Title
沖縄における階級構成の変化−1970年∼1985年を対象に
して−
Author(s)
宮井, 久男
Citation
沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 11(1-2): 59-81
Issue Date
1987-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6758
沖縄における階級構成の変化
-1970年~1985年を対象にして- 宮井久男 I’よじめに Ⅱ階級構成変化の基本的特徴 (1)資本家階級 (2)自営業者層 (3)労働者階級 (4)軍人・警官・保安サービス員 Ⅲおわbに Iはじめに沖縄における階級構成分析は、と艀でほとんど行なわれてきていない。
わずかに鎌田隆・石原昌家両氏の分析があるだけである。鎌田・石原氏の分 析は、復帰前の1960年代までであり、その後の分析はなされていない。 そこで本稿では、1970年以降の沖縄における階級構成の変化を、大橋隆 憲氏によって定式化された方法による階級構成表からその基本的特徴を考察 していく。本稿では、各階級の内部構成変化について詳しい分析が十分には なされていない。これは今後に引き継がれる課題となるが、本稿は、そのた めの序論的作業として位置づけられるものである。 -59-Ⅱ階級構成変化の基本的特徴 表1は、沖縄における1970年から1985年までの階級構成の推移を総括 的に示したものである。また、表2は、労働力人口に対する構成比率を全国 平均と比較したものであり、表3は、各年度の増加率を全国平均と比較した ものである。 まず、総数としての労働力人口の推移からみておこう。 1970年以降の労働力人口は、全国平均を大きく上回る増加率で推移して きていろ。1970年の372,423人から1975年には412,755人と40,332 人の増加、増加率は108%と全国平均の2.9%と比較してもきわめて高い。 その後も、1980年には50,117人増加、増加率は121%、そして’985年 には51,528人の増加、増加率は111%となっていろ。増加要因として考え られているのは、復帰後の県外からの転入人口の増加や戦後ベピーブーム世 代の15歳以上年令層への参入などである。県外からの転入については、復 帰に伴うビジネスマン、公務員、建設技術者やさらにのちにもみるように自 衛隊員などがある。また、1960年代に県外へ転出していった者のいわゆる
「Uターン」人口もここに含めらオl弩。いずれにしろ、この,5年間に、
141,977人という労働力人口の増加があったのである。 このような労働ノj人口の増加をいかに就業講造の中に吸収していったのか、 復帰という構造変化とともに産業構造が変化していく中で階級構成がいかに 変化していったのか、以~ドに考察していくことにする。その場合、その増加 をすべて吸収しきれない部分、つまり、就業人口との差である完全失業者が 復帰後大幅に増加し、それを減少させられないまま、今日に至っていること に注目しておく必要がある。1970年から1975年には、労働力人口が40,332 人増加したとすでに述べたが、そのうちの47%である18,947人が完全失 業者となったのである。この完全失業者の増加については、いくつかの見解 が示されているが、その後も労働力人口に対する構成比は8%レベルで推移 し、1985年には、42,900人となっているのである。 -60-表1沖縄の階級構成表 (単位:人、%) 列番号 I
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。n万毛可田田 叩麗林熊 鋤司昔酒=02+0m 121W'飛孤:E週窄 (出所)各年『国勢調査』の「職業、従業上の地位別、就業者数」 えたもの。1975年と1980年は『20%抽出集計結果』、 は、『1%抽出集計結果』の数値を基礎にしていろ。 を組みか 1985年 (1)資本家階級 資本家階級は、1970年から1975年に383%という大幅な増加率を示し、 その後も1980年までには148%、1985年には21.0%の増加率を示して いろ。このような増加基調は、ドルショック、オイルショックを経た1974 年以降の不況とそれに対する独占資本の「減量経営」の進行の中で資本家階 -61- 階級区分 列番号 1970 実数 構成比 1975 実数 構成比 1980 実数 構成比 1985 実数 構成比 労働年令人口(15才以上人口) 労働力人口(完全失業者を含む) 就業人口(休業中を含tP) 123 615,789 372423 357,440 301 506 609 11 713,360 412,755 378,825 17 100.0 91.8 780,104 462,872 427,551 16 100.0 9 849500 514,400 4711500 165.1 100.0 9L7 A資本家階級=(1)+(2)+(3) 4 9220 2.5 12,750 31 14,632 32 17,700 34 (1)個人企業主 (2)会社役員と管理職員 (3)管理的公務員 567 1,195 6,795 1,230 0.3 L8 0.3 505 167 9β9 181 020515 1,629 11,053 1,950 0.4 0.4 1,500 14`600 1,600 0.3 0.3 B(4)軍人・警官・保安サービス員 8 6,205 17 11,335 2.7 11,564 2.5 12,800 25 CiL1営業者層=(5)+(6) 9 134,745 362 121,880 295 129,971 281 121,300 23.6 (5)|全1営業者と家族従業者 (a)農林漁業従事者 (b)鉱工連通従事者 (c)販売従事者 (。)