具
象
的
想
像
力
― 万 葉 集 第 3 , 4 歌 の 場 合 ― 天皇 ,宇智野に遊猟 し給- る時,中皇命,間 人達老 を して献 らせ給へ る歌 やすみ ししわが大君 の 朝には と り撫で給 ひ 夕べにはい寄 り立た しし み とらしの梓 の弓の 奈加粥 の音す な り 朝猟に今立たす らし 夕猟に今立たす らし み とらしの梓 の弓の 奈加科 の音す な り (第3歌) 反歌 たま きは る宇智 の大野に馬なめて 朝踏 ます らむ そ の草深野 (第4歌)1
天皇は野 明天皇 で,宇智野に狩猟 された時,中 皇命が父帝に献上 された長短二歌 です。中皇命は 聞入皇女だ と考 えられ ます。当時10歳 ぐらいで, 間人老が代作 し,明 日香 の都から西南20キ ロ-だ た った宇智野-佼 したに相違あ りません。① 手始め として大意を とってみます。 ヤス ミシシわが大君が,朝方は手に とって お撫 でにな り,夕方にはお立ち寄 りにな って いっ くしまれた梓のお弓の奈加粥 の 音 が す る。 天皇は朝 の猟に今お立ちになるらしい。夕 方 の猟に今お立 ちになるらしい。梓 のお弓の 奈加粥 の音がす る。 以上が長歌です。 ヤス ミシ シ は 「大 君」 の 枕 詞。
「い寄 り」 のイは接頭語。「奈加粥」は中田 の福
沢 武
一
ほか,長弔, 鳴 り粥 (奈利粥), さては金珂 (加 奈粥)等,訓義 ともに決 しかねています。(む 「猟に立たす」 の通解は,猟に出発なされ る。 異解は,猟を催 され る。 ラシは,確かな根拠に よる推量で, ここでは開 音が根拠になって い ま す。「音すな り」 の ナ リ は,聴覚に よってそのものを推定 します。 ここで は 「天皇 ご愛用 の梓弓の覇者だな」 と察 したので す。 ひ と通 りの説 明を加 えましたが,問題を数 々内 蔵 しています。中でも,「今」が朝猟 ・夕猟 に わ た っていることが古来問題視 されて きま した。 あや 上 の朝夕てふ言を転 じいふ文也。(万葉考) これが通解です。(塾異 口同音にい う の で す。 - 朝 ・夕は修辞的な並列にす ぎない, と。やが て批判の口調が強 まって きます。 「暮猟に今立たす らし」は全 く対句を作 る 為に仮用 した ものと考-なければなるまい。 か ういふや うに対句を作 るためには,ない事 実を仮設 まで してゐるのである。 (春陽堂万 葉集講座(3)吉沢義則氏説) これを極言すれば次のようにな ります。 「暮猟に今立たす らし」は嘘で あ る。(慕 説吉沢氏説) 「暮猟」は,--・この場合 としては不合理 な語である。(窪田氏評釈) 津 田左右吉氏は万葉集 の長歌に 「概念化 され , 抽象化せ られ る傾 向」を鋭 く指摘 し,主題歌の該 当箇所について次 のように酷評 しま した。 「そ の 甚 しきもの」, と。(同氏国民思想の研究(1)118ペ 参照) こ うした不評に接す るにつけて,万葉歌 の名誉 を挽回す ることが供の悲願で した。本項 もそのた めの営為です。 反歌 の方では,「朝踏ます らむ」 と 「その 草 深 野」 の断続が一番問題にな ります。 ここでは句切って,訳文を与 え,後ほど考察を加 えます。 クマキ-ル,内の広い野原に馬を並べて朝 方踏み立てておいでで しょう。その草深い野 原 よ。
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引き続いて私見をつづ ったのですが,それを書 き写す前に,新たに一項をはさむ必要が生 じまし た。石母 田氏が注 目すべ き意見を発表 しました。 それは批判を決定的にした ものです。それを論破 しないことには主題歌の名誉挽回はあ りえ ま せ ん。 石母田氏は次のように論 じ始めます。 この長歌 の新 しさと生命は 「音すな り」や 「今」にある。(万葉集大成(5)初期万葉 と そ の背景,1
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ペ) この見解は次の重要な契按を含んでいます。従 来 の万葉学者か ら聞かれなか った指摘です。 耳をすませははっき りきこえて くる中洞の 音を,現在の瞬間と状況において とら-,普 た猟に出で立た うとす る 「今」をとらへてゐ るところに この長歌が,紀歌謡にない新 しさ をしめ してゐるのであ り,この境地は初期万 葉が新 しく開拓 した美 しさの一つであると考 へ られ る。(同書同ペ) 重要なのは,(1)作者が今現に置かれている状況 を自覚 した ことです。その意味で,(2)個性的な歌 が作 られ るようになったのです。 しか し,喜んでばか りはいられません。 きび し い批判が始ま ります。 全体 としてす ぐれた この長歌にも,一つの 破綻がある。いふまで もな く,
「朝猟に 今 立 たす らし,暮猟に今立たす らし」 といふ旬に み られ る不合理 と非写実的表現である。--「音すな り」 と,
「朝猟に今立たす らし」の 「今」に,この歌 の生命があることはま-に のべた。 この特殊な瞬間 と状況において長歌 全体が統一 され ることが もっとも必 要 で あ り,それ こそが この歌の 「詩的現実」にはか ならないにかかわ らず,
