<論文>経営組織論における組織の存在
著者
斉藤 弘行
著者別名
Saito Hiroyuki
雑誌名
経営論集
巻
25
ページ
1-29
発行年
1986-01-21
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005785/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja経 営 組 織 論 に おけ る 組 織 の 存 在
斎
藤
弘
行
は じ め に 組織の定義は それぞれの人に よって異な るから, さし当って定義すること を するよりも, 組織につい てどのように考えられるかに関し て考慮すること, つ まり,組織とい うときに,我々は本当に組織の存在を信じ てい るのかどう か とする,やや本質から離れるかもし れない問題提出を通し て,組織の定義 釣説明に一接近することを 企てる。 もちろん組織の定義を配列し て, その共通点を通し て定義を獲得すること も可能であるが,その場合にはどれほどの定義を先ず もって集めるべきかの 基 準がない。し かも我 々は,無限の定義の海に入りこむ危険 があ る。 従って, こ こではこれを避け ることにするわけである。 組織が現実的な ものかどうかを問うこ とはあたか も哲学的領域に入りこむ よ うに思われ るが,必ずし も哲学的討議をし ているのでない ことを強調し た1 い。 現象学的組 織存在 我 々が組織の存在につい て関心を持つようになったのは次のような陳述に 発端を見出す1)。 「組織は人 間の頭のなかに のみ存在すること,組織は人間の目に見え るも し くはつ かまえ ることのできる椅子もし くは机のよ うなものでないこと,我 我は組織をただ体験し うるにすぎないことが確認されるべきであ る」と。 組織の定義が組織をどの ように見ようとも, 組織が目に見え るものでなく, 触れることのできないとい う事実を 確認させる文章 であ るとみることができ る。我々はここで言語の事柄を問題にす るのでないけ れども, 組織とい う語2 が より抽 象的 な,平 和, 正 義,民 主主 義な ど とい う語 と何か似 た様 相を 持つ こ とを 察知す る。そ の本質は, 我 々は 組織を 見 るこ とが できない に もかかわ ら ず, 日常的に 既に 分 った ものとし てこ の言葉を 使用 す るこ とにあ る。 この 現 象は, ち ょうど, 平和や 民主主 義 の言葉を 日常 的に 使用し, それさえ 言葉 に 出す ならば, そ の内容 もし くは 本質 な どど うで も よい とす る情況 のなかに 無 意識 的に置 かれ てい るこ とと よく似 てい る。 我 々は 日常的 生活に おい て も, 専門的 な 領域に おい て も組織 の一般的な 構 図を 持 ってい る。 構図 とい う表 現のほ かに ,「あ るも のが ど うい う も のか」 とい う文 章に示 され るか もし れない。 例え ばあ るも の, あ るこ とが集 まった り, あ る こと(あるもの)が 何らか の形 をし てい ると見 た り, 感じ た りする ときには, 組織 の観 念が形 成され てい る のを 知 る。 そ れを 組織 と言お うと, そ うでない と変 りはな い。 これは, 例え ば企 業 とい う言葉 が, そこに人 がい て, 工場, 事 務所があ るとい う物 理的情 況に 限定 さ れ ることな く, 既にそり な かに, 資本主 義的生 産活 動, 民主主 義的 経営 管理, 日本 的 経営(もし くは アタリカ的経営)な ど とい う, い わば 目に見 えない 部 分を も含ん でい て, すべ て企業 とい う表 現のな かに 含めら れてい る様 子 と類 似し てい る。 こ のこ とは 既に 組織 の概念を 扱 うに 当 って 触れた こ とであ り, 我 々は,そ のこ とを ,あ る まと まり, 形, 集合 体, 物 の配 列・ 配置 な どを示 す 事実だ と 認識し てきた。 そ れを 古 くは社 会学に おい て 社会的形 象 と呼ば れ てい た こと も指摘し た(この語は我々の場合には構成体の語に言いかえら れているが)。 そ こ でこ の用語法を 借り るならば ,「組織は, 構成 体的 観念 の 意味に おい て, 日 常 意識 のなか に存 在する」 とい うこ とが でき る。し か 乱 こ の構成体は,「現 象学 的 な構成 体 観念」 だ とい うこ とに も注 目し たい。 こ のこ とは, 我 々の 日常 生活に おい ては, あ る事 象, または 存 在物が見 か け は ばらば らに あ る ようだ が, 実は 何ら か の配 置の なかに, 自己 の存 在を示 す とい うこ とを 意味す る。 配置 とい うこ とは 他 の表 現を す れば, まと まり, 組立, 集 合, 関 係づけ とい って もよい 。 こ のこ とを まとめ て, 先 の構成体 と い う表示 をす るこ とにな る。 日常生 活は 構成 体 のな かに あ るとい ってし まう と誤解 があ るか もし れない が, 確 かに 我 々の意識は, 構成 体 とし て外 界を 見 てい ることに な る。 こ の構成 体を 他 方で 組織 とい う表 現で示 そ うとす るこ とが, 今 日の社 会生
活 の常識 に な ってい る。 そ れは, あら ゆ る配列的, 関 連的 事 象が 組織だ とす るこ とが生 活 のな かで行な われ てい る ことに よって も よく分 る。 構成 体な ど と改め て言わな くて も組織 とい う用語を もっ て, そ の よ うな事 象を 表わし て きた のであ る。 もちろ ん, こ の際に一見し て我 々の感 覚 領 域に 入ら ない よ う な,い わゆ る関 係事象につい て まで, 組織 とい 引 のを常 とす る。 何故こ の よ うな 操作を 我 々は す るのであろ うか。 そ れは い まのべ た,現 象 学 的な構成 体を 思い 浮かべ てい るから な のであ る。 そ れは, ばら ばら のな か に, まと まり とい う本質を 見 ること, あ るいは, ばら ばら とい う現象形態 と, まとまり とい う本 質的特 性 の区 別を 我 々が 自然に や っ てい るのにほ かならな い丿 人 が事 物・事 象を認 識す るのは ま とまりのな かの こ とだ とす る のが現象 学的表 現 であ る。 ニさら に2) 現 象学的 構成体は, 表面 に 現われた事 柄 (事物)に だ け とら わ れ ない で, そ の事物 が どの ような特 色を もつ か, どの よ うな関 係 のなかに 置 かれてい るかを 眺 める ときに, 我 々の知 識 とし て 把え ら れる。 特 色 とか関係 など とい う現 象(? )は, あ たか も人 間 の視覚 の把え るこ とに 限ら れると思 いがち であ る が, 実はそ うでな くて, 視覚 の世 界を 超 え た, また は,そ の世 界の背 後 の世 界 のなかに 存 在す る ことを 知ら せ るのが , 構成 体 の現象学的 視 点であ る。 こ れは,外 的現 象があた か も表 面的 でし か も偶然的 な, 個人 の意 図し ない 側面 と, そ の背後に あ る本質的 現象(? )の 両 者から 現象 が 成立し てい て, こ の区別を す るこ とに より次に来 るべ き理 論 的認 識 の基 礎が確立さ れ ることを示 唆す るのに ほ かならない 。 こ の ような 思考 操作は, 我 々の 日常 活動に おい ては 「改 めて」 や るのでは ない。 人 が事物を 観察し た とい うこ とは物 理学 の現 象を 観 察し た とい うの と は 異な る。 組.織が社会 的 構成体(我 々の使用する用語とし ての) とし て 把握 さ れ る のは, 例え ば我 々が 経営 とい う物あ るいは 現 象を 把え るの と同じ よ うに, 「独立 性 のあ る, 意味的 に 統合され た関 係」 とし て0 こ とな ので あ る。 無限 の事 象のな か から 先ず もっ て, 独立 的存 在物 とし てあ る ものが 「つ か み出さ れ」 か くては ならない こ と を 含む( もちろんこの場合にも,意識し て,改めてや るのではないけれども)。 そ うし て おい て,「つ かみ 出された もの」 が我 々の 知識 とは 全 く無 関係で