サービス職業従事者 (6)専門的・技術的職業従事者 (7)上記のうち家族従業者 0123456 1111111 130β95 72,780 20,050 28,385 9,680 3,850 40,035 1546607 5957210 31 1 115,865 50,540 23,240 3L405 100680 6,015 32,980 126665O B■■●■●白 8257218 21 121,291 50,694 23,274 35,516 11,807 8,680 34,040 2007694 ●じじ●■g■ 6157217 21 110,300 47,800 20,800 28,700 13,000 11,000 31,500 4306511 ■g●●■■● 1945226 2 D労働者階級=(8)~00 17 222,698 598 2650780 644 305,909 66.1 362,200 704 所謂サラリーマン層=(8)+(9) (8)専門的・技術的職業従事者 (9)事務従事者 M三床的ツタ働者層=0Cl+0】) 00農林漁業従事者 0,鉱I:連通従事者 不生産的ツタ働者層=⑫+⑬ ⑫販売従事者 03サービス職業従事者 M冗令失業骨 8901234567 1122222222 63,745 23,315 40,430 98,745 3,355 95,390 45,225 16,955 28,270 14,983 1395961660 ●■●●●●●●0● 7606052474 1 12 21 80β80 28,595 52,285 101,490 20970 98,520 49480 23,045 26,435 33,930 6976790642 9624032568 1 12 21 ’98,007 38,783 59224 117,903 3,080 114,823 54,678 28,297 26,381 35,321 2485788176 ●Dp■■b●CO● 1825041657 2 12 21 124,700 50β00 73,900 123,100 2400 120,700 71,500 39200 32,300 42,900 2 4 2 955963 303376 1221表2階級別労働力人口構成表 (単位:%)
級が減少してきている全国平均に比較し、様相を異にしている。構成比率を
全国平均と比較すると、1970年には、全国平均が5.0%に対し、沖縄は25 %と半分にすぎなかったが、沖縄の増加基調と全国平均の1975年以降の減少傾向により、徐々に接近し、1985年には、全国平均の3.8%に対し沖縄
は3.4%とほぼ同様の構成比となってきた。内部構成的にみろと、1970年から1975年という本土復帰を挟む時期は、
-62- 1970年 沖縄 全国 1975年 沖縄 全国 1980年 沖縄 全国 1985年 沖縄 全国 労働力人口(完全失業者を含iLP) 1000 100.0 1000 1000 100.0 100.0 100.0 100.0 A資本家階級=(1)+(2)+(3) (1)個人企業主 (2)会社役員と管理職員 (3)管理的公務員 5383 ●●●● 2010 172 ●●■ 040 1515 ■●■● 3020 0.1 0.2 2 3 7233 ●●●● 4040 34 383 ●●● 020 38 0.1 B(4)軍人・警官・保安サービス員 1.7 1.2 2.7 1.4 1.4 2.5 1.3 C自営業者層=(5)+(6) (5)自営業者と家族従業者 (a)農林漁業従事者 (b)鉱工連通従事者 (c)販売従事者 (d)サービス職業従事者 (6)専門的・技術的職業従事者 (7)上記の ア ブ ら家族従業者 21546607 65957210 331 1 8 4 3 2135360 3875210 31 1 512666 982572 221 5 1 0 8 48782614 97265222 221 1 12007694 0●●●■●◆● 86157217 221 22 7596621139877740 1 6430651J 31945226 22 22 31855218 49376359 D労働者階級=(8)~00 { 所謂サラリーマン層=(8)+(9) (8)専門的・技術的職業従事者 (9)事務従事者 生産的労働者層=00+(、) ⑩農林漁業従事者 0,鉱工運通従事者 不生産的労働者層=⑫+(13 ⑫販売従事者 ⑬サービス職業従事者 00完全失業者 81395961660 97606052474 51 12 21 03303851013 b●●●●の巴●●●● 98539080641 51 12 21 469.76790 ●●●巾●●●● 49624032 61 12 21 33212755143 ●c●●●●●●巳●● 31658071742 62 12 21 12485788176 ●●●●●●ら●●●● 61825041657 62 12 21 63485784135 63758072842 62 12 21 4294955968 0494303376 72 12 21. 53761748075 15869083943 72 12 21表3階級別増加率表 (単位:%) 1970-751975-801980-85 沖縄全国沖縄全国沖縄全国 10.82.912.15.011.15.6 0919 ■■■■ 1727 2 31 7259 ■ ■■ 4736 1212 8983 ■■■■ 4441 112 7372 ■■■■ 5984 1412 21.61 43.81 21.81 )9.11 3346 ■■■■ 8000 3636
827M2014川0729
個人企業主、会社役員と管理職員、管理的公務員の全般にわたり高い比率で 増加した。これは、海洋博等の刺激からくる企業活動の活発化、,本土企業の 進出、国家機関の公務員の流入などによるものである。これに対して、1975 年以降は、様相が一変し、資本家階級の増加は、会社役員と管理職員の増加 -63- 1970-75 沖縄 全国 1975-80 沖縄 全国 1980-85 沖縄 全国 労働力人口(完全失業者を含む) 10.8 2.9 12.1 5.0 11.1 5.6 A資本家階級=(1)+(2)+(3) (1)個人企 業主 (2)会社役員と管理職員 (3)管理的公務貝 3346 ●●●G 8000 3636 6881 ●●●● 1319 242 8983 ●●●0 4441 112 ▲▲ 7372 且984 1412 ▲▲ 0919 ●●●● 1727 2 31 ▲ ▲ ▲14.7 ▲27.2 ▲13.5 ▲26.9 B(4)軍人・警官・保安サービス員 82.7 14.2 2.0 4.3 10.7 2.9 C自営業者層=(5)+(6) (5)自営業者と家族従業者{
