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「あご・ほっペ理論」は訪花昆虫が植物の花たちに及ぼす受粉効率や植物の適応と分化に果たす役割など生物学・生命科学研究に役立つ

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ミツバチ科学23(1):37-42 HoneybeeScience(2002)

「あご・ほっぺ理論」は訪花昆虫が植物の花 たちに及ぼす

受粉効率や植物の適応 と分化 に果たす役割など

生物学 ・生命科学研究に役立っ

生井 兵治

玉川大学大学院農学研究科で非常勤講師 とし て遺伝生態学を講義す る過程で,玉川大学 ミツ パテ科学研究施設の吉田忠晴教授か ら,本誌へ の寄稿のお誘 いを受 けた.折角の機会なので, 筆者がその重要性を強 く感 じる変な名前の理論 「あご ・はっペ理論」を紹介す ることに した. ピンとキ リしか論 じない科学論文に抗 して 通常の科学論文では,主観 を廃 し客観性を重 ん じるという建前か ら,一見,いかにも中立を 装 った文脈 になってはいる.また,設定条件を できるだけ単純化 して行 う研究が尊ばれ,機器 分析などによって再現性の高 い実験結果が明確 な値 として得 られることが良いとされる. これ らの基本姿勢 は,確かに一理 はある. し か し,多 くの科学論文 は,いわば ピンかキ リだ けを論 じるだけで, ピンとキ リの間に位置す る 諸現象をまった く無視 している. 自家和合性 ・ 自家不和合性 とか自殖性 ・他殖性などという問 題や,虫媒受粉 ・風媒受粉などという生殖 にま つわる問題 は,まさにその好例である. 実際の生物現象 ・生命現象は,後述のとおり 典型的 と思われるビンとキ リさえ も単純ではな く,その複雑 さこそが生物たる所以である. し たが って, ピンとキ リの問に位置す る諸現象を 包含 して こそ,生命の本質を総合的に追究で き る.典型的 と思われるピンとキ リだけを一層単 純化 して,いくら高価な分析機器を駆使 した研 究を繰 り返 して も,それだけでは生物現象 ・生 命現象の本質を解 き明かす ことは不可能である 擬人化 した表現を避ける科学論文に抗 して 科学論文では,生物現象 について擬人化 した 表現を避 けるのが通常である. とくに植物 に関 する科学論文では,擬人化 した り,植物が意識 を持 っているような表現 は受 け入れ られない. しか し,本稿では敢えてその習慣を捨て,植 物の花たちや花粉媒介昆虫たちを主人公に した り,植物 も考えたりしているような擬人化 した 表現を交えなが ら,論述を進めることをお許 し 願いたい.なぜならば,植物の花あるいは ミツ バチなどの訪花昆虫を中心に据えて,花 と花粉 媒介昆虫 との関係 を総合 的に解析す るために は,受粉生物学をよりどころとしなが ら, 自分 が植物の花や訪花昆虫 になったっ もりで,植物 の花たちと昆虫の訪花行動 との関係を眺めてみ ることも,生物現象 ・生命現象の追究にとって 不可欠なことであると思 うか らである. 花や訪花昆虫になったつもりで 「あご ・ほっペ 理論」を説 く 本稿では,受粉生物学的観点か ら植物や訪花 昆虫たちを主人公 として,植物の花たちと昆虫 の訪花行動 との関係を総合的に解析す ることの 必要性を訴えなが ら,筆者の提唱する 「あご ・ はっペ理論」が生物現象 ・生命現象 とくに生殖 過程の研究において, いかに重要な基本思想で あるか ということを総説的に紹介 したい. せめて生物学や農学 に関係する諸氏 には,坐 殖過程の諸現象を始め とする生物現象 ・生命現 象が,両極端の ピンとキ リだけではな くピンか らキ リまで連続的であ り, ピンとキ リ自身 に し て も決 して固定的ではないという基本認識を, 十分理解 して欲 しいと思 うか らである. 受粉 生物 学 的研 究 を通 して確 立 した

