フランス語学研究,第 46 号,2012 年,pp.19−34
現象描写文としての
IL Y A
名詞句
+
関係節
IL Y A syntagme nominal + proposition relative
comme phrase événementielle dénotant la perception
津 田 洋 子(T
sudaYoko)
L’objectif de cet article est de mettre en évidence la différence des trois
constructions rhématiques “il y a SN + Proposition Relative” pour
caractériser la phrase événementielle dénotant la perception. Parmi les trois
constructions rhématiques, nous montrons qu’un énoncé événementiel
perceptif tel que Papa ! Y’ a maman qui pleure ! est la seule forme du
jugement thétique avec la simultanéité de l’énoncé et de la perception des
événements. Pour les deux autres types de phrases, nous observons que
l’un peut former la structure topique-commentaire en mettant à la position
initiale les compléments circonstanciels de temps ou de lieu qui comportent
des événéments passés et que l’autre type de phrase forme le jugement
double en se rattachant à un thème constitué par la situation. En analysant
ces trois constructions, nous pouvons expliquer que l’origine de la différence
réside dans le domaine de l’interprétation, c’est-à-dire que la construction
événementielle perceptive est interprétée sur la base du domaine de la
perception tandis que les deux autres constructions sont interprétées en
faisant appel au domaine des connaissances.
キーワード:現象描写文(
phrase événementielle dénotant la perception
), トピック・コメント構造(construction topique-commentaire
), 知覚(perception
),知識(connaissances
),解釈領域(domaine
de l’interprétation
)1.
はじめにフランス語の話し言葉には,〈
IL Y A
名詞句+
関係節〉によって表される 以下のような3
つの文タイプが存在する.M
ILLER)(
2
)Y’a Jean qu’a téléphoné.
(L
AMBRECHT1988
)(
3
)(Charles
の両親の店がめずらしく閉まっている.説明を求められて)Il y a Charles qui se marie.
(R
OTHENBERG1971
)先行研究においては,これら
3
つの文タイプが様々な分類の中で取り扱わ れている.共にトピックを持たない単一判断1)の文であることを判断基準の 一つとしながらも,L
AMBRECHT(1988
)では(1
)と(2
)を同じ出来事報 告文として取り上げるが,F
URUKAWA(1996
)では発話の場で発生した出来 事を表す文として(1
)を取り上げている.またR
OTHENBERG(1971
)では, (1
)と(3
)を状況によって形成済みのテーマに対して説明を行う文タイプとし, 両者の区別は曖昧にされている. 本稿では,先に述べた3
つの先行研究を概観した上で,今まであまり区別 されることのなかったこれら3
つの文タイプの中で,(1
)のみが現象描写文2) と呼ばれる「話し手のいる場において,たった今起きている出来事を伝える文」 タイプであり,(2
)や(3
)は出来事を知識に基づき情報として伝える文タイ プであることを示す.そして,これらの文とトピック・コメント構造との関係 を考察する. なお本稿では(1
)をIL Y A
現象描写文,(2
)をIL Y A
出来事報告文,(3
) をIL Y A
説明文と呼ぶ.2.
先行研究における IL Y A 現象描写文の分類2.1.
Lambrecht (1988):出来事報告文L
AMBRECHT(1988
)は,本稿で区別するIL Y A
出来事報告文(4a
)とIL Y A
現象描写文(4b
)を同じ出来事報告文event-reporting sentence
とし て扱っている.(
4
)a.
Y’a Jean qu’a téléphoné.
(=(2
))b.
Y’a le téléphone qui sonne !
そしてこれらの文タイプを,文頭主語位置から語彙的名詞句をはずすことで文 全体を新情報の出来事として提示する,トピックを持たない単一判断の文タイ 1) KURODA(1972):出来事の直接的認識を表すトピックを持たない「単一判断」の文「犬が走っ ている」とトピック・コメント構造を持つ「二重判断」の文「犬は走っている」を区別した. 2)仁田(1991)では,現象描写文を次のように定義している.「現象描写文とは,話し手の知 覚や聴覚等を通して捉えられたある時空の元に存在する現象を,現象の存在への確認は有 しているものの,主観の加工を加えないで言語表現化したものである.また,現象描写文は, 新たに現象を言語表現の場に導入するといった文である.」
プと考える.
