Komazawa University 駒 澤 大 學 佛 敢 學 部 論 集 第 十 七 號 昭 和 六 十 一 年 十 月
在
外
研究
報 告ア
メ
リ
カ
仏
教
学
管
見
吉
津
三 七 六宜
英
Kom 三1z三1w三1 Umversrty ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 学 宗 教 学 部 昭 和 六 十 年 度 駒 沢 大 学 在 外 研 究 員 と し て ア メ リ カ 合 衆 国 ヴ ( 1 ) ア ー ジ ニ ア 州 シ ャ ー ロ ッ ツ ビ ル に あ る ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 に 約 十 一 ケ 刀 滞 在 し 、 そ の 間 ア メ リ カ の 仏 教 研 究 に つ い て 若 干 の 見 聞 を得
た の で 、 報告
さ せ て い た だ き た い 。 シ ャ ー ロ ッ ツ ビ ル は首
都
ワ シ ン ト ン か ら 百 七 十 キ 卩 、 州 都 リ ッ チ モ ン ド か ら 百 十 キ ロ の 所 に 位 置 す る 人 口 六 万 人 ぐ ら い の 小 さ な 町 で あ る 。 大学
の 創 設 者 で あ る ア メ リ カ 第 三 代 大 統領
ト ー マ ス ・ ジ ェ フ ァ ー ソ ン の 生 家 に 近 い 、 こ の 地 が 選 ば れ 、 一 八 一 九 年 に 大 学 が 設 立 さ れ た 。学
生数
は 約 一 万 五 千 、 教 員 数 約 千 五 百 名 を 有 す る 州 立 大 学 で あ る 。 図 書 の 収 蔵 量 は 全 米 の 中 で 二 十 五 位 に ラ ン ク さ れ て い る 。 大 学 に は 医 、 法 、 工 、 教 育 、 経 営 、 建 築 、 ( 2 ) 看護
、商
、 そ し て 文 理 の 九 つ の ス ク ー ル も し く は カ レ ッ ジ が 設 け ら れ 、 さ ら に 最 後 の 文 理 学 校 の 中 に ア メ リ カ 黒 人 お よ び ( 3 ) ア フ リ カ 研 究 学 部 か ら ス ペ イ ン 語学
部 に 至 る 三 十 四 の 学 部 が 所 属 す る 。 私 が 御 世 話 に な っ た 宗 教 学 部 も そ の 中 に 位 置 す る 。 宗 教 学 部 に は 名 簿 上 で は 八 名 の 正 教 授 、 六 名 の 準 教授
、 七 ( 4 ) 名 の 助 教 授 、 そ し て 四 名 の 講 師 が 登 載 さ れ て い る 。 そ れ ら の 教 授 た ち を 分 野 別 に 配 列 し て み る と 、 次 の よ う に な る 。 た だ し 、 名 簿 上 の 全 員 を つ く し て い な い こ と を 御 了 解 い た だ き た い 。 宗 教 と 文 学 ス コ ッ ト 正 教 授 、 ブ シ ャ ー ド 助 教 授 キ リ ス ト 教 史 ウ ィ ル ケ ン 正 教 授 、 エ ー ル 助 教 授 ( 5 ) 旧 約 聖 艶 ロ ア ン ダ ー ソ ン 教 授 新 約 聖 書 ギ ャ ン ブ ル 準 教 授 宗 教 哲 学 シ ャ ー ル マ ン 教 授、 フ ェ レ イ ラ 準 教 授 ア メ リ カ の 宀 示 教 フ ァ ガ テ ィ 仙 準 教 授 、 コ リ ガ ン 助 教 授 ア フ リ カ の 宗 教 レ イ 準 教 授 倫 理 チ ル ド レ ス 正 教 授 、 リ ト ル 正 教 授 イ ス ラ ム 教 シ ャ チ デ ィ ナ 準 教 授ユ ダ ヤ 教 ジ ャ フ ィ 助 教 授 ヒ ン ド ゥ 教 ラ オ 正 教 授 仏 教 ホ プ キ ン ス 準 教 授 、 グ ロ ー ナ ー 助 教 授、 ラ ン グ 助 教 授 さ て 、 こ の 分 類 表 で 、 だ い た い 、 ど の よ う な 分 野 の 先 生 方 が 宗 教 学 部 に 所 属 し て い る か が や や 御 理 解 い た だ け た で あ ろ う 。 と も か く 、 仏 教 を 専 門 に し て い る 先 生 が 三 人 も お ら れ る こ と は 注 目 さ れ る と こ ろ で あ り 、 そ の 中 の ポ ー ル ・ グ ロ ー ナ ー こ そ は 我 が 友 人 で あ る 。 さ て 、 こ れ ら 三 人 の 先 生 方 の 紹 介 と 、 ど ん な 講 座 を 開 い て い る か を 示 し て み よ う 。
先
ず ホ プ キ ン ス 準 教 授 か ら 始 め よ う 。 実 は 私 が ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 に 行 く こ と に決
め た と 公 に し た と た ん に袴
谷 憲 昭 先 生 や 松 本史
朗
先 生 か ら 「 あ そ こ に は ホ プ キ ン ス が 居 ま す ね 」 と 言 わ れ 、 び っ く り し た の を 思 い 出 す 。 袴 谷 ( 6 ) 先 生 の 「 マ ジ ソ ン滞
在 記 」 に す で に こ の 方 の こ と が 紹 介 さ れ て い る の に 、 私 の 認 識 不 足 で あ っ た 。 一 九 五 八 年 ゲ シ ェ 日 ワ ( 7 ) ン ゲ ル に よ っ て ニ ュ ー ジ ャ ー ジ ー 州 に 設 立 さ れ た チ ベ ッ ト 仏 ( 8 ) 教 僧 院 で 現 在 ア ム ハ ー ス ト 大 の 教 授 で あ る ロ バ ー ト ・ サ ー マ ( 9 ) ン な ど と と も に ホ プ キ ン ス 先 生 は ワ ン ゲ ル 師 か ら 、 そ れ こ そ 口 伝 の ご と き 教 育 を 受 け た の で あ る 。 私 は シ ャ ー ロ ッ ツ ビ ル を 離 れ る 直 前 に グ ロ ー ナ ー 夫妻
と 共 に ホ プ キ ン ス 家 に 招 待 さ れ た 時 の こ と を 思 い 起 し て い る 。 一 階 の 応 接 間 の 壁 に ワ ン ゲ ル 師 の 前 で ホ プ キ ン ス 先 生 た ち が チ ベ ッ ト 仏 教 風 の 法 衣 を 着 ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) て 、 チ ベ ッ ト 仏 教 の 聖 典 を 学 ん で い る 大 き な 写 真 一 葉 が は り つ け て あ っ た 。 先 生 に と っ て は 原 点 と も い う べ き 、 思 い 出深
い も の な の で あ ろ う と 感 じ ら れ た 。 つ い で に 、 そ の 夜 の こ と を 二 、 三 書 き と め て お こ う 。 ま ず 到 着 す る と す ぐ に 地 下 に 案 内 さ れ た 。 そ こ は 先 生 の 書 斎 で も あ る が 、 本 堂 と 称 し て も い い 程 の 荘 厳 で チ ベ ッ ト 仏 教 の 諸 仏 諸 菩 薩 、 そ し て 諸 論 師 た ち ( 10 ) が せ い ぞ ろ い し て い た 。 先 生 と 奥 様 は こ こ で 朝 晩 の勤
行 も さ れ る し 、 ま た 時 々 は チ ベ ッ ト 僧 を 招 い て の 法 会 も 催 さ れ る の で あ る 。 さ て 食 事 が 始 ま る や い な や 、 夫 妻 と 同 居 し て い る 手 伝 い の 学 生 と で チ ベ ッ ト 語 の 御 経 が 始 ま っ た 。 つ ま り チ ベ ッ ト 風 五 観 の 偈 ら し い が 、 と も か く び っ く り し た 。 夫 妻 は 戒 を 保 っ て い て 酒 を飲
ま ず 、 グ ロ ー ナ ー 夫妻
と 私 と は ワ イ ン を い た だ い た 。 最 後 に 、 博 士 論 文 を 公 刊 さ れ た も の で あ る 『 空 の ( 11 ) 瞑 想 』 と い う 御 本 を 頂 戴 し て 、 お い と ま し た 次 第 で あ る 。 先 生 に は 沢 山 の 著 作 も あ り 、 多 く の 学 生 も 就 い て い て 、 当 然 正 教 授 に な ら れ る 資 格 が あ る よ う に 思 う が 、 昨 年 か ら 今 年 に か け て の 再 度 の チ ャ レ ン ジ に 失 敗 さ れ た の は 誠 に 残 念 で あ る 。 ( 12 ) 次 に ラ ン グ 助教
