AMOSの観測に併行して,この地点に近接する林内に おいて気温,相対湿度の観測が2011年 3月より行われて きた。 本稿では,この林内観測データとAMOSデータと を比較し,林内と林外環境の違いを,季節性を踏まえ報 告する。 2 .観測概要と方法 アンコール・ワット遺跡の周囲は,水で満たされた堀 によって囲まれている (図 1)。ここでは,便宜的にこの 堀の内側を敷地と呼ぶことにする。敷地は周囲を外壁に 囲まれており,7割以上が樹林に覆われている。図 1 の 星印で示されているAMOSは,敷地西側のオープンス ペースに設置されており,気温,湿度,風向風速,気圧, 日射量の各気象要素に関する観測が2010年12月下旬よ り実施されている (図2a, Waragai et al., 2013)。AMOS の北側の林内の微気候的特徴を明らかにする目的で設 置したのが,ICOS (In-canopy microclimate observation station) であり,林内の温湿度を2011年 3月より観測し 1 .はじめに
熱帯モンスーン域の中に位置する遺跡アンコール・ ワット敷地内に設置された気象観測機器(AMOS:Angkor Wat Meteorological Observation Station) は,遺跡の風化 過程解明の為の基礎資料となる気候データ取得の為に 2010年12月に設置された (Waragai et al., 2013)。この観 測において,敷地内における,気温,湿度,風向風速, 降水量などの気象データが長期的に取得され,さらに, これに合わせた屋外,屋外実験が行われることにより, 詳細な風化過程の解明が成されることが期待される。 一方,AMOSによる観測がオープンスペースにおけ る観測であることは,遺跡周辺の樹林等の土地被覆の違 いによって生じる風化に対する微気候的影響を除外した 環境下を想定した観測となっている。現存する遺跡がこ の様なオープンスペースにのみ立地しているわけではな く,特に林内に存在する遺跡群などは,林内に生じる微 気候の影響を強く受けていると考えられる。そこで,
森島 済
*・ 羽田 麻美
*・藁谷 哲也
*For clarifying the characteristics of the microclimate in the site of Angkor Wat temple, the monthly mean diurnal changes of air temperature and relative humidity were compared between the different environments in and out of forest. The difference of temperature under those environments in the daytime, which indicates around 0.5 ℃ in March and nearly 2℃ in August, tends to increase from March to August. And the maximum appears from nine to ten o clock in the morning of every month except for April. On the other hand, relative humidity in forest is higher than that out of forest around all day except for March, and the difference in and out of forest, whose peak emerges from 8 AM to 9 AM, has the increasing tendency from April towards August. As a result of having compared the absolute humidity to recognize the cause that these seasonal differences of relative humidity were formed, the tendency in diurnal change depended on the change of absolute humidity in the forest.
Keywords: Angkor Wat, miroclimate,air temperature, relative humidity
アンコール・ワット遺跡敷地内の微気候に関する予察的研究
Preliminary Study on the Microclimate Characteristics in the Site of Angkor Wat Temple, Cambodia
Wataru MORISHIMA
*, Asami HADA
*and Tetsuya WARAGAI
* (Accepted November 14, 2012)* Department of Geography, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3-25-40 Sakurajosui Setagaya-ku, Tokyo, 156-8550 Japan
* 日本大学文理学部地理学科:
て い る。 使 用 し た 測 器 は, ロ ガ ー 付 温 湿 度 計 (T&D Corporation:RTR-53A) であり,本観測環境において温度 ±0.3℃,相対湿度±5%の観測精度を持っている。設置 に際しては,断熱シートにより作成した放射よけシェル ターで本体とセンサー部を覆い,樹幹約2mの高さで自 然通風による観測を行った(図2b)。測定間隔は回収時 期の制限から30分としている。 また,乾季・雨季における敷地内の気温の空間パター ンを明らかにするために,現地調査に訪れた2011年 3月 7日,8月23日において,移動観測をそれぞれ10時,14 時を対象に行った。測定に際しては,ICOSの観測と同 様に放射除けシェルターを作成し,高さ約1.7mの棒に温 度計 (T&D Corporation:RTR-52A) を取り付けた (図2c)。 温度計の観測精度は,RTR-53Aと同じ±0.3℃である。 観測者は対象とする観測時刻の前後30分間にそれぞれ 1 回,同一の地点で観測を行い,これらの観測値から時 間内挿を行うことで,対象時刻の観測値とした。