病気回避動機が福島県周辺の 土壌汚染範囲推定に
及ぼす影響
著者
下田 俊介, 樋口 収
著者別名
SHIMODA Shunsuke, HIGUCHI Osamu
雑誌名
東洋大学人間科学総合研究所紀要
号
19
ページ
187-198
発行年
2017-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00008744/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja問題
年 月東京電力福島第一原子力発電所事故が起こった。この事故により、放射性物質が拡散 し、大気・土壌・河川・海洋などが汚染された。その結果、事故直後には、北は岩手県から、西は静 岡県までの広範囲の農作物から放射性物質の規制値を超える放射性物質が検出された(木方・大瀬・ 谷山, )。加えて 年 月現在でも、岩手県や群馬県で基準値を超えた放射性物質が畜産物か ら検出されている(厚生労働省, )。 さらに、この事故に伴う福島県やその近隣県の食品) 汚染により、消費者の当該食品に対する不安 が高まり、食品が売れなくなるといった風評被害も起こった。実際、事故後、福島県産の農作物の価 格は下落したが(日本銀行福島支店, )、その状況はいまなお(少なくとも一部の食品で)続い ている(河北新報, )。 こうした風評被害の生起因について、消費者の心理から検討したものが幾つかある( 口・埴田, 印刷中; 口・下田・小林・原島, ;工藤・中谷内, ;三浦・楠見・小倉, ;土田・広 瀬, )。一連の研究は、至近要因から検討しているものと、究極要因から検討しているものに大 別できる。このうち、 口・下田他( )は究極要因の観点(進化心理学的観点)から、風評被害 の要因を検討している。詳しくは後述するが、 口・下田他( )の研究では病気の脅威と、病気 に対する脆弱性によって、食品の知覚が異なることを示しており、本研究の目的はそうした要因に加 えて、実験を実施する際の状況もまた食品の知覚に影響を及ぼすことを示すことである。まずは、 口・下田他( )の研究について説明するが、その理解のために進化心理学の概説から説明するこ ととする。 進化心理学の知見 進化心理学では、ヒトの心は約 万年前から 万年前の間に進化適応環境(Environment of our病気回避動機が福島県周辺の
土壌汚染範囲推定に及ぼす影響
)下田 俊介
*・ 口
収
** * 人間科学総合研究所客員研究員 ** 北海道教育大学教育養成開発連携センター特任准教授 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第 号( ) ‐ 187evolutionary adaptation)において繰り返し起こった適応問題を解決するように進化したと想定してい る(Cartwright, )。適応問題には、身体保護・病気回避・配偶者獲得など、生存や繁殖に関わる 様々な問題があるが、こうした問題に関連した手がかりを知覚すると、その問題を解決するように動 機づけられる。なお、これらの動機は、とくに根源的動機(fundamental motive)とよばれることがあ る(Griskevicius & Kenrick, :表 )。
根源的動機の一つに病気回避動機があるが、病気回避動機は病原菌が体内に入り込まないような認 知・行動を促進する。たとえば、病気の手がかりを示す(発疹があったり、咳をしたりする)人物を すばやく検知したり(Ackerman, Becker, Mortensen, Sasaki, Neuberg, & Kenrick, )、そうした人物 から距離をとろうとする(Neuberg, Kenrick, & Schaller, )。こうした認知・行動は罹患確率を下 げるという意味で適応的といえる。 ただし、病気の手かがりはある程度ファジーに知覚される。というのも、同じ病気でも人によって 症状の現れ方が異なっていたり、あるいは病原体はヒトよりも進化の速度が圧倒的に速く、病原体の 知覚を一義的に決めてしまうと、新しい病原体に対処できなくなったりするためである。 しかし、病気の手がかりがファジーに知覚されることは、病原体が存在しないにも関わらず存在す ると判断したり、病原体が存在するのに存在しないと判断したりするエラーを生じさせる。