• 検索結果がありません。

J.K.A.ムゼーウス「愛神になった精霊」 訳・注・解題

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "J.K.A.ムゼーウス「愛神になった精霊」 訳・注・解題"

Copied!
31
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

   

になった精霊

︵ 1 ︶

ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス

      

鈴木

滿 

訳・注・解題

     北の 大 海嘯 の ︵ 2 ︶ ためポンメルン ︵ 3 ︶ 沿岸なるリューゲン 島 ︵ 4 ︶ のより良い半分が破壊されるか、 海 原 に呑み込ま れる︵ 1︶かしてしまう前、そしてオ ボ トリート人 ︵ 5 ︶ の強力な部族がこれらの地域に住みつくようになる 前の話だが、ウードという名の若い公侯が、先祖代 代の所領であるこの実り豊かな島を治めていた。居 城があったのはアルコン ︵ 6 ︶ で、この町の廃墟は現在海 底深くに埋没している。ウードは封臣の一人の息女 エッダ姫を妻とし、小さいながら独立君主として、

(2)

ぐるりに海を回らす領邦で、ありがたいことに 何 人 にも従属することなく暮らしてきた。家来たちを可愛がり、自分 に正しいと思われることを行い、外務事務部門などろくすっぽ意に介さず、波風の立たぬ領分だから統治の苦労なる 重荷は何一つ感じない。それゆえ彼は君主というより幸福な一私人のようなもので、平穏無事にこよなく素晴らしい 安定を楽しみ、退屈なんてさらさら感じないという、諸侯には滅多に恵まれない資質を授かっていた次第。ときたま 奥方の抱擁から身をもぎ放すのは狩りに出かけるため。つまり魚捕りと狩猟がなによりお気に入りの道楽だった。 ある時彼は領地の最北端の、海にぐっと突き出している岬の一つで狩りをし、お付きの者たちと一緒に真昼の暑さ を避けて一もとの樫の樹の木陰に安らい、うねる海の壮大な景色と涼しさを満喫していた。すると突然一陣の狂風が さあっと翼を広げ、海原の表面は怒りん坊の額のように 皺 が寄った。激浪が 轟 轟 とざわめき、海岸の断崖絶壁に寄せ ては砕け、 飛 沫 を散らして泡立った。一艘の船が波浪と闘っていたが、ただもう風にもてあそばれるまま。風は必死 の舵取りの努力をからかい、船を絶壁に吹きつけたので、船はそこの隠れた暗礁にのし上げて難破してしまった。ま だ闘いの決着がつかないうちこそ、人間が果敢に二つの当てにならない元素 ︵ 7 ︶ と競り合うさまを堅固な大地の上から眺 め る の は、 な ん と も 興 味 津 津 た る 見 物 だ っ た が、 強 者 が 弱 者 に 勝 鬨 を 挙 げ た と な る と 情 が 湧 き 起 こ り、 共 感 と い う やつが負けた方を守り庇うために、人間の意欲に従う限りの全力を提供するもの。ウード侯は、難船者に手を貸し、 彼らをできるだけ荒れ狂う波から救おうと、近侍たちともどもすぐさま浜辺に急いだ。彼は、まだなんとか水面に浮 かんでいる哀れな人人を救うよう、最も大胆な漁師たちに莫大な報奨を提供した。しかし、あらゆる努力も徒労で、 救助の小舟が激しい寄せ波をうまく突っ切る前に、海洋は獲物をもう奪い去ってしまっていた。 男がたった一人だけ軽いコルクのように波の上にぷかぷか浮かんでこちらへ近づいて来た。彼は 騎 り手の合図に忠 実に従うよく訓練された馬よろしく一個の樽に乗っかっていたのである。打ち寄せる浪の一つがこの男を高高と持ち

(3)

上げて、磯辺に立つ憐れみ深い侯の足元に放り出した。ウードは遭難者を親切に迎え取り、乾いた被服を与え、食べ 物と飲み物で元気付けた。侯はまた自ら男に自分専用の酒盃を差し出し、相手が海浜権に照らして奴隷の身とされた ︵ 8 ︶ の で は な く、 客 人 と し て 扱 う つ も り だ、 と の 徴 と し た。 異 邦 人 は 贈 呈 さ れ た 自 由 を 感 謝 し て 受 け、 海 岸 の 主 の 健 康 を祈って酒盃を干し、朗らかかつ上機嫌な表情で、見舞われた不幸など全く忘れきったように見えた。侯はこうした 哲学的平静さが気に入り、そのためこの海の男ともっ と 近 し く 知 り 合 い に な り た く て 堪 ら な く な り、 ﹁ 余 所 者よ、そちはだれだ。どこから来た。してそちの職業 は何か﹂と問い 質 した。命を助けられた男はこう答え た。 ﹁ て ま え は 未 知 の 男 ヴ ァ イ デ ヴ ー ト ︵ 9 ︶ と 申 し ま す。 泳ぎ手でございます。ブルッツィア︵ 2 ︶の 琥 珀 海岸 ︵ 1 0 ︶ の出で、イングランドを目指しておりました﹂ 。 ウードは、余所者の人相にも、添え名にも、泳ぎの 腕前にも、訊ねたいという自分の好奇心をますますそ そり立てるものが何やらあるのが分かったが、未知の 男は答えをうまくひねくる 術 を心得ていたので、本当 に知りたかったことは結局聞かせてもらえずじまい。 それでももっと近づきになれば男のいわくありげな 上 っ 面 を引き剥がせようか、と思い、それ以上追求しな

(4)

かった。さてそれから狩猟を続けたくなった侯は新来の余所者をこれに誘った。すると男は疲れの色も見せず、その 申し出を喜んで受けた。鞍に飛び乗る前に彼は、それに乗って陸地まで漂い着いた例の樽を打ち砕いたが、思い出の よすがとでもいう風に、樽板を一枚懐に突っ込んだ。 狩りの間男は、さき ほ ど巧みな泳ぎ手として天賦の才を示したのに劣らず、 手 練 の弓の射手であるところを見せた。 侯は漸く森をあとにし、広野を越えて居城へと 足 で ︵ 1 1 ︶ 馬を駆ったが、途中数羽のこくまる鴉 ︵ 1 2 ︶ が上空を飛んで行くのを 目にし、これに放って捕らえるための鷹を携えて来なかったことに腹を立てた。未知の男は侯の腹膨るる思いに気づ くやいなやただちにこれを実行。つまり、海の馬として役立ってくれたあのお利口さんの樽の板をそっと抜き出すと、 空に投げ上げたのである。すると一羽の 兄 鷂 が ︵ 1 3 ︶ 侯の頭を越えて天高く舞い上がり、こくまる鴉に襲い掛かり、引っ 掴 んで舞い下がったが、狩人ではなくただ泳ぎ手の呼び声だけに従い、その手の上へ戻って来た。これには侯とその狩 猟隊全員が 殊 の 外 仰天した。この謎めいた男についてだれもが内心寸評を吐き、何人かは海神だとし、何人かは魔法 使いだとした。ウード自身は男の正体をどう考えたものやら分からなかったので、判断を保留したが、いずれにせよ、 尋常ならざるものを感じ取った。彼は男を賓客として宮殿に連れて来ると、善美を尽くしてもてなし、奥方の気立て の優しいエッダに引き合わせ、友人の一人だ、と紹介した。未知の男は、侯が彼について抱いた好意的評価をその立 ち居振る舞いで裏づけた。彼は雅やかな宮廷人で、多くの知識を持っていることが窺え、気の利いた手品の技の数数 を披露してご婦人がたを 娯 しませることができた。しかし、彼に示された善意と親切も、彼がしばしばもてなし役の 侯とともに空にした 歓 びの酒杯も、素性をあからさまに告げるよう、舌の 縛 めを解くわけには参らなかった。侯が 鋭く探り見ていると、ときたまこの客人が憂鬱を胸に秘めているのに気づかされた。上つ方の宮殿では、ホメロスの 描くオリュンポスの高みなる神神の集い ︵ 1 4 ︶ におけるのと同様似つかわしくない、この館の家庭的な至福をウードが彼に

(5)

目 の当たり見せつける折にはとりわけそうだった。こうした観察の結果侯には、このいわくありげな客が自分の妻に 対して心中に不純な恋の炎をはぐくむようになって、それを消すことができず、燃え上がるのを恐れているのではな いか、という疑念が 萌 した。猜疑心という胞子は、それが落ちたところで簡単に毒茸に成り、この毒茸は ほ んのちっ ちゃな原子がじめじめした夜にあっという間に成長して、完全な大きさに達するものだから、侯の妄想は急速に強ま ったが、それから解放されるのも同様にまた早かった。 あ る 日、 彼 が 訝 し い お 気 に 入 り と と もに馬で狩りに出かけ、 二人がたまたま 他の同勢と離れた時、 男は侯に近づいて こ う 告 げ た。 ﹁ 殿、 あ な た 様 は 難 船 者 に ご 憐 憫 を垂れてくださりました。 このご 仁 慈 に 感 謝 い た さ ず に は お ら れ ま せ ぬ。 海 浜 権 は て ま え を あ な た 様 に 隷 属 す る 身にいたしましたが、 あなた様は自由を お授けくださった。 てまえはこれを使わ せ て 戴 き、 故 郷 に 帰 ろ う、 と 存 じ ま す。 お 暇 乞 い を お 許 し く だ さ る 思 し 召 し で したら﹂ 。侯は答えた。 ﹁友よ、 そちはし た い よ う に す る こ と が で き る。 し た が、

(6)

