反転授業において深い理解へと学習者をガイドする
「ゆらぎ」のデザイン
Designing fluctuation for student's deep understanding in Flipped Classroom
田 丸 恵理子1 要 旨 反転授業の導入で成績の向上やグループ活動の活性化などの成果が得られた が、「深い理解」へ学生を導くことが次の課題である。このため「ゆらぎ」を反 転授業にどうデザインするかを授業観察を通じて検討した。ここから「縦型と横 型のゆらぎを組み合わせたデザイン」「自学習段階に外化→内化の往還をデザイ ンする」「修復プロセスのための可視化ツールとプロセスの必要性」という「ゆ らぎのデザイン」のポイントが抽出された。 キーワード:反転授業、授業観察、縦型と横型のゆらぎ、思考の可視化、理解の 修復プロセス 1. はじめに 近年の少子化の流れの中で大学の大衆化が進んでおり、学習に対して消極的な学生が増加し ている。文科省の報告1)では、日本の学生の授業時間外の学修時間は米国の学生に比較して半 分以下であることを問題として指摘している。また、ベネッセの大学生の学習・生活実態調査 報告書2)でも、2008 年と 2012 年の調査比較において、「あまり興味がなくても単位を楽に取れ る授業が良い」「学生生活については大学の教授が指導・支援する方がよい」などの項目が顕 著に増加傾向にあり、学修に消極的で受動的な学生の姿が浮き彫りとなっている。一方で、グ ロ-バル化が進む中で、多様な人々の中で自分自身の考えを主張しつつ協同的に活動していけ る主体性を持った学生の育成が大学に求められている。さらに企業も即戦力のある学生を求め るなど、大学が排出する人材への要求はますます高度化してきている。この大学の出口と社会 への入口のギャップを埋めるためには、大学教育の質の向上が喫緊の課題となってきている。 山梨大学においても同様の課題が認識されていた。講義中に居眠りをする学生の姿や、授業 時間外の学修時間が0時間の学生が存在するなど、学修に対する消極的な姿勢が目立ち始めて いた。このような課題に対処するため、山梨大学では、「グローバルに活動できる主体性のあ る学生の育成」を狙いに 2012 年度後期から大胆な教育改革に取り組み始めた。富士ゼロック スと共同で教育改革プロジェクトを立ち上げ、反転授業やアクティブラーニング (AL) 授業と いう新しい教育スタイルへの取組のトライアルを行ってきた。これらの活動の目標は、『従来 の授業の大半を占めていた一斉講義部分を動画として事前提供することで、貴重な対面授業を、 学生にとって一方的・受動的な知識伝達から、学生自身の主体的・協調的な学び合いの時間 (AL 活動)に転換する』ことである。これらの試行を通じて、反転学習によって学生の授業時 間外の学修時間が増加した。さらにアクティブラーニングによって、居眠りする学生はほとん 1山梨大学 産学連携・研究推進機構 富士ゼロックス株式会社 ヒューマンインターフェイスデザイン開発部
ど見られなくなったことに加え、学生からの質問が増加したり、グループディスカッションが 活発化するなど、学生たちの授業に臨む積極的な姿勢がみられるようになってきた。またこれ らの効果として、多くの講座で成績向上という教育成果も得られてきた3)4)5)。 このように約3年間にわたる反転授業とアクティブラーニング授業の試行を通じて「成績の 向上」「学習に対する積極的な姿勢」というプロジェクトの成果を得ることができたが、次の 段階へ向けて「深い理解を得る学び」が重要な課題としてあがってきた。溝上6)は、アクティ ブラーニングは「一方的な知識伝達型講義を聴く(受動的)学習を乗り越える意味での、あら ゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、書く・話す・発表するなどの活動への関与や、 そこで生じる認知プロセスの外化を伴う」と定義している。この定義からみても、反転学習や アクティブラーニングは「活動に焦点を当てた」ものと言える。結果として、授業中の学生の 行動は活発化してくるものの、それが深い理解や高次の思考に繋がっているかという点に関し て、活動と内容の乖離が生じているのではないかという指摘がなされている7)。本稿では、反 転授業やアクティブラーニング授業の次の段階へ向けて、この新しい授業スタイルを通じて、 どのように学生たちを深い理解へと導いていけるのかに関して検討する。 2.「ゆらぎ」と「学習」 アクティブラーニングにおける活動と内容の乖離の指摘から、深い理解に至るための方法の 探索が行われてきている。近年では、ディープ・アクティブラーニング7)という新しい概念も 出てきた。