に、 代 替 文 化 は、 あ る 伝 統 的 な 諸 宗 教 と 現 代 科 学 に お け る 最 新 の 発 展 と の 間 を 接 合 し 新 た な 総 合 を な し と げ、 そ し て こ の総合を日々の体験と行動のレベルにまで持ち込めるようになるかもしれないのである。 」( 『人類の目標:地球社会 への道〈ローマクラブ第5レポート〉 』ダイヤモンド社、362頁) (3) 2005年3月 26日、平成 16年度:教育改革国際シンポジウム「持続可能な開発と 21世紀の教育」於:一ツ橋記念講堂 (学術総合センター内) 。このシンポジウムは、 国立教育政策研究所の五島政一氏をはじめ、 永田 (シンポジウム事務局長) 、 菊地らが企画運営し、吉田はシンポジウムの司会(モデレーター)を務めた。協賛団体は、日本環境教育学会、日本国 際理解教育学会、日本科学教育学会、開発教育協会、日本地学教育学会、日本教育工学会、日本ホリスティック教育協 会、全国教育研究所連盟。