L
AMBRECHTはこのように,過去の一時点に起こった出来事を伝 えるILYA
出来事報告文(4a
)も,話し手のいる場でたった今起きた出来事を 伝えるIL Y A
現象描写文(4b
)も,どちらも聞き手にとって新情報を伝える 単一判断の文という点から同じ文タイプとしている. 本稿では,IL Y A
出来事報告文がトピック・コメント構造を持つ場合もあ ることを示したうえで,トピックを持たない単一判断の文としかなり得ないIL Y A
現象描写文との違いを4
節にて説明する.2.2.
Furukawa (1996):(裸の)二次叙述3)F
URUKAWA(1996
)では,IL Y A
現象描写文タイプ(5a
)とIL Y A
を除 いた〈名詞句+関係節〉タイプ(5b
)が取り上げられている.(
5
)a.
Il y a Pierre qui pleure !
b.
Pierre qui pleure !
F
URUKAWAはL
AMBRECHT同様(5
)の文タイプの統語的操作について,文 頭主語位置から語彙的名詞句をはずす脱テーマ化の操作と捉える(6
).(
6
)テーマ化と脱テーマ化の構図(F
URUKAWA1996, p.69
)Thématisation ← Phrase canonique → Déthématisation
Pierre, il pleure
←Pierre pleure
→(
Il y a) Pierre qui pleure
特に統語的には名詞句である(5b
)が文として機能する問題をとりあげ,(5b
) は出来事をひとつの固まりとして述べる単一判断の文であるが,文的性格を維 持するため名詞句には低いながらもテーマ性が維持されると考える4).F
URUKAWA(1996
)がL
AMBRECHT(1988
)と最も大きく異なる点は,関 係節内の述語の意味特徴についてM
ILSARK(1977
)を参照しつつ分析した点 である5).F
URUKAWA(1996
)は、出来事命題を表現する以下のような文形 式があることを示し,その場合の出来事命題を表す述語が一時的意味特徴を持 つ述語に制限されることを示した.(
7
)a. Elle a les yeux qui sont rouges.
b. ?Elle a les yeux qui sont bleus.
(8
)a. Il y a une place de libre.
3) FURUKAWA(1996)では文内部にさらに別の文構造(小節small clause)を持つ二次叙述 と呼ばれる文タイプの中で(5a)を取り上げ,さらにIL Y Aを除いた名詞句+関係節タイ プ(5b)を裸の二次叙述と称している.
4)本稿では,単一判断である(5b)や(5a)の名詞句にテーマ性が維持されなければならな いとする必要はないと考える.尚,(5b)が名詞句でありながら何故文として成立するかに ついては,別の機会に説明を試みたい.
5) MILSARK(1977):there構文の実主語につく述語の制約から,状態記述state-descriptive 述語“sick / drunk”と属性記述property述語“intelligent / tall”を区別した.
b. ? Il y a une place de confortable.
そして関係節内の述語の一時的意味特徴が定名詞句のテーマ性を削減し,出来 事命題は「低いテーマ性の名詞句」と「一時的意味特徴を持つ述語」により形 成されるとしている.そのうえで,(5b
)の関係節内の述語が一時的意味特徴 を持つものに限られる理由については,低いテーマ性しか持たない名詞句にか わって発話を談話に定位させるため,出来事の場が発話の場であることが要求 されるためであるとし,(9
)が不適切となることにより説明している.(
9
)a. ?Le facteur qui passait !
b. ?Le facteur qui passera !
本稿においても関係節内の述語が一時的意味特徴を持つことが
IL Y A
現 象描写文にとって必要と考えるが,話し手のいる場でたった今起きた出来 事が〈IL Y A
名詞句+
関係節〉によって表現されるメカニズムについて,F
URUKAWA(1996
)とは異なる方法で,名詞句の指示対象の存在様態と関係 節の機能を中心に3
節にて説明する.2.3.
rothenberg (1971):状況テーマと「説明」R
OTHENBERG(1971
)では,IL Y A
説明文(10a
)とIL Y A
現象描写文(10b
) の両者について,明示化の有無にかかわらず,状況によって形成されるテーマ に対する叙述を「名詞句+
関係節」が表現するとし,IL Y A
は“Qu’est-ce
qu’il y a ?
