文化が支える人口減少社会を目指して
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.28-2 No.104. はなく、職の減少の被害をダイレクトに受ける、外国人労働者の人口減少に 今後繋がるのは必至であろう。. 1-2. 歴史に基づく地域独自の暮らし文化の再発見. 人口減少がどのようなデメリットを生み出すか、もちろんそこには経済的. な収入減が伴う、しかしその収入の落ち込みがあろうと、基本的な生活が確 保され、密集しない豊かな空間を確保した中で暮らし、贅沢でなくとも食べ ていければ、それだけで十分な幸せ感を得られる地域であれば問題ないと思 う。そこに欠けてはいけないのが、歴史に基づく文化の継承と、地域独自の 文化の醸造であると考える。 インバウンド観光の増加にともない、大阪みなみの心斎橋筋商店街などで は、いくつかの老舗が店を閉じ、店舗は間違いなくドラッグストアに変貌し ていった。地域の歴史の何をたどって継承していくのかを考える時、寺社仏 閣や歴史的建造物はもちろんだが、地域の生活者に長年愛され利用されてき た地域の老舗が、とても重要な地域の暮らしの継承者であると考える。しか しその閉店を止める制度はない。 一方、みなみでは大型デパートが、見事にその地域文化の継承の役割を果 たしてくれている。歴史ある建築ディテールや、作品を継承し、リニューア ルにおいてもその喪失感を持たずに維持している[図1]。 京都では中心部の住民が、近年のマンションの建設で旧住民と新住民の人 口が逆転し、その町並みの変化とともに、地域住民が主体となり進める祇園 祭りの山鉾保存会の維持が課題となったのが20年ほど前の出来事だったが、 この祭りの重要性が見直され、新住民も取り込みながら、大船鉾や鷹山など 図1 リニューアルした大丸百貨店. 旧山鉾の復活さえ成し遂げてきた経緯がある。大阪市内でも、天神祭の継承 と共に「つくりもん」[注1]の復活など、新たな動きも起っている。この ように、人口減少に左右されない、地域文化の継承が、外国人人口の増加中 にあっても、地域独自の暮らしを謳歌する住民を増やしているに違いない。. 2.背景 2-1. 都市文化としての大阪(みなみ)の歴史から. 大阪府の中心部にある大阪市のエリアを私たちは大きく「ミナミ」「キタ」. と呼んで、その地域特性を語ることが多い。JR 大阪駅北に近年開発された. 「うめきた」エリアから、駅南の歓楽街「北新地」、その南の事業エリア「船 場」を「キタ」と呼び、本町を挟んで心斎橋、道頓堀、天王寺などを含むエ リアが「ミナミ」である。大正時代大阪市が、東京都の人口を一時超し世界 有数の大都市となったことがある、いわば「大大阪時代」と呼ばれ、昭和初 期にかけて続いたが、その後東京一極集中が始まり、日本万国博覧会が開催 された1970年ごろには、そのことが如実になり、多くのメディアは東京に行 き、情報発信も東京中心となった。50年経った今、ネット時代といえども、 1)つくりもん 「造り物」の一つ、大阪の夏祭り天神祭で、江戸時代 作られていた蜆の貝殻を藤の花に見立てて造る「しじ みの藤棚」を、2002年天満天神御伽衆で復活させた。 http://bittercup.blog.fc2.com/blog-entry-3813.html 2)五座. 戎橋南詰から東側にかつて存在した浪花座・中座・角 座・朝日座・弁天座の五つの劇場のことで、1653年(承 応2年)に芝居名代5株が公認されたことに始まる。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ 道頓堀 # 道頓堀五座. その傾向は変わらない。 特に中心部は大阪大空襲で失われた文化財が、まるでその前がなかったか のように、私たちの日常から消え去ってきたと共に、そこに対する知識や心 も失われつつある。 大大阪時代、そこには多くの文化の始まりがあった。道頓堀には五座[注 2]と呼ばれた5つの芝居小屋、浪花座、中座、角座、朝日座、弁天座が存 在し、舞台文化の発達とともに、訪問客が芝居の前後に利用する飲食店も、. 67.
