市中肺炎における高齢者の疾病負担の推計
Estimating Disease Burden of
Community-Acquired Pneumonia among Elderly Patients
平成 26 年度入学
此村 恵子 (Konomura, Keiko)
指導教員
赤沢 学
1 目次
略語
1 緒言 ... 5
2 CAP の基礎情報 ... 7
2.1 肺炎とは ... 7
2.2 症状 ... 7
2.3 診断 ... 8
2.4 予防方法 ... 8
2.5 治療方法 ... 8
2.6 重症度 ... 9
2.7 侵襲性肺炎球菌感染症(IPD) ... 10
2.8 CAP の疫学 ... 11
2.9 疾病負担とは ... 11
3 先行研究の紹介 ... 13
3.1 先行研究 国内 ... 13
3.2 先行研究 国外 ... 15
3.3 方法論について ... 18
3.4 日本で利用可能なデータベースについて ... 20
4 CAP 患者の罹患率・死亡割合・治療期間・1 エピソードあたりの医療費の算出(課題1) ... 27
4.1 目的 ... 27
4.2 方法 ... 27
4.3 結果 ... 31
4.4 考察 ... 41
4.5 小括 ... 43
5 高齢者における追加的 CAP 医療費の推計(課題 2) ... 45
5.1 目的 ... 45
2
5.2 方法 ... 45
5.3 結果 ... 50
5.4 考察 ... 55
5.5 小括 ... 56
6 総括 ... 57
6.1 研究概要 ... 57
6.2 研究の限界 ... 58
6.3 今後の方針 ... 58
6.4 結語 ... 59
7 謝辞 ... 60
8 引用文献 ... 61
9 参考資料 ... 69
9.1 糖尿病治療薬一覧 ... 70
9.2 COPD 治療薬一覧 ... 71
9.3 認知症治療薬一覧 ... 71
9.4 抗リウマチ薬一覧 ... 72
9.5 抗がん剤一覧 ... 73
9.6 喘息治療薬一覧 ... 76
9.7 経口ステロイド一覧 ... 76
9.8 吸入ステロイド一覧 ... 76
9.9 スタチン系薬一覧 ... 77
9.10ACE-I 一覧 ... 77
9.11脳心血管疾患関治療薬一覧 ... 77
9.12入院治療場所別の患者背景 ... 78
9.13A-DROP 別の患者背景 ... 79
9.14A-DROP スコア別の全体の死亡割合と IPD 発症有無別の死亡割合 ... 80
9.15死亡患者の割合 ... 81
3
9.16死亡患者割合 入院治療場所別 ... 82
9.17CAP の治療期間 ... 83
9.18CAP の治療期間 入院場所別 ... 84
9.19A-DROP スコア別の治療期間 ... 85
9.20A-DROP スコア別の総医療費 ... 87
9.21IPD 発症の有無別の総医療費 ... 88
9.22死亡・生存別の総医療費 ... 89
9.23リスクファクター別の医療費 ... 90
9.24治療場所別の総費用に占める医療資源カテゴリーの内訳 ... 91
9.25病棟別の総費用に占める医療資源カテゴリーの内訳 ... 91
9.26A-DROP スコア別の総費用に占める医療資源カテゴリーの内訳 ... 92
4 略語
略語 正式名称
ACE inhibitor angiotensin converting enzyme inhibitor CAP community-acquired pneumonia
COPD chronic obstructive pulmonary disease
DPC/PDPS Diagnosis Procedure Combination/Per-Diem Payment System HCU high care unit
ICD-10 International Classification of Diseases, 10th revision ICU intensive care unit
IPD invasive pneumococcal disease IQR interquartile range
JMDC Japan Medical Data Center Co.
MDV Medical Data Vision Co.
NDB National Database
PPV23 23-valent pneumococcal polysaccharide vaccine PSI pneumonia severity index
SD standard deviation
5 1 緒言
日本政府は経済・財政一体改革の推進により、2020 年の財政健全化を目指してい る。その中でも社会保障の財政赤字は大きく、特に国民医療費は 2015 年度に 42 兆円 を超え、毎年 1 兆円規模で増加している1)。GDP が伸び悩む中で国民医療費の増加は 著しく、今後も高齢化によりさらに医療費が増加していく見込みである。生産年齢人 口に対する保険料の負担は増加し、財政赤字が増加する中で、現行の社会保障制度を 維持するためには、医療の質を保ったまま効率化することが重要な課題である。
医療の効率化のアプローチの一つとして疾病負担という考え方がある。疾病負担と は、ある集団における疾病の影響の大きさを罹患率・死亡率・治療日数あるいは医療 費などの指標で表したものである2)。疾病負担を明らかにすることで、疾患による医 療費へのインパクトや費用構造を明らかにすることができる。つまり、その疾患によ ってどの程度の医療資源が利用されており、疾患の治療のために、どこに多くの医療 費が使われているのかがわかる。このような情報を明らかにすることによって、医療 を効率化するために、どのような対策が必要か議論することができるようになるので ある。
本研究では、市中肺炎(community-acquired pneumonia:CAP)を例に取り、この 疾病負担を明らかにすることとした。CAP とは病院外で日常生活していた人に発症し た肺炎のことである。年間 188 万人が罹患するとの報告がある3)。がんの罹患者数が 年間約 100 万人と推計されていることから CAP は非常に臨床的な疾病負担の大きな疾 患である。さらに CAP を罹患する者のうち 70%が高齢者であるとも報告されているこ とから、高齢者医療についても重要な疾患と言える。また、CAP を 1 回治療する際の 医療費は外来治療を行うと約 4 万円、入院治療では約 110 万円と報告されている4)。
6
しかし、重症度別の CAP の疾病負担などは報告されておらず、日本における CAP の疾 病負担に関する詳細な情報は限られている。
近年、日本では大規模な医療情報データベースの構築が進んでいる。データベース を利用することによって、従来の患者登録型のコホート研究よりも簡便で迅速に大規 模な母集団を取り扱うことが可能になった。特に DPC 病院に導入されている DPC デー タは医療評価分析を行うことを前提にデータベースが構築されている。このデータに は CAP を含む一部疾患の重症度の評価結果が含まれているため、重症度別の分析が可 能である。
したがって本研究では、高齢者における CAP の対策を議論するための情報を創出す ることを目的とした。第 2 章では肺炎についての基本的な情報について概説する。そ の後第 3 章において、先行研究の紹介や方法論について論じる。第 4 章では、日本の 高齢者における CAP の疾病負担を重症度別に求め、CAP の医療費構造を明らかにした ためこの報告を行う(課題 1)。第 5 章では入院を要する CAP を防ぐことによってど の程度の医療費削減効果が期待できるかを推計したためこの報告を行う(課題 2)。
