• 検索結果がありません。

国家を生きる少数民族村 : 朝鮮族村の村民自治に おける創意工夫

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "国家を生きる少数民族村 : 朝鮮族村の村民自治に おける創意工夫"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

国家を生きる少数民族村 : 朝鮮族村の村民自治に おける創意工夫

著者 林 梅

URL http://hdl.handle.net/10236/10045

(2)

− 70 −

論 文 内 容 の 要 旨

 本論文は、市場化とグローバル化が進む中国朝鮮族の村社会を対象に、これまで国家統制下におかれ村民 による自治の存在そのものが否定的に論じられてきた中国村社会における、村民自治の歴史的な展開と現状 とを検討することを目的としている。

 これまで中央集権的な国家においては、国家によって「村民自治」が推進されてもそれは行政村レベルに おいて外から与えられた自治(「構成的自治」)にすぎず、行政によって集落から「村民組織」の機能をも回 収してしまうため村落の自治は機能不全に陥ってしまうゆえに、農村における村民自治は存在しないという 主張がなされてきた。本論文で主題とする村民自治は、国家の統治安定を目的にした「村民委員会組織法」

によって提唱された「民主選挙、民主決策、民主管理、民主監督」を掲げた行政村レベルの「村民自治」と は異なる。それは、村民の集落レベルにおける生活課題への取り組みを目的に、村社会に内在的で、潜在的 な村民の地域課題に対する自発的な組織と共同運営を指している(「生成的自治」)。

 このような村民自治を検討するために、本論文は中国東北地域の朝鮮族村に注目する。なぜなら、これま で自治が不在であるとされてきたのは、農村暴動事件や農村幹部の覇権による農民迫害などが社会問題化し ている漢族を中心にした村社会であり、それに対して朝鮮族村落は相対的に安定しているという現実がある からである。朝鮮族の村社会も漢族のそれと同様に激動の時代を迎えているにもかかわらず、異なる社会現 象を現しているのはなぜか。それを明らかにするために朝鮮族の村に長期間にわたって入りフィールド調査 を重ねるなかで、漢族の村社会とは異なる内在的自治力が朝鮮族村落にはあることを発見し、その歴史的変 容を明らかにしたのが本論文である。

 本論文ではその論述の構成は下記のようである。序章では、問題の背景を整理した上で上記の問いを提示 するとともに、村民自治をめぐる先行研究を整理し、次のような具体的な検討課題を設定している。第一に、

「生成的自治」とその変化から集落と行政村の関係のあり方を検討すること、第二に、市・鎮(郷)行政レ ベルと村との間に繰り広げられる集団活動に注目し、第三に、村民が生活のために行う創意工夫のレベルで 考察し、第四に、創意工夫における村民と村民委員の関係を明らかにする必要である。

 第1章では中国朝鮮族の中国東北地方への移住から現在までの歴史的過程をたどりながら、歴史のなかに 朝鮮族村落のコミュニティとしての性格を位置づける。そこでは、国家の土地政策への対応が朝鮮族村落の

氏 名

学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目

論 文 審 査 委 員 (主査)

(副査)

林     梅

国家を生きる少数民族村

 ―朝鮮族村の村民自治における創意工夫―

博 士(社会学)

甲社第45号(文部科学省への報告番号甲第420号) 学位規則第4条第1項該当

2012年3月2日

古 川   彰 陳   立 行 髙 坂 健 次

松 田 素 二

(京都大学大学院教授)

教 授 教 授 教 授

(3)

− 71 −

形成と変容におおきく関わっていることが明らかにされる。2章以下では中国東北地方の村落・S 村(吉林 省延辺自治州延吉市近郊の村落)における調査に基づいて、これらの課題への応答が行われる。

 第2章では、S 村の形成から現在までの歴史を、おおきな歴史の転換点に着目しながら通時的に整理し、

そのなかで村がどのように自然条件、政治的動き、制度変革に対応してきたかを検討している。村がそれら の条件を限られた資源として取り込み、駆使していく過程で村としての主体性が形成されていくことが明ら かにされる。