エラー・ マネジメント理論(error management theory : Haselton & Buss, )によれば、このような判断には 系統的エラーが生じやすい。表 は、「病原体の存在の有無」と「病原体の存在の有無の判断」の組 み合わせを示したものである。表の中で「○」と記述しているところは正しい判断をしている場合で あり、「病原体が実際に存在している中で、存在すると判断する」場合と「病原体が実際に存在しな い中で、存在しないと判断する」場合を示している。一方、「×」と記述しているところは誤った判 断をしている場合であり、「病原体が実際に存在している中で、存在しないと判断する(false negative error)」場合と「病原体が実際には存在していない中で、存在していると判断する(false positive er-ror)」場合を示している。エラー・マネジメント理論によれば、人はコストがかからない方にエラー を犯しやすい。この場合であれば、病原体が存在するにも関わらず存在しないと判断し、病気になる 方がコストが大きいため、人は病原体が存在しないにも関わらず、存在すると判断しやすい。
表 根源的動機と動機の手がかり(Griskevicius & Kenrick, より作成)
動機 手がかり例 身体保護(self−protection) 怒り顔、外集団男性、暗闇、大きな音 病気回避(disease−avoidance) 咳、鼻水、不快な臭い、不潔、外集団成員 協力(affiliation) 社会的排斥、孤独、公平さへの懸念 地位(status) 競争、ライバルとのインタラクション 配偶者獲得(mate acquisition) セクシーな写真、ロマンチックな話 配偶者維持(mate retention) 闖入者、配偶者とのインタラクション 子供保護(kin care) かよわい赤ちゃん、家族とのインタラクション 188 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第 号( )
こうした傾向により、人は罹患している他者だけではなく、罹患していないが、病気の手がかりを 示す他者に対しても、回避傾向を示す。たとえば、外集団成員との接触は、歴史的・文化的にみて、 罹患のリスクをもたらしてきたことから(沼崎, ;Schaller, Conway, & Peavy, )、病気回避 動機が活性化している時には、外集団成員に対して偏見を示しやすいことが指摘されている。実際、 Huang, Sedlovskaya, Ackerman, & Bargh( )は、罹患に対する脅威が高まった時には、そうではな い時に比べて、外集団成員をネガティブに認知することを示している。 口・下田他( )は、福島県やその近郊の食品が売れなくなる理由の一つとして、病気回避動 機の影響を指摘している。すなわち、福島県やその近郊の食品が検査によって安全だとされても、病 気回避動機が高まっている時には、食品を危険だと認知しやすい可能性が考えられる。このことと関 連して、 口・下田他( )は、福島第一原発を中心とした、大きさの異なる複数の円を日本地図 に示し(図 )、どの地域であれば食べても良いかを実験参加者に尋ねたところ、罹患の脅威が高 まっている時には、そうではない時に比べて、食べたくないと回答した地域が広くなることを見出し ている。この結果は、福島第一原発から離れた地域(i.e., 安全だとされる地域)でさえ、風評被害が 発生する理由として病気回避動機の影響があることを示唆している。 本研究では、 口・下田他( )で示された、病気回避動機の影響の調整要因を検討することで ある。具体的には、回答者の回答「状況」に注目し、その影響を検討する。近年、修正できないと考 えられてきた自動的な認知反応が、回答者のおかれた状況によって調整されることが指摘されてい る。こうした視点は、状況的認知(situated cognition)とよばれるが、本研究ではこの視点から病気 回避動機の調整要因を検討する。以下では、上記の病気回避動機の影響が自動的過程であること、お よび状況的認知の視点について順に説明する。 