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東北支部のメッセージ私達は 3 11 東日本大震災 において 全国の会員の皆様から義援金をいただきました その時のお返しという意味も込めての見舞金募金です 4 月のみつわ会総会で取り扱いを決めます 幹事会では熊本地震で熊本県在住の会員の皆さんに大きな損害が発生していないことから 送金された見舞金の取

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第53号 2016年12月 発行

九州みつわ会便り(新年号)

九州みつわ会事務局

p. 1

迎春接福

花開富貴

今年も穏やかな佳き年であることを、

心から願うものであります。

九州みつわ会会長 安達新吾

今日は、元旦、心も新たに日めくりカレンダーの一 枚目をめくると日の丸に大きな 文字で1、が記さ れており、いよいよ一年のスタートであることを実感 するものです。 手元の和暦(こよみ)を捲りますと1 年を、四季、 二十四節気(注:一ヶ月を二つに分け、前を「節」後 を「中」と呼び、それぞれの季節、気象を表したもの、 例えば1 月の「節」を立春・1 月の「中」を雨水…12 月「節」は小寒・「中」は大寒)などに区分されてお り、稲作中心の農業国日本では、折々の自然の移り変 わりをいち早く正確に読み取り収穫を感謝したもの で、そのなかで生まれた伝統的な文化や、しきたりが 暦には織り込まれているように思われます。改めて、 暦の素晴らしさを感じとるのも正月気分のせいでし ょうか。 ところで、よく言われる言葉に「一年の計は元旦に あり」その年の目標を一年の初めの元旦に掲げその決 意を表明するものです。これは、中国の古典「月令広 義(げつりょうこうぎ)」に、人生における大切な計 を四計として、記されているものだそうです。 それによりますと 1. 一日の計は晨(あした-朝)にあり 2. 一年の計は春(正月)にあり 3. 一生の計は勤(真面目に勤めること)あり 4. 一家の計は身(健康)にあり 私の計は、「身(健康)にあり」です。そのための 努力も必要かもしれません。 さて、皆様方の計はいかがなものでしょうか? 殆どの方が「一家の計は身にあり」ではないでしょ うか。 くどいようですが、高齢者の健康維持には、よく 言われております「あ・し・た」 あ=歩くこと し=しゃべること た=食べること を実行しましょう。簡単なようですが段々と難しく なるかもしれません。 第一の財産は「健康」である お陰様をもちまして、昨年九州みつわ会の各同好 会は月1 回のペースで開催、活発な活動がおこなわ れていますが、徐々に参加者が減少傾向にあるのが 気掛かりです。 しかしながら、これからもこの伝統ある九州みつ わ会をより良いものにするために幹事一同頑張っ ております。 今年も皆様方のご協力をお願い致します。 この新しい年がより佳き年であります様に心から お祈りいたしまして、新年の挨拶とさせていただき ます。

特別報告

熊本地震見舞金東北支部より5万円!

東北支部の皆さんより熊本地震で被災された九州 支部会員を支援するため、見舞金を募り5万円が送金 されています。

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東北支部のメッセージ

4月のみつわ会総会で取り扱いを決めます。 幹事会では熊本地震で熊本県在住の会員の皆さん に大きな損害が発生していないことから、送金された 見舞金の取り扱いを例えば熊本城の再建基金への寄 贈などを基本に4月の「九州みつわ会総会」へお諮り して決めたいと考えています。

「生きていきます、これからも」

安浪 寛治 (山鹿市在住) 原稿依頼を受けるなど、何十年ぶりでしょうか。 入社時(1966年)を思い出しました。 当時は組合の青年婦人部の文体部を担当して「緑 陰」作りとレクレーション係を担当していましたが、 「緑陰」作りが大変でした。 宮田先輩の指導の下、初めての作業でした。年に1 回は特別号を作っていて、原稿依頼を皆にお願いし て回った経験が、今は懐かしく思います。 あの頃は一生懸命に仕事をし、組合活動をしていた なと、また酒飲みに、中洲によく出かけたものでした。 懐かしいですね! 今この年になって(73歳)思うのは、人生は何だと 若い頃、考えていたことは1つとして当たっていなか ったということです。 何か意味があったのか?わかりませんね!ただ 日々生きてきて、現在があるという思いです。 妻と死別して、1人で生きていて、人生とは、私は 少しも考えていませんでした。 この歳になって思うことは、人は一人では、生きて いけない。 周囲の人に支えられて共に生きているということ です。 大地震が突然発生しました。皆さん生まれて初めて の経験です。 運良く生きて、日常生活ができていることが、不思 議であり、また有り難いということだと、心からそう 思います。 ただ生きていることが、いかに大変なことか初めて 解りました。 地域の人に恵まれて、楽しく生きています。 悲しいことがあっても、生きていれば、明日にはい いことがあることが、実感として解ってきました。 成長という言葉を、若い頃、よく使いましたが、本 当にその意味がこの歳で、そう思えるようになりまし た。 成長して、人の情けや、気遣いがわかってきました。 自然が美しく、厳しいものだということも、また気 づきました。 これからも、幾多の災難が待っているでしょうが、 一つ一つ乗り越えて、生きていきます。 皆さんと一緒に!