授 に 移 ろ う 。 ラ ン グ 先 生 は ワ シ ン ト ン大
で ( 13 ) ル エ ッ グ 教 授 の弟
子 で あ っ た 。 小 が ら で 、 い つ も ニ コ ニ コ さ れ て い る 女 性 で 、 車 を 運 転 せ ず 、 歩 い て お ら れ る 姿 は 同 じ く 歩 き 族 で あ る 私 に は 好 感 が 持 て た 。 先 生 が 何 の テ ー マ で 博 士 号 を 取 ら れ た か 確 認 は し て い な い が 、 後 で 述 べ る 十 一 月 の 全 三 七 七Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) 米 の 宗 教 学 会 で は ブ ッ ダ ゴ ー サ ( 仏 音 ) に つ い て 発
表
し て お ら ( 14 ) れ る 。 さ て 、 い よ い よ 我 が 友 、 ポ ー ル ・ グ ロ ー ナ ー 助 教 授 に つ い て 語 ろ う 。 彼 は 徹 底 し て 私 の こ と を 「 吉 津 さ ん 」 と 敬 称 で 呼 ん で く れ た が 、 私 は 三 歳 年 下 の 彼 を ポ ー ル な る フ ァ ー ス ト ネ ー ム で呼
び 続 け た の で 、 今 こ こ で も 以 下 の 記 述 の 中 で 「 ポ ー ル 」 と い う 愛 称 を 用 い る こ と を 許 し て い た だ き た い 。 一 九 八 三年
の こ と だ っ た ろ う か 、 大 西 龍 峯 先 生 の 夫 人 ナ タ リ ィ さ ん が ポ ー ル を 私 に 紹介
し た 。 そ の 時 彼 は 大 正 大 学 で 、 す で に 公 ( 15 ) 刊 さ れ て い る 『 最 澄 』 の 最 後 の 仕 上 げ を し て い て 、 駒 大 の 図 書 館 に も 時 々 来 て い た の だ っ た 。 渋 谷 あ た り で 一 夜 共 に 飲 み あ か し た 時 に 「 在 外 研 究 員 の 順 番 が 回 っ て き た ら 、 ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 に 行 き ま す よ 」 と の = 言 が 現 実 に な っ た の で あ る 。 ビ ザ の 申 請 の た め の ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 学 か ら の 書 類 獲 得 か ら 最 後 の 帰 国 の た め の 安 い 航 空 切 符 の 入 手 に 至 る ま で 彼 に は 筆 舌 に つ く し 難 い 御 世 話 を い た だ い た 。 こ こ で 満 腔 の 謝 意 を 表 し て お き た い 。 ( 16 ) 彼 は イ ェ ー ル 大 の ス タ ン レi
。 ワ ィ ン ス タ イ ン 教 授 に つ い て 日 本 仏 教 、 特 に 天 台 宗 の 研 究 を 行 っ た 。 す で に 一 九 七 三 年 に 来 日 し 、 東 大 や 大 正 大 で 学 び 、 イ ェ ー ル 大 で 博 士 号 修 得 の の ち に ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 に 職 を 得 て 、 改 め て 来 日 し 、 大 正 大 で 『 最 澄 』 出 版 の 最後
の チ ェ ッ ク を し て お ら れ た 時 に 我 々 は 出 三 七 八 会 っ た こ と に な る 。 彼 は 次 に 元 三 大 師 良 源 ( 九 一 ニ ー 八 五 ) に つ い て 本 を 出 し た い と 用 意 し て お り 、 全 米 の 宗 教 学 会 で も そ ( 17 ) れ に 関 す る 発 表 を 行 っ た 。 ま た 平 川 彰 博 士 の 『 イ ン ド 仏 教 史 』 上 下 二 巻 ( 春 秋 社 刊 ) の う ち 『 上 巻 』 の ポ ー ル ・ グ ロ ー ナ ー 英 訳 が 来 年 ( 一 九 八 七 年 ) ハ ワ イ 大 学 出 版 部 か ら 出 る 。 こ れ は 長 年 の 平 川 先 生 の ポ ー ル へ の 御 指 導 へ の 一 分 の 感 謝 の 表 明 で あ る と 何 回 も 述 懐 し て い た 。 そ し て 、 こ の 英 訳 の 甲斐
も あ り 、 も ち ろ ん 先 の 『 最 澄 』 の 評 価 も 高 く 、 さ ら に 学 内 で の教
授 ぶ り に も定
評 が あ り 、 昨 年 か ら 今 年 三 月 に か け て の 助 教 授 か ら 準 教 授 へ の 昇 任 に 成 功 し 、 併 せ て テ ニ ュ アi
( 終 身 在 職 権 、 七 十 歳 定 年 ま で ) を も 獲 得 し た こ と は 大 変 に 慶 賀 す べ き こ と で あ る 。 さ て 以 上 の 三 人 の 先 生 た ち が 、 ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 宗 教 学 部 で ど の よ う な講
義 を 開 い て お ら れ る か を 示 し て 、 こ の 項 を し め く く る こ と に し よ う 。 こ れ は 一 九 八 五 年 秋 学 期 の シ ラ ブ ス ( 18 ) ( 要 項 ) に よ る 。 「 東 洋 宗 教 概 説 」 グ ロ ー ナ ー 氏 「 仏 教 入 門 」 ラ ン グ 女 史 「 仏 教 瞑 想 」 ホ プ キ ン ス 氏 「 日 本 宗 教 」 グ ロ ー ナi
氏 「 サ ン ス ク リ ッ ト 宗 教 文 献 」 ラ ン グ 女 史 「 ヒ ン ド ゥ 教 演 習 」 ラ ン グ 女 史「 大 乗 仏 教 演 習 」 ホ プ キ ン ス 氏 「 中 国 仏 教 講 読 」 グ ロ ー ナ ー 氏 「 上 級 チ ベ ッ ト 語 」 ホ プ キ ン ス 氏 「 上 級 サ ン ス ク リ ッ ト ・ パ ー リ 語 」 ラ ン グ 女 史 私 は ポ ー ル ・ グ ロ ー ナ ー の 三 つ の
授
業
に 出 席 し た 。 「 東 洋 宗 教 概 説 」 は 五 十 分 授 業 週 二 回 で 、 百 名 以 上 の 大 部 屋 授 業 な の で 、 三 人 の 大 学 院 生 が 補 助 ( テ ィ ー チ ン グ . ア シ ス タ ン ト ) に っ く 。 「 日 本 宗 教 」 も 学 部 の 授 業 で 、 こ ち ら は 二 十 名 以 内 の 小 じ ん ま り し た ク ラ ス で あ っ た 。 一時
間 十 五 分 授 業 で 、 週 二 回 で あ る 。 「 中 国 仏 教 講 読 」 は 大 学 院 の 演 習 で 週 一 回 三 時 間 ポ ー ル の 自 宅 で 行 な わ れ た 。 ホ プ キ ン ス 氏 や ラ ン グ 女 史 の 授 業 に は 出 席 し な か っ た が 、 ホ プ キ ン ス 氏 の 「 上 級 チ ベ ッ ト 語 」 ( 19 ) で は か つ て 大 谷 大 学 の 小 谷 信 千 代 氏 が 紹 介 さ れ た よ う に ド ラ マ の 台 詞 を 暗 記 し て 、 実 演 す る よ う な 教 授 法 が 取 ら れ て い る と の こ と で あ っ た 。 二 共 同 研 究 と 授 業 一 二 月 三 十 日 ( 金 ) 正 午 ご ろ ワ シ ン ト ン 空 港 か ら の 十 人 乗 り 飛 行 機 が シ ャ ー ロ ッ ツ ビ ル 空 港 に 到着
し た 。 そ こ に す ら り と し て 、 片 手 を ズ ボ ン の ポ ケ ッ ト に 入 れ 、 あ い か わ ら ず 豊 か な あ ご ひ げ を た く わ え た ポ ー ル を 見 い 出 し た 時 の 安 堵 感 は 今 で も は っ き り と 思 い 出 す こ と が 出 来 る 。 す ぐ に 自 宅 に 案 内 さ れ 、 ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) シ ン デ ィ 夫 人 、 長 男 カ イ 君 ( 七 歳 ) 、 そ し て 双 子 の 女 の 子 、 ア ニ ヤ ち ゃ ん 、 マ ヤ ち ゃ ん ( 三 歳 ) た ち を 紹 介 さ れ た 。 こ れ か ら 約 十 一 ケ 月 、 単 身 赴 任 で あ っ た 私 は こ れ ら グ ロ ー ナ1
