• 検索結果がありません。

緊急避難の本質 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "緊急避難の本質 利用統計を見る"

Copied!
21
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

緊急避難の本質

著者

今上 益雄

雑誌名

東洋法学

10

3

ページ

33-52

発行年

1967-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00007856/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

目 次 て は し が き 二 、 学 説 の 概 観

ω

責任阻却事由一元説

ω

違法阻却事由一元説

ω

二 元 説

ω

責任阻却事由を基本とするもの 帥違法阻却事由を基本とするもの 三 、 学 説 の 検 討 四 、 む す び 緊急避難の本質

ム. i

(3)

東 洋 法 学 四

l

カミ ふ C 緊急避難 (ZO 仲間門何百円 y m Z E え ロ

2

0

日 目

- q )

( 1 ﹀ の本質の論義は、ミニヨネット号事件、ウィリアムブラウン号事件などの 例にみる如く、実社会の人間性の機微の問題として論じられて来たばかりでなく、その刑法的性質についても、古く はアリ九トテレ久の見解から現在に至るまで、はなはだ盛んであるが、にもかかわらず、わが国にはまだ確固たる定 説は見い出し難い実情にある。 もともと、自己又は他人の一定法益に対する現在の危難を避けるため、止むことを得ずして、他人の正当な法益を 侵害する緊急避難行為に関しては、﹁緊急に法なし﹂(ロ

2

0

g

x

g

g

z

r

z

r

m

O

B

﹀の法諺にも窺える如く、 その不罰性 の根拠は、正当防衛

(

Z

。 言

r るとともに、 自然法思想のあることは否定し得ぬのであるが、 正当防衛が、不正の侵 害に対する反撃として自明に近い正当根拠を有するのに反し、緊急避難にあっては、 ﹁正対正﹂の比愉が示す如く、 緊急の事態に直面した法益を他人の正当な法益の犠牲において、何故に救済され得るのかということは、必らずしも 明らかではないのである。 かようにして、緊急避難の不可罰性についての理論的探究の努力は、違法性及び責任の両理論をなお一一階発展せし めて来たと同時に、実質的違法性及び規範的責任の理論の展開(期待可能性の理論の出現)が、 を規定するという表裏一体の関係をなして来たので払紀。 緊急避難の刑法的性質

(4)

この意味でもこの問題が、 しばしば﹁法のミクロコ久モ九﹂と呼ばれるのも、あながち誇張ではない。 ちなみに、この問題が主としてドイツの学説で論ぜられ、それがわが学説の展開に影響を及ぼしたというのは理由 のないことではなかった。ドイツの法制は緊急避難に関して、刑法第五二条及び第五四条とともに、民法第二二八条 及び第九

O

四条がともに考えられており、統一的規定を欠く一方、かかる規定は緊急避難行為が何故に罰せられない ハ 3 V かについて何ら語るところがなく、結局その理論構成は学説の努力の必要を候ったのである。 これに反し、わが国では刑法第三七条に統一的な規定がおかれている為、この問題はあくまで三七条の諸要件との 調和に即して解明されることにならざるを得なかったのであるが、ドイツの学説の影響を強く受けたわが学説も、必 然的に程々の論義を生む結果になったのである。 以下、本稿においては、刑法第三七条の実定的基礎を足がかりにして、主なる学説の素描を試みつつ、その不罰性 の刑法的性質についての私見の概要を論じてみることとしたい。 ( 1 ﹀

H N

O E

S

-︿

-U

E

-4

8

L

m

o

u

r

g

p

H

P F P 巧 河 毛

o

z

E

ρ

2

ロぷ回

g

o

r

u

o

︿ 即 日 目

o

p

N

吋 ω では、自分達の生命を引き 延ばす為に、同僚の少年を殺して、その肉を喰ったという乗組員達は、果して適法な行為をしたであろうかということにつ い て 、 女 王 座 の コ l ルリッジ卿以下五名の最古参の裁判官は、判決云渡しの過程で﹁この程の緊急事態に関し、誰が裁判官 であるか、具なる人間生活の価値の関係は、いかなる尺度で相互に測られるべきか、それは体力か、それとも悟性か、ある い は 又 さ も な け れ ば 、 ど こ に あ る べ き か : : : ( 本 件 に お け る 行 為 に つ い て ) : : : 裁 判 官 に と っ て は 次 の こ と 以 上 に 確 か な 行 う べき方法はない、即ち法を彼らの最高の能力に従って確認し、そうしてその法を判断力に従って云渡すか、叉もし何らかの 場合に、法が個々人にとって余りにも岐厳であると考えられる時は、それを主宰するに最も適した人の手に、窓法が委ねた 恩典の特権を行使することを主権者に委ねる﹂ことであると述べているのは、いわゆるカルネデスの板を争うことの例とと 緊急避難の本質 一 五

(5)

東 洋 法 学 -'ー. ノ、 もに、味わうべき内容を含むことが示唆される。 ( 2 ﹀安平、﹁緊急避難﹂総合判例研究叢書刑法

ω 4

頁は、緊急避難の飛躍と発展が予想されることについて次の五つのことを あげている。第一は、一九一二年のヤメス・ゴールドシュミットの著﹁責任問題としての緊急避難﹂(戸の己岳会自主ご

