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界
史
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第1問
古代オリエント世界について述べた次の文を読み,以下の問い(問1∼6)に答えよ。
メソポタミアでは前 3000 年頃から ① 人がウル・ウルクなど多くの都市国家を建設し,彼ら
がはじめた楔形文字は古代オリエントで広く使用された。前 24 世紀頃,サルゴン1世がこれらの都
市国家を征服してメソポタミア最初の統一国家を建てた。さらに前 19 世紀初め頃には, ② 人が
メソポタミアに侵入して
秬バビロン第1王朝(古バビロニア王国)を樹立した。前 16 世紀初め頃,
バビロン第1王朝は鉄製武器を使用する小アジアの ③ に滅ぼされ, その後メソポタミアで
秡
は諸民族が興亡した。
一方,
秣ナイル川流域に農耕文明が発達したエジプトでは,すでに前 3000 年頃には統一国家が成
立し,一時期を除いて国としてのまとまりが長い間維持された。ナイル川下流の ④ を中心とし
て栄えた古王国では,巨大なピラミッドが数多く造営された。中王国の末期にはしばらく異民族の支
配を受けたが,異民族を追放して成立した新王国はその領土を拡大し,シリア方面で ③ と争っ
た。
前 12 世紀頃,地中海東岸に襲来した民族系統不明の諸民族によって ③ が滅亡に追い込ま
稈
れ,エジプトの新王国が衰退すると,地中海東岸では ⑤ 人やフェニキア人などの活動が活発化
した。 ⑤ 人はダマスクスを拠点に内陸貿易で活躍し,彼らの文字は多くの文字の源流となった。
フェニキア人は地中海に進出して,カルタゴなどの植民都市を各地に建設した。また前 13 世紀頃に
エジプトを脱出した ⑥ 人は,前 1000 年頃にはパレスチナに王国を建て,ダヴィデやソロモン
の時代に全盛期を迎えた。
これらの諸民族の広域的な商業活動,また諸国の領土拡大や度重なる戦争の中から,やがて全オリ
エントを統一する勢力の登場へといたった。まずアッシリアが鉄製武器や戦車,騎兵などを駆使して
強大化し,前8世紀末に ⑦ を都と定めた後,前7世紀前半に全オリエントを統一した。アッシ
リアの滅亡後は4王国分立時代が続いたが,前6世紀半ばにイラン高原の ⑧ を滅ぼして独立し
たアケメネス朝が,全オリエントを統一する強国へと成長した。第3代のダレイオス1世は,広大な
領域を約 20 の州に分け,各州に ⑨ をおいて統治させるなど,中央集権化を進めた。
前4世紀後半,アケメネス朝がアレクサンドロス大王の東方遠征によって滅亡すると,オリエント
諸地域はギリシア系勢力の支配下に入った。そのうちイランでは,再びイラン系住民による王国がつ
くられたが,しばらくはギリシア系の文化が保護された。しだいにイラン民族の伝統への回帰を指向
する動きが強まり,3世紀前半に ⑩ によって樹立されたササン朝では, ゾロアスター教が
稍
国教とされるなど,伝統文化の復活が進められた。
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問1 文章中の空欄 ① ∼ ⑩ に入るのに最も適当な語を以下の〔語群〕から選び,記号で
答えよ。
〔語群〕
ア ヒッタイト イ 新バビロニア ウ テーベ エ アラム
オ キュロス2世 カ アムル キ リディア ク アッカド
ケ テル=エル=アマルナ コ ギザ サ ホスロー1世 シ マジャール
ス サトラップ セ ヘブライ ソ カッシート タ シャープール1世
チ メディア ツ アレクサンドリア テ ニネヴェ ト スサ
ナ バグダード ニ ペルガモン ヌ アルダシール1世 ネ ラテン
ノ プロノイア ハ メンフィス ヒ バビロン フ シュメール
へ イェルサレム ホ ジッグラト
問2 下線部秬について,この国の第6代の王が発布した同害復讐法の原則に立つ法典の名を答えよ。
問3 下線部秡について,前 16 ∼前 14 世紀にメソポタミア北部を支配した,フルリ人を主要民族と
する王国の名を答えよ。
問4 下線部秣について,「エジプトはナイルのたまもの」ということばを残した古代ギリシアの歴
史家の名を答えよ。
問5 下線部稈について,前 13 世紀末∼前 12 世紀初めにかけて地中海東岸に襲来して混乱を引きお
こした諸民族の総称を何というか,答えよ。
問6 下線部稍について,ササン朝時代に現存の形に文字化されたゾロアスター教の教典の名を答え
よ。
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史
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第2問
次の地図は,8世紀の世界の概略を表したものである。次の地図と文章A∼Dを読み,あとの問い
