幼児の運動スキーマ形成に関する基礎的研究
全文
(2) 幼児の運動スキーマ形成に関する基礎的研究. 目次. 第1車 間題の所在と研究目的 第1節 幼児の発達における動きの経験の必要性 第2節 幼児の運動を取り巻く問題状況 第3節 問埠凍起と研究目的. 第2章 研究の理論的枠組み 第1節 幼児のムーブメント研軍の概観 第2節 ムーブメント研究の理論的枠組みの検討 2- 1古典的運動制御モデル 2-2 Keogbの理論 2-3 謝枝の理簡 第3節 本研究の理論モデル 3-1幼児の動きと認知 3-2 スキーマ形成と動きの獲得 3 - 3 Schmidtの多様性練習仮説 3-4 スキーマ理論に対する批判 3-5 運動スキーマの''場''としての身体. 第3章 研究の仮説と方法、および限界 第1節 研究の仮説と方法 第2節 研究の限界.
(3) 第4章 幼児の動きに関する発達研究 第1節 研究I :幼児をとりまく環境とム-プメントスキル 1-1 日的 1-2 方法 1-3 結束および考察 第2節 研究丑:幼児の姿勢制御能力と身体成長 2-1 日的 2-2 方法 2-3 結果および考察 第3節 研究血:幼児の身体意識の発達 3-1 日的 3-2 方法 3-3 結果および考察 第4節 要約. 第5章 幼児の運動スキーマ形成に関する実験研究 第1節 実験I :幼児のスキル獲得過程←タッビング動作の実験1-1 日的 1-2 方法 1-3 結果および考察 第2節 実験Ⅱ :精神遅滞児の運動スキーマ形成 ・; - 「川勺. 2-2 方法 2-3 結果および考察 第3節 実験Ⅲ :幼児の投動作における運動スキーマの形成過程 3-1日埠 3-2 方法 3-3 結果および考察 第4節 実験IV :幼児の運動スキ-マ形成過程の画像分析 4-1 I川().
(4) 4-2 方法 4-3 結果および考察 第5節 要約. 第6章 まとめと今後の課題. 引用文献. 謝辞.
(5) 第1葦 問題の所在と研究目的. 第1節 幼児の発達における動きの経験の必要性. ムーブメント(動き)は、子どもにとって彼らの生活そのものといえ るほど、特にその発達にとって重要なものである。このことは彼らの日 常生活の観軍からも疑問の余地のないこととして理解できることである。 Yardley(1974)は「人生の早い時期の動きの経験の質が、その人の全学習 の質を決定してしまう」とまで述べている。新生児は、誕生した瞬間か ら自分を取り巻く多くの未知の刺激に直面する。自分自身や大人の身体 に触れ「遊び的」な動きを示すことから、特定の身体部位を操作する ことを通して次第に自分の意志を伝達することを学習していくのである。 OteghenとJocobson(1981)は、このような発達初期の運動経験が、 「自己」と「他者」を区別する出発点になり、さらに認知発達のために 必要な抽象的思考の基盤になるとも述べている Metheny(1965)は、ここ に自発的な運動経験が、十分に知的内容を持ち、したがって教育的経験 として存在する理由があると述べる。教育における「活動的諸仕事」の 重要性を強調したDeweyは、子どもを「活動的、自己表現的な存荏(an acting, self-expressing bei喝)」として捉え、教育活動の出発点は子 どもの「自己表現に対する衝動」であるとしている(杉浦, 1980)<そのた め活動は「純粋に心理的でもなければ、純粋に身体的でもなくして、運 動を通しての心象を含んでいる」と述べる。よって身体的活動とともに 知性の開きとしての探究を内に含む諸仕事によって子どもの「経験の知 性的側面と身体的側面との謝和」を図ることができるともしている。こ -1-.
(6) のような教育学の潮流と呼応するかのように、現代哲学では、 「身体」 と「心」とを対立的に捉え、身体を物体化させたDescatesの心身二元論 から、むしろ身体や身体運動それ自体が人間の知覚・認識の基礎をなす という一元論へという「心一身問題」の転換が見られてきている(市川 1975) 中村(1989)は、運動する知覚によって諸感覚の統合が果たされ ることを現代哲学の知見から総合し「活動する身体こそが精神である (P.918)」とさえ述べている。 従来、身体の発達や身体運動の拡大を目的にする領域は、体育(physical education)と呼ばれ、 「知・情・意」の形成に寄与するとしながら も、実際は「身体的なもの」と「精神的なもの」とを切り離して取り上 げてきた。特に近年では、日常の遊び、身体活動環境の賓固さから子ど もの体力低下を危ぶむ声もあり、それを補償する意味から積極的な身体 活動が行われる必要性を説く研究者も多い(小林, 1990:青木, 1989 : 正木,1980: Cureton, 1985: Savage, et al, 1986) なかでも小林(1990 )は、幼児期の運動能力が、それ以降の発達に大きな影響を与えるため、 必要な運動刺激は十分に与えなければならないとも述べている。さらに 幼児期に基礎体力のための十分な運動活動の習慣化の確立に失敗すると、 Sedentary Child (すわりがちな、定座性の子ども)になると警告する研 究者もいる(Cureton, 1985)。小林(1973)は、わが国の体育史の検討から、 これまでの体育が全人格的な運動文化の伝承という本来の使命を忘れ、 「人的資源-体力」指導に陥りがちな危険性が、つねにあることを批判 している。近年では、これに乳幼児に関する発達研究の急激な進歩と成 果が加わり、さらにこの傾向を助長しているといっても言い過ぎではな い。また早期知的教育の流行に追随した幼児のスポーツ教室、水泳教室 などの一斉指導型の「社会体育」の隆盛(七木田, 1991)は、従来の幼稚 -2-.
(7) 園・保育園のカリキュラム・設備、あるいは子どもをとりまく生活環境 では、体力の向上を期待できないという親の意識を反映しているとも捉 えることもできる。このような社会的状況を受けて幼児教育の実践の場 での運動指導でも、 「たんに大人の運動技術ないしスキルを幼児の段階 まで引き下ろし、運動技術を一斉に訓練している」 (赤塚,1984)実態が 少なくないことが指摘されてきている。特に近年では、 「体力づくり」 の概念が拡大解釈され、はだか保育やはだし保育、あるいは乾布まさつ など、幼児の生活とかけ離れた指導を十斉に行う傾向も見られる。 「子どもの生活は遊びである」あるいは「子どもの生活は運動である」 という表現は、幼児の全体的な発達に寄与する運動遊びの重要性を意咲 している。赤塚(1984)が、 「内発的に動機づけられない運動遊びは、・も はや運動遊びとはいえない」とも述べるように、他者から強制された「 運動遊び」は、幼児の情緒的、認知的そして運動の発達を促すような機 会とはなり得ないと考えられる。この点に関して森(1984)は、 「運動保 育はその境域の特性上からみて直接指導に走りやすいが、できるだけ間 接指導になるよう保育者が十分自覚し、日常の保育実践の中で具体的に 実現していくこと」に成功のポイントがあると述べている。 このように幼児の運動指導のあり方については、さまざまな意見や実 践が錯綜しており、その中では「可能な限り幼児の自主性、自発性を尊 重した遊びに基づいた活動を中心に」 (義, 1984)という幼児教育の本来 の特質も理念だけに終わってしまう可能性が高い。それを避けるために は、幼児の発達に即した身体活動が実施されるために、新しい理論的枠 組みを形成することが必要になる。すなわち幼児の身体活動を身体に壁 起する筋肉活動に限定し、いわば身体を「動かす」活動として捉えるの ではなく、身体とはむしろ「動く」主体そのものと考える視点である。 13-.
