博士(農学)阿布都沙拉木加拉力丁
学 位 論 文 題 名
夕 リ ム 河 流 域 の 水 土 利 用 と地 域 環 境 保全 に 関 す る研 究 学 位 論 文 内 容 の 要旨
1.タリム河は中国最大の内陸河川であり、タリム盆地北縁を東流して、かってはロプノール 湖に注いでいた。1950年代以降の大規模な農業開発に伴い、流域の土地利用、とくに農業生産 に関する状況が一変した。すなわち、農地の拡大と生産性を保障するための水利用の増大が河 川下流の流量減少や水質悪化などの原因となり、河川下流域の生態環境が激変した。その結果、
1972年にはロプーノル湖は完全に消失してしまった。そして、水資源の不足は今後ますます深 刻化することが懸念されている。水は、基本的には偏在する自然資源である。とくに乾燥地域 においては、この限られた資源を何処にどれだけ、どう配分するのがベターかを考えなければ ならない。また、経済的な効率性、社会的な公平陸とともに、地域環境への配慮も求められる。
本研究では、タリム河流域の大規模な灌漑地区を検討の対象に取り上げた。すなわち、タリ ム河本流の上流にあって、その水管理が流域に及ばす影響の大きいオゲン河流域のシャヤ灌区 を対象とし、灌漑ブッ耳クレベルにおける水管理の実態、水・塩分収支、圃場レベルでの水・
塩分動態を現地調査によって検討したものである。シヤヤ灌区を事例としてタリム河流域にお ける問題点を剔抉するとともに、水土利用と地域環境保全のジレンマを解決する方策について 考察することを目的とした。
以上の目的を果たすため、オゲン河灌区の管理機構であるオゲン河管理処と、シャヤ灌区の 管理機構であるシャヤ県水利局において、各管理部門から灌漑技術、用排水管理及び管理組織 体制に関する内部資料を収集するとともに、2003年から2005年にかけて現地調査、聞き取り 調査及び文献調査を実施した。また、新疆とタリム河の水文資料は、新疆水文局の内部資料を 調 査 し た 。こ れ ら の内 部 資 料は 、 一 般に は 公 表さ れ る こと の な ぃ 業務 資 料 である 。 2. 1949年以前のシャヤ県の農地は、おおむね地主階級が所有し、小作農はもちろんのこと、
自作農の経営規模も零細であった。1949年以降、「大躍進」「農業学大寨」「請負責任制度」な どの農業政策にも波及する社会状況の変化によって農地は拡大していった。しかし、農業用水 開発では、技術力、資金などが不十分なため、ほとんどは自然流下方式の重力灌漑が採用され た。重力灌漑に必要な水頭を得るためには長大な用水路を要し、その多くは土水路であるため 損失率がきわめて大きい。
シャヤ灌区への灌漑用水は、竜口分水工より50kmのシャヤ総干渠(幹線用水路)によって送 水 される 。そして8つ の取水口 から5段階に区分される用水路系統で約7万haの灌区全域に 配水される。オゲン河の年平均流量22.80億I113のうち、シヤヤ灌区は32.5%の7.41億1113を 取水している。しかし、灌漑効率は40%であり、作物に利用される用水量は2.96億D13である。
一 方 、 灌 区の 灌 漑 需要 水 量 は3.46億m3であ り 、0.50億ID3の用 水量が 不足して いる。
灌区では現在、春夏期灌漑(3〜8月)と秋冬期灌漑(9〜2月)に分けて用水が供給されている。
春夏期の灌漑は作物生育のための水分供給であり、秋冬期の灌漑は、河川流量の少ない春先に
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備え て、播種と発・出芽に必要な 土壌水分をあらかじめ補給 ・保水しておくことが目的で ある。
灌 漑方 法 は昔 なが らの ボ ーダ ー法 が主 であ り 、圃場レベルの灌漑効率は 小さく大量の水を浪費 す る。90年代 以後 にな る と、 広い 畦間 を狭 く するなど、灌漑効率を上げ る取り組みがみられる よ うに な った が、 農家 レ ベル では 改良 した 畦 を越えて全面湛水取水する など、節水の意識は定 着し ていない。
水 利局は、配分された水資源を 一元的に管理し、総干渠の送水量を灌漑面積割で各郷・鎮(村)
