東アジアの古星図における距星の特定
宮 島 一 彦
*概 要
近 代 より前 、東 アジア諸 国 では中 国 の星 座 体 系 が用 いられ、星 図 に描 き表 された。これらの星 図 にお いて、星 座 の位 置 がどのようにして決 められたか知 るために、各 星 座 の距 星(位 置 の基 準 星 )が星 図 上 で どの星 なのかを特 定 した。古 記 録 には〇座 の西 星 などという表 現 でしか記 されていないが、例 えばその星 座 の星 々が南 北 に並 んでいるとき、それらのどの星 を指 すのか、そのような記 述 だけでは判 断 できない場 合 がある。幸 い多 くの場 合 、距 星 を特 定 することは可 能 なので、それらだけについて(あるいは不 確 実 なも のも仮 に特 定 して)、円 形 星 図 の場 合 ならば横 軸 に去 極 度p、縦軸に星図中心からの距離r、方形星図な らばそれぞれ去 極 度pまたは赤緯δ 90-pと、星図の赤 道からの隔たりyを取ってグラフを描くと、pとrまた はδとyの関係、すなわち星図の図法及び関係式がわかる。距星不明の星座に対してこの関係を適用す れば距 星 を特 定 できる。こうして、宋 ・水 運 儀 象 台 原 寸 復 元 事 業 における渾 象 の復 元 や、朝 鮮 ・天 象 列 次 分 野 之 図 と渋 川 春 海 の天 象 列 次 之 図 ・天 文 分 野 之 図 との比 較 などを行 った。その結 果 を報 告 する。 1.はじめに 中 国 で 成 立 し た 星 座 体 系 で は 、 星 座 は 二 十 八 宿 (「宿 」は「しゅう」と読 む)と呼 ばれる一 群 と、それ以 外 の ものとに大 別 される。 これらの星 座 を平 面 図 に描 いた星 図 は、(A)天 の北 極 を中 心 とし、赤 道 描 き、常 現 圏 ・常 隠 圏 に相 当 する 赤 緯 円 を同 心 円 として描 く「円 形 星 図 」と、(B)天 の赤 道 を中 段 に水 平 な直 線 として描 き、常 現 圏 ・常 隠 圏 に 相 当 する赤 緯 円 をそれに平 行 な直 線 として描 く「方 形 星 図 」とがあった。 (A)の例 としては中 国 ・蘇 州 の石 刻 「天 文 図 」、朝 鮮 「 天 象 列 次 分 野 之 図 」 、 日 本 の 渋 川 春 海 作 「 天 象 列 次 之 図 」「天 文 分 野 之 図 」その他 があり、(B)の例 として は中 国 ・蘇 頌 が撰 した『新 儀 象 法 要 』所 収 の星 図 や渋 川 春 海 の子 ・昔 尹 の名 で版 行 された「天 文 成 象 」など がある。 これらの星 図 がどのような図 法 で描 かれたものかは、 天 球 を平 面 に描 くのだから、地 図 の図 法 と同 じ問 題 で ある。 古 代 中 世 の 西 方 で は 、 星 図 は 主 に 円 形 で 、 平 射 影 (平 射 図 法 )が用 いられ、近 世 以 降 は方 形 星 図 も 描 かれ、メルカトール図 法 が多 く用 いられた。中 国 では * 中 之 島 科 学 研 究 所 [email protected] 円 形 星 図 には正 距 方 位 図 法 が、方 形 星 図 には正 距 円 筒 図 法 が用 いられたことを、かつて筆 者 は確 かめた (1)(2)(3)(4)。以 下 の内 容 は文 献 (4)と重 複 するところがある が、了 承 されたい。 要 は、 恒 星( 以 下 、 単 に 星 と表 記 )の 赤 緯δまたは距 極 度p 90゜-δ と、方形星図ならば赤道を表す横線 からの距 離yとの関係を、また、円形星図ならば星図中 心 (天 の北 極 )からの距 離rとの関 係 を調 べることである。 正 距 方 位 図 法 及 び 正 距 円 筒 図 法 で は こ れ ら の 関 係 式 は1次 式 となり、δまたはpを横 軸 、yまたはrを縦 軸 に とってグラフを描 けば直 線 となる。 これができるのは、星 図 に記 載 される際 に依 拠 した 星 の赤 緯 または距 極 度 の値 の記 録 が残 っていることと、 星 図 が正 確 に描 かれていることが条 件 である。もっとも、 観 測 値 の 記 録 が 残 って い なく ても 、 現 代 の 精 密 観 測 値 に歳 差 ・章 動 ・固 有 運 動 を補 正 して、当 時 の値 に換 算 したものを代 用 することもできる。もちろん、それらの 星 が現 代 の何 座 の何 星 かが同 定 されていなければな らない。 