そちの暇乞いはいかにも唐突だ。どうしてここを去らねばならぬのか言ってくれい﹂ 。﹁気に掛かるお疑いを感じます の で ﹂ と 未 知 の 男 ヴ ァ イ デ ヴ ー ト は 返 答。 ﹁ 殿 が て ま え に 抱 い て お ら れ ま す な。 こ の 胸 に 訊 ね ま し て も、 て ま え に は 何の罪もない、と申しますが。あなた様はてまえの憂鬱を誤解しておられます。これには思いもよられぬ理由のある こ と。 け れ ど、 お 隠 し い た す つ も り は ご ざ い ま せ ぬ。 そ れ を 聞 か せ よ、 と の 御 意 で あ ら せ ら れ ま す な ら ﹂。 ウ ー ド は この口上にびっくりした。人間の洞察力がひた隠しにしている胸の思いを見抜くことがどうして可能なのか、彼には 理 解 し 辛 か っ た。 と も あ れ、 で き る だ け う ま く こ の 窮 地 か ら 抜 け 出 そ う と し て、 こ う 言 っ た。 ﹁ な あ、 友 よ、 考 え と は 勝 手 気 侭 な も の。 私 は 妄 想 に 欺 か れ て い た の だ。 ま あ、 よ い。 そ ち は そ れ で 迷 惑 は 被 ら な か っ た。 最 上 の 弁 明 は そちのひそやかな憂鬱の原因を私に打ち明けることだ﹂ 。﹁よろしゅうございます﹂と友ヴァイデヴートが応じて﹁て まえは占星術を心得ております。あなた様のためにご運勢を星で占ってみましたところ、気がかりな異変が前途に待 ち構えている、と判断いたしました。てまえが憂鬱なわけはこれでございます。この件のもっと詳しい一部始終を、 とお望みなら、まあお聴きくださいまし﹂ 。﹁止めい﹂とウードは凶事の予言者の言葉を 遮 った。 ﹁そちの顔の星相か ら察するに吉兆ではないな。私の運命を思いやってくれるのには礼を申す。が、それを私に告げるのは控えてくれ。 自 分 の 良 く な い 星 回 り を も う 今 か ら 悩 み の 種 に し た く は な い ﹂。 占 星 術 師 は 口 を 噤 ん だ。 ウ ー ド は 真 の 友 情 を 抱 い て 彼を出立させ、たっぷり贈り物をした。そして男は、どの道を取ったか知られることなく、姿を消したのである。      ほ んの数箇月も経たぬうち、大陸から恐ろしい戦の 鬨 の声が起こった。メックレンブルク ︵ 1 5 ︶ を治めているオ ボ トリー ト人の王クルコが、ばらばらの諸侯領を再び王権と統合すべく、王家の封臣という 羈 絆を脱している全てのオ ボ トリ

(7)

ー ト の 部 族 に 対 す る 戦 に 赴 か ん と 軍 備 を 調 え て い る、 と の 噂 が し き り な の である。意に反することだったがウード侯は、 こうした外務に注意を払わね ば な ら な い、 と 考 え、 何 人 か の 間 諜 を 派 遣、 情 勢 が 事 実 そ の 通 り で あ る こ とを知った。嵐はまだ遠くで稲妻を光らせている段階だったが、 風向きはま ともに彼の島の方角で、 どう推量しても、 もう間もなく海を渡って吹き寄せ て来るはず。こうなるとなんともいい気分ではない。なる ほ ど、 彼はのしか かる心配を家来たちにはろくに感じさせなかった。怯える修道院長が、 熱心 に修道僧たちに聖歌を歌わせながら、 廃止命令書 ︵ 1 6 ︶ を携えた恐ろしい役人が修 道院の扉の外に立っているのではないか、 今上げているミサが最後なのでは ないか、 というひそかな懸念を、 先行き何も変わったことが起こらないかの ように、 配下の修道会士 ︵ 1 7 ︶ たちに悟らせぬがごとく。ウード侯はできる限り大 急ぎで軍備を調えたが、 彼の島を取り巻いている海洋という不確かな防御を まだ当てにしていた。けれども信頼の置けないこの元素 ︵ 1 8 ︶ は強い方に寝返りを打って、その広広とした背中の上に敵の 艦隊を乗せ、 己 の領邦君主の海岸にいそいそと運んだのである。 ずっと強大な敵軍と野戦で 対 峙 するわけには行かなかった侯は、城下町のアルコンで攻囲され、四十日間八方から 強襲を受けた。健気に防戦したものの、町は遂に陥落した。何もかも大混乱となったが、忠実な市民の勇敢な一団が 侯の周りに結束し、城門を押し開け、ダヴィデの英雄たちのように ︵ 1 9 ︶ 夜の闇の助けを借りて敵の陣営を突っ切り、岸辺 に 辿 りつき、そこに錨を下ろしていた一艘の小舟で沖合いに乗り出した。どこへ向かったものか心定まらぬまま。和

(8)

や か な 微 風 の ︵ 2 0 ︶ 息 吹 に 吹 か れ た 逃 亡 者 た ち に は、 あ と に し た 祖 国 の 山 並 み が 水 と も 空 と も 分 か ぬ 遥 か 彼 方 に し か 見 え なくなった。しかし、不幸な侯の泣き濡れた眼には、彼のものだった領土の海浜の形がじっと焼きついたままだった。 彼 は 支 配 権 の 喪 失 を、 愛 す る 妻 と、 そ の 優 し い 母 親 と 生 き 写 し で、 情 の 深 い 父 親 の 歓 び で あ る い と し い 乳 飲 み 子 と の別離 ほ どにはひどく嘆きはしなかった。町が征服された時、奥方とそのいたいけな愛のあかしとがいかなる運命に 襲われたのか、二人が戦利品として勝利者の獲物になったのか、残酷な敵の手で戦争の狂気の 生 贄 にされたのか、な んとも分からないので、絶望に陥っていた のである。侯は忠実な親衛兵が自分を血に 渇いた剣から救ってくれたことに大して恩 義 を 覚 え ず、 じ わ じ わ と 苛 む 苦 悩 に も は や責め立てられることのない戦死者たちこ そ幸せだ、と讃えた。 運命はこの不幸な君侯に共感さえ覚え、 苦悩に満ちた人生を終わらせたい、という 望みを叶えてやろう、との様子だった。突 如猛烈な 颶 風 が バ ルト海を 轟 っと吹き渡っ て来て、舟を 捉 えて 独 楽 のようにぐるぐる 回し、帆を引き裂き、 檣 を真っ 二 つに折 り、 舵 を打ち砕いた。哀れな 破 船 は高浪の

(9)

ため雲間まで持ち上 げられたかと思うと、深淵の底まで投げ落とされるのだった。そし てとうとう岩礁に烈しくぶち当たって完全に 木 っ 端 微塵になった。船乗りの決まり文句、 助かる者は助かれ、の声が上がった時、滅亡を早めよう、と心ひそかに喜び勇んで真っ 先 に 海 に 飛 び 込 ん だ の は ウ ー ド だ っ た。 し か し、 抗 い 難 い 力 が 意 に 反 し て 彼 を 深 み か ら引っ張り上げ、返す浪が気を失った彼を海岸に置き去りにした。気が付く と彼は、生 気を回復させようと励む一団の人人に囲まれていた。意識を取り戻して最初に目に入っ たのは未知の男ヴァイデヴートで、これが最も熱心にウードの命を死の門から呼び返そ うと夢中だった。こうした奉仕に礼を述べ る代わりに、侯は弱弱しい声と悲しげな身振 り で こ う 言 っ た。 ﹁ 残 酷 な 男 だ。 そ ち か ら か よ う な 仕 打 ち を 受 け る 道 理 が あ ろ う か。 そ ちは私を無理やり安息の岸辺から、今にも私の精神が免れるところであった苦しみの泥 沼 に突き戻した、私に憐れみを掛けてくれい。そして、波間に墓を見つけさせてく れい。 私が憧れ探している墓をな。そちの手とこの浜からそっと滑り落として、荒れ狂う海原 に投げ込むのだ。さすれば私はその手を恩人の手と思おうぞ。なにしろ私を大浪から救 った手は、不幸な者の呵責を長引かせるのを 惨 たらしく も目の保養と考える拷問者の手 なのだから﹂ 。 未知の男ヴァイデヴートはウードに優しく 手を差し伸べ 、穏やかな声音でこう言った。 ﹁ 殿 様、 ご 不 幸 は あ な た 様 を 千 鈞 の 重 み で 押 し 潰 し ま し た。 け れ ど も 不 撓 不 屈 の 男 子 た る者、これに打ちひしがれず、最後の力を振り絞って重荷を転がし落とし、再起の努力

(10)

をなさるべきです。死のうとのご決心をなさる前に、せめてお心に懸かることをかつてご友情に 相 応 しいとお考えに なられた男にお打ち明けください。そしてご心痛を同じように思い煩う者の存在を知るという慰めを拒絶なさいます な。 こ れ こ そ 悩 め る 人 の 癒 し で す か ら ﹂。 ﹁ あ あ ﹂ と 苦 悩 に 満 ち た 侯 は 答 え た。 ﹁ そ ち は 何 ゆ え、 こ の 身 の 不 幸 を 繰 り 返して語れ、と要求するのか。思い出すだに心は 千 千 に乱れるのに。強大な敵勢が領国を奪い取り、この身はいとし い妻を貞潔な愛のあかしなる可愛い乳飲み子もろとも失ったのだ。これで何もかも分かったであろう。そして、死を 見るよりも辛い命を棄てようとする私の決意に同意いたそう な ﹂。 う る さ い 慰 め 手 ︵ 2 1 ︶ が 応 じ て﹁ そ う し た こ と は 全 て、 て ま えがご運勢を占った時、星星が告げてくれました。そこでお 別れいたしました折、これが心に懸かってなりませなんだ。 けれど、あなた様の星相は再び吉に転じましょう。ですから 気 後 れあそばしますな。失くされたもの全部をたっぷり償う など、運命の意のままでござる。あなた様は若く元気なお方。 一 人 の 女 性 の こ と で 死 ぬ ほ ど お 嘆 き に な る ご 所 存 か。 お 望 みになりさえすればよろしいのです。そうすれば、お子ども 衆を産み、老後の世話をしてくれるご内室にご不自由なさる ことはありませぬ。そして幸運は気の向く相手には王冠と領 地をいくつでも恵んでくれるのではないでしょうか。至福の ためにご必要とあれば、幸運はまた一つあなた様に与えてく

(11)