「朝猟に今立た す ら し,暮猟に今立たす らし」 といふ対句は本質 的な破綻であ り, 分裂で あ る。 (同書1
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ペ) 二つの 「今」が通解 のごときものならは,主題 歌は救い難い破綻にさいなまれています。 しか し 僕は絶望 した くあ りません。修辞的な 「今」 とき めつける前に,もー ど救出の途を探 した い の で す。万葉を愛す るならは,それは義務ではないで しょうか ? 石母田氏の批判は核心にふれています。-歌を 破綻へ導いた禍板が次のように指摘 されました。 1 作者の 「精神の充実の不足。」 これが 次 の ことを結果 します。 2 自らのこととして 「ものを見,ものをつか む」 ことをせず, 3 外的に,
「主人の意にかなふため に,荘 重 に した り,形式を ととの-た り,才智を誇示 した」 りした。(同書1
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ペ) 3について石母田氏は次 の よ うに 紐 述 し ま す。 万葉歌人中屈指の芸術家であった とみ られ る間人達老 の作品におけるあのや うな破綻や 分裂や精神の充実 の不足は,それが皇后 の命 に よって鮮 明天皇に献げられた歌であること と無関係ではないであらう。・・・-私は この一 首 のなかに万葉 の長歌 の頚廃の第一歩がすで にふ くまれてゐた とみ て ゐ る。(同書1
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-3ペ)㊨ -歌は完膚なきまで批判 されました。 しか し, 僕はそ うは思いません。いかに も代作で した。歌 わずにはいられず,自発的に歌い出す動機ではあ りませんでした。 しか し,お役 目だけで,ただ向 こうの噴好にあわせて飾 り立てただけの歌 とは思 われ ません。-歌に奴隷根性を格印することに と て も我慢はならないのです。作品が宿 している作 者 の声 を虚心に開きたい。 ここに-歌の破綻 を救 う途を見出したい。それが僕の前々からの悲願で した 。3
こん どは 「今」 の弁護を時代順にききます。 朝 と幕 と二つながら今たたす らしといへ る こと,誰 も疑ふめ り. こは朝か りとは,朝供 の料をとるをいひ,夕か りとは夕僕 の料をと るを云名にて,共猟す る時を云に 非 ず。(玉 の小琴)これ は強弁 とい うものです。追随者 のないのが 当然です。 クが りにいまたたす らしとは,夕猟を もし た まはむ とて今 よ り出たち給ふらしとの心。 (燈)西郷氏私記,同説 想定は不可能ではあ りません。ただ し,想定そ のものの可否について後にふれます。 朝猟 とて今挙行なされ るのであ ら う と 思 ひ,今 日暮になると,夕猟 として今挙行なさ れ るのであら うと思ふ。(折 口氏 口訳) この よ うに 「今」を朝 ・夕に分割す るわけには い きます まい。 朝猟 の今は朝猟 の時を言ひ,暮猟 の今は暮 猟 の時を言ひ,朝碁 の猟を挙げて終 日の猟を 総括 して叙 べた るものと解 し得べ し。(論纂 吉 田氏説) この よ うに 「今」 を終 日へ拡大す ることも不可 です。 朝には朝猟が行ほれ るらしい,夕には夕猟 が行はれ るらしい と想像 して・‥-I「朝夕」 の 連発 ,「今」 の反復で,その時々刻 々も 父 帝 の御身の上を去 らぬ皇女の迫 り切 った愛情の 閃 きを巧みに表現 したいみ じき完作である。 (金子氏評釈) 「今」 を時 々刻 々とす ることも認め か ね,「い み じき完作」 も滑稽に響 きます。金子氏は言葉を 続けます。 「長河の音すな り」は現在的叙法であるが, 実際は皇女の措かれた想像を現実的に扱 った もので,語句を強調 し,印象を明瞭ならしめ る手段である。(同上書) 結論が先になって しまいますが,敢えて表 明す れば,- 僕 の観点 もこれ以外に出ないのです。 耳にす るのほ想像 としての音- 幻聴です。折 口 氏 も先 の引用文に続けています。 お別れ申 して都にゐると,朝晩お弓の長群 の音が, どうかす ると,耳に幻覚 として聞え て来 ます。(口訳) 猟は朝 夕にわた ります。ただ し,幻聴す る作者 の時点 を一つに僕は考 えます。時点 と い う よ り も,「今」は 「今 日あた り」 とい った幅があ っ て 悪 くないはずです。その時,朝猟 ・夕猟 の矛盾は 霧散 します。皇女は明 日香 の官に とどま り,そ こ か ら-歌を宇智の猟場-送 りとどけたのだ と考 え ます。- 帝は宇智-おいでになられ,も うそ こ で朝夕の猟を盛んになさっていらっしゃるらしい -- と,遠 く猟場を思いや ったのです。 「今」は-小時点に限らない。そのことを論証 しなければな りません。臆説に終わ らせないため です。 高島のあどの港を漕 ぎ過 ぎて塩浮菅浦いまか 漕 ぐらむ (1734 小弁) これは小 さい時点を意味 していません。 まさに 「今 ごろ」に当た ります。 高円の官のすそみの野づかさに今咲け るらむ をみなへ しは も(4216 家持) この方が もっと幅がでます。「今 日この こ ろ」 がふ さわ しいですね。 いまのみのわ ざにはあらず古- の人そまき り てねに さへ泣 きし (498 人麿) 「今」は実に幅が大 きい例です。「今の 時 代」 に当た るのです。 「今」がほどほ どの長 さの例歌が ま だ あ り ま す。引用が長び くけれ ど, 是 非 参 照 い た し た
