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日本における今後の中国研究のあり方 (講演)

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Academic year: 2021

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今日は大変貴重な機会を頂きま して、ありがとうございます。私 自身も中国研究をやっているので すが、中国ではしばしば、行く前 には﹁ちょっと自分のゼミで話し てくれたらいい﹂といわれて引き 受けると、その話がだんだん膨ら んで、まずは座談会に変わり、い つの間にか大学中の人々を呼んだ 大講演会に変わるということがよ くあります。今回もそれに似たと ころがございます。 初めての方も多いものですか ら、 自己紹介をしようと思います。 もともと私は東京外国語大学で 中国語を勉強し、学部の後半には 国際関係論・地域研究のコースに 進みました。そのときには歴史学 の佐藤公彦先生に師事しました 。 その後、東大本郷の文学部の東洋 史学科にて、濱下武志先生のとこ ろで主に中国の外交史を中心に勉 強しました。一九一〇∼二〇年代 の民国の時期の北京政府の外交史 で博士論文を書きましたが、博士 論文執筆前に北海道大学の法学部 に赴任いたしました。外国学部の 国際関係・地域研究出身でありな がら大学院で文学部東洋史学に行 き、その後、法学部の政治学科に 赴任したわけですがそうしたディ シプリン間には大変な落差があり ました。外国語学部から文学部の 落差が大きかった印象がありま す。いずれにしましても、文学部 から法学部に行き、また二〇〇六 年から駒場の国際関係の衛藤瀋吉 先生から石井先生に継承されたポ ストにて、国際関係史の担当をし ています。 ですので、自分としては行って いる研究が変わった気はないので すが、所属がずっと動いています ので 、同僚と話している会話は ずっと変化をしています。ディシ プリンが変わると話題から何から 全部変わるわけで、酒の場で出て くる冗談まで全部変わります。赴 任当初の数カ月は 、同僚が何を いって、何を笑っているのか分か らないのです。それが分かるよう になるのにかなり時間がかかりま した。そういう意味では、ディシ プリンを渡り歩いている感じはあ ります。 最近は歴史と現状の双方をみて いる感じがします。もちろん、歴 史の方が書くのに時間がかかるも のですから、書いたものの本数的 には歴史以外のものが増えていま すが、自分のかける労力としては 歴史の方に多く割いてきたつもり です。ただ、最近は学会業務、学 内行政に忙殺されておりまして 、 とんでもない状態になっています が、それも時間が過ぎれば終わる と思っています。 わたしは 、﹁今後の中国研究の あり方﹂という大きな題を話すよ うな立場にはありませんし、それ ほど業績を積んでいるわけでもあ りませんので、今日は話題提供を して、自分の責を果たすことがで きればと思っている次第です。 ●日本の中国研究を取り巻く 環境の変化 日本の中国研究というのがジャ ンルとしてあるとすれば、日本の 中国研究は最近、そのあり方や位 置付け、今後の方向性などが随分 議論されていることは事実です 。 昔に比べて、日本の中国研究の発 信力が落ちたということ、とりわ け英語での発信力がないというこ ともよくいわれます。ただ、同時 に中国語でも発信力がないのでは ないかという話もあります。こう した状況の下で取りあえず予算が 付いて例えば現代中国研究拠点が 日本に六カ所つくられました。早 稲田が幹事校で、慶應、東大、京 大、環境研、東洋文庫でやってい ます。今、早稲田が出版物を担っ ていて、そこではまず中国語の発 信力を高めています。

日本における今後の

  

中国研究のあり方

講師川島

講 演

アジ ア経済研究所は、 二 〇 一 四 年 二 月 二 一 日 、 東 京大学准教授 川島 真 氏を講師とし て招き 、﹁日本における今後の中国研究のあり方﹂ と題す る ご 講演を い ただきました。 以 下に 川島氏の講演内容を掲載 い た します。

