﹁
有
明
の
別
れ
﹂
論
l
﹁
と
り
か
へ
ば
や
物
語
﹂
との比較を通して|
の別れ﹂という物語の本質を考える上で、この﹁とりかへ ばや﹂との比較を行うことは、大変重要なことであると思 われる。﹁とりかへばや﹂には﹁古とりかへばや﹂とその 改作本である﹁今とりかへばや﹂の古今二種の物語が存在 したことが知られている。だが﹁古とりかへばや﹂は早く に散逸しており、現存しているのは﹁今とりかへばや﹂の みである。よって現在において﹁有明の別れ﹂と直接比較 検討できるのは今本の方だけである。そこでここでは﹁有 明の別れ﹂と﹁今とりかへばや﹂両者の構想、場面描写、 文章、語句などを比較し、﹁有明の別れ﹂における﹁今と りかへばや﹂の影響を明らかにしたいと思う。そして﹁有 明の別れ﹂の作者がどのように﹁今とりかへばや﹂をとら え、どのように意識して取り込み、自分独自の物語を作り 出していこうとしたかということを考えてみたいと思う。 なお本文の引用とページ数は全て﹁有明けの別れl
あ る 男装の姫君の物語l
﹂︵大規修訳・注創英社︶、﹁校注と 序 十二世紀中頃から十三世紀初頭にかけて成立したと考え られる物語﹁有明の別れ﹂は、﹁無名草子主 1 ︶ ﹂ に 初 め て ﹁ ﹃ 有 明 の 別 れ ﹄ ・ : な ど は 、 言 葉 遣 ひ な だ ら か に 耳 立 た し からず、いとよしと思ひて見もでまかるほどに、いと恐ろ しきことどもさしまじりて、何事も醒むる心地するこそ、 いと口惜しけれ﹂と見える。この﹁有明の別れ﹂の中には ﹁ 男 装 ﹂ 、 ﹁ 隠 れ み の ﹂ 、 ﹁ 疑 死 事 件 ﹂ 、 ﹁ 天 人 降 下 事 件 ﹂ な ど の様々な珍しい趣向が取り入れられている。その中でも特 に特徴的なものは、﹁男装の姫君﹂が登場することであろ A ノ 。 こ の ﹁ 男 装 ﹂ を 取 り 扱 っ た 物 語 で ま ず 思 い 出 さ れ る の は 、 同じく王朝末期に成立した﹁とりかへばや﹂であろう。 ﹁とりかへばや﹂は﹁有明の別れ﹂の少し前に成立したと 考えられ、今までにも影響関係が指摘されてきた。﹁有明村
上
理
麻
考えられ、今までにも影響関係が指摘されてきた。﹁有明 り か へ ば や 物 語 ﹂ ︵ 鈴 木 弘 道 著 笠 間 書 院 ︶ に よ っ た 。 第一章
﹁
今
と
り
か
へ
ば
や
﹂
と
の
比
較
第一節構想の比較 ﹁有明の別れ﹂と﹁今とりかへばや﹂の影響関係を考え るために、まず構想上の主な類似点を考えてみる。原田明 美氏による詳しい指摘があるのでそれをもとにし、また中 村 氏 の 指 摘 ︷ 桂 三 や 自 分 の 意 見 を 加 え な が ら 次 の よ う に ま と めてみた。︵なお、以降は﹁今とりかへばや﹂を﹁とりか へばや﹂と記し、﹁有明の別れ﹂と﹁とりかへばや﹂の女 主 人 公 を そ れ ぞ れ ﹁ 女 大 将 ︵ 女 院 ︶ ﹂ ・ ﹁ 女 中 納 言 ﹂ と す る ︶ 一女主人公の男装 二女主人公の人柄︵男の楽器である笛に優れている・生 真 面 目 な 性 格 で 、 不 思 議 な ほ ど 身 を 慎 む ︶ 契らぬ妻︵有明の別れl
対の上とりかへばや|四の 君︶を持つ女主人公 妻の密通により我が子ならぬ子をもっ女主人公 男︵有明の別れl
帝とりかへばやl
宰相中将︶から 男装を見破られて契りを交わす女主人公 男として女性︵有明の別れi
承香肢の女房とりかへ ば やl
麗景肢の女御の妹君︶と歌を交わす女主人公 女装に戻ったあと、入内して皇太子を産む女主人公 四 五 ム ノ、 七 男 装 の 姫 君 の 物 語 | ﹂ ︵ 大 槻 修 訳 ・ 注 創 英 社 ︶ 、 一 枝 注 と 以上、七項目に及ぶ類似点がみられる。構想の上ではか なりの類似点があると言えよう。この類似点を考えてみる と﹁有明の別れ﹂の女大将と﹁とりかへばや﹂の女中納言 は、男として育ち、契らぬ妻との結婚、失掠︵死亡︶、入 内、立后という一生の大まかな構成が大変似ており、女大 将 に は 女 中 納 言 が 大 き く 影 響 し て い る と 思 わ れ る 。 し か し 、 ここで注意したいのが、この類似した構想の中にも二つの 作品において異なった部分が見られることである。 一について﹁とりかへばや﹂では女装をして尚侍となっ ていた兄弟の存在があり、女中納言は後に男装から女装へ 戻る際にこの兄弟と入替わる。