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Microbes and Environmentsの編集を振り返って

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特別記事

Microbes and Environments の編集を振り返って

平石 明(豊橋技術科学大学名誉教授)

筆 者 は2003–2006 年の 4 年間,学術誌 Microbes and Environments(M&E)および微生物生態学会誌 の編集委員長として,本誌の編集作業に主体的に携 わった。ここでは,主にその当時を振り返りながら, M&E 誌の発展の経緯と学術誌が果たす役割につい て,個人的所感を述べてみたい。歴代の編集委員 長のM&E 誌に関する見解も,適宜本学会誌あるい は他誌で語られているので,ここで引用しておきた い1)~8)。 実は個人的なことを言えば,当該雑誌の出版母体 である日本微生物生態学会(JSME)の会員になっ た当時の身分は会社員であり,主にビジネス(受託 分析事業)に必要な情報収集の場として学会や学会 誌(当時は微生物生態学会報のみ)を捉えていた。 それゆえ,学会活動や出版そのものについては,正 直言ってあまり興味がなかった。しかし,振り返っ てみれば,1989 年に京都で開催された国際微生物 生態シンポジウムISME-5(本誌の記事2)で一端が 紹介されている)において口頭発表の機会を与えら れたことや,夜のランドテーブルでの白熱した議論 を経験したことで,一気に学術分野に対する自己 の関心が高まったように思う。海外の研究者との 議論のなかでは,登場したばかりの耐熱性DNA ポ リメラーゼを使ったPCR の可能性について,Erko Stackebrandt 博士が熱く語っていたのを思い出す。 当時はまだ,逆転写法と放射性標識を利用して16S rRNA の塩基配列決定を行なっていたが,PCR 増幅 とlinear PCR sequencing(サイクルシークエンシン グ)を試したところ,きれいに配列解読ができた時 の感動は今でも忘れない。 さて本題に入るが,M&E 誌は,1985 年に創刊さ れた微生物生態学会報を引き継いだ形で1996 年に 改名され,それまでの年2 回から年 4 回の発行方針 となった。しかし,2000 年を越えた頃までは,ま だ和文と英文論文が混合する,“日本”の雑誌であっ た。その状況に鑑み,かつさらなる発展への可能性 を考慮して,当時の大森正之編集委員長の下で,本 格的にM&E 誌を国際誌として完全英文化する計 画が精力的かつ慎重に進められた。そして2001 年, 続く加藤憲二編集委員長の編集体制とともに,完全 英文化された,あの緑色の表紙のM&E 誌が実現し た。同時に,J-STAGE(日本科学技術振興事業団) のサイトを利用した,開示制限付きのオンライン掲 載が実現した。和文誌出版も同時に進められ,日本 微生物生態学会誌が年2 回発行されることになった。 当時はすでに,さまざまな微生物生態や環境微 生物関連の学術誌があり,正直言って,筆者の心 にはJSME に国際誌が本当に必要か,果たしてうま く論文が集まるのかなど,疑問と危惧が交錯してい た。しかし,加藤編集委員長をはじめとする編集委 員会メンバーの並々なるご尽力でM&E 誌は順調に 滑り出し,海外からのダウンロード数もそこそこあ り,筆者の懸念もいささか杞憂に終わった。 2003 年,加藤前編集委員長から編集を引き継い だ時の決意は,まずはM&E 誌の出版の流れを途切 れさせないこと,その一心で作業を始めたことを思 い出す。なぜなら,当時は年4 回の出版に対して十 分な投稿数はあったものの,いざ受理に値する一定 水準以上の論文となると少なく,掲載論文が不足気 味であったからである。まずは,それまでJSME 単 独での出版であったM&E 誌を,日本土壌微生物学 会(JSSM)との共同出版として出発し,投稿数の 増加を図った。編集委員会としては,完全な国際編 集委員制度に移行し,審査担当編集委員(associate editor)総数 18 名のうち,7 名が海外メンバーとい う構成をとった。この国際編集委員制度および先行 したオンライン掲載が功を奏したのか,十分では ないにしろ,その後の海外からの投稿数は全体の 30% 程度に及んだ。 さらなる打開策として,国内外の著名な研究者へ 逐次総説の執筆を依頼し,論文数とともに被引用数 の増加も図ろうとした。しかしこの作戦は必ずしも うまくいかなかった。総説執筆の承諾は依頼数の半 分もなく,たとえ引き受けるという返事をもらって も一向に原稿が送られてこないということを何度も 経験した。やはりインパクトファクター(IF)も付

