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〈書評〉長谷部恭男 編 『リスク学入門3 法律からみたリスク』(岩波書店,2007年171頁)

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〈書評〉長谷部恭男 編『リスク学入門3 法律からみたリスク』 151

<書 評>

長谷部恭男 編『リスク学入門3 法律からみたリスク』

(岩波書店,

7年,

1頁)

1.はじめに 法・法学は,特に何らかの形で「責任」と扱う場合には,まさにリスクを扱っ ているのであり,リスクへの対処の最前線に立つことが期待される領域である。 これは,一般的なレベルでは何ら疑問の余地のなさそうな説明であり,専門的 な観点からも,リスクという用語を危険,あるいは現実に発生する害悪と同義 に捉えてよいのならば,すんなりと受け入れられそうである。しかしながら, 事はさほど簡単ではなかろう。「リスク社会」が新しく生じた社会現象であり, 「リスク社会論」が新しい社会観であって,その中で「リスク」が特別な意味 を有しているならば,その「リスク」は近代社会に基盤をもつ伝統的な法制度 及び法的思考と整合しないかもしれないからである。では,法・法学にとって リスクとは何であり,それをどのように把握してゆくべきなのか。こうした課 題に挑もうとするのが,『リスク学入門』シリーズの本書『法律からみたリス ク』である。 以下では,本書のシリーズ中での位置づけと収録された各論文の内容を簡単 に確認した上で,本書の意義について考察することとしたい。 2.位置づけと内容 本書がその一部をなす「リスク学入門」シリーズ全5巻の企図は,編者によ る「刊行にあたって」と題する巻頭の文章で明らかにされている。それによれ ば,このシリーズはリスク学の構築,すなわちリスク研究の体系化に備えた試

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152 彦根論叢 第373号 平成20(2008)年6月 みであり,各学問分野でのリスクの定義,リスク問題への取り組みの現状,今 後の課題,解決法といったリスク論の蓄積を整理することが課題とされている。 第1巻『リスク学とは何か』は,総論としてリスク学の展望やリスク管理の方 向性を示す役割を負うが,第2巻以下の各論がまさに体系化への「試み」の核 心ということになろう。 法律分野がその内の一巻をなすものとして選ばれているのは,リスク対処法 として法律への関心の高まりの故である。本書では,上に見たような各論指向 も反映して,刑法,情報法(民事責任),環境行政,社会保障,国際公法といっ た分野から,序章を含め7つの論考がおさめられている。 (1)長谷部論文 長谷部恭男「法律とリスク」は,この第3巻の序章であり,リスク社会にお ける法・法学が前提とする人間像・国家像の変容という観点から,問題の提起 を行っている。そこではまず,公法学における伝統的な「危険」の概念とリス クとの比較から,リスクの意義ないし特質を明らかにしようとする。導かれる 第一の差異は,危険による害悪発生の可能性が基本的に予測可能なものとして 捉えられる(予測不可能であれば不可抗力として責任が生じない)のに対して, リスクは害悪をもたらす蓋然性を予測できない点である。第二の差異は,危険 について原因としての自然と人為は区別され,それぞれについて蓋然性の判断 を可能とする確実な知識があるのに対して,人間の活動と無関係な自然がほと んど消滅した現代において,ほとんどのリスクは人工のものである。 こうしたリスクを前提とする場合,行為者たる人間は自らのコントロールの 及ばない結果に対する責任を問われる可能性があるが,これは人を自由意思と 判断力をもった自律的行為主体とする法・法学の前提を崩壊させかねない。国 家のレベルで考えるとき,国境を越えて広がるリスクに対処するため地球規模 で協力・調整が必要となり,国家の主権および国境の意味は相対化する。さら に,戦争への国民の動員と対応して要求された福祉国家像は,冷戦の終結とと

