教育総論
著者名(日)
井上 円了[講述], 本間 与吉[筆記]
雑誌名
井上円了選集
巻
11
ページ
375-429
発行年
1992-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002938/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja鞭 菰
館
︷曇
年泉メ 第二號目吹 塊方糞本館法定、畢絞譲 建ノ茸晃 酋 主 喪昂灘騒良V 窯畢尭 宗散替亭 斑亭士 熱育●筆 ヒ獲躯士 印度冑● 碑 陶 斌貸峯. 輻串ノ囎餌日
信了丁
版幽回三貝教育総論
べ 1.冊数 8回に分けて講義録に掲載 2.サイズ(タテ×ヨコ) 220×147㎜ 3.ページ 総数:80 本文:80 4.刊行年月日 哲学館講義録 第6学年 2 号(明治25年11月15日),5号’ (12月15日),9号(明治26年1 ζ、 月25日),11号(2月15日),15註 二) 号(3月25日),18号(4月25 日),22号(6月5日),34号(10 月5日) 亙 櫃 敢一咋纏一趾薄 .、 繊 .−・ ン. ア イ くド ー終、 欝 ・ヒ ・ ]ス學十一 井・上 側丁 藩⋮泌 ヘドドげ げば ゴ ゴ シ
鮭懸繧雛欝三㍍狸讐悟欝籍繋繋鐸.
蒸璽藩聯ば;;き・.チ警薮灘淳㌢ま.以. 肖・ ラ讐羅響⋮葦警・・ ナ,、欝⋮三琴讐・・、瓢 ボ娠情途罐瀦纏総峻該ぱ漬畠舜タ畑論・; 麟驚轟難織簾華. ・、霧醗.
。 キ雛ぱ麟癒ぺ.・. パ籍難繋鱗難衡ナξ警遠㍉叢欝萎髪
工婿ぺ■実鷹憾罐が嫌犠登逢七ダ︵解満・少原詔・︹タエ9ウU子ガ雪v͡毘匿・, ミ,ゴ蒙−﹁,”﹁ヒ 、 ゴ (巻頭) く ﹁ ∨ ・ ㌢﹀嶽灘
藁︶●沖ロ思曽霊ま霊更責、 為5の=コ■入焦田■荻歪∀湯 墨■鷲事 三薫ぶ徽、⊇ ○蟹費所 ’、照 殆 白 録 二熔.ぶ , o鳴亭o●霞茂讐●驚宰商庖筒‖宗璽δ惇羅★軍・’言x次垣簾a翌蓑 灘謬懇罎 £竈田鍵砦ま︸墓灘’ 口入×溺硲摸菖i脅 ミ難三㌻ 臨.・㌶:Z㌘ 戸弾 Eぷ富鶴大醗書嘩 、 r,ゴ醐鞍豊竪灘纏
ぶ 賢行者蒙間輯者 印 刷 者 印 刷 所登行所
ぺぷ 汲 猶了Os灘ーヒw肖ぶ、 ・「モ慧灘
W麗嚢饗襲漬↑ ・爾、.江 縄 佼久聞司掲介 .ま猛秀・[葵 舎 貿.畢﹁館㌧ ・六乳2 5.句読点 なし 6.その他 (1)筆記者は本間与吉(館内 員)。 (2)本書では「季候」「副似」な どのあて字と考えられるものが あったが,原文のままとした。文学士 井上 円了 講述
館内員本間与吉筆記
、 本講は教育総論というといえども、世間普通に説くところと区域および部類を異にし、もっぱら通常の教 育書において講ぜざるところを述ぶるをもって、教育余論という意味をもって見るべきものなり。 教育総論 緒 =A 日冊 本講は便宜のため、左の四段に分かちて逐論すべし。 第一段 学科 第二段 目的 第三段 種類 第四段 方法 右各段を説明する前に、教育はなになるかを簡単に述べんと欲す。教育とは人が自然に備えてある性質を開発 発達せしむるものにて、原語にてエデュケーション︵国合8江oコ︶といい、ラテン語のエデュコー︵国合oO︶に出 でて、﹁導く﹂また﹁引き出す﹂の義なり。たとえば樹木の種子より発達するがごとく、種子中含有するところの 認 性能が開展発育して根幹枝葉を生ずるに同じ。種子はすでにこの性能を有するが故に自然に任せおくも発育せざるなしといえども、これに人工を加うればなお完全に発育するがごとく、人の性能もすでにその元初に含有する ところなるをもって自然に放任しおくも多少発育せざるなしといえども、これが方法順序を定めて育養すればな お完全なる発達を遂ぐるを得べし。しかれども世人ともすれば教育を尊重するのあまり、人は教育を施さざれば 少しも発達せざるように考うる者あれども、これ決してその理由あるべからず。前に述ぶるがごとく、人は樹木 の種子におけるがごとく本来性能の元素を固有するものなるが故に、いやしくも生まれてこの土地山川の間、社 会人衆の間におる以上は、人の手を下して教育せざるも、自然に四囲百般の事情の育成を受けて、その元素がい くぶんかの発達をなし得るものなり。また、ある論者は人に同一様の教育を施せば同一様の人物を作るを得べし と思惟する者あれども、人はその形のいかなる手段を施すも同一様の形となすあたわざるがごとく、その性質も いかに同一様なる教育を施すも決して同一均等の性質を有せしむるあたわざるものとす。これ遺伝の性能おのお の相異なればなり。 遺伝に二種あり。︵一︶に連続性、︵二︶に間敵性これなり。連続性遺伝とは祖先以来ある性能を継承するものに して、一国民のその気風性情を同じくするがごとき、また同調なる言語を発するがごときこれなり。ひとり性能 のみならず体質形相をも父子相遺伝するものにして、世界上諸種の人族がその骨格、容貌、色沢を異にするがご ときこれなり。しかるに親の性質体貌のその子に遺伝するに、あるいは父母に似、あるいは祖父母に似、あるい は二、三代を隔てたる祖先に似ることあり。もし一、二代を隔てて遺伝するときは、これを間歌性遺伝という。 しかして遺伝の存する以上は、各人の経験は決して同一なるあたわざるをもっての故に、その子の性能またおの おの異なるものとす。教育はその固有する性能を開発するに過ぎざれば、たとえ同一様の方法を施すも、決して 376
教育総論 同一様の人となすあたわざるは理の当然なり。たとえば学校において同じ習字帖を与え、同じ教師が日々これが 筆法を教授するも、大抵似寄りたる書風に至るといえども、決して一〇〇人は一〇〇人まで同一様の字は書かざ るものにして、同流儀の字を書きながら、あるいは軟なるあり硬なるあり、あるいは瓢逸なるあり沈実なるあり、 いくぶんか個々の特色をあらわしおるのみならず、またおのおの一家相伝の筆法を示すものなり。かく父祖の性 質技能が子孫に遺伝するものなるに、豪傑の子に暗弱なる者あり、愚昧なる者より賢良なる者を生ずることあり。 すなわち遺伝の規則はある場合には例外を生ずることあるがごとしといえども、これいわゆる間歌性の遺伝なる ものにして、数代を間隔し数十年を経過して、しかして後に発顕するものなり。病のごときも、その父母や祖父 母にあらざる数代前のものを発顕することあり。癩病のごときはこの間歌性遺伝によりて発顕するもの、往々こ れあるなり。人に野蛮の性質あり猛悪の気風を有するは、やはり間敵性遺伝によりて数千年前の野蛮時代の遺風 を性質上に発顕するものなり。かのフランス大革命のときのごとき、人の野蛮時代の遺伝性を発顕したるものな りという説あり。 右述ぶるがごとく、遺伝とは連続性の外に間敵性のものあるが故に、いついかなる事情によりてその数代前の 英質を発顕するやも計るべからざれば、教育はなるべく普及して、なるべく多数の人を育成せざるべからず。深 山幽谷の間にある村落には、かつて数十百年前に由緒ある門閥や、あるいは時にいれられざりし豪傑の落ちきた りて子孫を残せし所も往々これあるなれば、幸い文明の今日に及び教育の誘導により、その数代前の英質を発顕 して有為卓抜の人豪の起こらざるものにもあらざれば、山阪水奥といえども、事情の許す限りはあまねく教育を 施さんことを要するなり。 377
第一段 学 科