(a)農林漁業従事者 (b)鉱工運通従事者 (c)販売従事者 (。)サービス職業従事者 (6)専門的・技術的職業従事者 (7)上記のうち家族従業者 55696326 ●●●●●●●● 91050067 1311151 ▲▲▲ ・▲ 04926173 ●●●●●■●● 35752060 112 232 ▲▲▲▲▲ ▲ 67311632 ●●●●●■●● 6400週、“3 64001325 ●●.●●●●●● 20946616 1 3 3 ▲ ▲ ▲▲ 71762175 ●●●●●●●● 69509067 1112 ▲▲▲「▲▲ ▲ 48036981 ●●●●●CD● 90101805 1111 11 ▲▲・▲▲▲▲ ▲ D労働者階級=(8)~00 所謂サラリーマン層=(8)+(9) (8)専門的・技術的職業従事者 (9)事務従事者 生産的労働者層=(10+0, (10農林漁業従事者 (、)鉱工運通従事者 不生産的労働者層=⑫+(13 ⑫販売従事者 ⑬サービス職業従事者 00完全失業者 39638534955 ●●●C●●●●●●● 旧妬皿明・2139566 1 3 2 ▲ ▲・1 57166248033 ●●巳●■●●■●●● 09090607303 1121 1217 ▲▲▲ 12632755821 ●●●⑪●●●●●●● 51536360204 12311 112 ▲ 57339715213 ●●●●●●●●●●● 44505062834 121 11 1 ▲「 42084118545 。●●●●●●●●●● 田Ⅳ別別4250821 2 3322 ▲ 47787006675 ●句●●●●●●●◆● 34207287855 1121 1114 ▲のみとなる。1975年以降個人企業主は、復帰後の厳しい企業環境のもとで 減少を示し、管理的公務員も、とりわけ1980年代に入ってから、全国平均 にあらわれているような行政改革などの反映としてその数を減少させてきて いろ。 増加しているのは、会社役員と管理職員ということであるが、その内容 をいま少し詳しくみてみよう。 表4は、表1の資本家階級のうち会社役員と管理職員の内訳を示したもの である。これからわかるように、1975年以降も大きく増加しているのは、 会社役員だということである。その他の管理的職業従事者の内訳である他に 分類されない管理的職業従事者とは、工場長、保険会社の支店長、会社の部 長などである。つまり、会社での中・上層管理職である。これは、1970年 から1975年に大きく増加し、その後も増加しているが、それほど大きなも のではなく、1985年には、その他の管理的職業従事者自体が横這となって 表4会社役員と管理職員の内訳(単位:人) 1970197519801985 679588601105314600 2870375053608900 3925511056935700 (出所)各年「国勢調査』の「職業、従業上の地位別、就業者数」より 作成。なお、1985年は、職業の小分類資料を得られないため空 欄となっていろ。 いろ。つまり、資本家階級の増加は、会社の役員の増加によっていろといえ る。その場合、必ずしも中間管理職の増加を伴っていないのである。その意 味を考えるために、いかなる産業の会社役員が増加しているかをみてみたい。 -64- 1970 1975 1980 1985 総数 6,795 8,860 11,053 14,600 会社・団体の役員 会社役員 公社.公団等の役員 その他の法人・団体の役  ̄ 貝 2,870 2,280 25 560 3,750 3,370 25 355 5,360 4,508
}8
52 8,900 その他の管理的職業従事者 郵便局長、電報・電話局長 他に分類されない管理的職業従事者 3,925 75 3,850 5,110 105 5,005 5,693 94 5,599 5,700これをみるために、『国勢調査』の「産業、職業別、就業者数」の資料を 使用できれば良いのだが、1975年、1980年のみ公表されており、ここで は、その傾向を把握するために、管理的職業従事者全体の産業別の推移をみ てみたい。 表5をみろと、全体に占める割合とその増加率から、われわれは、建設業、 表5産業別管理的職業従事者の推移 (単位:人) (出所)各年『国勢調査』の「産業、職業別、就業者数」より作成。 卸・小売業、サービス業を特定できるであろう。つまり、この三つの産業の 会社役員の増加が資本家階級の増加を示していたのである。これらの産業は、 復帰を挟みながら会社数を増加してきているのである。表6は、この三つの -65- 1970 1975 1980 1985 総数 農林漁業 鉱業 建設業 製造業 卸売・小売業 金融・保険業 不動産業 運輸・通信業 電気・ガス・水道 熱供給業 サービス業 公務 9,225 12,750 160 30 1,430 1,705 2,695 700 220 1,110 170 2,965 1,570 14,632 136 32 2,277 1,854 2,988 843 213 1,084 183 3,393 1,394 17,700 100 3,100 1,700 4,600 900 500 900 300 4,200 1,400
産業の事業所数を従業者規模別にみたものである。ただ、事業所数という指 標であるので、個人企業や、自営業者が含められていろ。しかし、その増加 してきていることは確認できよう。それとともに、これらの従業者規模がき わめて小さいことも確認できよう。1986年を例にとると、建設業では、1 ~4人規模の事業所が278%、それに5~9人規模を加えろと602%を占 める。卸・小売業では、1~4人は、80.9%、5~9人を加えると93.0% となる。そして、サービス業では、l~4人が75.1%、5~9人を加えろ と、89.5%となる。1970年以降増加してきているのは、主にこのような零 細な事業所であることを考えろと、会社役員の増加の多くはこのような零細 な事業所の役員であろうと思われろ。であればこそ、中間管理職はさほどに 増加せず、役員のみが大幅に増加しているのであろうと考えられろ。 表6従業者規模別事業所数
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11
厩