第 6 章において本研究の総括を述べる。
7 2 CAP の基礎情報
2.1 肺炎とは
肺炎とは、細菌やウイルスの感染によって引き起こされる肺の急性炎症のことであ る5)。肺炎は原因微生物による分類、定型あるいは非定型であるかによる分類、画像 所見や病理学的所見による分類、罹患場所による分類、重症度による分類と様々な分 類方法がある。本研究において重要な分類は罹患場所による分類と重症度による分類 である。肺炎は罹患した場所によって CAP、医療・介護関連肺炎、院内肺炎に大別さ れる5)。病院外で日常生活していた人に発症した場合は CAP、介護施設や医療関連施 設に入所している人が発症した肺炎は医療・介護関連肺炎、入院 48 時間以上経過し たあとに新たに発症した肺炎は院内肺炎と定義される。後になるほど耐性菌に起因す る肺炎である割合が増加し、それに伴って予後が不良な肺炎である場合が多い。重症 度とは患者の年齢や性別、臨床検査値、症状などから疾患の重篤さを総合評価するた めの指標である。軽症、中等症、重症、超重症などのカテゴリーで分類され、カテゴ リー毎にアウトカムの発生率が評価されていることが多い(例:30 日後の死亡 率)。また、カテゴリーによって治療方法が決定されることもある。肺炎の重症度に は A-DROP、PSI、CURB-65、I-ROAD などの指標がある。CAP の重症度については後述 する。
2.2 症状
肺炎の症状は咳嗽、喀痰、悪寒、発熱、頻脈、胸痛などの症状が現れることがあ る。重症な場合には敗血症などの全身症状を起こすことがある。ただし、高齢者にお いては典型的な呼吸器症状を呈さないまたは症状が乏しいことが知られている。
8 2.3 診断
肺炎診療はまず臨床所見、画像診断などから肺炎を疑い、培養検査によって原因菌を 特定する5)。原因菌の同定には喀痰のグラム染色や培養検査を行い、血液培養も考慮 する。
2.4 予防方法
CAP の予防には、うがい、手洗い、マスクの着用など、通常の感染症予防が有効であ る。口腔ケアも高齢者の肺炎の発症を減少させることが報告されている6)。また、成 人用肺炎球菌ワクチンも肺炎の予防に有効である7)。さらに、23 価肺炎球菌ワクチン
(PPV23)は後述の重症肺炎である侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)の発症を 50-85%予 防する効果があるとされており8)、肺炎にかかったとしてもその重症化を防ぐ効果も 期待できる。日本では 2014 年より高齢者に対して成人用肺炎球菌ワクチンの定期接 種を推奨している。このワクチンプログラムは 65 歳以上の高齢者と、60-64 歳の患 者で、心臓、腎臓、呼吸機能不全または免疫機能が低下した日常生活が困難な患者を 対象としている。ワクチンの接種率は定期接種開始前の 2012 年では全国平均 17.5%
と推定されているが、自治体などが補助金を出してワクチンの普及政策が取られてい るため、さらなる普及が期待できる9)。
2.5 治療方法
CAP の治療方法は、A-DROP システムを利用し、症状や臨床検査値などから重症度を判 定し外来と入院どちらで治療を行うか決定する。迅速診断検査を行い、原因菌の鑑別 を行う。そして細菌性肺炎と非定型肺炎の鑑別を行い、予想される原因菌からエンピ リック治療としての抗菌薬を選択する。原因菌が判明した後はその菌に効果のある抗 菌薬を選択する。
9 2.6 重症度
CAP の重症度を評価するための代表的な指標には、Pneumonia severity index
(PSI)および CURB-65、 A-DROP がある。PSI と CURB-65 に関する研究は多く行われ ており、米国のガイドラインではこれらの利用が推奨されている10)。一方、本邦のガ イドラインにおいては、CURB-65 を参考に日本呼吸器学会が提案した A-DROP の使用 を推奨している5)。これらの使い分けは、どれが優れているという点ではなく、医師 が所属する医療環境で算出可能かで選択されているようである。
2.6.1 PSI
PSI とは、患者の背景因子(年齢、高齢者施設に入居の有無)と併存疾患、身体所 見、検査結果によってそれぞれの点数を足していき、その合計点からⅠ~Ⅴのクラス に分類する指標である。このクラスは高くなるほど入院後 30 日死亡率が高くなる
(0.1~30%)ことを示している11)。予測精度は他のスコアより高いと言われている が、スコアの計算に多くの項目を調べる必要がある。また、カナダで作成されたスコ アであるため、平均寿命が長い日本に適用するとスコアが高くなる傾向がある。デー タベース研究においては、臨床検査値を含まない場合が多いため、利用できることが 少ない。
2.6.2 CURB-65
このスコアは英国胸部学会によって作成された CAP の重症度分類法である12)。評価 項目は①意識障害、②BUN>20mg/dl、③呼吸数≧30 回/分、④収縮期血圧<90mmHg ま たは拡張期血圧≦60mmHg、⑤年齢≧65 歳の 5 つである。簡便さをコンセプトに作成 されているため、採血をしなくてもスコアの算出ができる。これらの項目を 1 点と し、0~1 点は外来治療(30 日間死亡率:1.5%)、2 点は入院治療を考慮(9.2%)、3 点以上は入院治療(22%)、4 点以上は ICU を考慮(死亡率不明)と評価を下す。PSI
10
と比較して評価項目が少ないことから外来診療の場でも利用可能である。ただし、基 礎疾患による重みづけがないため、慢性心不全や腎不全の患者でも軽症と分類される 可能性があることを考慮しなければならない。データベース研究においては、PSI と 同様に臨床検査の結果を必要とするため利用することは難しい。
2.6.3 A-DROP
このスコアは日本呼吸器学会により作成され、CURB-65 をより日本で適用できる形 に変更したものである13,5)。評価項目は、①年齢(男性 70 歳以上、女性 75 歳以 上)、②BUN≧21mg/dl または脱水あり、③SpO2<90%または PaO2<60torr、④意識障 害あり、⑤血圧(収縮期)<90mmHg である。各項目を 1 点とし、0 点を軽症(外来治 療)、1~2 点を中等症(外来または入院治療)、3 点を重症(入院治療)、4~5 点 を超重症(ICU 治療)、ただしショックがある場合は 1 点でも超重症とする。CURB- 65 からの変更点は、年齢のカットオフ値が高くなっている、本邦ではパルスオキシ メーターが普及しているため呼吸数ではなく SpO2 が使われている、そして軽症へ分 類する点数が 0~1 点より 0 点のみへと変更されている点である。データベースを利 用した研究においては、他の指標と同じように臨床検査情報がないためスコアを算出 できない。しかし、DPC 病院においては、DPC データの中に入院時の重症度を A-DROP で評価し入力する項目が含まれているため、利用することができる。
2.7 侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)