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〈書評〉長谷部恭男 編『リスク学入門3 法律からみたリスク』 153 もに国家目標としての必然性を失い,国家は公的サービスから撤退しつつある。 そこではリスクの再配分と分散を通じたリスク管理のあり方の探求が課題とな る。他方で,私的空間における自由と公的空間における理性的な議論と決定へ の参加という立憲主義の想定する個人像が,リスク社会において生きのびるこ とができるかどうかも問われなければならない。 (2)島田論文 島田聡一郎「リスク社会と刑法」は,罪刑法定主義,法益保護の原則,故意 犯と過失犯の分別,刑罰による応報と予防,比例原則といった,刑法の伝統的 な原理が,リスク社会論からの問題提起に応じてどの点で・どのように揺らぐ のかを解明しようとする。そこではベックのリスク社会論による,人の手によ り生ずる,広範且つ取り返しのつかない結果を招きかねない,統計的に把握し えないリスクが俎上にのせられている。こうしたリスクに対処するために,例 えば危惧感説といった考え方により過失犯の成立要件を緩和する議論が検討さ れるが,人間の行動の自由への過度の制約となるという理由から,またリスク 低減の効果に乏しいことから,否定的に評価される。さらに,ベックが念頭に おくような,例えば環境リスク等のリスクに対しては,新たに抽象的な法益を 想定してそれを保護するという手法や,あるいはいわゆる抽象的危険犯の理論 による対処が有益である一方で,それ以外の危険,すなわち伝統的な犯罪行為 など統計的把握が可能な範囲に収まっている危険に対してまでこうした手法を 適用することをリスク社会論によって正当化するのは不適切であることが示さ れる。最後に,行為主体という観点からは,結果発生に至る「決定者」に処罰 対象を拡大してゆく傾向に対して,どのような理論によりどこに限界を設ける かが検討されている。なお,制度設計にあたっては,規制手段としての行政法 規と刑法との関係を整理する必要がある。 (3)鈴木論文 鈴木秀美「インターネット社会のリスクと課題」は,パソコン通信のフォー

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154 彦根論叢 第373号 平成20(2008)年6月 ラムやインターネット上の掲示板の管理者の民事責任を巡る判例とプロバイ ダー責任制限法を素材に,匿名掲示板における表現行為のベネフィットとリス クが法律により調整される枠組みを論じている。ここでは,匿名掲示板のベネ フィットに属する要素は,表現の自由,特に匿名だからこそ内部告発等を躊躇 せずに書き込め,マスメディアがあえて採りあげないテーマについて議論を深 めるフォーラムとして機能する可能性であり,リスクに属する要素は,名誉や プライバシーといった人格権の侵害である。名誉毀損が疑われる発言が掲示板 等でなされた場合,匿名性と掲示板等の機能上の特性から,被害者と加害者の 間の利害対立の矢面に立つのは,掲示板の管理者等を含む広義のプロバイダー である。プロバイダーが発言を削除するか否か・発信者情報を開示するか否か という問題について,民事責任を適切に分配することにより,ベネフィットと リスクの調整という観点から適切と思われる方向にプロバイダーを誘導してい こうとするのが,プロバイダー責任制限法(及びそれに基づく業界団体等のガ イドライン)である。そして,こうしたベネフィットとリスクという思考枠組 みは,例えば視点を変えて被害者の立場からの対応を考えた際にも有効である とされる。 (4)大橋論文 大橋洋一「リスクをめぐる環境行政の課題と手法」は,長谷部論文でも触れ られた危険概念とリスク概念の相違を前提に,環境行政を素材として,現行の 諸法規から抽出されるリスク行政法の基本構造とその発展可能性を探ることを 企図する。具体的には,行政機関,事業者,第三者市民という三面関係モデル においてリスク・コミュニケーション空間を成立せしめ,その上で行政的規制, 経済的手法による誘導,訴訟といった諸制度を位置づけようとする。まず,こ の三者間のリスク・コミュニケーション空間において,特に行政機関は,対象 により近いところに位置することが求められ,すなわち地域的対応を可能にす るように創設される必要がある。そして,コミュニケーション空間を成り立た せる前提条件として,行政が第三者的な見地から事業者と市民の利害を調整で