4 ない 証拠 とし て,「あ る意 味の 付与」 がな され る必要があ る。 構成 体 が分う だ と か, 組織の 理解 ができ るとい うのは, 意味を 加え るこ とに よ り, 我 々の・ 関 心事 項との関連 づけを す るのに ほ かなら ない 。 従って, 組織 とし て の構成 体(またその逆の表現も可能であるが)を 人 が構 想す るとい うこと, また, そ ひ 事 象を 知 るとい うことは, 意 味的に 知 る とい うことであ り, 意味を 与え ると とので きない ものは除外 され た こ とを示 す3)。 そ の ような経 過を とる と, 物理的 に 人間 の手 がさし のべら れ て事物を 把握 す る のでな くて,「構成 体 が 日常 的生 活に おけ る社 会的 な 実 際関係 とし て, 行 為関 連的」 に なってい ることに 気づ く4)。 こ こで,「実 際関 係」,「行為 関道 的」 とい う語は 明ら かに, 知 覚的 領 域を 超えた 事象を 示し てい る。 つ まる と ころ , 我 々は関 係 のたかでし か物を 見 るこ とができ ない のだ とす る認 識方法 に 賛成 せざ るを え ない(といっても我 々はこの時点,機能論的解釈をしているので はないがr 。 これを延 長し て言 えば, 人は 事 象に つい ては, 相当 な程度, 日 常 的 意識を もって見 るこ と, そし て考え る ことに 傾い てい る。 例えば,い ま組 織とい う事象(かどうかはっきりしないとして)を 把 え る と きに, 実は人間 の 行動を 見 てい るのであ り,し か も, 人 間の 行動は物 理的な 側 面におい てさ え も, 一瞬一 瞬 の うち に変 化す るから, それが 仮 の静 止状態, とし て把 えられ るほ かに は, ど ぅし ようもない。 そ の際に, この 行動に 注 目 す る ことが比較 的 組織事象を 見や すい とい う利 点 もあ る。 それ が 「行為関連 的」 とい うこ とな のであ るが, 実は, そ の どき既に 行為 そ れ 自体は 次の時点 に 移行し てし まってい る。 従っ て, あ くまで 「行為に こ と よせ て」 我 々は事 象を 知 るこ とに な る。 我 々は 通常そ の ようにし て構成 体を 見 てい るこ とに な る。 また, そ の よう な 「見 る」 行為は あ く まで 無意識 的 であ り, そ れに 加わ るに, 行為 が, 我 々 の主 題 または主 観 と関連づけ ら れてい る。 そ れは先に, あ る意 味づけ の事柄 とし て示し た。 当該 の人間 が どの よ うな 背 景の もとに あ るかに よって, 意 味 づけ が 異な るのぱい うまで もない 。 こ の点 を 強調す るな らば, 構成体 が, 行 為関連 的に見ら れ, 日常 生活に おけ る関係(事象)とし て 把 握 され るのはそ の人間 の文化的 背 景に よって 異な って くる とい うこ とがで きる。 とい うこと は, 構 成体 自体 が, 一種 の 「文 化 的独 自性」を 持つ ことを意 味す る。 文 化は,(ここでそれに深く入りこむことはしないが), ひ とつに は 確かに 個人
の背景 とし てあ る事 柄につい て言え るけ れ ども, 他方 で, あ る時間 お よび空 間におけ る広 が りのな かにあ るも のであ る。 人 が共存し てい るとい う意味 は, 社会的 関係に あ るとい う初歩 的な表 現をい うが, その ときに, 社会的な 日常 的 コ ミュニ ケーシ ョン がなさ れてい るこ とが前提 とな ってい る。つ まり, 文 化は時 間と空 間 のひろ が りのな か で の人 間 相互 の関 係 もし くは コ ミュニケー ションに より形 成さ れ るのであ り6) また, コ ミュニ ケーシ ョンを つ くるの が文化 であ る。 こ の局 面を 目立た せ るならば, 同じ文 化のなかにあ る人は, 誰もが 構成 体, 組織は 何かを知 るこ とに な る。 構成 体 が, 事 象であ る うと, 不可視的な も の, 意味づけ のこ とで あろ うと, 誰 もが, それ ほ ど大き くそ れ るこ となし に, 構 成体 の理 解をし てい るこ とに な る。 これこ そが 日常 的意識 の力 であ る。 我 々は,無 理に, 意識し て, 科 学 とし て 組織を 考え るこ とも, ひ とづ の学 間的 傾向であ るが, 組織, 経営, 企 業な どの概念 が最 初 から ど うい うものか をほぼ 理解 の領 域のな かに 入 ってし まってい る とい う事実は 否定 できない 。 そし て, そ のこ とが組織 の存 在を 知ら せ てい るこ とに な る。 日常意識にあ が る事 象は ,す べ て非 科学的 な もの か, そ れ とも必ず 科 学 のフ ィル ターを 通さ なけ れば, 我 々の対 象に な りえ ない とい うこ とは ど うであろ うか。 組 織におけ る交 換過 程と4 つ の前提 組 織 の存 在証 明は, 上 記 の如 き, 現象学的 方 向づけ の展開( ?)とし て, さら に, 個人 お よびそ の行動に 関し てなさ れ るこ とを 紹介し よ う。一 般的に は組織 が個人 お よび社 会に たいし て どの よ うな 作用を す るかにっ き, 組織論 は何ら かの説 明をし てい るけ れ ど も, こ のこ とを 扱 うことが既に 組織 の実 在 につ い て語 るこ とにほ かなら ない 。 以 下に おい て我 々は, ホール の説 明様式に 従 うので あ るが7) そこに は 種 種な論 者の名前 が登場す る。し かし それぞ れ の論者 の主 な学 説 が提示さ れる とい うよりは, むし ろ, 組 織の説 明は, 人 間(および,とくに個人)と, そ の 行動に 関係づけ て なされ るこ とに 注 目さ れてい るよ うであ る。 そ の際に, 組 織を どちら かとい うと, 具体 的に 説 明す る こ とを回避 す る傾向にあ る とい わ れるが, そ の意味は, 具 体的 説 明が できない の が組織 であ り, 反 対に より抽 象的 概念に 従 うほ うが解 明し 易い であろ うとの推測を 含む。
初めに 組 織が存 在す る 明白な 理由 とし て, 組 織のな か で 様 々な 交換 過程が なされ てい て, それ だけ 知 ることで も, 既に, 組織は理 解 でき る とい うよう に 述べ られ る。 これ は交 換理論 と呼ば れる過程 のこ とであ る。 そ の引用 され てい る こ とは 次 の ような内容 の ことであ る8)。 組織 のな かで, 直接 的交 換過程 に代 わって間接的 交換 過程 が 現われ る よう にな る に の過程そのものの説明がここでの本意ではないが, 若干触れることにす る)。はじ め 下 位者 が上位 者に 服 従す るのは, 上 位者 の与 え る便宜 も し く は ひい きがあ るた めに 服従せ ざ るを えない から であ る。 こ の水 準に おい ては 上 位 者は下 位 者へ の権 限を 行使す る とい う表 現は 使えない 。 上 下 の者 の間 の直 接 的交 換があ るに 過 ぎないし , そ うい う際に は, と り立 て て組 織 とい う枠組 のな かで考 えな くても交 換過 程の理 解は可能 であ る。 ところ が, 権 限の 確立 が明確に され るときに, も とも とこの よ うな 事象は 組 織 の枠 組 が前 提さ れてい ることだ と分 る。 この場合に は 下 位 者自身 の間に 「規範的 拘 束」 が 出 現す る。 これ が上 位者の命 令を 受入 れ る効果を 出す こと に な る。 す なわち, 個 々の下 位 者は, 同時に, 同じ レ ベ ル の他 の下 位者 の同 意, 承諾 なし に は 上位 者 の命令受入 は できない 情況に 置 かれ てい る。 ここで 承 諾な どとい う表 現に は誤 解 が生じ るが, 要す るに, 個人 的 な上 下関 係 のみ で 関係す る当 事 者の活動 が なされ ない とい うこ とであ る。 具体 的に 他 の下 位 者 が認可す るか ど うかの 事柄では な くて, 上位 者は 複数 の下 位 者 との関係の もとに 置かれ る のが 当 り前 とな るとい う意味であ る。 さ らに 付 言すれば 下位 者 の集合 が表面 化 す るとい うことを, この承諾 とい う表 現は 含む。 下 位者の 側 での共 同的 な義 務遂 行 が出 現す る。 この ときに 間接的 な交 換 がなさ れとい う表 現を とる。 つ まり, 組織 のなか で の権限成 立 の時点 に おい て, 下 位者 の集合が力を 発揮し , 上 位 者の指示に 服す るこ とと の交 換で, 共同 の義務 遂行 への報酬を す る よ うにあ る種の強 制 力を生 み 出す こ とに な る。 上 位者 の側は, これ まで, そ の 構成員 の個 々の自 発的な服 従に 頼 っ てい て, そ の上に 権限 がのってい る と考え ら れ てい た。そ れ との交換 で, 下 位者の 集合に たいし て 何ら か の貢 献を す るに 至 る ような 強 制力 が上位 者に か か って くるこ とに な った。 こ のことを 若 干別 の 言い まわし に よって示 せば こ うい うこ とにな る。 先ず上位 者 の 権 限は(組織の)構成員 を土 台 とす る。 構成 員は こ の権限に 従 って, 各 個人別に そ れ ぞれ 自己 の活動
