鉄道労働研究の視座と課題
──鉄道輸送サービスの生産工程と労働組織に関する一考察──
井 波 洋
(社会学研究科産業関係学専攻博士課程後期)
はしがき
1.鉄道産業における労働に関する研究の諸相
2.労働研究として鉄道産業を見る目−「生産技術」の視点の重要性
3.「職種」の階梯構造と「生産工程」
4.結 語
は し が き
鉄道産業における労働に関する研究には,戦後日本において大きく二つの潮 流が形成されていたと考えられる。一つは,労使関係論や労働組合論の領域で あり,旧国鉄や民営化後のJR,あるいは民営鉄道における,企業レベルから 職場レベルまでの労働規制や組合活動の実態を明らかにしてきた。いま一つ は,経済学の応用分野である交通経済学の領域におけるもので,どちらかとい えばマルクス経済学の影響を受けながら,鉄道資本の生産様式を論ずる文脈の 中でその労働の態様についても論じられてきた。
前者の潮流においては,戦前からの国家的大企業である国鉄がその主たる研 究対象であったが,戦後早くから労働基本権の制限,労働組合の組織分裂,公 共企業体への改編など,国鉄特有の問題に対する関心が強かった。その後国鉄 は,財政赤字の慢性化,生産性向上運動と職場の混乱,スト権ストの頓挫を経 て,分割民営化とそれに伴う労使関係の大変革へと進んでいくが,こうした流 れに沿って国鉄労働の研究も次第にイデオロギー的色彩を帯びたものが多くを
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占めるようになった。一方,後者においては,経済学の主たるディシプリンが いわゆる新古典派理論に移行する過程の中で,労働は鉄道輸送サービスの供給 関数を決定する一要素(コスト変数)としての扱いに昇華され,労働の態様そ のものに対する関心は徐々に失われていった。そして,分割民営化から21 年,大手民鉄が最後にストライキを決行してから16年を経た今日において は,鉄道産業を素材とした労働研究は全くといっていいほど本来の居場所を失 ってしまった感が否めない。
他方で,近年はむしろ労働史や経済史,教育史といった歴史研究の分野での 成果が目立っており,鉄道労働という研究素材それ自体の魅力は必ずしも失わ れたわけではなさそうである。そして,現代社会に目を転じても,鉄道は今も 国民経済や地域社会にとって重要なインフラストラクチャーであることに変わ りはなく,特に大都市圏においては,毎日の通勤・通学や生活のために無くて はならない存在である。一方で,鉄道は巨大な設備・装置を有し(1),多数の多 様な職種の労働力が複雑に作業を分担している(2)システム産業であり,その労 働組織は固有の労務管理のあり方を要求する。さらに,従来からのモータリゼ ーションに加え,規制改革に伴う鉄道相互間や航空機との競合,情報通信機器 とインターネットの普及による輸送需要の構造的変化など経営環境が劇的に変 化する中で,鉄道産業における労働のあり方についても,抜本的な変革が進め られようとしている(3)。
こうした状況を踏まえると,今日の鉄道産業における労働の態様と労働組織 の構造を改めて客観的に捉えなおすことは,鉄道産業の,そして日本の将来の 雇用社会のあり方に示唆を与える,意義深い作業であるといえよう。こうした 問題意識に基づき,本稿ではいわば鉄道労働研究の序論的検討を行うこととし たい。
第1節では,鉄道産業における労働に関する主要な先行研究を,上述の研究 領域ごとに概観し,その成果と到達点を明らかにする。続く第2節では,先行 研究の成果に基づき鉄道労働研究のフレームワークを提示するとともに,先行 研究の限界を踏まえた上で「生産技術」的側面を含めた分析視点の重要性を指
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摘し,伝統的にこれを重視してきた産業研究の領域における議論を一瞥する。
第3節では,前節までに明らかになった方法論を基に,民営鉄道A社を事例 として取り上げ,運転と駅務の職場における労働の態様を,鉄道輸送サービス の生産工程に沿って具体的に記述する。鉄道は多様な職種による分業構造を特 徴としているが,それぞれの職種が具体的にどのような職務を遂行し,それら が協業関係としてどのように関連づけられているのかという実態を,その技術 的側面も踏まえて明らかにする。最後に第4節では,本稿のまとめとして,鉄 道労働研究の視座と今日的課題について要約整理する。
1.鉄道産業における労働に関する研究の諸相
(1)労使関係論・労働組合論 漓『日本労働組合論』
労使関係・労働組合研究の視点からの鉄道労働へのアプローチは,戦後早い 時点から国鉄における労働組合運動の展開への関心として現れていた。
その代表的な研究である遠藤湘吉(1954)は,議論の前段において国鉄の労 働を,場所の変化という用役を,不規則な交通需要に応じて,巨大な組織で多 様な職種により,極めて入り組んだ勤務割りのもとに生産するものとして性格 づけした上で,国鉄の職種を大きく五つ−工務労働,工作労働,運転労働,運 輸労働,電気労働−に分類し,それぞれの特性を列挙する(4)。ここで,運転労 働を「輸送用役の直接的生産過程にたづさわる,質的に最も重要な位置を占め る労働」(5)と規定し,明治期に始まる「組合運動の基盤となった職場は,乗務 関係および鉄道工場(工機部工場)などの,国鉄の中核をなしかつ熟練労働者 の多い業務機関に集中されて」おり,「なかでも機関車乗務員の運動は,職能 的連帯性を背景として,共済組合的機能を包みつつ,終始積極性をもち,かつ 東京地方−京浜工業地帯,特に新橋を中心に先鋭な傾向がつよかった」こと,
さらに「機関手,火夫等乗務員の,他の職能と明白な独自性をもつ運動の系列 は,運転労働のもつ特殊な熟練,特殊な労働条件に根ざして生まれたものであ
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る」(6)ことを指摘している。
遠藤氏の議論は,多様な職種のヒエラルヒー構造と乗務労働の性格とが,国 鉄における労働組合運動の展開に与えたインパクトに注目する点では先駆的と いえるが,職種構造についてはやや羅列的,一般論的な理解にとどまっている といえよう。
滷『労働組合の構造と機能』
遠藤氏の議論は,このように労働組合の運動への関心に終始していたが,よ り明確に労使関係論の方法を意識しながら,職場における労働者集団の構造と 機能を,労働給付にたいする報酬という集団的取引関係において事実関係の秩 序としてとらえる(7)ことを掲げたのが,大河内一男・氏原正治郎・藤田若雄編
(1959)である。その第二篇「電車区と自動車区の交番制労働」には,大手民 鉄T 社の運転士職場であるN電車区に関する調査研究が収められている(8)
が,これによるとまず,この職場組織の著しい特徴のひとつとして,「電車運 転という労働過程の特質」が挙げられる。具体的には,i)交番表により日々 の労働給付の内容が隅々まで規定されること,ii)職場が「移動」すること,
iii)電車運転の各職務は,一般に必要熟練度が余り変らないこと,の3点であ
るが,これらの結果として,i)交番表の決定は職場ごとになされなければな らず,基本的な労働条件のかなりの部分が職場交渉によらざるをえない,ii)