れ ま す。 良 い 家 長 は 失 く し た 金 を 取 り 戻 そ う と 努 め る も の。 投 げ や り な 家 長 は ぶ つ ぶ つ ぼ や い て、 手 を 拱 き、 貧 乏 になるのです﹂ 。 ウード侯は深い悲しみに 昏 れて座り込み、海を眺め、この精神と心に対する哲学の中にろくすっぽ 核 も汁気も見出 さなかったが、友ヴァイデヴートは慰めるのを止めようとしなかったので、とうとう彼に 随 いて浜辺から ほ ど遠から ぬところにある船乗りの小屋に行くよう説得され、そこでこのもてなしの良い男が出してくれた食事を 摂 った。これ はおおかたありきたりの船乗りの食べ物だった。こうしてウードがリューゲン島の海岸で不思議な余所者を迎えた時、 彼について抱いた幻想的な考えは雲散霧消した。今や、この冒険家が魔法使いでも水神でもなく、予知能力を授かっ ている他は同類と変わった点は何も無い、そんじょそこらの海の男に過ぎないことが分かったわけ。だが、この能力、 普 通 は 故 郷 で は 認 め ら れ な い ︵ 2 2 ︶ も の。 そ こ で 彼 は 友 情 を 得 た こ と に 目 下 の 状 況 で は 大 し た 期 待 は し な か っ た。 に も 関 わ らず、できる限り以前自分に示された親切に報いようとする相手の熱心さは気に入った。 鄙 ぶりではあったが、強い 葡萄酒をなみなみと満たした歓迎の酒盃もちゃんと出された食事が終わると、甲斐甲斐しい 主 人 は疲れきった賓客に 臥 床 を指し示し、素晴らしい眠りがしばしなりとも客の苦しみを忘れさせてくれるよう祈った。 次の朝、ウードが目覚めると、自分がもはや船乗り 風 情 の小屋ではなくて、きらびやかな家具調度をしつらえた豪 奢な部屋にいるのに気付いてひどく驚いた。横たわっているのは壮麗な天蓋付き寝台の羽根布団の上。陽光が親しげ に多彩な 硝 子 を 嵌 めた高窓を通して挨拶をしてよこし、その慈悲深い輝きは侯の疲労 困 憊 した魂に再び新たな活力を 与えるかのように思われた。彼が起き上がるやいなや、立派な服装をした一群の召使が入って来て、なんなりとご用 命を、と 恭 しく指図を待った。最初に発した質問は当然ながら、ここはどこか、どうしてこの宮殿に連れて来られ たのか、この宮殿の持ち主はどなたか、だった。召使たちの返事。いらっしゃるのはヴィスワ河 ︵ 2 3 ︶ の ほ とりにある町ゲ

(12)

ダン︵ 3 ︶の王宮でございます。王宮の君主は強大王ヴァイデヴート︵ 4 ︶でいらせられます。 ウードは推量に反して、友人にして同盟者が実は琥珀海岸の王、と分かって驚いた。この王についてはかねてから 不思議な話を夥しく耳にしていたのだが、客として逗留させていた手品師のヴァイデヴートがこの君主その人だとは 夢 想 だ に し な か っ た の で あ る。 嬉 し い 狼 狽 か ら ま だ 立 ち 直 ら ぬ う ち に、 そ の 位 を 示 す 数 数 の 徴 を こ と ご と く 帯 び た 王が賓客を歓迎するため部屋に入って来て、この上もなく優しく抱擁した。 ﹁我が兄弟よ﹂と彼は言った。 ﹁ここがそ な た の 所 領 だ と 思 う て く だ さ れ い。 そ な た か ら 受 け た 友 誼 に 応 え る 機 会 を 得 て、 私 は 嬉 し い ﹂。 ウ ー ド は こ の 不 意 打 ちに少なからず慌てふためいた。自分が取るに足らぬ私人としてもてなした国王に君侯として迎えられたわけだが、 ああした礼式違反も陛下が厳しくお忍びを励行したからだ、と是認するのにやぶさかではなかった。打ちのめされた 客人の悲しい物思いを吹き払い、紛らわせるために、ヴァイデヴートは、自分がリューゲン島の海岸に上陸した折、 侯が聞き出したいと思ったのに、好奇心を満足させてもらえなかった事の 顛 末 をことごとく解き明かした。 ﹁ 私 が 国 外 に 出 掛 け た 理 由 は ﹂ と 王 は 言 っ た。 ﹁ 人 間 学 に 携 わ り、 異 郷 に 棲 む 民 族 の 風 俗 習 慣 を 観 察 し て、 そ れ に よ って教訓を得、自分に磨きを掛けるため。また 併 せて、妻探しの目的で、その国の娘たちを吟味いたすためであった のも否定はいたさぬ。ブリタニアの東アンゲル族の王の息女エルフリーデは美しく徳高い、とだれかが私に褒めたこ とがあります。そこで私は、供回りの者たちと姫君に贈る進物をそこへ運ぶために、船を一艘艤装しました。この身 だけのためなら船など要りはしませんでしたが。私は遥かに安全かつ快適に旅行する方法を心得ているので。そなた の島の付近で私は嵐に襲われ、乗船を失ったが、こうした痛手から立ち直るのは容易でした。颶風の間に、遭難者た ちに助力の手を差し伸べようとしている海岸でのそなたの行動に気づいたのですが、私はこうした人間性が気に入り、 そなたと知己になろうと心動かされました。そなたが与えてくれたもてなしは私の心を掴みました。これがかなり長

(13)

いことそなたの島に逗留した理由。反面そなたの逃れ得ない運命を予知したので気が沈んでなりませなんだ。これが 島を去った理由。こうした運勢の変化があらかじめ宿命の予定表に書き付けられておらなんだら、私は全力を尽くし てそなたを守護いたしたのだが。そなたの許から私はイングランドへ嫁探しに赴いたが、時既に遅し。麗しのエルフ リーデにははや心を決めた相手がおりました。私は慎み深いので、その初恋の邪魔をする気にはなれませんでした。 あるいは、我侭過ぎる気質ゆえ、もう熱い炎に焦がされてしまった心を欲しがる気にはなれなかった、と申すべきか も。帰路私はそなたの征服者クルコ王の宮廷を訪ね、そこで彼の息女、オビッツァ姫に会いました。またと無く愛ら し い 少 女 な の だ が、 恋 を 受 け つ け な い 性 分。 そ し て 私 の 方 は と い え ば あ ま り に も 誇 り が 高 く、 蔑 ま れ た ら 返 報 せ ず にはおきませぬ。それゆえ愚行を犯さないよう用心して、情熱を抑えたのです。もし、情に流されていたら、両国の 平和が乱れたことでありましょう﹂ 。 ウードは、友人に王位を与えた幸運が、恋の愉しみを控えめに味わうのにちょいとでも手を貸そうとしない様子な のが、どうしてだか理解できなかった。牧人や 車 力 なんぞには気前良くそうしてやるのが普通なのに。彼がまだ独身 生活をしているのは明らかに自分が悪いからではないらしい。そこでこの謎を解くことはできない、と相手に白状せ ざ る を 得 な か っ た。 ヴ ァ イ デ ヴ ー ト 王 は そ れ に つ い て 腹 蔵 な く こ ん な 説 明 を し た。 ﹁ そ な た に は 秘 密 で は な い が、 私 は未来を覗く能力を授かっている。そなたたち他の人は当たり 籤 か空籤か分からぬまま 闇 雲 に籤を引きますね。けれ ど私は結婚相手を選ぶ際に運勢に助言を求める。そして自分に得が行かないと見て取ると、その甘い喜びをあとで後 悔という苦い憂愁の味が台無しにしてしまうようなまやかしの恋を見合わせてしまう。最も素晴らしい見込みが最も あてにならないもの。もし恋人たちが将来降りかかる恐ろしい悲運を星占いで知ることができれば、 新 床 に入ろうと いう花嫁はごく僅か、好い歳をした独身男は 蝗 の大群が空を 蔽 うごとしで、 天 日 ために暗し、となろうね﹂ 。ウード

(14)

は主人とのこの談話を次のようなためになる忠告をして締め 括 った。結婚相手を選ぶ際には片目を 瞑 ること。鷲の目 で未来の 面 紗 を剥がすのでなく、花嫁の面紗を剥がす方が増しだということ。全ての結婚有資格者がこうした手順に 従えば、と彼は付け加えた。独身男どもが蝗の群れになるんじゃないか、と心配なさるには及びません、と。琥珀海 岸の王はこの助言を傾聴、遠くで見つからなかったものを近くで探し、ある土地っ子の娘と心と玉座を 頒 かち、運を 天に任せて結局良い籤を引き当てた。そして結婚の幸せを末永く楽しみ、憂愁の味などあとに残ることはなかった。      兄弟の交わりを結んだ君主が貴賓の愁眉を開こうとどんなに 心を砕いても、その 懊 悩 を紛らわせることはできなかった。ウ ードはしょっちゅう物思いに耽り悲しんでいた。妻の面影がひ っきりなしに目の前に 揺 曳 するので、予知者の王に彼女の運命 を折折訊ねずにはいられない。こちらは事前の配慮で友を避け るようにしていたが、希望と危惧の間で気持ちがゆらゆらする のは事実を突きつけられるより却って辛い、と賢明にも考え、 やいのやいのとせがむ侯に遂にそれ以上抗えなくなった。吉報 は持ち合わせていないので、余儀なく常套句を用いることにし て、 こ う 口 を 切 っ た も の。 ﹁ 傷 つ い た 神 経 は 真 っ 二 つ に 切 ら れ る時よりも激しく痛む。押し潰された手足は病んだ胴体から切

(15)

