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インドネシアで鉄道趣味を楽しむ 「鉄オタ」という存在が現在のよ うに社会的に認知されるようになる 以前、鉄道趣味は隠れて楽しむもの だった。「乗り鉄」が趣味だと言えば、
「電車に乗っているだけで何が楽し いの?」と奇人扱いされ、「時刻表 が愛読書」と言えば、「なんでネッ トの経路検索じゃだめなの?」と変 人扱いされるからである。
その点、インドネシアで鉄道趣 味を楽しむのは気楽である。インド ネシアで鉄道が開業したのは日本よ り5年も早い1867年だが、現在も営 業を行っている路線の総延長は約 6000キロと日本の4分の1にも満た ないうえ、通勤・通学で鉄道を利用 する人はジャカルタ首都圏の一部に 限定されているので、そもそも電車 に乗ることが人々の生活に溶け込ん でいない。それゆえ、鉄オタの人口 がそもそも少ないし、ほとんどの人 は鉄道趣味のことなど意に介さない からである。日本式の時刻表がない
うえローカル線は頻繁に運行休止し たりするので、乗り鉄をするうえで は困難も多いが、そのかわり、自分 なりに駅の発着時刻を調べて自分で 時刻表を作る楽しさがある。日本で の「撮り鉄」は一部の人間のマナー の悪さから嫌われ者と化している が、彼の地では、物珍しさからか、
写真を撮っていると運転士さんが手 を振ってくれたりする。
こんなふうに鉄道趣味をのんびり 楽しむことができたインドネシアに、
いま日本の鉄オタが続々と押し寄せ ている。彼らのお目当ては、ジャカ ルタの通勤路線を走っている日本 製の中古電車である。近年、ミャン マー、フィリピン、マレーシアなど に多くの日本製中古車両が導入され て、日本の鉄オタから東南アジアの 国々に熱い視線が注がれるように なったが、なかでも注目されている のが、これまでに1000両あまりの日 本製中古電車が導入されているイン ドネシアである。私たちが10代、20
代の頃、通勤・通学で毎日のように 利用していた思い出の電車が、スク ラップになることを免れて、第2の 人生を熱帯の国でがんばっている。
ジャカルタの通勤路線は、日本の鉄 オタにとってノスタルジーを掻き立 てられる胸アツな鉄道なのである。
日本の通勤車両が活躍
数年前、インドネシアの「通勤 地獄」に関するニュースが日本のテ レビやネットで話題になった。朝の ラッシュアワーに、インドネシアの 首都ジャカルタの郊外から都心に向 かう通勤電車は、車内に入りきらな い乗客が窓やドアからはみ出してい るだけでなく、屋根の上にも鈴なり になっているといった映像が紹介さ れたのである。
もちろんインドネシアの通勤客は 好んで屋根の上に乗っていたわけで はない。経済の成長にともなう鉄道 利用者の急増に対応できるだけの車 両数がなかったため、インドネシア 国鉄(PT KAI)は列車の本数を増や すことができなかったのである。ま た、熱帯の国を走るにもかかわらず 当時の通勤車両には冷房設備がな かったため、満員の車内の暑さを逃 れようと屋根に上がる乗客も後を絶 たなかった。
増加を続ける輸送需要に応えるた いまジャカルタでは
赤と黄の派手な色に塗られた 通勤電車が走っている。
よく見ると、かつて東京近辺を 走っていた電車と同じ顔をしている。
そう、いまやジャカルタは日本の 中古電車天国なのだ。
Field+ TRAIN
ジャカルタで活躍する
日本の中古通勤電車を追って
川村晃一
かわむら こういち / 日本貿易振興機構アジア経済研究所コタ駅に停車中の元東京メトロ東西線用の5000 系。隣に止まっているのは、ドイツの支援を受 けて国産された電車だが、故障が多いという。
コタ駅に進入する元東京メトロ千代田線用の 6000系。赤と黄の塗り分けがジャカルタ首都圏 を走る通勤電車の標準色である。
ジャカルタ中心部では鉄道路線の周囲が低所得 者地域やスラム街である箇所もいまだ多い。線 路脇は生活の場であったり、ゴミ捨て場であっ たりするが、最近は州政府による不法占拠住宅 の強制撤去も進んでいる。
元JR東日本205系の車内。設備はほぼそのまま であるが、この車両には天井にモニターが2台 新たに設置されている。右のドアのところに立っ ているのは警備員。
ジャカルタ中心部のターミナル駅マンガライ駅で。
ホームの高さが低いままのため、階段を設置して 乗客の乗り降りに対応している。両ホームとも元 JR東日本の205系が停車中だが、左側の車両は 南武線を走っていたときの塗装のままである。
マンガライ駅に停車中のJR東日本205系。ホー ム中央には最近設置されたベンチが見える。
都心からの帰宅客が並ぶパルメラ駅に到着した ジャカルタ南西部近郊メジャ行き通勤電車(元 JR東日本203系)。
日本製中古電車 の車内に貼られ た禁止事項ステ ッカーにインドネ シアらしさが出 ている。右側一 番下には「ドリ アンなど、 にお いの強い物の持 ち込み禁止」 の 表記が。
イ ン ド ネ シ ア
ジャカルタ
31 FIELDPLUS 2017 01 no.17 め新車の導入も検討されたが、国鉄
に需要を満たすだけの車両数を確保 する資金はなかった。そんな時、ジャ カルタ首都特別州と姉妹都市の関係 を持つ東京都が、都営地下鉄三田線 に新しい車両を導入することで発生 した余剰車両をジャカルタへ無償譲 渡することを提案したのである。
