アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7)
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●
は
じ
め
に
エル・サント、ブルー・デイモ
ン、ミル・マスカラス、エル・ラ
ジョ・デ・ハリスコ……これらは
皆、ルチャ・リブレの伝説的な覆
面「
ル
チ
ャ
ド
ー
ル
」(
レ
ス
ラ
ー)
たちのリングネームである。メキ
シコ流プロレスであるルチャ・リ
ブレの魅力は、ルチャドールたち
が宙を舞い、荒技を繰り出す迫力
の
あ
る
闘
い
に、
罵
声、
野
次、
ス
ポットライトの光、汗が飛び混じ
り、独特の陶酔的な「祭り」のよ
うな空間が創造されるところにあ
る。筆者もはじめてのメキシコ留
学時に、ルチャ・リブレ二大聖地
のひとつとされるアレナ・メヒコ
に出かけ、その熱気に圧倒された
夜の驚きが忘れられない。観客層
は実に幅広く、子どもから年配者
まで、主婦からビジネスマンまで、
貧しい人も富める人も、今宵は皆
この「劇場」を構成する一員とな
メ
メキシコ
キ
シ
コ
人
が
愛
す
る
ル
チ
ャ
・
リ
ブ
レ
馬場
香織
❖特集❖
途上国・新興国のスポーツ
るのだ。ルチャ・リブレは間違い
なく、サッカーと並んで、メキシ
コ人の心に最も深く根を下ろした
国民的スポーツのひとつであると
い
え
る
だ
ろ
う。
本
稿
で
は、
ル
チャ・リブレがメキシコ人に愛さ
れる理由について、その大衆文化
性に焦点を当てて検討してみたい。
●
ル
チ
ャ
・
リ
ブ
レ
の
概
要
ルチャ・リブレは、スポーツと
劇場性を併せ持つ、メキシコの代
表的な大衆エンターテイメントで
ある。試合形式は日本やアメリカ
のプロレスと大きく変わらないが、
ジャベ(鍵の意)と呼ばれる関節
技および飛び技が多いのがひとつ
の特徴であるといわれている。善
玉レスラーと悪玉レスラーが存在
し、
そ
れ
ぞ
れ「
テ
ク
ニ
コ
」「
ル
ー
ド」と呼ばれる。悪役の反則技に
観客は大ブーイングを浴びせ、傷
ついたヒーローに声援と励ましを
送る。ヒーローは再び立ち上がり、
悪を討つ。テクニコとルードの掛
け合いともいえる闘いで、会場は
熱狂的に盛り上がっていく。なお、
悪役には外国人レスラーが登場す
ることも多く、日本人レスラーも
近年活躍している。
試合会場は、
メ
キシコシティの中心から近いアレ
ナ・メヒコとアレナ・コリセオが
二大聖地とされ、最も有名である。
●
ル
チ
ャ
ド
ー
ル
は
世
界
を
も
救
う
では、なぜルチャ・リブレはメ
キシコの人々を魅了してきたのだ
ろうか。ルチャ・リブレの始まり
は一九世紀に遡るが、冒頭にあげ
た多くの神話的ルチャドールが活
躍し、その人気が爆発的に高まっ
たのは、一九五〇年代頃のことで
ある。ルチャ・リブレが人気を博
した最大の理由は、それが単なる
スポーツを超えた、フォークロア
的な要素を多く備えながら発展し
てきた点にある。第一に、先に述
べ
た
よ
う
に
ル
チ
ャ・
リ
ブ
レ
に
は
「
正
義
」
対「
悪
」
の
ス
ト
ー
リ
ー
展
開が織り込まれているのだが、正
義のヒーローの活躍はリング上に
とどまらなかった。彼らの闘いの
主要な媒体となったのが、映画、
そして一九五〇〜六〇年代頃から
普及しつつあった白黒テレビであ
る。数あるヒーローのなかでも、
銀色の覆面ルチャドール、エル・
サントの人気は絶大であった。善、
規律、名誉を体現するエル・サン
トは、リング上で敵の悪役を打ち
負かしたが、それだけではない。
彼が主役となった映画は実に五〇
本以上にのぼり、その多くは一九
六〇
〜
七〇年代にかけて制作され
た。映画のなかでエル・サントは、
ゾンビ、ミイラ、吸血鬼、狼男か
ら犯罪組織まで、あらゆる悪と闘
い、人類を危機から救うのである。
このように書けば、ラテンアメ
リカ的なシュールレアリスムに聞
こえるかもしれない。しかし、多
くのメキシコ人にとってエル・サ
ントは「リアル」であったし、彼
が世界を救うか否かは切実な問題
であった。一九七〇年代に幼少期
を過ごした、筆者のメキシコの友