い。
串持朝臣千年の作 る歌 の一首 い さな取 り浜辺を済み うちなび き生ふ る玉 藻に 朝凪に千重液寄 り 夕凪 に五百重波寄 る 辺つ波のいや し くし くに 月にけに 日に 日に見れ ど 今のみに飽 き足 らめや も 白波 のい咲 きめ ぐれ る 住吉の浜 (931歌) これは元正天皇が難波官-行幸 された時の応詔 歌 と推定 されます。時は神色二年です。続 日本紀 に よると次のよ うで した。 冬十月庚 申 (10日),天皇難波官に幸す。 辛末 (21日),詔 して,官に近 き三郡 司 に 位を授け,禄を賜ふ。各 々差あ り。 11月乙丑 (10日),天皇大安殿 に御 し て 冬 至 の賀辞を受 く。 天皇の難波宮滞留は10日間を越 えました。千年 の作品の 「月にけに 日に 日に」はその期間を指 し てい,11月までまたが っていた ことを暗示 してい ます。その期間が 「今のみに」の 「今」に重なる ことはい うまで もあ りません。 今の行幸 の度はか りにては飽 きた らめや。 又 もゆ きかへ りつつ見てん といふ意-・-0-(故証) --今度だけで飽 き足 りようか。 (総 釈森 本治舌氏説)全釈,同解 「今度」を捨てかねます。 しか し
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「月に け に 日に 日に」を背負っている 「今」です。幅 も深み もある 「今」だ といいたいのです。 主題歌の場合,
「今」は恐 らく3,4
日に わ た るで しょう。 とにか く 「今ごろ」なのです。朝夕 を含むのは当然だ ったのです。4
珂音を幻聴 とす る時,それは猟場の音でなけれ ばな りません。 とい うことは,
「今立たす ら し」 の 「立っ」が出発でないとい うことです。それは 先の引用文からも察せ られます。一部に限って再 度引 きます。 朝猟 として今挙行なされ るの で あ ら う。 (折 口氏 口訳) 朝には朝猟が行はれ るらしい。(金子 氏 評 釈) ごらんの通 り 「猟に立つ」は,通解 と は 違 っ て,
「猟をす る」の意です。そのように明言 した 先学がいます。 立は猟に立給ふな り。出立たまふにはあら ず。(安藤野雁万葉集新考)◎ 他の例歌の場合は どうか ? -・-わが大君は み吉野の鯖蛤の小野の 野 の上には跡見すゑ匿 き み山には射部立て渡 し 朝猟に鹿猪踏み起 こし 夕狩に鳥踏み立 てて 馬並めてみ猟そ立たす 春の茂 野 に(
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赤人) あしひきの山に も野に もみ猟人きつ矢手挟み 乱れた り見ゆ(
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赤人) 前文からの続 きで,猟を催 していることが 自然 です。反歌からもそれがいえます。 日並の皇子の尊の馬並めてみ猟立た しし時は 釆向かふ (49 人麿) すでに狩猟をしつつあるはずです。 ここに井上氏に重要な発言があ りま す。「猟 に 立つ」 と 「猟立つ」をきび しく区別するのです。 前者は猟に出発す る。後者は猟をする。(新考149 歌注参照) 手束弓手に とり持ちて朝猟に君は立た しぬ棚 倉の野に(
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船王伝訴歌) ここでは折 口氏 口訳ひとつが 「猟する」 と解 し ています。まことに不審です。極めて活動的な狩 猟を歌いながら,その本番を避けたがるのが。 ます らをはみ猟に立た しをとめらは赤裳すそ 引 く活 き浜びを (1001 赤人) 女性たちほ裳すそを引いてすでに活動 していま す。男性たちもすでに猟を催 しつつあると見るこ とこそ自然です。「猟立つ」
