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<論説>機関誌『安全第一』に見る蒲生俊文の安全思想

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(1)機関誌 『 安全第一』に見る蒲生俊文の安全思想. 機 関 誌 『安 全 第 一 』 に見 る 蒲 生 俊 文 の安 全 思 想. 堀. 目. 口. 良. 次. は じめ に 1安. 全第一 協会 と機 関誌 『安 全第一 』. 2機. 関誌 『安全 第一』 所収 の蒲生記 事. 3蒲. 生俊 文 の安 全思想. おわ りに. は じめ に. この小 論 は、安 全 第 一協 会 の機 関誌 『安 全 第一 」 に所収 され て い る蒲 生 俊 文 の記 事 を手 掛 か りに、彼 が 当時 抱 いて い た安 全 思 想 の特 徴 を把握 しよ う とす る もので あ る。 蒲 生俊 文(1883∼1966年)は. 、労 働 災 害防 止 な どを 目的 に設 立 され た安. 全 第 一協 会 の理 事 と して手 腕 を発 揮 す る とと もに、そ の機 関誌 『安全 第 一 』 に数 多 くの記 事 を寄稿 し、 労 働 災害 防 止 運動 か ら始 ま った 日本 の安 全 運動 の黎 明期 に お いて、その啓 蒙 活動 に全 力 で取 り組 ん だ一 人 で あ る。蒲生 が、 勤 務 先 で あ った東京 電 気 株 式会 社 に お いて初 あて社 内 安全 運 動(社 働 災 害 防止 運 動)に 取 り掛 か った の は1914(大. 正3)年. 内 の労. の ことで あ る。 そ. れ 以 来 、彼 の安 全 運 動 は試 行 錯誤 を続 け なが ら も社 内 で成 果 を収 め っ っ あ った が、1917(大. 正6)年. 以 降 、従 来 の社 内安 全運 動 に加 えて、 一 般市 1(226)一.

(2) 近畿大学法学. 第50巻第1号. 民 も対 象 と した社 会全 体 の安 全運 動 へ広 が りを見 せ て い った。 ま さ に、 そ の拠 点 と な った のが安 全 第 一協 会 で あ る。 安 全 第一 協 会 は設立 と同時 に月刊 の機 関 誌 『 安 全 第 一 』 を発 行 し、 社 会 へ の啓 蒙 を活 発 に行 な った。 このた め、 機 関誌 『安 全 第 一 』 に収 め られ て い る記 事 は、 社 会 運動 と して発展 しつ っ あ った当 時 の安 全 運動 の様 子 を、 わ れ われ の眼前 に最良 の形 で提供 して くれ て い る。 と くに、 そ の 中心 人 物 の一 人 で あ った蒲 生俊 文 が書 い た記 事 を分 析 す れ ば、 彼 の安 全 思 想 を具体 的 に理 解 す る こ とが で き るだ ろ う。 なぜ な ら、 そ れ らの記 事 は、 多 種 多様 な テ ー マ につ い て、 さ まざ ま な人 々 に向 けて書 か れ て い るの で、 彼 の安 全 に対 す る考 え方 を多面 的 かっ総 合 的 に把握 で き るか らで あ る。 機 関誌 『安 全 第一 』所 収 の蒲 生 記 事 を分析 す る最 も重 要 な意 義 が 、 こ こに あ る。 ま た、 この2年 間 は、 日本 の安 全運 動 の歴 史 に と って非 常 に重要 な時期 で あ った。 とい うの は、1919(大. 正8)年5月. に は 「災 害 防 止 展 覧会 」 が. 東 京 ・お茶 の水 にあ った東 京 教 育 博物 館 で開 か れ、 翌 月 に は最 初 の 「安 全 週 間」 が東 京市 を 中心 に実 施 され た こ とを見 て もわ か るよ うに、 この2年 間 に安 全運 動 の成 果 が 目に見 え る形 で社 会 に姿 を現 わ したか らで あ る。 そ れ ゆ え、 わ れ われ は機 関 誌 『安 全 第 一 』所 収 の記 事 を通 して、 日本 の安 全 運 動 が社 会 運 動 へ と成 長 して い く過 程 を見 る こ とが で きる と同時 に、延 い て は、 そ こに収 め られ た蒲生 記 事 の分 析 によ って、彼 の安 全 に対 す る認 識 も、発 展 を遂 げ、 あ るい は変 化 して い く痕 跡 を読 み取 る こ とが で き るだ ろ う。 以 下 で は、 まず安 全 第 一 協 会 とそ の機 関誌 『安 全 第一 』 につ い て手短 に 解 説 し、 そ の の ち機 関 誌 『安 全 第 一 』 に所 収 され て い る蒲 生 俊 文 が執 筆 し た と現 時 点 で確 認 で きる記 事23本 を概 観 した上 で 、彼 の安 全思 想 にっ いて 検 討 を加 え る こ とにす る。. 2(225)一.

(3) 機関誌 『安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想. 1安. 全 第 一 協 会 と機 関誌 『安全 第 一 』. 機 関 誌 『安 全 第 一 』 を発 行 して いた安 全第 一 協 会 は、 日本 で最 初 に設立 され た安 全運 動 推 進 団体 で、 労 働災 害 防止 運 動 を は じめ とす る社 会 全 体 の いわ ば 「安 全化 」 に取 り組 ん だ民 間 の啓 蒙 団体 で あ る。 また、 それ は中央 労 働災 害 防 止協 会(中. 災 防)の 起 源 に当 た る団体 で あ ると い って も差 し支. え な い。 安 全 第一 協 会 の設 立 の経 緯 にっ いて は、 す で に部 分 的 に触 れ た こ とが あ るが ω、簡 単 に ま とめ て お くと次 の通 りで あ る。 設 立 の発端 は、1916(大. 正5)年8月4日. の 『東京 朝 日新 聞』 に内 田嘉. 吉 が ア メ リカ合衆 国 で 視察 して きた 「安 全 第 一 」(SafetyFirst)運 介 す る記 事 に あ った。 そ の記 事 を、1914(大. 正3)年. 動 を紹. 以来 、 東 京電 気 株 式. 会 社 で労 働 災 害 防止 に取 り組 ん で い た蒲生 俊 文 が読 ん で共 感 し、 内 田 と蒲 生 が 中 心 とな って、 ア メ リカ合 衆 国 の例 に倣 い 日本 版NationalSafety Councilと の1917(大. して安全 第 一 協 会 を設 立 す る こ とが決 め られ た。そ して、翌年 正6)年2月11日. に安全 第 一 協会 が発 足(2)、4月1日. 機関誌 「 安 全 第 一』 が創 刊 され、4月3日. に は、そ の. の設立 総 会 に お いて 内 田嘉吉 が. 会 頭 に選 出 され、 正 式 な発 足 に至 った ので あ る〔3)。 と ころで、安 全 第一 協 会 につ いて は未解 明 な点 が少 な くな い。以下 で は・ この小論 に関 わ る幾 っ か の点 に限 って触 れ て お きた い。 安 全 第 一 協 会 は1917年4月. に正 式 に発 足 した が、 『中央 労 働 災 害 防 止 協. 会二 十 年 史 』 な どに よれ ば、 そ の活 動 は1921(大 協 会 へ 改組4}さ れ るまで の約5年. 正10)年12月. に 日本安 全. 間、続 い た こ とに な って い る。 しか し、. そ の活 動 内容 にっ いて は定 かで な い。 ちな み に、安 全 第 一協 会 を引継 い だ 日本 安 全 協 会 は、そ の機 関 誌 『安 全 』 3(224)一.

(4) 近畿大学法学 の 創 刊 号(第1巻. 第50巻第1号 第1号. 、1923年4月)の. 冒 頭 で 次 の よ う に説 明 して い る。. な お 、 こ の説 明 は 、「本 協 会 の 由 来 」 と題 す る 蒲 生 俊 文(5)の 文 責 の一 文 で あ る 。. 内 田嘉吉氏主唱の下 に安全第一協会 を設立 し東京丸之 内二十一号館 に事務所 を開 いたの は、既 に七年 の昔であ る。爾来講演 に、雑誌 に、 各方面 に安全思想 と其方法の宣伝 に努 めたのであった。「 安全第一」の 語 の普及や災害予防 に関す る社会的施設 を見 る時、我 々 は感慨 無量 で ある。機運 漸 く熟 し大正八年六月文部省教育博物館 が災害防止展覧会 を開催す るに当 りてや、普 く朝野 の賛同 を得て東京市及 び其 隣接 町村 に於 て 日本最初 の安全週間 を実行 し以て社会一般 の覚醒を促 した。其 後此安全週 間に関係 を有 した各先覚者 と相会 して別 に中央災害防止協 会を組織 し内田嘉吉氏 を会長 に推戴 した。大正十年十二月東京市 に安 全 日を実行 してよ り後名称 を 日本安全協会 と変更 し、藪 に陣容 を改め 終始一貫、真摯 な る態度 を以て益 々災害予防の為 めに努力 しっ \あ る のである。(蒲 生俊文)(6). 機 関誌 『安 全第 一 』 に よれ ば、安 全 第一 協 会 の所 在地 は、当初 、「 東京市 麹 町 区八 重 洲 町 一丁 目一番 地 6)年6月. 第 二 十六 号 館 」(7)であ った が、1917(大. に、「東 京 市麹 町 区有 楽 町一 丁 目一 番地. 正. 第 二 十一 号 館 」(8)に移. 転 して い る。 現 在 の と ころ、機 関誌 『安 全第 一 』 につ いて、1917(大 行 の 「創 刊 号 」 か ら1919(大. 正8)年3月. 全24号 の存在 を確 認 で きた が、1919(大. 正6)年4月. 発. 発行 の 「 第 参 巻 第 三 号 」 に至 る 正8)年4月. 以 降 の号 は見 っ か っ. て い な い。 存在 が確 認 で きて い る全24号 の表紙 に記 され て い る号 数 を、 それ に対 応 4(223)一.