状況的認知 自動性は、処理過程への気づき(awareness)、処理に対する意図(intentionality)、処理の効率の良 さ(efficiency)、処 理 に 対 す る コ ン ト ロ ー ル 可 能 性(controllability)か ら 判 断 さ れ る(Bargh, )。一般には、これらの特徴の一つでも満たされれば、すなわち、気づきがなかったり、意図が なかったり、効率が良かったり、コントロールができなければ、自動的反応とされる。 病気回避動機は、自動的反応を生じさせると考えられる。病気回避動機の影響は、顕在尺度で測定 表 病原体の存在の知覚に関するエラー 病原体ありと判断 病原体なしと判断 病原体あり ○ × 病原体なし × ○ 注)○の部分は正しい判断、×は誤った判断(エラー)をしていることを表す。 なお、× は「false negative error」、× は「false positive error」とよばれる。
189 下田:病気回避動機が福島県周辺の土壌汚染範囲推定に及ぼす影響
されることもあるが(Huang et al., ;Navarrete, Fessler, Eng, )、潜在尺度でもしばしば測 定される(Ackerman et al ., ;Faulkner, Schaller, Park, & Duncan, ;Park, Schaller, & Cran-dall, )。たとえば、Faulkner et al .( )や Park et al .( )の研究では潜在連合テスト(Im-plicit Association Test : IAT)が利用されているが、IAT は処理を意図的にコントロールしようとして も難しいことが指摘されている(Greenwald, Nosek, & Banaji, )。加えて、病気回避動機の影響 は気づかれにくい。というのも、罹患を回避しようとすることと外集団成員に対する偏見との間に関 係があることが一般的には知られていないからである。実際、 口・埴田(印刷中)の研究において も、この関係に言及できた参加者は一人もいない。このようなことから、病気回避動機の影響は自動 的であるとみなすことができるだろう。 こうした自動的反応は従来、固定的(rigid)で柔軟性がない(inflexible)と考えられていた。しか し、近年、従来の見解とは異なり、自動的反応もまた状況依存的であるという知見が蓄積されつつあ る(Gawronski & Cesario, )。以下では、Cesario による一連の研究を取り上げ、この点について 説明する。
図 実験で従属変数を測定する際に用いた地図
Cesarioは、自動的な防衛反応が知覚者のおかれた状況により異なることを示している。一般に、 防衛反応には闘争反応と逃走反応(fight−flight response)がある。このうち、どちらの反応が生じる かは空間・時間に依存し、逃走することができる場合には逃走反応が生じ、逃走することが難しい場 合に闘争反応が生じる(Blanchard & Blanchard, )。実際、Cesario, Plaks, Hagiwara, Navarrete, & Higgins( )は、実験がグラウンドのような広いスペースで行われる時と、実験ブースのような 狭いスペースで行われている時とでは防衛反応が異なることを示している。この実験では、まず白人 あるいは黒人の写真が提示され、それと同時に、闘争関連語・逃走関連語・非単語のいずれかが提示 され、闘争関連語あるいは逃走関連語であれば、対応するボタンを押すように参加者に求めた。その 結果、黒人が危険だとみなしていた参加者は、狭い場所で実験が実施された場合には(これまでの研 究と同様に)闘争関連語がより活性化する一方で、広い場所で実施された場合には逃走関連語がより 活性化していた。この結果は、自動的な防衛反応が「逃走できるスペースの有無」といった状況に依 存することを示唆している。さらに、Cesario & Navarrete( )は、内集団成員の存在の有無に よって防衛反応が異なることを示している。この実験では、ミシガン州立大学の白人女性を参加者と し、参加者が一人あるいは複数で実験に参加し、黒人が多く住むデトロイトまでの距離を尋ねた。そ の結果、一人で参加している場合には、黒人に対してネガティブな評価をもっているほど、デトロイ トまでの距離を遠くに感じていた(すなわち、逃走反応を示していた)。