IPD は肺炎球菌が髄液または血液など本来無菌であるはずの部位から検出されるとい う感染症のことである14)。菌が検出された部位によって髄膜炎や菌血症と呼ばれ、肺 炎に伴ってこれらが発症した場合に重症な肺炎とみなされ入院治療を要する。時には 全身性の症状が出る敗血症を引き起こすなど死亡率が高い(約 15%)ことで知られて いる15)。易感染性の患者において多くの IPD 発症が報告されている16)。咳やくしゃ
11
みなど細菌による感染が主な感染ルートであり、菌血症の場合は発熱、咳、息切れな どの症状がみられ、髄膜炎の場合は頭痛、発熱、けいれんなどの症状が現れる17)。主 な治療方法は抗菌薬の投与であるが、近年治療薬に耐性菌が報告されるようになって きている18)。また、米国や日本では小児における 7 価肺炎球菌結合型ワクチン
(PCV7)の普及によって、子供から高齢者へ感染することが減少した結果、高齢者の IPD 発症は減少した19-21)。しかし、PCV7 に含まれていない血清型による IPD の発生が 現在問題となっている。
2.8 CAP の疫学
肺炎は日本人の死因第 3 位の疾患であり、そのうち 65 歳以上がその 97%を占めて いるという、高齢者において重要な疾患である22)。今後高齢化によってさらに肺炎に かかる患者が増加して行くことが予想される。日本では年間約 188 万人が CAP を発症 し、そのうち 70%が 65 歳以上である3)。また、日本における CAP にかかる費用は外来 治療で約 4 万円、入院治療で 110 万円と報告されているが、高齢者が発症する CAP の うち 70%は入院治療をするため、多くの医療資源や医療費を必要とする 3,4)。CAP のリ スクファクターには男性であることや高齢であること23–26)、喫煙、併存疾患があるこ と(慢性閉塞性肺疾患(COPD)、糖尿病、がん、認知症、心不全、肝障害)が知られ
ている23,27–32)。また経口ステロイドや吸入ステロイドが CAP の発症リスクを増加させ
るとの報告もある27)。
2.9 疾病負担とは
疾病負担とは、ある集団における疾病の影響の大きさを罹患率・死亡率・治療日数
(臨床的な疾病負担)あるいは医療費(経済的な疾病負担)などの指標で表したもの である2)。これらを統合して DALY という指標が各国の比較に利用されている。疾病負
12
担は疾患がどれだけ社会に大きな影響を与えているかの現状を把握するための情報と も言い換えられる。国民医療費総額が 40 兆円を超え、高齢化によってさらなる増加 が見込まれる本邦において、限りのある医療資源・医療サービス・医療費の効率的な 配分は非常に重要な課題である。この課題に取り組むためにはまず、何にどれだけの 資源が投入されているのかを明らかにしなければ取り組みようがない。したがって疾 病負担とはこれら課題の基盤となる情報である。
疾病負担を求めるためには、より代表性の高いデータを利用する必要がある。現在 の日本では患者登録によるサーベイランスが主に行われているが、これらは対象とで きる患者が少ないため代表性が低く、時間がかかり、高額な実施費用が必要となる。
近年、日本では医療情報データベースの整備が進み、100 万人を超える対象患者を比 較的簡単・迅速に分析できるようになってきた。こちらはサーベイランスのような詳 細なデータは得られない代わりに、対象者数が大きいためサーベイランスでのデメリ ットを解決することができるというのが大きなメリットである。
13 3 先行研究の紹介
3.1 先行研究 国内
国内のデータを元に発表された先行研究を以下に記述する。
3.1.1 政府統計
政府統計によって公開されている情報は、平成 26 年度の患者調査では、調査日当 日に病院、一般診療所、歯科診療所で受診した患者のうち、肺炎によって入院した推 計患者数は 34,600 人、外来受診した者は 8,200 人であった。また、肺炎は日本人に おける死因の第 3 位であり、国民医療費として推計されている肺炎の医療費は 3,382 億円である1,22)。
3.1.2 多施設前向き研究:日本における市中肺炎の疾病負担の推計3)
成人肺炎による疾病負担の増加は世界的な高齢化による緊急の健康問題である。
この研究では、世界で最も高齢化が進んでいる日本における、市中で発生した肺炎
(COP)の疾病負担の推計とその病因を調査した。他施設共同、前向きの市中肺炎サ ーベイランスが 2011 年~2013 年にかけて行われた。15 歳以上の肺炎患者(CAP と医 療ケア関連肺炎を含む)を対象とし、4 主要都市(北海道、千葉県、高知県、長崎 県)にある 4 つの地域中核病院から患者が選択された。COP の負荷はこのサーベイラ ンスのデータおよび全国統計より推計された。結果として、932,080 名の病院受診者 より 1,772 の市中肺炎エピソードを収集した。成人 COP の全体の罹患率、入院、入 院内死亡はそれぞれ 16.9、5.3、0.7(1000 人年)であった。罹患率は年齢によって 大きく増加していた。例えば、85 歳以上の罹患率は 15~64 歳の罹患率よりも 10 倍 大きかった。日本人口に対して成人 COP の年間罹患者数を推計したところ 180 万人 であった。そのうち 70%は 65 歳以上であった。COP の疾病負担のほとんどは高齢者
14
によって発生していた。加えて、肺炎の疾病負担を減少させるためには、肺炎球菌 とインフルエンザウイルスに対するワクチンの導入など多角的なアプローチが必要 であろう。
3.1.3 インフルエンザワクチンを接種した高齢者における成人用肺炎球菌ワクチン の効果と費用4)
CAP における Pneumococcal polysaccharide vaccine (PPV)の臨床効果と費用削減 効果を評価するために、長崎川棚医療センターにおいてオープンラベル、ランダム化 臨床試験を行った。対象患者は 786 名の 65 歳以上の日本人で、定期的なインフルエ ンザワクチン接種を 2 年にわたって受けている者とした。患者はランダムに PPV 接種 群と非接種群に割り当てられた。全肺炎による罹患率、入院、医療費は 2 群で比較し た。75 歳以上の患者において PPV ワクチンは明らかに全肺炎入院、歩行困難患者の 罹患率を減少させていたが、逆に全対象患者では差は見られなかった。CAP に 1 回か かることによる医療費の中央値は外来で 310 ドル(約 35,000 円)、入院で 9,195 ド ル(約 110 万円)であった。PPV ワクチンは最初の 1 年間において明らかに医療費を 減少させていた。PPV は本研究の対象者である 75 歳以上の患者に対して全肺炎へ効 果が認められたが、65 歳以上の患者を対象とすると効果は不明であった。
3.1.1 国内の先行研究について
まず、政府統計についてであるが、これらの情報は代表性という点では優れている と言える。しかし、推計値が肺炎という大きなくくりで推計されているため、その内 どのくらいを CAP が占めるのかについては不明である。また、日本全体を推計したも のであるため、患者ひとりひとりにおける詳細なデータは一切得ることができない。
一方、先行研究については、ワクチン接種歴まで調査するなどより詳細なデータが得 られているという点で優れているが、多くとも 4 病院を受診した患者を対象に疾病負
15
担を推計しているため、日本全体を代表する値であるとは言い難い。また、実施され た研究の数が非常に少なく、限られた情報しか明らかになっていない。
3.2 先行研究 国外
医療資源が限られるという同様の事情から、諸外国では疾病負担を求める多くの研 究が行われている4,33–41)。そのうち本研究に関わる重要な 2 報を概説する。