を 自由に コン ト ロールす る。 あ るいは 各個人は 自己 の自 由裁 量 のな かで服従 し た りあ るい はし な か った り す る(ということは全く服従しないといりのでなく て服従の程度を示すことになる)。 こ のとき, 上 位者は, 組 織に おい ては, これ ら 構成員 へ の個別 的 対 応を す るのでな くて, 集合 体 とし て の構成員 に 対応す るとみ るほ うが, 組織 の情況を よ く表わし てい るとい うこ とにな る。 上位者 の貢献は 個別 とし てで な く, 集合 とし ての対象にな され るこ とを 組 織は定め てい るとみたほ うが よい こ とに な る。 また 組織の構成員 が果たし た 貢献に たいす る報酬は, 組 織から 受 取 るので あ って,貢 献を 受け た直接 の当 事者 から では ない こ と 屯組 織の存 在を 知らせ る。さらに, 構成 員 の活動 が 規定 の標準に 合致す るかし ない か の承認 が必要 な のだが, 構成員 の相互 の受 容がな くては なら ない。 構 成員 はた とえ 上位者 が どの よ うな許可を 与 えた とし て も, 予め 受入れら れた 規準を 満 さない 行動 もし ぐはそ れから 外 れた 行動をし た ときには 活動 できな い とい う意味を こ の こ とは含む。 構成 員 の 提供す る貢 献を 受 け た(組織の外部の)者は, そ ち ら の 側で, 自己 の生 活 範囲に おい て活 動す るこ とが可 能 とな る。 とい うこ とは, そ の当事者は コ ミュ ニテ ィにたいし て貢 献し てい ること にな る。 そ の とき, コ ミュニテ ィは 受け 取 った貢 献に たい す る反対 給付を 組 織に与 え る。 この反 対 給付が組織 構成員 の報酬 源 とな るレ 反 対 給付は金 銭的 もし くは 他 の物的手 段 を含む もの とす れば, 例えば 企業 がそ の生産活 動を 通し て社会 に 製品を提 供する過程が 全 くそ の ままこ の説 明に 当 ては まるであろ う。 企業 の製品を使 う人が一人ずつ , そ の都度, 当該 企業 に対し てそ の報酬 を 支払 っ てい るので ないこ とは 明白 であ る。 これ までの交換を 中 心にし た 説 明に より, 組織 の存在 がす べ て 確認された とい うわけ では な い。 つ まり, 交 換過程 の内容につ い て の若干 の修 正を加え るべき課題が 残っ てい る。 そ の主 な発端は,「組織におけ る個人 はし ばしば, 直 接的 または 間接 的交 換に 関与 す るこ となし に も行動す る」 とい うこ とにあ る。これが全 く真 実な らば, 交換 の論理は 崩壊す るか 屯し れないし , それは 同時に 組織 の存 在 の確認を 中 止さ せ るかもし れない。 ごく普通に考 え て も人は常 に, 上 記 のよ うな交換 過程を 意識し て 行動し て い るのであ ろ うか。 全 く日常的 な, 繰 り返し の活動 は交 換を 頭に 置い てなさ れ てい ない こ とも事 実 であ る。 これは 一種 の, 学習 された 刺 激反 応 メカ ユズ
8 ムだ とい うこ とができ る。 組織に おけ る行動 は ほぼ こ んな事 情 のなかにあ る こ と が多 い。 他 方 で もち ろ ん, 個人 の裁量が必 要 とされ るこ と もあ る。 そ うし ない と組 織 の存 統が 危険 となるか もし れない ときに はな お更 のこ とであ る。 こ うい う 際に , い ちい ち 集 合的 思考を 前面に 押し 出す こ とは 避け た ほ うが よい かもし れ ない。 この問 題に関し て, 重要 な点 は 組織 が個人 の行動を 決 め るべ き主 な 役 目をし てい るとい うこ とであ る。 個人 は, 交 換 の思考 より も, 組織 の一構 成員 とし て 抱 くとこ ろ の役割期待に 作用 す る のが組 織で あ る とみ るこ とがで き る。 広 い 組織的文 脈 のなかで個人 は 自己 の行動 にたい し てあ る方 向づけを 与 え てい るわけ であ る。 この時 の組衛 隋況 はこ うい うよ うに 示さ れ る。「組 織 の構 造的 特 質は かな り安定し てい て, 役割群 に おけ る 特定 の人 間 から 独立 し た もの とし て 扱われ うるほ どであ る」 と9)。 こ こに おい ても 組織 の存在は 否 定で きない こ とに な る。 次は 組 織そ れ自体 が「行為 者」 だ とす る前 提を とるこ とに よ り, 組織の存 在の裏 づけを す る課題 が来 る。 組織 内に おけ る個人 の活 動を 超えた ところに あ り, また 個人 の活動 の上に 位 置す るの が組 織であ るとす る見方 であ る。 従 って 「個人を 組立 ててい る現実 性 とし て の組 織」 は 狭義 の解釈 であ り, ここ では そ れを 越えた 説 明がなされ ることに な る。 そ のひ とつ は, 組織は長 期に わ たっ て存 続し , そ の構 成員 に とって代 る存 在 だ とい うこ とを 我 々は常識 とし て知 ってい るが, その こ とは 組織は特定 の 個人 に 依存し ない とい う事実を 教え る もの であ る。 もち ろ ん, 組 織のなかに もほ と んど瞬 間的に 消失し た り, 組織 と個 人 と厳 格に 区 分で きない ほ どの個 人 の コ ミット メン トがあ るか もし れ ない が, 既に そ のと き, 組織 とい う名称 を 付す る ことは 疑わし くなってい て, 我 々の組 織思考 の 範躊に は入 ってい た い こ とが分 る。 時 間経 過の長い 組 織が これ とは反 対に 我 々の学問対 象 となっ てい る。 またそ の こ と自体が組 織を扱 うこ とな のであ る。 この場合に どんな 個人 がい る かは 関係し ない(とい うことは誤解があるかもしれないが)。 こ の 意 味は 組 織 が規 範や期待 の体系を 設定し て, そ れを 個人 が 守 り, 当該人 物 が退 場し て も次 の個人 もそれに 従 う過程を 繰 り返 す とい うこ とであ る。 もち ろん 個人 も規 範, 期待をつ くるけ れ ど も, そ の人 間 の生 命以 上に 続 くこ とはない。
次は意思 決定 が組 織の なか でな される事項 とし て 考え ら れ るが, 組 織がこ の決定に大 き く作用 す るとい う事実 のために, 組 織自体 の存 在が 確認 され る こ とに。な る。 よ く, 決定を下 す のは人 間お よびそ の人 間 の所 有す る パワーで はない か とい われ るが, 実 は当 該個人 の所持す る パ ワーは 組 織 のな かに 占め る地位が もた らし てい ることを 忘れ たためであ る。 結局, 組 織なし に は意思 決定の存在は ない とさ えい うこ とができる。 とすれば, 組 織に は 先 例や伝統 が重ねら れ てい るし , 組 織もた だそ れだけ の存 在でな くて環 境 との関 係のな かにあ るから, こ の側 面 も組 織決定 の基 礎 とな る。 これ を土 台 とし て 個人 が 組織のヒエ ラルヒ ーの なかで 意 思決定をし てい るこ とに な り, 組 織を 無視で きない ことだ と直 ちに 理解 でき る。 組織それ 自体 の存 在 と行動 性質を よりよ く示 す 事実は, 組 織 自体 の行動 表 示 を知 るこ とであ る。 組 織が 具体的に 何をし よ うとす る か, どんな ことを す るかにつ い て知 るなら ばは っ き りす る とい う意味であ る。 例 えば, 企業X か あ る製品を つ くる, 地 域環境 の保全に 努力す る, 政 策決 定を 下 す な どとい う ときに, そ のこ とは個 人 が(集まって)プI=・グラ ムを組 み, 実 施す る よ う に 見 えるし, 実 際に人 間が 行な う筈 であ る。