(5) 機関誌 『 安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想 す る巻号 数 お よ び発 行年 月 と と もに一 覧 にす れ ば、以 下 の通 りで あ る。以 下 で は、 機 関誌 『安 全第 一 』 を指 し示 す 場 合 、表記 が不 統 一 な表紙 記 載 の 号数 に代 えて、 便 宜 上割 り振 った巻 号 数 お よ び発 行年 月 で示 す こと にす る (例 え ば、「 機関誌 『 安 全第 一 』創刊 号 」で は な く、「機 関 誌 「 安 全 第 一 』第 1巻 第1号. 、1917年4月. 表1機. 」 と示 す)。. 関誌 『安全第 一』号 数 ・巻号数 ・発行 年月対 照表. 表紙記載の号数. 巻. 号. 数. 発行年月. 創刊号. 第1巻 第1号. 1917年4月. 五月号. 第1巻 第2号. 1917年5月. 六月号. 第1巻 第3号. 1917年6月. 七月号. 第1巻 第4号. 1917年7月. 八月号. 第1巻 第5号. 1917年8月. 九月号. 第1巻 第6号. 1917年9月. 十月号. 第1巻 第7号. 1917年10月. 十 一月号. 第1巻 第8号. 1917年11月. 十二月号. 第1巻 第9号. 1917年12月. 一 月号. 第2巻 第1号. 1918年1月. 二月号. 第2巻 第2号. 1918年2月. 三月号. 第2巻 第3号. 1918年3月. 四月号. 第2巻 第4号. 1918年4月. 五月号. 第2巻 第5号. 1918年5月. 六月号. 第2巻 第6号. 1918年6月. 七月号. 第2巻 第7号. 1918年7月. 八月号. 第2巻 第8号. 1918年8月. 九月号. 第2巻 第9号. 1918年9月. 十月号. 第2巻 第10号. 1918年10月. 十 一 月号. 第2巻. 第11号. 1918年11月. 十 二月号. 第2巻 第12号. 1918年12月. 第参巻第壱号. 第3巻 第1号. 1919年1月. 第参巻第二号. 第3巻 第2号. 1919年2月. 第参巻第三号. 第3巻 第3号1919年3月. 5(222)一. ・.

(6) 近畿大学法学. 第50巻 第1号. と ころで 、機 関 誌. 『安 全 第 一 』 は 、 一 体 、 い っ ま で 発 刊 さ れ た の で あ ろ. うか 。 果 た して 、1919年3月. で 休 刊 し た の で あ ろ うか 。 こ れ に つ い て は、. 蒲 生 自身 が 語 っ て い る次 の 証 言 が 参 考 に な る。. 同協 会 〔 安 全 第一 協 会 一. 堀 口注 〕 は一 九 一七 年 四月 よ り一 九 一 九 年. 三 月 迄 「安 全 第一 」 な る機 関雑 誌 を発 行 した の で あ ります(9)。. 蒲 生 は安 全 第 一 協会 の 中心 人 物 の一 人 で あ り、彼 の几 帳面 な性 格 か らす れ ば、 この一 文 の内容 に錯 誤 が あ る と は考 え に くい。 したが って、 何 らか の事 情 に よ って機 関誌 の発 行 を中 断 せ ざ るを得 な か った こ とが 推 測 で き る。 しか しなが ら、 第3巻 第3号(1919年3月)を. 見 て も、休 刊 を示 唆 す. る よ う な記 述 は一 切、 見 当 た らな い ど こ ろ か、 蒲 生 が 同 号 に寄 せ た 記 事 「照 明 と安 全 第一 」 の末尾 に は 「未 完」 と記 され て い るほ どで あ るか ら、休 刊 とい う事 態 は蒲 生 自身 も予 想 して い なか った突 然 の事 態 で あ っだ1⑪ 。そ れ で は、一 体 、 なぜ休 刊 に追 い込 まれ た ので あろ うか 。 この疑 問 に対 す る答 は、 蒲生 が と くに語 って い な い ことか ら、 推 測 す る 以 外 に な いが、筆 者 は、 蒲生 の次 の一 文 に、 そ の答 え の鍵 が あ る と考 え て い る。 す な わ ち、. 同協 会 〔 安 全 第 一協 会. 堀 口注 〕 の醸成 した る機 運 に促 進 され て 日. 本 の文部 省 博 物 館 が災 害 防止 展 覧 会 開 催 の計 画 を立 て ん と し、 同協 会 の援 助 を 申込 まれ た ので 同協 会 は右展 覧 会 成 立 の為 め に多 大 の努 力 を 払 ひま した… …α1)。 〔 傍 点 、 堀 口〕. の文 中 に 「多大 の努 力」 とい う表 現 が 出 て くるが、 控 え 目 な蒲 生 が書 い て い る こ とか ら見 て も、 ま さに多大 な努 力 を もって展 覧 会 を支 援 した こ とが. 6(221)一.

(7) 機関誌 『 安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想 わ か る。 ま た実 際 に も、蒲 生 自身 も展 覧 会 開催 中 に関連 行 事 の一 っ と して 安全 に つ いて の講 演 をす るな ど、裏 舞 台 だ けで な く、 表舞 台で も活躍 し、 展 覧 会 が 開 催 され た 期 間 で あ る5月3日. か ら6月21日. に か けて だ けで な. く、 そ の準 備 期 間 も含 めて、 蒲 生 お よび安 全 第一 協 会 の関係 者 は極 めて多 忙 な 日々 に明 け暮 れ た で あ ろ う。 した が って、1919年3月. で 休 刊 に至 った主 要 な理 由 は、 小 さ な ボ ラ ン. テ ィア団 体 に過 ぎなか った安 全 第一 協 会 が全 面 的 に展 覧会 開催 に協 力 を惜 しまなか った ため に、機 関誌 発 行 の余 裕 が なか った た めで はな いか、 と思 われ る。 しか しなが ら、展 覧会 で 忙殺 され て一 時 的 に休 刊 を余 儀 な くされ た と し て も、7月. な い しは8月 か ら再 び刊 行 す る こ とが で きた ので はな いか 、 と. い う疑 問 は依 然 、 残 る。 この点 につ いて は、次 の よ うに考 え られ るので は な いか。 まず 、1919年6月. には、展 覧会 に加 え て、 日本 で最 初 の 「安 全 週 間」 が. 実 施 働 され る ことに な った が、蒲 生 ら安 全 第一 協 会 の関係 者 は、 この安 全 週 間 の開 催 に向 け て の準 備 に も駆 り立 て られ た。 蒲生 は、 これ を次 の よ う に回顧 して い る。. 大正 八 年 に我 々が醸 成 した機 運 に乗 じて文 部 省 の お茶 の水博 物 館 が 災 害 防 止 展覧 会 を開催 せ ん こ とを計 画 し、安 全 第一 協 会 に援助 方 を 申 越 され た。 依 っ て各 方 面 に連 絡 を とつ て之 が完 成 を助 けた。其 当 時其 展 覧 会 と相 関 連 して災 害 防止 講 演 会 を 開催 したの で あつ た が、 其 時 余 は其 講演 会 に於 て 北 米合 衆 国 セ ン ト ・ル イ スの安全 週 間 運 動 の話 を し マ マ. たのであっ た。其時非番 の警官 を引卒 して聴講 して居 た当時 の上野署 長後 の警視総監今 の海南島の海軍司政長官池 田清氏 が余 に刺 を通 じて 東京 に於て安全週間を挙行せん ことを提議 した。余 は其熱意 に動 か さ 7(220)一.

(8) 近畿大学法学. 第50巻第1号. れ て 同氏 と棚橋 博 物 館 長 と三 人 鼎 座 協議 の末 各 方 面 の賛 同 の下 に行 っ たの が大 正八 年 六 月 の我 国最 初 の安 全 週 間 で あ る。 之 は東 京 市 及 び隣 接 町 村 を 区 域 と し、 当 時安 全 第 一 協 会 の事 業 が 米 国 の ナ シ ヨナ ル ・ セ ー フテ ィ ー ・カ ウ ンシル と同様 安 全 の凡 て の方 面 を包含 して居 た の で、 当 時参 加 した東 京 鉄 道局 は其 管 内 の高 崎駅 に も及 ん だ。 東 京 市 内 は全 く安 全 ポス ターを以 て埋 め、 安 全 マ ー クの侃 用者 は街 に満 ち た こ とで あっ た。安 全 マ ー クは安 全 第一 協 会 で はハ ー トを 四方 よ り合 せ其 ハ ー トに安全 第 一 と一字 づ \書 い た もの を以 て マ ー ク と したの で あ っ たが、此 の安 全 週 間 に際 して は マ ー クを新 に定 め る こ とを協 議 した の 、で あっ た⑬。. つ ま り、1919(大. 正8)年. の春 か ら夏 にか け て、 蒲生 や安 全 第一 協 会 の. 関 係 者 は、 災 害 防止 展 覧会 だ けで な く、 そ れ に続 く安 全 週 間 の開催 に も深 く関 わ る こ とにな った。さ らに、「此 の安 全 週 間 の後 に此 安全 週 間 に関 係 し た者 の重 な る者 が 集 合 して 中央災 害 防 止 協会 を組 織 し」(1の 、 しか も 「已 に安 全 第 一協 会 あ りて其 性 質 を全 く同 じ くす るの み な らず、 其 双 方 の幹 部 も殆 ん ど同一 で あ り且 っ其 真 の事 業 の中心 となっ た もの は私. 〔 蒲生 俊文 ∼. 堀. 口注〕 で あ(っ た)」(19ため、蒲生 が東 京 電気 株 式 会 社 に勤 務 しなが ら、安 全 第 一 協会 だ けで な く、 新 た に発 足 した中央 災 害 防 止 協会 の 中心 的 役 割 も 担 って いた こ とを考 え合 わ せ る と、 中 断 した機 関 誌 『安 全 第 一」 を夏 以 降 も発行 す る時 間 的余 裕 が捻 出 で きなか った と推察 で き る。 しか し、 そ れ は時 間 的余 裕 の慢 性 的欠 如 とい う物 理 的問題 か らだ け で は な く、安 全 運 動 の段 階 が機 関誌 発 行 に よ る啓 蒙 運 動 の段 階 か ら社 会運 動 の 段 階 へ と移行 した結 果 で もあ った。す な わ ち、1919年 の春 か ら夏 に か けて 、 日本 の安全 運 動 は大 きな転 機 を迎 え、 活 動 の範 囲 が急 速 に広 が り、 組織 も 急 激 に拡 大 し、 社 会 の 中 に活 動 の場 を本 格 的 に見 いだ す こ とに な ったた め 8(219)一.