3.2.1 米国の 50 歳以上の成人における年齢およびリスク別の CAP エピソード毎の費 用39)
米国において CAP の直接コストは年間$170 億である。メディケア(米国の高齢者 や障害者向けの公的医療保険制度)受給者では$130 億であるといわれているが、正 確な数値は不明で、おそらく過小評価しているだろうと言われている。別の研究では 年間の CAP コストは生産人口で$106 億であると報告している。外来患者の直接コス トは、$130-$4,500 と推定されている。CAP に対する研究が複数行われているが、年 齢、リスク、入院についての詳細なデータは報告されていない。したがって本研究で は 50 歳以上の CAP 患者に対してこれらのリスク因子別の費用を算出した。
2006 年 6 月~2007 年 12 月における、Optum research database(保険会社が持つ データベース)から抽出した病院の会計情報と薬局の情報を統合したデータセットを 利用した。対象患者は index 日から 14 日以内の胸部 X 線診断、50 歳以上、index 日 から最低 90 日間データに含まれていることとした。ただし老人ホームに住んでいる 患者や長期療養施設に入っている患者、index 日 から 14 日前までに入院していた患 者は除外した。CAP エピソードは ICD9-CM の肺炎コードを少なくとも一回、初回の診 断時に持つ者とした。最初の診断コード出現日を index 日と定義した。肺炎エピソー ドの期間は index 日から肺炎診断がある最後のデータまでとした。CAP エピソード中 に死亡した場合を除き、CAP エピソードの前後 90 日は肺炎の診断がないことを確認
16
した。年齢、併存疾患そして治療場所別に費用を分けた。CAP のリスクは index 日前 後の期間にわたって易感染性または慢性状態となっている場合で分類した。重度のリ スクとは同じ状態で、別の日に特定の易感染性となったという記録が少なくとも2つ 以上ある場合とした。中等度のリスクは、免疫応答性はあるが、2 つ以上の症状があ るものとした。軽度のリスクは重度と中等度でない場合とした。全治療費用と肺炎関 連費用(薬局、外来受診、救急車での受診、ER 利用あり、入院、その他の費用)を 算出した。CAP 関連費用は肺炎診断がつけられている費用と、肺炎診断の 2 日以内に 発生している抗菌薬のデータとした。入院ではすべての医療費を肺炎関連コストとし た。
結果として 27,659 名の患者が 28,575 件の CAP エピソードを経験していた。大多数 の患者 97%は一回しかエピソードを持っていなかった。CAP エピソードの 28,575 件中 28%は入院しており、残りは外来治療を行っていた。平均年齢は 62.6 歳で男女差はな かった。外来、入院では 55%、18%の患者が低リスク群であった。平均入院エピソー ドは 32 日で、外来エピソードは 10 日であった。通常エピソードの長さは年齢によっ て増加し、ハイリスクになるにつれて増加する。外来エピソードの肺炎全費用は1エ ピソードあたり$2,212(23 万円)で、入院は$27,661(288 万円)であった。医療費 は高年齢のグループほど高額であった。CAP 関連コストは入院患者では全医療費の約 90%を占めていた。外来患者では約 50%であった。CAP 治療において入院が最も費用が かかることが明らかになった。そして 44%の患者は CAP のリスクファクターを持って いなかった。CAP の罹患率と経済的な負担を減少させるために、ワクチンを接種する 必要がある。
17
3.2.2 メディケア受給者における肺炎の罹患率と医療費38)
肺炎は高齢者にとって罹患頻度が高く、重篤な疾患であり、それに伴う死亡率や治 療費は明らかに大きい。また、長期的な罹患によって急性期病院における臨床アウト カムや医療資源の利用に影響を与えている。この研究ではメディケアを受給する高齢 者における入院外来別、院内または院外の肺炎、短期または長期の医療費と死亡率を 肺炎の入院エピソードごとに算出することを目的とした。
メディケアのデータベースより抽出した 5%の患者で、出来高(治療を行った分だ け支払いが発生)で治療を受けており、65 歳以上を対象とした(1999~2007 年)。
2005 年に肺炎で入院した患者を入院後 2 年間追跡し、医療費を算出した。肺炎関連 医療費は ICD9 コードによって定義した。ただし、外来薬局における費用はデータに は含まれていない。年間の罹患率を求めるために、肺炎エピソードの数を各年の母集 団で除した。死亡率も同様に算出した。罹患率と死亡率はアメリカの人口で調整を行 った。追加費用は入院患者の直接費用を肺炎にかかった人とそうでない人で比較し た。コントロール群は直接そして傾向スコアマッチングによって患者背景と健康状態 をマッチングした。これは医療ケア関連肺炎の有無で層別した。ケースは 2005 年に 肺炎診断(医療ケア関連肺炎または CAP)で入院した者でかつ 2 年間追跡可能な者。
コントロール群はマッチングで選択される月の前に 12 ヶ月間肺炎にかかっていない 者で、年齢、性別、メディケア受給資格、慢性閉塞性肺疾患の既往、心不全、入院ま たは介護施設にいたか、過去 90 日間に受給を許可している場合にマッチングした。
追加費用、直接費用の算出は肺炎にかかった人とかからなかった人を比較して、一般 線形回帰モデルによって推計した(リンク関数は log,γ分布)。
結果として、対象患者は 1,908,928 名であった。そのうち肺炎患者は 1,821,588 名 であった。2005-2007 年の罹患率は 47.4/1,000、34.6/1,000 であった。9%の患者が
18
年間 1 回以上肺炎に罹患していた。肺炎群は$41,467,非肺炎群は$25,334 であり、差 は$16,133 であった。総医療費を index 日前後四半期別にケースとコントロール群で 比較した。ケース群の費用は第一四半期に多くの医療費が集中的にかかっていた。こ れはケース群が入院を要するためであった。しかし、費用はケース発生後もしばらく 高いまま推移していた。肺炎発生より後の費用の差は$1,100-1,400 で推移してい た。死亡率はケース群で一貫して高い状態であった。同様の解析を医療ケア関連肺炎 でも行ったが、医療ケア関連肺炎は CAP よりも高額な入院費用を必要としていた。肺 炎は高齢者にとって罹患率が高く、治療費用も高いため、医療費へのインパクトは無 視することはできない。予防と早期治療によって入院や合併を避けることによって急 性期のコストを下げることができるだろう。
3.3 方法論について 3.3.1 医療費の算出方法
データベースを利用したある疾患に罹患した患者の医療費の算出方法にはいくつか の方法がある。(1)治療に関連すると予想される資源の費用を定義して算出する方 法、(2)対象疾患の治療期間に利用した資源を合計する方法、(3)疾患により追加 的に発生した医療費を算出する方法である。(1)治療に関連すると予想される資源 の費用を定義して算出する方法は、疾患の治療に利用される薬剤・処置・手術・医療 材料等の医療費が明らかである場合に、データベース中にそれらが記録されていた場 合、その価格を合計することによって医療費を算出する。治療方法が明らかである場 合などには有効で簡便な手法である。しかし、常に同じ治療を行うとは限らないこと や、一つ一つの詳細な医療材料などまで定義することは難しく、どこまでを関連医療 費とするかによって費用がばらつく可能性がある34,42)。次に、対象疾患の治療期間に 利用した資源をすべて合計する方法は、対象の疾患が起こってから治療が終了するま
