市域を貫く国道 1 号枚方バイパスが全線 開通したのは昭和 41年。高度経済成長期の 真っただ中でした。 昭和 30年代に入ると、自動車の普及とと もに淀川沿いの旧国道 1 号︵現在の府道京 都守口線︶は交通量が飛躍的に伸び、慢性 的な渋滞に悩まされるようになりました 。 渋滞緩和に向け計画された枚方バイパスは 京都・伏見∼中振間約 20㎞ を結ぶ片側 2 車 線の新たな幹線道路で 、昭和 33年に着工 。 鷹塚山を切り通し、天野川に橋を架けるな ど工事は 8 年にわたる大事業でした。 バイパスの設置に伴い、沿道には既製服 団地 ︵現在の大阪紳士服団地︶ 、中小企業 団地 ︵同枚方企業団地︶ 、枚方鉄工塗装団 地などが造成され、多くの企業が集まりま した。枚方企業団地は府内中小企業の郊外 移転と経営効率化を目的に計画されたもの で、府や市が企業団地を造成するのは全国 初の試みでした 。﹁当時は右肩上がりの経 済成長の中 、次々と仕事が舞い込んでね 。 みんな夜遅くまで必死に働いていました﹂ 。 枚方企業団地協同組合理事長の豊川總雄さ ん︵ 70歳︶は振り返ります。豊川さんが働 く会社もバイパス開通とほぼ同時に大阪市 内から枚方へ 。﹁製品の輸送が便利になり ました。さまざまな業種が集まる企業団地 は当時珍しく、海外からの視察もあったん ですよ﹂と懐かしそうに話します。 多くの車が行き交う枚方バイパスは、京 都と大阪を結ぶ交通の大動脈として今も市 内産業の発展を支え続けています。 ︵平成 23年 11月号︶
18面 枚方バイパス(国道1号)(昭和37年) (ファイル名:54925.pdf サイズ:564.51KB)
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