Title
『リア王』と悲劇的リズム
Author(s)
作田, 真由子
Citation
大阪府立大学紀要人文・社会科学 = Bulletin of the
University of Osaka Prefecture Series C The Humanities and
Social Sciences, 32: 91-106
Issue Date
1984-04
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10328
前者は嵐の中に閉め出されて正気を失ったリアが、想像上の裁判を 開き、その二人の被告、ゴネリルとリーガンについて言う科白、後 者は、劇の最後の場で死んだコーティーリアを腕に抱いて述べる科 白である。この二つの質問に端的に示されているように、シェイクス ピア円熟期の悲劇﹃リア王﹄は、この世に存在する悪、そして死の問 題を通じて、一体、人間の苦しみには意味があるのか、という疑問を、 アクション全体の中で徹底して問いつめた作品であると言える。 こういった内容から、必然のことと見なされるにしても、観客が経 験する苦痛や疲労感の甚だしさは、幾多の人々によって折にふれて表 明されて来たように、一種、異様な、と言えるほどのものである。そ 三の四局計切︾ .・・胃の計琴①旬のPごく○四こめの一コご画計巨司の計ずゆ計冒ご画斥の計雪のめのずぃ門匹 ︵1︶ ︵三幕六場七五’七六行︶ ごぐずくめず○屋一匹四匹○m︾ゆず○局のP四門沙計︾ずゆくの一黙少 シご﹂夢○匡ご○ず門の胃ご胃巴弓 ︵五幕三場三○五’三○六行︶
﹃リア王﹄と悲劇的リズム
の最大の理由として、結末のコーディーリアの死の衝撃を挙げるのは 正当であろう。しかし、その衝撃力が、一朝一夕に貯えられたもので ないことには、十二分に注意する必要がある。この結末の効果は、作 プロッkO 品を一貫して流れている固有のリズム、あるいは、筋やアクションや 人物造型や科白を統一している、所謂スタイルと切り離して考えるこ とは出来ない。ジョンソン博士が率直に表明した、結末にまつわる堪 ︵2︶ え難さは、こういったリズム、スタイルに合致しているからこそ、受 容者側の精神にとって、いわば累積的な衝撃力を持つのではなかろう か。 幾人かの批評家が、イメジャリーや人物造型など、様々な側面に焦 点をあて、それぞれにこの劇の独特の統一性を、そしてそこから、悲劇 性を考察して来た。無論、受容者側と言っても、均質性を仮定するこ とは出来ない。劇場においては、個々の観客によっては、こういった 統一性の認識は希薄かもしれないのである。しかし、鮮明に意識され ようとされまいと、奥深い所では、それが観客体験の重要な一部であ ることは、否定出来ない。演劇が観客なしには成立しない以上、出来 るだけ窓意性を廃しつつ、受容者側の意識の様態を考慮に入れること は、無意味ではないと思われる。作田真由子
.・・胃一○ぐの望○匡局︻ご口]の②計望 e シ○○○局昌邑、8日くず○ご島ご○ の重みを悟らず、極端な怒りの発作に身を任せてしまうリアは、後に ﹁王侯の没落﹂という、古くからある悲劇の枠組を、シェイクスピ アはこの作品でも利用している。愚かにも性急な行為によって、リア が自ら悲劇の口火を切る冒頭の場より、しばし彼の転落の経緯を眺め てみよ、7。 第一幕第一場、自らの宮廷で王座についているリアは、強大な権力 を手中にし、人々の上に君臨している。二人の姉娘達は彼に楯ぴ諸い、 自らの心を偽らないコーディーリア、そしてリアを諌めようとしたケ ントは王国から追放される。コーディーリアの慎ましい表現、 この小論では、一つの側面ら聯に注目し、そこから付随する要素の 中でも、主人公リアの精神の軌跡を追いながら、この作品固有のリズ ムについて考察してみたい。リアに焦点を置く理由は、共感にせよ、 反発にせよ言︶おそらくリアほど観客心理に大きな影響を与える主人公 はなかろうと思われるような、彼の、情緒を掻き乱し樵惇させる、原 初的で圧倒的なエネルギーにある。彼を含めて、この劇世界に、最終 的にどのように判断を下すにせよ、観客は終始、劇中の出来事や状況 や人物達を、リアとの関係を考えずに見ることは殆ど出来ないとさえ 思えるからであっ94︶ I 頁︺○門の国○一ののの。 ︵一幕一場九一’九二行︶ と貧しい人々のために祈り、今までの自分をも含めて、高い地位に いる者、﹁余剰﹂︵切壱の呈匡ご︶の世界に生きる者達に反省を促す。更に、 人間のうちで最も惨めな、卑しい状態にいる、エドガー扮する狂気で 乞食の、半裸の姿のトムに出会っては、 シご﹂の彦○言夢の函の画くのごmgo局の言胃. 弓ゴ胃夢○匡冒ゆく輿の写四六の夢の切匡での匙盲桝8計ゴの冒嘩 画〆で○の①計三電のの罵詳○庁里ミゴ騨計葛局の計○ず①の庁の一︾ 弓○○一群匙の○四局の○︷計三m.弓画云のでず冨巴P勺○日頃 司旬○日切の四の○ご切切匡○ずゆめ夢のmの↓○一月歩画くの計虹①ご ぺ○尾門一○○七煙四コ﹂ミヨ﹂○言箆局い、、の堅冨のm切画﹂の貯巨﹂営○巨 顛○葛めず巴一望○厘門ゴ○匡切里①のいずの煙・めゆご○屋ご諒己切匙のの﹀ 弓ゴ胃ず匙の夢のでの岸旨、o︷夢尉亘は一の⑳切の8国厚 勺○○局国四六①﹂葛局の計○写①の望ミゴの局の切○﹀の局冨oご凹局の﹀ と到る中間の過程である。荒野の嵐の場で、リアは、 における、人間が動物と殆ど見分けのつかぬ状態で生きている荒野へ という、世俗的には人間のきわめる最も高い地位から転落し、第三幕 と次の第五場、そしてリーガンの館での第二幕第四場は、リアが王座 ﹁国王たる名目﹂のみを持ってゴネリルの館に逗留している。この場 降り、自ら宣言した通り、すべての権力を譲り渡して、百人の騎士と、 ある。次に観客がリアを見る第一幕第四場では、リアはすでに王座を 一場一九行︶と述懐するのと同様、この時点では精神的に全く盲目で 彼の分身、グロスターが、﹁目が見えた時はつまずいたものだ喝︵四幕 ︵三幕四場二八’三六行︶
