山梨大学教育学部紀要 第 27 号 2017 年度抜刷
The Effect of OPPA theory in Career Education
原 瑞 穂
Mizuho HARA
キャリア教育における
OPPA 論の効果
The Effect of OPPA theory in Career Education
原 瑞 穂
*1)Mizuho HARA
近年,大学のキャリア教育に対する関心は高まりつつあるが,講義の目的である学生のキャリア形成 に向けた授業効果や評価は曖昧であり,明確な提案はなされてはいない。本研究では本学の「キャリア 形成論」の授業で一枚ポートフォリオOPPA 論(One Page Portfolio Assessment:一枚ポートフォリオ評価) を利用し,学生の資質・能力にどのような効果が得られるかを明らかにすることを目的として授業の効 果を検証した。その結果,OPPA 論を取り入れたキャリア形成論の授業では,メタ認知育成により学生 の資質・能力向上に効果があった。学生は,キャリア教育を学ぶ意味や必要性を自ら感じることで,授 業内容の意味を自ら明確化し,自己のキャリアを意識し主体的に考えることにより行動に変容が見られ る者が現れた。また,教員の授業に対する自己評価から今後の改善の方向性が示された。 キーワード:OPPA 論,キャリア教育,自己評価,授業評価 Ⅰ はじめに 1.研究の背景 近年,大学では低学年からのキャリア教育が導入され職業観を持たせるための対策がとられている が,授業効果の測定や評価法は曖昧であり,明確な提案はなされてはいない。類似のキャリアの課目は あるにしても,その内容は大学によって異なる。例えば,就職活動支援をカリキュラム化したもの,読 み書きや算数などの学習の基礎を教えるもの,生き方や社会人基礎力を育成するもの,コミュニケー ションスキルに特化したものなど様々である。学生も就職に有利になる内容であろうと想像する者も多 く,大学が目指すキャリア教育とかけ離れているケースが多いのが現状である。このように,キャリア 教育の授業内容が学生の職業観や働く意欲の育成,職業レディネスへ効果があるのかどうかについて は,どの大学でも悩ましい問題であろう。 文部科学省(2017)が 2017 年2月 14 日に発表した次期学習指導要領改定案は,主体的・対話的で深 い学びの実現による資質・能力の育成を目指すものであり,高等教育機関の教育にも同様のことが求め られると考えられる。しかし,対話や議論を取り入れた授業は評価が難しく,テスト形式の評価法や学 生の感想のみではその効果を正確に測定することは困難である。授業による変化を学生自身が客観的に 把握し,それを教員が再評価できることが重要だと考える。 本学ではキャリア教育の授業において自ら進んでキャリアを形成していく自立性や「生きる力」を身 につけさせることを目標に授業を行っている。しかし,大抵1コマごとのテーマの組み合わせで構成さ れることが多く,全体の構成や授業の意図が学生に伝わりにくく,その場限りの学習になってしまうリ スクもある。本授業でも,学生に教員の意図が学生に伝わっているのか,認識にズレはないのかと迷う ことが多くある。 こうした状況から,本学のキャリア形成科目では,授業効果を確認するために堀(2013)の一枚ポー トフォリオ評価OPPA 論(One Page Portfolio Assessment:学習履歴)を取り入れた(以下,OPPA 論と 表記する)。OPPA 論とは,「教員のねらいとする授業の成果を,学習者が一枚の用紙の中に授業前・中・
後の学修履歴として記録し,その全体を学習者自身に自己評価させる方法を言う。」(堀,2013)もの であり,受講者自身が具体的内容を通して可視的かつ構造化された形で学習による変容を自覚できるの で,その内容から学ぶ意味,学ぶ必然性,自己効力感を感じ取ることができる。また,教員はそれを見て, 授業評価に活用することができるという利点がある。このように,自分で課題を見つけ,自ら学び,主 体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力のことを,堀は「メタ認知」とし,高次の 学力であるとしている。「メタ認知」の能力を育成するモデルは,堀(2013)が以下のように挙げている。 「メタ認知は「認知の知識・理解」と「認知の調和」という,二つの要素から構成されている。さらに 後者には,「自己評価」の能力と,それを可能にし深め広げるための認知過程の内化・内省・外化が深 く関わっている。そのためには,認知過程を可視化し,学習による変容を明確にする必要がある」。つ まり,OPPA 論では,認知の知識・理解よりも認知の調整に係わる要素が多いために,メタ認知的資質・ 能力育成が可能になるのである。OPPA 論は,客観的に学習の成果を把握できるメタ認知を養うことに より,学生自身が具体的内容を通して可視的かつ構造化された形で学習による変容を自覚できるもので あり,学ぶ意味や必然性,自己効力感を感じ取ることができるものである(堀,2013)。OPPA 論にお ける学習者と教師の基本的関係図1に示す。 このOPPA 論を使用した本学のキャリア教育の 授業の主な目的は,学生が講義を通して得られた 知識や学びを自己の内部に取り入れ内省し,高次 元から構成的に自己を観察することで現時点の自 身の基礎力や将来への志向を客観的に認知し,将 来について具体的なイメージを持てること,ま た,そのイメージに向けて必要なことを自ら考え 行動に移せることである。つまり,講義をただ受 講する受け身の態度ではなく,講義から得られた 内容を肯定的であろうと否定的であろうと自身の 内部で咀嚼し,自身の考えや生き方に置き換えて 考えることによって,今後の生き方へ方向性を見出し行動に移せることである。その結果,長期的なキャ リアデザインのイメージを持ち,自らの発達を管理できるようになると考えられる。さらに,学習から 得られた気づきを学生一人ひとりがそれぞれの行動として学生生活に活かすことによって成功体験を 積み,自己効力感を高め,ひいては進路選択に対する自己効力が高まることを期待するものである。 2.先行研究 高次の学力であるメタ認知に関わる研究が高まりつつあるが,その育成に関する具体的方法について はほとんど研究されていていない。メタ認知を育成するための手段や授業内容の実例報告は多いが,そ れを汎用的なツールにまで発展させたものは少ない。本研究で扱うポートフォリオに関しても研究は少 ない。例えば,新目・長沼・小林・小松・玉木(2013)は,キャリア教育にe ポートフォリオ活用を提 案しているが,データ活用であり,個々の学生の認知ではなかった。OPPA 論を取り上げたものは,山 下・堀(2009)の小学校6年生理科,畦・岡﨑(2015)の小学校5年生理科,山下・中島(2016)の 小学校6年生理科に関するものなどがある。多くは小・中学校及び高等学校のものであり,大学の授業 の報告はごくわずかであった。貫井(2011)が大学の授業でOPPA 論を活用しているが,サンプル数が 少なく文章力に課題が見られ学生の認知の変容にまで至っていない。OPPA 論によるメタ認知育成関す る研究は,堀(2009b)の OPPA 理論に関するもの,大学の授業改善に OPPA 論を取り入れたもの(堀, 2009a)などがある程度である。 図1 OPPA論における学習者と教師の基本的関係 (堀2013を参考に筆者が作成)