末端討議単位の役割を通常もつ職場組織に少なからぬ特異性を与える,iii)電 車運転士間の技能序列は,確かに存在するけれども,組合活動を規定するほど 強くない,といった特徴が表われている(9)。こうした基本認識のもとに,この 職場組織による労働条件規制の実態を,交番表と定員の決定,賃金水準と査 定,作業環境などの諸側面から丁寧に記述している。
その上で,職場組織の構造と機能についてより深い分析が進められる。この 職場組織においては,レッド・パージ後の採用抑制に伴う労働強化の中で,そ のしわ寄せを受けた青年層の運転士が組合分会組織の主導権を握るに至った が,それが可能となった主要な要因として,電車運転士の労働,技能の性質に 注目する。すなわち,運転士は「殆んど他職種から移ってこないし,また他職
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種に移らない」(10)という意味でいわば「終身職」(11)であり,一生を運転士ですご す組合員の「職能意識」においては特急運転を頂点とする序列がつくられてい るが,現実には,i)各職務間の必要経験年数差が比較的少ないことや,ii)年 齢・勤続・「身分」が等しい限り,職務による賃金率の差が殆んどないことに より,その序列意識の基礎は必ずしも強いとはいえない(12)。一方で,彼らは免 許試験に合格すれば直ちに一人前の運転士として乗務し,その技能は自身で経 験を積みながら熟達していく。その後,2年以上の経験を重ねると各駅停車か ら急行,特急へと乗務可能な列車は拡大するが,実際にはそれらはとくに運転 方法が異なるというものではない。したがって,経験を多く積んだ運転士や職 制(助役等)が技能上の侵し難い権威を持ち,それが組合活動面にも及ぶとい うことが少ない。また,運転士は運転台という移動職場での単独作業に従事 し,常に職制の監督下にあるわけではない。そのため,一度運転台に坐れば,
自らの判断と責任において多数の乗客の生命を預り,万一の事故の際には刑事 責任をとることもありうる。そうした意味で,運転士は「四尺四方だが小城の 主」として,組合活動についても実際上の発言権をもつことができるのであ る(13)。
ここでの議論において明らかとなったことは,鉄道労働職場の特質が,一つ には,「交番表」に基づき労働給付の内容が決定される「交番制労働」である こと,いま一つには,職場組織に見られる特徴と,職場を形成する職種の技能 やその形成の有様とが深く関係していること,の2点であり,これらは本稿に おける議論にも重要な示唆を与えるものである。ただし,この事例は,民鉄の 中でも比較的国鉄と類似した職場構成,すなわち電車区に所属する職種として は大半が運転士であり,これに若干の検車職種が加わった範囲内で職種階梯が 構成され,その範囲内でキャリアが完結するタイプの職場である。この点で,
後に見るA社の事例はかなり様相が異なっており,両者の比較においてさら に議論が深められる必要があろう。
澆『転換期における労使関係の実態』
ところで,国鉄においては,1970年代前半のいわゆるマル生運動の展開と
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混乱の中で,職場における労働条件規制も大きく変化してきたが,この時期の 国鉄職場における実態を研究したものに次の二つの論文がある。すなわち,兵 藤!・早川征一郎・光岡博美・遠藤公嗣(1981)(14)と稲上毅(1981)(15)である。
ここではまず前者について取り上げよう。
兵藤氏らは,反マル生闘争で一定の成果をあげながら,その後のスト権スト で頓挫し,新再建計画という「スクラップ型合理化」に直面するに至った状況 の中で,「国鉄労働運動は,国鉄財政の赤字のうちに表われている日本資本主 義の経済的危機の労働者的な克服の途を問われている」(16)との問題意識を掲げ る。その視点のもとに,国労・動労の運動が1970年代においていかなる方向 に向っているか,そこに転換期の労働運動をリードしうる質があるか否かを検 討することを課題として(17),マル生運動の背景と反マル生闘争の展開,マル生 後における職場での組合規制,スト権スト頓挫後の「民主的規制」路線の形成 について,その実態を論じている。このうち本稿では,運転・駅務職場におけ る事例を取り上げた部分について考察する(18)。
まず,乗務員の労働条件規制については,当局が作成したダイヤグラムは,
1勤務当りの作業内容を規定する「仕業」にまとめられ,この仕業群と公休日 が組み合わされた「交番」によって最終的に乗務員個人の日々の労働条件が決 定されるが,その作成過程において組合による強力な規制が加えられてい る(19)。そして,交番が一定期間毎にローテーションすることにより,「やや長 期をとってみると,ほぼ完全に平均化され,日勤,泊り番,明け番,乗務キロ 等は乗務員間でほぼ均等に分けられる」という慣行が確立している(20)。このよ うな乗務員の交番表作成への職場の労働組合の参加は,「それが労働条件規制 の一種であると意識されないほど,マル生紛争よりはるか以前から慣行化して いた」(21)。また,交番表の作成と併せて要員数についても労使交渉が行われる が,要員数算定のもととなる予備員の算定率はその上限が定められておらず,
労使の交渉力によって決定されている(22)。
次に,駅務労働者については,乗務員の仕業に相当するのは,駅ごとに設け られている「担当部所」と,そこでの作業をまとめた「作業ダイヤ」であり,
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作業ダイヤの作成には職場の労働組合による規制が加えられている。個々の駅 務労働者に対する担当部所の指定は,職制上は駅長の権限に属するが,職場の 労働組合が客観的なルールでの規制を求めた結果,駅に着任した先任順に希望 をとって行うこととしている。一方,要員数は作業ダイヤをもとに決定される が,各担当部所の作業総量は乗降客数等に左右されやすく測定がむつかしいた め,労使の交渉力に左右される部分は乗務員よりもはるかに多い(23)。そして,
駅におけるこうした労働条件規制は,その多くがマル生紛争後に始められるよ うになったといえる(24)。
こうした労働給付に関する規制に対して,賃金給付に関する規制についてみ ると,基本給決定の基となるのは「職群」であり,このうち6職群までは労使 交渉により自動昇格の制度が確立されている。また,7職群以上への昇格につ いても,各職群定数が労使交渉事項となっているほか,昇格基準についても職 場の労働組合により「一種のセニョリティ・システム」に基づく規制が加えら れている(25)。一方,「職名」(26)の上昇である昇職に関しては,職名ごとに登用試 験,認定試験や鉄道学園への入学試験などの要件が定められているが,総じて 労働組合による規制はあまり加えられていない(27)。
兵藤氏らは,以上のような国鉄における職場の労働条件規制が,民間大経営 との比較において有する特徴として,次の点を指摘する。第1に,労働条件を 規制する機構が職場で確立しており,その労働者側の交渉当事者が労働組合で あること,第2に,交番表や作業ダイヤの作成についての労使間交渉を通し て,労働給付を労働者個人の仕事の量と質に至るまで,かなりの程度規制して いること,第3に,賃金に関しても,職場の労働者個人の賃金のレベルまで,