「あご ・ほっペ理論」

筆者の研究材料たちの協力に深 く感謝する 筆者 は,1950年 代 末 に ア ブ ラナ科 植 物 の

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種 ・属間交雑育種の基礎研究を開始 し,新型作 物 の人為合成法や種 ・属間雑種を橋渡 し植物 と する有用形質導入法について,細胞遺伝 ・育種 学的な理論化 を図 るなど,一定の成果を納める ことができた (生井,1976;Namai,1987). その過程で,筆者 は生殖的隔離機構を人為的 に弱めるためには受粉生物学的研究が不可欠で あることに気づ き,関心の中心が受粉生物学的 研究へと変化 した. こうして, ソバや野生サク ラソウなどにも手を広げる過程で, ピンか らキ リまで連続的な生物現象を通常 は ピンとキ リだ け しか研究 しないことの不備 にも気づいた.そ こで,生殖的隔離機構の打破を論 じたり,生物 教育や農学教育,さらには子 どもの教育を論 じ る中で,生物現象 ・生命現象など諸々の事象を 追究す る際の基本 と しての 「あ ご ・はっペ理 論」を提唱 した (生井,1998;2001a). 顔 には

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「あご」も 「はっペ」も実在する. し か し,両者の問に明確な境 目は無い.事 ほど左 様 に,本来,生物現象 ・生命現象 は

,

「あご ・は っペ理論」 に基づいて, ビン (あご)か らキ リ (ほっペ)までが連続的な系であるとい う大前 提 に立っべきであることを

,

「あご」 と 「はっ ペ」の関係 になぞ らえて強調 したのである. 筆者が,変 な名前の 「あ ご ・ほっペ理論」を 提唱できたの も,植物 たちが性の営みの真髄を 喜 んで覗 かせて くれたお陰であ る.そ してま た,隔離網室内での虫媒受粉実験 に活躍 して く れた人工飼育の シマハナアブたちの奴隷的な活 躍のお陰である. この場を借 りて, これ らの植 物 の花たちや昆虫たちに深甚の謝意を奉げる. 結果の原因はえて して結果論的な原因 さて,菜 の花畑 や ソバ畑 などで咲 き乱 れ る 花々に, ミツバチや シマ-ナアブなど幾多の訪 花昆虫が訪れ,それ らの うち何種かは花粉媒介 昆虫 として大 きな役割を果 た し,何種かは小 さ な役割を果た し,その他の昆虫は花粉媒介昆虫 としては役立 たず,なかには花たちが必要 とす る受粉 にとってはかえって有害な場合 もある. しか し,あ らゆる訪花昆虫の訪花行動 は、花 蜜や花粉の採餌,訪花昆虫の捕食,配偶者 の探 索などが目的である.花粉媒介昆虫 として強 く 機能する場合 に して も, もともとは花の受粉を 手助けするために訪花するわけではない.本来 的には,ある植物の花に訪れる訪花昆虫の一部 が花粉媒介昆虫 として機能 したとして も,その 受粉効果は受粉以外のことを目的 とした訪花行 動の副次的な効果で しかない (Free,1993). また,多 くの場合,訪花昆虫が好 んで訪 れ る 花々は,必要 とする他家受粉 と自家受粉を様々 な割合で して もらいやすいように絶えず工夫を 凝 らしなが ら適応 ・分化を続けている. したが って,花 と花粉媒介昆虫 とが緊密な共進化を遂 げた場合には,結果的に花 と花粉媒介昆虫 との 共同作業 として目的 とする他家受粉や自家受粉 が行われることになる (Richards,1997). このように,植物の花たちと花粉媒介昆虫 と の関係 は,花たちが自家受粉 して もらうに しろ 他家受粉 して もらうに しろ, 自家花粉 と他家花 粉を混合受粉 して もらうに しろ,受粉 という結 果は昆虫が訪花する目的の直接的な結果ではな く,いわば目的外の結果論的な原因 として昆虫 の訪花行動が作用 したに過 ぎない. したが って,ある植物の花たちに訪れる訪花 昆虫が花粉媒介昆虫 として機能する (ピン)か 杏 (キ リ)か ということも,明確 に仕分けるこ とはきわめて困難 な場合 が多 いのであ る (小 柿,1981;Free,1993). 筆者 は, このように複雑 な花たちの受粉過程 に着 目して受粉生物学的研究を進めるうちに, 「あご ・ほっ