「猟に立つ」は,いず れ も 「猟す る」が当っていると思 うのです。㊨ 後宮にて其柄の音をきき給ひて,今こそ御 猟 し給ふならめ と御羨 しく思ほ しめすな り。 (美夫君志) これは 「立っ」を催す意に解 しています。次の ように批判が他の面で呈せ られ るのです。 高市閲本官 と宇智野 とはいた く離 れ た れ は,宇智野にて弓の響 くが高市嵐本官なる後 宮に聞ゆべ くはあらず,案ずるに此時の御m は宇智野に行宮を作 りて連 日御猟 し給ひ しに て,中ノ皇女 も此行宮まで御供 し給ひ しなる べ し。(井上氏新考)⑦ 井上氏は群青を出発時の試弾 と解 しました。通 解 との違いは,行宮を措定 した一点です。それに よって長短二歌の時点を一致 させることに成功 し ました。ただ し,行宮の措定を保証 して くれ るな にものもあ りません。 まだ別な推定を必要に しています。弓音を耳に し,それを 「天皇の愛用の梓弓の羽音だ」 と聞き わけているのが長歌です。 おしほか り まつ 弓粥の撃にて天皇 よと察 り奉 らすな り。 さ るは天皇の御料は弓矢 とも殊に勝 れ て 布 け む。(野雁新考) この必要不可欠の想定がまた疑問の種になって きます。 しばらくあれ これの推測から身をひき,作品の 措辞そのものに心をひそめてみませんか。思いが けない視野がひらけるものなのです。 長歌が一貫 して歌 っているところは天皇お一人 の弓であ り,その弱音です.だれの粥音 ともとれ ない雑然たる音響では絶対あ りません。妙に抽象 された,純粋な音なのです。はっき り申 せ ば, 「弔音」 も,さらには 「草深野」 も,作者の心の 耳,心の目に感得 された ものなのです。それは単なる客体 描写ではあ りません。端的にい って,天 皇に対す る親和感の具象にはかな りません。 これ を要す るに,「今」 の幅 とあい ま って, 幻 聴 ・幻視 の鮮か さを主題歌に看過すべ きでなか っ たのです。㊥ わた したちは作品その ものに聴 くべ きです。満 足なことを,時にはそれ以上のことを,語 って く れ るのが作品そのものなのです。
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め やす み ししわが大君 の 夕されば見 し給ふ ら し 明け くれは問ひ給ふ らし 神岡の山の黄 葉 を 今 日もか も問ひ給はまし 明 日もか も 見 し給はまし その山を振 り放け見つつ 夕 さればあやに悲 しみ 明け くれは うらさび暮 らし 荒妙の衣 の袖は 乾 る時 も な し(159 持統天皇) まだ御存生の如 くおぼめかれた る 御 心 な り。如此見れば常の ラシな り。(赤松氏創見) 確実に朝 夕御覧になるような気持のす るこ とを ラシで表現 している。(大系) はぼそ のように ラシは理解 されています。 もっ と正 し くは,山の黄葉の気配が 「見 し給 ひ,間ひ 給ふ」 よ うな気持ちに させたのです。全 く同 じこ とが主題歌にいえます。今 ごろは朝夕の猟をな さ れてい るような気がす る。それ とい う の も,
「奈 加粥 の音」が契機にな ってい るのです。それは幻 聴であ ることは先に述べました。 もし通解に従 って,出発時の所詠 と し た な ら ば,直 ちに父帝に献歌すればいいのです。行宮に あったな らは,聞入老 を任にやるまで もあ りませ ん。猟か らもどられた とき手渡せば ことすんだ の です。 宮中を出発後 と思惟 しま しょう。父帝恋 しさに 献歌 したのです。その時,長短二歌が共 々に猟場 を思いや って,時宜に適 しています。すでに出発 後一,二 日を経ていま しェう。朝猟夕猟 のたけな わな 日ごろです。弱音がまざまざと心 耳 に 聞 こ え,草深い猟場があ りあ りと心眼に映 じ た の で す。 とい うことは,結果か らいって,父帝- の愛 慕 の表示です。 ち ょうど前掲持統挽歌がそ うだ っ た ように。そ こでは黄葉の視覚が切 々た る慕懐 を 象徴 していました。㊨ 此歌 な ども歌僻所の台帳に伝 った古典の一 つであら う。私は,此 の長歌 と反歌 とは別 々 のものと考える。(「アララギ」大正10年折 口 氏説) これを筆頭に,同趣 の見解が諸家に よって繰 り 返 されています。い うならば通念にな った現状 で す。その代表 の一人を石母 田氏に見 ます。本稿 の 第二項に長 々引用 した通 り,氏は ロを極めて長歌 を難 じました。その氏が同一論文で次のよ うに述 べ るのです。 破綻 と分裂 のない反歌- これは同一の作 者であるとして も,長歌 と異 った状況で,ま た献上歌 といふ形式でな くつ くられた もの と 考- る--0(前掲書181ペ) 破綻 と分裂 のないのはなに も反歌だけではあ り ません。二歌は木に竹を継いだ ごとき偶合歌では ないのです。 木に竹,といえば,節-歌 を思いあわせ ます。 その前段 と後段 の関係について浮田氏が同 じ非難 _ を唱えました。⑩ その場合 と同様,主題歌におい て も僕は弁護を買 って出ないではい られ ません。 長短二歌は血 のつなが りにあるのです。 「その草深野」は想像的に現前せ られた も の。その感慨は実景に接す るそれにまさると も劣 らない深 さだ。(創元社万葉集講座(3)酉 角井氏説) この評言にだれ も異議はあ りません。西角井氏 が諸家 と異 るのは長歌を同等に評価 してい る点で す。 「音すな り」 も現前せ しめられた もの。遊 猟の様を偲んで弓粥の音が幻覚に響 き,朝猟 の琵けき原野を思ひ画 く,記紀に見 られぬ感 覚的な,鮮 明な印象は吾 々の近代感を賦与す る為でもあら うか,時代的にみればま ことに 非凡の作 といふ外 ない。(同上書) ここに,も う一人の幻聴支持者がいたのです。 長歌を高 く評価で きたのも幻聴支持者 なればこそ です。 右 の文中に 「吾 々の近代感を賦与す る為でもあ ら うか」 とあ りま した。それは不用意 な 発 言 で す。われわれが賦与 したのではあ りません。作品 が具えている本質的な ものです。時代に逆比例 し て新鮮なのです。なぜ このことが可能だ ったか といいます と,当代の人々が精神的に若々しく,紘 粋だ ったのです。 とにか く,長短二歌は完全に匹敵対応 していま す。幻聴 ・幻視の差 こそあれ,共に猟場の活動に 心をはせています。爽快な気分が充満 し,勇壮 と いっても過言であ りますまい。その核 として,「立 たす」 と 「踏ます」が照応 してい ま す。「らし」 と「らむ」の照応はい うに及びません。「朝猟」と 「朝踏ます」 の 「朝」 も対比されます