(問1∼15)に答えよ。
ڦ
ڦ
A 8世紀のヨーロッパ世界は,宗教がからんだ二つの出来事に直面していた。すなわち,キリスト
教会内部の深刻な対立と,イスラーム勢力の圧迫である。ビザンツ帝国(東ローマ帝国)で発布さ
れた
秬聖像禁止令は,東西キリスト教会の対立を深めた。また,
秡フランク王国はイスラーム勢
力を退けて西ヨーロッパを統合し,「西ローマ帝国」を復活させた。この頃,七王国の争いが続く
イングランドから一人の人物がフランク王国に亡命してきた。
秣彼は帰還してウェセックス王と
なり,9世紀前半にイングランドの統一に成功した。また,東ヨーロッパでは, 地図中の
稈
X 人が勢力を拡大していたが,8世紀末には衰退した。
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問1 下線部秬について,聖像禁止令を発布したビザンツ皇帝の名を答えよ。
問2 下線部秡の国王であるカールについて述べた文として正しいものを,次のア∼エのうちから一
つ選び,記号で答えよ。
ア ラヴェンナ地方をローマ教皇に寄進した。
イ 地図中のAにおける戦いでウマイヤ朝軍を撃退した。
ウ ランゴバルド王国を滅ぼし,また北ドイツのザクセン人を服従させた。
エ 教皇グレゴリウス1世がローマ教皇の帝冠を与えた。
問3 下線部秣について,この人物として正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答
えよ。
ア クヌート イ リューリク ウ アルフレッド大王 エ エグバート
問4 下線部稈について,地図中の X 人について述べた文として正しいものを,次のア∼エの
うちから一つ選び,記号で答えよ。
ア フランク王国のカール大帝に撃退された。
イ 東フランク王国のオットー1世に撃退された。
ウ ハンガリー王国を建国した。
エ ヴァイキングともよばれた。
B 当時のイスラーム世界では,ウマイヤ朝が,東方では中央アジアとインド西部,西方では
稍イ
ベリア半島に進出するなど,広大な領域を支配した。しかし,ウマイヤ朝ではアラブ人が多くの特
権をもっていたことに対して征服地の新改宗者が不満を募らせ,また
稘宗派間の対立も激化した。
8世紀半ばにウマイヤ朝にかわったアッバース朝では,ハールーン=アッラシードの時代に最盛期
を迎え,
稙政治・経済の一大中心地となった首都では,イスラーム文化も発展した。またこの時
代には,
稠地図中のBで 751 年に行われた唐との戦いによって,新技術がイスラーム世界にもたら
された。
問5 下線部稍について,ウマイヤ朝がイベリア半島に進出して滅ぼしたゲルマン人の王国として正
しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答えよ。
ア 東ゴート王国 イ ブルグンド王国 ウ 西ゴート王国 エ ヴァンダル王国
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問6 下線部稘について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを,下のア∼エのうち
から一つ選び,記号で答えよ。
a アッバース朝は,スンナ派を弾圧した。
b シーア派は,代々のカリフを正統と認めた。
ア a−正 b−正 イ a−正 b−誤
ウ a−誤 b−正 エ a−誤 b−誤
問7 下線部稙について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを,下のア∼エのうち
から一つ選び,記号で答えよ。
a 首都バグダードは,第2代カリフのマンスールによって造営された。
b イブン=シーナー(アヴィケンナ)が,『世界史序説』を著した。
ア a−正 b−正 イ a−正 b−誤
ウ a−誤 b−正 エ a−誤 b−誤
問8 下線部稠について,このとき唐から伝わった新技術として正しいものを,次のア∼エのうちか
ら一つ選び,記号で答えよ。
ア 製紙法 イ 羅針盤 ウ 火薬 エ 活版印刷
C 当時の東南アジアの島嶼部では,大乗仏教を奉じる国々が栄えていた。 地図中の Y 王
稟
国はスマトラ島東南部を中心に,マラッカ海峡など海上交通の要地をおさえて繁栄した。
禀7世
紀末に Y 王国に一時滞在した唐の仏僧は,その著書で「ナーランダー僧院と並ぶ仏教教学の
中心」と Y 王国のことを記している。また,8世紀後半に有力となったシャイレンドラ朝は,
壮大な大乗仏教の遺跡を残した。
稱
問9 下線部稟について,地図中の Y 王国の名を答えよ。
問10 下線部禀について,この仏僧と著書の名称の組合せとして正しいものを,次のア∼エのうちか
ら一つ選び,記号で答えよ。
ア 玄奘−『大唐西域記』 イ 玄奘−『南海寄帰内法伝』
