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『江戸時代の白砂糖生産法』

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Academic year: 2021

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在来製糖業は,ラフに言うと圧搾煎糖 分密という製造工程からなっていたが,本書 は,白砂糖の製作に不可欠な分密工程をとり あげ,享保期以降中国を介して導入され研究 されていった覆土法という一つの分密法に焦 点を絞り,その技術の伝播と推移について実 証的に検討したものである。また,ベトナム 中部の伝統的白砂糖生産をとりあげ,覆土法 のこうした民族事例の観察を通じて江戸時代 の覆土法の史料的解釈にも及んでいる。

八つの章と一つの資料からなる本書は,第 章序論で,研究史や研究の範囲・目的・方 法などについて述べるとともに,伝統的な白 砂糖生産の分密法について整理・説明をし,

本書の概要を予め紹介している。 世紀中葉 以降の日本における在来の白砂糖生産の展開 を五つの時期に分けて,各期に 章を割り振 り叙述がなされているので,以下では,そう した各章の具体的内容についてみることにし

よう。

第 章では,享保期以降の幕府による砂糖 製作の試みがなお結実していなかった 世紀 中葉に,砂糖生産に着手した尾張藩と長府藩 における白砂糖生産をとりあげている。長崎 唐人屋敷で行われていた砂糖製法を観察し,

それを習得した長崎の慶右衛門がその製法を 長門国に伝え, (宝暦 )年には尾張藩 に砂糖製作人として召抱えられ,尾張にその 製法を伝えた。尾張では, 名の人々が砂糖 生産に取り組み, (宝暦 )年に尾張藩 は砂糖を幕府に献上している。慶右衛門の製 法技術を記したものと考えられるとする製糖 記録によると,「瓦溜に濃縮糖液を直接入れ て「重力法」によって分密し,その後「覆土 法」によって分密する」としており,覆土法 に使用する土は真土の田の底のアクの強い土 をよしとしたという(本書 頁)。

また慶右衛門から長府藩大庄屋内田屋孫右

* 年 月 日受理

** 岡山商科大学経営学部教授・神戸大学名誉教授 書 評

荒尾美代

『江戸時代の白砂糖生産法』

天 野 雅 敏

**

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衛門などへ伝えられた砂糖製法が (宝暦

)年から翌年にかけて幕府方に伝えられた ことを記している『長府御領砂糖製作一件』

によって,その製法に説き及び,幕府方に伝 授されたのは「並砂糖」と「臼砂糖」の作り 方であり,「並砂糖」作りにはサトウキビの 刈り取りから約 日,「臼砂糖」作りには ヶ月を要しており,白砂糖生産はその萌芽期 には栽培日数を除き約半年ほどを要していた とする。そして,覆土法は並砂糖の製作工程 と臼砂糖の製作工程に用いられており,それ は「水分による洗い流しの他に,「毛管現象」

を利用した方法でもあった」(本書 頁)と みている。

第 章では,宝暦後期から安永前期の本草 学者,物産家,医者などの砂糖生産技術書を とりあげている。医業に身を置き,将軍吉宗 の命により朝鮮人参の研究に従事し,サトウ キビの研究も行い, (宝暦 )年砂糖製 作に一応成功していた田村元雄の著書『甘蔗 造製伝』や武蔵国大師河原村名主池上太郎左 衛門家文書の中に残された田村元雄の製法の 記録とみられる「沙餹製法勘弁」,「田村傳」,

「霜糖玄雄製し立たる法」を対象にして,そ の砂糖製法を検討している。『甘蔗造製伝』

は「煎煉ノ法」を,「沙餹製法勘弁」はその 後の「造製ノ法」を主に叙述したものとする。

そして,その分密法にはゴザ晒,板晒,瓦溜

(瓦漏)に入れる方法があり,瓦溜に入れる 方法が上品の砂糖を作る分密法であったとし,

その際には覆土法が用いられたので,覆土法 によって得られる砂糖が上品のものとされて いた(本書 頁)。さらに覆土法に使用した 土についても,水分を含んだ泥から中位に乾

いた土,ホイロでよく乾かした土などを使用 して試行研究を行っており,「毛管現象」を 主とする分密効果に期するものがあったので はないかとみている(本書 頁)。

第 章では,田村元雄の推薦により本格的 な砂糖生産に取り組み,廻村伝授して各地に 砂糖生産を伝えた大師河原村池上太郎左衛門 幸豊の手になる『和製砂糖之義付書留』,『和 製砂糖諸用留』などにもとづいて,その砂糖 製法について検討している。 (明和 ) 年から翌年にかけての試作披露の際の幸豊の 分密法は「絞る」,「押し付ける」という加圧 法であったが, (天明 )年白砂糖製法 の見分を受けた際には覆土法が用いられてお り,その土は水分を含んでいたとする。その 後,和州から取り寄せた甘蔗を使用して晒し を行い上大白砂糖の製作に成功した。そして