り離される時より大きい苦痛を生むもの。だから話そう、兄弟よ。そなたの奥方はそなたとの別離の苦悩に耐えられ なかった。彼女の霊は、そなたがこの地に 足 跡 を記さぬうちに私の周りに漂うていた。ヴァルハラ︵ 5 ︶でまた逢え ようぞ。町が敵の手に落ちた、と知らされた時、彼女はそなた愛用の酒盃で愛の 名 残 りの一杯を飲んだのだが、これ には効き目の強い毒が混ぜてあった。と申すのも、傲慢な敵の奴隷の枷を掛けられることなど、君侯の奥方として似 つかわしくない、と考えたのでなあ﹂ 。 愛する妻を失った、と聞かされて、ウードは高い悲嘆の叫びを挙げ、七日間自室に籠もり、泣いて彼女を悼んだ。 しかし八日目になると、三月の霧に 鎖 されて谷間に消えた太陽がまた昇った時のように、晴れやかで陽気な面持ちで そこから出て来た。今やあらゆる恨みつらみは胸から根絶やしにされ、感覚は広い世界に向かって開かれ、運命にこ うも苛酷に迫害されたあとで、この移り気な女神が再び彼を、色好い目つきで見るに相応しい、と思うかどうか試そ うとした。 こ う し た 抱 負 を 彼 は 親 友 に 吐 露 し、 親 友 は そ れ に 反 対 し な か っ た。 ヴ ァ イ デ ヴ ー ト 王 は 言 っ た。 ﹁ 私 は そ な た に ご 身分にかなった幸せを差し上げることはできない。そなたは何人にも従属することのない君侯として生を 享 けた。そ うした君侯として生き、そしてできれば領地を取り戻すのがやはり当を得ている。星回りはそなたを 厭 うてはおらぬ。 そなたの不幸の発祥の地で幸運がそなたを待ち設けているのだ﹂ 。ウード侯が 出 立 の準備に取り掛かると、ヴァイデ ヴート王は用意おさおさ怠りなく、この上もなく堂堂とした旅支度を調えてやった。 訣 別 の日が近づくと、王は素晴 らしい饗宴を催した。これには王国の貴顕がことごとく招かれ、九日もの間さまざまの楽しみ事がとっかえひっかえ 続いた。最後の日、王は人人から離れて奥まった部屋に 客 人 を案内し、 名 残 りを惜しんでもろともに親密な友情の酒 盃を飲み干し、葡萄酒が額と胸を 温 め、 虚 心坦懐 さが舌の枷を 弛 めると、 主 は客の手を握ってこう語った。

(16)

﹁ 兄 弟 よ、 別 れ る 前 に 今 一 つ。 私 の こ の 指 環 を 正 真 正 銘 の 友 情 の あ か し と し て 受 け て く れ い。 こ れ は あ げ て し ま う 贈り物ではない。そなたを見込んで預ける宝なのだ。必要とする限りそなたの役に立とう。同時にある秘密を聴いて 欲しい。私がそなたに何もかも打ち明けていることをそのことから知ってもらいたい。世の中の者は皆私を大魔法使 いだと思っている。私は魔法など母胎から産まれたての赤子 ほ どしか心得ておらぬ。しかし、そなたも知らずにはい られまいが、持ってもいない特性がある、と信じ込まれるのは王侯の宿命。星辰を読み取って予知する力は授かって いる。しかし、私の魔法は 悉 皆 この指環が頼りなのだ。これを臨終の折私に贈ってくれたのは友であったさる賢者で な。小さな気転の利く精霊が指環の石の水晶に閉じ込められていて、指環の持ち主がそうさせたいと願うどんな形で も取ることができる。邪気はなく、すばしこく、献身的で、忠実だ。空き樽の姿に化けて私をそなたの島の岸辺に運 んでくれたのはこやつなのさ。樽から抜いた板の中にひそんで、私がそなたの座興までに羽根を生やすと、兄鷂にな ってこくまる鴉どもを取り、私の手に戻って来て、私が手に乗せたままそなたの居城へ連れて参ったな。こやつ、い ろいろなおどけでそなたの宮廷を愉しませ、お蔭で私は、巧みな手品使いだ、と評判になった。軽い小舟の姿で、そ なたの島から海を越えてイングランドへ私を運び、そこからまたメックレンブルクの海岸に連れ戻しもしてくれた。 あそこで私はこやつを翼の生えた駒に変えた。するとこやつはその背に私を乗せてのんびりと自国に連れ帰った。ま た隠しておくつもりもないが、私にそなたの運命について知らせをよこした忠実な間諜役を務めたのはこやつさ。私 の 言 い つ け で こ や つ は 暖 か い 微 風 に な っ て そ な た の 小 舟 を 琥 珀 海 岸 に 導 き、 颶 風 が 舟 を 打 ち 砕 い た の で、 そ な た を 浪間から浜辺へ引き上げたのだし、そなたが眠ってしまうと、肩に担いでこの宮殿へ運んで来もした。 たとえ領国の半ばに値する金を積まれようと、この働き者の精霊を売る気にはなるまい。したが、私はそなたをこ よなく愛して抱擁する身、それゆえそなたを信頼して暫時これをお貸しいたす所存。して、もはやご入用でなくなっ

(17)

たら、指環を嘴に 咥 えた兄鷂の姿で私の許に 翔 び返らせて戴きたい。奉仕のため指環から精霊を召喚したい時は、指 に 嵌 めた指環を三回右へ廻すのだ。すぐさまやつは外へ出て、そなたの指図をやってのけようとするだろう。さてま た指環を三回左へ廻せば、精霊は 住 処 の水晶に戻る﹂ 。ウード侯はこの友情のあかしを 衷 心 から礼を述べて手に取り、 指環を眺めた。透き通った水晶の中に濁ったちいさな染みが見えたが、想像力が掻き立てられると、月面の 隈 が背中 に 粗 朶 を 担 った男の姿になる ︵ 2 4 ︶ ように、この染みが、二本の角を生やし、 鉤 爪 と尻尾を持ち、馬の脚をした小悪魔 ︵ 2 5 ︶ に見 えてならなかった。 ウードは、彼の予言者ヨナタンと ︵ 2 6 ︶ この上もなく情細やかに別れを惜しんでから、友の意見に従い、真っ直ぐメック レンブルクに道を取った。健やかな人知︹良識︺の解釈学は彼の不幸の発祥の地についてこれ以上適切ならざる解釈 をすることはできなかったろう。 侯は同地で極めて厳しい微行を守ることを決心、自分の征服者の居城で大幸運に恵まれるとは自分でも信じられな いと思えたが、そのことはいつまでもなにくれと思い煩わず、この問題の解決を 刻 と成り行きに委ねた。メックレン ブ ル ク の 町 は オ ボ ト リ ー ト 人 の 王 国 の 首 都 で 彼 ら の 君 主 の 居 住 地 だ っ た。 こ れ は 大 き さ と 人 口 に 鑑 み る と、 ヨ ー ロ ッパの バ グダードあるいはカイロともいうべき存在だった ︵ 2 7 ︶ 。あるいはむしろ、ドイツのロンドン、パリにたとえた方 が よ い か も 知 れ な い︵ 6 ︶。 ク ル コ は こ の 町 を そ の 規 模 と 繁 栄 の 頂 点 に 押 し 上 げ て い た。 彼 は こ こ に き ら び や か な 宮 廷を開き、権勢下に収めた征服された諸侯や封臣を移住させたのである。彼は弱者に対する強者の権利に基づいて、 王 国 の 四 境 を 栄 光 に 満 ち 満 ち て 押 し 拡 げ、 オ ボ ト リ ー ト 人 の 全 部 族 を そ の 王 笏 に ま つ ろ わ せ 終 わ っ て い た。 に も 関 わらず彼の歓びは完全無欠ではなかった。男系の王国相続人がいなかったからである。彼の一人娘のオビッツァ姫は 王位を継ぐことができなかった。というのは、当時北方諸民族は全てサリカ法典 ︵ 2 8 ︶ に従っていたからである。さはさり

(18)

ながら王は、代代の支配権を自分の血統で継続させる手立てを案出した、と思い、国事勅書によって、息女がどこの 君侯に嫁ごうとも、その長男を王位継承者として引き取る、と定めた。だが王女は、その天与の魅力にも関わらず、 異性に対してなんとも抑え難い反感を覚えるという、ご婦人には滅多にない欠点を持っていて、極めて輝かしい縁談 をこれまでいくつも撥ねつけて来た。父親は娘を限りなく優しく愛しており、王侯の姫君のしきたりに 倣 い愛を国務 と心得てこれを遂行するよう、彼女に強制するつもりはなかったので、娘が恋を心に懸かる切ない物思いとし、恋愛 で夫を選んでくれれば、と望むのが 精 精 。でも、乙女はこうした願いも叶えてくれようとはしなかったのである。ま だその潮時が来ていなかったのか、それとも、母なる自然が、その魅力ある娘たちに対ししばしばまこと惜しげもな く降り注ぐあの甘美な気持ちを、オビッツァには全く与えなかったのか。 そうこうするうち父親クルコの忍耐はことごとく擦り切れた。王位継承者に窮した彼は、どんな求婚者にも、運試 しをして、麗しのオビッツァの心を射止める権利を与えざるを得ない、と考え、征服者にはリューゲン侯国を褒賞と して約束した。この餌は、無情なオビッツァの心を突撃しに来た夥しいあわよくば 連 を四方八方からメックレンブル クにおびき寄せた。だれもが皆宮廷で手厚いもてなしを受け、王女は父親の言い付けで立ち入りを拒めなかった。も し哲学的観察者が居合わせたら、たくさんの伊達男どもが繰り広げる作戦の覗き見は、まことにこの上もなく変化に 富んだ芝居見物となったことだろう。この連中、濃密な気圏が彗星をもやもやと押し包むように乙女を取り巻き、銘 銘が自分独自の方法で難攻不落の彼女の心を我が物にしようと懸命だった。ある者たちは、こっそり胸の中に忍び込 も う、 哀 訴 嘆 願 し て 潜 り 込 も う、 ち ょ ろ り と 滑 り 込 も う、 あ る い は 媚 び 諂 っ て も の に し よ う、 と の 魂 胆。 ま た、 あ る者たちは激しく熱烈に最初の勝負ですぐに獲得しようとがむしゃらにとってかかる。しかし、こうしたたわけた行 動は王女の男嫌いを強め、異性に対する蔑みを増すのが関の山。そこで彼女に感銘を与えるようなエンデュミオン ︵ 2 9 ︶ は

(19)