(9) 機関誌 『安全 第一』 に見 る蒲生俊 文 の安 全思想. で もあ った。 した が って 、安 全 第 一協 会 は1917年 か ら1921年 まで の約5年 て い た とは い え、 そ の実 質 的 な活 動 期 間 は1919年3月. 間、 存続 し. な い しは4月. で終. わ った と考 え た方 が妥 当 で あ ろ う。 そ して、1919年 以 降 は、 まず、 安 全 第 一 協 会 と中央 災 害 防止 協 会 の併 存 期(1919∼1921年)が. あ り、 その後 、両. 組織が 「 別 々 に なつ て居 る ことの誤 りで あ り且 つ無 益 で あ る こ とを感 じて 両者 合 併 の機 運 とな り… …そ こで両 者 合 併 の結 果 日本 安 全 協 会 が 出 来 」(1⑤ るが、 日本安 全 協 会 その もの は1940(昭. 和15)年. に大 日本 産 業 報 国 会安 全. 部 に吸 収 合併 され るまで存 続 した もの の、実 質 的 に は、1923(大. 正12)年. の関東 大 震災 後 、 しば ら く して蒲生 が 内務 省 社 会 局 に設 置 され た外 郭 団体 「産 業 福利 協 会 」 の嘱託 と して 、 いわ ば官 製 の安 全運 動 に参 加 す るよ うに な って か らは、 「種 々経済 上 の関 係 か ら殆 ん ど休止 の状 態 」働 に陥 って い た。 こ う して 日本 の民 間 団体 主導 に よ る安 全 運動 は、 この 日本 安全 協 会 の 活 動 停 止 によ って実 質 的 に終 わ りを告 げ る こ とにな る。 以 上 を整 理 して 、戦 前 期 日本 にお け る安 全 運 動 の発 展 段 階 を 区 分 す る と、 次 の よ うにな ろ う。 表2戦 1917年. 以前. 前期 日本 における安全運動の発展段階. 足 尾銅 山 や東京電気 にお ける先駆 的 な工場 内安 全運動 期. 1917∼1919年. 安 全第 一協 会 によ る啓蒙運 動期. 1919∼1925年. 民 間団体(安 全 第一協 会,中 央 災害 防止協 会,日 本安全 協会)に よ る社会運 動期. 1925∼1945年. 官製 団体(産 会 運動期. 業福利 協会,協 調 会,大. 日本産業 報国会)に. っ ま り、機 関誌 『安全 第 一 』 が発 行 され た2年 間(1917年4月 3月)は. よ る社. ∼1919年. 、安 全運 動 が社 会運 動 へ発 展 して い く過 渡 期 に位 置 し、 そ の後 の. 安 全運 動 が社 会全 体 へ波 及 す るか否 か の分 岐 点 にあ った とい う意 味 に お い て非 常 に重 要 な時 期 で あ った。 9(218)一.

(10) 近畿大学法学. 第50巻第1号. したが って、 安 全第 一 協 会 の機 関誌 『安全 第一 』 は、 当 時 唯一 存 在 した 安 全 運動 推 進 団 体 の姿 を記 録 に留 あ る貴 重 な 資料 で あ るの み な らず 、 日本 に お け る安 全 運動 の成 立 と展 開 の過 程 を理解 す る上 で も欠 か す こ とので き な い重要 な資 料 で あ る といえ よ う。. 2機. 関誌 『安全 第 一 』 所 収 の蒲 生 記 事. 蒲 生 俊 文 は機 関 誌 『 安 全 第 一』 へ、 第1巻 よ び第1巻. 第9号(大. 正6年12月. 第2号(大. 正6年5月. 号)お. 号)を 除 く全 て の号 に寄 稿 して お り、「蒲. 生 俊 文 」 と署 名 され た記 事 の数 は22本 を数 え る。 また、 これ と は別 に、 執 筆者 名 が 「蒲生 大 愚 」 と記 され た記 事 が1本 存 在 す る。 この記 事 は 「倉 庫 と煙 草」(第2巻. 第7号 、大 正7年7月)と. 題さ. れ た記 事 で あ るが、 そ の執筆 者 名 や内容 か ら判 断 す るに蒲 生俊 文 自身 の記 事 に間違 い な い。 なぜ な ら、 この記 事 は、 労 働者 の仕 事 中 の喫煙 行 為 に起 因 す る工 場火 災 の惨 状 を ア メ リカ合 衆 国 を例 に と って説 明 し、 喫 煙 の害 を 訴 え る内容 にな って い るが、 そ こに は蒲生 記 事 に特 徴 的 な諸 点 が 見 られ る か らで あ る。 例 え ば、 ア メ リカ通 で あ った蒲 生 は災 害 予 防 を 呼 び掛 け るに際 して、 ア メ リカ合衆 国 の事 情 を頻 繁 に 引用 した り紹介 した り して い るが 、 ま さに こ の記 事 も同様 で あ る。 と くに、具 体 的 な デ ー タを列 挙 して説 明す る実証 的 な姿勢 は、 蒲生 の記 事 に見 られ る顕 著 な特 徴 で あ る⑱。 加 え て、 喫煙 に関 す る蒲 生 の他 の記 事 との関連 も見 られ る。 実際 、 喫 煙 に言及 した蒲 生 の記 事 は機 関誌 『安 全 第一 」 で は この記事 に限 られ るが 、 蒲生 は、 ほぼ同 時期 に友 愛 会 の機 関 誌 で あ る 『労 働 及 産 業 』 に (一)」(大 正7年3月. 号 、通巻 第79号 、1918年3月)と. 「 禁煙論. 題 す る記 事 を寄 稿 し. て い る。 そ の記 事 の趣 旨 は喫煙 の健 康 被 害 を説 く点 に あ るが 、 冒頭 で 「世 一10(217)一.

(11) 機関誌 『 安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想 の中 の安 全保 持 とか 「エ フィ シエ ンシー」 とか を論 ず れ ば如 何 に して も各 人 の良 習慣 に付 きて 考慮 を廻 らさな くて はな らぬ」㈲ と述 べ るな ど、 問題 関心 の起 点 が 「安全 」 にあ る こ とが了解 で き る。機 関 誌 『安 全 第一 」 の記 事 で は喫煙 を原 因 とす る工 場災 害 を、機 関誌 『労 働 及 産業 』 の記事 で は喫 煙 を原 因 とす る健康 被 害 を それ ぞ れ問題 と して い る もの の、 両 者 の関心 の 出発 点 が蒲 生 が常 に意 識 して いた 「安全 」 に あ る点 で は同 じで あ る。 た だ それ にせ よ、 なぜ 「蒲生 俊 文 」 で はな く 「蒲 生 大愚 」 と署 名 した の か とい う疑 問 は残 る。 それ は、 推 測 す る に、 同 じ号 に 同 じ執 筆 者 が2本 寄 稿 して い る との明 らか な印 象 を避 け るた め で は なか ったか。もち ろん、「蒲 生 大 愚 」 と署 名 した とこ ろで、 そ れが蒲 生 俊 文 で あ る こ とは誰 の 目 に も明 らか だ ったで あ ろ う し、 それ ゆ え筆 名 を変 え る実質 的 な意 味 は少 なか った で あ ろ う。 しか し、安 全 第 一協 会 の推 進 す る安全 運 動 が社 会 で広 範 な支 持 を得 て い る と少 しで も印象 づ け、 内輪 の同人 誌 の よ うな もの に は した くは な い とい う意 識 が そ こに働 いて いた ので はな い だ ろ うか。 そ こに はま た、 蒲生 の ユ ーモ アが加 味 され て い たか もしれ な い。 さて、 蒲生 は、2年. 間続 い た機 関誌 『安全 第 一 』 の ほ とん ど毎 号 に寄稿. して い るが、 本業 の東京 電 気 株 式会 社 に勤 務 す る傍 ら、設 立 間 もな い民 間 の安 全 運 動推 進 団体 で あ る安 全 第一 協 会 で 理事 と して各 地 へ講演 活 動 な ど に出掛 け る多忙 な 日々 の合 間 を縫 って記 事 を書 き続 け たの で あ り、 そ の精 力 的 な活 動 ぶ りに驚 きを禁 じ得 な い。 以 下 で は、 蒲 生俊 文 が機 関誌 『安 全第 一 』 に寄 稿 した全23本 の記 事 「蒲生 俊 文 」 執 筆 の22本 お よび 「蒲 生 大愚 」 執 筆 の1本 追 って簡 単 に紹 介 した い。. 一11(216)一. につ いて順 を.

(12) 近畿大学法学. 第50巻第1号. 【記 事1】 「工 場 の一 隅 よ り」(第1巻. 第1号. 、1917年4月). この記 事 は、 工 場 の労 働 災 害 を 防 ぐた あ に管理 職 の中 か ら任 命 され た安 全委 員 と、 彼 の指 導 の下 に現 場 の安 全 対 策 に責 任 を持 つ職 工長 との間 で 交 わ され た問 答形 式 によ って、 安 全 の意 義 や 「安全 第 一 」 の意 味 な どにつ い て、主 と して労 働 者 向 け に平 易 に解 説 した啓 蒙 的 な記 事 で あ ろ う。 例 え ば、 安全 装 置 を取 り付 け ると仕 事 が早 くで きな い とい う現 場 の意 見 に は、 「 仕 事 の早 さ は少 し位減 っ て も怪 我 が無 くな りや仕 合 せ ぢや な いか」 と応 じ、 ま た、工 場 に設 置 され た 「投 書 箱 」 に職 場 の安 全対 策 に対 す る職 工 の意 見 を寄 せ る新 しい制 度 に対 し 「私 共 の考 を です か 」 と誘 しむ職 工 長 の反応 に、「さ うサ、此 の事 はネ委 員 が や き もき したっ て 工場 の人 が皆 で 力 を合 せ て や らな くちや ホ ン トに出来 る もの ちや な い よ」 と諭 し、 現場 で働 く職 工 の意 見 を聴 くことな どあ り得 なか った従 来 の主 従 的労 使 関 係 を前 提 と して は安 全 運 動 が立 ち行 か な い こ とを述 べ る⑳。 また、「 安 全 第一 」 とい う当時 、聞 き慣 れ なか った標 語 にっ いて は、次 の よ うに対話 が進 め られ て い く。「 英 語 で セ ー フティ ー、フアー ス トと云 ふ の を 日本語 に訳 して安 全 第 一 と云 ふ ん だ ネ」 と安 全委 員 が説 明 す る と、 職 工 長 は 「へ え、 あれ や舶 来 で す か ネ、私 や西 洋 物 と来 ちや ウ ッカ リ近 寄 れ ね え ネ」と応 じるが、 これ に対 して安 全 委 員 は、「講談 で お馴 染 の塚原 ト伝 と 云 ふ 剣術 の名 人 」 を挙 げ て、 「あ の人 な ん か安 全第 一 の名 人 だ」 と指 摘 し て、 その訳 を こ う語 る。 卜伝 が暴 れ馬 を避 けて 回 り道 して危 険 を避 けた こ とは 「意気 地 の無 え」 ことで は な く、「武 芸 と云 ふ もの は身 を護 る ものだ 、要 も無 いの に危 険 な処 へ飛 び込 む の はま だ到 らな い証 拠 で はな いか 、 暴 れ る馬 と見 て取 り乍 らわ ざわ ざ其 の側 を通 るの は心 得 の無 い馬 鹿 もの のす る ことで あ る」 と述 べ た ト伝 の言 葉 を引 き合 い に出 して、「今 云 ふ安 全 第 一 サ、昔 は安 全 第一 な ん て 文句 は有 りや しな いが ネ、 訳 は昔 か ら分 つ て たん で安 全 第 一 ツたつ て 日本 一12(215)一.