”“Pourquoi ?
”などの問いの答えとなる「説明」の価値をもた らすとする.また,(10b
)の感嘆形式による文タイプは,命令文,呼びかけ, 間投詞などの後でしか生じないため(10a
)の二次的なタイプとしている. (10
)a.
(Charles
の両親の店がめずらしく閉まっている:説明を求められて)Il y a Charles qui se marie.
(=(3
))b.
Maman, il y a ma poupée qui s’est cassée !
本稿では,(
10a
)は状況をテーマとし,それに対する叙述のみが表現され た文と考えるが,(10b
)は状況をテーマとした叙述とはならずIL Y A
現象 描写文として区別されるべきと考え,その理由を5
節で説明する6).3.
IL Y A 現象描写文と出来事に含まれる指示対象3.1.
IL Y A 現象描写文と主題構造 〈語彙的名詞句+
述語〉とは異なる統語形式によって明示化される文の主題 6)本稿では文の主題構造を表す概念として,テーマ・レーマ構造とトピック・コメント構造を 同じ概念として用いる.構造について,川本(
1958-1960 [1985]
)においては日本語とフランス語の 文の主題構造の対照研究が,木下(1978
)においては〈非人称のil
+VP
+NP
〉と〈il y a NP
+qui
+VP
〉をトピックを持たない単一判断の文タイプ とする研究がなされている. このような文の主題構造という点においては,先行研究(L
AMBRECHT,
F
URUKAWA)で示されているように,IL Y A
出来事報告文とIL Y A
現象描 写文は,ともに語彙的名詞句を無標のトピック位置である主語位置からはずす 操作により形成された,トピックを持たない無題文7)である(11b
)(12b
). (11
)a.
Jean, il a téléphoné.
(顕題文)b.
Il y a Jean qui a téléphoné.
(無題文) (12
)a.
Pierre, il pleure.
(顕題文)b.
Il y a Pierre qui pleure !
(無題文)ところが文の主題構造と意味解釈の関係をみると,
IL Y A
出来事報告文とIL
Y A
現象描写文の間には違いがある.IL Y A
出来事報告文は,主題構造の異 なる顕題文においても出来事文解釈しか生じないが,IL Y A
現象描写文は, 主題構造の異なる顕題文では習慣文としての意味解釈が生じ,文の意味解釈が 異なってくる(13
)8). (13
)a.
Pierre, il pleure.
(習慣文:ピエールは泣き虫だ)
b.
Il y a Pierre qui pleure !
(現象描写文:ピエールが泣いている) なぜ過去の一時点に起こった出来事を述べる出来事文は顕題文にも無題文に もなれるのに対し,話し手の目の前で起こっている出来事を述べる現象描写文 はトピック・コメント構造を持つ顕題文にはなれないのだろうか.また、現象 描写文においては文の意味解釈に〈IL Y A
名詞句+
関係節〉の統語機能が寄 与していると考えられるが,どのような機能を果たしているのだろうか. これらの問題を明らかにするため,次節にて〈IL Y A
名詞句+
関係節〉の 機能と名詞句の指示対象の存在様態について考察する.3.2.
carlson (1977)の存在論 と〈IL Y A 名詞句 + 関係節〉の統語的機能 まず,〈IL Y A
名詞句+関係節〉に含まれる名詞句の指示対象の存在様態を 考える上で,C
ARLSON(1977
)の存在論を導入する. 7)ここでは文の主題構造において,トピック・コメント構造が明示化された左方転位構文を顕 題文,トピックを持たない文を無題文と呼ぶ.8)(13a)は“Que fait Pierre maintenant ?”に対する答ともなるが,話し手がたった今知 覚した出来事を述べる現象描写文としての解釈にはならない.また(13b)については, “Y’a-t-il quelqu’un qui pleure ?”に対する答のような特定の文脈は想定しない.
C
ARLSON(1977
)は,英語の裸複数名詞の意味解釈を考察する上で,文の「習 慣文」解釈と「出来事文」解釈の曖昧性が文の中で述語が持つ意味によっても たらされるとし,文の中で述語が表す「恒常的」あるいは「一時的」意味内容9) に呼応して名詞の指示対象の異なる存在レベルを(14
)のように提示した. (14
)a.