家 の 人 々 に ど れ ほ ど な ぐ さ め ら れ た こ と で あ ろ う か 。 双 子 ち ゃ ん に 「 ア ン ク ル ヨ ッ シ ー 」 と 声 を か け ら れ る だ け で 、 特 効 薬 の よ う に 私 の ス ト レ ス は 和 ら い だ 。 さ て ポ ー ル と 私 と の 共 同 研 究 の テ ー マ は 「 日本
に お け る 天 台 と 華 厳 の 交 流 に 関 す る 共 同 研 究 」 と い う も の で あ っ た 。 五 月 十 九 日 に 卒 業 式 が 終 る や い な や 五 月 二 十 二 日 ( 水 ) か ら 毎 週 一 回 三 時 間 余 り 最 澄 の 『 法 華 秀 句 』 中 巻 の 輪 読会
を 行 っ た 。 七 月 八 日 ( 月 ) ま で 全 部 で 八 回 の 読 書 会 で 一 く ぎ り と な り 、 中 巻 全 体 も 読 了 は で き な か っ た が 、 ポ ー ル は 最 澄 の 仏 性 観 に つ い て 認 識 を 深 め 、 私 は 最 澄 の 文 体 と 議 論 の 進 め 方 に 少 し は慣
れ た 。 続 け て 私 は 自 分 だ け で 『 伝 教 大 師 全 集 』 に み ら れ る 中 国 華 厳 諸 家 の 引 用 に つ い て 調 査 し て み た 。 特 に 法 相 宗 の徳
一 と の 論 争 に お い て は 華 厳 を あ ら ゆ る 面 で 採 用 し て い る が 、後
に は 『 五 教章
』 「 建 立 乗 」 な ど を 批判
し 、 天 台 法華
宗 と 華 厳 宗 と の 間 に 上 下 の 一 線 を 画 し て い る こ と も 確 認 で き た 。 ま た ポ ー ル の 下 で 学 ん で い た デ ィ ビ ッ ド ・ ガ ー デ ィ ナ ー と 一 月 か ら 二 月 に か け て 空 海 の 文 献 に つ い て 語 り 合 う 時間
を 持 っ た が 、 そ の 際 空 海 も 最澄
と 同 様 に 法 蔵 の 「 因 分 可 説 、 果 分 不 可説
」 と い う 表 現 に 関 し て 、 い ず れ も 「 果 分 可 説 」 を 主 張 し て い る 三 七 九Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) こ と に 気 付 い た 。 つ ま り 平 安 仏 教 の 二 大 徳 が 共 通 し て 法 蔵
教
学 を 大 い に 意 識 し つ つ も 、 法 蔵 は 果 分 は 説 け な い と し て い る が 、 自 分 た ち は 果 分 も 説 け る の だ と 言 う わ け で あ る 。 こ の 共 通 の 言 明 が い か な る 意 味 と 重 み を 持 つ の か 私 に は 何 も 判 断 で き な い 。 し か し 、 何 か し ら 新 し い 研 究 へ の 端 緒 に な る の で は な い か と 思 い 、 あ え て 書 き と め て お く 次 第 で あ る 。 次 に ポ ー ル と の 研 究 で は 九 月 か ら の 大 学 院 ゼ ミ で の 『 大 乗 起 信 論 』 の 輪 読 会 の こ と を 記 し て お く べ き で あ ろ う 。 先 に も 述 べ た よ う に 秋 学 期 の ポ ー ル の 授 業 三 つ す べ て に 出 席 し た が 、学
部 の 授 業 二 つ は ポ ー ル の 名 調 子 を 拝 聴 す る だ け で あ っ た 。 拝 聴 と は い う も の の 、 よ く 聞 き と れ ず 、 英 語 が ち ょ う ど 手 ご ろ な 子 守 り 歌 に な っ て 、 よ く 居眠
り し て し ま い 、 「 よ く 居 眠 り を す る 日 本 人 」 と い う こ と で 有 名 に な っ て し ま っ た 。 そ こ で 汚 名 挽 回 の つ も り で 『 起 信 論 』 ゼ ミ の 方 で は 少 々 頑 張 っ た 。 九 月 十 一 日 ( 水 ) か ら 毎 週 一 回 約 三時
聞 、 ポ ー ル の 自 宅 で 行 な ( 20 ) わ れ た ゼ ミ へ の 参 加 者 は 以 下 の通
り で あ る 。 ジ ョ ン ・ パ ウ ア ー ズ 君 ア ン ・ ラ ジ ャ ス さ ん デ ィ ビ ッ ド ・ ガ ー デ ィ ナ ー 君 こ れ ら 三 人 の 学 生 と ポ ー ル と 私 と の 計 五 人 が ポ ー ル の 書 斎 で 首 を 寄 せ 合 っ て 勉 強 し た 。 学 生 た ち は だ い た い 進 み そ う な 所 ま で 各 自 英 訳 し て く る 。 ポ ー ル は 『 仏 教 大 系 』 本 で 注 釈 書 ま 三 八 〇 で を も 予 習 し 、 学 生 の 訳 を 順 次 点 検 す る 。 時 々 は 私 に も 意 見 が 求 め ら れ 、 ジ ョ ン の 日 本 語 力 が 少 々 弱 い の で ポ ー ル が 通 訳 し た 。 要 所 要 所 で は 中 国 の 諸 注 釈 書 の 説 と 私 の 意 見 と を 並 記 し た チ ャ ー ト ( 図 表 ) を 作 っ て 行 き 、 時 間 を も ら っ て説
明 し た 。 真 諦 訳 の 『 起 信 論 』 に は か っ て コ ロ ン ビ ア 大 の 教 授 で あ っ た ( 21 ) ハ ケ タ 氏 の 英 訳 が あ る が 、 ポ ー ル の 意 見 で は か な り問
題 が あ る 翻 訳 と の こ と で あ っ た 。 こ の 演 習 は ポ ー ル が 将 来源
信 あ た り を 研 究 す る 際 の 有 力 な 基 礎 と な ろ う 。 私 は 終 始 真諦
訳 と 実 叉 難 陀 訳 と を 見 較 べ な が ら 、 学 生 た ち と ポ ー ル と の や り と り を 聞 い て い た 。 学 生 た ち が す な お に 疑 問 を 提 出 し 、納
得 で き る ま で ね ば る の に 感 心 し た 。 ま た真
諦 訳 は 実 叉 難 陀 訳 に 比 べ る と 「 性 」 の 字 の 用 例 が多
い な な ど と の 印 象 を 持 っ た 。 こ の ゼ ミ は 十 二 月 十 一 日 ( 水 )十
三 回 を 以 っ て 終 了 し た 。十
二 月 六 日 ( 金 ) 第 十 二 回 目 の 時 に撮
っ た 記 念 写 真 一 葉 が 残 っ て い る 。 次 に 一 月 か ら の 春 学 期 で は 大 学 院 の 授 業 「 日 本 宗 教 史 」 に 二 月 十 九 日 ( 水 ) ま で 十 一 回 出 席 し た 。 こ の ク ラ ス に は 先 の 三 ( 22 ) 名 の 学 生 に 加 え て 、 ダ ン 、 ビ ル 、 ジ ョ ー ジ な ど と い っ た 他 の 大 学 院 生 、 さ ら に 学 部 の 有 志 学 生 も 出 席 し 、 活 発 な 議 論 が 往 来 し 、 大 変 お も し ろ か っ た 。 特 に 先 の ジ ョ ン や 、 ビ ル 、 ジ ョ ー ジ と い っ た ホ プ キ ン ス 門 下 の 学 生 た ち は 日 本 仏 教 に よ ほ ど 異 和 感 を 抱 く ら し く 、 一 一 ポ ー ル に 質 問 し 、 時 に は 大 激 論 と も な っ た 。 ま た こ の ゼ ミ で は ポ ー ル が 時 々 学 生 に 特 別 発 表 を命 じ た が 、 デ ィ ビ ッ ド ・ ガ ー デ ィ ナ
i
君 に は 空 海 に つ い て の リ ポ ー ト が 求 め ら れ た 。 そ こ で デ ィ ビ ッ ド と 私 と の 間 で 、 そ の リ ポ ー ト の 準 備 を も 兼 ね て 一 月 二 十 三 日 ( 水 ) か ら 合 計 六 回 毎 回 約 三 時 間 の 特 別勉