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〈書評〉長谷部恭男 編『リスク学入門3 法律からみたリスク』 155 きるよう位置づけること,市民の参加を保障し「現場知」を適切に活用する制 度を設けること,不確実性への対応として行政が市民に情報提供を行うこと, が挙げられる。その上で,行政は予防を実現するために許認可制という形での 事前規制を維持するだけでなく,例えばリスク対応のために申請情報の公開に 配慮した仕組みをつくる,自主規制等も含めて規制手法を向上させる,補助金 交付による開発研究の促進等経済的手法,公害防止協定等の合意形成的手法を 活用する,といったことが求められる。こうした行政システムは,事実関係の 急速な変化や科学的知見の進展に柔軟に対応できるように,時限法や特区制度, 実験的手法だけでなく,場合によっては緊急避難的な規制も想定して要件を整 理しておくべきであるとされる。最後に,行政活動の適法性を検証する仕組み としての行政訴訟の充実が必要であり,例えば原告適格の拡大や保護範囲の拡 大が検討される。 (5)児矢野論文 児矢野マリ「環境リスク問題への国際的対応」は,環境リスクについて国際 社会が基本原則を確立し,それに基づく具体的な対応を制度化する過程を追い, 予防原則の導入・制度化までを整理する論文である。まず,19世紀から1960年 代にかけての環境リスク(予想可能な種類のもの)の認識と二国間の枠組みに おける対応を前史として,1972年のストックホルム会議を契機に提唱された, 環境損害発生の未然防止と協力に関する国家の義務をはじめとする諸原則の存 在が挙げられる。これらは環境関連の条約により,(a)リスク対応の前提とな る事実の解明をめざす調査・研究,(b)関係者間でのリスク関連情報の共有, 意見交換の場の設置を通じたリスク調整や協力をめざすコミュニケーション, (c)リスクの原因の規制,(d)よりリスクの小さい基準の設定や代替措置の 実施,(e)緊急時の対処,といった形で実体的対応と手続的対応を組み合わせ て具体的に制度化されている。加えて,1980年代後半からは,損害発生の蓋然 性と程度につき科学的な不確実性がある一方で,深刻かつ回復不能な損害が発 生する可能性をはらむ環境リスクが認識され,これに対処するために,実践的

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156 彦根論叢 第373号 平成20(2008)年6月 な要請に基づく発想の転換として「予防原則」が唱えられた。この原則の下で は「損害発生の可能性につき合理的な根拠」があれば,事前対策的に対応がと られるべきであるが,その予防的措置の内容には幅がありえ,選択にあたって は利益衡量が必要とされる。予防原則の制度化の手法は上述(a)∼(d)と共 通する。制度化の特徴は,主に一定の地球規模の環境問題を対象とすること, 実体的な規律の導入が中心であること,時間の推移,専門的知見,コスト,国 家間の能力格差といった諸要因がより精緻に配慮される仕組みがとられるこ と,実施確保・促進メカニズムが充実していること,である。 (6)加藤論文 加藤智章「社会保障法とリスク」は,社会保険における保険事故を出発点と して,「社会保険から社会保障へ」という定式の下での社会保険と社会扶助の 併用及び人的適用範囲の拡大を通じて,対象とするリスクの拡大が生じてきた ことを論じている。具体的には,「国民皆年金皆保険」の下で政府を保険者と する(しかも財政面で国庫負担が組み入れられている)職域保険と地域保険の 併存,さらには労働者災害補償保険法における通勤災害,雇用保険法における 雇用継続給付,労災認定の基準の変更等である。そして,少子高齢化,非正社 員化,都道府県化という3つの要因が,社会保障制度に影響を与えるものとし て検討される。このうち少子高齢化は本来社会保障制度が対応しなければなら ない問題であり,介護保険法による介護サービスの組織化と財源の組織化に よって対応がはかられた。非正社員化による低賃金や手続の不備は,現在の医 療保険の問題だけでなく,将来的に十分な年金給付を受けられない国民を生み 出し,生活保護による補填の必要が生じるなど,社会保障制度全体に大きな影 響を与える。都道府県化は,健康保険法や高齢者医療法において国が保険者の 位置から離れ,都道府県単位で保険を運営する仕組みに改められたことを指し, これは社会保障における国家の後退と評価することができる。こうした後退や 国庫負担金の縮小を直ちに否定的に評価すべきではないが,国家の資源を一定 の優先順位のもとで合理的に配分するという正当化が必要である。

