留学をする者も何人か出てきた。ソ連崩壊後 20 年経った今日では、私費で留学する分に はいつでも自由に渡航できるようになったのである。 ロシアへの旅行もお勧めである。これまでにわたしはロシア語受講生たちを引率してシ ベリアのバイカル湖周辺への旅を3回、モスクワ、ペテルブルクへの旅を1回実施した。 初回は 1992 年の夏休み、ソ連崩壊の翌年、長年の間外国人ツーリストの立ち入りが禁じ られていた極東の軍港都市ウラジオストークに横浜から船で行き、極東大学の日本語科の 学生たちとの交流から始まって、シベリア鉄道でハバロフスクへ行き、そこから飛行機で イルクーツクに行った。ここは金沢市と姉妹都市であるので、「兼六園クラブ」という名 の日ロ友好団体があるので、この市の国際会館で交流会をもったりしたものである。帰国 後、学生たちの感想文集を出した。みんな一様にはじめてのロシアとのふれあいに感動し たことを書き綴っていた。このなかからすっかりロシア好きになった女子学生のひとりが、 桜美林大学卒業後、東京大学のスラヴ言語学科に編入学した。 このように、いろんなかたちでロシア文化にふれさすことによって様々な成果が生まれ たのである。
むすび
「ロシア語をものにするには、ロシア語に惚れ込まなければいけない。」とは、わたし の大学時代の恩師横田瑞穂先生のお言葉である。これは至言である。ロシア語文法は確か に複雑で、初学者にはむずかしかろう。だが、さまざまな形でロシア文化に親しむことに よって関門も容易に開けてくるであろう。ロシア語を学ぶことによって将来への新たな道 も拓けてくるであろうことを期待している。イタリア語 ― 桜美林大学におけるイタリア語教育
基盤教育院 宮坂 真紀はじめに ― 桜美林大学におけるイタリア語のクラスと教員の編成
桜美林大学では現在、イタリア語Ⅰ~イタリア語Ⅵの 6 つのレベルの授業が行われてい る。今年度、春学期にはイタリア語Ⅰが 7 クラス、イタリア語Ⅱが 2 クラス、イタリア語 Ⅲ~Ⅴが 1 クラスずつ開講され、秋学期にはイタリア語Ⅰが 3 クラス、イタリア語Ⅱが 4 クラス、イタリア語Ⅲ、イタリア語Ⅳおよびイタリア語Ⅵが 1 クラスずつ開講されている。 そして、これらの授業を 4 人の講師が担当している。そのうち 3 人はイタリア語のネイ ティブスピーカー、1 名は日本人である。筆者は主にイタリア語Ⅰとイタリア語Ⅱを担当 しているので、本稿では、この 2 つの授業を中心に桜美林大学におけるイタリア語教育の 現状と課題について述べる。具体的には、まずⅰ日本人学生の視点から捉えたイタリア語 学習の難しさについて、次いでⅱそれを踏まえて整えられた桜美林大学におけるイタリア 語の授業の形式について、そしてⅲ実際の授業における学習状況について、最後にⅳ現時 点での課題について述べる。1.イタリア語学習の難しさ
大学で第 2 外国語としてイタリア語を選択した日本人学習者にとって、イタリア語とは どのような言語なのか。桜美林大学には各国からの留学生も多く在籍しているが、今のと ころイタリア語を履修する留学生はごく僅かである。イタリア語を履修する学生がほとん ど日本人であるという状況を踏まえ、ここでは主に日本人学生がイタリア語を習得する場 合について論じる。 学生たちの間では一般に(実際に授業が始まるまでは)イタリア語は比較的「簡単な」 言語と捉えられているようである。理由は「文字の読み方が簡単だから」というもので、 この評判は学生たちの間で広く浸透しているようだ。たしかに 5 つの母音(a, i, u, e, o) の音が日本語の「あいうえお」に近く(あくまで近い4 4というだけで、正確には日本語の発 音とは異なるので、声楽など特定の分野では専門的な教育が必要である)、小学校で習得 したローマ字を読む感覚でイタリア語を音読することができる。発音しやすく、ネイティのコミュニケーションの楽しさを比較的早く実感できるという点で、大きな利点となる。 だが、それを除けばイタリア語が日本人にとってとくに簡単というわけではない。実際 に授業が始まった途端、学生たちの感想は「イタリア語は難しい」というものに変わる。 初級レベルの授業で最初にぶつかる(そして最大の)難関は動詞の変化である。 ある言語表現の中で、話し手(書き手)か聞き手(読み手)か、それ以外の第 3 者か、 という立場の違いを示す概念を「人称」という。イタリア語では、動作の主体がこの 3 つ の人称のいずれに属するかによって、動詞が 6 つの形に変化する(3 つの人称に応じた変 化に加えて、それぞれに主語が単数と複数の場合の区別もあるため、6 つの変化形が存在 する)。「話す」という動詞を例にとると、次のように変化する。 (私は)話す parlo (私たちは)話す parliamo (あなたは)話す parli (あなたたちは)話す parlate (彼[彼女]は)話す parla (彼らは)話す parlano イタリア語で「私はイタリア語を話す」は“parlo italiano”と表現し、「(彼[彼女]は) イタリア語を話す」は“parla italiano”と表現する。