 第3章は、村民自治を考える上で重要な制度改革である「村民委員会組織法」(1988)に基づいて行われた、

村民委員選挙への S 村の対応を通して村民自治のあり方を検討する。村が伝統組織、集落や村組織の関係 性を有効に使いながら村民委員を選ぶことで、国家権力と村との間をゆるやかに調整するかたちでの村民自 治が生成されていることが明らかにされる。

 第4章は、村運営の経済基盤となる観光開発をどのようにして村主導で遂行したのかに焦点を当てている。

ここでもまた老人会など既存の村組織や社会関係を有効に活用することで、本来は行政の末端組織である村 民委員会をも巻き込みながら村民主導の観光開発を可能にしたことが明らかにされる。

 第5章では、改革開放政策のもとでの人口流動化の流れに晒される S 村の出稼ぎ問題をとりあげ、村と 出稼ぎ者が二つのフィールドを跨いで生成する工夫を通して村の自治を考察している。そこには「留守」と いう形で形成される家族関係を超えた社会関係の生成によって村と他出者が絶えず関係を維持していること が示される。

 第6章は、埋葬改革をめぐる行政と村の齟齬を解決する過程を通して、伝統的生活組織(葬契興)と行政 末端組織である村民委員会との関係を検討する。ここでは村民委員会が国家権力の直接的統治から村を防御 し、村民の創意工夫を可能にしているということが判る。

 第7章では、日本による旧満州時代から文化大革命までの村の経験が取り上げられる。日本政権の支持派 と反対派の対立が、共産党政権の成立、文化大革命にまで拡張、継続され、その対立の経緯を明らかにし、

そうした負の出来事の後処理の過程について検討している。この「負の歴史」の検討は、村の自治を考える 上で避けて通れない重要な問題であるとして最終章におかれている。ここでは村が自治を可能にするために 作動させた排除と包摂の仕組みが明らかにされる。

 終章ではあらためて、2章から6章までの分析を通して、つぎのような中国朝鮮族村落における村民自治 についての知見が示されている。第一に、集落における「生成的自治」は、行政村および村民委員に敵対す るものではなく、そのなかに埋め込まれる形で生成し継承されてきた。第二に、生活の必要に合わせながら、

政策や行政権力を「社会関係資源」として取り組むことで自治を可能にしている。第三に、村における集団 の活動は、自発的な実践としてだけでなく、村民と村民委員の結合関係における二重の主体的な創意工夫に よって可能になってきた。つまり、あらゆるものをよりよき生活のために流用し組み込み利用する村民の創 意工夫こそが村民自治を成り立たせてきた。しかし、7章が明らかにしたように、それらの秩序維持が、歴 史の結果として負となった部分を排除することによっても可能になっていることが明らかになった。

 そして、終章の最後の部分では、本論文の研究対象となっている朝鮮族村落を漢族村落(宗族社会)との 対比によって位置づける試論が、今後の課題に向けて短く展開される。

 

論 文 審 査 結 果 の 要 旨

 林梅氏の学位申請論文は、中央集権的な中国社会において村落自治はあり得るのか、またあり得るとした らどのようにして可能であるのかを、10年にわたる長期調査によって明らかにした意欲的かつオリジナルな 力作である。1949年の解放後、中国社会においては共産党主導で中央集権化が急速に整備される一方で、共

(4)

− 72 −

産主義イデオロギーとは相対的に自律した、村落生活世界を基盤とする自治の存在は、一貫して否定的に論 じられるとともに、その可能性については十分な検討がなされてこなかった。こうした現状を批判的に乗り 越え、きわめて困難な調査を粘り強く継続してきた申請者は、調査対象の村落社会の中に入り込み、その現 場から自治の生成過程と様態とを緻密に描き、自治を可能にしてきた複雑な諸条件を明らかにした。このこ とは本研究のもっともおおきな学術的貢献である。

 本論文の特色は以下のようにまとめられる。村の人びとが自分たちの生活を組み立てる過程で、強力な中 央集権的権力を行使する国家の制度をどのようにして取り込み、組み立て直していったのかを、村人自身が、