あらばこそ。 ウードはこうしたへんてこりんな時期にメックレンブルクに到着した。何と名乗って宮廷に出頭したものか途方に 暮れた彼は、求婚者部隊に加わった。なる ほ ど、よりにもよって自分の侯国が懸賞問題の褒賞として提供されている のに注意を引かされたが、こんな遣りかたで失った所領をまた取り返そうなどという考えは浮かばなかった。そうこ うするうち彼は姫に会った。ひと目見た彼女の姿は案に相違して彼の魂を 恍 惚 とさせ、何かこう居ても立ってもいら れない気持ちで眠るのもままならず、ぼんやりと物思いに耽るようになり、まどろみに現れる幻想には全てメックレ ンブルクの宮廷の 典 雅優美の女神 の ︵ 3 0 ︶ 面影が混ざり込んで来るのだった。そこで間もなく彼は、琥珀海岸で自分を深淵 から引っ張り上げたのと同じ抗い難い力が我が身を姫に引き 付けているのだ、と気づいた。けれども姫には自分を取り巻 く求婚者部隊の 有 象 無 象 の中にいる彼の存在を認める様子は なかった。 これまでウードは友ヴァイデヴートの 餞 別 をどう使ったも のやら分からなかったが、今やお役に立とうと待ち構えてい る精霊に仕事を与えてみよう、と思いついた。彼は精霊をか つて 恋 愛詩人 ヤコービ ︵ 3 1 ︶ の脳裡に浮かんだうちで最も愛らしい 愛 神 に変身させ、これを黄金の小さな針箱に封じ、箱を開く 女 性 に 愛 神 の あ ら ゆ る 職 務 を 行 使 し て こ ち ら に 利 を 齎 す よ う計らえ、と適確な指図をした。

(20)

あ る 爽 や か な 宵 の こ と、 王 の 遊 苑 で 宮 廷 の 宴 が 催 さ れ た。 小 さ な 旋 風 が 起 こ っ て、 姫 の 面 紗 を 乱 し た。 姫 は そ れ をちゃんと留めるために、針が欲しい、と言った。ウード侯はすぐさま傍に駆けつけ、彼女の前に片膝をつき、とか く評判の悪いあの昔のパンドラの箱 ︵ 3 2 ︶ のように油断のならない贈り物が封じ込められている例の黄金の箱を差し出した。 王 女 が 露 疑 う こ と な く 蓋 を 開 く と、 精 霊 ア モ ー ル が 彼 女 の 胸 に す る り と 潜 り 込 み、 黄 金 の 鏃 の 矢 で 傷 つ け た。 ウ ー ドは、この企ての首尾やいかに、と不安で堪らず、すぐに遠ざかった次第。 次の日彼は、つれない姫の美しい目が彼女を競う 戦 士 た ︵ 3 3 ︶ ちの群れの中から自分の姿を探しているのに気付いて驚 いた。三日目、物事に抜かりのない ば あや が ︵ 3 4 ︶ 、お仕えするお嬢様の胸の中で、だれだか分からない騎士に好いことが ある 兆 候 だが、何かがふつふつと沸き立ち始めたのを悟った。四日目になると、もう宮廷 中がこの突拍子もない現象を声高に話題にする。王はと言えば、内密にそれについての 報 せを受け取って殊の外ご満悦、自分が打って置いた賢明な手がこうも見事な効果をあらわ した幸運をこと ほ ぎ、寸刻もためらわず、はにかむオビッツァに彼女の切ない物思いを問 い 質 した。するとこちらはもうどうしようもなくなっていたので、面紗で顔を 蔽 うとその 蔭に隠れて、お名前を存じ上げぬ騎士様がわらわの心を掴んでおしまいになられました、 と余すところなく打ち明ける。 全宮廷が仰天したことだが、ウードは名無しの男のままで王の手から姫を授けられた。 婚礼がきちんと執り行われてから初めて彼は、優しい花嫁の喜色満面の父親から、そなた の地位と出自はどのようなものかの、と訊かれた。そこでウードはもう憚ることなく相手 にありのままを語った。クルコはリューゲン島の侯に加えられた非違をたっぷりと利子を

(21)

付けて償う機会を得たことを大いに喜んだ。とは申せ、ウードは王位継承者が産まれるまでまだ宮廷に留まっていな ければならなかった。父クルコは素晴らしい男の子を娘の両手から満足しきって受け取ると、婿殿に以前の所領を返 還。もはや精霊を必要としなくなった侯は、取り決め通り嘴に指環を咥えた兄鷂の姿に変え、友情篤いその持ち主の 許に絶大な感謝を籠めて送り返したのである。 それからというもの愛神になった精霊はさらに少なからぬ縁結びをしたのだが、ウード侯とメックレンブルク王女 である心優しきオビッツァ姫との結婚 ほ どには成功を収めなかった。なにせ、その後この精霊がお仲人役を務めても、 一 緒 に し て や っ た 情 細 や か な 夫 婦 が、 や が て な に や ら 派 手 な 家 庭 紛 争 を お っ 始 め て か っ か と す る と、 こ ん な 風 に す ぐ遠慮会釈なく愚痴をぶちまけるのがしょっちゅうだったものだから。私たちを縁組させたのは悪魔だったんだあ、 ってね。    原注 ︵ 1 ︶ 海 原 に呑み込まれる   一三〇九年のこと。 ︵ 2 ︶ブルッツィア Bruzzia.   昔プロイセン ︵ 3 5 ︶ はこう呼ばれていた。 ︵ 3 ︶ゲダン Gedan.   ダンツィヒ ︵ 3 6 ︶ の古名。ラテン語の名称ゲダーヌム Gedanum に拠る ︵ 3 7 ︶ 。 ︵ 4 ︶ ヴ ァ イ デ ヴ ー ト Weidewuth.   プ ロ イ セ ン に 住 ん で い た ヴ ェ ン ド 人 ︵ 3 8 ︶ の 古 王 の 名。 民 族 の 言 葉 で は ヴ ィ ッ テ ヴ ル フ Wittewulf 。 伝 承 に よ れ ば 偉 大 な魔法使いであり、プロイセンの諸地方の名称はその十二人の息子に 因 んでいる、とのこと。 ︵ 5 ︶ヴァルハラ Valhala. ︵ 3 9 ︶   英雄や善良な人人が死ぬと霊魂はここに留まる。古代北方諸民族の天国。 ︵ 6 ︶ こ れ は 大 き さ と 人 口 に 鑑 み る と ⋮⋮ よ い か も 知 れ な い  こ れ は メ ッ ク レ ン ブ ル ク の 町 の ギ リ シ ャ 語 名 称 メ ガ ロ ポ リ ス ︵ 4 0 ︶ を 確 証 し て い る よ う で ある。その後この町からこの地方は名を継承したのである。

(22)

   訳注 ︵ 1 ︶ 愛 神 に な っ た 精 霊 Dämon Amor.   Amor は ド イ ツ 語 で は ア ー モ ル、 ま た は ア ー モ ー ル だ が、 ラ テ ン 語 で は ア モ ー ル に 近 い の で、 こ ち ら を 片 仮 名 表 記 に 採 用 し た。 ラ テ ン 語 ア モ ー ル amor は 愛。 ロ ー マ 神 話 で は 愛 の 神。 ロ ー マ 神 話 で は ま た ク ピ ー ド ー Cupido ︵ 欲 望 ︶ と も 言 う。 ギ リ シ ア 神 話 の エ ロ ス に 相 当 す る。 エ ロ ス も 愛︵ 性 愛 ︶、 あ る い は 恋 を 意 味 し、 そ の ま ま 神 名 と も な っ て い る。 こ れ は 強 大 な 神 格 で あ る が、 そ れ だ け に エ ロ ス の 出 自 は さ ま ざ ま に 説 明 さ れ る。 古 典 期︵ 紀 元 前 五 世 紀 ︶ 以 降 は 美 の 女 神 ア プ ロ デ ィ ー テ︵ ロ ー マ 神 話 の ウ ェ ヌ ス ︶ の 息 子 と す る こ と が 多 く な っ た。 青 年 に 近 い 美 し い 少 年 と し て 描 か れ る が、 ア レ ク サ ン ド リ ア 文 学 か ら 後 代 に 掛 け て は、 背 中 に 翼 を 生 や し、 弓 を 携 え、 箙 を 肩 に 掛 け た、 丸 裸 で 悪 戯 な 幼 い 少 年 と し て 登 場 す る の が 普 通。 箙 に 挿 し た 矢 に は 黄 金 の 鏃 と 鉛 の 鏃 の 二 種 類 が あ り、 黄 金 の 鏃 が 付 い た 矢 で 射 ら れ た 者 は 人 へ の 恋 の 炎 に 身 を 焦 が し、 鉛 の 鏃 が 中 っ た 者 は 人 が 厭 わ し く 思 え て な ら な く な る。 こ の 物 語 で は、 指 環 に 閉 じ 込 め ら れ て 指 環 の 所 有 者 が命じるままに魔力を発揮する精霊 ︹古代ギリシアや中近東の説話では神と人間との中間的存在として活躍︺ がアモールの役目を務める。 ﹃千一 夜 物 語 ﹄ の﹁ ア ラ デ ィ ン、 あ る い は 魔 法 の ラ ン プ ﹂ に は、 お 馴 染 み の ラ ン プ の 精 霊︵ 魔 神 ︶ の 他 に 指 環 の 奴 隷 が、 ﹁ 靴 直 し の マ ア ル フ と そ の 妻 フ ァ テ ィ マ ー﹂ に も 同 様 の 精 霊 が 出 て 来 る。 ム ゼ ー ウ ス が 読 み 得 た で あ ろ う、 ﹃ 千 一 夜 物 語 ﹄ を 初 め て ヨ ー ロ ッ パ に 紹 介 し た フ ラ ン ス 語 訳 の ガ ラ ン Galland 版︵ 一 七 〇 四 ― 一 七 ︶ ― ― あ る い は ガ ラ ン 版 の ド イ ツ 語 訳 版︹ 最 も 古 い 版 は 一 七 一 一 年 と 一 九 年、 次 の 版 は 一 七 八 一 ― 八 五 年 ︺ ― ― には後者は入っていないが、前者は入っている。 ︵ 2 ︶北の 大 海 嘯  一三〇九年の大海嘯でリューゲン島のうちルーデン Ruden と呼ばれていた部分は海に呑み込まれた。 ︵ 3 ︶ ポ ン メ ル ン Pommern.   バ ル ト 海 に 面 す る 旧 ド イ ツ 領 の 地 方 名。 第 二 次 世 界 大 戦 後 バ ル ト 海 に 注 ぐ オ ー ダ ー 川 以 西 は ド イ ツ︵ 当 時 東 ド イ ツ ︶ 領、以東はポーランド領となった。 ︵ 4 ︶ リ ュ ー ゲ ン 島 Insel Rügen.   ド イ ツ 最 大 の 島。 面 積 九 二 六、 四 平 方 キ ロ。 バ ル ト 海 の ポ ン メ ル ン 沿 岸 に あ る。 狭 隘 な ス ト レ ー ラ 海 峡 に よ っ て 大 陸 と 隔 て ら れ て い る。 リ ュ ー ゲ ン 島 に は 最 古 ゲ ル マ ン 人 が 居 住 し て い た が、 民 族 大 移 動 の 折 ス ラ ヴ 人 に 占 有 さ れ、 独 自 の 君 侯 に 治 め ら れ て い た。 一 一 六 八 年 デ ン マ ー ク の 統 治 下 に 入 る。 そ う こ う す る う ち 完 全 に ド イ ツ 系 が 定 住 す る よ う に な っ て い た 島 は、 一 二 二 一 年 に 締 結 さ れ た 相 互 相 続 契 約 に 基 づ き、 一 三 二 五 年 ポ ン メ ル ン = ヴ ォ ル ガ ス ト に 属 し、 一 四 七 八 年 ポ ン メ ル ン と 統 合、 一 六 四 八 年 ス ウ ェ ー デ ン 王 国、 次 い で 一八一五年プロイセン王国の手に落ちる。美しい観光地、のどかな保養地として人気が高い。 ︵ 5 ︶ オ ボ ト リ ー ト 人 Obotliten.   今 日 の ホ ル シ ュ タ イ ン と メ ッ ク レ ン ブ ル ク に 住 ん で い た ス ラ ヴ 系 の 種 族。 ザ ク セ ン 戦 争 で 彼 ら が 支 援 し た カ ー ル 大 帝︵ = シ ャ ル ル マ ー ニ ュ︶ に 自 主 独 立 を 承 認 さ れ た が、 の ち に フ ラ ン ク 王 国 か ら 疎 外 さ れ た。 一 一 七 〇 年 バ イ エ ル ン と ザ ク セ ン の 君 主 ハ イ ン リ ヒ 獅 子 公︵ 一 一 二 九 ― 一 一 九 五 ︶ に よ っ て ド イ ツ 文 化 と キ リ ス ト 教 に 引 き 戻 さ れ た。 ハ イ ン リ ヒ は ポ ン メ ル ン と メ ク レ ン ブ ル ク を 征 服、 リ ュ ベックを建設、東方におけるドイツ人の殖民に 尽 瘁 したのである。