本段において弁明すべきは、教育は学なるか術なるかのことこれなり。そもそも学とは理論によりて道理を発 見するものにして、術とは学理を事実に応用して効果を生ぜしむべき手段方法なり。しからば教育はなになるか というに、術なりと答えざるを得ず。すなわち心理学上の原則を人性の発達上に応用するところの手段方法なり。 しかして社会が教育の必用を感ずるの度ようやく増進するに従って、これが手段方法を講ずることもいよいよ綿 密となり、ついに一科の系統組織をなすに至り教育学の名初めて起こる。これ実に近代のこととす。その系統組 織とはいかなることそというに、心理の原則を人性の発達に応用してその効果を生ぜしむるには、いかなるもの がこれが適当なる効力物なるか、その効力物をばいかなる年齢にはいかなる性質をもって適当とするか、かつこ れを与うるにはなにほどの分量をもって適当となすか、またいかなる場所といかなる時間とをもっていかなる順 序によりてこれを施すべきや、このほか教育は人性をいかなる辺まで発達せしむるに堪ゆるものなるか、また社 会の必要上いかなる点まで発達せしむるを要するか等を研究するものなり。これ教育学の本部とするところにし て、これにおいて教育学もまた一科の学問なりといわざるべからず。しかしてその学問は心理学に比するに応用 学なり。すなわち実地応用を目的とする学問なり。もしこれを歴史上よりその変遷発達を講究するときは、これ を教育史すなわち教育発達論というべきものなり。故に教育には、教育学として講究すると、教育史として講究 するとの二部門ありと知るべし。なお純正哲学を歴史上より研究すると、ただちにその性質問題の上に研究する 378との二種あるがごとし。
第二段目的
教育総論 教育において目的と立つるものに二種あり。︵一︶には一個人としての目的、︵二︶には社会の一人としての目的 これなり。浅くこれを見れば、教育はただ一個人の知識道徳を開発するがごとしといえども、深くこれを考うれ ば、更に社会と相関係せる一目的の存するを知るべし。そもそも教育の世の中に成り立つは、社会の存立してあ ればなり。もし世界に一個人のみ孤立するものならば、教育ということは必要もなく、また成り立つべきいわれ なし。しかるにその成り立つは、人々社会を成し互いに共同分業の関係を有すればなり。これを狭くいえば一家 族相互の関係あり、これを少しく広むれば一町村の関係あり、ますますこれを広むれば一郡一県より一国一社会 と相互の関係を有するなり。すなわち吾人の衣服、食物、住居より政治法律に至るまで、その安全に生命を保ち おるゆえんのもの、みな社会の供給を受用せざるなし。換言すれば、吾人は社会の存立しおるがために成り立つ ところの活体なり。故に吾人はただ利己のみの心ありて一意これを達せんとするも、かえってその目的を達する あたわず、社会のために尽くしつつ己の欲望をも達することをはからざるべからず。故に自己を発達せしむると 同時に社会をも発達せしめざるべからず。かの道徳において自己に対する義務と社会に対する義務との二種を説 きかつこれを勧むるゆえんは、これがためなり。しかれども、この二つの目的は全然相隔つものと思惟すべから 79 3 ず。畢寛二にして一、一にして二なるものなり。なんとなれば、一人ずつを次第に離してみれば国家社会なく、また国家社会を離れては一個人の成り立つべき理由なく、個人と社会は一と一〇〇とのごとく相まって相成るも
のならしかれども、社会の利益・個人の利益は間々警する・﹂となしと覧たとえば国家危急のときに警捌
走りてこれに死するは、一個人にとりては不利なるも社会にとりては利益なり。また、鉄道を布設するに大切な るわが田園を取り上げらるるは、われにおいて不利なるも社会においては利益なり。さりながらこれは直接上の 沙汰にして、間接には国家社会に利なることはめぐりめぐりてわが利となり、その不利なることもまたわが不利 となる。すなわちわが身の難に死することを惜しみてひそかに遁逃するも、みなこのようなる心掛けをすれば、 戦破れ国辱められ、ついには他国の虐政にあいて、その身の生命財産を保つあたわざるに至る。またわが田園の 取り上げらるを惜しみてこれを拒めば、わが田園の収穫物を早く需要地に運搬することあたわざるなり。故に人 はその一個人としての発達を企図し、その利益を遂ぐべきはもちろんなりといえども、また一方には社会の発達 を補助し、その幸福を進めざるべからず。すなわち教育において、この二個の目的を有せざるべからず。 それ目的ということは、吾人が未来に対するところの希望なり。しかしてその希望はいかなるものを体となす べきか。およそ目的といえば、必ずこれが体なかるべからず。たとえば仏教において目的の体とするところのも のは、仏となることこれなり。教育において目指すところの目的体はいかなるものぞといえば、吾人が今日のあ りさまは決して完全なるものということを得ず、故に目的とするところは、なるべく完全なる人物となることこ れなり。しかるに前にも述べたるがごとく、すでに遺伝上の差等あり、不完全なるところあるものなれば、決し て完全なるものとなることを得ざるがごとしといえども、なお次第次第に進歩せしむべき道なしというべからず。 なお玉をみがくにはどこまでみがけば限りなりということなきがごとく、たとえそのもとは不完全なるものなる教育総論 も、漸次に改良しつつ進めば、人間の発達上に限りあるべからざるなり。これを宗教上よりいえば、ヤソ教のご ときは神の命令にさえ従えばその目的を達すべしというも、教育上にてはかかる漫然不確実なることにては、今 日開明の人間に承知せしむるを得ず。故にここに宗教を離れて理想的完全の目的を立て、これを目標となさざる べからず。かの仏教にて成仏を目的として仏に向かって進むるは、いわゆる理想的完全の体を目的とするものと いうも不可なることなし。すなわち理想上において最上至極に完全なる体を想像して、かくのごとき人とならん ことを希望するなり。開闘以来の人物中には勝れたる者も多しといえども、みななにほどか欠点なきあたわず。 故に理想上の構成を要するなり。ここに理想上の想像と、通俗にいう想像とを区別せざるべからず。通俗に想像 といえば、道理に離れたる構成を意味す。たとえば羽翼の生じて天上を飛翔する人とか、全体みな黄金をもって 造られたる山とかいうものは、みな道理外の構成にして有り得べからざるものなり。理想の想像とは、各部の組 織みな道理によりて成れるものをいう。すなわち完全なる人物というも道理に外れたるものにあらずして、いち いち道理によりて推定したる完全なる人物をいう。しかれどもかくのごときはこの世界中においてもっとも知識 の勝れたる人が想像するところの人物にして、実際にては一般の人をしてこの最上至極なる完全の人物を想像せ しむるあたわざるなり。しかれども各個人の思想中には、その知識の分限に相応したる理想的人物を構成するこ とを得べし。故にその完全の度は人の年齢によりて異なるべく、智愚によりて異なるべくも、ただ不道理なる想 像をなさずして、己より数等勝れたる人を想像するをもって足れりとす。またその理想的人物は、文明の進み知 識の開くるに従って今世紀において完全なる人物として想定するところの目的体は、来世紀には不完全なる人物 皿 となして更に勝れたる人物を構成することあるべし。かく次第に進みてその究極するところを知るべからずとい
