生 駒 経 済 論 叢 第11巻 第1号2013年8月
中部 圏構想 の断章 と高速 自動車道 の建設
武
知
京
三
概 要 本 稿 の 主 た る課 題 は,首 都 圏,近 畿 圏 に次 ぐ第3の 広 域 経 済 圏 と して の 中 部 圏構 想 の 確 立 過 程 お よび 最 も重 要 視 され た 南 北 交 通 の 開 発 過 程 を あ とづ け る こ と にあ る。 資 料 的 限 界 はつ きま と うが,前 者 で は,中 部 圏 構 想 の 理 念 や 中 部 圏 づ くりで 活 躍 す る4人 の 群 像 な どに も言 及 し,実 行 段 階 に入 った1970年 代 初 頭 の1都 市 整 備 区 域,13都 市 開 発 区 域 の 課 題 な どを 点 描 す る。 当 初 の 中 部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 は,時 代 の 変 化 の 中 で 数 次 の 改 定 を 余 儀 な くさ れ る。 後 者 の 南 北 交 通 は,東 海 北 陸 自動 車 道 を 取 り上 げ る。 全 通 ま で に 半 世 紀 近 くに及 ん だ こ とや 開 通 前 後 の状 況 に も少 しふ れ る。 最 後 に,東 西 交 通 とな るが,「 伊 勢 湾 時 代」 の大 規 模 プ ロ ジ ェ ク トで あ る伊 勢 湾 大 橋 ・伊 勢 湾 口道 路 建 設 計 画 の 顛 末 を 瞥 見 す る。 キ ー ワ ー ド ワ イ ズ マ ン 報 告, 原 稿 受 理 日2013年5月20日 中部 圏,地 方 協 議 会 方 式,区 域 指 定,高 速 自動 車 道Abstract The main theme of this paper is the effect on trade caused by the process of establishing the Chubu Region Scheme as the third broad economic area in Japan followed by the Tokyo Metropolitan Area and the Osaka Metropolitan District and along with the process of constructing a North-South highway that was considered most important. Although the primary source documents are numbered, the former topic refers to the philosophy of the Chubu Region Scheme and four people who played an active role in establishing the Chubu Region and also describes the subjects of one urban improvement area and 13 urban development areas that reached the implementation stage in the beginning of the 1970's. Over time it became absolutely necessary to revise several points of the Chub Region Basic Development and Improvement Plan. The latter was the topic concerning the building of a North-South highway, the Tokai-Hokuriku Expressway. This topic makes reference to the fact that it took almost a half-century to open the entire length of the road and mentions the circumstances before and after the opening the road. Lastly, the entire story of the construction projects of the Isewan Bridge and Ise Bay Crossing Road, large scale projects in "Ise Bay Era" is looked at briefly, although these were East-West traffic routes.
Key words the Weissmann Report, the Chubu Region, district conference system, Designated district, automobile expressway
は じ め に 本 稿 の 主 た る課 題 は,首 都 圏,近 畿 圏 に次 ぐ第3の 広 域 経 済 圏 と して の 中部 圏 構 想 の 確 立 過 程 お よ び最 も重 要 視 され た 中部 圏 南 北 交 通 の 開 発 整 備 過 程 を あ とづ け る こ と に あ る。 中部 圏 構 想 の 理 念 や 中部 圏 づ く りで 活 躍 す る4人 の 群 像 な ど に も言 及 し,実 行 段 階 に入 っ た1970年 代 初 頭 の1都 市 整 備 区 域,13都 市 開 発 区 域 の 課 題 な どを 点 描 す る。 南 北 交 通 につ いて は,東 海 北 陸 自動 車 道 の 事 例 を 瞥 見 す るが,こ の 間,当 初 の 中部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 は経 済 情 勢 の 変 化,時 代 の 変 化 の 中で 数 次 の 改 定 を 余 儀 な くされ,大 き く変 化 して ゆ く。 最 後 に,ハ イ ウエ ー時 代 の 幕 開 け につ いて 概 観 す る と と も に,東 西 交 通 とな るが,も う1 つ の 大 規 模 プ ロ ジ ェ ク トで あ る伊 勢 湾 大 橋 ・伊 勢 湾 口道 路 建 設 計 画 の 顛 末 を あ とづ け る こ と にす る。 いず れ も資 料 的 限 界 はつ き ま と うが,地 元 や 政 府 ・関 係 自治 体 の 動 向 な どを 視 野 に,当 事 者 の 発 信 を 中心 と して,曲 が りな りに も意 思 決 定 な い し政 策 決 定 の 諸 過 程 に も 留 意 した い と思 う。 この ほか,道 路 交 通 事 故 や 「歩 行 者 天 国 」 な ど に も少 しふ れ る こ と に した い。 中部 地 方 の 広 域 経 済 圏 構 想 につ いて は,1951,52年 に 中部 経 済 圏 調 査 協 議 会 の 結 成,東 海5商 工 会 議 所 会 頭 会 議 で 「中部 財 界 の 結 集 」 を 申 し合 わ せ るな どの 先 駆 的 な 動 きが み ら れ た。60,61年 に は 中部 経 済 総 合 開 発 調 査 会 の 発 足,東 海 北 陸 地 方 知 事 会 の 結 成 な ど 中部 経 済 の 総 合 開 発 を め ざす 機 運 が 盛 り上 が っ た。62年 に名 古 屋 商 工 会 議 所 会 頭 に就 任 した 鈴 木 亨 市(東 海 銀 行 会 長)が 広 域 経 済 圏 の 確 立 に向 けて 尽 力 す る こ と にな る(1)。 中部 圏 づ く りに つ い て の 動 き で は,「 中部 は一 つ 」 の合 言 葉 の も と財 界 人 中心 の東 海 経 済 懇 話 会 の 活 動 が 目立 っ た。 ま た 中部9県 知 事 会 議 と 中部9県 の 商 工 会 議 所 で 構 成 す る 中 部 経 済 開 発 促 進 懇 談 会 が 両 輪 一 体 とな り,官 民 各 界 お よ び東 海 経 済 懇 話 会 ・同協 力 者 な ど が 側 面 か ら相 互 協 力 す る体 制 が 出来 上 が っ た と いえ よ う。 さ らに伊 藤 長 光(東 海 経 済 懇 話 会 事 務 局 長 ・東 海 産 業 経 済 調 査 所 所 長)は 「"中部 圏 づ く り"の 方 向 は,地 元 中京 財 界 並 び に東 海,北 陸 商 工 会 議 所 関 係 で も多 年 にわ た り構 想 さ れ て き た もの で あ る。 それ が 昨 年(1964年 引 用 者)4月 に 当地 方 の 調 査 に来 た ワ イ ズマ (1)和 木 康 光 『中部 財 界 戦 後 三 十 年 史 」(1974年,中 部 経 済 新 聞 社)78∼79頁 。 中部 の地 域 開 発(全 国 の モ デ ル とな る よ う な地 域 開 発 に 情 熱 を傾 け る)に 取 り組 む 「40年代 の群 像 」(連 載)の 中 で 鈴 木 亨 市,井 上 五 郎(中 部 経 済 連 合 会 会 長 ・中 部 電 力 会 長)の 活 動 を 取 り上 げ て い る。 さ ら に中 部 地 域 の 観 光 開 発 で 土 川 元 夫 名 古 屋 鉄 道 社 長(名 古 屋 商 工 会 議 所 副 会 頭)に もふ れ て い る(中 日 新 聞,1965年2月16日 付)。 元 川 は 鈴 木 の 後 任 と して 活 躍 す る こ と にな る。