(13) 機関誌 『 安全第一』 に見る蒲生俊文の安全思想 人 が洋 服 を着 た丈 けの事 サ、 西洋 物 は御 免 だ なん て嫌 ふ必 要 は な いよ、 正 宗 をサ ーベ ルへ仕 込 ん だ様 な ものだ」。そ して、これ を聞 いて職 工 長 は納 得 す る とい う内 容 で あ る⑳。 最 後 に、安 全 意 識 を職 場 に普及 す るため の 「安 全 第一 講話 会 」につ い て、 「 二 三 の委 員 が演 壇 に立 つ て多 数 の職 工 に安 全 装 置 の模 様 や ら仕 事 の や り 方 や注 意 力 の必 要 な事 な どを説 き聞 かせ て 」、 職 場 の労 働災 害 を防止 ・減 少 させ る意 義 に触 れ て い る⑳。. 【記 事2】 「大 乗 安 全 第一 と小乗 安全 第一 」(第1巻. 第3号. 、1917年6月). この記 事 は内容 か らして、 工場 労 働 者 に限 らず、 世 間一 般 に 向 けて書 か れた もの で あ ろ う。 特 に 「安 全 第一 」 を 旨をす る在 り方 が 「退 嬰 主義 」 で あ る と して 当時、 批 判 され て い た ことに対 し、 蒲生 は、 その誤 解 を解 き、 真 の 「安 全 第一 主 義 」を仏 教 用語 で あ る 「大 乗 」「小乗 」 に よ って説 明 す る と と もに、 歴 史 上 の有 名 な事 件 を引 き合 い に出 して 「安 全 第 一 の精 神 」 を 平易 に解説 しよ う とす る。 まず、前半 で は、仏 教 が 「大 乗 」 と 「 小 乗 」 に分 け られ るよ うに、「此 の 思想 を直 ち に安 全 第 一 主義 に転 用 して見 るの に、亦 頗 ぶ る好 都 合 を感 ず る の で有 る」㈱ と して、 次 の よ うに述 べ る。 「安 全 第 一 主 義 の小 乗 な る もの は只 専 一 に 自己一 身 の安 全 を計 るに汲 々 と して、 然 か も消 極 的 に危 害 を避 けて遠 く山 に入 るが如 き態 度 に出 つ るに 違 ひ無 い、世 上 多 く安 全第 一 は退 嬰 主 義 で、 国民 の元 気 を 阻害 し、 国家 有 用 の事業 を して頓挫 せ しめ るに至 るか も知 れ な いな ど と大 に悲 観 的気 分 を 漂 はす浅 見者 流 の出 つ るの は安 全 第一 と云 ふ意 味 の内 に又 此 の小 乗 思 想 も 包含 され居 る為 め に其 方 面 ばか り見 て居 るか らで有 る と思 ふ」⑳ と述 べ 、 小 乗 は 「仏 教 の保 守 派 」 で あ り消極 主 義 で あ るの に対 し、大 乗 は 「仏教 の 進 歩 派 」 で あ り積極 主 義 で あ る と位 置付 け、大 乗 仏教 に讐 え るべ き 「 大乗 一13(214)一.

(14) 近畿大学法学. 第50巻第1号. 安 全 第一 」 こそ、 安全 第 一主 義 の精神 で あ る と語 り⑳、 次 の よ うに説 明 す る。 す なわ ち、「安全 第 一 の真価 は其 の大 乗 な る処 に在 る、自己 の危 険 を防止 す る と共 に他 人即 ち社会 の安 全 を計 る為 め に各 種 の手 段 を講 じ消 極 的 に害 を避 くるに止 ま らず して積 極 的 に害 を除去 して掛 るの で有 る、 従 つ て各 種 の 冒険 的事業 と何 等 矛盾 す る処 が無 いば か りか、 寧 ろ此 と併 行 して始 め て 冒険 的事 業 に確 実 な る効 果 有 ら しめ る もの で有 る、 元 よ り此 の主 義 を実 行 して も直 ち に社 会万 般 の事 物 の凡 て の危 険 を除去 し得 る と云 ふ の で は無 い が安 全 第一 の主義 た るや所 謂 不 必要 な る危 険 は其 の害 に曝 され な い と云 ふ 事 が必 然 之 に伴 つ て来 べ き思 想 で有 る、 世 上 多 くは此 の関 係 を知 らな い で、事 実 自分 の衷 心 に は 自己 の安 全 を思 はな い で は な いが猶 此 の浅 見 に左 右 せ らる \可憐 の人 士 も無 いで は無 い、単 に害 を避 け る と云 ふ に止 まれ ば 小乗 の境 致 を 出 でず して、足 一 歩 も戸 外 に踏 み 出 す こ とす ら出来 な い、否、 家 内 に在 つ て も生 きて居 るこ とす ら危 険 で有 る と云 ふ極 端 な結 論 に達 す る か も知 れ な い」㈱。 この よ うに述 べ る蒲生 の安 全思 想 の本 質 は、 換 言 す れ ば、(1)安全 とは行 動 に伴 う全 て の リス クを回避 す る こ とにあ るので はな く、 行 動 の結 果 得 ら れ る効 果 を最 大 化 す るた め の最 適 な リス ク管 理 を行 な う こ とで あ り、 ま た、② 安 全 とは 自己 の危 険 を防止 す る と と もに、 社 会 の危 険 を も防 止 す る こ と・ つ ま り社 会 の安全 を図 る こ とで もあ る といえ る。 そ して、最 後 に、「冒険 的事 業 と何等 矛 盾 す る処 が無 い ばか りか 、寧 ろ此 と併 行 して始 めて 冒険 的事 業 に確実 な る効果 有 ら しめ る」一 例 と して. 、「 川. 中島 の一戦 に千 古 の武 名 を走 せ た上 杉 謙信 が未 だ長 尾景 虎 と云 ふ た昔 、少 人 数 を率 いて敵 の大 軍 に城 を囲 まれ た」 時 の エ ピ ソー ドを紹介 す る。 それ に よれ ば、 直 ち に潔 く大軍 に向 か って戦 いを挑 む よ う主 張 した部下 の進 言 を掻 ね付 け、敵 の兵 糧少 な しと見破 った景 虎 は 、 間 もな く退却 し始 一14(213). 一.

(15) 機関誌 『 安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想 め る時 に打 って 出 るな ら勝 算 あ り と判 断 し、 見 事 、 そ の 通 り大 軍 を打 ち 破 って しま った とい う。 そ して、蒲 生 は、 これ につ いて、「よ く安 全第 一 の 精 神 を発 揮 した景 虎 に讃 辞 を呈 す る外 は無 い」と述 べ、「我 は冒険 を非 とす る もの で は無 い、 冒険 元 よ り可 な りで有 るが、 然 し安 全 第一 の精 神 を発 揮 しない 冒険 は無 謀 の猪 武者 で有 つ て達 人 の顧 るべ き もの で は無 い」 と続 け て、「 無 謀 」「無益 」「不 必 要 」な危 険 を 回避 す る こ と こそ 「大乗 安 全 第一 主 義 」 で あ り、 これ こそが 「大乗 的 精神 の下 に設 立 せ られ た る安 全 第 一協 会 が大 声 叱 呼 して 世 人 一般 の覚 醒 を 促 して居 る」 安 全 第 一 主 義 だ と結 論 す る⑳。. 【記事3】. 「盲 目の悲哀 」(第1巻. この記 事 は、 先 の2つ. 第4号 、1917年7月). と異 な り、極 め て実 際 的 な安 全 指導 を解 説 した も. ので 、 そ こで は工 場 に お け る事 故 が原 因 で失 明す るよ うな事態 を避 け るた め に、 どの よ うな対 策 をす れ ば よ いか、 とい うこ とが述 べ られ て い る。 そ の予 防対 策 を解 説 す るに当 た り、 蒲生 は ア メ リカ合衆 国 の あ る州 にお け る工場 事 故 で、 眼 に負 傷 を及 ぼ した原 因 とそ の事 故 数 に関 す る統 計 を引 き合 い に出 しな が ら、 その原 因 の一 っ一 つ にっ いて子 細 に検 討 した結 果 、 「斯 様 に考 へ て来 る と始 め の表 〔 蒲 生 が文 中で掲 げ た統 計 表一. 堀 口注 〕に. 有 る丈 けの事故 は全 部 予 防 し得 る様 に思 はれ る」 とい う結 論 に至 る㈱。 そ して、この表 に掲 げ られ た事故 は、「安 全装 置 に関 係 あ る もの と して拾 ひ上 げ た数 で有 るか ら、 全 数 〔 眼 の事故 の全 数一. 堀 口注〕 の約半 数 は予. 防 し得 べ き事柄 で有 る と云 へ る」と分 析 し、「世 上 斯 くの如 き危 険 に曝 され て居 る人 々及 び此等 の人 を使 用 す る人 々 は此 等 を川 向 の火 事視 しな いで特 に深 い研 究 を促 さず に は置 か れ な い」 と述 べ 、 「眼 の 『安 全第 一 』」 の重要 性 を訴 え るの で あ る㈱。. 一一15(212)一.