と言いつつ、着物を脱ごうとする。このリアの言葉に表現されている人 間観と、劇全体が呈示するそれとが同一であるかどうかは一考を要する ところである。しかし、ともかく、この場でリアは、地面を這い回る虫の ようなトムの姿を人間の本当の姿と見、以前にはそれと気づかなかっ た、虚飾に満ちた宮廷世界を否定して、自らもこの荒野の住人、﹁必 要﹂︵富①oのめのご︶の世界の住人たるべく着物を引き裂く。この行為が、 リアの精神的脱皮を象徴することは言うまでもない。第三幕第六場の、 想像上の裁判の場を経て、狂気に陥ったリアの姿は、ドーヴァー付近 の草ぼうぼうの野原で、﹁頭には延び放題のカラクサケマンや畑の雑草、 犬牛菩、毒ニンジン、イラクサ、ハナタネッケバナ、毒麦、それから 食料になる穀物のあいだに生いしげるやくにも立たない草を冠って﹂ ︵四幕四場三’六行︶見受けられる。第四幕第六場ではその姿で、リ アはグロスターとエドガーに遭遇する。おそらくこの場が、劇が始ま って以来、リアの精神と肉体が辿って来た転落のどん底である。毒草 や雑草を頭につけたリアは、また、人間性に対して最も否定的な観念 に捕われている。 色旬計.○顛望○露︾宮○巨一のご皇宮伽挫○○日魚屋ごケロヰ○ロゴの局の. ︾の二○吋ご○門のず匡計のこ○ず四七○○園ずゆ局の︾︷○門戸の座煙冨甘口︺四一画の計ゴ○巨 の○でず営め計﹄○四計の9−︽ず○匡包尉計計写の許す啓二的詳の①一年巨。四○○○嵩。﹃ご○堅い計の匹胃ご四国 葛○○一︾計ゴの○四︽ご○での局昏ヨの、軍畏ゴの﹃の﹀切計三門のの○三mP局の ○二﹃︾の奇計ゴのニミ○局︻己二○切津天︾計ゴのケのゆめ含己○ヶ一匹の︾含ゴのの写の①で冨○ .・・房日四百富○日○門①夢騨ご夢尉↓○○国巴旦の門三国言の臣.弓ゴ○匡 ︵三幕四場一○○’一○七行︶ 月で四局﹂○ご︽ず騨計員︺四国︾の一﹄︷の.ごくずゆ計一ごPの計写蛋○四こめのや シ﹂昌扇司望↓ 弓彦○厘m写画岸ごggQ邑耐さ門口・巳蔚局誕zg 目安の弓胃のご的○①m8ずゆご﹂夢の閏ご巴一唱匡の﹂︷ご ロ○の印行○ずの門旨員昌の侭ゴ計. Fの計○○も巳凹威。ご計ゴ風ぐ魚ざ門○さロ。①の計の門げず餌2回門匹の○国 ごくゆめ天﹄ご﹄の局計○三一の︷画計写の門︽ずPごRご琶旦画ロ”ず計の局印 Q2﹀すごのの冒夢の冨署言一切写の里切.弓○試伊屋×匡局夢もの壷I目①匡一 ︵四幕六場一○九’二六行︶ .・・の①の写○弓望○国﹂冒輿ざの門巴房匡で○ご望○ご堅巴自己①計三の︷.西四門F 計ご︽ず一三のの四局”○ず四宮叩ので一煙○①の︾四国﹂割ず四国旦琶I﹂四国巳]︾一こず︺○三一の計安の ]こめ計]○の︾一こず︺○ず目の計彦の計ゴーの︷や ︵同一四九’一五二行︶ ここでリアが言っているのは、あらゆる人間は罪人であり、誰も裁く 弓○の①匙詳電四○○こめの局︾切一巷の. 弓煙六の夢胃○︷gの寧日電守蔚室具葛彦○ず画く①詳彦の壱○弓の門 zo宮の堅○の切○龍のご具ご○己の当自切画夢ご○ご魚﹃国凹匡の︾の目叩 司○門葛三○彦夢○二尋宣も瓦閏ゴの局.弓︾のこめ匡門の門ずゅ冨叩切夢のOCNの二の句:. 目画○屋ゴgご旨切厨さ匡切のゴの局言夢胃五国堅 ごくぎ旦堅○m︽計す○こ︸ゆめ宜計彦四計ニミゴ○局のやめ計門一も︽ず芦冨の○一ミロヶ画○戸一 弓写○匡司Pの。巴すの口巳の︾ず○壷︽ず言匡○○gくずゆ冨農 ︵同一五七’一六○行、 一六六’一六八行︶
、 と自らの犯した過ちの許しを求めると共に、新しい一つの自己認識 勺門画く冨○匡二○葛︾ず胃四の︽四三二ざ門叩一くの”門口ヨo−gP邑摩さ○一房す ぺ○巨冒屋2ヶの四門弓詳ゴョの. ︵同八三’八四行︶ [︷営○こず働くので○﹄い○ご︷○門︾己の零門−ご里一﹂局︶ご天茸. ● 資格はなく、それ故、﹁誰も罪を犯しはしない﹂ということである。こ こにあるのは、人間性への、徹底した絶望感である。この精神的にも 肉体的にもどん底の状態から、リアを救い出し、優しさで包むのはコ ーディーリアである。第四幕第七場でリアが熟睡している間に新しい 着物を着せた彼女は、回復を祈りながらリアの目覚めを待っている。 ついでながら、この﹁新しい着物﹂のことがわざわざ触れられている ことには注目しておくべきだろう。、ンエイクスピアにおいて衣裳の変 化はしばしば大きな意味を持つ。荒野での雑草や毒草が内面の狂気を 暗示していたように、新しい着物は、リアの回復に向かう精神状態を 暗示する。冒頭の場のコーディーリアに対する不当な非難、呪いに端 を発し、嵐の場で﹁辛抱﹂︵で胃一①ごoの︶を云々しつつも、﹁わしは罪を 犯したというよりも犯されている者だば角騨白煙冒騨ミ三○局の切言昌善堅 四悪日の計詳言ご切言ご冒哩︵三幕二場五九’六○行︶と意識し、二人の忘 恩の娘達への呪岨から遂に天地、四大への絶望的な挑戦を経て、世界 に存在するものすべてに悲観的な見解を抱くに至ったリアの内面の嵐 は、この安らぎと静諦に満ちた場において初めて鎮まる。 ︵四幕七場七二行︶ 軍○弓一.ゴ9三︾ゴ○三崖 題画匹胃琶○匡局8.餌匡のの 弓写質すのゆくのどのぐゆ巨岸 を口にする。 ここまでにリアが辿った軌跡は、大ざっぱに図式化すれば、精神的 にも肉体的にも高みl劇の冒頭で供王であるというはっきりした 社会的地位と、愛されている父親であるという自己認識によって、一 応﹁高畠にいたと考えられようlから転落した者が、どん底の状 態を経て、同時に大きな変質を伴って、再び高みへ到達した軌跡、と 言えよう。リアが縛られている﹁火炎の車﹂、運命の車輪︵四幕七場四 七行︶は、リアを頂上から奈落へ突き落とし、大きな苦悩の中で彼を 成熟させ、そして今、再び高みへと、彼を持ち上げた感がある。 一つの誤ちがあり、そして苦悩によるその蹟罪を通じての主人公の 成長と自己認識が描かれたこの時点で、一つのムーヴメントが完了し た、という認識を持つ観客は多いのではなかろうか。劇の完結性とい う観点からすれば、このムーヴメントの完了と共に、劇自身も終わる 可能性は論外とは言い切れない。しかし、現実の﹃リア王﹄には続き がある。 運命の車輪は再び回って、、ンエイクスピアが粉本の一つとしたと思 われる﹃実録リア王﹄とは大いに異なり、コーディーリアの軍は敗れ、 やがてブラッドレーが、﹁晴れ上がった空から雷が落ちるように﹂と形 容した恐ろしい運命の一撃、コーディーリアの死が訪れる。 ○一望○屋四局のヨの二○︷切計○sの、辛 口冒旦の望のの守門や﹂匡切の計ゴ①芦三座 の彦○匡一﹂○門四○戸.のゴの〆陶○コの一 匡切の計ゴ①尽二の○ の写の︾めぬ○国の︷○門のく①門. ︵五幕三場二五六’二五八行︶
と叫んだリアよりも弱々しいとは言え、その絶望と抵抗の姿勢にお いて大差はない。彼は、後悔に伴う苦しみや人間性への絶望、果て は狂気という苛酷な洗礼を受けて来たにもかかわらず、運命に対す る非難の姿勢において少しも変わっていない。リアは再び奈落にい る。荒野で彼自ら言ったように、リアは、﹁運命になぶられどおし﹂ ︵夢のご胃胃巴昏。一旦函再言口の︶︵四暮六場一八九行︶という感があ る。運命による彼の浮沈の決定要素は、しかし、ここ劇の大詰めでは もう、ただ一つの事柄、コーディーリアの生死に収敵して来ている。 、一○三︾弓冒堅の︾回国・○局騨○穴]○匡局○ヶのの云挫同四mの一ヶ一○三具 KO宮○四国旬騨9m口ご﹂三宮局目○四s○のm﹀ので○昌 弓一室冨○ロゴpぐの堅局のご○ず箆○匡門の扇の瓦のの︶匹局○尋口座夢の KO口の匡言配胃○匡切Pご﹂︽ずo屋、︾7の浅のo匡画ごm欧局のの︾ くゅごp7oo匡冒の旬の○︷○口六’○一のゆく旨、計ゴロご﹂の弓す○岸の. 切言、の口昌葛言訂すの凹農シご﹂夢○F昌一Iのずゆ蚕ごm計ご匡冨g の計旨一天の空色計計写の計ご︺○声門○計匡。﹂詳冨○︾計ゴ望一ご○同一﹂一 ○局騨○穴zm冒局のm日○匡丘の画巴一mの吋冒のごい②百二鼻○国。① ︾ 弓彦昌冒四声のの旨い門四蔚昏一目口己 と、コーディーリアを腕に抱いて叫ぶリアは、荒野の場で、 シ亘画函匡の巨石○国冨○ロ︾ヨロ再堅の局の同切︾弓巴8局m画室一 門︻ご一函ず計宣ゆく①のゆく塵ゴ①易冨○三こめずの㎡、○国①︷○局①ぐの匙 ︵同二七八’二七九行︶ ︵三幕二場一’一○行︶ 計ご匡冨﹂の原 計写の○○○穴の一 弓三の 胃計一m 目彦胃 シ国・日冨己○○局ざ○一尉言画巨呪星z○.冨○雪国○一鴎の一 三二彦琶の彦○ロー﹄四匹○ぬやゆ写○局mのやゆ門四計︾ずゆくの一鴎の︾ シ国旦夢○匡国○ケ門のP芸胃巴尾目ご○貝岸○○ョのご○日○局P zのぐの塀どのぐの原冨のぐの蟻国①ぐの原国のぐの込 む再画望琶○F自国且○舜昏厨ずこ茸○ご如計写画ご穴営○Fの旨. ロ○望○匡切のの計三mやFOC六○ロゴの泉一○○F三の周一ざ〃 ごくず宮︾計ゴの国の辱の匡ぐのの. 目︷計画画計彦の門ケ吋の凹誇ゴニミ宮一門己一の計○局m一四一国計彦のの︽○国の︾ の安の㎡且の回﹂ゆめの煙風昏Fのご﹂ヨの四一○○蚕ごm0EPm段 胃穴冨○一ミニこず①宮○どの一の堅の口堅︾Pご旦一ご琴のご○ロのぽぐの輿 ︵五幕三場二五九’二六二行︶ ○○門﹂の津P○○胃・巴旨一の冨冨画匡耳示.西里 ごくず胃勝訴詳言○こめゆくの亀困の旬ぐo5の葛秒の ○の国この四コ﹂一○葛・四国の×○の邑のご計計ゴーごm﹄国 は、悲嘆と歓喜の両極間の甚だしい揺れを如実に表現している。 彼女の死を知りながら、なお一繕の望みを捨て切れない彼のスピーチ ︷の凹計ゴの局のご局鯉の彦①匡くの処罵詳すの②P PO辱画ご○のニミゴ一○写且○①切門の﹂の①汽冒四国切○局局○二こめ のぐの同月ゴゆくの︷①岸. のく●の局切○吊草 三三○声ごロロ。 ︵同二七○’二七二行︶ ︵同二六四’二六六行︶