ZE

S

L

P

r

m

r

L

官 。 E O B ) の拾頭、第二は、﹁超法規的緊急状態の理論﹂の登場、第三は、﹁期待可能性の理論﹂の出 現、第四は、﹁違法阻却事由﹂についての錯誤論の問題、第五は、﹁対物防衛﹂の本質論の再登場がそれである。 尚高橋﹁緊急避難の本質に関する一考察﹂違法性の研究一一一一頁。 ( 3 ) ドイツ刑法は、第五二条において、いわゆる強制に関し、﹁行為者が抗拒しえない暴力により、又は現在の他の方法によっ ては避けえない自己又は親族の身体、若くは生命に対する危険に結びつく脅迫により、行為にまで強制せられた場合は、可 罰行為は成立せず﹂と規定し、第五四条は﹁行為が(第五三条所定の正当防衛の場合の外)責に帰せられない他の方法によっ ては避けえない緊急状態において、自己又は親族の身体若くは生命に対する現在の危難を救う為行われた場合、可罰行為は 成立せず﹂として、極めて制限的な規定をおくにとどまり、この規定は民法第二二八条の﹁防禦的緊急避難﹂(口止

g

7 1

2

z

o

z

z

E

)

(

尤も、この規定自体、緊急避難の規定かは、争われたのであるが、現在の通説は、緊急避難の規定であると解 し て い る 、

J

-m

-・

a

-m

o

r

E

m

F

U

F

o

r

F

5

Y

N

53

及び民法第九

O

四条の﹁侵害的緊急避難﹂

( p

m m

R m

u Z

2

z。

5

5

3

に よ る 補 充 を 予 定 し て い た 。

観 緊急避難の刑法的性貿については、かつて主張された責任無能払記、人的処罰阻却事臥制、その全部又は一部を放 任行為と解する犯は既に過去のものとなり、今日、わが国で主張されている学説は、責任阻却事由一平総、違法阻却 事由一元説及び二元説(豆町

P

E

E

r

E

ロ 向 田

F

g

ュるに大別することが出来る。更に二元説は、責任阻却事由を基本と考え

(6)

るか、違法阻却事由を基本と考えるかによって、これを二つに分つことが出来るのである。 ハ 6 ﹀ エ ム ・ エ

I

・ マ イ ヤ

l

の主唱にかかったが、これを承継された沌川博士は、 、 ‘ . , , 唱 EA ' ' z

責任阻却事由一元説は、 マ イ ヤ

l

の見解において述法性と責任が混同されているとの批判を卒庇に認めつつ、その根拠を期待不可能性に求めたのであ る。即ち避難行為が何故に同等又は小価値の法益の犠牲において、自己の適法性を主張しうるかという疑問から出発 し ﹁法益権衡の原則から、何故に単に価値が少ないというだけの理由で予期せざる侵害転嫁を忍受せねばならない かという問題に対する答が出て来るとは考えられない。結果においてはそれが社会の利益に合することもあろう。し かし小利益側の防衛行為は許されないというのは独断である。少くとも現在の法秩序によって立つところの社会思想 ( 7 ﹀ に矛盾する。これが是認せられるとすれば、個人の権利擁護は跡形もなく消失する。﹂かくして緊急避難行為は違法 であるが、ただ人間の自己維持の本能にもとずき、他人の法益を侵害する行為は、それ以外の態度を期待し得ぬとい ( 8 ﹀ う意味で、期待不可能性が、責任を阻却するとする。 高橋教授は又、違法阻却事由であると解する見解の拠って立つところの法益権衡の原則が概念的に運用されること の困難性を指摘する一方、第三七条が法益権衡の原則を要件とされ乍ら、なお期待不可能性の故に責任が阻却される ( 9 ﹀ と 何 附 さ れ る の で あ る 。 位) 違法阻却事由ご元説は、かつてドイツで有力に主張され、わが国でも現在なお根強く主張されている見解であ るが、その論拠は大安次の三点にある。即ちその第一は、社会利益の観点より避難行為それ自体法秩序に合致するが 故に法律上許されるとする。それは、わが刑法第三七条の解釈として﹁其ノ行為ヨリ生ジタル害其ノ避ケ

γ

トシタル 緊 急 避 難 の 本 質 七

(7)

来 洋 法 ,>u与 寸a 八 害ノ程度ヲ越エザル限リ﹂という要件は、緊急避難を緊急な事情下における法益の街突であると考え、法益保護を使 一定の範囲で同等の法益を犠牲にすることを正当化すると考えるのである。その第二は、第三七 条が他人の法益を守る為にも、緊急避難を許していることである。自己が危難に直面し、他になすべき方法がない状 命とする法秩序は、 態に追い込まれた場合は格別、他人の為に法益を守ってやるということは責任阻却の面からする理由ずけは、不可能 であるということにある。第三は、刑法の規定の配列が、違法阻却事由である正当行為、正当防衛に続いて、緊急避 難の規定が置かれ、それが故意及び過失を規定する条文の前に位置していることから、正当行為、正当防衛と同じ ︿

u v

く、緊急避難も違法阻却事由と解せざるを得ぬというのである。 又この見解に属するものとして、牧野博士の提唱になる、緊急避難にあっては、責任阻却事由と違法阻却事由とが 合一するとするものがある。これは期待可能性論をなかだちとするものであるが、要約するところ第三七条は、法益 権衡の原則の要件を採っているが故に、違法阻却事由と考えられるようであっても、この原則自体、単純に抽象的 に、又客観的に決定することが出来ぬ故、その標準は結局、﹁普通人の有する合理的自衛本能

3

0

-Z

Z

E

F

g

m

E o

r )