(16) 近畿大学法学 【 記 事4】. 第50巻第1号. 「照 顧 脚下 」(第1巻. 第5号 、1917年8月). この記 事 は、 蒲 生 が鎌 倉 の 円覚 寺 を訪 れ た 際、 寺 の禅 堂 入 口 に掛 け て あ った木 札 の警 告 「照 顧 脚下 」 を標語 「安 全 第一 」 に関連 づ けな が ら綴 っ た エ ッセ ー とい って よ い。 彼 は、 まず 、 この 「照顧 脚 下 」が、 「 文 字 通 りの意 味 で、脚 下 に気 を付 け う と云 ふ丈 け で も相 当 に 「安全 第一 」 が働 いて居 る」 と して、 日本 の伝統 文 化 の中 に息 づ いて い た この習 慣 が 「安 全 第一 」 の精 神 に も通 ず る こ とを 素 直 に喜 ぶG⑪。 しか し、 この 「照 顧 脚下 」 が 外 国 に も同様 に存 在 す る、 いわ ば普 遍 的 な 在 り方 で あ る ことを一 例 を挙 げて解 説 す る。 す な わ ち、 当時 、 まだ違 和 感 を も って受 け止 め られて い た新 しい標 語 で あ る 「安全 第 一 」 が、 いか に 日 本文 化 の中 に存 在 し続 けた か、 また、 その精 神 が いか に普 遍 的 で あ るか を 世 間 に対 して説 得 しよ うす る。 一 例 と して 挙 げ て い る の は 、 外 国 の 雑 誌 に 出 て い た 「watchyour step」 とい う標 語 で、 蒲生 は、 これ につ いて、 次 の よ うに解 説 す る。 「watchyourstepと. 書 い て有 る、矢 張 り脚 下 に気 を付 けう と云 ふ事 で. 有 る、 脚 下 へ気 を付 け る に は周 囲 に も気 を付 けな けれ ば な らな い、 が、 脚 下 に気 を付 けた丈 けで も如 何 に安 全 が保 たれ るか 、 限 が知 れ な い位 の もの で あ る」⑳。 また、古 代 ギ リシ アの例 も引 い て、「 昔 希 臆 の哲 学 者 が星 ばか り見 て 歩 い て溝 へ 落 ちた と云 ふ話 もあ る」 と続 け て、「「脚 下 の明 る い内 に」 とか 、「 人 の事 よ り 自分 の脚 下 へ気 を付 け ろ」 とか色 々脚 下 に関 係 した語 が あ るが 、 脚 下 が 不 安 定 で は円 満 に生 存 す る事 が 出 来 な い、 脚 下 に気 を付 け る の が 日々 の安 全 第 一 で あ る」 と、身 近 な所 にあ る 「 安 全 第 一 」 の在 り方 に も注 意 を向 け る働。 そ して、末 尾 で、「円覚寺 禅 堂 の入 口 の小木 片 は照顧 脚 下 、照 顧脚 下 と常 一16(211)一.

(17) 機関誌 『安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想 に吾人 の前 に叫 ん で居 るけれ ど も、 実 際 真実 に脚下 を照 顧 す る もの果 して 幾 人 有 るの だ ら う、「バ イ ブル」に語 が あ る、眼 有 る者 は見 よ、耳 有 る者 は 聞 け!」 と述 べ て、「安 全 第一 」が古 今 東 西 に見 られ る普 遍 的精 神 で あ る こ とを述 べ て結 ぶ ㈱。. 【記 事5】. 「安 全第 一 と照 明」(第1巻. この記 事 は9ペ. 第6号 、1917年9月). ー ジに及 ぶ比 較 的長 い もの で あ るが 、内容 は 「「ペ ンシル. ヴニ ヤ」大 学 電 工科 助教 授 「シー、 イー、 ク レウエ ル」 氏 の小 論文 」 の概 要 を翻訳 し紹 介 す る もので あ る。 この記事 の 冒頭 で、蒲生 は、「工場 の安 全 第一 と照 明 とが大 関 係有 る事 に 付 て は安全 第 一 発刊 以 来 各方 面 の人 に依 つて既 に述 べ られ た事 で あっ た、 けれ ど も此 れ丈 け を題 目 と して特 に論 じた事 は無 かっ た」 と指 摘 し、 さ ら に 「「ラ ンプ」は我 国 に於 て も種 々 の変遷 を経 て来 て外 国 か ら電 燈 が来 て か ら も電 燈 が漸 々発 達 して来 た薄 暗 が りで仕 事 を しな くと もす む時 代 にな っ たの で あ るが、 折 角立 派 な燈 火 が存 在 す るに も拘 は らず之 を利 用 しな い も のや 、又 之 を利 用 して も利 用 法 を誤 っ と反 っ て事故 の原 因 とな る事 が な い で は ない」 と注意 を喚 起 す る㈹。 蒲 生 自身 が勤 め る会 社 が ラ ンプの製 造 を事 業 と して いた こ とが 、彼 が照 明 の在 り方 に関 心 を 向 け るよ うに な った一 っ の要 因 で あ ろ うが 、 同 時 に、 時代 の流 れ と して急速 に電燈 器 具 が普及 しっ っ あ った 当時 の社 会 背景 も考 慮 す べ きで あ ろ う。 ち なみ に、 抄訳 の 内容 は もっぱ ら頗 る技術 的 な側面 に関 わ る もの で あ る た め、省 略す る。. 【記 事6】 「経 済 よ り見 た る安全 組 織」(第1巻. 第7号. 、1917年10月). この記 事 は、蒲 生 が 工場 で の安 全 対 策 に資金 を投 じる こ とが決 して無 駄 一17(210)一.

(18) 近畿大学法学. 第50巻 第1号. で な い こ とを、「チ ヤ ール ス、 テイ、バ ンクス」 とい う人 の意 見 を翻訳 ・紹 介 しっ っ、解 説 す る もので あ り、 工場 労 働 者 で は な く工 場 の経 営者 に向 け て書 か れ た もので あ る。 翻訳 とい う形 式 を と りなが ら も、 そ の 内容 に蒲 生 の主 張 を重 ね合 わ せ なが ら読 ん で も不 自然 で はな い点 が興 味 深 い。 内容 は、 まず 、工 場 で安全 運 動 を始 め る障 害 と して経 営 者 が 最 初 に突 き 当 た るの が 「損 を為 な いか、 其 の費 用 は何 程 で、 幾 何 の節 約 が 出来 るか」 とい う経 済 的問 題 で あ る と し、人 道 的 見地 か ら安 全運 動 を推 進 す る意 義 に つ いて は敢 え て触 れず 、 経 済 的見 地 に限 って話 を進 め よ うとす る個。 そ して、 経 済 的 側面 か ら安 全 運 動 を見 っ め た時 、 事 故 が起 こ った場 合 と 予 防 に費用 や時 間 を費 や した場 合 とを比 較 ・検 討 して、事 故 によ る被 災 者 へ の 「支払 」(補 償)だ. けで な く、 「負 傷 の為 めに熟 練 職工 が居 な くな り、. 又 は其 代 りに不 熟 練 の職 工 が 働 く為 め に起 る処 の生 産 の減 少 又 は遅 延 」、 「病 院 の払 ひ治 療 手 当」、「法律 費 」な どを考 慮 す る と、 こ う した損 失 を 「減 ず る最 も正 確 な方 法 は事 故 防止 で有 る」 と結 論 す る㈱。 そ こで、 予 防 策 にっ いて は、 「此 に は単 に安 全 部 の組 織 と答 へ るの で有 る、 即 ち事 故 防止 を専 管 す る部 局 で有 る、 其 全 時 間 と全勢 力 を此 の仕 事 に 専 にす る部 局 で有 る」と述 べ、片手 間 の安 全運 動 で は無 意 味 だ と主 張 す る。 つ ま り、 専 門 の人 員 を配 して全 社 的 に安 全 対 策 に取 り組 まな けれ ば、 た と え安全 装 置 や安 全 掲 示 板 が あ り、安 全 組 織 や安全 委 員 会 が あ って も、 効 果 は薄 い と述 べ る億 η 。 コス ト. ベネ フ ィッ ト. ま た、 安全 対 策 を担 当 す る専 門部 署 の費 用対 効 果 に つ いて も次 の よ うに 述 べ る。 「 若 し全 時 間 を事 故 防止 に専 にす るな らば、如 何 にせ ば適 当 の投 資 と見 る事 が 出来 るか 、此 の答 は重 に工 場 の大 きさ及 び現 在 の事 故 の範 囲 に依 る もので有 る、其 れ は或 範 囲 まで此 が 給料 額 及 び此 部局 に要 す る費 用 を決 定 ドル. す るか らで有 る、 例 へ ば此 の費 用 が一 年 に五 千 弗 で有 る と仮 定 せ よ、 然 ら 一18(209)一.

(19) 機関誌 『 安全第一』に見 る蒲生俊文の安全思想 トル. ば此人 が少 くも一 年 五 千弗 を値 す る事 故 を防止 す べ きで有 る、 若 しよ く一 ダ  ス. の致命 事 故 、一・ 二 失 明事 故 及半 打 の小 事故 を防 止 す る事 が出来 た な らば、 彼 は此 以 上 に該 当す るの で はな いか。」㈱ 最後 に、「工場 長 、工長 」 とい った工場 の 「主 に上 の人 」が安 全 運 動 に熱 心 で な い と 「駄 目だ」 と付 け加 え、「今 日の痛 切 な る問 題 は、工場 内 の事 故 防 止 を担 任 し、専 ら其 時 間 中其 可能 、 必 要又 は其 経済 等 を研究 す る人 を得 ん とす る事 で 有 る」 と結 ぶ 働。. 【記 事7】. 「火 災 防止 は各 人 の義 務 」(第1巻. 第8号. 、1917年11月). この記 事 は、「米 国 国民 安 全 協 会 「リハ イ、バ レー」支部 に於 け る 「レー、 エ ス、 ブ ラオ ン」 氏 の演 説 の大 要 」 を蒲 生 が翻訳 ・紹 介 した もので あ る。 蒲 生 の意 図 は、 冒頭 で彼 自身 、 述 べ るよ うに、 「これか ら寒 さに向 へ ば 段 々火 災 が増 加 して来 る、 試 に警 視 庁 消 防本 部 を訪 つ れ て彼 の市 内 火災 の 帳簿 を一 見 す るな らば火災 が市 民 の 日課 で有 るか の思 がす る」 と危 惧 し、 「一 に 「 安 全 第 一 」 思想 の普 及 と否 とが 大 の関 係 で有 らう と思 ふ」 点 に あ る㈹。 蒲 生 は、ま た、そ の 冒頭 で、「先 日米 国 の国 民安 全 協 会 か ら私 が受 取 っ た 手 紙 に も事 故 災 害 の発 生 は物 的機 械 的方 法 に よっ て其 二 割五 分 を減 殺 し残 部七 割 五 分 は只各 人 の 注意 に待 っ外 は無 い と有 っ た、 然 らば即 ち 「火 の用 心」 は万人 一 日 も忘 る可 か らざ る事 柄 で は無 いか」㈲ と訴 え、 いわ ば社 会 的義 務 と して 「火 の用 心 」 を 「レー、 エス、 ブ ラオ ン」 氏 の 口を借 りて主 張 す る。 そ の両 者 の一 致 した主 張 の背後 に は、安 全 運 動 は 「社 会 に対 す る明 な る 義 務 」働 とい う思 想 が存 在 す る。 この意 味 に お いて、 この記 事 は、時節 柄 、 「火 の用心 」を テ ー マに しっ っ も、その実 際 的 な火 災 予 防 の呼 び掛 け と と も に、 蒲生 の安 全 思想 の核 心 にっ いて触 れ られ た一 文 だ と言 え よ う。 一19(208)一.

