地図と街道に学ぶ
全国街道交流会議福島大会
事前勉強会
前国土地理院長
越智 繁雄
平成28年7月2日
内
容
1.明治の黎明期を拓いた2つの街道
~ 奥州街道と万世大路 ~
2.地理教育の推進と支援
~ 今こそ、地理教育を ~
3.測ること、描くこと、守ることの大切さ
~ 熊本地震対応など ~
2
1.明治の黎明期を拓いた2つの街道
五街道
東海道 江戸~京都
126里半 約500km
日光街道 江戸~日光
36里 約140km
奥州街道 江戸~松前
290里 約1140km
中山道 江戸~京都
120里 約470km
(東海道を含めると、
136里弱 約530km)
甲州街道 江戸~甲州
55里 約215km
出典:「奥州街道と明治水準原点」(箱岩英一、関善治)
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奥州街道に残る謎の刻印
福島市松川八丁目天満宮
奥州街道に残る謎の刻印
福島市清水町西裏出雲大神宮
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。
奥州街道に残る謎の刻印
福島市伏拝 共楽公園
奥州街道に残る謎の刻印
福島県内の奥州街道沿いの20箇所で確認
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近代日本の測量事始
近代日本の基礎づくりとしての日本列島の
測量は、
内務省地理寮が明治
7年(1874)
に「関八州大三角測量」として開始
。
その後、「大三角測量」として全国展開され
ることになり、地理局が実施。
その三角網に大きさを与えるため那須基
線測量が実施され、さらに高さを与えるた
め、
明治
9年に東京・塩釜間の水準測量が
開始され翌年に終了。
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。近代日本の測量事始
那須基線(約
3㎞、栃木県大田原)の標高
を二方向から確認することが目的。
塩釜まで実施した理由は、石巻湾開港の
ため東京湾との海面高の違いを調査する
目的もあったといわれる。
これらの測量は英人マクヴィーンなどの指
導で実施されたことから、
水準点にはイギ
リスで使用されている、「不」状の記号を石
柱、華表(鳥居)、石垣、欄干などの構造物
に刻んだ
ものが使用された。
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。10
几号水準点
内務省より、水準点の設置は、この記号を
構造物に彫刻するなどの方法によることが
布達(明治
9年 1876)。
「當省地理寮於テ高低測量ノ際自今海面ヨ
リノ高低ヲ表スル記號別紙第一圖式ノ通
沿路適宜ノ地ニ於テ在来ノ不朽物ニ彫刻
シ又ハ第二圖石柱建設永存ノ筈ニ候條為
心得此旨布達候事」
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。几号水準点
「几号」の「几」は机の意味。水準点として標石などに彫ら
れた記号が三脚のついた机に似ていることから。
几号水準点
東京・塩竃間には
130点の几号水準点
が設
置され、
63点の現存(移設を含む)
が確認。
福島県内では
20点
。
几号水準点は、このほか東京府下におい
ても設置され、
40点ほどの現存が確認。
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。几号水準点
(どうやって測量したのか)
当時の記録は残されていないが、英国で
は几号の横線に標尺を支持する金具を差
し込み、膝で支えて使用していた。
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。14
東京・塩竃水準測量
水準測量に先立ち、東京湾(霊岸島)で
1873年(明治6)からの3年間、塩竃港で
1876年(明治9)に3ヶ月間の潮位観測が
行われ平均潮位が求められた。
測量は、
「東京⇒大田原(
156km)」
と
「塩
竃⇒大田原(
231km)」
でそれぞれ行われ、
大田原での
整合差は
2.638尺(約78.8cm)
で
あった。
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。几号水準点の廃止
その後、測量・地図作成の業務は、明治
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年に、参謀本部陸地測量部に移された。
測量方式も欧州の原書やドイツで陸軍の
技術者が習得した知識による方法に変更。
また、水準点標石の仕様も標石上部に丸
い突起のあるものに変更。
⇒ 几号水準点は廃止となった。
残存几号は日本の近代化の遺産。
几号水準点については上西勝也氏、山岡光次氏、箱岩英一氏のHP、論文等を引用。16
福島県の几号水準点
福島県の几号水準点
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変り種
二本松市亀谷 観音堂石垣
(後に石垣を積みなおした際に