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〈書評〉長谷部恭男 編『リスク学入門3 法律からみたリスク』 157 (7)中谷論文 中谷和弘「安全保障上のリスクと国際法」は,リスクを「国際法違反や国境 をこえる重大な損害が発生する直前の状況(および直後の状況)」と限定的に 定義する。その上で,国際法の観点から国家レベルでのこうしたリスクに関す る予防的措置の検討として,ホットライン協定に始まる冷戦下の米ソ間のリス ク予防,同じく欧州諸国間の信頼・安全醸成措置を概観した後に,テロリズム を含む現代社会が直面する5つのリスクへの予防的対応が詳述される。ついで, 個人や企業によるリスクへの接近についての予防的対応,国家の解体といった 現象に伴う「混乱」というリスクの極小化のための工夫が論じられる。 3.考察 (1)全体の評価 以上にみるように,本書は,他の領域と並ぶ法学という大きな領域の中にお ける様々な分野の各論的分析から成り立っており,問題関心と検討手法にもず れがある。例えば島田論文では刑事実体法の原理とリスク社会論との関係を正 面から扱っているが,大橋論文ではリスク・コミュニケーションを軸とした行 政法学全体の制度の整序を主眼としている。こうしたことはむろん本書の欠点 ではなく,法学内部の分野ごとのリスク論への対応の現状が異なることを示す ものとして,また,分野ごとの思考方法の違いを反映するものとして,シリー ズ全体の企図,すなわち「将来におけるリスク研究の体系化――『リスク学の 構築』――に備えた試み」という点からは,高く評価されるべきであろう。 もっとも,本書の諸論文が全く視点を共有しないわけではない。一部の論文 をのぞいては,統計的に把握困難な「新たなリスク」を扱い,予防的措置を主 たる問題にする点で共通している。なお,本シリーズ第1巻1)に収められてい る中山竜一「リスクと法」は,不法行為を中心とする民事責任における過失責 任主義/無過失責任制度とそれを超える予防=事前配慮といったアプローチと の関係でリスクを論じている。そこでの焦点もベックのリスク論を出発点とす 1)橘木俊詔他[責任編集]『リスク学入門1 リスク学とは何か』(岩波書店・2007年)。

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158 彦根論叢 第373号 平成20(2008)年6月 る新たなリスク,すなわち発生確率等について統計的把握が困難で,リスクが 現実化した際の損害の規模と影響の大きさを事前に把握することが困難な種類 のリスクにおかれている。以下では必要に応じてこの論文にも触れながら論を 進めることとする。 (2)リスクと予防原則 上に挙げた共通項から,シリーズの目的の一つ,各分野でリスクがどう定義 されるかを検討する糸口が与えられるかもしれない。法学においてリスク論が インパクトを有するのは,予測不可能であり統計的にも把握不可能であるよう な新しいリスクについてであろう。予測可能なリスク・統計的に把握可能なリ スクは,過失責任(あるいはそれに加えて無過失責任)という従来の分析枠組 に解消できるからである。むろん,インパクトを有するか否かはどのように定 義をするべきかとは直結しない。また,従来の分析枠組に解消するという発想 はその枠組自体の見直しを一応は否定することにつながる。したがって,現段 階で安易に定義をするのは危険であるようにも思われる。例えば,リスクの概 念を広く捉えることにより,情報の非対称性や,リスクに挑むという行為が分 析対象となり2),いわゆる射倖的な行為の評価や,過失責任の構造自体の再検 討につなげてゆくことも,可能性としてはないわけではなかろう。残念ながら 評者はこうした点につき,(例えば中山論文に簡単に示されているような)何 らかの見通しを有するわけではないが。 当然ながら,過失を基礎とする民事・刑事の責任体系は,それ自体が法学上 の価値を有しており,長谷部論文や島田論文が触れる「自由」や「自律的人間」 像と連関している。であるならば,これらを解体再編する方向での再検討があ りうるとしても,それは慎重になされるべきである。また,上述の新しいリス クを検討対象としたときにも,伝統的な枠組と何らかの形で接合させながら論 ずる必要はあり,それにより伝統的な枠組にもたらされる動揺を原理的なレベ ルに立ち返って適切に評価し,お互いの限界を測りながら制度設計をすること 2)シリーズ第1巻(前掲注1参照)所収の酒井泰弘「経済学におけるリスクとは」を参照。