ところが﹁有明の別れ﹂で は兄弟は存在せず、女大将は一人で右大将から事前に設定 されていた幻の妹君になりすまし、右大将は死去したとし て 無 事 入 内 を 果 す 。 ま こ と に 巧 妙 な ﹁ 一 人 二 役 早 変 わ り ︵ 守 ︼ ﹂ が行われるわけである。ここで、なぜ兄弟の存在を省き、 より複雑な方法に変えたのかという疑問がある。これは ﹁有明の別れ﹂の作者が、女の方に焦点を絞った物語を書 こ う と し て い た か ら で は な い だ ろ う か 。 古本から今本への改作の際に﹁とりかへばや﹂を︿女の 物語﹀として方向づけようという構想があったことが考え られる。﹁今本作者は女中納言に焦点を定めて、物語を展 開させる道を選んだのであるが、その男装を解くための便宜その他から女装の兄男尚侍をそのまま利用することにし たのだ在主﹂。つまりそこには構想と作品としての描かれ方 との間にギャップが生じていたのである。﹁有明の別れ﹂ はこの間題を女主人公の一人二役の早変わりで解消し得た と い え よ う 。 また三においては、女である大将をそれとは知らずして 夫に持ち、夫以外の男との密通によって子を産むという対 の上は﹁とりかへばや﹂の四の君からの影響がみられる。 しかしその﹁まことならぬ﹂夫婦仲はかなり様子が異なっ ている。まず、女中納言と四の君との結婚は周囲から薦め られた形式的なものであり、愛情もそれほど深くはなかっ た。後に四の君は宰相中将との密通事件を起こし、それか ら後は宰相中将の方へ心がなびいていく。そして四の君は 最後まで自分の夫が女であったことも、その女中納言が兄 と入れ代わったことも気が付かないままなのである。それ に対して﹁有明の別れ﹂の女大将が対の上を妻として自分 の屋敷へ連れて来たのは自分の意志で、義理の父親との密 通に苦しんでいる対の上の身の上に向性として深い同情を ょせたからであった。﹁ありしよりけになっかしくあはれ にぞたのみかはしたまへる﹂︵九八︶と、女大将と対の上 との夫婦仲には深い愛情があった。それは女大将が表向き 死去したと公表された時の対の上の姿にも現われている。 対の上は、物語全体を通して吋おほどかにあえかなる御 心のくせ﹂︵一八八︶というようにおっとりした性格の女 性として描かれているが、夫である女大将が死んだときは、 自ら尼となってしまう強さを見せ、それから後は密通の相 手の三位中将とも関係せず、子供達の養育に専念するので あ る 。 そ し て 後 に 女 院 と な っ た 女 大 将 と 再 会 し 、 女 院 が か つ ての夫であったことを知らされる。二人の関係は、愛情を 友情に変えて続いて行くのである。対の上の立場も女大将 の正妻であり、その娘と息子は中宮と左大臣になる。この 描かれ方は、後に男大将︵女中納言の兄︶の正妻になれな か っ た 四 の 君 と 対 照 的 で あ る 。 六については女大将が男として承香肢で歌を交わした女 房の構想は、﹁とりかへばや﹂で女中納言麗景般のわたり で歌を交わして語らった麗景般の女御の妹君との関係を踏 襲したものであろう。しかし、この承香般の女房と麗景肢 の妹君は最後の身の上が全く異なっている。﹁とりかへば や﹂の方は女御の妹君は、女中納言が兄尚侍と入れ替わっ た後にその兄と本当の契りを結びその女児を生む。そして 物語の最後にはそれなりに幸福な結末を迎える。それに対 して﹁有明の別れ﹂の承香肢の女房は大将が死去したと公 表されたあと、世をはかなみ出家して尼となり、後には悲 劇的な最後を迎える。主人公との関係において類似した設 J 九 若 手 r 会 E F %台 本 n z a E j d 芝 f J 以 下 三 子 山 一 三 み
死去したと公表された時の対の上の姿にも現われている。 定の人物としてはあまりに対照的ではないだろうか。 ﹁とりかへばや﹂は最後はほとんどの人が幸せになった といういわば大団円で終わっている。﹁古代の物語の結末 には、しばしばこうした、内容のない、ひたすら目出度し 目出度しの結末だけを強調する形式だけの記述がある韮 6 ︸ ﹂ 。 ﹁とりかへばや﹂は﹁まさに古代物語の典型といってよい 結 構 を 有 す る ︷ 註 7 ︶﹂のである。これに対して﹁有明の別れ﹂ はあえて承香肢の女一房の最後を悲劇的に演出し、指命に翻 弄される人間の姿という主題を表現したのである。 第 二 節 場 面 描 写 の 比 較 次に場面描写においての﹁有明の別れ﹂と﹁とりかへば や﹂の類似点を、それぞれの引用文によって対比する。