理論」がひ らめいたのである. 種子 植 物 の巧 み な生 活史戦 略 を 総 合 的 に捉 え る ことの意 味 ここで,生殖過程 に関わ る諸現象がいかに ピ ンか らキ リまで連続的であ り, ピンとキ リに し たところで単純ではな く, いかに多様性に富ん でいるかということを論 じる前 に,種子植物 に おける巧みな生活史戦略なかで も有性生殖の過 程 を総合的に捉えることがいかに大切か という ことについて,簡単 に触れておきたい. 「個体維持 と種族維持

,

「遺伝性 と変異性」とい う二つの大矛盾 高等植物 (動物 も) は,長 い進化 の過程 で

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個々に巧みな生活史戦略を築 き,有性生殖をと もな う世代交代 において

,

「個体維持 と種族維 持

,

「遺伝性 と変異性」 という二つの大矛盾を それぞれ巧みに操 りなが ら適応 と分化を続 け, 現在 に至 っている (生井,1992a).第一の矛盾 は,個体維持 (生存)に不適な環境下では種族 維持 (生殖)に向かいやすいが,一年生植物が 種族維持 に向かえば死 に至 るとい うことであ る.第二の矛盾 は,子孫がまった く変わ らなけ れば分化 も進化 もありえず,変わ り過 ぎれば種 や集団 として存続づ きないということである. また,有性生殖過程 における減数分裂時に, 両親か らの相同染色体の間で起 きる染色体の一 部の乗換えによって生 じる遺伝子の組換えは, それぞれ同一遺伝子座内の組換えを基本 として いる.それに対 して,バイテクによる遺伝子組 換えでは,組込 まれる遺伝子の染色体上の位置 が不定である. しか も,個 々の遺伝子 による形 質発現 は,個体の内的 ・外的環境 に依存 してい る上に,近傍などに存す る遺伝子座間の遺伝子 の相互作用によって変動 し得 るものであり,か つ 1遺伝子の多面発現 という現象 もある. したがって,持続的農業 の発展を目指す植物 育種の場では,生物現象を総合的に捉えること が基本であり,個体 ・個体群 (集団)な らびに, 関連する動物や微生物を も含めた生態系 として の植物の生 と性の実態に則 した技術体系の発展 を目指すべきである.つまり,可能な限 り自然 の生活環,なかで も 「個体維持 と種族維持」の 矛盾 と 「遺伝性 と変異性」の矛盾の真理 (有性 生殖の原理)に矛盾 しない技術体系の開発 と利 用に心がけるべ きである (生井,1998). 急いては事を仕損 じる 遺伝子組換えの研究者たちは,やたらに縁の 遠い微生物などの遺伝子を高等植物 に導入 して 実用化を図 ることばか りに奔走せず, もっと地 道な基礎研究や近縁の野生植物か らの遺伝子導 入に関する研究に精を出す必要がある. 総合的な基礎研究を疎かに したまま,不十分 な法令整備 と安全管理体制 の下で, ピンとキ リ の典型的な事象だけに目を向けて応用研究や実 用化にひた走れば,安全神話 は容易 に崩れ去 る 39 ことになる. このことは,東海村の原子力関連 企業がバケツで臨界点 に至 らしめたお粗末な大 事件が雄弁 に物語 っている. こうした問題 は, 昨年来話題 となった殺虫性遺伝子を導入 した ト ウモロコシ品種スター リンクの事件などに見 ら れるとおり,植物の遺伝子組換えについて も当 てはまる.ある面では種 々の福音をもた らす可 能性を秘めた遺伝子組換え技術が,急いては事 を仕損 じるで,かえ って実用的な利用を図 り難 くして しまう可能性す ら在 る. ピンとキ リを単純 な系 として扱 い, ピンとキ リの間に位置する諸 々の諸現象を無視 した 「ピ ン ・キ リ研究」の弊害は,原子力 と遺伝子組換 えの応用研究や実用化 に限 らない.一般の植物 研究を始めとして,昆虫で も動物で もすべての 生物現象 ・生命現象の研究 に共通 して言える, 「あご ・ほっペ理論」を基礎 とす ることの重要 性が, これで理解 いただけることと思 う. 植物 の生殖 様 式 は混殖 性が 基 本 で あ る 生殖過程の諸現象は多様で変幻自在な どンから キ リまで 種子植物 の生殖様式 につ いて,植物学 (生 理 ・生 態 ・進化 など)や農学 (植物育種 ・栽 培 ・園芸など)の書物を紐解 くと, けっこう詳 しい専門書で も他殖性か自殖性で完全な有性生 殖をおこなう植物 と,無性的種子形成 (アポ ミ クシス)をおこなう植物 という分類が基本 とな っている. このように単純化 された記述 は,檀 物の本質を大 きく歪め,読者 にも学問の発展 に とって もきわめて由々 しきことである。 そのような中で,植物育種学の良書 には