﹂ を基礎とする限り、かかる社会的、主観的な標準は期待可能性の思想と一致せざるを得ぬから、緊急避難は違法阻却 ハ ロ ﹀ 事由であると共に責任阻却事由でもあるという。

ω

掠て、緊急避難の刑法的性質を統一的に考える見解を不満として、各場合を分って論じようとするものには種 々の見解がある。この点ドイツの通説たる二元説は、原則として逃法阻却引由であるが、例外的に責任阻却事由であ ︿ M ﹀ハ日 M ﹀ ると解されているが、わが刑法第三七条がドイツ刑法と呉なり法益松衡の原則を合めた包括的規定であることから

(8)

、 ‘ 盲 目 , , イ ・ ( ハ叩叫﹀ 責任阻却事由を基本とするこ元説に属するものとして、ドイツではザウア

I

、わが国ではこれに近いものとし て森下助教授の結合説ハ︿日。

E

m

g

m

m

子。。ュるをあげることが出来る。即ち緊急避難のすべての場合を責任阻却事由で あると解する思想を基本とし、その中のある場合は優越的利益を保設するものであり、緊急枢と解されるから違法阻 却事由であると解する説である。犠牲になる法益の価値が保護される法益に比し、強引しく少ない場合の避難行為を、 ( 口 ﹀ なお違法祝することは﹁明らかな社会倫理的に耐え難い不正義を招く﹂という考胞に出るものである。 (ロ) 他方違法阻却事由を基本とするこ元説は更に二つに区別せられる。 その一は、優越的利益説を根拠として、小法益の犠牲において大法益を救う場合を違法阻却事由、両法益が同価値 乃至比較困難な場合を責任阻却事由とする説と、第二は、生命対生命、身体対身体の街突において、その一方を救う 為の緊急避難に限り責任阻却事由とし、その他の場合はすべて、違法阻却事由と考える説がそれである。 これは、違法性の判断につき、 ヴェルツェルの人的違法観

9 2

m o

g

-o

ロ ヨ

R

E

E

ロ 民 自 己 ロ 閉 じ ハ 印 ﹀ の影響を受けつつ、第 七条を解釈するにつき、行為価値を含めた法益権衡の原則が、違法阻却事由の根拠になるとし乍ら、生命又は身体と いう人格の根本的要素は、その本質上価値の衡量になじまず、ただ避難行為が健全な自己維持本能という動機に出た ものである時、人間性の弱さを考慮して期待可能性がない故に責任が阻却されるという木村博士の見解で払問。 以上の如くにして、緊急避難の刑法的性質に関する種々の見解の素描を極めて大雑把に試みて来たのであるが、果 して、どのような見解が、その本質を考えることにおいて、実定法の解釈として、最も妥当であるのか、 諸 説 を 批 判、検討しつつ考察を進めることとしたい。 緊 急 避 難 の 本 質 一 九

(9)

東 洋 法 学 四 0 ハ 1 ) 責任無能力説は、緊急状態にある者は、精神状態の平衡を失い、責任無能力となっているが故に責任を負わぬというもの であるが、心理強制説とともに運命を共にした、︿ぬ﹁回

g

E

m

p

円 件 。

p

R

K

F 巳

r

g

仏 日 ︿ 。 手 足 。

r g

m

-o r

p

m

-H

N

O

滝 川 、 ﹁ 刑 事責任の諸問題﹂一

O

O

I

O

一 頁 。 ( 2 ﹀この説の最大の欠点は、結局緊急避難の本質について何ら語るところがないという点である。 ( 3 ﹀放任行為説は、違法性阻却事由一元説の論拠としても論ぜられているが、厳密には、これを二つに区別出来るのである。 一は、ピンデングの主張するところで、避難行為は、一の法益が他の法益と両立しえない場合における行為で、避難行為に あ っ て は 、 法 は そ の い ず れ に も 加 担 し え ず 、 放 任 す る の 他 な い 、 と い う 見 解 で あ る 。 ︿ 包 ・ 回 目 ロ 門 出 口 問 ・ 同

g

門 ︼ ﹃ ロ 岳 ︻ ︼

g

m

B

同 円 。 t

r z

w

ロ L W H ・ 印 ・ 口 可 。 印 一 ﹃ ・ わが国では久礼回﹁刑法学概論﹂二二一

l

二二二頁、泉二﹁日本刑法総論﹂四六

O

頁が、かような全部的放任行為として違 法性が阻却されるとする。 二は、小法益を犠牲にして大法益を救済する場合は、適法で、法益が同価値の場合は放任行為とする説である。宮本﹁刑法 大 綱 ﹂ 一

O

一一具、江家博士は、両法益聞に著しい差異のある場合は適法、その他の場合は、放任行為とされる。﹁刑法(総論﹀﹂ 一

O

七 頁 。 これらの説は、放任行為と考える限りで、緊急避難行為を、適法でもなく、違法でもなく、禁止せられざる行為(缶

0

5

?