強 会 を 行 っ た 。 先 ず 私 の 『 華 厳 禅 の 思 想 史 的 研 究 』 に 拠 っ て 、 華 厳 の 教 判 か ら 空 海 の 十 住 心 へ の 視 点 を 提 示 し 、 さ ら に 華 厳 の 成 仏 論 か ら 空 海 の 即 身 成 仏 説 へ の 通 路 の 有 無 を 検 討 し た 。 周 知 の ご と く 空 海 の 視野
に は 澄 観 ま で が 入 っ て い る し 、 十 住 心 の 第 九 に 華 厳 が 位 置 づ け ら れ て い る こ と か ら も 従 来 か ら 彼 の 教 学 に お け る 華 厳 の 重 要 性 は よ く 言 及 さ れ る と こ ろ で あ る が 、 ま だ ま だ 研 究 が進
ん で い る と も 言 え な い よ う で あ る 。 デ ィ ビ ッ ド の 研 究 の 進 展 に 大 い に 期 待 ( 23 ) し た い 。 こ の よ う な わ け で 当 初 考 え て い た 程 に は 「 日 本 に お け る 華 天 両 宗 の 交 流 」 に つ い て の 共 同 研 究 は 進 ま な か っ た 。 こ れ は ひ と え に 私 の 怠 慢 に よ る 。 し か し ポ ー ル と デ ィ ビ ッ ド の お か げ で最
澄
と 空 海 に 対 し て 中 国 お よ び 日 本 の 華 厳 教 学 が 共 通 の 重 要 な 背 景 の 一 つ と 成 り 得 て い る と い う 一 つ の 視 点 は 獲 得 で き た よ う で あ る 。 三 生 活 と 旅 行 三 月 三 十 日 ( 上 ) か ら 四 月 四 日 ( 木 ) ま で は 大 学 の 施 設 の 一 つ イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル ・ セ ン タ ー に 滞 在 し た 。 そ の 施 設 の 責 任 ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) 者 の ロ ー ナ ・ サ ン ド バ ー グ 女 史 の 御 世 話 で 大 学 に 近 い ヴ ァ ー ジ ニ ア 通 り の ボ ー ル さ ん の 家 の 三階
の ア テ ィ ッ ク ( 屋 根 裏 部 屋 ) を 借 り る こ と が で き た 。 二 階 に も 中 国 の 北 京 の 社 会 科 学 院 か ら 法 学 校 で 研 修 し て い た 呉 新 平 氏 も 住 ん で い て 、特
に 九 月 か ら は 大 い に 交 流 を 深 め た 。 交 流 と い っ て も 彼 が 私 の 所 に テ レ ビ を 観 に 来 て 、 私 が 教 え た 日 本 の 将 棋 を 二 、 三 番 指 す と い っ た 程 度 で あ っ た 。 お た が い に 単 身 赴 任 の 中 国 と 口 本 の 男 性 が 二 人 、 わ け の わ か ら ぬ 英 語 を つ ぶ や き な が ら 屋 根 裏 部 屋 で 日 本 の 将棋
を さ し て い る 。 も し も 窓 の 外 か ら こ の 様子
を の ぞ い た 人 が い た と し た ら 、 そ の 異 常 さ に お ど ろ き 、 た ま げ た こ と で あ ろ う 。 主 人 の ア ル ナ ー ・ ボ ー ル さ ん は 八 十 五 歳 に も な る が 、 長 身 で 、 よ く 私 の 部 屋 に テ レ ビ を 観 に 来 ら れ て 、 必 ず 三 十 分 以 上 居 眠 り を し て ゆ か れ た 。 夫 人 の フ ラ ン シ ス は 七 十 五 歳 ぐ ら い で 、 若 い 時 は さ ぞ か し 美 し い 方 で あ っ た ろ う と 思 わ れ る 。 よ く 主 人 を 「 ア ル サ ー 」 と ど な り 、 三 本 足 の ナ ポ レ オ ン と い う 犬 を 抱 い て 車 を 運 転 し 、 買 物 に 出 か け る 。 そ し て 敬 虔 な 長 老 派 教 会 の 信 者 で あ る 二 人 は 毎 日 曜 日 威 儀 を 正 し て 教 会 へ 出 か け て ゆ く 。 私 の 吉 津 と い う 名 前 は ど う も ア メ リ カ 人 に は む つ か し い ら し い 。 最 後 ま で 御 二 人 か ら は 「 ミ ス タ ー ・ ジ ャ パ ン 」 あ る い は 「 ド ク タ ー ・ ジ ャ パ ン 」 と 呼 ば れ 、 あ げ く の は て に ポ ー ル か ら は 「 吉 津 さ ん 、 ま だ ド ク タ ー を 取 っ て い な い 三 八 一Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) で し ょ う 」 と 皮 肉 ら れ た 。 単 身 赴 任 に は い ろ い ろ の 問 題 が あ る が 、 何 と い っ て も 食 べ る こ と が 最 大 の 課 題 で あ る 。 そ の 面 で は 五 月 に 帰 国 さ れ た 東 海 大
学
の 荒 木 昭 次 郎先
生 御 夫 妻 が 電 気 炊 飯 器 を 残 し て お い て 下 さ っ た の は 大 変 助 か っ た 。 日 本 で 毎 日 食 べ て い る 米 よ り も は る か に 美 味 い カ リ フ ォ ル ニ ァ 米 を 毎 日 食 べ た 。 と も か く 御 飯 さ え あ れ ば 、 お か ず は 何 で あ ろ う と 日 本 食 で あ る 。 そ れ に し て も } 人 で よ く 分 ら な い テ レ ビ を 観 な が ら の食
事 は 、 た と え ビ ー ル 付 き で も 味 気 無 い も の で あ る 。 そ こ で 時 々 の 御 招 き は 、気
分 転 換 と 栄 養 補 給 を 兼 ね て 、 ま こ と に あ り が た い も の で あ る 。 ま ず 四 月 か ら 五 月 に か け て は グ ロ ー ナ ー 家 が 毎 週 い ろ い ろ の メ ニ ュ ー で も て な し て 下 さ っ た 。 ま た 先 述 の 荒 木 先 生 や 、 さ ら に ホ ス ト ・ フ ァ ミ リ ー に な っ て 下 さ っ た ポ ー チ 家 も た び た び 招 い て 下 さ っ た 。 さ ら に 六 月 か ら は 神 戸 外 国 語 大 か ら 経 済 学 部 に 来 ら れ た 山 上 宏 人 先 生 の 御 家 族 に も 大 変 御 世 話 に な っ た 。特
に 教 育 学 校 で 博 士 修 得 を め ざ し て い る 川 地 洋 一 氏 と 私 と 一 緒 で 栄 子 夫 人 の 手 料 理 を よ く 御 馳 走 に な っ た 。 そ の 他 、 歴 史 堂 ・ 教 授 ア ー リ ン ソ ン 夫 妻 、 大 学 の 車丁 務 官 の ミ ド ル タ ン 夫妻
、 大 学 院 生 の ガ ー デ ィ ナi
家 、 同 じ く 大 学 院 生 の パ ウ ァ ー ズ 家 、 日 本 語 の 先 生 を し て い る 鈴 木 明 さ ん 夫 妻 、 広 島大
学 の 数 学 の 先 生 で あ る 吉 田 敏 男 さ ん 、 同 じ く 広 大 か ら の 英 米 文 三 八 二 学 の 田 中 久 男 先 生 、 広島
経 済 大 で 英 米 文 学 を 講 ず る 森 岡 力 先 生 、 さ ら に コ ー ネ ル 大 で 博 士 を 取 り 、 一 年 だ け ヴ ァ ー ジ ニ ア 大 で 心 理 学 を 講 じ て い た 高 野 陽 太 郎 さ ん 等 々 に 御 招 き に あ ず か っ た 。 何 と い っ て も 先 の 川 地 洋 一 さ ん と の 懇 親 会 の 多 さ が 目 立 つ 。 ま た 彼 は 十 月 二 十 六 日 ( 土 ) シ ェ ナ ン ド ア 国 立 公 園 に 連 れ て い っ て く れ 、 ア メ リ カ 流 の 紅 葉 を 満 喫 し た 。 さ て 旅 と い え ば ポ ー ル が 家 族 と 一 緒 に 、 あ る い は 彼 と 二 人 だ け で 、 ち ょ く ち ょ く 、 い ろ い ろ の 所 へ 車 で 運 ん で く れ た 。 ま ず 五 月 十 七 日 ( 金 ) に は ポ ー ル 家 と コ ロ ニ ー ( 植 民 地 ) 時 代 の ア メ リ カ の 街 並 を 保 存 し て い る ウ ィ リ ア ム ズ バ ー グ に 行 っ た 。 こ の ウ ィ リ ア ム ズ バ ー グ は も う 一 回 十 二 月 十 八 ( 水 ) 、 十 九 ( 木 ) の 両 日 ポ ー ル と 共 に ウ ィ リ ア ム ・ ア ン ド ・ メ リ ー 大 の ヴ ( 24 ) ア ン ホ ー ン 先 生 宅 に 一泊