逆さまに置いたものと思われる)
万世大路
~東北の近代化を支えた道~
万世大路
明治初期、福島県と山形県を結
ぶ幹線路は、
・ 上山と桑折を金山峠・小坂
峠経由で結ぶ羽州街道。
・ 福島城下から板谷峠を経て
米沢城下に至る板谷街道。
万世大路については福島河川国道事務所、山形河川国道事務所のHP、ウィキペディア等を引用。万世大路
1876年(明治9年)、山形県の初代県
令に就任した三島通庸は、県内の
道路の状況が劣悪で、産出される
農作物を、もっぱら人が背負って運
搬しているという有様を目の当たり
にした。
万世大路については福島河川国道事務所、山形河川国道事務所のHP、ウィキペディア等を引用。22
万世大路
道路の整備の必要性を痛感し
た三島は、反対意見を押し切り
隣県との間に多数の大規模な
道路建設を推進した。
米沢・福島間は最新技術を駆
使し馬車の通れる道として計
画された。
万世大路については福島河川国道事務所、山形河川国道事務所のHP、ウィキペディア等を引用。万世大路
途中には、
・ 新沢橋、烏川橋、大平橋、
杭甲橋の4つのコンクリート
橋。
・ 苅安隧道、栗子山隧道、二
ツ小屋隧道の3本の隧道。
万世大路については福島河川国道事務所、山形河川国道事務所のHP、ウィキペディア等を引用。24
万世大路
中でも県境の栗子峠に掘られた栗子
山隧道は、当時、わが国の最長トンネ
ルであった静岡県の「宇津ノ谷隧道」
の4倍を越える876メートルもあった。
地盤の固さとあいまった難工事。
このトンネル掘削のために三島はアメ
リカ製のトンネル掘削機を日本で初め
て購入。
万世大路については福島河川国道事務所、山形河川国道事務所のHP、ウィキペディア等を引用。万世大路(第一世代)
工事は
4年あまりの歳月をかけて完成。
1881年(明治14年)10月3日に、明治天皇
の行幸を迎えて開通式を挙行。
明治天皇から、後に福島県側も含めたこ
の新道に、「萬世ノ永キニ渡リ人々ニ愛
サレル道トナレ」という願いを込めて「万
世大路」と名を賜る。
当時の社会経済活動上、 画期的な出来
事であった。
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万世大路については福島河川国道事務所、山形河川国道事務所のHP、ウィキペディア等を引用。万世大路(第二世代~第三世代)
昭和初期に、モータリゼーションの進
展に呼応して、改良工事を実施。
(第
二世代)
1957年(昭和32年)より大改修の調査
が開始され、
1961年(昭和36年)から
工事が開始。
1966年(昭和41年)5月に現在の栗子
道路が開通し、県境付近が付替と
なった。
(第三世代)
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万世大路(第一世代)
~明治末期~
第一世代の万世大路が明記
万世大路
(第二世代直前) ~昭和初期~
第二世代の万世大路の直前
集落の形成も窺える
万世大路 ~昭和
43年~
万世大路(第三世代)
~昭和
43年~
第三世代の万世大路が明記
第二世代と共用
万世大路(第三世代)
~昭和
49年~
第二世代の万世大路の途絶
第三世代にバトンタッチ
万世大路(第三世代)
~平成~
第二世代の万世大路は徒歩道に
・ 万世大路は、いよいよ第三世代
から第四世代へと、歴史をつなぐ。
・ 道のネットワークが、命、経済、
暮らし、歴史、文化、環境、
観光、、、
などを築く。
万世大路(第四世代)
~次世代に向けて~
2.地理教育の推進と支援
~ 今こそ、地理教育を ~
国土地理院の重点的取組
G・K・K
技術(G)
技術力を磨き、より実践的な
技術として昇華させる
広報(K)
国民に地図作りの素晴らしさ、
大切さを知ってもらう
教育(K)
地理教育により、国土の豊かな
恵みを次の世代に引き継いでいく
35平成27年11月 国土地理院内に「地理教育支援チーム」を設置
• 地理教育の現状と課題について調査
• 国土地理院における地理教育支援のあり方を議論
• 院幹部と支援チームによる「地理教育勉強会」を平成28年5月までに計8回実施
国土の豊かな恵みを次の世代に引き
継いでいくための地理教育が急務
社会のグ
ローバル化
が進展
災害から命と
生活を守る災
害特性の理解
複雑で変
化が激しい
社会
地理空間
情報活用
社会
地理教育の支援に向けた課題の整理と具体的取組への提言(1)
~国土の豊かな恵みを次の世代に引き継ぐために~
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『地理歴史科においては、「世界史」の必修を見直し、共通必履修科目として、
(中略)持続可能な社会づくりに必要な地理的な見方や考え方を育む科
目「地理総合(仮称)」 の設置を検討することが求められる』
高等学校の地理歴史科における「地理総合(仮称)」 の必修化
中央教育審議会教育課
程部会 教育課程企画特
別部会 「論点整理」(平
成27年8月26日)より
• 地理を専門としない
教員の支援が急務
• 教員が地図や地理空間情報を容易に扱えるよ
う、
情報の提供方法の工夫
や
教員の理解の促
進
などの支援が必要
