〈書評〉──────────────────
渡部竜也著
『アメリカ社会科における価値学
習の展開と構造
─民主主義社会形成のための
教育改革の可能性─
』
(風間書房,2015年2月,403頁,9,500円+税)磯 山 恭 子
───────────────────── 本書は,渡部竜也氏が,2005年に広島大学大 学院教育学研究科に提出した学位論文をもとに 公刊された。本書の目的は,「民主主義社会の学 校教育における価値学習について,その目標, 内容,方法のあり方を総合的に検討することに ある」とされている。本書では,アメリカの価 値学習のカリキュラム教材の体系的な取り扱い, 価値の領域別の性質・機能に着目したフレーム ワークの提示,価値学習における領域依存性の 存在の論証,民主主義社会の形成者育成におけ る領域別の価値学習の果たす可能性と限界の解 明の四つに,研究上の意味を見出している。 本書の構成は,次の通りである(節等省略)。 序 章 本研究の目的と方法 第一章 価値の本質と価値学習の類型 第二章 民主主義社会の形成者育成における宗 教的価値学習の特質と課題 第三章 民主主義社会の形成者育成における思 想的価値学習の特質と課題 第四章 民主主義社会の形成者育成における文 化習慣的価値学習の特質と課題 第五章 民主主義社会の形成者育成における法 規範的価値学習の特質と課題 終 章 民主主義社会の形成者育成における価 値学習の特質と課題 さらに,各章の概要は,次の通りである。 序章では,前述した本書の目的とともに,価 値学習に関する研究が,社会の現実が価値によ って形づくられるという考え方の浸透,社会の 現実を動的で流動的な存在であるとの意識を促 す価値の取り扱いの必要性,社会の変化による 伝統的な価値と多様な価値との競合への対応の ための教育に対する要請,民主主義社会の市民 に必要な能力や態度の豊かな育成を目指す価値 学習の果たす役割の重要性から,近年,一層求 められることを指摘している。 第一章では,見田宗介の価値の四類型理論を 参考にして,価値学習を宗教的価値学習・思想 的価値学習・文化習慣的価値学習・法規範的価 値学習の四つに分けた。第二章から第五章まで, これら四類型に基づく価値学習の内容構成,授 業方略および民主主義社会形成に必要な知的技 能の分析を行っている。 第二章では,宗教的価値学習の原理と特質を 解明している。「非通約的多元主義型」宗教的価 値学習は,多様な宗教的価値に関する情報を包 括的かつ正確に伝え,他宗教への誤解や偏見を 解消し,宗教的寛容心を育てる。「通約的多元主 義型」宗教的価値学習は,各種宗教の宗教的価 値の多様性を伝え,その比較・検討から,宗教 間に共通する価値観や構造を発見し,他宗教を 特異的,好奇的に見る態度や,ステレオタイプ な見方,偏見を克服する。 第三章では,思想的価値学習の原理と特質を 解明している。「適応主義型」思想的価値学習 は,各共同体に深く浸透する思想的価値を,日 常の行動に反映させるように働きかける。「構成 主義型」思想的価値学習は,歴史上の人物の思 想を批判的に検討することで,日常の生き方を めぐる課題に直面した時に,必要性にあわせて 使用できる能力の育成を試みる。 第四章では,文化習慣的価値学習の原理と特 質を解明している。「非通約的多元主義型」文化 習慣的価値学習は,異文化はそれぞれに個性が あって良いとした文化多元主義の考えの下,学 習者の異文化への偏見を見直すために,異文化 に関する様々な知識を獲得し,寛容な態度の育 成を試みる。「通約的多元主義型」文化習慣的価 ―39 ― ───────────────────── 静岡大学値学習は,異文化は個々それぞれ違うようでも, 根底の構造は共通すると捉え,その共通性を発 見させることで,異文化への偏見を克服させて いく。