大学教育の現場では,生徒化する学生の報告(新立,2010)がなされて久しいが,近年ますます増加 する主体性を持たない学生に対する授業は,旧態依然のものでは既に成り立たなくなっている。教員は このような学生に対し,授業改善や学生参加型の手段の導入など,時代にマッチした授業の提供が求め られている。しかし,アクティブ・ラーニングなどの授業は評価がしづらく,学生の満足度ほど効果が ないのではないかという懸念も否めない。そこで,学生の学習状況の的確な確認を行い,効果的な教員 からの働きかけを行うことで授業改善につなげるために,堀(2013b)の認知過程の外化と内化および そのスパイラル化に着目した。これは,メタ認知の研究およびその育成に関する重要や契機になると考 えられている。本研究では大学の授業における学生のメタ認知育成を目指し,その授業効果を測るもの である。 3.研究の目的と仮説 本研究では,OPPA 論(堀, 2013)を用いることによって生じる学生自身の学びの効果と教師の授業 改善への効果に着目する。OPP シート使用により学生のメタ認知が育成され,自己効力の向上にとも なう資質・能力の育成可能となる。具体的には,自己の客観視による課題の具体化及び自己効力感の向 上による将来への自己像を明確化が可能となるであろう。また,教員の自己評価による授業改善に役立 つと考えられる。以上から,次の仮説が導かれる。 仮説1.授業効果の可視化による自己評価からメタ認知が育成される。 仮説2.メタ認知育成による自己の課題の明確化から自己効力感が向上する。 仮説3.自己効力感の向上によって将来への展望が持てる。 仮説4.OPPA 論使用によって教師の自己評価による授業改善に役立つ。 Ⅱ 方 法 1.調査時期と実施方法 (1)調査時期 平成 28 年(2016)4月~7月であった。 (2)実施方法 調査対象は,平成 28 年前期に本学の全学共通 教養科目の「キャリア形成論」水曜を受講した 学生 97 名,木曜を受講した学生 100 名の合計 197 名であった。本学の「キャリア形成論」の授 業でOPP シート(図1)を利用し,その効果を 検証した。OPP シートとは,堀(2013)が開発 したもので,A3 版用紙に授業 15 回分の記録と 自己評価で構成される(受講前,受講中 15 コマ, 受講後,自由記述の欄)。授業は 15 回× 2 授業 実施した。使用したOPP シートを図2に示す。 2.調査の内容 (1)手続き OPP シートの内容は成績とは無関係であることを授業最初に伝えておいた。授業ではグループワー クを中心に構成されているため,「一番大切だと思ったこと」については比較的自由な記述でもよいこ とにした。これはキャリア形成の授業が,能動的な自己評価により自己の課題を見つけ,行動化を促す ことで自己変容をねらうものであるためである。 図2 OPPシート(表裏 3つ折り)
(2)内容 学生は,講義の最初に「受講前」に本講座の内容についての現時点での考えていること記入する。そ の後毎授業の最後の 10 分程度を利用して当日の授業内容の振り返りを記入する。教員は,一人ひとり のOPP シートを読み,確認印を押すとともにできるだけ短いコメントを入れ,次の授業時に配布する。 これを 15 回繰り返す。学生は,最終の授業終了後にそれら記録内容の履歴を振り返り自己評価を行う。 「受講後」「受講前・中・後をふりかえって何がどのようにかわったのか」を記入し,感想と「タイトル」 をつける。 Ⅲ 結 果 ここでは学生の記述から内容の類似している項目をまとめ,全体を7つのまとまりで整理する。さら に,教師からみたOPPA 論の有効性を4つのまとまりから整理する。これらに従って得られた記述を報 告する。 1.学習者への効果 学習者からみた有効性を堀(2013)は,9点にまとめている。学習者に教育評価のもつ本質的価値を 伝えることができる,学習者に学習の変容を気づかせることができる,学習者の内面に入り込んで学習 者自身に成長を感じさせることができる,学習者に学習目標をもたせることができる,学習者に学習の 意味を伝えることができる,学習者に教科・課目の本質を理解させることができる,学習者に学習の必 然性を伝えることができる,学習者に自己効力感をもたせることができる,学修履歴を通して資質・能 力を育てることができる,である。 本調査では,OPP シートの「受講前」「一番大切だと思ったこと」,「受講後」,「自由記述」,「タイト ル」の記述の中から,特徴的なものを抜き出し分類した。得られた学生の記述内容を分類した結果,以 下の7カテゴリーが得られた。1.自己評価の大切さへの気づき(メタ認知育成),2.自己変容への 気づき(客観視と内省),3.意識や行動の変化の実感,4.資質・能力の育成(成長感と達成感),5. 自己効力感の向上,6.目標の設定と将来への展望,7.授業の本質理解,であった。これは、堀(2013) の学習の意味、本質の理解、学習の必然性を「授業の本質理解」にまとめた形となり、内容的にはよく 似た分類となった。学習者から見た有効性(学生の記述により得られた効果)を以下に示す。 (1)自己評価の大切さへの気づき(メタ認知育成) OPPA 論では,学生が自己の学習状況をモニタリングし自己評価を行うものであるとする。ここでの モニタリングは,自己の学習状況や認知の過程を客観的に監視することを言い,メタ認知にも含まれて いる。「自己評価とは,学習者が自分の学習目標に対して学習状況がどのようになっているのかを把握 することである。メタ認知とは,簡単に言えば,学習者が自分で自分を認知することであり,自分の思 考についての思考である。」と堀(2013)は述べている。自己評価による気づきや変容の面白さがわか る記述例を挙げる ( 表1-1)。 改めて書き出すことで「明確にすることができた(e)」,「自分の考えも変わっていくのが OPPA やレ ポートを書いているときに実感できて面白かった(a)」のように,書くことによって自分自身の変化を 面白いと表現している。また,振り返ることによって「気づいた(b)」,「分かった(c)」,「思い出し た(d)」結果,「定期的に振り返ることがだいじ(d,f)」だという気づきを得ている。結果として,振 り返ることで「自分のキャリア形成にあたって何をしていけばいいのか具体的になった(g)」と,授業 の目的を理解する者もいる。学生は自身の記述内容を読むことによって可視化された自己表現を再確認 している。それは,内化された授業内容をOPP シートに外化し,さらにそれを読むことによって内省 に至る過程を経ていることがわかる。このように,毎回振り返りを書くことは面倒ではあるが,確実に
学生の自己評価に影響を与えていることがわかる。OPP シートを使用せず振り返りを行わなかったら, このような気づきや意識の明確化は行われず,その後の実践意欲にもつながらなかったかも知れない。 (2)自己変容への気づき(客観視と内省) OPP シートを書き続けていると,自然に自己について考えることとなる。学習者に学習の変容への 気づきが生じ,授業内外での意欲につながったことがわかる。この授業内容が他者の価値観や生き方 に触れるものであるため,さらに自己に対する客観的認知が促進されたと考えられる。堀(2013)は, 「OPPA 論を使うことにより,学習者に学習の変容を気づかせることができる。OPP シートにポートフォ リオ及びパフォーマンス評価の考えを導入することの意味は,学習の変容を認識させることである」と 述べている。学生の記述にも,このような内容が見られる(表1-2)。 「6/9,6/16 の講義から(略)自身の進路だけでなく物事に対する姿勢が変化し,意識が変わった (a)」という記述には筆者も少なからず驚き,シラバスを見返すきっかけとなった。また,「迷うことが 表1-1 自己評価の大切さへの気づき 表1-2 自己変容への気づき(客観視と内省)
