援助なくしては完結しえない文章は、文学とはいえない はずだ。ところがその非文学が何か高級な文学みたいに 丁重に説かれているのは、ちょっとふしぎな光景だ。 この論断にはいろいろと反論もあることであろう o し か し痛快な論証である。この謡曲に反して、狂言の文学的価 値を高く評価している。 刊没落貴族の見果てぬ夢 ﹁秩月物語し﹁白ぎくさらし L ﹁ 熊 野 の 本 地 ﹂ m m 中世の鈍い照りかえし ﹁ 三 人 法 師 L ﹁あきみち﹂﹁一寸法師し﹁物くさ太 郎 ﹂ ﹁ 文 正 さ う し ﹂ 広町衆の土木熟と御伽草子の運命 ﹁ さ さ や き 竹 L ﹁ 乳 母 の 草 子 L
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お伽話と記録の世界 ’制限枚数をこえてむまったので、刊以下は見出しだけに とどめたが、御伽草子などの特質論を通じて、江戸時代に おいて西齢、近松などの作品において開花するにいたるま での文学的可能性の芽生えを、そこに認めようとしている の で あ る 。 要するに、著者は、室町末期から江戸初期に至る聞に生 まれた文学で、今まであまりとりあげられなかった作品に 注目し、戦国乱世の中においても、文学を自由に扱うだけ の文化的蓄積をもっていなかった名主や下人、あるァいは商 人の聞において、文学がつくられていたことを指摘し、そ こに女学性の芽生えを見出そうとじているのである。 終りに、著者の文学に対する概念が問題となるが、余白 がないので、残された問題として、本文を読んで各自にお いて考察ぜられるよう希望しておく。 ︵ 昭 和 四 十 年 七 月 二 日 ︶ 一 五O
円 ︶ ハ 岩 波 新 書 二 三 二 頁あ
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女
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生
涯
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島 崎 藤 村 五郎丸 静 子 この作品を絞み終る時、藤村の他の作品にみられない深 い感動をひしひしと感じさせられる。短編でもあるが、読 者をして一気に読まずにはおかない何ものかをもってい る。それほど女としてのあわれさ、宿命の悲しさを切々と して訴えるものはない。 この主人公小山げんは、亡くなった長姉℃、木曽の薬種 問屋に厳した高濃園子の暗穆な不幸な後半世を書きつづっ たものである。この姉は﹁家 L では橋本穫として旧家の切りもりをする女主人として、又人一倍の苦労人として最も 丹念に描かれている。﹁夜明け前﹂では青山粂としてお種 の 前 身 で も あ る 。 彼女は文正樹の性格を最もよく受けついでいる人として 彼が敬愛している人であるが、夫から感染した病毒のため か、それとも矢からの遺伝によるものか、晩年は精神分裂 症になって精神病院で一人さびしく死んでいく。おげんの 封建社会に法った女性の美しさ、叉血統の宿命に打ちひし がれその犠牲となってまでもひたすら待ち続ける女ごこ ろ、そしてついになるまいなるまいと恐れていた狂気にお かされてしまう o ﹁ 御 霊 さ ま L もここまでは守ってもらえ ず、彼女はひたすら晩年の父親の様子を思い浮べては矢を あわれみ、ひとりでかきくどくのであった。 この作品は大正十年七月、藤村五十才の時﹁新潮 L に 発 表されたものである。姉園子はその前年の三月に死去して いる。この大正九年には短編﹁斎藤先生﹂︵低利 V ﹁ 貧 し き 理学士﹂︵太陽︶﹁涙﹂︵解放︶又は﹁エトランゼ﹂ハ東 京朝日新聞︶そして童話集﹁ふるさとし︵実業の日本社﹀ を発表している。またその前年の大正八年には﹁新生﹂の 上、下巻を又﹁桜の実の熟する時﹂を春陽堂から刊行し て、この﹁ある女の生涯 L で﹁破戒 L ﹁ 春 ﹂ ﹁ 家 ﹂ と 続 い た一連の自伝的小説を終っている。その意味からもこの作 品は一つの頂点に達したものとして、内容の上からも又作 風の上からも一段と老熟した筆運びを見せている。亀井勝 一郎は﹁ある女の生涯 L はたしかに或る完成を示してい る o 文章の格調、筆致の沈静底光りを発してゐる点など、, 以前にはみられなかったところだといっている。 これはおげんが半年も前から思いたって、懇意である峰 谷の病院に養生にくるところから始まる。彼女のだんなも 世を去り、ただ一人の息子にも先だたれ、頼みのお新は不 具である。それだけに一層その愛におぼれる。お新はもう 四十の年になるが人形のような処女である。おげんも六十 であるが、この一臼も手放しがたいものに思うお新をつ れ、最後の﹁隠れ家 L で も 求 め 一 る よ う に し て 家 を 出 て 来 た のである。彼女はしばらくこの医院で養生して、弟たちの いる東京まで行って独立して暮らしたいと念願していた。 しかし彼女の精神状態は、外から見るだけでもそれを許す ことは出来なかったのである。彼女が火のついた炭俵を垣 根の方に投げたりする様なざは正常を出ている。叉彼女の 中で二人の女が言い合う状態は明らかに分裂の兆をみせて いる。家の人たちに警戒されて刃物という斑物を隠され て、年をとったおげんがつく寸くこの世の冷たさを思い知 ったのも、いかに彼女が自分ばかり気の碓かなつもりでも 家の人たちゃ養子天婦を苦しめることが多かったかを推察 で き る 。 彼女の夫は生来の放蕩者で茶屋酒に通つては芸者を囲 -