中 部 圏 構 想 の 断 章 と高 速 自動 車 道 の 建 設(武 知) ン国 連 調 査 団 の 中間 報 告 を契 機 と して 一 層 に力 強 く盛 り上 が って きた 」 と回顧 して い る(2)。 一 方,高 度 経 済 成 長 期 に は 中部 地 方 の 南 北 交 通 と して 伊 勢 湾 と敦 賀 湾 を 結 ぶ 運 河 計 画 が 浮 上 して い た。 日本 横 断 運 河 と命 名 され る こ と にな っ た この 計 画 は,62年8月 の 国 会 議 員 連 盟 の 結 成 に続 いて,地 元 で も,11月 に 日本 横 断 運 河 建 設 促 進 期 成 同盟 会 を 発 足 させ,サ ポ ー ト体 制 を整 え て い っ た。 期 成 同盟 会 の 会 長 は 自民 党 副 総 裁 の 大 野 伴 睦,副 会 長 に愛 知 県 知 事 の 桑 原 幹 根 が 就 任,翌 年4月 に月 報 『横 断 運 河 』 を 刊 行 す る こ と にな った 。 発 刊 に あ た り,大 野 会 長 の 「日本 横 断 運 河 通 信 の刊 行 に際 して」 に 続 い て,桑 原 愛 知 県 知 事 は 「月 報 発 刊 に際 して」 の 中 で 「中 部 地 域 の 開発 が 国 土 総 合 開発 の キ ー ポ イ ン トと して 脚 光 を浴 び,東 海 と北 陸 の 経 済 提 携 が 各 方 面 か ら強 く要 請 され て お ります 今 日,そ の 結 びつ き を はか る 『国 づ く り』 構 想 の 一環 と して,日 本 横 断 運 河 計 画 は,経 済 開 発 に と って の 一 つ の ア イ デ ィア で あ りま し ょう。(中 略)昭 和38年 度 か ら 日本 横 断 運 河 計 画 に つ い て,国 の 調 査 が 実 施 され る こ と にな り,こ の 地 域 につ いて 経 済 交 流 や 地 形 調 査 等 の 具 体 的 な 経 済 効 果 調 査 が実 施 さ れ ま す こ と は,ま こ と に大 き な意 義 が あ る と思 うの で あ りま す。(中 略) この 調 査 が 十 分 の 成 果 を収 め,中 部 経 済 圏 確 立 の 最 大 の 要 因 とな ります よ う期 待 いた しま して,ご 挨 拶 と い た します 」 と述 べ て い る(3)。
1.中 部圏基本 開発整備計画 の策定過程
(1)ワ イ ズ マ ン報 告 と中 部 圏 開 発 整 備 構 想 中部 圏 づ く りの 方 向 は,い わ ゆ る ワ イ ズ マ ン報 告 以 前,す で に課 題 と して 取 り組 ん で い たが,同 報 告(4)は,日 本 政 府 が 主 と して 大 都 市 問 題 と総 合 地 域 開 発 計 画 につ いて の 助 言 と (2)「 日本 の都 市 化 及 び 地 域 計 画 に 関 す る1964年 国 連 調 査 団報 告(ワ イ ズマ ン報 告 全 文)」 〈翻 訳 最 終 報 告 〉 一 付 中部 圏 づ く り関 係 資 料 一(東 海 産 業 経 済 調 査 所,1965年11月8日 刊)初 版,「 あ と が き」 に よ る。 再 販 は1966年1月8日 刊,3版 は1966年4月15日 刊,版 を 重 ね る につ れ て"中 部 圏 づ くり"関 係 資 料 を 新 し く追 加 して い る。 (3)日 本 横 断 運 河 期 成 同 盟 会 「横 断 運 河 」1号,1963年4月,2∼3頁 。 日本 横 断 運 河 の 顛 末 につ いて は,別 稿 を 予 定 して い る。 (4)調 査 団 は3名,団 長 は ア ーネ ス ト ・ワ イ ズ マ ン(国 連 社 会 局 次 長,専 門 分 野 都 市 計 画),ヤ コ ブ ・タイセ イ(オ ラ ンダ社 会科 学研 究所次長,専 門分 野国土 計画),ポ ー ル ・イ ル ビザ ー カ ー(フ ォー ド財 団 研 究 部,専 門 分 野 政 治 学)。3名 は1960年8月 ∼9月 に首 都 圏,阪 神 都 市 圏 国連 調 査 団 と して 来 日,ワ イ ズマ ンは62年5月 ∼6月 に も阪 神 都 市 圏 国 連 調 査 団 と して 来 日の 経 験 が あ る。 この 国 連 調 査 団 の 受 け入 れ 計 画 は,中 央 に お い て は外 務 省 を 窓 口 と して 建 設 省,自 治 省 を 主 幹 と して 進 め られ た 。 受 け入 れ の た め の 合 同 委 員 会 が 中央 につ くられ,中 京 圏 地 域 で は 中 京 圏 国 連 調 査 運 営 委 員 会(愛 知 県,岐 阜 県,三 重 県,名 古 屋 市,事 務 局 は 建 設 省 中 部 地 方 建 設 局 企 画 室) を 設 け,"中 京 圏 将 来 計 画"な る基 礎 資料 を 取 り ま と めて い る。 事 前 に7つ の基 本 的 問 題((1)中/ 3(3)一勧 告 を受 け る こ と を 目的 と して 国 連 社 会 局 に要 請 し,国 連 技 術 援 助 計 画 に基 づ いて 編 成 さ れ た専 門 家 チ ー ム に よ り調 査 ・作 成,政 府 へ 提 出 され た もの で あ る。 中間 報 告 お よ び最 終 報 告 の2本 か らな る。 調 査 団 の 視 察 は短 期 間 で あ っ たが,東 海3県 と名 古 屋 市 の 現 地 視 察 を 行 う と と も に,運 営 委 員 会 な どで 用 意 され た諸 報 告 や 学 識 経 験 者 ・専 門 家 等 との 会 議 や 懇 談 会 な どを 踏 まえ て 精 力 的 に検 討 され た。 まず 中間 報 告 に向 けて の 動 きを み て い こ う。 運 営 委 員 会 と国 連 調 査 団 との 会 議(1964年 4月3,9,10日),同 じ く報 道 関 係 者 ・経 済 界 関 係 者 ・学 識 経 験 者 ・幹 事 会 と調 査 団 と の 会 議(64年4月9日),現 地 視 察 記 録(64年4月4,6日)な ど に よ る と,ワ イ ズ マ ン (ErnestWeissmann)は,圏 域 の設 定 に つ い て,「 道 路 の 将 来 性 を 考 え て,東 及 び北 の 方 向へ も 中京 圏 の 圏 域 は広 げて お くべ きで,静 岡県,長 野 県 及 び,富 山,石 川,福 井 の 諸 県 も含 め て 中京 圏 とい う考 え 方 を す るの が 妥 当で あ ろ う」 とみ る(5)。調 査 団 は観 光 資 源 の 開 発 を力 説 し,都 市 に緑 が 少 な い こ と も述 べ たが,こ れ に関 連 した説 明 を 求 め られ た の に対 して は,「 自然 美 をぜ ひ保 存 して い た だ き た い と思 う。(中 略)中 京 圏 に は伊 勢 湾 沿 岸 地 域 の よ う な近 距 離 に リク レー シ ョ ン地 域 が 多 いの で 非 常 に め ぐまれ て い る。 四 季 を 通 じて 観 光 計 画 が 立 て られ るべ きで あ る」 と答 え て い る。 タ イ セ イ(Jac.P.ThiJsse)は 「こ の よ うな 問題 は全 国 的見 地 か ら考 え るべ き で あ る」 と し,将 来 北 陸 の 港 と太 平 洋 岸 の 工 業 地 帯 とを 結 びつ け る必 要 が 生 じるだ ろ う。 この 時 に は名 古 屋 一 北 陸 を 結 ぶ の が 最 も よ い と思 わ れ る。 この よ うな 意 味 か ら も先 の 中部 圏 の 考 え \京 圏 計 画 と全 国 計 画 との 関 係,(2)地 域 計 画 の 策 定 方 法,(3)圏 内 各 地 域 の 産 業,人 口の 配 分,(4)圏 内 に お け る名 古屋 市 の役 割,(5)名 古 屋 市 の 過 大 防 止 と再 開 発,(6)隣 接 経 済 圏 特 に近 畿 圏 との 関 係, (7)これ か らの 中 京 圏 の あ り方)を 提 起 す る と と も に,来 日ま で に この 問 題 の 説 明 に必 要 な 各 種 資 料 を 準 備 した 。 調 査 団 の 滞 在 期 間 は4月2日 よ り26日 まで 。4月2日 夕 刻 来 名,運 営 委 員 会 公 式 レセ プ シ ョン,3日 か ら8日 まで は 三 重 県,愛 知 県,岐 阜 県,名 古 屋 市 の 視 察 お よび 運 営 委 員 会 との 会 議,9日 は報 道 関 係 者,経 済 界 関 係 者,学 識 経 験 者,幹 事 会 との 会 議,10日 は 運 営 委 員 会 特 別 委 員 ・委 員 と に よ る会 議,11日 は講 評,12日 か ら22日 に 岡 山 ・大 分 ・北 九 州 の 視 察,23日 に 帰 京 して 東 京 で 調 査 全 体 の 中 間 報 告 を 行 って,26日 離 日 した(以 上 『中 京 圏 国 連 調 査 運 営 委 員 会 報 告 』(1965年 か,以 下,『 運 営 委 員 会 報 告 』 と略 記,1∼11頁 に よ る)。 運 営 委 員会 に よ る 『委 員 会 報 告 」 の 本 文 は,第1章 国 連 調 査 団 報 告 書,第2章 国 連 調 査 団 との 会 議 要 旨,第3章 現 地 視 察 記 録,第4章 運 営 委 員 会 記 録,第5章 国 連 調 査 を 省 りみ て(懇 談 会 要 旨)か らな る貴 重 な もの で あ る。 さ ら に伊 藤 長 光 編 「"中部 圏 づ く り"関 係 資 料 」 第1集(東 海 産 業 経 済 調 査 所,1965年 10月),第2集(1967年9月),第3集(1968年1月),第4集(1968年9月)を あ げて お く。 こ の ほか 『"中部 圏 づ くり"関 係 資 料 一 中 部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 案(第1次 案)一 」(同 前,1968年 6月)が あ る。 この1次 案 は 地 元 案 を 尊 重 して 中 部 圏 開 発 整 備 本 部 が ま とめ た もの で,関 係 各 省 や 審 議 会 関 係 で の 検 討 資 料 とな る。 以 下,第1集 な ど と略 記 す る。 (5)以 下,と くに断 らな い 限 り,前 掲 『運 営 委 員 会 報 告 」101∼102項 に よ る。