しかし、東 ア ジアの諸 星 図 を観 るに 、星 の位 置 が、 全 部 が全 部 、正 確 に描 かれているとは到 底 思 えない。 にもかかわらず星 座 の相 互 位 置 関 係 がおおむね正 し いのは、各 星 座 に原 則 として1個 、基 準 星 (距 星 と呼 ぶ ことにする)が設 けられ、これらについてはほぼ正 確 な位 置 にプロットされているからだと思 われる。これとても 誤 差 があるが、後 出 のグラフにみるように、各 星 の p,r または δ,y をプロットした点 は、ある程度 の分 散 はある ものの、全 体 として直 線 状 に分 布 しており、前 述 の図 法 が用 いられていることが確 かめられる。 しかしこの作 業 には、①前 述 のように、距 星 は現 代 天 文 学 で知 られている星 のうち、何 座 の何 星 なのか、 という同 定 の問 題 や、②それは星 図 に描 かれた星 座 の どの星 なのか、という問 題 が立 ちはだかる。 近 代 より前 、東 アジア諸 国 では上 記 の中 国 の星 座 体 系 が用 いられた。しかし、これらの星 座 の天 球 座 標 については、ほとんど観 測 記 録 が残 っていない。 中 国 では頻 繁 に改 暦 が行 われ、正 史 にその内 容 が 残 されているが、そのうちいくつかについては二 十 八 宿 の距 星 の天 球 座 標 の測 定 値 が記 録 されている。しかし、 二 十 八 宿 を構 成 する他 の星 々や、他 の星 座 の星 々の 座 標 については、今 述 べたように、記 録 はほとんどない。 最 も星 数 の 多 い宋 ・皇 祐 年 間 の記 録 でも、一 部 の 星 座 を除 いて、1つの星 座 に対 し1つの代 表 星(距 星 )、全 283星 座(星 座 数 の数 え方 には不 確 定 要 素 がある)に対 し338星 の座 標 測 定 値 が残 っているだけである。ほか に、いわゆる石 氏 星 経 の恒 星 位 置 データの記 録 があり 120星 の座 標 の観 測 値 が残 されている。これらの距 星 について、それらが現 代 天 文 学 の何 座 の何 星 に当 た るか、おもに座 標 の観 測 記 録 を手 掛 かりにし、星 図 を 補 助 とした同 定 は、藪 内 清(8)をはじめ、何 人 かの手 で 行 われ、距 星 以 外 の星 の同 定 も一 応 なされている。し かし星 図 に描 かれている星 座 は位 置 の誤 差 や形 のデ フォルメが大 きく、星 図 の中 のどの星 が距 星 なのかすら 判 定 が難 しい。これまで古 星 図 の上 に具 体 的 に示 され たことはなかった。 とはいえ、筆 者 が1995∼97年 に 取 り 組 ん だ 水 運 儀 象 台 原 寸 復 元 事 業(5)(6)(7)に お け る 渾 象 の 復 元 や 、 そ の 前 提 と な る 星 図 の 図 法 の 解 析 、 各 種 星 図 の 比 較 、 キ ト ラ 天 文 図 の 分 析 等 に は 、 この考 察 が不 可 欠 である。距 星 の天 球 座 標 の測 定 値 及 び理 論 値( 現 代 の精 密 値 に歳 差 ・固 有 運 動 を補 正 した値 )と図 におけ る位 置 を比 較 することにより、距 星 を特 定 した。本 論 文 ではそれらの分 析 方 法 と結 果 を提 示 する。 2.水 運 儀 象 台 の渾 象 と『新 儀 象 法 要 』 2-1.水 運 儀 象 台 上 に触 れた、中 国 ・北 宋 末 に都 ・開 封 に建 設 された 水 運 儀 象台 (天 文 台 兼 時 計 台 ) の原 寸 復 元 は、始 め、 台 湾 ・台 中 市 の科 学 博 物 館 の依 頼 を受 けて発 足 した が、その後 、事 情 によりこのプロジェクトは我 々の手 を 離 れ、我 々の手 掛 けたもの は長 野 県 下 諏 訪 町 の「時 の科 学 館 儀 象 堂 」に実 現 した。 水 運 儀 象 台 全 体 及 び各 部 について、建 設 を提 案 ・ 指 揮 した蘇 頌 の『新 儀 象 法 要 』に詳 細 な記 述 がある。 図 版 1.『新 儀 象 法 要 』の水 運 儀 象 台 全 体 図 屋 内 最 上 部 が渾 象 図 版 2.下 諏 訪 町 の水 運 儀 象 台 屋 内 最 上 部 に渾 象 が見 える