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国際交流基金、 これから恐らく、 。そこの語学ができて 、 そこに住んでいたことがあって 、 そこの地域のある種の空気や雰囲 気が分かっているというのが、ま さに地域研究者の強みなのです が、その地域研究者よりはるかに 長くそこに住んで暮らしている人 が、一〇〇万を超えるすごいマス で存在してしまいつつあるのが現 状です。もちろん雲南省の山間部 の村には一般の方はいないかもし れませんが、中国という単位で取 ればそういう状態になってきてい ます。 そのなかで、中国を対象とする 地域研究者はなにをすべきなの か。中国語を話し、現地社会に飛 び込んでいって研究をしていると いう点にどれほどの意味があるの か。現地の社会に住んだ人よりも よりミクロに現地が分かるとい う、よりミクロな、まさに掘りさ げていく方向に行くべきなのか 。 あるいは普通に現地に住んでいる 企業の方では分からないような 、 俯瞰的でマクロの方向に行けばい いのか。あるいは理論をもって大 局を分析すればいいのか。そうい う今後の研究をめぐる葛藤が、社 会との関係で存在するということ も指摘されています。 もうひとつの変化は、今の中国 への関心がきわめて高まったこと です。 日本の中国研究の一八番 ︵お はこ︶は、 現状分析というよりも、 やはり文思哲︵文学 ・ 思 想 ・ 哲学︶ 、 漢学の伝統に基づく研究、あるい は少数民族言語にものすごく強い 面があります。古典をこれほど読 める集団は中華圏を除けば世界に 多くなく、また、漢字の手書き文 字を読める集団がこれほどいる国 も、中華圏を除けば、まずありま せん 。﹃蒋介石日記﹄などが今公 開されていますが、あんなものを すらすらと読める外国人は日本人 ぐらいしかいません。アメリカの 研究者は、 膨大な研究費を使って、 大学院生に全部それを打たせ、英 語に訳させて引用する向きがある ほどです。 いずれにしても、現代中国に大 きな関心が集まっている現在、世 界的な中国研究の主たる対象が現 代・現在に移行しています。そう なりますと、日本の中国研究はや や苦しい立場に置かれます。例え ば、私などが外交史を勉強してい る身であるにもかかわらず、現代 外交にも発言を求められるのは 、 今、日本のこの状態で、現代中国 外交史専門家が社会や学界の需要 に対して十分に供給されてはな い、ということなのかもしれませ ん 。社会の要請や学問的要請と 、 日本の学界の状態があまりに合っ ていないという背景があるわけで す。 次に、現代中国研究の隆盛と共 に押し寄せたのが中国研究のグ ローバル化です。中国がグローバ ル化するとともに、中国研究自身 もグローバル化してしまって、英 語化が急速に進行し、アメリカや イギリスの中国研究の影響力が拡 大し、そこに海外に行っている非 常に多くの中国人研究者の活動が 絡んで、中国人も英語で発信する ような中国研究の世界が前より一 層強まっています。そうした英語 の研究成果のなかには決して高水 準でないものもあるのですが、こ ちらが日本語で出しているものは 何の優位性もありません。そうい うある種の中国研究のグローバル 化が起きてしまいました。特に現 代研究はそうです。 昔であれば、ハーバードなどの アメリカの主要大学を含め、海外 で中国研究、とりわけ中国の少し 古い時代をやる場合には日本語の 習得は必須だったといいます。少 なくとも日本語を読めなければ 日本の研究成果を吸収できなかっ たのです。ところが、最近はハー バード等の若手の論文や本をみて も、ビブリオのなかに日本語の論