19
での期間を定義し、データベースの中からその期間に利用した医療資源をすべて合計 する方法である。疾患の治療方法が定まっていない場合や、その疾患によって併存疾 患が重症化した場合の医療費も考慮する際に有効である42)。最後に、追加的医療費と は、ある期間に対象疾患にかかった場合とかからなかった場合にどれだけの医療費の 差が発生するか求めることによって、その疾患の影響を医療費によって表す方法であ
る43,42)。(1)や(2)の方法は、あくまで疾患にかかった患者の医療費を求めていた
が、追加的医療費は疾患のインパクトを評価することができる。例えば、ある疾患の 1 年間の追加的医療費は、その疾患の年間罹患数と掛け合わせることによって、その 疾患に罹患することによって年間いくらの医療費が発生したのかを見積もることが可 能である。この費用が大きい疾患は、より疾病負担の大きい疾患であると言える。追 加的医療費の算出方法には単純比較、マッチング、回帰分析の 3 種類が考えられる。
CAP を発症した患者とそうでない患者の間には、患者の状態に違いがある可能性が高 いため、両群の患者背景を調整した上で比較する必要がある。マッチングと回帰分析 では、患者背景を調整して比較することが可能なため、単純比較よりもより正確な値 が算出できると考えられる。
3.3.2 傾向スコアマッチングについて
傾向スコアマッチングとは、暴露群と対照群のどちらに割り当てられるかという確 率を予測スコアとして算出し、この予測スコアが近しい暴露群と対照群の患者は、同 質の交絡因子を持っていると考えることができる手法である44)。したがって同様の予 測スコアを持つ患者同士をマッチングすることによって、擬似的に共変量の無作為化 を期待することができる統計的な手法の一つである。通常のマッチングでは、マッチ ングするための変数が増えるほど該当するコントロール群がみつからなくなるという 問題が発生するが、傾向スコアでは複数のマッチング因子を1つの傾向スコアに集約 してからマッチングするため、この問題が起こらないことが利点の一つである。
20 3.3.3 外部妥当性
外部妥当性とは一般化可能性・代表性とも呼ばれ、ある研究の対象者から得られた 結果を他の集団に当てはめても同様の結果が得られるかどうかという評価軸である
45)。言い換えるならば、研究で得られた成果がどれだけ一般に当てはめられるのかと いうことを示す。外部妥当性が高いほど、研究の対象者とは異なる集団に結果を適用 しても同様の結果が得られる。外部妥当性を高めるためには、一般化できる母集団を 選択することが重要である。母集団を大きくすることも効果的である(1 病院よりも 1,000 病院のほうが一般化できそうである)。
3.3.4 内部妥当性
研究の対象群とコントロール群が比較するに値するかという評価軸である。例え ば、介入群には重症患者が多く、コントロール群には軽症患者が多かったとすると、
介入群のほうに重症者が多いために見かけ上死亡率が増加する現象が起こる。これに よって本来死亡率を低下させる効果があると期待された介入が、効果がないと誤って 判断されてしまう。これは比較する群同士の患者の特徴に偏りが生じているために起 こるため、患者背景をそろえるような何らかの手法を用いて、両群の比較可能性を向 上させる必要がある。内部妥当性を向上させる手法として、ランダム化比較試験、傾 向スコアマッチング、操作変数法、回帰分断デザインなどの統計デザインが存在す る。外部妥当性とは通常トレードオフの関係にあり、どちらかを高めるともう一方が 低下する。
3.4 日本で利用可能なデータベースについて
まず前提として、本論で取り扱うデータベースはある疾患にかかった患者を登録し て、その後を追跡していくようなレジストリ型のデータベースや、個人の生活や嗜好 品などをアンケートによって収集して追跡していくようなデータベースについては対
21
象としていない。本論で取り扱うデータベースとは、診療報酬明細情報(レセプトデ ータ)や DPC データ、診療記録(電子カルテデータ)、健康診断データなど実診療の 過程で記録されていくデータを収集し、別の目的に二次利用するために構築された物 を指している。いわゆるリアルワールドデータというものであるが、本論では便宜上 データベースと呼ぶ。
近年、日本では多くのデータベースが構築されている。日本で薬剤疫学研究に利用 可能なデータベースに関する情報は、日本薬剤疫学会「薬剤疫学とデータベースタス クフォース」において公開され、これは毎年更新されている46)。現在のところ 22 の データベースの情報が公開されているが、薬剤疫学研究において比較的多く利用され ているデータベースについて紹介する(2017 年の更新内容)。
各データベースの説明をする前に、データベースの一般的な説明を行う。データベ ースを利用する大きなメリットは、100 万人を超えるような大規模な母集団を迅速で 簡便・低コストで得ることができる点にある。そして、個票データ(患者個人単位の データ)が収集されており、患者を長期にわたって時系列に追跡することが可能であ る。それぞれのデータベースは個人情報保護の観点から元データに戻れないように加 工された(連結不可能匿名化)データとして提供されるため、研究者が個人を識別す ることはできない。
データベースの種類は、収集されるデータの種類によって大別される。レセプトデ ータ(DPC レセプトも含む)、DPC データ、調剤データ、電子カルテデータの 4 種類 である。レセプトデータは、保険請求のために各医療機関が健康保険組合に電子的に 提出した情報である。DPC レセプトは DPC 病院における入院に関する診療報酬明細デ ータであり、診断群分類に基づく包括支払いの算定データや、診療行為の情報が出来 高に換算できるように記録されている。一方、DPC データは DPC 制度の導入による影
22
響を検証・見直しするために収集されており、さらに医療の質評価にも利用されてい る。DPC レセプトの情報にカルテから得られられた情報が追加されており、CAP や心 不全の重症度情報などのレセプトには記録されていない情報が含まれている。調剤デ ータは、保険調剤薬局において院外処方せんを受け付けた際に記録される情報であ る。調剤薬局の保険請求データには診断名が記録されないため、患者がどのような理 由で病院を受診したかは不明である。電子カルテデータは電子カルテのデータを収集 したものである。電子カルテデータ以外は診療報酬を請求するために入力される情報 がほとんどであるため、実際に行った診療行為については正確に知ることができる。
レセプトデータにおいては、本来の診断名とは異なる、保険を通すためにつけられた 保険病名が記録されている場合があるため、病名と治療内容によって疾患を定義する ことが通常である。
3.4.1 メディカル・データ・ビジョン(MDV)社が提供するデータベース
このデータベースは全国 314 の急性期医療機関(いわゆる DPC 病院)を対象とし た、入院、外来の診療データを含むデータベースである47,48)。含まれる医療機関は公 表されていないが、全国の中小病院が多いと言われている。年間約 851 万人の患者の 個票データを持っており、日本人口の約 7%、急性期医療機関の病院数および病床数 の約 19%のデータをカバーしている。含まれるデータは、それぞれの患者に提供され た診療行為、処方に関する情報、ICD-10 でコード化された診断名、診療日、入院退 院日、退院時の転帰、肺炎患者の入院時の重症度、外来診療のデータや、一部の病院 においては検査値の情報も含まれている。患者が同一の医療機関を受診した際の情報 を時系列に得ることができる。