そこに設 置 された渾 象(天 球 儀 ) についても述 べられて おり、その表 面 に描 かれた星 座 については星 図 が与 え られている。 しかし1章 でもふれたように、渾 象 は球 面 であり、星 図 は平 面 であって、平 面 図 を球 面 に 写 すには、球 面 座 標 をどのように平 面 座 標 に変 換 したかがわからなく てはならない。 2-2.『新 儀 象 法 要 』星 図 の図 法 と距 星 の特 定 上 に述 べたように宋 ・皇 祐 年 間 の距 星 の天 球 座 標 の 観 測 値 が 記 録 に 残 さ れ て お り 、 藪 内 の 研 究(8)が あ る。 水 運 儀 象 台 の建 設 はこれからそれほど年 数 がたっ ていないから、赤 緯δや距 極 度 pの値 をこれから取 り、 『新 儀 象 法 要 』の図 においてyまたはrを測 って互 いの 関 係 を求 める事 ができる。δやpには観 測 誤 差 やミスが、 また、yやrには記入誤差やミスが伴うので、ある程度の 分 散 が生 じるが、これを最 小 自 乗 法 で処 理 する。 ここで、本 論 文 で扱 う問 題 に直 面 する。yやrを測 定 すべき距 星 は、星 図 に記 載 された星 のうちどれである か、という問 題 である。距 星 は例 えば「〇座 の西 星 」と いった表 現 でしか記 されていないが、複 数 の星 が南 北 に並 んでいる場 合 、西 星 がどれを指 すのか、判 断 が難 しい。幸 い、たいていの場 合 は距 星 を特 定 でき、判 別 困 難 なケースは比 較 的 少 ないので、仮 に当 たらずとも 遠 からず、と思 われる星 を選 ぶ。こうして図 の上 で特 定 した距 星 についてrまたはyを測定し、最小自乗法を適 用 してrとpまたはyとδの関係を求める。次いでこの式に pまたはδの値 を入 れてrまたはpの値 を計 算し、図 にプ ロットした時 、仮 定 した星 と位 置 が一 致 するか近 いとこ ろにあれば、その推 定 が正 しかったと判 断 される。別 の 星 と一 致 す るか近 ければ 前 の仮 定 は 間 違 いで、その 星 が実 際 の距 星 であったと考 えられる。必 ずしもどれか と一 致 するとは限 らないが、その場 合 は計 算 位 置 に近 い星 が距 星 である可 能 性 が強 いと判 断 する。こうして 改 めて距 星 を特 定 しなおし、再 び最 小 自 乗 法 を用 い て関 係 式 を改 善 する。 図 版 3.『新 儀 象 法 要 』渾 象 東 星 図 距 星 p-y関 係 図 版 4.『新 儀 象 法 要 』渾 象 東 北 方 星 図 の距 星 図 版 5.同 ・西 南 方 星 図 の距 星
前 ページ図 版 4.は『新 儀 象 法 要 』の方 形 星 図 のうち、 「渾 象 東 北 方 中 外 官 星 図 」すなわち赤 経αが180゜から 270゜の範 囲 、いわば天 球 の第 3,4象 限 で、かつ常 現 圏 以 南 ・常 隠 圏 以 北 の星 についてこの作 業 を行 なったも ので、やや大 きめの黒 丸 が距 星 と推 定 した星 、これら の星 と薄 い直 線 で結 んだ同 じ大 きさの灰 色 の丸 が記 録 された距 星 の座 標 から星 図 上 の位 置 を計 算 してプ ロットしたものである。また、図 版 5.は同 じく「西 南 方 」す なわちαが0゜から180゜の範 囲 、いわば天 球 の第 1,2象 限 の星 について行 なったものである。 なお、このような図 を作 るには星 の赤 経 値αも必要で あるが、春 分 点 の位 置 の決 定 が難 しいため、中 国 天 文 学 ではαの絶 対 値 は測 定 されない。その西 にある二 十 八 宿 距 星 との赤 経 差 を「入 宿 度 」として測 定 する。その ためここでは、角 宿 距 星(αVir、スピカ)の現 代 の精 密 観 測 値 に歳 差 ・章 動 と固 有 運 動 を補 正 して当 時 の赤 経 値 を Neugebauer の 表(9)を 利 用 し て 求 め 、 相 隣 る 二 十 八 宿 距 星 間 の 赤 経 差 の記 録 値 を 積 算 し た値 に 入 宿 度 を加 えて、その星 の赤 経 を算 出 した。 同 様 の作 業 を北 極 周 辺 の上 規 円 内 を示 す円 形 星 図 についても行 なって、星 図 における距 星 を特 定 した。 その結 果 が図 版 6.においてやや大 きい黒 丸 で表 した 星(白 黒 印 刷 でやや黒 く見 えるもの)であり、これらと薄 い 直 線 で結 んだ灰 色 の丸 は、記 録 に基 づく位 置 である。 