,

「有 性生殖 をおこな う栽培植物 は他殖性植物か自殖 性植物のいずれかに分類 されるが,他の生殖様 式を完全に閉ざ しているわけではない」などの 記載がある. しか し, このような専門書で も, 基本的には他殖性 ・自殖性 というピンとキ リし かな く,それ らの中間に位置する植物を読者が 頭に措 くことは難 しいのが実態である. したが って, これ らの書物をもとにいくら講 義 したり自学 自習 させて も,個々の植物の生殖 様式 は他殖性, 自殖性あるいはアポ ミクシスの

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いずれかで,単純 な ピンとキ リだけとい う具合 に短絡的に理解 されて しまうのが落 ちで る. 生殖過程 は 「あご ・ほっペ理論」を裏づける事 象の宝庫 ShemskeandLande(1985)は,文献か ら 花器特性 に基づいて55種 の生殖様式 (他殖率) を推計 し,生殖様式の分布 を追究 した.それに よると,他殖率が81%以上 と高 い (自殖率 の低 い)植物 (ピン)が23種,他殖率が 0-20%と 低 い (自殖率の高 い)植物 (キ リ)が15種 と多 く二頂分布を示すが, 他殖率が21-40%,41 -60%,61-80%に位置す る植物 も,それぞれ 4種,6種,7種ずつみ られ,ち ょうど中間に位 置す る41-60%に位置す る植物種で は種内の 集団問で他殖率 に大 きな変異が見 られた.

Aide (1986) は, Shemske and Lande

(1985) のデータを再検討 し,風媒受粉植物で は二項分布 を示すが,虫媒受粉植物では二頂分 布 を示 さず他殖性の強い植物種か ら自殖性の強 い植物種 までが連続的に存在す ることを明 らか に した.さらに,BarrettandEckert(1990) は,文献 を増や し129種 について生殖様式を調 べ, ピンか らキ リまで連続的な虫媒受粉植物で も二頂分布を示す ことを明 らかに した. その後,実験的および理論的研究 によ り,他 殖性 と白殖性の中間に位置す る種や集団が多数 存在す ることも明 らかにされて いる (Yahara,