こ の点については、原田氏が詳しくあげておられる在旦ので、 その場面は省略し、そのほかに新たに発見した類似してい ると思われる場面をあげる。 我が身の異常さを思い悩む女主人公 ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ 知 れ ぬ 御 心 は 、 世 と と も に 世 づかぬ身のもてなしをのみ、 ﹁ い か に し て こ と ぞ ﹂ と 思 ひ な や ま れ て : ・ ︵ 四 四 ︶ ﹁ と り か へ ば や ﹂ な ど て め づ ら か に 人 に た が ひ け る 身 に か と 、 う ち ひ と り ご た れ つ つ ・ : ︵ 一 回 ︶ あ は れ わ が 心 ひ と っ こ そ 人 に た が へ る 身 と 嘆 か し さ の 絶 ゆ る 時 な け れ ︵ 一 O 四 ︶ 劇的な最後を迎える。主人公との関係において類似した設 ・両方の女主人公ともに自分の身の上を世間一般ではない と自覚しているところが共通している。 こちぎらぬ妻の密通事件 世 の つ ね な ら ず た を や ぎ す ぎ た る 御 け は ひ に 、 ひ さ し く し み か へ り て は 、 い と ど お そ ろ し く は づ か し き に 、 一 言 葉 の 御 い ら へ だ に え の た ま ひ い で ず 。 例 の 御 身 は な れ ぬ 侍 従 た ど り き た り 。 ﹁ ま づ 、 こ の 君 な り け り ﹂ と 思 ふ に : ・ た れ も い み じ く 思 ひ ま ど ひ て 、 た だ お し い づ と い ふ ば か り に さ わ が し き こ ゆ る に せ ん か た な く て 、 い み じ き 雨 に し を れ い で た ま ひ ぬ 。 ︵ 一 一 一 八 ︶ 女 君 は 、 中 納 言 に な ら ひ て 、 人 は た だ の ど や か に 、 恥 づ か し う う ち 語 ら ふ 事 よ り ほ か に は な き も の ﹂ と の み お ぼ す に ・ : ︵ 一 一 一 五 ︶ 前 近 き 御 乳 母 子 の 左 衛 門 と い ふ 聞 き つ け て ・ : ﹁ そ の 人 な り け り ﹂ と 開 く も 、 あ き ま し う い み じ け れ ど ・ ・ ・ 左 衛 門 い ら れ わ ぶ れ ば 、 い で ぬ べ き 心 地 も せ ね ど 、 さ り と て あ る べ き な ら ね ば 、 泣 く 泣 く 心 の か ぎ り た の め 契 り て 、 出たまふ心地夢のやうなり。 ︵ 三 五 ︶ ・どちらも女であり優しく語るだけの夫に慣れていた妻が、 侵入してきた男に脅える様子、密通場面を乳母子の女房一 人が気づき、そのことが外に漏れないように働く所などが 類 似 し て い る 。 三男から男装を見破られ、契りを交わす女主人公 なほけぢかくてはさらにいは一判叶判州叫判
U
叫 制 引 叶 み る ん か た な く こ ま や か に う つ し げ 一 め で た さ は 、 も の に も あ ら ざ り な る を : ・ さ こ そ い え ど 、 い と す 一 け り 。 く や か に も て は な れ や す き 御 身 一 剖 削 川 ぺ 州 可 州 叶 U 引 制 引 制 U H の ほ ど を 、 も と よ り 人 の と あ り 一 引 引 判 制 剖 引 則 引 副 U 剖 矧 制 判 、か か り を え お ぼ し わ か ず ︵ 一 四 O ︶ せ ん か た な く わ び し く 、 ﹁ つ ひ に い か な る こ と い で こ む ﹂ と し づ 心 な く か な し き に 、 涙 も つ づ き こ ぼ れ つ つ 、 い み じ う 思 ひ ま ど ひ た ま へ る さ ま : ・ さ こ そ か ぎ り な く す く や ぎ ︵ マ マ ︶ た ま へ ど 、 か く あ き ま し き に は 、 な に の 心 づ よ さ に か な ら は ん 。 ︵ 一 四 二 ︶ と り こ め た て ら れ て は 、 せ ん 方 な く 、 心 よ わ き に 、 こ は い か に し つ る 事 ぞ と 、 人 わ ろ く 、 涙 さ え お つ る に ︵ 入 二 ︶ −この場面は女主人公が、いつもは男として気丈にふるまっ てはいるものの意外な出来事に対処できず、本来の女性的 な心理に戻ってしまった様子が共通しているように思う。 また中村氏は﹁有明の別れ﹂のこの場面について、﹁宮宰 相が女中納言の正纏を知って挑むといふ﹃とりかへばや﹄ の構想もまじっていよう韮旦﹂と述べられている。 四男からの文を断る女主人公 か く み だ れ が は し き か し こ ま り も 、 お の づ か ら か け と ど め 侍 ら ば 、 こ と さ ら な ん き こ ゆ べ き こ五八︶ な ほ あ は れ と も お ぼ し め さ ば か く か た は な る 人 め を つ つ ま せ た ま へ ︵ 一 六