。 門

r c

z s

出自己ロロ巴という点で一致するのであるが、法的標価の対象外に、第三の領域を認めることになり、妥当でない ことは明らかである。木村﹁刑法総論﹂二六六頁、高橋﹁前掲論文﹂一二二頁。従って、放任行為を理由とするものは、九て 訟で統一して論じ、他の箇所では論及しないこととした。 ( 4 ﹀滝川﹁緊急状態の本質﹂刑法の諸問題九五頁、高橋﹁前掲論文﹂一一一一具、植松﹁刑法概論 I ﹂一八五頁、滝川春﹁刑法 総論講義﹂一四四頁等。 ( 5 ) 小野﹁刑法概論﹂一一

O

頁、草野﹁刑法総則講義第二分冊﹂八七瓦、斎藤﹁刑法総論﹂一一四頁、団藤﹁刑法網要総論﹂ 一七一一具、植田﹁刑法要説総論﹂一二五頁、吉田﹁刑法総論﹂一

00

瓦、不破 U 井 上 、 ﹁ 刑 法 総 論 ﹂ 一

O

九頁、安平﹁改正刑法 総論﹂一ゴ二頁、白神﹁緊急避難﹂刑法基本問題三七誠一一七頁以下、等、 ドイツでは例えば出石匂

o

r

F

o

r

H

F

5

r

ι

在 住

E

P

E

r

t

"

印 ・ 口 町 民 ・

(10)

︿ 6 ﹀宮・開・冨唱。♂巴

O H

- m

O B

巳 ロ

o

o

・ ︻ 目 。 日 仏

o

z

z

c

r

g

m

可 色 目 。

z u u

印 ・

ω

E

・ ( 7 ) 滝川﹁前掲論文﹂一一

O

頁 、 ( 8 ﹀沌川﹁前掲論文﹂一

O

三 頁 ( 9 ) 高 橋 ﹁ 前 掲 論 文 ﹂ 一 一 一 五

l

一 一 一 六 頁 (叩﹀阿部﹁緊急避難﹂刑法講座二巻、一五六頁は、違法阻却事由一元説がこの要件を、自説の根拠とすることについて、必ず しも理由がないとして、同論文一四八頁において﹁例えば、子供を救うために、他の者の生命を犠牲にする父親の行為は、あ る意味では自分の生命を救う為に、同じ行為をなした場合よりも、さらに期待不可能といいうる。そうすると街突する法益の 如何によっては、他人の為の緊急避難も又、期待不可能を導くことがあるのであって、この点を宕過した批判は十分に正当と はいえない﹂とする。私もこの見解に賛成するものである。この要件を自説の根拠とする学説が、大体において他人の法益に は、個人的法益に限らず、社会的法益、国家的法益をも含むとして、かようなものに期待可能性なしとするのは、いきすぎで はないかとの例を試みているようにも思えるのである。判例は、一定の要件の下にかように積極的に解しているのである。最 判昭和二四年八月一八日刑集三・九・一四六八。然し宮崎﹁刑法総論﹂九五頁は、個人的法益に限るとする。現行法が個人的 法益を列挙していることからしても、国家的法益、社会的法益を含ましめるのは、そこまで拡げるのは無理であろうし、他人 の法益について緊急避難が認められることを自説の根拠とするのは、尚批判がされねばならぬであろう。 (日)団藤﹁前掲書﹂一七一一具は﹁他人の法益について緊急避難が認められることと関連して、責任阻却事由説は、緊急避難行 為は違法である故、正当防衛が許され、その反撃について厳格な法益の権衡が必要でないことの結果、不都合な結論になる﹂ とするが、これは結果的無価値のみに把われるものであって、植松﹁前掲書﹂一八九頁が正当に指摘する如く、防衛行為自体 相当性の範囲を越えてはならぬ故、この批判は当らない。同旨阿部﹁前掲論文﹂一四九頁。 (ロ﹀例えば、目、内﹁前掲論文﹂一一八頁、草野﹁前掲書﹂八七頁。 (日)牧野﹁前掲論文﹂四七頁、同﹁刑法総論﹂四七二頁、同旨市川﹁刑法総論﹂一ムハ六頁、八木﹁刑法総論﹂二三五頁。 高 橋 ﹁ 前 掲 論 文 ﹂ 一 一 一 七

i

一二入頁は、端的に、緊急避難は、緊急事情の下にあるとはいえ、他人の法益を侵害するという 点より、その行為は違法であると断じ、緊急状態の為に、何人に対しても、他の違法行為を期待しえぬ故、責任阻却事由一元 説とする点で、牧野博士の競合説とは呉なれるのである。 緊急避難の本質 四

(11)

古 川 l羊 法 一 学 四 ( U ﹀ ︿ m 冨 ロ ロ ョ 。

F

口 。

E

R

r

2

2

5

h

H

o

n

Z

"

﹀ = 悶 ・ 1 門 。 デ ∞ ・

5

0

君 。

- N O

アロ白骨三

m o

r o

回 同

B

P

R

E

U

J

可 ・ ﹀ 丘 一 ・

ω

・ ∞ N R ・ (日﹀尤もドイツの二元説では、刑法五四条で法益の権衡は要件でなく、生命、身体を守る為の物に対する侵害は、適法となっ て 、 結 局 責 任 阻 却 事 由 と さ れ る 範 囲 は 少 な い 。 ( 日 ﹀ 印

2

2

w

﹀ 認 め 自 巳 ロ

o

m

E

門 誌 の

r

z

r

r

E

ω

・ ﹀ 口 出 ・ ∞

- H

N t

・ ︿口﹀森下﹁緊急避難の本質﹂緊急避難の研究二三人頁、尚学説の紹介については、本論文に負うことが多かった。記して謝す るものである。ちなみに、本書は、緊急避難について、歴史的及び比較的考察と併せて周到かつ精散に論ぜられた資重な文献 で あ る 。 ( 日 ) 例 え ば 佐 伯 ﹁ 刑 法 総 論 ﹂ 一

