印 度 學 佛 教 學 研 究 第 五 十 五 巻 第 一 号 平 成 十 八 年 十 二 月
僧
肇
﹃物
不
遷
論
﹄
の
一
解
釈
︱
﹃
般
若
無
知
論
﹄
、
﹃
不
真
空
論
﹄
の
思
想
に
基
づ
い
て
︱
小
椋
章
浩
序 僧 肇 (三 八 四 、 一 説 に 三 七 四︱ 四 一 四 ) の 思 想 に 対 す る 既 存 の 解 釈 と し て は 、 大 き く 分 け て 、一 格 義 仏 教 を 克 服 し て イ ン ド に お け る 般 若 思 想 を 正 し く 理 解 し た と す る 説 と 、二 全 一 的 不 変 的 本 体 を 認 め る 中 国 的 体 用 思 想 の 一 種 と す る 説 が あ る 。 し か し 、 こ れ ら は 果 た し て 一 哲 学 者 と し て の 僧 肇 の 思 想 の 真 意 を 捉 え て い る で あ ろ う か 。 解 釈 の 拠 り 所 と し た 思 想︱ 中 観 、 体 用︱ を も っ て そ の 思 想 と し て し ま っ て い る の で は な い か 。 彼 の 思 想 の 真 意 を つ か む に は 、 そ の テ キ ス ト に 書 か れ て い る 論 述 に 即 し た 解 釈 が 必 要 で あ る と 思 わ れ る 。 ま た 、 こ の よ う に 真 意 を 捉 え て い な い こ と に よ っ て 、 特 に ﹃物 不 遷 論 ﹄ (以 下 ﹃ 物 論 ﹄ ) の 理 解 が 難 し い も の と な っ て い る 。 彼 の 哲 学 体 系 の 中 で の 的 確 な 位 置 付 け が で き ず 、 評 価 が 定 ま ら な い の で あ る 。 例 え ば 、 梶 山 雄 一 や 服 部 正 明 は 以 前 に 、 中 観 の 立 場 か ら こ の 論 書 を 否 定 的 に 論 じ た が 、(1) 近 年 、 三 桐 慈 海 は こ れ を 人 間 の 業 の 輪 廻 を 述 べ た も の と み な し 、(2) ま た 王 頌 は こ れ を 不 変 の 体 を 模 索 し た も の と 論 じ て い る 。(3) し か し こ れ ら の 説 も や は り い ず れ も あ る 特 定 の 立 場 か ら の 解 釈 で あ り 、 僧 肇 の 哲 学 体 系 に 即 し そ の 真 意 を 捉 え た 解 釈 と は 言 え な い よ う に 思 わ れ る 。 本 稿 は 、 ま ず 彼 の ﹃ 般 若 無 知 論 ﹄ ( 以 下 ﹃般 若 論 ﹄ ) と ﹃不 真 空 論 ﹄ (以 下 ﹃空 論 ﹄ ) の 論 述 を 読 み 解 く こ と に よ っ て テ キ ス ト に 即 し た 僧 肇 の 哲 学 体 系 を 把 握 し 、 次 に そ の 体 系 の 中 に 位 置 付 け ら れ る も の と し て ﹃ 物 論 ﹄ を 解 釈 し よ う と 試 み る も の で あ る 。 ﹃ 般 若 無 知 論 ﹄ の 思 想(4) ﹃ 高 僧 伝 ﹄ 釈 僧 肇 伝 に よ れ ば 、 ﹃ 般 若 論 ﹄ は 羅 什 に よ る ﹃ 大 品 般 若 経 ﹄ 訳 出 (四 〇 四 ) 補 助 の 後 す ぐ に 書 か れ 、 ﹃ 空 論 ﹄ ﹃ 物 論 ﹄ よ り も 早 い (大 正 五 〇 ・ 三 六 五 上︱ 中 ) 。 従 っ て 、 こ の 論 に は ﹃ 大 品 ﹄ を 学 ん だ 上 で の 僧 肇 の 般 若 理 解 が 示 さ れ て お り 、-82-ま た 、 こ こ に 描 か れ て い る よ う な 般 若 理 解 を 基 盤 と し て ﹃空 論 ﹄ ﹃ 物 論 ﹄ は 執 筆 さ れ た で あ ろ う と 考 え ら れ る 。 で は 、 彼 の 般 若 理 解 と は ど の よ う な も の だ っ た の で あ ろ う か 。 こ の 論 書 の 中 心 主 題 は 般 若 経 典 に 書 か れ て い る ﹁般 若 ﹂ で あ る 。 