O
︶ ③ か か ら む 女 の 世 に あ ら ま し か 刷 川 州 制 引 制 樹 剖 剖 叫 ︵ 四 三 e 松井 a v v q c ; 読 む ま 何 ら 諮 号 、 初 島 診 を d u も 7 1 −g 拍 4 4 t r i r ぇ L g g 曹 啓 泊 空 挺 修 飾 椴 惨 官 能 舵 傍 弘 事 常 降 毎 払 総 修 弘 拶 能 昼 よ り 乱 り 心 地 く る L う て え 対 面 た ま は ら ぬ 。 か し こ ま り は こ と さ ら に ま ゐ り て な ん 。 ・ : 人 目 の い と 例 な き ヤ う な る を 同 じ 心 に あ ひ お ぽ ほ し て 、 人 目 く る し か ら ず 、 も て な し た ま は ば な ん 、 ま こ と に 深 き 御 心 と は 知 る べ き ︵ 八 三 ︶ −初めて契りを交した後にその相手から来た歌を断る場面 である。人目も気にせず文を送る男の態度に比べ、女大将 も女中納言も冷静に対処し、﹁人目﹂を謹むようにと言い 返すなどしっかりした性格がうかがえる。 以上、両者の場面描写の類似点をいくつかあげてみた。 原岡氏があげておられる十七箇所にもおよぶ類似した場面 とあわせて考えてみると、場面設定において﹁有明の別れ﹂ の作者が﹁とりかへばや﹂を参考の一つにしたことは間違 いないと思われるのである。 第三節文章・語句の比較 次に、文章や語句についての類似点を比較してみる。こ れについても原田氏が十二項目あげておられるs g
の で 、 ここではそのほかに発見した類似していると思われる文章 をあげてみたいとおもう。 ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ ① こ れ や さ は 入 り ・ て し げ き は 道 な ら ん 山 口 し る く ま ど は る 与 か な ︵ 一 八 ︶ ② 中 納 言 は 琴 の 音 の み 心 に か か り て ﹁ か か る や う な る 夜 は 、 女 の 交 じ り た る こ そ を か し け れ ﹂ ︵ 二 三 七 ︶ ③ 糾 叶 引 制 側 副 剖 剖U
削 叫 ︵ 一 八 ︶ ﹁ と り か へ ば や ﹂ ① 妹 の 姫 君 も 山 口 し る う い と う つ く し げ に お ひ い で た ま へ る︵ ニ ニ
O
︶ @ ﹁ な ほ 、 琴 は 女 の 手 の ま じ り て こ そ 、 あ や し く あ は れ そ ふ も の な れ ︵ 二 一 三 ハ ︶@ 産 霊 の 神 の 心 む け は ︵ 五 六 ︶ ⑤ 刈 利 剣 劇 叫 引 制 刑 制 判 制 叫 ん にはすぎて、あてにめでたくぞ 御 覧 じ な さ る る 。 ︵ 一 四 八 ︶ @ 判 制 削 引 引 側 聞 剖
U
削U
剖 刷 かずならぎりけり。︵一入 O ︶ ① 御 格 子 は き さ せ た ま へ る か 。 あやしく人のけはひする心地こ そ す れ ︵ 三 五 回 ︶ か − A る女のまたあらん時、わ がいかばかり心をつくしまどは パ 叫 ︵ 八 一 ︶ t @ む す ぷ 神 の 契 り ︵ 九 七 ︶ ⑤桂の袖に、入尺あまりたらん 髪よりも、うつくしげにぞ見ゆ る ︵ 一 九 五 ︶ ⑥よそに御覧じっるよりも、ち かまきりはこよなくおぼされて︵
ニ
O
入 ︶ ⑦妻戸かけなどして、﹁あやし く人気のするとそ、むくつけけ れ ﹂ ︵ 二O
八 ︶ 中村氏は、①を引用している﹁とりかへばや﹂の歌を ﹁ 引 歌 と し て い る の で は な か ら う か 韮3