えども、その一世一代一人において完全なりと考うるところのものは、やはりその一世一代一人において完全な るところの目標なり。故に、ことに教育に従う者はおのおのその思想中に完全なる人物をえがき、これをもって 目標となし、わが担当するところの後進を育成して、この完全体に到達せしめんことを期せざるべからず。もし それ教育者の理想卑小なるときは、その日常行動の後進に示すゆえんのものまたおのずから卑小に陥りて、彼ら が志気を高尚にし、期望を遠大にし、品格を上達せしむることあたわざるものなり。 以上のべきたるところこれを約言するに、教育の目的は、個人のために完全なる発達を遂げしむること、およ び社会のために完全なる発達を遂げしむること、しかしてその体とするところは、教育者たる者まずその完全体 を思想中にえがきて目標となさざるべからざることこれなり。 382
第三段種類
通常には教育の種類を挙げて智、徳、体の三育というなり。しかれども近年教育学一段の進歩をなせるより、 この三育にてはいまだ人性の発育を尽くせるものにあらずとするに至れり。すでに心理学にありて古代は心性を 智力と意志との二種に分かちたれども、近世は智、情、意の三種に分かつに至る。かのカント氏、ハミルトン氏 等みなしかり。これより以後、心理を論ずる学者大抵これに依拠して、その研究いよいよ精密に赴けり。したが って心性の教練は智、意の二にとどまらず、更に情の一育を加えて心性三能の教育を唱うるに至れり。しかして 智の働きは知識に関し、意の働きは道徳に関するごとく、情の働きは美妙に関するが故に、情の育成はこれを性教育総論 質上よりは情育と称すれども、目的上よりは美育と称するなり。さて美の一育を加うるゆえんをくわしくいえば、 もし人の情を高等に進めざれば下等の獣欲を長じ、たとえ智育において精微の原理原則を悟り得ても、私欲の炎 発に支配せられてその智をもってたまたま残虐暴戻の業に使用するに足るべく、世間往々智者学者といわるる人 にしてよく法網を脱し、あるいは巧みに他人の幸福を奪う者あるは、畢寛情欲の下等なるがためにその智をもっ てこれが奴役に供するのみ。また道徳は意志に関すというも、未発のとき正情をもってその意志を奨励するよう にせざれば、また常に徳義の範囲にその意志を決行するを得ざるものとす。世間往々善にも悪にも強しといわる る相反の二性質を具備する者あり。これ意志の力すでに強く、幸いにその心徳義の方向に動きたるときは、たま たまもって人をして感服せしむべき徳行をなし得るの力を有すれども、常に正情をもってその心を浸しおかざる をもって、いったん悪感情の心面に躍出するときは、あえて不義を遂ぐるにはばからず。否、覚えず知らず非行 をなすに至るものにて、その世間に毒を流すこともまた劇烈なりとす。しかして情操は常に智意の二力を調和し て善道に誘導せしむべき偉大の功あるものなるが故に、これが酒養をはかるは教育中また重大の事業なりといわ ざるべからず。しからばその教育はいかなる法によるかというに、情の発達をはかるはひとり智育のごとく書物 や講義によりてこれを遂ぐるのみならず、美術なる実物をもってこれを酒養せざるを得ず。けだし人の怨恨憤怒 を和らぐるには、美術よりよきものはなし。その心いかるところありといえども、たれか燗漫として喜ぶがごと く笑うがごとき風光に対してその心を解かざる者あらんや、たれか和気洋々たる音楽を聴きてその心をやわらげ ざる者あらんや。猛獣も音楽によりてその殺気を感化することを得るという。まして感情の鋭き人間においては、 珊 これによりてその心を平和にすること一層の効力あるは明らかなり。情育は実に意育と密接の関係を有するもの
にて、意育のみにてはいまだその徳をよくするあたわざるなり。たとえ強健の意志ありといえども、正情をもっ てこれを行わるるにあらざれば肝腎にあたるを得ず。しかるに人は少年以上の年齢に至れば大抵悪情の僻習を有 し、牢として抜くべからざるに至るものにて、これ習慣の積勢やむべからざるものあるによるなり。しからばそ の悪僻をふせぐの法はいかにすべきかというに、幼少のときより智、情、意の三育そのよろしきを得るを要す。 しかしてその習僻は幼少のときよりすでにその端をあらわしおるものにて、祖先以来の遺伝性これが原因となる なり。しかれども幼時のいまだ固結せざる間にこれを適当に調治しなるべく正情を保たしむれば、また個の善習 を得るに至るものなり。しかして幼児に向かいては理屈をもって悪情の悪たるを説くも、分別すること難きが故 に効能また少なし。故に智育のみにては教育の目的を達すべからず。もしまた賞罰をもってこれを矯めんとすれ ば賞罰のみを目的とし、ともすればかえって人性をそこなって猜智を養うに至ることあり。しからばすなわちい かなる法を採用すべきやというに、音楽美術等をもって知らず識らず不言の間にその情を緩和し酒養するの手段 をとるをもって最可とす。しかれども過度にこれを用うるは、また人心を軟化するの弊あり。その分量は智意の 二育とよく釣り合いを保たざるべからず。これ教育者が運用の妙に存すというべし。ただ教育者が情育において 念頭に掛けて忘るべからざることは、人間は高等の情の拡張さるるときは、下等の情欲はその反比例に縮小する ものなることこれなり。今一つは、情は高等に進めば進むほどその快楽は平らかにして、かつ久しきに保つを得 ることこれなり。本段は智、徳、体の三育をも詳述すべきはずなれども、これらは普通の教育書にことごとく説 示するところなるをもってこれを略し、ただ情育について一言せるのみ。 つぎに少しく右四種教育の軽重を論ぜんに、教育の重しとするところは体育よりむしろ心育の方にあるものに 384
教育総論 て、身は心の宿る所なるをもって心性発達の完成を助けんがためにこれを強健ならしむるの必要起こる故に、体 育は心育の補育というべきものなり。もっともその国の事情によりて大いに身育を重んぜざるべからざることも あるべしといえども、これ特別の場合によるものにて、普通にこれをいえば教育の目的は心育にありて、体育は これが補位に立つものと解して不可なかるべし。もしそれ特別の場合をもってこれを論ずれば、智、情、意育中、 あるいは重きを智に置き、あるいは情または意に置くことあるべし。これその国の情状によりて異なるべきなり。 ひとりその国の情状によりてこれを異にすべきのみならず、各児の性質によりてまた取捨せざるべからざるもの とす。これらは教師が綿密なる観察と親切なる教養とによりてなし得べきものなり。しかれども教育の理想をも ってこれをいえば、各能力はなるべく均斉に調和に完全なる発達を遂げしむべきものなりとす。 終わりに、教育の各種を彙類すれば左のごとし。 智力は道理力の教育なればこれを理育というべく、情育は美妙の性情を開発するものなればこれを美育という べく、意育は徳行を習成するものなれば徳育というべし。しかして智育は真を目的とし、情育は美を目的とし、 意育は善を目的とし、この三育相進みて真、善、美の三性を完成すべきなり。これに対して身育すなわち体育は 強健を目的とすというべし。 385
第四段 方 法