彼 は ま ず 、 こ れ は ﹁智 照 之 用 ﹂ を 述 べ た も の で あ る に も 拘 ら ず 、 そ れ を ﹁無 知 ﹂ ﹁無 相 ﹂ と 言 っ て い る の は な ぜ な の か 、 と 自 問 し 、 次 の よ う に 説 示 す る 。 や は り ﹁無 相 之 知 ﹂ ﹁不 知 之 照 ﹂ が 有 る こ と は 明 ら か で あ る 、 す な わ ち 、 聖 心 (般 若 の 智 を 得 た 心 ) は ﹁無 知 ﹂ (知 が 無 い ) で あ る が 故 に ﹁無 所 不 知 ﹂ (知 ら れ な い も の が 無 い ) で あ り 、 不 知 之 知 、 乃 日 一 切 知 。 (大 正 四 五 ・ 一 五 三 上 ) ﹁不 知 之 知 ﹂ を こ そ ﹁ 一 切 知 ﹂ と 言 う の だ 、 と 矛 盾 的 表 現 を 用 い て 自 答 す る 。 こ れ は ど う い う 意 味 か 。 僧 肇 は 、 般 若 の 智 恵 を ﹁聖 智 ﹂ と 呼 び 、 通 常 の 人 間 の 知 の あ り 方 で あ る ﹁惑 智 ﹂ と 区 別 す る 。 ま ず 惑 智 と は 、 い わ ゆ る 分 別 知 、 概 念 知 で あ る 。 惑 智 に よ る 知 の 説 明 と し て 僧 肇 は 、 ﹁所 知 ﹂ を 知 っ て ﹁相 ﹂ を 把 捉 す る 、 と 言 う 。 こ こ で ﹁ 所 知 ﹂ と は 知 の 対 象 の こ と で あ り 、 ﹁相 ﹂ と は そ の 様 相 の こ と で あ ろ う 。 す な わ ち 、 惑 智 に お い て は 、 概 念 化 に よ っ て 知 の 対 象 の 相 を 把 捉 す る と み な さ れ て い た の で あ る 。 そ れ に 対 し て 聖 智 (般 若 ) に お い て は 、 そ の あ り 方 が 二 つ の 側 面 に よ っ て 語 ら れ る 。 ま ず 一 つ は ﹁無 知 ﹂ ﹁不 知 之 知 ﹂ の 側 面 で あ る 。 般 若 の 認 識 対 象 を 僧 肇 は ﹁真 諦 ﹂ と 呼 ぶ が 、 こ れ に は 相 が 無 く 、 従 っ て 聖 智 に お い て は 、 惑 智 に お け る よ う な 概 念 化 に よ る 相 の 把 捉 が 全 く 無 い 、 と い う あ り 方 が こ れ で あ る 。 い ま 一 つ は ﹁ 一 切 知 ﹂ の 側 面 で あ る 。 こ れ は 、 鏡 に 事 物 が あ り の ま ま に 映 る と い う 比 喩 で 語 ら れ る よ う な 、 心 に 事 物 が あ り の ま ま に 顕 示 す る 一 種 の 直 観 知 の あ り 方 を 指 す 。 僧 肇 は 、 前 者︱ 概 念 知 の 無 い 般 若 の あ り 方︱ を ﹁寂 ﹂ 、 後 者︱ 直 観 知 に よ っ て 一 切 を 知 る 般 若 の あ り 方︱ を ﹁用 ﹂ と 名 付 け る 。 従 っ て 彼 の 言 う ﹁寂 ﹂ ﹁用 ﹂ は 、 (形 而 上 学 的 ) 本 体 論 に よ っ て 理 解 さ れ る よ う な 、 い わ ゆ る ﹁体 用 ﹂ の 概 念 と は 全 く 異 な る も の で あ る と 言 え る で あ ろ う 。 そ し て 彼 は 、 ﹁用 寂 体 一 ﹂ (大 正 四 五 ・ 一 五 四 下 ) と 述 べ 、 共 に 般 若 の あ り 方 で あ り 両 者 は 一 体 で あ る 、 と 結 論 付 け る の で あ る 。 な お 、 こ の ﹃ 般 若 論 ﹄ の 中 で 、 ﹁外 有 万 法 之 実 ﹂ (大 正 四 五 ・ 一 五 四 下 ) と あ る よ う に 、 僧 肇 が 事 物 の 外 在 を 認 め て い る こ と に は 注 意 を 要 す る 。 ﹃ 不 真 空 論 ﹄ の 思 想(5) 次 に 、 こ の よ う な ﹃般 若 論 ﹄ の 思 想 に 基 づ い て ﹃ 空 論 ﹄ を 解 釈 す る と ど の よ う に な る か 、 述 べ て み た い 。 僧 肇 ﹃ 物 不 遷 論 ﹄ の 一 解 釈 (小 椋 )