、 ② を ﹁ ﹃ と り か へばや﹄の本文と若干の関係があら主主︼﹂と述べておら れ る 。 以上見てきたように、構想の上においても場面描写、文 章 ・ 語 句 の 上 に お い て も か な り の 類 似 点 が あ り 、 ﹁ 有 明 の 別 れ﹂が﹁今とりかへばや﹂から甚大な影響をうけていると い う と と が 分 か る 。 古 本 か ら の 直 接 の 影 響 も 考 え ら れ る し 、 他の先行物語との比較も行っていない以上、この比較の結 果は推測の範囲を出ないところもあるが、しかしそれらを 考慮しても﹁有明の別れ﹂の作者が﹁今とりかばへや﹂を 読み、色々な構想や趣向をそこから取り入れたことは明ら KL カ由主屯刻ゼま LPE 二 ﹄一 と
かであろう。そして、ただ構想や趣向をまねるだけではな く、独自の構想や考えを作品の中に盛り込んでいったこと もうかがえるのである。では﹁有明の別れ﹂の作者は、 ﹁とりかへばや﹂のどのような点に影響を受け、どんな意 識 で 自 分 の 作 品 に 取 り 込 ん で い っ た の だ ろ う か 。 ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ の 物 語 の 構 想 は 巻 一 の 第 一 部 と 巻 一 一 、 コ 一 の第二部とに分けることができる。この第一部は女大将が 主人公で、男装をして活躍した後女装に戻り女御として入 内し皇子を出産、立后のあと女院に昇るまでの話である。 巻二以降の第二部ではその女院の表面上の甥である左大臣 が主人公となる。だがこれまでに挙げた類似点を見てみる と、そのほとんどが女大将が主人公である巻一に集中して いることが分かる。また第一節でも述べたように物語の構 成においても両者の女主人公に多くの共通点が見られる。 つまり﹁とりかへばや﹂からの影響の多くは、女主人公の 造形にかかわる問題であると言えよう。原田氏は﹁有明の 別れ﹂に見える﹁とりかへばや﹂の影響について、﹁とも に ﹃ 男 装 ﹄ と い う 奇 想 を 趣 向 の 一 つ と し て 取 り 組 ん だ 以 上 、 物語展開の上で、宿命的ともいうべき類似性の保持に及ん だ ケ l スも考えられようs g
﹂と述べておられる。だがは たして両者の類似性が男装という共通の趣向だけで説明で きるのだろうか。﹁有明の別れ﹂の作者はもっと﹁今とりかへばや﹂という作品を意識して取り込み、それを越えた 自分独自の物語を創ろうという超克の試みがあったように 思うのである。そこで第二章ではどのような意識で独自の 物語をつくろうとしていたのか、第一章で示した構想の類 似点と相違点を手がかりとして、特に共通点の多い女主人 公とその人間関係を中心に考えていこうと思う。 第二章
﹁
と
り
か
へ
ば
や
﹂
の
受
容
第一節対の上と四の君 この二人は、同じような立場にある人物でありながら、 性格の描かれ方にもかなりの差が見られる。 ﹁とりかへばや﹂で四の君は、宰相中将との密通後しだ いに中将にひかれていく姿が描かれている。その性格は、 周りからは﹁子めかしからむ﹂といわれ表面は幼く見えな ら、その心の中には密通を夫に知られながら宰相中将との 交際を続けるほどの情熱をもっているのである。この四の 君 は 、 そ の 夫 を 裏 切 る と い う 行 動 か ら か ﹁ 無 名 草 子 在 日 ︼ ﹂ においても﹁四の君ぞ、これは憎き﹂と評されている。古 本では、﹁あらまほしくよき人﹂といわれた四の君が今本 ではこのように反対の性格づけをされたのは、今本の作者 の改作意図に理由があったと考えられる。﹁今とりかへば や﹂においては、宰相の中将を聞におきながら、情に流さ れない知的な女性としての女中納言と感情で動いてしまう 女性としての四の君を対照的に描くことによって、女中納 言の自立した性格を明確にしようとしたのである。 一方対の上は、これとは逆に素晴らしい女性として描か れている。第一章でも述べたように、女大将との夫婦関係 も良好であった。性格も﹁いとせめてうつくしき御心のく せ ﹂ ︵ 一 八 八 ︶ と 、 そ の 美 貌 と と も に 高 く 評 価 さ れ て い る 。 そのような対の上の性格は、やはり女主人公である女中納 言と対比するためだったと考える。対の上は﹁もとよりた どたどしき御くせはなにをなにともわかれたまふまじ﹂ ︵一八六︶などたよりない性格として描かれており、自意 識が弱いはかなげな女性である。それに対して女大将は強 い自我を持った男勝りの性格である。この対照的な二人の 女性は巻二以降、女院の表面上の甥であり対の上の息子で ある左大臣により比較される。そして左大臣はこの二人の 女性を理想の女性として考え、しかも﹁またたぐひきこえ させたる人のありがたきこそ、くちをしけれ﹂︵二二六︶ といって女院の方により高い評価を下し、女院を恋い慕う のである。