子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学
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(2) はじめ に. ︵児童虐待︶. 第一号. 平成十五年九月. 問題と法哲学. 北海道教育大学函館校法律学研究室. いたので夜中じゅう、親の寝ている足元で朝までポーズを取ってるように. 命令されたり、吐いたものを食べさせられたり、腕立てふせを何百回と. いって、パテたら死ぬよと云って包丁をたてられたり、タバコの火で足の. 裏を焼くなどは当たり前のようにやられていました。﹂ ︵椎名編、一九九 七︰一七⊥八︶. 子ども虐待はどのくらい拡がっているのか. 子ども虐待とは何か. 治っていない所をぎゆつと押されたり︵今でも引っこんだ跡が残↓ていま. の辺りを足で踏んだり、蹴ったり、目が腫れる程殴られたり、まだ傷口が. を買って来い﹄と自転車で買いに行かされたり、寝ている所を上からお腹. 江. 処遇の概要. す︶、真冬に裸足で外に出されたり、嫌いな物を無理に食べさせられ吐い. 大. ﹁吐いたものを食べさせられたり﹂などという情景はいささか常軌を逸し. ているようにも思えるが、類似の事例も寄せられている。. 虐待の不可視化. てしまったら、その吐いた物を又、無理やり口を開け食べさせられたりし. ﹁寝ている所を [父親に]起こされ、車でも一〇分位かかる所へ、﹃本. 虐待保護制度批判∼二つの視点から. ました。﹂. が枯れるほど泣きつづけ、もう生きていたくはないと思った。. ・私はと. われたとき、父は私を自分の子どもと思っていないのだなあと思った。声. うな。最低の女やから﹄と言った。父からこの子と言われず、この女と言. ﹁私と妹がオモチャの取り合いをしても父は、﹃この女︵私︶ に取り合. て心理的にも虐待され続けている。. そして、子どもたちは身体的に虐待されているだけではない。性的にそし. ︵椎名編、一九九七︰三七︶。. 虐待保護制度の課題. はじめに. 子ども虐待. 北海道教育大 学 紀 要 ︵ 人 文 科 学 ・ 社 会 科 学 編 ︶ 第 五 十 四 巻. 一. 子ども︵児童︶虐待問題が深刻さを増している。虐待としてまず思い浮か ぶ身体的虐待は、拷問かと見まがうばかりのものもある*1。. ﹁また、理由もなく食事をさせて貰えないで、床にすわらされ﹃そこで みていろ﹄とか、新聞紙で灰皿を枕に寝かされたり、バレエを習わされて. 59. 七 六 五 四 三 二.
(3) 大 江. うとうヒモを首に巻きつけ死のうとした。しかしちゃんと死にきれず、そ のまま泣きながらねむりについた。朝、首にヒモを巻きつけて寝ている私 を見た母は驚きもしなかったし、悲しみもしなかった。ただ冷ややかに. れている。. では、基礎的な法理論、なかでも法哲学は、こうした虐待問題に村して何. か寄与しうるところがあるのか。むろん、即効性のある方策を提起すること. ﹃勝手に死んでいくあんたはそれでいいけど、後に残った妹のことを考え は法哲学の得意とするところではない。だが、法哲学的知見は虐待問題の理. と私に言った。・・それから私は心を閉じた。どんなにするどい言葉 解や、今後の立法的・制度的課題の取り組みに資する可能性を持つのではな. いか。虐待問題をめぐる昨今の論点は、権利や関係性と非常に関わるように. や﹄ のナイフを受けようと心につきささらなけように心を凍らせたのだ。﹂︵椎. なってきている。そしてこのことは、筆者が法哲学的資源から抽出してきた. 察には﹁準備﹂が必要である。子ども虐待とは何であるのか、それに対する. えること、これが今のところの筆者の見通しである。けれども、そうした考. 関係的権利論と関わっている。子ども虐待問題を関係的権利論の視点から考. 名編、一九 九 七 ︰ 三 四 ︶. 虐待は自分ひとりで終わらない。しばしば指摘される事態が、親から子へ と虐待が継続されていく、いわゆる﹁虐待の連鎖﹂である。. 法的処遇はどのようなものとなっているのか、現在の虐待保護制度に対して. とだぶってみえてくる様になると、私はますます育児に対する不安やイラ. 虐待問題においてもすでに提起されているのか、等々の問題・課題を自分な. のようなものか、関係的権利論と結びつくような新たな視点・課題が子ども. ︵理論的︶批判があり得るのか、またそれに対する再反論はど. イラがたまり、このままではいけないと思いつつ娘にあたる私の頭の中に. りに整理しておくことが、法曹学的視点からの考察には密接不可分である。. はどのような. は昔、母にうけた同じ様な光景がうかびあがっていました。﹂︵椎名嵐、一. そこで、本稿では法曹学的子ども虐待論につながりうる予備的作業を行うこ. ﹁けれど、[自分の子どもが]一歳になり、二歳になり、私の小さい頃. 九九七︰一三 六 ︶ 。. 子ども虐待とは何か. するために、有用な定義は、二〇〇〇年に施行された. ﹁児童虐待の防止等に. 現在の子ども虐待を定義する際に、あるいは少なくとも法的観点から定義. 二. ﹁私自身も実母から言葉の暴力と弟や妹との差別を受け、そして何より ととしたい。 も私も自分の娘に同じ事をしているのです。三三歳になった今でも引き ずっているのに、そんなひどい事を自分の娘にしているんです。娘は小さ. ︵椎名編、一九九七︰一四. いときの私にそっくりです。人の顔色をうかがい、思っていることも言え ない、自分 に 自 信 の な い 私 と そ っ く り で す 。 ﹂ 六︶。. まず問題となるのは、﹁誰が誰に対して﹂行う虐待がそれに該当するの. における定義である。. ・さて、こうした状況に対して、法は少なからぬ対応をするようになってき. か、という点である。この点につき防止法は、﹁何人も、児童に対し、虐待. 関する法律﹂ ︵児童虐待防止法︶. ている。後に見るように、児童相談所による子どもの一時保護、家裁の承認. には、﹁この法律において、﹃児童虐待﹄とは、保護者︵親権を行う者、末成. をしてはならない。﹂ ︵第三条︶と一般的な虐待禁止義務を説きつつ、具体的. ﹁命令性﹂は子ども虐待問題に関しても発揮さ. による強制的な親子分離、親権者や監護権者の指宕∵変更、親権喪失宣告、 各種保全命令 等 々 、 法 が 持 つ. 60.
(4) 子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学. 年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。︶がそ. 況に至るような、複合的な身体的心理的虐待もよく指摘されるところであ る*5。. 子どもに対する親権者による懲戒権行使は民法八二二条で規定されてい. に対し、次に掲. げる行為をすることをいう。﹂︵第二条︶と規定する。つまり、﹁十八歳末満. る。同条によれば、親権者は﹁必要な範囲内で﹂自らの子どもに対して懲戒. の監護する児童︵十人歳に満たない者をいう。以下同じ。︶. の子ども﹂に村して﹁事実上の監護をする者﹂*2が行う虐待行為が法律上の. することができる。だが、子ども虐待が今ほど問題視されていなかった時期. 戒のためには、しかる・なぐる・ひねる・押入に入れる・禁食せしめるなど. においては、同条の有力的解釈も懲戒に﹁寛容﹂ であった。そこでは、﹁懲. 虐待に該当 す る 。. ︵第二条︶。. 次に虐待行為の内容である*3。児童虐待防止法においては四つの虐待行為 類型が示され て い る. であるとか、﹁監護教. ︵我妻、一九六一︰三三〇︶. 適宜の手段を用いてよい﹂ ︵於保編、一九六九︰九四︶. 育のためには、時に﹃愛の鞭﹄を必要とする。﹂. ﹁一児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えるこ と﹂。いわゆる身体的虐待である。有形力の行使によって、身体的に傷つけ. などという記述が見られる*6。. 社会的制度・施設においての懲戒権規定には同時に、︵十分であるかはさ. る行為がそれに相当する。たとえば殴る、蹴る、やけどをさせる、\冷水につ. けるなどは そ の 典 型 例 で あ る 。 させること﹂。性的虐待と呼ばれるものである。性的行為を強要すること、. 児童福祉施設の長が親権の代行をする際には子どもに対する懲戒が認められ. も、﹁体罰を加えることはできない﹂とされる ︵学校数育法二条︶。また、. 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為を ておき︶制約的規定が置かれている。学校において教員は懲戒権を持ちつつ. 子どもを児童ポルノグラフィーの被写体とすることなどが該当する。性的虐. ているが. ﹁二. 待を受けた子どもには精神的危険が生まれやすいといわれており︵日本子ど. 限を濫用してはならない﹂ ︵児童福祉施設最低基準︵厚生省令︶第九条の. では、子ども虐待はどの程度の規模・内容で現在存在しているのか。児童. lニ子ども虐待はどのくらい拡がっているのか. ︵児童福祉法四七条︶、﹁身体的苦痛を与え、人格を辱める等その権. も家庭総合研究所編、二〇〇一︰二八三︶、これはともすれば従来﹁不可. 二︶との規定がある。. 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放. 視﹂化され て き た 虐 待 で あ る 。 ﹁三. 置その他の保護者としての監護を著しく怠ること﹂。いわゆるネグレクト 置された子どもが熱射病により死亡するという事例がニュース等で見聞され. 相談所の主務官庁である厚生労働省の雇用均等・児童家庭局総務課が発表し. ︵遺棄・過度の放任︶と呼ばれるもの。親がパチンコをしている間に車に放. るが、保護者とともに家に引きこもらせ、不衛生な状態で食事も満足に与え. くO. 連の相談処理件数は一一〇一件から一七七二五件へと、何と一六倍以上に増. ﹁報告﹂ によると、平成二年度から平成一二年度の一〇年の間に、虐待関. ﹁報告﹂とする︶ *7︵平成一三年一一月一四日︶ からその概要を整理してお. た﹁平成一二年度児童相談所における児童虐待相談処理件数報告﹂ ︵以下、. 児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと﹂。子どもの人格. ないという 虐 待 事 例 な ど も 本 類 型 に 該 当 し よ う 。 ﹁四. を全否定するような心理的虐待は外側からは見えにくいが、本稿で取り上げ た具体的事例からも示唆されるように、後半生への影響も含め、その被害の 大きさはわれわれの予想をはるかに超える*。。また、いわゆる心身症的な状. 61.