図1 に 示すように,観測地点は,樹林地,オープンスペースに おける立ち入りが可能な道沿いの合計45地点である。 オープンスペース,林地内における定点で観測された 気温,相対湿度の比較のため,月ごとの時刻別平均値を 30分間隔のデータから算出した。尚,ICOSにおける データ取得が正常に行われなかった期間が生じているた め,今回の比較は2011年 3月24日から 8月21日までの データを使用している。この為,結果としては3月から 8月までの計算結果を示しているが,特に3月に関して は,月平均値としてはデータ数が少なく,日々の変動の 影響が強く表れている可能性がある。 3.1 気温・相対湿度の季節変化特性 図3,図 4 にAMOSにおける気温,相対湿度,日射量 の月平均日変化を示す。月別の最高気温に注目すると, 3月から5月にかけて上昇し,それ以降 8月に向けて下 降していることが分かる。一方,月別の最低相対湿度 は,3月から 8月にかけて上昇し続け,3月の約50%か ら8月の70%以上へと増加する。3月を除く月におい て,月別の最低気温,最高相対湿度にほとんど変化が認
ICOS
AMOS
MOS
0 500mN
図1 観測エリアと観測地点 図2 測器の設置状況と観測状況められないことも特徴として挙げられる。 3月における気温と湿度は,他の月に比較して極端に 低い値を示しており,乾燥し低温な気団に覆われていた ことを示している。3月の月平均日較差は約 8 ℃を示 し,7 ℃未満の月平均日較差となる他の月に比較して大 きいものとなっている。図3aの変化傾向の比較から, 3月の値の大きさは,日没後の夜間気温低下量が他の月 に比較して大きいことに起因しており,水蒸気量低下に 伴う放射冷却量の増加が理由として示唆される。一方, 平均日較差の最も小さい月は8 月であり,5 ℃程度と なっている。8月における夜間の気温低下量は,4月か ら7月に比較して小さく,さらに日中の気温上昇量も小 さい。この日中の気温上昇量低下は,日射量の低下と共 に生じていることから,雨期における雲量の増加がこの 背景にあるものと考えられる(図4)。 図5 に林地内における気温,相対湿度の月平均日変 化,図6 にAMOSとの差を示す。AMOSにおける日変化 と同様の月別変化傾向が図5 のICOS観測結果にも認め られるが,気温の平均日較差はAMOSよりも小さく,3 月の7 ℃から 8月の 3 ℃まで減少する。また,林外の 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 30 28 26 24 22 20 32 34 Mar Apr May Jun Jul Aug Temperatur e( ℃ ) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 90 80 70 60 50 40 100 Mar Apr May Jun Jul Aug Time R elative Humidity( % )
a
b
図3 林外 (AMOS)における気温と相対湿度の月平均日変化 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 800 600 400 200 0 Mar Apr May Jun Jul Aug Time Solar R adiation(W/ ㎡ ) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 800 600 400 200 0 800 600 400 200 0 800 600 400 200 0 800 600 400 200 0 800 600 400 200 0 Timea
b
c
d
e
f
図4 日射量の月平均日変化度にまで差が生じる時間帯が存在している。季節進行に 伴い,林内の絶対湿度が相対的に大きくなる傾向を持 ち,7月,8月の雨季本番には夜間日中を通じてほぼ林 内の絶対湿度が林外のそれを上回ることを示している。 それぞれの月の日変化に注目すると,4月から 8月まで の夜間23時から明朝 7 時頃までの絶対湿度の差はほぼ 一定であるが,日中から夜半にかけての絶対湿度差とそ の変化傾向は極めて異なったものとなっている。即ち, 4月から 6月にかけては,日中に林外の絶対湿度が相対 的に大きくなる傾向を示すのに対し,7月,8月は日中 AMOSデータに比較して,相対湿度が全般的に高く なっていることも特徴となっている。 林外・林内の気温・相対湿度の差が,日中において顕 著となることは,図6 から明らかである。日中の気温差 は,3月から 8月にかけて大きくなる傾向を持ち,3月 で0.5℃程度の大きさだった値が,8月には 2 ℃近くまで 上昇する。この差は,4月を除く月において,9 時から 10時の午前中に最大となっている。一方,3月における 相対湿度差は,午前中の一部時間帯を除き,AMOSで 大きいことを示している。この差自体は誤差の範囲内と も考えられるが,相対湿度に差がほとんど認められない という点は季節的特徴として興味深い点である。その他 の月においては,ほぼ全時間帯においてICOSの相対湿 度がAMOSよりも大きいことを示しており,4月から 8 月に向かってその大きさも拡大する傾向を持っている。 これらの差のピークが現れる時刻をみると,4月から 6 月には8 時前後に現れるのに対し,7月,8月では 9 時頃 にシフトしているように見える。 この様な相対湿度の差が,林内外の気温差によるもの なのか,または水蒸気量自体の違いによるものなのかを 確かめるため,絶対湿度を計算し,図6 と同様に差をと り,各月毎に示したのが図7 である。3月では,林外の絶対 湿度が林内のそれを上回っており,日中には1g/m3程 Mar Apr May Jun Jul Aug 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 30 28 26 24 22 20 32 34 Temperatur e( ℃ ) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 90 80 70 60 50 40 100 Mar Apr May Jun Jul Aug
Time
R elative Humidity( % )a
b