伝統組織、生活組織などと行政の末端組織である村民委員会とを緩やかにつなぎ合わせていく様相を、選挙、

観光開発、出稼ぎ、埋葬改革などの諸場面での具体的な動きを詳細に記述、分析することで明らかにし得た ことにある。ことにそれらの村の出来事を国家統治の諸制度とその根幹をなす土地制度との関係において明 らかにしたこと。また、それらを集落内部の調査に留まらず、改革開放とそれに続くグローバル化の過程で 移動する人びとと村落との関係を都市での調査からも明らかにしたことで、農村自治が村落内部のひそやか な営みのみによってではなく、外部との関係性のなかで生成されることを示し得たこと。さらには日本によ る植民地統治(「満洲国」時代)と共産党による国家建設、文化大革命などさまざまな歴史的状況で生起す る村落内部の対立とその結果を引き受けざるを得ない村人たちがとった排除の歴史を丁寧に描くことによっ て、平板で牧歌的に語られがちな「農村自治」の生成と変容を錯綜的で動的なものとして理解し、分析し得 たことは本論文のおおきな特色となっている。

 とりわけ、語りにくく記述のすくない「満洲国」時代から文革期までの経験が現在におとす影にまで調査 と記述を深めることが出来たことじたい画期的なことであるが、それ以上にその負の経験を「農村自治」の 生成と持続の根源にあるものとして捉えようとした意欲は、さまざまな制限による記述の不十分さを補って 余りあるものと評価できる。本研究が中国における農村自治研究と朝鮮族社会研究をおおきく進展させ、今 後、それらの研究をすすめる上での重要な参照点になることであろう。

 以下、期待を込めて今後の課題を述べておく。本論文の事例が現在中国社会のメジャーである漢族村落で はなく朝鮮族村落であり、農村自治がこのような形で可能であったのは、朝鮮族村落が固有にもつ自治力に よってではないかとの当初の仮説は、本論文で十分に検証された。しかし、論文の終章でこれまでの研究史 を辿りながら、朝鮮族社会と漢族社会(宗族社会)とを比較しているが、その分析によって漢族社会には自 治力がないと論証されているわけではないし、そうではない可能性も指摘されている。林梅氏の論文が全体 として朝鮮族のもつ固有の論理によりながらも、「生活の論理」として抽出していることは漢族の社会にも あるものであろう。それを明らかにするためには、本論文で記述されたような「出来事」だけではなく、具 体的で日常的な生活にかかわる調査が必要である。つまり、エスノグラフィーとしてはデータがまだ十分吟 味されていない領域もあり、朝鮮族村落をより深く調査し、その自生的自治の可能性と限界をよりふかく理 解することが重要であろう。そして、この議論を朝鮮族固有の論理にしてしまわないためにも、フィールド の記述と理論との往復を繰り返すことがさらに必要であると考える。

 とはいえ、長期にわたるフィールド調査よる記述と知見は独創的であり、本論文は学位論文として十分な レベルに達している。本審査委員会は、本論文の内容と研究活動を慎重に審査し,林梅氏が博士(社会学)

の学位を受けるのに十分にふさわしいとの結論を得たのでここに報告する。

参照

関連したドキュメント

い知能を補完するためにコミュニティ形成を促すことにもなるとガードナーは主張する。  第 3

2  朝鮮族という呼称は、1949 年以降、中国で少数民族政策が実施される過程において、中国東北

Clinical cases with teeth bleaching, minor tooth movement, esthetical resin filling, metal free restoration with Zirconium CAD/CAM frame are also presented.. Combination

 

Myin Ka 村と Pin-sein-pin 村の主な民族は Danu 族と Taung-yoe 族で,Eden 村は Kayan

Iya saya Indonesia tidak, karena teman-teman menolak gitu, tapi saya China juga tidak karena saya nggak punya akar di situ... J: (前略)Karena saya nggak merasa saya China,

 2000年から農村地域に外国人の妻が増え始めた。主に中国(朝鮮族および漢族)人,ベ

2014 年時点でメキシコの人口はおよそ 1 億 2,000 万人で、その