(出所)沖縄県企画開発部統計課『昭和61年事業所統計調査結果報告 (民営)』28~30ページより抜粋。 弱小資本であっても雇用労働力に依存する中小企業の経営者層は、資本家● 階級の構成部分となるが、次に述べる自家労働を主体とする自営業者層と明 -66- 総数 1-4人 5-19人 5-9人 20- 49人20-29人 50-99人 100- 299人 以上300人 建設業 1970 1975 1981 1986 1,068 1,891 3,056 3,825 312 476 781 1,045 7099 6780 5073 112 319 611 992 1,256 136 256 381 405 4273. 7646 122 4274 3785 1111 5382 44’一 卸飲 完 ● 小 売 食 業店 1970 1975 1981 1986 28,189 33,121 38,264 38,519 24,938 28,673 32,356 31,168 2,864 3,935 5,223 6,504 1232 8426 1986 00りり 2234 305 431 578 682 190 284 358 443 62 60 86 129 20 21 20 34 ’112 サ1ビス業 1970 1975 1981 1986 9,513 10,157 13,438 15,826 8,049 8,029 10,280 11,881 1840 3517 2762 LL23 888 1,232 1,847 2,279 169 272 383 457 97 160 232 262 42 66 97 130 21 32 61 77 1-31 1確に区分できない企業が存在する。本稿においても階級構成表の作成は、大 橋隆憲氏の方式に依拠しているが、それでは、企業規模による特性を反映し ていないとしてその再検討を主張される見解がある。後藤靖氏は、「『事業 所統計』によって検討してみれば、9人以下の個人および会社企業において
は家族従事者の比重がかなり高(41」、つまり、「そfi1戸の生産関係が完全に
は近代的な内容をもちえていないことを意味していろ」ので、資本家階級に 含めるべきではないとされ、主に『事業所統計調査報告』に依拠しながら階 級構成表を作成されていろ。この場合、中間階級という概念を用い、自営業 者・家族従業者に自由業・家族従業者、そして、従業員9人以下の個人企業 者、法人企業の役員、さらに中間管理職を含めておられる。 このような後藤氏の視点は、とりわけ沖縄のように中小零細企業の多いと ころでは重要であろう。すでにみたように、1970年以降の資本家階級の増 加は、主にこのような部分での増加であり、管理的公務員やその他の管理的 職業従事者の中に含まれている郵便、電報・電話局長などとともに今後沖縄 での資本家階級をいかに規定していくか再検討が必要であろう。 沖縄の企業は、多くが中小企業であるが、復帰;後建設関連会社を中心に一 定のグループが形成され、大きな影響力を持っているのも事実である。その ようなグループとの関係やまた、本土の独占的企業との関係を含め、具体的 レベルでの資本の性格規定が必要となってこよう。それは、単に資本家階級 の規定に留まらず、沖縄の階級構成全体にかかわる問題でもある。 (2)自営業者層 戦後日本資本主義の一貫した歴史的趨勢は、労働者階級の増大、自営業者 層の減少ということであるが、とりわけ1960年代の「高度成長期」に加速 度的に進行した。沖縄においても、時期的には若干遅れることになるが同様 の方向で推移し、米軍の占領という歴史を踏まえながらより急激にこの過程 を進行させてきた。 戦後まもない1950年の自営業者層は、労働力人口に対する比率が70% 近くあった。とりわけ、農林漁業従事者だけで過半数を占めていた。しかし、 -67-その後の基地建設、ベトナム特需等による産業の発展は、就業機会を拡大し、 他産業との所得格差のもとで農林漁業従事者は急速に減少していくことにな った。1950年に70%近くあった構成比も1970年には36.2%となり、と りわけ、農林漁業従事者の構成比は19.5%となった。さらに、1975年には、 自営業者層は29.5%、農林漁業従事者は122%となり、1975年から1980 年にはこのような傾向に歯止めがかかったかのように横這で推移したが、 1985年にはまた減少し、自営業者層では23.6%、農林漁業従事者は、遂 に10%を切って93%のところまでになった。
自営業者層は、大きく二つのタイプに区分できろ。つまり、農林漁業従事
者と都市型自営業者である。以下この二つのタイプ別に検討していきたい。 沖縄における階級構成の変化は、この自営業者、とりわけ、農林漁業従事者 の労働者への転化を特徴としている。そこでまず、農林漁業従事者の変化を みていきたい。 ①農林漁業従事者 農林漁業従事者の中で変化の激しかったのは農業従事者である。以下農業 従事者の変化をみていきたい。表7は、戦後の農業従事者の減少過程を経営耕地面積規模別にみた農家数
の推移である。急激な減少が、いかなる規模の農民層で発生したのかをみる ことができる。 1955年には、総農家数91,667戸のうち5a以下の例外規定農家が構成 比で80%、5a~10a未満が135%、10a~30a未満が290%、30 a~50a未満が222%と、50a未満の農家が72.7%を占め、さらに100 a未満でみろと50a~100a未満の17.6%を加えて、903%となる。零 細農家がいかに多いかがわかる。これらの農家が、60年代から本土復帰を 挟む1975年頃までに、農家を取り巻く諸環境の変化とともに急速に減少し、 沖縄における階級構成の変化の特徴を形成していく。 農家戸数は、1955年から1964年の間に50a以下の農家で徐々に減少し、9年間に14,538戸の減となった。減少は50a未満の零細規模で発生し、
最も減少率の高い規模は、5~10a未満の46.8%の減であった。これは、
-68-表7経営耕地面積規模別農家数の推移 (出所)1955年、1964年は、琉球政府『沖縄農業の現状」1969年、95ページ。 1971年以降は、沖縄県農林水産部『農業関係統計資料」1987年、 96~100ページ。 零細性による産業間の所得格差とこの間の就業機会の拡大によって徐々に農 民層が労働者化していったことを示していろ。 農民層の減少が加速度的に進行していくのが1964年頃から1975年頃で ある。総数でみろと、1964年から1971年にかけて16,783戸、21.7% が減少し、1971年から1975年には12,329戸、20.4%の減少となった。 この10年間に3万戸に近い農家数が減少したのである。最も大きく減少し たのは、規模のきわめて小さな例外規定農家である。例外規定農家は、1955 年には7,314戸あったものが徐々に減少していき、1964年からの10年間 に加速度的に減少し、1971年には1964年の5,772戸から2,339戸と 3,433戸、595%減少させ、さらに1975年には812戸(1971年から 65.3%の減)となった。次に減少率の高い規模は、50a未満の規模の農家で ある。例外規定農家ほど激減はしていないが、この10年間に16,308戸、 41%減少した。それ以上の規模でもこの間減少はあるが、この間の減少は 主に50a未満の零細農家の減少からなっている。