●トンジョンという呼び名
韓国ではコインのことを指すと
き、改まった形としてはチュファ
(鋳貨)
、より砕けた形ではチャン
ド
ン(
小
銭
)、
あ
る
い
は
ト
ン
ジ
ョ
ンと呼ぶ。チャンドンがどちらか
というとその通用価値に注目して
いるに比べ、トンジョンは通貨の
形態に注目した語感があり、日本
語で通常用いられる「コイン」の
語に近い。このトンジョンとは漢
字では「銅銭」である。銅以外の
素材のコインもすべて韓国語では
トンジョンと総称される。
この「銅銭」の語は李朝時代の
幣
制
に
さ
か
の
ぼ
る。
当
時
東
ア
ジ
ア
で
は、
中
国
秦
朝
以
来
の
方
孔
銭(
円
形
角
孔
の
銅
貨
)
が
使
わ
れ
ていた。中国では五銖銭や開元通
宝、永楽通宝などが有名で、日本
では銭形平次が投げる寛永通宝が
有名であるが、韓国で知名度ダン
トツの方孔銭は一六三三年以来二
七〇年余の長きにわたり使用され
た
葉
銭、
つ
ま
り
常
平
通
宝
で
あ
る
(写真)
。韓国で銅銭とは元来この
銭のことを指したが、現在では転
じて金属通貨全般のことを指すよ
うになっているというわけだ。
●
李朝期の本位通貨だった銅
銭
日本でも過去のコインに関する
事柄が現代語のなかにいくつか痕
跡
と
し
て
残
さ
れ
て
い
る。
「
猫
に
小
判」だとか「三文判」などがそれ
だ。しかし、韓国ではコインその
ものの名称として使われている。
それほどまでにかつての朝鮮では
銅銭の影響力は大きかった。一九
世紀末から二〇世紀初頭の開港期
になっても、日常取引から家畜・
不動産取引、納税などあらゆる取
引の支払いは銅銭現物によること
を原則としていた。公私一切の取
引に無制限に通用する銅銭はまさ
に本位通貨と呼ぶにふさわしかっ
た。一方で、こうした状況に驚く
外国人の記録も残されている。一
八九四年冬に当時の朝鮮を旅行し
た
イ
ギ
リ
ス
人
女
流
作
家
の
イ
ザ
ベ
ラ・バードが内陸部への旅行に際
し、日本円で一〇〇円相当の銅銭
を運搬するのに男六人もしくは馬
一頭が必要で、あまりの物量の多
さにこれらの銅銭を旅行に使う船
の
バ
ラ
ス
ト
と
し
て
活
用
し
た
ほ
ど
だったという。
●日本が完成させた近代幣制
開港期の朝鮮・旧韓国(大韓帝
国)では、通貨流通を巡る状況は
混乱を極めていた。開港場周辺で
は円などの外国通貨が通用したほ
か、首都漢城(ソウル)を中心と
する西部地域一帯には一八九二年
に製造が開始された西洋式の白銅
貨が流通し、一七世紀より製造さ
れてきた銅銭も依然全土で流通し
ていた。一八九八年、突如当時の
韓国政府が額面の二割程度の費用
で製造できる白銅貨を本位銀貨に
代えて乱発したうえ、統治の緩み
に乗じた粗悪な私鋳貨の横行が目
に余る状況となり、白銅貨の価値
は下落の一途をたどった。また、
銅銭は素材価値が比較的高く全土
で通用したが、東洋の方孔銭の常
で銅品位や量目にばらつきが大き
く、また、上述のように流通に大
きな不便をともなった。
こうした混乱した通貨流通の状
況に終止符を打ったのが、第一次
日韓協約に沿って断行された一九
〇五年の貨幣整理事業であった。
韓国側の造幣局(典圜局)閉鎖、
日本のコインの無制限流通、それ
と同一規格の韓国コインの大阪造
幣局への発注などを内容とし、植
民
地
幣
制
構
築
へ
の
布
石
と
も
い
え
た。一方、それまで通貨流通の障
害要因となってきた白銅貨と銅銭
の回収が同年から四年間にわたっ
て続けられた。こうして近代的な