(5) 大 江. 加している。この増加の理由としては、虐待防止法の成立を契機とした﹁広. 本人に対しては、現在どのような法的処遇が取られるシステムとなっている. のか。子ども虐待に関して、その制度的軸となる機関は児童相談所︵児相︶. である。以下に、児相の動きを中心として、虐待関連の法的処遇を概観して. 報・啓発﹂などの効果が挙げられているが、現場の実感として﹁実際の虐待 も増えてい る の で は な い か ﹂. おきたい。. ︵安部ほか、二〇〇三︰一四二︶という指摘も. なされており、実際のところについては更なる検討が必要である。. まず、虐待︵の恐れ︶ が存在していることを関係者、なかでも児相はどの. ような端緒から知るのであろうか。前述の﹁報告﹂によれば、多様な経路で. ︵平成一二. 年度︶。この割合は、実父二三・七%、実父以外の父六・七%、実母以外の. 虐待関連情報が児相にもたらされている。たとえば、虐待・被虐待者本人や. によれば、主たる虐待者の六一一%が実母とされる. 母一・八%に較べてきわめて高い。また、虐待関連の相談のうち、約一割が. その家族親戚および福祉事務所や福祉施設・児童委員といった基本的関係者. ﹁報告﹂. ︵そのうち母親からの相談が八九・二. 虐待者本人か ら な さ れ た も の で あ る. 以外からの外部的な経路としては、近隣・知人が一四%、保健所が五%、医. が自らの行為に悩み苦しむということがしば. %︶。虐待 者 本 人. 療機関が五%、警察が六%、学校が一三%となっている ︵平成一二年度︶。. ︵特に母親︶. しば一般的に指摘されているが、上記の数字はこのことを傍証していると思. すなわち、四割以上の情報が﹁外部﹂からもたらされているのである。. 上では、それは﹁義務﹂ でさえある。一般的な通告義務として、児童福祉法. 虐待情報の提供に閲し、法はそれを積極的に奨励・支援している。法形式. われる。ちなみに、虐待行為を内容別に分けると、身体的虐待が五〇・一 %、ネグレクトが三五⊥ハ%、性的虐待が四・三%、心理的虐待が一〇・〇 %となっている 。. 務所に通告する義務が規定されている。また、虐待防止法五条では、特に子. 二五条において、保護すべき子どむを発見した人物は、児相あるいは福祉事. 時保護︵一時保護所入所措置あるいは関連施設への一時保護委託措置︶. どもに関わる職業に就いている人物︵﹁学校の教職員、児童福祉施設の職員、. 次に、法的対応の数を見てみたい。まず、児童福祉法固有の措置である一. も、平成一〇年度の二〇五三件から平成一二年度の六一六人件へと約三倍に. 医師、保健婦、弁護士その他児童の福祉に職務上関係のある者﹂︶に対して、. の数. 増加している。また、児童福祉法および虐待防止法上の立入調査件数も、平. ︵地方公務員法三四条、児童福祉法六一条、. ︵虐待関連︶ 情報を漏らしてはならないと. 虐待の早期発見義務が規定されている*9。 児相職員には、職務上知り得た. 成一〇年度の一三件から平成一二年度の九六件へと急増している。児童福祉 法二八条による施設収容申立数︵新受件数︶も平成二年度の三七件から平成. いう、いわゆる守秘義務がある. 児童虐待防止法七条︶。ここで問題となるのが、通告者が児相職員を含む公. 一二年度の一四二件へと三・八倍になっている言。ただし、立入調査や施設. 収容申立の実数自体は、一時保護処分に較べてはるかに小さい。このこと. 務員や医師、弁護士等である場合、法律上 ︵国家・地方公務員法、弁護士. が証明二認知されなかった場合の通告者の刑事民事双方の免責問題も議論さ. 子ども保護を強調するのが現在の法準則である。また、通告による虐待自体. 法上の通告義務を﹁妨げるものと解釈してはならない﹂とされる。言わば、. 調整である。虐待防止法六条によれば、実定法上の各種守秘義務規定は、本. 法、刑法等による︶負わなければならない守秘義務と、上記の通告義務との. のあり方にひとつの問題点や. は、後述する よ う に 子 ど も 虐 待 を め ぐ る ﹁ 法 ﹂. 処遇の 概 要. 課題を投げか け て い る 。. 四. 虐待を受けた子ども、あるいは受ける恐れのある子ども、さらには虐待者. 62.