64-ぃ、父としては子を傷つけ、夫としては妻を傷つけて来た りである。おげんもその度に何度か家を出ょうかと思った こともあったが、﹁自分の前に手をついて平あやまりにあ やまるだんなを日の前に見、やさしい声の一つも聞くと、 つい何もかも忘れてだんな左許してしまうしおげんであ る o 彼女は考える。﹁だんなの生前に、自分がもっとだん なの酒の相手でもして、うたの一つも歌えるような女であ ったなら、だんなもあれほどの放蕩はしないですんだろう にレと o 又お新のことについても﹁幼い時分に二階のはし ごだんから落ちで、ひどく脳を打ってそれからあんな発育 のおくれ七ものになったとは、これまで彼女が家の人たち にも親戚にも誰れに向ってもそういうふうにばかり話して きたが、実はあの不幸な娘のこの世に生まれ落ちる日から もはやあ L いう運命のもとにあったとはだんなだけは忠ヤ あたることもあったろうにと。それ Jばかりではない、彼女 自身にも人に言えない深手を負わぜられていた﹂のであ る。しかしこのお新は父親似であった。娘と向い合ってい る時は、亡くなっただんなと向い合っている思いをさ
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た。どこかのたんぼの方から聞えてくるかわずの鳴き戸 ば、さかんな繁殖の声に聞えて医院の草木までが憂欝で悩 十しかったのである o 上京したおげんは、独立するため家 でも借りてくれるように頼むが弟たちは取り合ってはくれ ず、たど姉の様子を見守るだけである o かえって弟は養生 固に入れてしまう。最後の﹁隠れ家﹂を求めるつもりで国 を出て来たおげんは、その養生園の一室で白い制服を着た 看護婦達と生活する身となってしまった。 ここに入れられたおげんの精神状態はより一層極限状態 に追いやられて悪化して行った。彼女の夢に現われるの は、仲むつまじい養子夫婦であり、そのねたましさであ 十 o 又見えないはずの白い犬が現れる o ﹁人間の淫湯の秘 密を覚えたかと思われる O L ﹁長い間苦節を守り続けてき た女の徳までも平気で破りに来ようと思われる﹂白い犬で ある。病状はいよいよ悪化して再び精神病院に入れられる ことになった。﹁おとうさま|||お前さまの心持は、この おれにはよくわかるぞなし o おれもお前さまの娘だ。お前 さまに小さな時分から教えられたことを忘れないばかりに 1 1 i おれもこんなところへ来た。﹂彼女は自分で行きたく ない行きたくないと思うところへ我知らず引き込まれて行 きそうになったのである。 おげんは父が座敷牢の格子のところで悲しみもだえた時 の古歌を思い出した o それを自分でも口ずさみながら死ん で い っ た 。 ここで藤村はおげんに対して、絶大なる共感をもって描 い て い る o 文章は写実的でリアルであるが、そこにはにじ み出るおげんへの同情が現われている。単に宿命の血統を おびた悲劇の主人公としてだけではなく、日本の家族関係、婚姻関係から来る古い時代の女性の生き方、犠牲を犠 牲とも感じない、貞節なる女の徳の美しき、あるいはそれ を通し続けたい程の女の想い。それを作者は、折から重な っ た 白 神 ⋮ り 極 限 状 態 に 於 て 、 女 の あ わ れ さ 悲 し さ を 描 き 切 っ て し る おげんは﹁夜明け前 L のお粂であるが、彼女は親の取り 決めた婚約に対して、自殺して抗議をするような性格の持 ち主である。﹁家﹂のお種も同様女主人として家を切りま わしているが、夫が事業に失敗し、女道楽に家出をして苦 労する。旧家の家長意議があって女丈夫のようなところも 与 え る が 、 放 語 、 ず る 夫 の 前 に あ っ て は 生 血 を と 十 り れ た 亡
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K 等 し い o おげんもお新を頼って﹁御霊さま L を信じて生 き て い J G 亡霊にすぎない。おまけに夫からは病毒を移され た 狂 人 で あ る 。 この作品で最も感動的なところは、おげんが養生園から 精神病院に移るところである。退院と聞かされたおげれほ 子供のようにう九し わL
がる。しかし着いたところはおげんの 座 敷 牢 に す ぎ な い 。 藤 村 社 − J 市井にありて﹂の中で次のようにいっている。 ロダンは足の彫刻をする時、まず全体の体を創ておきその 後他の部分を砕いてしまった。文章に於いてもそのようで なければならないといっているが、この﹁ある女の生涯﹂ に正にその言葉を裏書きしているような作品である。藤村 リーの中でも特に秀れていて長編に劣らぬ力量を見せて!