絶壁から見下ろした光景を、まざまざと描写してみせる。 リーガンとコーンウォールに両眼を挟り取られて盲目となったグロ スターは、第四幕第六場、エドガー扮する気違いトムに手をひかれて 登場する。エドガーは、平地を崖だと偽る一方、目も肢むよ、フな断崖 受難の過程において大きな転回点であることは疑い得ない。 興味深いことに、前章で述べた、高みから奈落へ、そして奈落から フィジカル 高みへ、と繰り返される精神史上の運動感覚を、肉体的に翻案し直し たような場を、この劇は半ばあたりに持っている。サブ・プロットの、 リァの分身とも言うべきグロスタ︲伯溌ド︲ヴァ︲の崖lと彼は 信じているlで自殺を図る場面である。この場は多くの批評家の注 意を引いて来た。何もない平らな舞台の上に倒れる盲目の老人を、グ ロテスクであり滑稽である、と見るか否かについては、観客の感情移 入の深さによって変化があると思われる。が、この場がグロスターの こと切れる寸前のリアの言葉、﹁そこを見て、そこを酉が意味するも のは、各人の受け取め方に任されるしかないだろう。もしもこれを、 コーティーリアが生きているという錯覚を示すものと取るならば、高 み︵希望︶から奈落︵絶望︶へ、奈落から高みへ、という、リアの精 神が、そして程度の差こそあれ観客の精神が辿って来た一つの運動様 式が、更に強調される結果になると思われる。 FOC再計宜の局P一○○穴弄ゴの門鰹 II ︵同三○四’三一○行︶ F○○云匡でロ’すの侭ずけ毒彦のいず国一Tm○門叩箆一四局声の○︷四局 ○画室.○計ケ①の①の.○局宜の四局口叩旦○ヶ屋計一○○穴こつ ︵同五八’五九行︶ そこでグロスターは、トム︵エドガー︶を遠ざけ、崖と信じている所 から身を投げる。失神から覚めたグロスターに、エドガーは声色を変 えて近づき、彼が真実、崖から落ちたことを請け合い、次のように言う。 ○○日の○P巴屋写の局の﹀m計彦①且PCの”呉四国﹂“威匡.函○乏庁口門昏一 シご﹂gNN望︾はm8o騨里○コ①ののぎのmの○一○言一 目ゴの○局o葛のロ口座○ず○巨四ずめ夢胃葛旨﹂夢の日丘葛回琶P月 のゴ○一こめ○四局。①の○ぬ局○②m凹めずの①垂のの︽ず四一︷鼻ご回望包○一三邑 函四コ、の○国の夢口許ぬゆ計写の局、切四白宮門①︾﹂旬の④﹄言一月四匹の一 三の吾ヨ房富めの①日切ロ○三鵠の局ご四国三切言且. 弓写の酸のゴ①旬ョのご夢胃葛四弄巨も○ご夢のす①画。ご シででの四局一房のg]oの・凹冨﹂]○ご邑薗室四宮。︾○国ご”ず凹門天 ローヨ冒尉ゴ箆計○ずの門○○○F固の門○○○穴ゆず匡○宮 シ一日o2goの日四屋ざ旬切侭三.弓弓のg匡冒ごロ同旨、の匡吋、の、 弓写胃○.夢ごロ冒匡冒すの門箆匙一①ものずこの○ず口庁の︾ ○四ヨヨ○︽すのゴの四局﹂切○ご︺ぬ冒胃・富一○○天ロ○日○門の雪 伊の切計目ミケ旬巴ご計ロ門P四国堅計写の﹂の顛巳のご計の侭写計 弓○℃己の﹂○ミロゴ①四巳○二四 ︵四幕六場二’二四行︶ エリザベス朝においては舞台は裸であり、その場の情景を観客が知
る手掛かりと言っては、殆ど人物達の身振りや科白しかなかったことを 考慮する時、エドガーのこのような鮮やかな描写は、重要な意味を帯 びて来る。観客は、グロスターの、﹁道は平らなようだが︾と述べる科 白や、グロスターが倒れる直前のエドガーの傍白、﹁あの絶望をかよう に翻弄するというのも、それを直してあげたいためにこそ凶から、崖 の存在をうすうすは疑う筈である。そしてグロスターが倒れた後の、 ﹁実際、お考えどおりの場所におられたならば、今頃はもう考えとい 、7ものがなくなってしまったろ、フ︺というエドガーの科白でその疑 いは確信と変わる。しかし、それにもかかわらず、このような裸の舞 台は、必然的に、観客が語られる言葉、行われる動作にきわめて敏感 であることを終始強いていた筈だ。観客の、崖の存在に対する疑いに もかかわらず、エドガーの描写とグロスターの動作とは、述べられ、 行われる、まさにそのことによって、衝撃力を持つ筈である。観客は そこが安全な平地であると感づき、グロスターの試みを滑稽と見るか もしれない。あるいは、倒れる俳優の肉体そのものをグロテスクであ ると感じるかもしれない。しかし、同時に、グロスターの動作に従っ て、切り立った崖からの転落の感覚、そしてエドガーの、﹁上を見上 げてみなさいよどという言葉と共に、はるか高みを見上げる感覚を、 観客は持つのではなかろうか。 転落に転落を重ねて来た悲劇のムーヴメントが、遂にここで底辺に 達したことを、このサブ・プロットに含まれる象徴的な一挿話は、観 客に、感覚的に悟らせる機能を持つ。平行に走っているメイン・プロ ットの主人公、気が狂い、雑草を身につけて野をさまようリアが、こ の二人に出会うのが、まさにこの挿話の直後である。リアにとっても、 この場は今までの転落のどん底である。次の場で、リアはコーディー さて、メイン・プロットに帰ると、死という、決定的な形でのコー ディーリア喪失、それに伴う主人公リアの苦悩、絶望を、結末に配置 したことは、粉本との大きな相違点であると共に、この悲劇全体の意 味に大きく係わるものであろう。 悲劇の一般概念を提示することは非常に困難であって、おそらく明 確なそれは誰にとっても不可能と思われる。しかし、S・K・ランガ ーの、悲劇的リズムについての考察は興味深く、参照することは無駄 ではあるまい。 この劇全体を貫く基本的なムーヴメントを一瞬のうちに凝縮して示す。 である。と同時に、高みから奈落へ、そして再び高みへ向かうという、 アとグロスターの精神の、厭世の極からの再生の、見事な演劇的表現 のどん底から浮かび上がり始める。