iv
は じ め に
発生学は,記載発生学と呼ばれる克明な観察とその記載を中心とした研究 の時代から,実験発生学と呼ばれる実験的な手法を中心とした研究の時代を 経て,最近の分子発生生物学へと大きく発展してきた.それにともない,今 までの発生学とは比べ物にならないほど多くの情報に溢れ,その全体を詳細 に把握することが容易ではなくなった.しかしながら,分子レベルの研究が 発展したおかげで,それ以前の発生学と比べて,さまざまな発生現象をより 具体的に理解できるようになった.たとえば,古くから議論されてきた細胞 分化という概念も,遺伝子発現の制御の面から説明されると容易に理解する ことができるようになった.そして,線虫やショウジョウバエからヒトに至 るまで,体つくりの基本的なしくみの類似性も明らかになった.その結果,
今までは分子レベルの研究とはまったく無縁と思われてきた動物の進化につ いても,ホメオボックス遺伝子の発現パターンとの関連で,その一面が分子 レベルで説明できるようになった.
このような分子発生生物学の知識の集積とともに,社会的な要請もはたら いて,現在では,発生生物学の研究の中心が,学問的な興味を中心としたも のから応用的な研究へと移りつつあるように思える.現在,発生生物学の研 究が向かう先には,再生医療という大きな目標がある.その目標に至るまで の過程には,クローン動物の作製や胚の操作技術の発展,遺伝子操作技術の 応用などをはじめとした多くの知識の集積が必要であった.しかしながら,
再生医療への発想は決して新しいものではなく,古くからイモリの手足や眼 球などの再生を観察していた研究者は,この現象をヒトの病気や傷害の治療 に応用できないものかと考えていた.それが,とうとう実現可能な時代になっ てきた.
本書では,動物の体が形成されるしくみについて,その分子的な背景を中 心に解説する.その内容は,卵形成と精子形成から始まり,受精を経て,卵
v 割から胞胚形成,原腸胚形成,神経胚形成へと展開する.そして,ホメオボッ クス遺伝子の役割を述べた後,細胞分化と器官形成について述べ,最後に,
再生医療や老化の問題に及ぶ.この本を読んでいただいた読者の方々には,
動物の体つくりに共通してはたらいている基本的なしくみを理解し,それら のしくみが線虫やショウジョウバエからわれわれ哺乳類に至るまでの進化の 過程で延々と引き継がれてきたことを知ってほしい.そして,それらの知識 が,これからの新たな技術である再生医療の発展へと大きく貢献しているこ とを理解していただければ幸いである.
2011年 8月
著 者 一 同