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「夕猟」 は,これは本来不要な添加ではあ りません。む し ろ,反歌の方に表現上の限定が加わ ったのです。 6 お くればせなが ら,ここで反歌を検討 します。 四,五句の断続に立ち入 りたいのです。
「その草 深野」の下に こ,またはヲを補 うのが通解です。 第五句を第四句の上に倒置 して受け とっている のです。 倒置ではな くて平叙である。倒装 とす ると き,「その」 の語が無意味に陥 って し ま ふ。 (金子氏評釈) この享受が可だ と思います。 草深野 ととめてあるために,露に満ちた朝 の野に猟す る情景が生 き生 きと現れて,然か も歌柄が大 きくなって居るのであ る。(古 見 千樫論詰 ・随縁抄) 然 りです。名詞で とめた後には当然余意余情が 宿 されます。それを過不足な く再述す ることは至 難なわざです。 此結句は上に立かへるにはあらず。--下 に嘆息のよをそ-てきくべ し。その八重垣を の類也o (墨組) これまた全 く正 しい。ただ し,他の語に移す と き,さしさわ りを生ず る。 ・・-・その春 の繁野 よ。 うらやま し き事 か な。 (同書) この余意には賛 同しかねます。 御身づか らの羨 しさをもいはで含ませ給-りけむ御惜深 さを思ふべ し。(安藤野雁) この方が救われます。 「くさふかぬ」 と云ひすてたる故に余意あ りて聞ゆるな り。おいさましき事かななどい ふ余意あるな り。(井上氏新考) この余意はいささかずれています。 音すな りは,都に居給ひてはるかあなたの なかはずの音の聞ゆることは もとよ りなきこ となれ ど,父帝をしたはしくおぼす より,御 猟場のさまの御耳にも御 目に も見えもするや うに よませ給ふ事な り。(和歌叢書本 略 解頭 注岡本保孝説)㊥ この洞察はすは らしい。 ここに も,も一人幻聴 支持者がいたのです。 その草の深い野 よ。まあ俵 し い こ とわ。 (金子氏評釈) 慎 しさもあろ うけれ ど,そ うした言葉以上に, もっと純粋な気持ちで受け とることが望ましいの です。 うらやましい,倹 しい,勇ましい,- こ れ らは 「その草深野」の余韻そのものではあ りま せん。 朝の猟をなさるであ りませ う。其の草の丈 高 く茂 った野のことが思ほれます。(土 足 氏 私注) これでいいのです。いささか説明に堕 し,感動 をったえかね る点が気にな りますが。 今 ごろは,たまきはる宇智の大 きい野に沢 山の馬をならべて朝の御猟を したまひ,その 朝草を踏み走 らせあそばすでせ う。露の-は いおいた草深い野が 目に見えるや うでござい ます。(斎藤氏秀歌) 「露の-はいおいた」は補足がすぎています。 「言はないと感 じが出ない」(五味氏古代和歌)こ とも確かです。「その草深野」の宿す感慨は い か に補足 しても足 りはしません。 ここにあるのは理 屈や説明ではな くて,感動そのものです。 「その草深野」 と具体的なものを示 さぬ表 現であ りなが ら,遠 く隔 った ものを近 く引き つける感があって,鳥獣馳 る大野を眼前に想 像せ しむ る妙句である。力の寵 った名詞止め である。それで柔らかみがある。(高田 浪 吉 氏鑑賞) 遠いものを近 く引 きつける 「その」の把捉に感 服 します。㊨ 「その」 といふ指示の詞は簡素ながら強 く 実景を心に描かせる力があるや うに思ほれ ま す。大体 この歌はあらはな詠嘆の詞は用ゐら れてあ りませんが,深い詠嘆が力強 く歌はれてゐ ると思ゐます。(秀玉条土屋氏評) 「その」 自体は具象力を持 っていません。前に 述べた ところを指示す ることに よって じかに面接 させ るのです。-歌 の力強 さはここに 生 起 し ま す。 結 句の体言止めは詠嘆 の気持を強 く表わ し てい,上か らよどみない調べを引き締めて よ く感動を盛 り上げている。推量の表現を とっ てはいるが,狩 り場 の描写は具体的で,情景 をあ ざやかに印象づけ る。(峯村文人氏 和 歌 抄) 推量だ った ものを具体化 し,印象鮮明に させた 秘密 も 「その」を含む結句です。 第四句は句切れに通解 されていま した。第五句 -連体修飾す ることを提唱 し,近年支持を得つつ あるのは沢潟氏です。それはおか しなことだ と思 います。 ここでは致命的な一点に限 って批判 しま す。 --思ひたのみて こぎ来 らむその夫の子が-- (2089) ・--こころ尽 くして思ふ らむその子なれや も -- (4164) これ らの ソノを主題歌 の ソノと同等 と考 えて立 論 しています。 これ らは 「思ひたのみて こぎ来 らむ