の 干渠 に 分水 して 同時 か つ連 続配 水す る方 式 を採っている。末端組織の 水管站は、支渠と支渠 以 下の 用 水路 に輪 番送 水 を実 施し 、各 村へ の 送配水が公平に行われるよ うに管理することが義 務 づ け ら れ 、 各 村 全 体 の 灌 漑 が 完 了 さ れ る ま で 用 水 を 供 給 す る 責 任 を 負 う 。 過剰 で 非効 率的 な灌 漑 によ り、 農地 の塩 類 集積が拡大している。灌区 における送水効率は低 く 、58% と見 積ら れる 。 この こと は、 取水 量 の半分近くが圃場へ到達す る前に水路で漏水損失 す るこ と を意 味す る。 ま た、 ボー ダー 灌漑 に よる作土層以下への浸透損 失も大きい。これらの 用 水損 失 は、 地下 水位 を 上昇 させ 、塩 害の 原 因となっている。農地の塩 類集積は、耕作放棄の 増大 と地域環境の劣化を招いてい る。
3.本 研究 では 、 シャ ヤ灌 区に おい て @灌 漑用 排水 の 水質 特陸 、◎ 水管 理とそれに伴う塩類集 積 、◎ 水 路損 失の 定量 的 評価 、@ 圃場 への 灌 漑水量、◎圃場の地下水位 変動、◎圃場の土壌水 分 変 動 、 ◎ 土 壌 調 査 と 土 壌 分 析 、 ◎ 圃 場 生 産 性 、 な ど の 実 態 を 調 査 し た 。 灌 漑 用 水 と 排 水 のECは 、 それ ぞれ0.41〜0.60mS/cm、3.60〜19.30mS/cmの 範囲 にあ った 。 灌 漑用 水 は中 国の 灌漑 用 水基 準EC(3mS/cm以下 )の 許 容範 囲に ある が、 排水は基準を超えてい る 。 そ し て 、 灌 漑 に よ っ て 年 間 約24万tの 塩 分 が 灌 区に 持ち 込 まれ るの に対 し、 約80万tの 塩 分が 灌 区か らタ リム 河 に排 出し てい ると 推 定された。このことは、主 に用水路の高い漏水損 失(42%) や計 画 灌漑 用水量を上回る過剰灌漑 などの影響で地下水位が上 昇し、塩類の移動を促 進 させ て いる こと に起 因 する と考 えら れる 。 また、塩類化の影響で農産 物の減収や農地の放棄 など も見られ、地域環境に影響を 及ぽしている。
灌区 に おけ る主 な問 題 は、 灌漑 用水 量の 不 足と一見矛盾する過剰な灌 漑、そして塩類集積で あ る。 こ れら は、 いず れ も共 通す る部 分を 含 み、互いに他と無関係では ない。問題の原因は、
◎ 用水 路 から の大 量の 漏 水、 ◎灌 漑計 画に あ る用水量と供給時期の実行 が不確実、◎灌漑によ る 塩類 の 供給 、@ 排水 シ ステ ムの 機能 不全 、 ◎圃場への用水供給調節が 困難、◎塩類濃度が高 い 排水 の 再利 用な どで あ り、 これ らの 原因 が 互いに関連して圃場環境の 劣化を招いている。そ の 背景 に は自 然的 、社 会 的、 歴史 的事 情が 存 在する場合もあるため、総 合的な対策が必要であ る。
4.タ リム 河流 域 の環 境を 保全 する た めに は、 水資 源 配分 の公 平性 、効 率性および持続陸を確 保 する 必 要が ある 。公 平 性の 確保 とは 、水 の 配分が流域の人カに公平に なされることである。
効 率陸 の 確保 とは 、需 給 の逼 迫す る変 動資 源 としての水を適切に配分す ることである。そして 持続 性の確保とは、健全な水循環 に配慮して地域環境が良好 な状態に維持されるように、 水量・
水 質と も に適 切に 保全 管 理さ れる こと であ る 。持続的農業をめざすため には、これらの目標理 念 を個 別 に達 成す るだ け では なく 、総 合的 な 視点からの配慮や調整が重 要である。これらを保 証 する た めに は、 総合 的 水管 理体 制を 構築 し ていくことが必要である。 そして、総合的な水管 理を 行うためには、関係者の意見 が十分反映されるような流 域管理組織の設置と、治水・ 利水・
環 境を 含 む流 域全 体に つ いて の総 合的 将来 計 画の策定が必要であり、そ れを確実に実施するた めの 法制度の整備が不可欠である と考える。
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学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
長澤 長谷川 黒河 井上
学 位 論 文 題 名
徹 明 周 一
功
京
夕リム河流域の水土利用と地域環境保全に関する研究
本論文は、図48、写 真6、表30、引用文献96を含 む総頁数170の和文論文であり、他に参 考論文2編が添えられている。
1