し かし, そ の個人 は あ く まで組織 のなかの個人 であ って それ以 外 のなに もので もない。 とす るな らば,「行動 の起源は 組織 のな かに と どま ってい る」 とい わ ざるを え ない。 これは 人間存 在 が無視 された とい うよ うな 誤解を 生む かもし れ ない が, 行動 の源泉を 問 う ときに, 組織 の存 在 も無視 で きない ことを 教え てい る。 さら に, 以 下に 述べ る事柄は, 現象学的 組織解 明の ところ で 触れら れた も の と重複す るか もし れない10)。 そ の一つは, 説明 の立 場を 現 実主 義に 置 くか。 名 目主 義に置 くかとい うこ とであ る。 後 者の立場に立 つ なら ば,「 現実 とは 個人 の認 知を 通し て形成 さ れてい る」 ものであ る。 従 って, 人 間 の精 神のな かにの み事物は 存 在す るこ とに な る。人 工的につ くら れた も のがた だ存 在す ることに な る。 これに対し て, 前 者 の立場に 立 てば,人 間 の認 知0 ほ かに 世 界は実 在す る とする。 現実 の 世界は 全 く見 えない ものでは な くて, 相当に 目に 見え る。あ る堅 さを もち, 相対的 に 不変的 な 構造をし てい るとみ なす。 我 々の冒頭 の説 明では 名 目的 説 明に 片 寄 る傾 向にあ り, また, そ のこ とが, 組 織存 在の不可
10 社会科学にたいする 主 観主義的接近 主 観 一客 観 局 面 存 在 論 反 実 証 主 義 社会科学にたいする 客観主義的接近 実 在 論 法 則 定 立 的 社会科学の性 格につい ての分析的 前提 のため の構図(:Burrell/Morgan,p.3) 知 論へ 導 く恐れ があ ることを 反 省す る( 例えば,組織は人間の精神においてのみ あるという命題から出発したが)。 し かし , どちら の立場に立つ かを 決定す る のが ここで の課題では ない。 ど ちら にあ ろ うとも認識論的にい って, 組 織に 関連し たこ乙レ メン ドを 探し 出し , そ こに おけ る規則 性や因果 関係を 見 出す こ とに よって, 組 織 に お け る 現 状 (場合に よっては予知)を得 るこ とがで き るならば よい とい うこ と に な る。 こ の よ うな立場は 組織の存在を既 に認 め てい る ことにな り,認 め るかど うかの 議論を 経過し た後に で るこ とか もし れ ない 。し か も, こ のよ うな 答え方は, 実証主 義 と非 実証主 義の対立 とし て同じ よ うに 哲学 領域 で古 くから 語られて い るとす る初 歩的知 識が知ら せ て くれ る。 ただ 一つ の事 柄は, どちら の立場 に あろ うと も, ここ で例えば 非実証 主義 に立 つ とし て も, 実証 主義 的視点 の も とで なされた こ とが土台 となっ てい て, それ なし には ,非 実証主 義は成立 し ない とだけは いえ る。 例え ば組 織におけ るあ る人 間( としての行動者)が基 点 となっ て事物 を 観察す ることは, 事物 がそ の基点 の移 動に よっ て どうにで もな る から, 世 界は 相対的にし か分ら ない とい うか もし れ ない。し かし, そ れ は, 組 織 のな かにあ る基点を 認め る こ とであ り, 組織 の存在を認 めてい る こ とに は かなら ない から, 既に, 実 証主 義 の 「 まわ りで 」 分析し てい ること に な る。 ただ, 基点 が動 くか もし れない とい うこ と, 別 の人 間 なら ば どの よ うな 「目」 と 「視点 」を有す るかが常に 不 明だ とい うだ け のこ とにす ぎなし 。
組織 の存 在は 二つ の方 法論的証 明 の対比に よって も調 べら れ る。 一方は。 個性記述学 的方 法があ る。 調査 の主 題を直接 知 るこ とに ょ って組 織 の社会を 理 解し よ うとす る。そ の主 題に出来 るだけ 近づ い て, そ の詳 細な 背景 と歴史 を 明ら かに す る ことを 中 心とす る。 そ れは 主題(また主題となる人物)の記事 を 分析す るこ とであ るが, それには 主題 の置か れ る情況 もし くは 生活 のな か に 自己を 埋没 させ なけ ればなら な い(例えば,主題に関係するような実際の生活 をしたり,記録のなかの漠然とし た記事のなかに鋭い目を光らせるといった操作が必 要となってくる)。 こ れに 対し て 法則定立論 的方法は , 研 究を プ ロ トコル命題 と技術に基 づ かせ る。 そ れは科 学的厳 格さを もっ て仮説 を 検証 す るこ とに集 中 する。 要 す るに, 科学 と一 般に 人 が呼 んでい る方 法 が用い ら れ るこ とにな る。い ずれにし て も, 二 つ の方 法が,仝 くどこに も存 在 し ない 事柄を 対 象に し てい ない こ とだげは 確 かであ る。 個 性記述 学的方 向に おい て, 人 が積極的 に主題 に接 近し ようとす るこ と,あ る資 料の分 析から主 題を 推理し よ うとす ることが, に こでぱ)組織 の実在を疑 ってい ない 証 明で あ る。 法則定 立学的 方 向は なおさ ら のこと, 対 象を 厳格に定 め, それに 適す る方法 を採 用す るの であるから, た とえ どんな ものであろ うとも実在し ない も のは 相手に さ れな い 筈であ る。 こ こで も組織 があ るものとみな され るこ とに な る。 また人 間性 質を二つ の両 極端の タ イプに決 める こ とが, 組 織分 析に おい 七 用いら れ るこ とがあ り, そ の事実が 組織存在を 示す。 一 方 は 決定 論的見 解で あ る。 これは 人 間お よび人 間行動を 情況 もし くは環 境に よって 決定 さ れるも の とみなす 。 他方は 主 意説的 見解 であ る。 これは人 間 が 完全 に 自律的 で自由 意志を 有す る ものとみ なす。 こ の二つ の人間 観 のどちら か もし くは そ の中間 の立場を とっ て 社会科 学を成 立さ せる のであ るが, 組 織 論 もこ の傾向から 逃 られない。 我 々は ここ では どの立場 を とるのでな くて, と くに 組織論では, 決定論的 立場を と る傾 向にあ ることだけ を 付け 加え たい 。 人 間 が組織情況に よって コン ト ロールさ れ ると見 るわけ であ る(従って純粋な主意説に従った人間 は今日の社会には存在しえないことになる)。 社会 とい う, い わば 比 喩的な 意 味 で の組織に 支配 されない 人 間な どあ りえ ない から であ る。 言語を中 心とす る 文 化形成は 組織 の存 在なし には不 可能な の で あ る(だからといって主意説的立 場が無意味ではなくて,組織の支配からの脱出を願う人間の姿 が予 見さ れるであろ
12 上 記の ような陳 述から我 々の獲 得す る結論は 「組 織の 特 性がそこに おけ る 個 人 の重要 な決定 要素であ る。 つ ま り, 若し も組織がそ れ 自体の 特性を有し , こ の特 性がそ の構成員 の 行動に 影 響を与 え る とす るなら ば, 我 々が人 間の 行 動 を理 解し よ うとす る とき 組 織の 特性 が理解 さ れるべき であ る。 同じ 理由 で, 若 し も我 々が社会を 理解し よ うとすれ ば, 我 々は そ の組 織を 理解し なけ れ ばl なら ない」 とい うことであ る12)。 組 織と組織類 似 概念と の対 比 組織 の存在を知 るには, 組織 類似 的 もし くは 組織 同等 的概念 と, 組織 との 対 比 のなか で考え るこ とが一つ の手段 であ るか もし れない 。 ここ では組織 の 概 念 が設定さ れ てい ない から, 組織 とい う よりも「組織 とい う現象」 とい っ た ほう が よい か もし れない が, こ の組織 と, 他の社会的 関 係 もし くは社会 的 事 実 との区別 のなかで 組織 が考え ら れ るとす る, 一つ の 見本 が提出さ れるこ とに な る13)。 (1) 最初に , 組織 と制度 の対 比 が示さ れ る。 制度につ い て 何人か の説明 が 詑)げ ら れる。 もちろ んそ の どれを 採 択す るか の決定を す る のでな くて, 列挙 さ れ てい る のだ が, こ の概 念は かな り多 様であ るし, また, そ の こと自体 が 我 々の関 心をそ そ る。 