黒 丸 と灰 色 丸 の間 の位 置 の食 い違 いの原 因 として は、[1]最 初 の作 図 の際 の誤 差 あるいはミス、[2]復 刻 を 重 ねるうちにだんだんずれやミスが累 積 した、[3]『新 儀 象 法 要 』の依 拠 する観 測 が皇 祐 年 間 のものと違 ってい て、互 いの観 測 値 に違 いがある、といったケースが考 え られる。例 えば上 規 円 内 、紫 微 左 垣 の少 衛(πCep)の 皇 祐 の観 測 値 は全 く間 違 っていて、ほぼ紫 微 右 垣 の 少 尉(κDra)の位 置 と一 致 する。観 測 または記 録 の時 に錯 覚 し たの かもしれない。一 方 『 新 儀 象 法 要 』の 円 形 星 図 ではほぼ正 しい位 置 に描 かれており、異 なるデ ータ・ソースに基 づく可 能 性 を示 唆 している。もちろん、 皇 祐 のデータに基 づきながら、この星 に対 しては訂 正 を加 えた、という可 能 性 もある。このように、観 測 値 の記 録 にも誤 りが含 まれるケースがあるが、どのような誤 りが ありうるかは文 献 (4)を参 照 されたい。 『新 儀 象 法 要 』の依 拠 するデータと皇 祐 のデータと の間 にあまり差 がないとするならば、赤 と青 との隔 たり は星 図 の作 図 誤 差 またはミスを表 していることになるが、 これを杜 撰 と見 るか案 外 正 確 と見 るかは、判 断 基 準 に よるであろう。 また、距 星 以 外 の星 の配 列 については、実 際 の配 列 に比 較 的 忠 実 なものもあるが、多 くはかなりデフォル メされている。ほぼ円 形 など、幾 何 学 的 図 形 に近 い星 座 がいくつもあることからも明 らかである。つまり、東 ア ジ ア の 古 星 図 で は 、 距 星 に つ い て は ま ず まず 正 確 な 位 置 に描 かれるが、その星 座 の他 の星 については、距 星 の周 りに、大 まかな位 置 に描 かれるだけなのである。 2-3.水 運 儀 象 台 の渾 象 の星 今 の場 合 、水 運 儀 象 台 の渾 象 に星 を表 示 するのが 最 終 目 的 である。距 星 については一 部 の星 を除 いて、 皇 祐 年 間 の天 球 座 標 データを現 代 天 文 学 の赤 道 座 標 α,δ に 変 換 す れ ば よ い の で あ っ て 、δ-yやp-rの関 係 を求 める必 要 はない。しかし、距 星 以 外 の星(一 般 星 と呼 ぶことにする)の位 置 は、天 球 座 標 データの記 録 が ないため、星 図 上 での距 星 との隔 たり、すなわち方 形 星 図 では極 座 標(r,φ)の隔 たりを天 球 における赤 道 座 標 の隔 たりΔα,Δδへと、上 で求 めた関 係 式 を用 いて変 換 し、距 星 の赤 道 座 標 に加 減 してその星 の赤 道 座 標 を算 出 した。 図 版 7.水 運 儀 象 台 渾 象 このような方 法 で星 図 における各 星 座 の形 を、渾 象 の表 面 に再 現 させたが、もともと、星 図 における距 星 の 位 置 は皇 祐 の観 測 値 を正 確 に反 映 したものでなく、誤 差 があるため、皇 祐 の値 に忠 実 に距 星 の位 置 を渾 象 にプロットし、それを基 準 にして一 般 星 の位 置 をプロッ 図 版 6.天 の北 極 付 近 円 形 星 図 の距 星
トすると、『新 儀 象 法 要 』星 図 では起 こらないような、星 座 同 士 が交 叉 する不 自 然 なケースも出 てくるが、星 図 における星 座 の形 が不 正 確 なのだからやむを得 ない。 距 星 の天 球 座 標 も、皇 祐 の値 でなく、星 図 から読 み取 った値 を換 算 したものを使 えばそのようなことは起 こら ないが、星 図 の距 星 の位 置 をより信 頼 するか、皇 祐 の 観 測 値 をより信 頼 するかの問 題 であり、下 諏 訪 町 の復 元 では後 者 を採 用 し、必 要 に応 じて修 正 を施 した。 渾象は天球儀。中国のものは下半分が箱でおおわれる。距 星 はたいてい、その星 座 の西 端 に近 い星 が選 ばれて いるが、必 ずしも厳 密 に最 西 端 の星 とは限 らない。この 理 由 について、『新 儀 象 法 要 』星 図 上 での距 星 の図 示 の 際 に 筆 者 が 気 付 き、 ま た 、 筆 者 が 送 っ た 水 運 儀 象 台 の 渾 象 の 星 の 座 標 を 整 理 し た 精 工 舎 の 土 屋 栄 夫 氏 がその表 において気 づいたことであるが、複 数 の距 星 が南 北 にほぼ一 直 線 をなすように分 布 している。