一方、他の内集団成員と参 加している場合には、黒人に対してネガティブな評価をもっているほど、デトロイトまでの距離を近 くに感じていた(すなわち、闘争反応を示していた)。この結果は、自動的な防衛反応が「他の内集 団成員の存在の有無」といった状況に依存することを示唆している。 このように、自動的反応は知覚者のおかれた状況によって異なり得る。では病気回避動機の影響を 調整する状況要因とは何だろうか。病気回避動機は病原体に感染するのを回避するためのシステムで あり、すでに述べたように、病気回避動機が活性化すると外集団成員などの他者に対してより敏感に なる。外集団成員に対するこうした敏感さの理由の一つは、外集団成員が自分たちとは異なる環境で 生活しており、免疫をもっていない病原体に感染している可能性があるためである(沼崎, ; Schaller et al., )。このことは、外集団成員が多くいる状況ほど、罹患のリスクが高くなること を示唆しており、外集団成員の有無によって病気回避動機の影響は調整されると考えられる。本研究 ではこの点について実証的検討を行う。 本研究の概要 以上の議論から、本研究では実験実施時に外集団成員の存在の程度によって病気回避動機の影響が 異なるかどうか、すなわち、外集団成員が多い(少ない)ときほど、病気回避動機の影響が強まる (弱まる)かどうかを検討する。 具体的には、 口・下田他( )の研究にもとづき、そこで得られた知見を外集団成員の多寡が 調整するかどうかをみていくこととする。 口・下田他( )では、上記のように、病気回避動機 191 下田:病気回避動機が福島県周辺の土壌汚染範囲推定に及ぼす影響
の操作をした後、福島第一原発事故によって汚染されたと思われる地域を推定させている。本研究で は実験を実施する際に、参加者に、参加者の周りに外集団成員がどの程度いるかを尋ね、それと病気 回避動機が汚染地域の推定に及ぼす影響を検討する。
方法
実験参加者 都内にある私立大学に通う大学生 名(男性 名、女性 名;平均年齢 . 歳)が実験に参 加した。参加者は、統制条件( 名:男性 名、女性 名)、病気脅威条件( 名:男性 名、 女性 名)のいずれかにランダムに割り当てられた。 手続き 大学の講義内で、統制条件あるいは病気脅威条件の質問紙をランダムに配布した。実験は、「日常 生活に関する意識調査」であると説明し、学籍番号等の個人を特定する情報は求めないため、深く考 えず、直観的にすばやく回答するように求めた。質問紙の構成は次のとおりであった。 まず、性別・年齢・学年・国籍といったデモグラフィック変数に回答を求めた。次に、病気のかか りやすさの個人差を測定する尺度である感染脆弱意識尺度(Perceived vulnerability to disease scale: Duncan, Schaller, & Park, )にそれぞれ 件法で回答を求めた。さらに、その日の体調や空腹度 など 項目にそれぞれ 件法で回答を求めた。 その後、教室にいる外集団成員の多寡を調べるために、教室の状況に関する質問として「教室の大 きさの割に人が多い」、「教室の中には知らない人がたくさんいる」といった項目、「今日の教室の空 気は不快だ」、「できれば教室の空気を換気したい」といった項目など計 項目に 件法で回答を求め た。 次に、 口・下田他( )で用いた病気回避動機の操作と同一の操作を行った。病気回避動機が 活性化する病気脅威条件では、ウイルスの写真や病気でつらそうな人の写真をみた後、「ここ ∼ 年でかかった最もひどい病気」を書き、その時の症状(e.g., くしゃみ、のどの痛み)として 種 類の症状の中から当てはまるものすべてにチェックするように求めた。さらに、その時の辛さなどを 自由に記述させた。他方、統制条件では、様々な新幹線の写真をみた後、通学以外で使った駅とその 駅の状況などについて自由に記述させた。またこれまで乗ったことのある新幹線すべてにチェックす るように求めた。 この操作の後、福島原発事故に伴う汚染地域の推定課題を行った。具体的には、「以下の図は東北 ・関東地方の地図で(図 参照のこと)、円の中心にある★マークは、福島第一原子力発電所の位置 を表しています。地図の中にある都県では今でも多くの農産物・海産物がとられています。あなたが 食べ物を食べる場合、福島第一原子力発電所からどのくらい離れたところでとれたもの(野菜、魚な ど)であれば、食べても良いと思いますか?地図にある①∼⑫の中から、あなたの意見に最もあては 192 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第 号( )まる数字に○をつけてください。」と説明した。 最後に出身地や現在の居住地域について都道府県単位で回答を求めた。実験終了後、デブリーフィ ングを実施した。