大 き く分類 す るとこ の用語は 人類 学 と社会学 のな かに よ く見られ る よ うに思わ れ る。 人 類学におい てよ く引 き合い に 出 され るのが マ リ ノフスキ ーの名 前 であ る が, そ こでは 「制 度的 組織」 とい う用 語を 使用し , 家 族, 村落, 国家, 作業 大集団, 自由 結社, 身 分集団 な どを理 解し てい るとす る。 そし て, 制度 が,「欲 求 満 足手段を つ くるため に 組織 化さ れた人 間 の集合体 であ る」 とす る。 こ の 理 解 の様式 が どれほ ど組 織 と区 別 され るかはは っ き りし ない14)。 社 会学 では, 制度 が,「すべ て の社会 が満 足させ ねば なら ない基 本的 欲求 を満 すた めに 協 力す る集団, 規 則, 役割 の比 較的安定 し た集 まり」 のこ とと す る説 明があ る15)。 また興 味あ る のは, パー ソン ズo 「制度は 制度 化し た 役 割 結 合体」(かなり単純化した表現に節約したものだが)とい う表 現であ る16)。 こ れ は 「制度は あ るものを 制度 化し た もの」 とい うこ とにな っ て, 制度 の説 明 をし ていない こ とに な る。 そ こ でこ の説 明文 の文 脈 のなか から我 々は 制度 の 意 味 を調べ る と次の よ うな こ とを 推 定で き る。
手はじ めに 役 割期 待お よびそれに 応じ た 制裁 の制度 化 とい う情 況 が示され る。 こ の制度化 は どんな 価値方 向を 共有 す るかとい うこ とと, 期 待を果たす のに。どの くらい 熱 心か とい う二つ の事項に よって決 まっ てく るとす る。 とす れば, 人 が役 割を より よく, 忠 実に, 規則に 従っ て果 たす ように な り,し か も多 くの人が一 定 の価 値方 向のなかにあ る とす れば 制度 化 がで きた とい うこ とにな る。 また, 制度 とは, この よ うな情態 のな かに あ るこ とであ る。 さらに, 役 割を 果たす に当 って 相互 作用 の まとまりを 全 く欠 くなら ば ア ノ ミーがあ るとい うこ とに な る。 別 の表 現を す れば 規範 的秩 序が こわ れた とも いえ る。し かし 具 体的 な社 会的シ ステ ムには こ うい う こ とは ないo モこで社 会的シ ステ ムとい う情況 のなかで役 割 の統合を うまくやろ うとす るとすれば, 役割が 制度化 さ れた とい うこ とにな る。 こ の統合 され た 役割 がい くつ に も複 合化すれ ば制 度があ るとい うこ とに なる。 この際に, た だ 役割 とい うよ りも,「社 会的 構造0 より高い オー ダーの単 位」 があ る とみたほ うが妥当す る。 制度 とは この よう な も の で あ る。 役 割 (およびその要素)の種 々な 様式が 組み合わさ れ て大きな 複合 を 示 す こ とに な る。人 は こ の組合わ せ のなかに 組込 まれてい て, モ0 強化 の も とに置 かれ る とい うのは, 具 体的 には 「規則に 従 った 行動」を とっ てい るこ とを示 唆す る。 チ ュル クは これを 「一 般的な 様式 の社 会的規 則体系」 と理 解し てい る。 これに対し て,「組 織は 協力的関 係 のシ ス テ ム」 とさ れ てい る1≒ これに つい て も, 協力 とい うこ とから 話し が始 まる。 協力を 考え るには とりたてて 経 営活動に おけ る生 産 の場を想 像し な くて も, より一 般的に 社 会生活 の場を 考え てみ るのが よい。 一 般に人 が(この人は自己のパ― ソナリティと自己の体験 とを合わせ持つものとされる自我)全 く自分一 人 で何かを 為す こ と は 自分 の た めだけ とい うこ とに 限定 されない こ とは常 識的に 分 っ てい るノ とい うことは 活動が用 具的 であ る と表 現され るこ とにな る。 用 具的 活 動は 社会 生活に おい て, 最 終的には あ る目的を もつ 交 換物をつ くり出す。 そ の際 に, 交換 物(あ るいは実体物, もし くは所有物といってもよい)は 単一 人 の活 動 の産物 では な い のが一 般的 であ る。 そ れは 個 々の行為者 の集 まり の協 力 の産物 セあ る。 要す るに。協力 とは, 交 換 とは 異なっ て,「用具 的活動 の統合 方法」 とい うこ とが でき る。 協 力 の 目的 が こ のとき どの ように な るかに 応 じ て, 異な る産 出物が でて くる。 そ れは 協力 活動 の過 程を どうし たら よい かを 決め ることに よって
14 定 まっ て くるから であ る。 こ の決め 方は 厳格 であ る。 こ の よ うにし て協力 関 係 が統一 のとれた もの とな る。 そ れ が組織 だ とす る。 こ のよ うな表 現様式 におい て 具体的 な局面 が想 像さ れ, かな り容 易に可 能 であ る。 特に難し い 場 面を 述べ てい るのでは ない。 我 々 の知 りたい こ とは 組 織が協 力 と理解 され るこ とと共 に, 協力は 用 具的, 目的 的活 動に 源泉を 置く とい うこ とであ り, 協 力 の意味は そ こ までさ かのぼら ね ばなら ない こ とであ る。 な かんず く, こ の関係 が 「継続的 で 専門 化し た,用 具的に 方向づけら れ た活動 の整 ったシ ステ ム」 のな かにあ り,そ の場合に,「設 備」 を 使用し な け れば なら ないこ とに注 目す る。 設 備 とは 広義に 用いら れ(アド・ホックでな いこと), 材料, 設 備, 土 地建物 な どの ことであ る。 組織 が協 力 とな るには, こ のよ うな広 義 の設 備を土 台にし てはじ め て可能 であ る。 組織 の背 後に物 的 な も のがあ ることが 分る。 さら に, ここで はこ の設 備へ の接近 の権利(所有 権など)な ども含め て考え ると, 組織は それ ほ ど抽象的 で ないこ とが は っ き りす る。 上記 の よ うな説 明が, 組 織 と制度 の区分を 明確 化し よ うとい う よりも, 組 織が制 度 となら ない ような, さ らに は 組織を 支援す るの が制 度 とい うよ うな 特 色を示し てい る。 用 具的 協 力が進 行し , モ れ がより モ デル化し て くると制 度に な り, モデル化 の緩い状 態に あ れば 組織 とい うこ とか もし れ ない。 これ に 関し て,「制度は 確立し た, 独 立し た社 会的 行為 モデ ルであ り, 組 織は脱 制度化に 役立つ, 協 力的活 動であ る」 とす るフ リ ッシ ュ の言葉 は上 記 の要点 (ブ ーリ ッシュによる理解) 脱制度化的協力 協 力 用具的活動設備
ご ⑨ =
・
(パ ーソ ンズ によ る理 解) 組織と制度の解釈のため の概念図 独 立し た 社 会行為モデル 役 割( 強 調 点)を 現 わ し て い る18)。 そ れ は 組 織 が 決 し て 架 空 の も の で な い こ と を 示 し て い る 。 (2) 組 織 と社 会的 集団 の区別 も組織確認 の手段であ る。 組織は この場 合に, 制 度と の比 較に おい てむし ろ 規 律を 弱め るも のとし てあ った のに対し て,形 式 もし くは 規範を 強 化す る存 在とな ってい るこ とに 我 々は注 目す る。 ここで社 会的 集団 とい う語を 用いたけ れ ども, チ ュル クは主に 非公式 的集 団を指し てい る よ うであ る。「社 会的集 団(例えば,友人のグループ,自由時間 のグループなど)は人 間 の自発的 な, 任 意的な 相互 作用に より成立す る。 また そ の確立に 当 っ ては, パー ソナ リテ ィ構造に 依 存し, そ れに 基づい て生じ る 社 会感情的シ ン パシ ー関係に 依存 する」 とい う説明 がよ くそ のこ とを 表 現し ている。 い まこ こで, 社会 的集 団 と, 一 般に 集団 もし くは小集 団な どとい う用 語と どれほ ど違 うかを 論じ るつ もりはない。つ ま り, 我 々が 社 会的 集団を と くに 非 公式的 集団 の意 味に とるなら ばほぼ 同じ 解 釈が できる とい うことであ る。 し かし , 上 記 の説 明は明ら かに, 社会的 な小 集団 が二つ に 区 別さ れ るとき, す なわち,「社 会的 小集団」 と「 合理的 な目的 構成体」 の区別に おい て, 前 者 のことを 指し てい る。 