中部圏構想の断章 と高速 自動車道の建設(武 知) 方 が よ い と思 う」 と語 る。 ま た 日本 横 断 運 河(総 工 費3500億 円)お よ び 中部 横 断 高 速 自動 車 道(総 工 費1500億 円)の 説 明 を 聞 い て,「 運 河 の 建 設 費 が高 け れ ば そ の 代 わ りに道 路 で 滋 賀 と結 ぶ こ と は ど うか 」,と も述 べ て い る(6)。 イル ビザ ー カ ー(PaulYlvisaker)は 「圏 域 を は っ き り決 め よ う と い うの は 旧式 の 考 え 方 で あ る。(中 略)例 え ば 北 陸 圏 の み な らず,近 畿 圏 と も関 東 と も関 係 を もつ可 能 性 を 留 保 す べ きで,要 す る に選 択 の 余 地 を 残 して お くこ とが 肝 心 だ 」 と い う。 この ほか,ワ イ ズ マ ンは 「中京 圏 は関 東 近 畿 の 中間 に あ るの で,マ ー ケ ッ ト重 複 が あ ろ うが,こ れ か ら東 西 経 済 圏 との 調 和 が 必 要 で あ る」 と述 べ る。 さ らに 「中京 圏 が 占 め る位 置 か ら考 え る と,東 京,大 阪 を結 ぶ 重 要 な 物 資 流 動 の 核 とな って お り,同 時 に他 の 地 域 と結 ぶ 戦 略 上 の 重 要 な 地 点 とな って い る。 その 観 点 か ら見 て,こ の 地 域 は東 京,大 阪 との 地 域 と競 争 す るの で は な く,補 完 して い く地 域 で はな いか と思 う」 と語 って い る(7)。 中間 報 告 は,1964年(昭 和39)4月25日 付 で 『日本 の 大 都 市 問 題 及 び地 域 計 画 に関 す る 国 連 調 査 団 の 報 告 』(翻 訳)と して 日本 政 府 に提 出 され た。 第 一 部 総 論(全 国計 画),第 二 部 中部 の 開発(地 域 の均 衡 あ る開 発),第 三 部 岡 山,大 分,北 九 州(開 発 の 形 態)か らな る。 運 営 委 員 会 の メ ンバ ー は,建 設 省 中部 地 建 を は じめ3県 の 県 庁,財 界 関 係 者 で 構 成 さ れ,中 京 圏 調 査 と して い たが,開 発 の 可 能 性 に注 目 した ワ イ ズマ ン は,さ き にふ れ た とお り,広 域 経 済 圏 と い う観 点 か ら北 陸 を 含 め た 中部 圏 構 想 を打 ち 出す 。 そ して,内 陸水 路 (運河)に つ い て は消 極 的 な姿 勢 を と って い る。 さ らに全 体 を 通 して 人 間 尊 重 の精 神 が 貫 か れ て い る こ と は特 色 の1つ で あ ろ う。 但 し,報 告 書 の 第 二 部 冒頭 で 断 って い る と お り,全 体 と して,控 え 目 と い うか,地 域 開 発 に関 す る解 決 の 基 本 的 方 向,原 則 論 を 述 べ る に と ど ま って お り,掘 り下 げた 具 体 的 な 提 言 は見 当 た らな い。 しか し,常 識 的 な 一 般 論 と は いえ,後 述 す る傾 聴 す べ き論 点 もあ ろ う。 ま た,こ の ワ イ ズ マ ン報 告 を紹 介 した北 日本 新 聞 社 『太 平 洋 へ の 道 』 は,同 報 告 が 東 海 北 陸 道 の 必 要性 を 強調 して い る こ と,と くに富 山県 が一 番 愛 知 県 と関 係 を もって お り,「日 本 海 と伊 勢 湾 を結 ぶ計 画 は,こ と しはだ め で も将 来 ま す ます 必 要 とな って くる だ ろ う」(ワ イ ズ マ ン団長)と 記 す 。 「これ に した が って 両 地 方 を結 ぶ交 通 網 の 整 備 が 最 重 要 点 だ が 鉄 道 とハ イ ウエ ーが と くに必 要 だ 」(団 員 の タイ セ イ 氏)と の意 見 を紹 介 す る(8)。確 か に東 海 (6)同 前,163項 。 (7)同 前,135項 。 (8)北 日 本 新 聞 社 編 集 局 「太 平 洋 へ の 道 」(北 日 本 新 聞 社, 頁 参 照 。 -5(5)一 1964年)219∼220頁 。 同 前,163∼164
北 陸 地 方 知 事 会 で も,富 山県 は まず 中部 横 断 高 速 自動 車 道 の 建 設 を 望 ん で いた 。 最 終 報 告 に 向 けて の 運 営 委 員 会 や 各 界 との 懇 談 会 の 内容 を み て い くと,運 営 委 員 会 懇 談 会(64年5月18日 午 後)で は,事 前 に提 出 した7つ の 問 題 点 が 中間 報 告 で いか に ま と め ら れ て い るか の 説 明 が 行 わ れ,そ れ に対 して 各 委 員 が 意 見 を 述 べ て い る。 岐 阜 県 企 画 管 理 部 長(委 員 代 理)の 「日本 で は ど う も人 間 の 立 場 の 尊 重 の 度 合 が 少 な か った 。 報 告 書 全 般 は 常 識 的 で あ るが,全 体 を 貫 く人 間 尊 重 の 精 神 に感 銘 を う け た」(9)との発 言 が 印象 に残 る。 その 他 の 懇 談 会 の 場 合 で も,最 初 に ほ ぼ 同 じ内容 が 説 明 され た 。 報 道 関 係 者 との 懇 談 会 (5月18日 午 前 中)で は,高 垣 金 三 郎 ・朝 日新 聞 社 編 集 局 長 か ら 「運 営 委 員 会 と して は こ の 報 告 を受 け入 れ られ る考 え か 。 ま た実 施 す る の は 中部 地 建 が 主 にな る の か」,と の 質 問 が 出 た。 志 村 清 一委 員 長 が 「や は り疑 問 点 も あ り,ま た非 常 に大 き い テー マ も あ り,充 分 な る調 査 を必 要 とす る もの も あ る。 ま た商 工 会 議 所 の 人 達 も集 ま って 議 論 され て い る よ う で も あ り,地 域 全 体 で 考 え て 行 く必 要 が あ る。 ア フ ター ケ ア を ど うす るか な ど まだ そ こ ま で 意 見 は統 一 され て いな い。 そ う い っ た こ と に対 して 皆 さん の 意 見 も き きた い」 と答 え て い る。 た だ総 括 す る もの はで きて いな が,大 都 市 問 題 に対 して は名 古 屋 大 都 市 整 備 計 画 懇 談 会,水 の 問 題 に対 して は木 曽三 川 協 議 会,道 路 で は 中京 地 区 道 路 網 会 議 な どが あ り,そ れ ぞれ 各 テ ー マ につ いて 議 論 して い た⑩。 経 済 界 関 係 者 と の 懇 談 会(5月19日 午 後)で は,ま ず 佐 伯 卯 四 郎(日 本 陶 器 会 長)が 「大 変 結 構 な 報 告 で あ る。 研 究 の た め の機 関 は ぜ ひ ほ しい。 そ こで は理 想 論 よ り実 現 可 能 な 計 画 の 研 究 が 必 要 で あ る」 と述 べ た。 鈴 木 亨 一一(名 古 屋 商 工 会 議 所 会 頭)委 員 代 理 が, この こ と に関 して 昨 日(1964年5月18日 一 引 用 者)の 東 海 商 工 会 議 所 の 会 頭 会 議 で も と り 上 げ られ て,北 陸3県 の方 もお られ た が 全 会一 致 で決 議 され た の で報 告 した い,と 述 べ た。 内容 は次 の と お りで あ る(ll)。 「わ が 国 産 業 経 済 の重 要 な 使 命 を もつ 中部 広 域 経 済 圏 総 合 開 発 と発 展 へ の方 向 は 日頃 わ れ わ れ が 念 願 し,協 力 して き た こ とで あ り,先 に東 海 三 県 の 各 地 域 を 視 察,調 査 した ワ イ ズ マ ン調 査 団 の 勧 告 お よ び 中間 報 告 は従 来 わ れ わ れ が 構 想 して いた 中部 経 済 圏 の 重 要 性 を 思 考 して い る。 そ して 地 域 開 発 の 目的 は地 域 住 民 の 福 祉 増 進 に あ るが,地 域 開 発 は住 民 の 意 思 と実 行 力 に あ る と強 調 して い る こ と は誠 に 同感 で あ る。 わ れ わ れ は今 日の 東 海 商 工 会 議 所 連 合 会 会 頭 会 議 に お いて ワ イ ズ マ ン国 連 調 査 団 の 報 告 に接 し,こ れ を 機 会 に 中部 経 済 (9)同 前(『 運 営 委 員 会 報 告 』),271頁 。 q① 同 前,273頁 。 (ID以 下 の 記 述 は,同 前,276∼277頁 に よ る 。
中部圏構想の断章 と高速 自動車道の建設(武 知) 圏 の 確 立 と発 展 を め ざ し,当 面 せ る重 要 課 題 の 実 現 推 進 に努 め る こ とを こ こ に決 議 す る」。 他 の 分 野 の 関 係 者 との 懇 談 会 で も 同様 で あ るが,総 合 的 調 査,計 画 セ ン ター(仮 称)を 早 急 に設 置 す る こ と,マ ス ター プ ラ ンづ く り,中 部 地 域 開 発 整 備 法(仮 称)と い った 特 別 法 の 制 定 促 進 な ど につ いて の 発 言 も多 か っ た。 学 識 経 験 者 との 懇 談 会(5月20日 午 後)で は,ま ず 田淵 寿 郎(名 古 屋 観 光 会 館 社 長)が 「中部 圏 の 圏域 に つ い て 北 陸 と東 海 三 県 だ けで な く長 野 県 南 部,松 本,諏 訪,伊 那 谷,静 岡県 の天 竜 川 西 部 まで 加 え な け れ ば な らな い。(中 略)そ の 他 は平 素 わ れ わ れ が 云 って い るの と変 わ らな い」 と述 べ た。 ま た今 回 の 報 告 は具 体 的 で な い と いわ れ るが,中 部 横 断 道 路(の ち東 海 北 陸 自動 車 道),こ れ だ け は具 体 的 で あ る と評 価 す る。 国土 計 画 の い ろ い ろ な こ と はす で に戦 前38∼39年 頃 に 内務 省 が や って い た こ と にふ れ,事 務 局 が で きて 話 の つ い た と こ ろか らす ぐ着 手 す べ きで あ る,と 主 張 した⑫。 酒 井 正 三 郎(名 古 屋 大 学)は 「わ れ わ れ が 日常 い って い る こ とが 裏 付 け され た と い う感 が 深 い。 た だ この 機 会 にわ れ わ れ の 考 え つ い た こ とを 宣 伝 す る機 会 が 与 え られ た わ けだ 。 中部 の 圏 域 につ いて は い ろ い ろ考 え たが,田 淵 さん の 提 案 と ま った く同意 見 で あ る。 そ れ か ら県 計 画 を も と に した 中部 全 体 の 総 合 計 画 を 作 るセ ンタ ー は必 要 で あ る と思 う。 