ウ 義浄−『大唐西域記』 エ 義浄−『南海寄帰内法伝』
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史
問11 下線部稱について,シャイレンドラ朝で建造されたこの遺跡の名称と地図中の位置a・bの組
合せとして正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答えよ。
ア ボロブドゥール−a イ ボロブドゥール−b
ウ アンコール=ワット−a エ アンコール=ワット−b
D 当時の中国では,
稻唐の玄宗が政治混乱を収拾して一時的に安定期を現出し,文化も成熟期を
迎えていた。しかし,この頃から国内では
稾均田制・府兵制・租庸調制の運用が行き詰まりをみ
せ,また
稷周辺諸国も自立して,唐をおびやかすようになった。8世紀半ばに安史の乱がおこる
と,唐は 北方のトルコ系騎馬遊牧民の力を借りて乱を鎮圧したが,以後国内では軍閥化した藩
穃
鎮が割拠し,唐は衰退へと向かった。
問12 下線部稻について述べた文として正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答え
よ。
ア 周辺異民族の侵入に備えて辺境に都護府が設置された。
イ 玄宗の治世の前半は,「開元の治」と称される。
ウ 首都の洛陽は,政治・文化の中心として繁栄した。
エ 詩人の蘇軾(蘇東坡)らが活躍した。
問13 下線部稾について述べた文として正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答え
よ。
ア 均田制が崩壊し,土地を失った農民は官戸とよばれる小作人になった。
イ 府兵制とは,民戸と区別した軍戸に兵役を負担させる制度であった。
ウ 玄宗は,府兵制にかえて募兵制を採用した。
エ 安史の乱後,租庸調制は廃止され,地丁銀が実施された。
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問14 下線部稷について,地図中のあ∼えの諸国について述べた文として正しいものを,次のア∼エ
のうちから一つ選び,記号で答えよ。
ア あは高句麗で,10世紀に に滅ぼされた。
イ いは百済で,7世紀後半に朝鮮半島の大部分を統一した。
ウ うは吐蕃で,安史の乱後しばしば唐に侵入した。
エ えは大理で,唐の諸制度を導入して繁栄した。
問15 下線部穃について,このトルコ系騎馬遊牧民の名を答えよ。
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第3問
ヨーロッパの商業の拡大について述べた次の文を読み,以下の問い(問1∼6)に答えよ。
中世西ヨーロッパでは,11 ∼ 12 世紀になると
秬農業生産力の上昇にともなって商工業が活性化し
た。十字軍の影響で遠隔地商業がさかんになると,ヴェネツィアや ① などの北イタリアの港市
が
秡ムスリム商人を通じてレヴァント(地中海東岸)地方との東方貿易で繁栄した。中部イタリア
では,トスカナ地方の ② が金融業と ③ 産業で発展した。一方,バルト海に面した
④ やエルベ川河口に位置する ⑤ などを中心とする北海・バルト海商業圏では,海産物や
木材・穀物などの生活必需品の交易が行われ,フランドル地方は ③ の生産地として栄えた。こ
れらの都市は,商業路の安全の確保などを目的として都市同盟を結び, ④ を盟主とするハン
ザ同盟には 100 以上の都市が加盟し,北海・バルト海貿易を独占する勢力を誇った。
15 世紀末からポルトガル・スペインが海外進出をはじめ,いわゆる
秣大航海時代が到来すると,
ヨーロッパにおける経済活動の中心は大西洋沿岸都市へと移っていった。アメリカ大陸に進出したス
ペインは,先住民の文明を征服し,植民者に征服地の土地・住民の支配をゆだねる ⑥ 制を導入
し,先住民を酷使して鉱山開発を進めた。そして,メキシコ銀を ⑦ に運び,中国の陶磁器など
と交換するアカプルコ貿易を展開した。他方,西アフリカを南下して喜望峰を経由するインド航路を
開拓したポルトガルは,1510 年にインド西岸の ⑧ を占領し,アジア進出の拠点とした。さら
に,マラッカ,モルッカ諸島に進出して香辛料などアジア商品の交易を行った。このため,西アジア
世界を経由する東方貿易に依存した北イタリア諸都市は打撃を受けた。また,北海・バルト海貿易も
オランダやイギリスなど大西洋を中心とする交易に対して相対的に地位を低下させていった。
17 世紀になると,スペインから独立したオランダが世界経済の覇権を握り,アムステルダムは商
業・金融の中心地として繁栄した。このオランダの覇権に対抗したのが,イギリスとフランスであっ
た。17 世紀初めにアメリカ大陸最初の植民地として ⑨ 植民地を設けたイギリスは,同世紀後