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52 与されていない,名の知れないような弱小雑誌を見 る世界の目には,言わば格下に扱う,あるいは軽く 見る厳しさがあるということを思い知らされたもの である。 このように,M&E 誌を出版していく上でまず直 面したのが,掲載に値する原稿がなかなか集まらな いということであったが,これ以外にも大きな三つ の課題があった。一つ目は,まだIF がついていな かった本誌に,IF 学術誌としてのステータスを与 えること,二つ目はPubMed(Medline)掲載誌とす ること,そして三つ目は,オンライン投稿への土台 をつくることであった。これらの課題についてはも ちろん編集委員会でも常に議題となり,方策等につ いて熱い議論がなされた。しかし,残念ながら,筆 者が編集委員長を務めた4 年間では,ほとんど実現 を果たせなかった。誠に力不足を痛感したものである。 IF については,決してその雑誌の各掲載論文の 価値を決めるものではないし,数値に振り回され る弊害も大きいが(事実,いくつかの主要雑誌で は,ウェブ上でのIF 掲載をやめている9)),やはり 新興雑誌としては,認知度を高めるために獲得して おくべき重要な指標である10)。M&E 誌の IF は,手 計算で2002–2003 年当時 1.5 前後であり,まだ低い 段階にあったものの微生物学の国際誌としての価 値は十分あると考え,IF を管理している Institute of Scientific Information(Thomson ISI,米国)に早速 働きかけた。すなわち,各号が出版されるごとに, M&E 誌の特徴を記したカバーレターとともに各号 の実物を当社まで送り続けた。ISI が示した IF が付 与されるための重要な評価基準は,年4 回の出版日 が厳密に守られているか,国際誌としての形式・体 裁は整っているかということであったが,残念なが らしばしば受理論文不足で出版が遅れることもあ り,締め切りを過ぎての送付もあった。このあたり がWeb of Science 収録申請の審査にどう影響したか わからないが,結局2006 年までの収録には至らな かった。 PubMed への収録についても申請を行なったが, 少ないページ数での出版の不安定さなどを指摘され, 時期尚早として不採択になった。やはり,IF 付き の安定した定期刊行学術誌という“重み”が必要で あったということであろう。 ひょっとして,今の若い研究者や大学院生からは 想像できないかもしれないが,2003 年当時の国際 誌への投稿や査読結果の通知は,まだ大部分がハー ドコピーのやりとりで行なわれていた。審査結果 の通知では電子メールやFAX が利用されることも あったが,論文審査の基本は紙ベースであり,EMS (国際スピード郵便)をよく利用したものである。 2003 年 –2006 年は,世界的に電子投稿への移行 期に当たり,M&E 誌でも投稿論文の審査プロセス の迅速化を図るためのウェブ投稿システムの導入が 課題となっていた。しかし技術的な問題もあって, M&E 誌ではとりあえず,電子メールを利用した投 稿システムを導入しようということになった。要は, 電子メールを利用して原稿を添付ファイル(pdf と doc)として編集委員長あてに投稿してもらい,編 集委員長は担当編集委員を決めて原稿を転送し,そ れから2 名の査読者に送るという簡単な作業プロセ スである。審査フローはすべて電子メール経由で行 なわれるので,流れとしては実にスムーズであり迅 速化に役立った。そして,電子メールでの情報管理 の煩雑さは少々あったものの,心配したトラブルも ほとんどなかった。その反面,受付も受理も最終原 稿のちょっとした改訂も,すべて編集委員長を経由 した伝達ということにしたおかげで,委員長の仕事 量はそれだけ多くなり,年間100 本以上の投稿論文 をハンドリングするのはやはり大変だった。 このように筆者の編集委員長の期間は,言わば自 転車操業ながら,編集委員会メンバーの豊富な作業 量と献身的な協力とともに,何とか編集活動を遂行 することができた。中西印刷株式会社の柔軟なサ ポートもあり,時おりの海外の大手出版社から雑誌 身売りの打診もかわしながら,出版を繋ぐことがで きた。その結果,当初の目標に達しない部分は多々 あったものの,失敗の糧と経験値の引き上げも含め て,幾ばくかの国際的働きかけと次の編集体制まで の下ならし程度の役目は果たせたのではないかと 思う。 2007 年からの南澤究編集委員長体制になってか らは,M&E 誌の懸案の課題が次々とクリアされ, 成果が一気に現れてきた。「アジア初の国際誌に育 てよう」という編集委員長のかけ声4)を裏付けるよ うに,海外からの投稿もダウンロード数も増え,掲 載論文数もより安定化し,そして2010 年には念 願であった初のIF 値がついたことは快挙であった。 この時の編集委員長の言葉5)は,M&E ユーザーの 喜びを代弁していたと思う。ひとえに南澤編集委員 長のご尽力の賜物であり,もちろん編集委員会メン バーのサポートも大きかったと思う。