これ は で き る だ け早 い方 が よ い」 と述 べ た。 井 上 俊(名 古 屋 大 学)は 「公 害 な ど人 の た めの 地 域 計 画 の 考 え る上 で の 問 題 を 重 要 視 し て その 機 運 を高 め た こ と につ いて この 報 告 の 意 義 が あ っ た と思 う。 空 港 の 公 害 につ いて も 考 え な けれ ばな らな い」 と述 べ る。 さ らに 「理 想 的 な もの を 作 る に して も住 民 との 摩 擦, 中央 との 摩 擦 が 避 け られ な い と考 え る。 住 民 の 利 益 も考 え な が ら実 行 力 を 持 った 組 織 と い うの は難 しいが 夢 を そだ て て 行 くべ きで あ る。 せ っか く盛 り上 が った ムー ドを 実 行 へ 移 し て い くべ きで あ る」 と語 る。 最 終 報 告 が 政 府 に提 出 され たの は,1年 余 り後 の1965年(昭 和40)8月15日 付 の こ とで あ っ た(③。 運 営 委 員 会 な どで の議 論 や 運 輸 省 第5港 湾 建 設 局 次 長 ・参 与 らの 中 間報 告 に対 す る意 見 を取 りま と め,合 同委 員 会 へ 提 出,そ こで の 調 整 を踏 まえ て,最 終 報 告 は作 成 さ れ た よ うで あ る。タ イ トル は 『都 市 問 題 及 び地 域 計 画 に関 す る一 九 六 四 年 調 査 団 報 告 』(翻 ⑫ この 辺 の 記 述 は,同 前,281∼283頁 に よ る。 以 下 同 じ。 ⑱ チ ・ユ ー エ ン ・ウー 氏(国 連 技 術 援 助 局 局 長 代 理)か ら東 海 経 済 懇 話 会 事 務 局 長 ・伊 藤 長 光 宛 の 書 簡(9月14日 付)に よ る と,数 日前 に 最 終 報 告 書(部 内資 料)が 完 成,「9月13日 貴 日本 政 府 宛 に正 式 に提 出す る と共 に,松 井 国連 大 使 に2冊 送 付 い た し ま した 。(中 略)わ た くし は,こ こ に貴 殿 宛 に2冊 の 報 告 書 を 送 付 す る もの で あ り ます 」 とあ り,実 際 の 刊 行 は少 しズ レ込 ん だ こ とが わ か る(前 掲(2),46∼48頁)。 -7(7)一
訳 〈部 内資 料 〉)一 この 報 告 書 は,国 連 の公 式 文 書 で はな くて,国 連 技 術 援 助 局 か ら任 命 され た専 門 家 チ ー ム に よ り,日 本 政 府 に提 出 され た覚 え 書 で あ る一 とな って い る。 体 裁 上 の 変 化 は,中 間 報 告 の 第3部 を細 分 化 して5部 編 成 とな っ た こ とで あ る。 内容 的 に は多 少 の 削 除 ・修正 は あ るが,大 き く変 わ ったわ け で はな く,基 本 的 に は中 間報 告 を踏 襲 して い る。 本 稿 の 課 題 に関 連 す る最 終 報 告 の 重 要 と考 え られ る論 点 を示 す と,ま ず 中部 の 経 済 地 理 的 条 件 か ら,「 中 部 圏 を経 由 して 関東 ・近 畿 圏 相 互 間 に現 存 す る強 力 な 経 済 的交 流 とふ た つ の 臨 海 地 域,す な わ ち伊 勢 湾 地 域 と北 陸 地 域 を む す ぶ 新 たな 流 れ と は,中 部 圏 の 将 来 の 開 発 像 の 骨 格 を形 成 す る もの で あ る」 と指 摘 し,そ れ ぞ れ を 結 合 す る 内陸 高 速 度 輸 送 網 は 道 路 ・鉄 道 な どの 高 速 輸 送 機 関 で む す びつ け られ る こ とが 望 ま しい」 と述 べ て い る⑭。 さ らに 「開発 の 目的 は福 祉 や文 化 の進 歩 と い っ た生 活 水 準 の 向 上 に あ る」 「また,社 会 改 良,文 化 的 開発,特 に職 業 教 育 の 計 画 は,も っ と も っ と優 先 させ るべ き もの と思 わ れ る」 と い う。 計 画 の 価 値 は結 局 それ が 地 域 の 住 民 の 生 活 を よ く したか 否 か に よ って 決 ま る もの だが,「 これ ま で 住 民 の 生 活 の 向上 を 犠 牲 に して達 成 さ れ た 経 済 成 長 の例 は あ ま り に も多 い。 しか し,計 画 を適 正 にす れ ば経 済 成 長 と社 会 政 策 と を両 立 させ る こ と も可 能 で あ る。 (中 略)今 後 地 域 内 のす べ て の人 の 利 益 と な る よ うな総 合 計 画 を樹 立 す る に 際 して は,こ の 様 な人 間 的 要請 に対 して こ れ迄 よ り一 層 の 配 慮 をす べ き で あ る」,と 勧 告 は 開発 の 本 質 に言 及 す る と と も に,人 的 お よ び物 的 資 源 の 大 切 さを 説 く。 重 ね て い う と,全 体 を 通 して 人 間 尊 重 の 精 神 が 貫 か れ て い る こ と は傾 聴 に値 しよ う⑮。 (2)中 部 圏 開 発 整 備 法 の 制 定 か ら骨 子 案 の 策 定 ヘ ワ イ ズ マ ン報 告 が 追 い風 とな っ た"中 部 圏 づ く り"へ の 動 きで は,東 海 経 済 懇 話 会 の 活 動 が 目立 っ た と いえ る。 ま た 中部9県 の 知 事 会 議 と9県 の 商 工 会 議 所 で 構 成 され る 中部 経 済 開 発 促 進 懇 談 会 も一 体 とな り,こ れ に協 力 し,前 進 させ て ゆ くこ と にな る。1965年4 月6日 東 海 経 済 懇 話 会 は第12回 東 京 懇 談 会 で 桑 原 愛 知 県 知 事 を は じめ,中 京 財 界 人 が 佐 藤 栄 作 首 相 な らび に経 済 閣 僚 と懇 談 し,政 府 関 係 の 協 力 を確 認 で きた と され る。 そ の ね ら い は,こ れ まで 地 域 開 発 法 の 空 白地 帯 で あ っ た愛 知,岐 阜,静 岡,長 野 の 地 域 に立 法 措 置 を と る だ けで な く,地 域 開 発 の モ デル ・ケー ス をつ くる こ と に置 か れ た 。 法 案 は66年5月6 日議 員 提 案 の 形 で 国 会 に提 出 され た。 朝 日新 聞 の 社 説 に よ る と,第1の 特 色 は,従 来 の 地 ω 建 設 省 「都 市 問 題 及 び 地 域 計 画 に 関 す る1964年 調 査 団 報 告 』(最 終 報 告,1965年)12∼13頁 。 前 掲(4)に 同 じ 翻 訳(12∼34頁)が 所 収 さ れ て い る 。 ㈲ 同 前,1,7,17頁 。
中部圏構想の断章 と高速 自動車道の建設(武 知) 域 開 発 法 で は計 画 は国 の 立 場 で 行 わ れ たの に対 し,中 部 圏 の 場 合 は地 元 の 自主 性 を 尊 重 し て お り,関 係9県 が 協 議 して ま と め た計 画 を 国 へ 持 ち上 げ る こ と に して い る点 で あ る。 第 2に,こ の 法 案 は 日本 全 土 の16%と い う広 い地 域 を対 象 と し,東 西 と 同 じよ う に過 密 化 す る恐 れ の あ る東 海 地 方 と今 後 積 極 的 に開 発 を 進 めて いか ね ばな らな い北 陸 地 方 を 含 ん で い る。 この た め 中部 圏 開 発 整 備 法 案 に開 発 法 と整 備 法 の2つ の 性 格 を もた せ た こ とで あ る。 第3に,最 も重 要 な の は法 が 成 立 した あ との 運 用 と して9県 が つ くる開 発 整 備 地 方 協 議 会 が う ま く運 営 され るか ど うか で あ る。 これ らの 点 は,す で に北 陸 地 方 開 発 促 進 法 を もつ 北 陸3県,近 畿 圏 整 備 法 に入 って い る三 重,福 井,滋 賀 県,首 都 圏 整 備 法 に は入 って いな い が,事 実 上 結 びつ きの 強 い静 岡県 を 含 め,一 部 の 重 複 を ど う調 整 す るか と い う課 題 も少 な くな い。 新 たな 試 み は,ほ とん ど実 効 を あ げて いな い地 域 開 発 法 に対 す る反 省 と近 年 の 交 通 の め ざ ま しい発 達 を 考 慮 した結 果 で あ ろ うが,中 部 の 特 殊 な 事 情 を 踏 まえ て,関 係 各 県 が 大 きな 立 場 か ら協 力 し,問 題 を重 点 的 に しぼ り,そ の 実 現 を推 進 す る と い う態 度 が 必 要 で あ ろ う。 中部 圏 開 発 整 備 計 画 が 新 しい地 域 開 発 の モ デル ・ケ ー スを め ざ して い る以 上, その 特 色 を生 か す 努 力 を払 わ ね ばな る ま い。 そ うで な けれ ば,せ っか くの 法 律 を つ くる意 義 は な い と いえ る,と 指 摘 して い る⑯。 右 の 法 律 案 は,中 部 圏 を一 体 的 に開 発 整 備 す る た めの 基 本 法 と して,1966年(昭 和41) ㈹ 朝 日新 聞 社,聞 蔵IIビ ジ ュア ル,1966年5月7日 付 。 前 掲 第4集,2∼3頁 参 照 。 中 部 圏 開 発 整 備 法 の 機 構 は次 の よ う にな る。 中 部 圏 の 開 発 整 備 にあ た って,既 存 の 北 陸 地 方 開 発 促 進 法 の 対 象 地 域 で あ る富 山 ・石 川 ・福 井 の 北 陸3県,近 畿 圏 整 備 法 の 対 象 地 域 で あ る滋 賀 ・三 重 ・福 井 の3県 との オ ー バ ー ラ ップ につ い て は調 整 し,臨 機 応 変 に実 情 に 即 した 開発 整 備 を 進 め,一 体 的 な 発 展 を は か る こ と と して い る (第4集,3頁)。 図1中 部 圏 開 発 整 備 法 の 機 構 出 典:「"中 部 圏 づ く り"関 係 資 料 」 第2集,3頁 。 -9(9)一