半,北アメリカからオランダの勢力を排除し,フランスと競って植民地を建設していった。また,両
国は西インド諸島に領土を獲得すると, ヨーロッパ・西アフリカ・西インド諸島を結ぶ大西洋三
稈
角貿易を展開し,イギリスの ⑩ は奴隷貿易で栄えた。このように,西ヨーロッパ諸国が経済の
中核になると,東ヨーロッパ地域は西ヨーロッパ向け穀物の生産地となり,
稍農民の賦役労働によ
る農業経営が広まり,ヨーロッパにおける東西の分業体制が明確化していった。
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問1 文章中の空欄 ① ∼ ⑩ に入るのに最も適当な語を以下の〔語群〕から選び,記号で
答えよ。
〔語群〕
ア 絹織物 イ 毛織物 ウ ナポリ エ ローマ
オ ボローニャ カ リューベック キ ハンブルク ク ケルン
ケ ミラノ コ ジェノヴァ サ フィレンツェ シ カリカット
ス ゴア セ マドラス ソ マニラ タ マカオ
チ ヴァージニア ツ ニューイングランド テ ケベック ト ザミンダーリー
ナ エンコミエンダ ニ アシエンダ ヌ リヴァプール ネ ボルドー
ノ マンチェスター
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問2 下線部秬について, 農業生産力の向上の一因として新たな農法の普及があげられるが, 10 ∼ 11
世紀頃から普及した耕地を3分する農法を何というか,答えよ。
問3 下線部秡について,カイロやアレクサンドリアを拠点として紅海を経由した貿易で活躍したム
スリム商人のグループを何というか,答えよ。
問4 下線部秣について,大航海時代の到来によって商業の規模が拡大し,経済の中心地が移動した
現象を何というか,答えよ。
問5 下線部稈について,西インド諸島からはタバコや綿花が輸出されたが,これ以外でイギリスが
プランテーション経営で大規模に栽培し,主力商品としたものは何か,答えよ。
問6 下線部稍について,エルベ川以東の東欧で発展したこのような農業経営を何というか,カタカ
ナで答えよ。
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第4問
19 世紀のヨーロッパの動向に関する年表について,以下の問い(問1∼15)に答えよ。
ヨーロッパ・アメリカ フランス
1814年
秬ウィーン会議がはじまる
1810∼20年代
稍ラテンアメリカ諸国の独立
…
稘イギリス,
稙アメリカ合衆国が独立を支持
1815年
秡ウィーン議定書調印
1814年 ルイ 18 世即位, ブルボン朝が復活
1815年 復位したナポレオンが 秣 で
敗北, 稈 に流される
1821年
稠ギリシア独立戦争が勃発
1829年 アドリアノープル条約締結
…ギリシアが
稟オスマン帝国から独立を達成
1830年 シャルル 10 世が 禀 に出兵
七月革命がおこる
稱
1846年 イギリスで
稻穀物法廃止
1848年
稾マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』を発表 1848年
稷二月革命がおこる
第二共和政成立
穃
1852年 ルイ=ナポレオンがナポレオン3世
として皇帝に即位
1853年
穗クリミア戦争が勃発
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問1 下線部秬について,この会議に出席したフランス外相が主張し,勢力均衡とともに会議の基本
原則となった考え方を何というか,答えよ。
問2 下線部秡について,ウィーン議定書およびこれにより成立したウィーン体制について述べた文
として正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答えよ。
ア スペインではハプスブルク家が復活した。
イ スイスの永世中立が認められた。
ウ オランダは,スペインから南ネーデルラント(ベルギー)を獲得した。
エ イギリス,ロシア,フランス,オーストリアが四国同盟を結成した。
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問3 年表中の空欄 秣 ・ 稈 に入る語句の組合せとして正しいものを,次のア∼エのうち
から一つ選び,記号で答えよ。
ア 秣−ライプチヒの戦い 稈−エルバ島
イ 秣−ライプチヒの戦い 稈−セントヘレナ島
ウ 秣−ワーテルローの戦い 稈−エルバ島
エ 秣−ワーテルローの戦い 稈−セントヘレナ島
問4 下線部稍について述べた文として正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答え
よ。
ア 19 世紀初頭にハイチがスペインから独立した。
イ 独立運動の中心となったのは,メスティーソとよばれる階層であった。