(6) 子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学. れ得る。児童福祉法や虐待防止法の趣旨から言えば、通告を躊躇させるよう. の件数は非常に少ない。もちろん、ここでの立入調査とは親側の意に反する. 虐待情報の収集および分析判断と、処遇決定との間には当然、時間差が出. ものを意味しており、親側の同意の上での調査は含まれていない。. 刑事民事免責が与えられるべきであろう。この点につき、立法論として免責. てくる。特に、保護者側の意に反する施設収容は家庭裁判所の承認が必要で. な解釈は妥当ではなく、嘘の通告をするのでない限り、基本的に通告者には. ︵日弁連、二〇〇. あるので、相応の時間がかかる*1。。また、迅速性を意識して、親権喪失申. の明文規定 が 設 定 さ れ る こ と が 望 ま し い と の 主 張 も あ る 一︰七六︶。. ︵後者については明文規定はないが保全処分を認める審. 立事案や既述の児福法二八条事案に対して家事審判法上の保全処分を求める ことも可能であるが. 虐待関連情報の通告を受けた児相は、当然のことながら事実の確認やさら なる情報収集を行う必要がある。その際に、最も緊急かつ重要な点は、虐待. 判例あり︶、これとて﹁時間差﹂自体が完全に消えるわけではない。そこで. ︵恐れのある︶子ども自身の現況確認である。児相職員が子ども. されている. ︵三三条︶。一時保護の判断にあたっては、児相側の ﹁窓意的﹂. 判断を防ぐために、﹁保護決定アセスメント指標﹂などを補助的に用いるこ. とができる. わたって子どもを一時保護︵一時保護所・児童福祉施設等の委託先︶するこ. 児童相談所長あるいは都道府県知事は独自の判断で、原則二か月間以内に. 児童福祉法で規定されるものが﹁一時保護﹂ である。. である。. 立. の居宅に向かい、子どもや家族の状況を調査・確認することが基本となる。. ︵権︶. だが、子どもの親がつねに協力的とは限らない。そこで関連する規定が立入 調査. ︵知事からの委任を受けての︶. 児童福祉法においては、二八条措置︵保護者の意に反して子どもを施設収 容すること の 申 立 等 ︶ を 行 う た め の 児 相 の. とによって、より安定した決定ができるように工夫もなされてきている ︵日. ︵二九条︶。もちろん、そもそも二八条措置を必. 入調査権が 規 定 さ れ て い る. 本子ども家庭総合研究所編、二〇〇一︰七四−︶。. ︵二八条申. ただし、実際の運用としては、なるべく保護者の同意を得るべく一時保護へ. 要としない、こうした一時保護措置はきわめて強力な行政権限だと言える。. 保護者の意思にかかわりなく、さらには事前にも事後にも司法審査をも必. 要とするか否かを判断するためにも本立入調査を行うことは可能であるとの ︵日本子ども家庭総合研究所. 解釈がなされてきた︵児童福祉法規研究会腐、一九九九︰二二六︶が、二九 条は立入調 査 に 対 す る 過 度 の 抑 制 を 生 ん で い た. 編、二〇〇一︰四七︶。そこで虐待防止法では、﹁児童虐待が行われているお. の説得がなされ、場合によっては家庭裁判所の判断をあおぎたい ︵九条︶、一般的な虐待調査権. それがある ﹂ 場 合 に 立 入 調 査 が 行 え る と さ れ. 慮がなされているようでもある ︵日本子ども家庭総合研究所編、二〇〇一. などと言って、可能な限り児相と保護者が敵対的にならないよう配. 立承認︶. ︵防止法一〇条︶、また立入調査妨害は職務妨害として. 限が児相に与えられている。その際に、警察官の援助︵安全確保等︶を求め ることが可 能 に な り. した強い規定を持つように見える立入調査も、緊急避難的な状況を除いて、. ためにも、立法論としては司法審査を求めるものもある ︵日弁連、二〇〇. 児相側の窓意的判断を抑制し、保護者側の適正手続︵的利益︶を確保する. 八一−︶。. 施錠されたドアを強制的に破壊して室内に踏み込むことを可能にするような. 一一〇九︶。保護者側にとってみれば、自らの﹁言い分﹂を公の場で聞い. ︵児童福祉法六二条︶とされている。こう. ことは想定されていない。よって、その場合、現実問題としては、貸家主に. てもらうことは ︵現行法上での行政不服申立を含め︶、ある種の ﹁ガス抜. ﹁二十万 円 以 下 の 罰 金 に 処 す る ﹂. 合い鍵を借りる、親が用事で外出するのを辛抱強く待つといった対応が採ら. き﹂. にもなり得るものであり、そうした手続が彼の親子関係の修復・再構築. れているようである。こうした事情も手伝ってか、前述のごとく、立入調査. 63.
(7) 大 江. に資する可能 性 も 指 摘 さ れ て い る * 1 1 ▲ 。. 害性がまず問われている。もうひとつの条件としては、家庭裁判所の承認. 一時保護をするとすれば、それは緊急避難的措置の意味合いを持つ。 ち審判法上の申立承認︶を得る必要である*12。 ︵も 家事. ︵二七条︶。. 告の取消し︵民法八三六条︶という規定があるにせよ、事実上、一旦宣告を. の措置と異なり、親権喪失宣告がなされた場合、その旨が子どもの戸籍にも. る︵一五条︶。また、立法論としては、親権内容を絞った喪失︵たとえば監. 護権のみ︶や期間を区切った喪失制度なども提案されている︵日弁連、二〇 〇一︰八九︶。. にはどのような観点から述べることができるのか。換言すれば、そもそもな. ぜ虐待保護制度は必要となるのか。. を被った子どもを当該加害から守る目的は、虐待保護制度の正当化理由とし. の。同条の﹁著しく当該児童の福祉を害する場合﹂という文言から見て てい 、る 侵のではないかということは安易に否定できない。だが、昨今の虐待間. その際には大きく二つの条件がある。ひとつが侵害性の条件とも言え告 る・ も処遇件数の増加﹂という条件を重ねて考えれば、虐待の﹁実数﹂が増え. も強制的に親子分離を図る処遇が、児童福祉法二八粂における措置でて あ必 る要 。にして十分なようにも思える。そして、﹁出生数の減少﹂と﹁虐待報. 反してはならないとされている︵児童福祉法二七条︶。親権者の意に反して. させあるいは里親・保護受託者に委託させることができるが、親権者の当 意然に 、虐待は深刻な被害を子どもにもたらす。身体的、心理的、性的危害. に監護させることが不適当と認められる子ども︶を各種児童福祉施設に入所. 都道府県︵委任を受けた児童相談所長︶は、虐待を受けた子ども︵保護者. 置である施設収容・里親委託措置および、強制的措置の代表とも言える親権 喪失につい て 触 れ て お き た い 。 ここで少し理論的な問題に戻ってみたい。虐待保護や防止とは、法理論的. 護請求、家事審判上の保全処分等もあるが、ここでは、児童福祉法独五 特の虐 措待の不可視化. 条︶、監護者の決定・変更︵同七六六条︶、︵特別︶養子縁組・離縁、人身保. る法的措置にはいくつかのものがある。親権者の決定・変更︵民法八一九. 処遇判断の結果、親子分離︵虐待者から子どもを引き離すこと︶を意図す. 法改正も主張 さ れ て い る ︵ 高 橋 編 、 二 〇 〇 一 ︰ 二 五 五 ︶ 。. もに対する心理的援助の重要性はしばしば主張されている。また、今え 後ばの 、課 毎年一〇件に満たない ︵前述﹁報告﹂より︶。そこで、虐待防止法に 題として、虐待者に対する強制的なカウンセリング受講命令を出せるお よいう てな は、親権喪失制度の ︵積極的な意味での︶適切な運用が求められてい. 果たしている。特に、心が傷つけられていることが多い、虐待を受け告 たは 子非 ど常にその数が少ない。たとえば、児童相談所長による請求に限って言. こうした指導措置は当然のことながら、二疋のソーシャルワーク的記 機載 能さ をれるということもある。こうした事情もあってか、実際の親権喪失宣. せることがで き る. 加えて、知的障害福祉司や都道府県設置の児童家庭支援センターに指受 導け をる さことは親子の再統合を極端に困難にする。また、上述の児童福祉法上. 子どもやその保護者を指導させることができ︵二六条︶、また、都道府県は. 正式処遇としての親子分離に至らざるものとして、児童福祉法上の在に 宅、 指親 導族または検察官の請求によって家裁が判断する。申立権者には児童相 がある。同法によれば、児童相談所長は、児童福祉司や児童委員等に談 当所該 長の も児童福祉法により︵三三条の六︶含まれる。親権喪失に対しては宣. ろん、一時的に親子分離を図り冷却期間を置くことで、実質的な関係修 親復 子の 分離措置の一番強い形態が親権喪失である。親権喪失宣告については きっかけとなることもあり得るが、基本となる処遇は他に用意されて民 い法 る八 。三四条により、親権濫用あるいは親が﹁著しく不行跡﹂である場合. 64.