7月1日 に公 布 され た。 対 象 区 域 は富 山 ・石 川 ・福 井 ・長 野 ・岐 阜 ・静 岡 ・愛 知 ・三 重 ・ 滋 賀 の9県 に及 ぶ 。 法 律 施 行 と ほ ぼ 同時 に,中 央 に は 中部 圏 開 発 整 備 本 部 が 設 置 され,地 元 に は民 間 の 中部 開 発 セ ン ター の 設 立 をみ た。 開 発 整 備 方 式 と して 地 元 が 発 案 権 を もつ 中 部 圏 開 発 整 備 地 方 協 議 会(66年11月,会 長 は愛 知 県 知 事 桑 原 幹 根)を 設 けた こ と は大 きな 特 徴 で あ ろ う。11月 に第1回 地 方 協 議 会 を 開 い て い る。 も う1つ の 特 徴 は 中 部 開 発 セ ン タ ーの 設 立,そ して 区 域 指 定(都 市 整 備 区 域,都 市 開 発 区 域,保 全 区 域)に よ る開 発 整 備 の 方 向で あ ろ う⑰。 他 方,63年(昭 和38)7月 に公 布 され た近 畿 圏 整 備 法(対 象 区 域 は福 井 ・三 重 ・滋 賀 ・ 兵 庫 ・奈 良 ・和 歌 山 と京 都 ・大 阪 の2府6県 に及 ぶ)に 基 づ いて,65年2月16日 に近 畿 圏 整 備 本 部 は近 畿 圏 の 総 合 開 発 と整 備 を はか る た め 「区域 の 範 囲 案 」(近 郊 整 備 区 域,都 市 開 発 区 域,保 全 区 域 な ど)を 提 示,5月 に正 式 決 定 され た。 具 体 的 に は市 街 地 と して 整 備 す る地 区,ま た都 市 開 発 区 域 は工 業,住 居 都 市 と して 開 発 す る こ と に よ り既 成 都 市 区 域 に 集 中す る人 口,産 業 を 分 散 させ るの が 目的 で,い ず れ も京 阪 神 の 中心 部 か ら半 径 約50キ ロ の 圏 域 内か ら,(1)地 域 開 発 の 拠 点 とな る地 域,(2)幹 線 交 通 施 設 が 整 備 され て い る な ど の 基 準 を備 え た保 全 ま た は開 発 が 大 きな ね らいで あ っ た。 中部 圏 関 係 分 を 示 す と,福 井 県 は武 生 市,鯖 江 市 ほか 数 町 村,三 重 県 は津 市,四 日市 市,松 阪 市 ほか 数 町 村,滋 賀 県 は大 津 市,彦 根 市,長 浜 市,近 江 八 幡 市,八 日市 市,草 津 市 ほか 数 町 村 が 対 象 とな って い る。 今 回 提 示 され た案 以 外 の 工 場 制 限 区 域 と既 成 都 市 区 域 につ いて は,別 に政 令 で 正 式 に定 め る こ と と し,準 備 を 進 めて い る と報 じ られ た⑱。 1967年(昭 和42)7月12日 に 中部 圏 開 発 整 備 地 方 協 議 会 事 務 局 は 中部 圏 基 本 計 画 の 骨 子 案,中 部 圏 計 画 策 定 要 領 案 な どの 内容 を 発 表 した。 骨 子 案 は,去 る2月 の 第2回 地 方 協 議 会 で 検 討 して 以 来,幹 事 会(中 部9県 と名 古 屋 市 の 担 当部 局 長 で 構 成)や 担 当 課 長 会 議 を 8回 にわ た って 開 き,そ の 間,中 部 圏 開 発 整 備 本 部 や 関 係 省 庁 との 打 ち合 わ せ,地 方 協 議 ⑰ 中 部 開 発 セ ン ター 『中 部 圏 開 発 」 創 刊 号(1966年10月)に,設 立 を 記 念 して 開 催 され た 「シ ン ポ ジ ウム"中 部 圏 の 進 路"」 「〈私 の 発 言 〉 中 部 開 発 セ ン ター に期 待 す る」,さ らに セ ン ター の 設 立 趣 意 書,定 款,組 織 と機 構,役 員 ・委 員 ・会 員 名 簿 な どが 掲 載 され て い る。 セ ン ター の 事 務 所 は 名 古 屋 商 工 会 議 所 内 に開 設 。 シ ンポ ジ ウ ム は,東 京 都 立 大 学 名 誉 教 授 ・磯 村 英 一,大 阪 市 立 大 学 助 教 授 ・宮 本 憲 一,桃 山学 院 大 学 教 授 ・竹 内 正 巳,名 古 屋 大 学 名 誉 教 授 ・酒 井 正 兵 衛(旧 名 正 三 郎),(司 会)名 古 屋 大 学 法 学 部 長 ・横 越 英 一 。 そ れ ぞ れ 重 味 の あ る発 言 を され て い る。 最 後 に,中 部 圏 開 発 の 課 題 シ ンポ ジ ウ ムを 顧 み て 一 を 司 会 者 が ま とめ て い る(3∼11頁)参 照 。 中 部 圏 開 発 整 備 地 方 協 議 会 は,中 部9県 知 事,名 古 屋 市 長,10県 市 の 議 長,学 識 経 験 者,市 町 村 代 表 者 ら34人 で 構 成 。 同 協 議 会 に は幹 事 会(10人,幹 事 は 関 係 県 及 び 名 古 屋 市 の 企 画 開 発 担 当 の 部 長 又 は局 長 を も って 充 て る)が あ り,ま とあ 役 と して 実 際 の 作 業 を 進 め る こ とに な る。 ㈹ 中 日新 聞,1965年2月17日 付 。
中部圏構想の断章 と高速 自動車道の建設(武 知) 会 の 学 識 経 験 者 委 員 や 中部 開 発 セ ン ター の 専 門 委 員 の 意 見 を聞 いて 作 成 され た 。 そ して5 月31日 の 中部 圏 知 事 会 議 で 報 告 した もの を さ らに関 係 各 省 や 県 ・市 の 意 見 を ま と めて 一 部 修 正 した。 修 正 点 の 主 な もの は,中 部 圏 づ く りの 基 本 構 想 に国 際 的 視 野 か らの 位 置 づ けを し,農 林 漁 業 の 問 題 点 や 将 来 につ いて の 記 述 を 強 化 した こ とな どで あ る⑲。 交 通 施 設 の一 部 を み る と,「 道 路 」 は,▽ 幹 線 自動 車 道 の 整 備(国 土 開発 幹 線 自動 車 道 建 設 法 に規 定 す る予 定 線 の 建 設,予 定 線 と して 追 加 す る もの の 調 査,建 設 。 中央 自動 車 道 西 宮 線,同 長 野 線,東 名 高 速 道 路,北 陸 自動 車 道,名 阪 国 道,関 越 自動 車 道 直 江 津 線,東 海 北 陸 自動 車 道 な ど)。 ▽ 幹 線 道 路 の 整 備,幹 線 自動 車 道 との機 能 分 担 を 考 慮,拠 点 都 市 間 を結 ぶ 幹 線 道 路(国 道)の 改 築,中 部 圏 の 幹 線 道 路 網 体 系 上 必 要 とす る 自動 車 専 用 線 な どの 調 査,建 設 。 北 陸 関 東 産 業 道 路,四 敦 道 路,第 二 東 海 道,第 二 名 四 道 路,伊 勢 湾 口道 路 な ど)。 ▽ 地 域 開 発 の た め の道 路 整 備 。 ▽ 都 市 お よ び 都 市 近 郊 道 路 の整 備 に分 けて 並 べ て い る。 中部 圏 に と って,東 海 北 陸 自動 車 道 が 最 も重 要 と位 置 づ けて い る。 「鉄 軌 道 」 で は,▽ 超 高 速 鉄 道 の調 査,建 設(第 二 東 海 道 新 幹 線,北 陸新 幹 線)。 ▽ 幹 線 鉄 道 網 の 整 備 ・準 幹 線 の 輸 送 力 増 強 の た めの 施 設 整 備(東 海 道 本 線,北 陸 本 線,篠 ノ井 線 を含 む 中央 本 線,草 津 線 を含 む関 西 本 線,高 山本 線,紀 勢 本 線 な ど)。 ▽地 域 開 発 の た め の 鉄 道 整 備 調 査,建 設(佐 久 間 線,中 津 川 線,氷 見 線,越 美 線,岡 多 線,瀬 戸 線,下 呂 線,樽 見 線,伊 勢 線,湖 西 線 な ど)。 ▽ 都 市 お よ び都 市 近 郊 の鉄 道 整 備 に分 けて 並 べ て い る。北 陸新 幹 線 の 建 設 は別 と して,中 央,関 西 本 線 の 輸 送力 増 強 や,都 市 近 郊 鉄 道 の通 勤 ・ 通 学 の 緩 和 策 な どが 喫 緊 の 課 題 と して い る こ とを 窺 わ せ る。 計 画 年 次 につ いて は,(一)速や か に着 手,整 備 しな けれ ばな らな い もの,⇔ 計 画 期 間 の 中 間 年 度(昭 和 五 十 年 度)ま で に着 手 す る もの,日 計 画 期 間 内(昭 和 六 十 年 度)に 整 備 しな けれ ばな らな い もの 一 の3つ に区 分 す る と考 え て い る。 7月17日 の 第3回 地 方 協 議 会 は,計 画 づ く りの 最 終 段 階 だ け に,予 定 時 間 よ り30分 長 引 い た。 た だ表 現 の 修 正 を 求 め る意 見 は あ ま りな く,水 資 源 開 発 と治 水,農 業 の 比 重 を も う 少 し高 め る こ とな どの 要 望 と 「計 画 を固 定 した もの とせ ず,柔 軟 性 を 持 た せ て,常 に ア フ タ ケ ア を考 え るべ きだ 」(横 越 英 一 名 古 屋 大 教 授)と い う意 見 が 出 た。 今 後 の計 画 づ く り の 点 で,(一)財政 的 裏 づ け は ど うな るの か,(⇒ 事 業 計 画 の 優 先 順 位 は ど うな るか に関 心 が 集 ま っ た。 大 型 施 設 の計 画 は 「あ るて い ど総 花 的 に な ら ざ るを え な い」(事 務 局)し,ま た各 県 もそれ を 要 求 す るだ ろ う,と み て い た⑳。 ⑲ 同 前,1967年7月13日 付 。 以 下 同 じ 。 交 通 通 信 施 設 の 詳 細 は,第3集,51∼56頁 参 照 。 ⑳ こ の 辺 の 記 述 は,同 前,1967年7月18日 付 に よ る 。 -11(11)一