ディープ・アクティブラーニングとは、学習内容の深い理解を目指すことで、アク ティブラーニングの質を高めようとするものである。例えば、マズール8)はピアインストラク ションという深い学びへ導くための手法を提案している。ここでは講義で学んだ内容に関して 多肢選択型の問題が出される。学生たちはクリッカーで回答をインプットした後、学生同士で 議論をする。その結果をもう一度クリッカーで回答する。クラス全体の回答がある程度収束す るまでこれを繰り返す。ここでは問題へ回答することを通じて内化した知識を外化し、学生同 士の学び合いを通じて思考を深め、再度問題に回答する。これを繰り返すプロセスを通じて思 考を深めていくのである。 「わかる」とか「理解する」という状態に至るとはどういうことであろうか。試験の点数は ひとつの指標とはなってもそれがすべてではないことは明らかである。佐伯9)は『「わかる」 とは「わからないところがわかる」ことである』と述べている。「わかった」という状態は仮 の状態であり、それはすぐに新しい疑問によって「わかった」という状態は変化し、その疑問 が解決して再度次の「わかった」という状態に至るということを繰り返す。このような状態の 推移が「深いわかった」へとつながっていく。このような状態の変化を起こさせる1つの方法 が「ゆらぎ」である。森10)は、学びのプロセスにおいて「わかった」→「ゆらぐ」→「わかっ た」を繰り返しながら、徐々に「深いわかった」へと理解が進んでいくと述べている。そして『反 転授業はゆらぎを通じて「わかったつもり」と「わかった」の往還(外化→内化)を授業に組 み込んでいる』と指摘している。 本稿では、この考え方を参考に、反転授業における「ゆらぎ」を通じて、深い理解へ導くた めのデザインに関して検討する。「ゆらぎ」がどのように理解を深めるかという観点ではなく、 むしろ深い理解のためには「ゆらぎは有効である」ということを前提として置き、これをどの ように授業デザインとして組み込んでいったら良いかに関する検討に焦点を当てる。検討を進 めるにあたり、本文で取り扱う「ゆらぎ」に関して、その概念を定義しておく。「ゆらぎ」とは、 平衡状態からのずれである。ある理解が一定の安定状態にあるところからの理解のズレやばら
つきが発生した状態と捉える。この状態を発生させるには、次の2つの方向のゆらぎが存在す る。 ①横型のゆらぎ:多面的なノイズ、新しい方法(可能性 / 選択肢)の探索。 ②縦型のゆらぎ:違うのではないかという違和感 / コンフリクト / 不安感、安定条件が崩れた 不安定な状態。 横型のゆらぎは自身の考えに対して、もっと多様な考えがありうることを知り、それらの意 見を探索し、問題空間の中での自身の考えの位置づけや方向の修正を可能とする。一方向でば かり考えてしまっている凝り固まった状態に対して、新しい可能性を示唆することで軌道修正 を可能とする。これに対して縦型のゆらぎでは、正解に至る道筋に対して一直線に進むのでは なく、間違えているかも知れないという違和感やコンフリクト、不安感が生じた状態で、一歩 後戻りしつつ、修正することにより深い理解へと導くようなゆらぎである。 3. 「ゆらぎ」をデザインする 教育改革プロジェクトでは、2014 年度にアクティブラーニング教室を構築して以来、本教 室を活用した本格的な反転授業 / アクティブラーニング授業の試行が行われるようになってき た。本章では、2014 年度から 2015 年度の2年間にアクティブラーニング教室で行われた反転 授業の授業観察を通じて、「ゆらぎ」のデザインに関する検討を行う。この2年間で工学部系 の授業を中心に 15 講座、30 件の授業観察を実施した。ここで取り上げる事例は、必ずしも「ゆ らぎのデザイン」として意図的に設計されたものではないが、結果として「ゆらぎ」を形成し 学習の深い理解へと繋がっていると考えられる事象である。 3. 1 グループワークにおける「ゆらぎ」のデザイン グループワークはアクティブラーニングの中でも最も頻繁に導入されている活動の1つであ り、思考にゆらぎを与える代表的な方法の1つである。アクティブラーニングにおけるグルー プワーク導入の目的は、「できる学生ができない学生に教える」ことを通じて学生同士が相互 に学び合うことを促進することである。できない学生はできる学生の手助けを得て理解へ至る ことができる。一方できる学生も、他者が理解するように説明をすることを通じて、理解を深 めることができる。この際、理解できていない学生から発せられる質問は、理解できていたと 考えている学生の理解を揺らがせ、一歩進んだ理解へと導くことが可能となる。