300a以上の規模の農家 -69- 1955 実数 構皮比 1964 実数 座儒H 1971 実数 揖成』」 1975 実数 揖成且 1980 実数 禰成且 1985 実数 HU成且 民家麹劃 (例外規定n日家含む1 5アール以下b、例タ鰯 定艮家 耕■且家 (例外規定Ⅱ&家除く】 5~10アール未洩 10~30〃 30~50■ 50~100〃 100~300夕 300アール以上 91.667 7.314 84.353 12,350 26,605 20,397 16,115 8,009 877 100.( a( 92C 13.5 2 222 17.6 8.8 0.9 77.129 5,772 71,357 6,569 19β05 13.705 17,706 12439 1,433 〃Ⅱ■0■ロ■■□■■【q】【Ⅸ】【u]0日△(■) 0Ⅲ285Ⅲ26L 0 9 2121 1 60,346 2339 5aOO7 28.697 14822 12.333 2,155 100.1 3.1 96.] 47.5 246 20.4 3.6 48,018 812 470206 23.471 12242 10,119 1,374 100.( 1.1 9a: 48.9 25.5 21.1 28 44.823 691 04.132 20.664 12739 9.102 1.627 100.( 1.【 98.6 46.1 28L4 20.3 3.6 44.314 463 43β51 20272 12268 9410 1,901 1000( 1.〔 994 45.7 27.7 21.2 43
数は、1964年から1971年にかけて増加を示し、他の規模の農家の激減に 対し対照的であった。ただ1971年から1975年の間に減少を示し、1.0年 間でみろと微減した程度であるといえよう。他の規模の減少が激しいため規 模の大きな農家数の構成比は徐々に高くなっていく傾向にある。そして300 a以上については1970年代後半から、100aから300a規模では1980年代に 入ってから実数的にも増加する傾向が出てきている。 次に以上の農家数の減少を専・兼業別にみてみよう。 1964年から1971年には、総農家数は16,783戸の激減となっていろ。 その専・兼業内訳は、専業で10,405戸、兼業で6,378戸、さらに兼業の内 訳は、第1種兼業で7,328戸の減と第2種の950戸の増加となっていろ。 つまり、この時期の特徴は、専業農家が激減していくことである。それは、 直接離農することもあろうが、多くは、兼業化を経た上での離農となるで あろう、その意味でこの時期は、専業と第1種農家の減にみられるように、 専業、第1種農家の減少と第2種農家の増加という特徴を持っている。専業 農家の兼業化、とりわけ第2種化が急速に進行したことがわかる。それは、 沖縄県各地で生じているが、とりわけ、本島南部地域で進行し、宮古地域の 減少も激しい。 1971年から1975年の農家数の減少は、12,328戸と激減傾向は継続し ていろ。これ老専・兼業別にみろと、前の時期と若干特徴を変えている。こ の時期の専業農家の減少は、継続しているものの、それよりも激しく兼業農 家の減少がみられろ。それも第2種農家の減少が顕著である。つまり、専業 で4,363戸の減、兼業で7,965戸の減、その内訳は、第1種で1,172戸、 第2種で6,793戸の減となっていろ。この時期の特徴は、専業農家の減少を 続けながら、前の時期に兼業化した農家が大量に離農していったことである。 この時期の専業農家の減少は、北部地域でとりわけ減少が続いた。 さて、1975年以降の傾向は、これまでの時期と異なっていろ。1975年 から1980年は、総農家数の減少傾向に変化はないが、その減少率は大幅に縮 小した。専業については、これまでの減少から各地域ともに増加に転じた。 したがって、全体としての減少は兼業農家の減少による。兼業農家は、各地 -70-
表8専業・兼業別農家数 第1種 第2種 (出所)沖縄県農林水産部『農業関係統計資料』1987年、91~95ページ。 表9年齢別農業就業人口構成比の推移 (単位:%) 16~29 30~49 50~59 (出所)『農業関係統計資料』1987年、25ページ資料より作成。 閥1)は50~59歳を含む。2)は65歳以上を含む。 域とも減少し、第1種、第2種の内訳でみろと、第1種はほぼ横這であり、 第2種の減少となっていろ。この時期には、専業農家の減少に歯止めがかか り、増加に転じ、第2種兼業農家については、前の時期の傾向がなお続いて いることがわかる。 1980年から1985年には、戦後一貫して減少してきた総農家数でようや く歯止めがかかった。ただ、その内訳をみろと本島各地域はそれでも微減を -71- 総農家数 専業 兼業 計 第1種 第2種 1964 1971 1975 1980 1985 77,129 60,346 48,018 44β23 44,314 00000 ■■●●● 00000 00000 11111 23β83 13478 9,115 10,091 11,176 03052 劃迦四皿筋 昂妬詔別泌 2β97J 46033 68328 07058 ●●■●● 97174 67877 19,581 12253 11,081 10647 9β11 43181 筋別$班皿 6 6 5 5257 1282 6803 ,?9, 鉛弘〃皿別 6 0 4976 側印町田肥 年次 計 16~29 30 ̄、-49 50戸~59 60戸~64 65歳以上 41505 67788 99999 11111 00000 ●●●●● 00000 00000 11111 13792 ●●●●● 51651 22111 29397 ●●●●● 71941 35222 J 1 0.609 ●●●●● 7.244 1 222 39133 ●●●●● 76124 2111 J 2 13.4 ●●● 20.4 22.9 27.8