」
「こ こ ろ 尽 くして思ふ らむ」 を ソノが受け,それぞれに代 って ソノが 「夫の子」
「子」 を修飾 してい ま す。 主題歌 を同様だ とすれば, ソノの被修飾語 「草深 野」が修飾語の一部,つま り 「内の大野」 として 先行 していることにな ります。 これは異例です。 日本語 の文脈 をなみす るものです。次の二文をそ のまま一文に続けたに等 しいのです。 富士 山に雪が積 ってい る.その 山 が 見 え る。 改めて付言 します。第四句は切れています。切 れ ることに よって,第五句は一段 と高ま り,-敬 を具象化 し,感動そのものに昇華 しえているので す。 右 の ことを構想の面か ら明確に します。 1 (1)やすみ しレ ・-・い寄 り立た しし (3)み とらしの--音す な り 2 朝猟に--夕猟に今立たす らし 3 み とらしの梓 の弓の長再の音すな り 1と2・3が対に受け とられています。 心情的には1が 2を導 き,統合 された 1・2の 上に高揚 されたのが3です。 3は(3)の単なる反復 ではないのです。 1/ たまきはる(3)/内の大野に馬なめて2
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朝踏ます らむ 3/ その草深野 1/2/3/(3)/は長歌の123(3)と全 く同 じ関係で歌 われています。 とくに33/に注 目していただ きた い。長反二歌のい うべ きことは1・2と1/・2/で尽 くされています。それを統合 し,次元を変 えて, 感動的に歌いあげたのが3
と3
/なのです。 この よ うな二歌 の照応は偶然ではあ りません。 小手先の技巧で もあ りません。 同一 な情況に同一 の感慨が託 された結果です。7
そろそろ,なに くれ とないま とめをつけたい と 思います。 やすみ ししわが大君の 朝 とにはい寄 り立た し 夕べにはい寄 り立たす 脇凡が下 の 板 に もが あせを (雄略記) この作品 と並べ る時,.長歌が伝承歌謡に よりか か ってい ることが公認 され ました。個性が全面的 に否定 され るまでにな りました。 整然た る結構 と,その調律の美 しきは,普 さに謡ひ物 としての姿を示す--・。即 ちこれ は皇后 (中豊命) の新作ではな くて,既に伝 詞 されてゐた古曲である・--0(沢潟氏 講 話 (2))⑲ この よ うな大勢に対 し,次の見解は異例でした。 なは皇女 の精到深切な 自然理解 と強力な表 現力によってなされた創作であ ることを知 る のである。決 して伝承 のみに よって成 り立つ 民謡 の塀ではない。(土屋氏私注) これを全 くの伝詞古曲 とす る事は出来ない と思ふ。それは先に述べた心躍 りの表現の適 切 さに,猟場に行かれぬ女性の爽快な状景を 思ひやる姿があま りに も鮮明に浮かんで来 る ・--0(五味智英氏古代和歌) 五味氏は長歌 の重畳す る リズムを指摘 し,結諭 します。 跳ぶや うな躍動感がある。 これは音 の爽かさと相供 って,作者 の猟場を思ひや っての活 朗な心躍 りを如実に表は し待て 居 る。(前掲 書) 氏は 「立たす」を出発に解 し,出発時 の音を耳 に しつつ,ただ ちに猟場 の情景-思いをはせてい ます。土屋氏 もその点が暖味です。 オ トスナ リ 見前に音 を聞いて居 られ る表 現である。事実は御猟 の弓の音は聞えぬ程度 の距離に於 いて作 られた もの と思ふが,如斯 は詩的現実 とて も云ふべ きであ ら うか。(私 注) 「立つ」は猟す ることとし,す でに催 されつつ ある猟場の幻聴 とす るに しきません。その時,両 氏の理解鑑賞は光彩を放 ちます。幻聴 の立場は二 つの 「今」 も息を吹 き返 します。 さもなければ両 氏 も次のよ うな不徹底に低迷す るのです。 暮猟 これ は対句の都合で軽 く用 ゐた も の--0(五味氏前掲書) エ フカ リニ 之 も朝夕の猟を一度に見 るご とくで通俗理論に合はないのであるが,同 じ く詩的現実である。(私注) その後,長歌 を顕彰す るような発言はあ りませ んで した。それ どころか,決定的に難詰す る見解 が提示 され ました。それが例の石母田氏の発言で す。 その後, こん どは西郷信綱氏か ら新 しい提言が あ りま した。 この歌 (第3歌)が歌謡を基斑に もつのは 否定 しえないに して も,それが もはやたんな る歌謡でな く,歌謡以上のもので あ る こ と は,その リズムか らして も