中部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 の 骨 子 案,策 定 要 領 案 な ど は,こ の 日の 地 方 協 議 会 で 承 認 され た。 協 議 会 終 了 後,委 員34人 の う ち学 識 経 験 者8人(藤 森 三 郎 ・松 本 商 工 会 議 所 会 頭 は途 中退 席)か ら,基 本 計 画 作 成 へ の 問 題 点 につ いて の ア ン ケー トを実 施,そ の 結 果 を 表1に 示 す 。 骨 子 案 は あ る程 度 総 花 的 で あ る こ と を認 めて い るが,① につ いて は住 民 の 意 思 を いか に 吸 収 す るか,地 域 エ ゴ イ ズ ムで はな く協 調 性 を 説 く意 見 が 目 につ く。 ② は施 設 の 順 位 が 焦 点 とな って い るが,全 国 的 な 開 発 の 中で 事 業 効 率 を 考 え る と と も に,協 調 的 か つ 互 譲 の 精 神 で 柔 軟 性 を持 って 決 め るべ きだ との 意 見 に集 約 で き る。 骨 子 案 に関 して,長 年 都 市 計 画 の 推 進 に携 わ って き た一 人 と して,中 部 圏 開 発 整 備 地 方 協 議 会 委 員,南 山大 学 教 授 酒 井 正 三 郎 の 次 の3点 か らな る所 見 は注 目 され る。 少 し長 い引 用 とな るが,そ の 回 顧 と展 望 に耳 を傾 け よ う⑳。 「ま ず,こ の骨 子 案 が,首 都 圏 整 備 計 画 や近 畿 圏整 備 計 画 と比 較 して著 し く異 な る特 色 は,こ の 県 内 に は経 済 的,社 会 的 発 展 段 階 を 異 にす る地 域 を か か え て お り,ま た 首 都,近 畿 両 圏 へ の 関 連 も地 域 に よ って 異 な って お る こ とか ら,地 域 の 開 発 整 備 に も異 な る接 近 を 必 要 と思 わ れ る点 が 存 在 す る こ とを,十 分 考 慮 して か か らね ばな らな か った と い う こ とで あ る。 この こ と は東 西 両 圏 の 計 画 が,単 に整 備 計 画 と いわ れ て い るの に対 して,中 部 圏 に お いて は,開 発 整 備 計 画 と い う名 称 が 付 せ られ た理 由で も あ る。 しか し,こ の よ うな 地 域 の 異 質 性 に もか か わ らず,こ の 骨 子 案 は,こ の 地 域 全 体 の 一 体 的 な 開 発 と整 備 を お し進 め る こ と が重 要 で あ る とみ て お る。(中 略)中 部 圏 開発 整 備 計 画 は,こ の 点 に着 眼 して,中 部 圏 の 一 体 的 開 発 を はか ろ う と して い るの で あ るが,私 は その 可 能 性 は十 分 に あ る もの と 考 え て い る」。 「骨 子 案 の 他 の 整 備 計 画 と異 な る第 二 の 特 色 は,地 域 の 開発 整 備 に あ た って,都 市 の 意 義 と その 配 置 と を重 要 視 して い る こ とで あ る。 都 市 は生 産 の 場 で あ る と と も に,流 通,文 化 の 結 節 点 で あ り,同 時 に生 活 圏 の 中心 で あ る と し,都 市 に は周 辺 山村 部 を 含 む 機 能 が 必 要 で あ り,こ の よ うな 視 点 に立 って 都 市 の 整 備,開 発 は,進 め られ な くて はな らな い と述 べ られ て い る。 この 点 は,こ の 骨 子 案 の す ぐれ た着 想 で あ り,こ の 意 味 で 今 後 の 開 発 の 一 つ の も っ と も興 味 あ る実 験 とな るで あ ろ う」。 さ らに,こ れ に関 連 して,国 連 調 査 団 の リー ダ ーで あ っ た ワ イ ズマ ンの 「計 画 と都 市 設 計 」 と い う論 文 を紹 介 さ れ る。 「彼 は,こ の 論 文 の な か で,世 界 各 国 の 開発 計 画 を 展 望 し ⑳ 酒 井 正 三 郎 「骨 子 案 を 承 認 して 中 部 の 一 体 的 開 発 は可 能 」(同 前)。
中 部 圏 構 想 の 断 章 と高 速 自動 車 道 の 建 設(武 知) 表1基 本 計 画 作 成 の 問 題 点一 ア ンケ ー トか ら一(1967年7月) 学識経験者委員名 質問事項 と回答 ① 骨 子 案 な ど か らみ て,計 画 作 成 に あ た り,と くに注 意 す べ き点 は何 か 。 ② 施 設 計 画 につ い て,各 県 の利 害 関係 は,ど う い うふ う に調 整 して い くべ き か。 名古屋大教授 横越 栄一 ① 基 本 的 に は民 意 を吸 収 す る こ と だ。 ア ン ケ ー ト,公 聴 会,ヒ ヤ リ ング,マ ス コ ミを通 じる方 法 な ど い ろ い ろ あ る が,で き る だ け さ ま ざ ま な や り方 を と るべ き だ。 日本 に は市 民 団体 が少 な い の で や りに くいが,成 功 しな くて もよ い か ら努 力 しな けれ ば な らな い。 ② 施 設 の優 先 順 位 は,そ の施 設 が 持 つ 合 理 性 一 地 域 の発 展 の カ ギ を に ぎ る も の一 で決 ま る。9県 の 間 で も計 画 年 次 を優 先 させ よ う と い う動 き が あ ろ うが,事 業 の効 率 を全 国 的 な 開発 の 中 で の意 味 か ら考 え て決 め るべ き だ。 社団法人北陸経済調査会 八田 恒平 ① 骨 子 案 に あ る よ う な北 陸 の位 置 づ け は"抽 象 論"と して は,よ く理 解 で き る。 しか し,そ れ が具 体 的 に な っ て くる と南 北 よ り も東 西(首 都,近 畿 両 県 の 中 間 に あ る 中部 圏)の 考 え が優 先 す る の で は な いか,と い う不 安 が残 る。 現 実 に産 業 構 造 な ど を み て も東 西 の方 が 強 い。 や は り北 陸 を"浮 上"さ せ る一 こ れ が 中 部 圏,ひ い て は 日本 の発 展 につ な が る の で は な いか 。 ② 広 域 的 根 幹 事 業 に 限 られ て い る ので,地 域 エ ゴイ ズ ム が 出 る心 配 はな い と思 う。 滋賀県琵琶湖水政審議会委員 吉川孫右衛門 ① 特 別 の意 見 は な い。 しか し,基 本 計 画 が一 定 不 変 の も の で あ っ て は な らな い。 県 は じめ市 町村 の合 併 な どが,こ ん ご行 わ れ る こ と も あ ろ う。 中部 圏 の将 来 を 考 え て,柔 軟 性 を もつ べ き で あ る。 ② 施 設 事 業 の着 工 につ い て は 中部 圏 ば か りで な く,各 県 内 を み て もそれ ぞ れ優 先 順 位 が 問題 と な ろ う。 あ る県 で は,東 と西 に よ って 条 件 も ち が っ て くる。 しか し,条 件 の ち が う人 た ち が各 立 ち場 を 固執 して い た の で は解 決 で き な い。 よ く 話 し合 い,互 譲 の精 神 で あ た る こ と が先 決 だ。 北陸地方開発審議会会長 金井久兵衛 ① 計 画 作 成 の基 本 的考 え方(さ る2月 の地 方 協 議 会 で 審 議)に 比 べ て,こ ん ど の 骨 子 案 は各 界 の意 見 を よ くと りあ げ て い る。20年 の長 期 計 画 をつ くる土 台 と し て こん ご に期 待 で き る。 ② 施 設 計 画 事 業 を重 点 的 に や っ て い くた め に は,20年 の モ ノ サ シ の 中 で,そ れ ぞ れ の事 業 の性 格 か ら実 施 の順 位 が で て こ よ う。 事 業 計 画 は い ち ど に行 わ れ る も の で は な い。 当然,各 年 ご と に徐 々 に着 手 され て い く し,5年 た っ て み る と, そ の着 工 順 位 も変 わ っ て くる こ と も あ ろ う。 順 位 は 時 の流 れ が決 め て い くこ と に もな ろ う。 福井経営者協会長 黒川 誠一 ① 骨 子 案 に は大 き な計 画 目標 が3つ あ る。 こん ご は 肉付 け い かん だ。 計 画 づ く り の段 階 で は"順 番 「が 問題 だ と思 う が,横 越 名 大 教 授 の発 言 に も あ っ た よ う に, 生 活 基 盤(社 会 開発)の 整 備 が 産 業 基 盤 整 備 に先 行 す る と い う姿 勢 が ほ しい。 ② 利 害 調 整 は むず か しい が,相 対 的立 ち場 か らの価 値 分 析 が必 要 だ。 県 境 が争 点 に な る の は政 治 家 の責 任 で あ っ て,1県 の知 事 や政 治 家 が価 値 分 析 を怠 り,境 界 に こ だ わ っ て"利 害 発 言"す る よ う な こ と は控 え るべ き だ。 三重県経営者協会長 芝谷 常吉 ① 骨 子 案 は圏 域 内各 地 の 目標 を並 列 的 に並 べ て あ る だ け。 計 画 作 成 に 当 た っ て は "時 間"と"地 域"の 順 位 決 定 に慎 重 を 期 し ,中 部 圏 に と ら わ れず 首 都 圏,近 畿 圏 と のつ な が りや 日本 の全 体 計 画 な ど,広 域 的 な見 地 に立 っ て の計 画 を も っ と強 調 して い くべ き だ。 ② 施 設 計 画 は総 花 的 で,こ ん ご地 域 的 に も財 政 的 に も総 体 的 な調 整 が 必 要 だ。 私 は幸 い学 識 経 験 選 出 の地 方 協 議 会 委 員 と して 自 由 な立 ち場 に あ る ので,県 と地 方 協 議 会 を結 ぶ パ イ プ役 と して適 正 な利 害 調 整 の役 を果 た して い くつ も りだ。 静岡県商工会議所連合会会長 平野繁太郎 ① 各 県 の格 差 な ど を是 正 した う え で や る の か,ど うか な ど ま だ は っ き り しな い点 も あ る が,い ず れ に して も各 県 の格 差 を な く し,全 体 の レベル ア ップ を 図 る方 向 を と るべ き だ。 そ の さ い急 な坂 道 を設 定 す べ きで は な い。 まず 各 県 が,そ の 力 に応 じた計 画 をつ くっ て,そ の 中 か ら最 大 公 約 数 を求 め て い く。 い い か え る と,財 政 の裏 づ け を よ く検 討 して,可 能 性 の あ る効 果 的 な計 画 に しな け れ ば意 味 が な い。 ② 国家 的 な見 地 か ら事 業 を選 ぶ べ き だ。 そ う で な い と,地 域 エ ゴ イ ズ ム の 問題 は 解 決 で き な い。 岐阜県総合開発審議会委員 高橋 順吉 ① 各 県 が欲 して い る こ と が らはす べ て骨 子 案 に網 らさ れ て い る。 中部 圏 全 体 の レ ベ ル ア ップ や格 差 是 正 な ど均 衡 あ る発 展 を 図 る た め に は,過 去 の歴 史 的 事 実 を 否 定 す る場 面 も考 え ら れ,住 民 の理 解 と協 力 が 必 要 。 計 画 づ く りに は住 民 と プ ラ ンナ ー と の対 話 を さ らに盛 り込 むべ き だ。 ② 開発 地 区,保 全 地 区 な ど の調 整 は大 所 高 所 か ら思 い切 っ た重 点 主 義 が 必 要 だ。 国 の 全 体 計 画 の 中 の"中 部"と い う財 政 と結 びつ い た 調 整 を 図 り,各 県 が, も っ と もっ と ピザ を突 き合 わせ て話 し合 っ て ほ しい。 出 典 中 日新 聞,1967年7月18日 付 。 一13(13)一