(天明 )年には畿内・東海道筋・中山 道筋・甲州街道筋へ,翌年には相模・駿州ま での廻村伝法が許可され実施していたという

(本書 頁)。

幸豊は (寛政元)年土佐藩士馬詰親音 に砂糖製法を伝授し,翌年には幕府の吹上筆 頭役木村又助にその製法を伝授しているが,

それらの製法伝授に関連して作成された記録 類や製法手控・製法書などにもとづいて,第 章では,寛政期の幸豊の砂糖の製法や木村 又助のそれについて検討している。幸豊は,

濃縮糖液を瓦漏に直接入れて分密し,それに 続き覆土法を用いるという分密法をとってお り,その際の土には水分の少ない固めの土と 水分を多く含む土が使用されており,乾いた 土は使用されていなかった。また絞るという 加圧法も採用されていた。結晶や結晶と密の

技術と文明 巻 号(62)

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存在状況が分密法を決定する要因とされ,小 さな結晶には覆土法は施すべきではないとさ れていた。さらに,糖液濃縮に用いた鍋の中 で結晶を析出していたという。木村又助の分 密法は,濃縮糖液を瓦漏に入れ,すぐに瓦漏 内で部分結晶化と固化をはかり,「三盆大白」

などはさらに覆土法を施すとしており,その 折の土は黄色の粘土質の土を用いるとする。

(寛政 )年に刊行された又助の『砂糖 製作記』は,幕府方の砂糖生産の初めての官 書であり,砂糖製作の普及をはかろうとする ものであったという。

第 章では,寛政末年から享和初年にかけ て江戸の砂糖製法技術者の荒木佐兵衛が土佐 に伝えた生産法や讃岐高松藩領でその頃行わ れていたとされる生産法,多数の農書をもの した大蔵永常の天保期の生産法などをとりあ げている。荒木佐兵衛の『甘蔗作り方沙糖製 法口傳書』によると,「押し船」を使用した 加圧法による分密によって作られた砂糖は光 沢が抜けるので下品とされ,覆土法による砂 糖が上品とされていた。覆土法の改良により 効率の良い方法も考案されていた。高松藩領 の聞き書きによると,分密容器として瓦漏と 畚を使用した重力法がみられ,それから琉球 筵に広げ砕いたりもみほぐしたりしており,

覆土法による分密は行われていなかった。大 蔵永常の『甘蔗大成』には,覆土法と加圧法 による分密法が示されており,濃縮糖液を「揚 げ壺」に取り揚げ,結晶の析出状態や白下糖 の状態を確認していた。サトウキビの状態と その煮詰め具合や結晶・密の存在状態などに より,永常は適宜対応する技術を提示してい たという(本書 頁)。

以上の検討から,第 章結論では,吉宗の 時代以降約 年間にわたり覆土法が日本の 主要な砂糖分密法であったことを確認し,そ の効果は水分による洗い流しと毛管現象によ る分密を期するものであったとし,覆土法に よる砂糖が上品とされていた。また覆土法が 有効でない場合には,簡易な加圧法が少なく とも明和年間からみられたという。そして,

第 章付論には, 年 月に実施されたベ トナムにおける覆土法による砂糖生産の民族 事例の調査報告を収録している。古くから砂 糖生産で有名なベトナム中部のクアンガイ省 ソントン県ティンチャオ村と同省クアンガイ 市ニエロ地区において行われた覆土法による 白砂糖生産の実態を 枚の興味深い写真など を交えて丹念に観察・紹介している。

本書のもとになった著者の博士論文には

「!覆土法"を中心に」というサブタイトルが

付いていたというから,本書の考察のかなり の部分が覆土法に向けられているのは当然と いえば当然のことであるが,覆土法は,「明 治 年の時点では主流ではなかった模様であ る」とも述べている(本書 頁)。 世紀後 期以降の江戸時代の分密法における覆土法と 加圧法の関係について著者は行論でも触れて はいるが,覆土法が姿を消す過程についても さらに具体的な論及があってもよかったので はないかと思われるが如何であろうか。

また本書は,「江戸時代に記された史料を 中心とし,未刊一次史料の発掘を試み,先行 研究者が利用している史料についても,新し い解釈を行った。すでに翻刻がある史料に関 しては原典を確認し,文字の判読を一部修正 したものもある」(本書 頁)という実証的

江戸時代の白砂糖生産法(天野)

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な研究方法をとっているが,その典拠となる 史料の原文の多くは注記において紹介されて おり,本論の行論は平易な文章で展開されて いる。したがって,本書の全体像を理解する

には,平易な文章で綴られた本論だけではな く,史料の原文の多くが紹介された注記も丹 念に読むことがもとめられている書物でもあ ることを記しておきたい。

※荒尾美代著『江戸時代の白砂糖生産法』 東京:(株)八坂書房, 年 月,定価(本体 , 円+税),

ISBN ― ―

技術と文明 巻 号(64)

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