このデータベースは、患者数が多いという点、特に薬剤疫学研究の題材となりやす い高齢者を多く含んでいることが大きな特徴の一つである。また、DPC データはレセ
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プトデータよりもデータの入力方法が厳格であるため信頼性が高く、これを元に作成 されている MDV データベースは他のデータベースよりも正確な情報が得られると考え られる。例えば、レセプトデータには退院日が記載されないことがほとんどである が、DPC データにおいては退院日が記録されているため、入院日数を明確に定義する ことができる。さらには、入院した理由も知ることができる。レセプトデータを利用 した場合は入院理由のデータが含まれていないため、治療内容から疾患を推測する必 要がある。しかし、DPC データは入院の契機の疾患という入院理由となった疾患を入 力する構造となっているため、これを得ることができる。これらに加えて、DPC デー タには一部の疾患の入院時点の重症度を評価した情報が含まれており、これは他のデ ータベースにない大きな利点である。例えば CAP は A-DROP スコアに基づいた評価項 目がそれぞれ記録されている。また、MDV データベース固有の特長として、入院情報 以外に外来診療のデータを含むことも大きな利点である。定期的に外来診療を受けて いた患者が入院した際にどのような治療を受けたのか調査することができる。また、
ほとんどのデータベースでは得られない臨床検査値の結果も一部利用可能であること も大きな利点であると言える。逆に欠点は、医療機関単位でしかデータを得られず、
複数医療機関を受診した患者を時系列に追うことはできないということである。つま り、患者 A がある病院にかかり、その後別の病院にかかったとすると、それぞれの病 院において患者 A は別人と扱われることになる。したがって、このデータベースは、
高齢者を対象にしたい場合や、高確率で入院を要する疾患、1入院で完結するような 急性期の疾患に向いていると言える。
3.4.2 日本医療データセンター(JMDC)のデータベース
このデータベースは JMDC と契約した複数の企業健康保険組合に加入している人の 保健診療情報(レセプトデータ)を収集したものである。患者が企業健康保険組合に 加入している間の医科入院、医科入院外、DPC、調剤データ、健康診断データおよび
24
加入者台帳データを含んでいる。2016 年における年間患者数は約 300 万人であり、
全データは日本人口の約 2%をカバーしている。含まれている医療機関の種類は、全 国の医療施設の約 90%と報告されている。
このデータベースの利点は、患者が受けたすべての保険診療を追跡することができ る点にある。保険者のデータを元にしているため、病院や診療所、調剤情報など医療 施設の種類を問わず追跡可能である。ただし、欠点としては企業健康保険組合からデ ータを収集しているため、高齢者のデータが乏しいことである。さらに、保険請求上 の会計情報であるため、請求に必要のない臨床検査の結果などの情報は含まれていな い(ただし、毎年実施されている健康診断の結果は含まれている)。したがって検査 値を利用したアウトカムの設定は難しい。また、レセプトはひと月ごとに報告される ため、日付データが欠損している。そのため月の中での治療内容の前後関係について はわからない。したがって、慢性的に続く疾患を追跡するのには優れているが、急性 期の疾患についてはあまり向かないと言える。
3.4.3 ナショナルデータベース(NDB)
NDB は電子化されたレセプトデータおよび特定健康・保健指導データを収集したデ ータベースである。医療保険に加入している者と特定検診・保健指導を受けた者のデ ータのうち電子的に保険請求されたものが含まれている。平成 27 年時点で 99%のレ セプトが電子的に請求されているため、保険請求のほぼ全てを網羅していると言え る。より簡単に説明するならば、日本国民のほぼすべての保険診療情報が収集されて いるデータベースということである。レセプトデータベースであるため、性質は JMDC データベースとほぼ同じである。ただし、後期高齢者についても網羅している ため JMDC の弱点であった定年退職後の高齢者についても追跡可能である。このすべ
25
ての患者の保険診療情報を追跡することが可能な点がこのデータベースの最大の利点 である。
ただし、JMDC と同様にレセプトデータベースであるため、入院時の理由について は治療内容から類推する必要があることや、退院日が明らかでないこと、レセプトは 月毎に請求されるため、同一月に行われた診療の前後関係は不明瞭であることなどが 欠点である。さらに、匿名化の処理の際、氏名や保険番号が変更した患者については 同一人物と特定できない可能性がある。また、NDB はデータのハンドリングが非常に 難しいことが知られている。研究に利用可能な形で提供される JMDC や MDV と異な り、生データが提供されるため、研究者自身でデータのクリーニングや加工を行い、
利用可能な形にしなければならない。さらに 1 億 2 千万人もの患者のデータから抽出 するため、データ提供までの時間が長く、また受け取ったデータも非常に大きいもの となり通常のパソコンやソフトでは処理が難しくなる可能性が高い。データ提供のた めの設備基準が高いことも利用が難しい理由の一つである。
3.4.4 日本医薬総合研究所(旧日本調剤)のデータベース
このデータベースは日本調剤薬局グループ(545 店舗)が受け付けた院外処方せん のデータを収集したデータベースである。2015 年度における年間患者数は 284 万人 のデータをカバーしており平成 27 年度の院外処方せんの 1.6%を占めている。利点と しては、調剤薬局を訪れる幅広い年齢の外来処方箋を受け取った患者を追跡できるこ とである。また店舗数が多く、全国展開しているため、多くの患者を含んでいること も利点として挙げられる。ただし院外処方せんには診断名が含まれていないこと、病 院や診療所で行った診療行為は不明なこと、他グループ薬局のデータは含まれていな いことが欠点である。診療行為が含まれないため、いわゆるアウトカム研究に利用す
26
ることは難しい(不可能ではない)。薬剤によるプライマリーケアの実態を調査する など、薬剤をベースに行われる研究に利用可能である。
3.4.5 本研究で利用したデータベース
本研究では MDV データベースを利用した。これは CAP が急性期の疾患であること や、DPC データでは入院の理由が明らかでありかつ入院中の詳細な情報が得られるこ と、多くの高齢者を対象とすることが可能であるからである。そのほかのデータベー スはこれらのいずれかの情報が得られないため利用しなかった。ただし、MDV のデー タベースにはクリニックの情報が含まれないため、外来で治療された軽症 CAP の情報 が多く失われていると考えられる。しかし、CAP の外来治療は抗菌薬の投与など内科 的な治療が主であるため、クリニックや病院間に大きな治療の違いがあるとは考えに くい。さらに、MDV データベースには CAP の重症度スコアである A-DROP が記録され ているため、重症度別の疾病負担も算出可能であることからこのデータベースを利用 した。