1992:Jarneand Charlesworth,1993).ま た,同一植物が年次 による環境条件の違 いによ って生殖様式を大 きく変動 させ ることも報告 さ れている (HoltsfordandEllstrand,1992). 植物 と仲良 しにな り性の営みを探 らせてもらう 筆者 らは, アブラナ科植物や普通 ソバ, 日本 サクラソウなど開花受粉植物では自家花粉 と他 家花粉 との混合 ・反復受粉が一般的であること を明 らか に して い る (Ohsawa and Namai, 1984;1985;大滞 ・生井,1987;1988;Namai, 1990;Washitanieta1.,1991;生井,1994). また,植物の生殖様式 を規定す る主要因は自家 不和合性 (自家和合性) の強 さと自動 自家受粉 能力の大 きさであ り,これ ら2要因の組合せに よ っ て 他 殖 性 (自殖 性)の 程 度 が 決 ま り (Namaieta1.,1992), カラシナとダイコンに ついて 自家不和合性 と自動 自家受粉能力の程度 に大 きな品種 間 ・品種 内変異 が み られ ること (Yashiroetalり1999;八城 ら,2001)や,イ ン ドナタネ(Brassicarapavar.sarson)では 同一個体の花で も開花初期 と開花末期で は生殖 様式 の差異がみ られ, 自家和合性の高 い品種で は開花末期の花 ほど自動 自家受粉能力が高 く自 殖性が一層高 まること (生井 ・川上,1999)を 明 らかに している. さらに, 文献的に66種の 自家和合性 と自動 自家受粉能力を求めると,完 全他殖性植物 はないが10種がそれに近 く, 51 種 は程度 を異 にす る自家和合性 と自動 自家受粉 能力の種 々の組合せを示 し,完全 自殖性植物 は わずか5種であ った (生井,1996). なお,有性生殖 をお こな う他殖性の強 い植物 か ら自殖性の強い植物 までの種子植物 と,胚珠 の卵核が受精す ること無 しに無性的種子形成を お こな う種子植物 とに分 ける分類 も,厳密 には 正 しくない.なぜな らば,完全 に無性的種子形 成 (アポ ミクシス)だけを行 う植物 は ドクダ ミ くらいな ものであ り,大方のアポ ミクシス植物 は大 な り小 な り有性生殖 を もお こなう植物であ り,教科書的には有性生殖植物 に分類 されてい る植物で も無性的種子形成を多少 はお こな う場 合があるか らである (生井,1992b).詳細 は筆 者が 「農業および園芸」誌 (1990-1999)に連 載 の 「栽培植物 にお け る受粉生物学 のすす め (1)∼ (62)」,とくに連載 (37)(生井,1995) ∼ (55)(生井,1997a)などを参照 されたい. 総 じてみれば植物の性 は混殖が基本 以上 の とお り,種子植物 の生殖様式 は多様で ある. しか も,次 に述べ るとお り非固定的で柔 軟性 に富んでいる. したが って,植物の生殖様 式 については,他殖性か 自殖性が基本であると い う考えを廃 し,植物の生殖様式 は混殖性が基 本であ り極端 に高 い他殖性 または自殖性 を示す 植物が例外的にあるとい う考えに立っべ きであ る.「あご ・はっペ理論」を基礎 とす ることの重 要性 を強調 した くなる所以が ここにある.