なくなった(b)」,「常に行動に明確な意思が伴うようになった(c)」,「大きく変わったのは,受講する 態度です(d)」,「将来はなるようになると思っていた→真剣に考えた→実践するために必要な物をそろ えた(e)」,「考え方が変わった気がする(f)」,「今まで以上に自分の将来について考え,向き合う時間 が増えた(g)」など,自己変容への気づきのわかる表記が多く見られた。自己変容をこうして記述する ことで確認し,自信につながっていっているのであろうと期待できる。また,「考えるようになった(h, i)」,「姿勢が変わってきている(j)」,「行動が変わった(k)」など,意識や行動の変容に気づきが得ら れている。自己を客観視した結果成長したいという気持ち(l,m,n,o)の表出もあり,彼らは自己 変容の予備軍であると考えられる。これは1枚のOPP シートへの記述を続けていなければ気づけなかっ たことであり,学生が記述した毎回の振り返りを俯瞰することで自己の変容を客観視し,自己をコント ロールできるようになった,あるいは自己をコントロールしてより高い自己を目指したいと考え行動し た顕著な例であろう。 ここで気づくのは,a や d にもあるような学生の授業を聞く態度の変化である。「OPP シートを用い て「授業の一番大切なこと」を書かせるという働きかけを絶えず行っていると,学習者が授業を聞く態 度が変わってくる。今日の大切なことを意識して授業を聞くようになるのである」という,堀(2013) の主張どおりの変容が学生に起きていることがわかる。 (3)意識や行動の変化の実感 自己を客観視でき自己変容を自覚できると,今度は意識や行動に変化が現れる。「少しずつ自分の中 の色々な感覚が変わってきた(a)」,最初は他の授業と同様に「序盤は寝ていたが,周囲がどうあろう と集中して話が聞けるようになった(e)」などである。また,考え方が変化した学生も多い。「柔軟な 考え方ができるようになれた(b)」,「前向きに考えられるようになった(c)」,「失敗することも多いけ れどそれは自分になっていると考えることができるように変わりました(d)」,「すべて将来にいかされ 表1-3 意識や行動の変化
ていくという考えに変わっていきました(f)」,「行動する際の意識が変わった(g)」,など,意識の変 化が見られ,さらに行動の変化となっていた。「足りない力をできる力に変えていこうと努力していま す(h)」,「自分自身に足りない力をできる力に変えていこうと努力していきます(j)」,「常に行動に自 分の明確な意思がともなうようになった(k)」など,意識の行動化につながっている。 この変化に気づいた教師が学生の努力や頑張りを承認し,励ますことによってさらなる意欲や向上心 につながる。この繰り返しが重要であり,「学修による変容と成長が具体的内容を通して可視的に感得 できる」と堀(2013)も述べている。実際に,「途中であきらめることなく達成することが出来ること が増えた(i)」,「計画を立てて自分の生活リズムをつくることができるようになった(r)」,「実践力が ついてきた(l)」,「自分の意見を考えてしっかり言えるようになった(m)」など,授業の1コマ1コ マで終結するのでなく,4か月間,意識や行動を継続することによって,資質や能力の変化を感じて いるのである。そして,「自分の今までの行動が変わったと思う(n)」,「このようなことを続けていれ ば,自分の目標にすこしでも近づくことができると思った(r)」,「この変化はとても大きな進歩だと思 う(s)」のように,行動の結果に手ごたえを感じている。授業修了後も何らかの行動を継続する可能性 を感じる(表1-3)。 (4)資質・能力の育成(成長感と達成) OPP シートの利用目的は,学生の資質・能力を育てることである。毎回「大切だと思ったこと」を 書くことは,授業の要点を押さえる力をつけるためであり,学習前・後の変容を自己評価させるのは, 自己を適切にみとり,学習の方向性を判断するとともに価値づけを行うというメタ認知の能力を育成す るためである(堀,2013)。本調査でも,学生は自己を適切に把握し,メタ認知を育成し,自身の資質・ 能力の育成につながっていると考えられる記述が見られた(表1-4)。 表1-4 資質・能力の育成(成長感と達成感)
コミュニケーション力の向上は多く見られた(i,j,k)。その他,発言力(l),実践力(m),計画立案, 行動力(n),積極性・統率力(o),集中力(p)など様々である。また,「柔軟な考え方ができるように なった(a)」,「将来を明るくとられることができて,楽しんで未来を考えられるようになった(b)」,「物 事への考え方が変わった(c)」,「行動の自信がついてきた,暗かった視界が晴れてきた(d)」,「―→+, 苦→楽,になりました!助かりました! (e)」「考えを変えるキッカケになりました(f)」など,考え方 の変化の記述が多く見られた。ここには,入学後の学生の悩みや戸惑いが現れており,これまでどうに も変えようのなかったネガティブな認知を少しずつ自分の力で変化させられるという効力感がうかが える。これは一種の資質・能力の育成であろう。また,「性格を,授業を通して直すことができた(h)」 には驚かされたが,学生本人がそう感じていることが重要であり,資質の向上を実感していることが何 よりこの学生にとってはこれまでの人生において一番大切なことなのであろう。これらは,自己の客観 的な把握が継続的な教師からの問いかけや内省によって生じ,資質・能力が育っている結果であろうと 考える。堀(2013)は,「授業の中で何が大切なのかを把握する力は,それを絶えず問い続けることが なければ自動的に獲得されることはほとんどない。自分で考えをまとめる,その適切性を教師が判断し, 的確な働きかけを行うことによって重要な資質・能力が育ってくるのである。」と述べているが,自ら 考え,判断し,表現し,行動する力の向上に学生自身が気づいていると考えられる。 (5)自己効力感の向上 学生は授業の手応えとして自己効力感を感得していた。近年,わが国の若者の学ぶ意欲の欠如が指摘 されてきている。本来自主的に学ぶはずの大学生でもこの傾向は少なからずあり,大学生の学びへの意 識の低さや質の低下は加速度的に増しているように思える。こうした状況では,学生に学習による自己 効力感を感得させることが極めて重要であろう。OPP シートは,その構成要素として学習者に自己効 力感を感得させることが可能である(堀,2013)。メタ認知が育成され,意識や行動に変化が生まれる と学生に何らかの変容が生じる,それを,そのままにせず,自身の言葉で「見える化」させていく作業 が必要であり,内省とともに自らの励みにもなる。授業の成果が学生に客観視できなければ「やりっ放 し」となり,学生の内省に至らない。意識し,行動し,仲間と共有し,そこで感じたこと考えたことを 言語化し可視化することにより,その日の学びが定着すると考えている。 表1-5 自己効力感の向上