一定程度規制していること,である(28)。そして,これらの特徴は,民間大経営 の労働組合が「職場に根をおろすことができず,職場での規制が最も効果的な 労働者個人の労働給付を規制できていないことが多い」こととの対比におい て,「国労・動労の運動が,現代日本労働組合運動の主潮流と大きく分岐して いる一因」(29)であり,「国鉄における職場の労働条件規制は,現代日本労働組合 運動のなかで例外的な高水準に達し,きわめて特徴のあるものとなってい
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る」(30)と評価する。
兵藤氏らの議論は,当時の時代状況の中で組合側の視点にややバイアスがか かっている面は否めない(31)ものの,乗務員と駅のそれぞれの職場における労働 給付に対する規制の実態とともに,昇格,昇職の基準への関与を通じた賃金給 付への規制についても,バランスよくまた要領よくまとめられている。そうし た意味で,運転・駅務職場の労使関係を全体として論ずる際の視点を提供した ものとして,学ぶべきところが多い。一方で,本稿では詳しく取り上げなかっ たが,兵藤氏らは,乗務員とともに運転職場を構成する車両検査・検修労働者 の労働条件規制についても論述している。ここでの議論からは,国鉄の運転・
駅務職場における労使関係の特徴として,乗務員,車両検査・検修労働者,駅 務労働者のそれぞれが相当明確に独立した職場を形成しており,労働条件規制 やキャリア形成について個々の職場レベルで完結している側面が強いという実 態が浮き彫りとなった。そこで次なる課題としては,こうした労使関係の有様 を特徴づける職場の構成単位や業務組織が,どのような背景や理由のもとに形 成されたのかという点にも関心が向けられよう。しかし兵藤氏らの議論は,国 労・動労・鉄労など複数の組合が並存する職場における日常的な労働条件規制 の実態に議論の焦点が当てられているため,職場の職制や組織については議論 の前提として簡単に触れられるにとどまっている。
潺『労使関係の社会学』
マル生後の1970年代における国鉄職場の労使関係の実態を研究したいま一 つのものは,稲上毅(1981)である。稲上氏はこの中で,「今日わが国の労働 組合のなかで最も戦闘的な組合のひとつに数えられている」動労を取り上げ,
その強靭な戦闘性がどこに由来するのかという問題を,組合の末端組織単位で
くら
ある機関区(「庫」)の中に認められる日常的な労働生活の現実,労使関係の実 態に着目して論ずる(32)。
動労の組合員は,ひとつの庫でその職業的生涯をはじめ,その庫で退職を迎 える。また,職種系列間を移動することも少なく,このことは俗に「現地現職
コ ミ ュ ナ ル
主義」の慣行と呼ばれている。こうした慣行の下,庫の中には共同関係形成的
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な社会関係が築かれており,それは「庫コミュニティ」と呼べる職場共同体を 形成している(33)。庫コミュニティは,「奴ら」と「俺たち」という鮮明な境界 線によって画されているが,奴らには区長,助役などの管理職層と,鉄労,国 労などの競合組合の両方が含まれ,それぞれに対して鋭い違和感や反目,敵対 感情が認められる(34)。こうした「ソトに向けられた排斥の心理と行動がウチへ 吸引される結束と連帯を育んで」(35)おり,「ソトにむかっては,二つの〈奴ら〉
に対する強烈な負の感情が渦巻いている」一方で「ウチにむかっては,役職昇 進という成員間の排他的競争関係を忌避する感情が勢いをえている」(36)。
庫コミュニティの姿をこのようにとらえた上で,次に職場の労使関係の実態 を見ていくと,動労組織の特徴として,各級組合機関に対応しておかれている 職種別分科会の機能が注目される。すなわち,第1に「仕事の規制」の積極的 担い手という役割,第2に組合支部に対する補助的役割,第3に職場における 親睦会的役割があげられるが,特に第1の点は,ダイヤ改正時の交番作成や日 常的な組合員の意見の吸い上げと解決行動が含まれ,支部の機能を補充してい る(37)。一方,現場長といえども当事者能力,裁量権が極めて限定されているた め,組合員の仕事をめぐるさまざまな不満や要求,苦情は組合(支部)を通じ て問題解決を図るという性向が顕著であり,労使関係における組合優位という 構造を支える一因となっている(38)。
職場における仕事の規制については,制度面に関しては概ね兵藤氏らの観察 と同様であるが,特に昇格をめぐる「先任順位づけの準則」の存在に注目し,
これが「組合員間の排他的な競争意識と行動を抑制し,それをテコにして,一 方では定数制度のもつ査定選別機能を形骸化させ,他方では庫コミュニティの 形成に強く順機能していくような性格をもっている」(39)と指摘している。ま た,ダイヤ改正時の交番作成作業については,職種別分科会である乗務員分科 会が直接の担い手となっており,仕業内容の検討や組み直し,交番単位での内 容の平準化にその役割を果たしている(40)。
このように稲上氏は,庫コミュニティが,区長や助役層などの現場管理者と 競合組合の二つの奴らと,俺たちとの境界を画しながら,現地現職主義の慣行
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の下にある成員の利害と理念の防壁として存在している実態を明らかにした。
そこでの理念は,年功的平等主義といえるものであり,成員間の排他的競争関 係の禁圧として,昇格序列づけの先任順位と乗務割交番内容の平準化に具現化 される。そして,このような庫コミュニティの輪郭は,昭和40年代を通じ て,殊にマル生闘争をくぐり抜けるなかで鮮明なものとなった(41)。稲上氏の議 論は,職場におけるキャリア形成と仕事の規制の制度が相まって,その職場の 社会関係の形成との間で相互に影響を与え合う実態を明らかにした点で,非常 に有意義なものであるといえよう。しかし,ここでも現地現職主義的キャリア 形成と複数組合並存,対立という,国鉄職場に特有の条件が大きく作用してお り,この事例が鉄道産業における職場の一般的特徴を示しているとは必ずしも いえない面があり,異なる条件の職場では相当に異なる社会関係が形成される 可能性も示唆される。
潸「公共企業体の人事労務管理」(42)
津田真澂氏が藤田至孝氏とともに1973年から1974年にかけて実施した国鉄 人事管理の実態調査の報告としてまとめられたのが,津田真澂(1979),同(1980 a),同(1980 b)の一連の論文である。この研究は,主として国鉄の労使交渉 関係や人事制度を規定する膨大な内部規程や労使協定を,国鉄本社,鉄道管理 局から現場組織に至るまで体系づけて整理することにより,その人事労務管理 の実態を明らかにしたものである。
津田氏によれば,国鉄は典型的な中央集権制の組織であり,本社に権限が集 中した上で本社,局,現場の間に無数といってよいほどの権限規程がからみ合 っている。一方で,国鉄は二つの意味で縦割り機構である。すなわち,一つに は,本社と地域の縦の関係においてそうであり,いま一つには,鉄道,自動 車,船舶といった輸送手段別に,かつ,その内部では機能別の分業組織となっ ている点で,現場まで縦割り機構が一貫している。特に,現場機関の職員につ いてみれば,営業(駅,車掌など),運転(電車・機関車の運転),施設(保 線,建築など),電気(信号,通信,電務など)のそれぞれの部門間で人員交 流は全くなく,職員はいったん一つの部門に入れば他の部門に動くことは稀で