この崖のシーンは、明らかに、リ リアに再会し、グロスターがエドガーによって救われたように、絶望 生長し、開花し、衰退していく生命のパターンである悲劇的リズムは、そうい アクション った自然の活動から、人間に固有な行為の領域に移されることによって抽象され る。そこでは悲劇的リズムは知的情緒的成長、成熟、そして終局における力の放 ヒーロー 棄として例示されることになる。その放棄のなかに主人公の真の﹁英雄性﹂l 完結されたものとしての人生の幻像、つまり全体性のなかでとらえた人生の幻像、 早晩死ぬ運命を担っている生物たちは⋮⋮⋮誕生から死に至る動きの枠組のな かで、生命の均衡を不安定な状態のまま保っているにすぎない。⋮:::それらの 生命が死へ向う動きには、繰り返しのない一連の段階、すなわち成長、成熟、衰 退がある.それが悲劇的リズムであ秀一 II
ランガーの、悲劇的リズムについての説明、更にその例としての﹃ハ ムレット﹄の捉え方において、彼女のいう、﹁悲劇的リズム﹂の大きな 一弓の要素は、主人公の精神の、非反復的な成長、そして幕切れにお ける運命の成就と、主人公自身によるその認容に伴って観客に与えら れる完結性の印象であろう。 この二つの要素について試みに、﹃リア王﹄と﹃ハムレット﹄あるい は﹃オセロー﹄を比べてみた場合、﹃リア王﹄の特異性は明らかである。 確かに、コーディーリア追放の後のリアには、荒野における貧しい人 々への洞察、あるいはコーディーリアとの再会の場での謝罪と自己認 識に示されているように、成長が見られる。しかしその後の、コーデ ィーリァの死という到底受け入れることの出来ない運命の打撃に際し てのリァには、コーディーリアと共にエドマンドの軍に捕らえられた ﹁第五幕で⋮⋮⋮かれは最終の挿話を除けば自分の役割をすべて演じ終ったと 感じる.⋮・⋮・⋮かれはいまや宿命的な結果がどのよ、フに訪れようともかまわない。 .⋮..⋮かれは己れの死の詩的正当性を感じているといってもいいである、7。⋮⋮ ⋮どのような解釈をしても、かれの死が訪れると、その死は﹃当然であり﹄、この 芝居に可能な唯一の結末であるように感じられる。.⋮⋮..いかに暖昧な、おぼつ かない行動をとろうとも、ハムレットはかれの最奥部にある価値に従う方法を見 出したのであり、かれ自身とデンマークとのためにある種の煉獄遍歴を完了した として﹃ハムレット﹄についてのファーガソンの言葉をひく。 ランガーは続いて、悲劇に関してこのよ、フな概念を見事に表明した例 ︵9︶ のであると、われわれは確かに感じないわけにはいかない﹂ ︵8︶ 敗北を超越して主人公を昂揚させる充足感lがあるのだ. 主人公の心的過程の、こういったいわば反復性を、彼のスピーチを 中心に、も、フ少し細かく探ってみたい。 ブラッドレーが、この劇の主人公リアの立場が、他の悲劇の主人公、 例えばハムレットやオセローやマクベスと比べて非常に特殊だと言っ たのは注目に値する。冒頭の決定的な行為の後は、幕が下りるまで観 客は、リアを殆ど行為者としては意識しない。老いた王は第一幕第一 場を除いてはずっと受け身なのであ4m砿に残されていることと言っ ては、ただ自らの過ちを悟ること、そして受難の過程において苦しみ の意味を問い続けることだけである。反復性は、こうした設定に、必 然的に由来するものなのかもしれない。それは、奇妙な残酷さを含み つつ、劇の緊張感を増してゆく。 ほぼ劇の前半部に見られるのだが、まず、リアのスピーチに繰り返 し現れて、この劇の雰囲気に大きく影響すると思われる、文体上の特 時、﹁牢屋へ行こう、さ。ふたりだけで篭の中の烏のように歌おう:凸 ︵五幕三場八’一九行︶と言った、運命の受容に伴う精神的昂揚は影 もなく、むしろ荒野において四大を呪った、﹁わしは罪を犯したとい うよりも犯されている者だ︺という意識、運命に抵抗する同じ姿勢 が見られる。そして彼は、﹁よる年波に元気もも、フ尽き果てようとい う高齢﹂︵二幕四場一四四’一四五行︶のため、その姿勢のまま死を迎 えることとなる。ここには、﹁完結されたものとしての人生のイメージ﹂、 ﹁敗北を超越して主人公を昂揚させる充足感﹂はない。そして主人公 の精神が辿る過程は、直線的、というよりもむしろ反復的、回帰的で ある。 Ⅳ
F⑯Q詞 ○○戸 ○○戸 いぬ。詞 ○・戸 缶⑮Q詞 。。貢 伊⑮ロブ ︵、︶ 徴的なパターンに注目してみたい。第一幕第一場で、すでにはっきり とこのパターンが現れる。リアが二人の姉娘達から満足のゆく答えを 得た後、コーディーリアに問いかけるところからである。 ごくず営辱画くの﹃ごぎの︸の︽の局のゴ屋めすPご﹂の︾鴎計写の電のゆく 弓ゴのざきぐの琶○匡巴毎画ゆで宮ご︾ミゴの。胃めずP室言の﹂﹀ 弓ゴ胃一○局旦葛︾○mのぎ画ご堅昌匡輿冨云の冒冨亘侭ず計めず巴一○口司吋瞳 ・・・z9ご︾○巨門ち雰 罪一牙○匡函琴○匡旬盲翼・回国﹂一のPg−8乏雪○の①冨○屋。、一○くの 弓ゴのく旨のの旦吋同四国oの色ご﹂胃昌男旦画匡門函匡ご匹冨 の計同一ぐの骨○ヶの一.計の同のmm︾﹂一一こずP奇○四国営○匡切四宮計○匹同四一ミ シ夢胃座日○局の○℃三のご計計ずゆご望○匡司の]の5門踏めで①四戸 zo夢旨四ョ宮一○局昌 之○計三国m− zo夢言叩 zo夢冒函二三室○○ョのo︷ご○夢言明のもの四六Pmp旨. ロコゴP石で冨夢閏月四日︾胃。