(a)は,基礎力を意識した行動を常にできるようになったことで自信がつき,「失敗も自分のために なる」と考えることができるようになった喜びを素直に表現している。また,b,c のように,自己の「新 たな一面」を発見し「とても嬉しかった」と苦手なグループワークを克服し,自分の隠れた一面を発見 した喜びが伝わってくる。「自分を好きになれた(d)」「恥ずかしいという気持ちをいくらか捨てて,人 に声をかけられるようになった(e)」「将来を明るくとらえられるようになった,楽しんで未来を考え られるようになった(i)」などからは,本学の学生の特徴がよくわかり,OPP シートだから書けた内容 ではないかと考えられる。また,自己効力感の向上を意識することが自分にとって大事なことであると 自覚する者もおり(j,k),この時期の学生の抱えている課題を垣間見ることができる。 このように,OPP シートに記入しながら(時にいい加減な時もあるが)自分自身を振り返ることで, 今日できたことを自ら承認する,それを教師が読み承認のコメントを書く,学生は次にそれを読み返し て,今日は何を目指そうかと集中する,このサイクルが自信になるのである。毎回理想的にはいかな いが,このサイクルにはまった学生の中には,成長の喜びが表現される。自分を肯定できるようになっ た,つまり自己肯定感が高まったことを示す記述である。自身の変化を感じ自己の将来へ希望をもって 語り,喜びさえ感じているのである。こうして自信となっていくのであろう(表1-5)。 (6)目標設定と将来への展望 学生は自ら課題を発見し,目標を設定することを始めた。それを生活の中で実践しようとする者も現 れた。堀(2013)は,「学習の自己評価を行うためには学習者が学習目標をもたなければならない。し かし,新しく学習する内容に対して始めから目標をもっていることはあり得ない。そこで,学習目標を もてせる方法の一つとしてOPP シートの活用がある」と述べている。OPP シートは,自分の資質・能 力を客観視するとともに,どうしたらそれを伸ばすことができるのかを自らの課題として表出し,書い 表1-6 目標設定と将来への展望
た希望や目標を自覚することで成功に向けて行動に移そうとさせる効果があることがわかる。学習者に 学習目標を持たせる重要な働きかけをしていると言える。 「どんどん色々な人と話して(略)チャレンジしたい(a)」から,授業での気づきを実生活で試そう としていることがわかる。「いろいろなことを知ったからこそ,もっと知りたいと思ったし,実践して 自分のものにしたい(b)」からは,自分の課題を明確化し,達成したいという強い意志がうかがえる。「大 きく成長したい(c)」,「直すべき所は改め,良い所は伸ばしていきたい(d)」,「統率力はまだ克服でき ていない(k)」,「まだ持続力が身についていない(l)」,「自分の課題である”自分に自信を持つ”こと (m)」も同様である。「周りに必要とされる人間を目指したい(e)」は結果として,目指す人間像を描 いている。そのためには,「意識するだけでなく(f)」のように実際に行動に移していくことが大切な ことだと考えていることがわかる。「この大学生活の中でそれを補うためにできること,やるべきこと が見えてきて,それが自分のキャリア形成につながるのではないかと考えた(i)」からは,授業の本質 の理解につながるような考え方を習得しているのがわかる。そして「自分の未来をイメージするきっか けになった(j)」のように,自分の未来をイメージすることができるようになることがわかる。これら 表現から,設定した目標へのチャレンジと,その先の将来への願望が表れていることがわかる(表1- 6)。 (7)授業の本質理解(学習の意味を伝える) 学習者が評価に関わることによって自分自身の成長や学ぶ意味,必然性,自己効力感を感得できると 堀(2013)は述べているが,本調査でも,学生にOPPA 論が教育評価のもつ本質的価値を学習者に伝え られたと思われた記述が見られる。OPP シートの中に,大変多くの成長を自覚する言葉が見られ,学 生がこの授業を学ぶことの意味を自ら感じ取っていることがわかる。 ここでは,授業の意味を感得しているもの,学びによる自己の変化を感得しているもの,学びによる 授業の本質を理解しているものに分けて報告する(表1-7)。 授業の意味を感得する 「この講義にこめられた意味を今あらためて理解することができた(a)」は,まさに教師が目指して いたものを理解したとうかがえるものである。「講義内容が色々な観点でつながっていて,一貫性のあ るものだったのだなあと感じた(b)」は,振り返ることによってしか出てこない感想である。「4年後 には自分も社会人になるんだなと実感していきました(c)」,「将来への見通しを立てることで理想のキャ リアを形成できるんだと思いました(d)」,「たぶんこの授業を受けていなかったら4年間無駄にすごし ていたなと感じた(e)」など,この時期にこの内容を学ぶ意味を感得していることがわかる表現である。 自己の変化を意識する 「徐々にこの授業の大切さや先生が言っていることが分かるようになり,どんどん自分のためになっ ていくのが分かった(f)」は,受講前・中・後の変化を感じ取り,自己の成長を客観視している。「こ のキャリア形成論を受けて,自身の進路だけでなく物事に対する姿勢に変化が生まれ,意識が変わった。 非常に有意義な講義だと思う(g)」は,自己の変化を受講前・後に具体的にどう変わったのかを意識化 させたことになる。この変化は,授業の狙いでもある社会への関心への変化にも表れている。「ニュー スや世間の話題に対して興味を持つことが多くなった(h)」,「キャリアとは過去,現在の能力をもとに 未来を見据えることにより形成されるものなんだなと考えるようになった(i)」,「与えられた環境から 抜け出して環境を変えることもできるし,与えられた中でも自分なりに楽しみ方や,頑張る理由を見出 すこともできるのだとわかった(j)」,「大学生活は,とても大切な時期であり,将来の充実のためには 大学生の時から身につけられる力が必要で,自分にはその行動を起こせる、と思うようになりました (k)」である。また,自分自身への理解を深め行動への変化に表れた例もある。「だんだんと自分自身の ことを考えられるようになった(l)」,「計画的に物事を進めることができるようになった。さらに,「こ
のつらい経験が自分のこれからに生きてくる」と前向きに考えられるようにもなった(m)」,「統率力 が自然とついてきたような気がします(n)」,「目標実現に向けて,どのように取り組んで行けば良いか 少しずつ分かり始めました(o)」,「違う学部の人にも話しかけられるようになりました(p)」である。 これらのことから,学びによって得られた気づきや考えを,その時々に学生自身に積極的に意識化さ せ,文章表現させることが重要であり効果的であることがわかる。そして,それを継続することで,自 らの発達を管理する力が身に付くとも考えられる。 表1-7 授業の本質の理解