結果
本研究の仮説は、病気脅威条件の方が統制条件よりも汚染範囲を広く推定するが、この傾向は実験 状況に外集団成員が多い時に強まる、というものであった。この仮説を検討するため、最初に次のよ うなデータの処理を行った。まず実験状況の外集団成員の多寡を示す 項目「教室の大きさの割に人 が多い」、「教室の中には知らない人がたくさんいる」を合算平均化(M = . )し、各人の得点を平 均値でセンタリングした。次に条件をエフェクト・コーディングし、病気脅威条件を+ 、統制条件 を− とした。そして最後に、これらの変数の積の項を算出した。 上記の つの変数を独立変数、汚染地域の推定範囲を従属変数とした一般線形モデルによる分析を 行った。その結果、まず条件の主効果が有意で(F( , )= . ,p<. ,!!!=. )、病気脅威条 件(予測値= . )の方が統制条件(予測値= . )よりも汚染地域を広く推定していた。またこの 主効果は、予測した交互作用効果によって調整されていた(F( , )= . ,p<. ,!!!=. :図 )。そこで外集団成員の多寡ごと(± SD)に条件の効果をみたところ、外集団成員が多くないと 感じていた参加者(− SD)では条件の効果はみられない一方で(F < ,ns.)、外集団成員が多いと 感じていた参加者(+ SD)では条件の効果がみられ(F( , )= . ,p<. ,!!!=. )、病気 脅威条件(予測値= . )の方が統制条件(予測値= . )よりも汚染範囲を広く推定していた。こ 図 条件と外集団成員の多寡ごとの汚染範囲の推定値 193 下田:病気回避動機が福島県周辺の土壌汚染範囲推定に及ぼす影響れらの結果は、本研究の仮説を支持するものであった。
考察
本研究は、実験時の状況(外集団成員の多寡)が病気回避動機の効果に及ぼす影響を検討した。実 験の結果、外集団成員が多いと知覚される状況ではそうではない状況と比べて、病気回避動機の効果 が強く現れ、福島第一原発事故に伴う汚染地域を過大に推定していた。 この結果は、次のような意味で重要だと思われる。これまで病気回避動機の調整要因は、病気のか かりやすさという個人差に限定されていた(e.g., Huang et al ., )。しかし、本研究の結果はそうし た個人差だけではなく、実験状況もまた病気回避動機の影響を調整することを示している。近年、 Cesarioを中心とするグループによって、自動的な防衛反応が状況に依存して異なる認知・行動を促 進することが示されているが、本研究の結果はこうした知見と軌を一にするものである。自動的な反 応は従来、固定的で柔軟性がないと考えられてきたが、そうした反応は適応的ではないといえるだろ う。Cesario 他の研究で、逃走できる時に(逃走せずに)闘争したりすること(あるいは、逃走でき ない時に逃走しようとすること)が適応的でないように、罹患しにくい状況で回避行動をとることは 適応的ではないといえる。というのも、病気回避動機にもとづき他者を回避することは、他の適応問 題の解決を阻害するためである。それは、たとえば回避行動をとると内集団成員と協力できなくなっ たり、配偶者獲得ができなくなったりすることからも理解に難くない。簡単にいえば、病気回避動機 は状況に応じて柔軟に作動することが重要であり、本研究の結果はこのことを裏づけるものといえ る。 本研究の結果はまた、現実場面を考えるとより示唆に富むものといえる。多くの場合、野菜・果物 などはスーパーや百貨店などで購入される。そうした場所はたいてい自分と関わりのない外集団成員 が占めており、また包装されていない食品は外集団成員が直接触っている可能性が否定できない。そ のように考えると、こうした場所では、病気回避動機を活性化させるような、罹患の懸念を抱かせる 食品は、より売れにくくなる可能性がある。