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53 この流れは発展的に鎌形洋一編集委員長に引き 継がれ,前体制期間と前後してM&E 誌の PubMed 収録,オープンアクセス化,ウェブ投稿システム 化という形で,より強化されていった。さらには, 高井研編集委員長の現体制となって,編集組織の拡 充とともに国際オープンアクセス誌としての確固た る地位を築くに至っていることは,多くの読者が知 る と こ ろ で あ る。JSME,JSSM に加えて,Taiwan Society of Microbial Ecology,植物微生物研究会,そ して極限環境微生物学会も加えた共同出版となった M&E 誌は,名目ともに「アジア発の国際誌」とし ての顔になりつつある。本誌は,2019 年から,そ れまで編集委員長が兼務となっていた微生物生態 学会雑誌の編集体制からは完全に独立し,さらに 2020 年からは紙媒体併用から電子ジャーナル主体 へ移行している。 ところでM&E 誌関連学会の会員が,いま学会や 学会誌を見る目はどうなのであろうか。研究者は基 本的に活動の場として複数の学会や雑誌に関わり, かつての筆者もそうであったように,個人の研究成 果を発表し,情報収集を行なう手段としてそれらを 利用できれば,一応の目的は達せられる。そして, このような個人の目的としてのみの線上で見ていく と,高インパクトの著名雑誌や自分の研究成果を公 表できる一定水準の雑誌さえ確保できれば,学会や マイナー雑誌は必要ないという極論もしばしば出て くる。微生物生態学会大会でも,逆説的に「学会不 要論」11), 12)という言葉で企画セッションが設けられ, 熱い議論がなされたことはまだ記憶に新しいが,重 要なのは権威と格式に縛られない自由闊達な学会の 存在であるということの再認識であろう。 とはいえ,組織としての権威や格式を嫌うような 研究者でも,その実,個人的には高IF 著名雑誌と いう「権威」に囚われていることは否めない。画期 的な新発見をした場合,論文投稿先として所属学会 の学会誌よりも,まずは“CNS”に代表されるよう なトップブランド雑誌を考えるだろうし,高額な APC(論文掲載料)を払ってさえもより高 IF 雑誌 を狙う傾向もある。加えて論文の通りやすさや掲載 の迅速性も,研究者にとっては魅力的である。“ハ ゲタカ”と言われてきたMDPI や Frontiers の商業 オンライン誌も,このような研究者の心をくすぐり ながら,今ではそれなりの地位を築いており,微生 物関連誌はM&E 誌よりも高い IF 値を誇る。 このようなブランド雑誌偏重の姿勢は,より高い 位置での研究を目指すという意味では必ずしも否定 されるものではない。しかし,功名心に逸り,それ を主目的化することで,科学者と基礎研究に求めら れる本来の役目としての,社会への科学コミュニ ケーションという仕事が忘れられることがあっては ならないだろう。情報科学の分野では,ブランド雑 誌での成果出版には価値をおかず,むしろ実効性 が優先される。玉石混淆と言われながらも,arXiv, bioRxiv,medRxiv などの査読前論文の増加は,現 代の学術情報媒体のあり方について一石を投じてき たが,今回のコロナ禍で存在意義が増したと言える。 これほどまでにリアルタイムで,最新研究情報とテ レビの前の大衆との距離が近くなったのは,かつて ないだろう。それだからこそ,科学者は情報リテラ シーを保つことを一段と試されている。 本来の学術誌の目的を考えれば,欧州ですでに見 られるように,科研費等の公的助成金を受けた研究 は商業雑誌ではなく,誰もが無料で見られる特定の プラットフォームでの出版を優先するという流れも 出てくるかもしれない。その意味で,公益性の高い 学会が出版するオープンアクセス誌は,その役割を 果たすものとしての重要性が認識されるべきである。 M&E 誌もまた然りである。 地球環境問題や温暖化が顕著化し,もはや臨界点 (tipping point)を迎える時代になって,そして今回 のパンデミックに遭遇して,科学に基づいた的確か つ迅速な政策判断が求められるようになり,今まで 以上に政治,社会と科学の関わりが重要になって きた。2020 年,権威ある医学誌である New England Journal of Medicine は,創刊以来 208 年の歴史のな かで初めて,科学を軽視する為政者を批判する記事 を掲載した13)。同じくNature 誌も,商業誌でありな がら,科学と政治は不可分として政治的発言の頻度 が高くすると表明し,ほかの著名誌とともに,日本 学術会議の任命拒否についても取りあげた14)。個人 では不可能なことでも,組織化された学会や質の高 い出版誌が盾になればできることがあるし,国際的 な情報発信への土台にもなる。つまり,学会や学会 誌は,内側に向けては自由な研究と議論を尊重・保 証しながら,外側に対しては科学ベースで発言する 権威ある存在として,その重要性がますます高く なってきたと思う。