(3) 68. 特集:人口減少時代の環境デザインを考える. 周辺での文化を育んでいた。また、道頓堀はジャズのメッカとして、作曲家 や演奏家が集い、独自の文化も楽しんでいた。今も言われる「心ブラ」、そ の昔には「道ブラ」もあったというが、心斎橋筋や道頓堀を、目的もなくな んとなくぶらっとする遊びである。お店やすれ違う人から、流行を学び、街 の文化を謳歌する楽しみ方がある。みなみではこのような中から、アートも 始まる。「具体美術」[注3]と呼ばれる作家の誕生は、この自由さの中から 生まれたに違いない、様々な文化的な活動を行う地域の人々の交流の刺激か ら始まったのだ。 文学においても、大阪を舞台に活躍した作家たち、絵画においても大阪を 描いてきた作家たちは多くいる。織田作之助、田辺聖子、宮本輝など、その 小説の中からは大阪のある時代を切り取った状況が手に取るように読み取れ る、地域を深く知るツールともなっている。佐伯祐三や北野恒富など大阪の 風景を描いた作品からも、その歴史と魅力を辿ることができる。. 2-2. ステレオタイプの大阪イメージからの脱却. 大阪といえば、すぐに「お笑い」、「粉もん」とくるイメージが一般的であ. る。時には「ひょうがら」「おばちゃん」イメージも、強烈に語られること がある。これは、ある一面を示しているに過ぎず、本来の大阪は文化豊かな 創造性に満ちた、自由な明るい気質の人々溢れるまちである。しかし、そう 筆者が語ったところで、本来そこで暮らす人々がそのことを学び、活かして 暮らしていなければ、そのイメージは役に立たないものとなるに違いない。 ましてや観光客が激減したまちで、そのことを、胸をはって語れることこそ が、求められていると考える。「お笑い」にとどまらず、芝居、歌舞伎、文 楽、寄席、ジャズ、クラシック、歌劇、など、多様なエンタテイメントの舞 台であり、「粉もん」にとどまらず、日本一料理人が育まれ活躍する大阪で ある。そのイメージが確立してほしい。. 3.大阪の魅力向上の取り組みから 3-1. 水都大阪、道頓堀で. 大阪は府と市が共に目指してきたコンセプト、「水都」をベースに、独自. の魅力を高めてきた。筆者が東京での独立後、出身である関西に戻ってきた 直後から関わり始めた政策が「水都大阪」である。八百八橋と呼ばれた時代 からモータリゼーションに合わせて埋め立てられた運河や川が、街の魅力を 図2 「並木座」外観. 置き去りにしてきた反省を踏まえて、残された回廊としての川と運河を活か すものである。大阪の魅力を高めていくキーワードとしての「水都」、そし てそれを具体化していく数々の政策に1990年代から関わってきた。ミナミの 中心部を流れる道頓堀では、川の両端に遊歩道を作ることで、水辺に親しみ ながら散策できる道として、川に面するビル側の店舗にも、川側に顔を見せ る設を要望し、一つ一つの店を川側に導いた。遊歩道も御堂筋が渡る橋の下 を通過できるように、地元事業者と共に行政を説得して進めてきた。その結. 図3「並木座」まわり舞台. 果、今では「とんぼりリバーウォーク」として、多くの人々に利用される空. 3)具体美術. 間となり、舟運の復活とともに、観光にもなくてはならない場として活かさ. 1954年、戦前から関西における前衛のパイオニアとし て活躍していた吉原治良をリーダーに、彼に作品の批 評を受けていた若い作家たちによって結成されたグ ループ。結成メンバーは17名、最終的に約60名が参加 した。 https://artscape.jp/artword/index.php/ 具体美術協会. れるようになった。歌舞伎興行のお披露目として、江戸時代からの歴史を引 き継ぐ歌舞伎の船乗り込みも、この遊歩道や船着場で活かされている。.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.28-2 No.104. 3-2. 大阪文化を伝え起こす. インバウンド景気ともいえる近年、本来の地域産業のあり方を見失ってき. た感がある。