し 、 先 生 か ら も 重 ね て 丁寧
に 御 案 内 い た だ き 、 思 い 出 深 い 場 所 と な っ た 。 次 に 六 月 十 二 日 ( 水 ) に は ポ ー ル の 母 校 イ ェ ー ル 大 に 行 き 、 彼 の 恩 師 ワ ィ ン ス タ イ ン 先 生 を 尋 ね た 。 先 生 も御
酒
が お す き で 二 晩 に わ た っ て 、 も て な し て 下 さ っ た 。 周 知 の ご と く 先 生 は 我 が 仏 教 学 部 の 卒 業 生 で 、 平 井俊
栄 、 岡 部 和 雄 、 田 上 太 秀 と い っ た 諸 先 生 方 と 同 窓 で あ り 、 東 大 の 印 度 哲 学 科 の 大 学 院 を 修 了後
、 ロ ン ド ン 大 か ら イ ェ ー ル 大 の 教 授 に な ら れ た の で あ る 。 先 生 の 御 宅 で は 駒 大 時 代 の 成 績 表 や 優 等 生 の 賞 状 な ど ( 25 ) を 拝 見 し 、 ま た 今 年 出 版 予 定 の 御 本 の 原 稿 タ イ プ を も 見 せ てい た だ い た 。 私 も は り き っ て 楽 し い 仏 教 学 な る も の を 開 陳 し た が 、 少 々 は ず み す ぎ て 、 十 五 日 か ら 十 六 日 に か け て の ニ ュ ー ヨ ー ク 見 物 は 頭 が ぼ ー と し て い た 。 さ ら に 六 月 二 十 八 日 ( 金 ) と 二 十 九 日 ( 土 ) ポ ー ル の 弟 ノ ー マ ン 夫 妻 の 家 に 一 泊 し 、 ワ シ ン ト ン
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の ス ミ ソ ニ ア ン 博 物 館 に 行 っ た 。 こ の 日 程 の 前 に す で に イ ン ド 大 統領
も ア メ リ カ を 公 式 訪 問 し 、 こ の 時 期 大 々 的 な イ ン ド 博 が 催 さ れ て い た 。 ス ミ ソ ニ ア ン の 広 い モ ー ル ( 遊 歩 道 ) に は イ ン ド か ら 直 接 多 数 の 芸 人 や 楽 士 が 来 て お り 、 ま た 多 く の イ ン ド 留 学 生 た ち も 集 っ て き て お り 、 イ ン ド に 来 て い る か の よ う な 錯 覚 に お そ わ れ た 。 シ ン デ ィ ・ グ ロ ー ナ ー 夫 人 の直
接 の 専 門 は イ ン ド ネ シ ア 音 楽 ( ガ マ ラ ン ) で あ る が 、 も と も と は イ ン ド 音 楽 を も 研 究 し て い た の で 、 一 つ 一 つ の 催 し 物 を 丁 寧 に 見 学 し て い た 。 私 は そ の 時 に 見 学 し た 「 イ ン ド 彫 刻 展 」 を 印 象 深 く 思 い か え す 。 ヒ ン ズ ー 教 の 神 々 の 聞 に 仏 菩 薩 が ち ら ほ ら と た た ず ん で い た 。 ヒ ン ズ ー 教 の 神 々 は 力 と 欲 望 の 権 化 の 姿 を 示 し て い た が 、 仏 菩 薩 た ち は あ く ま で 静 謐 を あ ら わ す 。 し か し 、 仏 菩 薩 た ち は 我 々 の 方 に 向 っ て 歩 い て き て い る で は な い か 。 の ち に 七 月 二 十 八 日 ( 日 ) ポ ー チ さ ん 一家
と 日 本 か ら の ホ ー ム ス テ イ の 女 子 大 生 二 人 と も ら 一度
イ ン ド 展 を 見 に 行 っ た 。 こ の 時 は す で に イ ン ド の 芸 人 た ち は モ ー ル に は 居 な か っ た 。 さ て 、 八 月 九 日 ( 金 ) か ら 月 末 ま で の 約 三 週 間 の 旅 行 ほ ど 苦 ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) し く 、 多 く の ド ジ 物 語 を 残 し 、 結 果 的 に は 思 い 出 深 い も の は ( 26 ) な い 。 こ の 間 、 マ ジ ソ ン の 学 会 五 日 間 を 含 む が 、 そ の 間 の 経 験 を 列 挙 す れ ば ゆ う に 一 冊 の 別 著 に な り え る 程 の 武 勇 伝 が あ る が 、 今 は た だ ル ー ト を 記 す だ け に 止 め よ う 。 九 日 ポ ー ル の ( 27 ) 車 で 一 路 フ ィ ラ デ ル フ ィ ア の 友 人 ス テ ィ ー ブ ン ・ ハ イ ネ の家
を め ざ す 。 ス テ ィ ー ブ は 駒 大 で 河 村 孝 道 先 生 に つ い て 道 元 の 和 歌 の 研 究 を 約 半 年 続 け た 。 そ れ 以 来 の 再 会 で 、奥
様 の ロ ン ( 躑 ) ダ さ ん 共 々待
っ て い て く れ た 。 彼 は テ ン プ ル 大 の 傅 偉勲
教 授 の 弟 子 で 、 道 元 と ハ イ デ ィ ガ ー の 比 較 研 究 で 博 士 号 を 取 り 、 ( 29 ) ( 30 ) 本 と し て も 出 版 し た 。 今 は ヴ ィ ラ ノ ヴ ァ 大 の 助 教 授 で あ る 。 ポ ー ル と ス テ ィ ー ブ は 初 対 面 で あ っ た が 、 同 じ く 日 本 仏 教 に 関 わ っ て い る と い う こ と で 話 し に 華 が さ き 、 お そ く ま で ビ ー ル を 飲 ん だ 。 翌 朝 十 日 ( 土 ) ポ ー ル は 家 族 の 避 暑 地 ケ ー プ コ ー ド に 出 発 し た 。 私 は ス テ ィ ー ブ 夫 妻 と フ ィ ラ デ ル フ ィ ア の 名 所 を た ず ね 、 ヴ ィ ラ ノ ヴ ァ 大 を も 見 学 し た 。 十 一 日 ( 日 )傅
教 授 を た ず ね た 。 教 授 は 戦 時 中 台 湾 で 「 南 某 」 と い っ た 日 本 人 名 を つ け ら れ 、 日 本 の 教 育 を 受 け さ せ ら れ た そ う で 、 す こ ぶ る 日 本 語 が う ま い 。 バ ッ フ ァ ロ ー に も 行 く と い っ た ら 、 ぜ ひ ( 31 ) 稲 田 先 生 に 会 い な さ い と 所番
地 も 書 い て 下 さ っ た の に 、 電 話 番 号 の 末 尾 が 一 番 間 違 っ て い て 、 実 際 に は 会 え な か っ た の は 残 念 で あ る 。 聞 く と こ ろ で は 稲 田 先 生 は 東 大 印哲
時 代 宮 本 正 尊 先 生 の 指 導 を 受 け ら れ た よ う で 、 そ う し て み る と い わ ば 宮 三 八 三Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) 本
ー
稲 田 ー傅
ー
ハ イ ネ と い っ た 一 つ の 系 譜 が 現 存 す る こ と に ( 32 ) も な る 。 十 二 日 ( 月 ) は ペ ン 大 や ダ ウ ン タ ウ ン を 見 学 し 、 十 三 日 ( 火 ) 朝 ボ ス ト ン に 向 う 。 こ の 朝 駅 に 向 う 車 の 中 で ス テ ィ ー ブ が 日 本 航 空 機 の 大 惨 事 の ニ ュ ー ス を 知 ら せ て く れ た 。 ( 33 ) ( 34 ) ボ ス ト ン で は ハ ー ヴ ァ ー ド大
とM