(23)

︵ 6 ︶ ア ル コ ン Arcon.   リ ュ ー ゲ ン 島 の 北 端︵ ヴ ィ ト ヴ 半 島 ︶、 四 六 メ ー タ ー の 高 さ の 白 亜 の 岩 を ア ル コ ナ 岬 Kap Arkona と 言 う。 極 め て 有 名。 現 在 灯 台 と 牧 歌 的 な 漁 村 ヴ ィ ッ ト が あ る。 か つ て こ こ に は ス ラ ヴ 人 の 城 塞 ウ ル カ ン Urkan と 北 ド イ ツ に 居 住 す る ス ラ ヴ 人 最 大 最 後 の 聖 域 ス ヴ ァ ン テ ヴ ィ ト Swantewit が あ っ た。 こ れ ら は 一 一 六 八 年 デ ン マ ー ク 王 ワ ル デ マ ー ル 一 世 に よ っ て 破 壊 さ れ た。 城 塞 の 遺 構 は い わ ゆ る﹁ 城 の 輪 ﹂、 ﹁ 壁 ﹂で、アルコナの陸寄りにある一八 ― 二五メーターの城壁。ドイツにおけるスラヴ文化史の 一 齣 を語る。 ︵ 7 ︶ 二 つ の 当 て に な ら な い 元 素  水 と 風。 こ れ に 火 と 地 が 加 わ っ て﹁ 四 大 ﹂︵ 地・ 水・ 火・ 風 ︶ と な る。 一 切 の 物 体 を 構 成 す る、 と 考 え ら れ た 四 元素。 ︵ 8 ︶ 海 浜 権 に 照 ら し て 奴 隷 の 身 と さ れ た  あ る 土 地 で 遭 難 し た 難 破 船 の 船 体、 積 荷、 乗 客 は、 浜 に 打 ち 上 げ ら れ た 鯨︵ 寄 せ 鯨 ︶ な ど と 同 様、 そ の 土地を支配する最高権力者の所有に帰する、という中世の慣習法を示唆している。 ︵ 9 ︶未知の男ヴァイデムート

Weidemuth der Unbekannte.

  原注︵ 4︶参照。 ︵ 10︶ 琥 珀 海岸   バ ルト海沿岸には バ ルト海の海底にある琥珀が豊富に打ち上げられる。 ︵ 11︶ 足  馬が前脚を高く上げてやや早足に歩むこと。 速 歩 。 ︵ 12︶ こ く ま る 鴉 Dohle. 鴉 の 一 種。 体 長 三 三 セ ン チ、 翼 長 六 五 セ ン チ。 短 く 強 い 嘴 を 持 つ。 ヨ ー ロ ッ パ 全 土 に 棲 息。 野 原 の 雑 木 林 や 町 の 塔 に 巣 を 作る。 ︵ 13︶ 兄 鷂 Sperber.   鷲鷹目の鳥。色彩などは大鷹に似るが、ずっと小さい。鷹狩りに用いられた。雄を兄鷂、雌を 鷂 と言う。 ︵ 14︶ ホ メ ロ ス の 描 く オ リ ュ ン ポ ス の 高 み な る 神 神 の 集 い  古 代 ギ リ シ ア の 伝 説 的 大 詩 人 ホ メ ロ ス に よ れ ば、 ギ リ シ ア 神 話 の 大 神 ゼ ウ ス を 初 め 枢 要 な 神 神 は、 ギ リ シ ア 最 北 部 テ ッ サ リ ア の オ リ ュ ン ポ ス 山 の 頂 上 の 宮 殿 で、 絶 え る こ と の な い 饗 宴 を 開 い て い る と の こ と。 そ の 食 べ 物 を ア ン ブ ロ シア、その飲み物をネクタルという。 ︵ 15︶ メ ッ ク レ ン ブ ル ク Mecklenburg.   北 ド イ ツ 低 地 の 一 部 の 名 称。 紀 元 一 世 紀 に は ゲ ル マ ン の 諸 部 族 が 居 住 し て い た が、 六 世 紀 に は ス ラ ヴ 系 の オ ボ トリート人、ヴィルツ人、レダリーア人に占有される。しかし、ここでは町の名とされている。 ︵ 16︶廃止命令書   オーストリア皇帝ヨーゼフ二世 Kaiser Joseph II. von Österreich. ︵一七四一 ― 一七九〇。マリア・テレジアとフランツ一世の長 男。 神 聖 ロ ー マ 帝 国 皇 帝 ︶ は、 一 七 八 〇 年 そ れ ま で 共 同 統 治 者 だ っ た 母 マ リ ア・ テ レ ジ ア が 死 ぬ と、 た だ ち に 諸 改 革 を 遂 行 し 始 め た。 一 七 八 一 年 教 会 政 治 面 で の 改 革 を 開 始、 一 七 八 一 年 十 月 二 十 日 宗 教 寛 容 令 を 発 布、 い く つ か の 修 道 院 の 廃 止、 そ の 資 産 の 没 収、 宗 教 基 金 の 創 設 を 命 じ た。 そ の 際 ロ ー マ ン・ カ ト リ ッ ク の 国 家 教 会 と い う 概 念 を 保 持 し は し た が、 そ の 措 置 は 憎 悪 と 反 抗 を 引 き 起 こ し た。 し か し、 結 局 彼 の 治 世 の 間 約 六千もの修道院が閉鎖され、その財産は国有化された。 ︵ 17︶修道会士   修道院の集会における出席権と議決権を持つ修道士。

(24)