Pご冨具ゴのゆくの 三]言煙風冒さョ冨日○昌言胃一○くの]○匡門冨旦①めど シ○○○句島国叩8日ぎす○国2コ○日○門①ご○門一のmの. 西○葛.言三○○aの一国一三のa苫匡吋呂の①g画一茸この善 F①切計嵩○厘ヨ画営ヨ伊局電○匡吋︷○門計匡。①の. ooo今日曽伊○門9 の○○今冒昌 尽○匡昏ゆくのケの、o計ヨの︾ケ局のユョの雪一○ぐ煙ヨの”目 ”の言司ご計ごoいの堅屋は①のずゆ○六口のP門の門侭写計醸計︶ ○ヶのくぎ○F一○ぐの望OPPご﹂日○の計毎opo匡局琶○屋. 念讐の異.葛という命令に始まり、。.zo三国児署という信じ難い驚きの 質問、あるいは↑.讐の異品画言豊という命令、更に事実を確かめようと する質問が発せられる度に、緊張は高まってゆき、そしてリアは突然、 t r - o t 司 ○ ト ⑯ 。 ⑮ 。 ⑮ P 苛 巨 奇 Q 詞 ・ 貢 ・ 弓 西匙︷日置きぐの葛詳琴三国・ずい届gく○四門の画国・巳匡ご恥 の匡再の胃のずゆ室冒のぐの再冒ご画局同くぼ天①ロ]琶切﹄切毒の同切四 目○一○ぐのョ琶註夢の吋巴一. 画屋︽ぬ○のm計画喜彦の煙司計葛詳写計彦房↓ シ学ョ電、○○﹂FoH9 の○琶○巨冒函︾回国空切○屋ご計のご口の局包 の○蛋○巨冒醇頁昌伊○局良画ご﹂耳巨の. Fの歳詳ずの切只弓ゴ]計局ご弓ゴ許ゴの冒すの計彦蛋﹂o署の冒 司○塀ず営計︾のmPo門の﹂門画巨冨ごoの○︷計︾のm匡厚 弓彦のロ昌翼の国①の旦画の。gのPご堅夢のご侭三・ 国菅四宮計写①○℃の門凹は○ご○︷計医の○局すの 司旬○日ミゴ○日弓①﹂○のx扇計四国。○の凹めの計○ずP 頭の門の胃堅房巳口目ョ画室日冨も口前門ご巴○四門ゆ む旬○目ご垣匡詳営騨ご﹄で圃○での員望○︷z○○号 シご﹂Pのゆめ弓四国叩の同8日冨固のP員Pご﹂日① 函○丘計彦のの芽○日登酎ざ胃のぐ①局.弓犀のずゆ同ずゆ再○こいの◎竜ご厨房 ○句ゴの計ゴロ計日回天ののゴ房、のどの門画ご○ロヨのmいの切 弓○m○門いの三mゆでも曾詳の.いず巴︸8日くず○の○日 画のP切言のニヨの一mゴケ○匡胃僅望で詳討2口ご堅門の丘のぐ箆画 少の夢○匡頁この○ョのゴョの﹂画匡函胃の門. ︵一幕一場八一’二九行︶
︻ぬ旨野 zo言﹀ず望少で○ご○︶〆冒四 目ゴ○巨留この四吋﹀胃牙琶○○﹂の旨くgP ト⑮Q寅 ○暫く凹めの四匡冒]の○門の四二二] ︹ト。堂冒函吾酎吾色冨Q︽も。ご吾厨のso﹃具 ﹄写.雪。。﹃言.ロの四局m胃︾ず再ケの四園 ︻ぬ旨叶. いぬQ貢 穴⑯冨堅. い⑯ロブ 穴⑯旨畔. いぬQ急 経過を辿る。 問答の後の、彼女を擁護しようとしたケントとの問答も、ほぼ同様の を際立たせることも、指摘しておいてよかろう。コーディーリアとの リァの使用する文の種類が、非常に限られていることがこのパターン が、対立する意志と衝突する一つのパターンを印象づけられる。また、 いう形で表現される。冒頭の場で、観客は早くも、リアの意志や期待 は度を加えてゆき、遂に落雷のよ、フな怒りが、祈願、あるいは断言と リティーとして受けとめていたいとい、7願望はますます織烈に、緊張 期待にかなう答えを聞きたいという焦燥感、自らの幻想をなおもリア 問に対して期待を裏切る答えが返って来る度に、リアの側の、自らの 度を越した怒りと呪いの発作に飛び込んでしまう。命令、あるいは質 の①①ケの茸の泉Fの煙易色 弓ゴの弓巨の匡四ご天旦洋 室g寡ご少宮二sI 穴のご計︾○ご計ずく一鴎P二○ョ○門の. ごく一鴎の同国のぐの司言国言計儲ゆで四葛ご 弓○葛四mの四m画冒鴛夢言のの国の日]の興国○局庁四局8一○のの弓︶ 弓ずくめP庁ごずの言、goごくの. ○巨計○︷冒冨巴叩ご垂 の①①ケの茸の泉Fの煙易色冨﹄府庁ヨのめど匡胃の冒画冒 弓ゴの弓巨の匡四ご天旦計匿国①のぎの. 次に観客がリアの姿を見る第一幕第四場では、早くも彼はゴネリルと 厳しく対立するが、ここでも彼は質問を重ねる︵﹁どうしたのだ、そ の八の字は︺﹁そなたは王の娘か酉﹁ここに誰か、わしを知っている 者がいるかご﹁言ってくれる者はいないか、わしが何者であるかを酉 ﹁お名前は何とおっしゃいますか、奥様ご。そして彼は、ゴネリルの 伊⑯。声 穴⑯ご尋. 穴一室計ゴ閏でず]切言茜P四国﹂計彦の庁のすの切ささ □で○国芽のざ巳9mのPのの.罰のぐ○天の夢冨四︷黛 ○原ミゴー房計目○画ごくのご計○一四日○巨吋︷再○日冒星詳彦門○P計︾ 局匡計の匡計写の①詳犀○匡摩○m計①く津. 函の四局ョP門の○吋の四口垂 ○国計壷一国の画室の、一画ご○の﹀ずの四門ヨ鰹 弓ゴ胃夢○巨穿騨呉切○屋、三8日四六の崖のケ局の画六○厘局ぐ9宗 ごくず一○彦与この﹄宮門切計ロ①くの門竜の計画煙ご堅三ご再ゴの詳吋画一口座で門一回の 弓○○○日のケの貢量x忌○匡旬の①胃のごoの四国go巨局でgこの厚 ごくゴー○ゴコ○門○こ﹃ご口計匡司①ご○門○匡門で一画○の○四二ヶの四局︾ ○巨門で○計①ご○冨昌口旦のmoO2計四声の︽ず冨門の言四局e 司弓の﹂ゆく切弓の﹂○四匡旦ぽずののぎ門で門○ぐ易]○国 目○m三の丘夢の①岸○日島の画胃の再切旦吾①葛○ユ島 シご﹂○ご夢の切寓夢8冒弓ご夢冨ゴ胃の﹂ず四○戸 ご宮冨・胃蚕冨魁。白”鴎。ご夢の蔚国夢邑星重き三長 弓ゴくずゆ三のずば計局ロロ六ケのぎ匡ご﹂旨○匡旬﹂○日旨さどの望 弓彦のgo日の日房夢冨﹂①凹夢.ン言い笈国望﹄匡亘扇門︾ 弓三のmご巴一ロ2ヶの門のく○庵﹂. ︵一幕一場二三’一七八行︶