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あり,このような職場間の横の関係の欠如が縦割りの制度を強化している(43)。 次に,人事管理の骨格として「階梯職制」を取り上げる。これは,「主とし て現場部門が縦割りの職種階層で編成されており,それぞれが上下の序列関係 におかれていること」(44)をいい,「国鉄の現業部門に入社した職員はその最下端 の職名から始めて,その能力の発揮によって順次に上位の職名に昇進していく 制度になっている」(45)。そして,賃金管理との関係は,職群制度を介して連結 されている(46)。
ところで,国鉄の職制上は助役以上が管理職と位置づけられているが,これ らを統括する駅長などの現場長の権限委任事項をみても「大半は勤務割,昇給 査定等々の作業管理・監督に関するものであって」,「民間企業ではほとんど作 業監督職位の専決権限に等しい」(47)ものとなっている。しかし,「国鉄の現業管 理者は小学校ないし高等小学校卒業という,いわば義務教育の学歴のみを有す る勤労者の登竜門であ」り,数百から千人もの職員を管理する駅長のような
「職務の重要性は民間企業の事業所長に比肩し」,その職位が「義務教育出身者 にほとんど開放されていることは特筆されるべきこと」(48)である。なお,助役 以上の管理者は職場間の移動がきわめて激しく,管理局内の「小さい箇所の助 役から大きい箇所への助役,小さい箇所の箇所長から大きい箇所の箇所長へと ラセン形に進んでいくことが昇格,昇進の径路になっている」(49)。
続いて,現場部門における人事労務管理の実態について,駅職場の事例を詳 細に紹介している。すなわち,職名と作業分担内容,指令伝達系統,勤務形態 と勤務時間などの日々の業務内容に関するものや,当該駅の年度経営方針,職 場管理方針・職場管理目標,管理者の管理業務計画,人事記録制度に至る労務 管理の具体的な手法などについて,その実態を明らかにしている。
最後に,津田氏はまとめとして次のような提言を述べている。第1に,「国 鉄における人事労務管理はその骨格においてもその脈管においても,外部から 想像するのとははるかにことなり,実によくととのっているし,またしっかり とおこなわれている」(50)。第2に,しかし,生産性向上運動の悪影響の下に生 じている「いわゆるポカ休や勤務時間中に職員が勤務を離れてしまうというよ
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うな事態は「勤労」という点からみればドン底の最悪状態であって,ここまで 落ちこんだ低い勤労意欲は容易に回復しがたい」が,「この事態の淵源は近代 化・合理化計画における設備・機械第一主義の思想にあるようにおもえる」。
すなわち,「設備・機械の革新は,それなりに飛躍的な生産性向上に資すると おもうのだが,現場部門では階梯職制の崩壊や仕事の無内容化をもたらす場合 が多いのであって,このことに眼を向けた,伝統的なこまかな目くばりが軽視 されてきた」という一面もあると考えられ,「設備・機械の近代化にともなっ て職務・職位などの再編成を遅滞なくおこなうことが必要であるし,それより もまずヒトの面を徹底的に重視する経営理念が必要である」(51)。第3に,本社
→地方機関→現場という順序で定められる「規程体系によって斉々と管理がお こなわれるという骨格」がよく整っている反面,「国鉄の場合には,それがあ まりにも徹底的であって,規程どおりにおこなえば創意くふうや自主性の確立 の余地がほとんどないというところに問題が存在する」のであり,「創意くふ う,自主性ある仕事ができる領域をおもいきって設定する努力が必要であ る」(52)。
津田氏の研究は,社内規程の体系をベースとした人事労務管理制度の記述と しては,非常に網羅的かつ体系的で,資料的価値は高い。また,最後の提言に ついても,鉄道職場における合理化・近代化の推進と職務・職位の編成との関 連や,規程に基づく業務内容と創意工夫などの労働者の主体性との両立など,
極めて重要な視点から問題を提起したものであり,今日の研究においても大い に考慮されるべき点であるといえる。一方で,労使協議の制度面は詳細な説明 がなされるものの,その運用面での実態についてはあまり詳しい記述がみられ ない。あるいは,昇進,昇格等の技能形成と関連する内容についても,これを 秩序づける現行の規程を羅列的に分析したものとなっているなど,全体として 静態的な理解に止まっている印象をぬぐえない。特に,労務管理の基軸となっ ている階梯職制と職群制度について,歴史的背景や制度の動態についての記述 が省略されており,これらの制度が個々の職員の仕事と賃金との関連でどのよ うな意味づけを与えられているのか,またそれらが時代や環境の変化に伴って
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どのように変化してきたのかといった視点での分析にまで至っていない。とは いえ,膨大な一次資料に基づき,詳細に鉄道産業の人事労務管理の実態を明ら かにした研究として,評価に値しよう。
澁『現代の交通と交通労働』
分割民営化後のJRにおける労働実態を中心に調査研究を進めてきたメンバ ーによる著作の中で,山本興治(1999)はJRの駅職場における事例を取り上 げ分析している。山本氏は駅務労働者に着目する理由として,「駅はJR の顔 であって街の顔でもある。駅員は乗客や地域住民との接点の最前線にあって,
期待や苦情の窓口となる」。特に,街づくりの中心となる駅機能の再点検や拡 充が課題となっており,「利用客・住民とのつながりの中で,駅員の社会的に 有益な労働とは何かを問う絶好の機会でもある」(53)ことをあげ,こうした問題 意識のもと,駅職場の労務管理と労使関係の実態を明らかにする。
まず,職制と指揮命令系統を分析すると,就業規則上は「国鉄時代から進め られてきた融合化による職務統合の進捗が明瞭である」(54)ものの,実態的には 職務の融通化はみられない。ただし,「国鉄時代は構内−改札−出札という年 功序列的な分担が支配的であったのに対し,現在は,個人の「適性重視」やロ ーテイション考慮という形で駅長の任命権という労務管理が前面に出ている」
点に変化がみられる(55)。職務統合や兼掌化によって教育訓練の必要性は高まる が,現状では未だOJTを主体とした制度にとどまっている。今後進められる
『新中期経営計画』は,多能工化(兼掌化)・融合化に伴う知識・技能の低下に より,安全性やサービスの面での問題をはらんでいる(56)。
次に,労使関係については,民営化後制度的にはストライキ権を手にした が,現実には行使力はなく,むしろ会社の就業規則に基づく「命令と服従の職 場秩序」が現出した。服務基準に則り改札口の立哨と挨拶が強要されたり,QC 活動や提案制度などの民間労務管理手法も導入された。国鉄時代の現場協議制 は廃止され,職場での組合規制力は著しく後退した。代わって駅長,副駅長や 中堅幹部の助役の役割が大きくなった(57)。
こうした現状に対して,山本氏は次のように総括する。利用客や地域住民と
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の接点で,JRが進める「鉄道づくりや駅づくりにJR内労働組合が発言力を 確保し発揮しているのか,結論的にほとんどうかがえない」(58)。「国労組合員な どからは,管理職から「笑顔で挨拶」が強要されていると度々聞く。本人達は