類kind
レベル:類概念を表し時間にも空間にも束縛されない 存在.Ex.
(種としての)犬b.
個体object
レベル:特定の個体で時間には束縛されないが空間 には束縛される.同時に複数の場所には存 在できない.Ex.
(うちの)ポチc.
局面stage
レベル:kind
またはobject
の時間的切片で,時間 と空間の両方に束縛され,特定の時間・特 定の場所にしか存在することができない.Ex
.目の前を走っている犬.車に尻尾をひかれた(うちの)ポチ. そしてkind
レベルの存在がobject
レベル,stage
レベルの存在から構成され る構図を以下のように示している.(
15
)kind
レベルとobject
レベル/ stage
レベルとの関係ところで従来
IL Y A
現象描写文の関係節は,聞き手に同定済みの固有名詞 が先行詞として使われることから制限的関係節とは異なり,またvirgule
を先 行詞と関係節の間におけない(virgule
をおくと意味が変化する)ことから同 格的関係節とも異なるとして,擬似関係節と呼ばれる特別な関係節として扱わ れてきた(F
URUKAWA1996
). 本論では,先に示したC
ARLSON(1977
)の局面レベルの存在様態の概念を 導入することにより,IL Y A
現象描写文においては,定・不定にかかわらず 語彙的名詞句全般に対する局面レベルの存在量化が関係節の制限的機能により 9) CARLSONは恒常的性質をのべる述語を「個体レベル述語」,一時的な場面を叙述する述語 を「局面レベル述語」と呼ぶ.それぞれMILSARKの「属性記述述語」,「状態記述述語」に 相当する. K O O S S S ͐ S S S S ͐ S行われると考える(
16
).(
16
)a.
Papa ! Y’a maman qui pleure !
[object
→stage]
(=(1
))b.
Y’a le téléphone qui sonne !
[object
→stage]
(=(4b
))c.
Il y a un ange qui passe !
[kind
→stage]
d.
Eh les mecs, y’a un prof qui baise une meuf toute nue !
[kind
→stage]
(Noce blanche, un film de Jean-Claude B
RISSEAU) 例えば(16a
)においては,様々なmaman
の局面レベルの集合{「泣いて いるmaman
」「料理をしているmaman
」「走っているmaman
」…}であるmaman
の個体レベルから,「話し手の今,目の前で泣いている」局面レベルの
maman
の存在が切り出されると考える.このことから,従来指摘されてきた
IL Y A
現象描写文の関係節内の述語に 属性述語が許容されないことが説明できる(17
).(
17
)a.
Regarde ! Il y a Paul qui est en train de draguer une fille !
(東郷2009
)b.
Regarde ! *Il y a Paul { qui est grand / qui a les yeux bleus } !
(
Ibid.
)IL Y A
現象描写文の指示対象は,話し手の発話時点=知覚時点において起こっ ている出来事の中で知覚される局面レベルの存在であるのに対し,(17b
)の ような恒常的な性質を表す属性述語は特定の時間に束縛される局面レベルの存 在を制限する機能を果たすことができないため,許容されないといえる.3.3.