続け、宮古、八重山地域で増加を示していろ。本島各地の減少は、兼業農家 の減少が大きく、専業農家については、前の期間と同様に増加を続けていろ。 農家の両極化傾向が進行していろ。 農民層の労働者階級への転化は、転化のしやすい若年層に顕著に現われろ。 生活の都市化、高度化、教育水準の高度化等により、若年労働力の多くは、 非農業へ移行していき農業の就業人口高齢化が進行した。 全国的に農業の高齢化が進行しているが、沖縄においても高齢化現象がみ られろ。年齢別の農業就業人口でみろと、50歳未満の構成比の低下、それ 以上の増加となっていろ。まず、16歳から29歳をみろと、1964年から 1975年の11年間に、251%から167%に、30歳から49歳では、372 %から298%に低下していろ。つまり、50歳未満では、1964年の62.3 %が1975年には過半数を割り、46.0%となっているのである。この傾向 はその後も続き、50歳未満の構成比は、1980年には、40.8%、1985 年には、32.9%、とりわけ、60歳以上の構成比が高くなってきており、 1985年には、42.1%を占めていろ。65歳以上の場合、絶対数でも増加傾 向を示すなど、高齢化が顕著にみられろ。 ②都市型自営業者 都市型自営業者のうち、鉱工連通従事者からみてみよう。この区分には、 数多くの職業が分類されるが、沖縄において多くを占めているのは、運輸・ 通信従事者、1970年の数値を示していくと、2,155人、うち自動車運転者 が2,035人。ほとんどが自動車運転者である。残りは、技能工、生産工程作 業者および単純労働者に分類されろ。製造業を営む自営業者である。その中 でも数の上ではいくつかに特定されてくる。1,000人を超える職業でみろと、 製糸・紡績作業者、1,035人、その中で特に多いのが織布工、それに織物製 品製造作業者、3,915人、中でも婦人・子供仕立職。そして、飲食料品製造 作業者、1,895人、これは、パン、豆腐、コンニャク等の製造業者である。 最も多いのが、建設作業者、4,850人で、うち2,650人が大工である。これ
らの職業で、ほぼ70%を占め、残りをその他の多数の職業で構成している。
つまり、沖縄の1970年での製造業の自営業者は、織物作業、建設作業で多
-72-<を占めていたといえるのである。1975年には、鉱工連通従事者は、3,190 人増加しているが、そのうち1,540人は運輸・通信従事者、つまり、自動車 運転者の増加であった。その他の増加は、建設作業者が2,020人となってい ろ。これに対して、大きく減少したものが織物製品製造作業者、つまり、婦 人・子供服仕立職を中心に、1,225人となっている。鉱工運通従事者は、 1975年から1980年にかけては大きな変化はなく、その後の1985年には 2,474人の減少となった。これは、復帰後増加した自動車運転者の減少と、 織物製品製造作業者、飲食料品製造作業者の減少によっていろ。ただここで も、建設作業者は増加していろ。 このように、鉱工連通従事者の自営業者は、復帰に伴って観光や建設業と の関連で自動車運転者、建設作業者を増加させ、大量の本土商品の流入によ って、織物製品製造作業者が激減し、飲食料品製造作業者の減少を促進して きているとみることができる。 販売従事者は、復帰による減少はみられず、1980年まで、小売店主、飲 食店主とそれぞれの家族販売店員で増加してきた。ところが、1985年には、 6,816人という大幅な減少を示していろ。大型店の進出による影響か、この 数値自体が1%抽出集計であり、詳しい数値を得ていない。今後さらに詳細 な分析が必要である。 サービス職業従事者は、1970年以降5年ごとにほぼ10%づつ増加して きていろ。サービス業の自営業者とは、理容師、美容師、クリーニング職な どであるが、沖縄の場合、これに料理人(調理人)を加えると、ほぼ60~ 70%を占めていろ。1970年から増加してきたのは、このうち、料理人 (調理人)の増加によっている。 自営業者の中で最も大きく伸びているのは、専門的・技術的職業従事者に 分類されている職業である。数の上で多いのは、医師・歯科医師・薬剤師等 の医療保健技術者、建築技術者、そしてその他に分類されている個人教師で ある。とくに大きく伸びてきているのは、建築技師と、個人教師である。ま た、この専門的・技術的職業従事者には、分類の関係から、事務従事者のう ちの自営業主と家族従業者が含められていろ。実は、最も数が多く、最も伸 -73-
びているのがこの事務従事者なのである。この点は、その内容を含めてさらL に詳しく分析する必要がある。 ③労働者階級 沖縄における労働者階級は、農民層を中心とする自営業者層の激減に対応 して急速に増大してきた。1950年には、自営業者層の構成比(約70%、 農林業従事者は57.2%と労働力人口の過半数を占めていろ)の高さに関連 して、完全失業者の構成比04%を含めて30%弱であった。この時の全国 平均構成比が38.2%であり、沖縄の労働者階級の比率の低さがわかる。そ の後基地建設との関連で徐々に増大させ、1960年には441%となった。 この時点での全国水準の構成比が505%と若干ではあるが全国平均に近づ きつつあった。その後、全国的には「高度成長期」を迎えて、構成比を59.9 %に急上昇させ、その差は拡大した。ところが、1970年には、沖縄の労働 者階級の構成比が高まり、59.8%と労働力人口の過半数を大きく上回るこ とになる。そしてそれは、全国水準の590%をも上回るほどの異常さとな ってあらわれているのである。全国平均値は、1960年代の「高度成長期」 に構成比を高め、その後も徐々に上昇きせ1975年は63.3%、1980年には 666%、そして1985年には70%台に至っていろ。沖縄における構成比は、 1970年以降このような全国水準とほぼ同じ構成比で推移し、1975年、 644%、1980年、66.1%、1985年、70.4%となっていろ。 1970年以降の沖縄における労働者階級の構成比は、ほぼ全国水準と同じ 比率で推移してきていろと述べたが、各都道府県レベルでみた場合、地域的 には都市と農村、工業と農業の対立を基礎に不均等な展開をしていろ。そこ で、沖縄における労働者階級の構成比率がどのような位置にあるのかを都道 府県別順位でみてみよう。表10は、沖縄を除く1955年から1970年まで の全国順位を示していろ。 1955年の全国平均は436%であるが、沖縄のこの時点の構成比は348 %である。平均より8.8%低位にあるが、順位でみろと岡山県と同率で23 位となる。1960年は、全国平均50.5%に対して44.1%・順位でみろと富山 -74-