こ れは渾 天 儀 で星 の座 標 を測 定 する際 、窺 管 の向 きを 南 北 に変 えるだけで星 をとらえることができ、能 率 的 に 測 定 できるためと考 えられる。数 十 年 前 までの子 午 儀 ・ 子 午 環 による星 の座 標 測 定 を連 想 させる。 3.淳 祐 石 刻 天 文 図 中 国 ・蘇 州 にある南 宋 ・淳 祐 年 間 に石 刻 された「天 文 図 」 は現 存 最 古 の 本 格 的 星 図 で ある。藪 内 によれ ば原 図 は北 宋 末 に描 かれ、その基 になる観 測 データ は、『新 儀 象 法 要 』同 様 、皇 祐 か元 豊 の観 測 に基 づく。 これを確 かめるために、皇 祐 の値 と星 図 拓 本 の 写 真 の 上 で 読 み 取 っ た 距 星 の極 座 標 とを比 較 する。 こ の 星 図 の 場 合 、 『 新 儀 象 法 要 』 星 図 の場 合 と同 様 、基 づく観 測 値 の 誤 差 及 び ミス、観 測 値 を 原 図 に落 と すときの誤 差 及 びミス、原 図 から石 刻 星 図 を 作 る時 の 誤 差 及 び ミスの 入 り 込 み が 考 え ら れ る 。 例 え ば 、 天 市 右 垣 は 11 星 が正 しいが、蘇 州 図 の「韓 」 の南 の星 が無 名 で、その南 が「宋 」となっていて、これ で 13 星 ある。正 しくは宋 は左 垣 の南 端 の星 である。 『新 儀 象 法 要 』星 図 の場 合 復 刻 を重 ねるに伴 うデフ ォルメが生 じるが、蘇 州 図 の場 合 は石 刻 なので、刻 ま れた当 時 のままである。 これは円 形 星 図 であるから、p-rの関 係 を求 めること になる。pの値 としては、皇 祐 の観 測 値 でなく、現 代 の 精 密 観 測 から当 時 の値 に換 算 したものを用 いた。結 果 のグラフを図 版 8.示 す。分 散 は比 較 的 少 ないように見 図 版 8.蘇 州 石 刻 星 図 の p-r 関 係 図 版 9.距 星 の星 図 上 の位 置 と理 論 位 置 図 版 10.蘇 州 天 文 図 の距 星
える。前 者 を用 いた場 合 と比 較 するのも興 味 があるが、ここでは略 す。 特 定 し た 距 星 と 皇 祐 の 値 に 対 応 す る 点 と の 隔 た り を 示 す 図 を 図 版 9 . に 掲 げ る。 前 掲 の グ ラ フ で は 分 散 が 小 さ い よ う に 見 え て も 、 実 際 の 星 図 で 見 る と け っ こ う 位 置 の 誤 差 が 大 き い 。 外 の 方 つ ま り 南 方 の 星 で 目 立 つ 。 特 に現 代 でいえば秋 の星 座 に相 当 するあた り の 誤 差 が 大 きい 。 図 版 1 0 . に 星 図 拓 本 に 距 星 を 表 示 し た 図 を 掲 げ る 。 や や 大 きい 黒 丸 が距 星 である。図 版 9.と10.では向 きが 違 うので注 意 されたい。図 版 9.最 内 円(上 規 ) 内 側 左 上 に北 斗 を表 示 しておいた。図 版 10. では上 規 内 側 左 下 である。両 図 を合 わせて 見 ると、星 図 上 での距 星 の特 定 を今 少 し再 検 討 する余 地 が残 っているが、今 後 のことと したい。 なおこのトレース図 は文 献 (10)の付 図 を利 用 したものであるが、原 図 にはいくつかのミス が見 られ、また、写 真 を利 用 されたものか、縦 がやや横 より長 いため、それらを修 正 して用 いた。 3.朝 鮮 「天 象 列 次 分 野 之 図 」 こ の 石 刻 星 図 に つ い て は 2014 年 の 本 報 告 誌 の 拙 文 (11)を参 照 されたい。1396年 に刻 まれた初 刻 は摩 耗 して いて 拓 本 は 不 鮮 明 で あり、 かつ 、 再 刻 は 相 当 忠 実 に 初 刻 を写 しとっているように思 われるので、分 析 は再 刻 の拓 本 写 真 により行 なった。 図 版 11.天 象 列 次 分 野 之 図 のp-rグラフ 前 記 拙 文 では、この星 図 は高 句 麗 の都 平 壌 にあっ た石 刻 星 図 を回 転 させただけである可 能 性 を指 摘 した が、そうであるなしにかかわらず、この星 図 の場 合 、依 拠 した観 測 データが残 っていない。中 国 から伝 来 した 星 図 をも とに しているかも しれない。