︵ 18︶信頼の置けないこの元素   四大︵注 7参照︶の一つである水。 ︵ 19︶ ダ ヴ ィ デ の 英 雄 た ち の よ う に  旧 約 聖 書 サ ム エ ル 前 書 二 十 六 章 六 節 以 降 に あ る 物 語 の こ と で あ ろ う。 イ ス ラ エ ル の 王 サ ウ ル の 憎 し み を 受 け、 追 討 さ れ そ う に な っ た ダ ヴ ィ デ は、 部 下 ア ビ シ ャ イ を 一 人 連 れ た だ け︹ だ か ら、 ﹁ 英 雄 た ち ﹂ と い う 複 数 表 現 は 当 た っ て い な い の だ が ︺ で 夜 サ ウ ル の 陣 営 に 忍 び 込 み、 サ ウ ル の い る 車 を 回 ら し た 囲 い に 入 る。 熟 睡 し て い る 王 を 殺 そ う と し た ア ビ シ ャ イ を 制 止 し た ダ ヴ ィ デ は、 サ ウ ル の 槍 と 杯 を 取 っ て 立 ち 去 る。 車 陣 の 周 囲 に 宿 営 し て い る 兵 士 ら は 全 て 深 く 眠 っ て い て 二 人 に は 気 付 か な か っ た。 ダ ヴ ィ デ に 害 意 の 無 い こ と を 知 っ た サウルは以後ダヴィデを追うのを止める。 ︵ 20︶ 微 風 Zephyr.   ギ リ シ ア で は 春 の 季 節 の 西 風。 和 や か な 微 風 で あ る。 こ の 影 響 で 西 欧 文 学 で は ゼ フ ィ ロ ス、 ゼ フ ィ ー ル と い う と そ よ か ぜ の 意 味になる。 ︵ 21︶ う る さ い 慰 め 手  慰 め よ う と し て 却 っ て 人 を 苦 し め る 者。 ﹁ 汝 ら は み な 人 を 慰 め ん と し て 却 っ て 人 を 煩 は す 者 な り ﹂︵ 旧 約 聖 書 ヨ ブ 記 第 十 六 章第二節︶ 。 ︵ 22︶ 故 郷 で は 認 め ら れ な い  ﹁ 預 言 者 故 郷 に 容 れ ら れ ず ﹂ を 指 し て い る。 ﹁ イ エ ス 彼 ら に 言 ひ た ま ふ﹃ 預 言 者 お の が 郷 、 お の が 家 の 外 に て 尊 ば れ ざ る 事 な し ﹄︵ マ タ イ 伝 第 十 三 章 第 五 十 七 節 ︶。 ﹁ ま た 言 ひ 給 ふ﹃ わ れ 誠 に 汝 ら に 告 ぐ、 預 言 者 は 己 が 郷 に て 喜 ば る る こ と な し ﹄︵ ル カ 伝 第 四 章 第 二 十 四 節 ︶。 な お、 ﹁ 予 言 す る ﹂ は﹁ 未 来 の 物 事 を 予 知 し て 語 る ﹂ で あ り、 ﹁ 預 言 す る ﹂ は キ リ ス ト 教 や イ ス ラ ー ム 教 で﹁ 神 の 霊 感 に 打 た れ た 者 が 神 託 と し て 語 る ﹂ で あ る が、 ド イ ツ 語 で は ど ち ら も 同 じ prophezeien で、 ﹁ 予 言 者 ﹂・ ﹁ 預 言 者 ﹂ は 同 じ 語 Prophet な の で、 区 別 が し に く い。 す ぐ あ と に 出 る﹁ ヨ ナ タ ン ﹂ も 聖 書 本 来 な ら﹁ 預 言 者 ﹂ と 表 記 す べ き だ ろ う。 実 は ヨ ナ タ ン は﹁ 預 言 ﹂ な ど し て い な い が、 聖 書︵ 旧 約 聖 書 サ ム エ ル 前 書 ︶ の ダ ヴ ィ デ と ヨ ナ タ ン の 交 友 ぶ り を 記 し た 途 中 で、 人 人 が 神 託 を 受 け て 神 懸 か り 状 態 に な っ た と 見 え、 ﹁ 預 言 し た ﹂ と あ る︵ 第 十 九 章第十九 ― 二十三節︶ので誤解したものか。 ︵ 23︶ ヴ ィ ス ワ 河 Weichselfluß.   ポ ー ラ ン ド 語 Wisła. バ ル ト 海 地 域 最 大 の 河 川。 現 代 ポ ー ラ ン ド を 北 へ 流 れ て バ ル ト 海 に 注 ぐ 河 川。 ク ラ ク フ︵ ド イ ツ 語 ク ラ カ ウ ︶、 首 都 ワ ル シ ャ ワ︵ ヴ ァ ル シ ャ ウ ︶、 グ ダ ニ ス ク︵ ダ ン ツ ィ ヒ ︶ な ど の 大 都 市 が こ の 沿 岸 に あ る。 ド イ ツ 語 ヴ ァ イ ク セ ル Weichsel 。ラテン語ヴィストゥラ Vistula 、英語ヴィスチュラ Vistula 。 ︵ 24︶ 月 面 の 隈 が 背 中 に 粗 朶 を 担 っ た 男 の 姿 に な る  ド イ ツ 語 圏 の 伝 承 の 一 つ。 安 息 日 に 森 へ 薪 を 盗 み に 出 掛 け た 男 が キ リ ス ト に 呪 わ れ て 月 面 に 送 られたのだ、とのこと。水桶を手に 提 げた男の姿、というのもある。 ︵ 25︶ 二 本 の 角 を 生 や し、 鉤 爪 と 尻 尾 を 持 ち、 馬 の 脚 を し た 小 悪 魔  悪 魔 は 山 羊 の 角 を 頭 に 生 や し、 片 方 が 馬 の 脚 で、 し か も 蹄 が 割 れ て い る、 と さ れ る。 ま た、 蝙 蝠 の 翼 が 背 中 に 付 い て い る と も。 こ う し た 悪 魔 の 通 俗 的 描 写 は キ リ ス ト 教 の も の だ が、 一 つ 一 つ の 属 性 に は さ ま ざ ま の 説 明 が 必 要。 浅 学 菲 才 の 訳 者 に は な ん だ か よ く 分 か ら な い。 た だ し、 ム ゼ ー ウ ス が こ の 物 語 の 舞 台 に 設 定 し た 地 方 と 時 代 は キ リ ス ト 教 化 が 及 ん で い な

(25)

かったはずなので、作者としていささか不用意に思われる。また、民間信仰においては通常悪魔とデーモン︵魔神・魔物︶は区別される。 ︵ 26︶ 彼 の 予 言 者 ヨ ナ タ ン と von seinem prophetischen Jonathan.   ヨ ナ タ ン は イ ス ラ エ ル の 王 サ ウ ル の 息 子。 ペ リ シ テ 人 の 英 雄 戦 士 ゴ リ ア テ を 投 石 器 で 殺 し、 そ の 首 級 を 持 っ て 来 た 少 年 ダ ヴ ィ デ と 親 友 と な る。 父 が ダ ヴ ィ デ を 妬 み、 憎 ん で、 殺 そ う と し た 折、 父 の 怒 り を も 恐 れ ず 諫 言 し て いる。旧約聖書サムエル前書第十八章 ― 第二十章。 ︵ 27︶ こ れ は 大 き さ と 人 口 か ら 鑑 み る と ⋮⋮ と も い う べ き 存 在 だ っ た  バ ク ダ ー ド や カ イ ロ の 繁 華 に わ ざ わ ざ 言 及 し て い る の は、 ム ゼ ー ウ ス が ﹃千一夜物語﹄を幾分なりとも読んでいた、あるいは知っていたことを示唆する、と言えよう。 ︵ 28︶ サ リ カ 法 典  本 来 フ ラ ン ク 族 の 一 派 サ リ 部 族 の 古 代 部 族 法。 十 四 世 紀 以 降 こ れ は 特 に 女 性 を 王 位 継 承 か ら 締 め 出 す の に 用 い ら れ た。 神 聖 ロ ー マ 帝 国 皇 帝、 オ ー ス ト リ ア 皇 帝 カ ー ル 六 世︵ ヨ ー ゼ フ・ フ ラ ン ツ。 一 六 八 五 ― 一 七 四 〇 ︶ は 一 七 一 三 年、 男 系 継 嗣 が 得 ら れ ぬ ま ま、 息 女 マ リ ア・ テ レ ジ ア の 即 位 を 確 保 す る た め、 オ ー ス ト リ ア の 全 て の 継 承 地 は 常 に 不 可 分 の ま ま で、 男 系 の 継 嗣 が い な い 場 合 も 皇 帝 の 息 女 が 襲 う べ き で あることを規定した国事勅書を発布した。 ︵ 29︶ エ ン デ ュ ミ オ ン Endymion.   ギ リ シ ア 神 話 の あ る 伝 承 に よ れ ば、 月 の 女 神 セ レ ー ネ が 愛 し た 容 姿 の 極 め て 美 し い 青 年。 女 神 は ひ と 目 見 て 恋 に 落ち、別れるのに忍びず、遂に彼をある山中の洞窟の中で眠らせ、夜な夜なそこを訪れて逢引した、とのこと。 ︵ 30︶ 典 雅 優 美 の 女 神 Grazie.   ギ リ シ ア 神 話 の カ リ テ ス Charites ︵ 単 数 形 カ リ テ ︶ に 当 た る ロ ー マ 神 話 の 三 柱 の 美 の 女 神 グ ラ テ ィ ア エ Gratiae の 単数形グラティア Gratia 。 ︵ 31︶ 恋 愛 詩 人 ヤ コ ー ビ Minnesänger Jacobi.   ミ ン ネ ゼ ン ガ ー は 本 来 宮 廷 恋 愛 詩 人 の こ と。 十 二 ― 十 四 世 紀 の ド イ ツ の 宮 廷 で 自 ら 作 詞・ 作 曲 し た 歌 を 自 分 で 弾 き 語 り し た、 主 と し て 貴 族・ 騎 士 階 級 出 身 の 抒 情 詩 人 で、 そ の 詩 は 宮 廷 の 高 貴 な 上 臈 た ち に 捧 げ る ミ ン ネ︵ 愛 ︶ を 主 題 と し た の で、 こ の 名 が あ る。 し か し こ こ で は、 十 八 世 紀 当 時 一 般 に 知 ら れ て い た 作 詞 家・ 牧 歌 詩 人 ヨ ー ハ ン・ ゲ オ ル ク・ ヤ コ ー ビ︵ 一 七 四 〇 ― 一 八 一 四 ︶ を 指す。 ︵ 32︶ パ ン ド ラ の 箱  紀 元 前 七 ・ 八 世 紀 の ギ リ シ ア の 詩 人 ヘ シ オ ド ス﹃ 仕 事 と 日 ﹄ に よ れ ば 以 下 の ご と し。 天 界 か ら 火 を 盗 ん で 与 え て く れ た プ ロ メ テ ウ ス の お 蔭 で、 人 間 族 は 幸 せ に 暮 ら せ る よ う に な っ た が、 こ れ は 大 神 ゼ ウ ス に は 認 め 難 い こ と だ っ た。 そ こ で プ ロ メ テ ウ ス は 高 山 の 頂 き の 巌 に 鎖 で い ま し め ら れ、 毎 日 大 鷲 に 肝 臓 を 喰 ら わ れ る と い う 恐 ろ し い 罰 を 受 け て い る の だ が、 ゼ ウ ス は こ れ だ け で は 飽 き 足 り ず、 人 間 族 に 更 に ひ ど い 災 厄 を も た ら そ う と 考 え た。 こ れ が 神 神 に よ っ て 拵 え 上 げ ら れ た 美 し い 乙 女 パ ン ド ラ で、 彼 女 は や は り 神 神 の﹁ 贈 り 物 ﹂ が 詰 め ら れ た 箱 を 携 え、 天 界 か ら 下 り、 プ ロ メ テ ウ ス の 弟 エ ピ メ テ ウ ス の 許 に や っ て 来 た。 こ の 箱 は 開 け て は い け な い、 と さ れ て い た の だ が、 好 奇 心 の 強 い パ ン ド ラ は あ る 日 と う と う 蓋 を 取 っ て し ま っ た。 中 か ら も や も や と 出 て 来 た の は あ り と あ ら ゆ る 災 厄 で、 以 来 人 間 は 病 気 な ど 数 限 り な い 害 悪 に 悩 ま さ れ て い る の で あ る。 な お、 最 後 に 箱 の 底 に 残 っ た の は 希 望。 こ の 希 望 の お 蔭 で 人 間 は 辛 い こ と が あ っ て も、 い つ か は、 と 我 慢 す る の だ が、 し