O

八 頁 。 平 場 ﹁ 刑 法 総 論 講 義 ﹂ 八 二 頁 。 ( 叩 ) ︿

E

W

巧 己

N

R

W

C

E

L

r

E

-o

ロ き 丘 ロ ロ 向 田

- o

r E

-(初﹀木村﹁前掲室己二六九

1

二 七

O

頁 。 同 旨 阿 部 ﹁ 前 掲 論 文 ﹂ 一 五 八 頁 c

(1) 先ず、緊急避難は、その避難行為によって第三者の法的に保護された法益を侵害するが故に、違法であるが、 適法行為の期待可能性がないが故に、責任阻却事由であるとの一元説について考えてみると、この説は緊急避難を以 ハ 1 ﹀ って責任阻却事由と解さねばならない場合の存在することを示唆する点においては正しいのであるが、次の二点にお いて批判をされなければならない。 ( 2 ) 即ちその第一は、前提となる緊急避難行為がすべての場合に違法であると解することの疑問である。前述の如く述 法性の判断は、法益の侵害という行為の結果的無価値とともに、人格的な行為の無価値性とも関述して考えられなけ ればならないのであって、 ﹁避難行為によって第三者の法益を侵害することの違法は避難行為によって自己又は他人

(12)

ハ 3 V の法益を保護するという法秩序の目的によって止揚せられるのである﹂と考えられなければならない。去しこの説の 見解は、避難の意思でやむを得ずしたという避難行為者の人格的な行為的無価値の有無に考慮が払われていない点で ( 4 ) 妥当性を欠く一方、刑法第三七条が法益の権衡を要件としている故、期待不可能な場合でも、法益権衡性を欠く場合 ( 5 ) は、本条の緊急避難たりえぬのではないかとの疑問がある。 ( 6 ﹀ これについては右の場合当然に有責とされるとの植松教授の見解もあるが、趨勢はむしろ超法規的責任阻却事由と ︿ 7 ) しての緊急避難を認めるようである。有責説は第一の批判を免れ得ないばかりか、植松教授が自招避難の場合でも、 ( 8 ﹀ なお緊急避難を認めるのは、動機形成の全過程についてみれば他の適法行為の期待不可能性がなかったとはいえない ︿ 9 ﹀ との批判が可能である。又超法規的責任阻却事由説は実定法の解釈としては許されないものといわねばならない。第 三七条一項但書﹁但其程度ヲ超エタル行為ハ、情状ニ因リ其刑ヲ減軽又ハ免除スルコトヲ得﹂との規定は、 いわゆる 補 充 の 原 則 ( 甲 山 口

N

S

ι

2

2

g

丘町立件以同)を破った場合と法益の権衡を破った場合の双方を含むものであって、法益権衡 難

( c r

o

円 m m m Z

2

Z

5

8

3

︿ 司 円

o u

o E

o s

- g

c

を欠いた場合は過剰避難として刑の任意的減免とされるにすぎないのであるから、超法規的緊急避 ︿ 叩 ﹀ の成立を認めることは、現行法の立前上困難といわねばならない。 (2) 次に違法阻却事由一元説はどうであろうか。これを検討してみよう。 この見解は要するに、緊急の事情下における法益街突の場合、大なる法益を救済する為に、小なる法益を犠牲にす ることは法秩序の要求に合致するとの優越的利益説

(

P

E

N

印 刷 ︾ 仏

gSR

g

p

H

E

R

B

印 ゆ る な い し は 、 ﹂の原理は不 十分であるとして、比例のとれない損害を与えない程度の法益侵害の限度において、緊急避難行為は適法であるとの 緊急避難の本質 四

(13)

東 洋 法 ρ-'4 寸ー 四 四 法益権衡説(の

E

O

B

r

s

m

g

m

∞ 官 古 乱 用 む に 拠 る も の で あ る 。 ( U ﹀ 優越的利益説については、実定法上の根拠もなく、わが法律上は全然認められていないとの木村博士の批判を指摘 すれば足るであろう。ところで法益権衡説については、つとに滝川博士が疑問を提起されている。即ちこの説は法益 の価値の街宣が一般的に可能であることを前提とするが、呆してこれが可能であるかは疑問であるばかりでなく、こ ハ ロ ﹀ とに同価値の法益の場合の解決が困難であると。然し乍らこの批判は刑法第三七条の実定法の解釈としてはあたらな いものといわねばならない。 蓋し、法益権衡の原則が概念的に運用されることの困難なことは一般的に認められつつ、なお刑法は法益の街宣が 可能なことを前提として規定しているに他ならぬからである。又、同価値の法益の一方を侵害した場合でも、結果的 ( 臼 ﹀ 無価値と行為的無価値との関係で損害の較量をはかることに支障はないのである。他方小法益といえども侵害から保 護することが法の目的ではないかとの批判は、法益権衡の原則が、法益の大、小という結果的無価値のみならず、同 等又は大なる利益を現在の危難から保護する意思(主観的正当化要素としての避難の音山思﹀でやむを得ずなされたという 行為的無価値との関連の下に、法益侵害行為の違法、適法を定めるものであるとの再批判が可能である。従って、こ れら法益権衡説に加えられた拡判はいずれも当らないのであるが、にも拘らず生命又は身体という人格の根本的要素 たる法益が街突した場合、生命又は身体はいかなる意味においても手段たりえず、常に自己目的として把握されるベ ︿ 日 ﹀ きであるから、本質上価値の衡量になじまないとともに、その侵害はすべて違法ではないかとの疑問が残る。 ところで、期待可能性をなかだちとする違法阻却事由、責任阻却事由競合説は、違法性の評仰規範たる桜能と責任