「構成主義型」文化習慣的価値学習は,文 化間に違いがあるが,異文化の良さは取り入れ, 新たな文化習慣的価値をそれぞれ各自が創造し, 個人の生活での習慣を改めることのできる人間 を育てる。「改造主義型」文化習慣的価値学習 は,世界各地の文化習慣的価値の比較を通して 背後にある価値観の違いを解明し,批判的に吟 味するなどして,間地域的に融合した新しい文 化習慣的価値を構築し,社会の変革を試みる。 第五章では,法規範学的価値学習の原理と特 質を解明している。「適応主義型」法規範的価値 学習は,「既存の法規範的価値を公的な判断基準 として習得し」,他の事例へ活用する能力の育成 を試みる。「社会改造主義型」法規範的価値学習 は,民法やその他の法律の内容や,司法判断, 司法の解釈などの既存の法規範的価値を,合衆 国憲法を支える諸原理を判断基準に,反省的に 吟味し,学習者独自の法規範的価値の再構築を して,これに従って行動できる能力を育成し, 社会の改善をするための態度や作法を保障する。 最近登場した「根源主義型」法規範的価値学習 は,「判断基準となる法原理そのものを問い直 す」とする。 終章では,「各種社会的価値を取り扱った学習 の対象とした価値領域と内容構成,授業構成, そして学習が保証しうる,民主主義社会形成の 際に求められる知的作法との間の関連性」を解 明したと,研究を総括している。 評者は,本書の成果から,次の三つの研究の 特色を見出すことができると考える。 第一に,アメリカ社会科の価値学習の授業に おける原理と特質を解明したことである。筆者 は,十五個の価値学習のカリキュラムとそれぞ れの特徴をもった授業を分析し,アメリカ社会 科の価値学習の重要性を示唆している。実に多 様な価値学習を相互に比較する中で,授業レベ ルでその原理と特質を精細に考察している。 第二に,民主主義社会の形成者育成の観点か ら,アメリカ社会科の価値学習のカリキュラム を四つに類型化したことである。アメリカ社会 科の価値学習の総合的研究に挑戦したことで, 代表的な十五個の価値学習のカリキュラムの関 係性を分析し,アメリカ社会科の価値学習の構 造を解明したことに,大きな意味を見出すこと ができる。しかしながら,その一方で,いくつ かの疑問や期待も残った。まず,多数のアメリ カ社会科の価値学習のカリキュラムの存在する 現状を,筆者自身も指摘する。従って,必ずし もアメリカ社会科の価値学習が,四類型に当て はまるものではないことを推察しうる。このよ うな四類型に当てはまらない教材事例やその理 由の解明から,より研究を精緻化されることを 期待したい。さらに,見田宗介の価値の四類型 理論による分析枠組みと,民主主義社会の形成 者育成や主体となる市民像との関わりはどのよ うになっているのだろうか。社会科の価値学習 の本分析枠組みとした根拠を,民主主義社会の 形成者育成の観点から,丁寧に論証してほしい ところである。 第三に,民主主義社会の形成者育成の観点か ら,価値の領域内容のみにとどまらず,知的作 法を含めた分析を行うことで,アメリカ社会科 の価値学習の有効性を示唆していることである。 筆者は,「各領域の価値学習が学習者に求める態 度や方略の中身は,その対象となる価値の性質 に依存する」とする。これらの分析から,アメ リカ社会科の価値学習の授業への新たな知見を 得ることができたと考える。 近年,市民的資質の育成を目指す社会科では, 民主的な社会の実現のために,社会に参加する 子どもを育てることが求められている。そのた め,従来の社会的価値を認識し,それらの社会 的価値をめぐって議論し,判断する中で,今後 の新たな社会的価値を創造する態度や能力を育 成する方法論の解明は,きわめて重要な課題で あると考える。 このような中で,アメリカ社会科の価値学習 の構造を,これほどまで実証的に体系化したの は,本書がはじめてである。本格的な価値学習 論をまとめられた著者に,まずは敬意を表した い。 ―40 ―