方法のことは、教育の意味を解釈するの広狭によりてその範囲に広狭あるものとす。教育は狭くこれを解すれ ば人為にて行う限界をいい、広くこれを解すれば人の性能を発育するに足るべきものは、その人為と天為とを問 わずみなこれを教育中に包括するなり。学校教育、家庭教育の二者は、今日普通の教育者がもって教育となすと ころのものたり。すなわち狭義の教育を指すなり。道理を聞かせ書物を読ませ、これによりて能力を啓発するは 学校の教育の事業なれども、家庭教育の事業は大いにその趣を異にせざるべからず。なんとなれば、児童が余念 なく家庭に嬉戯をなしおる時期は、その智力は模倣および想像にして、いまだ推理尋究の力あるを見ず。その情 感もおもに体欲上の発働にて、高尚なる情操を有せず、ただたちまちにして喜び、たちまちにして怒るのみ。こ の場合においての教育は、模倣、想像の能力および体欲を利用してこれを養育せざるべからず。すなわち父母は おもしろき実形実物をもってこれに示さざるべからず。しかるに世間、家庭教育といえば父母が書物を教うるこ とと思うは誤解のはなはだしきものにして、かえってその天性の発達を害するものなり。またこの場合において 児童の品行を養成するも、平常の挙動によりて感化するを要す。決して理屈責めをなすべからず。なんとなれば、 理解せざる者に向かいて理屈をもって厳責するも、児童は父母が怒れる顔色を見て父母の不満を知るのみにして、 その何故になすべからざるを知らざるが故にその効力はなはだ薄く、かえって卑屈心を養成することあり。慎ま ざるべからず。 386教育総論 つぎに教育の広義にわたりこれを解すれば、社会もまた一の教育なり。社会教育の学校教育と相異なる点は、 学校教育にては教育者の意志をもって目的および手段を定め、これによりて施行するものなれども、社会教育は 目的を定め手段を設くることなく、社会自然の情状が人間を感化するものなり。学校教育は目的手段において切 実なるの益あれども、その時間および場所に限界ありて、その及ぼすところ小なり。しかるに社会教育は目的手 段の切実なるものなしといえども、いたるところその関係なきはなく、その時間も場所もともにすこぶる広大な り。したがってその効果も偉大なるものなり。孟母が孟輌を三遷せしはなんぞ。すなわち境遇の人を感化するこ と大なるを悟りたればなり。換言すれば、社会は教育の一種たるを知ればなり。古諺に﹁朱に交われば赤くなる﹂ といい、また﹁愛しい子に旅させよ﹂といいたるもの、みな社会の人を感化する力を認めたるものなり。社会を 分解すれば、家族の社会あり、親戚の社会あり、朋友の社会あり、一郡一州一国の社会あり、人類全体の社会あ り、一家は社会の小なるものにして、人類全体は社会の大なるものなり。我人この間にありて日夜見聞接触する ところ、みなわが教育を助くるものなり。たとえ学校に入りて学校の教育を受くる間にても、教師より得るとこ ろのものより、同窓の朋友の交際より得るところのものかえって多しとなす。なんとなれば、感化の力は親密の 度と正比例をなすものにて、朋友は教師よりも親しみやすきものなれば、その朋友中に人物あればよくこれが感 化を受け、また悪しき者あればまたよくこれが感化を受く。しかも小児少年の感化を受くるは、善に化するより も悪に化することのはなはだ速やかなるものなり。これ幼少の際は五感の欲はなはだ盛んにして下等の情に制せ らるるのみならず、悪事をなせば不良の結果を招くことの経験いまだ少なき場合なればなり。寄宿舎のごときは、 87 3 なかんずくその同窓中の感化はなはだ大なるを見るなり。一室に四人おり、善人悪者半々なるときは、その善な
る者は次第に悪風に感化せられて、初めには紀律を守りて謹慎せし者も、ようやくともどもに紀律を犯すに至る なり。しかれども、もし善者三人悪者一人なれば、悪者のようやく自ら恥じて善に移るを見るなり。また一村一 郷等においては、大抵の人はその所の世論、風俗、習慣に制せらるるものにして、田舎巡りをすれば相撲好きの 多き村、または碁将棋好きの多き村、または淫奔のはなはだ盛んなる郷、または奢修のはなはだ行わるる郷を見 るなり。その郷村の人、あに生まれながらにしてかくも遊戯、淫乱、奢修の人多きものならんや。その長ずるに 及びて知らず識らずその隣人の行うところ、および長者のなすところに見倣い、ついに特別の風習を形成するに 至るものなり。これを喫煙家に聞くに、小児のとき戯れにタバコを吹けば嘔吐を催すほどに好ましからぬものな るが、たびたび世人のまねをなして喫煙し、ついに一刻も座右を離すべからざるものになるという。これを推し て、社会朋友の感化の力あるを知るべきなり。およそいずれの地方もその地方特有の風あるものにて、たとえば 京都の着倒れ、大阪の食い倒れ、堺の建て倒れのごときこれなり。また一家一家においても特別の風儀あるもの にて、小児は第一着にその風儀に感化せざるものなり。年長の者さえ悪しき風儀の家に奉公もしくは寄食すれば その風儀に感化せらるるものなれば、小児が家々の風儀に感化するは無理ならぬことなり。しかるに世の父母た るもの、自身は永くその風儀によりて生活しきたり、慣習性をなして一向にその悪しき風儀あることを覚えず。 したがってその小児に及ぼす影響に対して無頓着なる者、酒々たる世間みなしかるもののごとし。しかして小児 がたまたま悪しきことをなせば恐ろしき怒声を発してこれを懲らし、自らは一向に反省せざる者多きは嘆ずべき の限りなり。また小学校等にても各自特有の風儀ありて、知らず識らず生徒の気習を形成す。これはその郷村固 有の風儀と、教師の気質と相合して化成したる新風儀なりというべし。かくのごとく境遇によりてその感化を異 388
教育総論 にするは、すなわち社会的教育の場所に関するものなり。 社会の感化はまた時代によりて異なるを知らざるべからず。たとえば維新前の人は多く悲歌慷慨の風に傾きた るを見るべく、維新後の人は自由実利の風に傾きたるを見るこれなり。一国一民族がその古来の風俗気習を見る に、時代によりて変遷せること、史上および当時の文学、製造物等によりて推考することを得るなり。わが国民 においてはある時代は温雅優柔となり、ある時代は剛毅素朴となり、あるいは風流となり武骨となり軽薄となり 乱暴となれり。六、七年前の日本は西洋に偏し、今日の日本は東洋に偏せるがごとし。時風の変遷は、長きは一 〇〇年、短きは一〇年なり。精密に観察すれば、年々多少の変遷あり。一部の流行のごとき、はなはだしきは一、 ニカ月にしてやむものあり。維新前の人が一概に気強き風を持ち、現今の人は一概に気弱き風を持てり。後進の これに感化するは誠に痛ましき限りなれば、一方においては務めてこの風を矯正せざるべからず。すべて時風に 対しては、一概に前代の風に固着して時と推し移らざるも頑僻のそしりを免れずといえども、ひたすらに時流を 追いてこれ移り自己の習性を形づくらざるは、また軽眺のそしりを免るべからず。国民は個の定操なく習性なき は、外敵に対して拮抗すの力弱きものなり。かくのごとく時代によりて感化を異にするを、社会上時代に関する 教育というべきなり。しかるに世間にては、一定せる人が一定の目的をもって教育する学校教育のみを指して普 通に教育と称すれども、この学校教育なるものも、その実は社会教育の一種となして考うることを得るなり。な んとなれば、学校教則および管理の方法のごときは、当時の社会の世論事情に応じて種々に変遷し行くものにし て、学校そのものが社会の影響を免れざればなり。家庭教育もその家風または父母が特別の考えよりしていくぶ 89 3 んか他家の風と異にする廉もあれども、その多分は社会の情状に支配せられておるものなり。これをもってこれ
をみれば、社会教育の範囲はもっとも広大にして、その個人を感化する力、実に強大なるものなりと知らざるべ 90
からず。 3