た うえ で,今 後 の 開 発 計 画 に お い て は,『 都 市地 域 』 と い う概 念 が,経 済 活 動 や,社 会 活 動 な らび に生 活 な どの 諸 施 設 が 効 率 的 に統 合 され う る環 境 と して 出て こな けれ ばな らな い こ と を指 摘 し,か つ それ が 『全 国 総 合 開 発 』 と 『地 方 的 地 域 社 会 の 努 力 』 との ギ ャ ップを う め る もの と し,き わ めて 重 要 な 意 義 を もつ と論 じて い る。 この 線 にそ った わ れ わ れ の 多 核 的 都 市 配 置 の 構 想 も,首 都 圏 や 近 畿 圏 の も たな い 中部 圏 の 特 異 な 第 三 の 構 想 で あ るが, この 計 画 の 作 成 も その 実 験 は,す で に 日本 の 開 発 計 画 を 高 く評 価 して い る国 連 専 門 家 た ち の 注 目 を,ま たつ よ くと らえ るで あ ろ う」 と。 確 か に,骨 子 案 は基 本 計 画 と い う こ と も あ って,総 じて 各 県 の プ ラ ンを 羅 列 した 感 が 否 めな い。施 設 計 画 に つ い て は,渡 辺 新 三 「中部 圏 レベ ル の事 業 優 先 」⑳ を 説 く視 点 に妥 当 性 が あ る よ う に思 わ れ る。 衆 院 建 設 委 員 会 が 同 じ7月12日 に開 か れ て お り,政 府 提 出の 「中部 圏 の 都 市 整 備 区 域, 都 市 開発 区域 お よ び保 全 に か ん す る法 律 案 」(特 別 措 置 法 案)に つ い て,後 述 の2人 が 質 問 に立 ち,大 局 的 見 地 か ら中部 圏 の あ り方 を 問 うて い る。 会 期 の 関 係 も あ り。14日 午 前 中 に 同委 で 採 決,午 後 衆 院 本 会 議 にか け たの ち,直 ち に参 院 に送 付 した い意 向 で あ った 。 主 な質 疑 は次 の と お り。 勝 沢 芳 雄 氏(社 会)中 部 圏 づ く りに対 す る政 府 の 基 本 的 態 度 を 聞 きた い。 国 宗 中部 圏 開 発 整 備 本 部 次 長 一 これ か ら地 方 協 議 会 を 始 め関 係 各 省 庁 と も協 議 しな けれ ばな らな いが,立 法 の 趣 旨,お よ び地 域 の 実 態 か らみ て 中部 圏 は今 後,日 本 の 発 展 に大 き な 役 割 を果 た さね ばな らぬ 。 い ま 中部 圏 の 太 平 洋 岸,内 陸 部,日 本 海 岸 はそ れ ぞ れ 異 な っ た地 域 とみ られ る き らいが あ るが,こ れ らを 一 丸 と し,し か も均 衡 の とれ た 明 る く豊 か で 住 み よ い地 域 に しな けれ ばな らな い。 ⑳ 渡 辺 新 三 ・名 古 屋 工 大 教 授 は 「中 部 圏 の 基 本 開 発 整 備 計 画 には,3つ の レベ ル が 考 え られ る。 つ ま り国 家 的 レベ ル,中 部 圏 レベ ル,域 内 レベ ル で あ る。 しか し施 設 計 画 の 項 目を み る と,こ の 3つ の レベ ル が,ご ち ゃ ご ち ゃ にな って い る感 じだ 。 例 を 「幹 線 自動 車 道 の 整 備 」 に と ろ う。 中 央 自動 車 道 西 宮 線 は 国 家 的 レベ ル の もの だ が,東 海 北 陸 自動 車 道 は明 らか に中 部 圏 レベ ル の もの で あ る。 太 平 洋 側 と 日本 海 側 に太 い パ イ プを 通 し,中 部 圏 の バ ッ クボ ー ン にな るの が 東 海 北 陸 自 動 車 道 な の だ 。 した が って これ は,あ くまで 中 部 圏 の 自動 車 道 と して は,最 優 先 に扱 うべ き もの だ ろ う。 『幹 線 道 路 の 整 備 」 に して も同 じこ とが い え る。 国道1号 線,同8号 線 は 国家 的 レベ ル の もの で あ り,国 道41号 線,同19号 線 は 中 部 圏 レベ ル の もの で あ る」。 施 設 計 画 の ビジ ョ ン と も関連 す るが,「 中 部 圏 の 施 設 計 画 と して は,な に を優 先 さ せ る べ きな の か 。 そ の 順 位 を 十 分 検 討 す る こ とが 必 要 で はあ る まい か 。 各 県 の 企 画 部 あ た りで ね りあ げ た プ ラ ンを,並 列 的 に ま とめ るだ けで は 実 効 はあ が らな い。(中 略)各 県 か らの 注 文 を けず る こ とは, た い へ ん む ず か しい こ とな の だ が,こ れ を 処 理 す る こ と に意 を 注 ぐこ とが た い せ つ で あ ろ う」。 さ らに 『超 高 速 鉄 道 」 の 項 目 には,北 陸 新 幹 線 が あ げ られ て い る。 これ は,こ ん ご十 年 間 に必 要 と され る もの な の か 。 あ るい は二 十 年 間 に 必 要 と され る もの な の か 。 十 年 単 位 くらい の メ ドを は っ き りつ け るべ きで は な か ろ うか 。」(談)と い う(同 前,1967年7月13日 付)。
中 部 圏 構 想 の 断 章 と高 速 自動 車 道 の 建 設(武 知) 勝 沢 氏 基 本 計 画 の で き る時 期 は。 国 宗 次 長 十 一 月 まで に地 方 協 議 会 の 基 本 計 画 を つ く り,そ の 後 中央 と協 議 し,来 年 六 月 まで に は政 府 の 基 本 計 画 を 完 成 させ る。 勝 沢 氏 中部 圏 法 は新 産(新 産 業 都 市 一 引 用 者),工 特(工 業 整 備 特 別 地 域 一 引用 者) を は じめ,近 畿 圏,北 陸 地 方 の 開 発 な ど と重 複 す る点 が 多 いが,そ れ を ど う調 整 す るか 。 国 宗 次 長 重 複 す る と き は総 理 大 臣が 調 整 す る よ う法 律 に規 定 して い るの で,問 題 は な い と思 う。 塚 本 三 郎(民 社)中 部 圏 の 特 色 を 出 す に は 交 通 対 策 を 中 心 に す べ き だ。 さ き に知 事 会 が 交 通 に た いす る十 八 項 目の 要 望 を 出 して い るが 実 現 の 見 通 しは。 国 宗 次 長 知 事 会 の 道 路,鉄 道,港 湾 に た いす る四 十 三 年 度 の 要 望 事 項 はで き る限 り 促 進 す る。 この ほか,勝 沢 委 員 の 中部 圏 づ く りに た いす る国 の 財 政 的 援 助 は ど うか との 質 問 に は,渋 谷 建 設 省 政 務 次 官 が 「国 の 立 ち場 と して も 当然,で き るだ けの 努 力 はす る」 と 答 弁 。 塚 本 委 員 の 中部 圏 づ く りは応 急 対 策 で はな く,人 間 の 英 知 と政 治 力 の 限 界 を 示 す もの で あ り,理 想 を実 現 す る もの だ との 質 問 に は,西 村 建 設 相(中 部 圏 開 発 整 備 長 官)が 「私 と して も理 想 圏 を 造 るべ く熱 意 を も って や って い る」 と答 弁 して い る⑳。 ⑳ 以 上,同 前 に よ る。 中 部 圏 開 発 整 備 法 の 規 定 は,次 の とお り(第3集,153∼155頁)。 第23条 中 部 圏 開 発 整 備 計 画 と北 陸 地 方 開 発 促 進 計 画 との 調 整 は,内 閣 総 理 大 臣 が 審 議 会 と北 陸 地 方 開 発 審 議 会 の 意 見 を きい て 行 な う もの とす る。 2前 項 の 場 合 にお い て は,北 陸 地 方 開 発 促 進 計 画 につ い て 適 切 な 考 慮 を 払 い つ つ 調 整 を 図 る もの とす る。 第24条 中 部 圏 開 発 整 備 計 画 と近 畿 圏 整 備 計 画 との 調 整 は,内 閣 総 理 大 臣 が 審 議 会 と近 畿 圏 整 備 審 議 会 の 意 見 を きい て 行 う もの とす る。 中 部 圏 知 事 会 議 の 要 望 す る道 路,鉄 道,港 湾 に関 す る18項 目は 次 の とお り。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 東海北陸 自動車道の調査完了お よび部分着工 北陸 自動車道の建設促進 中央 自動車道の西宮線(小 牧 東京間)の 建設促進お よび長野線の調査促進 近畿 自動車道の名阪線(亀 山以東)の 建設促進お よび伊勢線の調査促進 関越 自動車道直江津線の調査促進 第2東 海道の調査お よび建設促進 名古屋環状2号 線の早期建設 北陸関東産業道路の調査促進 四敦道路の整備促進 高山本線の複線電化の促進 北陸本線の複線電化(越 美線の貫通を含む)の 促進 中央本線(篠 ノ井線を含む)の 複線電化の促進 関西本線(草 津線を含む)の 複線電化の促進 信越本線の複線化の促進/ 一15(15)一