(8) 子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学. 題の注目は、単にその実数が増えたことだけに起因していると言い切って良 いものだろうか。虐待問題を﹁不可視﹂とするような力はこれまで働いてこ. ︵高橋編、二〇〇一︰五人−︶。けれども、そうした. なかったのだろうか*13。もちろん、戦前の児童虐待防止法など、虐待保護 の歴史は存 在 し て い る 制度を十分に﹁機能﹂させてこなかった﹁力﹂があったのではなかろうか。 そのことをま ず 以 下 に 若 干 触 れ て お き た い 。 米国の法学者ミノウによれば、︵社会的︶差異*1。に村しては三つの対応が. b旨nOrmaTPersOロS. ︵The. もへの愛情と所有物的発想との混在。. MOde︶﹂一九世紀∼二〇世紀中期頃。社. 四﹁介入段階︵−nt2Siくe MOde︶﹂一人世紀頃。子どもに対する積極的 視点の誕生。. 五﹁社会化段階︵sOCia−iNaitOn 会全体の中での教育の発想。. ユハ﹁援助的段階︵He−ping MOde︶﹂ 二〇世紀中期以降。子ども自身の利 益への注目。. こうした、ある種単線的な子育ての進展について、ド・モースは豊富な資. SOCiaTRe−a立 ・場もあろう。もとより、本稿はその黒白をつける場所ではない。ただし、. も進んでいない中世とは、牧歌的で決して暗黒期ではない、という ApprOaCh︶﹂、そして、人と社管 会理 的化 制︶ 度・慣. −笥︺︶、子ども期が﹁発見﹂されておらず、したがって﹁学校化﹂ ︵規格化・. きさ 論証していく*15。もちろん、アリエスの説くように︵旨ies﹀ ApprOaCF︶料 ﹂に 、基 自づ 明祝. 採られてきた︵MinOヌー憲○︰−○†︶。人間を﹁有能﹂﹁無能﹂に二分割して いく﹁異常 人 ア プ ロ ー チ ︵ T h e. Ri嘗ts−トロa−ysis. れてきた差異を疑い、﹁無能﹂とされた人間に権利を与える﹁権利分析アプ ローチ︵T h e 習との関係こ そ が 重 要 だ と 捉 え る ﹁ 社 会 関 係 ア プ ロ ー チ. つまり子どもへの管理抑圧を. 危険視する立場︵アリエスおよび同じく近代的管理に対して批判的な立場を. モース的立場︶ にせよ、﹁牧歌的でない近代﹂. tiOnSApprOaCh︶﹂である。この内、最初の異常人アプローチは当然、上記の ﹁暗黒でない近代﹂、つまり近代の子ども保護を肯定的に捉える立場︵ド・ 不可視化に力 を 貸 し て き た と 言 え よ う 。. のカテゴリー. とるフーコー︶ にせよ、近代を子どもへの注目の時代とする点で両者は一致. 有能と無能の能力主義的二分法に基づき、子どもを﹁無能﹂. に押し込めたことは、他の近代的人格から排除された人々、たとえば﹁既婚. している。. 援助的段階においても、つまり今世紀後半にいたってもなお、虐待問題を. 女性、奴隷、,召使い、徒弟、最貧困層、精神障害者﹂︵MinOヌー憲○︰−N告. などにおける場合と軌を一にしている。このことは、子どもが社会的にどの. 不可視化させてきた要因のひとつには、﹁公私二元論﹂とも言いうるような. 根強い考え方がある。たとえば、親権喪失宣告数の圧倒的少なさは、﹁喪失. ように扱われてきたかという社会史的観点とも関連性を持つ。 ド・モースは、子どもに対する社会的処遇を歴史的にたどっていく。そこ. しの て横 いるのではないか。もちろん、国家、なかでも政府の家族に対する過介 古代∼四世紀頃。子殺し. 入の危険は、常に意識的であるべきだろう。しかし、﹁民事不介入﹂的な立. 由. 四世紀∼一三世紀頃。場 子を 捨採 てっ のた際に、家庭内での ﹁少数者﹂、つまり虐待を受ける側はいつまで. も救われないこととなる。すでに見てきたように、現実の虐待保護制度は強. MOde︶﹂一四世紀∼一七世紀頃。子ど制的親子分離に示される如く、権力的介入の契機を持つ。同時に、任意にあ. MOde︶﹂. しているが、基本的には ﹁家族への不介入﹂という公私二元論が影響を及ぼ. するか否か﹂という二分法およびそれに伴っての柔軟的措置のなさとも関連. ︵deMauseL警ぶ∵巴−竺。. では、子どもや子育てに関する観点が﹁歴史的発展﹂を遂げたとして、彼独 特の段階論が 示 さ れ る. ﹁放 置 段 階 ︵ A b a n d O n m e n t. 一﹁子殺し段階︵In許nticida−MOde︶﹂ 。 二 。 三﹁両価 値 的 段 階 ︵ > コ P b i く a − e n t.
(9) 大 江. るいは﹁強制措置﹂としてソーシャルワーク機能を児相が果たしている面も. 虐待保 護 制 度 批 判 ∼ 二 つ の 視 点 か ら. 重要である。. 六. では、現在の虐待保護制度に対しては、法哲学の含蓄からはどのような批. 今子ども自身の意見表明や自己決定の重要性が主張されてきた*17。そし. て、それは具体的な制度として結実し始めてきてもいる。たとえば、神奈川. 県自らが実施主体として行っている﹁子ども人権相談室﹂ の事業*18。本事. 業は、主に児童福祉分野に焦点化された子どもの権利保障制度*19である。. ﹁子ども人権ホットライン﹂を通して受け取られた子どもたちの相談・訴え. を、新設された﹁子ども人権審査委員会﹂が調査し、その内容を児童福祉法 上. の機関である児童福祉審議会︵児童処遇部会︶ に報告することと. 判が可能なのか。ここでは、二つの批判を、すなわち解放主義的な批判とポ. なっている。また、しばしば取り沙汰される児童福祉施設での体罰等の人権. ︵九条︶. ストモダン的 な 批 判 を 見 て お く こ と と す る 。. 侵害の状況に鑑み、上述の人権審査委員会は児童福祉施設に対する処遇評価. をも組織的に行っている。もっとも、ホットラインの相談の内、約三割はい. ﹁おと. な﹂. じめ問題などの学校関連の相談が占めており︵一九九九年度︶、このことは. 解放主義的な批判とはこうである。現今の虐待保護制度はしょせん. して見ている。このことは、虐待問題の法的処遇における最重要局面とも言. 学校に特化した子どもの権利保障制度の必要性を同時に示してもいる. の目線のものでしかない。子どもを*16窓意的な処遇︵﹁操作﹂︶の対象と. える親子分離過程において端的に示されている。子ども自らが、自己の処遇. 編著、二〇〇〇︰一三一︶。. ﹁子どもの権利条約﹂をひとつの画期としてい. る。そして、このことは国際的な子どもの権利文書︵条約︶ の発展からも跡. は、一九八九年に採択された. もの市民的自由や自律・自己決定を﹁権利﹂として保障しようとする動き. おとなが作りあげてきた栓桔・制約からの子どもの﹁解放﹂、つまり子ど. ︵高橋. に関する主張を主導的に進めることが十分に配慮されたシステムになってい るとは言い難いのである。例を挙げれば、親権喪失に関する申立権者は、子. に限定されている。また、子どもの親族からの請求に基づき、﹁子の. どもの親族・検察官︵民法八三四条︶﹂、および児相所長︵児童福祉法三三条 の六︶. ︵民. づけることができる。詳論は避けるが*2。、﹁ジュネーブ宣言﹂ ︵一九二四. に、家裁は親権者変更決定をする. 法八一九条︶. 年︶、﹁国連子どもの権利宣言﹂ ︵一九五九年︶ においては、まったくあるい. 利益のため必 要 が あ る と 認 め る と き ﹂. も自身の主体的地位が認められている場合がないわけではない。た七えば、. は少ししか見られなかった子どもの自律的権利︵保障︶. が、これとて子ども自身は申立権着ではない。もちろん、子ど. 一五歳以上の未成年は、養子縁組を法定代理人の承諾なしに行うことができ. 約においてはまったく異なった様相を見せるにいたる。﹁﹃当面の様々な危機. は、子どもの権利条. る。︵ただし、それとて直系卑属を養子とする以外は家裁の許可が必要であ. から保護される存在としての子ども﹄とともに、﹃当該社会・文化を担い、 の判断において、子. るが︶。また 、 児 童 福 祉 法 上 の 施 設 収 容 措 置 ︵ 二 七 条 ︶. 同時に自己決定する主体としての子ども﹄という二面性﹂ ︵大江、二〇〇二. が同条約からは読みとれるのである。. は、その﹁源流﹂としてルソーやデューイに辿ることができるとされる︵ca†. 存在してきた。いわゆる﹁児童中心主義教育︵cF㌫払−Cent蒜d edgatiOn︶﹂. また、子どもの解放の言説は子どもの権利論、ひいては子ども論の中にも. a︰四〇︶. ども側の意向と児相側のそれが異なった場合には、都道府県児童福祉審議会 ︵児童福祉法施行令九条の一〇︶。だ ︵例外的︶規定をもって、子どもの自主的な地位をそこに見る. の意見が求め ら れ る と の 規 定 が あ る が、これらの. のは詭弁的な法解釈だとするのが開放主義的な批判である。 子ども虐待開逢の法制度に関して、あるいは児童福祉分野においても、昨. 66.