本質を理解する 「お互いに意見交換をしっかりして,(略)おのずと良いキャリアを形成していくことができるのだろ うと感じた(q)」は,まさにグループワークによる自発的な経験を積むことで自己理解を深め,他者と の違いを認め,自己の価値観を確認し,自らの課題発見によって目標設定できるという授業の目的を言 いえたものである。「学んできたことを,実践していくことや,いつか実践するべきときいに思い出す ことができるようにしてくことが大切(r)」からは,学びを実践に活かす必要性を感じ取り,授業の本 質を理解したものと考えられる。「私にとって,今まで内気に黙り込んでいたことが,問題であったと 思います。(略)そういった行動(action)の中で,自分の話すことを考えるなどすることで,自分につ いて改めて考えるキッカケとなり,今後,計画(plan)して実行(do)していくための自信 (confidence) が自分のキャリア形成にとって,一番大切であり,重要であると思いました(s)」からは,授業の本質 を理解し,外化しつつ自身の課題を明確化できていることがわかる。 2.教師から見た有効性 次に,教師から見たOPPA 論の効果について,1.教師に学習の実態把握と授業評価の適切な情報を 提供できる,2.カリキュラム構成の評価に利用することができる,3.学習者一人ひとりの発達の最 近接領域に働きかけることができる,4.学習者一人ひとりとのコミュニケーションが可能になる,の 4つに整理した。4つのまとまりから検証する。 (1)教師に学習の実態把握と授業評価の適切な情報を提供できる OPPA 論により,教師が伝えたい内容が学生に伝わっているのかを毎回確認でき,翌週の授業に反映 できるため,15 回終了を待たずに授業改善につなげることができる。また,15 回終了後に,次の期の 授業内容に活かせるヒントが得られた。 まず,1コマ授業の内容への記述により,次の授業内容の改善につなげることができた例をあげる。 「5/19 初対面の人とペアになり活動を行った今日の講義は私にとっては結構辛かったです。しかし, 話そうと思うと話せるものなんだなと思いました。(略)(a)」など,5回目の授業でペアワークが辛い という学生が少なからずいたため,6回目にそれをフィードバックし,皆同じことを感じていると伝 えることにより,5回目の意欲を6回目の積極的な関わりにつなげることができた。a を書いた学生は 「5/26 今日も初対面の人とのワークでした。先週の講義を生かして,コミュニケーションをすること ができました(略)(b)」と翌週に書いている。このように,多数の気持ちを汲み取りながら,次の授 業に活かすことができる。また,「6/29 実際に働いている人の話を聞けて良かったです。成功してい る人の話はよく聞きますが,キャリア選択の時に失敗をした人の話も聞いて学べるのでは・・?とも感 じました(c)」は,授業の狙いとズレが生じていたため,翌週には OPP シートに記述されていた他の 学生のコメントをいくつか授業でフィードバックすることにより,より多面的に社会人の話を捉えられ るように補足できた。OPP シートの記述がなかったら学びは狭いままに終わっていた。 さらに,この記述にヒントを得て,後期には社会人の話の内容に,失敗を乗り越えた話を加えてもらっ た。学生の反応は様々であったが,キャリア形成は全てがうまくいくものでもなく,予期しない出来事 からも成り立っているものであり,それをどう捉えてどう乗り越えていくのかが重要であると学ぶ者も 多かった。これは,変化の大きい現代の社会におけるキャリア理論に重なるものであり,授業内容を思 い出す学生もおり効果的であった。このように,学生の現状に合わせた授業内容に変化させることがで きるのもOPPA 論の特徴である。 また,この授業を行う時期についての示唆もあった。「大学という新しい場に入りたてのこの時期に キャリア形成論の授業があって本当によかったと思う。入学時の自分は,初めての場所,人,制度に びっくりしていて,高校時代よりも人と話すことに抵抗があったが,この講義を通して,人と話すこと,
発表すること,自分の意見を持って話すこと,皆が話してみれば同じようにそれぞれの私見をもってい ることが分かった。(d)」など,新入学直後の学年でこの授業を行う意味は,授業内容もさることなが ら,大学生活に馴染むまでの第一ステップのような役割を担っている可能性も示唆され,教師として授 業の望む心構えや学生への配慮の必要性を感じさせるものであり,大変貴重である。最後に,授業への 満足度なども得られ,教師にとっては励みになるものであった(e,f)。 以上のことから,OPPA 論は,教師に学習の実態把握と授業評価の適切な情報を提供できるものであ ることがわかった(表2-1)。 (2)カリキュラム構成の評価に利用することができる(教師の自己評価) 教育実践においてはあまり教師の自己評価というとらえ方はされてきていない(堀,2013)。この教 師の自己評価にあたるのか授業評価である。学生の記述の中には,講義全体の構成への感想や,あるコ マから自身の変化を感じ始めたなど,多様なコメントがある。それらから教師は予想もしていなかった 学生のとらえ方や変化を感じ取ることができる。多くはないが,それらを詳細に分析することによって, 学生がどのような箇所から変化を感じ授業に意味を感じ始めたのかを知ることができるのである。これ は驚きでもあった。これは,全授業終了時に記入する「受講前・中・後をふりかえって何がどのように かわりましたか」と「自由記述」により学生が講義全体をどのように捉えているのか明らかになり,カ リキュラムの内容の改善に活かすことができる。 まず,このアクティブ・ラーニングを取り入れた本授業で,コミュニケーション能力が向上している のかを検証した。「能動的な活動が多くて良かった(a)」,「人と関わることがあまり得意ではないけど、 積極的に話せるようになった(b)」,「積み重ねの実践的なトレーニングから、本当に大学生活、社会生 活にダイレクトに使える人間力を向上させることができた(c)」などの記述から,グループワークによ るコミュニケーション能力の向上と、苦手意識の克服に効果があることがわかる。「人々それぞれ色々 な考えや答えがあっていいのだということが分かった。人と違う意見を持つからこそ、そこに新しい発 見が生まれたり、新しい考え方が身に付くのだと思った(d)」からは,グループワークの必然性や意味 を理解しているようにもうかがえる。 また,「だんだん目標が明確になり、最後の方にはそれをどう達成していくか大まかな計画を立てる ことができた(e)」,「講義中に自己分析したことや、人から良いところを言われたりして、自分がそう いう人間か、何が足りないか、何に向いているかが分かってきた気がする(e)」,「講義を受けていく中 でキャリア形成についてや、社会の状況も考えながらデザンしていく事の大切さや(略)今までの考え とは違う見方ができた(g)」などから,授業の内容が機能していることがわかる。さらに,「柔軟にバ 表2-1 学習の実態把握と授業評価の適切な情報