こうして2000年に72両の日本製 中古電車がジャカルタに渡った。中 古といっても保守管理の行き届いた 冷房車両の導入は現地で大いに歓 迎された。線路の幅や架線の電圧 が日本と同じで、大きな車両改造の 必要がないことも評価された。これ がきっかけとなって、日本からの中 古通勤電車の導入が本格化した。そ れまでジャカルタ首都圏を走ってい た国産の電車は、故障がちだったこ ともあって短距離の支線に追いやら れ、いまや主要な通勤路線を走っ ているのは、東急、東京メトロ、JR 東日本といった東京首都圏をかつて 走っていた車両ばかりとなっている。
安心して乗れる通勤電車
私も最近は日本の中古電車が走る 通勤路線をよく利用している。これ までジャカルタでの調査における移 動ではタクシーを利用することが多 かった。しかし、世界最悪のレベル にあると言われるジャカルタの交通
渋滞は激しくなる一方で、改善され る見込みがない。数キロの移動に1 時間以上かかることもざらで、調査 の時間よりも車の中にいる時間の方 が長くなってしまう。
そこで、鉄道が目的地の近くを 走っている場合は、列車を使うよう にしている。日本の中古電車が大量 に導入されたおかげで、それほど待 たずに列車が来るようになったし、
いつも定時運行というわけにはいか ないが、列車に乗った方が車で渋滞 に巻き込まれるよりもよほど移動の 時間が読めるのである。
車内も日本で走っていたときとほ ぼ変わりがなく、冷房が効いていて 清潔である。かつてのローカル列車 には物売りや物乞いが駅に着く度に 入り込んできてカオスな状態になる こともあったが、そのような状態は 少なくともジャカルタ首都圏の路線 では見られなくなった。
快適な車内環境が維持されるよ うになったのは、中古電車の導入と 並行して進められている国鉄による サービス向上の努力の賜物でもあ る。駅構内に入るためには、プリペ イドカードによる自動改札を通過し なければならなくなった。物売りが 排除されたかわりに、コンビニや小 綺麗な飲食店が駅構内に開設され、
気軽に利用できるようになった。警
備員が各所に配置され、物乞いが構 内に入り込むこともいまは難しい。
ホームには日本と同じようなベンチ が設置されているので、電車が来る まで座って待っていられる。次の電 車がどこ行きなのかを示す電光掲示 板も設置されるようになったし、次 の電車がいまどこを走行しているの かを構内放送で頻繁に知らせてくれ るようにもなった。
中古電車を使い捨てにしないために 便利になった首都圏の通勤路線で あるが、日本の鉄道の信頼度にはま だまだ及ばない。脱線や衝突といっ た鉄道事故が発生する頻度は低くな い。車両故障による運休もしばしば 発生している。中古車両だけに故障 はつきものであるが、整備や検査が 十分に行われていないことも原因と なっている。また、故障した箇所を 修理しようにも現地では部品の調達 が難しく、導入間もない車両でもわ ずかな故障で廃車にされてしまった り、故障して休車になった車両から 部品を流用して凌いだりといった状 態である。
そこで、500両近くの車両を提供 したJR東日本は、現地で技術支援を 行なうことになった。ジャカルタに 派遣された社員が、定期検査の必要 性を説き、車両保守の方法を教え、
部品調達のルートを確保するなどの 努力を現場のインドネシア人ととも に汗をかきながら続けている。その 甲斐もあって、状況は以前に比べる とずいぶんと改善してきているよう である。
日本からの中古車両の譲渡と技術 支援もあって、インドネシアの鉄道 もずいぶんと利用しやすくなった。
定時運行の実現はまだまだ先の話で あろうが、将来的にはより安心・安 全に乗れる鉄道が整備されていくの ではないかと思う。しかし、そうなる と、ドアの閉まらない車両に乗って外 から吹き込んでくる風で涼をとった り、大きく開け放たれた窓から首を 出してホーム上の売り子から食事を 買ったり、12時間遅れの長距離列車 を駅で待ちながらホームを行き交う 人々をぼんやりと眺めたりした昔が 懐かしくなってくる。そんな「古き良 きインドネシアの鉄道」も残してほ しいと思うのは、日本人の勝手なノ スタルジーだとは分かっていても。
※本稿執筆にあたり、『鉄道ピクトリ アル』、『鉄道ファン』各号の記事、古 賀俊之『インドネシア鉄道の旅』潮書 房 光 人 社、2014年 を 参 考 にし た。ま た、ジャカルタでは、PT KAI Commuter Jabodetabek社の前田健吾氏、共同通信 ジャカルタ支局の清水健太郎氏から貴 重なお話をうかがった。記して感謝申し 上げたい。
日本製中古電車の塗装や日本語表記は徐々にイ ンドネシア語に置き換えられつつある。「204- 333」の表記の前には、モーターつきの電動車 を意味するカタカナの「モハ」の字が消された 跡がある。
デポック駅に進入するボゴール行き通勤電車
(元東京メトロ東西線用05系)。
通勤客で混雑するタナ・アバン駅を発車するドゥ リ行き通勤電車(元JR東日本205系)。
パルメラ駅に進入する元JR東日本205系を 使った通勤電車。並走する道路では渋滞が始 まった。
この元JR東日本205系の車体には、まだ日本語 表記が少し残っている(「クハ」は運転台付き 制御車の意)。なお、「女性専用車両」を表す ピンクの帯が上から貼られている。
デポック駅の自動改札。入口奥のホームに止まっ ているのはいずれも日本製の中古電車である。
パルメラ駅に設置されている自動券売機。ここ で新たにIC乗車券を買ったり、チャージをしたり できる。
日本の円借款で新たに建設されたデポック電車 区のなかで廃車解体を待つ元都営地下鉄三田 線用6000系車両。