.本研究では、タリム河流域の大規模な灌漑地区を検討の対象に取り上げた。すなわち、タ リム河本流の上流にあって、その水管理が流域に及ぽす影響の大きいオゲン河流域のシャヤ灌 区を対象とし、灌漑ブロックレベルにおける水管理の実態、水・塩分収支、圃場レベルでの水・塩分動態を現地調査によって検討したものである。シヤヤ灌区を事例としてタリム河流域にお ける問題点を剔抉するとともに、水土利用と地域環境保全のジレンマを解決する方策について 考察することを目的とした。
2
.1949
年以前のシャヤ県の農地は、おおむね地主階級が所有し、小作農はもちろんのこと、自作農の経営規模も零細であった。1949年以降、「大躍進」「農業学大寨」「請負責任制度」な どの農業政策にも波及する社会状況の変化によって農地は拡大していった。しかし、農業用水 開発では、技術力、資金などが不十分なため、ほとんどは自然流下方式の重力灌漑が採用され た。重力灌漑に必要な水頭を得るためには長大な用水路を要し、その多くは土水路であるため 損失率がきわめて大きい。
シャヤ灌区への灌漑用水は、竜口分水工より
50km
のシャヤ総干渠(幹線用水路)によって送 水される。そして8つの取水口から5段階に区分される用水路系統で約7
万haの灌区全域に 配水される。オゲン河 の年平均流量22.80億D13のうち、シャヤ灌区は32.5%の7.41億D13を 取水している。しかし、灌漑効率は40%であり、作物に利用される用水量は2.96億m3である。一 方、 灌区 の灌 漑需 要水 量は
3
.46億m3
であ り、0
.50億m8
の用 水量 が不 足している。過剰で非効率的な灌漑により、農地の塩類集積が拡大している。灌区における送水効率は低 く、60%と見積られる。このことは、取水量の半分近くが圃場へ到達する前に水路で漏水損失 することを意味する。また、ボーダー灌漑による作土層以下への浸透損失も大きい。これらの 用水損失は、地下水位を上昇させ、塩害の原因となっている。農地の塩類集積は、耕作放棄の 増大と地域環境の劣化を招いている。
3
.本研究では、シャヤ灌区において@灌漑用排水の水質特性、◎水管理とそれに伴う塩類集 積、◎水路損失の定量的評価、@圃場への灌漑水量、◎圃場の地下水位変動、◎圃場の土壌水 分 変 動 、 ◎ 土 壌 調 査 と 土 壌 分 析 、 ◎ 圃 場 生 産 性 、 な ど の 実 態 を 調 査 し た 。‑ 1306ー
灌漑用水と排水のECは、それぞれ0.41〜0.60mS/cm、3.60〜 19.30mS/cmの範囲にあった。
灌漑用水は中国の灌漑用水基準EC(3mS/cm以下)の許容範囲にあるが、再利用されることもあ る排水は基準を超えている。そして、灌漑によって年間約24万tの塩分が灌区に持ち込まれ るのに対し、約80万tの塩分が灌区からタリム河に排出していると推定された。このことは、
主に用水路の高い漏水損失や計画灌漑用水量を上回る過剰灌漑などの影響で地下水位が上昇し、
塩類の移動を促進させていることに起因すると考えられる。また、塩類化の影響で農産物の減 収や農地の放棄なども見られ、地域環境に影響を及ばしている。
4.タリム河流域の環境を保全するためには、水資源配分の公平性、効率性および持続性を確 保する必要がある。公平性の確保とは、水が流域の人々に公平に配分されることである。効率 性の確保とは、需給の逼迫する変動資源としての水を適切に配分することである。そして持続 性の確保とは、健全な水循環に配慮して地域環境が良好な状態に保全されるように、水量・水 質ともに適切に管理されることである。持続的農業をめざすためには、これらの目標理念を個 別に達成するだけではなく、総合的な視点からの配慮や調整が重要である。これらを保証する ためには、総合的水管理体制を構築していくことが必要である。そして、総合的な水管理を行 うためには、関係者の意見が十分反映されるような流域管理組織の設置と、治水・利水・環境 を含む流域全体についての総合的将来計画の策定が必要であり、それを確実に実施するための 法制度の整備が不可欠であると考える。
以上のように、本研究は乾燥地であるタリム河流域の水土利用と地域環境保全に資する情報、
ならびに対策を示しており、その成果は学術的・応用的に高く評価される。よって、審査員一 同は、阿布都沙拉木加拉力丁が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を有するものと認 めた。
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