表10労働者階級の構成比の全国順位 県の442%に次いで20位とな る。1965年は、全国平均56.8 %に対して46.1%とあまり伸び ず、順位は26位。そして1970 年は、全国平均とほぼ同じレベ ルに到達し、順位は急上昇し13 位となった。これ以降も構成比 率は全国水準とほぼ同じで推移 し、1975年は、全国平均63.3 %に対して644%で1970と同 じく13位に位置していろ。その 後も同水準で推移していろ。 全国順位の上位を占めている のは、四大工業地帯とその周辺 工業地帯である。1970年代に はいってからの周辺工業地帯の 比重の増大を考慮してもこの傾 向には大きな変化はない。沖縄 の位置をみると、1955年の段 階から周辺工業地帯といわれる グループに近い位置にある。岡 山県と滋賀県と同様な構成比で 周辺工業地帯の下位グループと 同様の構成比となっていろ。 鵠'105畔|'閑0年|'…1M畔 ■Ⅱ 凶ロ 全国平均以上「 鋼`a`銘160`飴|…l… (出所)岩井浩「地域階級構成研究の課題…… ̄'百-- ̄ ̄= ̄い ̄ と方法」『経済論集』 これは、1960年、1965
(関西大学)第26巻第4.5合併号、年についてもいえることで、基
1977年、153ページ・ 地経済とアメリカの占領下での 自給自足的製造業の存在が、いわゆる類似県とされる諸県よりも高 い構成比率となってあらわれたのである。1970年以降は、四大工 -75- 鰯一 %%% 0 幻駒 銀 1955年 、60年 1065年 l”0年 123456789m皿肥脚川肥腿Ⅳ旧旧加別認泌別蕊鯛切測測如則塊羽剖舗鍋 7 3 800123056 330446444 京京 犬1日 神奈川岡都邸知 祖京残丘 北海H1 山ロ 叶囲 V11欣山 広&b 寮El 氏崎 三区玉山弁川申姐賀山頁勘取川凡肝鷲個崎知城田倒分形本曲木劃手由域麹 崎古柧石岐愛佐凶滋他日香W任千&宮高宮秋豚大山鮎田圃山君■表皮 I‐I11 京京 仲奈ⅡI 大匠 兵庫 祖円 麹愛知 京都 北H§ 00 山 迎 岡 ロ &玉良山崎卑臣川山姐弁城山頁易 欧 広崎東和艮岐三石古愛樋宮岡滋胖 頻川賀肝知曲取理木泌時田由分楓手本瀬嚢城麹 千谷筐氏高似凡山樹間古狄祖大囚岩船山月茨皮 1 1 1 仲蛮''’ 京京 大限肛知囲沮都玉 ・海 兵笠祖北京崎 広島 ”ロ皿ロ良中n時山川 薫 和山奈岐千三佳右石 I 井山優頁易崎川域知取野木巳貝劉個分劇■本田蝉乎顛 楓囚笠滋W宮谷富商凡氏樹腿佐断臼木山祖伽秋円宮山 1 口■■■■■0J1■■■■■■■■Ⅱ 羨域 皮兜血 仲竃川 立京 大臣 兵庫 笠知 祖iU 北撒i ■ 京 巡 玉 卸 広あ 00円ロ我貝且 ● 山千奈三鋤
山蜘山小阿川川井域殴n月野木知 関任面岐滋石益田直笠2W艮楓「海 I あ貝測分■■楓*血型木手田彩 値陛衝大福宜巳伽向山茨君秋山 皮兇囚 $ ; 何.6% 50.5% 鴎.8% 60.0%業地帯といわれる諸県に次ぐ位置まで構成比を高めることになる。いかにし てこの比率の上昇がありえたのか。詳細に分析していく必要があるが、その 際、重要な問題は、すでに述べた完全失業者がこの時点で増加してくること である。他県と異なる沖縄の事情がそこには存在しているのである。 沖縄における階級構成は、1965年から1975年までの10年間に大きく 変化した。自営業者層が激減し、労働者階級はその構成比率を全国平均と同 等もしくは上回る水準となった。そこで次に、1970年以降の労働者階級の 増加がいかなる職業従事者の増加によってなされたのか、労働者階級の内部 構成の変化をみてみたい。 沖縄における労働者階級の内部構成比の特徴は、物的生産を直接的に担う 生産的労働者よりも、いわゆるサラリーマン層や販売従事者の増加率が傾向 的に高いことである。 まず、専門的・技術的職業従事者からみてみよう。専門的・技術的職業従 事者とは、科学研究者、機械技術者・電機技術者。化学技術者等の工業的技 術者、さらに医療保険技術者や教員などをいう。沖縄の場合、その中で多い のは技術者と医療保険技術者、そして教員である。表11から1970年の場 合をみろと、専門的・技術的職業従事者が23,315人で、そのうち技術者は 2,635人(うち最も多いのは士木・建築技術者で併せて1,295人)、医療保 険技術者3,905人(うち看護婦・看護士が最も多く1,845人)、そして最も 多い教員12,390人となっていろ。これらの職業従事者で専門的・技術的職
業従事者の81.2%を占めていろ。1980年には、15,468人増加し、38,783
人となっていろ。それぞれの職業従事者は技術者が5,726人(増加率1178 %)、医療保険技術者が9,188人(増加率135.3%)、教員14,742人(増 加率19.0%)となっている。つまり、専門的・技術的職業従事者の増加は、 土木技術者、)建築技術者を中心とする技術者と、看護婦Q看護士を中心とす る医療保険技術者の増加によっているのである。また、婦人労働者の多いことを反映して、保母の増加率の高いことも特徴的である。事務従事者も専門
的・技術的職業従事者に次いで高い増加率を示している。企業の増加や復帰
による本土資本の進出と関連しながら増加したが、1980者には、全国しべ -76-表11専門的・技術的職業従事者 (単位:人) 1970197519801985 23315285953878350800 2635363557269200 39055580918712400 12390131701474216700 43856210912812500 (出所)各年『国勢調査」の「職業、従業上の地位別、就業者数」 より作成。なお、1985年は、職業の小分類資料を得られな いため、内訳が空欄となっていろ。 ルと同様に、増加率を低下させている。販売従事者の増加率もかなり高いも のとなっていろ。大型小売店の増加等に伴う販売店員の増加やセールスマン の増加によっていろ。これに対して、サービス職業従事者は、1970年から 1975年にかけて2,280人減少し、1975年から1980年はほぼ横這、そし て、1985年までには増加に転じていろ。内容的にみてみると、サービス職 業従事者には、家事サービスと個人サービスに大きく区分できるが、復帰前 の1970年に4,475人あった家事サービスが、復帰後急速に減少し、1975 年には1,130人に、そして、1985年には500人となっていろ。1980年ま での減少傾向は、これに起因していろ。個人サービス職業従事者とは、理容、 美容、クリーニング、料理(調理)人などであるが、この個人サービス職業 従事者は一貫して増加してきていろ。理容、クリーニングでは減少している が、それを上回る増加が、料理(調理)人、給仕人で生じているのである。 -77- 1970 1975 1980 1985 総数 23,315 28,595 38,783 50,800 技術者 建築技術者 士木技術者 その他 2,635 535 760 1,340 3,635 865 1,290 1,480 5,726←0 5 9 3 1 6 8 , ?, 121 9,200 医療保健技術者 看護婦・看護士 その他 3,905 50 46 80 99 12 5,58013 89 55 ,9 32 9,18701 44 25 79 54 12,400 教員 12,390 13,170 14,742 16,700 その他 保母・保父 社会福祉事業専門職員 4,385 690 280 6,210 1,650 730 9,128 16 22 53 PG 31 12,500