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講演 日本における今後の中国研究のあり方 文が必ずあるわけではありませ ん。それは指導教員が﹁日本語を 読みなさい﹂といわない状態に なったことを意味します。 もちろん特殊な領域は別です 。 例えば満洲語 、ウイグル語 、チ ベット語を使用する領域などがあ ります。こうした語を用いて研究 する人がマスでいるのが日本の研 究の強みで、そういう分野に限っ ていえば、確かに世界的に注目さ れて日本語の研究は出ます。しか し、概してそういう分野の方は英 語もよくできて、成果を英語で出 してしまいます。そうした意味で は、ある特殊な分野を除いて、日 本の研究というのは、中国研究の グローバル化の下でやや存在を落 としつつあるかもしれません。 他方で、日本の中国研究の水準 は高く、問題は日本語で出してい る点にあるのだから、これを英語 にして出せばいいのではないか 、 そうすれば十分対抗できるという 考え方もあります。しかし、この 場合、英訳する経費が問題になり ます。日本国内ではコストが高す ぎて 、英語での発信といっても 、 一冊の本を英語で出すのにも数百 万円かかります 。目下のところ 、 コストが安くなる中国語で出すこ とが多いようです。 無論、 個々の研究者にとっても、 どの成果を何語で、またどのよう な媒体で発表するのかということ は、重要な問題です。 私自身のことを考えましても 、 私は九〇年代前半に大学院に入り まして、地域研究が強かったこと もあって 、﹁中国をやるなら 、ま ず中国語をやって 、必ず現地に 行って 、中国語で情報発信でき 、 議論できるようになりなさい﹂と いわれました、あるいはそういう 雰囲気がありました。しかし、ア メリカへ行って英語で議論しよう という雰囲気は研究室には必ずし もなかったのではないかと思いま す。 今、このように明らかに英語で 発信しなければいけない時代に なったときに、われわれが研究者 養成をする際に、 若手に欧米で ﹁英 語でやってこい﹂というと、なか なかハードルが高いようです。東 大にも、イェール大学を含めてい ろいろなところに協定があるので すが、どうしても南京や北京、 あ るいは も っ と 楽 しい 台 北 に 行 っ て しま っ て 、﹁ 楽しか っ た﹂と満 足 してし ま い ま す 。 学 生 も 英 語 の 重 要性 は わ か っ て い る で し ょ うけ れ ども 、 頭 で分 か っ て い てもなかな か転 換できな い の が現 状 で す 。 そ うし た 意 味 で 、 環 境 の 変化と い う の は 当然大き な 問 題 に な っ て き ま す。 そこに加えて、先ほど申し上げ た、フロンティアとしての中国の 後退があります。つまり、繰り返 しになりますが、中国に住んだこ とがある、いたことがあるという メリットは二重の意味でつらく なってきているのです。ひとつに は、 日本社会であれ、 どこであれ、 中国のことをリアルに分かる人が 社会にすごく増えました。もうひ とつは、これはアメリカの影響で すが、現地の社会の空気のような ものをアカデミックに書くことに 対する抵抗が、とりわけグローバ ルな方の中国研究にあります。数 値や統計を用いて理論的にやる中 国研究が出てきたからです。アメ リカのなかでも、中国に行ったこ とがなくても中国に関する論文は 書けるという雰囲気が出てきてい ますし 、欧米で学ぶ中国人にも 、 そうした手法が広まりつつありま す。彼らは、自らの論じている内 容と実際の中国との間のズレに気 づいてはいても 、﹁自分としては 違う気がするけれども 、アカデ ミックにはこれで良い﹂というこ とをいうことがあります。こうし たことを踏まえますと、果たして 地域研究というのは、これから一 体何をやればいいのでしょう。こ の点については、昨今、いろいろ な議論が出てきています 。ひと つには 、理論を用いる方面から 、 フィールドに基づく、現地の﹁空 気﹂を伝えるような研究に対し 、 ﹁それは研究なのか﹂という疑義 が出ます。 一方で 、そのような地域研究 、 つまり現地に行かずに数字だけで やっていくタイプの研究に対する 疑義 、疑問も相当出てきていて 、 同じような統計の結果が出ても 、 その数字の意味が持つコンテキス トが各地域社会で全く違うという ことが分かってきています。だか らこそ、昨今では統計や数値を使 う方法論と、現地に即した読み方 をする方法論とを組み合わせない といけないのではないかという声 が増えつつあると思います。別の 言い方をすれば、グローバル化が 進展するなかで、特殊性や個別性 よりも普遍性が進行しているのは 確かで、小さな言語をやるよりも 英語をちゃんとやって、きちんと ディシプリンを持ちましょうとい う方向性が確かに重要となるもの の、 果たしてそれだけはいいのか、 ということになるわけです。とは いえ、あまりミクロに行き過ぎる