そ れは, 見渡 せ るほ どの人 間の あ る, 社 会的 集団で あ り, 第ブ 次集 団 の標識を有 す るものであ る。 後 者は。 それ よりも多 い人数 の人間 の行動 様式を 組 織化し , そ れを 調 整し た もの とい うこ とがで き るとす る19)。 さし あた り, 最初 にあげ た 社会的 集団 の意味を採 用す るか ど うかに かかお りなく,「 ワソ セ ッ トの相互作用 関係 が存 在す る人 たち の 集 合(つまり,個人 が相互に影響し合う)のこ とであ る。 もし も, 集団 の構成 員 が, イデオロ ギー, 価 値, 信念, 規 範を 共有し ,そ れら が, 成員 の行動を規 制す るならば, そ の 構成員 は 心理学 的 集団 と呼ば れ る」20)とい うこと ができ る。 組織は, これ に対し て, 社会的 集団, 小集 団, あ るい は公 式的 お よび非公 式 的集団の範 囲を 超え た ところ に 存在す る とす るのが。 チ ュル クの考えであ る。 ここで も組 織におけ る用 具的 目的 が主 張 され る。 これを 基 礎にし て協力 がなさ れ, 行為 の プロ グラ ムがつ くられ るこ とにな る。 確 かに 社会的 集団は 用 具的 目的を 持 たない か, あ っ て もは っき りし てい ない。 組織 がプ1==1グラム 化され るこ とは ,先 の,制 度化 と類似す る。す なわ ち,プ ロ グラ ム化に よ り時
16 間経過 上 の安定化 と, そ の 限りで 行為 の標準 化が得られ るこ とに な る。 この 際に 行 動は職 務配 分を 経 てな され るのはい うまでもない 。 そこ で若し も, 社 会的 集 団 といえ ども目的や イデ オロギ ーを 共にす る存 在 とし て, こ れら 集団 が相互 作用的 関係に 入 るなら ば, こ れら 集団は 組織 とい わ ざるを え な くな る。 かくて,「組織は, 単純 化し て言え ば, あ る 目的を達 成 す るために 相互作用 をす る諸 集団 の(まとまった)ひ とつ の 集団であ る …… 各 々は(病院,工場, 軍隊など)それ 独自 の構造 イデオ ロギ ー に こでは考え方, 政策, アイデアのシ ステム)お よびそ の他 の特性を 持ち, これ が構成員に た い し あ る方 法で影 響 を 及ぼす」 のであ る21)。 制 度 から は 組織がつ くら れ るとい う関 係に はない が, 社 会的 集団 から 自然 的に 組 織がつ くら れ るこ とが よ くあ る。 他方で, か な り 人為的に(この意味 も相当に曖昧であるが)組 織は 形成 さ れ る。 要す るに , 組 織は, 小さ な 集団の 発 展形態 と, そ の特 色を 備え, また場 合に よっ ては そ の 特色を 変 化さ せて, 独 自の ものを 形成し た 結果 であ る とい うこ とがで きる。 また, 組 織 のな かに 次 々と集団 が形成 され る事実 もあ る から, 組 織の存 在は こ の点 で 否定 できな い こ とに なる。 (3) 組織と伝統の区分もし くは関係において組織の存 在を知ることができ るとする。 この両者の関係を最初に見ると, 両方の機能 が同じだとい うこと である。 すなわち,種々の(社会的)秩序を支えるため の土 台,秩序 が あ ら ゆる人に とって合法性を有するものとなるための基盤を与えるとい うことで ある。 そこには伝統についての考えが全く否定的でない ように思われる。あ る場 合に, 真理と称せられるものの源泉を見ると,直感,権威,常識,科学など があげられるが,そのなかに伝統も加えられてい る。なかでも伝統が最もよ く人に安心感を与え るものとされる。それは長年にわた る知恵の集積にほか ならないのであ り,過去に 効き目があったこ とが今でも効き目がす ぐになく なるとは人は考え ていたいからである。 もちろん, くだらないものも含まれ てはい るから,「伝統が社会の屋根裏部屋であり, あらゆる種類の有用な習 慣と無用の遺風を 詰めこまれている」 と表現できる22)。 組織はこれに合わせるように, 秩序維持を果たし,し かも合法性を持続さ
せ続け る役 目を す るこ とに は 変 りは ない。 組織に存 在す るこ とに より, 人は 自己 の存 在を 確実 に知 るこ とができ るから, そ の意味 で, 役に 立つ。し かし , 伝統の よ うに 人 間 の生 活に おけ る真理 とし て の役割を な す か ど うかは っき り し ない 。そ うはい っ て も人は 伝 統 と組織に 従 ってい る 限 り相当 な程 度安全で あ り, 持続的 生活 が可能 であ る。 組織 と伝統 とは 関係が あ るが, むし ろ区分 的様 相0 な かで考 え るこ ともで き 右。つ まり原理 が異 な るとす る。 組織を社 会的 手段 とみなし , 伝統を歴史 酌 局面 のなかに 観 察し よ うとす る。 お よそ人 間 の行為や知 覚が各人 ほ とん ど同じ だ とい うこ と, つ まり, よほ ど のこ とがない 限 り誰 もが同じ よ うな行動 と見方 を し て い る(と自分で思っ ているかもしれないが)のは, 一 種 の標準化 がな さ れてい る と考え て まい。 標 準 化はし かし そ れだけ で 正し い とも何 ともいえ ない。 そ うい うために は何 か の 裏づけ が必 要であ る。 こ れを 可能 にす るのが伝 統の 力 であ る。 合法化は伝 統に よってつ くら れ る。 伝 統は, し かし 長い 歴史 のこ とであ り, 人間生 活に つ い ては あ る種 の文 化 史お よび 相互作用 の歴史c もし くは変遷の経過)の うち, に 打ち立てら れた ものであ る。 それに 従っ てどの くら い 成長し た か, 実際に ぺどうあ るか, ど う推 移す るかにつ い て評 価し , 我 々の 生活 が正 当か ど うか決 め ら れて行 くこ とに な る。 これに対し て 組織は 別 の次元 で, つ ま り, 歴史的 判断 から 一時 的に せ よ中 断 され て考え ら れ る。「組織は 社会的 手段」 とみら れ る。(a)秩 序を ル ールに 合 うよ うな コソ テ クス トにお くこ と に れを文章化とい うことができる),(b)秩 序 を 明確に 設 定し , また 創り出す こ と,(c )場 合に よっ ては 伝統を 破壊 す るこ とな どのため の 手段が 組織 であ る。 こ の よ うに 組織は 伝統 と の対 比 のな かで 偉, 組織 の自主 的行 動が 目立 って くる。 そ れは 組 織が, どの よ うにし て行動 を 決め よ うか, 秩序を 獲 得し よ うか と, 常に 考慮し て い る のに はか ならない か ら, 我 々は, 日常 的に 意思 決定に 指向す るシ ス テムだ とい うこ とが できる。 すなわち, 伝 統に 束縛 され るこ となし に, 現実 化を 企 てなけ れば なら ない 運 命 にあ る。 そ こに 伝 統 と分 れ る理由 が一つあ る。 し かし, 伝 統 と組織 の対比は, 既に, 別 の説 明様式 に おい て社会 学でなさ れ てい る。 これにつ い て若 干 触れてみ る(それは,社会的変化のことがらになる かもしれないが,我 々はそちらに行かないように注意する)。 そ れは 社会 の タ イプ