人の次のような言葉が、それをよ
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アジ研ワールド・トレンド No.237(2015. 7)
く物語っていよう。
「
い
つ
も
の
昼
下
が
り、
小
さ
な
白
黒テレビのなかで、エル・サント
は世界を救うために悪と闘ってい
た。市場で買ってもらったルチャ
ドールのゴム人形で闘いごっこを
しながら、エル・サントに声援を
贈った午後の風景が、僕にとって
一番幸せな幼少期の記憶だよ。
」
こうしたルチャ・リブレ黄金期
の記憶は、リング上で展開される
闘いと相まって、多くのメキシコ
人のなかに生き続け、あるいは再
生産されることとなった。
●
覆
面
の
マ
ジ
ッ
ク
ルチャ・リブレのフォークロア
的な第二の要素として、覆面によ
るルチャドールの神格化や、大衆
文化への浸透をあげることができ
るだろう。元来短
パンにブーツのみ
で格闘していたル
チャドールたちが
覆面を用い始めた
のは、一九三〇年
代頃のことである。
さらにこの覆面が
ルチャ・リブレで
重要な意味を持つ
ようになったのは、
先の伝説的ルチャ
ドールたちがリン
グの内外で活躍し
た一九五〇年代以
降
で
あ
っ
た。
エ
ル・サントはその
死後、葬儀の際に
も
覆
面
の
ま
ま
で
あったという逸話
が残っているが、
覆
面
は
ル
チ
ャ
ド
ー
ル、
そ
し
て
ル
チャ・リブレとしばしば同一視さ
れ、またリングネームと合わせて
正体不明のヒーローの神格化を促
してきた。
一方で、覆面、ルチャドール、
ルチャ・リブレは、さまざまな大
衆芸術で「メキシコ的なもの」を
体現するモチーフとして用いられ、
大衆文化に浸透していった。メキ
シコの現代アートでは、ルチャ・
リブレをモチーフにした写真やグ
ラフィックデザインに加え、メキ
シコの伝統民芸の手法を用いた作
品も、国内外で数多く発表されて
いる。
●
お
わ
り
に
以上みたように、ルチャ・リブ
レは、リング上だけでなく、その
外でもメキシコ人の生活や文化に
浸透していくことで、単なる格闘
技を超えてメキシコ人のアイデン
ティティに深く関わるようになり、
また対外的にもメキシコを象徴す
る
も
の
と
し
て
認
識
さ
れ
る
よ
う
に
なった。ルチャ・リブレの伝説的
ヒーローたちが銀幕で闘ったのは
一九八〇年代頃までのことだが、
エル・サントが体現する黄金時代
に、ルチャ・リブレはメキシコの
大衆文化における地位を確立した
といえる。
エル・サントに熱狂して育った
世代が親となり、子どもを連れて
ルチャ・リブレ観戦に出かけ、次
の世代にルチャ・リブレ文化が継
承されている。また、ルチャ・リ
ブレには世襲ルチャドールが多い
ことも、人気が引き継がれる理由
のひとつであろう。かのエル・サ
ントのジュニアをはじめ、多くの
二世ルチャドールが現在も活躍し
ている。もちろん、世襲以外の優
れたルチャドールも多く誕生して
いる。彼らが宙を舞い、現実とは
思えない鮮やかさと敏捷さ、力強
さをもって格闘し、最後に正義が
勝つまでを見守るメキシコの子ど
もたちの目に、驚きと興奮の輝き
をみるとき、ルチャ・リブレのマ
ジックが今なお続いていることを
知るのである。
《付記》
Deseo
expresar
mi
agradeci-miento
a
Sergio
Santiago
por
su
invaluable
comentario
acerca
de
la
m
ex
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an
id
ad
d
e
la
L
uc
ha
Libre.
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お
り
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ジ
ア
経
済
研
究
所
ラ
テ
ン
ア
メ
リ
カ
研
究
グ
ル
ー
プ)
ルチャ・リブレ By Eneas de Troya(https://www.flickr.com/photos/enea/9575751109/)