李氏朝鮮の銅銭「常平通宝」
発行開始 1633 年、通用停
止 1904 年
(韓国貨幣博物館 HP)
特 集
途上国とコイン
韓
国
の
コ
イ
ン
―
長
い
歴
史
の
な
か
の
新
参
者
―
奥
田
聡
8
アジ研ワールド・トレンド No.215 (2013. 8)
※ 1972 年製造の完全未使用品のこと。
西洋式コインが韓国全域に行きわ
たるようになった。一九一〇年の
日韓併合にともない、コインにつ
いては日本本土のものが持ち込ま
れそのまま流通するに至った。し
かし、回収が終わったはずの前述
の銅銭「常平通宝」は、大正末期
になっても民衆の間で相対通用が
なされていたという(朝鮮総督府
元
財
務
局
長・
水
田
直
昌
氏
の
証
言
)。
近
代
的
コ
イ
ン
が
行
き
わ
た
っ
たはずの日本統治期にも旧銅銭が
根強い人気を持ち、旧銅銭を「お
宝」と考える記憶が大韓民国建国
以後にも民衆の間に保持されてい
たことは想像に難くない。
●
イ
ン
フ
レ
高
進
を
警
戒
し
た
幣
制
構
築
と「
重
た
い
ポ
ケ
ッ
ト」の不評
一九四五年の解放後、インフレ
に悩まされ続けた韓国ではコイン
不在の時代が続いた。一九六二年
に朴正煕が始めた経済開発政策は
その後の韓国経済の進路を決定づ
ける意義深いものであったが、供
給力不足による途上国型インフレ
はなおも続いた。本格的なコイン
発行は一九六六年になってようや
く開始された(黄銅製一、五、一
〇
ウ
ォ
ン
の
三
種
)。
こ
の
う
ち、
同
年銘の一〇ウォン貨は現在流通市
場で見出だせる最古参のものだ。
その後のコイン発行においては、
サイズや量目などを当初発行時の
まま極力維持されている。歴代政
権は紙幣を含む通貨の形状縮小が
当局によるインフレ追認の意味に
取られ、それがさらにインフレ心
理を刺激することを恐れた節があ
る。特に、朴正煕政権および後続
の軍事政権は開発独裁的色彩が強
く、その正統性は経済発展政策の
成功に負うところが大きかった。
インフレの放置、つまり経済発展
政策の失敗を想起させるような措
置は取り難く、コインの形状変更
は敬遠されてきたようだ。この間
のコインにまつわる措置等は専ら
銘価
一〇
ウォン以下の小額貨に関
するものに限られる。
現在の韓国で、流通市場で常見
するコインは五〇〇、一〇〇、五
〇、一〇ウォンの四種類で、五〇
〇、一〇〇、五〇ウォン貨はそれ
ぞれ一九八二、七〇、七二年に発
行
が
開
始
さ
れ
た。
一
〇
〇、
五
〇
ウォン貨について途中にマイナー
な図案修正が行われたことを除く
と、形状、量目などは現在まで不
変である。一〇〇ウォン貨の発行
が開始された一九七〇年から二〇
一二年までの四二年間で物価は約
二〇倍上昇したが、コインは同じ
ものを使っている。インフレを生
き抜いてきたコインたちも、気の
毒
な
こ
と
に
「
ポ
ケ
ッ
ト
が
重
く
な
る
」
「
財
布
が
膨
ら
ん
で
し
ま
う
」
な
ど
と
意外に不評だ。
●
クレジットカードの普及と
コイン退蔵の加速
一
九
九
七
/
九
八
年
の
ア
ジ
ア
通
貨
危
機
の
時
に
は
大
量
の
失
業
者
が
発
生
し
、
多
くの
家
計
が
危
機
に
瀕
し
た
。
こ
う
し
た
と
き
に
は
普
段
は
退
蔵
さ
れ
て
い
る
コ
イ
ン
も
家
計
の
一
助
と
な
っ
て
日
の
目
を
み
る
こ
と
が
多
い
。
ア
ジ
ア
通
貨
危
機
の
余 よ
燼 じん
の
さ
め
や