(20) 近畿大学法学. 第50巻第1号. と ころで、 蒲生 が翻 訳 ・紹 介 した本 文 の要 旨 は、 次 の通 りで あ る。 まず、火災 防止 は、「一旦 失 ふ た な らば再 び回 復 の 出来 な い生 命 の維 持 の 為 め に必 要 な る財 物 の保持 と云 ふ事 は生 命 の保持 に次 ぐ処 の吾 人 の明 な義 務 で あ る」㈱ と主 張 し、逆 に、「而 して此 の関 係 に於 け る不 注意 者 は人類 の 安 寧幸 福 に対 す る暴 虐 者 で有 る と云 はな けれ ば な らぬ」働 と戒 め、 火 災 防 止 に対 す る各 人 の社 会 的責 任 を強調 す る。 したが って、 「 薙 に於 て か吾 人 の社 会 に対 す る明 な る義務 と云 ふ 事 に到 着 す る。 此義 務 を行 ふ に当 り しは、 吾人 は先 ず不 必要 な る火 災 損失 を 防止 す る に は如 何 にす べ きか と 自問 自答 して後 此 が 遂 行 を しな け れ ば な らな い」㈲ と、 実 際 的 な方 策 へ と進 む。 そ して、 「吾 人 が年 々 の火 災 の損 失 の三 分 の二 は防止 し得 べ き もので 有 る事 は吾人 共 に信 ず る処 で有 」㈹ る ことを踏 まえ、 火災 防止 の た あ の 「最 良 の安 全 装 置 は 「 注 意 深 き人 」 で 有 る と云 ふ事 が 出来 る、 又最 良 の火災 防 止 は注意 深 い人 が絶 えず警 戒 す る ことで有 る」㈲ と提 言 す る。 最 後 に、 「吾 人 は火災 防止 と云 ふ事 が単 な る平 易 な 日々 の普 通 の道 徳 た る ことを認 あ」た い と述 べ、「 此 が其 の法 律 に依 り国 家 に対 す る義務 と して 強制 され る様 な 日の来 らざ らん事 を希 望 して止 ま な い」㈱ と結 ぶ。. 【記 事8】. 「投 光器 と安 全 第一 」(第2巻. 第1号 、1918年1月). この記 事 は、 冒頭 に 「今 次 の論文 を得 て… …」 と蒲 生 自身 が書 い て い る が 、詳 細 はわか らな い。恐 らく、内容 か ら判 断 して ㈲、蒲生 が勤 務 して いた 東 京 電気 株 式 会 社 に関 係 した もの で あ ろ う。 内容 の大半 は投 光 器 の種 類 や性 能 に っ い て詳 し く説 明す る もの な の で、 ここで は最 初 の部 分 に書 か れ た投 光 器 と安全 第 一 との関係 に限 って抜 き出 して み る と、 次 の通 りで あ る。 「投 光 は今 日で は大切 な もの にな っ た、そ れ は建 物 を照 す とか 、広 告 物 を 一20(207)一.

(21) 機関誌 『安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想 照 す とか、運 動 場 を照 す と云 ふ や うな元来 の 目的 の為 めで な くて、実 は生 命 財 産 の保護 に欠 くべ か らざ る もの とな っ たか ら」伍 ①で あ り、「此 の投 光 の 応 用 と云 ふ ことが 大戦 以 来 特 に其 声 を高 め た、今 は公 私 の財産 を保護 し、 害 を為 さん とす る人 を 防 ぐ為 め に必 要 な もの となっ た」61)。 そ して、安 全 に関 して、 「工 場 の保 護 に関連 して起 る処 の第一 の 問題 は、 投 光 器 を何処 に設 置 したな れば最 も完 全 に保 護 の 目的 が達 せ らる \か と云 ふ ことで あ る」励 と述 べ 、 効 果 的 な照 明 が工 場 の安 全 対 策 に有効 で あ る点 を強調 す る。. 【記 事9】. 「小規 模 工 場 に於 け る事故 防 止 問題 」(第2巻. 第2号 、1918年2. 月) この記 事 は、「 米 国 「ノル トン」会 社 安 全技 師 「ア ール、 ピー、モ ルガ ン」 氏 の論 文 」 を翻訳 ・紹 介 した もので あ る。 蒲生 の問 題 関心 は、 冒頭 で彼 自身 が述 べ る よ うに、 「我 々が 「安 全 第一 」 を発刊 して よ り未 だ一 歳 に充 た な いが、 工 業 界其 他 に此 の思 想 が追 々実 現 されて 行 くの は、 国家 社 会 の為 め に大慶 事 で あ る、 只 安全 組 織 、安 全 設 備 の如 きは大 工 場 に は行 ひ得 可 き も、 小工 場 に は行 ひ得 な い と云 ふ議 論 もあ っ た是 れ は我 国 ばか りで な く、安 全 第一 を盛 に叫 ん だ米 国 に於 て も亦此 事 が有 る と見 へ る」㈹ とい う点 に あ る。そ して、「種 々本 邦 とは事 情 と制度 を 異 にす る処 が あ るけ れ ど も、 小 工場 も亦 此安 全 第 一運 動 に参加 す べ き もの で あ る ことを証 明 して居 る」氏 の論 文 を 日本 に紹 介 し、大 工場 だ けで な く、 小 工 場 に も安 全 運動 が浸 透 して い くことを願 う もの で あ る㈹。 翻 訳 の 内容 は、 細部 は省 略 す るが、 その概 要 は安 全 運動 を促 進 す る イ ン セ ンテ ィブで あ る 「第一 は賠 償 法 に よつ て使 用 主及 び使 用 人双 方 に及 ぼす 経 済 的圧 迫 」 と 「第 二 は使 用人 を維 持 し労働 力 の保 全 を計 る」 こ とにっ い て ㈲、実 例 を挙 げて説 明 す る。 一21(206)一.

(22) 近畿大学法学. 第50巻第1号. そ して、最 後 に、「 如 何 な る新思 想 も必 ず三 時期 を通 過 す る と云 ふ 、第 一 時期 に は嘲笑 を受 け る、 第二 時期 に は研 究 され る、 第三 時期 に は各 人 に受 け入 れ られ るので あ る」㈹ と述 べ られ る箇 所 は、 安 全運 動 に身 を挺 して い た蒲 生 に と って 共感 す る と と もに勇 気 づ け られ たで あ ろ う。. 【記 事10】 「湿 度一. 熱 及事 故 」(第2巻. 第3号 、1918年3月). この記 事 は、冒頭 に蒲生 自身 が書 いて い るよ うに、「湿 度 と事 故 との関 係 とか、 天 候 又 は時 間 との関係 とか 云 ふ様 な事 は我 国 に於 て未 だ充 分 な研 究 が行届 い て居 な い」と して、「斯 様 な方面 を注意 し研 究 す る事 に よつ て多 大 な利 益 を得 る事 の有 るべ きを信 じて疑 はな い」とい う信 念 の下 に、「米 国 費 府 ウ イ リヤ ム、 ク ラ ンプ兄 弟 造 船会 社 の工 場 医、 医学 博 士 イ ー、 エ ッチ、 イ ング ラム氏 の小 論 文」 の大要 を翻 訳 ・紹 介 す る もので あ る。 す な わ ち、 蒲生 の意 図 は、 「 最 も適 当 な状 態 の温 度 と湿 度 に よ っ て事 故 の発 生 を 防 止 し従 っ て工 場 能 率 を益 々増 加発 展 させ る事 が 出来 れ ば」 とい う点 に あ る㈱。 翻 訳 の 内容 は、次 の通 りで あ る。 「事 故 と温 度 の昇 降 は互 に相並 行 して居 る」とす る観 察 結 果 を受 けて、そ の原 因 を次 の3つ に分 類 す る。第1は. 「生 理 的原 因 」で、「 職 工 の年 齢 及 び. 健康 状 態 、熱 に対 す る個 人 的特 性 等 」であ り、第2は. 「物 理 的 生理 的原 因」. で、「健 康 を害 して負 傷 を生 じ易 か ら しめ る処 の物 理 的原 因 で あ る、熱 、湿 ママ. 度 コー ク スか ら出 る瓦 斯 、 灼熱 され た鉄 板 、 塵 埃 、 アル ー コー ル飲 料 、 不 適 当 な る食 物 、不 充 分 な る水 、 貧 困 な る家 庭 状 態及 び就 眠 設備 、 疲 労 回 復 の時 間 な き激 しき労 作(激 しき仕 事 日の多過 ぎ る為 め)、労 働 日の永 き事 及 び残 業 の頻 繁 な こ と等 で あつ て、 其 上 に最 も大 切 な の は衛 生 法 を知 らざ る こ と」 で あ り、第3は. 「物 理 的原 因 」で、「単 純 な る機 械 的理 由 に よ りて怪. 我 を生 じ易 き原 因 を指 」し、「例 へ は発 汗 の為 め に保 眼鏡 が曇 りを生 じ職 工 が 之 を使 用 す る こ と を嫌 が る為 め に眼 の負 傷 を多 くす る様 な場 合 」 で あ 一22(205)一.