福島県産の食品が他県産の食品に比べて罹患の懸念を抱 かれていることを示唆する研究もあり(平石・池田・横田・中西, )、こうした研究を前提に考 えると、福島県産食品の売り上げが福島原発事故前の水準にまだ回復していない現状の一端は、販売 形態にある可能性もある。 このように本研究は幾つかの意味において重要な意味があるものの、限界もあり、今後さらなる検 討が必要である。第一に、本研究では外集団成員の多寡の指標として「教室の中には知らない人がた くさんいる」といった項目を用いた。確かに「知らない人」を外集団成員であると認知する蓋然性は 高いように思われるが、本研究の参加者は同じ大学に所属する学生がほとんどであり、そのことは参 加者自身も認識していた可能性が高いため、本当に周りにいた人を外集団成員と認知していたかどう かは定かではない。そのため、より直接的に尋ねることが必要かもしれない。また、この問題と関連 して、本研究では外集団成員の多寡の指標として、知覚の個人差を用いていた。しかし、これでは因 194 東洋大学人間科学総合研究所紀要 第 号( )果関係を明らかにすることはできないため、この点について明らかにするためには、Cesario & Navarrete( )のように、実験的に操作することも必要である。 第二に、問題部分で述べたように、状況的認知の研究は多くの場合、自動的反応が状況要因によっ て調整されることを示すものである。本研究の場合、従属測度は顕在尺度であり、自動的反応である とは言い難く、病気回避動機の自動的な影響が状況によって調整されたことを明確に示すものではな い。この点について明らかにするためには、従属測度を変更する必要があるだろう。 状況的認知の研究はまだ始まったばかりであり、それほど多くの研究知見が蓄積されているわけで はない。しかし、それらの研究は、これまで蓄積されてきた研究が人の心理の一面に過ぎないことを 示す重要なものである。たとえば、私たちは黒人をみると攻撃的になるわけではなく、それはあくま で実験ブースのような逃げられない場所にいる場合に限られた反応である。実験社会心理学はこれま で、あえて高度に統制された「無菌な」実験状況を作り出し(Aronson, )、多くの研究成果をあ げてきた。それに対して、状況的認知の研究はそうした「無菌な」実験状況の特殊性を明らかにしつ つある。病気回避動機に関する研究も多くの場合、実験ブースのような場所で行われており、そのよ うな実験室場面では現実場面と比較して、病気回避動機の影響が現れにくい可能性がある。そのた め、今後は実験状況の影響も考慮しながら研究を進めていく必要があるだろう。 注 )本研究は JSPS 科研費 K の助成を受けた。 )本論文では、特に断りがないかぎり、食品は福島県やその近隣地域の食品を指すこととする。 引用文献
Ackerman, J. M., Becker, D. V., Mortensen, C. R., Sasaki, T., Neuberg, S. L., & Kenrick, D. T.( ).A pox on the mind : Disjunction of attention and memory in the processing of physical disfigurement. Journal of Experimental Social
Psy-chology, 45, ‐ .
Aronson, E.( ).The Social Animal. New York, NY : W. H. Freeman.
(エリオット・アロンソン(著)古畑和孝(監訳)岡隆・亀田達也(共訳)ザ・ソーシャル・アニマル サ イエンス社)
Bargh, J. A.( ).The four horsemen of automaticity : Awareness, intention, efficiency, and control in social cognition. In R. S. Wyer, Jr., & T. K. Srull (Eds.), Handbook of social cognition (2nd ed.) (pp. 1−40). Hillsdale, NJ : Lawrence Erlbaum Associates, Inc.