解
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釈
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狭
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語
解
釈
︵1
︶本
田 義 彦 少年の春は惜しめどもとどまら まらぬものなりければ、弥生 の二十日余りにもなりぬ。御前の木立なにとなく青み渡り て木暗きなかに、中島の藤は、松にとのみ思はず咲き懸り て山時鳥待ち顔なるに、池の汀の八重山吹は、井手のわた りに異ならず見渡さる L タ映のをかしさを、独り見給ふも 飽かねば、侍童のをかしげなるして一枝づっ折らせ給ひ て、源氏の宮の御方に持て参り給へれば、御前には、中納 一 一 一 ・ 中 将 な ど ゃ う の 人 々 侍 は せ 給 ひ て 、 宮 は 御 手 畜 ひ 、 絵 カどかきすさびて添ひ臥させ給へるに、?﹂の花のタ映こ そ一常よりもをかしく侍れ。春宮の、﹃盛りには必ず見せ よ c ﹄と宣はずるものを。﹂とて、打置き給ふを、官少し 起き上りて見おこせ給へる御まみ・つらつきなどの美し さ、花の匂ひ藤のしなひにもこよなく優りて見え給ふを、-66-例の胸塞がりまさりて、つくづくとまもられ給ふに、﹁花 こそ花の﹂と、取り分き給ひて、山吹を手まさぐりし給へ る御手つきの、いとど持て蟻されて、世に知らずうっくし げなるを、人目も知らず我が身に引き添へまほしく思さる るぞいみじきや。 f一 口 訳 ︺ ジ ム ヲ 白楽天の詩に﹁惜少年春﹂とふるように、少年は人生の呑で あ る 、 が 、 春 と い う も の は い く ら 惜 し ん で も と ど ま ら ぬ も の で あ るから、その春もすでに陰暦三月の二十日余りにもなってしま っ た 。 選 前 の 木 立 も ど こ と な く 一 一 向 背 味 を お び 茂 り あ っ て 暗 い な か に 、 泉 水 の 中 島 の 譲 フ 花 は 、 コ 自 民 に こ そ ﹂ の 古 歌 に あ る よ う に 、 松 に 咲 き 懸 る と ば に ふ り 思 っ て い た の に 、 思 い も か け ず 夏 を 待 っ て 咲 き か L って、ー時おを待ち顔であるのに、池の汀の 八重山火は、有名な井手のあたりにも異ならず趣深く見渡され るタ快の美しさを、独りご眺め C いるのも物足らぬ思いが々さ るので、その方は、侍童心かわいらしげなのに、藤の花と山吹 の花とを一枝ずつ折らせなさって、源氏の宮の御殿の方に持っ て お い で に な る と 、 御 前 二 は 、 中 納 言 や 中 将 な ど と い っ た た 一 房 た ち を は べ ら せ な さ っ て 、 官 山 は 御 手 習 や 絵 な ど を か き 興 じ て ら く 寝 を し て 一 お ら れ る 所 に 、 ﹁ こ の 花 が 夕 日 に 照 り 映 え て い る 様 は、いつもより趣深いことですコ春宮様も﹁花盛りには必ず見 せ よ 。 ﹄ と お っ し ゃ っ て い ら っ し ゃ る の で す よ 。 ﹂ と い っ て 、 そ の 花 を お 置 き に な る の を 、 ︷ 引 け は 少 し 身 を 起 し て こ ち ら を 御 賀 になる御目つきや御顔つきなどの可憐さは、桜の花の色あいや 藤 の 花 一 房 一 の し な や か さ に も こ の 上 な く ま さ っ て お 見 え に な る の を、いつものように︷層胸がせまってきて、思わずじっと見守 っておいでになるのに、宮は﹁花こそ花の﹂という古歌を口 ず さ び つ 主 取 り 分 け な さ っ て 、 F 山吹をもてあそんでいらっしゃ る御手つきが、花の色に引き立てられて、ひとしおひどくかわ ゆくお見えになるので、人目もかまわずわが身に引き寄せたく お思いになるその絢のうちは、たいへんなものでありますよ。 円註記い