「命令と服従」の労務管理の分りやすい事例を引いたつもりであろうが,ここ でいう挨拶は,利用客や住民に向けられるものであって,対峙する管理の側へ のものではないであろう。そうした自省が日常的労働として反映された時,
「一般国民の理解を得られる開かれた前向きの総括」が展望できるであろ う」(59)。
山本氏の観察によるJRの駅職場の実態は,先に触れた国鉄時代の駅職場と は大きく様変わりしたことが伺われる。そして,労働のあり方を考える際に,
利用者や地域住民との関係という視線を取り込むべきとの山本氏の主張は,鉄 道労働の公益的性格への考慮に示唆を与える。さらに,当該社の経営戦略や営 業活動の実態との関連で分析が進められている点は,JRの労務管理や労使関 係が民間企業のそれとしての性格を備えつつあることを推察させるとともに,
民鉄においても,経営戦略との関連において労使関係を分析する視点の重要性 を示唆するものである。しかし,残念ながら限られた紙幅の中での議論である ため,それぞれの側面について特徴点のみを要約,列挙したにとどまる印象が 免れない。
澀小 括
以上,労使関係論,労働組合論の分野に属する主要な先行研究を概観してき たが,これらを通じて明らかになったことは,以下のとおりである。
第1に,鉄道労働,とりわけ乗務労働の最も重要な特質としては,労働給付 の内容が「交番表」に基づき決定される「交番制労働」であることである。こ のような交番制が成立する背景としては,大河内氏らが指摘したように,列車 運転の労働はその内容によって必要となる熟練度が余り変らないという特徴が 挙げられるが,そのことの裏返しとして,兵藤氏らの観察によれば,職場内で 交番をローテーションすることにより,一定期間内において乗務員間の労働給 付をほぼ完全に平均化するような慣行が成立している。また,駅務において
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も,乗務員の交番表に相当する「作業ダイヤ」が作成されており,これが労働 給付の内容を決定しているが,組合による規制としてはむしろ要員数の決定の 方が重要であるという点で,乗務員との違いがある。
第2に,賃金給付について,国鉄に関しては兵藤氏らや津田氏の調査におい て明らかにされたように,職名と職群という二つの軸に基づいて決定される。
このうち職名は,実際に従事する職務内容を基に区分されたもので,それは運 転,営業などの縦割り系統ごとに階梯職制として序列づけされている。他方,
職群は,職名を横断的に括り,職群ごとに賃金表を設定することによって,賃 金決定と連動させるものである。職群の上昇である昇格に対しては,その運用 について組合の規制が強く反映されていたが,職名の上昇である昇職について は,相対的に規制は弱かった。
第3に,鉄道労働を構成する様々な職種がどのような組織に構成され,どの ような形でキャリアを形成していくのかによって,職場において形成される社 会関係のあり方に大きな影響を与え,それがひいては職場における労働者組織 の労働条件規制力や闘争力の強さをも規定する。この点について,国鉄におい ては,稲上氏が指摘したように,現地現職主義に代表される比較的単一的なキ ャリア形成を前提とした運転職場において,奴らと俺たちとの明確な対立軸を 持ち,俺たちの内部では年功的平等主義に基づく競争禁圧的な社会関係を形成 した,庫コミュニティのような姿が観察される。また,民鉄においても,大河 内氏らの観察にあるとおり,運転士という職種が,一面ではその技能の序列が あまり明確に表われず,他面で移動職場での単独作業に従事し,自らの判断と 責任の下に多数の乗客の生命を預かるという「四尺四方だが小城の主」的な性 格を有することにより,組合活動においても強い発言権を得ている。
第4に,津田氏が明らかにしているように,国鉄の組織や人事労務管理の機 構は膨大な規程の体系に基づいて形成されており,その規程の階層構造に対応 した形で労使交渉や現場協議の仕組みも体系づけられている。また,山本氏の 観察によれば,このような労務管理の機構は民営化後のJRにおいても継承さ れながら,職務統合や兼掌化が進捗するとともに,規則に基づく命令と服従の
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職場秩序が現出しており,職場での組合の規制力が著しく後退している。
第5に,兵藤氏らや山本氏が比較的明確に問題意識を有しているように,事 業経営をとりまく様々な環境変化や企業としての経営戦略が,労使関係のあり 方に与える影響についても,十分に検討する必要がある。国鉄は戦後,公共企 業体への転換,労働基本権の制限,財政赤字の恒常化,マル生運動の展開,ス ト権スト,そして分割民営化と,それぞれに非常に大きなインパクトを持つ事 業環境の変化や経営戦略の転換を経験してきたが,その過程において,職場に おける労働条件規制のあり方や労使間のパワーバランスが様々に変化してきた ことは,ここで紹介した論者たちがそれぞれに指摘したとおりである。
一方で,先行研究においては,運転士(機関士),駅務それぞれが独立した 労働組織として構成され,キャリア形成の面でも相互の関連を持たないケース が取り上げられていた。そのため,車掌も含めたこれら職種相互間における労 働給付の内容や技能形成における関連性などについては,明確な関心が示され ていたとはいいがたい。民営鉄道においては,必ずしもこうした組織構成を採 用しているケースばかりではなく,後にみるA社の事例のように,駅務,車 掌,運転士が連続したキャリアとして構成されている場合には,相当に異なる 職場組織の有様が現われうると考えられる。
また,このような労働組織のあり方が,職場の社会関係や労働者組織の性 格,労働条件規制力などに強く影響を与えている点を指摘するものの,そうし た労働組織が編成されるに至った背景にある,個々の職種の職務内容や相互の 関連性,あるいは要求される技能の性質の違い,技能形成のプロセスなどにつ いては,十分な検討がなされているとはいえない。あるいは,鉄道の組織や人 事労務管理が膨大な規則の体系によって形成されていることは確かに特徴的で あるが,より重要なことは,鉄道輸送の安全性や正確性を確保するために,労 働給付の内容そのものも体系的な規則群によって規制され,その中で個々の職 種の責任分担や相互の有機的な関連づけが規定されているという点である。鉄 道輸送が多種多様な職種による分業という側面を持つことは先行研究において も指摘されているが,それらの職種が分業に基づき協業している側面につい
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て,より深く検討することが必要であり,こうした労働組織の特性について十 分に把握することが,鉄道労働の総合的な理解にとって不可欠であると考えら れる。
さらに,鉄道輸送の労働組織は巨大な装置体系と結合しながら機能している が,不断の技術革新に伴い装置体系が変化するのに応じて,労働組織の有様も ダイナミックに変化していくという側面を有している。この点,先行研究は機 械化や自動化が未だ十分に普及していない時代の職場を分析の対象としている ため,現代の技術水準に基づく装置体系を前提とすると,その姿は大きく変化 しているものと考えられよう。