Blanchard, D. C., & Blanchard, R. J.( ).Affect and aggression : An animal model applied to human behavior. In R. J. Blanchard & D. C. Blanchard (Eds.), Advances in the study of aggression (Vol. 1, pp. 2−62). New York, NY : Academic Press.
Cartwright, J. H.( ).Evolutionary Explanations of Human Behaviour. New York : Psychology Press. (ジョン・H・カートライト(著)鈴木光太郎・河野和明(訳)進化心理学入門 新曜社)
195 下田:病気回避動機が福島県周辺の土壌汚染範囲推定に及ぼす影響
Cesario, J., & Navarrete, C. D.( ).Perceptual Bias in Threat Distance : The Critical Roles of Ingroup Support and Target Evaluations in Defensive Threat Regulation. Social Psychological and Personality Science, 5, ‐ .
Cesario, J., Plaks, J. E., Hagiwara, N., Navarrete, C. D., & Higgins, E. T.( ).The ecology of automaticity : How situa-tional contingencies shape action semantics and social behavior. Psychological Science, 21, ‐ .
Duncan, L. A., Schaller, M., & Park, J. H.( ).Perceived vulnerability to disease : Development and validation of a 15− item self−report instrument. Personality and Individual Differences, 47, ‐ .
Faulkner, J., Schaller, M., Park, J. H., & Duncan, L. A.( ).Evolved disease−avoidance mechanisms and contemporary xenophobic attitudes. Group Processes and Intergroup Relations, 7, ‐ .
Gawronski, B., & Cesario, J.( ).Of mice and men : What animal research can tell us about context effects on automatic responses in humans. Personality and Social Psychology Review, 17, ‐ .
Greenwald, A., B. Nosek, B. A., & M. Banaji, M. R.( ).Understanding and using the implicit association test : I. An im-proved scoring algorithm. Journal of Personality and Social Psychology, 85, ‐ .
Griskevicius, V., & Kenrick, D. T.( ). Fundamental motives : How evolutionary needs influence consumer behavior.
Journal of Consumer Psychology, 23, ‐ .
Haselton, M. G., & Buss, D. M.( ).Error management theory : A new perspective on biases in cross-sex mind reading.
Journal of Personality and Social Psychology, 78, ‐ .
Huang J. Y., Sedlovskaya A., Ackerman J. M., & Bargh J.A.( ).Immunizing against prejudice : Effects of disease pro-tection on attitudes toward out−groups. Psychological Science, 22, ‐ .
口 収・埴田 建司(印刷中).福島県産食品の安全性の説明は,罹患の懸念を払拭しているか? 心理学研究 口 収・下田 俊介・小林 麻衣・原島 雅之( ).行動免疫システムと福島県近隣の汚染地域の推定との関連
実験社会心理学研究,56, ‐ .
平石 界・池田 功毅・横田 晋大・中西 大輔( ).福島原発事故にかかわる放射能リスクの認知:行動免疫シ ステム仮説からの検討 日本心理学会第 回大会発表論文集,p. .
河北新報( ).風評と闘う福島:戻らぬ価格 逆風今も 河北新報 Web 版 Retrieved from http : //www.kahoku.co.jp/tohokunews/201509/20150904_63014.html( 年 月 日). 木方 展治・大瀬 健嗣・谷山 一郎( ).福島第一原発事故直後の関東地方における野菜類の放射性物質濃度 農業環境技術研究所報告,34, ‐ . 厚生労働省( ).食品中の放射性物質の検査結果について(第 報)Retrieved from http : //www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000131862.html( 年 月 日). 工藤 大介・中谷内 一也( ).東日本大震災に伴う風評被害―買い控えを引き起こす消費者要因の検討― 社 会心理学研究,30, ‐ . 三浦 麻子・楠見 孝・小倉 加奈子( ).福島第一原発事故による放射線災害地域の食品に対する態度を規定 する要因― 波パネル調査による検討― 社会心理学研究,32, ‐ .