「入社時の思い出」

毛利 成紀 (福岡市在住) 月1回のパソコン同好会も年々肩にかけるパソコ ンの重みを感じて参加しています。 しかし5時以降の懇親会では先輩、後輩の話題や体 験談はとっても面白くて楽しみです。 私は昭和37年に福岡支店(当時は綱場町・福岡第 1生命ビル5階で地下1階はレストラン・会社の社員 食堂は定食100円で大盛況でした。) に入社しま した。 支店長はТさんでした。 独身寮は福岡市春吉にありまして、そこで1年間お 世話になりました。 私達は「3・11東日本大震災」 において、全 国の会員の皆様から義援金をいただきました。そ の時のお返しという意味も込めての見舞金募金で す。

寄稿コーナー

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先輩の中でも、Kさんはラテン音楽が好きで、部屋 でよく聞きました。 後にKさんは奥様Yさんと社内結婚されました。 寮母さん(村上さん,蒲原さん)も親切な方でしたの で名前も記憶しています。 蒲原さんは長崎県出身の方で、一定の時間が来ると 信仰している宗教の読経をされていました。 当時の先輩は皆さん個性的な方が多くにぎやかで した。 記憶にあるのはぼそぼそと口数の少ないМさん、麻 雀の好きなSさん、Тさん。 真面目なUさんと私で全員10名位だったと思い ます。 当時36・37年入社の全員で「6・7会」という グループを結成し近くの山に登ったり、海で遊んだり して青春そのものでした。 労働組合も活発で福岡分会青年婦人部も意気盛ん でした。 支店内のクラブ活動として野球部、茶道部、華道部、 その他がありました。 茶道部の人からしばしばお茶をご馳走になりまし た。 私が野球部入部当時は福岡市の金融機関チームの 中でもAクラスでしたから補欠でしたが練習で鍛え てもらいました。 ベンチ温めが多かったのですが楽しんでおりまし た。 そうそう昼休みには将棋を指したり、碁を打ってい る人もよく見かけました。 50数年前の事ですから内に外にいやなことも 多々ありましたが、楽しかった事の方が思い出として 残るようです。 これからも九州みつわ会の行事に参加し思い出作 りを続けたいものです。 毛利さん提供 入社当時野球部福岡・広島・高松支店の3店対抗にて、懐かしい顔ぶれが!!

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[博多町歩きは総鎮守

お櫛田さんからスタート]