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植物 の生殖様式 は生育環 境 で大 き く変 わ る 遺伝子の発現は 「環境あ っての物種」なのに 遺伝 と環境 との関係については,個々の遺伝 子の形質発現に特定の環境が不可欠 なことが, 生物学者や農学者 はもちろん一般の人たちも周 知の基本概念 として受 け入れ られてはいる. それにもかかわ らず,植物の生殖様式につい ては,その道の専門家で も固定的なものと理解 している人が圧倒的に多 い.そのために,私が 「植物 は,生育す る環境の影響を強 く受 けて,生 殖様式を環境 に応 じて柔軟 に変化 させなが ら種 族維持 に励んでいる」 というような言 い方をす ると,けげんな顔をされ る場合が多 い. その理由は,初等教育か ら高等教育 まで,植 物の生殖 に関する指導内容がお粗末であり,受 粉 と受精の区別 さえ明確 に理解 されえない状況 にあるか らである (生井,1990).そ して,個々 の植物のそれぞれの花の生殖様式が,本当はひ とっひとつ変化 に富んでいるのに, まった く固 定的なものとして見 る学校教育の状況 は,残念 なが ら新学習指導要領 による2002年度か らの カ リキュラムで も改善の見通 しはない (生井, 2001b;2001C). 品種名はモチでも中身はウルチの在来イネ遺伝 資源 とはこれ如何に 教科書的には自殖性植物 とされるイネにおい てさえ,遺伝資源保存のための種子増殖を行 う 過程で,他の品種 との自然交雑が起 きることが ある.筆者 らは,農林水産省 の ジー ンバ ンク (在っ くぼ市)が遺伝資源 として保存 している 在来イネ品種の種子 (とくに品種名にMAJIRI と付 された もの)を取 り寄せて,それ ら保存種 子 のモチ ・ウルチ性 を調 べてみた (加藤 ・生 井,1987b).すると,調査 したモチ27品種85 系統のうち,品種名 どお りにモチ米のみのサ ン プルは7品種20系統だけであり,8品種25系 統 では14系統 はモチ米 であ ったが11系統 は ウルチ米 であ り,3品種11系統ではモチ米 ・ ウルチ米が それぞれ4系統ずつで 3系統 はモ チ米 とウルチ米 とが混在 してお り,9品種29 系統 に至 ってはすべてが ウルチ米 のみであ っ 41 た . 栽培イネ遺伝資源の種子増殖圃場では,イネ 品種 は自殖性が高い植物であるという前提の下 に品種間の隔離 はまった く行われていない (生 井, 1983).ところが, た くさんの品種を同時 に栽培 して種子増殖をはか る際に,時 として異 品種間を含む 自然他家受粉が起 きることがあ る.とくに,冷夏など気象変動の大 きい年 には, 花粉の低温障害が生 じやすい.そのために,雌 蕊の柱頭が穎花の外 に抽出 しやすい品種では, 近 くにある花粉の低温耐性が強い品種 との間で 自然他家受粉がかなり容易に起 ることになる. 環境 によって受粉の様相が異なれば結実率や結 実種子の特性も異なる 自然他家受粉を主 に風媒受粉 に依存 している 植物では,他家受粉の頻度 は風速に大 きく依存 している. イネの他家花粉では,風速2-3m/ 秒 の風が効果的であるが,風速が1m/秒 に満 たない状態では他家受粉効率 は著 しく低い (加 藤 ・生井,1987a;生井,1988;1989). イネの雄性不稔個体を用いた他家受粉実験に よれば,穎花の雌蕊の柱頭への他家受粉花粉粒 数が 1粒 で も67%の穎花が結実 し,他家受粉 花粉4粒では82%が結実するが,100%の結実 率 を保障す るためには9粒以上 の他花受粉花 粉を必要 とする (NamaiandKato,1987). さらに,生育環境 によって混合 ・反復受粉の 様相が多様になり花 ごとに花粉の質 と量が異な れば,結実率 (言 い換えれば,受粉花腫珠の生 殖成功率) はもとより,受粉花粉の生殖成功率 まで も異な り,結果的には性選択 (sexualse -lection)の強 さにも差異が生 じるということも 示唆 されている (NamaiandOhsawa,1986; 1988;生井,1989;1997b;1999). 以上,植物の性 はきわめて柔軟性に富み

,

「あ ご ・ほっペ り理論」に基づかなければ研究が進 まないのである.筆者 は

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「あご ・ほっペ理論」 が,植物の花たちに対す る ミツバチなど訪花昆 虫の花粉媒介昆虫 としての役割等 に関する研究 において, さらには純粋 に昆虫だけを対象 とす る研究をは じめ生物学 ・生命科学研究の基礎理 論 と して大 いに役立っ もの と信 じる.(〒300

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-1175 土浦市 中荒川神町15-18)

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In this paper,I described a fundamental theory,namely∴ `The Chin-Cheek Theory'for studies ofbiologicaland life science such as pollinationbiologyandreproductivebiology,as wellas for entomologlCalstudies,etc. This theory was established on the bases ofwide diversity and easy variability ofsexualrepr o-ductivesystemsinplants;therearecontinuous -ly allsortsofsexualreproductivesystemsbe -tween some obligate autogamous plants (self -ers)andsomeobligateallogamousplants(out -crossers). Such situation should compare to therelationship between chin and cheek ofa face. Because,thereisnoborderbetweenchin andcheek,andtheirsharpesarechangeable.

参照

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