このようにア クティブラーニングにおけるグループワークは「ゆらぎのデザイン」という観点からも多くの 示唆を含んでいる。ここでは、グループ討議型と共同問題解決型の2つのタイプのグループワー クを取り上げ、グループワークとゆらぎのデザインに関して検討する。 (1)グループ討議 事例1: ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(図1) 本講座はコンピュータ理工の講座であるが、参加デザインやインタビューといった質的調査 法に関するディスカッションを行っていた。本講座の特徴は、理工系の授業ではあるものの、 多様な解釈が可能なテーマであり、それをグループ討議を通じて考えの幅を広げ、理解を深め るというタイプの授業である。学生は各テーマに関してビデオで事前学習する。対面授業では 各テーマに関して 15 分間のグループ討議と 10 分の発表及び全体討議を行う。ディスカッショ ンする際、テーマ毎に議論ポイントが2, 3個づつ与えられている。これは事前学習の時点で
与えられ、ビデオを見る指針ともなっていた。 チームは議論のプロセスをホワイトボードに 書きながらチームの意見を共有しつつ集約し ていく。教員は教室内を巡回しながら各チーム での議論内容をホワイトボードから把握し、発 表チームを指定する。この際、多様な意見が共 有できるように考え方の異なる複数のチーム を指定し、発表及び議論が活性化するようにガ イドした。 ここでは、学生たちは反転学習を通じて、自 分なりの考え方を持って授業に望む。グループ 討議を通じて、自身の考えを外化すると共に、 他者の多様な考えを知ることで自身の考えが 「ゆらぐ」。単に他者の意見を聞くだけではな く、各メンバーは自身の考えを主張したり、他者の意見と折り合ったりしながらチームとして の合意を形成していく。この過程を通じて、自身の意見を修正し、一歩深い理解に基づく内化 が生じる。 本講座ではグループ討議に加えて、全体発表及び全体討議における教員のファシリテーショ ンによる「ゆらぎ」のデザインに特徴がある。全体発表は、他のチームの考えから横型のゆら ぎが生じるように、多様な意見を持つ複数のチームが意図的に選択された。さらに全体討議で は、「どのチームの後にどのチームを発表させれば議論がどう繋がり発展していくか」などを 予め想定して発表の順序を決めるなど、即興的に議論のシナリオのプランニングを行ってい た。このシナリオを通じて、縦型のゆらぎのデザインも効果的に全体討議に組み込まれていた。 これらがどの程度まで個々の学生の深い理解の内化へとつながったかまでは観察できなかった が、グループ内の討議と全体討議の2段階で効果的に「ゆらぎ」のデザインが行われた事例と 言えるであろう。 以上のようにグループ討議では、ゆらぎを利用した深い理解を導く可能性がある一方で、必 ずしもうまくいかないケースも観察された。それは①テーマ設定の大きさの不適合 ②グルー プディスカッションの共有及び調整プロセスの欠如 というケースである。1つめは与えた テーマが大きすぎるケースでゆらぎの発生が生じにくくなる傾向が見られた。テーマが大きす ぎる場合、メンバーは多様な事象を取り上げて議論を行うため議論の方向性が定まらない。各 メンバーの意見は個別の事象としてしかインプットされず、議論にまで発展できない状況がし ばしば観察された。事例1では、例えば「インタビューについて」など大きなテーマに対して 具体的な議論ポイントを複数提示することで、議論の発散を防ぎ、適切な議論が行えるように ガイドしていた。加えて事前学習の素材選択も重要なポイントとなる。多様な意見を考えるきっ かけを与える素材が事前学習でインプットされているかが、対面授業場面での議論の方向性と 活性度を大きく左右する。事例1のケースでは、過去の講義において担当教員の考えを提示し ていたことに加えて、直前の自学習において、MOOCs のビデオを活用し、他の専門家の考え を提示し、考えの多様性を考えるきっかけを与えていた。 2つめのケースでは、グループ討議ではしばしば各人の意見に対してコメントは出されるが、 それが1つのチームの考えへと調整されていかないケースである。このような場合のチーム発 表では、発表者個人の主張がチームの主張として語られたり、「こういう意見もでました」と 図 1. ヒューマン・コンピュータ・インタラ クションの授業構成