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〈書評〉長谷部恭男 編『リスク学入門3 法律からみたリスク』 159 が求められる。 このことは,具体的にはリスクへの対処の手法としての予防措置の位置づけ とも関連する。ここで興味深いのは,分野毎の差異である。例えば島田論文は, 過失犯の成立要件の緩和を否定し,伝統的犯罪行為の分野における処罰の早期 化を安易にリスク社会論にと結びつけて正当化することを批判する。その上で, 将来的に人間の生活環境を悪化させる行為等については,法益の抽象化,若し くは今までも重要でありながら価値に気づかれなかった法益の認識として,立 法を通じて一定の範囲で処罰の早期化を導入することが正当化される。 民事責任を扱う中山論文は,「認識=行為連関」,つまり自己の外部の世界に ある事物の因果関係を理性に基づいて認識し,その認識に基づいて自由意思を 活用して行為を行うという連関が,過失責任の基盤として存在することを出発 点とし,確率論的な認識とそれへの対処という「新たな認識=行為連関」を無 過失責任/福祉国家の基盤とする。その上で,統計的に把握できない新たなリ スクについては,予防=事前配慮原則が,国際的な環境保護の枠組の中で生成 したものとして3)紹介される。これは,この認識=行為連関の変貌として位置 づけられる。 同じ国際的な環境問題の文脈で予防原則を扱う児矢野論文によれば,予防原 則は「実践的な要請に基づく発想の転換」(本書101頁)とのみ説明される。 先にも述べたとおり,こうした点で法学内部での分野ごとの法原理のあり 方・思考の特質や,著者の問題関心によって,差異があるのは不思議ではない。 将来的には分野を超えた対話によって認識を深め,それぞれの分野における議 論にフィードバックされていくことと思われる。 (3)リスクの意味 最後に,以上のような視点の共有から若干外れるのではないかと思われる論 文に触れておきたい。 3)2000年2月2日の『予防=事前配慮原則にかんする欧州委員会報告』に依拠している(第 1巻107頁以下)。

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160 彦根論叢 第373号 平成20(2008)年6月 加藤論文については,従来の意味におけるリスク,すなわち統計的に算定可 能なリスクが検討の中心であり,非正社員化とその帰結もこの範囲に留まるよ うに思われる。長谷部論文の提起する「国家の撤退」という問題提起とつなが るかとも思われるが,前提とする社会認識が共有されているか否かは疑わしい。 長谷部論文の問題提起を受けるなら,新しいリスクという点でも個人と国家の 位置づけという点でも,消費者法の領域からの分析があれば,より有益であっ たようにも思われる。 鈴木論文では,インターネットがもたらす新たなリスクを種々挙げる中で, 人格権侵害や著作権侵害を当然に持ち出すが,マスメディアではなく匿名掲示 板における人格権侵害がいかなる特質を有し,どのようなリスクとして位置づ けられるのか,あるいは自明のこととされているのか,必ずしも明確には説明 されない。それが故か,プロバイダー責任制限法が例えば発言の送信防止措置 による損害拡大防止の方向にプロバイダーを誘導するように設計されているよ うに解されるのも,リスクの性質と結びつけて説明されることはなく,形式的 な文言解釈に終わっている。少なくとも発生の予測困難性と真の予防的対応の 困難性,被害の拡大可能性と回復困難性といった観点(これらは鈴木論文でも 判例分析などの箇所でも触れられている)から整理が可能ではなかったか。 最後に蛇足ではあるが,プロバイダー責任制限法の立法者・解釈者の立場か ら見れば,確かに問題とされるリスクは人格権侵害そのものであろうが,プロ バイダーの立場に身を置いた場合に直面するリスクは民事責任を追及されるリ スクであるはずである。本書51頁の岡村論文引用部分に現れる「リスク」は明 らかにこの意味でのリスクであろう。 ちなみに,全く別の大塚論文には「解釈者によって結論が相違しうる解釈リ スク」という用語が現れている(本書83頁)。 これらの「リスク」という用語法は,企業のリスク管理等で用いられるいわ ゆる「訴訟リスク」と次元を同じくするものと考えられる。すなわち,ある者 にとっては,法の定める責任分配のルール自体が,あるいは法・権利と裁判制 度の存在自体が,リスクとして認識されている。これは(2)までに述べてき

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〈書評〉長谷部恭男 編『リスク学入門3 法律からみたリスク』 161 た「新たなリスク」とは一致しないが,生のリスクとは異なるレベルの,「リ スク対処のための人為的な制度自体から生ずるリスク」として分析の対象にな りうるかもしれない。もっとも,法的なルールが導く帰結を(マイナスの意味 での)リスクと認識することは権利の否定に繋がりかねないし,法的ルールを 人為的制度とのみ把握する考え方も誤りであるとして,こうした思考や用語法 自体を否定することもありえよう。しかし,プロバイダー責任制限法のような, 民法に基づく責任ルールの再構築と明確化という性質を持つ法律を分析する際 には,そうしたリスクの把握も有益であるように思える。

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