Neuberg, S. L., Kenrick, D. T., & Schaller, M.( ). Human threat management systems : Self−protection and disease− avoidance. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 35, ‐ .
日本銀行福島支店( ).福島県における農業の現状と課題 BOJ : Reports & Research Papers, ‐ .
Navarrete, C. D., Fessler, D. M. T., & Eng, S. J.( ).Elevated ethnocentrism in the first trimester of pregnancy. Evolution
and Human Behavior, 28, ‐ .
沼崎 誠( ).進化的アプローチ 唐沢 かおり(編)新社会心理学:心と社会をつなぐ知の統合(pp. ‐ )北大路書房
Park, J. H., Schaller, M., & Crandall, C. S.( ).Pathogen-avoidance mechanisms and the stigmatization of obese people.
Evolution and Human Behavior, 28, ‐ .
Schaller, M., Conway, L. G., III, & Peavy, K. M.( ).Evolutionary processes. In J. F. Dovidio, M. Hewstone, P. Glick, & V. M. Esses (Eds.), The Sage handbook of prejudice, stereotyping, and discrimination (pp. ‐ ). Thousand Oaks CA : Sage.
土田 昭司・広瀬 幸雄( ).震災原発事故に伴う市民・消費者・外国人の対応行動 関西大学社会安全学部 (編)検証 東日本大震災(pp. ‐ )ミネルヴァ書房
197 下田:病気回避動機が福島県周辺の土壌汚染範囲推定に及ぼす影響
【Abstract】
The Influence of Disease-Avoidance Motive on Estimation
of Contaminated Areas around Fukushima
Shunsuke SHIMODA
*・Osamu HIGUCHI
**The reputation of food safety around Fukushima prefecture has been damaged since the Fukushima-Daiichi nuclear power plant accident. Previous research suggested that the reputational risk, in some part, could arise from consumer’s concern about such foods. For example, Higuchi, Shimoda et al . (2016) showed that the activation of disease-avoidance motive promoted overestimation of contaminated areas around Fukushima. We conducted one experiment to investigate whether participants were surrounded by out-group members moderated the effect of disease-avoidance motive. In experiment, participants were asked the extent to which they were surrounded by out-group members. Then they were asked to write about either relevant or irrelevant to past illness. After the task, they were asked to estimate the contaminated areas around Fukushima. Results showed that participants estimated larger contaminated areas when disease-avoidance motive was activated than when the motive was not activated. However, this effect emerged only when participants felt to be surrounded by many out-group members. We discuss the influence of disease-avoidance motive and the importance of situated cognition approach.
Keywords : situated cognition, evolutionary psychology, behavioral immune system, error management theory, reputational
risk 福島第一原発事故以来、福島県近隣の食品が風評被害にあっている。先行研究では、食品に対する消費者の懸 念が風評被害の一因と考えられている。たとえば、 口・下田他( )は、病気回避動機が活性化すると、福 島周辺の汚染地域を過大に推定することを示している。本研究では、実験中に外集団成員に囲まれているかどう かが病気回避動機の効果を調整するかどうかを検討するため、 つの実験を実施した。実験では、まず参加者の 周りに外集団成員がいる程度を尋ねた。次に、過去の病気に関連したこと、あるいはそれとは関連しないことに ついて記述させた。その後、福島県周辺の土壌汚染地域を推定する課題を行った。実験の結果、病気回避動機が 活性化していた時の方がより汚染地域を過大に推定していた。しかし、この効果は、参加者の周りに大勢の外集 団成員がいると知覚された場合にのみみられた。病気回避動機の影響と状況的認知アプローチの重要性について 考察した。 キーワード:状況的認知、進化心理学、行動免疫システム、エラー・マネジメント理論、風評被害
* A visiting research fellow of the Institute of Human Sciences at Toyo University
** Center to support partnership in the advancement of teacher education, Hokkaido University of Education The Bulletin of the Institute of Human Sciences, Toyo University, No.19