(14)

の決定規範たる機能との混同があり、元来、期待可能性の理論は、違法性と責任とを区別する立場から、行為が違法 な場合に責任阻却を基礎ずける為の理論として考えられてきたのであるから、この見解は期待可能性の妥当な運用と ( 日 ﹀ はいい得ないのである。 (3) μ い 結合説はどうであろうか。この説に対しては、すべての緊急避難は責任阻却事由であるとの基本思想にお いて責任阻却事由一元説に対すると同じ批判が可能であり、又、違法阻却事由の範囲を刑法第三七条が法益権術の原 則を採用しているにも拘らず実定法上根拠のない優越的利益説によって定めようとする点で妥当性を欠くものといわ ハ ロ ﹀ ( 印 ) ざるを得ない。そこで森下助教授がドイツ民法第九

O

四条の﹁比較し難いほど大きい﹂という要件に重要な窓義を認 め、法益街突の場合、かかる要件に該当する緊急避難行為は、わが国においてはドイツ民法に該当する規定はないもの の、正義と公共の福祉という実質的原則から、超法規的に違法性が困却されるとするのであるが、実質的述法性の概 念そのものは、形式的違法性に対立するものでなく、その内容を補充し正確にするという任務を有する違法性と適法 性を判別するための﹁規整的原理﹂令指己丘町

2

官山口比閉じとしての意義を持つものであって、それ自体実定法的な法解 ︿刊 U V ハ 却 ﹀ ( れ ﹀ 釈の指導原理なのであり、その意味で、実質的違法性の概念を﹁超実定法的に﹂適用したとの批判が正当である。吏 には﹁己ムコトヲ得サルニ出テタ﹂という要件を﹁その避難行為に出るより他に途がなかった。いいかえると他の適 法行為の期待可能性がなかった﹂として、従来通説が補充の原則として考えて来たものを期待可能性を以っておきか ﹁巳むことをえないというのは法益侵害以外の方法がなかった場合であ ︿ 幻 ﹀ り、期待不可能とは適法な行為の動機決定が不可能であったことであり、両者は全然別個の事実である(傍点筆者)﹂ えることの疑問である。 ﹂ の 占 ⋮ に つ い て は 緊急避難の本質 四 五

(15)

東 洋 法 d 寸ー 四 六 との木村博士の適切な批判がある。 (ロ) 違 法 阻 却 事 由 を 基 本 と す る フ巳 説

も の に て〉 L

て t土 前 述

如ハ く包 ド イ ツ 民 法 第 九

7r、 一寸 損 壁三 カミ 比 例 しない程度の豆大なものである場合﹂に侵害的緊急避難を認める場合には妥当するが、かような規定をもたないわが 刑法には妥当しない見解だといわねばならない。 かくして残された見解は、生命対生命又は身体対身体の法益の街突の場合にのみ責任阻却事由とされ、その他の場 合はすべて違法阻却事由と考えるこ元説の第二にならざるを得ぬのである。 生命、身体以外の法益同士が衝突している場合や、生命、身体とそれ以外の法益が衝突している場合にも法益の衡 量は可能で払問。然し乍ら、生命対生命、身体対身体という人格の根本的要素が対立する場合には、人格は常に自己 目的とせねばならぬという法の本質的立場からして、その本質においていかなる尺度によっても相互に比較しえない ものであるから、生命、身体を守る為に第三者の生命、身体に関する侵害行為は常に違法であり、ただ社会生活は同 時に個人の自己保存本能を考慮し、行為者の動機決定の面から、適法行為に出ることが期待し得ない場合は期待不可 ( お ) 能の故を以って責任が阻却されるとの木村博士の見解が最も妥当であるといえよう。 この説に対しては次の如き批判がなされている。それは自己の生命を犠牲にする男気ある者に対しては期待可能性 を認めるのに対して、反って卑怯な者に対しては特権を与えるという不合理な結果を導くことになるとのマイヤ!の 非難であるが、もともと期待可能性の有無の判断は、刑法が社会の一般人に対する規範であることからして勇者でも 卑怯者でもない一般人を標準とすると考えるのであるから、 一般人標準説には妥当しないのである。又、責任阻却平

(16)

︿ 幻 ︾ 由としての避難行為を認める範囲内で正当防衛が認められることになって不合理だとの批判もあるが、論理的には正 当防衛が許されることがむしろ当然であって、ただその正当防衛においても防衛行為が全法秩序からみて相当性の範 ︿ m 叫 ) 囲内になければならないのだから、この批判も当を得たものとは云えないのである。 緊急避難を以って、違法阻却事由、責任阻却事由であると解する二元説は漸次有力な学説となり、現にギリシャ刑 法第二五条、同第三二条の例にみられる如く立法の上でも明確に採用した国もある。 然し乍ら、木村博士のこの見解は、個人人格の尊厳の確保という怒法を頂点とする全法秩序全体の精神に立脚し て、違法阻却説の適用に、 (MU ﹀ な し 一定の制限を加えようとするものであり乍ら、わが国では必ずしも十分な支持を得てはい このことは、生命、身体という人格的要素の尊重ということの根拠について支持を受け乍らも、二元説そのものに 対し、同一の法条のうちに全く性質を異にする違法阻却事由と責任阻却事由とが併せて規定されているとみることが 果して実定法の解釈として可能であるかとの疑問と、わが刑法が﹁生命、身体、自由若クハ財産﹂と並べて規定して いるところからして、特に生命、身体と生命、身体の衝突の場合にのみ責任阻却事由として取り上げる理由があるか ハ 叩 ) との疑問に基づくのである。 それにも拘らず、私は人格の尊重、保護こそが法秩序の基本的要請であることを最もよく把握する点で、この説を 支持するものである。 緊急避難の本質 四 七