ランスよく様々な経験を積んでいくことが大切だと思った。また,自分に必要な情報を手に入れる,計 画を立ててそれを実践する、雇用状況や労働関係の実情を知るというような力も大切になってくると思 う。キャリアは1日で形成されるものではなく,普段の積み重ねだと感じたので,自分の課題を発見 し,それを克服、改善できるように日ごろから意識を高くして生活することが大切だと思う(h)」など は,まさにこの授業で教師が伝えたいことであり,学生に受け取って欲しい内容であった。これらから, 教師の授業内容の自己評価が可能となった。そして,「こういった授業は自分が職を考えるうえで様々 な能力の向上にもつながる。履修して本当に良かったと感じた(f)」「受講後,振り返ると、受講前よ りも自分のキャリア形成にあたって何をしていけばいいのかが具体的になった(g)」という感想につな がっていくのであろう。単に楽しく自分のことを深く理解できただけでなく,将来の進路選択にも目を 向けていることに意味があるのであり,それが授業で成し遂げられたことが確認できる(表2-2)。 また,シラバスの構成の検討を促されるような記述もあった。「10 回以降から少しずつ変化を感らじ れた。特に,自分の事を話す事で、自分のやるべきこと,意志,目標を以前よりも強く意識するように 変化しました。1-9回までは意味がないと思っていましたが,1―15 回まですべてが有意義なもの でした(k)」からは,重要なヒントが得られた。1回~9回の構成を見直すことと 10 回目の内容を検 討することであった。最後に意味があったと思っても,9回目までの受講姿勢を考えると内容を再検討 する必要があることが明白であったからである。このように,素直な感想の中から,授業改善のヒント 表2-2 カリキュラム構成の評価に利用することができる
が得られることは,OPP シートでなければ得られないものであり,非常に貴重な示唆であった。(1) の記述は前述のものであるので詳しくは述べないが、同様な効果をもたらすものであった。大抵,この 授業を選択必修であるために仕方なくとった者が多いためでもあるが,最初の自己理解やワークなどは 「はいはい」という程度ではあっても,途中から意識の変化が現れ,最後には授業全体の意味まで考え ている。彼らは明らかに学生生活における目標や姿勢が変化したことを自覚している。このような変化 を教師が把握できることに意味があるのであり,次の授業改善へのヒントになるのである。 最後の授業で,1コマ1コマテーマが独立しているキャリア形成論であるが,まとまりを感じる者も 現れた。「今日まで行ってきた授業をしっかりと振り返るということが大切だと感じた(i)」,「今まで 受けてきた講義内容がいろいろな観点でつながっていて、一貫性のあるものだったなあと感じた(m)」 では,学生は自己評価の重要性を感得していることがわかる。これらはやはり1枚のシートだからこそ 可能になったのであり,これがメタ認知の育成なのであろう。また,「キャリア形成論の授業は毎回毎 回ためになると感じた授業でした。授業を経て,自分自身は足りない力をできる力に変えようと努力し ています(j)」という感想は,教員にとって有り難いものであり,さらに良い授業をする原動力にもなる。 (3)学習者一人ひとりの発達の最近領域に働きかけることができる 堀(2013)は,「そこに表現された内容に対して,教師が毎時間コメントを加えることによって,現 下の発達状況に働きかけることが可能になる」と述べている。OPP シート使用により,学生がそれぞ れの発達状況を把握し自身の課題を見出し行動に移すことで発達を自ら管理する力を養い自律的な思 考や行動を生み出すことができる。 「キャリア形成に必要なのは・・・自分のことだけではなく、人の主張を聞き入れ、自分の意見と照 らし合わせて考えていくこともキャリア形成の上で大切なことだと感じた(a)」この学生は,おそらく キャリア形成とは自分一人で頑張ってやっていくものだというイメージが強かったのだろう,人との関 わりで人は成長しキャリア形成につながっていくと実感している。「この授業をうけてから「自分が何 を知っているか」で社会にとけこめるか、否かを判断できるのではないかと感じるようになった(b)」 も同様に,この時期の重要な発達課題である職業選択を控えて,このような力が自分に必要不可欠であ ると発見していることがわかる。また,「自分が一番大切、今の自分に必要だと思ったことは、先を見 表2-3 学習者一人ひとりの発達の最近領域に働きかけることができる
通す力、予測する力だと思います(c)」からは,将来設計という言葉につながるのである。狭かった視 野が広がり,この先に必要なものを見つけた喜びを感じさせる。また,キャリアについてある程度意識 はあった者であるが,「世間の状況や、仕事に対する視点をいうものを知り、自分の目標に対してもう 一度冷静に見つめ直すことができました。それによって、私のキャリア計画はより深く、具体的なもの になったのではないかと思います(d)」と,考えの深まりや具体化に貢献できたことがわかる。そして, 「いつも何が足りていないか意識して生活することが大切だと思う(g)」,「この授業では、社会人にな るための大切なことを学んだと思う。大学生活を、就職活動を円滑にするためにも、実践できるものは したいと思う(h)」と,受講後も学びを実践していこうという姿勢が見える。このように,自らの発達 を管理し,自律的な思考や行動を生み出す効果が見られた(表2-3)。 (4)学習者一人ひとりとのコミュニケーションが可能になる OPPA シートには,毎回教員がコメントを記入するため,学生自身の考えや行動にフィードバックを することで自身の問題や課題を伝えることもある。学生の現状把握に役立ち,速やかな対応ができる。 中には,「運転免許取得の目標を達成できました」「春休みに留学することにしました」など,授業の中 で立てた目標の進捗や達成を報告したり,「相談したいことがあるのですが」など,進路や学生生活の 悩みを相談に来るきっかけができたりなど,学生一人ひとりの心身の健康や生活態度に気づくことがで きた。 「-→+、苦→楽になりました(a)」は,具体的には内容は分からないが,教師に自身の変化を教師 に伝えたかったのであろう。「本当に多くのことを学ぶことができました(b)」,「楽しく自己理解する ことができました(c)」は,どんな風に授業を受けられたのかを伝えたかったのであろう。「足りない 力をできる力にかえていこうと努力しています」からは,現在進行形である思いを,「続けてください (e)」からは,授業で得られたものを次の学生達のために続けるように伝えようという思いを受けとめ られた。このように,時としてOPP シートは学生から教員へのメッセージや要求,相談事などが書か れることがある。例えば問題を抱えた学生へは保健管理センターなどの機関を紹介したり,筆者自身が 継続的に面談したりする中で対応が可能となったことは,初年度の共通科目としての役目を果たすこと になったのではないかと考える(表2-4)。 3.結論 キャリア形成授業におけるOPPA 論は,メタ認知育成を通じて学生の自己効力感を向上させる効果が あることが確認された。また,毎授業後の学生の記録を読むことで,教員自身にも客観的な振り返りが 行える(メタ認知)ため,双方向の効果が得られ,OPPA 論が授業改善にもつながる有効なツールであ ることが示された。 OPP シートを使用することにより,最初は何を書いたら良いのかわからず,授業の内容をただ書き 写す者が多かったが,回を経るにつれて文字数が増える者が多く現れ,内容も深い自己理解や将来への 見通しなどに変化した。文章に自信のない者も書くことへの抵抗が少なくなり,素直に考えを表現でき るようになっていくのが観察できた。この変容に自ら気づくことでさらに学ぶ意欲につながっていくと 考えられる。また,興味関心の高さ,関わりの程度によって文字数も増減するため授業改善の手がかり 表2-4 学生とのコミュニケーション