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を 見 学 し 、 十 五 日 ( 木 ) の 午 前 近 代 美 術 館 を 一 巡 り し た 。 十 五 日 夕 方 の ア ー ム ト ラ ッ ク ( 汽 車 ) で 午 前 三 時 四 十 一 分 バ ッ フ ァ ロ ー 駅 着 。 町 が 近 い と 錯 覚 し 、 歩 き 続 け て 、 く た ぶ れ は て た 。 お ま け に 稲 田 先 生 へ 連 絡 が つ か な い 。 疲 れ は て て 、 あ の ナ イ ア ガ ラ 瀑 布 を 眼 前 に し た 時 、頭
が ク ラ ク ラ と す る の を 覚 え た 。 バ ッ フ ァ ロ ー か ら の 旅 は 三 十 一 日 ( 土 ) シ ャ ー ロ ソ ツ ビ ル に 帰 り つ く ま で す べ て グ レ イ ハ ウ ン ド と い う 名 の 長 距 離 バ ス を利
用 し た 。 十 八 日 ( 土 ) ク リ ー ブ ラ ン ト 一 泊 、 十 九 日 、 二 十 日 両 日 シ カ ゴ 見 ( 35 ) 学 。 シ カ ゴ 大 も 歩 い て み た 。 二 十 一 日 ( 水 ) に は す で に マ ジ ソ ン に 入 っ た 。 こ こ で はY
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に 泊 っ て 、 い ろ い ろ 珍 体 験 を 重 ね つ つ 、 二 十 五 日 ( 日 ) の 学 会 の 始 ま る の を 待 っ た 。 二 十 五 日 午 後 あ の な つ か し い 袴 谷 先 生 と ス テ ユ ー デ ン ト ・ ユ ニ オ ン ( 学 生 会 館 ) の 前 で 会 っ た 。 そ し て そ の 晩 は 平 川 彰 先 生 は じ め 日 本 の 方 々 に 御 会 い し 、 懇 親 会 が 開 か れ た 。 学 会 の 内 容 に つ い て は 次項
で 報 告 し よ う 。 二 十 九 日 ( 木 ) 朝 ま た グ レ イ ハ ウ ン ド で シ カ ゴ に 行 き 、 シ カ ゴ で 一 泊 し て 、 シ ン シ ナ チ ィ に 向 う 。 シ ン シ ナ チ ィ で は レ ッ 三 八 四 ズ と パ イ レ ー ツ の 大 リ ー グ の 試 合 を 観 た 。 こ の 日 は 残 念 な が ら 御 目 当 て の ピ ー ト ・ ロ ー ズ は ヒ ッ ト を 打 た な か っ た 。 三 十 一 日 ( 土 ) 十 二 時 間 近 く バ ス に ゆ ら れ て 、 シ ャ ー ロ ッ ツ ビ ル に 帰 り っ い た 。 途 中 ウ エ ス ト ・ ヴ ァ ー ジ ニ ア の 高 原 の 夕 げ し き が 今 で も 眼 に 焼 き 付 い て 、 残 っ て い る 。 秋 の 旅 は 何 と い っ て も 全 米 の 宗 教 学 会 へ の 参 加 の た め に ロ ス ア ン ジ ェ ル ス に 行 き 、 さ ら に サ ン フ ラ ン シ ス コ や バ ー ク レ ー に 立 ち 寄 っ た こ と が 最 大 で あ る が 、 こ れ は 次 項 に ま わ す と し て 、 ク リ ス マ ス 休 み の フ ィ ラ デ ル フ ィ ア 行 き 、 一 月 と 二 月 二 回 の ワ シ ン ト ンD
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行 き 、 さ ら に 帰 国 に 至 る ま で の 旅 に つ い て 簡 単 に 記 そ う 。 十 二 月 二 十 三 日 ( 刀 ) 早 朝 の ア ー ム ト ラ ッ ク で フ ィ ラ デ ル フ ィ ア に 向 う 。 な つ か し い ス テ ィ ー ブ の 家 に 着 く 。 し か し 何 か 変 だ と 思 う 。 す な わ ち 隣 近 所 は ク リ ス マ ス だ と い う の で ギ ン ギ ラ ギ ン に飾
り た て て い る の に ユ ダ ヤ 系 ア メ リ カ 人 で あ る ハ イ ネ 家 に は ク リ ス マ ス の 飾 り は な い 。 車 の 中 で ス テ ィ ー ブ が 「 こ の 時 期 仏 教 徒 と ユ ダ ヤ 入 と に は お も し ろ く な い で す ね 」 と つ ぶ や い た の に は 苦 笑 し た 。 私 は 日 本 人 の 感 覚 と し て 、 一 応 ク リ ス マ ス に 何 か を 期 待 し て い た か ら で あ る 。 悪 い こ と に ロ ン ダ は 妊 娠 し て 、 し か も 風 邪 を こ じ ら せ 、 私 が 行 っ た 日 か ら 寝 つ い て し ま っ た 。 ス テ ィ ー ブ は た め 息 を つ き な が ら 奥 さ ん の 世 話 を し つ つ 、 ま た 私 を も 接 待 す る 。 そ の よ う な 悪 条 件 の 中 で ス テ ィ ー ブ と 私 は ア メ リ カ に お け る道 元 研 究 に つ い て 話 し 合 っ た 。 ま た 一 日 か け て プ リ ン ス ト ン ( 36 ) 大 ま で 連 れ て い っ て く れ た 。 一 月 十 七 日 ( 金 ) と 十 八 日 、
一 泊 し て パ ス ポ ー ト の 更 新 申 請 の た め に ワ シ ン ト ン
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に 行 っ た 。 前 に は 歩 か な か っ た ホ ワ イ ト ・ ハ ウ ス 、 ア ー リ ン ト ン 国 立 墓 地 、 そ し て 大 使 館 通 り な ど を 歩 い た 。 ア ー リ ン ト ン 国 立 墓 地 に は 日 本 の 靖 国 神 社 と 同 じ よ う に 戦 争 を く り か え す 思 想 が 流 れ て い る こ と を 実 感 し た 。 二 月 十 一 日 ( 火 ) 日 本 大 使 館 分 室 ( ウ ォ ー タ ー ゲ ー ト ビ ル 群 内 ) で パ ス ポ ー ト を 受 領 し た 。 こ の 日 は す ご い 雪 の 中 を ト ー マ ス ・ ジ ェ フ ァ ー ソ ン 記念
堂 、 リ ン カ ー ン 記 念 堂 、 そ し て ジ ( 37 ) ヨ ー ジ タ ウ ン 大 ま で 歩 い た 。 こ の 大 学 に は 中 心 部 に 学 生 の た め の 寮 が あ る 。 そ こ に ま で 入 り 込 ん だ 私 は 係 の 学 生 に ー ・D
( 身 分 証 明 ) を 求 め ら れ 、 始 め て 寮 だ と わ か り 早 々 に 退 散 し た 。 二 月 十 五 日 ( 土 ) デ ィ ビ ッ ド ・ ガ ー デ ィ ナ ー 、 優 子 夫 妻 主 催 の お わ か れ パ ー テ ィ が 開 か れ た 。 出 席 者 は ポ ー ル 夫 妻 、 ポ ー ル の 弟 夫 人 ア ン マ リ ー 、 ダ ン 、 ジ ョ ン 、 シ ン デ ィ 、 ジ 勘 、 ネ ッ ( 37 ) ト 、 川 地 さ ん 、 そ し て ガ ー デ ィ ナ ー 夫 妻 と 私 と の 十 一 人 。 寄 せ 書 き で は ポ ー ル が 「 も う 君 が 授 業 で 居眠
り し て い る 姿 が 見 れ な い の は さ み し い 」 と 書 い た 。 次 に 二 月 二 十 三 日 ( 日 ) の ポ ー ル 夫 妻 主 催 の お わ か れ パ ー テ ィ は マ ヤ嬢
の 突 然 の イ ン フ ル エ ン ザ で 中 止 と な っ た 。 二 十 五 日 ( 火 ) 九 時 四 十 五 分 、 例 の 十 人 乗 り の 飛 行 機 で 出 発 し た 。 ポ ー ル と ア ニ ヤ 嬢 、 そ し て ガ ー ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) デ ィ ナ ー 夫妻
、 そ れ に 川 地 さ ん が 見 送 っ て 下 さ っ た 。 い つ も の こ と な が ら 時 間 に 遅 れ 、 飛 行 場 の さ く の 所 で懸
命
に 手 を ふ っ て く れ て い る 川 地 さ ん の姿