前 述 の 中部 圏 の特 別 措 置法 は,さ き に 可 決 を み た 衆 院 建 設 委,衆 院 本 会 議 に続 い て,7 月20日 の 参 院 建 設 委 で 可 決,特 別 国 会 最 終 日の21日 夜 に開 か れ た参 院 本 会 議 で 可 決 ・成 立 した。 この 法 律 は 中部 圏 づ く りの 柱 とな る基 本 的 な 開 発 整 備 の 方 向 を 示 した もの で,こ れ に よ り具 体 的 な 内容 を 盛 り込 ん だ 基 本 計 画 の 作 成 が 急 ピ ッチで 進 め られ る こ と にな る。 中 部 圏 開 発 整 備 本 部 と して は,こ の3区 域 の 指 定 時 期 を基 本 計 画 の 決 定 と ほぼ 同時 期 に行 い た い意 向で あ っ た⑳。 (3)中 部 圏 基 本 計 画 の 決 定 中部 圏 基 本 計 画 決 定 へ の プ ロセ ス は,1967年12月 地 方 協 議 会 が 立 案 した 地 元 案 を も と に 中部 圏 開 発 整 備 本 部(長 官 ・保 利 茂 建 設 相)が 国 の 施 策 と して 策 定 作 業 を 進 めて いた の で あ り,中 部 圏 開 発 整 備 審 議 会 の 審 議,首 相 へ の 答 申を へ て,関 係 者 の 意 見 を 聞 いて 首 相 が 決 定 す る こ と にな って い た。 答 申 され た基 本 計 画 案 は,計 画 の 目標 年 次 を85年(昭 和60) と し,こ の 間 の 中部9県 と名 古 屋 市 の 基 本 的 な 開 発 整 備 の 計 画 を 示 して い る。 内容 は 「基 本 方 針 」 「区域 指 定 に 関す る事 項 」 「施 設 計 画 」 の3編 に分 か れ,中 部 圏 開 発 整 備 の 意 義 や 性 格,今 後 の あ り方 な どを 盛 り込 ん で い る。 具 体 的 に は,中 部 圏 開 発 整 備 法 に基 づ いて, 人 口や 産 業 の 配 置,土 地 ・水 な どの 資 源 保 全 ・開 発,都 市 の 整 備 ・開 発,そ して 交 通 関 係 で は,「 中部 圏 の太 平 洋 側,中 部 内 陸,日 本 海 側 相 互 の 交 通,通 信 体 系 は 十 分 で はな く, 道 路,鉄 道,港 湾 を 中心 とす る交 通 体 系 の 確 立,整 備 は 中部 圏 開発 整 備 の根 幹 施 策 で あ る」 と述 べ られ て い た。 政 府 は,1968年(昭 和43)6月26日 に佐 藤 栄 作 首 相 が 決 済 し,上 述 の よ うな 基 本 方 針 を \ 15中 津 川 縁 ・下 呂線(飯 田 一 下 呂問)の 建 設 促 進 16名 古 屋 港,四 日市 港 お よ び清 水 港 の 整 備 促 進 17富 山 新 港 お よび 金 沢 港 の 建 設 促 進 な らび に敦 賀 港 の 整 備 促 進 18日 本 横 断 運 河 の 調 査 促 進 昭 和42年5月 ⑳ 同 前,1967年7月21日 付,22日 付 。 富 山県知事 石川県知事 福井県知事 長野県知事 岐阜県知事 静岡県知事 愛知県知事 三重県知事 滋賀県知事 名古屋市長 吉 中 中 西 平 竹 桑 田 野 杉 田 西 川 沢 野 山 原 中 崎 戸 実 陽 一 平 太 夫 権 一・郎 三 郎 祐 太 郎 幹 根 覚 欣 一 郎 清
中 部 圏 構 想 の 断 章 と高 速 自動 車 道 の 建 設(武 知) 定 め た 中部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 を 正 式 に決 定 す る。28日 の 閣 議 に報 告 した の ち,中 部 圏 開 発 整 備 法 の 施 行2周 年 に あ た る7月1日 に公 示 され た。 基 本 計 画 は 中部 圏 開 発 整 備 の マ ス タ ー プ ラ ンにな る もの で あ り,そ して 事 業 計 画 は計 画 達 成 に必 要 な 毎 年 度 の 事 業 と して い る。 と くに 中部 圏 の 開 発 整 備 は 「日本 の 地 域 開 発 政 策 の 命 題 につ な が る」 と述 べ て い る点 が 注 目 さ れ た ㈱。 飼 同 前,以 下 の 記 述 は,1968年6月27日 付,7月1日 付 に よ る。 本 文 の 前 後 を 補 足 す る意 味 か ら,中 部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 案 の 推 移 にふ れ て お くと,第1次 案 は地 元 の 総 意 を 反 映 した 地 方 協 議 会 案 を 尊 重 して 中 部 圏 開 発 整 備 本 部 が 作 成 し,4月22日 の 第4 回 中 部 圏 開 発 整 備 審 議 会 に提 示 され た 。 この 諮 問 案 は各 省 庁 と協 議 調 整 して6月11日 の 第5回 中 部 圏 開 発 整 備 審 議 会 で 中 部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 の 第2次 案 が 審 議 され た 。 しか し,第2次 案 は中 部 圏 開 発 整 備 法 の 精 神 が 軽 視 され,地 元 の 希 望 す る重 要 事 項 も骨 抜 き に され るな ど,第1次 案 よ り大 幅 に 後 退 した もの で あ った 。 この た め 各 委 員 か ら鋭 い批 判 が 出 され た 。 審 議 会 は 約30分 休 憩 して,中 部9県 各 知 事 と国 宗 中 部 圏 開 発 整 備 本 部 次 長 らが 意 見 調 整 し,地 元 側 の 要 望 を 生 か して 基本 計 画 の方 向 を前 向 き にす る た め に協 力 す る こ とが 約 され,次 に示 す2項 目の付 帯 決 議 をつ けて 「中部 圏基 本 開 発整 備 計 画 案 は審 議 の結 果 適 当 と認 あ る」 との答 申を す る こ と にな った ので あ る。 付 帯 決 議 次 の 点 につ い て 善 処 され た い 。 1.中 部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 は,関 係 行 政 機 関 と協 議 の うえ,で き るだ けす み や か に決 定 す る こ と。 こ の場 合,中 部 圏 の発 展 方 向 お よ び交 通 施 設等 に関 す る事項 につ いて,当 審 議 会 の意 の あ る とこ ろを 十分 に配 慮 す る と と もに,今 後 に お け る建設 計 画 等 にお い て積 極 的 に盛 り込 む こ と。 2.こ の 計 画 を 実 施 す るた め に必 要 な 財 政 措 置,そ の 他 計 画 担 保 の 措 置 を 講 ず る こ と。 本 文 で 述 べ る追 加 事 項 の ほか,第1次 案 の 復 活 もみ られ た 。 基 本 計 画 の 決 定 に あ た って は,中 部 圏 開 発 整 備 本 部,同 審 議 会,同 地 方 協 議 会,民 間 の 中 部 開 発 セ ンタ ー な どの 相 互 協 力 に よ る と こ ろが 大 きか った 。 第5回 中 部 圏 開 発 整 備 審 議 会 に は斉 藤 中 部 開 発 セ ン ター 専 務 理 事,栗 田 名 商 議 専 務 理 事,伊 藤 懇 話 会 常 任 理 事 らが"中 部 圏 づ く り"の 効 果 的 推 進 を め ざ して 側 面 的 に 協 力 し た こ とを 伝 え て い る(以 上,前 掲 第1次 案,第4集,65∼83頁 に よ る)。 上 記 の 中 に は,貴 重 な 「中 部 圏 基 本 開 発 整 備 計 画 の 第1次 案 と決 定 計 画 との 重 要 な 相 違 につ い て 一 基 本 計 画 は昭 和43年7月1日 公 示 一 」 の 表 が 含 まれ る(65∼72頁)。 第5回 審 議 会 に土 川 元 夫 委 員(名 古 屋 商 工 会 議 所 会 頭 ・中 部 開 発 セ ン ター 会 長)は,や む を え ぬ 事 情 で 台 湾 へ 行 き欠 席 され た が,発 言 要 旨を 徳 川 会 長 に託 し,各 委 員 に配 付 され た 。 元 川 委 員 は条 件 つ き で賛 意 を 表 す。 「根 幹 事 業 は最 優 先 せ よ一 東 海 北 陸 自動 車 道,北 回 り新 幹 線 な ど一 」 「地 元 意 思 の 尊 重 を 」 と箇 条 書 きに 要 望 意 見 を 述 べ て い る。 「最 後 に,こ の た び の 政 府 案 に 対 して は関 係 各 位 の ご協 力 を 謝 しつ つ 賛 成 す る と同 時 に,6月 中 に 閣 議 決 定 を 期 待 し,今 後 の 実 施 方 に つ い て も一・層 の 具 体 的 協 力 を 切 望 します 」 と結 ん で い る(82∼83頁)。 な お,中 部 開 発 セ ン ター の 機 関 誌4号(1967年10月)に は,第1次 提 案 に基 づ く各 地 域 にお け る懇 談 会 お よ び 中 部 開 発 セ ンタ ー 専 門 分 科 会 幹 事 と地 方 協 議 会 との 懇 談 会 の 要 約 が 載 っ て い る (20∼23,24∼29頁)。5号(1968年1月)に は67年10月 に民 間 の 自 由 な 立 場 か ら 中部 開 発 セ ン ター が 「中 部 圏 開 発 整 備 に関 す る提 案 」 と して 発 表 して い るが,こ の 調 査 研 究 に 参 画 され た 学 識 経 験 者18人 の貴 重 な感 想 が 紹 介 され て い る(2∼13頁)。 学 ぶ べ き点 が 多 々 あ る とい え よ う。 後 述 す るが,機 関 誌 の 名 称 は数 回 変 更 して い る。 以 下 で も,号 数 の み を 示 す 場 合 が あ る。 この 基 本 計 画 の 策 定 につ い て は,足 立 省 三 ・中 日新 聞 社 編 集 局,都 市 問 題 ・地 域 開 発 担 当 の 次 の コ メ ン ト(「新 しい 指 導 性 を 築 け」 の 冒 頭 部 分)が あ る。 北 陸 へ 調 査 に行 った とき,あ る 県 の 企画 担 当 者 が こん な話 を した。 「中部 圏 の基 本 計 画(四 十 三 年 策 定)に はか な り期 待 して いた の で す が,結 果 は各 県 の 計 画 を も ち寄 って 並 べ た にす ぎ ませ/ 一17(17)一