日本語では動詞の「話す」という語 形は、主語が「私」でも「彼」でも変わらないが、イタリア語では「話す」に当たる部分 が主語に応じて parlo と parla という具合に語尾変化する。 また、目の前にいる友人に「イタリア語を話せる?」と聞くとき、イタリア語では “Parli italiano?”という。このような場合、日本語では動詞の主語は明示されないのが一 般的で、発話された状況から「話す」の主語を推測することになる。一方、イタリア語で は parli(あなたは話す)という動詞の形によって文法上の主語がきちんと明示されている。 このようにイタリア語を正確に理解し、表現するためには、動詞の主語が誰(何)なの かを常に意識することが不可欠である。簡単なようだが、普段から日本語を話す学生たち は、主語が誰かを把握するのに案外時間がかかる。これは、私たちが日常話す日本語では 「誰が」という動作の主体が文法上しばしば明示されず、発言の状況や文脈に沿って把握 されることが多いためだろう。学生たちは動作の主体を明確に捉えることに慣れていない のである。 動詞の人称変化の多さに圧倒され、学生たちは「難しい!」と言うが、この感想は適切 ではない。実際きちんと説明すれば、学生たちは概ねその仕組みを理解できる(とくにフ ランス語やスペイン語など同じような仕組みを持つ言語を既に履修している 2 年生以上の 学生の場合はなおさらである)。ただし、それを正確に使うのが彼らにとって面倒に思え
るようだ。たしかに慣れるまでは動詞の活用表を何度も確認しなければならない。だが、 活用には一定の規則性があるので、多くの動詞のパターンを数多く覚えるほど学習の効率 が良くなる。また動詞が自由に使えることによって話す楽しさを実感できるようになるの で、教師としてはこの段階を是非努力して乗り越えて欲しいと思う。
2.桜美林大学におけるイタリア語の授業形式
イタリア語Ⅰとイタリア語Ⅱのクラスの大半は、ネイティブスピーカーの教員と日本人 教員との「ペア授業」の形態で行われる(クラスによっては 2 人のネイティブスピーカー、 あるいは 1 人の教員が 1 クラスを担当することもある)。ネイティブスピーカーは主に表 現力を養うための指導を行い、日本人教員が基本的な文法を教えながらそれをサポートす るという体制をとっている。 テキストには、一ノ瀬俊和著『新ア・ゾンゾ』(朝日出版社)を使用している。イタリ ア語と日本語は大きく異なる言語なので、その違いをきちんと把握するところから始めた ほうが良い、との判断から日本語の解説がある教科書を採用している。 ここ数年の経験から、学生たちは「今何について学習しているのか」とか「今(カリキ ュラム全体の)どの段階にいるのか」を把握しておきたいという欲求があることが分かっ てきた。日本語の解説があれば学習事項の全体像を把握した上で、今はどの段階にあり、 これまでの学習が今後の学習にどう役立つのかを納得することができる。ただ手探り状態 で勉強するより、先の見通しが立つほうが安心でき、学習意欲にも結びつくようだ。 『新ア・ゾンゾ』は読み物や会話と文法事項の解説が相互に連携しつつも、きちんとペ ージを分けた構成になっているので、「ペア授業」で表現練習と文法解説の時間を分担す る桜美林大学の授業形態に合っている。筆者は桜美林大学のイタリア語教師の中で唯ひと り日本人なのでイタリア語Ⅰとイタリア語Ⅱの文法の授業を担当している。最初はやはり 母国語で説明されるほうが学習者にとっても分かりやすく、質問もしやすいようだ。大学 での講義のように学習時間が限られている場合は、最初にその言語の決まりごとを把握し ておくほうが効率的である。そういった意味では大学の語学教育における日本人教員の意 義は大きいといえる。 文法といっても、あくまで表現練習をサポートするための基礎的な事項に限ったもので、 あまり瑣末な事項を最初から教えることはない。文法が理解できなければ、どんなに様々 な表現を覚えたとしても、それを応用することはできない。表現を丸暗記するのではなく、 状況に応じて使い分けられるようにする。そのための基礎的なルールとしての文法である。イタリア語Ⅲおよびイタリア語Ⅳでは、これまで学んだことを復習しつつ、語彙を増強し、 よりイタリア語らしい表現を広く身につけるため、イタリアで出版された教科書を採用し ている。この時点で学生たちは既にイタリア語の基礎を学び終えているため、解説や練習 問題の指示などすべてイタリア語で書かれていても問題はない。
3.学習状況