真意を知ると、戦懐すべき祈りを口にする。 胃ご計○画の旬言○ヨヶ。○ごくの営め↑の再建詳望一 口局冨巨石ヨゴの局詳ゴの○局”四口い○︷一国○門の煙のの︾ シご旦序○ヨゴの門旦①再○m四訂す○堅く宮のくの門ので同旨、 シヶゆずの8ゴOpoロ局安の匙罵めずのョ匡輿扇の日︾ ○門のP計のゴの﹃○ず堅竺○︷ので后のご︾計ゴ四計詳国画琶]︼くの シロ・ケのP夢乏凹員匿い。g宮門塵8国己の日8ヶの匙 缶の弄詳輿騨ヨモミ国ご穴一の②ヨゴの局ケ門○乏○命電○口計彦 三二群ご○画﹂のご計計の四局の冷局の計○写騨巨どの一切一ロゴの門○ずの①天〃 弓ロ同国巴一三の門ョ○夢の局.mで騨昌切四己﹂ずの。①津厨 弓○匿匡叩宮の周回ご﹂CO員の冒冒.夢胃めごの日騨冨符の一 困○葛の写四局での再計写四二四の①門でのご計︾切計○○計ゴ群厨 弓○ず画くの四三四コこのめの。匡一&シミ四罵曽こゆ乳 ︵一幕四場二七三’二八七行︶ エの煙湿之四冒胃ゆずの四ユロの四局coQQ毎 mこめで①冨巨計写冨で匡局で○めの︾蔑計彦○匡阜 弓○冒P汚の夢厨○局の胃匡門の岸昌屋昌一 ゴネリルがリアと対立するのは、コーディーリアとは全く異なった動 機からではある。しかし、リアの反応が酷似していることは見落とし ようもない。この場には道化も登場して来ている。そしてリアと道化 が行う謎々遊びは、表面は穏やかに見えても、異常な緊張を竿んでい る。何故ならば道化の謎かけはどれもすべて問題の核心lコーディ ︲リアの追放と王権の二人の姉娘への譲渡の愚かしさlに触れない ゴの回匙・の四局○○口﹂の切妙 ︼司己○めの,一串計昏○屋竺一堅の計 ゴの四門一 目冒計のご﹂● ことがないからだ。謎そのものはその度に変わるけれども、その意味 する教訓はまるで変わらない、このような謎々問答は、自らの非を悟 りつつあるリアの上に、そしてこの一見馬鹿馬鹿しいやりとりに耳を 傾ける観客の上に、次第に重苦しい気分を広げてゆく。 、。具.ロ○胃三○匡云.○乏夢のg龍の門のpoP日くず○顎ご曾言ののごP 豆茸の門吋○○一口冨匹四切言の①計○ご亀 侶①ロヲヱP盲鳥蔚四○ゴョの. 、Ca.弓ゴ胃ざ門口夢旦CO屋どのの富津夢の① 弓○四くの画言四電三宮言ご巳 ○○日の七一四○の写]ヨゴの局のず冨冒の︾ ロ○詳彦○亘︷○局ゴーヨ異色ご﹂” 弓彦の切言の2画。﹂宜茸の門ざ巳 ごくま一石句のの①ご詳一]ゆでもの四門一 弓彦の○国の旨日○このくぎの門P 目ゴのg琴の局ざ匡ご旦○昇夢の門の、 いぬ。﹃・ロ○胃計ゴ○匡○巴一日のぎo一望す○望や 、。g、シ一一夢蛋○夢の旬威この切夢○ロゴ画異四ぐ①ごgご色罵夢胃夢○匡 三ごいの計す○門口写ご一計二。 ︵一幕四場一三四’一四六行︶ 、。具. いぬ。詞 、。三・ ...z屋。。︸の包阻ぐ①日①画巨の函四四コ﹂門画匡四ぐの夢①のゴミ○○門○署。m, ごく写四計計一三○○局○ニミヨのめず画室計ゴのぐずのや ごくゴ群口津の同月写ゆくの。巨計計ゴの①、、一︾計ずざ︺一﹂﹄一の四国﹄の四計匡で 計彦の日の画計や︽ずのゴミ○○門○一弓国の○︷︽ずの①ぬいごくぎのご︽ず○屋○一○ぐの⑳骨
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のスピーチとが、事件の展開を通じて、観客の意識に刻んでゆくの は、期待と失意の間の、振り子のような運動である。これは、単純 ではあるが、人間精神の基本的なリズムの一形態であるように思え る。 しかし、振り子のような、と言っても、単調さの印象は薄い。劇の 進展と共に、観客の内部において緊張が増大すると共に、リアの経験 する苦しみへの認識の深化があるからだと思われる。結末において、最 も大きな疑問を、無垢な者の死、という形で投げかけてこの劇は終わる。 ﹁犬にも、馬にも、鼠にも命があるのに、お前にはなぜ息がなくなっ たぜというリアの問いに答えは出されていない。苦しみの意味につい て、劇中人物の誰も、また、彼等が度々呼びかける神々も何ら解答を 与えない。 ﹃ハムレット﹄や﹃オセロー﹄においては、結末において、それぞ れの主人公が遂にどこかへ行き着いたという感じ、一つの認識にl それは明確にはされていないがl到達したという印象がある。彼等 の精神の軌跡は、途中にどのような逢巡、動揺、堂々巡りがあるにせ よ、全体的に見れば、それぞれ一つのゴールへ進んでゆく軌跡である。 彼等の精神がゴールに到達した時、同時に肉体に死が訪れ、観客は、 一つの生が完結したと同時に消滅するのを目の当りにして昂揚を覚え る。他方、リアの最期には完結の印象はない。 劇というものの中に二つの要素を想定してみよう。アクションを前 方へ進める動きと、一つのアクションに様々に注釈を加え、あるいは ヴァリエイションを示してその意味の深化を図る動きとである。﹃リ ア王﹄では、劇全体を通じて、後者がより勝ると思われる。この点か ら見た場合の、﹃ハムレット﹄や﹃オセロー﹄と、﹃リア王﹄の相異 が顕在化するのが、とりわけ結末においてである。 リア自身がいみじくも、﹁この羽がうごく。生きているんだ。もしそ うなら、今までのつらかったこともみんなこれで償われることになる︾ ︵五幕三場二六四’二六六行︶と言うように、結末におけるコーディ ーリアの喪失は、ただそのことだけの意味を持つのではない。