(8) このように人間の身体活動をムーブメント、すなわち「動き」として捉 えることは、身体活動を通じて学習(learn through movement)しながら、 同時に動きを学習(learn to move)するという統一された心身を持つ人間 の全体的発達に寄与できるものである。 そこで本研究では、ム-ブメント課題や対象の認識という主体の能動 的側面を強謝する運動スキーマ理論に基づき幼児の自由な動きを通じて 幼児の能動的な認知を促すという仮説の妥当性を明らかにすることを主 な課題としている。なお、ここでいうところのスキーマとは、人間が外 界の情報を得ようとするときに用いる既知の知識体系や活動の枠組み杏 意味している。つまり運動スキーマは、よどみのない運動活動をコント ロールするような手職に関する知識を含む認知構造を指している。. 第2節 幼児の運動を載り巻く問題状況. 本節では、わが国の「幼稚園教育要領」の変遷を通して、平成元年磨 改訂された「要頚」の背景を構成している理論について検討する。この なかで幼児が主体的に身体を動かすことで、主体の能動的な認知を獲得 されるためには、従来のいわゆる体育の指導理論の枠を越えて、新しい 理論モデルを構築することが必要であることを明らかにする。最後に、、 現代の幼児の動きの指導の課題を整理し、以上の論究を通じて本研究で 要請される問題について明確にする。. 平成元年度に改訂された「幼稚園教育要嶺」は、昭和31年、昭和39年 の「幼稚園教育要鎖」と比較して「運動」に関する記述が少なく、一部 から「運動の軽視」という批判があがるほど、特徴的なものになってい -4-.
(9) る。この背景には、現代社会の幼児をとりまく状況に「幼児の生活と遊 離した特定の運動に偏った指導」 、いわばゆきすぎた運動指導があり、 これにある意味でブレーキをかける必要があるという事実認識が、幼児 の保育に携わるもののなかで、共通なものであったためと考えられる( 大場、高杉、森上,1989) 例えば、昭和31年度「幼稚園教育要額」の「 健康」額域における「ねらい」の一つは、 「いろいろな運動に興味をも ち、進んで行うようになる」とされ、その内容は「いろいろな方法で、 歩く、走る、跳ぶなどの運動をして遊ぶ」 、 「いろいろな方法で、投げ る、押す、引く、あるいはころがるなどの運動をして遊ぶ」 、 「のびの びとリズミカルに運動する」 、そして「いろいろな運動器具の使い方を 知り、工夫して使い、またあとかたづけをする」など、具体的な運動描 導に踏み込んだものとなっていた。しかしながら平成元年度版では、同 じ「健康」頚城の「ねらい」で、 「運動」の記述が認められるのは「自 分の体を十分に動かし、進んで運動しようとする」に留まり、さらに「 内容」では、 「いろいろな遊びの中で十分に体を動かす」がわずかなが らr運動」のニュアンスを伝えるものとなっているにすぎない。特に新 「幼稚園教育要項」の「留意事項」で「生活の中で興味や関心、能力に 応じて全身を使ってさまざまな活動に取り組むことにより、体を動かす ことの楽しさを味わい、自分の体を大切にしようとする気持ちが育つよ うにすること。その際、幼児の生活と遊離した特定の運動に偏った指導 を行うことのないようにすること」と述べられていることなどは、これ を特徴づけているものである。 本来ならば新「幼稚園教育要領」によって意図されている「内容」は、 運動の「量」から、運動の「質」 、すなわち「動き」の重視という指針 の転換を促すもので、欧米で見られる身体教育(physical education)か -5-.
(10) らムーブメント教育movement education)への受容過程を踏襲するもの と考えることもできよう。しかしながら、その実このような理論的背景 を十分に踏まえて一般に解釈されているとは言い難いのである。それは 例えば「今までの体育訓練的、根性主義的な健康諭に対して、真っ向か ら対決するくらいの受けとめ方」 (大場、 1989)という認識に典型的に表 れている。このように、従来の運動指導の問題点ばかりが強調され、こ の新しい理念を生かすための具体的な指針を導き出すような示唆は、い ままでのところ皆無なのが現実である。. 第3節 問題提起と研究目的. 新「幼稚園教育要領」に投げかけられている批判は、次の2点に大別 できる。これらは、幼児のム-プメント指導のみならず、幼児教育の本 質に関わる重要な問題を含んでいる。. 第1の批判は、新「幼稚園要額」の理念が、自発的な動きを韓謝する あまり、幼児期に必要な体力・運動能力のための実質的な身体活動によ る運動刺激の水準を低いものにとどまらせてしまう要素がある(小林, 19 90)というものである。小林(1990 P.270)は、 r理念の正しさと崇高号 とは異なった次元で、現実的な対応」が必要であることを述べている0 体力の基礎をなす呼吸循環機能について、 Yoshi血, et al. (1980)は、 成人で効果が高いことが知られている持久走トレーニングを幼児に実施 しても効果がないと述べている。松井ら(1976)は、練習した運動様式 がテスト種目中の運動様式に似ている場合にのみ成績が向上し、活発な 遊戯的運動ではその内容がテストと似ていないにもかかわらず、成績の -6-.
(11) 向上が見られたとしている。浅見ら(1984)は、体力トレーニングを実 験群、統制群に分けて行った結果、その効果は見られず、その原因を幼 児期の体力の「自然な年間発達量」が大きいためであるとしている。 Hamilton and Andrew(1976)は、日常生活での最大酸素摂取量の調査から、 幼児は日常的な活動で必要十分なレベルにある、と結論づけている。さ らにアメリカ小児医科学会(1976, P88)は「幼稚園児は、その性質上、自 らの大筋群を一日中十分に動かしているので、それが身体適性(体力) 向上のトレーニングとなっている」と述べ、あえて特別な運動の必要悼 がないことを示唆している。また幼児期での特別な運動指導が、後の発 達に影響するかどうかという点に関して、 Rowland(1990)は、さまざまな 研究を紹介しながら、まだ結論が得られていない問題が多いと述べてい る。 このような結論を導きだしてきた幼児のための「運動能力テスト」が、 幼児の運動状況を反映しうる妥当な評価法であるのかという点を疑問に する報告もある(石河, 1980石河ら, 1976, 1977, 1979) 。 松田(1955, 1961)の幼児の運動能力の評価に関する先駆的な研究では、 評価項目として「棒上片足立ち」 「長座体前屈」 「伏臥上体そらし」 「 立ち幅跳び」 「ソフトボール投げ」 「50m走」 「垂直とび」 「けんすい」 などが試されている。この評価法は、東京教育大学体育心理学教室作輿 版としてそれ以降の幼児の運動能力テストに影響を与えている。例えば、 竹内、川畑、松浦(1968)、市村(1969)、松浦、中村(1976)、などの研究 で用いられている評価法は、上述した松田(1961)のものが基礎となって いる。これらの評価項目は、小学校体育との連続性を考慮し選択された もので、大筋活動中心的なテスト項目を幼児用として簡略化し、単純に 測定値の優劣だけで身体的側面の発達を評価することに重点が置かれて ー7-.