そして、右・内大臣のそれぞれの美しい娘を妻 としながら、最後までこの女院にならぶほどの女性を見い だせずにおわる我が身の不運を嘆き、第二部ではその苦悩 が中心に描かれているのである。たよりなく女らしい対のや﹂においては、宰相の中将を聞におきながら、情に流さ 明 上 と 、 男 と し て 生 き て い た 女 院 と 、 ど ち ら が ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ の作者の理想の女性像であったかは、左大臣の評価から明 らかであろう。つまり女院という男装の経験を活かして誇 り高く生きる女性の魅力を際立たせるために、対の上を女 ら し い 女 性 と し て 描 い た の で は な い だ ろ う か と 思 う の で あ る 。 第二節帝と宰相中将 女大将と女中納言は、どちらも男から男色をしかけられ その結果男装を見破られることは同じである。しかしその 相手の身分には大きな違いがある。﹁とりかへばや﹂で女 中納言が男装を見破られるのは同僚の宰相中将であるのに 対して、﹁有明の別れ﹂の女大将は時の帝である。この初 めて契る男性の違いが女大将と女中納言が入内して後の帝 との関係の差となって現れる。﹁とりかへばや﹂では帝は 尚 侍 と な っ た 女 中 納 言 を 寵 愛 す る が 、 彼 女 が 処 女 で は な か っ たことをいぶかしく思い、失望する。一方﹁有明の別れ﹂ の方は、帝の女主人公への寵愛は﹁とりかへばや﹂以上で ある。それは帝が女主人公の男装のころを知っており、し かもその秘密を暴いたのは帝自身だからである。﹁世とと もにこのもしきものに思ひそめたまひにしなどり、御日と ま る こ と お ほ か る べ し ﹂ ︵ 一 八
O
︶ 。 つ ま り 帝 は 男 装 時 代 も 含めて女院を愛したのであり、二人で女院が女大将であっ たころのことを懐かしむほどの仲なのである。しかも帝は が中心に描かれているのである E たよりなく女E
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実 ¢ 女院の男装時代を正当に評価し、女大将に匹敵する才能の ある人物が現在にいないことを残念に思うのである。これ は男装時代の女中納言を﹁あはむる﹂宰相中将の姿勢とは 違っている。宰相中将は女装に戻った女中納言に対して彼 女 の 男 装 を ﹁ わ が 身 を あ ら ぬ に か へ て す ぐ し た ま へ る こ と 、 あるべきことならず﹂︵一一八︶と非難する。また両女主 人公の最終的な身分も違っている。﹁とりかへばや﹂で女 中納言は尚侍として出仕し、帝と契った後に女御になり立 后して国母の地位につくが、﹁有明の別れ﹂の方では女大 将は女御として華々しく入内する。そして中宮に立后し、 女 院 の 地 位 ま で 得 て い る 。 ﹁とりかへばや﹂では、後に帝は中宮となった女中納言 と関係があった相手が宰相中将であり、宰相中将の息子が 中宮の子供であることを知る。しかし、帝が知るのはそこ ま で で 、 彼 女 . か 元 の 中 納 言 で あ る こ と に は 全 く 気 が 付 か な い。そして最後まで女中納言の秘密は守られたまま物語は 終わっている。中宮の幸福のために、帝はそれ以上の事実 を知ろうとはしなかったのである。ここには﹁知ることの 抑制在当﹂が働いていると言う。物語を円滑に進め終わら せるためにこの﹁知ることの抑制﹂が﹁とりかへばや﹂で は、帝だけでなく色々な人物や場面に認められる。四の君 は 最 後 ま で 夫 の 中 納 言 が 女 で あ っ た こ と を 知 ら ず に 終 わ り 、﹁ 無 名 草 子 ︷ 注 目 ︼ ﹂ で ﹁ い み じ く 心 劣 り す れ ﹂ と 非 難 さ れ る 。 宰相中将と女中納言の息子も、後に股上して中宮となった 女 中 納 言 と 再 会 し 、 彼 女 が 自 分 の 母 で あ る こ と に 気 付 く が 、 それを父親の宰相中将や乳母にすら語らないのである。 ﹁とりかへばや﹂では秘密を知っているものたちが皆口を つぐみ、秘密は守られ、そのために皆が幸せになるという 結末になっているのである。これに対して﹁有明の別れ﹂ では帝をはじめ対の上も女院がかつての右大将であること を知る。また三位中将は自分と対の上との密通によって生 まれた娘が中宮になっていることを知り、中宮も自分の本 当の父親が三位中将であることを知る。