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に Michael Szonyi と い 、彼は金門島という ︵﹃ Cold War Quemoy on the Front 。福建省 戦後を二〇∼三〇年分追うのです が、非常にミクロな領域のものを 扱いながら、それが東アジアの冷 戦、中国と台湾の対立、あるいは より理論的な検討まで、非常に大 きな論点を圧縮させた形態で議論 を進めています。 日本研究にしても、ハーバード のジャパニーズスタディーズで は、例の築地に何年か住んで、築 地のマグロに関する本 ︵﹃ Tsukiji: The Fish Market at the Center of the World ﹄︶ を出した研究が あり、それもミクロな築地とマク ロな日本社会論、ひいてはグロー バルな市場にもつながった議論を 展開しています。そうした意味で いうと、ミクロな地域研究に回帰 する部分と大きな物語の接合が重 要になっているということになる でしょう。 ●それでも生じている研究ス タイルの変容 しかし、こういった中国研究を 取り巻く状況や環境の変化への対 応は、アカデミックの側、とりわ け制度的には困難です。現在、東 京大学のなかで、中国研究に関す るポストが幾つあるか知りません けれども、どういう状態になって いるかというと、法学部に三、経 済はどう数えればいいのでしょ う。アジアと冠している講座があ るでしょうか。分かりません。文 学部については、中国文学、中国 哲学と東洋史があります。教育学 部にはアジアの教育です。東洋文 化研究所は一部ありますが、理系 は別にして、駒場の方には中国語 や中国史などが一〇以上あり、国 際関係で一だけです。簡単にいえ ることは、社会科学系の中国研究 のポストは少なく、ほとんど全て 人文科学や語学に偏ります。 人文科学に基づく中国研究は 、 まさに世界的に競争力をもつ分野 な訳ですが、社会的な要請が強い のは現代研究、それも社会科学系 です。人文科学でも現状分析を行 う分野はあるのですが、歓迎され ている訳ではないでしょう。私は 歴史出身ですが、法学部に八年半 も行っていましたし、今は国際関 係にいるので 、﹁現代研究﹂に対 する認識が変わってしまいまし た。いずれにせよ日本の学術の制 度では、社会科学系の中国研究は 手薄だということになります。 加えて、このなかで研究者養成 ができるところは、いっそう限ら れます。さらに、例えば法学部に はポストが三つあっても、法学部 のなかで法律ではなく政治を選ん で、政治のなかでもアジア政治を 選ぶというのは、カリキュラムの 端の端に行くのと同じです。法律 のなかでも 、 実 定 法 で は な く 礎法を 選 ん で 、 基礎法 の な か ジア 法 を や る と い う の も 端 の しょう 。こ のよ う な 大 学 のカリ ラムな ど の 制 度 は 学 生 の 関 心 路に 一 定 の影 響 を 与 え る こ と り ま す 。 東 京 大 学 全 体 で三〇〇〇 人以上 が毎 年入りますが 、 中 みで 卒 業 論 文 を 書 く 人 の う ち もそ も 法 学 部 で は 卒 論 は義 務 られ て い ませ んが ︶、 社 会 科 学 なア プ ロ ーチで 中 国のこと を 人は 一 〇 人 も い な い と い う こ なるわけです 。 このような現状を変えたいと 思ってもそう簡単ではありませ ん。例えば法学部のなかで﹁アジ ア政治のポストを五にしたい﹂と いくら叫んでも、それはヨーロッ パ政治や日本政治のポストを食う という話になりますし、到底考え られません。せいぜい、アジア政 治一、アジア政治外交史一が限度 でしょう。慶應義塾大学の法学部 はやや例外的で、この数十年間は 中国現代政治の人材を輩出する日 本のセンターになったのです。し かし、東大などの国立大学系の社 会科学系の諸学部で中国やアジア