(12) いる。また宮丸(1987)は、幼児の運動発達では、むしろ狭義の体力であ る身体能力(physical fitness)の向上よりも、さまざまな遊びを通して 獲得される基本的な動き(fundamental movements)の獲得が強調される必 要があることを述べている。 このことは、幼児のムーブメント発達の様相を明らかになるのは、制 約された環境の中で最大筋力の発揮によるパフォーマンスを分析するこ とからではなく、合目的で効率的な動きの解決法を、どのように幼児が 自己のものとして獲得しているかという過程を解きあかすことによって 可能になることを意味している。. 第2の批判は、 「いろいろな遊びの中で十分に体を動かす」という「 内容」に関してである。それは、次の2点にわけることができる。第1 の点は、 「自由ないろいろな遊び」が、幼児の運動発達にどのように影 響を与えているのか明確でないという点である。遊ぶことが「外界の対 象と認知的な相互作用」 (義, 1987)であるならを£ 当然のことながら幼児 の自発的な動きも、それと切り離して考えることはできない。この点に 関して調枝(1984)は、 「いろいろな遊び」を「自由」に経験させると いう指導は、 「単純な経験拡大主義」を生じさせ、 「一時的な興味に支 えられた乱雑で並列的な経験の蓄構」 (P, 25)に終始し、内容の多様性を 強調するあまりrスーパーマーケット保育」と名づけられるほどの雑多 で科学性の低い指導がなされる可能性があると述べている。 Miller(1978)は、同じ遊び環境において、自由遊びをした子どもとあ る程度計画された遊びをした子どもの運動機能の発達を比較したところ、 前者が有意に低い成績を示したことを報告している。それによると(P. I 02)、 「年齢の低い子どもの自由遊びでは、大型遊具のある環境で運動遊 -8-.
(13) びをするよりもむしろ劇遊びや仲間遊び(social play)をすることが多く、 保育者や年長児の手引きがなければ、ムーブメントパターンも画一化し、 新しいムーブメントスキルのレパートリ-を拡大することも少ない」と 述べ、子ども中心主義の運動指導に疑問を投げかけている。 第2の点は、さらに保育の実際的な問題、すなわち保育者自身の問題 に関わる批判である。ひとつは新「幼稚園教育要額」の「内容」が、描 導する保育者にとって、これまでの与える指導に比べてはるかに研究課 題が大きく、難しいものになる(石井,1990:小林,1990)というものであ る。例えば保育者の中には、幼児の運動発達には、いわゆる系統的な「 運動学習」が関与していること、またそのための「技術指導の系統性( できるようになっていく道筋) 」を用意する必要についての認識が低い ものが多い(山本、 1990)といわれている。宮丸(1987)は、幼児期では 特殊な運動スキルの獲得や体力重視の活動よりも、むしろ基本的な動き の獲得が強調される必要があると述べている。しかし草本的な動きの獲 得に関しては、 「子どもの生活の中心は遊びであり、その遊びの多くは 運動遊びの形をとることになり、運動遊びでみられるさまざまな動きの 経験や学習が、発津を促す重要な役割を果たす」ためであると述べられ ているにすぎず、それらの相互間の機能構造が発達に及ぼすメカニズム については説明されていない。これを裏づけるように、 Gallahue(1982) は、多くの幼稚園、保育園の保育者は、 (1 )なぜ運動発達が子どもの 全体発達の中で大切なのかということに関して理解が乏しく、 (2)ど のような身体活動プログラムが、子どもに適したものか知識が不足して おり、そのため(3)その場凌ぎの画一的な指導になりがちであるとし、 指導にあたる保育者の幼児の運動に対する認識を問題視している。また 保育者の中には安全に対する配慮のため、極端に幼児の自発的運動に対. -9-.
(14) して臆病になっており、保育者中心の一斉指導のもとでの「運動遊び」 が安易に選択される例が多いともいわれている(丸山1990) このように、幼児期に必要とされる基本的な動きの獲得とさまざまな 経験との因果関係の不明瞭さは、保育における達成すべき運動課題を不 明確にし、新「幼稚園教育要頚」を実践する保育者を戸惑わせる原因に もなっている。. 幼児の自主性、自発性を主眼とし、環境を通したさまざまな遊びを中 心とする教育という理念は、フレーベルの教育思想にもみられるように 幼児教育の原点である。またこれは、ムーブメント教育の原理ともに輿 らし合わせても運動の指導原則としても十分にふさわしいものと考えら れる。しかしながら従来め研究では、その運動発達における機能構造が まだ証明されておらず、保育者は試行錯誤で実践を行わざるを得ないの が現状である。 そこで以上の検討かう、幼児の運動指導を考える上で解決しなければ ならない課題は、以下のように整理できる。 第1に、幼児の運動発達の様相を、基本的な動きの発達という観点か ら明らかにすることである。そのために、幼児期に必要な基本的な動普 をスキルとして発揮するのに必要な能力(movement skills,以下ム「プ メントスキル)がどのように発達していくのか、さらにそれが生活環境、 保育環境でどのように異なるのか、検討する必要がある。ここから、幼 児に必要な実質的な身体活動、さらにその指導のあり方が導き出される ものと考える。 第2に、幼児が主体的に動くことを通して環境に働きかける際の基盤 となる身体への気づき、いわば身体意識が、どのように加齢とともに変. -10-.
(15) 化していくのか明らかにすること。幼児が自由にさまざまな運動経験杏 内面化するために、その媒体となるべき身体を彼らがどう意識している のか知ることは、その指導の上でも大切なことである。これはまた、ム ーブメントを従来の物理的な身体の運動(physical movements)に対して、 主体概念を導入した人間の運動(human movements)という統合的概念とし て、たんなる生理学的、生物学的レベルを超え、知覚、認知面を含んだ 全体的人間の現象として捉える基礎になると考える。 第3に、自由な活動による多様な動きの経験が、幼児の基本的なムー ブメントスキルの獲得にどのように貢献しているのかを、情報処理アプ ローチに基づいた運動学習理論によって実証することが必要となる。. 本章を要約すると以下のようになる。平成元年度改訂された「幼稚園 教育要領」で意図された運動指導が、 「自由な遊びを通した環境による 教育」を反映したため、 (1)運動の軽視、 (2)自由で多様な経験へ の疑問、さらに(3)保育者の負担増などの批判があることについて言 及したO これらの問題を明らかにするために本研究は、以下のようなア プローチを取ることが必要となった。それは(1)ムーブメント及び運 動発達と環境要因との関係、 ( 2)遊びなどの自由で多様な経験がムー ブメント獲得に及ぼす影響、最後に(3)以上の知見からムーブメント 指導のための具体的な指針を明らかにすること、である。. ー1ト.
(16) 第2章 研究の理論的枠組み. 本章では本研究で用いる理論モデルを検討するために、幼児を対象と した運動研究の先行研究を探り、現在運動研究で用いられている理論的 枠組みについて言及する。特に、子どもの遊びに見られる「強制されな い自由な身体活動」が、ムーブメント発達に及ぼす影響について論究す る。さらにこれらに基づき、本研究で用いる理論モデルについて述べる。. 第1節 幼児のム-ブメント研究の概観. 幼児のムーブメント発達の研究は、 1920年代から1930年代にかけての 医者や心理学者の発達スケールの標準化の仕事が基礎となっている。こ れまで乳幼児のムーブメントの観察は、古くはゲゼルの発達診断( Gusell, 1944)、新しくはDenver Developmental Screening Test(D D S T :Frankenburg, 1972)などの発達評価は、語や個人一社会性の発達に 重きを置かない、観察することが難しい1歳から2歳までの乳幼児の発 達観の展開を表すものとして行われてきた。このような研究に加え、発 達指標や、反射性の運動の変化や年齢段階の分析によって、幼児期のム ーブメント発達の一般的な記述がなされた。さらに実際の指導者は、体 育の指導内容を、走ること、跳ぶこと、そして投げること、あるいは塞 本的スキルの要素であるバランス能力の達成を最終目標に構造化し、そ れを年齢変化によって評価することで、発達の道筋を概略化した。 年齢と性による比較は、幼児期から青年期にみられる発達変化の一般 的パターンの説明のために多く用いられてきた方法である。このような. -12-.
