本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると 判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、 第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
Asia Trends
マクロ経済分析レポートタイ経済事情:物価上昇リスクへの予防的対応で利上げ実施
~政情不安は燻るが、景気拡大や食料品価格上昇などで物価上昇懸念高まる~ 発表日:2010年7月15日(木) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 副主任エコノミスト 西濵 徹 (03-5221-4522) (要旨) • タイ銀行は、14日に開催した定例会合で政策金利を25bp引き上げ1.50%とした。同国の利上げは約2年 ぶりで、世界金融危機後に利上げを行うのはASEAN内で3番目となる。6月の消費者物価は前年比 +3.3%と目標を上回るが、コア物価は同+1.1%と落ち着いている。しかし、これまでの金融緩和や海 外資金の流入で資金供給量が拡大して過剰流動性が懸念される中、国内では金融政策の正常化を求める 声が高まっていた。今後も緩やかな利上げが続くと予想される。 • 政情不安は景気の重石になると懸念されたが、早期収拾で足元では落ち着きを取り戻している。アジア 向け輸出の拡大が景気を大きく牽引し、投資拡大や雇用改善で内・外需ともに回復に向かっている。し かし、政情不安はGDPの1割弱を占める観光関連産業に悪影響を与えており、4-6月期の経済成長率 を幾分下押しする可能性がある。 • 先行きの同国経済においては、在庫率の低さやアジア経済の拡大で直接投資などが景気を下支えしよ う。対外信用力についても十分な健全性を備えている。しかし、今年は雨季の雨量が例年に比べて非常 に少ないため、コメの作柄が懸念される。同国は世界最大のコメ輸出国であり、アジアのコメ市況の上 昇を通じて各国の物価を押し上げる可能性がある。当然、同国においても悪影響が懸念され、金融政策 は難しい舵取りが求められる。 • 政情不安による景気悪化懸念で株式相場は一時調整したが、短期間での収束により値を戻している。中 国の景気減速懸念や利上げはマイナス要因になろうが、好調な企業業績が株価を支えよう。一方、外国 人投資家のリスク回避局面ではバーツ売りが進んだが、追加の利上げ観測やファンダメンタルズの強さ を背景にバーツ高圧力が掛かり易い状況が続くであろう。 《物価上昇率は目標を上回り、過剰流動性も燻る中、アジア周辺国に追随して利上げに動く》 • 14 日、タイ銀行は定例の金融政策決定会合で政策金利を 25bp 引き上げて 1.50%とした(図1)。同国の利 上げは世界金融危機直前の 2008 年8月以来約2年ぶりであり、金融危機後にASEAN諸国で利上げを行う のはベトナム、マレーシアに次いで3番目となる。6月の消費者物価は前年同月比+3.3%と徐々に上昇して おり(図2)、当局の定めるインフレ目標(0.5~3.0%)を上回っているが、コア物価については同+1.1% に留まるなど、必ずしも内需拡大によるディマンドプル型の物価上昇には至っていない。しかし、国際商品 市況の上昇で食料品やエネルギー価格は前年比で二桁%近くに達するなど、コストプッシュ型の物価上昇圧 力が高まっている。さらに今年は雨季の雨量が少ないため、コメの不作が懸念されており、物価上昇が一段 と進む可能性が出ている。 • また、当局は世界金融危機後一貫して金融緩和を続け、海外資金の回帰も進んでいることから(図3)、年 明け以降資金供給量の拡大ペースが加速している(図4)。結果、過剰流動性に対する警戒感が強まってお り、物価上昇を加速することが懸念されてきた。先月の会合では、政情不安やユーロ問題などのリスク要因 が解消した場合の利上げを示唆していたが、政治情勢の緊張が小康状態を取り戻したことも利上げに踏み切 る要因となった。 • 当局のタリサ総裁は9月末に任期満了であり、政府は今月初め次期総裁としてタイ銀行協会会長で業界第3 位のカシコーン銀行頭取であるプラサーン氏を選出する方針を明らかにした。同氏は年末までに金融引き締本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると 判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、 第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 めを進める必要性を指摘していたことから、早晩利上げが行われる可能性が高まっていた。さらに、政情不 安が比較的短期間で収束し、ユーロ問題による直接的影響も限定的であるため、政府内でも早期の金融政策 の正常化を求める声が上がっていた。当局の声明文では、足元の物価上昇は落ち着いているが、来年にかけ て景気拡大による物価上昇圧力が高まるとの見方を示しており、フォワード・ルッキングな対応であるとし ている。 《内・外需の拡大で製造業中心に生産拡大続く一方、政情不安の激化が観光産業などに悪影響》 • 同国では、約3年半に亘って続いてきた政治闘争が景気の重石となってきた。今年3月にはタクシン派反政 府団体(UDD)が首都バンコク中心部を不法占拠する事態となり、4月に政府軍が強行突入した結果、多 数の犠牲者が出る最悪の事態を招いた。その後、政府はバンコクをはじめ 24 県に対して非常事態宣言を発令 して強硬姿勢を採ったことでデモは勢いを失っており、国民生活は表面上平穏を取り戻しつつある。アピシ ット首相は国内融和に向けて5項目からなる「国民和解案」を発表しているが、来年初めにも示される行動 計画は同国政治の不透明感を払拭する大きな試金石になろう。ただし、UDDは解散総選挙を求めており、 政府は一時 11 月の実施を提案したが、デモの早期収束により済し崩しの状態が続いている。国内融和に向け て、幅広い議論と真の民主主義の定着が試されている。 • 同国経済は輸出のGDP比が約6割と輸出依存度が高く、中国向け輸出をはじめ(図5)、アジア向け輸出 の拡大を牽引役に景気回復を果たしてきた。実質輸出は昨年5月を底に拡大を続けており、足元では金融危 機前の水準を取り戻しつつある(図6)。結果、製造業を中心に雇用環境は大きく改善し(図7)、大規模 景気対策による公共投資の拡大も雇用改善を促している。結果、個人消費は昨年春を底に急速に回復してお り、足元では過去最高水準まで拡大している(図8)。こうした内・外需の回復を背景に製造業生産高は大 幅に拡大している。一時は 50%台に落ち込んだ設備稼働率も政情不安が深刻化する直前には 75%まで向上し (図9)、企業の設備投資意欲も大きく向上するなど(図 10)、投資拡大を促す好循環が生まれている。 • 一方、年明け直後 70%近くまで回復していたホテル稼働率は、政情不安の深刻化で観光客数が激減したこと から5月には 35%まで低下するなど(図 11)、GDPの約1割を生みだす観光関連産業への悪影響は厳しい。 図 3 海外証券投資流出入額の推移 図 4 マネーサプライ(M3)の推移 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 1 政策金利の推移 図 2 消費者物価の推移(前年比) (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると 判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、 第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 さらに、今年は雨季に入った5月以降も降雨量が極めて少なく、政府は農家に対して稲の作付けを遅らせる よう指示しているような状況にあり、GDPの約1割を生み出す農業部門も厳しい環境となっている。1-3 月期の経済成長率は前年比+12.0%、前期比年率では+16.0%と潜在成長率を大きく上回る景気拡大を遂げ ているが(図 12)、4-6月期は政治的混乱などの影響が懸念される。 《海外からの直接投資も背景に、先行きも生産拡大が見込まれる。一方、農業生産の動向がリスク要因》 • 先行きの同国経済について、製造業を中心に急速な生産拡大が続いてきたが、年後半に掛けては若干の調整 図 11 観光客数とホテル稼働率の推移 図 12 実質 GDP 成長率の推移(前年比) (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 9 製造業生産高と設備稼働率の推移 図 10 民間投資動向の推移 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 7 雇用環境の推移 図 8 民間消費動向の推移 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 5 中国・香港向け輸出額の推移 図 6 実質輸出の推移 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると 判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、 第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 が予想される。ただし、足元の在庫率は依然として低水準で推移しており(図 13)、引き続きアジア向け輸 出の拡大が期待されることから、景気の腰折れは免れるであろう。同国は「東洋のデトロイト」を標榜して 長年に亘り自動車産業の育成に取り組んできたが、ASEAN諸国の中では裾野産業の発展が進んでおり、 ASEAN内での立地条件の良さや政府の投資奨励策なども相俟って、海外からの直接投資の拡大ガ続いて おり(図 14)、民間投資を牽引してきた。実際、政情不安が激化やマプタプット問題にも拘らず、今年前半 の直接投資申請額は昨年から倍増しており、今後も投資と輸出の押し上げで同国景気は牽引されよう。そし て投資拡大による雇用改善で個人消費の押し上げも期待され、景気の本格回復をもたらそう。 • 輸出拡大に伴う経常収支の黒字基調で対外信用力の向上も進んでいる(図 15)。さらに、昨年後半以降の海 外資金の回帰もあって、外貨準備高は着実に増加しており、6月末時点で 1468 億ドルに達している(図 16)。 一方、大規模景気対策による歳出拡大で財政赤字が拡大しており、昨年以降公的債務は急速に増加したが、 4月時点の公的債務残高はGDP比 45%と新興国の平均水準に留まっている。また、対外債務は民間部門の 短期資金を中心に拡大し、4月末時点で 754 億ドルまで増加しているが(図 17)、国際金融市場で短期的な 動揺があった場合でも十分に吸収可能な水準にあると判断される。 • 先行きの不安材料として、特に雨季の少雨に伴う悪影響を指摘しておきたい。同国は世界最大のコメ輸出国 であり、その収穫状況や輸出動向はアジアのコメ市況や食料品価格に大きな影響を及ぼす。同国でも家計消 費に占める食料品のウェイトは3割以上に上るため、急激な価格上昇があれば、個人消費を大きく下押しす る懸念がある。金融当局は物価上昇圧力の高まりを理由に利上げを実施したが、今後は国際商品市況や食料 品価格の上昇によってコストプッシュ型の物価上昇が高まる可能性があり、政策対応は難しさが増すであろ う。 図 15 経常収支の推移 図 16 外貨準備高の推移 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 13 在庫率の推移 図 14 直接投資流入額の推移 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると 判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、 第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 《政情不安懸念の後退で株価は戻す。力強いファンダメンタルズが評価される可能性も》 • 4月の政情不安の激化が嫌気され、株式相場は急速に調整する場面はあったが、短期間で収束して比較的落 ち着いた状態が続いているため、底堅い景気が再評価されて値を戻している(図 18)。今後も主要輸出先で ある中国の景気減速懸念や、追加利上げの可能性が株価を抑える要因となろうが、好調な企業業績が株価を 支えよう。 • 一方、通貨バーツは政情不安が注視された局面においても、堅調な景気を背景にバーツ高圧力が掛かってき たが、外国人投資家のリスク回避局面で他の新興国通貨同様にバーツも売られた(図 19)。しかし、今回の 利上げによって内外金利差が拡大しており、今後も緩やかな利上げが続くと予想されているため、バーツ高 圧力が高まると考えられる。一方で投資家のリスク回避姿勢に伴い長期金利は下落基調が続いてきたが、リ スクマインドの改善や利上げ圧力により足元では徐々に上昇している(図 20)。 以 上 図 20 長期金利の推移(10 年債利回り) (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 17 対外債務残高の推移 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 図 18 株式相場の推移(SET 指数) 図 19 為替相場の推移(対米ドル・ユーロ) (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成