いうチーム内の意見の並置で終始してしまう。ここでは個々人は自分とは異なる意見を知って 考えの幅を広げることはできるが、ゆらぎの結果を調整して内化していくプロセスが生じない ため、深い理解への到達が阻害されている。ツールの存在もこの調整プロセスに大きく寄与し ている。グループワークにおいてホワイトボードのような共有ツールがない場合に、特にこの ような調整プロセスの欠如が多く観察された。グループワークで使用されるホワイトボードは チームの意見を可視化し、議論の対象を明確化する。これによって議論の対象が客体化される ことで、単に共有するだけではなく調整のプロセスも促進されやすくなっている。このような ツールが欠如すると、個々人のローカルなノートにしかメモが残されず、結果としてチームと しての調整プロセスが発動しにくくなってしまう。 (2)共同問題解決 事例2: 組込プログラミングⅠ(図2) 本講座は情報メカトロニクス工学科の1年の 講座で組込プログラミングの基礎を学ぶ授業で ある。事前学習ビデオで予め講義を受講し、必 要な知識をインプットしてくる。その上で対面 授業では多くの演習課題に取り組ませる。演習 課題は基本的にはグループで取り組む。提示さ れた課題に関してグループで議論しながら共同 問題解決を行い、チームとしての1つの回答を 導く。チームの回答は代表チームが発表したり、 教員によって解説が行われることで回答に対す るフィードバックが行われ、誤りの発見や不十 分な回答に対する気づきを得て、チームの回答 の修正が行われる。 演習課題は非常に基礎的な課題から応用課 題まで段階を追って行われる。この際、単に回答が出せれば良いのではなく、考え方をチーム で共有できるように、「図式化」が推奨されていた。例えば、課題のプログラムが書ければよ いのではなく、それがどのようなロジックでどのような挙動を示すのかを、メモリーの状態の 変化を図で示しながらグループで討議させたり、数値の書かれた物理的な紙のカードを用いて ソーティングのアルゴリズムを理解させるなど、共同問題解決の過程をグループメンバーが共 有できるような様々なしかけが導入されている。 工学部の授業におけるグループワークは、共同問題解決型のグループワークが多くみられる。 ここでは議論の当初は各々の学生が回答に対してまだ「あいまいな理解」の状態にあり、議論 を通じてそのあいまいさを補い合い、徐々に確信度の高い理解へと変化してゆき、最終的に チームとしての1つの回答を得て、メンバー個々人も「わかった」という納得感を得るという プロセスを目指している。工学部の演習課題では、多くの場合「正解」存在する。しかしなが らどう考えてその正解にたどり着くかには様々な道筋が存在し、どのような問題空間をどのよ うに探索してその結論に至るのかは多様である。一見同じ回答にたどり着いたように見えても、 その思考のプロセスはさまざまであるため、正解はひとつであったとしてもグループで議論す る価値は高いと言える。 本講座では演習課題の設計及び発表のプロセスにもゆらぎが巧みにデザインされていた。例 えば、演習課題をステップ・バイ・ステップで解かせていくことで、理解させていくケースで 図 2. 組込プログラミングⅠの授業構成
ある。ここでは1つの演習課題に関して複数のサブゴールを設け、小さなステップ毎に課題に 取り組み、発表 / 解説を通じて理解を確認するというプロセスを繰り返して、1つの課題の理 解を外化→ 内化の繰り返しによって段階的に深めさせていく。また同じロジックの演習課題 でも条件を様々に変化させることで、ある条件ではうまくいくがある条件ではうまくいかない というような多様なケースを1つの演習問題に組み込むことで、演習課題にゆらぎを組み込ん でいた。このように演習を進めることで、演習課題の理解を単線的ではなく重層的に捉え、理 解を深めることができるのである。 このような共同問題解決型のグループワークで陥りがちな問題となるケースは、できる学生 がいきなり正解をホワイトボードに書いてしまい、ほとんど議論が発生しない、というケース である。例えばプログラミングの授業では、できる学生が他のメンバーに説明抜きでいきなり 正解のプログラムを教えてしまう。これによってチームとしては正解に至るが、他のメンバー はそのロジックが理解できていないため、いざ試験となるとできないというケースが発生する。 プログラミングの授業では、①問題の解法のロジックの理解 ②プログラムにした時の挙動の 理解 ③プログラムの記述方法の理解 ④プログラムが動く という知識の段階があり、これ らの段階を踏んで深い理解に至る。事例2では特に①や②の理解を促進するために、図式化を 促進したり、紙のカードを用いたシミュレーションを授業に組み込むなどの工夫が行われてい た。これに対してチームが「回答を出す」ことに焦点化しすぎると、しばしば①②が抜け落ち、 ③④のみの議論に終始してしまいがちとなり、「深い理解」への阻害となってしまうのである。 プログラミングに代表されるように、チーム内メンバーの理解度に大きな差異がある場合、こ のようなケースに陥りがちであり注意が必要と言えよう。 