(17) 研究は、 1950年代に多く見られたが、運動発達と他の発達諸領域との関 係が明らかになってくる1960年代に入ってからは、むしろ減少すること になる Eckert(1973)の報告によると、 9 4の運動スキルの年齢変化の 研究の中で、じつに5 5の研究は1960年以前のものであり、 3 7の研究 は1950年以前のものであった。そしてたった2つの研究が、 1961年以降 のものであった。なかには幼児のムーブメントの文化的、人種的比較に よる研究もあるが、それでもムーブメント研究によって得られたデータ は、他の発達領域との関係で二義的な扱いをされてきたにすぎないと、 Malina(1975)は述べている。 この時代、ムーブメントの達成と他の発達頚城との関係を明らかにし た研究の多くは、能力とか因子の構成を引き出す諸スキル間の分析によ ってなされたものであった。 Malina and Rarick(1973)は、成長と体格、 運動パフォーマンスを調べた120の研究の引用文献のうち、 5 1の研究は 1960年以前になされたことを報告している。他の発達領域との因子分析 は、主に精神遅滞児を対象に行われ(Dobbins and Rarick, 1975)、幼児 についての研究はほとんどなされていなかった。 このようにムーブメント発達に対する関心の多くは、 1940年代から19 60年代の2 0年間に集中しているが、それ以前の1920年から1940年まで の運動発達の研究においては、少数の医者や心理学者の関心に留まって いたにすぎない(Keogh, 1977)。この少数の研究とは、年齢一性差と身 体成長の相関関係の調査の延長線上にあるもので、ムーブメントとは、 客観的な身体パフォーマンスの変化によって記述されるに留まっており、 新しい研究方向を示唆するものはなかったといっても言い過ぎではない。 しかしながらムーブメント発達が、再度注目を浴びる時代が、障害児 のムーブメント発達の研究によって到来する。そのきっかけは精神遅滞 -13-.
(18) 児に対する研究であった。教育的な関わりを必要とするあらゆる障害の タイプの存在は、医学、心理学を含んださまざまな専門領域の参入を可 能にした。ここでムーブメント発達という概念は、多くの専門家にとっ て、学習の障害を説明するうえで''鍵''の役目を果たし、動きの経験 が学習障害の教育プログラムに取り入れられるようになった。ムーブメ ント発達と、知覚一認知発達との相互関係についての心理学者による関 心は、心一身関係とその不適応の研究に向けられていった。この研究の 鍵を握った人物は、 Slow Learner ( 『発達障害児』 ) 'の著作がある Kephert(1960)であった。彼は、その著書のなかで精神遅滞児のためのム ーブメントの一般化と知覚一運動対応の理論に基づき、おもに学習障害 の治療教育プログラムを開発した。知覚一運動研究の当初の議論の中心 は、動きの経験が知覚と認知の発達の特別な側面の発達に重要な意味を 持つという仮説の妥当怪を実証するものであった。これらの研究の多く は、従来の運動発達の推謝される順序性や過程などに基づいてはいるも のの、研究そのものはムーブメントの順序性や過程の理解とは程遠いも のであった。動きの経験は研究の対象としては独立した変数として扱わ れ、読み、知的機能とかさまざまな知覚一認知の変数はそれぞれ相互に 関係しあい、教育や科学的視点による解釈の変数として扱われた。さら に当時のこの分野の研究は、その実験のサンプリング、方法、デザイン、 そして分析などの基礎的な側面でも不十分であったため、その結果も当 然信頼性が低く、現在では妥当性の低いものと考えられている(Myers and Hammill, 1976)c しかしながら、この1960年代の知覚一運動研究は、 ムーブメント発達に新たな関心を呼びおこし、運動感覚や身体意識やボ ディ・イメージの獲得に深く関わっているばかりでなく、自我意識の確 立、空間における対象の認知、他者意識の発達を含む子どもの全体的な -14-.
(19) 発達に重要な役割を担っているということが述べられるようになった0 特にボディ・イメージとムーブメントとの発達的側面については、 Kephart(1960)が「身体はすべての運動、すべての外的世界を理解するた めの原点である。そのためこれが歪んでしまうと運動や身体定位も歪む」 と述べるように、多くの知覚一運動研究者の関心の的になった(Cratty, 1964; Frostig, 1975; Barsh, 1967, Ayers, 1966)。 Kephart(1960)は幼氾 が動きを獲得していく過程には、自己身体の意識の発達が必要不可欠で あることを主張したが、しかしながらこれは研究によって裏づけられた ものではなく(Winnick, 1979)、これまでも明確な定義の不在(森下、七 木田、 1990)や、実証的な研究が少ないため(Fisher, 1986)に明らかには なっていない。近年の研究は、子ども自身の動きに注目し、彼らが動く プロセスに焦点をあて(Keogh and Segdun, 1985: Gentile, 1975; Wickstron, 1977; Redenour, 1978; Curtis, 1982; von Hofsten, 1989)、. 子どもを子ども自身とその取り巻く環境とのダイナミックな相互関係で 捉えようとしている。このような研究パラダイムの変化は、子どもは、 自己の環境との相互作用における変化する動作の主体(agent)、すなわち 彼ら自身が学習するダイナミックなプロセスとして捉えようとする最近 の幼児教育の実践とも矛盾を生じないものであろう。. 以上より、動きを「外から」謝定することから、近年では人間工学の 進歩に伴った新しい分析法、洗練された技法の開発により動きを「内か ら」みる運動発達の研究が行われるようになってきている。さらに近年 この分野の研究は、幼児を対象により広い機能行動の実際的な文脈とか、 知覚、認知、社会的な行動の理論的文脈など他分野からの関心が集まり、 運動制御の機構と運動発達への深い理解をもたらし始めている(Pick, 19 Tilか.
(20) 89)e加えて、神経生理学とコンピュータ-科学の統合的発展は、人間行 動に関する情報処理理論によるアプローチを可能にし、知覚-運動パフ ォーマンスに資する有効な情報処理モデルを提供している(Marteniuk, 1 976 :佐伯、 1989)。このような研究方法は、従来おもに現象学的な記述 に終始していた心身を統一体と見なし、活動する身体を内側から捉える という動きの理解に、新たな展開を可能とするものと考える。 しかしながら、これらの研究はスキルの完成した成人の、それも限定 的な動きが、その対象になることが多く、全体的発達で重要な幼児の基 本的な動き(fundamental movements: Gallahue, 1989)の発達特性、さら にそれらと自由な活動あるいは遊びとの関係を踏まえた研究は少ないの が現状である。. 第2節 ムーブメント研究の理論的枠組みの検討. 近年、人間のムーブメント発達にはさまざまな要因が関係しているこ とを多くの研究者は述べてレ`、る(Curtis, 1987: Gallahue, 1987, 1989: Ec kerも 1987; Keogh and Segdun, 1985: Gentile, 1975; Wickstron, 197. 7;. Redenour, 1978; Curtis, 1982)c ここでは特に、幼児の遊びになどに見 られる自由な動きの経験と認知的側面との関係を述べた理論について検 討する。 前節までは、発達の初期における知覚・運動経験がそれ以後の認知的 能力の発達の基礎を形成するものであるとして、知覚、運動的訓練に重 点を置くという立場をとる理論について検討してきたO落合(1976)は、 このような立場以外に、いろいろな運動にもともと含まれている、ある. -16-.
(21) いは意図的に運動の中に組み込まれた認知的要素が認知的能力の発達を 促進させるという考え方を紹介している。例えば、近藤ら(1980)の次の ような実験は、それを示唆するものである。それによると、幼児に対し て左右の概念を含む大筋運動を1回40-60分、週3回というスケジュール で3週間にわたった経験が、左右概念の認識テストによい影響を与え、 その効果は伝統的な室内における指導と同等のものであるという結果が 報告されている。このことは、言語の発達が十分でなくノ、また表現の手 段の一つとして運動というものが重要な役割を果たしている幼児期では、 認知的機能と運動機能とが個々に独立して発達するのではなく、相互に 影響しあいながら平行して発達していくことを示唆している。 このような運動嶺域における発達に伴う分化という現象は、当然発逮 に応じた指導のあり方ということにも大きな示唆を与えるものである0 すなわち幼児は成人と異なり、たんに運動の重さや回数といった量的な 側面に留意するだけではなく、豊富な知覚一運動や動きの経験を通じた 認知的な側面の発達ということが考慮されなければならないのである0 そこで本節では、従来のムーブメント理論に加え、このような立場から 理論を構築しているムーブメント理論を取り上げ検討を加える。. 2- 1古典的運動制御理論. 保育指導書のなかで、幼児の運動の多様性の重要性を強謝していない ものを探すのは難しい。その多くは、次のような論理から導き出されて いる。つまり、ある特定のムーブメントを獲得するということが、さま ざまなムーブメントの中の試行錯誤を繰り返す中で「できた」という経 験が、運動パターンとして自動化し、その過程が運動プログラムとして. -17-.