出来事に含まれる局面レベルの指示対象と文の主題構造 ここで,IL Y A
現象描写文がなぜトピック・コメント構造を持つことがで きないかが,以下のように説明できる. 「ある対象について何かを述べる」というトピック・コメント構造を持つ文 においては,語られる対象の存在が前提されてはじめて,その対象について語 ることができる.ところが前節でみたように,IL Y A
現象描写文の名詞句の 指示対象は,話し手による出来事の知覚時点=発話時点によって切り出された, 話し手の今,目の前にしか存在しない局面レベルの存在である.この局面レベ ルの指示対象は,出来事場面が話し手に知覚されることによりはじめて認識さ れる,出来事に含まれる存在であり,出来事から独立して認識されることはな い.したがって,話し手の目の前で起こっている出来事の一部としてのみ存在 する局面レベルの指示対象は存在前提を持たず,語られる対象であるトピック となることができないので,IL Y A
現象描写文はトピック・コメント構造を持つことはできないといえる10). ところで,名詞句の指示対象の存在様態が局面レベルに限定される時点は,
IL Y A
出来事報告文においては出来事が起こった過去の完了相の一時点t1
に 対応するのに対し,IL Y A
現象描写文は未完了の一時的状態の出来事を話し 手が知覚した時点t1
=発話時点t0
に対応する(18
). (18
)IL Y A
出来事報告文とIL Y A
現象描写文の出来事に含まれる指示対象a. IL Y A
出来事報告文b. IL Y A
現象描写文 完了相 未完了相t1
t1
=t0
一見すると,IL Y A
出来事報告文にもIL Y A
現象描写文同様,局所的時点t1
において切り出された局面レベルの指示対象が含まれるかのように思われるが, 本稿では,IL Y A
出来事報告文の指示対象の存在レベルは,局面レベルから個 体レベルへとアップデートされていると考え,4.2.
節にて説明を試みる.4.
出来事の情報(知識)化と出来事の直接認識4.1.
出来事情報の分割と出来事の直接認識IL Y A
出来事報告文の指示対象の存在レベルを考察する前に,まず,IL Y
A
出来事報告文とIL Y A
現象描写文について,場所句や時の副詞句との関係 を考察する. 以下に見られるように,IL Y A
出来事報告文は,出来事の発生場所や発生 時点として,場所句や時の副詞句を伴うことができ,またそれらの状況補語を 前置することができる.(
19
)a.
Y’a Jean qu’a téléphoné ce matin.
b.
Y’a Paul qu’a fait des bêtises à l’école.
(20
)a.
Ce matin, y’a Jean qu’a téléphoné.
b.
A l’école, y’a Paul qu’a fait des bêtises.
11)10)東郷(2009)では,IL Y A 現象描写文の局面レベルの存在がいかなる領域にも存在前提を 持たないためIL Y Aの定性制約が解除されることを以下のように説明している.「…局面 (stage)レベルの存在は,出来事を構成する要素として,類レベルや個体レベルの存在から その都度新たに切り出されるものであり,存在前提をいかなる領域にも持たないと考えられ る.したがって,すでに存在前提を持つ事物についても,その局面レベルの存在を新たに述 べることはGRICEの格率に違反せず,文として情報価値を持つ.」
これに対して
IL Y A
現象描写文は,話し手の知覚領域で起こった出来事を 伝える文であるため,出来事の発生場所・発生時点が話し手の「今・ここ」で あることは自明であり,出来事の発生場所や発生時点についての余剰な情報は 付加されにくい.このことは状況補語に対する質問がIL Y A
出来事報告文に 対してはできるのに対し,IL Y A
現象描写文に対してはできないことからも 裏付けられる.(
21
)a.
―Y’a Jean qu’a téléphoné.
―Quand ?
b.
―Y’a Paul qu’a fait des bêtises.
―
Où ?
(
22
)a.
―Papa ! Y a maman qui pleure !
―
*Quand ?
b.
―Papa ! Y a maman qui pleure !
―?*Où ?
しかし
IL Y A
現象描写文に状況補語が全く付加できないわけではなく,出 来事性を高めるような場所句は以下のように付加することができる.ただし, それらの場所句を前置すると容認度が下がる.(
23
)a.
Regarde ! Il y a le Président qui fume dans l’église !
b.
Regarde ! Il y a un chien qui fait caca sur ton sac !
(24
)a.
Regarde ! ?Dans l’église, il y a le Président qui fume !
b.
Regarde ! ?Sur ton sac, il y a un chien qui fait caca !
なぜ前置された場所句に関してIL Y A
出来事報告文とIL Y A
現象描写文で 容認度に差が生じるのだろうか.IL Y A
出来事報告文に前置された(20
)のよ うな状況補語は,出来事の叙述が適用される範囲を示しており,C
HAFE(1976
) の考える主題に相当する.C
HAFE(1976
)では「主題は主たる叙述が成り立つ 空間的・時間的な枠組みを示したり,叙述が成り立つ個体を指定する」として(25
) のような英語の文における時や場所の副詞句を主題と位置付けている.(
25
)a.