27
4 CAP 患者の罹患率・死亡割合・治療期間・1 エピソードあたりの医療費の算出
(課題1)49)
4.1 目的
課題 1 では、日本の高齢者における CAP の 1 エピソードあたりの治療期間・死亡割 合・医療費を入院外来別、重症度別に推計し、さらに医療費の構造を明らかにした。
4.2 方法
4.2.1 対象患者
メディカル・データ・ビジョン株式会社により提供された 2013 年 4 月-2015 年 6 月 のデータベースを利用した。対象患者は 2014 年 6 月から 2015 年 5 月の間に肺炎確定 診断の ICD-10 コード (J12-J18)を持つ 65 歳以上の患者とした。CAP エピソードは、
治療場所別に外来エピソードと入院エピソードに分けて定義した。外来エピソードは 外来治療において、肺炎の診断があった日を Index 日 とし、抗菌薬投与の終了日ま でとした。抗菌薬の処方終了日から 7 日以内に次の抗菌薬の処方が行われている場合 は同一エピソードとした。外来治療以前 14 日以内に入院していた患者は院内肺炎の 可能性があるため除外した。入院の 1 エピソードは、肺炎により入院した日(Index 日)から退院日までとした。入院エピソードは治療場所によって、一般病棟治療群、
High care unit (HCU)群、Intensive care unit (ICU)群に層別した。ICU とは重篤 な患者に集中的な治療を提供する設備である。HCU は一般病床と ICU の中間に位置す る病床で、手術直後の患者などを一時的に収容する部屋である。入院期間中に 1 日以 上の HCU および ICU の利用があった場合は、それぞれ HCU と ICU 利用群とし、これら に分類されないエピソードを一般病棟治療群とした。入院日と退院日のデータが取得 できないエピソードは除外した。また、入院以前 14 日以内に退院記録があった患者
28
は、院内肺炎の可能性があるため除外した。死亡記録は入院データのみ得ることが出 来た。退院時転帰があらゆる原因で死亡した場合を死亡として扱った。
CAP による入院エピソード中に菌血症または髄膜炎の記録が1回以上存在する場合 に CAP を伴う IPD と定義した。菌血症は肺炎診断後の治療期間内に菌血症の診名断
(ICD-10: A403, A409, A419, A491, A499)を持ちかつ血液培養および抗菌薬の投与 を行っている患者と定義した。髄膜炎は肺炎診断後の治療期間内に髄膜炎の診断名
(ICD-10: G001,G009)を持ち、かつ腰椎穿刺および抗菌薬の投与を行っている患者 と定義した。
4.2.2 リスク因子の定義
肺炎発症のリスク因子は先行研究のレビューと呼吸器専門医との相談から、①併存 疾患、②処方されていた薬剤の2つに分類した27)。併存疾患は Index 日より以前に以 下の疾患があった場合とした(表 1)。糖尿病は糖尿病の診断(ICD-10: E11-E14)
がありかつ糖尿病薬の処方がある患者と定義した。COPD の診断(ICD-10:J42-44)が ありかつ COPD 治療薬が処方されている場合とした。認知症は認知症の診断(ICD-10:
F00)がありかつ認知症治療薬が処方されている患者とした。高度な腎障害がある患 者は透析を行っている場合とした。肝機能障害は肝機能障害の診断(ICD-10: K70- K76)が 2 回以上ある患者とした。リウマチ患者はリウマチの診断(ICD-10:
M059,M060,M068,M069)がありかつ免疫抑制系の治療薬(ステロイドと免疫抑制薬)
を使用している患者とした。がんはがんの診断(ICD-10: C)がありかつ抗がん剤が 処方されている患者とした。肺炎の発症を増加させる治療薬として、経口ステロイ ド、吸入ステロイドとした(参考資料 9.6、9.7)に示した。これらの薬剤が肺炎発症 より 6 ヶ月以内に処方されている場合、肺炎の発症に影響があったと判断した。肺炎 の発症と重症化に影響のある因子として、アンジオテンシン変換酵素阻害薬
29
(angiotensin converting enzyme inhibitor、ACE inhibitor)、スタチン系薬剤が 知られている。ACE inhibitor は肺炎の発症を減少させる効果が報告されている50)。 また、スタチン系薬剤は肺炎発症後の入院死亡を減少させるとの報告もある51)。これ らの薬剤が肺炎発症前 6 ヶ月以内に処方されている場合、肺炎の発症に影響があった と判断した(参考資料 9.8、9.9)。
表 1 疾患の定義一覧
疾患名 ICD-10 レセプト電算コード レセプト内容 治療薬による定義
糖尿病 E11-14 参考資料 9.1
COPD J42-44 参考資料 9.2
認知症 F00-03 参考資料 9.3
高度な腎障害 113002510 慢性維持透析患者外来医学
管理料 なし
114009310 在宅血液透析指導管理料 114009410 在宅血液透析頻回指導管理 114009510 透析液供給装置加算 140036710 人工腎臓(慢性維持透析)
(4時間未満)
140051010 人工腎臓(慢性維持透析)
(4時間以上5時間未満)
140051110 人工腎臓(慢性維持透析)
(5時間以上)
140052570 透析液水質確保加算1 140052810 人工腎臓(慢性維持透析濾
過)(複雑)
140052970 透析液水質確保加算2 190167970 慢性維持透析管理加算(療
養病棟入院基本料)
肝機能障害 K70-76 なし
リウマチ M059 参考資料 9.4
M060
M068
M069
がん C 参考資料 9.5
30 4.2.3 医療費の求め方
本研究では対象疾患の治療期間に利用した資源をすべて合計する方法によって高齢 者の CAP 治療にかかった費用を算出した。したがって、CAP エピソード中に発生した レセプトに記載されているすべての医療資源・医療サービスの金額を合計した値を 1 エピソードあたりの医療費とした。CAP 治療の内訳は 6 カテゴリー(外来診療費、入 院基本料、薬剤費、検査費、処置費、それ以外の費用)に分類して集計した52)。医療 費の推定には、2014 年 4 月改訂の診療報酬および薬価を用いた。日本は国民皆保険 制度の元、保険の種類にかかわらず同様の治療を受けることができる。また医療費の 算定額は国で定められているため、提供された医療の費用は患者が加入している保険 や病院の経営体によって左右されることはない。
4.2.4 統計解析
対象患者の背景情報を集計した。臨床的な疾病負担の推計では CAP の罹患率、死亡 割合、治療日数を推計し、経済的な疾病負担の推計として CAP の 1 エピソードあたり の医療費と医療資源の利用の内訳を求めた。入院を要する CAP の罹患率の算出には本 研究で得られた入院エピソード数を 2012 年に公表されたメディカル・データ・ビジ ョン社が持つデータにおける急性期医療機関の病院数および病床数の割合(8.2%)で 除して推計した53)。外来については、本データベースには急性期医療機関における外 来診療データのみが含まれ、診療所における診療情報は利用できないため、外来エピ ソード数を直接利用することができない。したがって、先行研究より得られている入 院と外来の罹患率は 7:3 であるという情報によって推計した3)。各推計における CAP の重症度の指標は A-DROP スコア(入院の 83%のデータが利用可能)・CAP の治療場所