学校教育と家庭教育とを比すれば、家庭の方は学校よりも肝要なり。なんとなれば、人間がこの世に生まれ出 でて最初の教育なればなり。しかも親子の関係は人倫中において最も親密なるものなれば、この間に行わるる感 化は人間一代が有するところの習性の基礎を作るものにして、家庭にてひとたび誤れる教育を受け、よこしまな る感化を受くるときは、強烈なる染料をもって白布を染めしがごとく深くその心情に固着して、学校において幾 年間この染班を洗い落とさんとするも、容易に成し得るところにあらざるなり。小児を六、七歳より学校に入る るも、放課後は家に帰るなり。これに休日等を加うれば、年中過半の時間は家にあるなり。その感受するところ、 たとえ双方同等の力なりとするも、家庭の感化は学校の感化より多からざるを得ず、いわんやその感化力の強大 なるをや。しかるに世の父母はその智徳を養成するはひとえに学校の教師にあるものと心得、学校の方には勉強 させんとすれども、自分が尽くすべき家庭教育の方法手段に考慮する者少なし。かくのごとくんば、教師のいか に骨折るも、その知識は育成することを得るも、その徳性の育成は到底その効を達することあたわざるものなり。 世の父母たる者、その子を学校に入れてその効果を得せしめんと欲せば、務めて家庭における教訓を慎まざるべ からず。小児における徳性の育成は、父母はこれが本職にして、学校教師はただこれを補助をなすものに過ぎず との考えをもってこれに当たらざるべからず。しかして世の母たる者は、己の感化は父の感化よりも強きものな ることを十分に心得おらざるべからず。 つぎに社会教育と家庭教育とを対比すれば、社会教育は時間と場所においては家庭教育よりも長くかつ広しと教育総論 いえども、家庭教育は最初の教育なるをもって、その範囲の狭少なるに似ずその力極めて強しとなす。しかれど も家庭教育の方法は社会の情状より支配さるるもの多き点より見れば、社会教育は家庭教育よりも一段強しとい うべきか。さりとて家庭教育はことごとく社会教育によりて支配さるるものにあらず。賢明なる父母および厳格 なる家庭においては、よく社会の善き流行と悪しき流行とを判別し、もってその志向をして正道順路を歩ましむ ることを得るものなり。古今、厳父賢母がよく酒々たる社会の悪俗に抗し、その子をして毅然たる丈夫たらしめ、 もって擬乱反正、救民治世の大業に尽精せしめたる者多し。畢寛社会教育は自然的にして家庭教育は有為的に行 い得るものなれば、世の父兄たる者よろしくその子一生の性質習慣は実に家庭教育においてその過半を成就する ものなることを思い、翼々としてその任務を尽くさざるべからず。あに飢ゆれば乳を与え、泣けば菓を給し玩具 を持たしむるのみをもって、これを尽くせりというべけんや。玩具を持たしむるにもその方法あり、菓を給し乳 を与うるにもまたその方法あるを知らざるべからず。 家庭、学校、社会三育の比較ほぼ述べたるをもって、なお社会教育の一筋につきて論ぜんに、田舎と東京とに おいて同じ力の教師に就きて学ぶとせんか。東京において学ぶ者は比較的に利口になるなり。これ東京の社会の 進歩におるがためにして、平素交通するところの書生朋友における、接見するところの学者紳士における、みな もってわが智見を拡むるの補助とならざるはなく、新聞に雑誌に、田舎におけるよりも早くかつ安くかつ多く見 ることを得べし。いわんやひとたび図書館の楼上に登れば古今の珍書随意にこれを読むことを得べく、ひとたび 博物館の場内を巡れば東西の異品随意にこれを見ることを得べきにおいてをや。これを山村水廓粛疎なる風物に 接するところの境域に比すれば、その開智の懸隔実に大なればなり。進みて西洋と日本とを比するに、その懸隔 391
の大なる、また東京と田舎とにおけるよりもはなはだし。同じく三年間の修学にしても、その得るところ学校の 92 外よりきたるもの多きをもって、その知識の進歩また著しとなす。一例を挙げんに、日本の博物館においてはそ 3 の陳列するところ大抵本邦のものなりといえども、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ等の博物館において は万国の品類を網羅せり。三、四年前わが帝国大学にてエジプトのミイラを購入し、諸人珍奇なりとて持てはや したれども、イギリスの都ロンドンの博物館にては館の一室全くミイラをもってみたし、種々異様のものをその 中に見ることを得るなり。イギリスの都中もっとも繁華なる場所に至れば、これ一国の都にあらずして万国の都 なりと思わしむ。なんとなれば、ここには吃然雲をつくばかりなる高台大慶軒をならべて聾立するに、これらは みなインド、アメリカ、南洋諸島等の海外諸邦の銀行、会社なればなり。したがってここに集会する商人はイギ リス一国の商人にあらずして万国の商人なればなり。これらの一、二をもってみるも、懸隔のはなはだしきを知 るべし。この他、推して知るべきのみ。その観察上より得るところはまた大ならずや。社会の影響が吾人を教育 する大なるを知らば、社会の改良を図るの必要を知るべし。その悪習汚俗は、務めてこれを駆除せざるべからず。 しかれども積年の余弊は短日月の間にこれを改修することあたわざれば、よろしく漸次をもって進めざるべから ず。しかして社会教育中その影響の至大にして、しかも他の習慣風俗をも作り出だすところのものはなんぞとい うに、政治および宗教なり。政治は社会の各部に関連す。その不正不義は、もって社会の各部を腐敗せしむるに 足る。しかしてそのこれを改良するはひとり政治家の任のみならず、各個人においても十分公平正明なる政治界 を構成することを祈らざるべからず。宗教は政治の外にありて、よく一国の人情を支配し、また大いに社会の盛 衰に関係を有するものにして、もって国民をして熱心ならしむべく、もって冷淡ならしむべし。政治の吾人に加
教育総論 うる制裁は現世と肉体にあり、宗教の吾人に加うる制裁は未来と良心とにあり。かれは外に人間の正義を保護し、 これは内に社会の徳風を維持す。故に社会の改良進歩は、政治宗教実にこれが率先をなさざるべからず。政治上 の改良は世おのずからその人あり、余輩またなにをか吹々せん。ただ宗教においては少しく論ずるところなかる べからず。宗教は人の精神に関するものにして、あえて外形に関するものにあらずといえども、精神において改 良を行えば、おのずから外形に発顕するものなり。古人のいわゆる﹁思い中にあれば色外にあらわる﹂というも のこれなり。しかれば宗教は精神一方のものにてありながら、なお社会の儀式を形成す。人死すれば葬儀を行う。 その葬儀たる、人々の思うままに営みて可なるもののごとしといえども、社会おのずから定式の存するあり。こ の定式たる、ほとんど法律においてこれを定めたるもののごとし。いやしくも奇異自ら喜ぶの人にあらざるより は、これにそむくは人々の恥じとするところなり。弔斎のごとき、またしかり。これらはもって遠を追い終を慎 み哀悼悲愁の情を表して、人倫を維持するゆえんの方法なり。儀式には社会的儀式と宗教的儀式との別ありとい えども、その社会的儀式なるもの、また宗教的の元素を含まざるものなし。西洋にてはその儀式とするところの もの、ほとんど宗教においてこれを支配しこれに関渉するなり。本邦の通儀は冠婚葬祭をもって四大儀となし、 葬祭の二儀は宗教的にして、冠婚の二儀は社会的なり。西洋にては産礼を重んじ祭祀を軽んずる風あり。これ人 情生前を大切にして死後を顧みざるより生ずるものなり。かの国においては友人の産日は必ずこれを紀念し、当 日には互いに贈り物をなすの風習あり。しかれどもその死後はこれを顧みず、その死せる年月すらこれを記憶せ ず、日本のごとき鄭重なる祭祀を営むがごときはこれなきなり。親の永別すらこれを埋葬場に送り、帰りてその 93 3 遺言状を読むやたちまち兄弟姉妹相争い、財産の配分についてその日送れる親を怨望することさえありという。