(17)

東 洋 法 学 四 八 ( 1 ﹀木村﹁前掲書﹂二六七頁 ( 2 ﹀阿部﹁前掲論文﹂一四七

l

一 四 八 頁 ( 3 ﹀木村﹁前掲室己二六七頁 ( 4 ﹀阿部﹁前掲論文﹂一四八頁 ( 5 ﹀江家﹁前掲書﹂一

O

六 頁 ハ 6﹀植松﹁前掲書﹂一九一一良 ( 7 ﹀滝川﹁犯罪論序説﹂一六二頁。森下﹁前掲論文﹂二四

O

頁 。 ( 8 ﹀植松﹁前掲書﹂一八九頁。尤もいわゆる自招避難の場合に単にそれが自ら招いたものであるというだけの理由で緊急避 難にはならないということではないが、植松教授が自己の故意によって危難を発生せしめた場合にもそれの成立を認めてい るのは、いきすぎではないかと思われるのである。判例も、行為者が其の有責行為により自ら招いた場合は、緊急避難の成 立を否定した。大判大正一一年一二月二一日。刑集三巻入七

O

頁 。 ( 9 ﹀木村﹁前掲書﹂二七二

i

二 七 三 頁 。 (叩﹀阿部﹁前掲論文﹂一五

O

頁。尚木村﹁前掲書﹂二七七頁は、過剰避難の場合の責任阻却は一切認めていない。これに対 し 団 藤 ﹁ 前 掲 書 ﹂ 一 七 一 一 良 参 照 。 (日﹀優越的利益説は、ピンディングによって、違法阻却事由の分類概念として用いられたものが、後には一般的な法原理と されたことについては、木村﹁前掲書﹂二六九頁参照。 優越的利益説は、法益侵害という結果的無価値のみを、適法違法の判断の基準とする意味で狭溢に失する。 (ロ)沌川﹁前掲論文﹂一

O

七頁、森下﹁前掲論文﹂一七五頁。 宮本﹁刑法学粋﹂二五七

i

二五八頁は﹁法益の軽重の比較の標準は、一般的に之を定むること困難にして、結局は適当に、 一般的社会観念及び当事者各自の主観的事情も考慮して決するの外ない﹂とされる。牧野博士も、法益の価値比較の標準を 単純に抽象的、客観的に決定することを得ないことを認められることの結果、期待可能性の原則によって按排することが妥 当であるとされるのである。牧野﹁前掲論文﹂六三頁。 高橋教授も、立法論的には、法益権衡の原則は拾てるべきであると主張される。

(18)

高橋﹁前掲論文﹂一二八頁。 (日﹀阿部﹁前掲論文﹂一五四頁。尚優越的利益と、法益権衡の原則の差異を、明確化したのは木村﹁前拘古﹂二六九頁がは じ め て で あ る 。 ( M ﹀阿部﹁前掲論文﹂一五六頁。 (日﹀このことについては、四六頁以下に記述するところを参照されたい。 ( 凶 ﹀ 高 橋 ﹁ 前 掲 論 文 ﹂ 一 一 一 七

i

一二八頁。森下﹁前掲論文﹂二三

O

頁。阿部﹁前掲論文﹂一五四頁。 (口﹀木村﹁前掲書﹂二六八頁。阿部﹁前掲論文﹂一五一頁。 (日)法益権衡の原則は註 ( H ) からも明らかなように、比例のとれない損害を加えない限り適法になるという怠味であるか ら、大法益を守る為に、小法益を犠牲にした場合でも優越的利益説と違って、行為無価値との関係で比例のとれなくなる場 合があるのである。然し乍ら、両者が客観的な法益の較量を考えるとの意味で、共通の基礎には立っているのである。 (日﹀木村﹁前掲書﹂二四五頁は﹁実質的違法性の概念は構成要件該当行為が、法の上において例外的に認められている、違 法阻却事由との関連において、いかなる限度において違法とせられ又は違法とせられるかを判定するための規整的原理であ って、それ自体実定法上存在しない違法性を設定したり、又は、存在しない違法性を否定する立法原理ではなく、法解釈の 指導原理たるにとどまる﹂とする。 (初﹀阿部﹁前掲論文﹂一五二頁。 (幻﹀実質的違法性の内容は、行為が、社会倫理規範(尤も、これでは行政刑法の如き倫理性の薄いものを包摂しえない欠陥 が残るが)違反とか、より具体的には公序良俗に反することを考えられていることについては、さしたる異論はない。 (幻)木村﹁刑法総論入門二