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講演 日本における今後の中国研究のあり方 のポストは増やすにも増やしよう がないわけです。今後、少し変わ るかもしれませんが、制度が柔軟 に対応できない状態が今の日本で はあるわけです。このような大学 のポストは、大学のカリキュラム とも関連づけられ、さらには学界 の諸制度や科研費などとも関わっ ています。ですので、明治以来の アカデミズムのあり方を変更する ことはきわめて難しいということ になります。 また、語学のポストもなかなか 厳しいところがありまして、私は 非常に不思議だと思っているので すが、ネイティブでないと教えら れないという妙な幻想があるのか もしれません 。しかし 、私は日 本語を教える自信はありません 。 ﹁は﹂ と ﹁が﹂ の違い、 ﹁に﹂ と ﹁を﹂ の用法など説明できません。母語 話者の多くは文法など普通説明で きないのです。しかし、日本の語 学教育の現場では、依然としてや はり母語話者優先な面があり、非 常に多くの中国人研究者が中国語 教育のポストを占めています。 それも一因となって、日本人の 若手が大量にあぶれました。昔は 語学の非常勤を含めていろいろな ことでしのいだ院生たちが、全く 職がない状態になってしまったの です。そもそも助手ポストが削減 になったなかで、一生懸命育てら れた院生たちに職がなく、学界を 離れるケースが激増しています 。 もちろん心を病んでしまうなど 、 いろいろな意味でリタイアしてい る人がたくさん出ています。学振 ︵日本学術振興会︶の PD の数も 限りがあり、ポスドク︵博士研究 員︶ 層への手当も全体から見れば、 激減しています。ですので、先ほ どの制度の問題だけではなくて 、 研究者の養成それ自体が苦しいと ころに陥っています。 さらに中国研究の病理はまた別 のところにもあります。学会の林 立、細分化です。ひとつには昔の セクト主義の影響、また学問の発 展にともなう学問分野の細分化が 背景にあります。専門化は一面で 歓迎すべきことであるものの、大 きな議論の展開を妨げる側面もあ りますし、何よりも学会業務を激 増させてしまうのです。そうした 意味では、今度、中国経済学会と 中国経営学会が合併するなどとい うニュースを喜ばしく聞きまし た。また、やはり中国研究全体を 統合する学会が日本に無いという のも、 どうかと思う時があります。 私は現代中国学会の会員ですが 、 現代中国学会にそんな力はありま せん 。現代中国研究と文思哲の 方々、文学部の歴史系も含み込む ような、包括的な学会はないので す。逆にいえば、文史哲の学会に 現代中国研究者はほとんど加わっ ていないのです。これはひとつの 断絶でしょう。また、他の地域研 究の学会、たとえば台湾研究では 日本台湾学会があるように、全体 を包摂するような学会があるもの の 、中国研究では人数が多いこ と、また研究分野としての歴史や 経緯もあり、それがないというこ とです。また、アメリカの AA S ︵ Association for Asian Studies ︶ のような、一応みんなが集まる場 もありません。 もちろん中国における中国研究 者が全員集まる場所はありません し、日本における日本研究者全体 が集まる場がないのはあたり前で す。そうした意味では、人数が多 く経緯のある日本の中国研究にそ れがないのも当然なのかもしれま せん。しかし、中国が大きな存在 となり、また日本国内のさまざま な資源も限定的になって来た昨 今、このままでいいのか、という 問題があるように感じられます。 経済 研究所 このような背景を踏まえたとき に 、アジア経済研究所のあり方 、 今後をどのように考えることがで きるのでしょうか。アジア経済研 究所については、もちろん皆さま の方がご存じなので、私が申し上 げることは何もありません。印象 では、ここの研究者になると、海 外留学や赴任のチャンスが一度 、 二度あるという点で大変素晴らし いということがあります 。また 、 いわゆる研究者養成、すなわち学 部から採って養成するという機能 が、たとえそれが弱まったにして も、とても注目に値することだと 言えます。そして、現地の皮膚感 覚を大切にして、かつ、皆さんそ れぞれがディシプリンをしっかり お持ちであるという点で、先ほど から申し上げている皮膚感覚と ディシプリンの双方を担えるよう な地域研究者の集う拠点のひとつ だということは十分にいえるだろ うと思います 。これらの意味で 、 ディシプリンと地域研究のバラン スを十分に持った研究という、ま さに大きな課題に取り組み、あら たな地域研究を担い得る空間であ ることは明らかだと思っていま す。 人材が流出するという話をよく アジ研から耳にするのですが、そ れはある面であたり前だと私は