ら
ぬ
時
期
に
赴
任
し
た
筆
者
も
、
五
〇
ウ
ォ
ン
貨
最
古
参
の
一
九
七
二
年
銘
完
未
品
※
な
ど
の
お
宝
を
多
数
流
通
中
か
ら
拾
い
上
げ
て
いる
。
し
か
し
、
そ
の
後
の
順
調
な
経
済
成
長
で
家
計
の
状
況
が
一
服
す
る
と
、
コ
イ
ン
は
そ
の
取
扱い
の
面
倒
さ
や
使
い
で
の
な
さか
ら
退
蔵
さ
れる
よ
う
に
な
る
。
コ
イ
ン
退
蔵
に
拍
車
を
か
け
た
の
が
ク
レ
ジ
ッ
ト
カ
ー
ド
や
交
通
カ
ー
ド
の
普
及
、
そ
し
て
公
衆
電
話
の
衰
退
と対
に
な
る
携
帯
電
話
の普
及
で
あ
る
。
ス
ー
パ
ー
な
ど
の
買
い
物
の
現
場
で
は
ク
レ
ジ
ッ
ト
カ
ー
ド
の
利
用
が
相
当
普
及
し
て
き
た
が
、
現
金
も
ま
だ
多
く
使
わ
れ
て
い
る
。し
か
し
、
客
が
払
う
現
金
は
ほ
と
んど
の
場
合
紙
幣
の
み
で
、
端
数
ま
で
コ
イ
ン
を
併
用
し
て
き
っ
ち
り
払
う
人
は
多
く
な
い
。
スー
パ
ー
は
依
然
と
し
て
コ
イン
の
大
き
な
需
要
先
だ
が
、
客
が
受
け
取
っ
た
コ
イ
ン
は
そ
の
先
の
行
き
場
を
失
っ
た
の
だ
。
コ
イン
の
退
蔵
に
最
も
頭
を
痛
め
て
い
る
の
は
韓
国
銀
行
だ
。
造
幣
費
用
削
減
の
た
め
同
行
は
二
〇
〇
八
年
か
ら
毎
年
五
月
に
「
汎
国
民
コ
イ
ン
交
換
運
動
」
な
る
も
の
を
展
開
す
る
な
ど
、
退
蔵
さ
れ
た
コ
イ
ン
の
回
収
に
躍
起
に
な
っ
て
い
る
。
二
〇
一
二
年
の
同
運
動
の
回
収
成
果
は
約
四
〇〇
億
ウ
ォ
ン
。
筆
者の
一
九
九
〇
年
代
中
盤
に
お
け
る
推
計
で
は
、
発
行
残
高
の
う
ち
日
常
取
引
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活
発
に
動
い
て
い
る
部
分
(
活
動
残
高
)
に
対
す
る
退
蔵
率
は
年
約
五
%
で
、
こ
れに
よ
れ
ば
韓
国
の
年
間
コ
イ
ン
退
蔵
額
は
約
五
〇
〇
億
ウ
ォ
ン
程
度
。
つ
ま
り
、
同
運
動
に
よ
り
年
間
退
蔵
額
に
匹
敵
す
る
額
が
日
の
目
を
み
た
こ
と
に
な
る
。
で
も
、
一
般
の
韓
国
人
に
と
っ
て
韓
国
銀
行
と
い
う
の
は
雲
の
上
の
存
在
で
、そ
こ
か
ら
の
一
声
で
こ
れ
だ
け
の
量
が
集
ま
る
と
い
う
こ
と
は
お
そ
ら
く
か
つ
て
の
退
蔵
率
を
上回
る
ペ
ー
ス
で
蓄
積
さ
れ
た
膨
大
な
退
蔵
ス
ト
ッ
ク
が
背
後
に
存
在
し
て
い
る
と
い
う
気
が
し
て
い
る
。
現
地
に
赴
い
た
ら
今
度
は
改
め
て
退
蔵
率
推
計
を
し
て
み
た
い
。
そ
の
日
を
楽
し
み
に
し
て
い
る
。
(
お
く
だ
さ
と
る
/
細
亜
大
学
ア
ジ
ア
研究所教授)
韓国のコイン
―長い歴史のなかの新参者―
9
アジ研ワールド・トレンド No.215 (2013. 8)