僧 肇 ﹃ 物 不 遷 論 ﹄ の 三 解 釈 (小 椋 ) ﹃ 般 若 論 ﹄ と 同 様 に こ こ で も 僧 肇 は 事 物 の 存 在 を 認 め る 。 般 若 の 認 識 対 象 で あ る 真 諦 は ﹁物 ﹂ に 即 し て 逆 ら わ ず 、 物 は 有 で も 無 で も あ り 、 よ っ て ﹁非 有 ﹂ で も あ り ﹁非 無 ﹂ で も あ る 、 と す る (大 正 四 五 ・ 一 五 二 中 ) 。 こ れ は す な わ ち 、 ﹃ 般 若 論 ﹄ に お い て 論 じ ら れ た よ う に 般 若 は 二 側 面︱ 用 と 寂︱ に よ っ て 物 を 捉 え る が 、 物 も ま た こ れ に 準 じ て 非 無 と 非 有 の 二 側 面 を 持 つ 、 と い う 意 味 と 解 釈 し 得 る で あ ろ う 。 言 い 換 え れ ば 、 万 物 は 確 か に 存 在 し 、 そ れ は 般 若 に お い て は 、 用 の あ り 方 と し て は 直 観 に よ っ て 捉 え ら れ る が 寂 の あ り 方 と し て は 無 相 の 真 諦 で あ る 、 と い う こ と で あ る 。 そ し て 物 の 非 有 非 無 を 論 じ た 後 、 僧 肇 は 、 有 と い っ て も ﹁非 真 生 ﹂ で あ り ﹁非 実 有 ﹂ で あ る 、 無 と い っ て も ﹁事 象 ﹂ は 現 れ ﹁不 即 無 ﹂ で あ る 、 と し 、 よ っ て ﹁不 真 空 ﹂ の 義 は 明 ら か で あ る 、 と 結 論 付 け て い る (大 正 四 五 ・ 一 五 二 下 ) 。 要 す る に 、 概 念 知 の 無 い 無 相 の 面 と 直 観 知 に よ り 現 象 し て い る 面 を 万 物 は 併 せ 持 つ 、 す な わ ち 非 有 非 無 、 と い う あ り 方 が 不 真 空 の 意 味 で あ る 、 と 彼 は 論 じ て い る の で あ る 。 ﹃ 物 不 遷 論 ﹄ 以 上 の 二 論 の 考 察 か ら 分 か る よ う に 、 僧 肇 は 事 物 の 外 在 を 認 め て お り 、 そ れ を ﹁物 ﹂ と 呼 ぶ 。 す る と ﹃ 物 論 ﹄ は 、 二 論 で 述 べ ら れ た よ う な 用 寂 と い う 般 若 の 二 側 面 に よ っ て 捉 え ら れ た 非 有 非 無 、 す な わ ち 不 真 空 で あ る 外 在 す る 物 が 、 実 は ど の よ う な あ り 方 を し て い る か を 論 じ た も の 、 と 考 え ら れ 得 る で あ ろ う 。 で は そ れ は ど の よ う な あ り 方 か 。 以 昔 物 不 至 今 、 故 日 静 而 非 動 。 (大 正 四 五 ・ 一 五 一 上 ) 昔 物 自 在 昔 、 不 従 今 以 至 昔 。 今 物 自 在 今 、 不 従 昔 以 至 今 。 (同 ・ 一 五 一 中 ) 因 因 而 果 、 因 不 昔 滅 。 果 不 倶 因 、 因 不 来 今 。 不 滅 不 来 、 則 不 遷 之 致 明 矣 。 (同 ・ 一 五 三 下 ) な ど の 論 述 に よ っ て 明 ら か な よ う に 、 端 的 に 言 っ て こ の 論 の 主 旨 は 、 "物 は 時 間 軸 を 移 動 し な い " と い う に 尽 き る 。 過 去 の 物 は そ の ま ま 過 去 に 止 ま り 動 か な い 。 現 在 の 物 が 過 去 へ 動 く こ と も な く 、 ま た 過 去 の 物 が 現 在 へ 動 く こ と も な い 。 ﹁因 ﹂ に よ っ て ﹁果 ﹂ は あ る の で あ る が 、 因 は 過 去 に て 滅 せ ず 、 果 は 現 在 に 因 を 伴 っ て は こ な い 。 過 去 に て 滅 せ ず 現 在 に 至 ら な い と い う こ と で あ れ ば 、 ﹁不 遷 ﹂ の 意 味 は 明 ら か で あ る 。 こ の よ う に 僧 肇 は 主 張 す る 。 要 す る に 物 は 時 間 軸 を 移 動 し な い 。 し か し 、 傷 夫 、 人 情 之 惑 也 久 矣 。 目 対 真 而 莫 覚 。 既 知 往 物 而 不 来 、 而 謂 今 物 而 可 往 。 往 物 既 不 来 、 今 物 何 所 往 。 (大 正 四 五 ・ 一 五 一 上︱ 中 ) 惑 者 は 移 動 す る と 考 え る 。 こ れ は ﹃ 般 若 論 ﹄ で 言 え ば 惑 智 で あ ろ う 。 そ れ に 対 し て 物 不 遷 の あ り 方 は 、 聖 智 に よ っ て 捉 え ら れ る も の 、 と 言 え る の で は な い か 。 聖 智 の 寂 の あ り 方 と し
-84-て 概 念 知 に よ る 物 の 移 動 が 否 定 さ れ 、 用 の あ り 方 と し て 直 観 知 に よ る 物 不 遷 が 肯 定 さ れ て い る 、 と 考 え ら れ る の で あ る 。 で は 、 こ の よ う な 僧 肇 の 特 異 な 思 想 は ど こ か ら 生 ま れ た も の で あ ろ う か 。 こ れ に つ い て は 実 証 が 難 し く 、 未 だ 仮 説 の 域 を 出 な い の で あ る が 、 最 後 に そ れ を 述 べ て お き た い 。 こ の 思 想 は 一 見 し て ア ビ ダ ル マ 、 特 に 有 部 の 三 世 実 有 説 と の 類 似 を 指 摘 で き る で あ ろ う 。 三 世 実 有 説 に お い て は 、 時 間 を 過 未 現 の 三 様 態 と し て 捉 え 、 法 は 現 在 世 に お い て 刹 那 生 刹 那 滅 で あ る が 、 こ れ を 時 系 列 的 に 見 れ ば 当 に 不 遷 で あ る 。 ﹃ 答 劉 遺 民 書 ﹄ に お い て 僧 肇 は 当 時 の 長 安 仏 教 界 の 様 子 を 報 告 す る 中 で 、 毘 婆 沙 法 師 、 於 石 羊 寺 、 出 舎 利 弗 阿 毘 曇 胡 本 。 雖 未 及 訳 、 時 問 中 事 、 発 言 新 奇 。 (大 正 四 五 ・ 一 五 五 下 ) と 、 ア ビ ダ ル マ 論 師 (曇 摩 耶 舎 と 曇 摩 掘 多 と い わ れ る ) に 教 え を 受 け 、 興 味 を 持 っ た 旨 、 記 し て い る 。 ﹃ 舎 利 弗 阿 毘 曇 論 ﹄ は 有 部 の 論 書 で は な い と 思 わ れ る が 、 論 師 た ち か ら 何 ら か の 類 似 の 思 想 を 伝 授 さ れ た 可 能 性 は 充 分 に あ る 。 ま た 、 彼 は ﹃ 長 阿 含 経 序 ﹄ も 著 し て い る 。 当 時 は 阿 含 経 典 や ア ビ ダ ル マ 論 書 は 訳 出 途 上 に あ り 、 ア ビ ダ ル マ の 思 想 は 彼 の 目 か ら は 般 若 思 想 よ り も む し ろ 新 鮮 に 写 っ た の で は な か ろ う か 。 自 己 の 哲 学 体 系 の 中 に こ の 新 鮮 な 思 想 を 組 み 込 も う と し た 、 そ の 成 果 が ﹃ 物 論 ﹄ で あ っ た の で は な い か 、 と 考 え ら れ る の で あ る 。 