(23) 機関誌 『 安全第一』に見る蒲生俊文の安全思想 る梱。 と くに、そ れ らの 原 因 の うち、「生 理 的 物理 的原 因 中 の重 な る もの と して 挙 ぐる は熱及 び湿 度 で あ る と思 ふ、 湿 度 は主 要 原 因 た る熱 に は是非 伴 なふ べ き もので あ る」 と して、熱 と湿 度 の関係 に焦 点 を 当 て、「我 々 は非 常 に湿 気 あ る蒸 し暑 い 日の午後 に多 くの事 故 が起 る こ とを発 見 した」 と述 べ る69。 そ こで 、事 故 防止 対 策 で あ るが、「朝 少 し早 く来 て午 後 非 常 に暑 い間二 三 時 間丈 け寝込 ん で居 る と云 ふ様 なの もよ い、 或 る定 まっ た休 息 時 間 を各 工 場 に於 て殊 に此 の季 節 に於 て採 用 す るの は必 要 で あ る」と例 を挙 げて、「労 働 時 間 の変 更」 の必 要 性 を説 い た り、 ま た 「 請 負 や残業 を廃 止 し及 び闘違 の な い賃 銀 を支 払 ふ こ とが無 暗 と労 働 す るのを防 ぎ、 健康 と安 全 を失 ふ て まで給 金 袋 の大 な らん こ とを あ せ るの を救 済 す る こ とが 出来 る、 送風 機 を 設 備 して凡 て の室 々 に空気 を送 り、食 堂 を設 けて原 価 よ り少 し高 い位 で適 当 な食物 を備 え置 き、 休 息 室 に は灌 水 浴 を備 へ付 け る とか 云 ふ様 な此 等 の 方 法 は大 に効 力 が あ る」と述 べ た後 で、「然 し最 も大 切 な の は衛 生 教 育 の努 力 で あ る」 と主 張 す る⑯O。 この 「衛生 教 育 」 の具 体 的 な内容 につ いて は十 分 に紹 介 して い るわ けで はな いが、 「工場 医 局 は衛生 保 健 法 の注 意 を弘 く工 場 内 に頒 布 し麦 酒 の清 涼 飲 料 に あ らざ る こ とを説 き及 び 「アル コール」 を暑 気 との影 響等 を教 へ な けれ ば な らな い」と説 き、「而 して 出来 る丈 け色 々 の方法 を講 じて 或 はエ ママ. 場 新 聞 に よ り或 は掲 示 に よ り或 は講話 或 は親 しく汚 す こと によつ て暑 中 の 暑 さま け とか事 故 の発 生 す るの を防 止 す る こ とが 出来 る其 上 に国 立 保健 部 とか其 他 の公 共 的 衛生 設 備 を利 用 す るな らば此 等 は喜 んで 公共 の幸 福増 進 の為 め に協 力 して くれ る事 で あ ら うと思 う」 と結 ぶ 伍1}。 内容 は、 もち ろん蒲 生 自身 の見解 で はな いが、 安全 運 動 を進 め る上 に お い て衛 生 問題 に着 眼 した点 が新 しい。 つ ま り、 蒲生 の安全 運 動 の視野 が広 が りを見 せ始 め た ことを示 して い る。 一23(204)一.

(24) 近畿大学法学. 第50巻第1号. 【記事11】 「工 場 火 災 と安全 第 一」(第2巻. 第4号. 、1918年4月). この記事 は、冒頭 に 書 いて あ るよ うに、「内 田会 頭 が連続 して 火災 と安 全 第 一 に就 いて述 べ られ た後 を受 けて、 蛇 足 の観 な きに非 る も、 暫 く会 員其 他 の読 者 諸君 と共 に工 場 の火 災 と安 全 第 一 を研 究 して見度 い と思 ふ」㈱ と の意 図 か ら、 主 に安 全 運 動 の指導 的立 場 に い る人 々 に向 けて書 かれ た蒲生 自身 の一 文 で あ る。 内 田 はす で に前号 で 「火 災 と安全 第 一 」(第2巻. 第3号. 、1918年3月)と. い う記事 を書 いて い るが、 その 内容 は、火 災 一 般 にっ いて歴 史 的 経緯 を振 り返 った後 、 火災 に対 す る具 体 的解 決策 と して法 的整 備 や消 防 器 具設 置 の 必 要 性 を説 くと と もに、人 々 の 火 災 予 防 に対 す る意 識 変 革 を訴 え る もの で、行 政 当局 ・消防 関 係者 か ら一般 市 民 まで幅広 く呼 び掛 け た防火 全 般 に つ いて の主 張 で あ った。 これ に対 し、 蒲 生 の この記 事 で は、 工 場 に お け る火 災 に焦点 を絞 り、 そ の予 防 対 策 と して必 要 な事 柄 を網 羅 的 に解 説 した もので 、 工場 の防 火責 任 者 を主 た る対 象 に、 よ り専 門 的 な見 地 か ら解 説 を して い る。 内容 に移 る と、 蒲生 はまず、 「工場 火 災 救 済策 」 を 「出火前 予 防策 」 「出 火 中救済 策 」「出火後 救 済 策 」の3っ. に分 け、本 文 で は、 この うち 「出火 前. 予 防 策」 の み を取 り上 げて詳 述 す る。 彼 の分 類 で は、 そ の予 防 策 と して、 「各 人 の安 全 第 一 」 「建 物 の安 全 第一 」 「在庫 品取 締 の安 全 第 一 」 「消 防 設 備 の完 全 」「火 災保 険 」「火 災避 難 練 習 」の6っ. が指摘 され、それ ぞ れ順 を追 っ. て説 明 が な され る。 そ して、これ らの説 明 を通 して 最 も力 説 されて い るの が 「火 災 避 難 練習 」 の必 要 性 で あ る。例 え ば、「此 頃 の新 聞 に宮 内省 で 、消防 の練 習 を や っ て裡 を か け た女 官 が消 化器 を以 て大 活 動 を やっ た と出 て居 たが 、此 の練 習 と云 ふ事 が必 要 で あ る」 と説 き、「 工 場 に消 防 隊 を設 置 して も、練 習 を欠 くと き は危急 の場 合 に只 狼 狽 へ る外 手 の 出 し様 が無 い、故 に工 場 に於 て は平 常 適 一24(203)一.

(25) 機関誌 『 安全第一』 に見る蒲生俊文の安全思想 当な 時期 を見計 つ て時 々消防 隊 の練 習 をや り、 イ ザ と云 ふ 場 合 に充 分 間 に 合 う様 に馴 ら して置 く事 が必 要 で あ る」 と述 べ る㈱。 また、 避 難 訓練 に つ いて、 「日本 で も或学 校 で は始 め た様 に聞 いて居 る が、川 崎 の東京 電 気 会社 で は ズ ッ ト昔 か ら此 練 習 を行 つ て居 る、大 概 毎週 一 回突 然 予 告 な しに此 を実 行 して居 る」と述 べ 、「各 工場 各 学 校 各官 衙 等 此 の要 領 を呑 み込 ん で速 に火災 避 難練 習 の実行 に取 掛 る ことが火 災 に対 して 無 益 の惨 害 を予 防 す る大切 な手 段 で あ る こ とは信 じて 疑 はな い ので あ る」 と結 ぶ 鵬。. 【記 事12】 「水 戸大 火 雑 感 」(第2巻 この記 事 は、大 正7年3月25日. 第5号. 、1918年5月). に水 戸 市 中心 部 を焼 き尽 く した大 火災 に. っ いて 、蒲 生 は火災 の翌 日に現 地 に赴 いて現 場 を検 分 し、 その原 因 を調 査 して ま とめ た報告 書 で あ る。 蒲 生 は、 この火 災 の 「原 因 は汽 罐 車 の煙 の火 で あ る と云 ふ事 が真 に近 い 様 で あ る押. との前提 に立 って 、 この火 災 が大 火 災 に至 った原 因 を考 察 す. る。 まず、「余 は此 の 火災 の原 因 を直接 及 間接 の二 っ に区別 し」、「直接 原 因即 ち発 火 に直 接 の 原 因力 を与 へ た る事 項 」と して 「汽車 の飛 火 で あ る と認 定 」 した上 で、「間接 原 因又 は条件 、即 ち直接 原 因 と競 合 して発 火 及 び大火 た る の結 果 を生 ぜ しめ た る事 項 」 と して、「鉄道 院 側 に於 け る原 因」 と 「水 戸 市 側 に於 け る原 因 」 とに分 け、 そ れ ぞれ 分析 す る㈹。 そ して、 「鉄 道 院側 に於 け る原 因 」 で は、 「汽 罐車 其 物 の構造 が火 の粉 を 吹 き出 さな けれ ば な らな い状 態 に在 る こ とを構 造 上 の欠 点 と見 な け れ ばな らぬ」な どの理 由 か ら、「此 の蒸 汽 を止 め て電 気 にす れ ば此 の心 配 は全 然去 るの あっ て、 此 を鉄 道 院 側 に於 け る安 全 第 一実行 の端緒 で あ る と勧 誘 した い」 と述 べ る欄。 一25(202)一.

(26) 近畿大学法学. 第50巻第1号. 他 方 、 「水 戸 市 側 に於 ける原 因」 で は、 「家 屋 の構 造 」 「水 利 の不 便 」 「街 路 の狭 陰 」 「消 防組 の不 完 全 」 「保守 的精 神 」 を挙 げ、 そ れ ぞれ説 明 す る6 まず、「家屋 の構造 」で は、水 戸 市 で は 「瓦葺 きの家 屋 は極 めて少 」な く、 「多 くは草 屋 根 か 、木 片葺 きか、杉 皮葺 き」で あ った た め 「 一 寸 した汽 車 の 飛 火 が直 ち に大 事 を 引起 す基 を な した もの で あ る と思 う」と述 べ、「屋 上 制 限 令」の施 行 を勧 あ る。「水利 の不 便 」で は、水戸 市 内 の水道 の敷 設 の遅 れ や貯 水 地 ・貯 水 槽 あ るい は消 火 栓 の未 設 置 を指摘 し、 消 化 活動 へ の支 援 体 制 を整 え る ことを提言 し、 「 街 路 の狭 隆 」 で は、 「街 路 が狭 隆 で あ る こ とが 消 防 の活 動 に不 便 に して、 且 つ 延焼 に便 利 で あ る こ と」 が 「大 火 を補 助 し た一 原 因 で有 らう」 と述 べ る。 また、 「消防 組 の不完 全 」 で は、 「不 完 全 な る手 押 ポ ンプ によつ て、 所 謂纏 を振 つ て火掛 りを や る と云 ふ具 合 」 の 「 腕 力消 防 」で はな く、「蒸 気 ポ ンプ」 な どの 「機械 消 防 」 に よ って消 化 活 動 を す る必要 性 を説 き、 「公 共 消 防 の改 善 と云 ふ事 業 及 び訓 練 」 が大 切 だ と説 く㈱。 最 後 の 「保 守 的精 神 」 で は、 「 水 戸 市 全 体 に保 守 的精 神 が力 を得 て居 る」 との認 識 に立 ち、 「各 種 良 好 な る妙 案 が有 つ て も一 々 之 に応 ず る事 が 出来 な い」 と指 摘 、 「時代 錯 誤 に陥 らざ る事 が大 切 」 だ と述 べ て、 「 余 は水 戸 人 士 に向 っ て痛 切 に此 の時代 の趨勢 と、 将 に東洋 に頭 領 と して世 界 に雄 飛 せ ん とす る我邦 の現 況 に背馳 せ ざ らん こ とを祈 る、 是 れ やが て水 戸 市 を救済 す る方 策 で あ つ て、安 全 第 一 の根 本 的考 慮 で あ る と思 はれ る」 と結 ぶ 翻。 以 上 が水 戸 大 火災 にっ い ての蒲 生 の分 析 で あ るが 、 彼 が この大 火災 の レ ポ ー トを掲 載 した意 図 は、末 尾 に書 き添 え られ て い る通 り、「災 害 已 に至 る の後 は只悲 惨 な る経 験 を後 世 に残 す の外 致 し方 が な い、 我 党 の高 唱 す る安 全 第一 は凡 て災 害 を未然 に防止 す る処 の大 切 な る 目標 で あ る、大 乗 仏 教 に 「自未得 度 先度 他 」と云 ふ語 が あ る、安 全 第一 協 会 は此 の見地 に立 つ て社 会 一 般 の救 済 的努 力 を発 揮 しっ \あ るので あ る」との立 場 か ら 、「余 が直 ち に 一26(201)一.