(22) 神経回路に組み込まれるというようなモデルである。この場合、さまざ まな動きの経験をすることによって、それに対応できる個々の運動プロ グラムを作成することができ、また後々にも必要に応じてそれを取り出 していろいろな場面で使うことが可能となるという解釈が「椴には広く なされている。そして保育の実践の場でも、この点からさまざまな動普 の経験の重要性が理解されている場合がほとんどであろう。この考えを 支えているのは、現在もその影響力を無視できない古典的な運動制御モ デル理論である。 「鍵盤支配型運動コントロール」モデル(Turvey, Fitch and fuller, 1982)と呼ばれるこの理論モデルは、 1 9世紀に誕 生した大脳生理学を基盤にしている。このモデルでは、大脳皮質でプラ ンされた個々の関節や筋のムーブメントに直接対応する運動の指令が、 「鍵盤機構」によってつぎつぎと末梢各部に伝達されていくものと考え る。それが措く運動のイメージは、皮質が楽譜に従って運動野の鍵盤を 奏でる ことで、ひとつながりのメロディーがつくられるというものであ る。つまりそこでは、個々の身体の動きの指令は外界の条件とは無関係 に決定することができる。運動野からの指令は、最初から個々の運動慕 に特定され、その関係には一対一の対応があると考える。これはちょラ ど大脳という「操り師」が、身体という-「人形」を動かすというマリオ ネットのイメージである。 しかしながら、これが手当り次第にいろいろな経験を幼児にさせると いう単純な経験拡大主義を生みだしていると批判がある。なぜなら、こ のような動きの意図と運動の実行とが一対一で対応するという単純なモ デルは、幼児の主体的な経験の多様さをねらいつつも、一時的な興味に 支えられた乱雑で並列的な経験の蓄積を生じさせる可能性があるからで ある。さらに運動行動学的な観点からみても、これは次の2つの問題を -18-.
(23) 説明できないために疑問視されている。 第1に、人間のムーブメントバターンはほとんど無限といってもいい ほどのバリーエションを持っているのに、それに一対一で対応する運動 プログラムが人間の記憶として貯蔵できるものなのかという疑問がある。 第2に、いままでまったく経験したことのないムーブメントを実行す るときの問題である。当然ながら記憶にはそれに対応する運動プログラ ムが貯蔵されておらず実行は不可能であろう。この場合一からプログラ ムの作成を開始するとしたら、ムーブメントの実行と修正に要するとい われている180-200ミ11秒の運動反応のプログラミングを正確に行うにはほ とんど不可能といわざるを得ないのである。. 2-2 Keogh(1975, 1977, 1985)の理論. Keogh and S昭den (1985)は、動きの質的な変化に及ぼすさまざまな要 因について概念化している(図2-2-1) ここで「動き」とは、 「環境と の相互作用のなかで日常生活の動きを発揮できる能力」であると定義さ れる。すなわち、人間が営む相互作用は、人間が動いている伝統的な環 境である「外的世界」のみならず、心理的環境や生物的な環境、すなわ ち「内的環境」 (Keogh and Sugden, 1985)、においても生起すると説明さ れている。このような複合的な環境のもとで、学習者が、客観的に存在 する合目的で効率的な運動課題の解決法を発見し、どのように自己のも のとして獲得したのかということを解明することが、ムーブメント研究 の主題になる。そのため、幼児の運動指導では、幼児期に身につけるべ き基本的な動き(fundamental movement: Gallahue, 1989)を、さまざま な運動課題の解決の中(問題解決)で、運動系列やレパートリーとして. -19-.
(24) 物理的環境 生物的環境. 外的世界 内陣 界. 神経運動 i シス千三. ムづ メント 日. i. →関係する結果. 心理的環境 社会的環境. 図2-2-1動きの賃的な変化に及ぼす要因(Keogh and Sugden, 19S5).
(25) 増やしていくことが主眼になるのである Keogh(1977)は、この運動系列 と技術のレパートリーを増やすという問題を、次の2つの概念を用いて 説明している。それは、さまざまな運動課題を解決する基礎としての「 動きの固定性(movement consistency)」と、運動課題が出現するさまざ まな状況に対応する「動きの汎用性(movement constancy)」である。 Keogh(1977)によれば、 「動きの圃定性」の発達は、幼児にとって、日 々生活していくうえで生じた問題の解決を確実なものにする動きの系列 化やスキルのレパートリーを広げる基礎になるものであると説明されて いる。このような運動問題の解決にあたって、はじめは不正確であった り、失敗したりするが、それも日々の活動の中で確実にし、洗練させ、 身につけていくこと、すなわち恒常的なものになる。歩くこと、握るこ と、などのような基本的なムーブメントスキルの獲得はは、このような 動きの国定性の発達で可能になるのである。 これに対し、より難しいムーブメントの問題の解決には、 「動きの汎 用性」 、すなわちさまざまな運動謀蓮が出現する環境状況に対応する能 力によって可能になると述べられる(Keogh, 1977)。この「動きの汎用性」 は、さまざまな運動場面において、すでに獲得した動きの固定性をいか に状況に応じて用いるかという能力である。 Keogh(1977)は、このような 動きの使用には2つの側面が考えられると述べている。これは運動学管 研究でよく引き合いに出される議論の一つ(Schmidt, 1975)である。これ は、例えば表面的には異なっているが、本質的には似ている解決方法を 用いる運動課題では、さまざまな運動系列を使用しなければならないが、 他方、表面的には似ているが本質的には異なった運動課題を解決するど きに、同じムーブメントを適用する場合である。例えば、他人が投げた ボールを捕まえるというムーブメント課題の解決と風に飛ばされた机の -20-.
(26) 上から落ちる紙も捕まえるというムーブメント課題の解決に用いられる ムーブメントは同じものである。 もう一つは、逆に表面的には似ているが異なった状況でのムーブメン ト課題を達成するために、ある動きを修正し、状祝に適用させるという 場合である。例えば、捕まえるという運動スキル(motor skills)をとっ てみれ鑑 直立位で何かを捕まえる場合と、身体をまげてする場合、あ るいは走りながらする場合では、それぞれ運動技能に一定の修正が必要 である。要するに、難しい運動技能を達成する場合には、柔軟な運動能 力の発達、すなわち、さまざまな運動場面の類似性を認識することと、 さまざまな運動課題に対応できるような運動技能の柔軟な使用能力を高 めることが必要とされるのである(Keogh, 1977)c いいかえれば、運動能力の汎用性とは、認識の汎用性であると同時に、 動きを合目的に範織化するさいの汎用性であり、この両俳画は相互に関 連していて、発達という観点からみても絡み合っているものと考えらる。 なぜなら、動きの恒常的なレベルの達成は、動きの汎用性の発達に先行 して存在していなければならず、前者は、後者を基礎づけているからで ある。また逆に、動きの汎用性の発達に伴って、動きの恒常性も高まっ ていくのも事実である。 Keogh (1977)は、子どもの遊びが、これらの2 つのレベルでの運動スキルを発達させるのであり、そのための運動課題 を提供する格好の場であると述べている。なぜなら、 「子どもは、遊び を構成する動きの繰り返しによって動きの固定性を獲得すると同時に、 常に新しい状況のなかで遊びを楽しむことによって動きの汎用性を発逮 させることができる」 (p.204)からである。 Keogh and Sugden(1985)によれi£ 動きの持つ固定性と汎用性という 構造は、また子どものコンピテンス(有機体が環境と相互交渉する潜在 -矧-.