Tuesday I went to the dentist.
b.
In Dwinelle Hall people are always getting lost.
L
ANGACKER(1991
)においても,(26
)のような主節の叙述全体を位置付け る場所副詞句はsetting
と呼ばれ,ある参与者が置かれた場所location
を示す11)インフォーマントの中に,場所句は文末が自然という意見や,“Aujourd’hui à l’école,...” の方がより自然という意見もあった.
前置詞句と区別されている.そして出来事全体の叙述を含む
setting
は文頭に 生じるが,参与者が置かれた場所を示す前置詞句は,文頭に前置しづらいこと を示している(27
).(
26
)In Louisiana, a hurricane destroyed several small towns.
(27
)a.
I chopped the onions on the counter with a cleaver.
b. ? On the counter, I chopped the onions with a cleaver.
このように前置された状況補語が出来事の枠組みを示す主題として機能する ことを考えると、IL Y A
出来事報告文の(20
)における状況補語は出来事全 体に対する主題として機能しており以下のように表すことができる.(
28
)a.
[ Ce matin ]
Topic―y’a [ Jean qu’a téléphoné ]
Commentb.
[ A l’école ]
Topic―y’a [ Paul qu’a fait des bêtises ]
Comment これに対しIL Y A
現象描写文の場所句は前置しづらいことからもわかるよう に,これらの場所句は出来事の枠組みを示すのではなく,出来事に含まれてい ると考えられる(29
).(
29
)a.
Il y a [ le Président qui fume dans l’église ]
Commentb.
Il y a [ un chien qui fait caca sur ton sac ]
Commentつまり,
IL Y A
出来事報告文は,出来事の発生した空間的・時間的枠組み を示す状況補語をトピックとし,トピック・コメント構造を持つ文を形成する ことができるのに対し,IL Y A
現象描写文は話し手の目の前で発生した出来 事の直接認識をそのまま伝える文であるため,出来事の部分を取り出すことが できずトピック・コメント構造を持てないと考えられる.4.2.
出来事の情報(知識)化と指示対象の存在レベルのアップデート ここでIL Y A
出来事報告文の名詞句の指示対象について再考する. (30
)Y’a Jean qu’a téléphoné.
(=(2
))3
節においては,IL Y A
出来事報告文もIL Y A
現象描写文も,名詞句の指 示対象は局面レベルの存在となると考えた.しかしIL Y A
出来事報告文は出 来事発生時t1<
発話時t0
の期間においては,Jean
が参与者となる同じ出来事 をいつ,どこで発話しても変わりなく表現することができる.(
31
)a.
Ce matin, y a Jean qu’a téléphoné.
b.
Hier, y a Jean qu’a téléphoné.
c.
Avant-hier, y a Jean qu’a téléphoné.
このようにいつどこで話しても同じ出来事の参与者である
Jean
を,特定の時 間・特定の場所にしか存在しない局面レベルの存在と考えることができるだろ うか.確かに
IL Y A
出来事報告文の名詞句Jean
の指示対象は,出来事発生時t1
においては出来事に含まれた局面レベルの存在である.ただしその後は以下の 図に見られるように,出来事(E
1)[ Jean
s 12)a téléphoné ]
は情報(知識)化 され,Jean
の個体レベルについての情報として話し手の知識領域に蓄えられ, 指示対象の局面レベルから個体レベルへの存在レベルのアップデートが行われ たと考える. (32
)出来事報告の図出来事の情報(知識)化にともなう指示対象の存在レベルのアップデートと いう概念については東郷(
2009
)でとりあげられており,IL Y A
出来事報告 文だけでなく,様々な文において観察されることが示されている.以下に例文 を一部紹介する.(
33
)a. The rat was
(just
)reaching Australia in 1770.
(
C
ARLSONet al. 1995
)b. Ah, tu fumes ! Je ne savais pas.