11月9日世界文化遺産博多山笠のスタート地点で ある博多総鎮守の櫛田神社に集合し、少し肌寒い中、 紅一点藤瀬薫さんを含め10名の参加でボランティ アガイドの軽妙な説明を聞きながらの出発となりま した。 世界文化遺産の博多山笠の飾り山の前で コースは人魚伝説で有名な龍宮寺で鎌 倉 時 代 は じ め 漁 師 の 網 に 八 一 間( 1 4 7 メ ー ト ル )と も 伝 え ら れ る 巨 大 な 人 魚 が か か り 、 そ の 報 告 を 受 け 、 都 か ら 勅 使 と し て 冷 泉 中 納 言 が き て 調 べ た そ う で 、 面 白 お か し い ボ ラ ン テ イ ァ ガ イ ド の 説 明 に う な ず き な が ら 、 想 像 た く ま し く 聞 い て い ま し た 。 熱 心 な 説 明 に 上 田 ・ 毛 利 ・ 田 中 克 彦 さ ん 次に向かったのは、木造大仏と五重の塔を構える東長 寺で、空海(弘法大師)が日本で最初に創建したお寺 です。また、 黒田家二代忠之公、三代光之公、八代 治高公の墓所があります。 博多で唯一木造の五重の塔、空海が持ち帰ったといわれる仏舎 利が納められています。 次にむかった博多承天寺はNHK大河ドラマ源頼朝 で登場した宋商人謝国明らの支援によって建てられ た寺院で玄界灘を見立てた石庭に感心しながら、数年 前に再建された博多千年門を最終ゴールとしました、 「足には自信がない、途中抜けるかも」といっていた、 田中克彦、大庭浩司さんも元気に歩き通し、やはりみ んなと一緒だとテンションが上がるようです。 最終ゴール地点の承天寺傍の再建された「博多千年 門」(この近くにあった博多の町門の辻の堂門をイメ ージしたといわれています) 左から清水将英・國広・黒川・田中克彦・藤瀬・安達・ 上田・毛利・中原・大庭の 10 名の参加者 ウオーキング終了後は近くの博多駅地下の「石藏」で 懇親会を、大腸癌手術明けで「禁酒断行中」の清水将 英さんと共に、心地よい疲労感で、いつもはあまり飲 まない毛利さんがお酒を1杯注文するなど、皆さん焼 酎にお酒にと美味しいお酒をいただきました。

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話が弾む大庭・田中克彦・國広・中原・清水将英・毛利さん (幹事 黒川 記) 11月9日の「博多町歩きの」申し込み回答書に記載 された近況を掲載しています。 石川 安三郎 (中津市在住) 一度皆さんにお会いしたいと思いつつ今回も欠席 させていただきます。本当に申し訳ありません。 相変わらずカラオケに通っております。 お蔭様で元気で過ごしております。 本当に会長はじめ役員さんご苦労様です。 人のお世話は大変です今後ともよろしく、ご参加の 皆さんによろしくお伝えください。 佐藤 末喜 (大分市在住) 当日は先約と重なり参加できません。 平々凡々な毎日を退屈しないで過ごしております。 古賀 重樹 (春日市在住) 現体調不良に療養中のため不参加とします。 皆様によろしくお伝えください。 清水 将英 (福岡市在住) ①大腸癌を発症し、5月に癌摘出手術を施し、6月 より今日まで抗がん剤点滴投与による化学療法 を受診しております。 ②幸い術後の経過も順調で、抗がん剤の副作用もな く 卓 球 の 練 習 や 同 窓 会 活 動 を し て い ま す 。 “禁酒中”デス 篠崎貞義 (熊本市在住) 4月の熊本震災の折は会員の皆様から、電話・メー ル・お手紙で励ましていただき、又支援品を頂き有難 うございました。 熊本地震では「当たり前の日常」がいかに大切なも のであるか実感しました。 お蔭様で元気になりました。 震度1以上の余震も4.000回を超え毎日揺れて いる感じです。(まだ強い揺れがあると目を覚ますこ とがあります。) マンションの復旧工事は日本塗装防災協会の定め た基準による建物の被災調査を行った後に実施する ことになっています。[修繕積立金と保険金(一部損) で賄う予定です。] 毎朝90分のウオーキングで体力維持をはかって います。 長 芳弘 (東京在住) 今年は台風で大変でしたね、被害者はありませんか。 家族の状況は良くないが僕は元気にみつわ会の会 合には出かけています。 昨年、九州みつわ会に在籍のまま支部は東京支部へ 移籍しました。