ウ シモン=ボリバルの指導のもと,ベネズエラ,コロンビアが独立した。
エ イダルゴの指導のもと,アルゼンチン,チリ,ペルーが独立した。
問5 下線部稘について,イギリスでは 1829 年にカトリック教徒解放法が成立したが,この法律制
定に尽力したアイルランド出身の民族運動家として正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選
び,記号で答えよ。
ア コブデン イ ロバート=オーウェン
ウ ウィルバーフォース エ オコンネル
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問6 下線部稙について,19 世紀のアメリカ合衆国に関する次の出来事①∼④が,年代の古いもの
から順に正しく配列されているものを,下のア∼エのうちから一つ選び,記号で答えよ。
① インディアン強制移住法の制定 ② 日米修好通商条約の締結
③ アメリカ=メキシコ戦争の勃発 ④ 大陸横断鉄道の開通
ア ①→②→③→④ イ ①→③→②→④ ウ ③→①→④→② エ ③→②→④→①
問7 下線部稠について,この戦争での出来事をテーマに「キオス島の虐殺」を描いたロマン主義の
画家の名を答えよ。
問8 下線部稟について,オスマン帝国領のエジプトについて述べた次の文aとbの正誤の組合せと
して正しいものを,下のア∼エのうちから一つ選び,記号で答えよ。
a ムハンマド=アリーがマムルーク勢力を一掃し,近代化を推進した。
b 「エジプト人のためのエジプト」をスローガンに掲げたバーブ教徒の乱がおこった。
ア a−正 b−正 イ a−正 b−誤
ウ a−誤 b−正 エ a−誤 b−誤
問9 年表中の空欄 禀 に入れるのに最も適当な地域名を答えよ。
問10 下線部稱について,この革命の影響について述べた文として正しいものを,次のア∼エのうち
から一つ選び,記号で答えよ。
ア スペインでは,リェーゴらが立憲革命をおこした。
イ イタリアでは,マッツィーニらがローマ共和国を建てた。
ウ ポーランドのワルシャワでは,ロシアの支配に反対して反乱がおこった。
エ ドイツでは,大学生の学生組合によるブルシェンシャフト運動がおこった。
問11 下線部稻について,『経済学および課税の原理』を著し,労働価値説を唱えた経済学者で,穀
物法の廃止を主張した人物として正しいものを,次のア∼エのうちから一つ選び,記号で答えよ。
ア ベンサム イ リカード ウ マルサス エ アダム=スミス
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問12 下線部稾について,この人物を指導者として 1864 年にロンドンで結成された,世界初の国際
的な労働者組織の名称を答えよ。
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問13 下線部稷について,この革命とその影響について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正
しいものを,下のア∼エのうちから一つ選び,記号で答えよ。
a 選挙法改正を要求する集会(改革宴会)が禁止されたことをきっかけにおこった。
b ウィーンでは三月革命がおこり,メッテルニヒが失脚した。
ア a−正 b−正 イ a−正 b−誤
ウ a−誤 b−正 エ a−誤 b−誤
問14 下線部穃について,二月革命直後に樹立された臨時政府に入閣した社会主義者の名を答えよ。
問15 下線部穗について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを,下のア∼エのうち
から一つ選び,記号で答えよ。
a この戦争でのナイティンゲールの活躍が,国際赤十字社の設立に影響を与えた。
b この戦争に敗北したロシアのアレクサンドル2世は改革に着手し,農奴解放令を発布した。
ア a−正 b−正 イ a−正 b−誤
ウ a−誤 b−正 エ a−誤 b−誤
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第5問
次の問1,2について,それぞれ 100 字以内で答えよ。
問1 19 世紀半ばに大規模な反乱と諸外国からの侵略を経験した清では,1860 年代に入ると洋務運
動が推進された。この運動について,運動が開始された背景と目的,さらに運動の限界も含めて,
次の語句を必ず使用して,述べなさい。
漢人官僚
問2 1917 年のロシア革命で成立したソヴィエト政権は,危機的な食料状況を解決するために新た
な経済政策を導入した。この経済政策の内容について,ロシアに危機的な食料状況が生じた背景
と経済政策の結果を明らかにしながら,次の語句を必ず使用して,述べなさい。
対ソ干渉戦争