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「強い事物 把 捉 の精神」(土屋氏私注)か らして も明瞭 だ と いはねはな らぬ。(西郷氏私記59べ) この新鮮な見解は石母 田氏批判か ら出発 してい ます。 進 んで立 ち入 った検討が したい。それが本稿全 体 の結びに もふ さわ しい と思 うのです。 西郷氏は長短二歌をともに出発時の所詠 としま した。両歌の成立事情を分析 し,狩猟を予祝す る 儀式歌 と規定 しました。 この ようにして長短二歌が統一的に理解 された のですが,致命的な誤認をふまえていることを悲 しみます。それ は次のごとくです。 ラムとい う推量は,作者が朝猟の行われて いる現場にいず,傍観的に 「外部か ら」想 っ ているのではな く,やがて行われ るであろ う 宇智野での狩猟を,
「それ以前」 の時点 で 未 来的に祝福 し,希求 し,想像 しているのであ り,朝猟が とり出されたのも,猟そのものの 象徴であったにほかならぬ。(同書68- 9べ) これは ラム (ているだろ う) を根本的に誤解 し ています。 あえて断言 します。いま現に狩猟中だか らこそ 現実感を狂得で きたのです。長短二歌は幻聴 ・幻 視ですが,単 なる想像ではあ りません。あ りあ り と,鮮かに,ふ るい立たせ るほ どの力 となって迫 って くるのです。それは実体験 の親密なる想起で す。 ここに生 々しい心躍 りが高鳴 ったのは当然で す。-歌を観念か ら救 った秘密は これです。 その調べは露滋 き野を馬の胸分け進む音 さ -聴 き得 る。(岩波講座 「日本 文 学」尽力五味 保義氏評) それはひ とえに実体験 の裏づけあってのことで す。作者に問人達老を擬す主因を ここに看取 しま す。Qi) も- ど言います。主題歌の具象性はひ とえに体 験 の裏づけに よ ります。その新鮮 さこそ両歌 の生 命です。観相の深 さ ・直接 さは驚異です。作者 の 全神経が生 きて見せています。作者問人達老一人 ではな くて,古代人の典型をそ こに感 じます。8
以上 のことを私的な研究会⑳で発表 しました。 それはつい最近のことです。たまたま宮脇昌三氏 が傾聴 して くれ,賛 同を表明 して くれ ました。そ ればか りではない。新たな視点を指摘 して くれ ま した。それは僕に とって大 きな驚 きで した。 宮脇氏はいわれます。- 十歳前後の少女が父 君を慕 った気持ちが主題歌の眼底にあ りはす まい か ? 僕は反射的に答 えました。 - 主題歌は幻聴 ・幻視の冷たい心理分析では あ りませんね。心理作用 の客観的な観察報告 な ど ではな くて,情愛の披歴がね らいですね。 宮脇氏はいい添 えま した。- 愛惜 と猟場 の実 体験 とが作歌母胎だ ったのだね。- そ うです - ・・・と,僕 は ,無 条 件 で 同意 しま した。 作 者 は 間人老 だ と思わ れ ます 。 幻 聴 の聞 こえ る ことを まず 皇 女 が老 に語 った ので は な い で し ェ う か ? 幻 聴 は 父帝 へ の愛 情 あれ は こそ聞 こ え た の で す。 宅 は皇 女 の心 に な り代 って幻 聴 を聞 き,幻 視 を見 ,追 体験 の裏 づ け を もって主 題歌 を歌 い あげ た と考 え ます 。 改 め て万 葉 初 期 の特 質 を再 説 します 。 それ は 明 るさで あ り,主 観 と客 観 が完 全 に融 合 して い る こ とです 。 主 題 歌 が新 鮮 な具 象 性 を獲 得 した秘 密 は これ で す 。健 康 そ の もの とい うべ きです 。 い まや 措辞 の巧 拙 は二 の次 です 。 宿 され て い る 心 情 を 見 るべ きです 。 そ の純粋 さだ け が 問 題 で す 。 注 ① これに関 しては 「万葉集の中皇命」第一部 (長野 大学紀要第 1巻第 1・2号合併号)でやや詳 しく論 述 しました。 (多 原文を尊重 し, しば らく 「奈加羽」のままにして お きます。訓 も,そのものの-タイも知れていない 現状 です。 とい って,原文を改め る勇気を持ちかね ます。ひ とえに後考にまつ ものです。 ④ 古住を中心に摘記 します。 - 夕猟は辞の対をなせ るのみ (敦証).た だ 調 べ の為にそへた るのみ (絵肌 ・豊穣),詞 の文 の み あや (野雁新考),朝庭 夕庭を受けて文な せ る の み (古 義),単なる飾詞にすぎず (左千夫新釈)。 照応させ るとい った形式 美 に 流 れ (新講 ・評 説 ・作者類別),今が朝であるか夕であるか を 混 乱 させ る(武田氏柿本人麻呂),はめがたい 「文飾 に過 ぎない」(大成(1)同氏評)0 (み 清水克彦氏は石母田氏に全面的に賛同し,次 の よ うに付言す る。 この時期において,和歌的言語 とは何か とい う 事に就いて,明確な解答が与え られている事. さ らに後世において, この ような形式 と技巧がそれ にふさわ しい精神にめ く・り逢 う事によって結実 し た事. この二点において, これ らの作品そのもの の失敗にもかかわ らず,わた くLは初期万葉人の 達成 した この形式や捜巧を,肯定的に評価 したい。 (万葉論集25べ) このおめでたい楽観は石母田氏の見解 とは逆でな か ったか と思われ ます。 ㊥ 吉永登氏の 「通説を疑 う」か ら関係箇所を引用 し ます。 美夫君志の語釈に 「今 こそ御旅 し給ふな らめ と 御羨 しく思ほ しめすな り」 とあるのが 目 に つ い た。 