この劇 における親子関係は、人間精神と外界、自己と他者との関係の、最も コンパクトな形態として採用されていると考えられる。それ故、彼女 を失うことは、劇の冒頭からリアがその喪失を経験して来たすべての もの、地位、家来、住居、娘達の愛、孝心等といったもののすべての 重みを担っている。この結末が、観客に堪え難い苦痛や疲労感を与え るのは、それが、冒頭から一貫して表現されて来た、人間と外界を繋 ぐ緋が、一本一本断ち切られてゆくことに伴う人間精神の痛み、その 内的リズムとまさに呼応するからである。極言すれば、リアの様々の 喪失の経験は、本質的には最初の喪失lリア自らが.︲デイ︲リア を追放することで引き起した喪失︵多分それは、人間を外界に繋ぐも ののうちで最も大切なもの﹃愛﹄の喪失と言えよう一Iの再経験以 外、何物でもない。 ボウエティック.ジャスティス この結末は、詩的正義の観点からすれば受け入れ難く、まるで作者 シェイクスピアが無理矢理にこじつけた破局とも見えるかもしれない。 しかし一方でこれは、人間と外界を繋ぐ緋の喪失の経験を、様々な角 度から照射して、その意味を汲み尽くそうとするかのような、この劇 に内在する一つの顕著で執鋤な運動様式の、画竜点晴となっているこ ともまた事実なのである。 最後まで希望と絶望の間を揺れ動くリアは、その愚かさや滑稽さを も含めて、人間性の中の抜き難い部分を代表しているように思える。
彼は生命や愛への執着の深さの点で、ハムレットやオセローよりも、 万人としての性格を強く帯びるのではなかろうか。ここに、彼が観客 心理に大きく影響する原因があると思われる。また、この劇世界に見 られる善や悪、愛や死の存在は、劇中人物によって最終的には何の理 由づけも整理もなされていない。多分、それ故に一層の存在感を持ち、 観客はそれらをそのまま受け入れる他ないのかもしれない。 確かに、リァに焦点を置いた場合、終局において観客が、﹁自らの 運命を引き受けた﹂主人公を見守ることで、英雄的昂揚を覚え、一つ の生の成就を認識することがない点で、この劇のリズムは、ランガー の言う﹁悲劇的リズム﹂と異なっている。シェイクスピアの重点は、 解明よりも呈示に、展開よりも深化に置かれているようだ。観客の出 来ることは、主人公が、過失や葛藤や和解や敗北を通じて経験する生 々しい感情期待と失意のリズムをlそれは観客すべての生のリズ ムでもあるだろう’共に経験することしかない。結末に当たって出 来ることは、エドガーが示唆するように、﹁こういうべきだと思うこと﹂ 言冨計言の・長宣さぬご︶ではなく、人間として﹁身に恥みている こと﹂言言詳言の庁の一︶︵五幕三場三二三行︶を言うことなのかもし れない。 注 ︵1︶︻の目の︽ず三匡賃&..︻冒函侶心。﹃︵弓言醇aの。の言訂の己の四門の一F○且○ご如 冨2言①厚ら目︶.以下、引用はこの版による。 ︵2︶雲.添三言い口詳︾号.&・︾②負冒黛⑲↑きぎ②。旨。旨の言言のも⑮負忌︵Foao弓 冨PC囚与○.陣肉の①望己g︶︾で、畠. ︵3︶観客反応におけるリアヘの反発については、画P﹄.エ○コ一函冒四コP へ 15 ー へ 14 ー へ 13 ー ︵廻︶ ︵u︶ へへへへへへ 1 0 9 8 7 6 5 …ー…ーー ︵4︶ 切言訂省ぬ。﹃ぬ”m⑮こぬ菖自目的⑲s殉の︾目許且﹃ロミ負ご鷺︾のミロョ営皇Q註。菖呈 ﹃ぬ§・菖助①戸Ca○コ“三画。ョ三目.届認︶.弓.己や﹄gに詳しい。 L・C・ナィッは、リアが認識するものと観客のそれとは同一ではない と再度断りながらも、リアを﹁意識の中心﹂と呼んでいる。F○監口侭言い. ②。胃⑮切言訂省8﹁ぬロョョ言冒⑮の陣エョェ壱壱﹃oQ3ご今璽Q昌一亀 ︵の菌ごき同座ご己くの門臥ご勺再のm“.骨の①の︶.pの寡ロ﹄つい 日本語訳は、斎藤勇訳﹃リア王﹄︵岩波書店、一九七四年︶を使用した。 シ,○国且︸昌雲昇輔§8﹃①§早侭の号Poao。︾冨騨。ョ堂昌岳置︶もES. S・K・ランガー﹃感情と形式﹄第二巻︵太陽社、一九七五年︶、五八四頁。 同、五九一’五九二頁。 同、五九二頁。 国厨巳g︾号・爵も出圏.また、決定的な行為が冒頭に来るという構 造の特殊性については、以下の二人の批評家も注目している。富国冒騨a 三四.〆穴冒函ト⑯。﹃冒○瞳﹃﹃ミ扇︵○巴蔑○局亘冨叩団の局天の︸のくゆ。QFom シコ、巴①⑱.忌司巴ママの勇岸く言、”号.①門.、昌穂ご畠旨の呑負寺⑯の、心Q﹃冒葛 目目的&唾︵F○国﹂○.如三曾言の二・岳$︶.亨届い 三四匹の一の旨のロ○門口P切言訂省ぬQ﹁ぬ︾のロ昌言邑敏。トロ言函虞色駕︵弓言ご己ぐの句巴ご 旦乏厨。○ご切言勺門ののの.岳$︶、弓.程山ら 、旬四巳の器。p・獄﹀p四]吟○・画.エ画局風切oPm吾負矛①の、⑯Q﹃⑮・の弓﹃Q函⑯堅討の ︵Foご﹂○ご恥”○昌一a照陣宍の照二℃騨昌・忌日︶.で、弓卸空言の門.8. o三つ﹄弓参照。 、門口g︸の].○で.g︽・︾で.﹄@℃︽﹄Pご尿○舜詳︾震宍旨、FのP門○門画.﹂吸口ヨ里. ②吾負琴⑮の這いQ﹃ぬ○種﹃○○旨討ご言。﹃Q﹃零月Pこめ.画.弓ゆず○門の蚕︵之のミペ○局云酌 ご貢ぐ戸zo風。P﹄の﹃心︶.ロ﹄画式 描かれる下落の主題の執勘さについては、ヤン・コットも言及している。 宍o茸.。、.。詠・.p骨、騨 国吋仰&の顎opo鼠.亨函。●