3. 2 一斉表示による共有と「ゆらぎ」 事例3: 情報通信Ⅰ(図3) 電気電子工学科の講座で情報通信の基礎とな る3年次の講座である。事前学習で知識をイン プットし、疑問点を持って授業に参加する。授 業の冒頭には「事前学習のポイント」と「疑問 点」をPingPong というクリッカーツールを用 いて入力し、ツールの一覧表示機能を用いてク ラス全員の意見を共有する。事前学習のポイン トを全体で共有することを通じて、事前学習に 対する理解のレベルを把握する。またそこで誤 解があればフィードバックを与えることで修正 を加える。さらに1つ1つの質問に教員が回答 することで、事前学習に関して疑問はない状態 まで持って行った後に、演習課題に取り組ませ る。演習課題は、ワークシートをベースに進め られる。演習ではまず個人ワークでしばらく考 えた後、グループディスカッションを通じて思考を深める。 本講座では、学生は事前学習の段階で、「わかったこと」と「わからないこと」を意識して 対面授業に望む。授業のポイントを書かせることは自身の内化した「わかったこと」に関する 知識を外化することであり、これに対して教員からのフィードバックによって自身の理解がゆ 図 3. 情報通信Ⅰの授業構成
らぎ修正される。また質問を入力することで「わからないこと」を外化し、教員との対話を通 じて回答が与えられ、その回答を内化する。これらの縦型のゆらぎに加えて、クリッカーツー ルによる一斉表示によって他の学生のわかったことや質問及びそれ対する教員の回答を共有す ることで、横型のゆらぎが生じる。これにより自分では「理解したつもり」になっている部分 に関しても、さらに「外化→ゆらぎ→ 修正 → 内化」のプロセスが発生し、自学習部分の理解 を深めることができる。 本講座では演習課題の回答においてもPingPong を活用し共有が行われている。クリッカー ツールを用いて回答を共有するという方法は、○ × 方式や選択問題方式ではよく行われてい る方法であるが、本講座の特徴は記述式問題にも同様の方法を用いている点にある。例えば 「○○方程式の特徴を述べよ」というような課題に対して、学生たちは各々の回答をPingPong を用いて文章で入力し共有する。ここには様々な多様性が存在するが、その一つは「正誤の 多様性」である。アクティブラーニングではしばしば「誤ってもよいからどんどん意見を言う ように」と教員は学生を励ますが、その一方で誤った意見を言うことは勇気がいる行為である し、教員も誤った意見を発表させることは躊躇しがちである。これに対して一斉表示では正解 も誤りも一度に共有でき、多くの誤りのパターンを共有することができる。ここから学生たち は「誤り」は特異なことではなく、多くの人が誤ることを認識できるし、誤りのパターンも多 様であることを知る。このような誤りを多く知ることで、回答へのプロセスが一直線でなく、 探索の広がりが多様であることを理解することができる。さらに重要なことは単に正解や誤り の回答の多様性を「知る」ことだけではなく、教員が個々の回答に対してフィードバックを与 えていることにある。自身の回答が誤っていることを知ったうえで「どう誤っているのか」「ど う考えれば正解へとたどり着くのか」を教員が個々の学生に対して直接対話を通じてフィード バックをする。このようなフィードバックが学生の思考をゆらがせるだけではなく修復して内 化することサポートしている。 「正誤を超えた多様性」も存在する。「○○の定義について述べよ」というような設問におい ても、定義なのだから一定の幅の回答の記述になると思われるかもしれないが、その回答の幅 は非常に広い。例えば、抽象的すぎる定義を記述する学生もいれば、部分的な定義を記述する 学生もいる。さらに人によっては「事例」で説明しようとしたり、定義というよりも、性質の いくつかを列挙する学生もいた。このように「○○の定義について述べよ」というような設問 でも、非常に多くの回答のバリエーションが発生し、どの回答も「誤り」ではないが「正解」 とも言えない中庸な回答が多数発生するのである。これらの回答を一斉共有し、1つ1つフィー ドバックしてゆき、これらの回答の何が不十分であるのかを解説していくことで、「定義」に 対する理解を深めることができる。 ここでの課題は他者へのフィードバックを自分自身へのフィードバックと同様に内化可能 か、という点である。自分自身へのフィードバックは、それまでの自身の理解をゆらがせ、理 解を修正し、再び一歩理解を深めた内化へと繋げることができる。これに対して、他者への フィードバックは自身の思考のゆらぎとは異なる方向のゆらぎとなっているため、自身の中に 取り組むにはその調整のプロセスが複雑化する。現時点では、他者へのフィードバックは「多 様な見解を知る横型のゆらぎ」としては十分機能していると言えるが、自身の思考と関係づけ 思考を深める縦型のゆらぎとしていくためには、もう一段のしかけが必要となってくるであろ う。