もっとも, この美夫君志にしても,大意の と ころでは 「今父の出立せ給へるに--」 と言 って いるので, どっちがその本意であったかは明 らか でない。そのほかには,山田孝雄の講義の語釈の 条に 「猟場に立ち出で猟 したまふを推量 して」 と やや暖昧なのがあるはか りで,いずれ もは っき り 出発説を とってい る。(13べ) 吉永氏は文献をかた っは しか ら点検 し た と お っ しゃる。だ った ら野雁新考も折 口氏 口訳 も目につい たはずです。それ らを故意に無祝したんだ, と冒 つ た ら,邪推だ と言い返 され るのでし ょうか ? (む ここの引用歌の諸注は, 926歌.総釈新村出氏ひ とり出発説。 49歌,猟を しつつあるのは美夫君 志 ・折 口 氏 口 訳 ・井上氏新考 ・金子氏評釈 ・山田氏講義 ・斎藤氏 (秀歌 ・柿本人麿) ・佐 々木氏評釈 ・沢潟氏注釈。 1001歌,狩猟説は全釈 ・私注 ・大系. ⑦ 同考,- 山田氏講義 ・総合研究西村氏説 ・吉永 氏 「通説を疑 う」 ㊥ - 幻聴を普通の聴覚なみに 「音すな り」です ま せていい ものか ? 青旗の木幡の上を通ふ とは目には見れ どもただ にあはぬか も (148 倭姫皇后) これは幻視です。普通に見 るの となん ら区別 して い ません。幻聴 とて同様だったに相違 あ りません。 (彰 次の秘密を銘記 しましょう。 - む しろ喜怒哀楽をあ らわに表出しない ところ に感動が色濃 く宿 され る. とい うこと。 その例証に次 の二歌を掲げます。愛弟大坪皇子に 別れを惜 しんだ同時の所詠です。 わが背子を大和-や ると小夜ふけて暁露にわが立 ちぬれ し (105大伯皇女) 二人ゆけ ど行 き過 ぎがたき秋山をいかにか君が一 人越ゆ らむ(106 同) 老婆心なが ら付言 します。感情をあ らわにしない とい うことは,感情を殺す こと,純写生でい くこと を意味 しません。感動に裏打ちされた写生が大切で す。底か らこみ上げて くる感動がすべてです。 ⑩ このことは長野大学紀要第 8号 の拙稿 「万葉巻頭 歌の 「告 らじ」弁護」を ご参看 ください。 ⑩ 幻聴説を とる注釈を挙げてきました。そ こに金子 - 69
-元臣氏評釈を加 えたのですが.同書の次の 「歌意」 は不協和音です。 朝猟に今 しもお出拭け遊ばす らしい.夕猟に今 しも御出掛け遊 ばす らしい。 も一人,亀井勝一郎氏が幻聴説を とってい ます。 愛用の弓の中粥の音を耳に思ひ出 して.その昔 まナらセ の役方に,背 の君の丈夫 i:りをしのんでゐるo(同 氏古代知識階級の形成107べ) 中皇命を,箭 明天皇に探 したはか りの斉明天皇 と 解 したため-歌 の理解をひずめたのは惜 しい ことで す。「中再の音を耳 に思ひ出 して」 も改めたい。「そ の昔の彼方に」で もな くて.「彼方か ら」幻音 が 伝 わ ってきたのです。 ⑳ 石井庄司氏の 「考究」に対比的な評論 が あ り ま す。次に抜記 します。 眼前に見えるや うな光景ではあるが,かな り遠 い景色 として措かれてゐる。背景 も広ければ,視 野 も広いのである。 しか し人暦のものになると, あごの浦に船乗 りす らむをとめ等が玉裳 の裾に 湖満つ らむか (40 人麿) といふのであ って,対象に接近 レンズを向けてゐ るのである。単なる想像ではな く,全 く眼前にあ りあ りと現出されてゐるのである。(万葉篇1201 1べ) 一言借問 したい。- 主題歌は 「光景」や 「単な る想像」にすぎないで しょうか ? た しかに紐皮 していません。が.け遠い,漠然 る 光景などではあ りません。躍動 として歌われていま す。第三者 もその中へ引きず りこまれ る思いです。 それは小手先 の技巧ではな く,はえぬ きの力です。 人暦などのは るかに上をい くものです。 ㊥ 沢潟氏のこの態度は終始変 りません。すなわち, - 講話(2)・万乗の窓 ・万葉歌人の誕生,最後に注 釈。 右 に完全に同調 しているのは.- 坪野氏秀歌 ・ 田辺氏初期万葉の世界 ・争点 山崎氏説 ・神 田氏初期 万葉 の女王たち。 一方,第四歌については. 天皇の宇智野への行幸 にあたっての皇后の創 作 と見 るべ きである。(沢潟氏注釈) この払い断定は無椿です。作品そのものに耳を焼 けなければな りません。宿 された肉声を忘れ るべ き でないのです。 ㊤ 吉永氏は主題歌の作者について次のように述べて います。 宅 の作な らは皇女を特 に持 ち出す こともなか ろ うと思われ るし,かたがた宅の作 としても皇 女の立場 で作 っている以上 皇女の作 として考 えるのが当然であろ う。 (前掲喜20べ) 皇女のために宅が代って作歌 しました。二人を持 ・ち出さないわけにいかないのです。そ の 際,「皇女 の作」 と断 じるのは暴論とい うものです。 こ うい う 超論理を8歌,17・18歌等に も適用 してはばか らな い当今の学界なのです。 8歌の作歌事情については拙著 「省察」(1)のその 稿を参照 のこと。 ㊥ 昭和52年 9凡 諏訪国文学会第11回公開研究発表 会。