このように考えてくると,今日の鉄道における労働組織の実態を論じるため には,これを構成する多種多様な職種について,それぞれの職務内容を詳細に 把握することはもとより,それらが相互の関係の中でいかなる形で有機的に結 合されていくのか,そのことが労働組織の構成やそれぞれの職種における技能 形成のあり方にどのように影響を及ぼすのかといった視点で議論を深めること が求められ,そのためには,鉄道輸送サービスの生産技術の領域にまで視野を 広げて検討する必要があるといえよう。
このような問題意識を持ちながら,次に,周辺の関連分野における研究成果 についてみていくことにする。
(2)交通経済学
交通経済学においては,戦後比較的早い段階から,交通サービス生産の技 術,労働とその相互の関連について,明確な関心を示してきた。
例えば,日 本 に お け る 交 通 産 業 の 史 的 展 開 に つ い て 研 究 し た 富 永 祐 治
(1953)は,本来的な意味での交通技術は運転技術と運輸技術であるが,列車 の「運転操縦という労働も,その時々の土木的あるいは機械的技術の成果と結 びついてのみ成立し得る」のであり,そのような「総!合!技!術!として交通技術を 理解しなければなら」ないと指摘する(60)。また,「鉄道における労働編成は,
技術的条件(61)や経営の規模や輸送量の多寡によって相違するところの施設や業
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務組織の如何によって,一様でない。すなわちこれらの種々の具体的諸条件に 応じて,一鉄道内もしくはその一現場内に配置される各種の範疇の労働序列は さまざまの姿を示す」(62)が,「あらゆる鉄道労働は,結局のところ軌道上におけ る列車運転を根幹として,直接間接これに関連し,これに寄与する」(63)ものと 性格づけている。
交通労働の生産性の構造について分析した佐竹義昌(1964)は,交通用役の 生産においては「(1)移動性(2)生産物の即時財的性質の二つの技術的特色 が,直接にその労働工程を,そして間接にその労働主体の性質を規定する」(64)
と指摘する。このうち,前者の移動性に関しては,通路上の不特定地点におい て偶発的に発生しうる,予測不可能の阻害要因に応急的に対処し得る技術と能 力をもたなければならない。また,通路に沿って作業地域が分散するため作業 の総合的な機械化や集中的管理を困難にする反面,顧客の生命・財産の安全と 便宜および経営の生産性を高めるためには設備稼働の効率化や精密な規則性が 要求される。一方,後者の即時性については,生産が需要によって他律的に支 配されるため,不規則な需要量に応じて作業量の分布が時間的・空間的に不均 等となり,部分的に労働を強化するとともに,他の部分において遊休労働を発 生させる。また,同一作業域における生産や販売の異質的な職種の複雑な協業 が行われ,さらに,輸送用役の生活必需財的性質からその供給という社会的責 任のために,深夜勤務を含む複雑な交替制の実施が必要となる(65)。こうした点 から,交通労働の特性が規定される。
1970年代の標準的なテキストである今野源八郎編(1973)では,鉄道を
「鉄道運送用役生産のためのひとつの技術的なしくみ」としてとらえ,これを 構成する要素として,鉄道労働,鉄道設備,燃料の三つを挙げている(66)。そし て,「鉄道労働はきわめて多種多様の多数職種の合成による幾つかの異種作業 組織の同時的複雑協業により遂行されており,その構成と管理は他の産業にみ られない複雑な問題を含んでいる」(67)ことや,さらに,「現業機関の職制はその 機能に応じて多様だが」,「職種グループ別に専門化され,おのおのについて多 層化された階梯職を経て昇進」し,「この間に教育訓練と資格試験とが適当に
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組み入れられている」点に,「鉄道労働の典型的な閉鎖的終身雇用型の性格が あらわれている」(68)と指摘している。
中西健一・平井都士夫編(1982)は,交通における技術と労働について,次 のように論ずる。「交通資本の生産形態は,交通技術(交通における労働手段 の体系)と交通労働で」あり,交通技術は「貨客が可動施設によって移動する 場としての通路と,貨客を積載する運搬具およびこれに運動のエネルギーを供 給する動力機」の三つの基本的要因の統一として理解することができる(69)。一 方,交通労働は「基本的には通路・運搬具・動力機への配属として」構成され るが,その特質は動力機への配属により規定される(70)。動力機および運搬具へ の配属はいずれも「乗務」であり,それは移動する可動施設の付属労働とし て,事故・災害に対するさまざまな予防的・事後的対応措置が当面する状況に よって要求される。また,交通生産(輸送)が交通需要に即して行われねばな らないため,乗務労働は24時間労働の不自然さ,労働周期の不規則性を避け ることができない。さらに,職場に拘束されての休息が,精神的疲労や健康上 の不安をもたらす(71)。また,「鉄道は,固定可動両施設が資本として一体の交 通技術であり,長大な地表に展開する一つの巨大な工場であ」る(72)。そこでは
「鉄道労働者全体の水平的・垂直的編成が一体として同一レベルで機能して初 めて全列車の安全な定時運転と節約が可能である」が,動力近代化と自動化に 伴う新しい技術の導入は,「直接人員削減の脅威であるのみならず自己の技能 の陳腐化であり」(73),「交通技術の進歩は,傾向として交通労働者の技能を不要 とし単純労働化を推し進める」。しかし,それでもなお交通労働者のメルクマ ールとして,「交通業特有の危険と,これと表裏する不規則な生活と,複雑詳 細な法規や規程類によって負わされる責任」が残されるであろう(74)。
このように,交通経済学の視点から鉄道労働をみると,その技術的側面との 関連が重要な論点となる。技術は労働の内容を特徴づけるだけでなく,その性 質にも強い影響を与えている。さらに,合理化の進展による技術の変化が,労 働と労働者に対して与えるインパクトにも議論を広げる必要がある。こうした 点に示唆を与えているといえるが,しかし,経済学からのアプローチという性
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格上,理論的分析としては優れているものの,具体的な労働の態様や職場の姿 を描き出すという点では限界を感じざるをえない。さらに,冒頭でも触れたよ うに,その後の交通経済学の潮流はより精緻な数理的議論の展開へと進み,交 通労働の歴史的,制度的分析については全くといっていいほど関心が失われて いる。
(3)実務家による経営管理・労務管理論
ところで,国鉄の経営管理や労務管理に関しては,1950年代半ばに現職幹 部らによってまとめられた概説書がいくつか出されている。そこには実務家の 視点からなされた有益な指摘が含まれているので,一瞥しておこう。
星野守之助(1954)は,労務管理の視点から新しい交通事業運営のあり方を 論じたものである。星野氏によると,交通において「労務を事業に提供するこ とが,すなわち顧客に対し「商品」を販売することである,という相即性をも つ」ため,「よりよき「商品」の販売はそのまゝよりよき労務管理となってあ らわれる」(75)という。その上で,交通における労務管理の指標として,安全,
親切,健康,業務又は技術改善,能率増進,公共奉仕の6点を挙げている(76)