18 を区 分す るこ とに 関連す る。 社 会の なかに 支 配す る連 帯 性 の種 類に 従った社 会 のタ イプ の区 別 のこ とであ る23)。 (a)古い タ イプの社会は 共通 の風 俗お よび習 慣に より, また共 通の伝 統に よ り, 組立てら れ てい る。 ここ で支 配的 な連帯 性を 「機械 的」 であ る とす る。 これに 対し て,(b)現代 の社会 では,「有 機的工 な 連帯性 が優位に立つ。 個人 は もはや 伝統に よっ ては 結びつけ ら れ てい ない で, 組 織 化さ れ また 専門化さ れた 労働(活動)に よっ て結合さ れてい る。 ここに 現わ れ る 表 現のな かに, 伝統 と組織 化に 我 々は注 目す る。 この こ とは 先 の伝統 と 組織 の区 分 と同じ こ とを 語っ てい る ように見 え る。 人 の結 びつ きが共 通の習 慣に よるか, 専門化 に よるかに 従 って区 分され るこ とに な るが, だ から とい っ て, 日常生活に こ の区 分 が明確に 識別 でき るとは 限ら ない こ とも皆知 って い る。 むし ろ 我 々の・ 恐れ る のは, 伝統的生 活 から 離れ た, い わ ゆる組 織化し た生 活に な るこ とに より, あ る条件 さえで て くれば, 有機的 連帯 が弱 まる とい うこ とであ る。別 の表 現に よると, いわ ゆ。るア ノ ミーに な るか, もし くは 純粋な 強制 の特 色を 帯 び る ように な るかもし れない とす る危険 がで て くる。 現代 の社会 が組織 化し た もの とい わ れ るが, そ れは, この種 の危険 と表 具 の関 係にあ る。 先に, 組 織が伝 統を 破 壊す るとい ったけ れ ども,そ の 意味が こ こに見ら れ る。 そ こで, チ ュル クのい う ように, 組 織 が意思 決定に 指向す る, 自己 方向づけ に だけ に拘 泥し ない で, いつ も, そ の組 織が 負 うてい る歴 史的 様 相を 念 頭に 置 くの かよい こ とに な る。 これは 組織(および有機的社会) が崩 壊し ない た めに は, 必ず, 伝 統的 な ものの継 続が含 めら れ るべ きこ とを 示唆 す るのにほ かなら ない。「組 織は 歴史的 関係 から 解 放されない」 とい う ほ うが より適切であろ う。 (4) 組織と管理については多 くのマネジメン ト文献に ついて語られている, が, この関係が明示されてい るとはいえない。 またそれだけ 組織の存在が強 く示される機会を与える。 とくに英語文献では 組織と管 理(ここではmanage-ment の語をあてる)が互換的に用いら れることがよくあ る。 組織と管理が同l 一場面にでるときほ ど両者が密接になることはない。ただ全 く同一の意味内 容を持つとはいえないから, その点について触れる。 英語文献のなかから任意的に一つを とると, マネジ^ ソト機能とし て必ず
といって い いほ ど, 組織(機能)が含 まれ る。 そ れは 他 の計画, 指導, 要員 配 置, 統制な どの機 能と同 等の地 位を 占 めてい る。 とい うこ とは マ ネジメソ トのな かに 組織 が よ り小さ な部 分領域 とし て扱 われ る こ とを 示す。 但し , こ の場合に は, 組織を 形成 す る(組織化)機 能 とし て語ら れ てい るこ と に 注意 す る。 この ことは マ ネジ メン ト論に おけ る課題 とし てそ ちら の側で語ら れる こ とであ る。 我 々の関心は, マネジ メン ト活動は,「組織に おい て, あ るいは 組 織を通 し て, そ の必要な 活動 の一部 が事前に 形式 化さ れた 行動 プT= グラ ムに より, また行 動 の標準 化に よって」 行なわ れ ることにあ る。 普 通に は マネジ メン ト 活 動は 既に設 定さ れた 路線に 従って 活動す るこ と, また そ うでき る よ うにす ることであ り, そ の意味 では 組織 とい っ ても, マ ネジ メン トとい って もそれ 僊 ど違い は ない。 もう一 つ の関 心は 次 の よ うな 平凡 な陳 述のな かにあ る。「人 々が 組織を形 成 する のは, 一 人 で働い て ものを 為し とげ る よりも, 相 互に協 力し 合って よ り多 くを 達成 でき るため であ る。 組 織は 共通 の 目的 を達 成 す るために 一緒に 活 動す る人 々の集団 であ る。 マネジ メン トは 人間 が組織 のな かで協力 す ると きには いつ も必 要 とされ る」 と25)。 そ れは, 組織 のな か で活動す る人 のため の マネジ メソ トとい うこ とであ り, こ の場合には もはや 組織を含む ところの マ ネジ メン トでは な くて, 組織 のたか で のマネジ メン トとい うように, 逆転 し たこ とを示し てい る。 他方 でそれは あ る意 味では, マネジ メソ トめ 意味 の変 化を 示唆す る。あ る 活 動は, もは や マ ネジ メン トだけ では保 証され ない こ とが 分っ てきた ときに, 組 織が必要だ とい うことにな る。 これは マ ネジ メン トの部 分領 域とし ての組 織 ではな くて, そ れ と対 等 の位置に あ る概 念であ る。「マ ネジ メン ト活動に よって, 集団 活動 の指導 が果さ れ る。 そ の際 に, 殊に 作業 の配分 とい う意味 に おけ る作業 過程 の組 織と, 異な る作業 活動 の調整 が中 心的 意 味を 獲得 する」 とい うこ とに な っ てい る。 もちろ ん作業 もし くは 生 産活 動ば か りで な くて, そ の他 の社会的 活 動(例えば住民運動のようなものも含めて)もみな, 規 模 の拡 大 と, 問題 の 複雑に よっ て組織化 さ れてい るこ とは 確か であ る26)。 マネジ メン ト活 動は 意識的 か無 意識的 か ど うかに かかわら ず, 人 間集団 の む かで行なわ れ てい る のだ が, 組織 局面 が中 心 とな るのは, 個 々の, 偶然に
20 ま かさ れた, 拘 束力 のない 処 置 また は 介入 とい うこ とに 代 る, 意図的, 意識 的形成 活動 が問題 とな ってき た から にほ かなら ない。 組 織的関 心がは っき り し た とい うことは,あ る問 題 もし くは 実 体(物理的存在)の分化が増 大し, あ る範 囲に おけ る人 間 の集中 と定 住化 が拡大し たこ とに あ る。 極端な 場合には 遊 牧民は マ ネジ メン ト原 理だけ で十 分であ る とさえ いえ る27)。 (5) 組織と市場とい う表示のなかで, 組織の存在はどちら かとい うと不利 なレッテルを貼られるかもし れない。し かし, それは決し て組織の不必要性 を意味し ない。九だ, よく語られることは, 組織と市場が一種の社会的モデ ルとし て示され, そのとき, 組織が,中央的な管理(機構)と い う部分を示 す標識にされてし まうことである。これに対し て,市場がこの機構に 相対す る社会的モデルとなってい る。 このような思考形式に至るには,その前にい くらかの解明が必要である。 最初に, ごく常識的な叙述様式とし て次のようなことが来る。社会の生存は。 その社会の構成員の必要とす るものを確保することであ る。それは生産と分 配を支配す る法則および実践がなされていなければならないが, そのことが 社会の経済制度をつ くり上げ て行ぐ )。そこに種 々な経 済システ ムが発生す る余地があ るのは初歩的知識であ るが, 我々の課題は このことから一度別れ る。 我々は社会の存続が市場に依ることにあ るとするも う一つの常識的視点を ここではあげ 右。市場のなかに交換理論的モデルがあ ることは誰もが分って いるのだが,このメカユズムこそ,それが抑制されない 限り(権力その他の手 段によって)市場を より市場らし くす る。 経済学の知識に よれば, 機能的な 自由な市場は価格メカニズムを経由し て分散的な操作がなされることになっ てい る。価格が, 需要と供給を数量的に調和させる役目を持つ29)。 いま分散 的といったのは,中央的に 統制されない とい う意味であって,そこにもとも との市場原理を見る。「社会的関係が,自由な移転可能な 相互的報酬および略 奪に よって形成されてい る」 と見 る。 もちろん,今日の市場経済システムが。 国家的 自由な空間のなかで存在し かいことははっきりし てい るから,このよ うな市場を想定することはあ くまで組織との対立的なモデル思考に過ぎない。 そ うい う見方に より,市場は,供給お よび需要構造に よって,構造変化を