(27) 的能力)を発揮するためにも作用すると述べられている。幼児期におい てコンピテンスを発揮するために新奇な運動課題に対するチャレンジは とても有効なものとなる。動きの恒常性、汎用性、コンピテンスという 3つの要素は、子どもが環境に対し、積極的に対噂することによって運 動課題の解決を兄いだすというダイナミックな相互作用を創り出してお り、 Keogh and Sugden(1985)によれば、子どもの自由な遊び活動こそが そこで最も有効に機能する環境となる仮定されている。 KeoghとSugdenは、動きによる問題解決過程を、次の3つのステップで 説明している。ステップIは身体と環境からの課題を明細化(specification)することである。ステップⅡは動きの企画を選択し、一般化( generalization)することである。ステップⅢはその動きの企画を実行 (execution)することである。彼らはスッテプIとIIを動きの準備局面と し、ステップⅢを動きの実行局面とし、成長するにつれて知覚・認知情 報を効果的に用いることでより正確な動きの制御が可能になるとしてい る。調枝もこのような目的達成のための意識的な運動の制御過程こそが 運動スキルの習得過程と述べている。このことから考えれば、ある運戟 課題が「できない」子どもといっても、動きの準備局面(ステップI、 Ⅱ)につまずく場合、すなわち「わからなくてできない」と、動きの実 行局面(ステップⅢ)につまずく場合すなわち「わかるのにできない」 とがあることがわかる。要するに、子どもが、ある動きが「できない」 のには、一様でない局面のつまづきがあるということなのである。 「で きない」子どもに、 「がんばって」、 「力いっぱい」というよく保育者 が口にすることばかけが、幼児の動きの達成に無意味どころか、ほとん ど悪影響を及ぼしかねない理由はここにあるのである。そのため保育者 は幼児のつまずきの原因を的確に判断し、それに応じて幼児個々に援助 -革曜.
(28) することが必要となる。このように、 「わかってできる」ようになって はじめて幼児自身が運動の楽しさを実感し、次の課題へ挑む意欲も育む ことができるのである。 Griffin and Keogh(1982)は、動きの発達のために、動くことに対する 自信(movement confidence)が必要であることも示唆している。これは自 分自身のコンピテンスを知覚する能力の組合せで、これはムーブメント 課題それ自身と関係するものである。すなわちGriffin and Keogh(1982 )によれば、コンピテンスの自己知覚と、運動感覚の快感、そして身体狗 損傷に対する可能性などの相互作用である、とされている。多くのス辛 ルは、課題を完結することで達成される。新しいムーブメント課題にチ ャレシジすることで解決しようとすることは動くことに対する自信を潔 めることにつながるのである。後ろに倒れるということは、子どもの動 くことに対する自信の側面を示す興味深い課題である。子どもはマット やマットレスに背中を向けて立ってから、背中でそこに倒れ込む。多く の子どもはリラックスし、陽気に倒れるが、子どもの中には非常に不安 を持ち、身体を硬くしたり、倒れる瞬間に回転してお腹をつけて倒れ込 んだりするものもいる。動くことに対する自信とコントロールの発達ど の相互作用についてはまだ明らかになっていないことが多いし、動くこ とに対する自信を高めたり、予謝するような変数についてもわかって.い ない(Curtis, 1987)ォ. 2-3 謝枝(1975, 1980,1984)の理論. 粛枝(1980)は、これまでの幼児の運動がややもすると健康や体力の概 念で問題にされすぎたとし、幼児の運動行動を理解する手がかりとして、 -23-.
(29) 行動メカニズムを基礎とするシステムズ・アプローチ(systems approach)から、幼児期の自由な遊び経験の意義を説いている。彼は運動学 習を次のようなレベルに分ける。まず(1 )巨視的な基礎的動作過程の 獲得時期、次に(2)知覚一運動行動の内容の矯正斯、すなわち精微化 および分化の時斯、そして最後に(3)運動の自動化、安定化、つまり いろいろと変化する諸条件に対する定着と適応が認められる時期である。 第1の巨視的な基礎的動作過程の獲得時期では、乳幼児が前歩行期に 示すような粗末で混乱したばらばらの四肢の動作が、なんらかの偶然で 成功したため歩行を獲得でき、それが新しい運動として全体として経敬 されるような時期である。この段階ではじめてシステムとして動作習得 が機能し始め、いわゆる「粗協応」と呼ばれる能力が獲得される。この 時期の運動は不正確で過剰な無駄が存在するが、新しい運動の定着、安 定化のためにはなくてはならないものと考えられている。調枝(1976)に よれば、幼児期はちょうどこの粗協応が構築され、それが精撤化、分化 する時期であると捉えられる。粒協応の構築は、 (1)自由な、指導を 受けない自然発生的な習得と、 (2)指導・管理された、多少とも訓練 的色彩をもった習得によって可能になる。前者の自由な習得とは、 「初 期状態を選択(準備)する自由」 (調枝, 1984)を意味し、自分の行動を 始める場合に、いつどのように行うかという初期状態を自分で選択でき るような活動によってなされる。すなわちこれは大人によって設定され ていない状態で、活動が自由に開始でき、また自由に終了できるのであ る。幼児期には、むしろ指導・管理された習得よりもこの方法で新しい 運動スキルの習得が成就されることが多い。なぜならミクロの状態での 自由度の高さは、活動それ自体のマクロなレベルではエントロピーの増 大を招く。そのため幼児は、それまでの安定した環境に不安定な状態杏 -24-.
(30) 生じるために予測のつかない事態に陥り、そこから喜びと好奇心の複合 した情緒的満足を獲得することができるからであると説明されている0 これを調枝は「既成秩序の最適破壊」と呼び、運動遊びの構成要素とし てなくてはならないものと捉えている。この「既成秩序の最適破壊」が 自由遊びとして有効に働くためには、適度に破壊される既成の秩序パタ ーンができあがっていることが条件となる。しかしながら、多くの「自 由遊び」という名で行われている保育は、破壊されるべき既成秩序、い わば遊ぶための素材を与えることをしてない(調枝、 1988) 運動学習が効率よく行われるためには、幼児がパフォーマンスを行う 際のミクロな構成要素、すなわち頭の方向、手の位置、足の位置、胴の ねじり方、ひざの角度、足首のひねり方などの自由度を減少させずに、 マクロな状態での適切な運動プログラムの形成のための情報を与えるこ とが必要となる。すなわち謝枝はこれを「子ども自身が自由に試してみ る余裕を持てるようになること」 (1988, p. 17)が幼児の運動遊びに必要 不可欠であると述べている。このような「余裕」から幼児の運動行動は 柔軟さを保持でき、しかも新しい環境に適応できるいわゆる汎用性を餐 得できるのである。このように謝枝(1976, 1980)は、運動スキルが獲得 されていく過程を、不変的構造と可変的構造という階層性の「組織化 (organization)」と捉える。すなわち不変的構造から可変的構造を獲得 するためのr破壊」のために、あるいは可変的構造を不変的構造に「逮 応」させるためにも、いずれにしろ運動スキルの鮭織化にとって幼児の 遊びは必要不可欠なものとなるのである。 以上のように、 Keogh(1977, 1985)の動きの固定性と汎用性という構造、 あるいは粛枝(1976, 1980)の運動スキルの階層の組織化のための破壊と適 応というシステム理論は遊びと動きとの関係をダイナミックに捉えてい -25-.