に さ み し さ を 感 じ た 。 そ し て ガ ー デ ィ ナ ー 夫 妻 か ら の プ レ ゼ ン ト へ の 添 書 き に よ っ て機
内 で 始 め て 優 子 さ ん の お め で た を 知 っ た 。 十 二 時 前 に ノ ー ザ ン プ ト ン 空 港 に つ い た 。 そ こ に は ジ ェ ミ ( 銘 )1
・ バ バ ー ト が 待 っ て い た 。 マ ジ ソ ン の 学 会 以 来 の 再 会 で あ ( 舘 ) る 。 彼 の 夫 人 の 真 紀 さ ん が ス ミ ス 大 の 日 本 語 の 先 生 に な っ て 赴 任 し た た め に ジ ェ ミ ー も 居 を マ ジ ソ ン か ら ノ ー ザ ン プ ト ン に 移 し た の だ が 、 彼 は 当 然 の こ と と し て ス ミ ス 大 で 海 野 大徹
( 40 ) 先 生 に 会 う 。 そ こ で ジ ェ ミ ー は ウ ェ ス コ ン シ ン 大 で 清 田 先 生 の 指 導 の 下 で 「 三 階 教 」 に つ い て の 博 士 論 文 を ま と め つ つ 、 一 方 で は 海 野 先 生 の 授 業 の 手 伝 い も し て い る わ け で あ る 。 そ の よ う な 人 間 関係
の 中 で 私 の こ と も 話 題 に な り 、 先 生 か ら 帰 国 途 中 立 ち よ っ て 、 ゼ ミ に 出 席 し 、 何 か 話 す よ う に と す す め ら れ た の で あ る 。 先 生 は 春 学 期 の テ キ ス ト と し て 西 谷 啓 治 著 ( 41 ) 『 宗 教 と は 何 か 』 の 英 訳 本 を 使 っ て お ら れ る 。 そ の 中 の 論 理 と 華 厳 思 想 と の接
点 に つ い て 指 摘 し て ほ し い と の こ と で あ っ た が 、 満 足 い く 解 答 は 与 え ら れ な か っ た 。 た だ 英 訳 で 読 む と 日 本 語 で か っ て 読 ん だ 時 に は 感 じ な か っ た 論 理 の 飛 躍 が 眼 に っ い た 。 海 野 先 生 の ゼ ミ に は ス ミ ス 大 の 女 子 学 生 だ け で は な く 、 ア ム ハ ー ス ト 大 な ど 他 の 四 大 学 か ら も 出 席 し て い た 。 先 三 八 五Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) 生 と 私 の 意 見 が 終 始 平 行 線 の ま ま だ っ た の で 学 生 も と ま ど っ た こ と で あ ろ う 。 二 十 七 日 ( 木 ) 夜 の パ ー テ ィ で は ア ム ハ ー ス ト 大 の サ ー マ ン 先 生 夫 妻 に も お 会 い し た 。 ま た ジ ェ ミ ー の 自 宅 で 御 自 慢 の コ ン ピ ュ ー タ ー を 拝 見 し た 。 二 十 八 日 ( 金 ) ピ ー タ ー パ ン バ ス で 再 び ボ ス ト ン に 行 く 。 ハ ( 42 ) ー ヴ ァ ー ド 大 で 研 究 し て い る ジ ョ ン ・ マ ク レ イ に 会 う た め で あ る 。 彼 も や は り ワ イ ン ス タ イ ン 門 下 で 、 ポ ー ル の 友 人 で あ る 。 彼 の 家 に 四 泊 し て 禅 宗 史 の 研 究 に つ い て い ろ い ろ 話 し を ( 43 ) し た 。 今 年 中 に は 北 宗 禅 の 本 が 出 版 さ れ 、 次 に 神 会 に つ い て の 本 を 用 意 し て い る 。 ま た 一 九 八 七 年 七 月 に ハ ー ヴ ァ ー ド 大 で 全 米 の 中 国 禅 宗 史 研 究 者 を 集 め て 「 六 祖 壇 経 」 の 総 合 研 究 ( 44 ) を や り た い と い う プ ロ グ ラ ム を 準 備 し て お り 、 駒 大 か ら も で き た ら 参 加 し て ほ し い と い う こ と で 、 そ の 要 項 は 田 中 良 昭 先 生 や 石 井 修 道 先 生 に お と ど け し た 。 ま た ジ ョ ン の お か げ で ハ ( 45 ) ー ヴ ァ ー ド 大 の 永 富 正
俊
教 授 に も お 会 い し 、 ア メ リ カ 仏 教学
の 動 向 を お う か が い し た 。 そ の 御 話 し よ り も 、 自 分 は こ れ ま で 二 十 八 人 の 博 士 を 出 し た と い わ れ た こ と が 印 象 に 残 っ て い る 。 さ て 、 こ れ か ら は ロ ン ド ン に 飛 び 、 オ ッ ク ス フ ォ ー ド に 今 も 研 究 を 続 け て お ら れ る 丸 小 哲 雄 外 国 語 部 教 授 の 家 に 約 一 週 間 滞 在 し 、 オ ッ ク ス フ ォ ー ド と ロ ン ド ン を 見 学 し 、 続 い て パ ( 46 ) リ に 飛 び 友 人 の フ レ デ リ ッ ク ・ ジ ラ ー ル 、 直 子 夫妻
に 御 世 話 三 八 六 に な り 、 パ リ と パ リ 近 郊 を 見 学 し て 一 二 月 十 八 日 ( 火 ) 帰 国 し た わ け で あ る 。 パ リ で も 二 、 三 の 仏 教 学 者 に 御 会 い し た が 、 今 は 主 題 か ら は ず れ る の で 割 愛 し よ う 。 四 二 つ の 学 会 へ 参 加 こ ち ら の 方 は す で に ち ょ っ と ふ れ た が 八 月 二 十 五 日 ( 凋 ) か ら 四 日 間 の マ ジ ソ ン 、 ウ ェ ス コ ン シ ン 大 に お け る 仏 教 学 会 、 そ し て十
一 月 二 十 三 日 ( 土 ) か ら 四 日 間 に わ た っ て 、 ロ ス ア ン ジ ェ ル ス の 近 く の ア ナ ハ イ ム 市 ヒ ル ト ン ホ テ ル で開
催 さ れ た 全 米 の 宗 教 学 会 、 こ の 二 つ の 学 会 に 参 加 で き た こ と は 私 に と っ て 大 変 有 益 で あ っ た 。 も し も こ れ ら 二 つ の 学 会 に 参 加 し て い な く て 、 た だ シ ャ ー ロ ッ ツ ビ ル に 居 て 、 単 に あ ち こ ち を 旅 し た だ け で あ る な ら ば 、 た と え 私 の 願 望 が こ も っ て い る と し て も 、 表 題 に 「 ア メ リ カ 仏 教 学 」 と 出 す こ と は 躊躇
し た こ と で あ ろ う 。 ま あ 、 た と え 「 管 見 」 に し て も 、 複 数 の 仏 教 研 究 者 な り 仏 教 学 者 な り の 顔 を 拝 見 し 、 握 手 し 、 あ る 場 合 に は 友 人 と も な っ た の で あ る か ら 、 そ の 一 端 な り と も 報告
し て お き た い 。 さ て マ ジ ソ ン の ウ ェ ス コ ン シ ン 大 学 で の 「 日 本 仏 教 に 関 す ( 47 ) る 日 米学
者 会 議 」 は 清 田 実 教 授 の 発 意 、 招 集 に よ る も の で あ る 。 し か し 、 日 本 側 の 平 川 彰 先 生 の 大 変 な バ ッ ク ア ッ プ が あ っ て の実
現 で あ っ た こ と は 言 う ま で も な い 。 そ し て 袴 谷憲 昭 先 生 の 事 務 的 な 面 で の 努 力 が 会 を 推 進 せ し め た の で あ っ た 。 平 川 、 袴 谷 両 先 生 の 御 苦 心 、 御 努 力 は 私 が ア メ リ カ に 出 発 す る 前 に よ く 拝 見 し て い た こ と で あ っ た 。 ア メ リ カ に 行 っ て か ら 何 の 案 内 も 無 か っ た ら し き ポ ー ル ・ グ ロ ー ナ ー か ら 参 加 者 の 人 選 の や り 方 に つ い て か な り 厳 し い 批 判 も 聞 い た 。 こ れ に つ い て は 私 に は 判 断 す る 力 は な い 。 こ の 学 会 の 三 日 間 を ( 娼 ) 貫 く 共 通 テ ー マ は 「 宗 教 体 験 と 教 義 」 と な っ て い る 。 こ の 共 通 テ ー マ の 下 で 、 少 々 プ ロ グ ラ ム 上 の 変 更 は あ っ た が 三 日 間 の 進 行 は 次 の よ う で あ っ た 。 第 一 日 ( 八 月 二 十 六 日 ) ( 49 ) 「 日 本 の 仏 教 思 想 の 形 成 に 与 え た イ ン ド お よ び 中 国 仏 教 の 影 響 」 ( 50 ) 司 会 ポ ー ル ・ グ リ フ ィ ス 、 川 崎 信 定 発 表 梶 山 雄 一 「 日 本 の 仏 教 思 想 に み ら れ る 中 観 仏 教 の 影 響