となった。 このように,堀(2013)の提言と一致する記録が多く得られ,OPPA 論の実効性が証明されたと言え よう。また,「指導と評価の一体化」「学修と評価の一体化」を少なからず実感できたと言える。以上の ことから,仮設1,2,3,4は支持されたと言えよう。 Ⅳ 考 察 1.学生のメタ認知育成と内省 学生はOPP シートに記入することによって,自分のキャリア形成に関する意識がどのように変化し たのかを見とることが可能になってくる。キャリア教育のように,全授業の流れを意識しづらい課目で も,OPP シートによる振り返りを行うことにより,「○回目から意識が変わった」「最初は何の役に立 つのかと思っていたが,15 回全部がためになった」などのように,全体を通して授業を捉え,授業の 必要性や意味を自ら考えられるようになる者も現れた。それが,自身の成長を実感することとなり喜び となって表現される。さらには,その後の大学生活への課題や希望などに考えが及ぶことも多々あり, 他者からではなく,自己の自己への評価であるからこそ,本人にとって価値があり納得できるものにな るのである。それが自身の短所の確認であってでも,である。 2.学生の自己評価による課題の発見と行動化 学生はOPP シートの記入により,毎回の授業で得られたものを自身の資質や能力と照らし合わせ(内 化)ながら文章に表現していた(外化)。それにより自身の考えや現状を可視化し,客観的に現在の資質・ 能力を把握することで,課題が明確化されていた。さらにそれを踏まえて毎日の授業や生活への取り入 れを実践し,能力向上への意識がさらに高まったと考えられる。学生の中には,毎回の教員のコメント に反応し,自分の課題に対して継続的に意識するようになる者も現れた。数回後の記述に,目的を達成 できたという報告を書く者もあり,授業で課題とした自らの目標を常に意識して行動に移し達成してい ることがわかる。 3.資質・能力の育成から自己効力感の向上と成長 学生は,自身の課題を認識し,失敗を恐れることなく挑戦しようという姿勢に変化している。その結 果,成長を感得する者,性格の変容を自己評価する者もおり,毎回の意識づけと文章化による自己表現 の継続は,学習への動機付けや意欲の向上の効果があることが示唆された。課題達成それ自体が自己効 力感を向上させているであろうが,教員に報告し承認と称賛のフィードバックを得ることでさらに高め た自己効力感に確認が持てることになる。このことは,OPPA 論によって「指導と自己評価の一体化」 と「学習と評価の一体化」が同時進行的に行われていたことになる。堀 ,(2017)は,これを,評価と 指導や学習を切り離して考えない(assessment as teaching and learning)という意味であり,教育実践に おいてどう具現化するかが,現実の教育の重層性として難しいと述べている。自己評価は学習者のメタ 認知を育成するために,とりわけ重要であり,メタ認知の能力は,資質・能力の中でも最上位に位置す ることができるとしている。 4.将来への展望と目標 OPP シートには,自己の課題や将来の自分への期待感が溢れていた。もともと,それほど自己効力 感も高くなく,一歩を踏み出すことを恐れ,他者との関わりを苦手とし,自己否定感情の強い学生が目 立っていた。しかし,一人ひとりの自己理解が深まり,他者との比較を恐れず,自身の良さを認め,実 践により小さな成功を積み重ねることで,ネガティブな認知がポジティブに変化し,その変化を素直に
喜びの表現としてOPP シートに記述できるようになっていく。そして,このような人間になりたいと 具体的な将来像を描けるようになった。これは自己と向き合う 15 回があってこそ得られるものであろ う。 5.授業の意味と必然性の理解から本質理解へ 学生は,授業の意味を感じ取り,自身の中に取り入れることで自身の変化を実感し,それをOPP シー トに書くことによって授業の本質の理解にまで至っていた。学ぶ必要性を伝えることは難しいが,OPP シートの記述からは学生の授業内容を踏まえて自分自身と真摯に向き合う姿が確認された。学生が自己 評価に関わることによって学ぶ意味や必然性を感得できたのであろう。キャリア形成という漠然とした イメージの授業であるが,学生の変化は目覚ましい。毎回OPP シートを書くことで,どうしても今回 は何を書こうかと考えるに違いない。そのためには,自分が何をどう感じたか考えたかを一瞬でも考え る必要がある。たとえ 90 分集中できなくても,興味関心のある瞬間を切り取り,振り返りを書くこと になる。この継続が意味を持つ。その連続を一枚のポートフォリオに記録されるのである。嫌でも自分 の記録を次回見ることになる。例外も確かにあるが,多くの学生の記述に,授業への関心が書かれてお り,これが本質の理解につながっていくのではないだろうか。 6.学生と教師双方向からの授業改善の可能性 学生の書かれた「今,私の内部に起きていること」や「私の課題」や「疑問に思ったこと」など自身 の内部に今起きている葛藤や変化への願望,自身の資質・能力への客観的評価などが多くをしめるが, 中には「授業内容への疑問や提案」をする者もいる。これは,授業を自分たちのものであると認識し, 少しでもよい授業内容になるようにという願望である。このように学生は主体的に授業に取り組みつつ 変容していくのであり,それが教員に可視化できるという利点がる。これは授業改善にとって重要な要 素である。授業修了後に行われる全学的な調査「授業評価アンケート」の結果を待つ前に,当期の内に 改善を重ねることができることは,教員と学習者の双方にとって成長できる機会があるということにな る。 Ⅴ まとめと今後の授業改善への示唆 1.OPPA論を利用した授業における効果 OPPA 論は,学生の自己評価を通して客観的に自己の能力を把握するには大変効果があった。OPPA 論を使用することにより,学生は,授業の中で重要なことは何かを考えながら受講するようになり,授 業内容の意味を自ら明確化し,自身のキャリアについて主体的に考えることにより行動に変容が見られ る者が現れた。キャリア形成論を学ぶ意味や必要性を自ら感じることで,授業後も大学生活の中に学び や気づきを活かそうとする者も見られた。この,自己の学習や生活態度を高次の位置から自己評価し, 修正と改善と繰り返しながらスパイラル状に向上する習慣が身につけられれば,自己をコントロールし 学生生活を充実したものにできるであろう。大学卒業時の成績は1年終了時の成績とほぼ一致し,入学 試験の結果とは相関関係がみられないことが,東京理科大学が同大の学生を対象に実施した調査で明ら かになった(毎日新聞, 2016)。この「最初の鬼門」が6月の第1週であり,ここでのつまずきが成績 不振や留年につながるケースが目立つという。本学の1年生のこの時期に自己について内省し,4年間 をどう過ごすかを深く考えることは,学部を問わず大切なことである。 教員はOPP シートの内容を毎回チェックすることで,学生の理解度や個人のキャリアの課題を知る ことができ,授業を自らの生活に活かせているかなどが評価できた。さらに,教員の伝えたい内容が正 しく学生に伝わっているか,行動化への原動力になっているかなど,授業評価を自ら可視化でき,不具