(27) 機 関誌 『安全 第一』 に見 る蒲 生俊 文 の安 全思想. 水戸 市 に赴 いて其 現 状 を視察 した の も又 其 欠 点 を調 べ て後 日の参 考 と し、 猶 ほ他 人 の戒 と した いか らで あ る」㈹ とい う点 にあ る。. 【記事13】 「合 衆 国 金 属 精煉 会 社 『ク ローム 』工 場 に於 け る事 故 防止 事 業 」 (第2巻 第6号. 、1918年6月). この記 事 は、 冒頭 で蒲生 が. 「合 衆 国金 属 精煉 会社. 『ク ロー ム』 工 場 長. 「アー ル、 ダ ブル ユ ー、デ イ コ ン」氏 の記 述 す る処 」 を安 全第 一 協会 の 「会 員諸 君 に提供 す る研究 資料 で あ る」㈲ と前 置 き して い る よ うに、 英語 の得 意 な彼 が、安 全 運 動 の先進 国 で あ る アメ リカ合 衆 国 の一 企 業 の先進 的取 り 組 み を紹 介 し、 日本 の安 全 事 業 に役 立 て よ うとす る意 図 の下 に執 筆 した も ので あ る。 翻 訳 の内容 は極 め て実践 的 な もので あ る。全 体 の構成 は、 序 文 に続 き、 「係 主任 へ の注 意 」 「 事 故 防止 」 「危 険標 」 「 教 材 」 「保 護 装 置 」 「 安 寧視 察 」 「各 課 会議 」「投 書 箱 」「工 場 幸 福増 進 報告 」「褒 賞 及 び審判 」「組 織」 か ら成 り立 って い る。 そ れ ぞ れ簡単 に紹 介 す る と、 まず序 文 お よ び 「係 主任 へ の注 意 」 で は、 事故 発 生 時 に負 傷 者 を 「 工 場 病 院 」 に運 ぶ際 、係 主 任 は 「札 」 を負傷 者 に 手渡 し、「此 札 が あれ ば工 場病 院 は此 人 に応 急手 当 を な し、又 其 後 に継 続 し た治療 を しな けれ ば な らぬ」 と され、現 場 責 任者 ・労 働者 ・病 院 が一 体 と な って 工 場 で の 負 傷 に対 応 で き る体 制 が と られ て い る こ とが 説 明 さ れ る㈹。 「事 故 防 止 」以 下 の節 で は、具体 的 な事 故 数 軽減 策 が解 説 され る。順 に見 て い くと、「危 険標 」で は、実 際 に危 険 な場 所 で使 わ れ て い る危 険 標 識 の デ ザ イ ンや使 用場 所 な ど につ いて 具体 的 に説 明 され 、「教 材 」で は、英 語 お よ び 〔 移 民 労働 者 に対 処 す るた あ に一. 堀 口注 〕 英語 以 外 の各 国語 で印刷 さ. れ た 「小 冊 子 」 に 「安 全訓 を挿 入 して此 を職 工 に配 布 し、 此 を 家庭 に持参 一27(200)一.

(28) 近畿大学法学. 第50巻第1号. せ しあ、 妻 君 に見 せ させ」、 労働 者 本 人 だ けで な く、 「安 全 第 一 運 動 に は欠 くべ か らざ る後援 者 」た る 「婦 人 」の協 力 を得 るた あ で あ ると説 明 され る。 ま た、工場 内 で の 「安 全 掲示 板 」の設 置 、「給 料 袋 入 の上 に安 全 警 句 を印刷 す る」 こ と、「『安 全第 一 』 と題 す る活動 写 真 フイ ル ム」 の上 映 、「安全 第 一・ 舞 踏 」 な どを通 して、 労 働 者 の安 全 意識 を高 め る社 内教 育 を実 践 して い く 必 要 が 述 べ られ る。 「保 護 装 置 」で は、 「 会 社 が供給 す る処 の保 安 眼鏡 、「コ ング レス」靴 、革 手 袋 」 な どの保護 器 具 の使 用 を奨 励 して も、 当初 は労 働 者 の理 解 が得 られ なか った が、「忍 耐 して励 ま して居 る内 に、種 々 の重大 事 故 が此 等 の装 置 に よつ て防止 され た事 を知 つ て か らは、職 工 連 も其 価値 を認 め、 此等 に対 す る需 要 が増 加 した」 ことが報 告 され た と紹 介 す る。 「安 寧 視 察 」 で は、 「安 寧 検査 員 は補助 員 と共 に 日々工 場 内 を巡視 して不 安 全 な る場 所 及 び遣 り方 を看守 し、又 掲 示 の貼布 及 び取 り換 へ を実 行 」し、 「 若 し不安 全 な場 所 及 び方 法 を発 見 した時 に は直 ち に係 主 任 に警 告 し、 後 其 報 告 を作 っ て之 を其 課 の長 に送 付 して注 意 を喚起 す る」 役 割 が あ り、 工 場 長 お よ び工 場 副長 、 係 主 任 と も協 同 して組 織 的 に安 全 対 策 に携 わ る こ と が説 明 され る。 さ らに、「各 課会 議 」で は、工場 全 体 の会議 は うま く機能 せ ず、現 場 に近 い レベル で の会議 こそ が安 全 対 策 に有 効 で あ った と経 験 を踏 まえ、 具 体 的 に は、 各 課 の レベ ル で 「毎 月一 回会 議 を開 き、 各 そ の係 主任 及 び安 寧 検 査 員 が 出席 す る」こ とで、「此 の各 課会 議 が大 変事 故 防 止 事業 の発 展 を促 が し 直接 職 工 を監 督 して居 る人 々 の間 に大 に興 味 を 喚起 す る ことを得 た」 と し て、 安全 組 織 の運 営上 の在 り方 に つ いて説 明 され る。 そ して、 「 投 書 箱 」 で は、 「投 書 箱 は各掲 示 板 の処 に懸 げ られ、誰 で も安 ママ. 全 第二.  . 〔 安 全 第一 の誤 植 と思 わ れ る. 堀 口注 〕 に関 した忠 告 を投 ず る事. を奨励 し」、「非常 に沢 山 の価 値 あ る意 見 が 呈 出 され た」 とい う。 一28(199)一.

(29) 機関誌 『安全第一』 に見 る蒲生俊文の安全思想 「工 場 幸福 増 進 報 告 」 で は、 工場 幸 福 増進 報 告 を毎 月発 行 し、 「 課会議、 委 員 会議 等 の決 議録 、 投 書 意 見一 般 、事 故 統 計及 び編 輯主 任 が必要 な りと 認 め た る特 別 事 項等 」を収 あ、「 凡 て の課長 、係 主 任 に送 付 し、同志 会社 の 処 へ も其写 を送 付 す る」 と され る。 また、「褒 賞 及 び審 判 」で は、事 故 防止 対策 に 「 功 績 あ る者 に は褒 賞 を以 て報 ひ」、ま た 「良 意 見 を呈 出 した人 又 は安 全 装 置 を紹 介 した人 又 は安全 に 関 して良好 な仕 事 を した人 」 に は 「賞 金」 を与 え ると され る。 最 後 に、 「組織 」 で は、 「一 般幸 福 増 進委 員 は次 の組 織 に よ る」 と して 、 工場 長 を議長 とす る組 織 を通 じて、 工 場 全体 の事 故 防止 と安全 対 策 に資 す るた めの組織 の在 り方 が紹 介 され る㈲。. 【記 事14】 「 事 故 の減 少 は能 率 の増進 な り」(第2巻. 第7号. 、1918年7月). この記 事 は、「合衆 国合 金 製鋼 会 社 安 全検 査 員 エ ッチ、 ピー、ヘ ー ン氏 の 記 事 」 を翻 訳 ・紹 介 した もので あ り、蒲 生 の意 図 は、 彼 が 冒頭 に書 いて い セ ロ フ テ イ ヘフ ア   ス ト. エ フイ シエ ンシの. る通 り、 「吾 人 が絶 叫 して居 る安 全 第 一 な る語 と共 に能 率増 進 と云 ふ語 は本 邦 に於 て も大 流 行 を成 したの で あ る、然 し能率 増 進 を来 さん とす れ ば 先 づ我 が安 全 第 一 で 無 けれ ば な らぬ」 とす る と ころ にあ る㈹。 翻 訳 の 内容 の要 点 は、工 場 に お け る事 故 防止 対 策 の中心 的 存在 で あ る職 工 長 の役 割 にっ いて実 際 的 な助 言 に あ る。 例 え ば、 事 故 が起 きた際 、 そ の事故 件 数 で はな く、 そ の職 場 の労 働 者 の 人数 との 関係 で事 故 の 発生 率 が算 出 す る こ とが、 「大 変 に職 工 長 を熱 心 に し職 工 長 を して安 全 運動 に活 動 せ しめ好結 果 を来 す に至 つ た」 と述 べ られ る㈲。 ま た、事 故 の 原因 を調 査 ・分 析 し、「凡 て の時 間損 失 又 は其 以下 の負 傷 の 原 因 の記 録 を 作 つ て どれ が増 加 す るか と云 ふ 事」 を 明 らか に す る こ と に よ って、 「 事 故 を最 少 限度 に減 少 させ る望 を以 て仕 事 を す る端 緒 を 見 出 し 一29(198)一.

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