が,特に親切に関しては,「安全と同様,親切が「商品」の内容をなすべきも のであ」り「本来の仕事として,旅客公衆に親切で」なければならないが,併 せて「国有鉄道のような複雑尨大な組織においては,全業務が一つの有機的な つながりをもって行われることが必要で」あり,「労働者同志が業務遂行の態 度として相互に親しみをもつ,ということでなければならない」(77)と述べてい る。また,交通労働が「労度(78)が高いのに,一般に監督者の眼の届かないとこ ろで働くという性格をもつ」ため,「単に賃金獲得の手段であるというような 安易な気持でこれに臨むこと」は許されず,「労働者各人に対して,相当高度 な倫理性=公共奉仕の精神が要請され」(79),さらに,交通労働が,直接一般旅 客公衆を対象として或いはその面前において行われるため,「一般旅客公衆 が,日々きびしい監査を,交通労働者に対して行っているとみることができ る」(80)という指摘は,交通労働の公益的性格をやや違った視点からとらえたも
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のとして,注目に値する。
次に,経営組織の観点から国鉄を分析したものに,石田武雄(1955)があ る。石田氏は,「従来,わが国では鉄道の経営組織の体系的研究は閑却せられ て皆無といってもよい状況である」(81)との問題意識のもと,国鉄のように「政 府事業であり且つ地域的な広がりをもった事業経営の組織を形成するための一 般的原則と検討方法を求めようとした」(82)。
石田氏の議論で特徴的なのは,「鉄道作業の中心をなす列車運転及び駅にお ける客貨駅取扱作業の一連の作業は流動作業形態の作業である」と捉えている 点である(83)。すなわち,「中心をなす輸送作業が本質的に流れ作業であり」,
「関係する各作業機関はそれぞれの分担する作業を列車ダイヤを通じて緊密に 協業せられなければならない」。その意味で,「鉄道作業の各分業間が一見錯綜 して複雑な関係をもつといわれて特徴づけられているという実質は流れ作業方 式という最も計画的で組織化された高度の分業と協業による作業が日常作業と して行われている」(84)ことによるという。こうした見方は,生産組織として鉄 道現場を観察する視点を与えるものとして,非常に有益であるといえる。
また,石田氏は,乗務部門と車両検修部門とを分割することの利害得失につ いて触れている。当時の国鉄においては一般に,運転士は車両検修部門ととも に機関区,電車区などの組織の構成員として位置づけられ,車掌とは別の組織 とされていたが,一方で民鉄において多く見られるように,運転士と車掌を一 つの組織(乗務区など)に編成し,車両検修部門を別に分ける方法もありう る。その場合の利点としては,i)運転士と車掌が組合せ交番により乗務する ため,両者の協調が緊密となり事故対応を含む日常の仕事面で有利であるこ と,ii)運転士が車掌の階梯を経ているので,車掌の補充に運転士を充当させ るなど人事の流用が可能であること,iii)駅側との協調がよいことが挙げられ る反面,欠点としては,i)乗務員の車両愛護の精神が欠如しやすいこと,ii)
乗務員の技術的水準が低くなりがちで,例えば簡単な故障すら適確に指摘でき ない面があることが挙げられる(85)。国鉄の長距離列車の乗務員では必ずしもこ れらの指摘が妥当するわけではないが,比較的近距離の路線や民営鉄道では,
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こうした点を比較考量してそれぞれの組織形態を決定しているといえよう。
さらに,労使関係について言及した部分では,第一次大戦後労使の協力体制 を確立した会社として,アメリカのバルチモア・アンド・オハイオ鉄道会社を 例に挙げ,「労働組合の態度が企業及び国の経済の発展に協力する責任と誇り をもって」いた一方で,「経営者も民主的統率の精神を体得して少くとも従事 員と経営問題を協議することが会社の利益と一致するという信念をもってい た」(86)と評価する。そして,「最良の従事員関係を確立するには」「管理執行の 直接の当事者であり,危険の負担者である従事員,或はそれらの共通の利害を 代表する労組の意見を,管理執行に際して採入れることは望ましいことで」あ り,「これによって,従事員の仕事に対する意欲を高め,労組の正常な発展を 刺戟する上にも効果がある」(87)という,きわめて進歩的な考え方を示してい る。労働組合への強い信頼感に基づく石田氏の主張は,戦前からの大家族主義 の流れを汲みながら,とかく先鋭的,戦闘的であった組合をより穏健な組合へ と導いていこうとする姿勢の現れとも受け取れる。
最後に,鉄道事業の経営全般についてより包括的に論じた富永祐治・石井昭 正編著(1956)をあげておく。これは,主として国鉄の実務者により執筆分担 されており,経営組織,経営資源の調達・管理,現実の生産・販売過程として の運輸,さらに会計,内部統制から監査に至るまでの,鉄道事業経営のプロセ ス全体にわたって網羅的に解説したものである。
これまでみてきた議論においては,鉄道労働の中核である乗務員,とりわけ 機関士や運転士に主たる関心が置かれていたが,この文献では,駅における業 務についても比較的詳細に解説されている。駅は,「列車を発着させ旅客及び 荷物の取扱を主な業務とする」,「いわば社会に対する鉄道の窓口であり,鉄道 運送に関する一切の便宜を供与するところである」(88)。駅における業務,すな わち駅務は,大きく旅客業務と運転取扱業務に分けられる。前者には,旅行案 内,出札,改札,集札,精算,乗降場案内整理,遺失物取扱,駅舎清掃などが 含まれるが,特に出・改・集札,精算の業務は,多種多様な運送条件に基づ き,多数の旅客について,その面前で,短時間に処理しなければならないとい
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う特質をもっている(89)。他方,後者の運転取扱には,駅構内において列車や車 両を移動させる構内作業と,停車場相互間に発着する列車の運転取扱や運転整 理を行う本線列車扱があり,操車掛,信号掛,転轍手,連結手などが作業を分 担している(90)。こうした駅務は,それぞれの業務内容に応じた専門の職種によ って分業されており,かつ,それらが相互に連携しながら駅務全体が円滑に遂 行されているのであり,乗務と駅務の双方を理解することではじめて「輸送」
業務全体を把握したことになる。本書は,このような視点を与えてくれるとい えよう。
このように,実際の業務運営に精通した実務者による解説は,現場のより具 体的で生の姿に近づくという意味で,あるいはまた,現実の組織に息づく考え 方や価値観を感じ取ることができる点において,大いに参考としうるであろ う。
(4)歴史研究
歴史研究の視点から鉄道労働の世界を取り上げた研究の中にも,参考にすべ きものが少なくない。以下,労働史,経済史,教育史のそれぞれの分野に分け て見ていくことにする。
漓労働史
この分野では,まず,西成田豊(1989)が,明治初期から日清戦争までの日 本の近代化過程における労資関係の特質を解明するため,当時の官営鉄道を取 り上げている。
西成田氏は,「官営鉄道労働者の内部には初発から身分的差別構造が存在し て」おり,お雇い外国人の機関方のもとで運転技術を習得する機関方の見習と しての火夫と,駅務系統の雑役的重筋労働に従事する駅夫が,雇員に編成され た労働者とは身分的に区別され,官営鉄道労働者の最底辺に編成されていた(91)