(10) 子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学. ーan﹀−纂∞︰巴。二十世紀後半においては、たとえば教育学者ホルトの主張. においても、有能−無能. ことは、一般的な権利論の推移とも無関係ではない。. などが典型的である。ホルトは、子どもの周りにある抑圧的状況を乗り越え近代的人権カタログを持つ立憲民、亭王義︵国家︶. るひとつの方策として、解放主義的な子どもの権利カタログを挙げる。 の二分法は存在し続けてきた。そこで主張される権利論︵的運動︶ が前述の ﹁権利アプローチ﹂ である*21。. 旅行する権利、実家から離れて生活する権利、自分なりの家庭を. 自らの学習・教育を調整する権利。. いをしたり、契約を結ぶなどの権利。. 産を所有し、売り買いする権利や、借金をしたり、クレジット払. 経済的な自立や責任を自らが負うことができる権利。すなわち財. プライバシーへの権利。. 報酬を得るために労働する権利。. 自らの生活や行動に責任を持って自己決定できる権利。. 選挙権および、政治的決定に完全参加する権利。. ても、おとなよりも悪く処遇されない権利。. は、そもそもノーマライゼイションという考え方の中には、単なる﹁自由. 律を目指して、相応のケアやサーヴィスを﹁権利﹂として求める。あるい. まらない。︵隔離的︶施設から出てきた人々はグループホームでの生活や自. これに当たる。だが、歴史的推移を見る限り、権利アプローチはここにとど. じれば、いわゆる脱収容化やノーマライゼイションなどと接合した権利論が. 印を押された人々の市民的自由などが挙げられる。福祉領域に焦点化して論. 利保障が特に要求される。その権利保障の内容としては、まず﹁無能﹂ の烙. 道具としては権利が、それも保障の玲外にあるとされてきた人々に対する権. がって、社会的権力作用に関わる﹁現状変更﹂が求められ、その際の規範的. ではなく、その現状に抑圧を受ける側が存在するという立場である。した. 対する疑い﹂が挙げられる。決して﹁現状︵statusquO︶﹂自体は中立なもの. 各種権利アプローチに共通する要素としては、﹁自明祝されてきた差異に. 選んだり作ったりする権利。. にとどまらないケアや関係性の発想がある、と主張される。ここに、. 化﹂. ﹁特別のニーズ﹂ ︵保障︶を意識した﹁特別権﹂保障という、権利アプロー. チのもうひとつの軸がある。と言っても、事情は少々複雑である。ここでの. 一米﹁. 肉親以外に、家族に準ずる関係を相互の同意に基づいて築く権. 権利アプローチにおける特別権保障志向とは、単なる﹁保護﹂される権利に. ‖‖リ〇. おとなに保障される最低所得と同額の所得を国家から受け取る権. 一法によって平等に処遇される権利、つまり、いかなる状況におい. 七 八. 九. 十. 利。すなわち実の親以外に保護者を求める権利や、そうした保護. とどまるものではない。あるいは慈恵的発想に立った、﹁給付を受ける権. でもない。あくまで、現状における差異の改編を意識した、特別な権利. であり、たとえば福祉領域で言うなら、サーヴィスやケアへの権利なのであ. 利﹂. 者に頼る権利。. [九⊥○]︶。. 一一.おとなが法的にできることを一般的に同じようにする権利。 ︵HO − t L 笥 ∽ ︰ − ? ふ. る。解放主義的な権利主張がひとしきりなされた後に、積極的優先処遇︵aや. がって、従来の虐待保護制度における﹁保護﹂される子どもの権利という発. 守mati扁 aCtiOむが主張されてきたこともこのことと関わっている。した. 性、およびそれに基づく子どもとおとなの同一視︵可能な限り同一視しょう. 想が直ちに、ここでの特別権保障とはならない*22。. こうしたホルトの権利カタログに見られるような、子どもの意想外の有能. とすること︶、さらには、それを﹁権利カタログ﹂として保障しようとする. 67. 六 五 四 三 二.
(11) 大 江. 判するポストモダン法学およびそれに関連するポストモダン的フェミニズム. ラディカルフェミニズム法学*24、あるいは、そもそも法の﹁近代性﹂を批. 〇%、高校生等四・九%と、約半数は﹁非乳幼児﹂である. 法学なども、機能的批判を展開する*25。ここでは、紙幅の都合上、子ども. 現在、虐待されている子どもの年齢は、小学生三五・二%、中学生二. 前述﹁処理件数報告﹂より︶。決して、彼・彼女らは﹁物言わぬ﹂存在では. 虐待問題における権利・法批判に密接に関わる﹁法と物語論﹂に注目するに. ︵平成一二年度、. ない。それどころか、自らの意見・選好を秩序立てて表明することさえ可能. とどめる。. ある。. たがって、この側面を強調するなら、すべての法︵権利︶言説は物語なので. 意味・解釈をめぐつてはテキスト性・文脈性が否が応でもついてまわる。し. 法律条文、判決、各種ルール・手続き、権利主張、およびそうした存在の. を示唆する議論が昨今展開されてきている。. 法と﹁物語﹂ の関連性を説き、場合によっては﹁物語としての法﹂さえも. な存在なのである。にもかかわらず、前述のように、虐待保護制度において 子どもは主導的な位置づけがほとんど与えられていない。ここに解放主義的 な批判の一 定 の 意 義 が あ る 。. 志向がある。とりわけ、虐待問題に関しては、親子関. もちろん、前述の如く権利アプローチの中には解放志向とともに、特別権 ︵特別のニ ー ズ 保 障 ︶. など、単に被虐待者である子ど. 係の修復や後の再統合、また親子双方に向けてのケアの必要性︵親もまた虐 待の連鎖にお け る 犠 牲 者 と 見 る こ と も 重 要 ︶. 特別権志向と、︵国家︶管理・抑圧の危険に敏感な解放志向の両者をどのよ. てきたとも考えられるものであり. 持つものでもある*26。そもそも、レトリック自体が裁判において鍛えられ. また、法はレトリックを駆使するという点で、物語性や文学性をもともと. うに保障していくのかという、現代的権利論一般が持つ課題を真剣に捉える. 技術として物語︵性︶ が用いられてきた。レトリックならでほの様々な仕掛. もを﹁解放﹂すれば良いとするだけでは済まされない。放置の危険に敏感な. 必要が、子どもの虐待問題に関しても言えることなのである。. る面を持ち、さらに法や権利の存在および機能自体に疑問を呈する主張を見. 次に、法による管理・抑圧への批判という点では上記の解放志向と共通す. も導く結果をもたらす︵Br00ks﹀−双茶︰−∞︶。もちろん、だからこそ物語の. ける場合、それは強制力を持つ。極論すれば、﹁勝った物語﹂は死刑までを. そして、様々な事実の断片が集積されひとつの物語を紡ぎ出し、法領域にお. けを持つ物語は、独特の説得力を有し、想像力喚起・理解進展に寄与する。. ておきたい。子ども虐待問題に引きつけて言うなら、﹁そもそも、法や権利. 正統性をめぐつて論争が生まれる。また、証拠法等の制約に示されるよう. ﹁物語としての法﹂と言っても、法も言語を使用する限り、解釈的作用か. −双茶︰00︶。. に︶﹁まるごとの物語︵wbO−e stO彗y︶﹂が語られるとも言える︵Gewirtz﹀. ︵妨害的反対尋問なし. の言葉で、あるいはそれらの考え方で虐待問題は十分に対応することはでき. ﹁機能﹂自体にも批判を向ける議論を少し見てみたい。この機能批判 の支配性およ. −淫茶︰警。あるいは、最終弁論になってはじめて. に、すべての物語が裁判や法領域で取り扱われるわけではない ︵Gewirtz﹀. の. ies︶﹂、. てこうした表現は持ち得るのか、▼という批判も考えられよう。つまり、﹁物. び同時にその曖昧性をも批判する﹁批判的法学理論︵criti邑Pega−Sどdら ・逃れることはできないのであるから、気のきいた警句以上の意義を果たし. に関する法理論的潮流にはいくつかのものがある。法︵権利︶. 法︶. ・リアリズムなどにおいて主張されてきたが*23、 ここでは権利︵および. 権利概念の存在自身に対する批判が、いわゆをスカンジナビア・リーガル. ない﹂という 立 場 で あ る 。. 68.