距 星 の赤 道 座 標 値 としては1400年 の理 論 値 を用 い、文 献 (9)の表 にあ る76星 のみを用 いた。分 散 は蘇 州 図 よりかなり大 きい (図 版 11.) 。 次 に距 星 の位 置 と理 論 的 位 置 のずれを羅 逸 星 ・羅 史 羅 父 娘 作 成(2018)の 初 刻 星 図 の 復 元 図 面(12)を 白 黒 反 転 させた図 の上 で示 す( 図 版 12.)。ただし、距 星 は扱 いやすい76星 に限 った。やや大 きな黒 丸 が距 星 、 同 じく灰 色 の丸 が理 論 値 に基 づく位 置 である。特 に図 の外 の方 の星 で誤 差 が大 きいのは蘇 州 図 と同 じである が、老 人(αCar、カノープス) や[農 ]丈 人 などは特 に誤 差 が大 きい。老 人 星 については前 記 拙 文 で論 じた。 上 記 のように高 句 麗 の石 刻 星 図 を回 転 させただけ なら、もっと古 い理 論 値 を用 いるべきであり、実 際 、そ のほうが分 散 が少 なかったが、今 はそれには触 れない。 また、この星 図 の場 合 も距 星 の決 定 に幾 分 疑 問 点 が 見 つかっているが、今 後 のこととしたい。 4.渋 川 春 海 の3星 図 と天 象 列 次 分 野 之 図 4-1.天 象 列 次 之 図 と天 文 分 野 之 図 これら2図 は渋 川 春 海 が版 行 したものである。前 者 (1670年 )は日 本 で初 めて版 行 された星 図 と考 えられる。 また、後 者(1677年 )は中 国 の分 野 説 に倣 って、日 本 の 諸 国 を十 二 次 に配 当 してわが国 独 自 の分 野 を示 した。 文 献 (3) (14) (15) (16)を参 照 されたい。 前 者 の星 図 の下 に書 かれた文 には「朝 鮮 所 刻 天 象 図 版 12.天 象 列 次 分 野 之 図 の距 星
図 。 最 為 精 密 。 」 と あり、 また、 のち の 渋 川 景 佑 の 『 寛 政 暦 書 』巻 15にも「又 春 海 。寛 文 中 得 朝 鮮 所 刻 明 洪 武 二 十 八 年 乙 亥 之 天 象 図 。改 正 之 。造 天 象 列 次 之 図 。」とあること、およびその名 称 から、従 来 、ともに天 象 列 次 分 野 之 図 を基 にしたものと考 えられてきた。実 際 、宗 太 夫 という星 座 は宗 正 と同 じものだが、天 象 列 次 分 野 之 図 ではこれらを別 のものとして記 載 しており、 春 海 の両 星 図 もこれに盲 従 している( 次 に述 べる天 文 成 象 で削 除 )が、筆 者 は、両 星 図 は必 ずしも朝 鮮 図 を 忠 実 に写 したものでなく、また、これら両 図 の間 にも違 いがあることを従 来 より指 摘 している。 図 版 13.天 象 列 次 之 図 例 えば老 人 星 の位 置 、器 府 ・郎 位 ・人 星 ・八 穀 の形 と結 び方 などであるが、全 体 としてどのように違 ってい るかまでは、手 を付 けるいとまがなかった。たまたま同 志 社 大 学 文 化 情 報 学 部 4年 次(当 時 )の村 上 由 衣 から 2017年 度 卒 業 論 文 のテーマについて相 談 を受 けたの で、これを取 り上 げてもらった。以 下 、その結 果 の一 部 を借 りる(13)。 4-2.両 図 の距 星 両 図 とも 、 渋 川 春 海 の観 測 に 基 づ くも ので はな く、 過 去 の何 かの観 測 データに基 づくものでもないと思 わ れる。したがって、基 本 的 に天 象 列 次 分 野 之 図 を手 本 にしていることは間 違 いない。星 図 における距 星 の特 定 は筆 者 の『新 儀 象 法 要 』・蘇 州 淳 祐 石 刻 天 文 図 ・天 象 列 次 分 野 之 図 の距 星 の特 定 を 参 照 して村 上 が 行 なった。大 部 分 の星 座 の形 は天 象 列 次 分 野 之 図 とほ ぼ同 じなので、それを参 考 にできる。形 が異 なるものに ついては他 の2つを参 考 にして特 定 した。結 果 の図 は 割 愛 する。円 形 星 図 であるから、正 距 方 位 図 法 に従 う ものと考 えてよい。 春 海 の2図 及 び朝 鮮 図 は全 体 の体 裁 や大 きさから して違 っているが、その比 較 は今 は略 し、星 図 の星 及 び星 座 についてのみ扱 う。