3. 3事前学習で「内化→外化」サイクルを回す 事例4: 情報通信Ⅱ(図4) 電気電子工学科の講座で情報通信に関わる3 年次の講座で、事例3の応用講座である。本分 野に関心の高い学生が選択する専門性の高い講 座であり、受講生も 20 名弱という少人数によ る授業である。通常の授業スタイルは事例3の 情報通Ⅰと同様であるが、本講座の変形スタイ ルを取り上げる。事前課題としてMoodle で演 習課題を与える。各学生はMoodle 上で演習課 題に取り組み回答を入力する。対面授業の前ま でに、教員は各学生の回答を採点し、かつフィー ドバックコメントをMoodleにインプットする。 採点は0か1かではなく、中間点も与えられ、 より良い回答を導くためのフィードバックコメ ントが返された。学生は自身の回答に対してど のようなコメントがあったのかを対面授業の前 に確認することができる。その上で対面授業では、「一斉表示」によって、全員の回答及び回 答に対する教員の採点とフィードバックコメントがMoodle の一覧表示機能によって表示され 共有される。この一覧表示画面を見ながら、全員に対して各回答のどのような部分が良いのか / 良くないのか、どのような点が不足しているのか、どう修正すればより良くなるのか、など が対話的にフィードバックされる。 ここでの方式は「一斉表示によるゆらぎのデザイン」をもう一歩進めて、反転学習ならでは の方法としてより進化させている。まず事前学習の段階で、内化→ 外化 → 内化のプロセスを 1回回している。通常の反転学習では事例3でみたように事前学習の段階でインプットした知 識(内化)を対面授業の中で活用しディスカッションしたり課題を解くなどすることで外化し、 コンフリクトを解消しようとすることで内化の質を高める。すなわち、反転学習の段階では通 常は「知識の内化」までしか行われないのが通常である。これに対してここで行われた方法で は、反転学習の段階で「内化→ 外化 →(質を高めた)内化」までのサイクルが回っているこ とが特徴である。 対面授業の場面では全員の回答とフィードバックが共有され、自身の回答の再吟味を行う機 会が提供される。事例3との大きな相違点は、事前学習の段階で一歩深い理解に至った状態で、 対面授業の中で横型のゆらぎを与えている点である。前節で他者へのフィードバックを自らの フィードバックと同様に内化できるかという課題を述べたが、ここでは一度深い理解に至って いるために「他者の回答と自分の回答の何が違うのか」という「違い」を理解できるになって いる状態といえる。2章で述べた佐伯の「わかる」の定義である「わからないところがわかる」 ということを考えると、事前学習で一度理解を深めた状態で、横型のゆらぎを与えられたこと によって、他者の回答や他者へのフィードバックについて、自身の考えと同じところ(=わかっ ていること)が何で違うところ(=わからないところ)がどこなのかという違いの本質を理解 しやすくなり、通常の反転授業以上に内化のプロセスを支援しやすくなっているのではないか と考えられる。 本方式は反転学習という特性と、e-ラーニングの特性をうまく活かした方法と言える。非 図 4. 情報通信Ⅱの授業構成
対面の状態でも学生の学習状況が確認でき、回答をチェックできフィードバックできるという e- ラーニングシステムの仕組みが、事前学習段階で「内化 → 外化 → 内化」のサイクルを回す ことを可能とした。 本方式の課題があるとすれば、受講生の人数の問題であろう。本方法は、学生が十数名~ 20 名という少人数の専門科目であるから可能であったとも言える。60 名を超える大人数の授業で は教員の負担が大きく実施は困難性が高いと思われる。 4. 「ゆらぎをデザインする」再考 ここまで授業観察を通じて具体的な事例から一歩深い理解を生み出すための「ゆらぎ」がど のように授業の中に組み込まれているのかを見てきた。ここではこれらの事例を振り返り、も う一度「反転授業におけるゆらぎをデザインする」という観点で再吟味を行う。 (1)「縦型のゆらぎ」と「横型のゆらぎ」 2章においてゆらぎには縦型のゆらぎと横型のゆらぎがあることを示した。授業観察を通じ てこの両者のゆらぎは様々な授業デザインの中に組み込まれていることを見てきた。1つの解 答に至るためには、その解答に至るためのロジックは必ずしも1つではないということを知る 必要がある。