(12) 子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学. ︵そうであるからこそ︶法の物語性を分析的. 語としての法﹂、﹁それで?﹂というわけである。だが、その自明さを前提と したとして も 、 だ か ら と 言 っ て に考察する重 要 性 が な く な る わ け で は な い * 2 7 。. いることもその主張を支えているかもしれない ︵MinOヌー憲の︰︺∽︶。. では、以上のような﹁物語としての法﹂論に対しては、どのような批判・. 再反論がなされうるのだろうか。まず、物語論はある種の﹁後退戦術﹂であ. ・根拠があるにもかかわらず、あえてレトリカルな語り口を用いる必要があ. るという批判が挙げられる*2。。﹁権利﹂等、もっと直裁に主張し得る可能性. いという視点は、逆説的にある立場・主張を可能にする。つまり、法と物語. るのか、という批判である。そして、後退戦術であるなら、それは当然﹁微. さて、どんなに法における物語性を強調しても、法は物語そのものではな. を切り離して考えるべきではなく、両者をもっと近づけようとする立場であ. 温的﹂にもなりうる。この視角はいわゆる現代的﹁被害者論︵まctim. 説が幅を利かす被害者論においては、責任の言説より無力さの言説が好ま. stO苛︶﹂の悪しき一断面を示す。﹁私はやってない﹂﹁私も被害者だ﹂との言. る。 この主張の前提には、現在用いられている法や権利が行き過ぎた定型化・ カテゴリー化を伴っているという判断がある*28。個々のケースの特異性. れ、また能力や主体性の言説よりも被害の言説が好まれる︵Miロ○ヌー憲の︰. ︺N︶。対抗的な言説としてのもの以上に、物語論を極度に押し進めていくな. ︵それを物語は教えてくれる︶を法や権利という﹁出来合いの枠組み﹂に 粛々と当てはめる作業を進めるなら、そこでは平準化された理解・村応しか. らば、こうした批判も徐々に説得力を得ていくかもしれない。. 者の抵抗の物語としてだけ語られるわけではないとの批判だ。極端に言え. 物語論への次なる批判は少々意地悪なものである。物語は必ずしも、少数. 生まれないという批判だ。このことを子どもの虐待問題に関連させると、当 該問題に存在する微妙だが非常に重要な部分を、当世流に言えば文脈性︵の 豊餞性︶を、法や権利は切り捨ててしまうのではないかという主張である。 ︵非平準化・非定型化作用とし. ば、﹁国民国家﹂ の言説など、現状正当化としての ﹁大きな物語﹂も想定可. の重要性が引き出される. そこから物 語 ︵ 論 ︶. 能なのである。皮肉にも、現状への反逆物語と、現状正当化言説としての大. きな物語が同じ﹁物語﹂という用語で語られてしまう。もちろん、同じ物語. ての物語︶。事件の悲惨さ、当事者の苦悩、背景的事情を各自の内側に響か せるために ﹁ 物 語 ﹂ は 不 可 欠 な の で は な い か. と言ってもそれらはまったく次元が違うと再反論することもありえようが、. ︵物語として知る虐待の実相︶. という発想である。だからこそ、本稿冒頭で触れた﹃凍りついた瞳﹄も大き. 物語はいかようにも語りうるものである ︵謀略的物語*3。から常民の声の紡. ぎまで︶。虐待問題においても、虐待者が子どもに対して、﹁この子は私︵虐. な反響を呼び、それが法実践にも影響を及ぼしうるとも言えよう。 この立場をさらに賂調すれば、物語の﹁戦闘性﹂が主張される。いわゆ. 待者︶を憎んでいるんだ﹂﹁この子は私を馬鹿にして ︵困らせようと思っ. こんなことをやっているんだ﹂などという﹁物語﹂を作りあげることも. よく指摘されている。法や権利を普遍主義的に捉え、それらの抑圧性を別挟. quO︶﹂に村する異議申立てが、物語によって行われる。﹁物語か て︶. る、﹁ノイズ・抵抗﹂としての物語である。少数者主張の一変奏として、﹁現 状︵sta t u s. こと︵stOr笠e−−ing︶とは、通説的な法的思考やレトリックによって排除さ. ・批判する物語自身が、抑圧的に作用する危険である ︵特殊主義の抑圧性問 ︵Br00ks﹀−双茶︰−eとさ. れ周辺化さ れ て き た 意 味 を 伝 え る こ と に 役 立 つ ﹂. 題︶. らには語り口の窓意性・独善性の問題があるとすれば、それは物語同士の調. 物語の複数性︵発見されるものではなく、作られるものとしての法︶、さ. ︵MinOヌー憲の︰∽望。. れる。﹁抵抗する﹂ためになぜ物語形式を用いるかと言えば、やはりそれが. の能力を信頼して. レトリカルであるがゆえの強い説得力を持つからであろう。また、物語論の 前提として、専門家中心主義ではなく、非専門家︵市民︶. 69.
(13) 大 江. などの ﹁古典. 的﹂な定型化に拠っている。いくら虐待にまつわる微細で豊鏡な物語を感得. 想・良心の自由や表現の自由、延いては公平性︵正義概念︶. に設定され、そこで物語の複数性が前提となれば芸、物語同士の調整基準. 的に展開したとしても、その物語が新たな抑圧を生んでは本末転倒である。. の問題にもつながっていく。どの物語を語るべきかが任意. ︵呂inOヌー崇茶︰︺∽︶がゆえに、物語同士. 整基準︵の不 在 ︶. を物語自身は ほ と ん ど 提 供 し な い. また救済が画餅に帰さないようにするには、命令性を伴った法や権利の力も. か。. 七. 虐待保護制度の課題. 必要である。では、物語と法・権利の両者を統一的にどう保障していくの. のぶつかり合 い は 不 可 避 で あ る * 3 2 。. ︵Gewirtz﹀. 物語の複数性は判決においても見られる。反対意見の存在に示されるよう に、法廷意見の複数性が、法における複数の物語性を証拠だてる *33。だが、少なくとも外見上、判決が﹁心許なく﹂見えてはな. ︵判例は迷えない︶。だからこそ、裁判所の正統性が疑われている時. −黒炭︰H︶. らない. には全員一致の判決を出す傾向があると言われ、そのことは一九五〇∼六〇. と. の窓意性・抑圧性を制御する法や権利の命令性をいかにして同時に保障. していくのか。このことが次の課題となり、またそれは、筆者が取り組んで. 語﹂. 様な﹁物語﹂を真撃に受けとめること、そして、いかようにも語りうる﹁物. 年代の﹁人種差別撤廃︵dese肇e笥tiOn︶﹂事案に関して言えるとの指摘もあ個々の虐待事例を﹁無機質﹂ に理解するのでなく、当該事例にまつわる多 る︵Br00ks﹀−双茶︰N−︶。. ︵従来物語への挑戟︶. では、物語としての法・裁判という発想を一度考えてみることで、新たに 見えてくるも の と は 何 だ ろ う か 。 新 た な 物 語 の 提 起. 的部分について、十分に展開する余裕がない。次なる機会を期したい。ここ. も、文脈性と普遍性の確保に密接に関わる。だが、紙幅の都合上、この結論. 機を含み込んだ関係的な権利のありようは、子どもの虐待救済制度において. いう様式は、良くも悪くも異物・破格として、あるいは撹乱要因として作用 きた﹁権利と関係性﹂ の検討により深まりうる。自律性と共同性の双方の契 し、その作用は現状自体および現状の理論化に対して影響を与える。 言わば、﹁ストーリー﹂と﹁セオリ!﹂は双方ともが重要なのである︵G? −遥00︰警。定型化の桂桔・抑圧に対しては物語の豊鏡性が、同時に. では最後に、そうした考察に資するような議論や取組みを少し整理しておき. wirtz﹀. 物語の窓意性に対しては理論の普遍性が必要なのである。そのことをゲワー. たい。. 著名な民法学者である米倉明は、子どもの権利を前提としつつ*3。、親権. ッは次のよ う に 述 べ る 。. や不平等な処遇を防止しうるもの. き、非介入と喪失との間の. ﹁中間形態﹂を提起する。さらに、里親委託に関. 告の弾力化﹂が目指され、具体的には﹁親権喪失の期間と親権事項﹂につ. においては親権者側の故意・過失認定を不要とする。そこから﹁親権喪失宣. ﹁われわれは特定の物語の価値と同じく、一般的ルールの価値をも認め 概念の義務性を説く観点から、親権濫用を債務不履行として捉え、喪失宣告. ︵評言ユtism︶. る必要がある。というのは、一般的ルールというものは、不十分さを持 ちつつも 、 え こ ひ い き. だからで あ る ﹂ ︵ G e w i 呈 z ﹀ − 双 茶 ︰ ご 。. しても、信託法理から里親と親権者側双方が相応の義務を果たす﹁順位附併. その他にも、親権の包括的行使か、親権喪失かという二分法でなく、柔軟. ﹁健全な撹乱︵bea宗ざdi∽2ptiOn︶﹂︵買nO眉−双茶︰︺空としての物語 存の 的債務引受﹂の解釈を提起する莱倉、一九冬一︶。. ﹁複数性﹂︵複数の物語の存在余隠を残すこと︶が許容されるか否かは、思. 70.