と指摘する。その後,日本人熟練労働者の蓄積を含む官営鉄道労働者の急増を 背景として,1879年から82年にかけて従来の雇員労働者が「有等職工」と庸 人労働者に編成替された(92)。一方,当時鉄道という高度な技術体系を持つ近代
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的産業を担う,既経験の労働力を社会的に調達することは困難であったため,
経営内部で系統的に養成し,定着させるために,賃金体系は年功的性格を強く 帯びるものとなった。すなわち,勤続を積み仕事に慣れるにしたがって賃金等 級を昇格し,さらに勤続を重ねると上位職種に昇進した(93)。こうした雇員−庸 人体制と年功賃金のもとで,社会的に見ると,駅夫のように労働市場の賃金水 準規制を受ける膨大な低賃金層の堆積と,機関方に代表される高い社会的ステ イタスを確立した特権的高賃金層とに二極化された。
このように,日本の鉄道においては,その成立当初から身分制的秩序のもと に労働組織が形成されていたことがわかる。
これに続く時代を取り上げた研究として,青木正久(1979)がある。青木氏 は,1898年に発生した日本鉄道株式会社所属の機関車乗務員(機関方,火 夫,掃除夫など)によるストライキ(日鉄機関方争議)を題材として,争議に 至る団結が形成された背景やイデオロギー面からの機関車乗務員の歴史的特質 を分析している。
その中で青木氏は,まず要求の形成過程について次のように指摘する。機関 車乗務員は,一方で熟練の高さ−すなわち賃金の高さ−をもって技術者である ことの一根拠とし,他方で機関方が技術者であることをもって一層の高賃金要 求を正当化する一根拠としたが,こうした意識を媒介として,当時の機関方の 賃金水準の「絶対的高さ」が身分昇格要求形成の基礎的条件となった。他方 で,日清戦争後の激しいインフレのもと,他職業と比較して賃金水準が「相対 的低下」してきたことが,身分昇格の根拠を弱め,それだけ一層これの実現に より,賃金低下の趨勢を逆転させようという願望を切実なものとした(94)。
次に,機関車乗務員の団結を促した条件として,現場組織の労務管理機構に 着目する。彼らが所属する現場組織は機関庫であるが,そこには技術者出身の 主任と機関方出身の機関方火夫取締役という2種類の管理者がいた。このうち 取締役は主任を補佐する役割であり,機関車乗務員と直接対立する専制的管理 者は主任であった。技術者である主任が直接の管理者でありえた根拠として,
運転労働の以下の特質がある。一つには,運転労働では労働者の作業量が基本
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的にダイヤグラムに基づく交番表によって他律的に決められるため,その監督 は比較的簡単な監視・点検によって可能であったことである。いま一つは,運 転作業に必要な熟練が同一職務内では比較的平準化されていたため,作業配分 や昇給査定に際して個々の労働者の技能などをさほど立ち入って把握する必要 がなかったことがあげられる。このような管理機構の下では,先輩・後輩間で 個人的温情や人格的支配によって労資の本質的対立関係が隠蔽されるというこ とはほとんど期待しえず,逆に身分制秩序が強固な状況の中で技術者が職工を 道具視する態度をとったため,機関車乗務員側の不満は必要以上に増幅され た。また,機関車乗務員が昇進しうる取締役は人数も少なく,権限も小さく,
身分も低かったため,昇進による不満の解消は望み得ない。さらに,機関方と 火夫・掃除夫との間は,技能伝授を媒介とする親分・子分関係にあり,また,
運転作業が一対の機関方・火夫によって単独になされたため,各機関方の独立 性が高かった(95)。したがって,「運転職場においては,労資の対抗を顕現さ せ,労働者の強固な団結を可能にする条件が存在していた」(96)。
青木氏が描いた機関庫職場の姿は,先に見た稲上氏の描く庫コミュニティと 極めて類似した特徴を見せている。ここには,鉄道乗務員の職場風土が,その 労働内容や技能形成における特質からもたらされることが,如実に現れている といえる。
その後,1906年の鉄道国有化から1960年代までの半世紀以上に及ぶ国鉄の 労務管理の変遷を分析した,最近の労作として,禹宗!(2003)がある。
禹氏は,国鉄の労使関係を支えた諸慣行が「日本的」雇用慣行としての性格 を典型的に示したものであるとの問題意識のもと,この間に形成されてきた雇 用慣行を「身分の取引」として性格づける。身分の取引とは,労使が「身分」
を媒介として労働給付と反対給付を取引する取引様式(97)のことを指すが,ここ での身分とは「経営体における人の地位」を意味し,それは二つの側面を有す る。一つは,経営体の成員か否かという「成員性(メンバーシップ)」であ り,いま一つは,経営体内のどこに位置するかという「経営内地位」である。
そして,このような身分を正当化するための観念(イデオロギー)として,成
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員性との関係においては「貢献」が,経営内地位との関係においては「能力」
が,それぞれおかれていたといえる(98)。個人と経営体とは企業内における一定 の身分構造を前提とした「身分に即した取引」関係におかれるが,それが労使 の集団的取引関係へと展開されると,身分構造そのものの再設定を含む「身分 を変える取引」に性格が転換されていく(99)。その到達点として,「ブルーカラ ー一般が能力の持主であり貢献の主体である」との観念に基づき,「ブルーカ ラー一般を含む本!雇!労働者が,年功賃金と雇用保障を享受する代わりに,柔軟 な労働力運用や雇用調整に応ずる,現在的雇用慣行」(傍点原文)が,殊に終 戦直後の民主化の強いインパクトを受けて,1950年代に全面的に成立するに 至る(100)。
このような身分の取引は,一面で,ワークルールの生じる余地が少ないため に経済環境の変化に容易に対応できる適応性を持っているが,他面で,衡平の 論理が強く働き,分業の階層的な編成の自由度を制約する点で,環境の変化に むしろ非弾力的な側面を有している。そこで,身分の取引の環境適応性を保つ ために,三つの形で非弾力性の処理がなされてきた。第1は,身分の枠の制 限,すなわち,取引の前提となる成員性が承認される正社員の範囲を厳格に制 限することである。第2は,正社員の枠のなかでの身分上昇の実現であるが,
ここでは個人の能力の拡大に対して限られたポストとの間でギャップが生じ,
この緊張を調節・緩和するために資格制度が導入される。しかし,それでもこ の緊張を根本的に解決するには至らず,第3の方策として,出向・転籍,希望 退職,定年制といった退出装置を作動させることで回避しようとする(101)。
禹氏は,身分の取引を以上のように理解した上で,「日本は,長い間ブルー カラーがホワイトカラーに近づくために努力を積み重ね,その過程のなかで身 分の取引を開花させ,それに依拠してブルーカラーにも適用される年功賃金及 び長期雇用という雇用慣行を築き上げてきた」が,「その到達点は,いまブル ーカラーの世界を解体する出発点になろうとしている」。しかし,「何よりも
「自立した個人」は用意されていないし,現に身分の取引を代替できる取引様 式は見出されていない。なお,能力観念は拡大を続けており,それを制御する
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