このためには横方向のゆらぎが必要であり、グループワークを通じてメンバー間 で意見を交換したり、ICT ツールの一斉表示を介して多くの考え方や誤りの共有が行われてい た。一方で1つのロジックが選択された場合でもそれが解に至るためには多くのチェックポイ ントがあり、多様なパラメータを振ってみたり試行錯誤によって一度到達した理解を崩して修 復することで堅牢な解へとたどり着く縦型のゆらぎも多数観察された。 今回観察された事例に共通にみられたのは、この縦型と横型のゆらぎの両方をうまく組み合 わせて授業に組み込んでいたという点が特徴といえる。事例2ではグループワークを通じた問 題解決という横型のゆらぎとステップ・バイ・ステップで解を説かせてゆくことで細かいフィー ドバックを与え、理解の修正プロセスを繰り返すことで深い理解に到達させるという縦型のゆ らぎとが共存するゆらぎの設計となっていた。事例3も同様に一斉表示によって横型のゆらぎ を設計すると同時に、個々人へのフィードバックという縦型のゆらぎがほぼ同時に組み込まれ ているパターンである。一方事例1ではグループディスカッションや発表を通じて横型のゆら ぎが行われる。その後、クラス全体の討議においては教員がある程度のシナリオを持って縦型 のゆらぎを与えられるようにクラス全体をナビゲートした。このようにどの授業においてもど ちらか一方のゆらぎではなく、縦型と横型のゆらぎの両方が巧みに授業デザインに組み込まれ ていたと言える。 ゆらぎが組み込まれるタイミングにはバリエーションが見られた。細かいステップで縦型の ゆらぎと横型のゆらぎを交互に設計するケースと授業全体の大きな流れの中でフェーズ毎に設 計するパターンが見られた。事例1、事例4は授業全体の大きな流れの中で縦型のゆらぎで深 める部分と横型のゆらぎで多様な考えを吸収する部分とを異なるフェーズとして設計してい た。これに対して事例2や事例3では、縦型と横型のゆらぎが短いサイクルで交互に、もしく はほぼ並列に組み込まれていた。 以上のように、縦型のゆらぎと横型のゆらぎは1つの講座の中で両方のゆらぎが組み込まれ ていることが望ましいと考えられる。またその組み込み方のタイミングに関しては、細かいサ イクルで両方のゆらぎを交互に提示するケースと、フェーズ毎に異なるゆらぎを組み込むケー スとが存在しており、どちらにもその効果が認められる。
(2)反転学習と「ゆらぎ」のデザイン 反転授業は、対面授業の前の自学習において新しい知識の内化を行い、対面授業ではグルー プワークや演習課題などに取り組むことで内化された知識を外化する。森 [10] が指摘するよ うに、反転授業にはそもそもの仕組みとして「ゆらぎ」が組み込まれているのである。しかし ながら本稿ではさらに進めてもう一歩深い理解の深化を目指した時に、「ゆらぎ」をどう設計 すべきかを検討してきた。したがって、ここでは「反転授業」の特性を活用してもう一歩進ん だゆらぎのデザインに関して再検討したい。 先に述べたように反転授業では必然的に内化→外化の往還が生じているが、事例4のように、 事前学習の段階で「内化→外化→内化」のプロセスを1サイクル回すという授業デザインが見 られた。通常の反転授業では事前学習で新しい知識のインプットすなわち「知識の内化」まで が通常のプロセスであるのに対して、事例4では、事前学習の段階で「演習課題」を行い、こ れに対して教員がフィードバックを行うことで、事前学習の段階で一定の理解に至ったものに 対して教員のコメントによる「ゆらぎ」が与えられ、修正プロセスを経て一歩進んだ理解の内 化を行うことができるような授業デザインとなっていた。 このように反転授業において自学習部分で「わかったつもり」から「わかった」の往還をど こまで設計するのかが1つのポイントとなってくる。ある講座では、事前学習資料及び資料へ のコメントを共有するツールを利用し、事前学習資料に関してわからなかったところなどに学 生たちが質問を記入し、その質問に他の学生が回答するというような、事前学習内容に関する 事前ディスカッションをトライアルした。学生たちが本スタイルに不慣れなためか必ずしも十 分に理解が深められるところまでは至らなかったものの、このようなスタイルもまた、事前学 習の段階で、知識の内化で「わかったつもり」の状態から、他の学生との質疑のやり取りを通 じて、一歩理解を進めた「わかった」に繋げて、事前に理解の深化のサイクルを回すことを促 進する方法と言える。 このように、反転学習において理解を深化させていくためには、自学習を単に「知識のイン プット」(内化)に留めるのではなく、自学習の段階で「わかったつもり」を1度ゆらがせ、 修復した理解を内化するプロセスを組み込むことが、理解を深化させるためには効果的な方法 と言えるであろう。