(外来と入院、一般病床、HCU、ICU)・IPD の発生の有無・死亡の有無・併存疾患の 有無とした。医療費は右に裾を引く分布となるため、すべて中央値(四分位範囲)で
31
示した。そのほかの数値に関しては適切な統計的手法で集計した。追加の解析とし て、本研究では肺炎の重症度評価項目として A-DROP を利用したが、国際的な評価方 法のひとつである CURB-65 で再評価した場合、どの程度重症度分類の分布に影響を与 えるかを示した。再評価の方法は、年齢のカットオフ値を男性 70 歳、女性 75 歳から 65 歳へと変更してスコアを算出した。統計解析には SAS9.3 (SAS Institute. Inc., Cary, NC, USA) を利用した。本研究は明治薬科大学の IRB の承認を受けた。
4.3 結果
4.3.1 対象患者
対象となった肺炎患者は 70,539 名であり、そのうち CAP エピソードは 34,764 件で あった(図 1)。1 年間に一人平均 1.2 回の肺炎エピソードを経験していた。平均年 齢は 80.1±8.4 歳、男性の割合は 60%であった(表 2)。CAP による外来治療エピソ ードは 14,450 件、入院エピソードは 20,314 件 (一般病床入院: 19,855 件、HCU 利 用: 302 件、ICU 利用: 169 件) であった。平均年齢は外来と入院エピソードでそれ ぞれ 78±8 歳、82±8 歳であった。性別はどちらも男性が 61%であった。治療場所別 の患者背景を表 3に示した。入院中の死亡割合は 12%であった。入院治療場所別、A- DROP スコア別の患者背景の詳細は参考資料 9.12および参考資料 9.13に示した。
入院 CAP エピソードのうち、A-DROP スコアを利用できたのは 16,931 件(83.3%)で あった。A-DROP スコアが上昇するほど HCU や ICU の利用は増加していた(図 3)。
CAP エピソードの内、IPD を発症していたのは 263 エピソードであった(1.3%)。特 に HCU や ICU のエピソードにおいて IPD の発症割合が大きかった(図 4)。また、A- DROP スコアが増加するほど IPD 発症割合は増加し、特に Score 5 において約1割の エピソードが IPD を併発していた(図 5)。
32 図 1 対象患者の選択
表 2 対象患者の背景
対象患者
n=29,619
年齢 平均(標準偏差) 80.1 ( 8.4 )
年齢グループ n(%)
65-74 歳 8,403 ( 28% ) 75-84 歳 11,519 ( 39% ) 85-歳 9,697 ( 33% )
性別 n(%)
男性 17,687 ( 60% )
併存疾患 n(%)
糖尿病 3,134 ( 11% ) 慢性閉塞性肺疾患 3,527 ( 12% ) 認知症 194 ( 1% ) 透析 525 ( 2% ) 肝障害 4,506 ( 15% ) リウマチ 845 ( 3% ) がん 2,718 ( 9% )
過去 6 か月間の薬物治療
経口ステロイド 2,682 ( 9% ) 吸入ステロイド 1,691 ( 6% ) アンジオテンシン変換酵素阻害薬 882 ( 3% ) スタチン系薬剤 2,634 ( 9% )
33 表 3 治療場所別の患者背景
外来 CAP エピソード 入院 CAP エピソード
n=14,450 n=20,314
年齢 平均(標準偏差) 77.5 ( 8.0 ) 81.5 ( 8.2 )
年齢グループ n(%)
65-74 歳 5,787 ( 40% ) 4,499 ( 22% ) 75-84 歳 5,612 ( 39% ) 7,965 ( 39% ) 85-歳 3,051 ( 21% ) 7,850 ( 39% )
性別 n(%)
男性 8,853 ( 61% ) 12,314 ( 61% ) 治療期間 中央値(25%tile-75%tile) 7 ( 4-9 ) 14 ( 9-25 )
死亡 n(%) - - 2,389 ( 12% )
併存疾患 n(%)
糖尿病 1,950 ( 13% ) 2,032 ( 10% ) 慢性閉塞性肺疾患 2,426 ( 17% ) 2,509 ( 12% ) 認知症 103 ( 1% ) 135 ( 1% ) 透析 293 ( 2% ) 382 ( 2% ) 肝障害 3,020 ( 21% ) 2,773 ( 14% ) リウマチ 620 ( 4% ) 489 ( 2% ) がん 2,284 ( 16% ) 1,322 ( 7% )
過去6か月間の薬物治療
経口ステロイド 2,244 ( 16% ) 1,586 ( 8% ) 吸入ステロイド 1,279 ( 9% ) 1,155 ( 6% )
アンジオテンシン変換酵素阻害薬 505 ( 3% ) 586 ( 3% )
スタチン系薬剤 1,678 ( 12% ) 1,583 ( 8% )
図 3 A-DROP スコア別の治療場所割合(%)
図 4 治療場所別の各エピソード数に占める IPD の割合
99.5 99.0
97.9
96.8 96.7
93.7
0.4 0.8
1.4
2.3
1.5
2.0
0.1 0.1
0.2
0.1 0.2 0.7
1.0
2.0
4.3
90%
91%
92%
93%
94%
95%
96%
97%
98%
99%
100%
Score 0 Score 1 Score 2 Score 3 Score 4 Score 5
ICU
HCUとICU併用 HCU
一般病棟 病
棟 の利 用 の割 合
(%
)
1.3% 1.2%
5.0%
7.1%
0.0%
1.0%
2.0%
3.0%
4.0%
5.0%
6.0%
7.0%
8.0%
全入院 n=20,314
一般病棟 n=19,855
ハイケアユニット n=302
ICU n=169
IPD
の割 合(%
)
35
図 5 A-DROP スコア別の各エピソード数に占める IPD の割合
4.3.2 罹患率
2012 年時点の MDV に含まれるデータは急性期医療機関の病院数および病床数の約 8.2%を占めている53)。このことから 1 年間の CAP の罹患率を推計すると、日本におけ る 65 歳以上の入院を要する CAP 患者は 24.8(1,000 人年、20,314/0.082)であった。
また外来 CAP と入院 CAP の発生比率は 3:7 と推計されていることから、外来 CAP の 罹患率を推計すると 7.4(1,000 人年)であった3)。
4.3.3 疾病負担の推計
CAP の外来治療に比較して、入院治療を行った場合に約 14 倍 (38,545 円 vs 540,042 円)の医療費がかかることが明らかになった(表 4)。治療期間(中央値)
についても外来で 7 日、入院で 14 日と違いがみられた。入院の治療場所別の疾病負 担については、より高度なケアが必要な施設を利用するほど、治療期間、死亡割合が 増加していた。さらに 1 日あたりの医療費も増加傾向が見られ、治療場所によって医 療費が異なることが明らかになった。A-DROP スコアにおいて治療場所が外来と推奨
1% 1% 2% 2% 2%
11%
0%
2%
4%
6%
8%
10%
12%
Score 0 n=1,006
Score 1 n=5,514
Score 2 n=5,643
Score 3 n=3,387
Score 4 n=1,126
Score 5 n=254
IPD
の割 合(%
)