観光に関連した飲食業関係での増加である。増加率はいわゆるサラリーマン
層や販売従事者よりも低位であるが、生産的労働者層のうち録工連通従事者
は、1965年以降をみても増加基調にある。また構成比でも25%前後を維 持してきていろ。これは、主に建設業に関連した作業者の増加によっていろ。 基地建設から公共事業への依存という沖縄の産業的特徴を反映して増加基調 にある。また、それとは反対に、自営業者層でも同様の結果があらわれてい たが、復帰後の織物製品製造作業者や飲食料品製造作業者の減少は特徴的で ある。 このように、労働者階級の増加は、建設業、観光関係、流通業を中心に増 加していることが確認できろ。 表12鉱工運通従事者の内訳 (単位:人) (出所)各年『国勢調査」の「職業、従業上の地位別、就業者数」より 作成。 『事業所統計調査』から沖縄の事業所規模をみろと、1961年以降今日ま で、従業員20人未満の事業所が96~8%を占めている。沖縄の事業所の規 -78- 1970 1975 1980 1985 総数 95,390 98,520 114ブ823 120,700 運輸・通信従事者 自動車運転者 19,455 15,890 21,900 17,600 23,904 19,944 21,600 16,900 技能工、生産工程作業者および単純労働者 金属加工作業者 輸送機械組立・修理作業者 織物製品製造作業者 飲食料品製造作業者 建設作業者 定置機関・建設機械運転作業者 電気作業者 75,830 5550055 6269308 4142925 9?,,,↑7 4546323 2 76,460 0005000 1459668 8321184 1,99,7, 4524825 2 90,604 9191445 267.8941 0091198 9,77,?7 5514536 3 98,800 0000000 0000000 4822608 9P,,?,1 5515654 3模は表6でもみたように、きわめて零細なものが多く、多くの労働者は、中 小零細企業に就労していろ。1985年の常用雇用者数でみても過半数は、30 人未満の零細な事業所で働いていろ。このような零細性は、賃金事情や労働 時間等の労働条件の悪化を伴っていろ。例えば、賃金でみろと、1985年を 例にとると、30人以上の規模では全国平均の847%となっているが、こ の30人以上を100として事業所規模による格差をみろと、5~29人で72.6 %、1~4人規模で580%と拡大する。 労働者階級については、復帰後の資本の成長、その性格規定と関連させな がら、労働条件、労働運動等、より詳細な分析が必要であろう。 (4)軍人・警官・保安サービス員 軍人・警官・保安サービス員は、1970年から1975年にかけて急増して いる。この増加は、本土復帰による自衛隊員の配置による増加である。1975 年にかけて増加した5,130人のうち、自衛隊員によるの増加は4,970人で ある。その後1985年まで徴増が続き、労働力人口の増加に従って、構成比 率は若干下がってはいるものの、全国平均に比較すると約2倍というきわめ て高い数値となっている。 Ⅲおわりに 1970年から1985年の沖縄における階級構成は、労働力人口の増加と 1972年の本土復帰を契機にして、大きく変化してきた。この15年間に、 労働力人口は141,977人増加した。もちろん、この間県外との内部的流動は あるのだが、総計でこれだけの増加があったのである。内部的には、資本家 階級が8,480人増加し、軍人・警官・保安サービス6,595人増加、農林漁業 従事者を中心に自営業者層では13,445人が減少した。そこで、ほぼ労働力 人口の増加にみあうほどの139,502人が労働者階級化してきたことになる。 ではこのような増加を、沖縄の経済はどのような職業に配置してきたのであ -79-
ろうか。.すでに述べてきたように、そのうちの約3万人は、就労の機会を与 えられず完全失業者に加わり、本土の平均構成比の2.4倍を構成するに至っ ている。特に若年労働力の完全失業者化はきわめて大きな問題となっている。 就業者の職業的特徴をみろと、海洋博や公共工事に関連しながら建設業関係 の増加が著しいことが把握できろ。それは、技術者や生産的労働者の中にあ っても増加の圧倒的な部分を構成していた。また、観光に関連するサービス 業や本土商品の流入に関連する販売従事者や事務従事者の増加も著しいもの がある。しかし、このような職業の就労の場である企業は、きわめて零細な 規模のものが多くそのことは、労働者の労働条件の悪さに反映し、そのこと とも関連を持ちながら婦人労働者が増加し、保母の増加の著しい状態を作り 出している。 本稿では、主に各年の国勢調査資料を用いて、各階級の変化を概略的に把 握してきた。しかし、その内部構成の詳細な分析、変化の諸要因の分析を十 分には遂行してきていない。とりわけ、資本家階級の分析にあたっては、企 業の動向に関連しながらその性格を規定していく必要があろうし、自営業者 については、特に農林漁業従事者の減少がどのように進行してきたのかを具 体的な就業の機会と関連させながら分析されていく必要がある。そして、労 働者階級については、労働者の置かれている現状をあらゆる角度から分析し その階級的状態を考察していく必要がある。もちろん、階級関係は、さまざ まな政治的関係、さまざまな組織的関係、文化・イデオロギー的関係等の中 できわめて複雑に現われてくる。そのような総体的分析が今後なされていく 必要があるが、そのためにも、本稿では、その基本的な経済的階級関係のい くつかの特徴をあげ、今後の課題を明らかにしたことになる。 -80-
㈱ (1)鎌田隆一石原昌家「戦後沖縄における社会階級構成の変化」鵬剛第83号、1971 年。 (2)富永斉「雇用・労働」「本土復帰による沖縄社会経済変動調査報告書(上巻)』沖 縄社会経済調査委員会、1980年、685ページ。 (3)、(4)後藤靖「戦後日本の階級構成の変化」『現代日本社会の構造変化と国際化』有 斐閣、1986年、24ページ。 -81-