(26)

かし、これも神神の送った災禍だとも考えられる。ただし、以上はパンドラと彼女が携えて来た箱の中身についての一説に過ぎない。 ︵ 33︶ 戦 士  チャンピオン Champion とは中世の 馬 上槍試合 で闘い合う騎士のことを指し、最終的に勝利を得た者は試合を司会する﹁栄誉と愛の 女王﹂から栄冠を授けられるのが習いだった。 ︵ 34︶ ば あや Aya.   イスパニア語。女性養育係。 ︵ 35︶ プロイセン Preußen.   かつてドイツ北部の大部分を占めた地方。プロイセン王国 ︵一七〇一年成立︶ はかつてドイツ諸領邦のうちで最も強力。 統 一 ド イ ツ 帝 国 の 誕 生︵ 一 八 七 一 年 ︶ は、 プ ロ イ セ ン と フ ラ ン ス︵ 第 二 帝 政 ︶ と の 戦 い で あ る い わ ゆ る 普 仏 戦 争 に 前 者 が 勝 利 し た こ と に 起 因 す る。 第 一 次 世 界 大 戦 後 は ド イ ツ 共 和 国 を 形 成 す る 自 治 権 を 持 つ 自 由 国 の 一 つ。 ナ チ ス 時 代 に は 一 行 政 区 画 に 過 ぎ な く な り、 第 二 次 大 戦 後 は 連 合 国ドイツ管理委員会から解消を命ぜられ、一九四七年以降地方名としても存在しない。英語プルッシア Prusssia 。 ︵ 36︶ ダ ン ツ ィ ヒ Danzig.   現 ポ ー ラ ン ド の 港 湾 都 市 グ ダ ニ ス ク Gdan ´ sk 。 ヴ ィ ス ワ 河 の 左 岸、バ ル ト 海 か ら 六 キ ロ の 位 置 に あ る。 太 古 の 交 易 場 所。 九 九 七 年 に そ の 名 が 挙 げ ら れ る。 一 一 四 八 年 古 文 書 に ポ ン メ レ レ ン︵ ポ ン メ ル ン ︶ 公 国 の 首 都 と し て 記 さ れ る。 一 三 〇 九 年 ド イ ツ 騎 士 団 領。 一 三 六 一 年 ハ ン ザ 同 盟 に 加 入。 一 四 五 四 年 ポ ー ラ ン ド 王 国 と 結 ぶ が、 自 由 と 土 地 所 有 権 は 保 持、 ポ ー ラ ン ド の 対 外 貿 易 を 独 占 し て 大 い に 繁 栄 し た。 降 っ て 一 七 九 三 年 プ ロ イ セ ン 領。 一 八 〇 七 ― 一 八 一 四 年 フ ラ ン ス 帝 国 総 督 の 支 配 下 に 置 か れ る。 一 八 一 四 年 再 度 プ ロ イ セ ン に 帰 属。 第 一 次 大戦後国際連盟の保護下で﹁ダンツィヒ自由市﹂ となったが、第二次大戦後ポーランド管理下にある。 ︵ 37︶ラテン語の名称ゲダーヌムに拠る   未詳。 ︵ 38︶ ヴ ェ ン ド 人 Wenden.   東 ド イ ツ、 北 ド イ ツ に 居 住 し て い た︵ 今 日 で も 少 数 残 存 ︶ ス ラ ヴ 系 民 族 の 呼 称。 ソ ル ブ 人 と も。 ム ゼ ー ウ ス の﹁ 三 姉 妹 物 語 ﹂︵ 鈴 木 滿 訳﹃ リ ュ ー ベ ツ ァ ー ル の 物 語  ド イ ツ 人 の 民 話 ﹄ 所 収、 国 書 刊 行 会、 二 〇 〇 三 年 ︶ に 登 場 す る 悪 役 の 魔 法 使 い ツ ォ ル ネ ボ ッ ク は、 ソ ル ブ 人 の 王 と 設 定 さ れ て い る。 ド イ ツ 人 は 長 い こ と ヴ ェ ン ド 人 を 蔑 視 し て い た よ う で あ る。 こ こ で は ム ゼ ー ウ ス は そ の 埋 め 合 わ せ を し て い る とも言えようか。 ︵ 39︶ ヴァルハラ Valhala.   ヴァルハラ Walhalla ︵ドイツ語ヴァルハル Walhall ︶ は北欧神話で大神オーディン Odin ︵ドイツ語ヴォーダン Wodan ︶ が 戦 場 で 倒 れ た 勇 士 た ち を 迎 え、 も て な し 続 け る 殿 堂。 ﹁ 戦 ﹂ の﹁ 広 間 ﹂ の 意。 勇 猛 な 戦 死 者 を 選 ん で そ の 魂 を こ こ へ 運 ぶ の は オ ー デ ィ ン に 仕 え る ヴ ァ ル キ ュ リ ア valkyrja ︵ ド イ ツ 語 ヴ ァ ル キ ュ ー レ Walküre ︶ の 役 目。 キ ュ リ ア、 キ ュ ー レ は﹁ 選 ぶ 女 ﹂。 勇 士 た ち は こ こ で 決 し て 無 く な らない猪の焙り肉を喰い、強い蜂蜜酒をあおって長夜の宴を張っている。 ︵ 40︶メガロポリス Megalopolis.   ギリシア語で﹁大都市﹂のこと。

(27)

解題

J ・ K ・ A ・ ム ゼ ー ウ ス の 短 い 物 語﹁ 精 霊︵ = 魔 物、 魔 神 ︶ ア モ ー ル ﹂ Dämon Amor の タ イ ト ル を こ う 意 訳 し て 見た。一、 二、 三と三つに分かれているが、原典も︵番号こそ振られていないが︶はっきりした三部仕立てである。 こ の 物 語 の 素 材 と な る よ う な 資 料 が リ ュ ー ゲ ン 島、 ダ ン ツ ィ ヒ、 メ ッ ク レ ン ブ ル ク 地 方 に 存 在 す る の か ど う か 分 か らない。指環の虜囚である精霊については、訳注にも記したように﹃千一夜物語﹄の﹁アラディン、あるいは魔法の ランプ﹂に出て来る指環の精のモティーフがただちに思い浮かぶが、ムゼーウスがどのような版でこの話を読み得た か、あるいは読み得ておらず、他からの伝聞でモティーフを知ったのか、ということについては残念ながら確証がな い。 ま た 民 衆 本﹃ ク サ ク サ の 洞 窟 の 城 ︵ 1 ︶ ﹄ に も 指 環 の 奴 隷 の モ テ ィ ー フ が あ る、 と 訳 の 底 本 に 用 い た 原 典 ︵ 2 ︶ の 注 釈 者 ノ ル バ ー ト・ ミ ラ ー Norbert Miller が 記 し て い る。 し か し、 こ れ を ム ゼ ー ウ ス が 読 ん だ か ど う か も 分 か ら な い。 し か し ともあれ、 ﹃千一夜物語﹄のヨーロッパへの紹介・流入を考えて見よう。 ヨーロッパにおける 東 方趣味 の下地は既に十七世紀に作られていた。 ﹁十七世紀以降になると、東方旅行の見聞や、 奇 譚 を 物 語 っ た 旅 行 者 た ち の 話 が さ か ん に と り 入 れ ら れ、 と り 行 な わ れ て い た ︵ 3 ︶ ﹂。 日 本 に お け る 比 較 文 学 の 創 始 者 で あ る 一 世 の 碩 学 泰 斗、 敬 愛 す る 島 田 謹 二 先 生 は そ う 記 し、 次 い で こ う 続 け る。 ﹁ そ の 頃 の 実 例 を イ ギ リ ス に と る。 ― ― エリザベス朝には、リチャード・ハックルートの﹃大航海記﹄があった。すぐそのあとにサミエル・ バ ーチャスが 出た。一六〇三年のリチャード・ノルズの﹃トルコ史﹄は、のちにジョンソン大博士も バ イロン卿も讃美したものと いわれるし、ジョージ・サンディスの﹃東方紀行﹄になると、十八世紀を通じていつも愛読されていた。スミルナや コンスタンティノポリスを訪れて、東方の物語を公にする人の数は、だんだん多くなった。ペルシャ物語とか、トル

参照

関連したドキュメント

この 文書 はコンピューターによって 英語 から 自動的 に 翻訳 されているため、 言語 が 不明瞭 になる 可能性 があります。.. このドキュメントは、 元 のドキュメントに 比 べて

(注妬)精神分裂病の特有の経過型で、病勢憎悪、病勢推進と訳されている。つまり多くの場合、分裂病の経過は病が完全に治癒せずして、病状が悪化するため、この用語が用いられている。(参考『新版精神医

長尾氏は『通俗三国志』の訳文について、俗語をどのように訳しているか

長尾氏は『通俗三国志』の訳文について、俗語をどのように訳しているか

歴史的経緯により(マグナカルタ時代(13世紀)に、騎馬兵隊が一般的になった

日本語で書かれた解説がほとんどないので , 専門用 語の訳出を独自に試みた ( たとえば variety を「多様クラス」と訳したり , subdirect

● 燃料ペレット ※注1 は、被覆管 ※注2 中にあり、.

私たちは、私たちの先人たちにより幾世代 にわたって、受け継ぎ、伝え残されてきた伝