(31) る点でよく似ている。これは運動スキルに限られたものではない。例え ば科学哲学者Koestler(1969)は、いかなるスキルも、 「固定した規則」 に支配されている不変的な側面と、 「柔軟な戦略」による可変的な側面 が存在すると述べている。このような複合的な運動プログラムを獲得す るには、学習に「未決定な余裕の幅」 (アンリオ、 1981)が求められる のである。これらは幼児の動きの獲得過程における遊びの重要性を理解 する手がかりになるものであると考えられる。しかしながら、これらの 理論は、いわゆる作業モデルの域を出ておらず、遊び状況の中でどのよ うなプログラムを用いて運動行動が遂行されるのか、そのプログラムが 汎用性を持つ条件は何か、特に運動経験の中で形成された動きの記憶が どのように固定性、あるいは汎用性を持つムーブメントとして出力され るのか、などを十分に明らかにすることはできていない。. 第3節 本研究の理論モデル. 3-1幼児の動きと認知. これまでの論究から、幼児が自由に行っている遊びのなかのさまざま な動きの経験を通して、幼児の内面の質すなわち認知的側面を解明する ことの重要性について言及してきた。特に従来の幼児の運動を対象にし た研究では、課題や対象に対してつねに最大値を求めるというような、 いわば「筋肉運動の連鎖」 (阪田,1978)を追求してきたことから、実践 の場面でも体力や運動能力などを一面的に肥大化させている傾向がある ことは既に指摘した。これまでの検討から、幼児の「動き」の本来の塗 を丸ごとつかみ、動きを組成する要因を究明するには、それよりも動き -26-.
(32) を支配し、制御する内的過程の分析、さらには幼児の内的過程と運動を 介した選びとの関係に研究の関心が向けられるべきであるという結論に 達する。しかしながらこのような研究は、今までのところ量、質とも汰 して十分なものとはいえるものではない(森下1976 阪田, 1978,1990) この原因を著者は、幼児の動きを理解するための理論モデルの構築の 不備にあるものと考える。特に運動行動のための基礎領域となるべき心 理学では、最近まで言語行動を中心にのみを対象として扱ってきたため、 運動学習にとって有益な理論モデルを提出することができなかったこと が指摘されている(麓、 1989; Pick, 1990)c またなかには傾聴すべき知 見が発表されたとしても、それはKelso et al. (1982)が述べるように、 それが系統だった理論となることはなく、いわば切れざれのアプローチ (pieceraent approach)のため、幼児の運動のための理論を構築したり既 存の知識を応用するためには役だっていなかったのである。 ところがAdams(1971), Bilodeau(1966)などの画期的な研究に刺激され て、言語心理学を基礎とした学習理論は1960年代後期に入ってやっと単 純な行為でさえ複雑な構造を持つということを言及し始めた。運動のフ ィードバックやK R(knowledge of result ;結果の知識)を強調する彼ら の理論は、 1970年代から1980年代にかけて運動発達に対する他領域から の関心を呼んでエキサイティングな再生を促すきっかけとなった。この 観点は認知科学で一般的に行われていた情報処理的なアプローチを基礎 理論としてさらに運動学習理論として構築されてきている。 そこで本研究では、 Schmidt(1975)の運動スキーマ理論を手がかりに 幼児の動きの獲得のための理論的枠組みを提出する。. 3-2 スキーマ形成と動きの獲得 -革嘘.
(33) Schmidtは、古典的な運動制御モデル、さらには現代の運動学習の諸問 題を解決するために、運動スキル獲得のための運動スキーマ(motor schema)という存在を想定し理論化している。 一般にスキーマとは、人間が外界の情報を得ようとするときに用いる 既知の知識体系や活動の枠組みを意味している。運動行動におけるスキ ーマという概念は、目新しいものではない。古くはPiaget(1977/1936)が、 その持論である発生的認識論において行動を基礎づけている構造体を「 シェマ」と名付けたことを嘱矢とする。それによるとシェマとは「自分 が引き起こすことが可能な行動の型」あるいは「行動を可能にしている 基礎の構造」であると説明されている。例えば人間の手は食事の行為か ら意思表現まで多様な動きをするが、それらは個々の行為の文脈の中で さらに多くの変数に左右されている。動作におけるシェマはこのような 手の動きを固定化させるこ牢なく、いろいろなものに適用し、転移的に 使用していく非常に積極的でダイナミックな性質をはらんでいると考え られる。 Piagetの理論が現在の教育方法の基礎理論として影響を持ちえ ているのは、上記のシェマをたんに動作に限定せずに、イメージや概忠 などの高次の思考をも内包した統合体として捉えていることによる。感 覚運動期にある乳幼児の動作中心のシェマは、多様化、シェマ間協応、 内面化組織化を繰り返しながら、より新たな構造を持ったシェマの段階 へと進み、より内面化され抽象化された認識活動が可能となる。すなわ ち幼児における感覚運動的動作が果たす役割と、成人の思考の中で概忠 の果たす働きのというものは認知過程としては同一の線上にあるといラ 発達の連続性を示唆している。 運動行動におけるスキーマの役割について言及したものについては. -28-.
(34) Bartlett(1977/1932)の理論がある Schmidt(1975)の理論形成に大きな 影響を与えたBartlett(1977/1932)は、その著書『想起:実験・社会心理 学による検討』である。 Bartlettは、民話をひとりめ被験者に読ませ、 一定期間をおいて何度もそれを再生させたり、あるいは複数の被験者間 でつぎつぎに伝えさせたところ、物語の内容は時間の経過とともに、あ るいは伝えられてゆくにつれて変化したが、そこに一定の規則性を兄い だした。この事実からBartl色ttは、記憶過程は入力情報のたんなるコピ ーではなく、過去経験の集積の中から特定のスキーマを選び出し、それ に従って新しい事実を解釈し、再構成するプロセスであると考えた。 Bartlettの理論が特徴的なのは、このようなスキーマを基礎づける初期 経験というものは本質的に、動きを伴った経験であると結論づけている 点である。 近年の認知心理学はPiagetの理論をさらに発展させている。例えば Norman(1981)は、汎用的知識構造体としてスキ-マを捉え、 「スキーマ ー活性化一始動システムモデル」 (Activation-Trigger-Shema System :図 2-3-3)として、以下のようなスキーマの特徴をあげている。. ①熟練行為にはスキーマが必要である。 やりなれた行為を行うためにはそのつど意識して行為の細部にわたる プログラムを新たに作ることはなく「よどみない運動活動のコントロI ルを指示しうるような手続き知識を含む知識構造」があれば効率的であ る。運動行為はその貯蔵されているスキーマが呼び出され、ある仮説的 なエネルギー水準の活動準備状態におかれ(活性化) 、引金を引かれる ように始動されることでパフォーマンスされると考えられる。. -29-.
(35) ②スキーマは階層的な構造を持つ。 運動行為自体、異なった階層状態をもっており、行為の抽象度のレベ ルの違いに応じて、スキーマにも相対的に違った性格のものが想定され る。一つはある行為の全体的でおおまかな計画を受け持つ概略的、抽餐 的なスキ-マである「親スキーマ」 O もうーっは行為のシーケンスの各 部分を受け持つ、細部的、異体的なスキーマである「子スキーマ」であ る。行為のシーケンスの各部分もさらに下位の細部に分けることがで普 るので子スキーマはさらに下位の子スキーマにとって、相対的に親スキ ーマであるという階層関係がある。. ③意図の形成とは最高次の親スキーマの活性化である。 意図(intention)の形成はスキーマのたんなる活性化にとどまらないで、 それを適切なときに始動させて実行しようとする決定条件を含んでいな ければならない。意図は「実行されるものとして」 - 「活性化されたス キーマ」であるといえる。. ④親(全体)スキーマの活性化にともなって、子(部分)スキーマは自 動的に活性化される。 概略的な高次のスキーマが活性化されると、その親スキーマにつなが っていてその行為の部分部分を受け持つ下位のスキーマは自動的に活性 化される。. ⑤関連するスキーマにも活性化が波及する。 一つの行為のスキーマが活性化されると、なんらかの意味でそのスキ ーマとつながりをもつ別なスキーマにも活性化が波及する。スキーマ閤 -30-.