(東郷2009
)東郷(
2009
)においては,(33a
)は,何匹かのネズミがオーストラリアには じめて出現した現実の出来事が,類としてのネズミの大陸への出現として認識 されており,上陸したネズミが局面レベルから類レベルへアップデートされた と説明される.また(33b
)は,煙草を吸わないと思っていた人が煙草を吸っ ている所を目撃した際の発話であり,目撃した喫煙行為の局面レベルの出来事 が,「君は煙草を吸う」という習慣的喫煙を意味する,個体レベルの恒常的属 性の知識へとアップデートされたと説明されている. つまり,局面レベルの指示対象が存在するからには,個体レベルや類レベルの 指示対象も存在すると考えられ,時間に束縛されない知識領域において,抽象的 な個体レベルや類レベルの存在にアップデートされると考えることができる. 12) CARLSON(1977)では,存在レベルを上付き文字で示す.sが局面レベル,oが個体レベル, kが類レベルである.このような出来事の情報(知識)化が
IL Y A
出来事報告文において行われ ていることは,(34
)のような知識を問う状況節とIL Y A
出来事報告文が共 起することからも裏付けられる.一方IL Y A
現象描写文は話し手の目の前で 発生した出来事を咀嚼することなくありのままに述べる文であるため,知識を 問うような状況節とは共起しない.(
34
)a.
Si je me souviens bien, y a Jean qu’a téléphoné.
b.
*Si je me souviens bien, y a maman qui pleure !
ここで,前節で示した,
IL Y A
出来事報告文がトピック・コメント構造を持 つ文となり得るのに対し,IL Y A
現象描写文がトピック・コメント構造を持 てない直接認識の文であると分析したこととの関連が説明できる.IL Y A
出来事報告文は話し手の知識に基づく文であるため,情報を加工し トピック・コメント構造を持つ文を形成できる。また,出来事報告文に含まれ る名詞句の指示対象は,局面レベルの存在から個体レベルの存在へとアップ デートされているため、この名詞句をトピックとした顕題文となり得る(11a
) ことも,ここにおいて説明ができる.一方IL Y A
現象描写文は話し手の知覚 により捉えられた出来事がそのまま表現されるため、出来事に含まれる指示対 象は局面レベルの存在でしかあり得ず、トピック・コメント構造を持つ文を形 成することはできない.5.
IL Y A 説明文と状況陰題 最後にIL Y A
説明文とIL Y A
現象描写文の違いを説明する. まず,R
OTHENBERG(1971
)が,明示化の有無にかかわらず状況によって 形成されるテーマに対する叙述を行う文タイプとするIL Y A
説明文タイプは 以下のような文である. (35
)a.
(Charles
の両親の店がめずらしく閉まっている:説明を求め られて)Il y a Charles qui se marie.
(=(3
))b.
(家に帰ってくると、皆が毛布にくるまっている:理由をたず ねられて)Il y a le chauffage qui ne marche pas.
c.
J’ai téléphoné hier au plombier. Il y a un tuyau qui fuit.
これらはすべて状況によって形成されるテーマ(P
なのは)に対してIL Y A
説明文で叙述する(Q
だ)という,国語学で状況陰題の文(佐治1973
)と呼 ばれる文タイプに相当する.文をこえる大きな枠組みでは以下のようなトピック・コメント構造になっている. (
36
)P
なのは(状況陰題) →Q
だ(叙述)。a.
Charles
の両親の店が閉まっているのは ―Charles
が結婚 するからだ。b.
皆が毛布にくるまっているのは ― 暖房機器が動かないからだ。c.
昨日水道屋に電話をしたのは ― 水道管がもれているからだ。 状況によってテーマ(トピック)が話し手聞き手の意識の中で喚起され形成さ れていることは,“Qu’est-ce qu’il y a ?
”“Pourquoi ?
”などの聞き手の質問 により明白であるが,これは話し手の知識を問う質問である. 一方R
OTHENBERG(1971
)がIL Y A
説明文との区別を曖昧にしている(37
) のようなIL Y A
現象描写文は,命令文(Regarde ! / Attention !
)や呼びかけ (Maman !
)や間投詞(Tiens !
)などの聞き手の注意を喚起する表現を伴う ことから,聞き手の意識にはQ
に関連する事態は何も生じていない,つまり 状況によって形成されるテーマは聞き手の意識には存在しないと推測できる.(
37
)a.
Maman, il y a ma poupée qui s’est cassée !
b.
Attention, il y a le vase qui va tomber !