合があれば次の授業内容を再考できた。OPPA 論のメリットは,学生の変化に気づきやすいことである。 授業内容の伝わり方がその日のうちに可視化でき,次の授業内容の改善につなげることが可能になる。 実際,筆者もOPPA 論の反応により次の授業内容の組み立てを変化させていた。クラスによっては同じ 科目でも運営を変える必要もあった。教員が授業をやりっ放しにしない利点がある。こうした学習者と 教員の双方向の活動によって教員が意図しない効果を生み出すことが可能である。 大学全入時代の現在,大学生に対しても,きめ細やかな指導方法が必要であるという考え方がある。 一方で大学の授業で個人の学習度合いにまで目を向ける教育は必要でなく,あくまで大学は自主的な学 びを尊重する場であるという意見もある。学生一人ひとりのOPP シートを点検するという方法は,専 門教科を教える授業では難しいかも知れないが,一般教養などでは実践が可能であるのではないだろう か。実際,前期3授業 450 名余りの学生のOPP シートを毎週一人ひとり評価してみた結果,負担感は あるが学生の変化や抱えている問題にいち早く気づき,伝え返すことができた。 学生は授業の最初は他者と比較して自信をなくしたり,他者の言動に違和感や怒りを覚えたりするこ とも多いが,慣れるにつれて自分は自分でよいという感覚を持てるように変化する。初年次に学科を越 えて人間関係を広げることは多様な価値観や考え方を受け入れるためには重要な機会であることを学 生自身が体得する。また,社会への窓が開かれることによって,関心が内から外に向き始めているこ とがわかる。「今日は話せた」「今日はリーダーがうまくいった」のような記述がOPPA 論では多く見ら れ,学生が自身の考えや行動の変化を書くことにより客観的な自己の発達の管理を教員が承認するとい う繰り返しがさらなる自信となって学生にフィードバックされている。また,最近の学生は,他者との つながりが希薄であり些細なことで深く傷つく傾向にある。他者からの評価を気にして,授業後の感想 や質問でさえできない者が多い。行動しないことは失敗しないことであり傷つかないですむ。彼らがこ のまま就職活動に向かい社会人となった後が危惧される。大学時代に真剣に自己と向き合い積極的に経 験を積み,失敗の中から這い上がる経験をしてこそ成長できると授業では絶えず語りかけている。消極 的な学生の行動を促すためにも,守られた空間である授業内での他者と関わり,自己表現を行う中で自 分でもできるという感覚を身に付けさせたいものである。 2.授業評価の必要性 現行の学習指導要領における目標として「生きる力」の重要性が謳われているが,その評価は難し い。本講義でも「自ら考え学ぶ力」「自らの発達を客観的に管理できる力」「生き抜く力」をキャリア教 育として目指しているが,メタ認知の育成度合や自己の内面発達程度は,質問紙による試験などではあ る程度測れるかも知れないが全てとは言えない。やはり,学習者自身が自身の変容を認知し外化するこ とが必須である。そうして学習者が具現化した内容を教員が再度把握し,学習の目的に沿ってコメント を伝え返すことが双方向の効果を生み出し学習者の再度の内省を促すことになる。学習者は達成感を得 ながらも次への課題を自ら課しつつ講義を受けることになる。こうして重層化された課題と評価の継続 が学習者の積極性や行動化の原動力となっていると考えられる。その方法として,OPPA 論の効果は期 待できる。どのように他者からの評価が行われようと,学習者自身が納得するものでなければ成長には つながらない。学生の資質・能力は育成できるが,その程度や度合などへの評価は教員と学習者双方で 行われてこそ,一方的なものにならず学習者自身が積極的に受けとめられるのではないだろうか。そう してこそ,資質・能力の育成と向上につながるものであると考える。 3.OPPA論を大学の授業で利用するときの課題 一方,OPP シートは,学生によって取り組み方に差があり,授業中に書いてしまう者がいる,教員 一人で数百名のOPP シートに目を通しコメントを書く作業は負担が大きいなど様々な課題はある。ま
た,自己と向き合う過程で視野の広がりや他者との比較で一時的に不安に陥る者も実際に現れた。この ような学生にもいち早く気づけることがOPPA 論の利点ではあるが,気づいた後どのような対応をする のかという課題もある。知らなければ避けて通れる課題を自ら発見するのもOPPA 論の副産物である。 しかし,このような発見こそが大切なものであり,大学として大事にすべきことではないだろうか。 学生と教員との関係でOPP シートがうまく機能するためには,全員が真剣に OPP シートに取り組む 環境づくりが重要であるが,大学の授業では難しいかも知れない。しかし,自らの学習を管理し能動的 に取り組む姿勢を形成する観点から何らかの形で毎時間の振り返りを行うことには意味がある。学生の 学習の進捗を把握することは卒業までの長い大学生活の導入である初年度教育の時期には大切なこと であると考える。 引用文献 新立慶(2010). 大学生の「生徒化」論における批判的考察 名古屋大学大学院発達科学研究科教育学専攻「教育論叢」, 第 53 号, 67-75. 学生の進路選択に対する自己効力に関する研究 新目真紀・長沼将一・小林万里乃・小松大・玉木欽也(2013).キャリア教育におけるe ポートフォリオの活用方法 に関する考察 情報処理学会研究報告,Vol.2013-CE-120 No.3 堀哲夫(2009a).学修履歴を中心にした大学の授業改善に関する研究-OPPA 論を中心にして- 教育実践学研究 14, 64-71. 堀哲夫(2009b).認知過程の外化した内化を生かしたメタ認知の育成に関する研究-その1- OPPA による外化と 内化のスパイラル化の実践例を中心にして- 山梨大学教育人間学部紀要 第 11 巻, 12-22. 堀哲夫(2013).『教育評価を問う 一枚ポートフォリオ評価 OPPA 論 一枚の用紙の可能性』 株式会社東洋館出版 社 堀哲夫(2017).資質・能力を育てる教育評価に関する研究-OPPA 論を中心にして- 日本教育学会第 76 回自由 研究発表資料 文部科学省(2017).学校教育法施行規則の一部を改正する省令案並びに幼稚園教育要領,小学校学習指導要領案及 び中学校学習指導要領案に対する意見公募手続(パブリック・コメント)の実施について 毎日新聞記事(2016)「大学入学後6月分岐点」8時 00 分(最終更新 2016 年6月3日 11 時 10 分) 貫井正納(2011).一枚ポートフォリオ評価を活用した大学の授業改善の試行について 植草学園大学研究紀要 第 3巻, 91-95. 畦浩二・岡﨑友暉(2015).一枚ポートフォリオ評価(OPPA)の活用とその教育効果-小学校第5学年の「ヒトの たんじょう」の事例を通して- 大阪教育大学紀要,第Ⅴ部門,第 64 巻,第1号,45-59. 山下春美・堀哲夫(2009).認知過程の外化した内化を生かしたメタ認知の育成に関する研究-その2-OPPA によ る外化と内化のスパイラル化の実践例を中心にして- 山梨大学教育人間学部紀要 第 11 巻, 23-35. 山下春美・中島雅子(2016).教育観の変容とOPPA -経験を重ねた教師の授業改革- 埼玉大学紀要 教育学部, 65(1), 15-24.