自分は故右大将 ︵ 現 在 の 女 院 ︶ と 対 の 上 の 娘 で あ る と 信 じ て い た 中 宮 は 、 知らなければよかったと嘆き、それを知らせた侍従も後悔 に苦しむのである。これは﹁とりかへばや﹂が避けた、知 る こ と に よ り 不 幸 に な る 場 合 を 描 い た の で は な い だ ろ う か 。 それは作品の最後の場面においても言えることである。女 院をかつての右大将であった人とは知らず、叔母であると 思 い 禁 断 の 恋 に 悩 む 左 大 臣 。 事 の 全 て を 知 っ て い る 侍 従 が 、 その左大臣に全てを語ろうとする場面で物語は終わってい る。これより後は物語が書かれていないのか、それとも散 逸してしまったのかはまだ分からない。しかし作者のそれ までの創作態度から考えると、作者は左大臣に真相を告げ る物語を用意していたのではないだろうか。そこから生ま れる左大臣と女院の新たな苦悩、それはこの物語の続きに ふさわしいもののように思われるのである。そしてこれは ﹁とりかへばや﹂の古代物語の形式どおりの結末に比べて も、より現実的でしかも発展性のある結末であるといえる の で は な い だ ろ う か 。 第三節女大将と女中納言 最 後 に 両 者 の 女 主 人 公 の 描 か れ 方 の 違 い に つ い て 考 え る 。 二つの物語の女主人公が最も異なるのは、女装、つまり本 来の姿にもどった後の態度であろう。﹁とりかへばや﹂の 女中納言は宰相中将と契りを結んだ後妊娠し失綜する。そ して宇治で女の姿に戻った後は﹁いとありつき女ざまにな り は て て 、 ・ : 今 や わ が 身 か く で あ る べ き ぞ か し と 思 い 知 り 、 なよなよともてなしたるはありし人ともおぼえず﹂︵一ニ 四︶と全く女性らしい態度をとるようになり、すぐに男装 時代を諦めてしまうのである。入内した後にも女中納言が 思いだして嘆くのはほとんどが宇治に残してきたわが子の ことだけなのである。その姿は中納言として活躍していた 男装のころと比べると﹁どこか抜け殻のようで生気に乏し く 産 担 ﹂ 、 国 母 と な っ た そ の 最 後 も 形 式 的 な 幸 福 を 描 い た も ののように思える。これに対して﹁有明の別れ﹂の女大将 は入内した後も、﹁あはれにこひしく思いいでられたまふ
までの創作態度から考えると、作者は左大臣に真相を告げ ふ し の み お ほ か り ﹂ ︵ 一 七 八 ︶ ﹁ す ぎ し か た こ ひ し き に : ・ つくづくとうち泣かれたまふことおほかり﹂︵一九
O
︶ ﹁ あ さ ま な り し 御 身 の と ひ し く お . ほ し い で ら る る ﹂ ︵ 一 九 一 一 ︶ ﹁ 雪 つ も る 王 の う て な は か は ら ね ど 、 な れ し わ が 身 の か げ ぞ と ひ し き ﹂ ︵ 一 九 四 ︶ な ど 、 男 装 時 代 を ﹁ こ ひ し く ﹂ 思い女の身に落ち着くことができないのである。さらに ﹁とりかへばや﹂の女中納言が得た﹁国母﹂の地位の上に ﹁女院﹂の称号まで得ながら男装時代を懐かしみ、またか つての自分に匹敵する才能を持った人物がいないことを残 念に思い、﹁げに御身をわけたらば、いづかたにもいみじ きもののはえならましとぞくちおしき﹂︵一九二︶とまで 思うのである。女大将は﹁人間として生きたしたたかな自 己主張の度合いは、﹃とりかへばや﹄の女主人公よりも一 段と進んでいる s g o 自分が持つ可能性についても、より 深い理解があったのではないだろうか。そしてこの二人の 女主人公の違いが、両作品の作者の女性に対する意識の違 いも表しているように思われるのである。このように、 ﹁有明の別れ﹂では、同じ男装の姫君の女心の遍歴を描い た﹁とりかへばや﹂よりも一層深い女性の可能性にたいす る追求がなされているように思う。辛島氏は、五十嵐氏が か つ て ﹁ 今 と り か へ ば や ﹂ を ﹁ 婦 女 子 の 如 き 文 武 の 男 子 と 、 思ひあがった才援とが似而非風雅と愛欲とに日を送った当 は入内した後も、一あはれにこひL
く居ししてqt
・ −1J