東西人情の相違かくのごとし。これをもって西洋における四大儀は産冠婚葬とす。しかしてこの四者ことごとく 宗教の関係するところにして、僧侶の交渉するところなり。そもそも儀式はもって人情を表し、倫常をつなぐゆ えんのものなり。しかるにその儀式を支配する宗教にして腐敗し壊頽するときは、人情人倫の壊乱を招くは自然 の勢いなり。故に儀式はなるべく鄭重に保存せざるべからず。しかれどもシナにおいて家人死すれば人を雇って 泣かしむるがごとき虚礼は、むしろ無きの優れるにしかざるなり。これ孔孟倫常の教え衰え、民すでにその精神 を失い、ひとりその形骸を墨守する者多きに座せずんばあらず。すでに論ずるがごとく、社会の宗教に待つある ことかくのごとき以上は、吾人はすべからく今日本邦の宗教を観察し、もってその改むべきところあらば速やか にこれを改めざるべからず。しからば宗教改良における着手の要領はいかにというに、一は道理の上よりこれを 改良し、一は実際の上よりこれを改良するこれなり。第一、道理の上よりするものはいかにすべきやというに、 古今学術の進歩上大いに異なるところありて、宗教を研究するにも今日は今日の研究法により、今日の学理に適 応することを計らざるべからず。しからずんば、もって文明日進の人民を相手にしてこれを教導することあたわ ざるなり。第二は実際の上よりするものはいかにすべきやというに、宗教者の行状と宗教の儀式これなり。宗教 者は人を化導するの責任を有する者なり。破戒犯律の僧侶はたまたまもって社会の風俗を素乱するに足るべくも、 すこしも人を化導するに足らざるなり。仏教は今日においてありやと問わば、人々その問いの奇警なるに驚かん。 仏教はいずれにゆくも、あるはすなわちありといえども、人民の習慣の上にあるなり。習慣は仏教的儀式の上に あるなり。人死すれば僧侶これを引導するなり。年忌きたれば僧侶これを供養するなり。僧侶なくては葬式も年 忌も整わぬことになりおるなり。四〇〇〇万の同胞社会ほとんどこれに頼りてその儀式を挙ぐる以上は、仏教は 394
教育総論 実に盛んなりというべし。しかれども、これ外面上の観察のみ。少しくその内面に入りて、人民はことごとくそ の宗義を解しその教法を信じおるや、その寺の僧侶を心中より帰依しおるやというに、その宗教に対する感情は はなはだ冷淡にして、過半は無宗教的の人なり。これらの人は世間名聞上の制裁に引かれて、習慣上ただ儀式の 関係を僧俗の間に存するのみ。しからばわが国今日においては儀式上の仏教はすなわちありといえども、化導上 の仏教はほとんどなしというも証言にはあらざるべし。余輩が前に仏教はありやの問いは、ここに至りて必ずし も、はなはだ奇警の言にあらざるを知るべし。しかりといえども余輩は仏教そのものに信を置かずして、かかる 苛酷の論をなす者にあらざるなり。仏教は実に世界無比の大聖釈迦仏の開始するところなり。仏教は実に世界無 比の甚深微妙の教理を包有するものなり。この大聖の開始するところ、この深妙の教理を含むところの仏教にし て、今日の衰頽をきたせるゆえんのもの、あに嘆じかつ慨せざるべけんや。これ余輩が大声疾呼その弊を摘示し、 もって一大改良を希望するゆえんなり。余輩あに好みてこれを言う者ならんや、またやむをえざればなり。やむ をえざるものはなんぞや。真理の晦光を惜しみ、道義の衰頽を憂えてなり。愛理護国の一念、覚えずここに至る のみ。 仏教そのものの改良はもとより僧侶その人の任なりといえども、社会もまた僧侶を助けてその改良を図らざる べからず。西洋にては社会の宗教に対する制裁はなはだ強きものにて、その寺の住職が学識なきか汚行あるかの 場合においては、檀徒の協議をもって随意にこれを放逐し、他の学識あり品行正しき僧侶をもってこれに換ゆる なり。またその宗内の紀律いたって厳重にして、管長教正等のその部下の僧侶を監督し、瓢防任免の公明なる、 居然として威厳ある政府のごとし。かくのごとくにして、上は宗教政府より下は信者社会より僧侶に向かいて淘 395
汰を行うが故に、自然の成り行きは学識乏少し品行不正なる者はおのずから僧侶たることあたわざるの慣習をな すに至る。しかるに本邦にては、宗教政府の監督も信徒の勢力もいまだ容易に寺僧を変置するあたわず。宗教部 内の監督よろしきを得ず、その組織いまだ整わず、その綱紀いまだ張らざればなり。信徒の勢力なきは、実は勢 力なきにあらず勢力を用いざるなり。勢力を用いざるは宗教に冷淡なればなり。畢寛するに、社会の進歩いまだ 宗教改良の必要を認定するに至らざればなり。宗教を改良せんと欲すれば、また社会を改良せざるべからず。社 会を改良せんと欲すれば、また宗教を改良せざるべからず。宗教の改良と社会の改良は、実に相持ちなるものな り。しかれどもいやしくも僧侶たるものは、社会の制裁乏しきに甘んじて自ら改良を希図せざるは、実にその宗 祖百辛千苦の余に建立せる行跡に対して大罪人といわざるべからず。あに恥ずべきの至りならずや。社会もまた おのずから宗教に冷淡にして、僧侶の無学識、不品行をよそに見流すは、これとりもなおさず社会の改良に冷淡 なるものなれば、あに猛省するところなくして可ならんや。もし世間に不品行の僧侶あらば、社会一同鼓を鳴ら してこれを責むべし。これに反して学識あり操行ある僧侶のその寺に住するに逢わば、よろしく礼遇を加えて優 待すべし。水は低きに従って流れ、人は優遇せらるる所に赴く、これ自然の通理なり。不善なる僧侶あるもこれ を等閑に付し、高徳の僧侶あるもあえて優遇を加えず。故に僧侶はもってその学をみがき行を励むの精神更に起 こらざるなり。ついに狐狸のごとき妖僧が平然として霊檀の傍らに横臥するも、社会の人括として制裁を加えざ るに至る。ああ、また棟然としておそれざるべけんや。いにしえは僧侶よく社会の礼遇を受けたり。故に英雄豪 傑の時に合わずして不平を有する者、間々走りて仏教に投じ、剃髪もって世と相絶つ者あり、坐禅もって悟道を 楽しむものあり。これをもって宗教内に名僧知識常に蝟集して、仏日の光明常に赫々たるの観ありき。これに反 396
教育総論 して今日は仏教部内より人物の往々出でて世間に鳴る者あれども、世間より走りて仏教に入る者まれなり。換言 すれば、いにしえは人傑世間より仏教にのがれ、今は人傑仏教より世間にのがる。古今の相反するかくのごとき ものあり、嘆ずべきの至りなり。寄語す、仏教の信徒諸君いやしくも愛理護国の精神あらば、よろしく奮いて仏 教に向かいてその改良を促迫すべし。また仏教の僧侶諸君いやしくも護法愛国の精神あらば、よろしく進みて自 家の改良を計画すべし。余は僧侶と信徒との関係の外に別に一策の存するあるを知る。すなわち政治上より宗教 に向かいて、いくぶんかの干渉をなすことこれなり。そもそも政治上より宗教に干渉することはあまりよきこと にあらずといえども、時機によりては実にやむをえざるものあり。たとえばわが国現今のごとき宗教の改良を僧 侶と信徒のみに放任するも、その成功実に遅々として容易に良果をえることあたわざればなり。今日医道の大い に改良進歩し、これを維新前に比するに雷壌もただならざるの観あるは、よく政治上よりこれに干与したればな り。もしその干与するなかりせば、あるいは往昔の草根木皮の治療が医業の最多数を占めおりしならん。しかる に医道に対しては、大学にはつとに医学部を設け学理の緬奥を探討せしめ、また別に大学病院を建てて治術の改 進を図れり。これわが国に医道の著しき進歩をきたせるゆえんなり。けだし医道は人の生命に関する業にして、 生命は人の最も貴重するものなれば、これを保護するは政治上政府の職務の一とす。故に政府のこれに干与する、 もとよりその当てなり。政府はまた教育に干与す。教育は実に一国知識の進歩に関するものなれば、政府がこれ に干与する、またその当てなり。これより推考するときは、政府は宗教に向かいて多少干与するところあるも、 またその当てなりといわざるべからず。なんとなれば、宗教は社会の人情、風俗、習慣を支配し、国家の秩序安 把 寧に密接なる関係を有すればなり。これをもってこれを推すに、わが帝国大学においてよろしく宗教専門部を置