近況報告

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中々、九州みつわ会の行事には参加できませんが連 絡はお願いします。 東京の歩こう会は11月24日、柴又帝釈天と矢切 の渡しの散策です。 安川 栄一 (福岡市在住) 7月末から妻と共に山梨県の身延山修行に参加し 至極元気に過ごしております。 長野 信隆 (熊本市在住) 地震、豪雨、台風、噴火災害と今年は自然災害に見 舞われた熊本でしたが、少しずつ復興の形が整ってき たようです。 これからが正念場ともなっています。 河原 浩司 (福岡市在住) 「神経障害性疼痛」が治まったかと思えば、最近罹 病者が多いといわれる「腰部脊柱管狭窄症」を発症し ました。歩行の継続が困難な状態で弱っています。 今回の企画は博多育ちには懐かしい場所ばかりで 参加できないのが残念です。 青木 勉 (大野城市在住) 昨年、農業法人(株)を立ち上げ現在オリーブ農園 をやっています。 日新を退職し来年で15年そろそろみつわ会卒業 したいと思っています。 北島 匡朗 (宗像市在住) 毎日暑いですね、皆さんお元気ですか。 健康維持のため朝5時30分に起きて散歩してい ます。 畑の方は、今年は雨が多く不作です。 テレビドラマや読書で1日過ごしています。 下川 和夫 (筑紫野市在住) 年齢も忘れ庭木の手入れ中、腰椎の 3 か所を圧迫骨 折にて 2 か月入院し今は家でヘルパーさんの支援を受 け、杖を頼りにリハビリ中です。 皆さんも決して無理をされないように。 白垣 正義 (福岡市在住) 代理として二女 父、白垣正義は 8 月 26 日に満 75 歳となり、(株) リックサポートの顧問を退職いたしました。 長い間社会で働いた父を尊敬いたします。 今は、週 4 回の長丘にあるデイサービスに楽しそう に通っております。 お元気な方が多く、麻雀もあり、母体が整骨院なの で体のメンテナンスも充実したところです。 これからの人生を楽しんでほしいと願っておりま す。 八木田 寛 (宇戸市在住) 昨年末から足を骨折入院しておりましたが,現在は 元気になりました。 花田 良継 (北九州市在住) ゴルフ・パソコン・カメラ同好会には皆勤して皆さ んとの交友を楽しんでいます。 勿論旅行にも当然参加します。

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野口 富隆 (筑紫野市在住) 腰痛のため歩行困難で参加できません。 どなたか治療法をご教授ください。 井原 巌 (福岡市在住) 調査事務所1年目ですが、10月より通常業務が 課され、いよいよ忙しくなって参りました。 週末のドライブ&写真の趣味が最大の癒しとな っています。 吉田 隆弘 (福岡市在住) 3月末、勤続40年で退職いたしました。 現在は国内旅行、バラ栽培、フィットネスクラブ 等のんびりゆっくり過ごしています。 栗崎 一麿 (佐賀市在住) せっかくのご案内で恐縮ながら小生病気療養中 のため参加できません。 皆様によろしくお伝え願います。 井上 覚子 (長崎市在住) 年とともに内科、眼科、歯科、整形と病院が次々 と増え、毎日巡礼に多忙を極めています。 まだ足が動けるのが幸いでしょうね。 もう少し頑張りたいと思っています 新屋 孝一 (福岡市在住) みつわ会便りいつもありがとうございます。 お蔭様で元気にしております。 安浪 寛治 (山鹿市在住) 参加できずにすみません。 地区の文化祭の責任者のため色々忙しくして います。 皆様が元気でありますように!!

1月18日(水曜日)の新年会へのお誘い

日時 平成29年1月18日(水曜日)13 時より2時間程度 場所 セントラルホテルフクオカ (今回も開催場所が変わっています。) 810-0004 福岡市中央区渡辺通 4 丁目 1-2 ☎ 092-712-1212 会費 5,000円 西鉄バス渡辺通り2丁目バス停傍 九電ビル隣

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皆さんの参加お待ちしています。

ここ数年、年々参加者が減少しています。何とか例年通りの形式で新年会を開催したいと考えています。 皆さんが、参加しやすいよう昼食会としましたので参加をお待ちしています。

= 訃 報 =

川島 忠孝さん 76歳 平成28年6月19日 ご逝去 吉田 剛さん 77歳 平成28年10月25日 ご逝去 吉田剛さんより、10月の亡くなる直前の『博多 町歩き』葉書申込書の近況欄には次のコメントがあ り、これが最後のメッセージとなりました。 「いつもお世話になって居ります。 リハビリを頑張っています。皆様のご健康をお祈り 申し上げます。 また喜寿のお祝い有難うございました。」

ご逝去を悼み謹んでご冥福をお祈り申し上げ

ます。

脳トレクイズに挑戦

問1.マッチ棒を3本動かして逆向きに 問2.マッチ棒を2本動かして向きを変える 右脳や左脳を動かして脳トレーニングをすると 脳が若返るそうです。

みつわ会便りの原稿を随時募集

九州みつわ会便りは、皆さんから寄せられた近況報 告や原稿が「あの人はどうしているという便り」にな り.元気や励ましをもらって発刊が続いています。 懐かしい顔ぶれの写真なんかも大歓迎です。 (写真はスキャンしてお返しします。) 寄稿の方は いつでも、黒川・上田までご連絡ください。

参照

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