永続 さ せ て 行 くこ と に な る( もちろ ん,こ のこ とは理念 上の事柄であ る)。 そO 場 合に , 市 場 の あ るた め に , 社 会 関 係 は , 情 況 へ と 自 発 的 に 適 応 で き る よ う に な り, 常 に 新し い 均 衡を つ く り出 す こ と が で き る と す る。 そ の とき , 我 々 は 余 りに , 文 化 科 学 とし て の 経 済 学 の 一 つ の 側 面 に0 み 目を 向 け て い る とす る非難 も あ る が , そ の こ とを 十 分 承 知 し てい る。 た だ 我 々は , 先 に 言 及し た 如 く, 組 織 と の対 比 の な か で こ の よ うな断 面 の み を 示 し た に す ぎ な い こ とを 断 わ っ て お か ねば な ら な い 。「 経 済 学 が 真 に 客 観 的 な 理 論 的 学 問 と な る のは, 抽 象的 な 経 済 的 価 値 を 考 え る こ とを 止 め, 価 値 を 扱 う と こ ろ の 行 為 一 つ ま り技 術 的 行 動 ( 生産, 輸送,消費によって特色づけら れた ) お よ び 特 別 な 経 済的 活動 とし て の交換 の考 慮に 集 中し た と きの ことで あ る」30)と い う 表現に 見 ら れ る よ うに , 決し て我 々 の 関 心 は 物 理 学 的 数 値 に こ だ わ ら な い の だ とい うこ とを 付 言 す るに と ど め る31)。 市 場 が 上 述 の よ うに 解 さ れ る の に 対 し て, 組 織 ぱ 他 の も う一一つ の原 理 とし て作 用 す る も の と 解 さ れ る のだ が, そ れは「実 際 的 お よび 想 像 上 の均 衡, 行 動 構 造, 社 会 関 係 が 準 備 さ れ ,一 般 化 さ れ,そし て 計 画」を 可 能 に す る 原 理 で あ る。 組 織 が な け れ ば 市 場 に おけ る 交 換 の 均 衡 が あ りえ な いし , 行 動 の 枠 組 も ない し , さ ら に は 計 画 活 動 な ど想 像 も で き な い こ とに な る。 組 織 が管 理 お よ び 統 制 の 働 き を す る(そ のことは前に マネジj ン トと同じ 側面を 有す ると語ったが)。 そ れは 良 い 意 味 に も悪 い 意 味 に も と れ る 。 イデ オ ロ ギ ー 的 に は も ち ろ ん 組 織 は悪 で あ り, な い ほ うが 社 会 関 係 の た め に な る と す る 考 え を 導 き 出 す。 問 題 は , 組 織 がい つ もあ ら ゆ る事 情 のな か で 率 先し た 位 置 を 占 め る か ど う か とい うこ と で あ る。 市 場 は 一 般 に は 異 な る 組 織 を 含 む け れ ど も, 統 制 とし ての 組 織 は そ の逆 で あ る。 し かし , 組 織 は あ る 日突 然 生じ る こ と もあ れ ば, 徐 々に 発 展, 進 化 す るこ と もあ る。 こ れ は 正 に , 文 化 の 相様 と よ く似 てい る。 組織 が ,( 市場におけ るとい うよりも)社 会 関 係 の 生 成 に 遅 れ て 出 現し て く るこ と がし ばし ば 見 ら れ る。 そ れ は , 単 純 に 集 団 か ら 組 織 へ の 発 展 に お い て も分 るこ と で あ る。 こ の よ うに 組 織 的 ラ ッ ダ の 発 生( この場合にはタ イム・ラダ)を 見 る と, 組 織 は 悪 とし て 常 に 社 会 を 統 制し てい る の で は な い こ と に な る。 モ こに お い て も 市 場 の よ うな 交 換 が な さ れ て い る の で あ っ 七, い つ も 組 織(も し くは中央的な マネジj ソト機能) が 交 換 を 妨げ る か, 良 い 意 味 で は 制 御ば か りし て い る わ け では な い 。
22 これ まで, 組織 の限界づけ を5 種類 あげ てそ れぞれ説 明を 加え た が最後に, チ ュル クのまとめを そ の まま示 す こ とに す る32)。(1) 組織は 制度 との関 係におい て具 体化を なし , 実 現化を は かる社 会的構 成 体であ る が, 社会的 制 度は, また組織 構造お よび 組織過 程 のなかに も 深 く入 り こんで影 響す る。(2) 組織は 社 会的 集 団 との区別 におい て, より強 く公 式化 され また 標準化 された 行為 構造を示 す。 また 組織は社 会一 感情的指 向 より もむし ろ用 具 的 指 向を 有す る のだが 組織 コソ テ クストモ れ自体の な かに, 全 く一 般的 に は, 社会的 集団 が成 立す る。(3) 組織は 伝 統に 対す る代 替的 な 合法化原 理であ るが, 組 織の社 会構造 の な かに 常に , 伝承 され た意 味内 容 と行為 モデルが一 緒に なっ て入 りこ ん でい る。 全 体 の伝 統 の破壊は 不 可能 であ る。(4) 組織は マ ネジ メン トに たいし て, 異なっ た社会的 コン トロ ―ル ・ モデ ルお よび指 令 モデルであ るが, 一般的に は, マ ネジ メン トなし には 十分 ではない。(5) 組織は 市場 とは 異 な る操 縦原 理 であ る。 この原理 は 永続的 交換に 依存 す る よりはむし ろ 事前 プ ランに 依存す るが, それで も組織に おい て一 般 的に, 加え て, 市場類 似的 な 交換 情況 が形成さ れる。 終 り に 組織,とくに経営組織の存在をどのようにし て確認す るかの問題を扱った のがこの小稿であ る。 その方法は,従来の自然科学と称 され る科学の証明方 法とは異なる。し かし,「実際に目に見ることのできない 現実」 の認識の十 つの方法とし て,ここに敢て提出し た。 それはもはや, これ までの科学に よ っては接近し 難い領域に我 々は入りこんでいることを知らせる。 とかく経営学の課題は 即物的であ ると見られるが,実はかなり抽象的,不 可視的,形而上学的, かつ文化的な ものを含んでいることが分ってくる。 経 営学におけ る日常用語となってい る経営,企業などもそれぞれの論者に よる 異なる使用方法があるが, そのどれも結局は, 丁目に見えない」事象を扱って いる。それが存在するかどうかの議論はその場合に必要ない ものと貪れてき
た。 また, この議論は, どの定義 方法 が正し く, ど の定 義 が正当化 されるか を とか く議論し がちだ が, 本当は, 正誤 の問 題で ぱな い。 組織の証明 もこの 部類から 抜け 出てい ない。 組織の存 在を 知 る一つ の手がか りが, 現象学的 構成 体 とし て組織を見 るこ とにあ る。 この場合 も 「見 る」 よ りは 「知 る」 とい った ほ うが よい かもし れ ない が, どち らにし て も世界の背 後に まで 我 々の認 識 が及 ぶこ とに な る。 そ れはいつ も無 意識的に や るこ とに な る。 むし ろ 我 々の 側 から 意味を 付与し て や り, そ の際に我A (もし くは個人)の置 かれ てい る文 化的 背景が これに 強 く 作用する のだ と次 第に 明ら かに された。 さらに, この こ とは 全 く孤立的にな されるので な くて, 文 化的 コ ミュニ ケーシa ソ のなか で なされ る。 組 織の存 在は確かにあ るとい うこ とがで きる。 次の, 組 織の証 明様式 は, 組織 のた かで の交換 過程 を中 心にし て説 明す る ことにあ る。 交換 過程は 社会学に おい て既に 解 明され てい て新し い ものでは ないが, 我 々は, こ の ような過 程を 手 がか りに, 組織 の存在が, 実は構成員 の共同意識を 創 り出し, そ の報酬 獲得 も, 組織を 通し て得 るとい う意識を 生 み出すこ とを 知 った。 さらに, 組 織の 存在 はい わゆ る 社会科学 の性 格を 分析 す るため の前提を 考え るこ とに よって も可 能であ るこ とが分 った。 これにつ い て4 つ の方 法があ る。 最後は 組織 と√ 組織類 似 概念( と断定できるかどうかはっきりしないが)と の 対比に よって組 織の存 在を確認 す る ことにし た。 そ こに は, 制度, 社 会的集 団,伝統, マ ネジ メン ト(いわゆる管理), 市 場 とト う5 つ の概 念が採用 さ れ る。それ ぞれ の概 念と対比し て考え る と, 組 織 の理解 が一 定し な い こと(つ まり変化させないと整合がとれないこと)が分 った。 要 す る に この対比に おい て 組織と対比し てみ ると, よ りよい 把握 が可 能に な り, 従 ってそ のことは組織 の存在証 明をし た ことに な る。 1) こ の 陳 述 を 中 心 に し た 叙 述 は,Turk,T.,SoziologiederOrganisation;EineEinfichrung,Stuttgart,1978,S.2 に お け る 文 章 に 依 る 。2
) 現 象 学 的 問 題 の 説 明 に つ い て 例 え ば,Fuchs ,W.,etal. (Hgs ),LexikonzurSoziologie
,1978,SS.571-572. か ら 示 唆 を 受 け て 行 な う 。 し か し , 現 象 学
に つ い て な お,Husserl に よ り 打 立 て ら れ た 哲 学 的 方 法 の 説 明 も な さ れ て い る が , 我 夕 は そ れ に と く に 関 与 し て い な い 。 そ こ で は, 次 の よ う な 説 明 の 例 を 見 る 。「 普