(14) 子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学. な親権運用を目指すものとして、監護者指定︵民法七六六条︶. やそれに基づ. く條仝処分の活用が提起されている︵日弁連、二〇〇一︰九六・︶。また、. ソーシャルワークは児相に、一時保護決定も含め権力行使を伴った判断は家 裁にまかせるという、完全な機能分担も議論されている。 関係的な虐待救済のありようは、法解釈の議論においてだけではなく、誰 が担うのかという視点からも構想されつつある。様々な関係者・関係機関が 知恵を出し合う中ではじめて十分な虐待救済は行われうる。柔軟な発想は今 後十分に活かされる必要がある。児相・福祉事務所を中心として、病院、保 健所、学校、福祉施設、警察、弁護士︵会︶等がネットワークを形成し、一. ま美家裁︵調査官︶との連携、さらには自治体次元での権利保障. 般的な虐待問題もしくは個々の事案を検討しあう、いわゆる﹁ケース会 議﹂*35、. ・擁護システムの整備*36、等々を課題を含め積極的に評価していく必要が. ある。 こうした諸課題を法曹学的視点から、とりわけ関係的権利論の観点から考 察していく こ と を 次 の 機 会 の 目 標 と し た い 。. 註. *l以下のいくつかの実例は、︵椎名編、一九九七︶からの引用である。女性向け漫画誌﹁ざu﹂に連. である。. 載された﹃凍りついた瞳﹄という、実話に基づく虐待の漫画に対して多くの感想・手紙が寄せら れ、それをまとめたものが本書︵椎名編、一九九七︶. *2ちなみに、児童福祉法においても、﹁この法律で、保護者とは、親権を行う者、未成年後見人そ の他の者で、児童を現に監護する者をいう。﹂︵第六条︶と規定され、保護者は事実上の監護をする. 者とされて い る 。 *3なお、子どもの﹁周辺化﹂という問題一般を論じた拙稿︵大江、二〇〇一a︶を参照されたい。 *4二〇〇一年に大阪教育大学付属池田小で起きた無差別殺傷事件における被告を含め、その幼少期 に虐待を受けた者と、非行や犯罪との正の連関を示唆するレポートとして、︵西山、二〇〇三︶が ある。 *5生後一か月から四歳六か月の間に、二五回にもわたる入退院を自分の子どもに繰り返させてきた. 母親の詐病︵代理によ争、、ユンヒハウゼン症候群︶. の疑いについて、児童福祉法二八条による子ど. 認︶。同審判における事実認定によれば、事件本人︵幼児︶は、それまで続いた下痢が﹁母親が付. もの施設収容申立が認められた事件がある︵宮崎家裁都城支部平成一二年一一月一五日審判承. った︵家庭裁判月報第五四巻第四号八二頁︶。これな. 添いをやめた翌々日から普通便﹂となり、﹁食事制限をすべて解除しても下痢はほとんど認められ ず、発熱が見られることも非常にまれにな﹂. どはひとつの虐待による心身症に該当しよう。. は子の非行に対して教育のために、子の身体・精神に苦痛を加えるような懲罰手段をとることがで. *6もっとも、昨今の家族法領域のコンメンタールにおいても、民法八二二条解釈につき、﹁親権者. きる﹂︵島津・松川編、二〇〇一︰二一〇︶という記述がなされており、本条懲戒規定と児童福祉. 法や虐待防止法との十分な接合関係は今後の課題かもしれない。. *7http︰≒宅WWmE卓gO古きOudOu\○〓−\h〓−干㌣html. より。. *8最高裁判所事務総局家庭局﹁児童福祉法二八条事件の動向と事件処理の実情﹂︵家庭裁判月報五 四巻七号︶. ︵樋口、二〇〇〇︰四五︶という指摘もあり、通告制度を. *9もっとも、﹁アメリカの通告制度が九つのチェック・ポイントをもっていたのに対し、同法[児 童虐待防止法]はいかにも簡略である。﹂. どのように充実させるかは今後の課題でもある。. ︵岩佐、二〇〇一︰一二︶。. *10子ども虐待事案に多く関わった弁護士によれば、二八条申立の家裁の判断につき、﹁おおむね一 か月程度では結論が出され﹂るとしている. ︵日弁連、二〇〇一︰一一四︶。. がある。. *11﹁親の不服申立は積極的に推奨すべきである。それによって親は不満を聞いてもらうことがで き﹂る. *12本申立承認事例を詳細に整理分析したものとして、︵釜井、一九九人︶. か、自覚の高まりなのかという、この種の議論に対して結論を下す実証的根拠を法曹学者の私は当. *13この論点は、虐待報告数増加の原因論として、ひとつの虐待問題の焦点でもある。実数増なの. おく。. 然持ち合わせていない。ここでは、︵その実際のバランスはどうあれ︶両方の要素があると考えて. 法理論的には重要となる。. ︵定義上は乳児・幼. ︵大江、二〇〇一a︰一五−︶を参照されたい。. *14﹁差異﹂をめぐつては、当該の差異自体が社会的に作りあげられてきたものであるかどうかが、. *15ド・モースの議論については、拙稿. ﹁児童﹂という範噂で捉えること自体が問題なのである。. *16この立場から言えば、そもそも児童福祉法において一人歳未満の者をすべて 児・少年という区別はしつつも−四条︶. ︵法的︶. ︵高橋編著、二〇〇〇︶を基にしている。. ︵田澤ほか、二〇〇二︰一〇−︶。. 配慮をしてこなかった証左だとも指摘されうるだろう。. また、呼称にこだわるなら、﹁学生﹂﹁生徒﹂﹁児童﹂﹁少年﹂等々の使い分けの窓意性は、子ども存 在に十分な. *17たとえば、︵許斐、二〇〇一︰六二−︶. *18以下の﹁子ども人権相談室﹂事業の紹介・説明は. 71.
(15) 大 江. はさらに、﹁アドポカシー﹂や﹁エンパワメント﹂などの用語とともに用いられることも多い。た. *19主として福祉領域において昨今強調される用語として、﹁権利擁護﹂なる言葉がある。この言葉. り上げている。結果としてユダヤ教徒の主張が却下された判決においては、三つの物語が提起され. ○蒜d宍atiOnO︻詳苛a乙Oe岩il厨eS註邑Oist計t≠どuisGrumet︶ご爵ct.N琵︵謹. 差別撤廃︵dese讐egatiOn︶﹂の物語︵MinO眉︼双茶︰Nの⊥。. にどこまで意. たとされる。日く、①ディアスポラの物語︵自治か同化か︶、②厳格ユダヤ教徒の物語、③﹁人種. ︵保障する側にも向けられる︶. だし、こうした傾向が、権利・人権が持つインパクト. ︵曖昧化防止のため︶. という、逆からの発想も生まれることとなるだろう。参. C−erk︶﹂作の判決の実態が、. *34﹁最近では、児童の権利条約が国連総会で採択されたことにかんがみ、親権が義務であることが. 物語としての法の複数性を示すとも言われている︵Gewirぎ㌫栗︰︸N︶。. *33また、少なくともアメリカ法においては、﹁︵裁判官付︶調査官︵−a宅. 照、︵Br00ks∵若か︰蔓。. において顕著となる. *軍﹂こから、物語性を法から除去することはできないからこそ、定型化しょうとする動きが法領域. 識的なものなのか、単に表層的な﹁流行﹂を追っているものなのかは慎重な考察を必要とするだろ う。参照、︵高山ほか編著、二〇〇二︶。. を参. *20子どもの権利研究者であるヴイアマンの機能分析︵宕erman︸−憲N︶を主たる分析枠組みとし て、筆者自身が子どもの権利文書を分析したものとして、︵大江、二〇〇一b・二〇〇二a︶ 照されたい。 *21参照、︵買nOき忘苦︰岩7∵∽T︶。. *22子どもの権利論の場合、子ども自身の市民的自由・自己決定が主張される以前に、子どものニー. さかではない。﹂ ︵米倉、一九九二︰三六一︶。. いっそう強調されるにいたった。