また、このためにはMoodle や文書やコメントの共有ツールなどの ICT ツー ルの存在が必須である。遠隔で離れた状態でも、自身の考えをインプットでき、かつ教員やク ラスメートたち他者のコメントを共有できるツールの存在は、このような自学習におけるゆら ぎのデザインには必須な支援ツールとなっている。 (3)修復プロセスと可視化ツール 理解を深化させるためには、ゆらぎを与えるだけでは不十分であり、ゆらぎによって生じた ズレやコンフリクトを修復して再度内化するプロセスが伴わなければならない。このためには、 多様な意見を共有するだけでは不十分であり、修復を支援する明確なプロセスとツールが必要 となる。 事例の中でも様々な修復を支援するツールが使用されていた。最も代表的なものはホワイト ボードである。ホワイトボードは議論を可視化し、議論の対象を焦点化し、チームの結論へと 収束させていく過程が可視化される。すなわち個々人の意見が共有されるだけではなく、チー ムとしての意見が集約していく過程が可視的になるのである。このホワイトボードに可視化さ れたプロセスが個々人に内化されることで、各人の理解の修復プロセスが支援される。逆にホ
ワイトボードのない議論ではしばしば個々人の意見は共有されるがこの修復プロセスが生じに くく、チームとしての集約した意見へとたどり着くことが困難となる。すなわちホワイトボー ドは単に意見を共有するために可視化するツールではなく、意見を集約し、個々人の意見を チームの意見へと修正していくプロセスをも支援するツールとなっているのである。同様に、 一斉表示機能を持つICT ツールもフィードバックを個々人に対して与えるプロセスと組み合 わせることで、単なる他者の考え方の共有ツールを超えて、縦型と横型のゆらぎを与え修復す るプロセスを支援できている。 事例2でソーティングのアルゴリズムを議論する際に使用した「紙のカード」もまた思考の ゆらぎから思考を修正し深い理解へ導く支援を行うツールとなっていた。ここでは紙のカード を「動かす」という行為が他者から可視的になることで、試行錯誤の過程が可視化されチーム で共有される。多数の試行錯誤こそゆらぎと修復のプロセスの繰り返しである。このように操 作が目に見えるツールの存在は、チームでの試行錯誤の活動を支援し、チームとしての結論だ けではなくそこに至るプロセスや、その過程での失敗もすべて共有できるようなツールとなっ ている。このようなツールの存在こそが、チームとしてのメンバーの考えを共有し、チームと しての思考のゆらぎと修正のプロセスを支援し、チームとしての深い理解へと導くツールとい えるであろう。 以上のように、ゆらぎを通じて深い理解へ至るためには、多様な考えの共有は重要であるが、 単なる共有にとどまらず修復のプロセスを共有し、その結果が内化されることではじめて深い 理解へと至るのである。そのためには共有及び思考のゆらぎの修復を支援するツールの存在が 不可欠といえる。 5. おわりに 反転授業やアクティブラーニング授業の導入は、自学習時間の増加、質問の増加、議論の活 性化など学生の能動的な活動を引き出し、多くの講座での試験の成績向上という成果にも繋 がった。一方で、これらの活動の活性化や結果としての試験の点数の向上が、「深い学び」に つながっているのであろうか。これに対して、活動の活性化だけではなく、深い理解をもたら すディープアクティブラーニングへの質の転換が必要である。本稿ではこのための1つ鍵とな るのが「ゆらぎ」であると考え、学生を深い理解へ導くために、反転授業やアクティブラーニ ング授業にどのように「ゆらぎ」を組み込んで行けば良いのかに関して検討した。検討するに あたり、多くの授業観察の中から「ゆらぎ」がうまくデザインされていると認められた事例を 抽出した。その結果、「縦型と横型のゆらぎを組み合わせたデザイン」「内化→ 外化の往還を 自学習段階でどこまで組み込むのか」「修復プロセスに必須の可視化ツールとプロセスの必要 性」といったゆらぎのデザインのポイントを指摘した。 今回の事例は必ずしも意図的にデザインされたゆらぎではない。観察を通じて結果としてゆ らぎが発生し、効果が得られていた事象からの気づきを検討したものである。今後はこれらの 気づきをどのように授業デザインの方法論としていくかが課題である。さらにこれらには支援 ツールの存在も不可欠であることが明らかとなった。このような授業デザインの方法の開発と 平行して、支援ツールの充実を行っていくことも重要である。
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