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54 文   献 1) 大森正之.2003.巻頭言:さて,次なる目標は...微 生物生態学会誌.18: 1. 2) 加藤憲二.2003.日本で微生物生態学というサイエン スをするということはどういうことか(〈特集〉次な る目標への展開を目指して).微生物生態学会誌.18: 35–37. 3) 加藤憲二.2005.今,私たちはどのようなところにい るのだろうか.微生物生態学会誌.20: 1–2.

4) 南澤 究.2008.Microbes and Environments をアジア 発の国際誌に育てましょう!(M&E 誌お知らせ).微 生物生態学会誌.23: 3.

5) 南澤 究.2010.Microbes and Environments 誌のファー ストインパクトファクターの意義:日本とアジアの環 境微生物学研究者のコミュニケーションツール.微生 物生態学会誌.25: 49. 6) 鎌形洋一.2010.学会誌のあるべき方向についての一 所感.環境バイオテクノロジー学会誌.10: 1. 7) 南澤 究.2012.モーニングインパクト「M&E のさ らなる飛躍にむけて」:早期公開もPubMed に収録され る国際誌になったM&E.微生物生態学会誌.27: 2–4. 8) 高井 研.2020.M&E 編集委員長から.微生物生態 学会誌.35: 35.

9) Casadevall, A., S. Bertuzzi, M.J. Buchmeier, R.J. Davis, H. Drake, F.C. Fang et al. 2016. ASM journals eliminate impact factor information from journal websites. Infect. Immun. 84: 2407–2408. 10) 平石 明.2006.学術雑誌とインパクトファクター(提 言).微生物生態学会誌.21: 66–67. 11) 鎌形洋一.2017.「学会不要論」を受けて学会長となっ た私からのご挨拶.微生物生態学会誌.27: 2–4. 12) 高井 研,川口慎介.2017.学会の功罪を問う―第 31 回日本微生物生態学会横須賀大会パネルディスカッ ション「学会って必要か? 微生物生態学会ってホント にいるけ?」を通じた学会再考.科学.87: 12–15. 13) Editors. 2020. Dying in a leadership vacuum. N. Engl. J. Med.

383: 1479–1480.

14) Nature Editorial. 2020. Why Nature needs to cover politics now more than ever. Nature 586: 169–170.

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