代の影とすれば、また時代自らの描いた一種の劇画と見る ことが出来るであらうよと述べたのに対し、これには ﹁直感的に﹃今とりかへばや﹄に内在するフェミニズム的 傾斜を臭ぎとって、生理的に排斥しようとした気配が感じ られる。しかし、逆にいえば、半世紀以上前に既に五十嵐 は こ の 物 語 の 本 領 が 透 け て 見 え て い た と も い え る だ ろ う 在 翌 ﹂ と述べておられる。﹁有明の別れ﹂の作者もまた﹁とりか へばや﹂に内在する﹁フェミニズム的傾斜﹂を無意識につ かみ取っていたのではないだろうか。そして﹁今とりかへ ばや﹂では不完全で終わった﹁誇り高く自らを偽らずに生 きる女﹂の創造を、自分の物語の中で試みたのではないだ ろうか。そのために﹁男装﹂をはじめ、﹁無名草子﹂では 非難されるような様々な趣向をあえて取り入れ、自分独自 の美的世界を創り出し、その中で自分が理想とする女性の 生き方を描こうとしたのであると考える。 ﹁女主人公が男に伍して彼等を凌駕するには男装が必要 で あ っ た ︵ 在 ぎ ﹂ 。 ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ の 作 者 が ﹁ と り か へ ば や ﹂ から﹁男装の女性﹂という趣向を取り入れた理由は、まさ にこの点にあったと思われる。そしてその趣向と同時に ﹁ 女 性 の 可 能 性 ﹂ と い う テ l マをも受け継ぎ、しかもそれ をより発展させた物語を創り得たといえるのではないだろ う か 。以 上 、 ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ と い う 物 語 に つ い て 、 ﹁ と り か へ ば や ﹂ と の 比 較 を 中 心 に 考 察 し て み た 。 そ の 結 果 、 そ の 構 想 、 場面描写、文章・語句などに類似点を数多く発見し、﹁有 明の別れ﹂が現存の﹁今とりかへばや﹂から多大な影響を 受けていることがわかった。そしてそれは﹁有明の別れ﹂ の作者が単に﹁とりかへばや﹂の﹁男装﹂という趣向だけ に興味を持ち取り込んだというだけではなく、そこには ﹁ と り か へ ば や ﹂ と い う 物 語 を 越 え よ う と い う 意 識 が あ っ た か ら で あ る と 考 え ら れ る 。 ﹁有明の別れ﹂の作者は﹁とりかへばや﹂の﹁男装﹂と いう趣向そのものよりも、女中納言の姿に、女主人公にふ さ わ し い 魅 力 を 感 じ た の で あ ろ う 。 だ が ﹁ と り か へ ば や ﹂ では、女を中心とした物語にすることも、また女性の可能 性の追求という試みも不完全であった。そして主題として 女中納言の苦悩する姿、心の遍歴を追いながら、宿命とい う 主 題 も 単 な る ﹁ 時 代 化 粧 ﹃ 注 き ﹂ と し て 描 か れ た だ け で 終 わっている。辛島氏は、女中納言について﹁男装を断念し て女に戻ることは、一つの挫折であった﹂と述べ、その不 満は﹁もしや国母の栄光を極めることで解消されるものな のか|熱心な読者は、ひょっとするとこんなだいそれた疑 結 び 聞に出会ってしまいそうだ在忍﹂と述べられているが、こ の ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ の 作 者 は 、 ま さ し く そ の ﹁ 熱 心 な 読 者 ﹂ で あ っ た の で は な い だ ろ う か 。 ﹁ 有 明 の 別 れ ﹂ の 作 者 は 、 男装の女主人公をより魅力的に描き、地位を高めることに よって、この疑問に答えたと考えるのである。そして同時 に、宿命に翻弄されながらも強く生きる人間の姿を、自分 独自の美的世界の中で描くことを目指したのではないだろ うか。そしてそのような作者の態度が、特異な趣向を数多 く含みながら、しかもいたずらに猟奇趣味に落ちることの ない、文学的価値を保ち続ける﹁有明の別れ﹂という作品 を 作 り 得 た と い え よ う 。 ︽ 注 ︾ 注 1 桑原博史校注﹁無名草子﹂昭和五一・一一一︵新潮 日本古典集成︶新潮社 原因明美﹁﹁有明の別れ﹂と﹁とりかへばやヒ大槻 修 訳 ・ 注 ︵ ﹁ 有 明 の 別 れ
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あ る 男 装 の 姫 君 の 物 語 | ﹂ 一 九 七 九 ・ 三 創 英 社 ︶ 中村忠行﹁解題︵二︶|先行物語との関係を中心と し てl
﹂︵中村忠行・骨沢太吉共校﹁有明乃別﹂上 昭和三三・五古典文庫刊︶ 大槻修訳・注﹁有明けの別れ|ある男畿の姫君の物 注 2 注 3 注 4の か