(36) 運動行為は次のようなシーケンスをたどる。. (1)意図の形成 ( 2 )その行為のシーケンスを構成するスキーマ群の活性化 (3)活性化されたスキーマの帳次のトリガリングによる実行. 図2-3-3 Norman(1981)による「スキーマー活性化一始動システムモデル」 (Activation-Trigger -Shetna System).
(37) のリンクを通しての活性化の波及である。連動して活性化されるのは、 その行為のものと一部共通する部分を持つスキーマだったり、意味の上 で関連するようなスキーマだったりする。. ⑥活性化されたスキーマがトリガーされて、行為が遂行される。 スキーマが活性化されただけでは、行為は実行されない。その状態に なったスキーマが実行に移されるためにはスキーマの活性化の程度(港 性値)が高いこととトリガー条件の適合値の間にはトレード・オフがあ る。つまり活性化が高ければ条件の適合度が少々低くても(まだその状 況の部分的な条件しかととのわなくても)行為が始発されてしまうこと がある。またその逆もある。. 3 - 3 Schmidtの多様性練習仮説. 運動スキーマでは、この考えを運動動作の発現メカニズムに当てはめ、 さらにそれが長期記憶されるための機構をも明らかにしている Schniidtは運動の実行に関して、それぞれの特定の動きを実行に移すような 一対一に対応した運動の記憶があるのではなく、過去のさまざまな条件 のもとでの動きの経験の中から導き出された、それらの動きに共通する 法則、すなわち運動スキーマが必要であると述べている。言い換えれば、 一つの技術に一つのスキーマを持ち合わせていれば、さまざまな状況下 でも柔軟に対応できる動きの実行が可能になるというのである。これら は個々の事例にだけ適用されるものではなく類似したパターンを持つ動 き全般に適用できる汎用性に富んだプログラムを意味することから、伊 藤(1989)は、これをどのようなパラメ-ターを打ち込んでも、いかよう. ニ至堰.
(38) にも処理してくれるコンピューターの統計プログラムのようなものであ ると説明している。そのためSchmidt(1975)は、運動の記憶構造として、 一般化された運動プログラム(generalized motor program)、再生スキー マ(recall schema)、そして再認スキーマ(recognition schema)という3 つの構造を仮定している(図2-3-4) 一般化されたプログラムとは、運 動実行に直接関わるプランの集合であり、主として動作の実行手順が香 き込まれている。この一般化したプログラムは特殊な事例にだけ適用さ れる形式ではなく、類似した運動パターンを持つムーブメント全体に逮 用できる汎用性をもった形式で貯蔵されている。しかし一般化された運 動プログラムだけでは単独で多様な動作を引き出すことはできない。プ ログラムを作動させるためには、そこに反応明細(response specifications)が入力されなければならない。この反応明細を決定するのが再 生スキーマである。再生スキーマは動作を遂行した後得られる次の3つ の情報から形成される。すなわち、運動を開始する身体の位置や環境な どに関する情報(初期条件: initial conditions)、結果の知識(KR: Knowledge of Result)、その他のフイ-ドバック源から得られる目標と なる運動と実際の運動との差(反応結果: response outcome)、一般化さ れた運動プログラムを実行する際に用いられたタイミングや力、あるい は運動の範囲等の筋肉運動のパラメーター(反応明細)である。 Schmidt(1975)によれば、再生スキーマはフィードバックの制御を受けない 直線的な動作の遂行に利用されるのであって、フィードバック制御を壁 けるゆっくりとした動作は、再認スキーマの影響下にあるとしている0 再認スキーマは、ゆっくりとした動きを実行したり、期待される反応 結果と実際の運動の結果との誤差を検出したりするのに利用されるスキ ーマである。再認スキーマは、さきに述べた初期条件と反応結果に加え. -32-.
(39) て、感覚経過(sensory consequences)の情報から形成される。感覚経過 とは、運動によって生じる身体の内乱外部の感覚的情報である。筋触 覚情報は内部情報の典型である。再認スキーマが運動の反復によって形 成される過程や利用される過程は、再生スキーマの場合と基本的に同じ であると考えられている。人は特定の運動場面で、期待される反応結栄 と初期条件をまず再認スキーマに取り込み、その運動から生じると期待 される感覚経過を引き出す。この期待される感覚経過と実際の運動から 生じた感覚経過の誤差を検出することで、すなわちでき映えに関する悼 報から正しい運動がなされたかどうかを評価するのである。最後に動作 過程の知覚の貯蔵(いかに動きを感じ、見、聴くなど) 、すなわち動き の練習を通じて得られた上記の四つの情報の関係係数を割だして抽象化 して貯蔵しておくのもスキーマの役割である。 一般に運動の練習では、あるいは幼児の運動指導でも、一定の目標に 対して一定の動作を、繰り返して行い、徐々にエラーを少なくさせてい くというようなドリル形式の学習が行われている。例えば、幼児が「ま と当て遊び」で高い得点を得るためには-種類のポールで、それも特定 の位置から何回も繰り返しまとに当てる感覚を身につけるという方法が より効率的な指導として考えられる。一回一回投げる位置を変えたり、 ボールの大きさ、重さを変えた`り、あるいは投げ方に変化をもたせる方 法はエラ-を多発させ、望ましい感覚の定着を阻害するという理由で敬 遠される。しかしながらスキーマ理論からみると、このような学習法で は、初期条件、反応明細、そして反応結果は変動することがなく集中す るため、個々の情報間の変数の関係関数としての正確な法則性なりルI ルを求めることが不可能になると説明されている。要するに、ドリル形 式の学習は、さまざまな動きの要求に応じられるようなスキーマの形成 -33-.
(40) に結びつかないということになるのである。 この点からSchmidtは、運動スキーマの形成を促すには、ある特定の動 きを集中的に反復するのではなく、多くの運動の要素を含んだ多様な動 きを経験することが望ましいとし、これを多様性練習仮説(variability of practice hypothesis)として導きだしている。またこの妥当性に関し てはこれまで幼児を対象に、多くの検証実験が行われてきている( McCracken and Stelmach, 1978; Carson, 1979; Moxley, 1979; Miller and Krantz, 1981)c. 多様性練習仮説の説明するところでは、確実なスキーマ形成牽促すに はできるだけ情報を分散させる練習条件を設定すること、つまり多様な′ 初期条件(ボールの大きさ、距離、角度、コートの条件など)と多様な 反応明細(様々なタイミングや力)のもとで試行し、そのでき映えにつ いて正確な知識を得られるような条件を用意することが何よりも重要で あるこということになる。すなわち課題が限定されず常に「オ-プン」 であるということが、多様な動きからスキーマ形成を促すための最適の 条件となるのである。つまり幼児の生活においては、さまざまな動きの 経験を得ることができる運動遊びが、この条件を満たしているものと考 えられる。さらに多様性練習仮説が、幼児の動きの理解にとって示唆に 富んでいるのは以下の点であろう。 第1に、多様な運動反応の結果を、いかに効率よく長期記憶に取り近 んでいるかということ、さらに新奇な状況に直面したときでも適応性に 富んだ行動がとれるのはなぜかということをうまく説明している点であ る。 第2に動きの記憶が、覚えようとする動きの正しい反応の経験の関敬 として貯蔵されるという従来の考え方と異なるという点である。これま -34-.
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