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アジ研の方々は、 、 方々が外に出るということは、今 の日本の学界と中国研究の情勢か らして、今後も続くだろうと客観 的に思います。 このような現象は、 アジ研ほどではないにしても、現 代中国を研究するシンクタンク等 にもみられている面があります。 ただ、だからといって、人が出 ていくことが問題かというと、私 は問題とは思っていません。私は 北海道大学の法学部にいました が、あそこもいろいろ大きな共同 研究を回していて、そのたびに若 い助教 ・ 講師等を採っていました。 彼らは数年間、北大にいて、一緒 に共同研究をいろいろやって、数 年たってどこかから呼ばれて出て いきます 。でも 、五年たっても 、 一〇年たっても、北大で何かやれ ば集まるというチームが出来上 がったというのは確かで、別にそ こに籍がなくても、ネットワーク 的につながっていれば、別に問題 はないと思います。 ただ、そのようなチームは放っ ておけばできるわけではないと私 は思っています。特に立ち上がり の段階では誰かが相当汗をかい て、手作りでチームをつくってい かないとできないでしょうし、ま た、経費がないとできません。一 定の経費とそれなりの人的な労力 と何かがあって、だんだんとそう いうチームが出来上がり、ある年 がたつと自動的に回るようになる わけです。その回るときに、もと もとそれをつくろうとした人間の 思いどおりになるかは全く別問題 でして、そうしたネットワークは 自律的に回ることが多いと思うの ですが、いずれにしても、そうい う目にみえない制度をつくり、そ れがネットワーク化されれば、い ろいろな機能を持ち得ると思って います。ですので、人材が流動的 になることを必ずしも否定的に捉 えなくてもいいように思います。 これは幾つかの意味があって 、 今、申し上げたように、そこにい た人がやがて外に展開して広まっ ていくという要素もあるでしょ う。あるいは、先ほど申し上げた ように、日本ではポスドク集団が 大量に余っていて、机と椅子と一 定の研究費を十分付けるだけで 、 非常にうれしく思う若手はたくさ んいます。そういう若手を集めな がら、かつ、そこを通過した人を ネットワーキングしながらチーム をつくっていくというのはどうで しょう。ただ、これも繰り返しで すが、若手の方々がいればいいと いう話ではないので、やはりそこ でどう魅力あるチームづくりをす るかという話が出てきます。 しかし、そのチームづくりにつ いても、私はいろいろと共同研究 をやりながら思うのですが、とて も難しいものがあります。自分の 研究の業績を積み上げたい、積ん でいきたいと思っている、少なく とも中堅までの研究者にとって ﹁これからこういう共同研究をや るから、おまえがやれ﹂といわれ る、これほど苦痛なものはないわ けです。ですから、彼ら/彼女ら が自分の研究を進めることを大前 提に、どういうチームをつくるの か、何をミッションとするか、と いうことが大切になります。そこ で 、その組織から離れたシニア 中堅以上の研究者といかに連携し てサステイナブルなネットワーク をつくるのか、 無理なく、 かといっ て緩すぎないものにすることが課 題になるでしょう。 また、若い人にインセンティブ を与えることも忘れてはいけない でしょう。自分の研究にとって非 常にためになる、ぜひ会ってみた いと思った人を海外から呼んでく る経費を付けるとか、自分にとっ て話してみたいと思う、同じよう な領域をやっている若手を呼んで ワークショップをしたいといっ た、自己利益に還元しつつ、かつ