1 塚 本 善 隆 編 ﹃ 肇 論 研 究 ﹄ (法 蔵 館 、 一 九 五 五 ) 二 一 六 ︱ 一 二 九 、 一 一 三 一 ︱ 二 三 七 頁 2 三 桐 慈 海 ﹁物 不 遷 論 に 対 す る 一 見 解 ﹂ (﹃ 印 度 学 仏 教 学 研 究 ﹄ 四 六︱ 二 、 一 九 九 八 ) 3 王 頌 ﹁僧 肇 撰 ﹁物 不 遷 論 ﹂ の 意 義 と 浄 源 の 理 解 の 特 質 ﹂ (﹃ 南 都 仏 教 ﹄ 八 二 、 二 〇 〇 二 ) 4 以 下 の ﹃般 若 論 ﹄ の 解 釈 に つ い て は 、 拙 稿 ﹁僧 肇 ﹃ 般 若 無 知 論 ﹄ の 一 考 察︱ ﹁用 ﹂ ﹁寂 ﹂ と は 何 か 、 及 び そ れ ら と ﹁体 用 ﹂ と の 関 係 に つ い て︱ ﹂ ( ﹃ 関 西 大 学 哲 学 ﹄ 二 五 、 二 〇 〇 五 ) 参 照 。 5 以 下 の ﹃ 空 論 ﹄ の 解 釈 に つ い て は 、 拙 稿 ﹁僧 肇 ﹃ 不 真 空 論 ﹄ に み ら れ る 中 国 的 思 惟 ﹂ (﹃ 比 較 思 想 研 究 ﹄ 三 二 、 二 〇 〇 六 ) 参 照 。 <キ ー ワ ー ド > 僧 肇 、 物 不 遷 論 、 般 若 無 知 論 、 不 真 空 論 、 物 (関 西 大 学 大 学 院 ) 僧 肇 ﹃ 物 不 遷 論 ﹄ の 一 解 釈 (小 椋 )
(162) Abstracts
had been originally one volume, and it became the present two volumes su-tra. It is certain that the Benevolent Kings Sutra was finally compiled in China. However, not all the thought of the Benevolent Kings Sutra can be assumed to be of Chinese origin.
16. On Sengzhao's the Wu buqian lun: An interpretation based on the Boruo wuzhi lun and the Buzhen gong lun
OGURA Akihiro
There are two principal views in the interpretations of Sengzhao(僧 肇384
or 374-414):one is that he correctly understood the thought of prajna in
In-dia;the other is that his thought was one of the logic of tiyong(体 用)in
Chi-na. But they fail to grasp his meaning, so that it is difficult for us to interpret
his wu bugian lun(物 不 遷 論). This paper aims to re-examine the system of
his thought in his two works and to advance a new interpretation of the Wu
bugian lun by positioning it in this system.
In the Boruo wuzhi lun(般 若 無 知 論)he regarded the state of boruo(般 若
prajna)as two-aspects of one body;that is, the state ofji(寂)-there is no
conceptional knowing-and that ofyong・(用)-everything is known by
intu-itional knowing-. In the bu zhengong lun(不 真 空 論), in my opinion, things
caught byji were called 'not being(非 有)'and those by yong were called rnot
nothing(非 無).'Thus he took the true meaning of gong(空sunya)as that