きて、他の法、文、医、理、工の専門部と併立せしむべき理なり。西洋にてはつとにその大学中に神学部の設け ありて、完全なる宗教家を養成することをつとむ。これ宗教家の学識を進むるは大いに国家の隆替に関するによ る。方今、西洋諸国中なお国教を制定して政治上の一機関となせるものあり。しかれども国教組織は政教混同の 弊あれば、余は公認教組織の必要を唱うるものなり。公認教組織は政府がその国の人情、風俗、政治、国体に適 応する宗教を優待して、これによりて社会の安寧を保護し国家の幸福を増進せしむるをいう。しかるにわが国に ては、いまだ公認教の制度あるを見ず。また大学中に宗教専門部の設けなければ、われわれ民間の有志者の力に よりて宗教家の養成法を設け、社会を化導してその改良を任ずべき僧侶を教育せざるべからず。これ余が哲学館 を設立したる旨趣の一なれば本講の問題外に当たるに似たれども、論じてこれに及ぶなり。かつ以上挙ぐるとこ ろは、宗教の改良と社会の改良と密接なる関係を有するゆえんを述ぶるために、その一例を示したるに過ぎざる なり。 すでに教育の方法として家庭、学校、社会の三育を論じたるをもって、教育の行わるる範囲はもはや論じ尽く せるもののごとしといえども、なおこの外に以上三育にも劣らざる至広至大なる一大教育の存するあり。すなわ ち自然の教育これなり。自然の教育は、かの故意的なる学校教育とは大いにその性質を異にし、教育論中にはこ れを合説すべからざるもののごとしといえども、教育なる意義を解することの広狭によりてあるいはこれを拒み、 あるいはこれを入るることを得べし。余は今広義をもって教育を解しもって本講を開きたるものなれば、勢い自 然の教育に論到せざるべからざるなり。かの社会教育は、一部分は人為にして一部分は自然なり。この自然の教 育は、純粋に無意無心なるものの吾人に及ぼす教育にして、全部ことごとく自然なりとす。すなわち日月星辰、 398
教育総論 山川鳥獣のごときこれなり。たとえば山間に住める者はその気静に、海辺に住める者はその気騒がしく、熱帯の 地に住するものは遊惰に傾き、寒冷の国に住するものは耐忍力に富めるの類は天地自然の影響なり。かくのごと きを総じて自然の教育という。しからば山林の静寂なる、海浪の怒号する、風の颯々たる、雪の翻々たる、雷の 鳴り、虫の蹄くがごとき、みな口舌をもって吾人に教ゆるにあらずして、不言不為の間に吾人を感化するにあら ずんばあらざるなり。 自然の教育を分類するに、その種別また少なしとせず。その第一は﹁天﹂なり。天中に天文すなわち星宿あり、 天候すなわち気候あり。気候の中また寒暖あり、湿乾あり、風雨あり、霜雪あり。まず天文は哲学の初めて起こ り、理学の初めて起こりたる根源にして、要するに人智開発の導師なり。太初野蛮の状態よりようやく進歩する に及びて、仰ぎて天の窒形なるを見て天体の果たして円なるものか、星宿の燦然たるを眺めてその果たしてなに ものたるか、日の東より出でて西に隠るるはなんのためぞ、月の盈薦をなすはなんのためぞ、みな人心の疑問に 上らざるはなし。ギリシアのタレスは泰西哲学の開祖なり。しかして氏は実に天文学者にして、天象を観察しき たりて哲学を唱道するに至りしという。すなわち天文上の疑問は転じて宇宙全体の疑問となり、ついに哲学の端 緒を開きたるや明らかなり。理学の開祖ともいわるべき人はコペルニクスなり。しかして氏は実に天文学者にて ありし。その天文上の疑問は、またついに理学の端緒を開きたるや明らかなり。宗教もまた天文上の観察よりき たれり。ギリシアの宗教は天体を神に配したるものなり。いずれの国にても、古代は多く日輪、月球、北斗星、 明けの明星、暮れの明星をもって、ことごとく神なりと信じたりき。太古の宗教において、鬼神または神使をも 99 3 って天より下れりとなさざるもの少なし。アラビアは天文学および数学の最も早く開けたる国なり。これその国
の自然の事情のしからしむるところなり。けだしその国沙漠多くして降雨少なく夜気朗明にして、望遠鏡の力を oo 借りざるも近く明らかに天象を見ることを得るなり。アデン港においては三年間わずかに一回の降雨あるのみに 4 して、一根の草木だもその地に見るあたわず。それ空中に水蒸気多きときは天色朗明ならず、水気なきときは天 色朗明なること、本邦においてもしかり。ましてアラビアのごとき乾燥の地においては一層朗明ならざるべから ず。この辺の土民は多く地上に臥す。その仰ぎて天文の麗明にして燦然たるありさまを見て、早く天文の考えを 起こせるものなり。天文の考え起これば、数学の考えまたこれに伴って起こらざるを得ず。これを要するに、天 文の変化は人をして種々の疑念を起こさしめ、もって学術発達の原因となるものなり。すなわち天文は実に人智 の進歩を促すこと大なるものなり。また天文の美なるを望むときは、人をしてその思想を高尚にせしむ。仏教に おいては迷や悟を天文にたとえ、すなわち真如の月といい、無明の闇というごときこれなり。明月の夜のごとき は人をしてなんとなく円満の情味を起こして爽快を感ぜしめ、暁日の堂々として山顛に昇るを望み、夕陽の沈々 として西山に傾くを眺むれば、一は雄壮の想像を起こさしめ、一は粛凄の感想を起こさしむ。また夏天炎日の赫々 たるを見ては人をして恐れしめ、春天喧日の雍々たるを見ては人をしてよろこばしむ。人不平の感に堪えざると き出でて野外を歩し、蒼天の無窮なるを望み月球の盈鱈あるを眺むれば、おのずからその心を慰むるに足る。こ れをもってこれをみれば、天文の吾人が知識を啓発し、道徳を稗補する少なからずというべし。 つぎに気候はまた人間に著しき影響を与うるものにして、現に肉体上に与うる影響は、インド人と欧米人は同 じくアーリア人種より成来してありながら、皮膚の色沢に黒白の差を生ぜり。精神思想に及ぼすところのもの、 またこれに異ならず。各人において読書勉学の度は春より夏に向かいてすくなく、秋より冬に向かいて多し。温
