印度學佛教學研究第38餐 第1號 卒成元年12月
仏伝 図 の戯 曲作 法
-イ ン ド古 代 初 期 仏 教 美 術 の本 領 を 探 る-田 中 か の 子 現 存 す る最 古 層 の仏 伝 図(西 紀前2世 紀∼後1世 紀頃。仏塔美術の一環 として続道の 玉垣や塔門 に施 された浮彫群)は, 仏 陀 の登 場 す る後 代 の 仏 伝 図(後2世 紀頃∼)の よ うに, 仏 伝 の一 場 面 を そ の ま ま 図 に し て見 せ る とい う もので はな い 。 主 役(仏 陀 あるいは成道 以前 の悉達多太子)や 脇 役(僧 形 の仏 弟子)を 欠 い て い るた め に, 仏 伝 イ ラ ス ト レヨ シ ヨ ソ を物 語 る 図(仏 伝 の 図 解)に は, 到 底 な りえな い か ら で あ る。 概 して, 仏 伝 の 内容 は登 場 人 物 や 場 面 の状 況 で示 唆 され るが, そ の場 面 設 定 は仏 伝 に 反 す る こ と もあ る。 思 うに, そ の よ うな"仏 伝 図"を 容 認 し てい た 当時 の 観 衆 は, 仏 伝 の す べ て を 図 に語 らせ る よ りも, 図 の語 り残 し(余 韻)を 各 自で味 わ うのを 良 し と し ス ト一 り一 た の で は な い か。 図 で は語 り尽 くせ ない 物 語 の情 感 を 観 衆 の心 に委 ね た と こ ろに こそ, 図 の真 価 が認 め られ る よ うに思 わ れ る の で あ る。 そ の余 韻 を 醸 し 出す 要 因 を探 って み る と, 各 図 に共 通 した 幾 つ か の特 徴 が 見 出 され る。-428-(42) 仏 伝 図 の 戯 曲 作 法(田 中) モニ ュ メン ト (1)基本 的 に は, 仏 蹟 の 記 念 物(聖 樹, 法 輪, 宝 座, 三 宝 標, 仏 足 跡 な ど)を 安 置 し た 舞 台 空 間 で あ る こ と 。 特 にBharhutとSafichiの 彫 刻 師 達 は, 玉 垣(vedika) 状 の 舞 台(rahga)を 好 ん で 設 け, 接 し 合 う図 の 多 様 性 に 舞 台 面 と し て の 統 一 性 を 与 え た 。 ま た, 柱 を 場 面 の 区 切 りや 縁 取 り と し て 活 用 し た(挿 図1)参照)。 これ ら の 意 匠 は, Mathura, Bodhgaya, Udayagiri, Amaravati, Nagarjunakondaと い っ た 他 の 地 域 で も採 用 さ れ て い る 。 モ ニユ メ ン ト モ ニユ メ ソ ト (2)舞台 の主 要 部 分(安 置 された記念物の周囲)が 登 場 人物 の敬 震(記 念物 に 向 かっ ての拝脆 ・合掌, 供花)も し く は歓 喜(指 笛, 太鼓, 横笛, 弓形 ハ ープな どの演 奏, 歌舞 の奉納2))の 情 調(rasa)で 満 た され てい る こ と。 (1)舞台 装 置 に(2)演出 の基 調 を 盛 り込 む と, そ れ は"仏 所 行 讃"の 情 景 で あ る。 Asvagosha(後2世 紀 頃)の 仏 伝 文 学(Buddhacarita)は 仏 陀 が 不 在 で は 成 り立 た な い が, イ ソ ド古 代 初 期 の 仏 伝 図 は, 仏 塔 を 訪 れ る巡 礼 の 讃 仏 感 情 を 喚 起 す るの に充 分 な 効 果 を 上 げ て い る。 こ こに, 造 形 な らで はの 表 現 方 法 を 指 摘す る こ とが で き よ う。 当時 の 仏 伝 図 に は, そ れ な りの戯 曲作 法 が 存 在 した の で あ る。 例 えぽ 本 稿 の挿 図 は, 枯 木 の 下 に 座 る仏 陀 に諭 されKapilavastuの 攻 略 を見 合 わ せ たKosala王Vidadabhaの 物 語3)を典 拠 に した もの と看 傲 され て い る4)。 そ れ に従 え ぽ, 牛 車 か ら こち らに 手 を振 るの は軍 を 退 か せ る王 で あ り, そ の 他 の 部 分 も異 時 同図 法 に拠 り物 語 の 進 行 を 示 す もの とい え る。 け れ ど も本 図 の 力 点 が 置 か れ てい るの は, 中央 の 祠 堂 で あ る。登 場 人物 は偉 大 な 転 法輪 の効 果(軍 の 撤 退)を 讃 え る こ とに 専 念 して お り, 個 人 的 な 演 技 の 入 り込 む 余地 は な くな って い ラ サ る。 祠 堂 の 内部 空 間 を 開 放 して い るの は, "転 法 輪"礼 讃 の 情 調 を 観 衆 に 振 舞 う た め で あ ろ う。Viduabhaに よるSakya族 滅 亡 の予 兆 を は らむ はず の物 語 も, こ こ で は美 談 に終 わ ら ざ るを え な い5)。実 際, 当 時 の仏 伝 図 に悲 劇 は存 在 し な か った 。 こ の点 は, サ ソス ク リ ッ ト劇 の 規 約 に も適 って い る 。 花 の撤 か れ た 宝 座 に拝 脆 す る女 性 は, 手 足 に 動 く と音 のす る リソ グを は め てい る。 他 の場 面(菩 提樹の祠堂)で は同 様 の 人 物 がNatyasastra(N.)の 規 定 す る身 振(angika)で 踊 っ てい る例6)も あ り, 彼 女 らが 寺 院 専 属 の 舞妓(devadasD7)で あ る可 能 性 は高 い 。 因 み に, 舞 台 中央 の 祭壇 に拝 脆 し花 を供 え る の は, 劇 の成 功 を 祈 る舞 妓 の 務 め で あ った(N. , 5, 16-30)8)。古 来, 民 間 の 祝 祭(samaja)で 催 され た とい う演劇 舞 踊(natya)の 舞 台面 が 仏 伝 図 の 構 図 に影 響 を 与 え た か ど うか は, ラ サ 推 測 の 域 を 出な い 。 そ れ で も, 簡 略 な 舞 台 装 置 と観 衆 に 或 る情 調 を 呼 び お こす 暗 示 に富 ん だ 演 出法9)は, 古 代 イ ン ドの 演劇 術 と造形 美 術 と の 親 近 性10)を物 語 って