それらの3つの星 図 相 互 で の違 いをどういうかたちで、比 較 し、表 現 すればよいか、 なかなか難 しいのであり、ここでは距 星 の位 置 を比 べる ことにした。その意 味 で星 図 における距 星 の特 定 が必 要 になるのである。なお、上 掲 の図 ではわからないが、 星 座 の形 や位 置 に違 いがみられるものとして、前 述 の 星 座 のほか、市 楼 ・芻 藁 ・北 落 師 門 を挙 げている。 図 版 14.私 蔵 天 文 分 野 之 図 次 ページの3図 は3つの星 図 の距 星 を2図 ずつ比 較 したものである。3つの図 で位 置 が微 妙 に異 なり、敷 き 写 ししたものでないことが判 る。図 版 では中 抜 きの丸 が 天 象 列 次 分 野 之 図 、 黒 丸 が 天 象 列 次 之 図 、 灰 色 の 丸 が天 文 分 野 之 図 のそれぞれ距 星 を表 している。座 標 軸 の取 り方 等 に問 題 がないわけではないが、大 体 の 様 子 はわかる。なお、星 図 の縦 軸 方 向 と冬 夏 至 線(二
至 経 線 )の方 向 のなす角 など、もう少 し調 べる必 要 があ る。 図 版 15.天 象 列 次 分 野 之 図 と天 象 列 次 之 図 の距 星 図 版 16.天 象 列 次 之 図 と天 文 分 野 之 図 の距 星 図 版 17.天 象 列 次 分 野 之 図 と天 文 分 野 之 図 の距 星 4-3.天 文 成 象 この方 形 星 図 は渋 川 春 海 がはじめ1968年 にその著 『天 文 瓊 統 』の中 に収 録 したもので、翌 年 、それだけを 独 立 させて息 子 の昔 尹 の名 で版 行 したものである。中 国 星 座 に加 えて、春 海 父 子 が新 設 した和 製 星 座 も描 かれている。 これは距 星 のみならずすべての星 を自 分 なりに同 定 し、実 際 の観 測 に基 づいてプロットしたもので、さらにそ れが現 代 の知 識 で何 座 の何 星 に当 たるかを渡 辺 敏 夫 (16)が同 定 している。本 来 春 海 の観 測 値 と星 図 上 の位 置 を比 較 すべきだが、渡 辺 の同 定 した星 の座 標 の精 密 値 と比 較 した。距 星 の図 示 は略 し、δ-y関 係 のグラ フのみ示 す。分 散 が非 常 に小 さく、春 海 父 子 が精 密 に 作 図 したことが判 る。 図 版 18.天 文 成 象 方 形 星 図 のp-y関 係 グラフ 5.キトラ古 墳 天 井 天 文 図 この天 文 図 の原 図 は発 見 されておらず、いつどこで 作 られたものかもわからない。キトラの図 が原 図 にどの 程 度 忠 実 で、どの点 を改 変 したのかもわからないが、 筆 者 は、諸 円 の大 きさ 改 変 はなかったも のと判 断 し、 距 星 の位 置 にも著 しい改 変 がなく、あったとしても統 計 的 な結 果 には大 きな影 響 はないと考 えて、原 図 の使 用 地 を推 定 した。この場 合 も距 星 の位 置 が手 掛 かりとな る。距 星 の位 置 から年 代 を推 定 することも原 理 的 には 可 能 で あ る が 、 到 底 正 確 さ は 望 め な い の で 、 行 わ な い。
むしろ天 の北 極 近 くに北 極 五 星 の紐 星 が位 置 こと に注 意 した方 が良 いと考 える。 距 星 を示 した図 と、p-r関 係 のグラフとを掲 げる。た だし、二 十 八 宿 以 外 の一 般 星 座 は同 定 不 能 のものや、 一 応 同 定 されていても星 座 の形 ・星 数 が異 なるものが 多 いので、距 星 の特 定 は比 較 的 正 確 さが期 待 される 二 十 八 宿 のうち残 存 しているものに限 った。その中 でも 昴 宿 は特 定 が困 難 なため、省 いてある。また、張 宿 ・翼 宿 は誤 って位 置 が入 れ替 わって描 かれているので、や はり省 いた。図 の分 散 はここまで取 り上 げた本 格 的 星 図 に比 べてかなり大 きいが、それでもある程 度 の統 計 的 処 理 に耐 えることが推 測 される。ただ、使 用 地 の緯 度 の推 定 は、円 の大 きさがある程 度 正 確 に描 かれてい ると仮 定 しての話 である。pは年 代 とともに変 化 する。こ こでは600年 の値 を用 いている。 図 版 21.キトラ天 文 図 の距 星 やや大 きな黒 丸 が距 星 である。この星 座 見 取 り図 は 2004年 作 成 のものであり、近 年 の調 査 で、幾 分 かの修 正 の必 要 が生 じている。ここでは老 人 星 の削 除 だけを 行 なった。 図 版 19.私 蔵 天 文 成 象 図 版 20.キトラ天 文 図 p-r 関 係 グラフ