教育総論 暖なれば人をして倦怠せしめ、寒冷なれば人をして勉強ならしむるによし。これ人々の経験するところなり。こ れを各国各社会に徴するに、熱国は人をして遊惰ならしめ、寒国は人をして勤勉ならしむ。しかるに熱国におい てその文明の早く開けたるはなんぞというに、︵一︶は熱国は物の発達早くして人智の発達もまた早し、︵二︶は熱 国は天然の産物に富み、人力を費やしてことさらに耕作するを要せず、衣食をえる道はなはだ容易なるをもって、 人民の繁殖も速やかなり。この二つの事情は、一時寒国にさきだちて文明を進めたる原因なりとす。すべて温暖 の国は草木の発生、花の開発早きがごとく、人智の発育もまた早し。かのインドにおいては早婚の弊はなはだし く、=、二歳より結婚して=二、四歳に及べば子を挙ぐるという。これ暖気の物の発育を早からしむればなり。 智力の開発もこれに準じて知るべし。またインドのごときは草木禾穀穣々として自然に繁茂し、その供給のおび ただしき常に需要に過ぐ。また暑きが故に必ずしも家屋を築くを要せず、藁々たる樹陰を尋ねていたるところに 露臥するをもって足れりとなす。また衣服は全くこれを用いざるも生活することを得るなり。かくのごとく熱帯 の地は天然の人を助くるあるをもって、人民の繁殖ならびに智力の開発の速やかなるを見るなり。史をひもとき て古代繁盛の国を尋ぬれば、インド、エジプト、アラビア、ペルシア等に指を屈せざるを得ず。しかるにこれら 早開の文明国が今日見る影もなく衰微せるはいかなる理由ぞとたずぬれば、︵一︶は衣食住の得やすきがために、 ︵二︶は温熱のために勉強力を減ずるがためなり。衣食住のあまりに得やすきが故に衣食住のために思慮工夫を要 することなく、したがってその能力は天助の発達の外に人為の発達を見ること少なきなり。また温熱は人の体力 をして倦ましめ精神をして緩ましめ、大いに勉強の力をそぎ忍耐刻苦を減ずるものとす。これをもって、その文 姐 化はある程度に至りてその発達をとどめたり。物その発達の程度に至れば後は次第に衰微に傾くは、草木の上に
おいてこれを見るのみならず、物体運動の上においても人の一生の上においてもみなその理法を共通するところ にして、熱国の国状ひとりこの天則を免るるを得ず。故をもって今日の衰運を見るに至る。欧州においてもこれ と同じき例あるを見る。初めはギリシア、ローマ、スペイン、ポルトガルのごとき南方の国は早くその文明を進 め、フランス、ドイツ、イギリス等の北方の国は後に文明を進めしなり。北方の文明がようやく進むに従い、南 方の文明はようやく衰えたり。イギリスにおいてはイングランドよりもスコットランドは多く学者豪傑を出だし、 アメリカにては南部よりも北部の方文明盛んなり。けだしイギリス、ドイツ等の国土は地味すでに膏膜ならざる のみならず、その季候泣寒にして大いに人力を加うるにあらざれば、生活品はほとんど一物をも得ることかなわ ざるありさまなり。しかるに人力はもと限りあるものなれば、大いに器械の力を借りてこれを補うことをなせり。 これをもって発明工夫にその知識を拡充せざるを得ず。しかしてその人力器械は、みな思慮工夫を凝らさざれば 発明するあたわず。これによりてその脳力を練磨す。これみな天地自然の必要に迫られ、次第にその智力を進ま して勉強力を養い、もって今日の文明をいたせるものなり。かつそれ寒き所に生長せしものは百難千苦を経たる 結果なるをもって、これを暖国に発育せしものに比すれば輩固なりとす。かの寒冷の山谷においていくたびか霜 雪の難をしのぎ、ついによく成長せし樹木はその質堅牢にして、棟梁の材となしてはその力のはなはだ強きがご とく、いったん寒国に発達せし文明は永続するの力を有するなり。日本にては衣食住の三者西洋に劣るのみなら ず、体格またかの国人に劣れり。この体格につきては余一説あり。これ日本の気候がはなはだよすぎるがためな らん。日本のごときよき気候を有する国は、欧州中において見ることを得ず。寒暖すでに中を得、かつ一山脈の 連綿として中央を貫通するありて、よく気候を調節し、春夏秋冬わが国のごとく都合よき所は、おそらくは万国 402
教育総論 中において比類少なかるべし。かくのごとくよき気候を有するがために、かえって人体にとりては不利なること あるべし。なんとなれば、進化学上の自然淘汰の理法に従えば、寒き所は本来体格の虚弱なる者はその生を保つ を得ず、強健にしてよく厳寒に堪え得るもののみ生存すべし。しかしてこの強健者より生まれたる子は、遺伝の 規律によりてまた強健ならざるを得ず。故に自然淘汰の結果、強健なる者のみを残すを得るなり。しかるに気候 の天然に、人身に適する都合よき所に生まれたる者は、生来薄弱なる者もその寿命を保つことを得べく、これら 弱質の人より生じたる子は、したがって弱質の体格をうけて弱性の人となると。今、樹木につきてその証左を挙 げんに、紀州の材木は木曾の材木よりも弱しという。これ木曾の材木は積雪をおかして生長したるものにして、 雪によりて淘汰せられたるものなればなり。もって暖地の弱者を生じ寒地の強者を生ずるを知るべし。これ本邦 人の体格が欧人に劣るゆえんの一力条に加うべし。なお事実の証左を挙げん。日本におりて肺病にかからざる者 も、イギリスに至りて肺患を起こす者多し。これかの不良なる気候に競争して敗をとりたるをもってなり。イギ リスにては秋冬の四、五カ月間は石炭ガスの混じたる黒霧が市中に蔽充し、朦朧として日色を弁ぜず、はなはだ しきに至りては白昼暗夜よりも暗きを覚ゆ。その人身を害する、実にはなはだしとす。生来肺弱性の者および肺 患の遺伝ある者は、これによりて病症を誘発せらるるはもちろんなり。日本の家屋は麓末にして空気の流通も自 在なり。これ気候のはなはだ厳酷ならざるがため、かえってかかる家屋をもって適当とし、洋屋のごとき閉塞多 き建築を要せざるためなるべし。故に日本の家屋は鹿末なりとてみだりにわらうべからず、またみだりに洋風の 建築をうらやむべからず。これ自然の必要によりておのおのその建築を異にしたるものにして、一朝にわかに洋 03 4 風の建築中にわが国民を住居せしむれば、かえって頭痛眩量の諸症を惹起するを免れざるべし。またわが国の衣
服の疎潤にして風のとおしよきは気候上の必要より生じたるものにして、邦人が洋服を着くれば歩行等に軽便な れども、夏日炎天の際にはわが衣服の軽便なるにしかざること言を待たず。もしまた︹西︺洋人が日本のごとき服 を着れば、たちまち感冒を発するを免れず。つぎに気候の精神を変化するゆえんをのべんに、寒帯の地に住する 人民はその気風朴随なるかもしくは剛毅なり、温帯の地に住する人民はその気風敏捷なるかもしくは温柔なり。 日本一国中においても南方の人と北方の人と大いに剛柔文質の性を異にするは、すなわち気候の影響なり。つぎ に晴雨もまた人気上に著しき影響を与うるものにして、日中にても北国は風雪多く南国は晴天多し。およそ人、 風雪の日にはその天色の薔閉せるがごとく陰気なる心を生じ、晴天の日にはその天色の爽快なるがごとく陽気の 心を生ず。北国人の気象はなんとなく陰気にして、南国人の気象はなんとなく陽気なるがごとく見ゆるは、一は 雨天多きがため、一は晴天多きがためによる。また気象すなわち晴雨の変化多きと少なきとは、人心上に少なか らざる結果を与うるなり。山間の気象は海辺の気象よりも変化少なし。これをもって、山辺の人は静平に、海辺 の人は躁急なり。かの長風の浩蕩として沖合よりきたり、怪雲の層々として沖空にふさがるに当たりてや、怒浪 驚波天を巻きて躍り、轟々として礁巌と相打ち、たちまちにして銀竜砂岸をかすめて走り、たちまちにして飛雪 磯頭をおおって舞うを見る者、その人気の躁にして急ならざらんと欲するも得んや。これに反して山間の風気は おのずから粛条にして、人をして無事悟澹の心を起こさしむ。インドの気象は変化ことに多く、迅雷、烈風、劇 震等の天災、人をしておのずから世の無常を感ぜしむ。インドにおいて宗教の早く開けたる、けだしこの点に起 因するという。吾人、平常穏和一様なる日はその心おのずから静平なれども、いったん疾風迅雷の起こるに会す ればその心を撹動しておのずから躁急ならしむ。天気天象の人心を支配する、また大ならずや。 404