地理教育の支援に向けた課題の整理と具体的取組への提言(2)
~国土の豊かな恵みを次の世代に引き継ぐために~
出典:jiji.comより引用地理教育の課題
• 教員の地理の指導力が向上する。
• 児童生徒の地理空間情報リテラシーが向
上する。
• 児童生徒(及び関係者)が地理空間情
報技術、測量技術に親しみをもち、 将来
の職業の選択肢として認識する。
• 地理系学科、測量系学科の志望者が増
加する。
• 地理や地図に関するイベントへの参加者が
増加する。
• 児童生徒の地域の災害特性の理解が向
上する。
• 地理、地図を楽しむ自主的活動の交流の
場が確立する。
国土の豊かな恵みを次の世代に引き
継ぐ基盤を構築するためのつの目標
(アウトカム)
• 若年層の基礎的な地理的知識
の低下
• 地理空間情報リテラシー教育
の必要性
• 高等学校における教育課程の
問題
• 地理を専門としない教員の支
援
• 十分活用されていない国土地
理院の情報
• 土地との関わりの希薄化
• 防災教育の支援促進
• 自主的活動のネットワーク
地理教育の支援に向けた課題の整理と具体的取組への提言(3)
~国土の豊かな恵みを次の世代に引き継ぐために~
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③ 防災教育支援の強化
・国土交通省防災課と連携、地
方測量部と地方整備局、気象
台によるチーム国交省での取
組
・ハザードマップポータル、防災地
理情報提供の充実
④ 若年層に親しんでもらうために
・親しみやすいメディアや若年層
に魅力的な活動の推進(遊び
からの地理)
・自発的な活動をつなぐ「ひろば」
づくり
⑤ 継続的取組に必要な措置
① 教育現場の支援
・教育支援ポータル「教育の道
具箱」の作成
・教員研究会、教員研修等へ
の参加
・教科書会社への説明会
・学会等との連携による地理空
間情報リテラシー教育のあり
方検討
② 児童生徒と保護者へのアプローチ
・インターンシップ(サマース
クール)
・地理系学科、測量系学科学
生の就業先拡大支援
・地理オリンピック、地学オリン
ピック支援
・学校へ行こうプロジェクト:地
方測量部等の取組促進
地
理
教
育
の
推
進
に
向
け
た
具
体
的
な
取
組
地理教育の支援に向けた課題の整理と具体的取組への提言(4)
~国土の豊かな恵みを次の世代に引き継ぐために~
土地の成り立ちと災害
2008年国土地理院撮影
我孫子市資料
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土地の成り立ちと災害
土地の成り立ちと災害
土地の成り立ちと災害
• 重力と水循環により、水や土砂が高い場所か
ら低い場所に移動する。
土地の成り立ちと災害
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土地の成り立ちと災害
今こそ地理教育を
不透明感が増す現代に生きる我々は、地理教育の重
要性を正しく理解し、恵み豊かな国土を次の世代の
若者たちに伝えていく責務がある。
地理教育の20年の負の遺産を早急に払拭し、次世代
の若者たちが、我々の地球、我々の国土が持つ豊か
な恵みを肌で感じつつ、山積する課題に取り組み、我
が国の未来を切り開いていけるようにすることが喫緊
の課題である。
地理教育勉強会は、本提言にまとめられた具体的な
活動に、国土地理院をはじめ、関係者が一丸となって
取り組んでいくことを期待する。
463.測ること、描くこと、守ることの大切さ
~ 熊本地震対応など ~
Environment 電子基準点 地磁気 重力 航空 移動支援 (屋内を含むナビ、 物流・自動運転) ユーラシアプレート フィリピン海プレート 太平洋プレート 北米プレート 石岡 VLBI 自然環境保 全 防災、 災害対応 施工 維持管理 45° 40° 35° 130° 135° 140° 145° 観光 農業 建設 降水予測 測位衛星 準天頂衛星 測位衛星 測位衛星 陸域観測技術衛星 財産・ 所有権 教育 資源開発 安全・安心への貢献 ・地震、火山、水害等 への対応 ・地殻変動の監視 ・災害地形の調査 など 国民の豊かな生活への貢献 ・施設の建設・維持管理 ・土地の境界の測量 ・都市計画 など 産業の発展への貢献 ・移動支援(人や物の 移動経路の選定の支援) ・観光 ・農業 ・資源開発 など 地図と測量における国土地理院の役割 国土地理院は、基準の決定・確立、すなわち 1) 世界の中での日本の原点をVLBIで決定し 2) 基準点により経度・緯度・高さ(測地基準 系)及び地殻変動を明らかにし 3) 基準となる正確な地図を作成し 4) 国土の現状と変化を把握・記録・公開し 5) 関連する技術支援・調査研究の実施を通じて 地理空間情報の活用を推進します。
VLBI:Very Long Baseline Interferometry (超長基線電波干渉法) 数十億光年離れた星からの電波を観測して, 地球上の位置と地球自体の姿勢を決定する技 術。 GPS等の精度向上やうるう秒の挿入など にも利用。 測量用航空機 30° 土地利用 都市計画