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講演 日本における今後の中国研究のあり方 それをまたこのなかにいる研究者 の間で共有するような、横の広が りを持ついろいろなことをやるこ とが一番の近道です。つまり自己 的な利益と横の広がりの双方を担 保できるようにしないといけない だろうと思います。 ただ、ひとつの組織がある種の インパクトを社会に対して持つ場 合に、個人研究の集積だけでいけ るかといわれると、そこは厳しい ところがあります 。例えば 、﹃ ア ジ研ワールド・トレンド﹄のなか で、数年前に、胡錦濤政権の真ん 中あたりにひとつの総括をされて います。二〇一一年に大西康雄さ んたちがやられたものがありま す。非常に面白くて、社会、農村 にメスを入れたもので、江沢民の 経済重視路線に対して、本来であ れば、和諧社会という考え方など によってバランスを取らんとして 登場したはずの胡錦濤政権が、む しろそのバランスが取れないがた めにもがき苦しんでいる姿を描き ました。これはやはり、個別研究 の集合体という面とともに胡錦濤 政権を全体として捉えようとして いる点に価値がある訳です。この ようなことができるのは、質の高 い研究を複合的に展開している当 研究所だからもてる優位性のあら われだと感じます。このような総 合的な特集を ﹃アジ研ワールド ・ トレンド﹄などで定期的にやって いくことが肝要と思います。アジ 研の中国研究のメンバーには中堅 や若手が多く、かつ層が厚く、多 様なディシプリンの方がいらっ しゃいます。 そのチームによって、 インターディシプリナリーな中国 研究を展開することは十分に展開 可能だと思います。日本に、これ ほど中国研究者が集まっている場 所はあまりないのではないかと思 います。 共同研究の成果を発信すること はひとつの手ですが、活性化して いく組織は、必ずしも論文の本数 が多いから活気があるというわけ ではなく、やはり人が集まってく る、そこに行くといろいろな情報 が入っているということが人を引 きつけます。ハーバードなり、コ ロンビアなり、スタンフォードな りに行くと、いろいろなマテリア ル、一次資料があったり、そこで しかアクセスできないデータベー スがあったりします。そういうも のがあると 、当然ながら人が集 まってくる呼び水になります。こ れは日本の大学の忸 怩 たるところ で、日本の大学はそういうアーカ イブス機能は十分に持っていませ ん 。コロンビアには Manuscript Library というすごいものがあっ て 、 私 の 専 門 で い え ば 、 あ そ こ の 図 書 館 の 奥 の 方 に 行 く と 、 Wellington Koo ︵顧維鈞︶という 外交官の膨大な史料があって、一 週間いても楽しいです。そこに行 くと同業者がいっぱいいて、なぜ かコロンビアという場所で、やろ うと思えばワークショップができ るような感じになります。あるい はこの数年間、スタンフォード大 学フーバー研究所に行けば 、﹃ 蒋 介石日記﹄をみている人がずっと いて、まるで中国にいるかのよう な、中国近代の主立った研究者の 人たちがずっといて、昼休みや夜 に彼らとご飯を食べるだけで、そ れだけで良かったと思えるような 空間がそこにあるわけです。 日本の場合は、東洋文庫や東大 の東文研、あるいは京大の人文研 等があるのですが、現代中国研究 となると、私はちょっと思いつき ません。つまり、日本はこれほど 中国に近くて、中国情報が集まっ ているはずなのに、ここに来ると 欧米にはないような中国情報や データベースがあるというセン ターはあまりないように見受けら れます。 歴史の方は比較的熱心で、私自 身も例えば一〇〇年前の中国の清 王朝の外務大臣だった人のひ孫さ んから、その方の日記を借りまし て 、それをマイクロフィルムに データ化して、東洋文庫に収めま した。われわれはそれを史料化と いいますが、 その日記は 置いてお けば骨董品ですが、それを人々が 使える史料、つまり公共財にする という作業があります。では、今 の日本の現代中国研究において 、 集められてきたデータなり何なり を公共財化する作業はなされてい るのでしょうか。 そういう 、人を呼べるような 、 日本だからこそあるようなデー タ 、マテリアルをもしアジ研が 持っていれば、アジ研でサバティ カルを過ごしたいとかいう意欲が 内外の研究者にわきます。アジ研 の図書室にいると、世界の誰かが いつの間にかいるという状態が出 来上がります。さらに、院生の方 が、例えばその資料でもって博論 を書くと、ここを故郷と思うよう になり、長きに亘って、その研究 機関にコミットするようになりま す。これは日本の大学はみんな気 付かないのです。そこにその資料 があることが、世界の研究者なり 何なりを集めたり、意味を持った りするという意識がほとんどない