では、実際にどのような学生がどのような理由からイタリア語を履修しているのだろう か。桜美林大学では毎年春、新入生向けに外国語履修ガイダンスが開催されており、その 機会にイタリア語に興味を持った理由を訊いている。「なんとなく」という答えがほとん どである。1 年生で履修する学生の多くが、このように漠然とイタリアという国に対する 憧れを抱いてイタリア語を選択したのではないかと思われる。 イタリア語Ⅰの履修者には 2 年生以上の学生も多い。これらの学生たちの中には、最初 の外国語に失敗したので「イタリア語ならどうにかなるのでは」という希望を抱いている 場合や、単位が不足しているが他に都合のいい時間がなかったので消極的にイタリア語を 選択した場合も少なくない。稀にイタリアを旅行して楽しかったので是非イタリア語を習 得したい、といった積極的な学生がいないこともないが、概ね選択の動機が学習意欲に結 びつかないことのほうが多い。 もちろん中には最初から学習意欲が高く、積極的な学生もいる。ある日イタリア語Ⅰで の授業後、ひとりの学生が友人に「お腹が空いたので、何か食べるものを買いに行きたい」 とイタリア語で話しかけた。この学生はイタリア語を学び始めてから僅か数ヶ月しか経っ ていなかったが、授業で学習したいくつかの表現を組み合わせ、その場の状況に適った発 言をしていることに大いに感心した。 これほどの積極性はないにせよ、大部分の学生は、開講当初、新しい知見を得ようとす る真面目さと熱意を持って授業に臨んでいる(とくに 1 年生は初めての第 2 外国語の学習 という緊張感があるせいか真面目である)。この熱意を持続させると同時に、消極的な学 生が無気力に陥って雰囲気を損なわないように、学期末まで適度な緊張と充実感を維持し つつ授業を運営することが担当教員の責任である。 筆者の授業では、教師の説明は最小限に抑え、学生が教科書の例文を訳し、練習問題を 解く、という作業の繰り返しに重点を置いている。したがって講義というよりも演習に近 い。語学の学習は学んだことが実用に結びつくかどうかが重要なので、学生に書かせたり(声に出して)読ませたりすることにより多くの授業時間を当てるようにしている。 既に述べたとおり、イタリア語の初級レベルでは「人称」という概念を理解し、それに 応じた語形変化をしっかり覚えることが重要なので、筆者の授業では動詞の変化を覚えさ せることを重視している。具体的には毎回 2 つの動詞の語形変化を覚えることを宿題にし、 その翌週の授業で確認のための小テストを実施してきた。学期末にまとめて試験をすると、 他の講義の試験もあるためか、ほとんど勉強しない学生もいるので、こうした形で覚えさ せることにした。全体では膨大となる動詞の語形変化も、少しずつ分けて宿題に出すと学 生は負担を感じないようである。学生の学習意欲を後押しするには、今のところこの方法 が最適のようだ(ただし今年度の秋学期からは若干やり方を変更する予定である)。 この小テストの実践から、学生が確実にこなせる課題の量を見極め、達成感を抱かせる ことが学習継続への近道であることが分かってきた。授業評価アンケートに「毎週宿題が 出されるので確実に動詞の変化が覚えられて良い」という主旨のコメントが寄せられるこ ともある。一方で、「文法ばかりでつまらない」という意見もあるが、こうした授業のや り方に対して概ね「分かりやすい」という評価が寄せられ、「楽しかった」というコメン トも多い。やはり、大学生の場合、ただ教えられた表現を真似するだけでなく、その言語 の仕組みをきちんと理解することに学習の意義を見出すようだ。
4.現時点における課題
現時点の課題としては極端に学習意欲が低い学生への対応が挙げられる。あるいは本人 には悪気はないのだが、授業を聴くという姿勢が身についていないために集中力を欠き、 すぐに躓いてしまう学生もいる。こういう学生たちの存在がしばしば授業の進行を妨げる 場合がある。とくに最初から真面目に授業を聞いている学生にとって、同じ説明を繰り返 し聞かされるのは大変苦痛であるばかりか、そのために意欲を削がれることもある。 もちろん履修者全員が同じペースで授業を理解することは難しい。筆者は授業中、学生 たちが問題を解いている時間に、教室内を回って、解答の間違いを指摘したり、質問に応 じたり、解答の遅れている学生を手助けしたりすることで、各学生の学習状況を把握する ように努めている。だが、履修者が定員の 30 名に達している場合は対応しきれないこと もある。 その点、履修者が少ない場合、ひとりひとりの学生に余裕を持って対応できるし、学生 にとっては授業中あてられる回数が増えるため、授業に適度な緊張感が生じ、進行が捗る。 同時に、教室内にいい意味での親密感が生まれ、学生が間違いを恐れずに積極的に発言やに相談したり、声が聞き取れないくらい小さかったりするので、答えを引き出すのに必要 以上に時間がかかることもある。 事実、人数の少ないクラスのほうが成績優秀者の割合が多いという傾向がある。学生の 中には教師が余裕を持って対応してくれるという理由で、他人が避けそうな金曜の 6 時限 を含むクラスを敢えて選択する者もおり、学習環境の重要性は学生にも認識されているこ とが分かる。このような状況を踏まえ、学生がより学習に集中できる環境を整えるため、 今後も授業内容や指導方法の工夫と改善に取り組んでゆきたい。