O

﹂法学セミナー七一号、二八頁 ( お ) 註 、 ハ 日 ﹀ 、 ( 四 ﹀ 参 照 (包﹀然し乍ら、例えば、すこぶる軽微な身体の傷害と、非常に高価な物の損壊とを比較した場合、必ずしも前者の法益が後 者の法益より大きいといいうるかは疑問であるが、身体と身体の街突の場合と異なり、本質的に比較になじまぬというもの で は な い 。 (お﹀木村﹁前掲書﹂二六九

l

二 七

O

頁、同旨阿部﹁前掲論文﹂ 緊急避難の本質 一 五 八 頁 。 四 九

(19)

東 洋 法 学 五

O

( お ﹀ ( 幻 ﹀ ( お ﹀ ( m U ﹀ ( 初 ﹀ 木村﹁前掲室己二七

O

頁 。 ︿ 包 ・ 出

-z

a

o

p

p

g

h

H

o

o

r

f

ω

・ HDH 民 ・ 団 藤 ﹁ 前 掲 書 ﹂ 一 七 一 一 良 。 こ の こ と に つ い て は 二 、 註 ハ 日 ) 参 照 。 阿部﹁前掲論文﹂一五八頁。 例えば日沖﹁前掲論文﹂一一八頁。 四

び わが刑法第三七条が法益の衡是を要件ーーしかもこの法益権衡の原則は、法益の大小という結果的無価値にとどま ら ず 、 主 観 的 正 当 化 要 素 ( 印 口 広 島 昨 日 ︿

O

問 。 。

ZPE

悶 ロ ロ 旬 。

-O

B

O

E

O

﹀としての避難の意思で、 やむを得ずしてなされたとい う行為無価値との関連の下に法益侵害行為の違法、適法を定めようと解されるーーーとしているのは、問題が基本的に ハl v は違法性の領域にかかわることを示している。 蓋 し 、 二法益の両立が不可能な場合、 法益保護を使命とする法秩序 は、同等を超えない法益の犠牲を一定の範囲で正当化するからである。このことは現行法の緊急避難を違法阻却事由 として把える見解に親しむものである。 然し、問題がひとたび人の生命、身体と生命、身体という人格の根本的要素にたちいたった時にも、なおこのこと が妥当するかは更に検討されなければならなかった。 例えば多数人の生命を救う為に少数人の生命を犠牲にすることが、単に立的な巡いがあることを以って法益の衡畳 ︿ 2 ﹀ が可能であったろうか。なによりも個人人格の尊厳を尊ぶ今日の法秩序の下では個人価値を立的に取り扱うことの生

(20)

命観はとり得ないこと明白である。かようにして、生命、身体に対する緊急避難にあっては法益衡立の機能は作用せ ず、違法であるといわねばならない。 ただ、人間の弱さと、自己保存本能ということを併せて考慮にいれた時、 一般人の見解から行為者の動機決定の面 において、適法行為の期待が不可能であれば、責任非難はやみ、責任が阻却されるものであると解する結論に到達し たのである。 これは決して超実定的な解釈ではなく、実定法の解釈としても充分可能なことばかりでなく、緊急避難の本質を把 握することにおいて、実質的違法性の面でも、規範的責任の理論の面でも、最も妥当且つ合理的な解決を斎らすもの といいうるのである。問題は、単なる実定法の抽象的な文理解釈にとどまるばかりでなく、より目的的な、人間性の 実相にも触れなければならない。緊急避難の理論が、労働争議や社会大衆運動等の方面で、広汎に展開されつつある 今日、根本的に再検討されなければならない段階に至っているといってよいのである。 わたくしは、以上極めて簡単乍ら学説を概観し、違法阻却事由を基本としつつ、生命、身体対生命、身体の街突に おいてその一方を救うための緊急避難に限り、期待可能性の見地から責任が阻却されると解することが最も正しいと の結論に達したのであるが、これらはそれのあくまで素描であって、なお詳細に検討しつつ補充を加えなければなら ない点が多んであることを否定することは出来ない。他日を期したいと考える。 ( 1 ﹀緊急避難を以って違法阻却事由となす見解にあっても、例えば井上教授の如く、法益権衡の原則を否定されて﹁緊急状 態 ( 2 C ﹂という特殊な事情の下では、行為者に行為支配の可能性がないとみるべきであろう。行為者に﹃行為支配の可能 緊急避難の本質 五

(21)

東 洋 法 学 五 性﹄を認め得なければ、命令規範たる行為規範は、行為者の動機過程を顧慮するまでもなく既に﹃客観的﹄にみて、その妥 当性が限界ずけられ、行為の違法性を阻却すると解すべきであろう﹂との見解もある。井上﹁刑法学(総則)﹂一

0

0

1

O

一一具然し、これは特異な見解であって、通常は法益の衡量は、違法性に関するものと考えられている。 ハ 2 ﹀いわゆる畳的緊急避難(官自吾丘町

R

2

0

5

8

3

といわれる問題である。 ( 本 学 助 手 ﹀

参照

関連したドキュメント

特許権は,権利発生要件として行政庁(特許庁)の審査が必要不可欠であ

今回のわが国の臓器移植法制定の国会論議をふるかぎり,只,脳死体から

これに対し,わが国における会社法規部の歴史は,社内弁護士抜きの歴史

成人刑事手続で要請されるものを少年手続にも適用し,認めていこうとす

多くは現在においても否定的である。 ノミヅク・ロスと物理的 イギリスにあっては製品 また,生命自体・財産に しかし,

ずして保険契約を解約する権利を有する。 ただし,

『ヘルモゲニアヌス法典』, 『テオドシウス法典』 及びそれ以後の勅令を収録

2会社は, 条件を変更のうえ保険契約を締結したと染とめられる場合には,