国の観光立国を受けた、自治体の観光出入数目標を目指し、経 済的な繁栄のみを目指してきた感があり、大阪市でも本来の暮らしや、本来 の生業、地域文化の育成とは何かとの検討が少な過ぎたのではないか。その 結果、地域に根付き、地域に愛されてきた商店街が、地域の人々が寄り付か なる事態と発展してきたのである。 このような中、みなみの道頓堀で地域の歴史を正しく、観光客とともに、 地域の人々にも伝えるために立ち上がった活動がある。「劇場都市・道頓堀」 を伝える道頓堀ミュージアム並木座[注4]の誕生である。歌舞伎や文楽を 育んだ、「劇場都市・道頓堀」の 400年の歴史を伝えるミュージアムとして、 2019年春にオープンした。たった37㎡ほどの私設ミュージアムである。 劇場都市として栄えた道頓堀で、回り舞台やセリを歌舞伎芝居のために考 案・活用した並木正三を中心に紹介しながら、小さな劇場としての役割も果 たしている。地域の街の変遷が描かれた図などの展示も交え、大阪の歴史を たどることもできる展示となっている。筆者も社中として関わりながら、そ の発展に寄与したいと思っている。 「水都大阪」としての活動では、他にも中心部の中之島地区を川を挟んで南側 に面する北浜エリアで、人気スポットとなっている「北浜テラス」 [注5]の活動 がある。この川沿いには江戸時代川に面して料理旅館が並んでいた。天神祭で 川側にやってくる船に、献酒を手渡ししていた歴史を再現したいとの川沿いの事 業者が、その夢実現に動き出し、筆者も含むまちづくりの活動家でそれを実現し 図4 北浜テラスから中之島を望む. て来た。今では船着き場も設置され、大阪の人気スポットの一つとなっている。. 4.今後の人口減少社会に備えて 将来の都市部は本当に人口減少がマイナスに働くのだろうか。今回のコロ ナウイルスによる観光産業などの衰退以前には、住民が減少しても、交流人 口が増加すれば、経済的な課題は少ないと捉えていたが、今回改めて、思い を新たに深めた感がある。むやみな鎖国や独立は求めないが、本来地域独自 であらゆる面での自給自足が求められるのではないか、自給自足できた上 で、その文化や産業を交流する喜びを得るために、観光があり、貿易が求め られるのではないかということである。世界的な価値観の変革は、お金に頼 らない生きがいと暮らしがいであり、ミレニアル世代が目指すとされてい る、争いのない「地球市民」の視点に向かっているのかもしれない。 人が求める「お役に立ちたい」「認められたい」「褒められたい」三つの 「たい」を実現するまちを目指し、地域独自の文化環境の形成が地域を救う と考える。筆者は長年、地域の人々が生活者としての誇りを持つための景観 4)道頓堀ミュージアム並木座 国内外からのお客さまに、歌舞伎や文楽を育んだ、 「劇場都市・道頓堀」の40年の歴史を伝えるミュージ アム。(図2、図3). まちづくりを目指してきた。いわば「シビックプライド」の向上である。生 まれ育った地域への誇りから生まれる、高い自己肯定感は重要な要素であ る。住み手、暮らし手が贅沢な暮らしを謳歌する住民になり、次なる文化の. http://www.yamane-e.com/dotonbori-namikiza.html. 担い手になるならば、人口減少はむしろ歓迎され、選ばれた住民としてのプ. 「北浜テラス」は、大阪の新たな風物詩として水辺に. ライドで、地域独自の文化環境の形成が成し遂げられていく未来を、思い浮. 5)北浜テラス. 賑わいをもたらすことを目的に、北浜地域のテナント や建物オーナー、NPO、住民などからなる北浜水辺協 議会が実施するもの。2009年、日本で初めて任意の地. かべるのである。魅力が高まった地域には、人々も移り住んでくるに違いな い。そのためにこれからも何ができるのか、考え行動していきたいと思う。. 域団体で占用許可を受け、日本で初めて川床(かわゆ か)の常設化を実現し3川床でスタートした。 (図4) https://www.osakakawayuka.com. 参考文献 橋爪節也,橋爪節也の大阪百景,創元社2020,他. 69.
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