これらの主張は正しいものであり、私としても支持するのにやぶ. ︵第一波特別権︶。たとえ. ば、日本においては﹁学習権﹂﹁発達権﹂などの主張である。これは、権利アプローチにおける特. 対特別権﹂. のディレンマをあ. 洋、二〇〇一a、﹁関係性への権利︵二︶子どもの権利から権利の再構成へ﹂、国家学会雑誌、. 有、一一〇〇∴. 利研究、第二号。 許斐. ﹃子どもの権利と児童福祉法︵増補版︶﹄、新山社。. 子どもの権利条約総合研究所編、二〇〇三、﹁特集︰自治体子ども施策と子どもの権利﹂、子どもの権. 〇巻第四号。. 釜井裕子、一九九八、﹁児童福祉法二八条一項二号の家庭裁判所の承認について﹂、家庭裁判月報第五. 於保不二雄編、一九六九、﹃注釈民法︵二三︶﹄、有斐閣。. 誌﹄、第一一五巻第七・八号。. 二〇〇二b、﹁関係性への権利︵凹︶子どもの権利から権利の再構成へ﹂、国家学会雑. 科学編﹄、第五二巻第二号。. 二〇〇二a、﹁子どもの権利文書分析︵二・完︶﹂、北海道教育大学紀要人文科学・社会. 編、第五二巻第言号。. 、二〇〇一b、﹁子どもの権利文書分析︵一︶﹂、北海道教育大学紀要人文科学・社会科学. 第一一四巻第七・八号。. 大江. 岩佐嘉彦、二〇〇一、﹁弁護士から見た児童虐待事件﹂、家庭裁判月報、第垂二巻第四号。. 号。. 安部計彦ほか、二〇〇三、﹁児童福祉司座談会︰子どもを救う態勢はあるのか﹂、世界二〇〇三年二月. 参考文献. *36参照、︵子どもの権利条約総合研究所編、二〇〇三︶。. *35参照、︵日弁連、二〇〇一‖五九1︶。. ズに着目しつ つ 子 ど も の 権 利 と し て 主 張 さ れ て き た も の が 多 く 見 ら れ る. 放主義的志向を一度くぐり抜けた後に強く意識された、﹁解放︵権︶. 別権保障志向、さらには解放志向までをも取り込んだ先進的位置にあったとも言える。ただし、解. まり配慮していないという課題もある。﹁第二波特別権﹂とも言いうる特別権保障と、従前の特別. において簡単に整理した。. 権にはどのような具体的な違いがあるかについての詳論は別稿の課題としたい。 *23権利批判論について、筆者は ︵大江、二〇〇二b︶. *24フェミニズム法学の類型化については、︵cain∵箋○︶が参考になる。. *25ポストモダン的色彩を有する法学理論は、上述のスカンジナビア・リーガル・リアリズムのよう. にも批判の目を向けている。. に、権利や法に対する存在論的 ︵認識論的︶ 批判をも加えるが、それに終始するのではなく、そう. した法や権利 の 存 在 論 的 ス テ ー タ ス か ら 生 じ る 社 会 的 ﹁ 機 能 ﹂. *26訴訟に関する﹁文化﹂、あるいは議論文化と法における物語性との関係も非常に興味深いが、こ こでは割愛する。なお、参照︵Gewirtz∵憲の︰∽︶。 *27参照、︵B⊇Oks㌦若か︰−宝 *28参照、︵MinOヌー憲の︰︺N−ぴ︶。. *29参照、︵GewirtN∵憲の︰−N︶。ただし、まったくこれとは逆の発想も可能である。物語は法・権利. を実効化させるかもしれない。﹁家裁の保全処分でしかこの被虐待者は救済できないのだ、万策尽 きて家裁を頼るしか方法がないのだ、強い権限を有する家裁の決断がないと児童は救われないの だ、ということを、調査官を通じて、あるいは直接に、裁判官に強く真撃に訴えることが必要であ る。﹂ ︵日弁連、二〇〇一︰〟四六︶。. *30詭弁的に物語を利用する可能性をブルックスは示唆する。﹁物語は決して人畜無害︵innOCeロt︶ ではない、と結論づけてよい﹂︵Br00k∽㌦箸の︰−豊。. *31ミノウは、法における物語の複数性を端的に示す事例として、厳格ユダヤ教徒独自の学校区作り ︵障害児専用であり、健常児は私立ユダヤ宗教学校へ通学する︶をめぐつての詳童aS事件︵BOa乱. 72.
(16) 子ども虐待(児童虐待)問題と法哲学. N藍bO萄Pub−ishers.. ︵函館校 助教授︸. 椎名篤子編、一九九七、﹃凍りついた瞳が見つめるもの︰被虐待児からのメッセージ﹄、集英社文庫宕 。erman㌔hi−ipE.七眉ち訂き温ざ早計Cg軋§軋罫eCぎ東町感、ヨ局内亀CgきQO乱﹀Ma邑nus 児童福祉法規研究会編、一九九九、﹃最新児童福祉法の解説﹄、時事通信社。 島津一郎・松川正毅編、二〇〇一、﹃別冊法学セミナー基本法コンメンタール親族︵第四版︶﹄、日本. 評論社。 高橋重宏編著、二〇〇〇、﹃子どもの権利擁護︰神奈川県の新しいとりくみ﹄、中央法規。 高橋重宏編、 二 〇 〇 一 、 ﹃ 子 ど も 虐 待 ﹄ 、 有 斐 閣 。 高山直樹ほか 編 著 、 二 〇 〇 二 、 ﹃ 権 利 擁 護 ﹄ 、 中 央 法 規 。 明、二〇〇三、﹁加害者に潜む家族内部の暴力︰揺らぐ責任概念﹂、世界二〇〇三年二月号。. 田澤あけみほか、二〇〇二、﹃新児童福祉論︰保護型から自立・参加型児童福祉へ﹄、法律文化社。 西山. ︵改. 子ども虐待︰対応の手引き﹄、有斐閣。. 日本弁護士連合会子どもの権利委員会編、二〇〇一、﹃子どもの虐待防止・法的実務マニュアル. 日本子ども家 庭 総 合 研 究 所 編 、 二 〇 〇 一 、 ﹃ 厚 生 省. 訂版︶﹄、明石書店。. 明、一九九二、﹁親権概念の転換の必要性︰親権は権利なのか義務なのか﹂、﹃現代社会と民法. 樋口範雄、二〇〇〇、﹁アメリカ法から見た児童虐待防止法﹂、ジュリスト、二八八号。 米倉 学の動向︵下︶﹄、有斐閣。. 我妻栄、一九 六 一 、 ﹃ 親 族 法 ﹄ 、 有 斐 閣 。. 臣es㌔註昏声−賀ござ忌邑壷さ昌ぎ曹鼓ぎざ賀誌這岳をこ首音声Seui二杉山光信・杉山恵美 子訳、一九八〇、﹃︵子供︶の誕生︰アンシャン・レジーム期の子供と家族生活﹄、みすず書房]。. Br00ksY蟹eこ簑∵TheLawasNamtiく冨ndRhetO教官Br00ks紆GewirtN︵eds.︶﹂訂さげ加計・ r訂旬︰≧打rr已訂mQ⊇乱知訂叶Or訂ぎ旨mトP∈﹀一軒−eUni諾rSityPress.. man阜N00−﹀巴8き露rO計c賢ミQ旨1首r邑害芸害邑乳詳デSweet紆M賀We已. cain㌔at註aA.忘害﹀謬minismandtheLimitsOfEq邑it¥Qe岳訂卜白∈知邑罠﹀≠Nや[in守ee・. deMauseヒyOd忘道︵−遥∽︶↓heE邑utiOnOfChi−dhO阜indeMa宏e︵ed.︶当馬和を宮¥亀Cg隼. Ca−1an﹀EamOnn呈変ゝ旨喜3妄乱酔ぎ註局McGi−−−Qu22nガUniく2rSityPress・. ぎQ㌣JasOnLぎOnSOnHNC. 雰wiユダ勺a阜忘裳∴Nam−i完andRh2tOricin−h21aw﹀古Br00ks紆G2Wi旨︵2ds・︶︶ト音が旨・ r訂仇︰きrr已ぎm白⊇乱知訂訂r訂ぎさeトロ∈﹀dp−eUni扁rSityPress.. H阜JOhn忘ぷEscapeぎmChi昏00d豆n嘗nB00ks∴原忠男訳、完七七、﹃子ども︰その権 利と責任﹄、玉川大学出版部]。 MinOきMaユha五男裏罫息A∼ご訂b軋専言責㌣訂c訂乳S−賢c訂乳Qヨー§軋Aヨ乳c§トQ∈︸COrne−−. 畠課∴StO計sinL等ごnBr00ks幹Gewi旨︵eds.︶﹀訂∈㌦哲Or訂恥︰2打r邑旨芸已き各・. Uni扁rSityPress.. r訂訂叫訂卜白∈﹀辞leUni扁rSityPress.. 73.
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