−
親 鸞 教 に お け る 廻 向 、 空 そ し て 授 記 」 ( 不 参 加、 中 止 ) 荒 牧 典 俊 「 瑜 伽 唯 識 の 唯 心 思 想 と 鎌 倉 仏 教 」 高 崎 直 道 「 日 本 仏 教 思 想 の 基 調 と し て の 一 乗 義 」 ( 51 ) 松 長 有 慶 「 イ ン ド の 密 教 か ら 日 本 仏 教 へ 」 ( 52 ) ( 53 ) 討 論 者 ウ ィ リ ア ム ・ グ ロ ス ニ ッ ク 、 ジ ョ ン ・ キ ー ナ ン 、 ナ ン ( 54 ) シ ー ・ シ ュ ス タ ー 、 桜 部 建、 袴冖 谷由 意 昭 、 江 島 恵 教 第 二 日 ( 二 十 七 日 ) 「 新 宗 教 」 ( 55 ) 司 会 サ リ ー ・ キ ン グ 、 阿 部 美 哉 ( 56 ) 発 表 バ イ ロ ン ・ エ ァ ハ ー ト 「 日 本 仏 教 と 新 宗 教ー
カ と し て の ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) 仏 教1
」 宮 家 準 「 新 宗 教 に お け る 修 験 道 の 影 響 」 清 田 実 「 解 脱 会−
現 代 口 本 に お け る 神 道 仏 教 融 合 の 事 例 研 究 」 久 保 継 成 「 魂 の 開 発 と い う 霊 友 会 の 考 え 方 現 代 の 菩 薩 行−
」 ( 57 ) ( 58 ) ヘ レ ン ・ ハ ー デ カ ー 「 立 正 佼 成 会 の 法 座 に つ い て 」 、 ( 59 ) ( 60 ) 討 論 者 ジ ュ ラ ル ド 。 ク ッ ク 、 ロ バ ー ト ・ モ レ ル 、 ス テ ユ ワ ー ( 61 ) ト ・ ガ ス リ ー 、 荒 木 美 智 雄 、 田 村 芳 朗、 山 折 哲 雄 第 三 日 ( 二 十 八 日 ) 「 仏 教 と キ リ ス ト 教 と の 相 互 影 響 」 ( 62) 司 会 ジ ョ ン ・ キ ー ナ ン 、 ヤ ン ・ ス ィ ン ゲ ド ー ( 63 ) 発 表 ジ ェ イ ム ス 。 ハ イ シ ッ グ 「 異 宗 教 問 の 対 話ー
エ ! ト ス へ の 試 みー
」 井 門 富 二 夫 「 仏 教 と キ リ ス ト 教−
対 立 と 影 響−
」 ( 不 参 加 、 中 止 ) 荒 木 美 智 雄 「 赤 岩 栄 の 晩 年 の 仏 教 へ の 近 接i
一 人 の 日 本 人 キ リ ス ト 教 者 の 経 験 に つ い て の 文 化 的 そ し て 社 会 的 次 元ー
」 ( 64 ) リ ッ チ ャ ー ド ・ デ ュ ル モ ン ト 「 八 木 誠 一 の 紹 介 」 ポ ー ル ・ グ リ フ ィ ス 「 仏 教 と キ リ ス ト 教 と の 間 の 対 話 の 可 ( 65 ) 能 性 を 求 め て 」 ( 66 ) ( 67 ) ( 68 ) 討 論 者 ト ; マ ス ・ デ ィ ー ン 、 キ ー ス ・ ヤ ン デ ル 、 遊 佐 道 子 、 ( 69 ) ル ー ベ ン ・ ア ビ ト 、 山 折 哲 雄 三 八 七Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty ア メ リ カ 仏 教 学 管 見 ( 吉 津 ) 以 上 の よ う な 進 行 で あ っ た 、 こ れ ら す べ て を 論 評 す る 力 も 時 間 も
持
ち あ わ せ て い な い の で 、 二 、 三 の 印 象 を 述 べ る に と ど め た い 。 第 一 日 目 は 梶 山 先 生 の 欠 席 と い う こ と も あ り 、 ま た テ ー マ が 広 す ぎ 、 さ ら に 発 表 者 全 員 が ロ 本 側 学 者 と い う こ と も あ っ て 、 や や 迫 力 と ま と ま り に 欠 け て い た 。 第 二 日 目 が 最 も 議 論 が 白 熱 し て い た 。 霊 友 会 に つ い て は 久 保 継 成 会 長 自 ら が 発 表 さ れ た が 、 司 会 者 か ら 「 久 保 さ ん 、 本 日 は 会 長 と し て の 立 場 か ら の 発 表 で す か 、 あ る い は 仏 教 学 者 と し て で す か 」 と 質 問 さ れ て 、 一 同 爆 笑 し た 。 エ ア ハ ー ト 教 授 の ペ ー パ ー の 中 で 徹 底 し て タ イ ム バ ウ ン ド ブ デ ィ ズ ム と タ イ ム レ ス ブ デ ィ ズ ム 、 つ ま り 「 時 間 に し ば ら れ る 仏 教 」 と 「 時 間 を 超 越 し た 仏 教 」 と い っ た 二 分 法 で 日 本 の 仏 教 を 論 じ 、 後 者 の エ リ ー ト の 伝 統 に 対 し て 、 前 者 の 民 間 宗 教 を 置 く と い っ た 形 で 論 じ て い た の に は 大 き な 疑 問 を 感 じ た 。 第 三 日 目 は ま こ と に む つ か し い 議 論 の 連 続 で 懇 親会
つ か れ の 私 の 頭 の 上 を 通 過 し て い っ た 。 山 折 先 生 で す ら 日 本 語 で 発 言 し た い と お っ し ゃ る 程 で 、 そ の 際 の 遊 佐 道 子 女 史 の 名 通 訳 ぶ り だ け が 印 象 に 残 っ た 。 こ こ で 発表
し た ポ ー ル ・ グ リ フ ィ ス 氏 の 京 都 学 派 批 判 に つ い て は 袴 谷 憲 昭 先 生 が 別 の 場 で 広 く 論 究 さ れ た と 聞 き 及 ん で い る の で 、 そ の 公 刊 を 心 ま ち に し ょ う 。 何 し ろ 、 こ の 学 会 で は 日 本 か ら の 諸 先 生 方 と の 懇 親 が ゆ き と ど き す ぎ て 、 ほ と ん ど ア メ リ カ 側 の 学 者 と の 交 流 を 行 な わ な か っ た 。 残 念 な こ と で は 三 八 八 あ っ た が 、 私 の 努 力 不 足 で あ っ た と 言 わ ざ る を え な い 。 次 に ア ナ ハ イ ム 市 の ホ テ ル 、 ヒ ル ト ン で 行 な わ れ た ア メ リ 〔 70 ) ( 71 ) 力 宗 教 学 会 の 報 告 を し ょ う 。 こ れ は や は り 全 米 の 聖 書 学 会 と の 複 合 学 会 で あ っ た 。 仏 教 の 研 究 者 が 発 表 す る 場 と し て は 他 ( 72 ) ( 73 ) に も 哲 学 会 あ る い は ア ジ ア学
会 な ど も あ る よ う で あ る が 、 組 織 的 に は こ の 宗 教 学 会 が最
大 の よ う で あ る 。 一 九 七 一 年 に 始 ま り 、 一 九 八 五 年 で 第 十 五 回 を数
え る 。 十 一 月 二 十 二 日 ( 金 ) ポ ー ル と 共 に ピ ッ ツ バ ー グ 経 由 で ロ ス ア ン ジ ェ ル ス 国 際 空港
に 到 着 。 バ ス で ア ナ ハ イ ム ヒ ル ト ン に 行 く 。 デ ズ ニ ー ラ ン ド が す ぐ 横 に み え る 。 翌 二 十 三 日 か ら 二 十 六 日 午 前 ま で 足 か け 四 日 間 の 学 会 で あ っ た 。 こ の 学 会 の す べ て を 紹 介 す る こ と は で き な い の で 、 ポ ー ル の チ エ ッ ク に も と ず い て 、 特 に 仏 教 の 発 表 を 列 挙 す る と 次 の よ う に な る 。20
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