図5 林内 (ICOS)における気温と相対湿度の月平均日変化 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 -8 -12 -16 -4 Time R elative Humidity( % ) 0 4 Mar Apr May Jun Jul Aug 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 0.5 0 -0.5 1.0 Temperatur e( ℃ ) 1.5 2.0 Mar Apr May Jun Jul Auga
b
図6 林外と林内の気温差と相対湿度差 (AMOS-ICOS) 0 -1 -1.5 1 1.5 0.5 -0.5 Absolute Humidity(g/ ㎥ ) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 Time Mar Apr May Jun Jul Aug 図7 林外と林内の絶対湿度の差 (AMOS-ICOS)に林外と林内の絶対湿度差が小さくなるものの,林内の 絶対湿度が林外を上回っている。こうした,日変化の中 に認められる傾向は,林外の絶対湿度の日変化によるも のというよりは寧ろ林内の絶対湿度変化によるものであ る。図には示さないが,林内の日中の絶対湿度は,4月 から6月において大きく低下するのに対し,7月,8月に は低下量が小さい。 3.2 敷地内部の気温分布の特徴 これまでのAMOSとICOSにおける比較で示したよう に,乾季と雨季において林内,林外の気温,湿度の微気 候的性質は極めて異なっている。こうした特質の空間的 分布を明らかにするために,極めて限定的であるが, 2011年 3月と 8月の日中の気温分布を調査した。実際に 観測した日時の気温及び日射量の日変化を図8 に示す。 それぞれの日において,10時,14時の気温分布が移動観 測によって観測されたが,観測時刻において降水はな く,図3,4 と比較しても気温,日射量共に月平均と同 等かそれ以上の値となっていると考えられる。 これらの季節における日中の敷地内気温分布図を図9 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 32 30 28 26 24 34 36 Temperatur e( ℃ ) Solar Radiation Temperature 2011/3/7 800 600 400 200 0 1000 1200 Solar R adiation(W/ ㎡ ) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 32 30 28 26 24 34 36 Time Temperatur e( ℃ ) Solar Radiation Temperature 800 600 400 200 0 1000 1200 Solar R adiation(W/ ㎡ ) 2011/8/23
a
b
図8 移動観測日における日射量と気温の日変化 30.5 31 31 31 31.5 31.5 32 2011/3/7 10:00 0 500m 33.5 34 34 34 34 34.5 34.5 35 2011/3/7 14:00 0 500m 30 30 30 30 30.5 2011/8/23 10:00 0 500m 31.5 32 32 32.5 32.5 32.5 33 33 33.5 33.5 2011/8/23 14:00 0 500ma
b
c
d
図9 遺跡内の気温分布興味深い。これに加え,日中の相対湿度差も8月に最大 となり,これは林内の絶対湿度上昇を伴っていることか ら,単に気温差による相対湿度差とは考え難い。植物に よる季節的蒸散量変化も踏まえ,検討すべき事項であ る。 謝辞 本研究における気象ステーションの設置に際しては,石澤 良明教授(上智大学アジア文化研究所),片桐正夫教授(日 本大学名誉教授)および三輪悟(上智大学アジア人材養成セ ンター)氏ら,上智大学アンコール遺跡国際調査団によるご 支援・ご協力をいただいた。加えて,アンコール・ワットに おける機器の設置許可に際しては,APSARA AuthorityのH.E BUN Narith 総裁のご理解・ご承認をいただくとともに,H.E ROS Borath局長とMAO Laar局長には,現場における機器の 管理や継続的運用に関するご指示とご協力をいただいた。一 方,移動観測では,日本大学大学院理工学研究科博士前期課 程の松田辰君と比企祐介君の協力をいただいた。これらの 方々に感謝の意を表します。 な お 本 研 究 は, 文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 補 助 金(2010∼ 2013年度,基礎研究B,課題番号22401005)による助成を受 けた。 に示した。想定される通り,遺跡建築物が存在する裸地 面において気温の高いことが確認された。林内,林外の 温度差をみると8月の14時で2.7℃と最も大きく,その 次に3月の10時 (2.5℃),3月の14時 (2.4℃),8月の10 時 (1.5℃) であった。気温が高くなる場所は建築物付近 に広がり,低い場所は遺跡南部に広がる。これは,観測 時点において,南寄りの成分を持った風が吹走していた ためとも考えられる。 4 .まとめ 本報告では,アンコール・ワット遺跡敷地内の林内, 林外において行われている気温,相対湿度の観測値を比 較し,それぞれの微気候的特質の季節的差異について記 述した。乾季の最中である3月において,林内と林外の 気温差,相対湿度差は共に小さく,これらは雨季に向 かって拡大するという特徴を持つ。日中における気温差 は8月に最大となるが,林内,林外の気温自体は 4月∼ 7月に比較して低い。また,気温差の上昇時期が,雲量 の増加に伴う太陽放射の弱い時期に対応していることも
Waragai, T., Morishima, W. and Hada, A. 2013. Angkor Wat Meteorological Observation Station (AMOS) : installation of monitoring system and results of observation at Angkor
引用文献
Wat temple, Cambodia. Proceedings of the Institute of Natural Sciences, Nihon University, submitted.