このことは
IL Y A
説明文は状況により形成されるテーマに結び付けられる ため接続詞“Parce que
”などを付加しやすいのに対し,IL Y A
現象描写文 は許容しないことからも裏付けられる.(
38
)a.
Parce qu’il y a Charles qui se marie.
b.
Parce qu’il y a le chauffage qui ne marche pas.
c.
J’ai téléphoné hier au plombier, parce qu’il y a un tuyau qui fuit.
(39
)a. *Maman, parce qu’il y a ma poupée qui s’est cassée !
b. *Attention, parce qu’il y a le vase qui va tomber !
さらに
IL Y A
説明文はP
とQ
の事態につながりがあれば,発話時点に制 約されず時の状況補語を自由に設定することができるので,IL Y A
現象描写 文とは異なる.(
40
)a.
Il y a Charles qui se marie cet après-midi.
b. Il y a le chauffage qui ne marche pas depuis ce matin.
c. J’ai téléphoné hier au plombier. Il y a un tuyau qui fuit
depuis une semaine.
以上のことから,
IL Y A
説明文は,文の外部に状況陰題が形成されること によりトピック・コメント構造を持つ文といえ,状況陰題との関連において発 話時点に限定されない話し手の知識情報を叙述する文タイプといえる.これに対し
IL Y A
現象描写文は状況陰題を持たず,話し手の知覚領域で捉えられた 出来事の存在を直示的に聞き手に指し示す文タイプといえる.6.
IL Y A 現象描写文の解釈領域 :知覚か知識か ここでこれまでの考察のまとめとして,同じ文形式が文脈によって異なる文 タイプとして用いられた場合の,聞き手による応答可能な表現を観察する. (41a
)をIL Y A
出来事報告文,(41b
)をIL Y A
現象描写文,(41c
)をIL
Y A
説明文として,同じ文形式“il y a ma poupée qui s’est cassée.
”が用い られたとした場合の作例である.(
41
)a.
―Hier, il y a ma poupée qui s’est cassée.
―Ah, bon... je ne le savais pas.
b.
―Maman, il y a ma poupée qui s’est cassée !
―?*Ah, bon... je ne le savais pas.
c.
―Pourquoi tu fais la tête ?
―
Il y a ma poupée qui s’est cassée.
―
Ah, bon... je ne le savais pas.
まず,応答“
je ne le savais pas
”が(41a,c
)で適切であることから,IL
Y A
出来事報告文とIL Y A
説明文が聞き手の知識に基づいて解釈されたこと が確認できる.これに対し,(41b
)の応答は,話し手が発したIL Y A
現象描 写文が発話の場で起こっている出来事を直示的に述べているのに対して,聞き 手の応答が過去の知識状態に言及しているため,文の解釈領域が異なり不適切 となっていると考えられる. このことから,IL Y A
出来事報告文とIL Y A
説明文は聞き手の知識領域 で解釈される文タイプであるのに対し,IL Y A
現象描写文は話し手と聞き手 が共有し得る知覚領域に基づいて解釈される文タイプといえる.7.
おわりに 本稿では,今まであまり区別されてこなかった〈IL Y A
名詞句+
関係節〉 で表される3
つの文タイプが,文の解釈領域が知覚か知識かによって区別さ れることを説明した.そして知覚領域で発生した出来事を伝えるIL Y A
現象 描写文は,出来事をひとつの固まりとして叙述する構造を持ち,出来事の部分 を取り出すことができないのに対し,IL Y A
出来事報告文やIL Y A
説明文は, 知識を述べる文タイプであるため,情報を分割したり,自ら部分となったりす る操作が自由に行えることを説明した.特にトピック・コメント構造との関係においては,
IL Y A
現象描写文の解釈領域が発話の場の知覚領域であること で,トピックを持てず単一判断とならざるを得ないことを示した.ところで
IL Y A
は,「voici, voilà
とは異なり,指示する働きはないので,Voilà mon père.
『あそこにお父さんがいる』の代わりに ×Il y a mon père.
とは言わない.」(朝倉2005
)とされている.しかしIL Y A
現象描写文は, 眼前で発生した出来事を伝える文であることが本稿で確認された.VOILA
に よる出来事を伝える文との対比により,IL Y A
とVOILA
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