6.おわりに 東 アジアの諸 星 図 においては、西 方 のように個 々の 星 の座 標 を測 定 して図 にプロットするのでなく、距 星 に 関 してのみ位 置 の観 測 データに基 づいてプロットされ、 他 の一 般 星 についてはやや観 念 的 な配 列 のイメージ に基 づいて適 宜 プロットされる。本 格 的 星 図 とみなされ るものでも、距 星 の位 置 でさえあまり正 確 とは言 えない。 もっとも、西 方 の星 図 といえども、中 世 イスラムの部 分 星 図 か、 近 代 以 降 の 西 洋 星 図 し か残 っ ておら ず、 古 代 の天 文 図 で残 っているのはもっぱら星 座 絵 なので、 どちらが精 密 か、などという比 較 はできない。 以 上 見 てきたように、星 図 における距 星 の特 定 は、 それらの星 図 の正 確 さの数 量 的 評 価 の目 安 や、星 図 相 互 の比 較 の際 の材 料 となりうる。また、キトラ天 文 図 の場 合 のように、使 用 地 の緯 度 の推 定 にも使 える。もう 少 し 精 密 な 星 図 で あれ ば 、 基 づく 観 測 デ ー タ の 観 測 年 代 の推 定 に役 立 てることができる。 参 考 文 献
(1)MIYAJIMA,K; ‘ Projection Methods in Chinese, Korean and Japanese Star Maps',“ Highlight of
Astronomy”, IAU総 会 Proceedings,1998.
(2)MIYAJIMA,K ‘Projection Methods in East Asian Star Maps',“ History of Oriental Astronomy”, Kluwer Academic Publishers,2002.
(3)宮 島 一 彦 「日 本 の古 星 図 と東 アジアの天 文 学 」『人 文 学 報 』82、京 都 大 学 、1999。 (4)宮 島 一 彦 「東 アジアの星 図 作 図 様 式 と水 運 儀 象 台 の原 寸 復 元 」『講 究 録 (別 冊 )』68、京 都 大 学 、 2018。 (5)宮 島 一 彦 「台 中 市 に原 寸 復 元 される水 運 儀 象 台 に ついて」1-3『和 時 計 』13,15,16,和 時 計 学 会 、 1989- 99。 (6)宮 島 一 彦 「水 運 儀 象 台 復 元 経 緯 」『天 界 』11月 号 、 1997。 (7)宮 島 一 彦 「 水 運 儀 象 台 原 寸 復 元 顛 末 記 」『 日 本 暦 学 会 誌 』 10, 日 本 暦 学 会 、2003。 (8)藪 内 清 『 中 国 の 天 文 暦 法 』 平 凡 社 1969。 (9)P.V.Neugebauer;‟Stern Tafeln”, J.C.Hinrichs’
sche Buchhandlung,1912. (10) 杤 尾 武『 古 今 図 書 集 成 引 用 書 目 録 稿 暦 象 彙 編 乾 象 典 中 星 辰 天 河 』 桜 美 林 大 学 文 学 部 、 1972(油 印 )。 (11)宮 島 一 彦「 天 象 列 次 分 野 之 図 の 諸 問 題 」『 大 阪 市 立 科 学 館 研 究 報 告 誌 2014年 』大 阪 市 立 科 学 館 、 2014。 (12)羅 逸 星・ 羅 史羅 「天 象 列次 分野 之 図(復 元 拓 本 )」2018。 (13)村 上 由 衣 「渋 川 春 海 の二 星 図 と『天 象 列 次 分 野 之 図 』の 定 量 的 比 較 」同 志 社 大 学 2017 年 度 卒 業 論 文
(14)MIYAJIMA,K;‛Japanese Celestial Cartography before the Meiji Period', “ The History of
Cartography” Vol.2,Book 2, University of
Chicago Press,1994. (15)宮 島 一 彦「 同 志 社 大 学 所 蔵・元 禄 14年 製 天 球 儀 の 位 置 づ け 」『 同 志 社 大 学 理 工 学 研 究 報 告 』 21,No.4、 同 志 社 大 学 1981。 (16)渡 辺 敏 夫 『 近 世 日 本 天 文 学 史 (下 )』 恒 星 社 厚 生 閣 1987。