-427-仏伝 図 の戯 曲作 法(田 中) (43) い る 。 従 来, 研 究 者 の 努 力 は"仏 陀 な き仏 伝 図"11)の出典捜 ぐしと 内容 の 比 定 に注 が れ て きた 。 それ が仏 伝 図 と して 不 充 分 な もの で あれ ば あ る ほ ど, 研 究 者 は文 献 の 引 用 を迫 られ た 。 つ ま りは, そ の 図 の 語 らせ上 手12)を知 らぬ 間 に 立証 す る こ とに な った の で あ る 。 しか し, そ れ た気 づ い て, イ ソ ド古 代初 期 の仏 伝 図 に 固 有 の価 値 を 認 め る た め の 努 力 が 払 わ れ た こ とは な か った 。 これ か らは, 文 献 で は捉 え られ な い 図 そ の もの の 活 きた 機 能 が 問 わ れ て こ よ う。 本 稿 に お け る演劇 的 な視 座 は, 観 衆 を 意識 して 作 られ る 図(浮 彫)の 本性 に 照 ら され た, 可 能 な一 点 の 座 標 とい え るで あ ろ う。
1) Craven, Roy C., Zndian Art, Thames and Hudson, London, (rep.)1986, pl. 32(King Vidudabha visiting the Buddha, from the Bharhut stupa. Shunga, 2nd
C. BC. Red sandstone, H. 187/8 in. (48cm). Courtesy of the Smithsonian Instituti-on, Freer Gallery of Art, Washington, D. C.)cf. pp. 60-63.
2)cf. Kaufmann, Walter. Musikgeschichte in Bildern Altindien, VEB Deutscher Verlag fur Musik, Leipzig, 1981. (『人 間 と音 楽 の 歴 史 ・古 代 イ ン ド』 音 楽 之 友 社,
1986年)。
3) Dhammapada Atthakata I., pp. 345-361f. Bhaddasalajataka No. 465, IV, 144-152., 『増 壱 阿 含 経 』 大 正2, 690c-691a, 『五 分 律 』 大 正22, 141a, 他 多 数 。 4) Barua, Benimadhab, Bharhut Book II. Jataka-Scenes, The Indian Research
Institute, Calcutta, 1934, p. 48, pl. XXXI, 2〔Scene 53〕.
5)拙 稿 「"世 尊 の 法 輪"(Bhagavato Dhamacakam)礼 讃 の 造 形 或 る 石 彫 に み ら れ る 仏 伝 劇;毘 琉 璃(Viduabha)王 の 回 心 」(『 駒 沢 大 学 大 学 院 仏 教 学 研 究 会 年 報 』 第23号, 1990年)に 於 て, 本 図 の 解 説 と そ れ に 基 づ く戯 曲 の 試 作 を 行 な っ た 。 6) cf. Barua, op. cit., P. 5, Pls. XXX. 3, XIII-S. Gate〔Scene 32〕.
7) cf. Arthasastra, 2, 23, 2.
8) Danielou, Alain, Bharata natyam. Der klassische Tanz Indims, Berlin, 1970, S. 16. 9)辻 直 四 郎 「サ ソ ス ク リ ヅ ト劇 入 門 」pp. 201-204, pp. 221-226参 照((カ ー リ ダ ー サ 作 ・辻 直 四 郎 訳 『シ ャ ク ソ タ ラ ー 姫 』 岩 波 文 庫, 1977年 に 所 収)。 10) cf. Visnudharmottara I'urana, 3, 35, 5ff. 11)拙 稿 「〈仏 陀 な き仏 伝 図 〉 再 考 」(『宗 教 研 究 』 第281号, 日本 宗 教 学 会, 1989年)参 照 。
12) 因 み に, BaruaのBharhut Book. L Stone As A SFtory・Tellerは, 浮 彫 の 物 語 性 を"語 り上 手"と い う言 葉 で 表 現 し て い る 。 しか し, 実 際 の 構 図 は 決 し て 雄 弁 と は い え な い 。
〈キ ー ワ ー ド〉 仏 塔 美 術, 造 形 な ら で は の 表 現 方 法, 語 ら せ 上 手
(駒 沢 大 学 大 学 院) 一426一