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、 一 流 がそれぞれ 多 くの共 同 研 し て 内外か ら多く の 研究 集 い 、 ま た 同 時 に 若 手 研 P D な ど と し て そ こ に う こ とで す 。 いうならば、もう相当のマクロ指 標は、日本のシンクタンクがだい ぶ提供しています。ですから、マ クロ経済に関してアジ研が何かや るということはないのかもしれま せんが、アジ研の強みはやはり非 常にミクロな単位でものをみるこ とができることです。シンクタン クの方々は、大体、大きな観点で ものをみるだけですし、海外のい ろいろな中国経済に関する指標は 大体マクロ指標です。元をたどっ ていくと、大体、中国の国家統計 局の発表であったりします。 アジ研であれば、地域別、地方 別の状況の発信ができるのではな いでしょうか。可能であればの話 ですけれども、アジ研の研究者が 日常的に行っているフィールドの 範囲を前提にして、中国のなかの 代表的な七つか八つの地域を決め て、 それぞれ担当を決めるのです。 そして、そこの地価、ブタ肉の値 段、電力消費など、中国の経済動 向を決めているような数値を紹介 したり、各地域の経済動向を出し たりすることはできないでしょう か。また、そういう数値を出しな がら、それなりにリポートをまと め、それをウェブで公開するだけ で、相当のアクセス数になるので はないかと思います。とりわけ日 本では、中国語を読めずに中国に 関わっている人が結構多いので需 要は見込まれます。さらに可能で あれば、幾つかの農村、よりミク ロな社会など、基層社会の動向も 何か指標で出していければ、加え てそれが定点観測であればいっそ う公共財としての価値をもつもの と思います。 先ほどの大学の話ではありませ んが、アジ研の持っているリソー スのなかで、アジ研の方が気付か ないけれども、社会的には非常に 大きな需要があることもあると思 います。 そういうものを発掘して、 皆さんがあたり前にやっているこ とを可視化するだけですごく意味 があることだと思うのです。つま り皆さんが今、普通にやっている ことを前提にして、そこに付加価 値をみいだしていくことが重要と 考えます。昨今、大学にせよ研究 機関にせよ、さまざまな改革が叫 ばれていますが、現場感覚のない 方々が先導すると大変なことにな ります。現場感覚を前提に、また 現場の論理を踏まえながら、サス テイナブルにやっていくことがそ の組織にとっても、構成員にとっ ても大切になるものと存じます。 最後 に 申 し 上 げま す が 、 日 本 の いろいろ な 中 国 研 究 の 学 会 に も ア ジ研 の共 同 研 究 が パ ネ ルな どをど んど ん出し て い ただけ ればと思 ます 。 そ し て 学 会 の機 関 誌 にも ジ研 の方々 が中 心にな っ て特 掲載 い た だ け れ ば と 思 っ て い ま ︵かわしま   しん/東京大学大学院 総合文化研究科准教授   国際社会 科学専攻︹国際関係史︺ ︶

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